2005.08.28更新
「高野山釋教長歌」
(中山道熊谷驛七十有三翁笑壽)
しんしむの とものつミらは 無他にちる ゆきかとみつる
夕しもハ 夜さむミおきつ いよしらけ 人も笠名は
かそしれん 参るなかたひ きよしあか ミなくうのミつ
なそしらて みやまのこしに いそけこの 友にたか野を
拝したし 岩をのかたに もとのこけ そいにしこのま
やミてらし そなつミのうく なミかあし よき日たかなる
今むれし そか花坂も とひけらし よい月を見ん
さ夜はもし ふゆるつミとか きゆる地に たんハらミつの
もとのむしむし
右中山道熊谷驛
七十有三翁 笑壽
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身心(シンシム)の 共の罪等は 無他(ムタ)に散る 雪かと見つる
夕霜は 夜寒み起きつ 愈白け 人も笠名は
彼ぞ知れん 参る長旅 清し閼伽(アカ) 皆空(クウ)の水
拝したし 巖(いはを)の方に 元の苔 添いにし樹の
闇照らし 夫な罪の憂く([浮く]) 汝身([波])が惡し 佳き日なる
今群れし 其が花坂も 訪ひけらし 良い月を見ん
小夜は若し 殖ゆる罪咎(つみとが) 消ゆる地に 檀波羅蜜(ダンハラミツ)の
本の無始(ムシ)無始(ムシ)
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参考文献
山内潤三先生「野山釋教長歌作者笑壽と化政・天保期江戸狂歌壇について」〔密教文化第九十七号、昭和四十六年十二月發行、10頁〜36頁〕参照。
山内潤三先生「廻文歌の限界と効用―野山釋教長歌を頂点として―」