2019/04/29 更新
ギンリョウソウ【銀龍草】
萩原義雄識
屋久島
k1234萩原義雄「ギンリョウソウ【銀龍草】」私が繙くことば
はじめに
ギンリョウソウ【銀龍草】という名の高山植物を観たことがございますか?
地中からその姿を見せるときの容子を屋久島レンジャーの菊地淑廣さんが写真撮影しています。この授業科目の参考写真として提供戴きました。御覧くださいませ。
さて、この「ぎんりょうそう」には、和名「ゆうれいそう」という異名が知られます。このことを小学館『日国』第二版を繙いて調べて見ました。
ことばの解析
一つの植物に、吾人たち人類は「命名(ネーミング)」ということをすることで、未知の情報を既知情報へと変換していくことをします。このとき、人は自身が最も親近感を感じているもの、ことの名を用いてこれに見立てようとします。ここでもこの植物の色や形から「ぎん【銀】」+「りゅう【龍】」+くさ【草】を重ね、くっつけ(=膠着)て、その命名としたのです。さらに、この名前を別な人が別な角度で観たとき、「ゆうれい【幽霊】」の姿態に似ているなぁと思って、命名したのが「ゆうれいそう【幽霊草】」、「ゆうれいたけ【幽霊茸】」、「ゆうれいばな【幽霊花】」とも名付けて呼ぶようになっていったのです。これを異名と言います。
そして、漢名(大陸中国で命名した名前)を「水晶蘭」と云い、学名を「Monotropastrum humile」と呼称する植物名となりました。
最後に、では此の植物は、食物として摂取して大丈夫か?という観点から見ておきますと、国語辞典・百科事典には、食物として無毒で有効か、有毒で命とりになるのかについてはどうみても記載がありません。では、国語辞典の役割として、本草医学研究に立ち入ることを望まないのでしょうか。不思議でなりませんでした。
誰もこの草花を見つけても、これを採取して口に入れる(=採食)しなかったのでしょうか。大陸中国の帝祖である神農はこの草を知らなかったのでしょうか。
一世代前に編まれた近代の国語辞典である大槻文彦編『言海』には、「ゆうれい-たけ[イウレイ‥]【幽霊茸】」としてこの草名を採録しています。次に示してみます。
?いうれいだけ【幽靈茸】〔名〕草ノ名、山林陰地ニ生ズ、莖、葉、花、共ニ水白色ニシ テ、萌芽ノ如シ、高サ五六寸、鱗ノ如キ葉ヲ着ク、莖ノ上ニ、一花傾キ開ク、形、臘梅 ノ花ノ開カザルモノノ如シ。スヰシャウラン。野菰 〔1759:四八頁2段〕
?すゐしゃうらん【水晶蘭】〔名〕いうれいだけニ同ジ。〔19791:五四〇頁3段〕
とあって、吾人の疑問に答えてくれません。ただ、『日国』第二版では全く未載録の異名「野菰」が添えられていました。この異名語については、大槻文彦が何を典拠にして取り込んだのかを考える次なることばの考察へと展開していく素材語となっています。
実際、「ナンバンギセル」の名として、松田修『カラー歳時記』〈野草〉編に、「その外形がキセルの雁頸のごとき形をしているからで、オモイグサはその姿を、もの思う姿に見たてたやさしい名で、万葉集にも「道の辺の尾花が下の思草今さらになぞ物か念はむ」(巻十一】という歌がある。漢名は野菰」と示されていて、「おもいぐさ【思草】」という呼称に聯関させてみていくことを教えてくれます。このことも『日国』第二版で見ていきますと、見出し語「おもい-ぐさ[おもひ‥]【思草】」の【語誌】に、「どの植物を指すのかについては古来諸説がある。」としていて、?に「植物「なんばんぎせる(南蛮煙管)」の異名」と記載されています。言わば、類語(=よく似た草名)として捉えていることが見て取れます。
まとめ
考察してみた結果として、得られたことは異名を知り得たことです。この草花である植物が、吾人たち人が食してどうなるかは定かでないと云うことでしょうか。無毒か有毒かを明確に言及しておくことが今後の課題となっています。
《補助資料》
小学館『日本国語大辞典』第二版
ぎんりょう-そう[‥サウ]【銀龍草】〔名〕イチヤクソウ科の多年草。各地の山中の陰地で、堆積した落ち葉などに腐生する。高さ約一〇センチメートル。葉緑素をもたず、根以外は純白色で半透明。根は暗褐色でもろく、集まって塊状をなす。茎は分枝せずに直立し、葉は鱗片状で多数互生しており、下部のものは重なりあう。五?八月、茎頂に白色の筒状花を斜め下向きに単生する。果実は白色、球形の液果で種子は多数。漢名、水晶蘭。まるみのぎんりょうそう。ゆうれいたけ。ゆうれいそう。ゆうれいばな。学名はMonotropastrum humile 《季・夏》*日本植物名彙〔一八八四(明治一七)〕〈松村任三〉「ギンリャウサウ ユウレイサウ ユウレイタケ 水晶蘭」【発音】ギンリョーソー〈標ア〉[0]【図版】銀龍草
ゆうれい-そう[イウレイサウ]【幽霊草】〔名〕植物「ぎんりょうそう(銀龍草)」の異名。*物品識名〔一八〇九(文化六)〕「ユウレイサウ ゆうれいたけ」*日本植物名彙〔一八八四(明治一七)〕〈松村任三〉「ギンリャウサウ ユウレイサウ ユウレイタケ 水晶蘭」【方言】植物。(1)ぎんりょうそう(銀龍草)。《ゆうれいそう》和歌山県西牟婁郡690(2)つきみそう(月見草)。《ゆうれいぐさ》島根県益田市725(3)あじさい(紫陽花)。《ゆうれいぐさ》鹿児島県種子島979(4)おきなぐさ(翁草)。《ゆうれぐさ》熊本県玉名郡929【発音】ユーレィソー〈標ア〉[0]
ゆうれい-たけ[イウレイ‥]【幽霊茸】〔名〕植物「ぎんりょうそう(銀龍草)」の異名。*物品識名〔一八〇九(文化六)〕「ゆうれいさう ユウレイタケ」【発音】ユーレィタケ〈標ア〉[レ]【辞書】言海【表記】【幽霊茸】言海
ゆうれい-ばな[イウレイ‥]【幽霊花】〔名〕植物「ひがんばな(彼岸花)」の異名。《季・秋》【方言】植物。(1)ひがんばな(彼岸花)。《ゆうれいばな》上総†020美作†020埼玉県北葛飾郡258広島県比婆郡772山口県都濃郡794徳島県海部郡054大分市941《ゆうれんばな》和歌山県伊都郡692広島県054771徳島県海部郡811愛媛県840高知県安芸郡864(2)まつよいぐさ(待宵草)。《ゆうれいばな》山口県厚狭郡799(3)つきみそう(月見草)。《ゆうれいばな》奈良県南葛城郡683島根県益田市725《ゆうれんばな》香川県仲多度郡829愛媛県840(4)あじさい(紫陽花)。《ゆうれいばな》山口県美祢郡794(5)すみれ(菫)。《ゆうれいばな》山口県佐波郡794(6)おきなぐさ(翁草)。《ゆうれいばな》熊本県鹿本郡964《ゆうればな》熊本県玉名郡929(7)こばのとねりこ(小葉?)。《ゆうれいばな》山形県西田川郡139(8)ぎんりょうそう(銀龍草)。《ゆうれいばな》山形県酒田市・東田川郡139
日本大百科全書(ニッポニカ)
ぎんりょうそう/銀竜草[学]Monotropastrum humile (D. Don) Haraイチヤクソウ科の多年生の腐生植物。別名ユウレイタケ、マルミノギンリョウソウ。全体が純白色であるが、桃色を帯びるものもあり、乾くと黒くなる。茎は高さ五〜二〇センチメートル、太く直立し、多数の鱗片葉(りんぺんよう)が上向きにつく。四〜七月、茎頂に白い花が1個下向きに開き、包葉に包まれる。花柱は先が開出し、柱頭は暗紫色に染まる。丘陵帯から亜高山帯の腐植土の多い林床に生え、日本全土、樺太(からふと)(サハリン)、南千島、朝鮮、中国、ヒマラヤに分布する。名は、花が銀白色で下向きに開く姿を竜に見立てたもので、ユウレイタケの名は、葉緑素がないのでキノコを連想し、暗い林内に頂が垂れて開く草姿から白衣をまとった幽霊に見立てたものである。ギンリョウ属は、子房は1室で側膜胎座、果実は液果である。アジアに四種が分布する。[高橋秀男]
おもい-ぐさ[おもひ‥]【思草】〔名〕(1)植物「なんばんぎせる(南蛮煙管)」の異名。《季・秋》*万葉集〔8C後〕一〇・二二七〇「道辺の尾花が下の思草(おもひぐさ)今さらになに物か思はむ〈作者未詳〉」*日本植物名彙〔一八八四(明治一七)〕〈松村任三〉「オモヒグサ キセルサウ ナンバンギセル 野菰」(2)植物「おみなえし(女郎花)」の異名。*行宗集〔一一四〇頃〕「女郎花おなじ野べなるおもひ草いま手枕にひき結びてむ」*譬喩尽〔一七八六(天明六)〕四「思(オモヒ)草 女郎花を云」(3)タバコの異称。*浄瑠璃・曾根崎心中〔一七〇三(元禄一六)〕「煙管にくゆる火も、道のなぐさみ熱からず吹きて乱るる薄煙、空に消えては是もまた、行方も知らぬ相おもひぐさ」*浄瑠璃・丹波与作待夜の小室節〔一七〇七(宝永四)頃〕夢路のこま「相合煙管思ひ草思ひしかひも夏の蝉」【語誌】どの植物を指すのかについては古来諸説がある。(1)和歌で「尾花が下の思草」と詠まれることが多いところから、ススキなどの根に寄生する南蛮煙管と推定されている。「思ふ」を導いたり、「思ひ種」にかけたりして用いられるが、下向きに花をつける形が思案する人の姿を連想させることによるものか。(2)((1)(2)について)他に、『蔵玉集』には「女郎花を思草といふ事は、斎院せむさい草尽に見えたり。天智天皇草名異名には、薄といへり。又しをんとも、不二分明一。但、女郎花を思草と云事は、彼前栽合に定らるる条、勿論なり、又、桜をも能因法師は詠ぜり」とある。また、『藻塩草』巻八は「龍胆(りんどう)」「茅」に「思い草」を挙げ、さらに一説として、なでしこ、しおん、女郎花のことともいう。そのほか『顕注密勘』『連歌不審詞聞書』では龍胆、『仙覚抄』『色葉和難集』では茅、『仙覚抄』『女中詞』ではなでしこ、『八雲御抄』では露草などとある。【語源説】((3)について)これを喫すると相離れることができなくなるので、この名がついたもの〔狂歌烟草百首〕。【発音】オモイグサ〈標ア〉[イ][モ]【辞書】易林・書言【表記】【思草】易林・書言