金環日蝕
敗戦の痛手の生々しい昭和23年5月9日起登臼その他で行なわれていた礼文島の金環日蝕観測は、世界的に礼文の名を広めたばかりでなく、日米観測陣の観測成功と同時に平和日本を海外に広めるにふさわしい盛亊となった。
中心の起登臼では午後零時50分30秒不思議なことに雲が晴れ、日米観測陣は0.7秒の黒い太陽を見事に捕えることが出来た。
この時の金環蝕は、皆既に近く蝕分(太陽直径と月直径の比)が0.9996となっており、この為太陽と月が重なった際太陽が月の廻りに輪を書くまでに至らず月の面の谷の部分から瞬の余光が輝き所謂ベイリ−の数珠と呼ばれる真珠の数珠を連ねたように光った。
日米観測隊長萩原雄祐、米国地理学隊長オキ−フ博士を初めとする各分野の権威者は次の観測目的をもって一瞬の奇蹟に挑みそれぞれが素晴らしい成績を治めた。
尚香深ではこの観測を記念して昭和29年8月観測中心地となった起登臼に記念碑を建立した。(実際の観測地は此から100メ−トル南。)これは礼文島に於ける文化的な唯一の碑として観光客の眼を引いている。
所属 観測目的 観測地 成績
米国地理学協会 特殊カメラによる日蝕撮影 起登臼 100
東京天文台 観測地点の経緯度測定 起登臼 100
東京天文台 太陽面の高度分布の測定 起登臼 100
東京天文台 部分蝕の撮影 起登臼 100
水沢緯度観測所 金環蝕過程の撮影 起登臼 100
運輸省水路部 中心線と南北限界の決定 起登臼 80
東北大天文学教室 接触時刻の決定 起登臼 100
東北大地球物理学教室 太陽輻射の強度測定 起登臼 80
京大宇宙物理学教室 中心線の決定 起登臼 100
柿岡地磁気観測所 地磁気地電流空中電気の測定 香深井 80
高層気象台 上層大気の変化の研究 香深 70
中央気象台 衛星気象の研究 香深 100
中央気象台 紫外線の測定 香深 80
中央気象台 大気凝結の研究 宇遠内 80
電波物理学研究所 電離層に関する研究 稚内 100
東北大地球物理学教室 地磁気電流変化の測定 稚内 100
東北大地球物理学教室 太陽輻射量の時間的変化の研究 稚内 100
東大地球物理学教室 気象観測 窓内 50
高層気象台 上層大気の変化の研究 稚内 80
中央気象台 雲霧雨滴の変化の研究 稚内 70
中央気象台 気象観測 稚内 70
『趣味の香深村』から抜粋
金環蝕への想い
一九九二.七.二六の夕暮から行動開始。

内地生まれの小生にとって最北の夏は秋をも思わせる。
一泊の礼文市民との交流は不安。
一抹の不安を背に旅立つ。
とりあえず金環蝕で有名な起登臼に行こう。
レンタサイクルをかっとばす。
そろそろ目的地のはずだがそれがない。
性がなく来た道をひきかえすとちっぽけな村がある。
そう、そこが起登臼だった。
みたところ民家は七,八軒だ。それにしても人がいない。
うろうろしていると八十歳近くの老婆がいるのに気づき接触してみたが、なにしろ五十年も前のことなので記憶にない。
ラッキ−なことに会社途中の真宮民雄さん(起登臼)と接触がとれた。「すいません金環蝕に付いて伺いたいんですが」。「何しろ五十年も前の事だからね。あ,ちょっと待って確か写真が有ったはずだ」。「それ見せて頂けませんか。」「未だ仕事があるから午後七時ごろだったらいいけど」。「じゃあその頃伺います。」やった大収穫だ。これならいけそうだ。確か内路も金環蝕で有名だったな。
軽快な足取りで内路に向う。胸のもやもやが晴れ行き交う人に話しかける。
熊木辰雄さん宅に写真があった。当然白黒。だがくっきりと月に隠れた太陽がみえる。「あれ異国人がいますよ。」「そうだよ。でも私たちもびっくりしたよ何しろ初めてお目にかかるからね。当時の印象としては大っきくて迫力があってそりゃあもう恐ろしいったらありゃしないよ。だけどわしらの家に泊めた頃には宿なんかなかったんだ。」「でも成行きにせよ彼等を自分の家に泊めたとは恐れ入ります。」
収穫を手に約束の時間まで動き回る。
碧い波の音と自然の香りを身体で感じながら自転車を軽快に走らせる。
一面真黒。それが昆布だと気付くのにはあまり時間を要しなかった。
如何にも海の男を思わせる辻多美男さんが快く話してくれた。「ここの昆布は日本一だ。よし昆布の話をしてやろう。昆布には階級があって一等級・二等級・三等級・中切・四等級・原料一・原料二となってんだ。それに関西方面では去年天然物が二十八万,養殖物が十一万だったんだ。また京都の永平寺では昆布で型取った土産物まであるんだ。おめえ腹減ったろ釣ったばかりのイカがあるんだ。食ってけ。」(軟らかくとても旨かった)「この時期になるとおめえみたいのが結構多いんだ。」「と言うと。」「宿とらねえで泊めてくれってのがいるんだ。あいにく今日は部屋が一杯でね。」「どうぞお構いなく。」「記念に昆布やりゃあ。」「これはいい土産になります。有難うございます。」
そろそろ約束の時間だ。
夏とは言え午後七時は真っ暗。
自転車で行くのはもう嫌だ。
スク−タ−に乗換えて一路起登臼へ。
風を切って走るのは実に爽快。
「いらっしゃい。残念だけど金環日蝕の写真無くなったんだ。とりあえず晩飯でもどうぞ。その代わりと言ってはなんなんだけど起登臼に半月程滞在した金環蝕観測隊長である萩原雄祐が御礼の意味を込め書記した貴重な掛軸があるんだ。」「是非見せて下さい。なんか時代を感じますね。これどう言う意味ですか。」「残念だけど叔父さんにも解らないんだ。そう言えば、隊長と共に観測していた金子巧さんが掛軸のことを知り訪れて来て解読してくれたんだけどそれもどっかいっちまったよ。」「今日は貴重なお話どうも有難うございました。」
その日真っ暗な夜をスク−タ−でかっとばしレンタサイクル屋の車中で一夜を過した。

(文責 林 晃平)

 

この「金環蝕:月の周りに太陽が出て見える」ではありませんが、「皆既日食:太陽が完全に月に隠れる」の今世紀最大の確認を日本列島南端の島である「屋久島」で2009年7月22日に6分38秒観測できるという。←「Emapwin(日食計算ソフト)で計算した予報」さらに、「http://www.fcz-lab.com/2sec-sw.html」〔2008.01.28更新:萩原義雄記〕

 

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