2003.01.20

大槻文彦編『大言海10語選

812149.奥山美穂

1,なき-ねいり【泣寝入】〔和語名詞〕

1〕小児の泣ながら眠りにつくこと。(2)轉じて、俗に、事に不満足ながらも、そのまま自ら止むこと。

(1)源氏烏帽子折(元禄、近松作)常盤御前道行「今朝はつれなくむく起きに、抱き賺して牛若の、夢をば母が懐に、泣き寝入りせしいとしさよ」(2)闘八州繁馬(享保、近松作)「兄頼信に雪を投げつけ、晩ひし言葉を無になしては、兄弟はなほ弓矢の意地、泣き寝入りにはしまはれず」

補遺「雑文」−焼き鳥のいくえ−【犯人グループへの損害賠償を無視する対応法もあろう。これはすべての原因が自分にあると認め、犯人グループの過失(あるいは故意)を容認するというものである。わかりやすく言えば、泣き寝入りということだ。
 この方法を実践した場合に怖いのは、残ったもう一本のヤキトリさえも食べられてしまうかもしれないという可能性だ。見れば、犯人グループの女性は平然としてヤキトリを食べているのである。あたかもそれが彼女自身の口から注文されたヤキトリであるかのように

−大辞林より−(1)泣きながら眠ってしまうこと。泣き寝。(2)相手の不当な仕打ちを不満に思いながら、どうすることもできずにあきらめること。「仕返しを恐れて―する」

考察今も昔も二つの意味として使われているが、最近は(2)の意味で使われる事が多いいようだ。「泣き寝入りしないために」などの使われ方がよく見られる。

 

2,うつくしげ-な・る【愛気】〔形容動詞〕 

愛らしきさま。かはゆらしきふう 、一、桐壺二十六「名だかうおはする宮の御かたちにも、猶にほしさは、霤へんかたなく、うつくしげなるを」、四、夕顔、四十八、「乱れかき給へる、いとうつくしげなり」

補遺大阪錦画日々新聞紙 第六号  【明治七年十二月滋賀県下北大二区小学教員藤田庸中ハ酒楼(さかや)に独楽(どくらく)し五音(ごいん)五体(たい)も泥々(どろどろ)に廻る車に(たす)けのせられ新町通りへかかる折り(うつく)しげなる女子一人車を除(よ)ける粧(よそお)ひを見るより庸中うつつをぬかし車上(くるま)をとびおりまだ室咲(むらさき)の蕾(つぼミ)さへ綻(ほこ)びかねる風骨(ふうこつ)を一ト枝折て活(いけ)ばやと袖と裾(すそ)とにたわむれて花をいためる鬼蔦(おにつた)の這(は)いまハわるに女子ハ騒(さわ)ぎとらへし袖をふり切て雪(ゆき)散乱(さんらん)と逃(にげ)うせるを翁の秀句ならねどもさらば転(ころ)ばん所(とこ)までとさまよふ有様警察官ニ見とがめられ局へ牽(ひか)れし振舞(ふるまひ)ハしるも白日(はくじつ)くらやみの学者の嗅名(しうめい)(たんじ)ヲ以テ恥(はづ)ツ可(べ)けんやと報知五百五十五号笑話ス文花山人述】

考察現代では「うつくしげなる」という単語は使われておらず、「かわいらしい」「あいらしい」などが同じ意味で使われている。

3,うれし-なき【嬉泣】〔和語名詞〕

嬉しさの感極まりて、泣くこと。感泣。沙石集、九、上、第一条「浄土房は恙なし、弟子共、餘りの事にてうれしなきにぞ泣きにける」

補遺幸せの序章より……そう思ったら 涙が出てきた。そっかー、ついにママになれるんだあ!彼に抱きつきながら「妊娠したヨオオー!」と泣くと、「嬉しいのにどうして泣くの?へんな人だなあー」と彼はいう。うれし泣きっていう事があるの、彼は知らない。私は 考えただけでもうれし泣きが止まらなかった。……】

岩波国語辞典よりうれしさのあまり鳴く事

考察「うれし泣き」は昔も今も、うれしさの象徴として使用されている。また、「嬉し涙」とも同じ使い方をする。昔のような「嬉し泣きで泣く」などといった使い方はみられず、「嬉し涙がでる」「嬉し泣きをする」などの言い方をする。

 

4,こころ-づくし【心尽】〔和語名詞〕

思ひを盡(つ)くす。氣をもむこと。古今集、四、秋、上「木の間より、漏り來る月の、影見れば、心づくしの秋は來にけり」、四、夕顔十一「心づくしに思(おもほ)し亂るることどもありて」、六、未摘花一三「心をつくして、讀み出でたまへらむほどを、おぼすに」 補遺ホテル大橋屋ホームページより【「心づくしの宿」の実現を目指して私達は、心を一つにし、力を合わせてお客様のおもてなしにつとめます。】岩波国語辞典よりまごころをこめて、ためをはること。

考察現代は「気をもむ」というよりは、「こころをこめる」といった意味で使っている。多く活用される場としては、ホテル、旅館、などでの広告及びキャッチコピーなどが多いいようだ。

また、「心づくしのもてなし」「心づくしのプレゼント」など相手を想いやる使用法が多くみられる。

←【「心づくし」の旅館】

 

5,なきあか・す 【泣明】〔動詞サ行五{四}段〕

泣いて夜を明かす。夜通し泣く。落窪物語、一、「君がかく、なきあかすだに、悲しきに、いと恨めしき、鳥の聲かな」詞花集、九、雑、上、「夜の鶴、都のうちにこめられて、子を戀ひつつもなきあかすかな」新後撰集、五、秋、下「なきあかす、野原の、蟲の思ひ草、尾花がもとや、矢寒なるらむ。」

補遺島袋盛敏著 琉歌全集より  【まこと後生あらば いきやて語て呉れ 朝夕泣き明かす 親のしざま】まことに後生というものがあったら、私の子供に会って、朝夕泣きあかして苦しみ嘆いているこの親のしざまを話してやって下さい。 岩波国語辞典より 眠らずに一晩中泣いて夜を明かす。

考察意味も使われ方も、過去・現在ほとんど同じようにつかわれている。 涙を流す事は悲しみを率直に表現する手段として大切であり、感情を押し殺したりすると、かえって悲しみが長引いてしまうと言われている。「泣く」という言葉は瞬間的であり、「泣き明かす」と言った方が長期的に(一晩中)泣くことを意味している。

 

 

6,なき-ごと 【泣言】〔和語名詞〕 

身の難澁を歎ちて話すこと。泣き口説きて云う詞。なき。浮世風呂(文化、三馬)三編、下「又、初初しく、泣きごとか、おらぁ、もう正月の耳だから、なきごとの聴き役は嫌だよ、泣き言じゃねえがの、ききなせぇ」

補遺毎日学ぶ経済用語より【会社は作ったが、今までにない責任感が自分に重くのしかかり不安だ、と泣き言を言っていたので、カツを入れておきました。】 岩波国語辞典より 泣いて言う言葉、また歎いて言う言葉。愚痴。大辞林より自分の不満や不幸などを歎いて、人に訴える言葉。

考察現代、「泣き言」は泣きながら言う言葉というよりは、不満やなどを歎いて言う言葉として使用されているようだ。「泣き言ばかり言わないで」など。

 

7,おもひ-ね 【思寐】〔和語名詞〕

ひとを思ひつつ、寐ること。古今集、十二、戀、二「君をのみ、おもひねに寐し、夢ならば、 わが心から、見つるなりけり」

補遺水無瀬恋十五首歌合よりおもひねの夢路に人をみなと川さむればもとの浮きねなりけり】恋しい人を思いながらついた眠りで、その人の夢を見た、湊川の舟宿り。目が覚めてみれば、元どおり、私はひとり波の上に浮いて、憂き寝をしていたのだ。

大辞林より(1)恋しい人を思いながら寝ること。 (2)ものを思いながら寝ること。

考察現代ではほとんど使われていない。『玉水物語』や『桐壺』での使用が見られる。その他、歌で読まれていることが多く、『千載和歌集』、『秋篠月清集』その他、数々の歌合せなどで読まれた歌が残っている。

 

8,うろたへ・る 【狼狽】〔和語動詞〕

〔うろは、鈍(うろけ)、失意(おろけ)、の意、たへるは、倒れるの約〕あわつ。迷ひ」さっわぐ。あわてふためく。とちめく。とっちる。まごつく。うろたへる人をうろたへ者と云う。あわてもの。室町殿日記、十七、二十「我が君こそうろたへるのなれ、と云いければ」

補遺じんべい第六話より……そこで 真理子は袋を取り出し、「先生 お誕生日おめでとうございます」「あっそうかぁ」と嬉しそうにプレゼントを受け取る陣平、その時 美久との約束を思いだしうろたえる。真理子のプレゼントを見ている陣平の顔は...】

大辞林より(1)予想外の事態にどうしてよいかわからず、まごまごする。(2)うろうろと歩く。うろつく。岩波国語辞典より思いがけない事に驚き、どうすればよいか分からず、まごつく。

 

考察現代は、「あわてふためく」というよりは、「うろうろする」「まごつく」といったニュアンスが強い。この『大言海』の意味を見る限り、「うろたえる」というのは単に「慌てる」、「さわぐ」といった意味だったようだ。しかし現代は、「予想外の事態に遭遇し」と付け足されていることに注意したい。また、「うろたえ者」といった言い方も最近は少ないように思う。

【播州更屋敷でうろたえるお菊】

9,あきれかへ・る 【呆返】〔複合動詞〕

〔くつがへる、(覆)沸きかえる、同趣〕甚だしくあきるる。あきれはてる。「彼の亂暴には、 あきれかえる」

補遺鎌倉情報より……しかし、沖は、ウィンドサーフィンやジェットボート、海上保安庁のボートと騒がしく、これらの船がたてる波で、しこたま海水を飲んでしまった。ジェットボートのマナーの悪さには、あきれかえる。もっと沖で、愉しめばよいのに】大辞林よりすっかりあきれる。あきれはてる。岩波国語辞典より非常にあきれる。あきれはてる。考察この言葉は昔も今も同じ意味・用法で使われている。また、昔も現代とおなじように「あきれ果てる」という言葉も同様に使っていた事がわかる。

10,イキ-はり 【意気張】〔混種名詞〕

俚言集覧、いきはりづく「いきはりに同じく、づくは、腕づく、力づくなど、づくなり」〕意氣地を張ること。はりいじ。抗氣それを張り蓋して競うを、いきはりづくと云ふ此語、江戸、新吉原の遊女に就きては、略して、はりと云ひ、特色として稱せられき。好色一代男「京の女郎に、江戸のはりを持たせ、云云」浪花褖、街之壌、二、遊郭、新町「京の女郎に、長崎の衣装をきせ、江戸の張を持たせて、大坂の揚屋で遊びてい、と云うは、新町の事でありやす」異本、洞房語園(天明、温知叢書)下、三十五、散茶(さんちゃ)「岡より吉原へ來りし遊女は、未だ、はりもなくて、客をふるなど云うことはなし、されば、いきはりもなく、云云」(意氣地の条を見よ、岡とは、駒場所、即ち、江戸市中、所所の茶屋女なり)

補遺大辞林より遊女が意気地を張り通すこと。「いつしか客も粋に成て、立ひき―/滑稽本・志道軒伝」岩波国語辞典より意地を張る事

考察昔の使われ方としては、「遊女」における使用が多かったようだ。また、特定の遊女における使用は「はり」と言っていたと示されている。現代は、「いきはり」という言葉は使っておらず、「意地を張る」、「いじっぱり」と言いかえられている。

まとめ》名詞語彙には、相應の繪や圖が用意できるのだが、今回、人のしぐさ・ふるまいにかかわることばに着目してそれに見合う圖繪を挿入し、10語のことばを調べたところを評価したい。