日中農村地理学研究室 ≫ 高橋の研究業績と社会的活動 ≫ 書評:顧朝林ほか 1999


顧  朝林ほか 1999.『中国城市地理』商務印書館〔北京〕,703p.
(書名日本語訳: 『中国都市地理』)

書評筆者:高橋健太郎

書評掲載誌: 『駒澤地理』(駒澤大学文学部地理学教室) 37:95-97,2001年.


  本書は,中国の都市に関する研究を,西欧や日本の研究手法も取り入れ,系統立ててまとめた書物である。まえがきにも述べられているように,顧 朝林ほか中国科学院地理学研究所 都市・人文地理研究室の研究者を中心とする7名で執筆された。中国においては,大学の教科書として使用したり,または都市計画に従事する者が近年の研究成果を概観するのに利用したりする目的で作成されたものと考えられる。そのため,評者のように外国人で中国のことを知りたいと考える者にとっては,急激に変化をとげていて問題も多く発生している中国の都市に関して,幅広い理解を得るのに適した書物であると言える。

  内容は,26の章が大きく6つの部分に分かれている。

  まず,第1部「都市の起源と発展の過程」においては,有史以前から現在にいたるまでの中国における都市の形成や変化に関して,4章にわたって説明されている。都市の歴史的変遷の記述が旧石器時代の穴居生活から始められている点に評者は驚かされたが,見方を変えれば,これは中国の「地理学」の研究範囲の広さを表していると受け取ることもできるだろう。

  第2部「城鎮化と国家の都市システム」においては,現代中国における「城」(=大中都市)と「鎮」(=小都市・町)の増加・拡大の現状やその要因を解説し,さらに中国都市のランク・サイズ関係の分析および都市機能の分類を行っている。農村から都市への人口移動を規制している戸籍制度が,これまで中国の都市化の進展を抑制してきたことは多くの研究域で指摘されてきたことであり,この第2部の冒頭に戸籍制度が概説されている点は適切であると思われる。また,大都市に関する解説のみではなく,鎮の設置について1章を当て,その機能や分布を分析している点は興味深い。近年,中国においては,鎮を増加・拡大させ,そこで農村からの流入人口の吸収を試みるという政策が強調されており,この点からも,今後このような鎮に関する研究がさらに重視されるものと考えられる。ただ,第6章において,中国の都市の分布を緯度・経度と関連づけて論じている部分(pp.148-152)は,結果論を後づけで説明したものであると考えられ,記述の方法に疑問を感じる。

  第3部「地域的な都市システムと都市圏」においては,まず第1に,中国を大きく9つの経済圏に区分し,それぞれの経済圏の特徴や都市間の結びつきについて解説し,続いて,都市圏,メガロポリス,国際都市に関して,それぞれ中国の都市の事例を挙げて説明を行っている。経済圏の区分のための因子分析において,使用されている33個の因子がそれぞれ統計資料の何の項目に相当するのか記載されておらず(pp.248-251),算出過程に不明瞭な点があるものの,全体的には具体例を挙げて解説されているため理解しやすい。

  第4部「都市構造と都市形態」においては,まず中国都市の内部および周縁部の社会経済構造の空間的側面を分析し,続いて古代から現代にいたる中国都市の形態の変化を紹介している。このうち,蘭州市を事例として,中国都市内部の社会空間構造を論じた第15章と第17章は,柴彦威(19911994)などとして日本語でも論文を発表している柴の執筆によるもので,彼の中国語の著書(柴1999)のうちの中国都市に関する部分をまとめたものである。この著書に関してはすでに書評(河野2001)があるので,詳しくはそちらを参照されたい。この第4部のなかでは,北京市を事例として,農村から都市への大量の人口流入,貧困層の増加,高級住宅地やスラムの形成,社会階層ごとのすみわけの進行などをあつかった第18章に,評者は特に注目したい。内外の報道によると,近年,中国において,農村から都市への人口流入とそれに伴う治安や教育,医療などの諸問題が特に深刻化しており,その実態の把握と対策が求められている。本書の著者の一人である陳 田を始めとする中国科学院地理学研究所の研究者一行が2000年11月に来日した時,評者は討論をする機会を得た。その際にも,中国都市における流入人口の増加とそれらの人々の生活に関する研究が頼繁に話題に上り,この分野の研究は中国の地理学界でも注目され始めている,とのことであった。

  第5部「都市の土地と都市の拡大」においては,中国都市の土地利用,住宅制度,再開発と郊外化,経済特区や経済開発区および中国都市への外資導入について説明されている。中国の都市や経済,人々の生活を知る際,まず土地と住宅の制度について理解する必要があると評者は日頃から考えている。この第5部においては,土地と住宅それぞれに各1章が割り当てられていることから,本書の著者らもこれらを重要視していることが分かる。もとより,土地と住宅に関しては,それだけをテーマとして多くの書物が出版されているぐらいであるから,本書の説明のみですべてを理解することは到底不可能であるが,概要を理解するには便利である。また,外国資本が中国都市へ与える影響およびその主な導入先である経済特区や経済開発区に関して,合計2章を割り当て比較的詳しく説明されており,中国の経済や都市が世界経済と密に関連している現状が改めて理解できる。

  第6部「都市の発展と展望」においては,中国における都市の整備や都市化,新しい都市の出現,都市システムの変動に関して,2010年までの予測を試みている。評者はこの予測の妥当性を判断する立場にないため,この章については論評を省略させていただきたい。

  全体を通して,多くの章の冒頭で,それぞれの章のテーマに関する欧米の理論が紹介されていること,および巻末の参考文献に多くの欧米の地理学書や論文が並んでいることから,欧米の学界と研究手法や理論を共有しようと志す著者らの姿勢を感じ取ることができる。しかし,それは欧米の理論を無批判で導入するということではない。各テーマに関する中国の制度や経済状況もきちんと説明されており,中国の実情を考慮したうえで欧米の理論の応用的導入を試みているということが読み取れる。また,本書には,中国の書物においてしばしば見られるような中国政府への安易な礼賛は載せられておらず,逆に政策の問題点を指摘する部分も多く,本書のような,いわゆる概説書としては,学術的にも実務的にも高い水準を達成している。加えて,現在の日本の地理学界においては,「歴史学」や「建築学」,「都市計画」など,「他の学問」であつかうべき事象であると考えられ見落とされがちな部分に関しても,本書には豊富な記述があり,読者は中国の「地理学」の研究範囲の広さを実感することもできるのではないだろうか。

  疑問に感じる部分がないわけではない。例えば,多くの主題図に方位と縮尺がつけられておらず,時に読図が困難であり,また,現在の日本の地理学書の水準から考えると,本書の主題図の一部は精度が低いように思われる。これは,中国においては,日本と比較して基本となる地図が整備・公開されていないことが原因のひとつであろうし,また,日本に比べて地図を用いた研究手法が利用されていない,と言うこともできるだろう。加えて,空間的イメージやメンタルマップなどの空間知覚に関して,本書ではほとんど触れられておらず,日本の都市地理学の概説書との差異を感じる。

  いずれにしても,本書のような概説書は単独で用いて詳細な理解を得るという類の書物ではなく,興味のあるテーマを詳しく知りたい場合には,巻末に載せられている多くの参考文献やその他の最新の論文などをさらに参照する必要がある。総合的にみて,本書は中国や都市に興味がある方々にとって有益な情報を提供する1冊となるであろう。

【参考文献】
河野通博 2001. 柴彦威:日中都市構造の比較研究(書評).地理学評論74(1):53-54.
柴  彦威 1991. 中国都市の内部構造─蘭州市を例として─.人文地理43(6):16-35.
柴  彦威 1994. 中国都市住民の日常生活における活動空間─蘭州市を事例として─.地理科学49(1):1-24.
柴  彦威 1999. 日中城市結構比較研究.北京大学出版社.


日中農村地理学研究室 ≫ 高橋の研究業績と社会的活動 ≫ 書評:顧朝林ほか 1999(↑)