ラボ駅伝

駒澤大学で行われている研究を、リレー形式で紹介する連載メディアです。創造的でユニークな研究を通して見える「駒大の魅力」をお伝えします。

学びのタスキをつなぐ 駒澤大学 ラボ駅伝

第22区 大城道則 教授

考古学から見るエジプト文化

自然にも動物にも神が宿り川を境に現世と来世がある。遠いようで、すごく近い日本と古代エジプトの文化です。

エジプトと言えば、すぐ頭に浮かぶのはピラミッドだろう。遙か昔から、さまざまな人がその成り立ちの謎解きと、埋蔵されたミイラや副葬品を目的に発掘を行い、現在も先端技術を駆使した調査が続けられている。しかし、いまだにピラミッドの謎の核心に直接、触れることは難しいという。近年はエジプト・メイドゥム遺跡の発掘調査を精力的に行っている大城先生に、エジプト考古学の魅力についてうかがった。

日本と古代エジプトの共通点 多様性を受け入れる寛容な文化日本と古代エジプトの共通点
多様性を受け入れる寛容な文化

大城道則 教授

私の専門は古代エジプト史。なかでも紀元前3000年ごろから約3000年続いたエジプト文明がどうやってできたか、それがローマ、ギリシア時代を経て、どのように世界中に広がっていったのかを研究しています。エジプト研究の長い歴史を持つヨーロッパ人やエジプト人と同じ土俵で勝負するより、日本人ならではの研究がしたい。そう考えたとき、古代エジプトは日本と共通する事柄が数多くあると気づきました。

エジプトと聞くと、灼熱の砂漠で日本とはかけ離れた国だと思うかもしれません。でも、多くの神々を受け入れる多神教の世界、来世を信じる宗教感、三途の川と同様にナイル河が大きな意味を持つ死生観などは、キリスト教徒の欧米人や、イスラム教徒となったエジプト人より、八百万の神を尊ぶ日本人の方が理解できるのではないでしょうか。

たとえば、古代エジプトでは紀元前10世紀ごろに異民族が移入して王になります。リビア人が王となり、後続のリビア人たちが王座を巡って争い始めると、ヌビア(現スーダン)の黒人の王が来て「私がエジプトの正統を守る」と王座に座る。大義名分のもとエジプトの信仰や文化を崩すことなく治めてくれるなら、それに人々は従うのです。今のダイバーシティの先駆けのような寛容性が、エジプトに多様性をもたらしたのです。

同様に日本にも、「来訪神」として異人を受け入れ、もてなす習慣があります。舶来品をありがたがる文化もありますね。日本で多神教が受け入れられたのは、そうした文化背景にあると考えているのですが、エジプトもまた、ナイルの豊かな水を求めて集まってきた多様な民族と信仰を受け入れてきた結果、多神教の世界を築いたのでしょう。

ピラミッドのような巨大な王墓の成り立ちにも、中国や日本の巨大古墳と共通するものがあるはずです。私がピラミッドを調べるのは、その構造や成り立ちから古代の人の思いを知りたいから。古代エジプト研究を通じて、最終的に「日本人とは何なのか」というテーマにつなげたいと考えています。

エジプト研究のために西洋史を学び、縄文弥生の遺跡を掘るエジプト研究のために
西洋史を学び、縄文弥生の遺跡を掘る

小さいころから、エジプトやシルクロードの歴史紀行番組などを父とよく見ていました。読書も好きで、アガサ・クリスティのミステリーに出てくる考古学の話にはワクワクしました。考古学やエジプトについて書かれた本を読んだわけではありませんが、ピラミッドやスフィンクスといったイメージが子どもにとって分かりやすかったこともあるのでしょう。いつか行ってみたいと憧れるようになりました。

大学もエジプトを学べるところに行きたいと考え、出身地に近い関西大学に入りました。加藤一朗というシカゴ大学の第一線でエジプト研究をし、日本にエジプト学をもたらした先生がいらっしゃったからです。入学してすぐ、学部生の分際で先生の研究室に押しかけて、「ヒエログリフの読み方を教えてください」と頭を下げました。何度も断られましたが、最後は根負けして教えてくださいました。先生はとても厳しい方で、そうやって師事できたのは本当に幸運だったのです。大学では「古代エジプト研究会」なるサークルも作って、みんなでヒエログリフの勉強会をしていました。

じつは、日本でエジプト研究ができる大学は多くはありません。学部で考古学が専攻できる数少ない大学である駒澤大学でさえ、私の担当は西洋史。古代エジプト史だけではなく、古代ギリシアやローマ史を教えながら、古代エジプト史の研究を続けているんです。もちろん、エジプトを広い視点で見るために西洋の知識は欠かせませんが、専門がエジプトだけでは、大学において学生たちに教える機会は持てないでしょう。

私にその厳しい現実を教えてくれたのも加藤先生です。「おまえはヒエログリフを読める人になりたいのか、大学の先生になりたいのか」、「ヒエログリフはおもしろいが仕事はないぞ」と。それで私も大学教員になるべく西洋史を学ぶと同時に、アルバイトで日本の考古学の現場に通って実測や測量を覚え、エジプト行きのチャンスを待ったのです。この加藤先生の教えは、私の研究室に来る学生にもしっかりと伝えています。

発掘最終日に起きた金銀財宝発見のチャンス発掘最終日に起きた
金銀財宝発見のチャンス

古代エジプト史がおもしろい理由のひとつは、文字が残っていることでしょう。碑文史料やパピルス文書が山ほど残されているのです。マチュピチュで有名なインカ文明も素晴らしいけれど、文字なしでは彼らの思想は分かりません。

一方で、神殿や遺跡に残された原始絵画の解読も楽しいものです。エジプト第一王朝の少し前の時代には、絵馬のように願いを込めたり、何か大きな出来事を後世に伝えたりするための絵画がたくさん描かれ、さまざまなシーンから当時の生活や文化を知ることができます。確かな答えはないので、研究には想像力が不可欠。どれだけ説得力のある論文を書けるかが勝負です。

しかし、史実として分かることもあります。たとえば、古代エジプト最初の王、ナルメルの奉献用パレットの上部にはナマズと大工道具の鑿(のみ)が描かれていますが、後の時代の史料と合わせ読めば、それが"ナルメル"を表す図像だと分かります。

ナルメル王の奉献用パレット(レプリカ 左:表 右:裏)石板の表面に下エジプトを象徴する赤い冠を、裏面に上エジプトを象徴する白い冠をかぶったナルメル王が描かれ、「上下エジプトを統一した王」として神殿に奉納した
ナルメル王の奉献用パレット(レプリカ 左:表 右:裏)石板の表面に下エジプトを象徴する赤い冠を、裏面に上エジプトを象徴する白い冠をかぶったナルメル王が描かれ、「上下エジプトを統一した王」として神殿に奉納した

エジプトとスーダンとリビアの国境では、遊牧民のガイドを雇って野営をしながら岩絵の調査もしました。1万年前の人が描いたラクダやキリンなどの鮮やかな岩絵にはピラミッドより感動しましたね。

サハラ砂漠の岩壁に描かれた原始絵画の調査 2009年12月
サハラ砂漠の岩壁に描かれた原始絵画の調査 2009年12月
リビアでの岩絵調査 2010年12月
リビアでの岩絵調査 2010年12月

忘れられないのは、20代のころ数年にわたって通っていたシリアのパルミラ遺跡の発掘調査です。あるシーズンの調査が終わって、いざ帰ろうというときに墓地の中で車のタイヤがガクンと穴に落ちたんです。発掘の最終日に何かが見つかるという逸話があちこちにありますが、翌年にその穴を掘ったら金銀財宝が出てきたんですよ。紀元前300年ごろのお墓で、長テーブルを2つ並べたくらいの小さな墓に女性が1人と副葬品が埋まっていた。こんなことって本当にあるんだと感動しました。私の発掘の出発点となった調査です。

先端技術を使って古代遺跡をスキャンする先端技術を使って
古代遺跡をスキャンする

現在、私たちが調査をしているメイドゥム遺跡には、ギザの大ピラミッドを建造したクフ王の父、スネフェル王のピラミッドを中心に、3000年にわたって大小さまざまな墓が造られてきました。ギザやルクソールと並ぶ重要な遺跡ですが、約100年間、まったく調査されていませんでした。ところが、私たちと親交のあるエジプト考古学の権威、ザヒ・ハワス博士からメイドゥム調査の推薦を受けたのです。本当に驚きましたが、各国調査隊との選考にも打ち勝ち、2019年3月から3回にわたって調査を行うことができました。

メイドゥムの崩れピラミッドは、ピラミッドのコア部分が見えるため、ピラミッドの殿建造方法を研究する上で非常に貴重な存在だ。周辺にはスネフェル王(クフ王の父)の息子たちの墓が複数発見されており、新たな発見が期待されている。
メイドゥムの崩れピラミッドは、ピラミッドのコア部分が見えるため、ピラミッドの殿建造方法を研究する上で非常に貴重な存在だ。周辺にはスネフェル王(クフ王の父)の息子たちの墓が複数発見されており、新たな発見が期待されている。

メイドゥムでは王族の巨大な墓が複数発見されているほか、クフ王の兄弟の墓も発掘されています。そして、これまでの私たちの調査で新たな「墓の影」も確認できました。2020年に発掘調査を行う予定で、2019年末にクラウドファンディングも募ったのですが、新型コロナウイルス感染症の影響で調査日程を短縮せざるを得ず、ドローンやレーザーによる測量しかできませんでした。調査の延長手続きが通れば、その時には発掘したいと考えています。

メイドゥム遺跡でKEYTEC株式会社の地下レーダーで探査中の大城先生(2019年7月)
メイドゥム遺跡でKEYTEC株式会社の地下レーダーで探査中の大城先生(2019年7月)

エジプトには未だに見つかっていない多くの墓があります。ツタンカーメンのような未盗掘の墓の発見は、やはり研究者の憧れです。しかし、どんなに調べたくてもピラミッドは壊すことができません。私たちは遺跡の外から測ったり覗いたりするしかないのです。
地下の遺跡やピラミッドの内部はレーダーやレーザーによる3次元測量を行います。レーザーならピラミッドを輪切りにした図面も作れます。ドローンによって空撮も気軽に行えるようになりました。近年は、ミューオンという宇宙から降ってくる素粒子による透視も行われています。岩盤1kmでも貫通する強力なレントゲンのような装置ですが、重さ数トンもある装置の設置には巨額な予算が必要です。

大城先生の右にあるのがファロージャパン製のレーザースキャナー(2019年9月)
大城先生の右にあるのがファロージャパン製のレーザースキャナー(2019年9月)

ツールは格段に進歩してきましたが、現状の技術では遺跡内の小さな空間は見えませんし、棺の位置を見るにも解像度が低すぎます。技術の進歩で、あと10年もすれば内部の詳細も見えるようになるのではないかと期待しています。

あるエジプト学者は、「ピラミッドを調べてどうするのか? 何かを見つけても入れないのに意味があるのか」と言います。まさにその通りで、先端技術で遺跡内の空間が発見できても、それは技術的な成果でしかありません。クフ王のピラミッドの中には間違いなく長さ30mくらいの巨大な空間があります。しかし、それが確認できたところで中には入れない。現在の考古学の最大のジレンマです。でも、見えない内部を、史料を頼りに好きなように想像できるのは最高のロマンかもしれませんね。

Profile

大城道則教授
関西大学大学院文学研究科史学専攻博士課程修了。英国バーミンガム大学大学院古代史・考古学科エジプト学専攻修了。2003年より駒澤大学文学部歴史学科外国史学専攻専任講師。2014年より現職。博士(文学)。エジプトをはじめシリアのパルミラ遺跡、イタリアのポンペイ遺跡などで発掘調査に携わる。おもな著書に『古代エジプト文明〜世界史の源流』(講談社)、『古代エジプト死者からの声』(河出書房新社)、『図説ピラミッドの歴史』(河出書房新社)『神々と人間のエジプト神話:魔法・冒険・復讐の物語』(吉川弘文館)ほか多数。

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