Last updated 4/1/99 渋谷栄一訳(C)(ver.1-1-2)    桐 壷 第一章 光る源氏前史の物語 1.父帝と母桐壷更衣の物語---どの帝の御代のことであったか 2.御子誕生(一歳)---前世でも御宿縁が深かったのであろうか 3.若宮の御袴着(三歳)---この御子が三歳におなりの年に 4.母御息所の死去---その年の夏、御息所、弱々しい感じに病気になって 5.故御息所の葬送---しきたりがあるので、先例の葬法どおりにお営み申すのを 第二章 父帝悲秋の物語 1.父帝悲しみの日々---いつのまにか日数は過ぎて 2.靫負命婦の弔問---野分めいて、急に肌寒くなった夕暮どき 3.命婦帰参---命婦は、まだお寝みあそばされなかったのだわと 第三章 光る源氏の物語 1.若宮参内(四歳)---月日がたって、若宮が参内なさった 2.読書始め(七歳)---今は内裏にばかりお暮らしになっている 3.高麗人の観相、源姓賜わる---そのころ、高麗人が来朝している中に 4.先代の四宮(藤壷)入内---年月がたつにつれて、御息所のことを 5.源氏、藤壷を思慕---源氏の君は、お側をお離れにならないので 6.源氏元服(十二歳)---この君の御童姿を、とても変えたくなくお思いであるが 7.源氏、左大臣家の娘(葵上)と結婚---その夜、大臣のお邸に源氏の君を退出させなさる 8.源氏、成人の後---元服なさってから後は   第一章 光る源氏前史の物語  [第一段 父帝と母桐壷更衣の物語]  どの帝の御代のことであったか、女御や更衣たちが大勢お仕えなさっていたなかに、たいして高貴な身分ではないで、きわだって御寵愛をあつ めていらっしゃる方があった。  最初から、自分こそはと気位い高く持っていらっしゃった御方々は、不愉快な人だと、見くだし嫉みなさる。同じ身分、その方より身分の低い更衣 たちは、いっそうおもしろくない。毎日の宮仕えにつけても、他人の気持ちばかりを不愉快にさせ、恨みを買うことの積もり積もったせいであろうか、 とても病弱になってゆき、何となく心細げに里に下がることが多いのを、ますますこの上なく不憫な人だとおぼし召されて、人の非難をもおさしひか えあそばすことがおできになれず、後世の語り草にもなってしまいそうなおん慈しみようである。  上達部、殿上人なども、人ごとながら、目をそらしそらし、「とても眩しい程の御寵愛である。唐土でも、このような問題が原因で、世の中も乱れ、 具合が悪かったのだ」と、しだいに世間でも、困ったことに、人々の苦情の種となって、楊貴妃の例まで引き合いに出されそうになってゆくので、た いそういたたまれないことが数多くあるが、もったいない御愛情を唯一の頼みとして、宮仕えなさる。  父親の大納言は亡くなって、母親の北の方が古い家柄の人の教養ある人で、両親とも揃っていて、今現在の世間の評判が勢い盛んな方がたに もたいしてひけをとらず、どのようなことの作法にも対応なさっていたが、これといったしっかりとした後見人が特にいないので、改まったことの行わ れるときには、やはり頼りとする人がなく心細い様子である。  [第二段 御子誕生(一歳)]  前世でも御宿縁が深かったのであろうか、この世にまたとなく美しい玉のような男の御子までがお生まれになった。早く早くとじれったくおぼし召 されて、急いで参内させて御覧あそばすと、たぐい稀な嬰児のお顔だちである。  第一皇子は、右大臣の女御がお生みになった方なので、後見人がしっかりしていて、正真正銘の皇太子になられるお方だと、世間では大切にお 扱い申し上げるが、この御子の輝く美しさにはお並びようもなかったので、一通りの大切なお気持ちであって、この若君の方を、自分の思いのまま におかわいがりあそばされることは際限がない。  最初から女房並みの帝のお側用をお勤めをなさるはずの身分ではなかった。人々の評判もとても高く、上流人の風格があったが、むやみにお側 近くにお召しあそばされ過ぎた結果、しかるべき管弦の御遊の折々、どのような催事でも雅趣ある催しがあるたびには、まっさきに参上させなさ る。ある時にはお寝過ごしなされて、そのまま伺候させておきなさるなど、むやみに御前から離さずに御待遇あそばされたうちに、自然と身分の低 い女房のようにも見えたが、この御子がお生まれになって後は、たいそう格別にお考えおきあそばされるようになっていたので、東宮坊にも、ひょっ とすると、この御子がおなりになるかもしれないと、第一皇子の女御はお疑いになっていた。誰よりも先に御入内されて、大切にお考えあそばされ ることは一通りでなく、皇女たちなどもいらっしゃるので、この御方の御諌めだけは、さすがにやはりうるさいことだが無視できないことだと、お思い 申し上げあそばされるのであった。  もったいない御庇護をお頼り申してはいるものの、軽蔑したり落度を探したりなさる方々は多く、自身はか弱く何となく頼りない状態で、なまじ御 寵愛を得たばっかりにしなくてもよい物思いをなさる。お局は桐壷である。おおぜいのお妃方の前をお素通りあそばされて、そのひっきりなしのお素 通りあそばしに、お妃方がお気をもめ尽くしになるのも、なるほどごもっともであると見えた。参上なさるにつけても、あまり度重なる時どきには、打 橋、渡殿のあちらこちらの道に、けしからぬことをたびたびして、送り迎えの女房の着物の裾、がまんできないような、とんでもないことがある。また ある時には、どうしても通らなければならない馬道の戸を鎖して閉じ籠め、そのこちら側とあちら側とで示し合わせて、進むも退くもならないように困 らせなさるときも多かった。何かにつけて数知れないほど辛いことばかりが増えていくので、たいそうひどく思い悩んでいるのを、ますますお気の毒 におぼし召されて、後凉殿に以前から伺候していらっしゃる更衣の部屋を他に移させなさって、上局として御下賜あそばす。その方の恨みはなおい っそうに晴らしようがない。  [第三段 若宮の御袴着(三歳)]  この御子が三歳におなりの年に、御袴着の儀式を一宮がお召しになったのに劣らず、内蔵寮、納殿の御物をふんだんに使って、大変に盛大にお させあそばす。そのことにつけても、世人の非難ばかりが多かったが、この御子が成長なさって行かれるお顔だちやご性質が世間に類なく素晴ら しいまでにお見えになるので、お憎みきれになれない。ものごとの情理がおわかりになる方は、このような方もこの末世にお生まれになるものであ ったよと、驚きあきれる思いで目を見張っていらっしゃる。  [第四段 母御息所の死去]  その年の夏、御息所、弱々しい感じに病気になって、退出しようとなさるのを、お暇を少しもお許しあそばさない。ここ数年来、いつもの病状におな りになっていらっしゃるので、お見慣れになって、「このまましばらく様子を見よ」とばかり仰せられるうちに、日々に重くおなりになって、わずか五、 六日のうちにひどく衰弱したので、母君が涙ながらに奏上して、退出させ申し上げなさる。このような時にも、あってはならない失態を演じてはなら ないと配慮して、御子はお残し申して、人目につかないようにして退出なさる。  決まりがあるので、お気持ちのままにお留めあそばすこともできず、お見送りさえままならない心もとなさを、言いようもなく無念におぼし召され る。たいそう照り映えるように美しくかわいらしい人が、ひどく面痩せして、まことにしみじみと物思うことがありながらも、言葉には出して申し上げる こともできずに、生死もわからないほどに息も絶えだえでいらっしゃるのを御覧になると、過去も未来もお考えあそばされず、すべてのことを泣きな がらお約束あそばされるが、お返事を申し上げることもおできになれず、まなざしなどもとてもだるそうで、常よりいっそう弱々しくて、意識もないよう な状態で臥せっているので、どうしたらよいものかとお惑乱あそばされる。輦車の宣旨などを仰せ出されても、再びお入りあそばしては、どうしても お許しになることがおできになれない。  「死出の旅路にも、一緒に行こうと、お約束あそばしたのに。いくらなんでも、おいてけぼりには、行かせまい」  と仰せになるのを、女もたいそう悲しいと、お顔を拝し上げて、  「人の命には限りがあるものと、今、別れ路に立ち、悲しい気持ちでいますが、   行きたいと思うのは、生きる世界なのでございます。  ほんとうにこのように存じましたならば」  と、息も絶えだえに、申し上げたいそうなことはありそうな様子であるが、たいそう苦しげに気力もなさそうなので、このままの状態で、最期となっ てしまうようなこともお見届けしたいと、お考えあそばされるが、「今日始める予定の祈祷類を、しかるべき僧たちの承っておりますのが、今宵から」 と言って、おせき立て申し上げるので、やむを得なくお思いあそばしながら退出させなさる。  お胸がひしと塞がって、少しもうとうとなされず、夜を明かしかねあそばす。勅使が行き来する間もないうちに、しきりに気がかりなお気持ちをお漏 らしあそばしていらしたところ、「夜半少し過ぎたころに、お亡くなりになりました」と言って泣き騒ぐので、勅使もたいそうがっかりして帰参した。お耳 にあそばす御心の転倒、どのような御分別をも失われて、引き籠もっておいであそばす。  御子は、それでもとても御覧になっていたいが、このような折に伺候していらっしゃるのは、先例のないことなので、退出させなさろうとする。何事 があったのだろうかもおわかりにならず、お仕えする人々が泣き惑い、主上も涙が絶えずおこぼれあそばしているのを、変だと拝し上げなさること よ。普通の場合でさえ、このような別れの悲しくないことはない次第なのに、まして悲しく何とも言いようがない。  [第五段 故御息所の葬送]  しきたりがあるので、先例の葬法どおりにお営み申すのを、母北の方は、同じように死んでしまいたいと、泣きこがれなさって、御葬送の女房の 車にお慕い乗りになって、愛宕という所でたいそう厳かにその葬儀を執り行っているところに、お着きになったお気持ちは、どんなであったであろう か。「お亡骸を見ては見ては、なおも生きていらっしゃるものと思われるのが、たいして何にもならないので、灰におなりになるのを拝見して、今はも う死んだ人なのだと、きっぱりと思い諦めよう」と、分別あるようにおっしゃっていたが、車から落ちんばかりにお取り乱しなさるので、やはり思ったと おりだと、女房たちも手をお焼き申す。  内裏からお勅使が参る。従三位の位を追贈なさる旨、勅使が到着してその宣命を読み上げるのが悲しいことであった。せめて女御とさえ呼ばせ ずに終わったのが、心残りで無念に思し召されたので、せめてもう一段上の位階だけでもと、御追贈あそばすのであった。このことにつけても非難 なさる方々が多かった。人の情理をおわかりになる方は、姿態や容貌などが素晴しかったこと、気立てがおだやかで欠点がなく、憎み難い人であ ったことなどを、今となってお思い出しになる。見苦しいまでの御寵愛ゆえに、冷たくお妬みなさったのだが、性格がしみじみと情愛こまやかでいら っしゃったご性質を、主上づきの女房たちも互いに恋い偲びあっていた。「なくてぞ人は」とは、このような時のことかと思われた。     第二章 父帝悲秋の物語  [第一段 父帝悲しみの日々]  いつのまにか日数は過ぎて、後の法要などの折にも情愛こまやかにお見舞いをお遣わしあそばす。時が過ぎて行くにしたがって、どうしようもなく 悲しく思われなさるので、御方々の夜の御伺候などもすっかりなくお命じにならず、ただ涙に濡れて日をお送りあそばしていらっしゃるので、拝し上 げる人までが露っぽくなる秋である。「亡くなった後まで、人の心を晴々させなかった御寵愛の方だこと」と、弘徽殿などにおかれては今もなお容赦 なくおっしゃるのであった。一の宮を拝し上げあそばされるにつけても、若宮の恋しさだけがお思い出されお思い出されして、親しく仕える女房や御 乳母などをたびたびお遣わしになっては、ご様子をお尋ねあそばされる。  [第二段 靫負命婦の弔問]  野分めいて、急に肌寒くなった夕暮どき、いつもよりもお思い出しになることが多くて、靫負命婦という者をお遣わしになる。夕月夜の美しい時刻 に出立させなさって、そのまま物思いに耽ってておいであそばす。このような折には、管弦の御遊などをお催しあそばされたが、とりわけ優れた琴 の音を掻き鳴らし、ついちょっと申し上げる言葉も、人とは格別であった雰囲気や顔かたちが、面影となってひたとわが身に添うように思し召される につけても、「闇の現」にはやはり及ばないのであった。  命婦、あちらに参着して、門を潜り入るなり、しみじみと哀れ深い。未亡人暮らしであるが、娘一人を大切にお世話するために、あれこれと手入れ をきちんとして、見苦しくないようにしてお暮らしになっていたが、亡き子を思う悲しみに暮れて臥せっていらっしゃったうちに、雑草も高くなり、野分 のためにいっそう荒れたような感じがして、月の光だけが八重葎にも遮られずに差し込んでいた。南面に車を着けて、母君も、すぐにはご挨拶でき ない。  「今まで生きながらえておりましたのがとても情けないのに、このようなお勅使が草深い邸の露を分けてお訪ね下さるにつけても、とても恥ずかし くて」  と言って、ほんとうに身を持ちこらえられないくらいにお泣きになる。  「『お訪ねいたしたところ、ひとしおお気の毒で、心も魂も消え入るようで』と、典侍が奏上なさったが、物の情趣を理解いたさぬ者でも、なるほどま ことに忍びがとうございます」  と言って、少し気持ちを落ち着かせてから、仰せ言をお伝え申し上げる。  「『しばらくの間は夢ではないかとばかり思い辿られずにはいられなかったが、だんだんと心が静まるにつれてかえって、覚めるはずもなく堪えが たいのは、どのようにしたらよいものかとも、相談できる相手さえいないのを、人目につかないようにして参内なさらぬか。若宮がたいそう気がかり で、湿っぽい所でお過ごしになっているのも、おいたわしくお思いあそばされますから、早く、参内なさい』などと、はきはきとは最後まで仰せられ ず、涙に咽ばされながら、また一方では人々もお気弱なと拝されるだろうと、お憚りあそばされないわけではない御様子がおいたわしくて、最後ま で承らないようなかっこうで、退出いたしました」  と言って、お手紙を差し上げる。  「目も見えませんが、このような畏れ多いお言葉を光といたしまして」と言って、御覧になる。  「時がたてば少しは気持ちの紛れることもあろうかと、心待ちに過す月日がたつにつれて、たいそうがまんができなくなるのはどうにもならないこと である。幼い人をどうしているかと案じながら、一緒にお育てしていない気がかりさを。今は、やはり故人の形見と思って、参内なされよ」  などと、心こまやかにお書きあそばされている。  「宮中の萩の花に結んだ露、その上を吹く秋風の音を聞くにつけ、   幼子の身が思いやられる」  とあるが、最後まで読みきることがおできになれない。  「長生きは、辛いことだと存じられますうえに、高砂の松がどう思うかさえも、恥ずかしう存じられますので、内裏にお出入りさせていただきますよ うなことは、さらにとても遠慮いたしたい気持ちでいっぱいで。畏れ多い仰せ言をたびたび承りながらも、わたし自身はとても思い立つことができま せん。若宮は、どうお知りになるのか、参内なさることばかりお急ぎになるようなので、ごもっともだと悲しく拝見しておりますなどと、ひそかに存じて おります由をご奏上なさってください。不吉な身でございますので、こうしておいでになるのも、忌まわしくもあり畏れ多いことで」  とおっしゃる。宮はもうお寝みになっていた。  「拝見して、詳しくご様子も奏上いたしたいのですが、お待ちあそばされていることでしょうし、夜も更けてしまいましょう」と言って急ぐ。  「子を思う親心の悲しみの堪えがたいその一部だけでも、晴らすほどに申し上げとうございますので、個人的にでもゆっくりとお出くださいませ。数 年来、おめでたく晴れがましい時にお立ち寄りくださいましたのに。このようなお悔やみのお使いとしてお目にかかるとは、返すがえすも情ない運 命でございますこと。生まれた時から、心中に期待するところのあった人で、故大納言が、臨終となるまで、『ただ、この人の宮仕えの宿願を、きっ と実現させ申しなさい。わたしが亡くなったからといって、落胆して思い挫けてはならぬ』と、繰り返し戒めおかれましたので、これといった後見人の ない宮仕えは、かえってしないほうがましだと存じながらも、ただあの遺言に背くまいとばかりに、出仕させましたところ、身に余るほどのお情け が、いろいろともったいないので、人にあるまじき恥を隠し隠ししては、宮仕えをしていられたようでしたが、人の嫉みが深く積もり、心痛むことが多 く身に添わってまいりましたところ、横死のようなありさまで、とうとうこのようなことになってしまいましたので、かえって辛いことだと、その畏れ多い お情けを存じ上げております。このような愚痴も理屈では割りきれない親心で」  と、最後まで言えないで、涙に咽んでいらっしゃるうちに夜も更けた。  「主上もご同様で。『御自分のお心ながら、強引に周囲の人が目を見張るほど御寵愛なさったのも、長くは続くまい縁だったからなのだと、今とな ってはかえって辛い人との宿縁だった。決して少しも人の心を傷つけたようなことはあるまいと思うのに、ただこの人との縁が原因で、たくさんのあ ってはならない人の恨みをかったあげくには、このように先立たれて、心静めるすべもないところに、ますます体裁悪く愚か者になってしまったの も、前世がどんなであったのかと知りたく』と何度も仰せられては、いつもお涙がちばかりでいらっしゃいます」と話しても尽きない。泣く泣く、「夜が たいそう更けてしまったので、今夜のうちにご報告を奏上しよう」と急いで帰参する。  月は入り方の、空が清く澄みわたっているところに、風がとても涼しくなって、草むらの虫の声々が、哀れを催させ顔なのも、まことに立ち去りが たい庭の風情である。  「鈴虫が声をせいいっぱい鳴き震わせても   長い秋の夜をとめどもなく流れる涙でございますこと」  お車に乗りかねている。  「ただでさえ虫の音のように泣き暮らしておりました荒れ宿に   さらに涙をもたらします内裏からの使いの方よ  言い訳もつい申し上げてしまいそうで」  と言わせなさる。趣きのあるような御贈物などあらねばならない時でもないので、ただ亡き更衣のお形見にと、このような入用もあろうかとお残し になった御衣装一揃い、御髪上げの調度のような物をお添になる。  若い女房たちは、悲しいことは言うまでもない、内裏の生活に朝夕と馴れ親しんでいるので、たいそう物足りなく、主上のご様子などをお思い出し 申し上げると、早く参内なさるようにとお勧め申し上げるが、このように忌まわしい身が付き随って参内申すようなのも、まことに世間の聞こえが悪 いであろうし、また、しばしも拝さずにいることも気がかりにお思い申し上げなさって、すらすらとは参内させなさることがおできになれないのであっ た。  [第三段 命婦帰参]  命婦は、まだお寝みあそばされなかったのだわと、しみじみと拝し上げる。御前にある壷前栽がたいそう美しい盛りに咲いているのを御覧あそば されているようにして、しめやかにおくゆかしい女房ばかり四、五人を伺候させなさって、お話をさせておいであそばすのであった。最近、毎日御覧 なさる「長恨歌」の御絵、亭子院がお描きあそばされて、伊勢や貫之に和歌を詠ませなさった、わが国の和歌や唐土の漢詩などをも、ひたすらその 方面の内容を、日常の話題になさっていらっしゃる。たいそう詳しく里の様子をお尋ねあそばす。しみじみとした趣きをひそかに奏上する。お返事を 御覧になると、  「たいへんに畏れ多いお手紙を頂戴いたしましてどうしてよいかわかりません。このような仰せ言を拝見いたしましても、心の中はまっくら闇に思 い乱れておりまして。  荒い風を防いでいた木が枯れてからは  小萩の身の上が気がかりでなりません」  などと言うようにやや不謹慎なのを、気持ちが静まらない時だからとお見逃しになるのであろう。決してこう取り乱した姿を見せまいと、お静めなさ るが、まったく堪えることがおできあそばされず、初めて御覧あそばした年月のことまであれこれと思い出され、何から何までお思い続けられて、片 時の間も離れてはいられなかったのに、よくこうも月日を過せたものだと、あきれてお思いあそばされる。  「故大納言の遺言に背かず、宮仕えの宿願をよく果たしたお礼には、その甲斐があったようにと思い続けていたが。詮ないことだ」とふと仰せにな って、たいそう気の毒に思いを馳せられる。「そうではあるが、いずれ若宮がご成長されたならば、お礼できる機会がきっとあろう。長生きをして辛 抱せよ」  などと仰せになる。あの贈物を帝のお目に入れる。亡くなった人の住処を訪ね当てたという証拠の釵であったならば、とお思いあそばすのも、た いして甲斐がない。  「亡き更衣を尋ねて行ける方術士がいてくれればよいのだがな、人づてにでも   魂のありかをどこそこと知ることができるのに」  絵に画いた楊貴妃の容貌は、上手な絵師と言っても、筆には限界があったので、たいして生気が少ない。「太液の芙蓉、未央の柳」の句にも、な るほど似ていた容貌だが、唐風の装いをした姿は端麗であったろうが、親わしさがあって愛らしかったのをお思い出しになると、花や鳥の色や音に も喩えようがない。朝夕の口癖に「比翼の鳥となり、連理の枝となろう」とお約束あそばしていたのに、思うようにならなかった人の運命が、永遠に 尽きることなく恨めしかった。  風の音や虫の音を聞くにつけて、何とはなく一途に悲しく思われなさるが、弘徽殿におかれては、久しく上の御局にもお上がりにならず、月が美 しいので、夜が更けるまで管弦の遊びをなさっているそうだ。実に興ざめで、不愉快だ、とお聞きあそばす。最近のご様子を拝する殿上人や女房な どは、はらはらする思いで聞いていた。たいへんに気が強くてとげとげしい性質をお持ちの方なので、何ともお思いなさらず無視して振る舞っていら っしゃるのであろう。月も山の端に隠れてしまった。  「雲の上の宮中までも涙に曇って見える秋の月だ   ましてやどうして澄んで見えようか、草深い里で」  お思いやりになりながら、燈火を燈し続けて起きておいであそばす。右近衛府の官人の宿直申しの声が聞こえるのは、丑の刻になったのであろ う。人目をお考えになって、夜の御殿にお入りあそばしても、まどろむこともおできあそばされない。朝になってお起きあそばそうとしても、「夜の明 けるのもわからないで」とお思い出しになられるにつけても、やはり政治をお執りになることを怠りがちになってしまいそうである。  お食物などもお召し上がりにならず、朝餉には形だけお箸をおつけになって、大床子の御膳などは、まったくお心に入らぬかのように手をおつけ あそばさないので、お給仕の人たちは皆、おいたわしいご様子を拝見して嘆く。総じて、お側近くお仕えする人は、男女とも、「たいそう困ったことで すね」とお互いに言い合っては溜息をつく。「そうなるはずの前世からの宿縁がおありあそばしたのでしょう。大勢の人々の非難や嫉妬をもお憚りあ そばさず、この方の事に関しては、御分別をお失いあそばされ、今は今で、このように政治をお執りになることもお捨てになったようになって行くの は。たいへんに困ったことです」と、唐土の朝廷の例まで引合に出して、ひそひそと嘆息するのであった。   第三章 光る源氏の物語  [第一段 若宮参内(四歳)]  月日がたって、若宮が参内なさった。ますますこの世の人とは思われず美しくご成長なさっているので、たいへん不吉なまでにお感じになった。  翌年の春に、東宮坊がお決まりになる折にも、とても第一皇子を超えさせたく思し召されたが、ご後見すべき人もなく、また世間が承知するはず もないことだったので、かえって危険であるとお差し控えになって、顔色にもお出しあそばされずに終わったので、「あれほどおかわいがっていらっ しゃったが、限界があったのだなあ」と、世間の人もお噂申し上げ、女御もお心を落ち着けなさった。  あの祖母北の方は、悲しみを晴らすことなく沈んでいらっしゃって、せめて死んだ娘のいらっしゃる所にでも尋ねて行きたいと願っていらっしゃった 現れか、とうとうお亡くなりになってしまったので、またこのことを悲しく思し召されること、この上もない。御子は六歳におなりのお年なので、今度は おわかりになって、慕ってお泣きになる。長年、お親しみ申し上げなさってきた方を、後に残して先立つ悲しみを、繰り返し繰り返しおっしゃったので あった。  [第二段 読書始め(七歳)]  今は内裏にばかりお暮らしになっている。七歳におなりなので、読書始めなどをおさせになったところ、この世に類を知らないくらい聡明で賢くいら っしゃるので、空恐ろしいまでにお思いあそばされる。  「今はどなたもどなたもお憎みなさることはあるまい。母君がいないということだけでもおかわいがりください」と仰せになって、弘徽殿などにもお渡 りあそばすお供としては、そのまま御簾の内にお入れ申し上げなさる。恐ろしい武士や仇敵であったとしても、見てはつい微笑まずにはいられない 様子でいらっしゃるので、放っておくこともおできになれない。女御子たちがお二方、この御方にはいらっしゃったが、お並びになりようもないのであ った。他の御方々もお隠れにならずに、今から優美で立派でいらっしゃるので、たいそう趣きがある一方で気を許すこともできない遊び相手だと、ど なたもどなたもお思い申し上げていらっしゃった。  本格的な御学問はもとよりのこと、琴や笛の才能でも宮中の人々を驚かせ、すべて一つ一つ数え上げていったら、仰々しく嫌になってしまうくら い、優れた才能のお方なのであった。  [第三段 高麗人の観相、源姓賜わる]  そのころ、高麗人が来朝している中に、優れた人相見がいたのをお聞きあそばして、内裏の内に召し入れることは宇多帝の御遺誡があるので、 たいそう人目を忍んで、この御子を鴻臚館にお遣わしになった。後見人としてお仕えする右大弁の子供のように思わせてお連れ申し上げると、人 相見は目を見張って、何度も首を傾け不思議がる。  「国の親となって、帝王の最高の地位につくはずの相をお持ちでいらっしゃる方で、そういう人として占うと、国が乱れ民の憂えることが起こるかも 知れません。朝廷の重鎮となって、政治を補佐する人として占うと、またその相ではないようです」と言う。  弁も、たいそう優れた学識人なので、話し合った内容は、たいへんに興味深いものであった。漢詩文などを作り交わして、今日明日のうちにも帰 国する時に、このようにめったにない人に対面した喜びを、かえって悲しい思いがするにちがいないという気持ちを趣き深く作ったのに対して、御子 もたいそう心を打つ詩句をお作りになったので、この上なくお褒め申して、素晴らしいいくつもの贈物を差し上げる。朝廷からもたくさんの贈物を下賜 なさる。  自然と噂が広がって、お洩らしあそばさないが、春宮の祖父大臣などは、どのようなわけでかと、お疑いになっているのであった。  帝は、畏れ多いことに、倭相をお命じになって、既にお考えになっていたところなので、今まで、この君を親王にもおさせにならなかったのを、相人 はほんとうに優れていた、とお思いになって、無品の親王で外戚の後見のない状態で彷徨わすまい。わが御代もいつまでも続くかわからないもの だから、臣下として朝廷のご後見をするのが、将来も頼もしそうに思われること、とお決めになって、ますます諸道の学問を習わせなさる。  才能は格別聡明なので、臣下とするにはたいそう惜しいけれど、親王とおなりになったら、世間の人から立坊の疑いを持たれるにちがいなさそう にいらっしゃるので、宿曜道の優れた人に占わせなさっても、同様に申すので、源氏にして上げるのがよいとお決めになっていた。  [第四段 先代の四宮(藤壷)入内]  年月がたつにつれて、御息所のことをお忘れになる折がない。心慰めることができようかと、しかるべき婦人方をお召しになるが、せめて準ずる程 に思われなさる人さえめったにいない世の中だ、と厭わしいばかりに、万事が思し召されていたところ、先帝の四の宮で、ご容貌が優れておいでで あるという評判が高くいらっしゃる方で、母后がまたとなく大切にお世話申されているのを、主上にお仕えする典侍は、先帝の御代からの人で、あ ちらの宮にも親しく参って馴染んでいたので、ご幼少でいらっしゃった時から拝見し、今でもちらっと拝見して、「お亡くなりになった御息所のご容貌 に似ていらっしゃる方を、三代にわたって宮仕えいたしてまいりまして、一人も拝見できませんでしたが、后の宮の姫宮こそは、たいそうよく似てご 成長あそばしていますわ。めったにないご器量のお方で」と奏上したところ、ほんとうにか、とお心が止まって、丁重に礼を尽くして、お申し込みあそ ばしたのであった。  母后は、「ああ、怖いこと。春宮の女御がたいそう意地が悪くて、桐壷の更衣が、露骨に亡きものにされてしまった例も不吉で」と、おためらいなさ って、すらすらとご決心もつかなかったうちに、后もお亡くなりになってしまった。  心細い有様でいらっしゃるので、「ただ、わが皇女たちと同列にお思い申そう」と、たいそう丁重に礼を尽くして、お申し上げあそばす。お仕えする 女房たち、御後見人たちや、ご兄弟の兵部卿の親王などは、こうして心細くおいでになるよりは、内裏でお暮らしあそばして、きっとお心が慰むよう に、などとお考えになって、参内させ申し上げなさった。  藤壷と申し上げる。なるほど、ご容貌や姿は不思議なまでによく似ていらっしゃった。この方は、ご身分も一段と高いので、そう思って見るせいで 素晴らしくて、お妃方もお貶み申すこともおできになれないので、誰に憚ることなく何も不足ない。あの方は、周囲の人がお許し申さなかったところ に、御寵愛が憎らしいと思われるほど深かったのである。ご愛情が紛れるというのではないが、自然とお心が移って行かれて、格段にお慰みにな るようなのも、人情の性というものであったなあ。  [第五段 源氏、藤壷を思慕]  源氏の君は、お側をお離れにならないので、誰より頻繁にお渡りあそばす御方は、恥かしがってばかりいらっしゃれない。どの御方々も自分が人 より劣っていると思っていらっしゃる人があろうか、それぞれにとても素晴らしいが、お年を召しておいでになるのに対して、とても若くかわいらしい 様子で、頻りにお姿をお隠しなさるが、自然と漏れ拝見する。  母御息所は、顔かたちすらご記憶でないのを、「大変によく似ていらっしゃる」と、典侍が申し上げたのを、幼心にとても慕わしいとお思い申し上げ なさって、いつもお側に参りたく、親しく拝見したいと思われなさる。  主上もこの上なくおかわいがりのお二方なので、「お疎みなさいますな。不思議と母君と申してもよいような気持ちがする。失礼だとお思いなさら ず、いとおしみなさい。顔だちや目もとなど、大変によく似ているため、母君のようにお見えになるのも、似つかわしくなくはない」などと、お頼み申し 上げなさっているので、幼心にも、ちょっとした花や紅葉にことつけても、お気持ちを表し申す。この上なく好意をお寄せ申していらっしゃるので、弘 徽殿の女御は、またこの宮ともお仲がよろしくないので、それに加えて、もとからの憎しみももり返して、不愉快だとお思いになっていた。  世の中にまたとないお方だと拝見なさり、評判高くおいでになる宮のご容貌につけても、やはり照り映える美しさは比較できないほど美しそうな ので、世の中の人は、「光る君」とお呼び申し上げる。藤壷もお並びになって、御寵愛がそれぞれに厚いので、「輝く日の宮」とお呼び申し上げる。  [第六段 源氏元服(十二歳)]  この君の御童姿を、とても変えたくなくお思いであるが、十二歳の年に御元服をなさる。御自身お世話を焼かれて、作法どおりの上にさらにできる だけの事をお添えあそばす。  一昨年の東宮の御元服が、南殿で執り行われた儀式が、いかめしく立派であった世の評判にひけをおとらせにならず、各所での饗宴などにも、 内蔵寮や穀倉院など、規定どおり奉仕するのでは、行き届かないことがあってはいけないと、特別に勅命があって、善美を尽くしてお勤め申した。  お常御殿の東廂の間に、東向きに椅子を立てて、元服なさる君のお席と加冠役の大臣のお席とが、御前に設けられている。申の時になって、源 氏が参上する。角髪に結っていらっしゃる顔の色つやは、髪形をお変えになるのは惜しい感じである。大蔵卿が理髪役を奉仕する。たいへん美しい 御髪を削ぐ時、いたいたしそうなのを、主上は、亡き母の御息所が見たならばと、お思い出しになると、涙が抑えがたいのを、思い返してじっとお堪 えあそばす。  加冠なさって、御休息所にお下がりになって、ご装束をお召し替えなさって、東庭に下りて、拝舞なさる様子に、一同、涙を落としなさる。帝は帝 で、誰にもまして堪えきれなされず、お忘れになっていた折のあった当時のことを、今思い起こして悲しく思われなさる。たいそう、このように幼い年 ごろでは、元服劣りをするのではないかと御心配なさっていたが、素晴らしくかわいらしさも加わっていらっしゃった。  加冠役の大臣が皇女でいらっしゃる方との間に儲けた一人娘で、大切に育てていらっしゃる姫君を、東宮からも御所望があったが、ご躊躇なさる ことがあったのは、この君に差し上げようとのお考えからなのであった。帝にも御内意を伺ったところ、「それでは、元服の後の後見する人がいない ようなので、その添い臥しにでも」とお促しあそばされたので、そのようにお考えになっていた。  御休息所に退出なさって、参会者たちが御酒などを召し上がる時、親王方のお席の末に源氏はお座りになった。大臣がそれとなく仄めかし申し 上げなさることがあるが、気恥ずかしい年ごろなので、どちらともはっきりお答え申し上げなさらない。  御前から掌侍が宣旨を承って、大臣に参られるようにとのお召しがあるので、参上なさる。御禄の品物を、主上づきの命婦が取って賜わる。白い 大袿に御衣装一領、例のとおりである。  ご酒宴の折に、  「幼子の元服の折、末永い仲を   そなたの姫との間に結ぶ約束はなさったか」  お心づかいを示されて、はっとさせなさる。  「元服の折、約束した心も深いものとなりましょう   その濃い紫の色さえ変わらなければ」  と奏上して、長橋から下りて拝舞なさる。  左馬寮の御馬、蔵人所の鷹を留まり木に据えて頂戴なさる。御階のもとに親王方や上達部が立ち並んで、禄をそれぞれの身分に応じて頂戴な さる。  その日の御前の折櫃物や籠物などは、右大弁が仰せを承って調えさせたのであった。屯食や禄の唐櫃類など、置き場もないまで、東宮の御元 服の時よりも数多く勝っていた。かえっていろいろな制限がなくて盛大であった。  [第七段 源氏、左大臣家の娘(葵上)と結婚]  その夜、大臣のお邸に源氏の君を退出させなさる。婿取りの作法は世に例がないほど立派におもてなし申し上げなさった。とても若くおいでなの を、不吉なまでにかわいいとお思い申し上げなさった。女君は少し年長でおいでなのに対して、たいそうお若くいらっしゃるので、似つかわしくなく恥 ずかしいとお思いでいらっしゃった。  この大臣のご信任は厚い上に、母宮が帝と同じ母后のお生まれでいらっしゃったので、どちらから言っても立派な上に、この君までがこのように 婿君としてお加わりになったので、東宮の御祖父で、やがて天下を支配なさるはずの右大臣のご威勢は、敵ともなく圧倒されてしまった。  ご子息たちがおおぜいそれぞれの夫人方にいらっしゃる。宮がお生みの方は、蔵人の少将といってたいそう若く美しい方なので、右大臣が、お間 柄はあまりよくないが、他人として放っておくこともおできになれず、大切になさっている四の君に婿取りなさっていた。劣らず大切にお世話なさって いるのは、理想的な婿舅の間柄である。  源氏の君は、主上がいつもお召しになって放さないので、気楽に私邸で過すこともおできになれない。心中では、ひたすら藤壷のご様子を、また といないとお慕い申し上げて、そのような女性こそ妻にしたいものだ、似た方もいらっしゃらないな、大殿の姫君は、たいそう美しく大切にされている 方だと思われるけれど、心に染まぬというように感じられて、幼心一つに取りつかれて、とても苦しいまでに思っていらっしゃるのであった。  [第八段 源氏、成人の後]  元服なさってから後は、かつてのように御簾の内にもお入れにならない。管弦の御遊の時々、琴と笛の音に心通わし合い、かすかに漏れるお声 を慰めとして、内裏の生活ばかり好ましく思っていらっしゃる。五、六日は内裏に伺候なさって、大殿邸には二、三日程度、途切れがちに退出なさ るが、まだ今はお若い年頃であるので、ことさら咎めだてすることなくお許しになって、大切にお世話申し上げなさる。  お二方の女房たちは、世間から並々でない人をえりすぐってお仕えさせなさる。お気に入りそうなお遊びをし、せいいっぱいにお世話していらっし ゃる。  内裏では、もとの淑景舎をお部屋にあてて、母御息所にお仕えしていた女房を退出して散り散りにさせずにそのままお仕えさせなさる。  実家のお邸は、修理職や内匠寮に宣旨が下って、またとなく立派にご改造させなさる。もとからの木立や築山の様子、趣きのある所であったが、 池をことさら広く造って、大騷ぎして立派に造営する。 このような所に、理想とするような女性を迎えて一緒に暮らしたい、とばかり嘆かわしくお思い続けていらっしゃる。  「光る君」という名前は、高麗人がお褒めしてお付けしたものだ、と言い伝えているとのことである。 源氏物語の世界ヘ 本文 ローマ字版 注釈 Last updated 4/10/99 渋谷栄一訳(C)(ver.1-1-2)    帚 木  光る源氏十七歳夏の中将時代の物語 第一章 雨夜の品定めの物語 1.長雨の時節---光る源氏と、名前だけはご大層だが 2.宮中の宿直所、光る源氏と頭中将---長雨の晴れ間ないころ 3.左馬頭、藤式部丞ら女性談義にに加わる---「成り上がっても、元々の相応しいはずの家柄でないのは 4.女性論、左馬頭の結論---「今は、ただもう、家柄にもよりません 第二章 女性体験談 1.女性体験談(左馬頭、嫉妬深い女の物語)---「若いころ、まだ下級役人でございました時 2.左馬頭の体験談(浮気な女の物語)---「ところで、一方同じころ 3.頭中将の体験談(撫子の女の物語)---中将は、「わたしは、馬鹿な体験談をお話しましょう 4.式部丞の体験談(賢い女の物語)---「式部のところには、変わった話があろう 第三章 空蝉の物語 1.天気晴れる---やっと今日は天気も好くなった 2.紀伊守邸への方違へ---「あまりに急なことで」と迷惑がるが、誰も聞き入れない 3.空蝉の寝所に忍び込む---君は、気を落ち着けてお寝みになれず 4.それから数日後---そうして、五六日が過ぎて   第一章 雨夜の品定めの物語  [第一段 長雨の時節]  光る源氏と、名前だけはご大層だが、非難されなさる取り沙汰が多いというのに、ますます、このような好色沙汰を、後世にも聞き伝えて、軽薄な 名を流すことになろうかと、隠していらっしゃった秘密事までを、語り伝えたという人のおしゃべりの意地の悪いことよ。とは言うものの、大変にひどく 世間を気にし、まじめになさっていたので、艶っぽくおもしろい話はなくて、交野少将には、笑われなさったことであろうよ。  まだ中将などでいらっしゃった時は、内裏にばかりよく伺候していらっしゃって、大殿邸には途切れがちに退出なさる。「忍ぶの乱れ」かと、お疑い 申すこともあったが、そんなふうに浮気っぽいありふれた思いつきの浮気などは、好きでないご性格で、時には、やむにやまれない予想を狂わせ 気苦労の多い恋を、お心に思いつめなさる性癖が、はなはだ困ったことで、よろしくないご素行もないではなかった。  [第二段 宮中の宿直所、光る源氏と頭中将]  長雨の晴れ間ないころ、宮中の御物忌みが続いて、ますます長々と伺候なさるのを、大殿邸では気がかりで恨めしいとお思いになっていたが、 すべてのご装束を何やかやと新しい様相に新調なさっては、ご子息の公達がひたすらこのご宿直所の宮仕えをお勤めになる。  宮がお生みになった中将は、中でも親しくお馴染み申されて、遊び事や戯れ事をも誰よりも気安く親密に振る舞っていた。右大臣が気を配ってお 世話なさる住居には、この君もとても何となく気が進まずにいて、浮気っぽい好色人なのである。  実家でも、自分の部屋の装飾を眩しくして、君が出入りなさるのにいつもお供申し上げなさっては、昼も夜も、学問をも音楽をもご一緒にして、少し もひけをとらず、どこにでも親しくご一緒申し上げなさるうちに、自然と遠慮もなくなり、胸の中に思うことをも隠しきれず、お親しみ申されるのであっ た。  所在なく降り暮らして、しっとりした宵の雨に、殿上の間にもろくに人少なで、ご宿直所もいつもよりはのんびりとした気がするので、大殿油を近く に寄せて漢籍など御覧になる。近くの御厨子にあるさまざまな色彩の紙に書かれた手紙類を取り出して、中将がひどく見たがるので、  「差支えのないのを、少しは見せよう。不体裁なものがあってはいけないから」  と、お許しにならないので、  「その気を許して人に見られたら困るとお思いのこそ興味があります。普通のありふれたのは、つまらないわたしでも身分相応に、やりとりしては 見ることもできましょう。それぞれが、恨めしい折々、心待ち顔でいるような夕暮などのが、見所がありましょう」  と怨み言をいうので、貴重な絶対にお隠しになられるはずのものなどは、このようになおざりな御厨子などにちょっと置いて散らかされるはずはな く、奥深く別にしまって置かれるはずのようだから、二流の気安いものであろう。少しずつ見て行くと、「よくもまあ、いろいろな手紙類がございます なあ」と言って、当て推量に「これはあの人か、あれはこの人か」などと、尋ねる中に言い当てるものもあり、外れているのをかってに推量して疑る のも、おかしいとお思いになるが、言葉少なに答えて何かと言い紛らわしては、お隠しになった。  「そなたこそ、たくさんお有りだろう。少し見たいね。そうしたら、この厨子も心よく開けよう」とおっしゃると、  「御覧になる値打のものは、ほとんどないしょう」などと申し上げなさるついでに、「女性で、これならばと難点を指摘できそうにない人は、めったに いないものだなあと、だんだん分かってまいりました。ただ表面だけの風情で、手紙をさらさらと書き、時節に相応しい返答を心得て、ちょっとするぐ らいのは、分相応にまあまあ多くいると拝見しますが、それも本当にその方面のことを取り出して試みると、必ず外れない者は、本当にめったにな いものですね。自分の得意なことばかりを、それぞれ得意になって、人を貶したりなどして、見ていられないことが多いです。  親などが側で大切に育て、将来性がある箱入娘時代は、ちょっとの才能の一端を聞き伝えて、関心を寄せることもあるようです。容貌が魅力的で おっとりしていて、若々しくて家事に紛れることのないうちは、ちょっとした芸事をも、人まねに一生懸命に稽古することもあるので、自然と一芸をもっ ともらしくできることもあります。  世話をする人は、劣った方面は隠して言わず、まあまあと言った方面をとりつくろって、本当らしく言うので、『それは、そうではあるまい』と、見な いでどうして推量し貶めることができましょう。本物かと付き合って行くうちに、がっかりしないというのは、ないでしょう」  と言って、嘆息している様子も気遅れするようなので、全部が全部というのではないが、ご自身でもなるほどとお思いになることがあるのであろう か、ちょっと笑みを浮かべて、  「その、生かじりの才能もない人は、いようか」とおっしゃると、  「さあ、それほどのような所には、誰が騙されて寄りつきましょうか。何の取柄がなくつまらない身分と、素晴らしいと思われるほどに優れたのと は、同じくらいございましょう。家柄が高く生まれれば、家人に大切に育てられて、人目に付かないことも多く、自然とその様子が格別でしょう。中の 品にこそ、女の気質気質、めいめいの考え方や趣向も見えて、区別されることがそれぞれに多いでしょう。下の品という階層になると、格別関心も ありませんね」  と言って、何でも知っている様子であるのも、興味が惹かれて、  「その身分身分とは、どのように。どれらを三つの階級に分け置くことができるのか。元の階層が高い生まれでありながら、今の身の上は落ちぶ れ、位が低くて人並みでない人。また一方で普通の人で上達部などまで出世して、得意顔して邸の内を飾り、人に負けまいと思っている。その区 別は、どのように付けたらよいのだろうか」  とお尋ねになっているところに、左馬頭や藤式部丞が御物忌に籠もろうとして参上した。当代の好色者で弁が達者なので、中将は待ち受けて、こ れらの品々の区別を議論を戦わす。まことに聞きにくい話が多かった。  [第三段 左馬頭、藤式部丞ら女性談義にに加わる]  「成り上がっても、元々の相応しいはずの家柄でないのは、世人の心証も、そうは言っても、やはり格別です。また、元は高貴な家筋であるが、 世間を渡る手づるが少なく、時勢が変わって、声望も地に落ちてしまうと、気位だけは高くても思うようにならず、不体裁なことなどが生じてくるもの のようですから、それぞれに分別して、中の品に置くのが適当でしょう。受領と言って、地方の政治に掛かり切りにあくせくして、階層の定まった中 にも、また段階段階があって、中の品でかなりの者が、選び出すことができる時勢です。なまじっかの上達部よりも非参議の四位連中で、世間の 信望もまんざらでなく、元々の生まれも卑しくない人が、あくせくせずに暮らしているのは、いかにもさっぱりした感じです。家の中で足りないものな どは、けっしてないのにまかせて、けちらずに眩しいほど大切に世話している娘などが、非難のしようがないほどに成長しているのもたくさんいるで しょう。宮仕えに出て来て、思いもかけない幸いを得た例などもたくさんあるものです」などと言うと、  「およそ、金持ちによるということだね」と言って、お笑いになるのを、  「他の人が言うように、意外なことをおっしゃる」と言って、中将は憎らしがる。  「元々の階層と、時勢の信望が兼ね揃い、高貴な家で内々の振る舞いや様子が劣っているのは、言うまでもないが、どうしてこう育てたのだろう と、残念に思われましょう。兼ね揃って優れているのも当たり前に、この女性こそは当然のことと思われて、珍しいことだと気持ちも動かないでしょ う。わたくしごとき者の手の及ぶ範囲ではないので、上の上は措いておきましょう。  ところで、世の中で人に知られず寂しく荒れたような草深い家に、思いも寄らないいじらしいような女性がひっそり閉じ籠もっているのは、この上な く珍しく思われましょう。どうしてまあ、こんな人がいたのだろうと、想像していたことと違って、不思議に気持ちが引き付けられるものです。父親が 年を取り、見苦しく太り過ぎ、兄弟の顔が憎々しげで、想像するにたいしたこともない家の奥に、とてもたいそう誇り高く、ちょっとした芸事でも、雅趣 ありげに見えるようなのは、生かじりの才能であっても、どうして意外なことでおもしろくないことがありましょうか。特別に欠点のない方面の女性選 びは実現難しいでしょうが、そうでないのので捨てたものでは」  と言って、式部を見やると、自分の妹たちがまあまあの評判であることを思っておっしゃるのか、と受け取ったのであろうか、何とも言わない。  「さてどんなものか、上の品と思う中でさえ難しい世の中なのに」と、君はお思いのようである。白いお召物で柔らかな物の上に、直衣だけを気楽 な感じにお召しになって、紐なども結ばずに、寄り掛かっていらっしゃる燈影は、とても素晴らしく、女性として拝したい。この君のためには、上の上 の女性を選び出しても、猶も満足でなさそうにお見えである。  さまざまな女性について議論し合っていって、  「通り一遍の仲として付き合っているには欠点がなくても、わが伴侶として信頼できる女性を選ぼうとするには、たくさんいる中でも、なかなか決め 難いものですなあ。男性が朝廷にお仕えし、しっかりした世の重鎮と言えるような者でも、真の優れた政治家と言えるような人物を数え上げるとな ると、難しいことでしょうよ。しかし、賢者と言っても、一人二人で世の中の政治を執り行えるものではないから、上の人は下の者に助けられ、下の 者は上の人に従って、政治の事は広いものですから互いに譲り合って行くのでしょう。  狭い家の中の主婦とすべき女性一人を思案すると、できないでは済まされないいくつもの大事が、こまごまと多くあります。ああ思えばこうであっ たり、何かと食い違って、人並にもまあまあやって行けるような女性が少ないことによって、浮気心の勢いのままに、世の女性の有様をたくさん見 比べようとの好奇心ではないが、ひたすら伴侶としたいばかりに、同じことなら、自分で力入れして直したり教えたりするような所がなく、気に入る ような女性はいないものかと、選り好みしはじめた人は、決まらないものでしょう。  必ずしも自分の理想通りでないが、いったん見初めた約束だけを破りがたく思い止まっている人は、誠実であると見え、そうして、一緒にいる女性 のためにも、心にくいものがあるのだろうと自然と推量されるものです。しかし、どうしてか、世の中の夫婦の有様をたくさん拝見して行くと、思いも 及ばないたいして羨ましいと思われることもありませんね。公達の最上流の奥方選びには、なおさら、どれほどの方がご満足でしょうか。  容貌がこぎれいで、若々しいうちの、自分自身では塵もつけまいと身を振る舞い、手紙を書いても、おっとりと言葉選びをし、墨付きも淡く関心を持 たせ持たせし、もう一度はっきりと見たいものだとじれったく待たせ、かすかな声を聞く程度に言い寄っても、息を殺して声小さく言葉少ななのが、と てもよく隠すものですなあ。艶っぽくて女らしいと見えると、度を越して情趣にこだわって、調子を合わせると浮づきます。これを、第一の難点と言う べきでしょう。  仕事の中で、疎かにできない夫の世話は、物の情趣を知り過ぎ、ちょっとした折の風情があり、趣味性に過度になるのはなくてもよいことだろうと 思われますが、また一方で、仕事一点張りで、額髪を耳挟みがちに飾り気のない主婦で、ひたすら世帯じみた世話だけをして。朝夕の出勤や帰宅 につけ、公事や私事での他人の振る舞いや、善いこと悪いことの、目にも耳ににも止まった有様を、無関心の人にわざわざ話して聞かせましょう か。親しい妻で理解してくれるような妻に語り合いたいものだと思い、つい微笑まれたり、涙ぐんだり、あるいはまた、無性に公憤をおぼえたり、胸 の内に収めておけないことが多くあるのを、何で聞かせられようか、と思うと、ついそっぽを向きたくなって、人知れない思い出し笑いがこみ上げ、 『ああ』とも、つい独り言を洩らすと、『何事ですか』などと、間抜けた顔で見上げるようなのは、どうして残念に思われないでしょうか。  ひたすら子供っぽくて柔軟な女を、いろいろと教え諭してはどうして妻としないでいられようか。心配なようでも、きっと直し甲斐のある気持ちがす るでしょう。なるほど、一緒に生活するぶんには、そんなふうでもかわいらしさに欠点も許され世話をしてやれようが、離れていては必要な用事など を言いやり、時節に行なうような事柄の風流事にも実用事などにも、自分では判断ができず深い思慮がないのは、まことに残念で頼りにならない 欠点が、やはり困ったものでしょう。普段はちょっと無愛想で親しみの持てない女性が、何かの事に思わぬでき映えを発揮するようなこともあります からね」  などと、到らない所のない論客も、結論を出しかねて大きく溜息をつく。  [第四段 女性論、左馬頭の結論]  「今は、ただもう、家柄にもよりません。容貌はさらに問題ではありません。ひどく意に満たないひねくれた性格でさえなければ、ただひたすら実直 で、落ち着いた心の様子がありそうな女性を、生涯の伴侶と考え置くのがよいです。それ以上の家柄のよさ気立てのよさが加わっていたなら、幸 いと思い、少し足りないところがあっても、無理に期待し要求するまい。安心できて、のんびりとした性格さえはっきりしていれば、表面的な情趣 は、自然と身に付けることができるものですからね。  思わせぶりにはにかんで見せて、怨み言をいうべきことをも見知らないふうに我慢して、表面は何げなく平静を装いながら、胸に収めかね思いあ まった時には、何とも言いようのないほどの恐ろしい言葉や、哀切な和歌を詠み残し、思い出になるはずの形見を残して、深い山里や、辺鄙な海 浜などに姿を隠してしまうのがいます。  子供でしたころ、女房などが物語を読んでいたのを聞いて、とても気の毒に悲しく、何と深く思いつめたことかと、涙までを落としました。今から思 うと、とても軽薄で、わざとらしいことです。愛情の深い夫を残して、目の前に薄情なことがあろうとも、夫の気持ちを分からないかのように姿をくらま して、夫を慌てさせ、本心を見ようとするうちに、一生の後悔となるのは、大変つまらないことです。『深い考えだ』などと、褒め立てられて、気持ちが 昂じてしまうと、そのまま尼になってしまいます。思い立った当座は、まことに気持ちも悟ったようで、世俗の生活を振り返ってみようなど思わない。 『まあ、何とおいたわしい。こうもご決心されたとは』などと言ったように、知り合いの人が見舞いに来たり、すっかり嫌だとも諦めてない夫が聞きつ けて涙を落とすと、召使いや、老女たちなどが、『殿のお気持ちは、愛情深かったのに。あたらお身を』などと言う。自分でも額髪を触って、手応えな く心細いので、泣顔になってしまう。堪えても涙がこぼれ出してしまうと、何かの時々には我慢もできず、後悔も多いようなので、仏もかえって未練 がましいと、御覧になるでしょう。濁りに染まっている時よりも、生悟りでは、かえって悪道にさ迷うことになるに違いなく思われます。切っても切れ ない前世からの宿縁も浅くなく、尼にもさせず尋ね出したような仲も、そのまま連れ添うことになって、あのような時にもこのような時にも、見知らな いふうをしているような夫婦仲こそ、宿縁も深く愛情も厚いと言えましょうに、自分も相手も、気掛かりだと気をつかわないでしょうか。  また、いいかげんに愛情も冷めてきた夫を恨んで、態度に表わして離縁するようなのは、これまたばかげたことです。愛情が他の女に移ることが あっても、結婚した当初の愛情をいとしく思うならば、生涯の伴侶と思っていることもきっとあるでしょうに、そのようなごたごたから、夫婦の仲まで切 れてしまうのです。  総じて、どのようなことでも心穏やかに、嫉妬することは知っている様子にほのめかし、恨み言をいう場合にもかわいらしくそれとなく言えば、それ によって、愛情も一段と増すことでしょう。一般に、自分の浮気心も妻の態度から収まりもするのです。あまりやたらに勝手にさせ放任しておくのも、 気が楽でかわいらしいようだが、いつのまにか軽く見られるものです。繋がない舟の譬えもあり、まったく思慮がない。そうではございませんか」  と言うと、中将は頷く。  「今さし当たって、美しいとか気立てがよいと思って気に入っているような人が、不安な疑いがあるのは重大でしょう。自分の方には過失がなくて 大目に見てやっていたら、気持ちを変えて添い遂げないこともないだろうと思われるが、そうとばかりも言えまい。ともかくも、夫婦仲がうまくいかな いような場合は、気長にじっと堪えているより以外に、良い手段はないようですなあ」  と言って、自分の妹の姫君は、この結論に当てはまっていらっしゃると思うと、君が居眠りをして意見をさし挟みなさらないのを、物足りなくおもし ろくないと思う。 七左馬頭がこの評定の博士になって、さらに弁じ立てていた。中将は、この弁論を最後まで聴こうと、熱心に相手にしていらっしゃ った。  「いろいろのことに引き比べてお考えくだされ。木工の道の匠がいろいろの物を思いのままに作り出すのも、その場限りの趣向の物で、そうした 型ときまりのないものは、見た目には洒落ているようだが、なるほどこういうふうにも作るのだと、時々に従って趣向を変えて、目新しいのに目が移 って趣のあるものもあります。重大な物として、本当にれっきとした人の調度類で装飾とするのは、様式というようなのがあるものを立派に作り上げ ることは、やはり本当の名人は、違ったものだと見分けられるものでございます。  また、絵所に名人が多くいますが、墨描きに選ばれて、順々にまったく、優劣の判断はちょっと見ただけではつきません。けれども、人の見ること もできない蓬莱山や、荒海の恐ろしい魚の形や、唐国の猛々しい獣の形や、目に見えない鬼の顔などで、仰々しく描いた物は、想像のままに格別 に目を驚かして、実物には似ていないでしょうが、それはそれでよいでしょう。  どこでも見かける山のたたずまいや、川の流れや、見なれた人家の有様は、なるほどと見えて、親しみやすくおだやかな方面などを心落ち着い た感じに配して、険しくない山の様子や、こんもりと俗塵を離れて幾重にも重ねたり、近くの垣根の中には、それぞれの心配りや配置などを、名人 は大変筆力も格別で、未熟な者は及ばない点が多いようです。  文字を書いていることにつけても、深い素養はなくて、あちこちに点長に走り書きし、どことなく気取っているようなのは、ちょっと見ると才気があり ひとかどのように見えますが、本当の書法で丹念に習得しているものは、表面的な筆法は隠れていますが、もう一度取り比べて見ると、やはり本 物がいいものですな。  つまらない芸事でさえこうでございます。まして人の気持ち、折々に様子ぶっているような見た目の愛情は、信用がおけないものと存じておりま す。その最初の例を、好色がましいお話ですが申し上げましょう」  と言って、にじり寄るので、君も目をお覚ましになる。中将はひどく本気になって、頬杖をついて向かい合いに座っていらっしゃる。法師が世の中 の道理を説いて聞かせているような所の感じがするのも、もう一方ではおもしろいが、このような折には、それぞれがうちとけたお話などを隠してお くことができないのであった。   第二章 女性体験談  [第一段 女性体験談(左馬頭、嫉妬深い女の物語)]  「若いころ、まだ下級役人でございました時、愛しいと思う女性がおりました。申し上げましたように、容貌などもたいして優れておりませんでした ので、若いうちの浮気心から、この女性を生涯の伴侶とも思い決めませんで、通い所とは思いながら、物足りなくて、何かとかかずらっておりました ところ、大変に嫉妬をいたしましたので、おもしろくなく、本当にこうでなくて、おっとりとしていたらと思う一方、あまりにひどく厳しく疑いましたのも煩 わしくて、このようなつまらない男に愛想もつかさず、どうしてこう愛しているのだろうと、気の毒に思う時々もございまして、自然と浮気心も収められ るというふうでもございました。  この女の性格は、もともと自分にはできないことでも、何とかして夫のためにはと、無理算段をし、不得手な方面をも、やはりつまらない女だと見ら れまいと努力しては、何かにつけて、熱心に世話をし、少しでも意に添わないことのないようにと思っていたうちに、気の勝った女だと思いました が、何かと言うことをきくようになって柔らかくなってゆき、美しくない容貌についても、このわたしに嫌われやしまいかと、無理に化粧し、親しくない 人に会ったならば、夫の面目が潰れやしまいかと、遠慮し恥じて、身嗜みに気をつけて生活しているうちに、性格も悪いというのではありませんで したが、ただ、この憎らしい性質一つだけは、収まりませんでした。  その当時、思いましたことには、このようにむやみに慕い嫌われることを恐れている女のようだ、何とか懲りるほどの思いをさせて、脅かして、この 方面も少しはまあまあになり、手に負えないことも止めさせようと思って、まことに辛いように思って別れてしまいそうな様子ならば、それほどわたし に連れ添う気持ちがあるならば懲りるだろうと存じまして、わざと薄情に冷淡を装って、いつものように怒って恨み言をいう折に、  『こんなに我が強いなら、どんなに夫婦の宿縁が深くとも、もう二度と逢うまい。最後と思うならば、このようなめちゃくちゃな邪推をするがよい。将 来も長く連れ添おうと思うならば、辛いことがあっても、我慢してたいしたことのないように適当に思って。このような嫉妬心さえ消えたならば、愛し い女と思おう。人並みに出世もし、もう少し一人前になったら、他に並ぶ人がなくなるであろう』  などと、うまく教えたものよと存じまして、調子に乗って度を過ごして言いますと、少し微笑んで、  『万事に見栄えがしなく、一人前でないうちは我慢して、いつか一人前になろうかと待つ間は、まことに久しく思われても、嫌とは思いません。辛 いお心を我慢して、心を入れ換えるのを見つけようとする、年月を重ねる当てにならない期待は、まことに辛くもありましょうから、お互いに別れるに よい時期です』  と憎らしげに言うので、腹立たしくなって、憎々しげな言葉を興奮して言いますと、女も黙っていられない性格で、指一本を引っ張って噛みつきまし たので、大げさに文句つけて、  『このような傷まで付いてしまったので、いよいよ役人生活もできるものでない。軽蔑なさるような官職で、ますますどのようにして出世して行けよ うか。出家しかない身のようだ』などと言い脅して、『それでは、今日という今日がお別れのようだ』と、この指を折り曲げて退出しました。  『あなたとの結婚生活を指折り数えてみますと   この一つだけがあなたの嫌な点なものか  恨むことはできますまい』  などと言いますと、そうは言うものの涙ぐんで、  『あなたの辛い仕打ちを胸の内に堪えてきましたが   今は別れる時なのでしょうか』  などと、言い争いましたが、本当は別れようとは存じませんままに、何日も過ぎるまで便りもやらず、浮かれ歩いていたところ、臨時の祭の調楽 で、夜が更けてひどく霙が降る夜、めいめい退出して分かれる所で、思いめぐらすと、やはり自分の家と思える家は他にはなかったのでしたなあ。  内裏での宿直は気乗りがしないし、気取った女の家は何となく寒くないだろうか、と存じられましたので、どう思っているだろうかと、様子見がて ら、雪をうち払いながら、何となく体裁が悪くきまりも悪く思われるが、いくらなんでも今夜はここのところの恨みも解けるだろう、と存じましたが、灯 火を薄暗く壁の方に向け、柔らかな衣服の厚いのを、大きな伏籠にうち掛けて、引き上げておくはずの几帳の帷子などを引き上げてあって、今夜あ たりはと、待っていた様子です。やはりそうであったよと、得意になりましたが、本人はいません。しかるべき女房連中だけが残っていて、『親御様 の家に、今晩は行きましたが』と答えます。  気持ちをそそるような和歌も詠まず、思わせぶりな手紙も書き残さず、もっぱらそっけなく無愛想であったので、拍子抜けした気がして、口やかま しく許さなかったのも、自分を嫌になってくれ、と思う気持ちがあったからだろうかと、そのようには存じられなかったのですが、おもしろくないままそ う思ったのですが、着るべき物が、いつもより念を入れた色合いや、仕立て方がとても素晴らしくて、やはり離別した後までも、気を配って世話して くれていたのでした。  そうは言っても、すっかり愛想をつかすようなことはあるまいと存じまして、いろいろと言ってみましたが、別れるでもなくと、探し出させようと行方を 晦ますのでもなく、きまり悪くないように返事をしいし、ただ『以前のような心のままでは、とても我慢できません。改心して落ち着くならば、また一 緒に暮らしましょう』などと言いましたが、そうは言っても思い切れまいと存じましたので、少し懲らしめようという気持ちから、『そのように改めよう』 とも言わず、ひどく強情を張って見せていたところ、とてもひどく思い嘆いて、亡くなってしまいましたので、冗談も言えないように存じられました。  一途に生涯頼みとするような女性としては、あの程度で確かに良いと思い出さずにはいられません。ちょっとした風流事でも実生活上の大事で も、相談してもしがいがなくはなく、龍田姫と言っても不似合いでなく、織姫の腕前にも劣らないその方面の技術をもっていて、行き届いていたので した」  と言って、とてもしみじみと思い出している。中将が、  「その織姫の技量はひとまずおいても、永い夫婦の契りだけにはあやかりたいものだったね。なるほど、その龍田姫の錦の染色の腕前には、誰 も及ぶ者はいないだろうね。ちょっとした、花や紅葉といっても、季節の色合いが相応しくなく、はっきりとしていないのは、何の見映えもなく、台なし になってしまうものだ。そうだからこそ、難しいものだと決定しかねるのですな」  と、話をはずまされる。  [第二段 左馬頭の体験談(浮気な女の物語)]  「ところで、一方同じころ、通っていました女は、人品も優れ気の働かせ方もまことに嗜みがあると思われるように、素早く歌を詠み、すらすらと書 き、掻いつま弾く琴の音、その手つき口つきがみな確かであると、見聞きしておりました。見た目にも無難でしたので、先程の嫉妬深い女を気の置 けない通い所にして、時々隠れて逢っていました間は、格段に気に入っておりました。今の女が亡くなって後は、どうしましょう、かわいそうだとは 思いながらも死んでしまったものは仕方がないので、頻繁に通うようになってみますと、少し派手で婀娜っぽく風流めかしていることは、気に入らな いところがあったので、頼りにできる女とは思わずに、途絶えがちにばかり通っていましたら、こっそり心を通じている男がいたらしいのです。  神無月の時節ごろ、月の美しかった夜に、内裏から退出いたしますに、ある殿上人が来合わせて、わたしの車に同乗していましたので、大納言 殿の家へ行って泊まろうとすると、この人が言うことには、『今宵は、わたしを待っているだろう女が、妙に気にかかるよ』と言って、先程の女の家 は、ちょうど通り道に当たっていたので、荒れた築地塀の崩れから池の水に月の光が映っていて、月でさえ泊まるこの宿をこのまま通り過ぎてしま うのも惜しくて、下りたのです。  以前から心を交わしていたのでしょうか、この男はとてもそわそわして、門近くの廊の簀子のような所に腰を掛けて、暫く月を見ています。菊は一 面にとても色美しく変色しており、風に勢いづいた紅葉が散り乱れているのなど、美しいものだなあと実に思われました。  懐にあった横笛を取り出して吹き鳴らし、「蔭もよし」などと合い間合い間に謡うと、よい音のする和琴を、調子が調えてあるので、きちんと合奏し ていたところは、悪くはありませんでした。律の調子は、女性がもの柔らかく掻き鳴らして、簾の内側から聞こえて来るのも、今はやりの楽の音な ので、清く澄んでいる月に似合わないでもない。男はひどく感心して、御簾の側に歩み寄って、  『庭の紅葉を、踏み分けた跡がないですね』などと嫌がらせを言います。菊を手折って、  『琴の音色も月も素晴らしいお宅ですが   薄情な方を引き止めることができなかったようですね  悪いことを言ったかしら』などと言って、『もう一曲、喜んで聞きたいという人がいる時、弾き惜しみなさいますな』などと、ひどく色っぽく言いかけま すと、女は、声をとても気取って出して、  『冷たい木枯らしに合うようなあなたの笛の音を   引きとどめる術をわたしは持ち合わせていません』  と色っぽく振る舞い合います。憎らしくなってきたのも知らずに、今度は、筝の琴を盤渉調に調えて、今はやりに掻き鳴らす爪音は、才能が無いで はないが、目を覆いたい気持ちが致しました。ただ時々に言葉を交わす宮仕え人などで、どこまでも色っぽく風流なのは、そうであっても付き合うに は興味もありましょう。時々であっても、通い妻として生涯の伴侶と致しますには、頼りなく派手すぎると嫌気がさして、その夜のことに口実をつくっ て、通うのをやめてしまいました。  この二つの例を考え合わすに、若い時の考えでさえも、やはりそのように派手な女の例は、とても不安で頼りなく思われました。今から以後は、 いっそうそのようにばかり思われることでしょう。お心のままに、手折るとこぼれ落ちてしまいそうな萩の露や、拾ったと思うと消えてしまう玉笹の上 の霰などのような、しゃれていてか弱く風流なのばかりが、興味深くお思いでしょうが、今はそうであっても、七年のうちにお分かりになるでしょう。 わたくしめごとき、卑賎の者の忠告ですが、色っぽくなよなよとした女性にはお気をつけなさいませ。間違いを起こして、相手の男の愚かな評判ま でも立ててしまうものです」  と、忠告する。中将は例によってうなずく。君は少し微笑んで、そういうものだろうとお思いのようである。  「どちらの話にしても、体裁の悪くみっともないご体験談だね」  と言って、皆でどっと笑い興じられる。  [第三段 頭中将の体験談(撫子の女の物語)]  中将は、  「わたしは、馬鹿な体験談をお話しましょう」と言って、「ごくこっそりと通い始めた女で、そうした関係を長く続けてもよさそうな様子だったので、長 続きのすることとは存じられませんでしたが、馴れ親しんで行くにつれて、愛しいと思われましたので、途絶えがちながらも忘れられない女と存じて おりましたが、それほどの仲になると、頼りにしている様子にも見えました。頼りにするとなると、恨めしく思っていることもあるだろうと、我ながら思 われる折々もありましたが、見知らぬふうをして、久しく通って行かないのを、こういうたまにしか来ない男とも思っていないで、ただ朝夕にいつも心 に掛けているという態度に見えて、いじらしく思えたので、ずっと頼りにしているようにと言ったこともあったのでした。  親もなく、とても心細い様子で、それならわたしこそをと、何かにつけて頼りにしている様子もいじらしげでした。このようにおっとりしていることに安 心して、長い間通って行かないでいたころ、わたしの妻の辺りから、思慮のない辛いことを、ある手づるがあってそれとなく言わせたことを、後になっ て聞いたのでした。  そのような辛いことがあったとも知らず、心中では忘れていないとはいうものの、便りなども出さずに長い間おりましたところ、すっかり悲観して不 安だったので、幼い子供もいたので思い悩んで、撫子の花を折って、送って寄こしました」と言って涙ぐんでいる。  「それで、その手紙には」とお尋ねになると、  「いや、格別なことはありませんでしたよ。  『たとえ山家の垣根は荒れていても   時々はかわいがってやってください撫子の花を』  思い出したままに行きましたところ、いつものように無心なようでいながら、ひどく物思い顔で、荒れた家の露のしっとり濡れているのを眺めて、虫 の鳴く音と競うかの様子は、昔物語めいて、感じられました。  『庭に咲く花はいずれも皆美しいが   やはり常夏の花が一番美しく思われます』  大和撫子のことはさておいて、まず『塵をだに』などと、親の機嫌を取ります。  『露に濡れている常夏に   さらに激しい風の吹きつける秋までが来ました』  とさりげなく言いつくろって、本気で恨んでいるようにも見えません。涙をもらし落としても、とても恥ずかしく気兼ねして取り繕い隠して、薄情を恨 めしく思っているということを知られるのが、とてもたまらないらしいことのように思っていたので、気楽に構えて、再び通わずにいましたうちに、跡形 なく姿を晦まして、いなくなってしまいました。  まだ生きていれば、みじめな生活をしていることでしょう。愛しいと思っていましたころに、うるさいくらいにまとわり付くような様子に見えたならば、 こういうふうには行方不明にはさせなかったものを。こんなにも途絶えはせずに、通い妻の一人として末永く関係を保つこともあったでしょうに。あ の、撫子がかわいらしうございましたので、何とか捜し出したいものだと思っておりますが、今でも行方が知れません。  これがおっしゃられた頼りない女の例でしょう。平気をよそおって辛いと思っているのも知らないで、愛し続けていたのも、無益な片思いでした。今 はだんだん忘れかけて行くころになって、あの女は女で忘れられず、時折自分のせいで胸を焦がす夕べもあるであろうと思われます。この女は、永 続きしそうにない頼りない例でしたなあ。  それだから、あの嫉妬深い女も、思い出される女としては忘れ難いけれども、実際に結婚生活を続けて行くのにはうるさいし、悪くすると、嫌にな ることもありましょうよ。琴が素晴らしい才能だったという女も、浮気な欠点は重大でしょう。この頼りない女も、疑いが出て来ましょうから、どちらが 良いとも結局は決定しがたいのだ。男女の仲は、ただこのように、それぞれに優劣をつけるのは難しいでしょう。このそれぞれの良いところばかりを 身に備えて、非難される点を持たない女は、どこにいましょうか。吉祥天女に思いをかけようとすれば、抹香臭く、人間離れして、また、おもしろくな いでしょう」と言って、皆笑った。  [第四段 式部丞の体験談(賢い女の物語)]  「式部のところには、変わった話があろう。少しずつ、話して聞かせよ」と催促される。  「下の下のわたくしめごとき者には、何の、お聞きあそばす話がありましょう」  と言うが、頭の君が、真面目に「早く早く」とご催促されるので、何をお話し申そうかと思案したが、  「まだ文章生でございました時、賢い女性の例を拝見しました。先程、左馬頭が申されましたように、公事をも相談し、私生活の面での心がけも 考え廻らすこと深く、漢学の才能はなまじっかの博士が恥ずかしくなる程で、万事口出すことは何もございませんでした。  それは、ある博士のもとで学問などを致そうと思って、通っておりましたころに、主人の娘が多くいるとお聞き致しまして、ちょっとした折に言い寄り ましたところ、父親が聞きつけて、盃を持って来て、『我が両つの途歌ふを聴け』と謡いかけてきましたが、少しも結婚してもよいと思って通っていま せんでしたので、あの父親の気持ちに気兼ねして、そうは言うもののかかずらっていましたところ、とても情け深く世話をし、閨房の語らいにも、身 に学問がつき、朝廷に仕えるのに役立つ学問的なことを教えて、とても見事に手紙文にも仮名文字というものをを書き交ぜず、本格的に表現します ので、ついつい別れることができずに、その女を先生として、下手な漢詩文を作ることなどを習いましたので、今でもその恩は忘れませんが、慕わ しい妻として頼りにするには、無学のわたしは、どことなく劣った振る舞いなど見られましょうから、恥ずかしく思われました。まして、あなた様方の 御ためには、しっかりして手ぬかりのない奥方様は、何の必要がおありあそばしましょうか。つまらない、残念だ、と一方では思いながらも、自分の 気に入り、宿縁もあるようなので、男という者は、他愛のないもののようでございます」  と申し上げるので、後を言わせようと、「それにしてもまあ、何と興味ある女だろうか」と、おだてなさるのを、そうとは知りながらも、鼻のあたりをお かしなかっこうさせて語り続ける。  「そうして、ずいぶん長く行きませんでしたころ、何かのついでに立ち寄りましたところ、いつものくつろいだ所にはおりませんで、不愉快な物を隔 てて逢います。嫉妬しているのかと、ばかばかしくもあり、また、ちょうど良い機会と存じましたが、この賢い女という者は、軽々しい嫉妬をするはず もなく、男女の仲を心得て恨み言を言いませんでした。  声もせかせかと言うことには、  『数月来、風邪が重いのに堪え兼ねて、極熱の薬草を服して、大変に臭いので、面会は御遠慮申し上げます。直接にでなくても、しかるべき雑用 などは承りましょう』  と、いかにも殊勝にもっともらしく言います。返事には何と言えようか。ただ、『承知しました』とだけ言って、立ち去ります時に、物足りなく思ったの でしょうか、  『この臭いが消えた時に、お立ち寄り下さい』と声高に言うのを、聞き捨てるのも気の毒ですが、しばしの間でもためらっている場合でもありません ので、ほんとに、その臭いまでが、ぷんぷんと漂って来るのも堪りませんので、逃げ腰になって、  『蜘蛛の動きでわたしの来ることがわかっているはずの夕暮に   昼間が過ぎるまでまで待てと言うのがわかりません  どのような口実ですか』  と、言い終わらず逃げ出しましたところ、追いかけて、  『逢うことが一夜も置かずに逢っている夫婦仲ならば   昼間逢ったからとてどうして恥ずかしいことがありましょうか』  さすがに返歌は素早うございました」  と、ゆっくりと申し上げるので、公達は興醒めに思って、「嘘だ」と言ってお笑いになる。  「どこにそのような女がいようか。のんびりと鬼と向かい合っていたほうがましだ。気持ちが悪い話」  と爪弾きして、「何とも評しようがない」と、式部を軽蔑し非難して、  「もう少しましな話を申せ」とお責めになるが、  「これ以上珍しい話がございましょうか」と言って、澄ましている。  「すべて男も女も未熟者は、少し知っている方面のことをすっかり見せようと思っているのが、困ったものです。  三史五経といった学問的な方面 を、本格的に理解するというのは、好感の持てないことですが、どうして女だからといって、世の中の公私の事々につけて、まったく知りませんでき ませんと言っていられましょうか。本格的に勉強しなくても、少しでも才能のあるような人は、耳から目から入って来ることが、自然に多いはずです。  そのようなことから、漢字を走り書きし、お互いに書かないはずの女どうしの手紙文に、半分以上書き交ぜているのは、ああ何と厭味な、この人 が女らしかったらなあと思われます。気持ちの上ではそんなにも思わないでしょうが、自然とごつごつした声に読まれ読まれして、わざとらしく感じ られます。上流の中にも多く見られることです。  和歌を詠むことを鼻にかけている人が、そのまま和歌のとりことなって、趣のある古歌を初句から取り込み取り込みして、相応しからぬ折々に、そ れを詠みかけて来ますのは、不愉快なことです。返歌しないと人情がないし、出来ない人は体裁が悪いでしょう。  しかるべき節会などで、五月の節会に急いで参内する朝に、落ち着いて分別などしていられない時に、素晴らしい根にかこつけてきたり、重陽の 節会の宴会のために、難しい漢詩の趣向を思いめぐらしていて暇のない折に、菊の露にかこつけたような、相応しからぬことに付き合わせ、そうい う場合ではなくとも自然となるほどと、後から考えればおもしろくもしみじみともあるはずのものが、その場合には相応しくなく、目にも止まらないの を、察しもせずに詠んで寄こすのは、かえって気がきかないように思われます。  万事につけて、どうしてそうするのか、そうしなくとも、と思われる折々に、時々、分別できない心では、気取ったり風流めかしたりしないほうが無 難でしょう。  総じて、心の中では知っていることでも、知らない顔をして、言いたいことも、一つ二つは言わないでおくのが良いというものでしょう」  と言うにつけても、君は、お一方の御様子を、胸の中に思い続けていらっしゃる。この結論に足りないことまた出過ぎたところもない方でいらっしゃ るなあと、比類ないことにつけても、ますます胸がいっぱいになる。  どういう結論に達するというでもなく、最後は聞き苦しい話に落ちて、夜をお明かしになった。   第三章 空蝉の物語  [第一段 天気晴れる]  やっと今日は天気も好くなった。こうしてばかり籠っていらっしゃるのも、大殿のお気持ちが気の毒なので、退出なさった。  邸内の有様や、姫君の様子も、端麗で気高く、くずれたところがなく、やはり、この女君は、あの、人々が捨て置き難く取り上げた実直な妻として 信頼できるだろう、とお思いになる一方では、度を過ぎて端麗なご様子で、打ち解けにくく気づまりな感じにとり澄ましていらっしゃるのが物足りなく て、中納言の君や中務といった、人並み優れている若い女房たちに、冗談などをおっしゃりおっしゃりして、暑さにお召し物もくつろげていらっしゃる お姿を、素晴らしく美しい、と思い申し上げている。  大臣もお渡りになって、くつろいでいらっしゃるので、御几帳を間に立ててお座りになって、お話を申し上げなさるのを、「暑いのに」と苦い顔をなさ るので、女房たちは笑う。「お静かに」と制して、脇息に寄り掛かっていらっしゃる。いかにも大君らしい鷹揚なお振る舞いであるよ。  暗くなるころに、  「今宵は、天一神が、内裏からこちらの方角へは方塞がりになっております」と申し上げる。  「そうですわ。普通は、お避けになる方角ですわ」  「二条院も同じ方角であるし、どこに方違えをしようか。とても気分が悪いのに」  と言って横になっていらっしゃる。「大変に具合悪いことである」と誰彼となく申し上げる。  「紀伊守で、親しくお仕えいたしております者が、中川の辺りにある家に、最近水を引き入れて、涼しい木蔭がございます」と申し上げる。  「とても良い考えである。気分が悪いから、牛車のままで入って行かれる所を」  とおっしゃる。内密の方違えのお邸は、たくさんあるに違いないのであるが、長いご無沙汰の後にいらっしゃったのに、方角が悪いからといって、 期待を裏切って他へ行ったとお思いになるのは、気の毒だと思われたのであろう。紀伊守に御用を言い付けると、お引き受けは致したものの、引き 下がって、  「伊予守の朝臣の家に、慎み事がございまして、女房たちが来ている時なので、狭い家でございますので、失礼に当たる事がありはしないか」  と、心中に困惑しているのをお聞きになって、  「そうした人が近くにいるのが嬉しいのだ。女気のない旅寝は、何となく不気味な心地がするから。すぐ、その几帳の後ろに」とおっしゃるので、  「なるほど、適当なご座所で」と言って、使いの者を走らせる。とてもこっそりと、格別に大げさでない所をと、急いでお出になるので、大臣にもご挨 拶なさらず、お供にも親しい者ばかり連れておいでになった。  [第二段 紀伊守邸への方違へ]  「あまりに急なことで」と迷惑がるが、誰も聞き入れない。寝殿の東面をきれいに片づけさせて、急拵えのご座所を設けた。遣水の趣向などは、そ れなりに趣深く作ってある。田舎家風の柴垣を廻らして、前栽など気を配って植えてある。風が涼しくて、どこからともない微かな虫の声々が聞こ え、螢がたくさん飛び交って、趣のある有様である。  人々は渡殿から湧き出ている泉に臨んで座って、酒を飲む。主人もご馳走の準備に走り回っている間、君はゆったりとお眺めになって、あの、中 の品の例に挙げていたのは、きっとこういう家の女性なのだろう、とお思い出しになる。  高い望みをもっていたようにお耳になさっていた娘なので、関心を持って耳を澄ましていらっしゃると、この西面に人のいる様子がする。衣ずれの 音がさらさらとして、若い女の声々が愛らしい。そうは言っても小声で、笑ったりなどする様子は、わざとらしい。格子を上げてあるが、守が、「不用 意な」と小言を言って下ろしてしまったので、火を燈している明りが、襖障子の上から漏れているので、そっとお近寄りになって、「見えるだろうか」と お思いになるが、隙間もないので、少しの間お聞きになっていると、この近い母屋の方に集っているのであろう、ひそひそ話している内容をお聞き になると、ご自分の噂話のようである。 Last updated 4/15/99 渋谷栄一訳(C)(ver.1-1-2)    空 蝉 光る源氏十七歳夏の物語   1.空蝉の物語---お寝みになれないままに、 2.源氏、再度、紀伊守邸へ---子供心に、どのような機会にと待ち続けていると、 3.空蝉と軒端荻、碁を打つ---灯火が近くに燈してある。 4.空蝉逃れ、源氏、軒端荻と契る---女は、あれきりお忘れなのを 5.源氏、空蝉の脱ぎ捨てた衣を持って帰る---小君を、お車の後ろに乗せて、二条院に   光る源氏17歳夏の物語  [第一段 空蝉の物語]  お寝みになれないままには、「わたしは、このように人に憎まれたことはないのに、今晩、初めて辛いと男女の仲を分かったので、恥ずかしくて、 生きて行けないような気持ちになってしまった」などとおっしゃると、涙まで流して臥している。とてもかわいいとお思いになる。手探りに、細く小柄な 体つきや、髪のたいして長くはなかった様子が、似通っているのも、気のせいか愛しい。むやみにしつこく探し求めるのも、体裁悪いだろうし、本当 に癪に障るとお思いになりながら夜を明かして、いつものようにもおっしゃらない。夜の深いうちにお帰りになるので、この子は、たいそう気の毒でつ まらないと思う。  女も、大変に気がとがめると思うと、お手紙もまったくない。お懲りになったのだと思うにつけても、このまま冷めておやめになってしまったら嫌な 思いであろうし、強引に困ったお振る舞いが絶えないのも嫌なことであろう、適当なところで、こうしてきりをつけたい、と思うものの、平静ではなく、 物思いがちである。  君は、ひどいとお思いになる一方で、このままではやめられなくお心にかかり、体裁悪くお困りになって、小君に、「とても、辛く情けなくも思われ るので、無理に忘れようとするが、思いどおりにならず苦しいのだよ。適当な機会を見つけて、逢えるように手立てせよ」とおっしゃり続けるので、や っかいに思うが、このような事柄でも、お命じになって使ってくださることは、嬉しく思われるのであった。  [第二段 源氏、再度、紀伊守邸へ]  子供心に、どのような機会にと待ち続けていると、紀伊守が任国へ下ったりして、女たちがくつろいでいる夕闇の道がはっきりしないのに紛れて、 自分の車で、お連れ申し上げる。  この子も子供なので、どうだろうかとご心配になるが、そう悠長にも構えていらっしゃれなかったので、目立たない服装で、門などに鍵がかけられ る前にと、急いでいらっしゃる。  人目のない方から引き入れて、お下ろし申し上げる。子供なので、宿直人なども特別に気をつかって機嫌をとらず、安心である。  東の妻戸に、お立たせ申し上げて、自分は南の隅の間から、格子を叩いて声を上げて入った。御達は、  「丸見えです」と言っているようだ。  「どうして、こう暑いのに、この格子を下ろしているの」と尋ねると、  「昼から、西の御方がお渡りあそばして、碁をお打ちあそばしていらっしゃいます」と言う。  そうして向かい合っているのを見たい、と思って、静かに歩を進めて、御簾の間にお入りになった。  先程入った格子はまだ閉めてないので、隙間が見えるので、近寄って西の方を見通しなさると、こちら側の際に立ててある屏風は、端の方が畳 まれているので、目隠しのはずの几帳なども、暑いからであろうか、掛けてあって、とてもよく覗き見ることができる。  [第三段 空蝉と軒端荻、碁を打つ]  灯火が近くに燈してある。母屋の中柱に横向きになっている人が自分の思いを寄せている人かと、まっさきに目をお留めになると、濃い綾の単重 襲のようである。何であろうか、上に着て、頭の恰好は小さく小柄な人で、見栄えのしない姿をしている。顔などは、向かい合っている人などにも、 特に見えないように気をつけている。手つきも痩せ痩せした感じで、ひどく袖の中に引き込めているようだ。  もう一人は、東向きなので、すっかり見える。白い羅の単重襲に、二藍の小袿のようなものを、しどけなく引っ掛けて、紅の腰紐を結んでいる際ま で胸を露にして、嗜みのない恰好である。とても色白で美しく、まるまると太って、すらっと背の高い人で、頭の恰好や額の具合は、くっきりとしてい て、目もと口もとが、とても愛嬌があり、はなやかな容貌である。髪はたいしてふさふさとして長くはないが、垂れ具合や、肩のところがまことにすっ きりとして、どこをとっても悪いところなく、美しい女だ、と見えた。  なるほど、親がこの上なくかわいがることであろうと、興味をもって御覧になる。心づかいに、もう少し落ち着いた感じを加えたいものだと、ふと思 われる。才覚がないわけではないらしい。碁を打ち終えて、結を押すあたりは、機敏に見えて、陽気に騷ぎ立てると、奥の人は、とても静かに落ち 着いて、  「お待ちなさいよ。そこは、持でありましょう。このあたりの、劫を」などと言うが、  「いいえ、今度は負けてしまいました。隅の所、どれどれ」と指を折って、「十、二十、三十、四十」などと数える様子は、伊予の湯桁もすらすらと数 えられそうに見える。少し下品な感じがする。  極端に口を覆って、はっきりとも見せないが、目を凝らしていらっしゃると、自然と横顔も見える。目が少し腫れぼったい感じがして、鼻筋などもす っきり通ってなく老けた感じで、はなやかなところも見えない。言い立てて行くと、悪いことばかりになる容貌を、とてもよく取り繕って、この美しさで 勝る人よりは嗜みがあろうと、目が引かれるような態度をしている。  朗らかで愛嬌があって美しいのを、ますます得意満面にうちとけて、笑い声などを上げてはしゃいでいるので、はなやかさが多く見えて、そうした 方面ではとても美しい人である。軽率であるとはお思いになるが、お堅くないお心には、この女も捨てておけないのであった。  ご存じの女性は、くつろいでいる時がなく、取り繕って横を向いたよそゆきの態度ばかりを御覧になるが、このようにうちとけた女の様子の垣間見 などは、まだなさらなかったことなので、気づかずにすっかり見られているのは気の毒だが、しばらく御覧になりたいのだが、小君が出て来そう気が するので、そっとお出になった。  渡殿の戸口に寄り掛かっていらっしゃっる。とても恐れ多いと思って、  「珍しくお客がおりまして、近くにまいれません」  「それでは、今宵も、帰そうとするのか。まったくあきれて、ひどいではないか」とおっしゃると、  「いいえ決して。あちらに帰りましたら、手立てを致しましょう」と申し上げる。  そのように何とかできそうな様子なのであろう。子供であるが、物事の事情や、人の気持ちを読み取れるよう落ち着いているから、とお思いになる のであった。  碁を打ち終えたのであろうか、衣ずれの音のする感じがして、女房たちが各部屋に下がって行く様子などがするようである。  「若君はどこにいらっしゃるのでしょうか。この御格子は閉めましょう」と言って、音が聞こえる。  「静かになったようだ。入って、それでは、手引きをせよ」とおっしゃる。  この子も、姉のお気持ちを曲げそうになく堅物でいるので、話をつけるすべもなく、人目の少ない時に、お入れ申し上げようと思うのであった。  「紀伊守の妹も、ここにいるのか。わたしに、垣間見させよ」とおっしゃるが、  「どうして、そのようなことができましょうか。格子には几帳が添え立ててあります」と申し上げる。  「もっともだ、しかしそれでもと、興味深くお思いになるが、見てしまったとは言うまい、気の毒だ」とお思いになって、夜の更けて行くことの遅いこと をおっしゃる。  今度は、妻戸を叩いて入って行く。女房たちは皆寝静まっていた。  「この障子の口に、僕は寝よう。風よ吹いておくれ」と言って、畳を広げて横になる。女房たちは、東廂に大勢寝ているのだろう。妻戸を開けた女 童もそちらに入って寝てしまったので、しばらく空寝をして、灯火の明るい方に屏風を広げて、うす暗くなったので、静かにお入れ申し上げる。  どうなることか、愚かしいことがあってはならない、とご心配になると、とても気後れするが、手引するのに従って、母屋の几帳の帷子を引き上げ て、たいそう静かにお入りになろうとするが、皆寝静まっている夜の、お召物の衣ずれの様子は、柔らかであるが、かえってはっきりとわかるので あった。  [第四段 空蝉逃れ、源氏、軒端荻と契る]  女は、あれきりお忘れなのを嬉しいと思おうとはするが、不思議な夢のような出来事を、心から忘れられないころなので、ぐっすりと眠ることさえで きず、昼間は物思いに耽り、夜は寝覚めがちなので、春ではないが、「木の芽」ならぬ「この目」も、休まる時とてなく、物思いがちなのに、碁を打っ ていた君が、「今夜は、こちらに」と言って、今の子らしくおしゃべりして、寝てしまった。  若い女は、無心にとてもよく眠っているのであろう。このような感じが、とても香り高く匂って来るので、顔を上げると、単重を打ち掛けてある几帳 の隙間に、暗いけれども、にじり寄って来る様子が、はっきりとわかる。あきれた気持ちで、何とも分別もつかず、そっと起き出して、生絹の単重を 一枚着て、そっと抜け出した。  君はお入りになって、ただ一人で寝ているのを安心にお思いになる。床の下の方に二人ほど寝ている。衣を押しやってお寄り添いになると、先夜 の様子よりは、大柄な感じに思われるが、お気づきなさらない。目を覚まさない様子などが、妙に違って、だんだんとおわかりになって、意外なこと に癪に思うが、人違いをまごまごして見せるのも愚かしく、変だと思うだろう、目当ての女を探し求めるのも、これほど避ける気持ちがあるようなの で、甲斐なく、間抜けなと思うだろう、とお思いになる。あの美しかった灯影の女ならば、何ということはないとお思いになるのも、けしからぬご思慮 の浅薄さと言えよう。  だんだんと目が覚めて、まことに思いもよらぬあまりのことに、あきれた様子で、特にこれといった思慮あるいじらしい心づかいもない。男女の仲を まだ知らないわりには、ませたところがある方で、消え入るばかりに思い乱れるでもない。自分だとは知らせまいとお思いになるが、どうしてこうい うことになったのかと、後から考えるだろうことも、自分にとってはどうということはないが、あの薄情な女が、強情に世間体を名を憚っているのも、 やはり気の毒なので、度々の方違えにかこつけてお出でになったことを、うまくとりつくろってお話になる。よく気のつく女ならば察しがつくであろう が、まだ経験の浅い分別では、あれほどおませに見えたようでもそこまでは見抜けない。  憎くはないが、お心惹かれるようなところもない気がして、やはりあのいまいましい女の気持ちを、恨めしいとお思いになる。「どこにはい隠れて、 愚か者だと思っているのだろう。このように強情な女はめったにいないものを」とお思いになるのも、困ったことに、気持ちを紛らすこともできず思い 出さずにじゃいらっしゃれない。この女の、何も気づかず、初々しい感じもいじらしいので、それでも愛情濃やかに将来をお約束させなさる。  「世間に認められた仲よりも、このような仲こそ、愛情も勝るものと、昔の人も言っていました。あなたも同様に愛してくださいよ。世間を憚る事情 がないわけでもないので、わが身ながらも思うにまかすことができないのです。また、あなたのご両親も許されないだろうと、今から胸が痛みます。 忘れないで待っていて下さいよ」などと、いかにもありきたりにお話なさる。  「他の人に知られることが恥ずかしくて、お手紙を差し上げることができません」と無邪気に言う。  「誰彼となく、他人に言っては困りますが、この小さい殿上童に託して差し上げましょう。何げなく振る舞っていて下さい」  などと言い置いて、あの脱ぎ捨てて行ったと見える薄衣を取ってお出になった。  小君が近くに寝ていたのをお起こしになると、不安に思いながら寝ていたので、すぐに目を覚ました。妻戸を静かに押し開けると、年老いた女房 の声で、  「あれは誰ですか」  と仰々しく尋ねる。厄介に思って、  「僕です」と答える。  「夜中に、これはまた、どうしてとお歩きなさいますか」  と世話焼き顔で、外へ出て来る。とても腹立たしく、  「違います。ここに出るだけです」  と言って、君をお出し申し上げると、暁方に近い月の光が明るく照っているので、ふと、人影が見えたので、  「もう一人いらっしゃるのは、誰ですか」と尋ねる。  「民部のおもとのようですね。けっこうな背丈ですこと」  と言う。背丈の高い人がいつも笑われることを言うのであった。老女房は、その人を連れていたのだと思って、  「今そのうちに、同じくらいの背丈におなりになるでしょう」  と言い言い、自分もこの妻戸から出て来る。困ったが、押し返すこともできず、渡殿の戸口に身を寄せて隠れて立っていらっしゃると、この老女房 が近寄って、  「おもとは、今夜は、上に詰めていらっしゃったのですか。一昨日からお腹の具合が悪くて、我慢できませんでしたので、下におりていましたが、 人少なであると、お召しがあったので、昨夜参上しましたが、やはり、我慢できないようなので」と苦しがる。返事も聞かないで、「ああ、お腹が、お 腹が。また後で」  と言って通り過ぎて行ったので、ようやくのことでお出になる。やはりこうした忍び歩きは軽率で危ないものだと、ますますお懲りになられたことで あろう。  [第五段 源氏、空蝉の脱ぎ捨てた衣を持って帰る]  小君を、お車の後ろに乗せて、二条院にお着きになった。出来事をおっしゃって、「愚かであった」と軽蔑なさって、あの女の気持ちを爪弾きしなが らお恨みなさる。気の毒で、何とも申し上げられない。  「とてもひどく嫌っておいでのようなので、わが身が嫌になってしまった。どうして、逢って下さらないまでも、親しい返事ぐらいはして下さらないの だろうか。伊予介に及ばないわが身だ」  などと、気にくわないと思っておっしゃる。先程の小袿を、そうは言うものの、お召物の下に引き入れて、お寝みになった。小君をお側に寝かせ て、いろいろと恨み言をいい、かつまた、優しくお話なさる。  「おまえは、かわいいけれど、つれない女の弟だと思うと、いつまでもかわいがってやれるともわからない」  と真面目におっしゃるので、とても辛いと思った。  しばらくの間、横になっていられたが、お眠りになれない。御硯を急に用意させて、わざわざのお手紙ではなく、畳紙に手習いのように思うままに 書き連ねなさる。  「蝉が殻を脱ぐように、衣を脱ぎ捨てて逃げ去っていったあなたですが  やはり人柄が懐かしく思われます」  とお書きになったのを、懐に入れて持って行く。あの女もどう思っているだろうかと、気の毒に思うが、いろいろとお思い返しなさって、お言づけもな い。あの薄衣は、小袿のとても懐かしい人香が染み込んでいるので、いつもお側近くに置いて見ていらっしゃった。  小君は、あちらに行ったところ、姉君が待ち構えていて、厳しくお叱りになる。  「とんでもないことであったのに。何とか人目はごまかしても、人の疑いはどうすることもできないので、ほんとうに困ったこと。まことにこのように 幼く浅はかな考えを、また、どうお思いなさっていようか」  と言って、お叱りになる。どちらから言っても辛く思うが、あのお手紙を取り出した。そうは言ったものの、手に取って御覧になる。あの脱ぎ捨てた 小袿を、どのように、「伊勢をの海人」のように汗臭くはなかったろうか、と思うのも気が気でなく、いろいろと思い乱れて。  西の君も、何とはなく恥ずかしい気持ちがしてお帰りになった。他に知っている人もない事なので、一人物思いに耽っていた。小君が行き来する につけても、胸ばかりが締めつけられるが、お手紙もない。あまりのことだと気づくすべもなくて、陽気な性格ながら、何となく悲しい思いをしている ようである。  薄情な女も、そのように落ち着いてはいるが、通り一遍とも思えないご様子を、結婚する前のわが身であったらと、昔に返れるものではないが、 堪えることができないので、この懐紙の片端の方に、  「空蝉の羽に置く露が木に隠れて見えないように   わたしもひそかに、涙で袖を濡らしております」 源氏物語の世界ヘ 本文 ローマ字版 注釈 Last updated 5/11/99 渋谷栄一訳(C)(ver.1-1-2)    夕 顔 光る源氏の十七歳夏から立冬の日までの物語 第一章 夕顔の物語 夏の物語 1.源氏、五条の大弐乳母を見舞う---六条辺りのお忍び通いのころ 2.数日後、夕顔の宿の報告---惟光、数日して参上した 第二章 空蝉の物語  空蝉の夫、伊予国から上京す---ところで、あの空蝉のあきれるほど冷淡だったのを 第三章 六条の貴婦人の物語 初秋の物語  霧深き朝帰りの物語---秋にもなった。誰のせいからでもなく、自ら求めて 第四章 夕顔の物語(2) 仲秋の物語 1.源氏、夕顔の宿に忍び通う---それはそうと、あの惟光の管理人の偵察は 2.八月十五夜の逢瀬---君も、「このように無心に油断させて隠れてしまったなら 3.なにがしの院に移る---ためらっている月のように、出し抜けに行く先も分からず出かけることを 4.夜半、もののけ現われる---宵を過ぎるころ、少し寝入りなさった時に 5.源氏、二条院に帰る---ようやくのことで、惟光朝臣が参上した 6.十七日夜、夕顔の葬送---日が暮れて、惟光が参上した。これこれの穢れがあるとおっしゃって 7.忌み明ける---九月二十日のころに、病状がすっかりご回復なさって 第五章 空蝉の物語(2)  紀伊守邸の女たちと和歌の贈答---あの、伊予介の家の小君は、参上する折はあるが 第六章 夕顔の物語(3)  四十九日忌の法要---あの人の四十九日忌を、人目を忍んで比叡山の法華堂において 第七章 空蝉の物語(3)  空蝉、伊予国に下る---伊予介は、神無月の朔日ころに下る   第一章 夕顔の物語 夏の物語  [第一段 源氏、五条の大弐乳母を見舞う]  六条辺りのお忍び通いのころ、内裏からご退出なさる休息所に、大弍の乳母がひどく病んで尼になっていたのを、見舞おうとして、五条にある家 を尋ねていらっしゃった。  お車が入るべき正門は鎖してあったので、供人に惟光を呼ばせて、お待ちあそばす間、むさ苦しげな大路の様子を見渡していらっしゃると、この 家の隣に、桧垣という物を新しく作って、上は半蔀を四、五間ほどずっと吊り上げて、簾などもとても白く涼しそうなところに、美しい額際の透き影 が、たくさん見えて覗いている。立ち動き回っているらしい下半身を想像すると、やたらに背丈の高い気がする。どのような者が住んでいるのだろう と、一風変わった様子にお思いになる。  お車もひどく地味になさり、先払いもおさせにならず、誰と分かろうと気をお許しなさって、少し顔を出して御覧になっていると、門は蔀のようなのを 押し上げてあるが、覗き込む程もなく、ささやかな住まいを、しみじみと、「どの家を終生の宿とできようか」とお考えになってみると、玉の台も同じこ とである。  切懸めいた物に、とても青々とした蔓草が気持ちよさそうに這いまつわっているところに、白い花が、自分ひとり微笑んで咲いている。  「遠方の人にお尋ねする」  と独り言をおっしゃると、御随身がひざまずいて、  「あの白く咲いている花を、夕顔と申します。花の名は人並のようで、このような賎しい垣根に咲くのでございます」  と申し上げる。なるほど、とても小さい家が多くて、むさ苦しそうな界隈の、ここもかしこも、見苦しくちょっと傾いて、頼りなさそうな軒の端などに這 いまつわっているのを、  「気の毒な花の運命よ。一房手折ってまいれ」  とおっしゃるので、この押し上げてある門から入って折る。  そうは言うものの、しゃれた遣戸口に、黄色い生絹の単重袴を、長く着こなした女童で、かわいらしげな子が出て来て、ちょっと招く。白い扇でた いそう香を薫きしめたのを、  「これに載せて差し上げなさいね。枝も風情なさそうな花ですもの」  と言って与えたので、門を開けて惟光朝臣が出て来たのを取り次がせて、差し上げさせる。  「鍵を置き忘れまして、大変にご迷惑をお掛けいたしました。どなた様と分別申し上げられる者もおりませぬ辺りですが、ごみどみした大路にお立 ちあそばして」とお詫び申し上げる。  引き入れて、お下りになる。惟光の兄の阿闍梨、婿の三河守、娘などが、寄り集まっているところに、このようにお越しあそばされたお礼を、この 上ないことと恐縮申し上げる。  尼君も起き上がって、  「惜しくもない身ですが、出家しがたく存じておりましたことは、ただ、このようにお目にかかり、御覧に入れる姿が変わってしまったことを残念に存 じて、ためらっていましたが、受戒の効果があって生き返って、このようにお越しあそばしますのを、お目にかかれましたので、今は、阿彌陀のご来 迎も、心残りなく待つことができましょう」  などと申し上げて、弱々しく泣く。  「いく日も、思わしくなくいらっしゃるのを、案じて心痛めていましたが、このように、出家された姿でいらっしゃると、まことに悲しく残念で。長生きを して、さらに位が高くなるのなども御覧下さい。そうしてから、九品の最上位にも、差し障りなくお生まれ変わり下さい。この世に少しでも執着が残る のは、悪いことと聞いています」など、涙ぐんでおっしゃる。  不出来な子でさえも、乳母のようなかわいがるはずの人は、あきれるくらいに完全無欠に思い込むものを、まして、まことに光栄にも、親しくお世 話申し上げたわが身も、大切にもったいなく思われるようなので、わけもなく涙に濡れるのである。  子供たちは、とてもみっともないと思って、「捨てたこの世に未練あるように、ご自身から泣き顔をお目にかけていなさる」と言って、突き合い目配 せし合う。  君は、とてもしみじみと感じられて、  「幼かったころに、かわいがってくれるはずの方々が亡くなってしまわれた後は、養育してくれる人々はたくさんいるようであったが、親しく甘えら れる人は、他にいなく思われました。成人して後は、きまりがあるので、朝夕にもお目にかかれず、思い通りにお訪ね申すことはなかったが、やは り久しくお会いしない時は、心細く思われましたが、『避けられない別れなどはあってほしくないものだ』と思われます」  などと、じっくりとお話なさって、お拭いになる袖の匂いも、とても辺り狭しと薫り満ちているので、なるほど、考えてみれば、並々の人でないご運 命であったと、尼君を非難がましく見ていた子供たちも、皆涙ぐんだ。  修法など、重ねて始めるべき事などをお命じあそばして、お立ちになろうとして、惟光に紙燭を持って来させて、先程の扇を御覧になると、使い慣 らした移り香が、とても深く染み込んで慕わしくて美しく書き流してある。  「当て推量に貴方さまでしょうと思います   白露の光を加えて美しい夕顔の花は」  誰とも分からないように書き紛らわしているのも、上品に教養が見えるので、とても意外に、興味を惹かれなさる。惟光に、  「この西にある家は、何者が住むのか。尋ね聞いているか」  とお尋ねになると、いつもの厄介なお癖とは思うが、そうは申さず、  「この五、六日ここにおりますが、病人のことを心配して看護しております時なので、隣のことは聞けません」  などと、無愛想に申し上げるので、  「憎らしいと思っているな。けれど、この扇の、尋ねねばならない理由がありそうに思われるのを。やはり、この界隈の事情を知っている者を呼ん で尋ねよ」  とおっしゃると、入って行って、この家守である男を呼んで尋ね聞く。  「揚名介である人の家だそうでございました。男は田舎に下向して、妻は若く派手好きで、姉妹などが宮仕え人として行き来している、と申しま す。詳しいことは、下人にはよく分からないのでございましょう」と申し上げる。  「では、その宮仕人というようだ。得意顔に物慣れて詠みかけてきたものよ」と、「きっと興覚めしそうな身分ではなかろうか」とお思いになるが、名 指して詠みかけてきた気持ちが、憎からず過ごしがたいのが、例によって、こういった方面には、重々しくないご性分なのであろう。御畳紙にすっか り別筆にお書きになって、  「もっと近寄って誰ともはっきり見たらどうでしょう   黄昏時にぼんやりと見えた花の夕顔を」  先程の御随身をお遣わしになる。  まだ見たことのないお姿であったが、まことにはっきりと推察されなさるおん横顔を見過ごさないで、さっそく詠みかけたのに、返歌をなさらないで 時間が過ぎたので、何となく体裁悪く思っていたところに、このようにわざわざ来たというふうだったので、いい気になって、「何と申し上げよう」など と言い合っているようだが、生意気なと思って、随身は帰参した。  御前駆の松明が弱く照らして、とてもひっそりとお出になる。半蔀は下ろしてあった。隙間隙間から見える灯火の明りは、螢よりもさらに微かで哀 れである。  お目当ての所では、木立や前栽などが、世間一般の所と違い、とてもゆったりと奥ゆかしく住んでいらっしゃる。気の置けるご様子などが、他の 人とは格別なので、先程の垣根はお思い出されるはずもない。  翌朝、少しお寝過ごしなさって、日が差し出るころにお帰りになる。朝帰りの姿は、なるほど、人がお褒め申し上げるようなのも、もっともであるご 様子なのであった。  今日もこの半蔀の前をお通り過ぎになる。今までにも通り過ぎなさった辺りであるが、わずかちょっとしたことでお気持ちを惹かれて、「どのような 人の住んでいる家なのだろう」と思っては、行き帰りにお目が止まるのであった。  [第二段 数日後、夕顔の宿の報告]  惟光、数日して参上した。  「患っております者が、依然として弱そうでございましたので、いろいろと看病いたしておりまして」  などと挨拶申し上げて、近くに上って申し上げる。  「お尋ねになられました後に、隣のことを知っております者を、呼んで尋ねさせましたが、はっきりとは申しません。『ごく内密に、五月のころからお いでの方があるようですが、誰それとは、全然その家の内の人にさえ知らせません』と申します。時々、中垣から覗き見しますと、なるほど、若い女 たちの透き影が見えます。褶めいた物を、申しわけ程度にひっかけて、仕える主人がいるようでございます。昨日、夕日がいっぱいに射し込んでい ました時に、手紙を書こうとして座っていました人の顔が、とてもようございました。憂えに沈んでいるような感じがして、側にいる女房たちも涙を隠 して泣いている様子などが、はっきりと見えました」  と申し上げる。君はにっこりなさって、「知りたいものだ」とお思いになった。  声望こそ重々しいはずのご身分であるが、ご年齢のほど、人が追従しお褒め申し上げている様子などを考えると、興味をお感じにならないのも、 風情がなくきっと物足りない気がするだろうが、人が承知しない身分でさえ、やはり、相当な人のことには、興味をそそられるものだから、と思って いる。  「もしや、拝見いたすこともありましょうかと、ちょっとした機会を作って、恋文などを出してみました。書きなれている筆跡で、素早く返事など寄こし ました。たいして悪くはない若い女房たちがいるようでございます」  と申し上げると、  「さらに近づけ。突き止めないでは、物足りない気がする」とおっしゃる。  あの、下層の最下層だと、人が見下した住まいであるが、その中にも、意外に結構なのを見つけたらばと、珍しくお思いになるのであった。   第二章 空蝉の物語  [第一段 空蝉の夫、伊予国から上京す]  ところで、あの空蝉のあきれるほど冷淡だったのを、世間一般の女性とは違ってお思いになると、素直であったならば、気の毒な過ちをしたと思っ てやめられようが、まことに悔しく、振られて終わってしまいそうなのが、気にならない時がない。このような並々の女性までは、お思いにならなかっ たのだが、先日の「雨夜の品定め」の後は、興味をお持ちになった階層階層があることによって、ますます残る隈なくご関心をお持ちになった方の ようであるよ。  疑いもせずにお待ち申しているらしいもう一人の女を、いじらしいとお思いにならないわけではないが、何くわぬ顔で聞いていたろうことが恥ずかし いので、「まずは、この女の気持ちを見定めてから」とお思いになっているうちに、伊予介が上京した。  まっさきに急いで参上した。船路のせいで、少し黒く日焼けしている旅姿は、とても野暮くさくて気に入らない。けれど、人品も相当な血筋で、容 貌などは年はとっているが、小綺麗で、人並優れて品格や趣向などがそなわっているのであった。  任国の話などを申す時に、「湯桁はいくつ」と、お尋ねしたくお思いになるが、わけもなく正視できなくて、お心の中に思い出されることもさまざまで ある。  「実直な年配者を、このように思うのも、いかにも馬鹿らしく後ろ暗いことであるよ。いかにも、これが、尋常ならざる不埒なことだった」と、左馬頭 の忠告をお思い出しになって、気の毒なので、「冷淡な気持ちは憎いが、夫のためには、立派だ」とお考え直しになる。  「娘を適当な人に縁づけて、北の方を連れて下るつもりだ」と、お聞きになると、あれやこれやと気持ちが落ち着かなくて、「もう一度逢えないもの か」と、小君に相談なさるが、相手が同意したようなことでさえ、軽々とお忍びになるのは難しいのに、まして、不釣り合いな関係と思って、今さら見 苦しかろうと、思い絶っている。  そうは言っても、すっかりお忘れになられることも、まことにつまらなく、嫌にちがいないことと思って、適当な折々のお返事など、親しく度々差し上 げては、何気ない書きぶりに詠み込まれた返歌は、不思議とかわいらしげに、お目に止まるようなことを書き加えなどして、恋しく思わずにはいられ ない人の様子なので、冷淡で癪な女と思うものの、忘れがたい人とお思いになっている。  もう一人は、夫がしっかりできても、変わらず心を許しそうに見えたのを当てにして、いろいろとお聞きになるが、お心も動かさないのであった。   第三章 六条の貴婦人の物語 初秋の物語  [第一段 霧深き朝帰りの物語]  秋にもなった。誰のせいからでもなく、自ら求めて物思いに心を尽くされることどもがあって、大殿には、と絶えがちなので、恨めしくばかりお思い 申し上げていらっしゃった。  六条辺りの御方にも、気の置けたころのご様子をお靡かせ申し上げてから後は、うって変わって、通り一遍な扱いのようなのは、お気の毒であ る。けれど、他人でいたころのご執心のように、無理無体なことがないのも、どうしたことかと思われた。  女は、たいそう何事も度を越すほど、お思い詰めなさるご性格なので、年齢も釣り合わず、人が漏れ聞いたら、ますますこのような辛い訪れない 夜な夜なの寝覚めを、お悩み悲しまれることが、とてもあれこれと多いのである。  霧の大層深い朝、ひどく急かされなさって、眠そうな様子で、溜息をつきながらお出になるのを、中将のおもとが、御格子を一間上げて、お見送り なさいませ、という心遣いらしく、御几帳を引き開けたので、御頭をもち上げて御覧になった。  前栽が色とりどりに咲き乱れているのを、行き過ぎにくそうにためらっていらっしゃる姿が、なるほど二人といない。廊の方へいらっしゃる時に、中 将の君が、お供申し上げる。紫苑色で、季節に適った羅の裳、くっきりと結んだ腰つきは、物柔らかで優美である。  見返りなさって、隅の間の高欄に、少しの間、お座らせなさった。きちんとした態度、黒髪のかかり具合、見事な、と御覧になる。  「咲いている花に心を移したという風評は憚られますが   やはり手折らずには行き過ごしがたい今朝の朝顔の花です  どうしよう」  と言って、手を捉えなさると、まことに馴れたふうに素早く、  「朝霧の晴れる間も待たないでお帰りになるご様子なので  朝顔の花に心を止めていないものと思われます」  と、主人のことにしてお返事申し上げる。  かわいらしい童女で、姿が目安く、格別の格好をしている、指貫の裾を、露っぽく濡らし、花の中に入り混じって、朝顔を手折って差し上げるところ など、絵に描きたいほどである。  通り一遍に、ちょっと拝見する人でさえ、心を止め申さない者はない。物の情趣を解さない山賎も、花の下では、やはり休息したいものなのであろ うか、このお美しさを拝する人々は、身分身分に応じて、自分のかわいいと思う娘を、ご奉公に差し上げたいと願い、あるいは、恥ずかしくないと思 う姉妹などを持っている人は、下仕えであっても、やはり、このお方の側にご奉公させたいと、思わない者はいなかった。  まして、何かの折のお言葉でも、優しいお姿を拝する人で、少し物の情趣を解せる人は、どうしていい加減にお思い申し上げよう。一日中くつろい だご様子でおいでにならないのを、物足りないことと思うようである。   第四章 夕顔の物語(2) 仲秋の物語  [第一段 源氏、夕顔の宿に忍び通う]  それはそうと、あの惟光の管理人の偵察は、とても詳しく事情を探ってご報告する。  「誰であるかは、まったく分かりません。世間にひどく隠れ潜んでいる様子に見えますが、暇にまかせて、南の半蔀のある長屋に移って来ては、 牛車の音がすると、若い女房たちが覗き見などをするようですが、この主人と思われる女も、来る時があるようでございまして。容貌は、ぼんやりと ではありますが、とてもかわいらしげでございます。  先日、先払いをして通る牛車がございましたのを、覗き見て、女童が急いで、『右近の君さま、早く御覧なさい。中将殿が、ここをお通り過ぎになっ てしまいます』と言うと、他に、見苦しくない女房が出て来て、『静かに』と手で制しながらも、『どうしてそうと分かりますか。どれ、見てみよう』と言っ て、渡って来ます。打橋のようなものを通路にして、行き来するのでございます。急いで来た者は、衣の裾を何かに引っ掛けて、よろよろと倒れて、 橋から落ちてしまいそうになったので、『まあ、この葛城の神は、危なっかしく拵えたこと』と、文句を言って、覗き見の興味も冷めてしまったようでし た。『君は、直衣姿で、御随身どももいました。あの人は誰、この人は誰』と数えたのは、頭中将の随身や、その小舎人童を、証拠に言っておりまし た」などと申し上げると、  「確かにその車を見たのならよかったのに」  とおっしゃって、「もしや、あの愛しく忘れ難かった女であろうか」と、思いつかれるにつけても、とても知りたげなご様子を見て、  「わたしの懸想も首尾よく致して、様子もすっかり存じておりながら、ただ、同じ同輩どうしと思わせて、話しかけてくる若い近習がございますの で、空とぼけたふりして、隠れて通っています。とてもうまく隠していると思って、小さい子供などのございますのが、言い間違いそうになるのも、ご まかして、別に主人のいない様子を無理に装っています」などと、話して笑う。  「尼君のお見舞いに伺った折に、垣間見させよ」とおっしゃるのであった。  一時的にせよ、住んでいる家の程度を思うと、「これこそ、あの左馬頭が判定して、貶んだ下の品であろう。その中に予想外におもしろい事があっ たら」などと、お思いになるのであった。  惟光は、どんな些細なことでもお心に違うまいと思うが、自分も抜けめない好色人なので、大変に策を労しあちこち段取りをつけ、しゃにむにお通 わし始めたのであった。この辺の事情は、こまごまと煩わしくなるので、例によって省略した。  女を、はっきり誰とお確かめになれないので、ご自分も名乗りをなさらず、ひどくむやみに粗末な身なりをなさっては、いつもと違って直接に身を入 れてお通いになるのは、並々ならぬご執心なのであろう、と考えると、自分の馬を差し上げて、お供して走りまわる。  「懸想人のひどく人げない徒ち歩き姿を、見つけられましては、辛いものですね」とこぼすが、他人に知らせなさらないこととして、あの夕顔の案内 をした随身だけ、その他には、顔をまったく知られてないはずの童一人だけを、連れていらっしゃるのであった。「万一思い当たる気配もあろうか」と 慮って、隣に中休みをさえなさらない。  女も、とても不審に合点がゆかない気ばかりして、お文使いに人を付けたり、払暁の道を尾行させ、お住まいを現すだろうと追跡するが、どこと分 からなく晦まし晦ましして、そうは言っても、かわいく逢わないではいられず、この女がお心に掛かっているので、不都合で軽々しい行為だと、反省 しては困り困り、とても頻繁にお通いになる。  このような方面では、実直な人の乱れる時もあるが、とても見苦しくなく自重なさって、人が非難申し上げるような振る舞いはなさらなかったが、 不思議なまでに、今朝の間、昼間の逢わないでいる間も、逢いたくなど、お思い悩みになるので、他方では、ひどく気違いじみており、それほど熱 中するに相応しいことではない、と、つとめて熱をお冷ましになるが、女の感じは、とても驚くほど従順でおっとりとして、物事に思慮深く慎重な方面 は劣って、一途に子供っぽいようでいながら、男女の仲を知らないでもない。たいして高い身分ではあるまい、どこにひどくこうまで心惹かれるのだ ろう、と繰り返しお思いになる。  とてもわざとらしくして、ご装束も粗末な狩衣をお召しになり、姿を変え、顔も少しもお見せにならず、深夜ごろに、人の寝静まるのを待ってお出入 りなどなさるので、昔あったという変化のものじみて、気味悪く嘆息されるが、男性のご様子、そうは言うものの、手触りでも分かることができたの で、「いったい、どなたであろうか。やはりこの好色人が手引きして始まったことらしい」と、大夫を疑ってみるが、つとめて何くわぬ顔を装って、まっ たく知らない様子に、せっせと色恋に励んでいるので、どのようなことかとわけが分からず、女の方も不思議な変わった物思いをするのであった。  [第二段 八月十五夜の逢瀬]  君も、「このように無心に油断させて隠れてしまったなら、どこを目当てにしてか、わたしも尋ねられよう。仮の宿と、また一方では思われるので、 どこともどことも、移って行くような日を、いつとも分からないだろう」とお思いになると、後を追い見失って、どうでもよく諦めがつくものなら、ただこの ような遊び事で終わっても済まされようが、まったくそうして過そう、とはお思いになれない。人目をお憚りになって、お途絶えになる夜な夜ななど は、とても我慢ができず、苦しいまでにお思いになるので、「やはり、誰と知らせずに二条院に迎えてしまおう。もし世間に評判になって不都合なこ とであっても、そうなるはずの運命なのだ。我ながら、ひどくこう女に惹かれることはなかったのに、どのような宿縁であったのだろうか」などお思い よりになる。  「さあ、とても気楽な所で、のんびりとお話しよう」  などと、お誘いになると、  「やはり、変ですわ。そうおっしゃいますが、普通とは違ったお持てなしなので、何となく空恐ろしい気がしますわ」  と、とても子供っぽく言うので、「なるほど」と、思わずにっこりなさって、  「なるほど、どちらが狐でしょうかね。ただ、化かされなさいな」  と、優しそうにおっしゃると、女もすっかりその気になって、そうであってもいいと思っている。「世間に例のない、おかしなことであっても、一途に従 順な心は、実にかわいい女だ」と、お思いになると、やはり、あの頭中将の「常夏」かと疑われて、話した性質を、まっさきにお思い出されなさった が、「隠すような事情が」と、むやみにお聞き出しなさらない。  表情に現して、不意に逃げ隠れするような性質などはないので、「離れ離れに、絶え間を置いたような折には、そのように気を変えることもあろう が、女のほうから、少し浮気することがあったほうが愛情も増さるであろう」とまで、お思いになった。  八月十五日夜、満月の光が、隙間の多い板葺きの家に、すっかり射し込んで来て、ご経験のない住居の様子も珍しいうちに、払暁近くなったの であろう、隣の家々からの、賎しい下男の声々が、目を覚まして、  「ああ、ひどく寒いなあ」  「今年は、商売も当てになる所も少なく、田舎への行き来も望めないから、ひどく心細いなあ。北隣さん、お聞きなさるか」  などと言い交わしているのも聞こえる。  まことにほそぼそとした各自の生計のために起き出して、ざわめいているのも間近なのを、女はとても恥ずかしく思っている。  優美に風流めかすような人は、消え入りたいほどの住居の様子のようである。けれでも、のんびりと、辛いことも嫌なことも気恥ずかしいことも、気 にかける様子でなく、自身の態度や様子は、とても上品でおっとりして、またとないくらい下品な隣のぶしつけさを、どのようなこととも知っている様 子でないので、かえって恥ずかしがり赤くなるよりは罪がないように思われるのであった。  ごろごろと、鳴る雷よりも騒がしく、踏み轟かす唐臼の音も、枕上かと聞こえる。「ああ、やかましい」と、これには閉口されなさる。何の轟音ともお 分りにならず、とても不思議で、耳障りな音だとばかりお聞きになる。ごたごたしたことばかり多かった。  白妙の衣を打つ砧の音も、かすかにあちらこちらからと聞こえて来、空飛ぶ雁の声も、一緒になって、堪えきれない情趣が多い。端近いご座所だ ったので、遣戸を引き開けて、一緒に外を御覧になる。広くもない庭に、しゃれた呉竹や、前栽の露は、やはりこのような所も同じように光ってい た。虫の声々が入り乱れ、壁の内側のこおろぎでさえ、時たまお聞きになっているお耳に、じかに押し付けたように鳴き乱れているのを、かえって 違った感じにお思いなさるのも、お気持ちの深さゆえに、すべての欠点が許されるのであろうよ。  白い袷、薄紫色の柔らかい衣を重ね着て、地味な姿態は、とてもかわいらしげに心惹かれる感じがして、どこそこと取り立てて優れた所はない が、か細くしなやかな感じがして、何かちょっと言った感じは、「ああ、いじらしい」と、ただもうかわいく思われる。気取ったところをもう少し加えたら と、御覧になりながら、なおもくつろいで逢いたく思われなさるので、  「さあ、ちょっとこの辺の近い所で、気楽に過ごそう。こうしてばかりいては、とても辛いなあ」とおっしゃると、  「とてもそんな。急でしょう」  と、とてもおっとりと言って座っている。この世だけでない約束などまで信頼なさっているので、気を許す心根などが、不思議に普通と違って、世慣 れた女とも思われないので、人の思惑も慮ることもおできになれず、右近を召し出して、随身を呼ばせなさって、お車を引き入れさせなさる。この家 の女房たちも、このようなお気持ちが並大抵でないのが分かるので、不安に思いながらもお頼り申し上げていた。  明け方も近くなったのであった。鶏の声などは聞こえないで、御嶽精進であろうか、ただ老人めいた声で礼拝するのが聞こえる。立ったり座ったり の様子、難儀そうに勤行する。たいそうしみじみと、「朝の露と違わないこの世を、何を欲張りわが身の利益を祈るのだろうか」と、お聞きになる。 「南無当来導師」と言って、拝んでいるようだ。  「あれを、お聞きなさい。この世だけとは思っていないのだね」と、哀れがりなさって、  「優婆塞が勤行しているのを道しるべにして   来世にも深い約束に背かないで下さい」  長生殿の昔の例は縁起が悪いので、翼を交そうとは言わずに、弥勒の世を約束なさる。来世までのお約束は、まことに大げさである。  「前世の宿縁の拙さが身につまされるので   来世まではとても頼りかねます」  このような返歌のし方なども、そうは言うものの、心細いようである。  [第三段 なにがしの院に移る]  ためらっている月のように、出し抜けに行く先も分からず出かけることを、女は躊躇し、いろいろと説得なさるうちに、急に雲に隠れて、明け行く空 は実に美しい。体裁の悪くなる前にと、いつものように急いでお出になって、軽々とお乗せになったので、右近が乗った。  その辺りに近い某院にお着きあそばして、管理人をお呼び出しになる間、荒れた門の忍草が生い茂っていて見上げられるが、譬えようなく木暗 い。霧も深く、露っぽいところに、簾までを上げていらっしゃるので、お袖もひどく濡れてしまった。  「まだこのようなことを経験しなかったが、いろいろと気をもむことであるなあ。   昔の人もこのように恋の道に迷ったのだろうか   わたしには経験したことのない明け方の道だ  ご経験ありますか」  とおっしゃる。女は、恥らって、  「山の端をどこと知らないで随って行く月は   途中で光が消えてしまうのではないでしょうか  心細くて」  と言って、何となく怖がって気味悪そうに思っているので、「あの建て込んでがいる小家に慣れているからだろう」と、おもしろくお思いになる。  お車を入れさせて、西の対にご座所など準備する間、高欄にお車を掛けて立てていらっしゃる。右近は、優美な心地がして、過去のことなども、 一人思い出すのであった。管理人が一生懸命奔走している様子から、このご様子をすっかり知った。  ほのかに物が見えるころに、お下りになったようである。仮設えだが、こざっぱりと設けてある。  「お供に誰もおりませんなあ。ご不便なことよ」と言って、親しい下家司で、殿にも仕えている者だったので、参り寄って、「適当な人を、お呼びいた すべきではありませんか」などと、申し上げさせるが、  「特に人の来ないような隠れ家を求めたのだ。絶対に他には言うな」と口封じさせなさる。  お粥などを準備して差し上げるが、取り次ぐお給仕が揃わない。まだ経験のないご外泊に、「息長川」とお約束なさるより以外何もない。  日が高くなったころにお起きになって、格子を自らお上げになる。とてもひどく荒れて、人影もなく、はるばると見渡されて、木立がとても気味悪く 鬱蒼と古びている。近くの草木などは、格別見所もなく、すっかり秋の野原となって、池も水草に埋もれているので、まことに恐ろしくなってしまった 所であるよ。別納の方に、部屋などを設えて、人が住んでいるようだが、こちらは離れている。  「恐ろしい所になってしまった所だね。いくら何でも、鬼などもわたしを見逃すだろう」とおっしゃる。  お顔は依然として隠していらっしゃるが、女がとても辛いと思っているので、「なるほど、これ程深い仲になって隠しているようなのも、不自然なこ とだ」とお思いになって、  「夕露に花開いて顔をお見せするのは   道で会った縁からでしょうか  露の光はどうですか」  とおっしゃると、流し目に見やって、  「光輝いていると見ました夕顔の上露は   たそがれ時の見間違いでした」  とかすかに言う。おもしろいとお思いになる。なるほど、うちとけていらっしゃるご様子は、またとなく、場所が場所ゆえ、いっそう不吉なまでにお美 しくお見えになる。  「いつまでも隠していらっしゃる辛さに、顕すまいと思っていたが、せめて今からでもお名乗り下さい。とても気味が悪い」  とおっしゃるが、「海人の子なので」と言って、依然としてうちとけない態度は、とても甘え過ぎている。  「それでは、これも『われから』のようだ」と、怨みまた一方では語り合いながら、一日お過ごしになる。  惟光が、お探し申して、お菓子などを差し上げさせる。右近が文句言うことは、やはり気の毒なので、お側に伺候させることもできない。「こんなに までご執心でいられるのは、魅力的で、きっとそうに違いない様子なのだろう」と推量するにつけても、「自分がうまく言い寄ろうと思えばできたの を、お譲り申して、寛大なことよ」などと、失敬なことを考えている。  譬えようもなく静かな夕方の空をお眺めになって、奥の方は暗く何となく気味が悪いと、女は思っているので、端の簾を上げて、添い臥していらっ しゃる。夕映えのお顔を互いに見交わして、女も、このような出来事を、意外に不思議な気持ちがする一方で、すべての嘆きを忘れて、少しずつ打 ち解けていく様子は、実にかわいい。ぴったりとお側に一日中添ったままで、何かをとても怖がっている様子は、子供っぽくいじらしい。格子を早くお 下ろしになって、大殿油を点灯させて、「すっかり深い仲となったご様子でいて、依然として心の中に隠し事をなさっているのが辛い」と、お恨みにな る。  「主上には、どんなにかお探しあそばしていらっしゃろうか。どこを探していようか」と、思いをおはせになって、また一方では、「不思議な心だ。六 条辺りでも、どんなにお思い悩んでいらっしゃることだろう。怨まれることも、辛いことだし、もっともなことだ」と、困ったことだと思われる人としては、 まっさきにお思い出し申し上げなさる。無心に向かい合って座っているのを、かわいいとお思いになるにつれて、「あまり思慮深く、対座する者まで が息が詰るようなご様子を、少し取り除きたいものだ」と、ついご比較されるのであった。  [第四段 夜半、もののけ現われる]  宵を過ぎるころ、少し寝入りなさった時に、おん枕上に、とても美しそうな女が座って、  「わたしがとても素晴らしい方とお慕い申し上げている人は、お訪ねもなさらず、このような、特に優れたところもない女を連れていらっしゃって、お かわいがりになさるのは、まことに癪にさわり辛い」  と言って、お側にいる人を掻き起こそうとする、と御覧になる。  魔物に襲われる気持ちがして、目をお覚ましになると、火も消えていたのであった。気持ち悪くお思いになるので、太刀を引き抜いて、そっとお置 きになって、右近をお起こしになる。この人も怖がっている様子で、参り寄った。  「渡殿にいる宿直人を起こして、『紙燭をつけて参れ』と言いなさい」とおっしゃると、  「どうして行けましょうか。暗くて」と言うので、  「ああ、子供みたいな」と、ちょっとお笑いになって、手をお叩きになると、こだまが応える音、まことに気味が悪い。誰も聞こえないで参上しない間 に、この女君は、ひどくふるえ脅えて、どうしてよいか分からなく思っている。汗もびっしょりになって、正気を失った様子である。  「むやみにお怖がりあそばすご性質ですから、どんなにかお怖がりのことでしょうか」と、右近も申し上げる。「ほんとうにか弱くて、昼も空ばかり見 ていたものだが、気の毒に」とお思いになって、  「わたしが、誰か起こそう。手を叩くと、こだまが応える。まことにうるさい。ここに、もっと近く」  と言って、右近を引き寄せなさって、西の妻戸に出て、戸を押し開けなさると、渡殿の火も消えていたのであった。  風が少し吹いているうえに、人気も少なくて、仕えている者は皆寝ていた。この院の管理人の子供で、親しくお使いになる若い男、それから殿上 童一人と、いつもの随身だけがいるのであった。お呼び寄せになると、お返事して起きたので、  「紙燭を点けて参れ。『随身も、弦打ちをして、絶えず音を立てていよ』と命じよ。人気のない所に、気を許して寝ている者があるか。惟光朝臣が来 ていたようなのは」と、お尋ねあそばすと、  「控えていましたが、ご命令もない。早暁にお迎えに参上すべき旨申して、帰ってしまいました」と申し上げる。この、こう申す者は滝口の武士で あったので、弓弦をまことに手馴れた様子に打ち鳴らして、「火の用心」と言いながら、管理人の部屋の方角へ行ったようだ。内裏をお思いやりにな って、「名対面は過ぎたろう、滝口の宿直奏しは、ちょうど今ごろか」とご推量になるのは、まだ、さほど夜も更けていないのでは。  戻って入って、お確かめになると、女君はそのままに臥していて、右近は傍らにうつ伏していた。  「これはどうした。何と、気違いじみた怖がりようだ。荒れた所には、狐などのようなものが、人を脅かそうとして、何となく怖がらせるのだろう。わ たしがいれば、そのようなものからは脅されない」と言って、引き起こしなさる。  「とても気味悪くて、取り乱している気分も悪うございますので、うつ伏しているのでございますよ。ご主人さまこそ、ひどく怖がっていらっしゃるで しょう」と言うので、  「そうだ。どうしてこんなに」と言って、探って御覧になると、息もしていない。揺すって御覧になるが、なよなよとして正体もない様子なので、「ほん とうにひどく子供じみた人なので、魔性のものに魅入られてしまったらしい」と、なすべき方法もない気がなさる。  紙燭を持って参った。右近も動ける状態でないので、近くの御几帳を引き寄せて、  「もっと近くに持って参れ」  とおっしゃる。いつもと違ったことなので、御前近くに参上できず、ためらっていて、長押にも上がれない。  「もっと近く持って来なさい。場所によるぞ」  と言って、召し寄せて御覧になると、ちょうどこの枕上に、夢に現れた姿をした女が、幻影のように現れて、ふっと消え失せた。  「昔物語などに、このようなことは聞くけれど」と、まことに珍しく気味悪いが、まず、「この女はどのようになったのか」とお思いになる不安に、わが 身の上の危険もお顧みにならず、添い臥して、「もし、もし」と、お起こしになるが、すっかりもう冷たくなっていて、息はとっくにこと切れてしまってい たのであった。どうすることもできない。頼りになる、どうしたらよいかとご相談できるような人もいない。法師などは、このような時の頼みになる人と はお思いになるが。それほどお強がりになるが、お若い考えで、空しく死んでしまったのを御覧になると、どうしようもなくて、ひしと抱いて、  「おまえさま、生き返っておくれ。とても悲しい目に遭わさないでおくれ」  とおっしゃるが、冷たくなっていたので、感じも気味悪くなって行く。  右近は、ただ「ああ、気味悪い」と思っていた気持ちもすっかり冷めて、泣いて取り乱す様子はまことに大変である。  南殿の鬼が、某大臣を脅かした例をお思い出しになって、気強く、  「いくら何でも、死にはなさるまい。夜の声は大げさだ。静かに」  とお諌めになって、まったく突然の事なので、茫然とした気持ちでいらっしゃる。  管理人の子供を呼んで、  「ここに、まことに不思議に、魔性のものに魅入られた人が苦しそうなので、今すぐに、惟光朝臣の泊まっている家に行って、急いで参上するよう に言え、と命じなさい。某阿闍梨が、そこに居合わせていたら、ここに来るよう、こっそりと言いなさい。あの尼君などが聞こうから、大げさに言うな。 このような忍び歩きは許さない人だ」  などと、用件をおっしゃるようだが、胸が一杯で、この人を死なせてしまったらどうしようかと、たまらなくお思いになるのに加えて、辺りの不気味さ は、譬えようもない。  夜中も過ぎたのだろうよ、風がやや荒々しく吹いているのは。まして、松風の響きが、木深く聞こえて、異様な鳥がしわがれ声で鳴いているのも、 「梟」と言う鳥はこのことかと思われる。あれこれと考え廻らすに、あちらこちらと、何となく遠く気味悪いうえに、人声はしない。「どうして、このような 心細い外泊をしたのだろう」と、後悔してもしようがない。  右近は、何も考えられず、君にぴったりと寄り添い申して、震え死にそうである。「また、この人もどうなるだろう」と、気も上の空で掴まえていらっ しゃる。自分一人しっかりした人で、途方に暮れていらっしゃるのであったよ。  灯火は微かにちらちらとして、母屋の境に立ててある屏風の上が、あちらこちらと陰って見えなさるうえに、魔性の物の足音が、ひしひしと踏み鳴 らしながら、後方から近寄って来る気がする。「惟光よ、早く来て欲しい」とお思いになる。居場所が定まらぬ者なので、あちこち探したうちに、夜の 明けるまでの待ち遠しさは、千夜を過すような気がなさる。  ようやくのことで、鶏の声が遠くで聞こえるにつけ、「危険を冒して、何の因縁で、このような辛い目に遭うのだあろう。我ながら、このようなことで、 大それたあってはならない恋心の報復として、このような、後にも先にも語り草となってしまいそうなことが起こったのだろう。隠していても、実際に 起こった事は隠しきれず、主上のお耳に入るだろうことを始めとして、世人が推量し噂するだろうことは、良くない京童べの噂になりそうだ。あげくの はて、馬鹿者の評判を立てられるにちがいない」と、思案される。  [第五段 源氏、二条院に帰る]  ようやくのことで、惟光朝臣が参上した。夜中、早朝の区別なく、御意のままに従う者が、今夜に限って控えていなくて、お呼び出しにまで遅れて 参ったのを、憎らしいとお思いになるものの、呼び入れて、おっしゃろうとする内容が情けないので、すぐには何もおっしゃれない。右近は、大夫の 様子を聞くと、初めからのことが、つい思い出されて泣くが、君も我慢なされず、自分一人気丈夫に抱いていらっしゃったが、この人を見てほっとな さって、悲しい気持ちにおなりになるのであったが、しばらくは、まことに大変にとめどもなくお泣きになる。  やっと気持ちを落ち着けて、「ここで、まことに奇妙な事件が起こったが、驚くと言っても言いようのないほどだ。このような危急のことには、誦経な どをすると言うので、その手配をさせよう。願文なども立てさせようと思って、阿闍梨に来るようにと、言ってやったのは」  とおっしゃると、  「昨日、帰山してしまいました。それにしても、まことに奇妙なことでございますね。以前から、常とは違ってご気分のすぐれないことでもございま したのでしょうか」  「そのようなこともなかった」と言って、お泣きになる様子、とても優美でいたわしく、拝見する人もほんとうに悲しくて、自分も声を上げて泣いた。  何と言っても、年もとり、世の中のあれやこれやと、経験を積んだ人は、非常の時には頼もしいのであるが、どちらもどちらも若者同士で、どうしよ うもないが、  「この院の管理人などに聞かせることは、まことに不都合でしょう。この管理人一人は親密であっても、自然と口をすべらしてしまう身内も中には いることでしょう。まずは、この院をお出なさいましね」と言う。  「ところで、ここより人少なな所がどうしてあろうか」とおっしゃる。  「なるほど、そうでございましょう。あの元の家は、女房などが、悲しみに耐えられず、泣き取り乱すでしょうし、隣家が多く、見咎める住人も多くご ざいましょうから、自然と噂が立ちましょうが、山寺は、何と言ってもこのようなことも、自然ありがちで、目立たないことでございましょう」と、思案し て、「昔、存じておりました女房が、尼になって住んでおります東山の辺に、お移し申し上げましょう。惟光めの父朝臣の乳母でございました者が、 年老いて住んでいるのです。周囲は、人が多いようでございますが、とても閑静でございます」  と申し上げて、夜が明けて騒がしくなるころの騒がしさに紛れて、お車を寄せる。  この女をお抱きになることができそうにないので、上筵に包んで、惟光がお乗せ申す。とても小柄で、気味悪くもなく、かわいらしげである。しっか りとも包んでないので、髪はこぼれ出ているのも、目の前が真っ暗になって、何とも悲しい、とお思いになると、最後の様子を見届けたい、とお思い になるが、  「早く、お馬で、二条院へお帰りあそばしますよう。人騒がしくなりませぬうちに」  と言って、右近を添えて乗せると、徒歩で、君に馬はお譲り申して、裾を括り上げなどをして、かつ一方では、とても変で、奇妙な野辺送りだが、 お悲しみの深いことを拝見すると、自分のことは考えずに行くが、君は何もお考えになれず、茫然自失の態で、お帰りになった。  女房たちは、「どこから、お帰りあそばしましたか。気分が悪そうにお見えあそばします」などと言うが、御帳の内側にお入りになって、胸を押さえ て思うと、まことに悲しいので、「どうして、一緒に乗って行かなかったのだろう。もし生き返った場合、どのような気がするだろう。見捨てて行ってし まったと、辛く思うであろうか」と、気が動転しているうちにも、お思いやると、お胸のせき上げてくる気がなさる。お頭も痛く、身体も熱っぽい感じが して、とても苦しく、どうしてよいやら分からない気がなさるので、「こう元気がなくて、自分も死んでしまうのかも知れない」とお思いになる。  日は高くなるが、起き上がりなさらないので、女房たちは不思議に思って、お粥などをお勧め申し上げるが、気分が悪くて、とても気弱くお思いに なっているところに、内裏からお使者が来る。昨日、お探し申し上げられなかったことで、御心配あそばしていらっしゃる。大殿の公達が参上なさる が、頭中将だけを、「立ったままで、ここにお入り下さい」とおっしゃって、御簾の内側のままでお話しなさる。  「乳母でございます者が、この五月のころから、重く患っておりました者が、髪を切り、受戒などをして、その甲斐があってか、生き返っていました が、最近、再発して、弱くなっていますのが、「今一度、見舞ってくれ」と申していたので。幼いころから馴染んだ人が、今はの際に、辛いと思うだろ うと、存じて参っていたところ、その家にいた下人で、病気していたのが、急に暇をとる間もなく亡くなってしまったのを、恐れ慎んで、日が暮れてか ら運び出したのを、聞きつけたので。神事のあるころで、まことに不都合なこと、と存じ謹慎して、参内できないのです。この早朝から、風邪でしょう か、頭がとても痛くて苦しうございますので、大変失礼したまま申し上げます次第」  などとおっしゃる。中将は、  「それでは、そのような旨を奏上しましょう。昨夜も、管弦の御遊の折に、畏れ多くもお探し申しあそばされて。御機嫌悪うございました」と申し上 げなさって、また引き返して、「どのような穢れに遭遇あそばしたのですか。ご説明あそばされたことは、本当とは存じられません」  と言うので、胸がどきりとなさって、  「このように、詳しくではなく、ただ、意外な穢れに触れた由を、奏上なさって下さい。まったく不都合なことでございます」  と、さりげなくおっしゃるが、心中は、どうしようもなく悲しい事とお思いになるにつけ、ご気分もすぐれないので、誰ともお顔を合わせなさらない。蔵 人の弁を呼び寄せて、きまじめにその旨を奏上させなさる。大殿などにも、これこれの事情があって、参上できないお手紙などを差し上げなさる。  [第六段 十七日夜、夕顔の葬送]  日が暮れて、惟光が参上した。これこれの穢れがあるとおっしゃって、お見舞いの人々も、皆立ったままで帰るので、人目は多くない。呼び寄せ て、  「どうであったか。臨終と見届けたか」  とおっしゃると同時に、袖をお顔に押し当ててお泣きになる。惟光も泣きながら、  「もはやご最期のようでいらっしゃいます。長々と一緒に籠っておりますのも不都合なので。明日、日柄がよろしうございますので、あれこれのこ と、大変に尊い老僧で、知っております者に、連絡をつけました」と申し上げる。  「付き添っていた女はどうしたか」とおっしゃると、  「その者も、同様に、生きられそうにございませんようです。自分も死にたいと取り乱しまして、今朝は谷に飛び込みそうになったのを拝見しまし た。『あの前に住んでいた家の人に知らせよう』と申しますが、『今しばらく、落ち着きなさい、と。事情をよく考えてからに』と、宥めておきました」  とご報告申すにつれて、とても悲しくお思いになって、  「わたしも、とても気分が悪くて、どうなってしまうのであろうかと思われる」とおっしゃる。  「何を、この上くよくよお考えあそばしますか。そうなる運命で、万事があったので、ございましょう。誰にも聞かせまいと存じますので、惟光めが 身を入れて、万事始末いたします」などと申す。  「そうだ。そのように何事も思ってはみるが、いい加減な遊び心から、人を死なせてしまった非難を受けねばならないのが、まことに辛いのだ。少 将命婦などにも聞かせるな。尼君はましてこのようなことなど、お叱りになるから、恥ずかしい気がしよう」と、口封じなさる。  「その他の法師たちなどにも、すべて、説明は別々にしてございます」  と申し上げるので、頼りになさっている。  かすかに事情を聞く女房など、「変だ、何事だろうか、穢れに触れた旨をおっしゃって、宮中へも参内なさらず、また、このようにひそひそと話して 嘆いていらっしゃる」と、ぼんやり不思議がる。  「重ねて無難に取り計らえ」と、葬式の作法をおっしゃるが、  「いやいや、大げさにする必要もございません」  と言って立つが、とても悲しく思わずにはいらっしゃれないので、  「きっと不都合なことと思うだろうが、今一度、あの死骸を見ないのが、とても心残りだから、馬で行ってみたい」  とおっしゃるのを、とても厄介な事だとは思うが、  「そのようにお思いになるならば、仕方ございません。早く、お出かけあそばして、夜が更けない前にお帰りあそばしませ」  と申し上げるので、最近のお忍び用にお作りになった、狩衣のご衣装に着替えなどしてお出かけになる。  お心はまっ暗闇で、大変に堪らないので、このような変な道に出て来たものの、危なかった懲り事で、どうしようかとお悩みになるが、やはり悲し みの晴らしようがなく、「現在の亡骸を見ないでは、再び来世で生前の姿を見られようか」と、悲しみを堪えなさって、いつものように惟光大夫、随身 とを連れてお出掛けになる。  道中、遠く感じられる。十七日の月がさし出て、河原の辺り、御前駆の松明も仄かであるし、鳥辺野の方角などを見やった時など、何となく気味 悪いのも、何ともお感じにならず、心乱れなさって、お着きになった。  周囲一帯までがぞっとする所なのに、板屋の隣に堂を建ててお勤めしている尼の家は、まことにもの寂しい。御燈明の光が、微かに隙間から見 える。その家には、女一人の泣く声ばかりして、外の方に、法師たち二、三人が話をしいしい、特に声を立てない念仏を唱えている。寺々の初夜 も、皆、お勤めが終わって、とても静かである。清水寺の方角は、光が多く見え、人の気配がたくさんあるのであった。この尼君の子である大徳が 尊い声で、経を読んでいるので、涙も涸れんばかりに思わずにはいらっしゃれない。  お入りになると、燈火を背けて、右近は屏風を隔てて臥していた。どんなに侘しく思っているだろう、と御覧になる。気味悪さも感じられず、とても かわいらしい様子をして、まだ少しも変わった所がない。手を握って、  「わたしに、もう一度、声だけでもお聞かせ下さい。どのような前世からの因縁があったのだろうか、少しの間に、心の限りを尽くして愛しいと思っ たのに、残して逝って、途方に暮れさせなさるのが、あまりのこと」  と、声も惜しまず、お泣きになること、際限がない。  大徳たちも、誰とは知らないが、子細があると思って、皆、涙を落とした。  右近に、「さあ、二条へ」とおっしゃるが、  「長年、幼うございました時から、片時もお離れ申さず、馴れ親しみ申し上げてきた人に、急にお別れ申して、どこに帰ったらよいのでございましょ う。どのようにおなりになったと、皆に申せましょう。悲しいことはさておいて、皆にとやかく言われましょうことが、辛いことで」と言って、泣き崩れ て、「煙と一緒になって、後をお慕い申し上げましょう」と言う。  「ごもっともだが、世の中はそのようなものである。別れというもので、悲しくないものはない。先立つのも残されるのも、同じく寿命で定まったもの である。気を取り直して、わたしを頼れ」と、お慰めになりながらも、「このように言う我が身こそが、生きながらえられそうにない気がする」  とおっしゃるのも、頼りない話である。  惟光、「夜は、明け方になってしまいましょう。早くお帰りあそばしませ」  と申し上げるので、振り返り振り返りばかりされて、胸も一杯のままお出になる。  道中とても露っぽいところに、更に大変な朝霧で、どこだか分からないような気がなさる。昨夜の姿のままに横たわっていた様子、互いにお掛け 合いになって寝たが、その自分の紅のご衣装が着せ掛けてあったことなど、どのような前世の因縁であったのかと、道すがらお思いになる。お馬に も、しっかりとお乗りになることができそうにないご様子なので、再び、惟光が介添えしてお帰りあそばさせるが、堤の辺りで、馬からすべり下りて、 ひどくご惑乱なさったので、  「こんな道端で、野垂れ死んでしまうのだろうか。まったく、帰り着けそうにない気がする」  とおっしゃるので、惟光も困惑して、「自分がしっかりしていたら、あのようにおっしゃっても、このような所にお連れ出し申し上げるべきではなかっ た」と反省すると、とても気が急くので、鴨川の水で手を洗い清めて、清水の観音をお拝み申しても、どうしようもなく途方に暮れる。  君も、無理に気を取り直して、心中に仏を拝みなさって、再び、あれこれ助けられなさって、二条院へお帰りになるのであった。  奇妙な深夜のお忍び歩きを、女房たちは、「みっともないこと。最近、いつもより落ち着きのないお忍び歩きが、うち続く中でも、昨日のご様子が、 とても苦しそうでしたが。どうしてこのように、ふらふらお出歩きなさるのでしょう」と、嘆き合っていた。  ほんとうに、お臥せりになったままに、とてもひどくお苦しみになって、二、三日にもなったので、すっかり衰弱のようでいらっしゃる。帝におかせら れても、お耳にあそばされ、嘆かれることはこの上ない。御祈祷を、方々の寺々にひっきりなしに大騒ぎする。祭り、祓い、修法など、数え上げたら きりがない。この世にまたとなく美しいご様子なので、長生きあそばされないのではないかと、国中の人々の騷ぎである。  苦しいご気分ながらも、あの右近を呼び寄せて、部屋などを近くにお与えになって、お仕えさせなさる。惟光は、気も転倒し慌てているが、気を落 ち着けて、この右近が主人を亡くして悲しんでいるのを、支え助けてやりながら仕えさせる。  君は、少し気分のよろしく思われる時は、呼び寄せて使ったりなどなさるので、まもなく馴染んだ。喪服は、とても黒いのを着て、器量など良くは ないが、どこといって欠点のない若い女である。  「不思議に短かったご宿縁に引かれて、わたしも生きていられないような気がする。長年の主人を亡って、心細く思っていましょう慰めにも、もし生 きながらえたら、いろいろと面倒を見たいと思ったが、まもなく自分も後を追ってしまいそうなのが、残念なことだ」  と、ひっそりとおっしゃって、弱々しくお泣きになるので、今さら言ってもしかたないことはさて措いても、「はなはだもったいないことだ」とお思い申 し上げる。  お邸の人々は、足も地に着かないほど慌てる。内裏から、御勅使が、雨脚よりも格段に頻繁にある。お嘆きあそばされていらっしゃるのをお聞き になると、まことに恐れ多くて、無理に気を強くお持ちになる。大殿邸でも一生懸命に世話をなさって、大臣が、毎日お越しになっては、さまざまな 加持祈祷をおさせなさる、その効果があってか、二十余日間、ひどく重く患っていらしゃったが、格別の余病もなく、回復された様子にお見えにな る。  穢れを忌んでいらした期間と重なって明けた夜なので、御心配あそばされていらっしゃるお気持ちが、どうにも恐れ多いので、宮中のご宿直所に 参内などなさる。大殿は、ご自分のお車でお迎え申し上げなさって、御物忌みや何やかやと、うるさくお慎みさせ申し上げなさる。ぼんやりとして、 別世界にでも生き返ったように、暫くの間はお感じになる。  [第七段 忌み明ける]  九月二十日のころに、病状がすっかりご回復なさって、とてもひどく面やつれしていらっしゃるが、かえって、たいそう優美で、物思いに沈みがち に、声を立ててお泣きばかりなさる。拝見して怪しむ女房もいて、「お物の怪がお憑きのようだわ」などと言う者もいる。  右近を呼び出して、のどかな夕暮に、お話などなさって、  「やはり、とても不思議だ。どうして誰とも知られまいと、お隠しになっていたのか。本当に賎しい人であっても、あれほど愛しているのを知らず、隠 していらっしゃったので、辛かった」 とおっしゃると、  「どうして、深くお隠し申し上げなさる必要がございましょう。いつの折にか、たいした名でもないお名前を申し上げなさることができましょう。初め から、不思議な思いもかけなかったご関係なので、『現実とは思えない』とおっしゃって、『お名前を隠していらしたのも、あなた様でしょう』と存じ上 げておられながら、『いい加減な遊び事として、お名前を隠していらっしゃるのだろう』と辛いことに、お思いになっていました」と申し上げるので、  「つまらない意地の張り合いであったな。自分は、そのように隠しておく気はなかった。ただ、このように人から許されない忍び歩きを、まだ経験な いことなのだ。主上が御注意あそばすことを始め、憚ることの多い身分で、ちょっと人に冗談を言うのも、窮屈なで、大げさに取りなし厄介な身であ るが、ふとした夕方の事から、妙に心に掛かって、無理算段してお通い申したのも、このような運命がおありだったのだろうと思うと、気の毒で。ま た反対に、恨めしく思われる。こう長くはない宿縁であったれば、どうして、あれほど心底から愛しく思われなさったのだろう。もう少し詳しく話せ。今 はもう、何を隠す必要があろう。七日毎に仏画を描かせても、誰のためと、心中にも祈ろうか」とおっしゃると、  「どうして、お隠し申し上げましょう。ご自身、お隠し続けていらしたことを、お亡くなりになった後に、口軽く言い洩らしては、と存じおりますばかり です。  ご両親は、早くお亡くなりになりました。三位中将と申しました。とてもおかわいがり申し上げられていましたが、ご自分の出世の思うにまかせぬ のをお嘆きのようでしたが、お命までままならず亡くなってしまわれた後、ふとした縁で、頭中将が、まだ少将でいらした時に、お通い申し上げあそ ばすようになって、三年ほどの間は、ご誠意をもってお通いになりましたが、去年の秋ごろ、あの右大臣家から、とても恐ろしい事を言って寄こした ので、ものをむやみに怖がるご性質ゆえに、どうしてよいか分からなくお怖がりになって、西の京に、御乳母が住んでおります所に、こっそりとお隠 れなさいました。そこもとてもむさ苦しい所ゆえ、お住みになりにくくて、山里に移ってしまおうと、お思いになっていたところ、今年からは方塞がりの 方角でございましたので、違う方角へと思って、賎しい家においでになっていたところを、お見つけ申されてしまった事と、お嘆きのようでした。世間 の人と違って、引っ込み思案をなさって、他人に物思いしている様子を見せるのを、恥ずかしいこととお思いなさって、さりげないふうを装って、お目 にかかっていらっしゃるようでございました」  と、話し出すと、「そうであったのか」と、お思い合わせになって、ますます不憫さが増した。  「幼い子を行く方知れずにしたと、中将が残念がっていたのは、その子か」とお尋ねになる。  「さようでございます。一昨年の春に、お生まれになりました。女の子で、とてもかわいらしくて」と申し上げる。  「ところで、どこに。誰にもそうとは知らせず、わたしに下さい。あっけなくて、悲しいと思っている人のお形見として、まことに嬉しいことだろう」とお っしゃる。「あの中将にも伝えるべきだが、言っても始まらない恨み言を言われるだろう。あれこれにつけて、お育てするに不都合はあるまいから。 その一緒にいる乳母などにも違ったふうに言い繕って、連れて来てくれ」 などとお話なさる。  「それならば、とても嬉しいことでございましょう。あの西の京でご成育なさるのは、不憫でございまして。これといった後見人もいないというので、 あちらに」などと申し上げる。  夕暮の静かなころに、空の様子はとてもしみじみと感じられ、お庭先の前栽は枯れ枯れになり、虫の音も鳴き弱りはてて、紅葉がだんだん色づい て行くところが、絵に描いたように美しいのを見渡して、思いがけず結構な宮仕えをすることになったと、あの夕顔の宿を思い出すのも恥ずかしい。 竹薮の中に家鳩という鳥が、太い声で鳴くのをお聞きになって、あの院でこの鳥が鳴いたのを、とても怖いと思っていた様子が、まぶたにかわいら しくお思い出されるので、  「年はいくつにおなりだったか。不思議に世間の人と違って、か弱くお見えであったのも、このように長生きできないからだったのだね」とおっしゃ る。  「十九におなりだったでしょうか。右近めは、亡くなった乳母があとに残して逝きましたので、三位の君様がおかわいがり下さって、お側離れずに お育て下さいましたのを、思い出しますと、どうして生きておられましょう。どうしてこう深く親しんだのだろうと、悔やまれて。気弱そうでいらっしゃい ました方のお気持ちを、頼むお方として、長年仕えてまいりましたこと」と申し上げる。  「頼りなげな人こそ、女はかわいらしいのだ。利口で我の強い人は、とても好きになれないものだ。自分自身がてきぱきとしっかりしていない性情 から、女はただ素直で、うっかりすると男に欺かれてしまいそうなのが、そのくせ引っ込み思案で、男の心にはついていくのが、愛しくて、自分の思 いのままに育てて一緒に暮らしたら、慕わしく思われることだろう」などと、おっしゃると、  「こちらのお好みには、きっとお似合いだったでしょうと、存じられますにつけても、残念なことでございますわ」と言って泣く。  空が少し曇って、風も冷たいので、とても感慨深く物思いに沈んで、  「恋しかった人が煙となり雲となってしまったと思って見ると   この夕方の空も親しく思われるよ」  と独り詠じられたが、ご返歌も申し上げられない。このように、生きていらしたならば、と思うにつけても、胸が一杯になる。耳障りであった砧の音 を、お思い出しになるのまでが、恋しくて、「正に長き夜」と口ずさんで、お臥せりになった。   第五章 空蝉の物語(2)  [第一段 紀伊守邸の女たちと和歌の贈答]  あの、伊予介の家の小君は、参上する折はあるが、特別に以前のような伝言もなさらないので、嫌なとお見限りになられたのを、つらいと思って いたところに、このようにご病気でいらっしゃるのを聞いて、やはり悲しい気がするのであった。遠く下るのなどが、何といっても心細い気がするの で、お忘れになってしまったかと、試しに、  「承りまして、案じておりますが、口に出しては、とても、  お尋ねできませんことをなぜかとお尋ね下さらずに月日が経ましたが  どんなにか思い悩んでいらっしゃいますことやら    『益田』とは本当のことで」  と申し上げた。珍しいので、この女へも愛情はお忘れにならない。  「生きてる甲斐がないとは、誰の言うことでしょうか。  空蝉の世は嫌なものと知ってしまったのに  またもあなたの言の葉に期待を掛けて生きていこうと思います  頼りないことよ」  と、お手も震えなさるので、乱れ書きなさっているのは、ますます美しそうである。今だに、あの脱ぎ衣をお忘れにならないのを、気の毒にもおもし ろくも思うのであった。  このように愛情がなくはなく、やりとりなさるが、身近にとは思ってもいないが、とはいえ、薄情な女だと思われてしまいたくない、と思うのであっ た。  あのもう一方は、蔵人少将を通わせていると、お聞きになる。「おかしなことだ。どう思っているだろう」と、少将の気持ちも同情し、また、その女の 様子も興味があるので、小君を使いにして、「死ぬほど思っている気持ちは、お分かりでしょうか」と言っておやりになる。  「一夜の逢瀬なりとも『軒端荻』を契らなかったら   わずかばかりの恨み言も何を理由に言えましょうか」  丈高い荻に付けて、「こっそりと」とおっしゃったが、「間違って、少将が見つけて、わたしだったのだと、分かってしまったら。それでも、許してくれ よう」と思う、高慢なお気持ちは、困ったものである。  少将のいない時に見せると、嫌なことと思うが、このようにお思い出しになったのも、やはり嬉しくて、お返事を、素早いのを取り柄として渡す。  「ほのめかされるお手紙を見るにつけても下荻のような   身分の賎しいわたしは、嬉しいながらも半ばは思い萎れています」  筆跡は下手なのを、分からないようにしゃれて書いている様子、品がない。燈火で見た顔を、お思い出しになる。「気を許さず対座していたあの人 は、今でも思い捨てることのできない様子をしていたな。何の嗜みもありそうでなく、はしゃいで得意でいたことよ」とお思い出しになると、憎めなくな る。相変わらず、「こりずまに、またまた浮名が立ちそうな」好色心のようである。     第六章 夕顔の物語(3)  [第一段 四十九日忌の法要]  あの人の四十九日忌を、人目を忍んで比叡山の法華堂において、略さずに、衣裳をはじめとして、必要な物どもを、心をこめて、誦経などおさせに なった。経巻や、仏像の装飾まで簡略にせず、惟光の兄の阿闍梨が、大変に立派な人なので、見事に催すのであった。  ご学問の師で、親しくしていられる文章博士を呼んで、願文を作らせなさる。誰それと言わないで、愛しいと思っていた人が亡くなってしまったの を、阿彌陀にお譲り申す旨を、しみじみとお書き表しになると、  「まったくこのまま、書き加えることはございませんようです。」と申し上げる。  堪えていらっしゃったが、お涙もこぼれて、ひどくお悲しみでいるので、  「どのような方なのでしょう。誰それと噂にも上らないで、これほどにお嘆かせになるほどだった、宿運の高いこと」  と言うのであった。内々にお作らせになった装束の袴をお取り寄させなさって、  「泣きながら今日はわたしが結ぶ袴の下紐だが   いつの世のかまた再会してその時は共に結び合うことができようか」  「この日までは中有に彷徨っているというが、どの道に定まって行くことのだろうか」とお思いやりになりながら、念仏誦経をとても心こめてなさる。 頭中将とお会いになる時にも、むやみに胸がどきどきして、あの撫子が成長している有様を、聞かせてやりたいが、非難されるのを警戒して、お口 にはお出しにならない。  あの夕顔の宿では、どこに行ってしまったのかと心配するが、そのまま尋ね当て申すことができない。右近までもが音信ないので、不思議だと困 り合っていた。はっきりしないが、様子からそうではあるまいかと、ささめき合っていたので、惟光のせいにしたが、まるで問題にもせず、関係なく言 い張って、相変わらず同じように通って来たので、ますます夢のような気がして、「もしや、受領の子息で好色な者が、頭の君に恐れ申して、そのま ま、連れて下ってしまったのだろうか」と、想像するのだった。  この家の主人は、西の京の乳母の娘なのであった。三人乳母子がいたが、右近は腹違いだったので、「分け隔てして、ご様子を知らせないのだ わ」と、泣き慕うのであった。右近は右近で、口やかましく非難するだろうことを思って、君も今になって洩らすまいと、お隠しになっているので、若 君の身の上すら聞けず、まるきり消息不明のまま過ぎて行く。  君は、「せめて夢にでも逢いたい」と、お思い続けていると、この法事をなさって、次の夜に、ほのかに、あの某院そのまま、枕上に現れた女の様 子も同じようにして見えたので、「荒れ果てた邸に住んでいた魔物が、わたしに魅入ったきっかけで、こんなになってしまったのだ」と、お思い出しに なるにつけても、気味の悪いことである。   第七章 空蝉の物語(3)  [第一段 空蝉、伊予国に下る]  伊予介は、神無月の朔日ころに下る。女方が下って行くというので、餞別を格別に気を配っておさせになる。別に、内々にも特別になさって、きめ 細かな美しい格好の櫛や、扇を、たくさんにして、幣帛などを特別に大げさにして、あの小袿もお返しになる。  「再び逢う時までの形見の品と思って持っていましたが   すっかり涙で朽ちるまでになってしまいました」  こまごまとした事柄があるが、煩雑になるので書かない。  お使いは、帰ったけれど、小君を使いにして、小袿のお礼だけは申し上げさせた。  「蝉の羽の衣替えの終わった後の夏衣は   返してもらっても泣かれるばかりです」  「考えても、不思議に人並みはずれた意志の強さで、振り切って行ってしまったなあ」と思い続けていらっしゃる。今日はちょうど立冬の日であった が、いかにもそれと、さっと時雨れて、空の様子もまことに物寂しい。一日中物思いに過されて、  「亡くなった人も今日別れて行く人もそれぞれの道に   どこへ行くのか知れない秋の暮れだなあ」  やはり、このような秘密の恋は辛いものだと、お知りになったであろう。このような煩わしいことは、努めてお隠しになっていらしたのもお気の毒な ので、みな書かないでおいたのに、「どうして、帝の御子であるからと、見知っている人までが、欠点がなく何かと褒めてばかりいる」と、作り話のよ うに受け取る方がいらっしゃったので。あまりにも慎みのないおしゃべりの罪は、免れがたいが。 源氏物語の世界ヘ 本文 ローマ字版 注釈 Last updated 5/11/99 渋谷栄一訳(C)(ver.1-1-2)    夕 顔 光る源氏の十七歳夏から立冬の日までの物語 第一章 夕顔の物語 夏の物語 1.源氏、五条の大弐乳母を見舞う---六条辺りのお忍び通いのころ 2.数日後、夕顔の宿の報告---惟光、数日して参上した 第二章 空蝉の物語  空蝉の夫、伊予国から上京す---ところで、あの空蝉のあきれるほど冷淡だったのを 第三章 六条の貴婦人の物語 初秋の物語  霧深き朝帰りの物語---秋にもなった。誰のせいからでもなく、自ら求めて 第四章 夕顔の物語(2) 仲秋の物語 1.源氏、夕顔の宿に忍び通う---それはそうと、あの惟光の管理人の偵察は 2.八月十五夜の逢瀬---君も、「このように無心に油断させて隠れてしまったなら 3.なにがしの院に移る---ためらっている月のように、出し抜けに行く先も分からず出かけることを 4.夜半、もののけ現われる---宵を過ぎるころ、少し寝入りなさった時に 5.源氏、二条院に帰る---ようやくのことで、惟光朝臣が参上した 6.十七日夜、夕顔の葬送---日が暮れて、惟光が参上した。これこれの穢れがあるとおっしゃって 7.忌み明ける---九月二十日のころに、病状がすっかりご回復なさって 第五章 空蝉の物語(2)  紀伊守邸の女たちと和歌の贈答---あの、伊予介の家の小君は、参上する折はあるが 第六章 夕顔の物語(3)  四十九日忌の法要---あの人の四十九日忌を、人目を忍んで比叡山の法華堂において 第七章 空蝉の物語(3)  空蝉、伊予国に下る---伊予介は、神無月の朔日ころに下る   第一章 夕顔の物語 夏の物語  [第一段 源氏、五条の大弐乳母を見舞う]  六条辺りのお忍び通いのころ、内裏からご退出なさる休息所に、大弍の乳母がひどく病んで尼になっていたのを、見舞おうとして、五条にある家 を尋ねていらっしゃった。  お車が入るべき正門は鎖してあったので、供人に惟光を呼ばせて、お待ちあそばす間、むさ苦しげな大路の様子を見渡していらっしゃると、この 家の隣に、桧垣という物を新しく作って、上は半蔀を四、五間ほどずっと吊り上げて、簾などもとても白く涼しそうなところに、美しい額際の透き影 が、たくさん見えて覗いている。立ち動き回っているらしい下半身を想像すると、やたらに背丈の高い気がする。どのような者が住んでいるのだろう と、一風変わった様子にお思いになる。  お車もひどく地味になさり、先払いもおさせにならず、誰と分かろうと気をお許しなさって、少し顔を出して御覧になっていると、門は蔀のようなのを 押し上げてあるが、覗き込む程もなく、ささやかな住まいを、しみじみと、「どの家を終生の宿とできようか」とお考えになってみると、玉の台も同じこ とである。  切懸めいた物に、とても青々とした蔓草が気持ちよさそうに這いまつわっているところに、白い花が、自分ひとり微笑んで咲いている。  「遠方の人にお尋ねする」  と独り言をおっしゃると、御随身がひざまずいて、  「あの白く咲いている花を、夕顔と申します。花の名は人並のようで、このような賎しい垣根に咲くのでございます」  と申し上げる。なるほど、とても小さい家が多くて、むさ苦しそうな界隈の、ここもかしこも、見苦しくちょっと傾いて、頼りなさそうな軒の端などに這 いまつわっているのを、  「気の毒な花の運命よ。一房手折ってまいれ」  とおっしゃるので、この押し上げてある門から入って折る。  そうは言うものの、しゃれた遣戸口に、黄色い生絹の単重袴を、長く着こなした女童で、かわいらしげな子が出て来て、ちょっと招く。白い扇でた いそう香を薫きしめたのを、  「これに載せて差し上げなさいね。枝も風情なさそうな花ですもの」  と言って与えたので、門を開けて惟光朝臣が出て来たのを取り次がせて、差し上げさせる。  「鍵を置き忘れまして、大変にご迷惑をお掛けいたしました。どなた様と分別申し上げられる者もおりませぬ辺りですが、ごみどみした大路にお立 ちあそばして」とお詫び申し上げる。  引き入れて、お下りになる。惟光の兄の阿闍梨、婿の三河守、娘などが、寄り集まっているところに、このようにお越しあそばされたお礼を、この 上ないことと恐縮申し上げる。  尼君も起き上がって、  「惜しくもない身ですが、出家しがたく存じておりましたことは、ただ、このようにお目にかかり、御覧に入れる姿が変わってしまったことを残念に存 じて、ためらっていましたが、受戒の効果があって生き返って、このようにお越しあそばしますのを、お目にかかれましたので、今は、阿彌陀のご来 迎も、心残りなく待つことができましょう」  などと申し上げて、弱々しく泣く。  「いく日も、思わしくなくいらっしゃるのを、案じて心痛めていましたが、このように、出家された姿でいらっしゃると、まことに悲しく残念で。長生きを して、さらに位が高くなるのなども御覧下さい。そうしてから、九品の最上位にも、差し障りなくお生まれ変わり下さい。この世に少しでも執着が残る のは、悪いことと聞いています」など、涙ぐんでおっしゃる。  不出来な子でさえも、乳母のようなかわいがるはずの人は、あきれるくらいに完全無欠に思い込むものを、まして、まことに光栄にも、親しくお世 話申し上げたわが身も、大切にもったいなく思われるようなので、わけもなく涙に濡れるのである。  子供たちは、とてもみっともないと思って、「捨てたこの世に未練あるように、ご自身から泣き顔をお目にかけていなさる」と言って、突き合い目配 せし合う。  君は、とてもしみじみと感じられて、  「幼かったころに、かわいがってくれるはずの方々が亡くなってしまわれた後は、養育してくれる人々はたくさんいるようであったが、親しく甘えら れる人は、他にいなく思われました。成人して後は、きまりがあるので、朝夕にもお目にかかれず、思い通りにお訪ね申すことはなかったが、やは り久しくお会いしない時は、心細く思われましたが、『避けられない別れなどはあってほしくないものだ』と思われます」  などと、じっくりとお話なさって、お拭いになる袖の匂いも、とても辺り狭しと薫り満ちているので、なるほど、考えてみれば、並々の人でないご運 命であったと、尼君を非難がましく見ていた子供たちも、皆涙ぐんだ。  修法など、重ねて始めるべき事などをお命じあそばして、お立ちになろうとして、惟光に紙燭を持って来させて、先程の扇を御覧になると、使い慣 らした移り香が、とても深く染み込んで慕わしくて美しく書き流してある。  「当て推量に貴方さまでしょうと思います   白露の光を加えて美しい夕顔の花は」  誰とも分からないように書き紛らわしているのも、上品に教養が見えるので、とても意外に、興味を惹かれなさる。惟光に、  「この西にある家は、何者が住むのか。尋ね聞いているか」  とお尋ねになると、いつもの厄介なお癖とは思うが、そうは申さず、  「この五、六日ここにおりますが、病人のことを心配して看護しております時なので、隣のことは聞けません」  などと、無愛想に申し上げるので、  「憎らしいと思っているな。けれど、この扇の、尋ねねばならない理由がありそうに思われるのを。やはり、この界隈の事情を知っている者を呼ん で尋ねよ」  とおっしゃると、入って行って、この家守である男を呼んで尋ね聞く。  「揚名介である人の家だそうでございました。男は田舎に下向して、妻は若く派手好きで、姉妹などが宮仕え人として行き来している、と申しま す。詳しいことは、下人にはよく分からないのでございましょう」と申し上げる。  「では、その宮仕人というようだ。得意顔に物慣れて詠みかけてきたものよ」と、「きっと興覚めしそうな身分ではなかろうか」とお思いになるが、名 指して詠みかけてきた気持ちが、憎からず過ごしがたいのが、例によって、こういった方面には、重々しくないご性分なのであろう。御畳紙にすっか り別筆にお書きになって、  「もっと近寄って誰ともはっきり見たらどうでしょう   黄昏時にぼんやりと見えた花の夕顔を」  先程の御随身をお遣わしになる。  まだ見たことのないお姿であったが、まことにはっきりと推察されなさるおん横顔を見過ごさないで、さっそく詠みかけたのに、返歌をなさらないで 時間が過ぎたので、何となく体裁悪く思っていたところに、このようにわざわざ来たというふうだったので、いい気になって、「何と申し上げよう」など と言い合っているようだが、生意気なと思って、随身は帰参した。  御前駆の松明が弱く照らして、とてもひっそりとお出になる。半蔀は下ろしてあった。隙間隙間から見える灯火の明りは、螢よりもさらに微かで哀 れである。  お目当ての所では、木立や前栽などが、世間一般の所と違い、とてもゆったりと奥ゆかしく住んでいらっしゃる。気の置けるご様子などが、他の 人とは格別なので、先程の垣根はお思い出されるはずもない。  翌朝、少しお寝過ごしなさって、日が差し出るころにお帰りになる。朝帰りの姿は、なるほど、人がお褒め申し上げるようなのも、もっともであるご 様子なのであった。  今日もこの半蔀の前をお通り過ぎになる。今までにも通り過ぎなさった辺りであるが、わずかちょっとしたことでお気持ちを惹かれて、「どのような 人の住んでいる家なのだろう」と思っては、行き帰りにお目が止まるのであった。  [第二段 数日後、夕顔の宿の報告]  惟光、数日して参上した。  「患っております者が、依然として弱そうでございましたので、いろいろと看病いたしておりまして」  などと挨拶申し上げて、近くに上って申し上げる。  「お尋ねになられました後に、隣のことを知っております者を、呼んで尋ねさせましたが、はっきりとは申しません。『ごく内密に、五月のころからお いでの方があるようですが、誰それとは、全然その家の内の人にさえ知らせません』と申します。時々、中垣から覗き見しますと、なるほど、若い女 たちの透き影が見えます。褶めいた物を、申しわけ程度にひっかけて、仕える主人がいるようでございます。昨日、夕日がいっぱいに射し込んでい ました時に、手紙を書こうとして座っていました人の顔が、とてもようございました。憂えに沈んでいるような感じがして、側にいる女房たちも涙を隠 して泣いている様子などが、はっきりと見えました」  と申し上げる。君はにっこりなさって、「知りたいものだ」とお思いになった。  声望こそ重々しいはずのご身分であるが、ご年齢のほど、人が追従しお褒め申し上げている様子などを考えると、興味をお感じにならないのも、 風情がなくきっと物足りない気がするだろうが、人が承知しない身分でさえ、やはり、相当な人のことには、興味をそそられるものだから、と思って いる。  「もしや、拝見いたすこともありましょうかと、ちょっとした機会を作って、恋文などを出してみました。書きなれている筆跡で、素早く返事など寄こし ました。たいして悪くはない若い女房たちがいるようでございます」  と申し上げると、  「さらに近づけ。突き止めないでは、物足りない気がする」とおっしゃる。  あの、下層の最下層だと、人が見下した住まいであるが、その中にも、意外に結構なのを見つけたらばと、珍しくお思いになるのであった。   第二章 空蝉の物語  [第一段 空蝉の夫、伊予国から上京す]  ところで、あの空蝉のあきれるほど冷淡だったのを、世間一般の女性とは違ってお思いになると、素直であったならば、気の毒な過ちをしたと思っ てやめられようが、まことに悔しく、振られて終わってしまいそうなのが、気にならない時がない。このような並々の女性までは、お思いにならなかっ たのだが、先日の「雨夜の品定め」の後は、興味をお持ちになった階層階層があることによって、ますます残る隈なくご関心をお持ちになった方の ようであるよ。  疑いもせずにお待ち申しているらしいもう一人の女を、いじらしいとお思いにならないわけではないが、何くわぬ顔で聞いていたろうことが恥ずかし いので、「まずは、この女の気持ちを見定めてから」とお思いになっているうちに、伊予介が上京した。  まっさきに急いで参上した。船路のせいで、少し黒く日焼けしている旅姿は、とても野暮くさくて気に入らない。けれど、人品も相当な血筋で、容 貌などは年はとっているが、小綺麗で、人並優れて品格や趣向などがそなわっているのであった。  任国の話などを申す時に、「湯桁はいくつ」と、お尋ねしたくお思いになるが、わけもなく正視できなくて、お心の中に思い出されることもさまざまで ある。  「実直な年配者を、このように思うのも、いかにも馬鹿らしく後ろ暗いことであるよ。いかにも、これが、尋常ならざる不埒なことだった」と、左馬頭 の忠告をお思い出しになって、気の毒なので、「冷淡な気持ちは憎いが、夫のためには、立派だ」とお考え直しになる。  「娘を適当な人に縁づけて、北の方を連れて下るつもりだ」と、お聞きになると、あれやこれやと気持ちが落ち着かなくて、「もう一度逢えないもの か」と、小君に相談なさるが、相手が同意したようなことでさえ、軽々とお忍びになるのは難しいのに、まして、不釣り合いな関係と思って、今さら見 苦しかろうと、思い絶っている。  そうは言っても、すっかりお忘れになられることも、まことにつまらなく、嫌にちがいないことと思って、適当な折々のお返事など、親しく度々差し上 げては、何気ない書きぶりに詠み込まれた返歌は、不思議とかわいらしげに、お目に止まるようなことを書き加えなどして、恋しく思わずにはいられ ない人の様子なので、冷淡で癪な女と思うものの、忘れがたい人とお思いになっている。  もう一人は、夫がしっかりできても、変わらず心を許しそうに見えたのを当てにして、いろいろとお聞きになるが、お心も動かさないのであった。   第三章 六条の貴婦人の物語 初秋の物語  [第一段 霧深き朝帰りの物語]  秋にもなった。誰のせいからでもなく、自ら求めて物思いに心を尽くされることどもがあって、大殿には、と絶えがちなので、恨めしくばかりお思い 申し上げていらっしゃった。  六条辺りの御方にも、気の置けたころのご様子をお靡かせ申し上げてから後は、うって変わって、通り一遍な扱いのようなのは、お気の毒であ る。けれど、他人でいたころのご執心のように、無理無体なことがないのも、どうしたことかと思われた。  女は、たいそう何事も度を越すほど、お思い詰めなさるご性格なので、年齢も釣り合わず、人が漏れ聞いたら、ますますこのような辛い訪れない 夜な夜なの寝覚めを、お悩み悲しまれることが、とてもあれこれと多いのである。  霧の大層深い朝、ひどく急かされなさって、眠そうな様子で、溜息をつきながらお出になるのを、中将のおもとが、御格子を一間上げて、お見送り なさいませ、という心遣いらしく、御几帳を引き開けたので、御頭をもち上げて御覧になった。  前栽が色とりどりに咲き乱れているのを、行き過ぎにくそうにためらっていらっしゃる姿が、なるほど二人といない。廊の方へいらっしゃる時に、中 将の君が、お供申し上げる。紫苑色で、季節に適った羅の裳、くっきりと結んだ腰つきは、物柔らかで優美である。  見返りなさって、隅の間の高欄に、少しの間、お座らせなさった。きちんとした態度、黒髪のかかり具合、見事な、と御覧になる。  「咲いている花に心を移したという風評は憚られますが   やはり手折らずには行き過ごしがたい今朝の朝顔の花です  どうしよう」  と言って、手を捉えなさると、まことに馴れたふうに素早く、  「朝霧の晴れる間も待たないでお帰りになるご様子なので  朝顔の花に心を止めていないものと思われます」  と、主人のことにしてお返事申し上げる。  かわいらしい童女で、姿が目安く、格別の格好をしている、指貫の裾を、露っぽく濡らし、花の中に入り混じって、朝顔を手折って差し上げるところ など、絵に描きたいほどである。  通り一遍に、ちょっと拝見する人でさえ、心を止め申さない者はない。物の情趣を解さない山賎も、花の下では、やはり休息したいものなのであろ うか、このお美しさを拝する人々は、身分身分に応じて、自分のかわいいと思う娘を、ご奉公に差し上げたいと願い、あるいは、恥ずかしくないと思 う姉妹などを持っている人は、下仕えであっても、やはり、このお方の側にご奉公させたいと、思わない者はいなかった。  まして、何かの折のお言葉でも、優しいお姿を拝する人で、少し物の情趣を解せる人は、どうしていい加減にお思い申し上げよう。一日中くつろい だご様子でおいでにならないのを、物足りないことと思うようである。   第四章 夕顔の物語(2) 仲秋の物語  [第一段 源氏、夕顔の宿に忍び通う]  それはそうと、あの惟光の管理人の偵察は、とても詳しく事情を探ってご報告する。  「誰であるかは、まったく分かりません。世間にひどく隠れ潜んでいる様子に見えますが、暇にまかせて、南の半蔀のある長屋に移って来ては、 牛車の音がすると、若い女房たちが覗き見などをするようですが、この主人と思われる女も、来る時があるようでございまして。容貌は、ぼんやりと ではありますが、とてもかわいらしげでございます。  先日、先払いをして通る牛車がございましたのを、覗き見て、女童が急いで、『右近の君さま、早く御覧なさい。中将殿が、ここをお通り過ぎになっ てしまいます』と言うと、他に、見苦しくない女房が出て来て、『静かに』と手で制しながらも、『どうしてそうと分かりますか。どれ、見てみよう』と言っ て、渡って来ます。打橋のようなものを通路にして、行き来するのでございます。急いで来た者は、衣の裾を何かに引っ掛けて、よろよろと倒れて、 橋から落ちてしまいそうになったので、『まあ、この葛城の神は、危なっかしく拵えたこと』と、文句を言って、覗き見の興味も冷めてしまったようでし た。『君は、直衣姿で、御随身どももいました。あの人は誰、この人は誰』と数えたのは、頭中将の随身や、その小舎人童を、証拠に言っておりまし た」などと申し上げると、  「確かにその車を見たのならよかったのに」  とおっしゃって、「もしや、あの愛しく忘れ難かった女であろうか」と、思いつかれるにつけても、とても知りたげなご様子を見て、  「わたしの懸想も首尾よく致して、様子もすっかり存じておりながら、ただ、同じ同輩どうしと思わせて、話しかけてくる若い近習がございますの で、空とぼけたふりして、隠れて通っています。とてもうまく隠していると思って、小さい子供などのございますのが、言い間違いそうになるのも、ご まかして、別に主人のいない様子を無理に装っています」などと、話して笑う。  「尼君のお見舞いに伺った折に、垣間見させよ」とおっしゃるのであった。  一時的にせよ、住んでいる家の程度を思うと、「これこそ、あの左馬頭が判定して、貶んだ下の品であろう。その中に予想外におもしろい事があっ たら」などと、お思いになるのであった。  惟光は、どんな些細なことでもお心に違うまいと思うが、自分も抜けめない好色人なので、大変に策を労しあちこち段取りをつけ、しゃにむにお通 わし始めたのであった。この辺の事情は、こまごまと煩わしくなるので、例によって省略した。  女を、はっきり誰とお確かめになれないので、ご自分も名乗りをなさらず、ひどくむやみに粗末な身なりをなさっては、いつもと違って直接に身を入 れてお通いになるのは、並々ならぬご執心なのであろう、と考えると、自分の馬を差し上げて、お供して走りまわる。  「懸想人のひどく人げない徒ち歩き姿を、見つけられましては、辛いものですね」とこぼすが、他人に知らせなさらないこととして、あの夕顔の案内 をした随身だけ、その他には、顔をまったく知られてないはずの童一人だけを、連れていらっしゃるのであった。「万一思い当たる気配もあろうか」と 慮って、隣に中休みをさえなさらない。  女も、とても不審に合点がゆかない気ばかりして、お文使いに人を付けたり、払暁の道を尾行させ、お住まいを現すだろうと追跡するが、どこと分 からなく晦まし晦ましして、そうは言っても、かわいく逢わないではいられず、この女がお心に掛かっているので、不都合で軽々しい行為だと、反省 しては困り困り、とても頻繁にお通いになる。  このような方面では、実直な人の乱れる時もあるが、とても見苦しくなく自重なさって、人が非難申し上げるような振る舞いはなさらなかったが、 不思議なまでに、今朝の間、昼間の逢わないでいる間も、逢いたくなど、お思い悩みになるので、他方では、ひどく気違いじみており、それほど熱 中するに相応しいことではない、と、つとめて熱をお冷ましになるが、女の感じは、とても驚くほど従順でおっとりとして、物事に思慮深く慎重な方面 は劣って、一途に子供っぽいようでいながら、男女の仲を知らないでもない。たいして高い身分ではあるまい、どこにひどくこうまで心惹かれるのだ ろう、と繰り返しお思いになる。  とてもわざとらしくして、ご装束も粗末な狩衣をお召しになり、姿を変え、顔も少しもお見せにならず、深夜ごろに、人の寝静まるのを待ってお出入 りなどなさるので、昔あったという変化のものじみて、気味悪く嘆息されるが、男性のご様子、そうは言うものの、手触りでも分かることができたの で、「いったい、どなたであろうか。やはりこの好色人が手引きして始まったことらしい」と、大夫を疑ってみるが、つとめて何くわぬ顔を装って、まっ たく知らない様子に、せっせと色恋に励んでいるので、どのようなことかとわけが分からず、女の方も不思議な変わった物思いをするのであった。  [第二段 八月十五夜の逢瀬]  君も、「このように無心に油断させて隠れてしまったなら、どこを目当てにしてか、わたしも尋ねられよう。仮の宿と、また一方では思われるので、 どこともどことも、移って行くような日を、いつとも分からないだろう」とお思いになると、後を追い見失って、どうでもよく諦めがつくものなら、ただこの ような遊び事で終わっても済まされようが、まったくそうして過そう、とはお思いになれない。人目をお憚りになって、お途絶えになる夜な夜ななど は、とても我慢ができず、苦しいまでにお思いになるので、「やはり、誰と知らせずに二条院に迎えてしまおう。もし世間に評判になって不都合なこ とであっても、そうなるはずの運命なのだ。我ながら、ひどくこう女に惹かれることはなかったのに、どのような宿縁であったのだろうか」などお思い よりになる。  「さあ、とても気楽な所で、のんびりとお話しよう」  などと、お誘いになると、  「やはり、変ですわ。そうおっしゃいますが、普通とは違ったお持てなしなので、何となく空恐ろしい気がしますわ」  と、とても子供っぽく言うので、「なるほど」と、思わずにっこりなさって、  「なるほど、どちらが狐でしょうかね。ただ、化かされなさいな」  と、優しそうにおっしゃると、女もすっかりその気になって、そうであってもいいと思っている。「世間に例のない、おかしなことであっても、一途に従 順な心は、実にかわいい女だ」と、お思いになると、やはり、あの頭中将の「常夏」かと疑われて、話した性質を、まっさきにお思い出されなさった が、「隠すような事情が」と、むやみにお聞き出しなさらない。  表情に現して、不意に逃げ隠れするような性質などはないので、「離れ離れに、絶え間を置いたような折には、そのように気を変えることもあろう が、女のほうから、少し浮気することがあったほうが愛情も増さるであろう」とまで、お思いになった。  八月十五日夜、満月の光が、隙間の多い板葺きの家に、すっかり射し込んで来て、ご経験のない住居の様子も珍しいうちに、払暁近くなったの であろう、隣の家々からの、賎しい下男の声々が、目を覚まして、  「ああ、ひどく寒いなあ」  「今年は、商売も当てになる所も少なく、田舎への行き来も望めないから、ひどく心細いなあ。北隣さん、お聞きなさるか」  などと言い交わしているのも聞こえる。  まことにほそぼそとした各自の生計のために起き出して、ざわめいているのも間近なのを、女はとても恥ずかしく思っている。  優美に風流めかすような人は、消え入りたいほどの住居の様子のようである。けれでも、のんびりと、辛いことも嫌なことも気恥ずかしいことも、気 にかける様子でなく、自身の態度や様子は、とても上品でおっとりして、またとないくらい下品な隣のぶしつけさを、どのようなこととも知っている様 子でないので、かえって恥ずかしがり赤くなるよりは罪がないように思われるのであった。  ごろごろと、鳴る雷よりも騒がしく、踏み轟かす唐臼の音も、枕上かと聞こえる。「ああ、やかましい」と、これには閉口されなさる。何の轟音ともお 分りにならず、とても不思議で、耳障りな音だとばかりお聞きになる。ごたごたしたことばかり多かった。  白妙の衣を打つ砧の音も、かすかにあちらこちらからと聞こえて来、空飛ぶ雁の声も、一緒になって、堪えきれない情趣が多い。端近いご座所だ ったので、遣戸を引き開けて、一緒に外を御覧になる。広くもない庭に、しゃれた呉竹や、前栽の露は、やはりこのような所も同じように光ってい た。虫の声々が入り乱れ、壁の内側のこおろぎでさえ、時たまお聞きになっているお耳に、じかに押し付けたように鳴き乱れているのを、かえって 違った感じにお思いなさるのも、お気持ちの深さゆえに、すべての欠点が許されるのであろうよ。  白い袷、薄紫色の柔らかい衣を重ね着て、地味な姿態は、とてもかわいらしげに心惹かれる感じがして、どこそこと取り立てて優れた所はない が、か細くしなやかな感じがして、何かちょっと言った感じは、「ああ、いじらしい」と、ただもうかわいく思われる。気取ったところをもう少し加えたら と、御覧になりながら、なおもくつろいで逢いたく思われなさるので、  「さあ、ちょっとこの辺の近い所で、気楽に過ごそう。こうしてばかりいては、とても辛いなあ」とおっしゃると、  「とてもそんな。急でしょう」  と、とてもおっとりと言って座っている。この世だけでない約束などまで信頼なさっているので、気を許す心根などが、不思議に普通と違って、世慣 れた女とも思われないので、人の思惑も慮ることもおできになれず、右近を召し出して、随身を呼ばせなさって、お車を引き入れさせなさる。この家 の女房たちも、このようなお気持ちが並大抵でないのが分かるので、不安に思いながらもお頼り申し上げていた。  明け方も近くなったのであった。鶏の声などは聞こえないで、御嶽精進であろうか、ただ老人めいた声で礼拝するのが聞こえる。立ったり座ったり の様子、難儀そうに勤行する。たいそうしみじみと、「朝の露と違わないこの世を、何を欲張りわが身の利益を祈るのだろうか」と、お聞きになる。 「南無当来導師」と言って、拝んでいるようだ。  「あれを、お聞きなさい。この世だけとは思っていないのだね」と、哀れがりなさって、  「優婆塞が勤行しているのを道しるべにして   来世にも深い約束に背かないで下さい」  長生殿の昔の例は縁起が悪いので、翼を交そうとは言わずに、弥勒の世を約束なさる。来世までのお約束は、まことに大げさである。  「前世の宿縁の拙さが身につまされるので   来世まではとても頼りかねます」  このような返歌のし方なども、そうは言うものの、心細いようである。  [第三段 なにがしの院に移る]  ためらっている月のように、出し抜けに行く先も分からず出かけることを、女は躊躇し、いろいろと説得なさるうちに、急に雲に隠れて、明け行く空 は実に美しい。体裁の悪くなる前にと、いつものように急いでお出になって、軽々とお乗せになったので、右近が乗った。  その辺りに近い某院にお着きあそばして、管理人をお呼び出しになる間、荒れた門の忍草が生い茂っていて見上げられるが、譬えようなく木暗 い。霧も深く、露っぽいところに、簾までを上げていらっしゃるので、お袖もひどく濡れてしまった。  「まだこのようなことを経験しなかったが、いろいろと気をもむことであるなあ。   昔の人もこのように恋の道に迷ったのだろうか   わたしには経験したことのない明け方の道だ  ご経験ありますか」  とおっしゃる。女は、恥らって、  「山の端をどこと知らないで随って行く月は   途中で光が消えてしまうのではないでしょうか  心細くて」  と言って、何となく怖がって気味悪そうに思っているので、「あの建て込んでがいる小家に慣れているからだろう」と、おもしろくお思いになる。  お車を入れさせて、西の対にご座所など準備する間、高欄にお車を掛けて立てていらっしゃる。右近は、優美な心地がして、過去のことなども、 一人思い出すのであった。管理人が一生懸命奔走している様子から、このご様子をすっかり知った。  ほのかに物が見えるころに、お下りになったようである。仮設えだが、こざっぱりと設けてある。  「お供に誰もおりませんなあ。ご不便なことよ」と言って、親しい下家司で、殿にも仕えている者だったので、参り寄って、「適当な人を、お呼びいた すべきではありませんか」などと、申し上げさせるが、  「特に人の来ないような隠れ家を求めたのだ。絶対に他には言うな」と口封じさせなさる。  お粥などを準備して差し上げるが、取り次ぐお給仕が揃わない。まだ経験のないご外泊に、「息長川」とお約束なさるより以外何もない。  日が高くなったころにお起きになって、格子を自らお上げになる。とてもひどく荒れて、人影もなく、はるばると見渡されて、木立がとても気味悪く 鬱蒼と古びている。近くの草木などは、格別見所もなく、すっかり秋の野原となって、池も水草に埋もれているので、まことに恐ろしくなってしまった 所であるよ。別納の方に、部屋などを設えて、人が住んでいるようだが、こちらは離れている。  「恐ろしい所になってしまった所だね。いくら何でも、鬼などもわたしを見逃すだろう」とおっしゃる。  お顔は依然として隠していらっしゃるが、女がとても辛いと思っているので、「なるほど、これ程深い仲になって隠しているようなのも、不自然なこ とだ」とお思いになって、  「夕露に花開いて顔をお見せするのは   道で会った縁からでしょうか  露の光はどうですか」  とおっしゃると、流し目に見やって、  「光輝いていると見ました夕顔の上露は   たそがれ時の見間違いでした」  とかすかに言う。おもしろいとお思いになる。なるほど、うちとけていらっしゃるご様子は、またとなく、場所が場所ゆえ、いっそう不吉なまでにお美 しくお見えになる。  「いつまでも隠していらっしゃる辛さに、顕すまいと思っていたが、せめて今からでもお名乗り下さい。とても気味が悪い」  とおっしゃるが、「海人の子なので」と言って、依然としてうちとけない態度は、とても甘え過ぎている。  「それでは、これも『われから』のようだ」と、怨みまた一方では語り合いながら、一日お過ごしになる。  惟光が、お探し申して、お菓子などを差し上げさせる。右近が文句言うことは、やはり気の毒なので、お側に伺候させることもできない。「こんなに までご執心でいられるのは、魅力的で、きっとそうに違いない様子なのだろう」と推量するにつけても、「自分がうまく言い寄ろうと思えばできたの を、お譲り申して、寛大なことよ」などと、失敬なことを考えている。  譬えようもなく静かな夕方の空をお眺めになって、奥の方は暗く何となく気味が悪いと、女は思っているので、端の簾を上げて、添い臥していらっ しゃる。夕映えのお顔を互いに見交わして、女も、このような出来事を、意外に不思議な気持ちがする一方で、すべての嘆きを忘れて、少しずつ打 ち解けていく様子は、実にかわいい。ぴったりとお側に一日中添ったままで、何かをとても怖がっている様子は、子供っぽくいじらしい。格子を早くお 下ろしになって、大殿油を点灯させて、「すっかり深い仲となったご様子でいて、依然として心の中に隠し事をなさっているのが辛い」と、お恨みにな る。  「主上には、どんなにかお探しあそばしていらっしゃろうか。どこを探していようか」と、思いをおはせになって、また一方では、「不思議な心だ。六 条辺りでも、どんなにお思い悩んでいらっしゃることだろう。怨まれることも、辛いことだし、もっともなことだ」と、困ったことだと思われる人としては、 まっさきにお思い出し申し上げなさる。無心に向かい合って座っているのを、かわいいとお思いになるにつれて、「あまり思慮深く、対座する者まで が息が詰るようなご様子を、少し取り除きたいものだ」と、ついご比較されるのであった。  [第四段 夜半、もののけ現われる]  宵を過ぎるころ、少し寝入りなさった時に、おん枕上に、とても美しそうな女が座って、  「わたしがとても素晴らしい方とお慕い申し上げている人は、お訪ねもなさらず、このような、特に優れたところもない女を連れていらっしゃって、お かわいがりになさるのは、まことに癪にさわり辛い」  と言って、お側にいる人を掻き起こそうとする、と御覧になる。  魔物に襲われる気持ちがして、目をお覚ましになると、火も消えていたのであった。気持ち悪くお思いになるので、太刀を引き抜いて、そっとお置 きになって、右近をお起こしになる。この人も怖がっている様子で、参り寄った。  「渡殿にいる宿直人を起こして、『紙燭をつけて参れ』と言いなさい」とおっしゃると、  「どうして行けましょうか。暗くて」と言うので、  「ああ、子供みたいな」と、ちょっとお笑いになって、手をお叩きになると、こだまが応える音、まことに気味が悪い。誰も聞こえないで参上しない間 に、この女君は、ひどくふるえ脅えて、どうしてよいか分からなく思っている。汗もびっしょりになって、正気を失った様子である。  「むやみにお怖がりあそばすご性質ですから、どんなにかお怖がりのことでしょうか」と、右近も申し上げる。「ほんとうにか弱くて、昼も空ばかり見 ていたものだが、気の毒に」とお思いになって、  「わたしが、誰か起こそう。手を叩くと、こだまが応える。まことにうるさい。ここに、もっと近く」  と言って、右近を引き寄せなさって、西の妻戸に出て、戸を押し開けなさると、渡殿の火も消えていたのであった。  風が少し吹いているうえに、人気も少なくて、仕えている者は皆寝ていた。この院の管理人の子供で、親しくお使いになる若い男、それから殿上 童一人と、いつもの随身だけがいるのであった。お呼び寄せになると、お返事して起きたので、  「紙燭を点けて参れ。『随身も、弦打ちをして、絶えず音を立てていよ』と命じよ。人気のない所に、気を許して寝ている者があるか。惟光朝臣が来 ていたようなのは」と、お尋ねあそばすと、  「控えていましたが、ご命令もない。早暁にお迎えに参上すべき旨申して、帰ってしまいました」と申し上げる。この、こう申す者は滝口の武士で あったので、弓弦をまことに手馴れた様子に打ち鳴らして、「火の用心」と言いながら、管理人の部屋の方角へ行ったようだ。内裏をお思いやりにな って、「名対面は過ぎたろう、滝口の宿直奏しは、ちょうど今ごろか」とご推量になるのは、まだ、さほど夜も更けていないのでは。  戻って入って、お確かめになると、女君はそのままに臥していて、右近は傍らにうつ伏していた。  「これはどうした。何と、気違いじみた怖がりようだ。荒れた所には、狐などのようなものが、人を脅かそうとして、何となく怖がらせるのだろう。わ たしがいれば、そのようなものからは脅されない」と言って、引き起こしなさる。  「とても気味悪くて、取り乱している気分も悪うございますので、うつ伏しているのでございますよ。ご主人さまこそ、ひどく怖がっていらっしゃるで しょう」と言うので、  「そうだ。どうしてこんなに」と言って、探って御覧になると、息もしていない。揺すって御覧になるが、なよなよとして正体もない様子なので、「ほん とうにひどく子供じみた人なので、魔性のものに魅入られてしまったらしい」と、なすべき方法もない気がなさる。  紙燭を持って参った。右近も動ける状態でないので、近くの御几帳を引き寄せて、  「もっと近くに持って参れ」  とおっしゃる。いつもと違ったことなので、御前近くに参上できず、ためらっていて、長押にも上がれない。  「もっと近く持って来なさい。場所によるぞ」  と言って、召し寄せて御覧になると、ちょうどこの枕上に、夢に現れた姿をした女が、幻影のように現れて、ふっと消え失せた。  「昔物語などに、このようなことは聞くけれど」と、まことに珍しく気味悪いが、まず、「この女はどのようになったのか」とお思いになる不安に、わが 身の上の危険もお顧みにならず、添い臥して、「もし、もし」と、お起こしになるが、すっかりもう冷たくなっていて、息はとっくにこと切れてしまってい たのであった。どうすることもできない。頼りになる、どうしたらよいかとご相談できるような人もいない。法師などは、このような時の頼みになる人と はお思いになるが。それほどお強がりになるが、お若い考えで、空しく死んでしまったのを御覧になると、どうしようもなくて、ひしと抱いて、  「おまえさま、生き返っておくれ。とても悲しい目に遭わさないでおくれ」  とおっしゃるが、冷たくなっていたので、感じも気味悪くなって行く。  右近は、ただ「ああ、気味悪い」と思っていた気持ちもすっかり冷めて、泣いて取り乱す様子はまことに大変である。  南殿の鬼が、某大臣を脅かした例をお思い出しになって、気強く、  「いくら何でも、死にはなさるまい。夜の声は大げさだ。静かに」  とお諌めになって、まったく突然の事なので、茫然とした気持ちでいらっしゃる。  管理人の子供を呼んで、  「ここに、まことに不思議に、魔性のものに魅入られた人が苦しそうなので、今すぐに、惟光朝臣の泊まっている家に行って、急いで参上するよう に言え、と命じなさい。某阿闍梨が、そこに居合わせていたら、ここに来るよう、こっそりと言いなさい。あの尼君などが聞こうから、大げさに言うな。 このような忍び歩きは許さない人だ」  などと、用件をおっしゃるようだが、胸が一杯で、この人を死なせてしまったらどうしようかと、たまらなくお思いになるのに加えて、辺りの不気味さ は、譬えようもない。  夜中も過ぎたのだろうよ、風がやや荒々しく吹いているのは。まして、松風の響きが、木深く聞こえて、異様な鳥がしわがれ声で鳴いているのも、 「梟」と言う鳥はこのことかと思われる。あれこれと考え廻らすに、あちらこちらと、何となく遠く気味悪いうえに、人声はしない。「どうして、このような 心細い外泊をしたのだろう」と、後悔してもしようがない。  右近は、何も考えられず、君にぴったりと寄り添い申して、震え死にそうである。「また、この人もどうなるだろう」と、気も上の空で掴まえていらっ しゃる。自分一人しっかりした人で、途方に暮れていらっしゃるのであったよ。  灯火は微かにちらちらとして、母屋の境に立ててある屏風の上が、あちらこちらと陰って見えなさるうえに、魔性の物の足音が、ひしひしと踏み鳴 らしながら、後方から近寄って来る気がする。「惟光よ、早く来て欲しい」とお思いになる。居場所が定まらぬ者なので、あちこち探したうちに、夜の 明けるまでの待ち遠しさは、千夜を過すような気がなさる。  ようやくのことで、鶏の声が遠くで聞こえるにつけ、「危険を冒して、何の因縁で、このような辛い目に遭うのだあろう。我ながら、このようなことで、 大それたあってはならない恋心の報復として、このような、後にも先にも語り草となってしまいそうなことが起こったのだろう。隠していても、実際に 起こった事は隠しきれず、主上のお耳に入るだろうことを始めとして、世人が推量し噂するだろうことは、良くない京童べの噂になりそうだ。あげくの はて、馬鹿者の評判を立てられるにちがいない」と、思案される。  [第五段 源氏、二条院に帰る]  ようやくのことで、惟光朝臣が参上した。夜中、早朝の区別なく、御意のままに従う者が、今夜に限って控えていなくて、お呼び出しにまで遅れて 参ったのを、憎らしいとお思いになるものの、呼び入れて、おっしゃろうとする内容が情けないので、すぐには何もおっしゃれない。右近は、大夫の 様子を聞くと、初めからのことが、つい思い出されて泣くが、君も我慢なされず、自分一人気丈夫に抱いていらっしゃったが、この人を見てほっとな さって、悲しい気持ちにおなりになるのであったが、しばらくは、まことに大変にとめどもなくお泣きになる。  やっと気持ちを落ち着けて、「ここで、まことに奇妙な事件が起こったが、驚くと言っても言いようのないほどだ。このような危急のことには、誦経な どをすると言うので、その手配をさせよう。願文なども立てさせようと思って、阿闍梨に来るようにと、言ってやったのは」  とおっしゃると、  「昨日、帰山してしまいました。それにしても、まことに奇妙なことでございますね。以前から、常とは違ってご気分のすぐれないことでもございま したのでしょうか」  「そのようなこともなかった」と言って、お泣きになる様子、とても優美でいたわしく、拝見する人もほんとうに悲しくて、自分も声を上げて泣いた。  何と言っても、年もとり、世の中のあれやこれやと、経験を積んだ人は、非常の時には頼もしいのであるが、どちらもどちらも若者同士で、どうしよ うもないが、  「この院の管理人などに聞かせることは、まことに不都合でしょう。この管理人一人は親密であっても、自然と口をすべらしてしまう身内も中には いることでしょう。まずは、この院をお出なさいましね」と言う。  「ところで、ここより人少なな所がどうしてあろうか」とおっしゃる。  「なるほど、そうでございましょう。あの元の家は、女房などが、悲しみに耐えられず、泣き取り乱すでしょうし、隣家が多く、見咎める住人も多くご ざいましょうから、自然と噂が立ちましょうが、山寺は、何と言ってもこのようなことも、自然ありがちで、目立たないことでございましょう」と、思案し て、「昔、存じておりました女房が、尼になって住んでおります東山の辺に、お移し申し上げましょう。惟光めの父朝臣の乳母でございました者が、 年老いて住んでいるのです。周囲は、人が多いようでございますが、とても閑静でございます」  と申し上げて、夜が明けて騒がしくなるころの騒がしさに紛れて、お車を寄せる。  この女をお抱きになることができそうにないので、上筵に包んで、惟光がお乗せ申す。とても小柄で、気味悪くもなく、かわいらしげである。しっか りとも包んでないので、髪はこぼれ出ているのも、目の前が真っ暗になって、何とも悲しい、とお思いになると、最後の様子を見届けたい、とお思い になるが、  「早く、お馬で、二条院へお帰りあそばしますよう。人騒がしくなりませぬうちに」  と言って、右近を添えて乗せると、徒歩で、君に馬はお譲り申して、裾を括り上げなどをして、かつ一方では、とても変で、奇妙な野辺送りだが、 お悲しみの深いことを拝見すると、自分のことは考えずに行くが、君は何もお考えになれず、茫然自失の態で、お帰りになった。  女房たちは、「どこから、お帰りあそばしましたか。気分が悪そうにお見えあそばします」などと言うが、御帳の内側にお入りになって、胸を押さえ て思うと、まことに悲しいので、「どうして、一緒に乗って行かなかったのだろう。もし生き返った場合、どのような気がするだろう。見捨てて行ってし まったと、辛く思うであろうか」と、気が動転しているうちにも、お思いやると、お胸のせき上げてくる気がなさる。お頭も痛く、身体も熱っぽい感じが して、とても苦しく、どうしてよいやら分からない気がなさるので、「こう元気がなくて、自分も死んでしまうのかも知れない」とお思いになる。  日は高くなるが、起き上がりなさらないので、女房たちは不思議に思って、お粥などをお勧め申し上げるが、気分が悪くて、とても気弱くお思いに なっているところに、内裏からお使者が来る。昨日、お探し申し上げられなかったことで、御心配あそばしていらっしゃる。大殿の公達が参上なさる が、頭中将だけを、「立ったままで、ここにお入り下さい」とおっしゃって、御簾の内側のままでお話しなさる。  「乳母でございます者が、この五月のころから、重く患っておりました者が、髪を切り、受戒などをして、その甲斐があってか、生き返っていました が、最近、再発して、弱くなっていますのが、「今一度、見舞ってくれ」と申していたので。幼いころから馴染んだ人が、今はの際に、辛いと思うだろ うと、存じて参っていたところ、その家にいた下人で、病気していたのが、急に暇をとる間もなく亡くなってしまったのを、恐れ慎んで、日が暮れてか ら運び出したのを、聞きつけたので。神事のあるころで、まことに不都合なこと、と存じ謹慎して、参内できないのです。この早朝から、風邪でしょう か、頭がとても痛くて苦しうございますので、大変失礼したまま申し上げます次第」  などとおっしゃる。中将は、  「それでは、そのような旨を奏上しましょう。昨夜も、管弦の御遊の折に、畏れ多くもお探し申しあそばされて。御機嫌悪うございました」と申し上 げなさって、また引き返して、「どのような穢れに遭遇あそばしたのですか。ご説明あそばされたことは、本当とは存じられません」  と言うので、胸がどきりとなさって、  「このように、詳しくではなく、ただ、意外な穢れに触れた由を、奏上なさって下さい。まったく不都合なことでございます」  と、さりげなくおっしゃるが、心中は、どうしようもなく悲しい事とお思いになるにつけ、ご気分もすぐれないので、誰ともお顔を合わせなさらない。蔵 人の弁を呼び寄せて、きまじめにその旨を奏上させなさる。大殿などにも、これこれの事情があって、参上できないお手紙などを差し上げなさる。  [第六段 十七日夜、夕顔の葬送]  日が暮れて、惟光が参上した。これこれの穢れがあるとおっしゃって、お見舞いの人々も、皆立ったままで帰るので、人目は多くない。呼び寄せ て、  「どうであったか。臨終と見届けたか」  とおっしゃると同時に、袖をお顔に押し当ててお泣きになる。惟光も泣きながら、  「もはやご最期のようでいらっしゃいます。長々と一緒に籠っておりますのも不都合なので。明日、日柄がよろしうございますので、あれこれのこ と、大変に尊い老僧で、知っております者に、連絡をつけました」と申し上げる。  「付き添っていた女はどうしたか」とおっしゃると、  「その者も、同様に、生きられそうにございませんようです。自分も死にたいと取り乱しまして、今朝は谷に飛び込みそうになったのを拝見しまし た。『あの前に住んでいた家の人に知らせよう』と申しますが、『今しばらく、落ち着きなさい、と。事情をよく考えてからに』と、宥めておきました」  とご報告申すにつれて、とても悲しくお思いになって、  「わたしも、とても気分が悪くて、どうなってしまうのであろうかと思われる」とおっしゃる。  「何を、この上くよくよお考えあそばしますか。そうなる運命で、万事があったので、ございましょう。誰にも聞かせまいと存じますので、惟光めが 身を入れて、万事始末いたします」などと申す。  「そうだ。そのように何事も思ってはみるが、いい加減な遊び心から、人を死なせてしまった非難を受けねばならないのが、まことに辛いのだ。少 将命婦などにも聞かせるな。尼君はましてこのようなことなど、お叱りになるから、恥ずかしい気がしよう」と、口封じなさる。  「その他の法師たちなどにも、すべて、説明は別々にしてございます」  と申し上げるので、頼りになさっている。  かすかに事情を聞く女房など、「変だ、何事だろうか、穢れに触れた旨をおっしゃって、宮中へも参内なさらず、また、このようにひそひそと話して 嘆いていらっしゃる」と、ぼんやり不思議がる。  「重ねて無難に取り計らえ」と、葬式の作法をおっしゃるが、  「いやいや、大げさにする必要もございません」  と言って立つが、とても悲しく思わずにはいらっしゃれないので、  「きっと不都合なことと思うだろうが、今一度、あの死骸を見ないのが、とても心残りだから、馬で行ってみたい」  とおっしゃるのを、とても厄介な事だとは思うが、  「そのようにお思いになるならば、仕方ございません。早く、お出かけあそばして、夜が更けない前にお帰りあそばしませ」  と申し上げるので、最近のお忍び用にお作りになった、狩衣のご衣装に着替えなどしてお出かけになる。  お心はまっ暗闇で、大変に堪らないので、このような変な道に出て来たものの、危なかった懲り事で、どうしようかとお悩みになるが、やはり悲し みの晴らしようがなく、「現在の亡骸を見ないでは、再び来世で生前の姿を見られようか」と、悲しみを堪えなさって、いつものように惟光大夫、随身 とを連れてお出掛けになる。  道中、遠く感じられる。十七日の月がさし出て、河原の辺り、御前駆の松明も仄かであるし、鳥辺野の方角などを見やった時など、何となく気味 悪いのも、何ともお感じにならず、心乱れなさって、お着きになった。  周囲一帯までがぞっとする所なのに、板屋の隣に堂を建ててお勤めしている尼の家は、まことにもの寂しい。御燈明の光が、微かに隙間から見 える。その家には、女一人の泣く声ばかりして、外の方に、法師たち二、三人が話をしいしい、特に声を立てない念仏を唱えている。寺々の初夜 も、皆、お勤めが終わって、とても静かである。清水寺の方角は、光が多く見え、人の気配がたくさんあるのであった。この尼君の子である大徳が 尊い声で、経を読んでいるので、涙も涸れんばかりに思わずにはいらっしゃれない。  お入りになると、燈火を背けて、右近は屏風を隔てて臥していた。どんなに侘しく思っているだろう、と御覧になる。気味悪さも感じられず、とても かわいらしい様子をして、まだ少しも変わった所がない。手を握って、  「わたしに、もう一度、声だけでもお聞かせ下さい。どのような前世からの因縁があったのだろうか、少しの間に、心の限りを尽くして愛しいと思っ たのに、残して逝って、途方に暮れさせなさるのが、あまりのこと」  と、声も惜しまず、お泣きになること、際限がない。  大徳たちも、誰とは知らないが、子細があると思って、皆、涙を落とした。  右近に、「さあ、二条へ」とおっしゃるが、  「長年、幼うございました時から、片時もお離れ申さず、馴れ親しみ申し上げてきた人に、急にお別れ申して、どこに帰ったらよいのでございましょ う。どのようにおなりになったと、皆に申せましょう。悲しいことはさておいて、皆にとやかく言われましょうことが、辛いことで」と言って、泣き崩れ て、「煙と一緒になって、後をお慕い申し上げましょう」と言う。  「ごもっともだが、世の中はそのようなものである。別れというもので、悲しくないものはない。先立つのも残されるのも、同じく寿命で定まったもの である。気を取り直して、わたしを頼れ」と、お慰めになりながらも、「このように言う我が身こそが、生きながらえられそうにない気がする」  とおっしゃるのも、頼りない話である。  惟光、「夜は、明け方になってしまいましょう。早くお帰りあそばしませ」  と申し上げるので、振り返り振り返りばかりされて、胸も一杯のままお出になる。  道中とても露っぽいところに、更に大変な朝霧で、どこだか分からないような気がなさる。昨夜の姿のままに横たわっていた様子、互いにお掛け 合いになって寝たが、その自分の紅のご衣装が着せ掛けてあったことなど、どのような前世の因縁であったのかと、道すがらお思いになる。お馬に も、しっかりとお乗りになることができそうにないご様子なので、再び、惟光が介添えしてお帰りあそばさせるが、堤の辺りで、馬からすべり下りて、 ひどくご惑乱なさったので、  「こんな道端で、野垂れ死んでしまうのだろうか。まったく、帰り着けそうにない気がする」  とおっしゃるので、惟光も困惑して、「自分がしっかりしていたら、あのようにおっしゃっても、このような所にお連れ出し申し上げるべきではなかっ た」と反省すると、とても気が急くので、鴨川の水で手を洗い清めて、清水の観音をお拝み申しても、どうしようもなく途方に暮れる。  君も、無理に気を取り直して、心中に仏を拝みなさって、再び、あれこれ助けられなさって、二条院へお帰りになるのであった。  奇妙な深夜のお忍び歩きを、女房たちは、「みっともないこと。最近、いつもより落ち着きのないお忍び歩きが、うち続く中でも、昨日のご様子が、 とても苦しそうでしたが。どうしてこのように、ふらふらお出歩きなさるのでしょう」と、嘆き合っていた。  ほんとうに、お臥せりになったままに、とてもひどくお苦しみになって、二、三日にもなったので、すっかり衰弱のようでいらっしゃる。帝におかせら れても、お耳にあそばされ、嘆かれることはこの上ない。御祈祷を、方々の寺々にひっきりなしに大騒ぎする。祭り、祓い、修法など、数え上げたら きりがない。この世にまたとなく美しいご様子なので、長生きあそばされないのではないかと、国中の人々の騷ぎである。  苦しいご気分ながらも、あの右近を呼び寄せて、部屋などを近くにお与えになって、お仕えさせなさる。惟光は、気も転倒し慌てているが、気を落 ち着けて、この右近が主人を亡くして悲しんでいるのを、支え助けてやりながら仕えさせる。  君は、少し気分のよろしく思われる時は、呼び寄せて使ったりなどなさるので、まもなく馴染んだ。喪服は、とても黒いのを着て、器量など良くは ないが、どこといって欠点のない若い女である。  「不思議に短かったご宿縁に引かれて、わたしも生きていられないような気がする。長年の主人を亡って、心細く思っていましょう慰めにも、もし生 きながらえたら、いろいろと面倒を見たいと思ったが、まもなく自分も後を追ってしまいそうなのが、残念なことだ」  と、ひっそりとおっしゃって、弱々しくお泣きになるので、今さら言ってもしかたないことはさて措いても、「はなはだもったいないことだ」とお思い申 し上げる。  お邸の人々は、足も地に着かないほど慌てる。内裏から、御勅使が、雨脚よりも格段に頻繁にある。お嘆きあそばされていらっしゃるのをお聞き になると、まことに恐れ多くて、無理に気を強くお持ちになる。大殿邸でも一生懸命に世話をなさって、大臣が、毎日お越しになっては、さまざまな 加持祈祷をおさせなさる、その効果があってか、二十余日間、ひどく重く患っていらしゃったが、格別の余病もなく、回復された様子にお見えにな る。  穢れを忌んでいらした期間と重なって明けた夜なので、御心配あそばされていらっしゃるお気持ちが、どうにも恐れ多いので、宮中のご宿直所に 参内などなさる。大殿は、ご自分のお車でお迎え申し上げなさって、御物忌みや何やかやと、うるさくお慎みさせ申し上げなさる。ぼんやりとして、 別世界にでも生き返ったように、暫くの間はお感じになる。  [第七段 忌み明ける]  九月二十日のころに、病状がすっかりご回復なさって、とてもひどく面やつれしていらっしゃるが、かえって、たいそう優美で、物思いに沈みがち に、声を立ててお泣きばかりなさる。拝見して怪しむ女房もいて、「お物の怪がお憑きのようだわ」などと言う者もいる。  右近を呼び出して、のどかな夕暮に、お話などなさって、  「やはり、とても不思議だ。どうして誰とも知られまいと、お隠しになっていたのか。本当に賎しい人であっても、あれほど愛しているのを知らず、隠 していらっしゃったので、辛かった」 とおっしゃると、  「どうして、深くお隠し申し上げなさる必要がございましょう。いつの折にか、たいした名でもないお名前を申し上げなさることができましょう。初め から、不思議な思いもかけなかったご関係なので、『現実とは思えない』とおっしゃって、『お名前を隠していらしたのも、あなた様でしょう』と存じ上 げておられながら、『いい加減な遊び事として、お名前を隠していらっしゃるのだろう』と辛いことに、お思いになっていました」と申し上げるので、  「つまらない意地の張り合いであったな。自分は、そのように隠しておく気はなかった。ただ、このように人から許されない忍び歩きを、まだ経験な いことなのだ。主上が御注意あそばすことを始め、憚ることの多い身分で、ちょっと人に冗談を言うのも、窮屈なで、大げさに取りなし厄介な身であ るが、ふとした夕方の事から、妙に心に掛かって、無理算段してお通い申したのも、このような運命がおありだったのだろうと思うと、気の毒で。ま た反対に、恨めしく思われる。こう長くはない宿縁であったれば、どうして、あれほど心底から愛しく思われなさったのだろう。もう少し詳しく話せ。今 はもう、何を隠す必要があろう。七日毎に仏画を描かせても、誰のためと、心中にも祈ろうか」とおっしゃると、  「どうして、お隠し申し上げましょう。ご自身、お隠し続けていらしたことを、お亡くなりになった後に、口軽く言い洩らしては、と存じおりますばかり です。  ご両親は、早くお亡くなりになりました。三位中将と申しました。とてもおかわいがり申し上げられていましたが、ご自分の出世の思うにまかせぬ のをお嘆きのようでしたが、お命までままならず亡くなってしまわれた後、ふとした縁で、頭中将が、まだ少将でいらした時に、お通い申し上げあそ ばすようになって、三年ほどの間は、ご誠意をもってお通いになりましたが、去年の秋ごろ、あの右大臣家から、とても恐ろしい事を言って寄こした ので、ものをむやみに怖がるご性質ゆえに、どうしてよいか分からなくお怖がりになって、西の京に、御乳母が住んでおります所に、こっそりとお隠 れなさいました。そこもとてもむさ苦しい所ゆえ、お住みになりにくくて、山里に移ってしまおうと、お思いになっていたところ、今年からは方塞がりの 方角でございましたので、違う方角へと思って、賎しい家においでになっていたところを、お見つけ申されてしまった事と、お嘆きのようでした。世間 の人と違って、引っ込み思案をなさって、他人に物思いしている様子を見せるのを、恥ずかしいこととお思いなさって、さりげないふうを装って、お目 にかかっていらっしゃるようでございました」  と、話し出すと、「そうであったのか」と、お思い合わせになって、ますます不憫さが増した。  「幼い子を行く方知れずにしたと、中将が残念がっていたのは、その子か」とお尋ねになる。  「さようでございます。一昨年の春に、お生まれになりました。女の子で、とてもかわいらしくて」と申し上げる。  「ところで、どこに。誰にもそうとは知らせず、わたしに下さい。あっけなくて、悲しいと思っている人のお形見として、まことに嬉しいことだろう」とお っしゃる。「あの中将にも伝えるべきだが、言っても始まらない恨み言を言われるだろう。あれこれにつけて、お育てするに不都合はあるまいから。 その一緒にいる乳母などにも違ったふうに言い繕って、連れて来てくれ」 などとお話なさる。  「それならば、とても嬉しいことでございましょう。あの西の京でご成育なさるのは、不憫でございまして。これといった後見人もいないというので、 あちらに」などと申し上げる。  夕暮の静かなころに、空の様子はとてもしみじみと感じられ、お庭先の前栽は枯れ枯れになり、虫の音も鳴き弱りはてて、紅葉がだんだん色づい て行くところが、絵に描いたように美しいのを見渡して、思いがけず結構な宮仕えをすることになったと、あの夕顔の宿を思い出すのも恥ずかしい。 竹薮の中に家鳩という鳥が、太い声で鳴くのをお聞きになって、あの院でこの鳥が鳴いたのを、とても怖いと思っていた様子が、まぶたにかわいら しくお思い出されるので、  「年はいくつにおなりだったか。不思議に世間の人と違って、か弱くお見えであったのも、このように長生きできないからだったのだね」とおっしゃ る。  「十九におなりだったでしょうか。右近めは、亡くなった乳母があとに残して逝きましたので、三位の君様がおかわいがり下さって、お側離れずに お育て下さいましたのを、思い出しますと、どうして生きておられましょう。どうしてこう深く親しんだのだろうと、悔やまれて。気弱そうでいらっしゃい ました方のお気持ちを、頼むお方として、長年仕えてまいりましたこと」と申し上げる。  「頼りなげな人こそ、女はかわいらしいのだ。利口で我の強い人は、とても好きになれないものだ。自分自身がてきぱきとしっかりしていない性情 から、女はただ素直で、うっかりすると男に欺かれてしまいそうなのが、そのくせ引っ込み思案で、男の心にはついていくのが、愛しくて、自分の思 いのままに育てて一緒に暮らしたら、慕わしく思われることだろう」などと、おっしゃると、  「こちらのお好みには、きっとお似合いだったでしょうと、存じられますにつけても、残念なことでございますわ」と言って泣く。  空が少し曇って、風も冷たいので、とても感慨深く物思いに沈んで、  「恋しかった人が煙となり雲となってしまったと思って見ると   この夕方の空も親しく思われるよ」  と独り詠じられたが、ご返歌も申し上げられない。このように、生きていらしたならば、と思うにつけても、胸が一杯になる。耳障りであった砧の音 を、お思い出しになるのまでが、恋しくて、「正に長き夜」と口ずさんで、お臥せりになった。   第五章 空蝉の物語(2)  [第一段 紀伊守邸の女たちと和歌の贈答]  あの、伊予介の家の小君は、参上する折はあるが、特別に以前のような伝言もなさらないので、嫌なとお見限りになられたのを、つらいと思って いたところに、このようにご病気でいらっしゃるのを聞いて、やはり悲しい気がするのであった。遠く下るのなどが、何といっても心細い気がするの で、お忘れになってしまったかと、試しに、  「承りまして、案じておりますが、口に出しては、とても、  お尋ねできませんことをなぜかとお尋ね下さらずに月日が経ましたが  どんなにか思い悩んでいらっしゃいますことやら    『益田』とは本当のことで」  と申し上げた。珍しいので、この女へも愛情はお忘れにならない。  「生きてる甲斐がないとは、誰の言うことでしょうか。  空蝉の世は嫌なものと知ってしまったのに  またもあなたの言の葉に期待を掛けて生きていこうと思います  頼りないことよ」  と、お手も震えなさるので、乱れ書きなさっているのは、ますます美しそうである。今だに、あの脱ぎ衣をお忘れにならないのを、気の毒にもおもし ろくも思うのであった。  このように愛情がなくはなく、やりとりなさるが、身近にとは思ってもいないが、とはいえ、薄情な女だと思われてしまいたくない、と思うのであっ た。  あのもう一方は、蔵人少将を通わせていると、お聞きになる。「おかしなことだ。どう思っているだろう」と、少将の気持ちも同情し、また、その女の 様子も興味があるので、小君を使いにして、「死ぬほど思っている気持ちは、お分かりでしょうか」と言っておやりになる。  「一夜の逢瀬なりとも『軒端荻』を契らなかったら   わずかばかりの恨み言も何を理由に言えましょうか」  丈高い荻に付けて、「こっそりと」とおっしゃったが、「間違って、少将が見つけて、わたしだったのだと、分かってしまったら。それでも、許してくれ よう」と思う、高慢なお気持ちは、困ったものである。  少将のいない時に見せると、嫌なことと思うが、このようにお思い出しになったのも、やはり嬉しくて、お返事を、素早いのを取り柄として渡す。  「ほのめかされるお手紙を見るにつけても下荻のような   身分の賎しいわたしは、嬉しいながらも半ばは思い萎れています」  筆跡は下手なのを、分からないようにしゃれて書いている様子、品がない。燈火で見た顔を、お思い出しになる。「気を許さず対座していたあの人 は、今でも思い捨てることのできない様子をしていたな。何の嗜みもありそうでなく、はしゃいで得意でいたことよ」とお思い出しになると、憎めなくな る。相変わらず、「こりずまに、またまた浮名が立ちそうな」好色心のようである。     第六章 夕顔の物語(3)  [第一段 四十九日忌の法要]  あの人の四十九日忌を、人目を忍んで比叡山の法華堂において、略さずに、衣裳をはじめとして、必要な物どもを、心をこめて、誦経などおさせに なった。経巻や、仏像の装飾まで簡略にせず、惟光の兄の阿闍梨が、大変に立派な人なので、見事に催すのであった。  ご学問の師で、親しくしていられる文章博士を呼んで、願文を作らせなさる。誰それと言わないで、愛しいと思っていた人が亡くなってしまったの を、阿彌陀にお譲り申す旨を、しみじみとお書き表しになると、  「まったくこのまま、書き加えることはございませんようです。」と申し上げる。  堪えていらっしゃったが、お涙もこぼれて、ひどくお悲しみでいるので、  「どのような方なのでしょう。誰それと噂にも上らないで、これほどにお嘆かせになるほどだった、宿運の高いこと」  と言うのであった。内々にお作らせになった装束の袴をお取り寄させなさって、  「泣きながら今日はわたしが結ぶ袴の下紐だが   いつの世のかまた再会してその時は共に結び合うことができようか」  「この日までは中有に彷徨っているというが、どの道に定まって行くことのだろうか」とお思いやりになりながら、念仏誦経をとても心こめてなさる。 頭中将とお会いになる時にも、むやみに胸がどきどきして、あの撫子が成長している有様を、聞かせてやりたいが、非難されるのを警戒して、お口 にはお出しにならない。  あの夕顔の宿では、どこに行ってしまったのかと心配するが、そのまま尋ね当て申すことができない。右近までもが音信ないので、不思議だと困 り合っていた。はっきりしないが、様子からそうではあるまいかと、ささめき合っていたので、惟光のせいにしたが、まるで問題にもせず、関係なく言 い張って、相変わらず同じように通って来たので、ますます夢のような気がして、「もしや、受領の子息で好色な者が、頭の君に恐れ申して、そのま ま、連れて下ってしまったのだろうか」と、想像するのだった。  この家の主人は、西の京の乳母の娘なのであった。三人乳母子がいたが、右近は腹違いだったので、「分け隔てして、ご様子を知らせないのだ わ」と、泣き慕うのであった。右近は右近で、口やかましく非難するだろうことを思って、君も今になって洩らすまいと、お隠しになっているので、若 君の身の上すら聞けず、まるきり消息不明のまま過ぎて行く。  君は、「せめて夢にでも逢いたい」と、お思い続けていると、この法事をなさって、次の夜に、ほのかに、あの某院そのまま、枕上に現れた女の様 子も同じようにして見えたので、「荒れ果てた邸に住んでいた魔物が、わたしに魅入ったきっかけで、こんなになってしまったのだ」と、お思い出しに なるにつけても、気味の悪いことである。   第七章 空蝉の物語(3)  [第一段 空蝉、伊予国に下る]  伊予介は、神無月の朔日ころに下る。女方が下って行くというので、餞別を格別に気を配っておさせになる。別に、内々にも特別になさって、きめ 細かな美しい格好の櫛や、扇を、たくさんにして、幣帛などを特別に大げさにして、あの小袿もお返しになる。  「再び逢う時までの形見の品と思って持っていましたが   すっかり涙で朽ちるまでになってしまいました」  こまごまとした事柄があるが、煩雑になるので書かない。  お使いは、帰ったけれど、小君を使いにして、小袿のお礼だけは申し上げさせた。  「蝉の羽の衣替えの終わった後の夏衣は   返してもらっても泣かれるばかりです」  「考えても、不思議に人並みはずれた意志の強さで、振り切って行ってしまったなあ」と思い続けていらっしゃる。今日はちょうど立冬の日であった が、いかにもそれと、さっと時雨れて、空の様子もまことに物寂しい。一日中物思いに過されて、  「亡くなった人も今日別れて行く人もそれぞれの道に   どこへ行くのか知れない秋の暮れだなあ」  やはり、このような秘密の恋は辛いものだと、お知りになったであろう。このような煩わしいことは、努めてお隠しになっていらしたのもお気の毒な ので、みな書かないでおいたのに、「どうして、帝の御子であるからと、見知っている人までが、欠点がなく何かと褒めてばかりいる」と、作り話のよ うに受け取る方がいらっしゃったので。あまりにも慎みのないおしゃべりの罪は、免れがたいが。 源氏物語の世界ヘ 本文 ローマ字版 注釈 Last updated 5/11/99 渋谷栄一訳(C)(ver.1-1-2)    夕 顔 光る源氏の十七歳夏から立冬の日までの物語 第一章 夕顔の物語 夏の物語 1.源氏、五条の大弐乳母を見舞う---六条辺りのお忍び通いのころ 2.数日後、夕顔の宿の報告---惟光、数日して参上した 第二章 空蝉の物語  空蝉の夫、伊予国から上京す---ところで、あの空蝉のあきれるほど冷淡だったのを 第三章 六条の貴婦人の物語 初秋の物語  霧深き朝帰りの物語---秋にもなった。誰のせいからでもなく、自ら求めて 第四章 夕顔の物語(2) 仲秋の物語 1.源氏、夕顔の宿に忍び通う---それはそうと、あの惟光の管理人の偵察は 2.八月十五夜の逢瀬---君も、「このように無心に油断させて隠れてしまったなら 3.なにがしの院に移る---ためらっている月のように、出し抜けに行く先も分からず出かけることを 4.夜半、もののけ現われる---宵を過ぎるころ、少し寝入りなさった時に 5.源氏、二条院に帰る---ようやくのことで、惟光朝臣が参上した 6.十七日夜、夕顔の葬送---日が暮れて、惟光が参上した。これこれの穢れがあるとおっしゃって 7.忌み明ける---九月二十日のころに、病状がすっかりご回復なさって 第五章 空蝉の物語(2)  紀伊守邸の女たちと和歌の贈答---あの、伊予介の家の小君は、参上する折はあるが 第六章 夕顔の物語(3)  四十九日忌の法要---あの人の四十九日忌を、人目を忍んで比叡山の法華堂において 第七章 空蝉の物語(3)  空蝉、伊予国に下る---伊予介は、神無月の朔日ころに下る   第一章 夕顔の物語 夏の物語  [第一段 源氏、五条の大弐乳母を見舞う]  六条辺りのお忍び通いのころ、内裏からご退出なさる休息所に、大弍の乳母がひどく病んで尼になっていたのを、見舞おうとして、五条にある家 を尋ねていらっしゃった。  お車が入るべき正門は鎖してあったので、供人に惟光を呼ばせて、お待ちあそばす間、むさ苦しげな大路の様子を見渡していらっしゃると、この 家の隣に、桧垣という物を新しく作って、上は半蔀を四、五間ほどずっと吊り上げて、簾などもとても白く涼しそうなところに、美しい額際の透き影 が、たくさん見えて覗いている。立ち動き回っているらしい下半身を想像すると、やたらに背丈の高い気がする。どのような者が住んでいるのだろう と、一風変わった様子にお思いになる。  お車もひどく地味になさり、先払いもおさせにならず、誰と分かろうと気をお許しなさって、少し顔を出して御覧になっていると、門は蔀のようなのを 押し上げてあるが、覗き込む程もなく、ささやかな住まいを、しみじみと、「どの家を終生の宿とできようか」とお考えになってみると、玉の台も同じこ とである。  切懸めいた物に、とても青々とした蔓草が気持ちよさそうに這いまつわっているところに、白い花が、自分ひとり微笑んで咲いている。  「遠方の人にお尋ねする」  と独り言をおっしゃると、御随身がひざまずいて、  「あの白く咲いている花を、夕顔と申します。花の名は人並のようで、このような賎しい垣根に咲くのでございます」  と申し上げる。なるほど、とても小さい家が多くて、むさ苦しそうな界隈の、ここもかしこも、見苦しくちょっと傾いて、頼りなさそうな軒の端などに這 いまつわっているのを、  「気の毒な花の運命よ。一房手折ってまいれ」  とおっしゃるので、この押し上げてある門から入って折る。  そうは言うものの、しゃれた遣戸口に、黄色い生絹の単重袴を、長く着こなした女童で、かわいらしげな子が出て来て、ちょっと招く。白い扇でた いそう香を薫きしめたのを、  「これに載せて差し上げなさいね。枝も風情なさそうな花ですもの」  と言って与えたので、門を開けて惟光朝臣が出て来たのを取り次がせて、差し上げさせる。  「鍵を置き忘れまして、大変にご迷惑をお掛けいたしました。どなた様と分別申し上げられる者もおりませぬ辺りですが、ごみどみした大路にお立 ちあそばして」とお詫び申し上げる。  引き入れて、お下りになる。惟光の兄の阿闍梨、婿の三河守、娘などが、寄り集まっているところに、このようにお越しあそばされたお礼を、この 上ないことと恐縮申し上げる。  尼君も起き上がって、  「惜しくもない身ですが、出家しがたく存じておりましたことは、ただ、このようにお目にかかり、御覧に入れる姿が変わってしまったことを残念に存 じて、ためらっていましたが、受戒の効果があって生き返って、このようにお越しあそばしますのを、お目にかかれましたので、今は、阿彌陀のご来 迎も、心残りなく待つことができましょう」  などと申し上げて、弱々しく泣く。  「いく日も、思わしくなくいらっしゃるのを、案じて心痛めていましたが、このように、出家された姿でいらっしゃると、まことに悲しく残念で。長生きを して、さらに位が高くなるのなども御覧下さい。そうしてから、九品の最上位にも、差し障りなくお生まれ変わり下さい。この世に少しでも執着が残る のは、悪いことと聞いています」など、涙ぐんでおっしゃる。  不出来な子でさえも、乳母のようなかわいがるはずの人は、あきれるくらいに完全無欠に思い込むものを、まして、まことに光栄にも、親しくお世 話申し上げたわが身も、大切にもったいなく思われるようなので、わけもなく涙に濡れるのである。  子供たちは、とてもみっともないと思って、「捨てたこの世に未練あるように、ご自身から泣き顔をお目にかけていなさる」と言って、突き合い目配 せし合う。  君は、とてもしみじみと感じられて、  「幼かったころに、かわいがってくれるはずの方々が亡くなってしまわれた後は、養育してくれる人々はたくさんいるようであったが、親しく甘えら れる人は、他にいなく思われました。成人して後は、きまりがあるので、朝夕にもお目にかかれず、思い通りにお訪ね申すことはなかったが、やは り久しくお会いしない時は、心細く思われましたが、『避けられない別れなどはあってほしくないものだ』と思われます」  などと、じっくりとお話なさって、お拭いになる袖の匂いも、とても辺り狭しと薫り満ちているので、なるほど、考えてみれば、並々の人でないご運 命であったと、尼君を非難がましく見ていた子供たちも、皆涙ぐんだ。  修法など、重ねて始めるべき事などをお命じあそばして、お立ちになろうとして、惟光に紙燭を持って来させて、先程の扇を御覧になると、使い慣 らした移り香が、とても深く染み込んで慕わしくて美しく書き流してある。  「当て推量に貴方さまでしょうと思います   白露の光を加えて美しい夕顔の花は」  誰とも分からないように書き紛らわしているのも、上品に教養が見えるので、とても意外に、興味を惹かれなさる。惟光に、  「この西にある家は、何者が住むのか。尋ね聞いているか」  とお尋ねになると、いつもの厄介なお癖とは思うが、そうは申さず、  「この五、六日ここにおりますが、病人のことを心配して看護しております時なので、隣のことは聞けません」  などと、無愛想に申し上げるので、  「憎らしいと思っているな。けれど、この扇の、尋ねねばならない理由がありそうに思われるのを。やはり、この界隈の事情を知っている者を呼ん で尋ねよ」  とおっしゃると、入って行って、この家守である男を呼んで尋ね聞く。  「揚名介である人の家だそうでございました。男は田舎に下向して、妻は若く派手好きで、姉妹などが宮仕え人として行き来している、と申しま す。詳しいことは、下人にはよく分からないのでございましょう」と申し上げる。  「では、その宮仕人というようだ。得意顔に物慣れて詠みかけてきたものよ」と、「きっと興覚めしそうな身分ではなかろうか」とお思いになるが、名 指して詠みかけてきた気持ちが、憎からず過ごしがたいのが、例によって、こういった方面には、重々しくないご性分なのであろう。御畳紙にすっか り別筆にお書きになって、  「もっと近寄って誰ともはっきり見たらどうでしょう   黄昏時にぼんやりと見えた花の夕顔を」  先程の御随身をお遣わしになる。  まだ見たことのないお姿であったが、まことにはっきりと推察されなさるおん横顔を見過ごさないで、さっそく詠みかけたのに、返歌をなさらないで 時間が過ぎたので、何となく体裁悪く思っていたところに、このようにわざわざ来たというふうだったので、いい気になって、「何と申し上げよう」など と言い合っているようだが、生意気なと思って、随身は帰参した。  御前駆の松明が弱く照らして、とてもひっそりとお出になる。半蔀は下ろしてあった。隙間隙間から見える灯火の明りは、螢よりもさらに微かで哀 れである。  お目当ての所では、木立や前栽などが、世間一般の所と違い、とてもゆったりと奥ゆかしく住んでいらっしゃる。気の置けるご様子などが、他の 人とは格別なので、先程の垣根はお思い出されるはずもない。  翌朝、少しお寝過ごしなさって、日が差し出るころにお帰りになる。朝帰りの姿は、なるほど、人がお褒め申し上げるようなのも、もっともであるご 様子なのであった。  今日もこの半蔀の前をお通り過ぎになる。今までにも通り過ぎなさった辺りであるが、わずかちょっとしたことでお気持ちを惹かれて、「どのような 人の住んでいる家なのだろう」と思っては、行き帰りにお目が止まるのであった。  [第二段 数日後、夕顔の宿の報告]  惟光、数日して参上した。  「患っております者が、依然として弱そうでございましたので、いろいろと看病いたしておりまして」  などと挨拶申し上げて、近くに上って申し上げる。  「お尋ねになられました後に、隣のことを知っております者を、呼んで尋ねさせましたが、はっきりとは申しません。『ごく内密に、五月のころからお いでの方があるようですが、誰それとは、全然その家の内の人にさえ知らせません』と申します。時々、中垣から覗き見しますと、なるほど、若い女 たちの透き影が見えます。褶めいた物を、申しわけ程度にひっかけて、仕える主人がいるようでございます。昨日、夕日がいっぱいに射し込んでい ました時に、手紙を書こうとして座っていました人の顔が、とてもようございました。憂えに沈んでいるような感じがして、側にいる女房たちも涙を隠 して泣いている様子などが、はっきりと見えました」  と申し上げる。君はにっこりなさって、「知りたいものだ」とお思いになった。  声望こそ重々しいはずのご身分であるが、ご年齢のほど、人が追従しお褒め申し上げている様子などを考えると、興味をお感じにならないのも、 風情がなくきっと物足りない気がするだろうが、人が承知しない身分でさえ、やはり、相当な人のことには、興味をそそられるものだから、と思って いる。  「もしや、拝見いたすこともありましょうかと、ちょっとした機会を作って、恋文などを出してみました。書きなれている筆跡で、素早く返事など寄こし ました。たいして悪くはない若い女房たちがいるようでございます」  と申し上げると、  「さらに近づけ。突き止めないでは、物足りない気がする」とおっしゃる。  あの、下層の最下層だと、人が見下した住まいであるが、その中にも、意外に結構なのを見つけたらばと、珍しくお思いになるのであった。   第二章 空蝉の物語  [第一段 空蝉の夫、伊予国から上京す]  ところで、あの空蝉のあきれるほど冷淡だったのを、世間一般の女性とは違ってお思いになると、素直であったならば、気の毒な過ちをしたと思っ てやめられようが、まことに悔しく、振られて終わってしまいそうなのが、気にならない時がない。このような並々の女性までは、お思いにならなかっ たのだが、先日の「雨夜の品定め」の後は、興味をお持ちになった階層階層があることによって、ますます残る隈なくご関心をお持ちになった方の ようであるよ。  疑いもせずにお待ち申しているらしいもう一人の女を、いじらしいとお思いにならないわけではないが、何くわぬ顔で聞いていたろうことが恥ずかし いので、「まずは、この女の気持ちを見定めてから」とお思いになっているうちに、伊予介が上京した。  まっさきに急いで参上した。船路のせいで、少し黒く日焼けしている旅姿は、とても野暮くさくて気に入らない。けれど、人品も相当な血筋で、容 貌などは年はとっているが、小綺麗で、人並優れて品格や趣向などがそなわっているのであった。  任国の話などを申す時に、「湯桁はいくつ」と、お尋ねしたくお思いになるが、わけもなく正視できなくて、お心の中に思い出されることもさまざまで ある。  「実直な年配者を、このように思うのも、いかにも馬鹿らしく後ろ暗いことであるよ。いかにも、これが、尋常ならざる不埒なことだった」と、左馬頭 の忠告をお思い出しになって、気の毒なので、「冷淡な気持ちは憎いが、夫のためには、立派だ」とお考え直しになる。  「娘を適当な人に縁づけて、北の方を連れて下るつもりだ」と、お聞きになると、あれやこれやと気持ちが落ち着かなくて、「もう一度逢えないもの か」と、小君に相談なさるが、相手が同意したようなことでさえ、軽々とお忍びになるのは難しいのに、まして、不釣り合いな関係と思って、今さら見 苦しかろうと、思い絶っている。  そうは言っても、すっかりお忘れになられることも、まことにつまらなく、嫌にちがいないことと思って、適当な折々のお返事など、親しく度々差し上 げては、何気ない書きぶりに詠み込まれた返歌は、不思議とかわいらしげに、お目に止まるようなことを書き加えなどして、恋しく思わずにはいられ ない人の様子なので、冷淡で癪な女と思うものの、忘れがたい人とお思いになっている。  もう一人は、夫がしっかりできても、変わらず心を許しそうに見えたのを当てにして、いろいろとお聞きになるが、お心も動かさないのであった。   第三章 六条の貴婦人の物語 初秋の物語  [第一段 霧深き朝帰りの物語]  秋にもなった。誰のせいからでもなく、自ら求めて物思いに心を尽くされることどもがあって、大殿には、と絶えがちなので、恨めしくばかりお思い 申し上げていらっしゃった。  六条辺りの御方にも、気の置けたころのご様子をお靡かせ申し上げてから後は、うって変わって、通り一遍な扱いのようなのは、お気の毒であ る。けれど、他人でいたころのご執心のように、無理無体なことがないのも、どうしたことかと思われた。  女は、たいそう何事も度を越すほど、お思い詰めなさるご性格なので、年齢も釣り合わず、人が漏れ聞いたら、ますますこのような辛い訪れない 夜な夜なの寝覚めを、お悩み悲しまれることが、とてもあれこれと多いのである。  霧の大層深い朝、ひどく急かされなさって、眠そうな様子で、溜息をつきながらお出になるのを、中将のおもとが、御格子を一間上げて、お見送り なさいませ、という心遣いらしく、御几帳を引き開けたので、御頭をもち上げて御覧になった。  前栽が色とりどりに咲き乱れているのを、行き過ぎにくそうにためらっていらっしゃる姿が、なるほど二人といない。廊の方へいらっしゃる時に、中 将の君が、お供申し上げる。紫苑色で、季節に適った羅の裳、くっきりと結んだ腰つきは、物柔らかで優美である。  見返りなさって、隅の間の高欄に、少しの間、お座らせなさった。きちんとした態度、黒髪のかかり具合、見事な、と御覧になる。  「咲いている花に心を移したという風評は憚られますが   やはり手折らずには行き過ごしがたい今朝の朝顔の花です  どうしよう」  と言って、手を捉えなさると、まことに馴れたふうに素早く、  「朝霧の晴れる間も待たないでお帰りになるご様子なので  朝顔の花に心を止めていないものと思われます」  と、主人のことにしてお返事申し上げる。  かわいらしい童女で、姿が目安く、格別の格好をしている、指貫の裾を、露っぽく濡らし、花の中に入り混じって、朝顔を手折って差し上げるところ など、絵に描きたいほどである。  通り一遍に、ちょっと拝見する人でさえ、心を止め申さない者はない。物の情趣を解さない山賎も、花の下では、やはり休息したいものなのであろ うか、このお美しさを拝する人々は、身分身分に応じて、自分のかわいいと思う娘を、ご奉公に差し上げたいと願い、あるいは、恥ずかしくないと思 う姉妹などを持っている人は、下仕えであっても、やはり、このお方の側にご奉公させたいと、思わない者はいなかった。  まして、何かの折のお言葉でも、優しいお姿を拝する人で、少し物の情趣を解せる人は、どうしていい加減にお思い申し上げよう。一日中くつろい だご様子でおいでにならないのを、物足りないことと思うようである。   第四章 夕顔の物語(2) 仲秋の物語  [第一段 源氏、夕顔の宿に忍び通う]  それはそうと、あの惟光の管理人の偵察は、とても詳しく事情を探ってご報告する。  「誰であるかは、まったく分かりません。世間にひどく隠れ潜んでいる様子に見えますが、暇にまかせて、南の半蔀のある長屋に移って来ては、 牛車の音がすると、若い女房たちが覗き見などをするようですが、この主人と思われる女も、来る時があるようでございまして。容貌は、ぼんやりと ではありますが、とてもかわいらしげでございます。  先日、先払いをして通る牛車がございましたのを、覗き見て、女童が急いで、『右近の君さま、早く御覧なさい。中将殿が、ここをお通り過ぎになっ てしまいます』と言うと、他に、見苦しくない女房が出て来て、『静かに』と手で制しながらも、『どうしてそうと分かりますか。どれ、見てみよう』と言っ て、渡って来ます。打橋のようなものを通路にして、行き来するのでございます。急いで来た者は、衣の裾を何かに引っ掛けて、よろよろと倒れて、 橋から落ちてしまいそうになったので、『まあ、この葛城の神は、危なっかしく拵えたこと』と、文句を言って、覗き見の興味も冷めてしまったようでし た。『君は、直衣姿で、御随身どももいました。あの人は誰、この人は誰』と数えたのは、頭中将の随身や、その小舎人童を、証拠に言っておりまし た」などと申し上げると、  「確かにその車を見たのならよかったのに」  とおっしゃって、「もしや、あの愛しく忘れ難かった女であろうか」と、思いつかれるにつけても、とても知りたげなご様子を見て、  「わたしの懸想も首尾よく致して、様子もすっかり存じておりながら、ただ、同じ同輩どうしと思わせて、話しかけてくる若い近習がございますの で、空とぼけたふりして、隠れて通っています。とてもうまく隠していると思って、小さい子供などのございますのが、言い間違いそうになるのも、ご まかして、別に主人のいない様子を無理に装っています」などと、話して笑う。  「尼君のお見舞いに伺った折に、垣間見させよ」とおっしゃるのであった。  一時的にせよ、住んでいる家の程度を思うと、「これこそ、あの左馬頭が判定して、貶んだ下の品であろう。その中に予想外におもしろい事があっ たら」などと、お思いになるのであった。  惟光は、どんな些細なことでもお心に違うまいと思うが、自分も抜けめない好色人なので、大変に策を労しあちこち段取りをつけ、しゃにむにお通 わし始めたのであった。この辺の事情は、こまごまと煩わしくなるので、例によって省略した。  女を、はっきり誰とお確かめになれないので、ご自分も名乗りをなさらず、ひどくむやみに粗末な身なりをなさっては、いつもと違って直接に身を入 れてお通いになるのは、並々ならぬご執心なのであろう、と考えると、自分の馬を差し上げて、お供して走りまわる。  「懸想人のひどく人げない徒ち歩き姿を、見つけられましては、辛いものですね」とこぼすが、他人に知らせなさらないこととして、あの夕顔の案内 をした随身だけ、その他には、顔をまったく知られてないはずの童一人だけを、連れていらっしゃるのであった。「万一思い当たる気配もあろうか」と 慮って、隣に中休みをさえなさらない。  女も、とても不審に合点がゆかない気ばかりして、お文使いに人を付けたり、払暁の道を尾行させ、お住まいを現すだろうと追跡するが、どこと分 からなく晦まし晦ましして、そうは言っても、かわいく逢わないではいられず、この女がお心に掛かっているので、不都合で軽々しい行為だと、反省 しては困り困り、とても頻繁にお通いになる。  このような方面では、実直な人の乱れる時もあるが、とても見苦しくなく自重なさって、人が非難申し上げるような振る舞いはなさらなかったが、 不思議なまでに、今朝の間、昼間の逢わないでいる間も、逢いたくなど、お思い悩みになるので、他方では、ひどく気違いじみており、それほど熱 中するに相応しいことではない、と、つとめて熱をお冷ましになるが、女の感じは、とても驚くほど従順でおっとりとして、物事に思慮深く慎重な方面 は劣って、一途に子供っぽいようでいながら、男女の仲を知らないでもない。たいして高い身分ではあるまい、どこにひどくこうまで心惹かれるのだ ろう、と繰り返しお思いになる。  とてもわざとらしくして、ご装束も粗末な狩衣をお召しになり、姿を変え、顔も少しもお見せにならず、深夜ごろに、人の寝静まるのを待ってお出入 りなどなさるので、昔あったという変化のものじみて、気味悪く嘆息されるが、男性のご様子、そうは言うものの、手触りでも分かることができたの で、「いったい、どなたであろうか。やはりこの好色人が手引きして始まったことらしい」と、大夫を疑ってみるが、つとめて何くわぬ顔を装って、まっ たく知らない様子に、せっせと色恋に励んでいるので、どのようなことかとわけが分からず、女の方も不思議な変わった物思いをするのであった。  [第二段 八月十五夜の逢瀬]  君も、「このように無心に油断させて隠れてしまったなら、どこを目当てにしてか、わたしも尋ねられよう。仮の宿と、また一方では思われるので、 どこともどことも、移って行くような日を、いつとも分からないだろう」とお思いになると、後を追い見失って、どうでもよく諦めがつくものなら、ただこの ような遊び事で終わっても済まされようが、まったくそうして過そう、とはお思いになれない。人目をお憚りになって、お途絶えになる夜な夜ななど は、とても我慢ができず、苦しいまでにお思いになるので、「やはり、誰と知らせずに二条院に迎えてしまおう。もし世間に評判になって不都合なこ とであっても、そうなるはずの運命なのだ。我ながら、ひどくこう女に惹かれることはなかったのに、どのような宿縁であったのだろうか」などお思い よりになる。  「さあ、とても気楽な所で、のんびりとお話しよう」  などと、お誘いになると、  「やはり、変ですわ。そうおっしゃいますが、普通とは違ったお持てなしなので、何となく空恐ろしい気がしますわ」  と、とても子供っぽく言うので、「なるほど」と、思わずにっこりなさって、  「なるほど、どちらが狐でしょうかね。ただ、化かされなさいな」  と、優しそうにおっしゃると、女もすっかりその気になって、そうであってもいいと思っている。「世間に例のない、おかしなことであっても、一途に従 順な心は、実にかわいい女だ」と、お思いになると、やはり、あの頭中将の「常夏」かと疑われて、話した性質を、まっさきにお思い出されなさった が、「隠すような事情が」と、むやみにお聞き出しなさらない。  表情に現して、不意に逃げ隠れするような性質などはないので、「離れ離れに、絶え間を置いたような折には、そのように気を変えることもあろう が、女のほうから、少し浮気することがあったほうが愛情も増さるであろう」とまで、お思いになった。  八月十五日夜、満月の光が、隙間の多い板葺きの家に、すっかり射し込んで来て、ご経験のない住居の様子も珍しいうちに、払暁近くなったの であろう、隣の家々からの、賎しい下男の声々が、目を覚まして、  「ああ、ひどく寒いなあ」  「今年は、商売も当てになる所も少なく、田舎への行き来も望めないから、ひどく心細いなあ。北隣さん、お聞きなさるか」  などと言い交わしているのも聞こえる。  まことにほそぼそとした各自の生計のために起き出して、ざわめいているのも間近なのを、女はとても恥ずかしく思っている。  優美に風流めかすような人は、消え入りたいほどの住居の様子のようである。けれでも、のんびりと、辛いことも嫌なことも気恥ずかしいことも、気 にかける様子でなく、自身の態度や様子は、とても上品でおっとりして、またとないくらい下品な隣のぶしつけさを、どのようなこととも知っている様 子でないので、かえって恥ずかしがり赤くなるよりは罪がないように思われるのであった。  ごろごろと、鳴る雷よりも騒がしく、踏み轟かす唐臼の音も、枕上かと聞こえる。「ああ、やかましい」と、これには閉口されなさる。何の轟音ともお 分りにならず、とても不思議で、耳障りな音だとばかりお聞きになる。ごたごたしたことばかり多かった。  白妙の衣を打つ砧の音も、かすかにあちらこちらからと聞こえて来、空飛ぶ雁の声も、一緒になって、堪えきれない情趣が多い。端近いご座所だ ったので、遣戸を引き開けて、一緒に外を御覧になる。広くもない庭に、しゃれた呉竹や、前栽の露は、やはりこのような所も同じように光ってい た。虫の声々が入り乱れ、壁の内側のこおろぎでさえ、時たまお聞きになっているお耳に、じかに押し付けたように鳴き乱れているのを、かえって 違った感じにお思いなさるのも、お気持ちの深さゆえに、すべての欠点が許されるのであろうよ。  白い袷、薄紫色の柔らかい衣を重ね着て、地味な姿態は、とてもかわいらしげに心惹かれる感じがして、どこそこと取り立てて優れた所はない が、か細くしなやかな感じがして、何かちょっと言った感じは、「ああ、いじらしい」と、ただもうかわいく思われる。気取ったところをもう少し加えたら と、御覧になりながら、なおもくつろいで逢いたく思われなさるので、  「さあ、ちょっとこの辺の近い所で、気楽に過ごそう。こうしてばかりいては、とても辛いなあ」とおっしゃると、  「とてもそんな。急でしょう」  と、とてもおっとりと言って座っている。この世だけでない約束などまで信頼なさっているので、気を許す心根などが、不思議に普通と違って、世慣 れた女とも思われないので、人の思惑も慮ることもおできになれず、右近を召し出して、随身を呼ばせなさって、お車を引き入れさせなさる。この家 の女房たちも、このようなお気持ちが並大抵でないのが分かるので、不安に思いながらもお頼り申し上げていた。  明け方も近くなったのであった。鶏の声などは聞こえないで、御嶽精進であろうか、ただ老人めいた声で礼拝するのが聞こえる。立ったり座ったり の様子、難儀そうに勤行する。たいそうしみじみと、「朝の露と違わないこの世を、何を欲張りわが身の利益を祈るのだろうか」と、お聞きになる。 「南無当来導師」と言って、拝んでいるようだ。  「あれを、お聞きなさい。この世だけとは思っていないのだね」と、哀れがりなさって、  「優婆塞が勤行しているのを道しるべにして   来世にも深い約束に背かないで下さい」  長生殿の昔の例は縁起が悪いので、翼を交そうとは言わずに、弥勒の世を約束なさる。来世までのお約束は、まことに大げさである。  「前世の宿縁の拙さが身につまされるので   来世まではとても頼りかねます」  このような返歌のし方なども、そうは言うものの、心細いようである。  [第三段 なにがしの院に移る]  ためらっている月のように、出し抜けに行く先も分からず出かけることを、女は躊躇し、いろいろと説得なさるうちに、急に雲に隠れて、明け行く空 は実に美しい。体裁の悪くなる前にと、いつものように急いでお出になって、軽々とお乗せになったので、右近が乗った。  その辺りに近い某院にお着きあそばして、管理人をお呼び出しになる間、荒れた門の忍草が生い茂っていて見上げられるが、譬えようなく木暗 い。霧も深く、露っぽいところに、簾までを上げていらっしゃるので、お袖もひどく濡れてしまった。  「まだこのようなことを経験しなかったが、いろいろと気をもむことであるなあ。   昔の人もこのように恋の道に迷ったのだろうか   わたしには経験したことのない明け方の道だ  ご経験ありますか」  とおっしゃる。女は、恥らって、  「山の端をどこと知らないで随って行く月は   途中で光が消えてしまうのではないでしょうか  心細くて」  と言って、何となく怖がって気味悪そうに思っているので、「あの建て込んでがいる小家に慣れているからだろう」と、おもしろくお思いになる。  お車を入れさせて、西の対にご座所など準備する間、高欄にお車を掛けて立てていらっしゃる。右近は、優美な心地がして、過去のことなども、 一人思い出すのであった。管理人が一生懸命奔走している様子から、このご様子をすっかり知った。  ほのかに物が見えるころに、お下りになったようである。仮設えだが、こざっぱりと設けてある。  「お供に誰もおりませんなあ。ご不便なことよ」と言って、親しい下家司で、殿にも仕えている者だったので、参り寄って、「適当な人を、お呼びいた すべきではありませんか」などと、申し上げさせるが、  「特に人の来ないような隠れ家を求めたのだ。絶対に他には言うな」と口封じさせなさる。  お粥などを準備して差し上げるが、取り次ぐお給仕が揃わない。まだ経験のないご外泊に、「息長川」とお約束なさるより以外何もない。  日が高くなったころにお起きになって、格子を自らお上げになる。とてもひどく荒れて、人影もなく、はるばると見渡されて、木立がとても気味悪く 鬱蒼と古びている。近くの草木などは、格別見所もなく、すっかり秋の野原となって、池も水草に埋もれているので、まことに恐ろしくなってしまった 所であるよ。別納の方に、部屋などを設えて、人が住んでいるようだが、こちらは離れている。  「恐ろしい所になってしまった所だね。いくら何でも、鬼などもわたしを見逃すだろう」とおっしゃる。  お顔は依然として隠していらっしゃるが、女がとても辛いと思っているので、「なるほど、これ程深い仲になって隠しているようなのも、不自然なこ とだ」とお思いになって、  「夕露に花開いて顔をお見せするのは   道で会った縁からでしょうか  露の光はどうですか」  とおっしゃると、流し目に見やって、  「光輝いていると見ました夕顔の上露は   たそがれ時の見間違いでした」  とかすかに言う。おもしろいとお思いになる。なるほど、うちとけていらっしゃるご様子は、またとなく、場所が場所ゆえ、いっそう不吉なまでにお美 しくお見えになる。  「いつまでも隠していらっしゃる辛さに、顕すまいと思っていたが、せめて今からでもお名乗り下さい。とても気味が悪い」  とおっしゃるが、「海人の子なので」と言って、依然としてうちとけない態度は、とても甘え過ぎている。  「それでは、これも『われから』のようだ」と、怨みまた一方では語り合いながら、一日お過ごしになる。  惟光が、お探し申して、お菓子などを差し上げさせる。右近が文句言うことは、やはり気の毒なので、お側に伺候させることもできない。「こんなに までご執心でいられるのは、魅力的で、きっとそうに違いない様子なのだろう」と推量するにつけても、「自分がうまく言い寄ろうと思えばできたの を、お譲り申して、寛大なことよ」などと、失敬なことを考えている。  譬えようもなく静かな夕方の空をお眺めになって、奥の方は暗く何となく気味が悪いと、女は思っているので、端の簾を上げて、添い臥していらっ しゃる。夕映えのお顔を互いに見交わして、女も、このような出来事を、意外に不思議な気持ちがする一方で、すべての嘆きを忘れて、少しずつ打 ち解けていく様子は、実にかわいい。ぴったりとお側に一日中添ったままで、何かをとても怖がっている様子は、子供っぽくいじらしい。格子を早くお 下ろしになって、大殿油を点灯させて、「すっかり深い仲となったご様子でいて、依然として心の中に隠し事をなさっているのが辛い」と、お恨みにな る。  「主上には、どんなにかお探しあそばしていらっしゃろうか。どこを探していようか」と、思いをおはせになって、また一方では、「不思議な心だ。六 条辺りでも、どんなにお思い悩んでいらっしゃることだろう。怨まれることも、辛いことだし、もっともなことだ」と、困ったことだと思われる人としては、 まっさきにお思い出し申し上げなさる。無心に向かい合って座っているのを、かわいいとお思いになるにつれて、「あまり思慮深く、対座する者まで が息が詰るようなご様子を、少し取り除きたいものだ」と、ついご比較されるのであった。  [第四段 夜半、もののけ現われる]  宵を過ぎるころ、少し寝入りなさった時に、おん枕上に、とても美しそうな女が座って、  「わたしがとても素晴らしい方とお慕い申し上げている人は、お訪ねもなさらず、このような、特に優れたところもない女を連れていらっしゃって、お かわいがりになさるのは、まことに癪にさわり辛い」  と言って、お側にいる人を掻き起こそうとする、と御覧になる。  魔物に襲われる気持ちがして、目をお覚ましになると、火も消えていたのであった。気持ち悪くお思いになるので、太刀を引き抜いて、そっとお置 きになって、右近をお起こしになる。この人も怖がっている様子で、参り寄った。  「渡殿にいる宿直人を起こして、『紙燭をつけて参れ』と言いなさい」とおっしゃると、  「どうして行けましょうか。暗くて」と言うので、  「ああ、子供みたいな」と、ちょっとお笑いになって、手をお叩きになると、こだまが応える音、まことに気味が悪い。誰も聞こえないで参上しない間 に、この女君は、ひどくふるえ脅えて、どうしてよいか分からなく思っている。汗もびっしょりになって、正気を失った様子である。  「むやみにお怖がりあそばすご性質ですから、どんなにかお怖がりのことでしょうか」と、右近も申し上げる。「ほんとうにか弱くて、昼も空ばかり見 ていたものだが、気の毒に」とお思いになって、  「わたしが、誰か起こそう。手を叩くと、こだまが応える。まことにうるさい。ここに、もっと近く」  と言って、右近を引き寄せなさって、西の妻戸に出て、戸を押し開けなさると、渡殿の火も消えていたのであった。  風が少し吹いているうえに、人気も少なくて、仕えている者は皆寝ていた。この院の管理人の子供で、親しくお使いになる若い男、それから殿上 童一人と、いつもの随身だけがいるのであった。お呼び寄せになると、お返事して起きたので、  「紙燭を点けて参れ。『随身も、弦打ちをして、絶えず音を立てていよ』と命じよ。人気のない所に、気を許して寝ている者があるか。惟光朝臣が来 ていたようなのは」と、お尋ねあそばすと、  「控えていましたが、ご命令もない。早暁にお迎えに参上すべき旨申して、帰ってしまいました」と申し上げる。この、こう申す者は滝口の武士で あったので、弓弦をまことに手馴れた様子に打ち鳴らして、「火の用心」と言いながら、管理人の部屋の方角へ行ったようだ。内裏をお思いやりにな って、「名対面は過ぎたろう、滝口の宿直奏しは、ちょうど今ごろか」とご推量になるのは、まだ、さほど夜も更けていないのでは。  戻って入って、お確かめになると、女君はそのままに臥していて、右近は傍らにうつ伏していた。  「これはどうした。何と、気違いじみた怖がりようだ。荒れた所には、狐などのようなものが、人を脅かそうとして、何となく怖がらせるのだろう。わ たしがいれば、そのようなものからは脅されない」と言って、引き起こしなさる。  「とても気味悪くて、取り乱している気分も悪うございますので、うつ伏しているのでございますよ。ご主人さまこそ、ひどく怖がっていらっしゃるで しょう」と言うので、  「そうだ。どうしてこんなに」と言って、探って御覧になると、息もしていない。揺すって御覧になるが、なよなよとして正体もない様子なので、「ほん とうにひどく子供じみた人なので、魔性のものに魅入られてしまったらしい」と、なすべき方法もない気がなさる。  紙燭を持って参った。右近も動ける状態でないので、近くの御几帳を引き寄せて、  「もっと近くに持って参れ」  とおっしゃる。いつもと違ったことなので、御前近くに参上できず、ためらっていて、長押にも上がれない。  「もっと近く持って来なさい。場所によるぞ」  と言って、召し寄せて御覧になると、ちょうどこの枕上に、夢に現れた姿をした女が、幻影のように現れて、ふっと消え失せた。  「昔物語などに、このようなことは聞くけれど」と、まことに珍しく気味悪いが、まず、「この女はどのようになったのか」とお思いになる不安に、わが 身の上の危険もお顧みにならず、添い臥して、「もし、もし」と、お起こしになるが、すっかりもう冷たくなっていて、息はとっくにこと切れてしまってい たのであった。どうすることもできない。頼りになる、どうしたらよいかとご相談できるような人もいない。法師などは、このような時の頼みになる人と はお思いになるが。それほどお強がりになるが、お若い考えで、空しく死んでしまったのを御覧になると、どうしようもなくて、ひしと抱いて、  「おまえさま、生き返っておくれ。とても悲しい目に遭わさないでおくれ」  とおっしゃるが、冷たくなっていたので、感じも気味悪くなって行く。  右近は、ただ「ああ、気味悪い」と思っていた気持ちもすっかり冷めて、泣いて取り乱す様子はまことに大変である。  南殿の鬼が、某大臣を脅かした例をお思い出しになって、気強く、  「いくら何でも、死にはなさるまい。夜の声は大げさだ。静かに」  とお諌めになって、まったく突然の事なので、茫然とした気持ちでいらっしゃる。  管理人の子供を呼んで、  「ここに、まことに不思議に、魔性のものに魅入られた人が苦しそうなので、今すぐに、惟光朝臣の泊まっている家に行って、急いで参上するよう に言え、と命じなさい。某阿闍梨が、そこに居合わせていたら、ここに来るよう、こっそりと言いなさい。あの尼君などが聞こうから、大げさに言うな。 このような忍び歩きは許さない人だ」  などと、用件をおっしゃるようだが、胸が一杯で、この人を死なせてしまったらどうしようかと、たまらなくお思いになるのに加えて、辺りの不気味さ は、譬えようもない。  夜中も過ぎたのだろうよ、風がやや荒々しく吹いているのは。まして、松風の響きが、木深く聞こえて、異様な鳥がしわがれ声で鳴いているのも、 「梟」と言う鳥はこのことかと思われる。あれこれと考え廻らすに、あちらこちらと、何となく遠く気味悪いうえに、人声はしない。「どうして、このような 心細い外泊をしたのだろう」と、後悔してもしようがない。  右近は、何も考えられず、君にぴったりと寄り添い申して、震え死にそうである。「また、この人もどうなるだろう」と、気も上の空で掴まえていらっ しゃる。自分一人しっかりした人で、途方に暮れていらっしゃるのであったよ。  灯火は微かにちらちらとして、母屋の境に立ててある屏風の上が、あちらこちらと陰って見えなさるうえに、魔性の物の足音が、ひしひしと踏み鳴 らしながら、後方から近寄って来る気がする。「惟光よ、早く来て欲しい」とお思いになる。居場所が定まらぬ者なので、あちこち探したうちに、夜の 明けるまでの待ち遠しさは、千夜を過すような気がなさる。  ようやくのことで、鶏の声が遠くで聞こえるにつけ、「危険を冒して、何の因縁で、このような辛い目に遭うのだあろう。我ながら、このようなことで、 大それたあってはならない恋心の報復として、このような、後にも先にも語り草となってしまいそうなことが起こったのだろう。隠していても、実際に 起こった事は隠しきれず、主上のお耳に入るだろうことを始めとして、世人が推量し噂するだろうことは、良くない京童べの噂になりそうだ。あげくの はて、馬鹿者の評判を立てられるにちがいない」と、思案される。  [第五段 源氏、二条院に帰る]  ようやくのことで、惟光朝臣が参上した。夜中、早朝の区別なく、御意のままに従う者が、今夜に限って控えていなくて、お呼び出しにまで遅れて 参ったのを、憎らしいとお思いになるものの、呼び入れて、おっしゃろうとする内容が情けないので、すぐには何もおっしゃれない。右近は、大夫の 様子を聞くと、初めからのことが、つい思い出されて泣くが、君も我慢なされず、自分一人気丈夫に抱いていらっしゃったが、この人を見てほっとな さって、悲しい気持ちにおなりになるのであったが、しばらくは、まことに大変にとめどもなくお泣きになる。  やっと気持ちを落ち着けて、「ここで、まことに奇妙な事件が起こったが、驚くと言っても言いようのないほどだ。このような危急のことには、誦経な どをすると言うので、その手配をさせよう。願文なども立てさせようと思って、阿闍梨に来るようにと、言ってやったのは」  とおっしゃると、  「昨日、帰山してしまいました。それにしても、まことに奇妙なことでございますね。以前から、常とは違ってご気分のすぐれないことでもございま したのでしょうか」  「そのようなこともなかった」と言って、お泣きになる様子、とても優美でいたわしく、拝見する人もほんとうに悲しくて、自分も声を上げて泣いた。  何と言っても、年もとり、世の中のあれやこれやと、経験を積んだ人は、非常の時には頼もしいのであるが、どちらもどちらも若者同士で、どうしよ うもないが、  「この院の管理人などに聞かせることは、まことに不都合でしょう。この管理人一人は親密であっても、自然と口をすべらしてしまう身内も中には いることでしょう。まずは、この院をお出なさいましね」と言う。  「ところで、ここより人少なな所がどうしてあろうか」とおっしゃる。  「なるほど、そうでございましょう。あの元の家は、女房などが、悲しみに耐えられず、泣き取り乱すでしょうし、隣家が多く、見咎める住人も多くご ざいましょうから、自然と噂が立ちましょうが、山寺は、何と言ってもこのようなことも、自然ありがちで、目立たないことでございましょう」と、思案し て、「昔、存じておりました女房が、尼になって住んでおります東山の辺に、お移し申し上げましょう。惟光めの父朝臣の乳母でございました者が、 年老いて住んでいるのです。周囲は、人が多いようでございますが、とても閑静でございます」  と申し上げて、夜が明けて騒がしくなるころの騒がしさに紛れて、お車を寄せる。  この女をお抱きになることができそうにないので、上筵に包んで、惟光がお乗せ申す。とても小柄で、気味悪くもなく、かわいらしげである。しっか りとも包んでないので、髪はこぼれ出ているのも、目の前が真っ暗になって、何とも悲しい、とお思いになると、最後の様子を見届けたい、とお思い になるが、  「早く、お馬で、二条院へお帰りあそばしますよう。人騒がしくなりませぬうちに」  と言って、右近を添えて乗せると、徒歩で、君に馬はお譲り申して、裾を括り上げなどをして、かつ一方では、とても変で、奇妙な野辺送りだが、 お悲しみの深いことを拝見すると、自分のことは考えずに行くが、君は何もお考えになれず、茫然自失の態で、お帰りになった。  女房たちは、「どこから、お帰りあそばしましたか。気分が悪そうにお見えあそばします」などと言うが、御帳の内側にお入りになって、胸を押さえ て思うと、まことに悲しいので、「どうして、一緒に乗って行かなかったのだろう。もし生き返った場合、どのような気がするだろう。見捨てて行ってし まったと、辛く思うであろうか」と、気が動転しているうちにも、お思いやると、お胸のせき上げてくる気がなさる。お頭も痛く、身体も熱っぽい感じが して、とても苦しく、どうしてよいやら分からない気がなさるので、「こう元気がなくて、自分も死んでしまうのかも知れない」とお思いになる。  日は高くなるが、起き上がりなさらないので、女房たちは不思議に思って、お粥などをお勧め申し上げるが、気分が悪くて、とても気弱くお思いに なっているところに、内裏からお使者が来る。昨日、お探し申し上げられなかったことで、御心配あそばしていらっしゃる。大殿の公達が参上なさる が、頭中将だけを、「立ったままで、ここにお入り下さい」とおっしゃって、御簾の内側のままでお話しなさる。  「乳母でございます者が、この五月のころから、重く患っておりました者が、髪を切り、受戒などをして、その甲斐があってか、生き返っていました が、最近、再発して、弱くなっていますのが、「今一度、見舞ってくれ」と申していたので。幼いころから馴染んだ人が、今はの際に、辛いと思うだろ うと、存じて参っていたところ、その家にいた下人で、病気していたのが、急に暇をとる間もなく亡くなってしまったのを、恐れ慎んで、日が暮れてか ら運び出したのを、聞きつけたので。神事のあるころで、まことに不都合なこと、と存じ謹慎して、参内できないのです。この早朝から、風邪でしょう か、頭がとても痛くて苦しうございますので、大変失礼したまま申し上げます次第」  などとおっしゃる。中将は、  「それでは、そのような旨を奏上しましょう。昨夜も、管弦の御遊の折に、畏れ多くもお探し申しあそばされて。御機嫌悪うございました」と申し上 げなさって、また引き返して、「どのような穢れに遭遇あそばしたのですか。ご説明あそばされたことは、本当とは存じられません」  と言うので、胸がどきりとなさって、  「このように、詳しくではなく、ただ、意外な穢れに触れた由を、奏上なさって下さい。まったく不都合なことでございます」  と、さりげなくおっしゃるが、心中は、どうしようもなく悲しい事とお思いになるにつけ、ご気分もすぐれないので、誰ともお顔を合わせなさらない。蔵 人の弁を呼び寄せて、きまじめにその旨を奏上させなさる。大殿などにも、これこれの事情があって、参上できないお手紙などを差し上げなさる。  [第六段 十七日夜、夕顔の葬送]  日が暮れて、惟光が参上した。これこれの穢れがあるとおっしゃって、お見舞いの人々も、皆立ったままで帰るので、人目は多くない。呼び寄せ て、  「どうであったか。臨終と見届けたか」  とおっしゃると同時に、袖をお顔に押し当ててお泣きになる。惟光も泣きながら、  「もはやご最期のようでいらっしゃいます。長々と一緒に籠っておりますのも不都合なので。明日、日柄がよろしうございますので、あれこれのこ と、大変に尊い老僧で、知っております者に、連絡をつけました」と申し上げる。  「付き添っていた女はどうしたか」とおっしゃると、  「その者も、同様に、生きられそうにございませんようです。自分も死にたいと取り乱しまして、今朝は谷に飛び込みそうになったのを拝見しまし た。『あの前に住んでいた家の人に知らせよう』と申しますが、『今しばらく、落ち着きなさい、と。事情をよく考えてからに』と、宥めておきました」  とご報告申すにつれて、とても悲しくお思いになって、  「わたしも、とても気分が悪くて、どうなってしまうのであろうかと思われる」とおっしゃる。  「何を、この上くよくよお考えあそばしますか。そうなる運命で、万事があったので、ございましょう。誰にも聞かせまいと存じますので、惟光めが 身を入れて、万事始末いたします」などと申す。  「そうだ。そのように何事も思ってはみるが、いい加減な遊び心から、人を死なせてしまった非難を受けねばならないのが、まことに辛いのだ。少 将命婦などにも聞かせるな。尼君はましてこのようなことなど、お叱りになるから、恥ずかしい気がしよう」と、口封じなさる。  「その他の法師たちなどにも、すべて、説明は別々にしてございます」  と申し上げるので、頼りになさっている。  かすかに事情を聞く女房など、「変だ、何事だろうか、穢れに触れた旨をおっしゃって、宮中へも参内なさらず、また、このようにひそひそと話して 嘆いていらっしゃる」と、ぼんやり不思議がる。  「重ねて無難に取り計らえ」と、葬式の作法をおっしゃるが、  「いやいや、大げさにする必要もございません」  と言って立つが、とても悲しく思わずにはいらっしゃれないので、  「きっと不都合なことと思うだろうが、今一度、あの死骸を見ないのが、とても心残りだから、馬で行ってみたい」  とおっしゃるのを、とても厄介な事だとは思うが、  「そのようにお思いになるならば、仕方ございません。早く、お出かけあそばして、夜が更けない前にお帰りあそばしませ」  と申し上げるので、最近のお忍び用にお作りになった、狩衣のご衣装に着替えなどしてお出かけになる。  お心はまっ暗闇で、大変に堪らないので、このような変な道に出て来たものの、危なかった懲り事で、どうしようかとお悩みになるが、やはり悲し みの晴らしようがなく、「現在の亡骸を見ないでは、再び来世で生前の姿を見られようか」と、悲しみを堪えなさって、いつものように惟光大夫、随身 とを連れてお出掛けになる。  道中、遠く感じられる。十七日の月がさし出て、河原の辺り、御前駆の松明も仄かであるし、鳥辺野の方角などを見やった時など、何となく気味 悪いのも、何ともお感じにならず、心乱れなさって、お着きになった。  周囲一帯までがぞっとする所なのに、板屋の隣に堂を建ててお勤めしている尼の家は、まことにもの寂しい。御燈明の光が、微かに隙間から見 える。その家には、女一人の泣く声ばかりして、外の方に、法師たち二、三人が話をしいしい、特に声を立てない念仏を唱えている。寺々の初夜 も、皆、お勤めが終わって、とても静かである。清水寺の方角は、光が多く見え、人の気配がたくさんあるのであった。この尼君の子である大徳が 尊い声で、経を読んでいるので、涙も涸れんばかりに思わずにはいらっしゃれない。  お入りになると、燈火を背けて、右近は屏風を隔てて臥していた。どんなに侘しく思っているだろう、と御覧になる。気味悪さも感じられず、とても かわいらしい様子をして、まだ少しも変わった所がない。手を握って、  「わたしに、もう一度、声だけでもお聞かせ下さい。どのような前世からの因縁があったのだろうか、少しの間に、心の限りを尽くして愛しいと思っ たのに、残して逝って、途方に暮れさせなさるのが、あまりのこと」  と、声も惜しまず、お泣きになること、際限がない。  大徳たちも、誰とは知らないが、子細があると思って、皆、涙を落とした。  右近に、「さあ、二条へ」とおっしゃるが、  「長年、幼うございました時から、片時もお離れ申さず、馴れ親しみ申し上げてきた人に、急にお別れ申して、どこに帰ったらよいのでございましょ う。どのようにおなりになったと、皆に申せましょう。悲しいことはさておいて、皆にとやかく言われましょうことが、辛いことで」と言って、泣き崩れ て、「煙と一緒になって、後をお慕い申し上げましょう」と言う。  「ごもっともだが、世の中はそのようなものである。別れというもので、悲しくないものはない。先立つのも残されるのも、同じく寿命で定まったもの である。気を取り直して、わたしを頼れ」と、お慰めになりながらも、「このように言う我が身こそが、生きながらえられそうにない気がする」  とおっしゃるのも、頼りない話である。  惟光、「夜は、明け方になってしまいましょう。早くお帰りあそばしませ」  と申し上げるので、振り返り振り返りばかりされて、胸も一杯のままお出になる。  道中とても露っぽいところに、更に大変な朝霧で、どこだか分からないような気がなさる。昨夜の姿のままに横たわっていた様子、互いにお掛け 合いになって寝たが、その自分の紅のご衣装が着せ掛けてあったことなど、どのような前世の因縁であったのかと、道すがらお思いになる。お馬に も、しっかりとお乗りになることができそうにないご様子なので、再び、惟光が介添えしてお帰りあそばさせるが、堤の辺りで、馬からすべり下りて、 ひどくご惑乱なさったので、  「こんな道端で、野垂れ死んでしまうのだろうか。まったく、帰り着けそうにない気がする」  とおっしゃるので、惟光も困惑して、「自分がしっかりしていたら、あのようにおっしゃっても、このような所にお連れ出し申し上げるべきではなかっ た」と反省すると、とても気が急くので、鴨川の水で手を洗い清めて、清水の観音をお拝み申しても、どうしようもなく途方に暮れる。  君も、無理に気を取り直して、心中に仏を拝みなさって、再び、あれこれ助けられなさって、二条院へお帰りになるのであった。  奇妙な深夜のお忍び歩きを、女房たちは、「みっともないこと。最近、いつもより落ち着きのないお忍び歩きが、うち続く中でも、昨日のご様子が、 とても苦しそうでしたが。どうしてこのように、ふらふらお出歩きなさるのでしょう」と、嘆き合っていた。  ほんとうに、お臥せりになったままに、とてもひどくお苦しみになって、二、三日にもなったので、すっかり衰弱のようでいらっしゃる。帝におかせら れても、お耳にあそばされ、嘆かれることはこの上ない。御祈祷を、方々の寺々にひっきりなしに大騒ぎする。祭り、祓い、修法など、数え上げたら きりがない。この世にまたとなく美しいご様子なので、長生きあそばされないのではないかと、国中の人々の騷ぎである。  苦しいご気分ながらも、あの右近を呼び寄せて、部屋などを近くにお与えになって、お仕えさせなさる。惟光は、気も転倒し慌てているが、気を落 ち着けて、この右近が主人を亡くして悲しんでいるのを、支え助けてやりながら仕えさせる。  君は、少し気分のよろしく思われる時は、呼び寄せて使ったりなどなさるので、まもなく馴染んだ。喪服は、とても黒いのを着て、器量など良くは ないが、どこといって欠点のない若い女である。  「不思議に短かったご宿縁に引かれて、わたしも生きていられないような気がする。長年の主人を亡って、心細く思っていましょう慰めにも、もし生 きながらえたら、いろいろと面倒を見たいと思ったが、まもなく自分も後を追ってしまいそうなのが、残念なことだ」  と、ひっそりとおっしゃって、弱々しくお泣きになるので、今さら言ってもしかたないことはさて措いても、「はなはだもったいないことだ」とお思い申 し上げる。  お邸の人々は、足も地に着かないほど慌てる。内裏から、御勅使が、雨脚よりも格段に頻繁にある。お嘆きあそばされていらっしゃるのをお聞き になると、まことに恐れ多くて、無理に気を強くお持ちになる。大殿邸でも一生懸命に世話をなさって、大臣が、毎日お越しになっては、さまざまな 加持祈祷をおさせなさる、その効果があってか、二十余日間、ひどく重く患っていらしゃったが、格別の余病もなく、回復された様子にお見えにな る。  穢れを忌んでいらした期間と重なって明けた夜なので、御心配あそばされていらっしゃるお気持ちが、どうにも恐れ多いので、宮中のご宿直所に 参内などなさる。大殿は、ご自分のお車でお迎え申し上げなさって、御物忌みや何やかやと、うるさくお慎みさせ申し上げなさる。ぼんやりとして、 別世界にでも生き返ったように、暫くの間はお感じになる。  [第七段 忌み明ける]  九月二十日のころに、病状がすっかりご回復なさって、とてもひどく面やつれしていらっしゃるが、かえって、たいそう優美で、物思いに沈みがち に、声を立ててお泣きばかりなさる。拝見して怪しむ女房もいて、「お物の怪がお憑きのようだわ」などと言う者もいる。  右近を呼び出して、のどかな夕暮に、お話などなさって、  「やはり、とても不思議だ。どうして誰とも知られまいと、お隠しになっていたのか。本当に賎しい人であっても、あれほど愛しているのを知らず、隠 していらっしゃったので、辛かった」 とおっしゃると、  「どうして、深くお隠し申し上げなさる必要がございましょう。いつの折にか、たいした名でもないお名前を申し上げなさることができましょう。初め から、不思議な思いもかけなかったご関係なので、『現実とは思えない』とおっしゃって、『お名前を隠していらしたのも、あなた様でしょう』と存じ上 げておられながら、『いい加減な遊び事として、お名前を隠していらっしゃるのだろう』と辛いことに、お思いになっていました」と申し上げるので、  「つまらない意地の張り合いであったな。自分は、そのように隠しておく気はなかった。ただ、このように人から許されない忍び歩きを、まだ経験な いことなのだ。主上が御注意あそばすことを始め、憚ることの多い身分で、ちょっと人に冗談を言うのも、窮屈なで、大げさに取りなし厄介な身であ るが、ふとした夕方の事から、妙に心に掛かって、無理算段してお通い申したのも、このような運命がおありだったのだろうと思うと、気の毒で。ま た反対に、恨めしく思われる。こう長くはない宿縁であったれば、どうして、あれほど心底から愛しく思われなさったのだろう。もう少し詳しく話せ。今 はもう、何を隠す必要があろう。七日毎に仏画を描かせても、誰のためと、心中にも祈ろうか」とおっしゃると、  「どうして、お隠し申し上げましょう。ご自身、お隠し続けていらしたことを、お亡くなりになった後に、口軽く言い洩らしては、と存じおりますばかり です。  ご両親は、早くお亡くなりになりました。三位中将と申しました。とてもおかわいがり申し上げられていましたが、ご自分の出世の思うにまかせぬ のをお嘆きのようでしたが、お命までままならず亡くなってしまわれた後、ふとした縁で、頭中将が、まだ少将でいらした時に、お通い申し上げあそ ばすようになって、三年ほどの間は、ご誠意をもってお通いになりましたが、去年の秋ごろ、あの右大臣家から、とても恐ろしい事を言って寄こした ので、ものをむやみに怖がるご性質ゆえに、どうしてよいか分からなくお怖がりになって、西の京に、御乳母が住んでおります所に、こっそりとお隠 れなさいました。そこもとてもむさ苦しい所ゆえ、お住みになりにくくて、山里に移ってしまおうと、お思いになっていたところ、今年からは方塞がりの 方角でございましたので、違う方角へと思って、賎しい家においでになっていたところを、お見つけ申されてしまった事と、お嘆きのようでした。世間 の人と違って、引っ込み思案をなさって、他人に物思いしている様子を見せるのを、恥ずかしいこととお思いなさって、さりげないふうを装って、お目 にかかっていらっしゃるようでございました」  と、話し出すと、「そうであったのか」と、お思い合わせになって、ますます不憫さが増した。  「幼い子を行く方知れずにしたと、中将が残念がっていたのは、その子か」とお尋ねになる。  「さようでございます。一昨年の春に、お生まれになりました。女の子で、とてもかわいらしくて」と申し上げる。  「ところで、どこに。誰にもそうとは知らせず、わたしに下さい。あっけなくて、悲しいと思っている人のお形見として、まことに嬉しいことだろう」とお っしゃる。「あの中将にも伝えるべきだが、言っても始まらない恨み言を言われるだろう。あれこれにつけて、お育てするに不都合はあるまいから。 その一緒にいる乳母などにも違ったふうに言い繕って、連れて来てくれ」 などとお話なさる。  「それならば、とても嬉しいことでございましょう。あの西の京でご成育なさるのは、不憫でございまして。これといった後見人もいないというので、 あちらに」などと申し上げる。  夕暮の静かなころに、空の様子はとてもしみじみと感じられ、お庭先の前栽は枯れ枯れになり、虫の音も鳴き弱りはてて、紅葉がだんだん色づい て行くところが、絵に描いたように美しいのを見渡して、思いがけず結構な宮仕えをすることになったと、あの夕顔の宿を思い出すのも恥ずかしい。 竹薮の中に家鳩という鳥が、太い声で鳴くのをお聞きになって、あの院でこの鳥が鳴いたのを、とても怖いと思っていた様子が、まぶたにかわいら しくお思い出されるので、  「年はいくつにおなりだったか。不思議に世間の人と違って、か弱くお見えであったのも、このように長生きできないからだったのだね」とおっしゃ る。  「十九におなりだったでしょうか。右近めは、亡くなった乳母があとに残して逝きましたので、三位の君様がおかわいがり下さって、お側離れずに お育て下さいましたのを、思い出しますと、どうして生きておられましょう。どうしてこう深く親しんだのだろうと、悔やまれて。気弱そうでいらっしゃい ました方のお気持ちを、頼むお方として、長年仕えてまいりましたこと」と申し上げる。  「頼りなげな人こそ、女はかわいらしいのだ。利口で我の強い人は、とても好きになれないものだ。自分自身がてきぱきとしっかりしていない性情 から、女はただ素直で、うっかりすると男に欺かれてしまいそうなのが、そのくせ引っ込み思案で、男の心にはついていくのが、愛しくて、自分の思 いのままに育てて一緒に暮らしたら、慕わしく思われることだろう」などと、おっしゃると、  「こちらのお好みには、きっとお似合いだったでしょうと、存じられますにつけても、残念なことでございますわ」と言って泣く。  空が少し曇って、風も冷たいので、とても感慨深く物思いに沈んで、  「恋しかった人が煙となり雲となってしまったと思って見ると   この夕方の空も親しく思われるよ」  と独り詠じられたが、ご返歌も申し上げられない。このように、生きていらしたならば、と思うにつけても、胸が一杯になる。耳障りであった砧の音 を、お思い出しになるのまでが、恋しくて、「正に長き夜」と口ずさんで、お臥せりになった。   第五章 空蝉の物語(2)  [第一段 紀伊守邸の女たちと和歌の贈答]  あの、伊予介の家の小君は、参上する折はあるが、特別に以前のような伝言もなさらないので、嫌なとお見限りになられたのを、つらいと思って いたところに、このようにご病気でいらっしゃるのを聞いて、やはり悲しい気がするのであった。遠く下るのなどが、何といっても心細い気がするの で、お忘れになってしまったかと、試しに、  「承りまして、案じておりますが、口に出しては、とても、  お尋ねできませんことをなぜかとお尋ね下さらずに月日が経ましたが  どんなにか思い悩んでいらっしゃいますことやら    『益田』とは本当のことで」  と申し上げた。珍しいので、この女へも愛情はお忘れにならない。  「生きてる甲斐がないとは、誰の言うことでしょうか。  空蝉の世は嫌なものと知ってしまったのに  またもあなたの言の葉に期待を掛けて生きていこうと思います  頼りないことよ」  と、お手も震えなさるので、乱れ書きなさっているのは、ますます美しそうである。今だに、あの脱ぎ衣をお忘れにならないのを、気の毒にもおもし ろくも思うのであった。  このように愛情がなくはなく、やりとりなさるが、身近にとは思ってもいないが、とはいえ、薄情な女だと思われてしまいたくない、と思うのであっ た。  あのもう一方は、蔵人少将を通わせていると、お聞きになる。「おかしなことだ。どう思っているだろう」と、少将の気持ちも同情し、また、その女の 様子も興味があるので、小君を使いにして、「死ぬほど思っている気持ちは、お分かりでしょうか」と言っておやりになる。  「一夜の逢瀬なりとも『軒端荻』を契らなかったら   わずかばかりの恨み言も何を理由に言えましょうか」  丈高い荻に付けて、「こっそりと」とおっしゃったが、「間違って、少将が見つけて、わたしだったのだと、分かってしまったら。それでも、許してくれ よう」と思う、高慢なお気持ちは、困ったものである。  少将のいない時に見せると、嫌なことと思うが、このようにお思い出しになったのも、やはり嬉しくて、お返事を、素早いのを取り柄として渡す。  「ほのめかされるお手紙を見るにつけても下荻のような   身分の賎しいわたしは、嬉しいながらも半ばは思い萎れています」  筆跡は下手なのを、分からないようにしゃれて書いている様子、品がない。燈火で見た顔を、お思い出しになる。「気を許さず対座していたあの人 は、今でも思い捨てることのできない様子をしていたな。何の嗜みもありそうでなく、はしゃいで得意でいたことよ」とお思い出しになると、憎めなくな る。相変わらず、「こりずまに、またまた浮名が立ちそうな」好色心のようである。     第六章 夕顔の物語(3)  [第一段 四十九日忌の法要]  あの人の四十九日忌を、人目を忍んで比叡山の法華堂において、略さずに、衣裳をはじめとして、必要な物どもを、心をこめて、誦経などおさせに なった。経巻や、仏像の装飾まで簡略にせず、惟光の兄の阿闍梨が、大変に立派な人なので、見事に催すのであった。  ご学問の師で、親しくしていられる文章博士を呼んで、願文を作らせなさる。誰それと言わないで、愛しいと思っていた人が亡くなってしまったの を、阿彌陀にお譲り申す旨を、しみじみとお書き表しになると、  「まったくこのまま、書き加えることはございませんようです。」と申し上げる。  堪えていらっしゃったが、お涙もこぼれて、ひどくお悲しみでいるので、  「どのような方なのでしょう。誰それと噂にも上らないで、これほどにお嘆かせになるほどだった、宿運の高いこと」  と言うのであった。内々にお作らせになった装束の袴をお取り寄させなさって、  「泣きながら今日はわたしが結ぶ袴の下紐だが   いつの世のかまた再会してその時は共に結び合うことができようか」  「この日までは中有に彷徨っているというが、どの道に定まって行くことのだろうか」とお思いやりになりながら、念仏誦経をとても心こめてなさる。 頭中将とお会いになる時にも、むやみに胸がどきどきして、あの撫子が成長している有様を、聞かせてやりたいが、非難されるのを警戒して、お口 にはお出しにならない。  あの夕顔の宿では、どこに行ってしまったのかと心配するが、そのまま尋ね当て申すことができない。右近までもが音信ないので、不思議だと困 り合っていた。はっきりしないが、様子からそうではあるまいかと、ささめき合っていたので、惟光のせいにしたが、まるで問題にもせず、関係なく言 い張って、相変わらず同じように通って来たので、ますます夢のような気がして、「もしや、受領の子息で好色な者が、頭の君に恐れ申して、そのま ま、連れて下ってしまったのだろうか」と、想像するのだった。  この家の主人は、西の京の乳母の娘なのであった。三人乳母子がいたが、右近は腹違いだったので、「分け隔てして、ご様子を知らせないのだ わ」と、泣き慕うのであった。右近は右近で、口やかましく非難するだろうことを思って、君も今になって洩らすまいと、お隠しになっているので、若 君の身の上すら聞けず、まるきり消息不明のまま過ぎて行く。  君は、「せめて夢にでも逢いたい」と、お思い続けていると、この法事をなさって、次の夜に、ほのかに、あの某院そのまま、枕上に現れた女の様 子も同じようにして見えたので、「荒れ果てた邸に住んでいた魔物が、わたしに魅入ったきっかけで、こんなになってしまったのだ」と、お思い出しに なるにつけても、気味の悪いことである。   第七章 空蝉の物語(3)  [第一段 空蝉、伊予国に下る]  伊予介は、神無月の朔日ころに下る。女方が下って行くというので、餞別を格別に気を配っておさせになる。別に、内々にも特別になさって、きめ 細かな美しい格好の櫛や、扇を、たくさんにして、幣帛などを特別に大げさにして、あの小袿もお返しになる。  「再び逢う時までの形見の品と思って持っていましたが   すっかり涙で朽ちるまでになってしまいました」  こまごまとした事柄があるが、煩雑になるので書かない。  お使いは、帰ったけれど、小君を使いにして、小袿のお礼だけは申し上げさせた。  「蝉の羽の衣替えの終わった後の夏衣は   返してもらっても泣かれるばかりです」  「考えても、不思議に人並みはずれた意志の強さで、振り切って行ってしまったなあ」と思い続けていらっしゃる。今日はちょうど立冬の日であった が、いかにもそれと、さっと時雨れて、空の様子もまことに物寂しい。一日中物思いに過されて、  「亡くなった人も今日別れて行く人もそれぞれの道に   どこへ行くのか知れない秋の暮れだなあ」  やはり、このような秘密の恋は辛いものだと、お知りになったであろう。このような煩わしいことは、努めてお隠しになっていらしたのもお気の毒な ので、みな書かないでおいたのに、「どうして、帝の御子であるからと、見知っている人までが、欠点がなく何かと褒めてばかりいる」と、作り話のよ うに受け取る方がいらっしゃったので。あまりにも慎みのないおしゃべりの罪は、免れがたいが。 源氏物語の世界ヘ 本文 ローマ字版 注釈 Last updated 5/11/99 渋谷栄一訳(C)(ver.1-1-2)    夕 顔 光る源氏の十七歳夏から立冬の日までの物語 第一章 夕顔の物語 夏の物語 1.源氏、五条の大弐乳母を見舞う---六条辺りのお忍び通いのころ 2.数日後、夕顔の宿の報告---惟光、数日して参上した 第二章 空蝉の物語  空蝉の夫、伊予国から上京す---ところで、あの空蝉のあきれるほど冷淡だったのを 第三章 六条の貴婦人の物語 初秋の物語  霧深き朝帰りの物語---秋にもなった。誰のせいからでもなく、自ら求めて 第四章 夕顔の物語(2) 仲秋の物語 1.源氏、夕顔の宿に忍び通う---それはそうと、あの惟光の管理人の偵察は 2.八月十五夜の逢瀬---君も、「このように無心に油断させて隠れてしまったなら 3.なにがしの院に移る---ためらっている月のように、出し抜けに行く先も分からず出かけることを 4.夜半、もののけ現われる---宵を過ぎるころ、少し寝入りなさった時に 5.源氏、二条院に帰る---ようやくのことで、惟光朝臣が参上した 6.十七日夜、夕顔の葬送---日が暮れて、惟光が参上した。これこれの穢れがあるとおっしゃって 7.忌み明ける---九月二十日のころに、病状がすっかりご回復なさって 第五章 空蝉の物語(2)  紀伊守邸の女たちと和歌の贈答---あの、伊予介の家の小君は、参上する折はあるが 第六章 夕顔の物語(3)  四十九日忌の法要---あの人の四十九日忌を、人目を忍んで比叡山の法華堂において 第七章 空蝉の物語(3)  空蝉、伊予国に下る---伊予介は、神無月の朔日ころに下る   第一章 夕顔の物語 夏の物語  [第一段 源氏、五条の大弐乳母を見舞う]  六条辺りのお忍び通いのころ、内裏からご退出なさる休息所に、大弍の乳母がひどく病んで尼になっていたのを、見舞おうとして、五条にある家 を尋ねていらっしゃった。  お車が入るべき正門は鎖してあったので、供人に惟光を呼ばせて、お待ちあそばす間、むさ苦しげな大路の様子を見渡していらっしゃると、この 家の隣に、桧垣という物を新しく作って、上は半蔀を四、五間ほどずっと吊り上げて、簾などもとても白く涼しそうなところに、美しい額際の透き影 が、たくさん見えて覗いている。立ち動き回っているらしい下半身を想像すると、やたらに背丈の高い気がする。どのような者が住んでいるのだろう と、一風変わった様子にお思いになる。  お車もひどく地味になさり、先払いもおさせにならず、誰と分かろうと気をお許しなさって、少し顔を出して御覧になっていると、門は蔀のようなのを 押し上げてあるが、覗き込む程もなく、ささやかな住まいを、しみじみと、「どの家を終生の宿とできようか」とお考えになってみると、玉の台も同じこ とである。  切懸めいた物に、とても青々とした蔓草が気持ちよさそうに這いまつわっているところに、白い花が、自分ひとり微笑んで咲いている。  「遠方の人にお尋ねする」  と独り言をおっしゃると、御随身がひざまずいて、  「あの白く咲いている花を、夕顔と申します。花の名は人並のようで、このような賎しい垣根に咲くのでございます」  と申し上げる。なるほど、とても小さい家が多くて、むさ苦しそうな界隈の、ここもかしこも、見苦しくちょっと傾いて、頼りなさそうな軒の端などに這 いまつわっているのを、  「気の毒な花の運命よ。一房手折ってまいれ」  とおっしゃるので、この押し上げてある門から入って折る。  そうは言うものの、しゃれた遣戸口に、黄色い生絹の単重袴を、長く着こなした女童で、かわいらしげな子が出て来て、ちょっと招く。白い扇でた いそう香を薫きしめたのを、  「これに載せて差し上げなさいね。枝も風情なさそうな花ですもの」  と言って与えたので、門を開けて惟光朝臣が出て来たのを取り次がせて、差し上げさせる。  「鍵を置き忘れまして、大変にご迷惑をお掛けいたしました。どなた様と分別申し上げられる者もおりませぬ辺りですが、ごみどみした大路にお立 ちあそばして」とお詫び申し上げる。  引き入れて、お下りになる。惟光の兄の阿闍梨、婿の三河守、娘などが、寄り集まっているところに、このようにお越しあそばされたお礼を、この 上ないことと恐縮申し上げる。  尼君も起き上がって、  「惜しくもない身ですが、出家しがたく存じておりましたことは、ただ、このようにお目にかかり、御覧に入れる姿が変わってしまったことを残念に存 じて、ためらっていましたが、受戒の効果があって生き返って、このようにお越しあそばしますのを、お目にかかれましたので、今は、阿彌陀のご来 迎も、心残りなく待つことができましょう」  などと申し上げて、弱々しく泣く。  「いく日も、思わしくなくいらっしゃるのを、案じて心痛めていましたが、このように、出家された姿でいらっしゃると、まことに悲しく残念で。長生きを して、さらに位が高くなるのなども御覧下さい。そうしてから、九品の最上位にも、差し障りなくお生まれ変わり下さい。この世に少しでも執着が残る のは、悪いことと聞いています」など、涙ぐんでおっしゃる。  不出来な子でさえも、乳母のようなかわいがるはずの人は、あきれるくらいに完全無欠に思い込むものを、まして、まことに光栄にも、親しくお世 話申し上げたわが身も、大切にもったいなく思われるようなので、わけもなく涙に濡れるのである。  子供たちは、とてもみっともないと思って、「捨てたこの世に未練あるように、ご自身から泣き顔をお目にかけていなさる」と言って、突き合い目配 せし合う。  君は、とてもしみじみと感じられて、  「幼かったころに、かわいがってくれるはずの方々が亡くなってしまわれた後は、養育してくれる人々はたくさんいるようであったが、親しく甘えら れる人は、他にいなく思われました。成人して後は、きまりがあるので、朝夕にもお目にかかれず、思い通りにお訪ね申すことはなかったが、やは り久しくお会いしない時は、心細く思われましたが、『避けられない別れなどはあってほしくないものだ』と思われます」  などと、じっくりとお話なさって、お拭いになる袖の匂いも、とても辺り狭しと薫り満ちているので、なるほど、考えてみれば、並々の人でないご運 命であったと、尼君を非難がましく見ていた子供たちも、皆涙ぐんだ。  修法など、重ねて始めるべき事などをお命じあそばして、お立ちになろうとして、惟光に紙燭を持って来させて、先程の扇を御覧になると、使い慣 らした移り香が、とても深く染み込んで慕わしくて美しく書き流してある。  「当て推量に貴方さまでしょうと思います   白露の光を加えて美しい夕顔の花は」  誰とも分からないように書き紛らわしているのも、上品に教養が見えるので、とても意外に、興味を惹かれなさる。惟光に、  「この西にある家は、何者が住むのか。尋ね聞いているか」  とお尋ねになると、いつもの厄介なお癖とは思うが、そうは申さず、  「この五、六日ここにおりますが、病人のことを心配して看護しております時なので、隣のことは聞けません」  などと、無愛想に申し上げるので、  「憎らしいと思っているな。けれど、この扇の、尋ねねばならない理由がありそうに思われるのを。やはり、この界隈の事情を知っている者を呼ん で尋ねよ」  とおっしゃると、入って行って、この家守である男を呼んで尋ね聞く。  「揚名介である人の家だそうでございました。男は田舎に下向して、妻は若く派手好きで、姉妹などが宮仕え人として行き来している、と申しま す。詳しいことは、下人にはよく分からないのでございましょう」と申し上げる。  「では、その宮仕人というようだ。得意顔に物慣れて詠みかけてきたものよ」と、「きっと興覚めしそうな身分ではなかろうか」とお思いになるが、名 指して詠みかけてきた気持ちが、憎からず過ごしがたいのが、例によって、こういった方面には、重々しくないご性分なのであろう。御畳紙にすっか り別筆にお書きになって、  「もっと近寄って誰ともはっきり見たらどうでしょう   黄昏時にぼんやりと見えた花の夕顔を」  先程の御随身をお遣わしになる。  まだ見たことのないお姿であったが、まことにはっきりと推察されなさるおん横顔を見過ごさないで、さっそく詠みかけたのに、返歌をなさらないで 時間が過ぎたので、何となく体裁悪く思っていたところに、このようにわざわざ来たというふうだったので、いい気になって、「何と申し上げよう」など と言い合っているようだが、生意気なと思って、随身は帰参した。  御前駆の松明が弱く照らして、とてもひっそりとお出になる。半蔀は下ろしてあった。隙間隙間から見える灯火の明りは、螢よりもさらに微かで哀 れである。  お目当ての所では、木立や前栽などが、世間一般の所と違い、とてもゆったりと奥ゆかしく住んでいらっしゃる。気の置けるご様子などが、他の 人とは格別なので、先程の垣根はお思い出されるはずもない。  翌朝、少しお寝過ごしなさって、日が差し出るころにお帰りになる。朝帰りの姿は、なるほど、人がお褒め申し上げるようなのも、もっともであるご 様子なのであった。  今日もこの半蔀の前をお通り過ぎになる。今までにも通り過ぎなさった辺りであるが、わずかちょっとしたことでお気持ちを惹かれて、「どのような 人の住んでいる家なのだろう」と思っては、行き帰りにお目が止まるのであった。  [第二段 数日後、夕顔の宿の報告]  惟光、数日して参上した。  「患っております者が、依然として弱そうでございましたので、いろいろと看病いたしておりまして」  などと挨拶申し上げて、近くに上って申し上げる。  「お尋ねになられました後に、隣のことを知っております者を、呼んで尋ねさせましたが、はっきりとは申しません。『ごく内密に、五月のころからお いでの方があるようですが、誰それとは、全然その家の内の人にさえ知らせません』と申します。時々、中垣から覗き見しますと、なるほど、若い女 たちの透き影が見えます。褶めいた物を、申しわけ程度にひっかけて、仕える主人がいるようでございます。昨日、夕日がいっぱいに射し込んでい ました時に、手紙を書こうとして座っていました人の顔が、とてもようございました。憂えに沈んでいるような感じがして、側にいる女房たちも涙を隠 して泣いている様子などが、はっきりと見えました」  と申し上げる。君はにっこりなさって、「知りたいものだ」とお思いになった。  声望こそ重々しいはずのご身分であるが、ご年齢のほど、人が追従しお褒め申し上げている様子などを考えると、興味をお感じにならないのも、 風情がなくきっと物足りない気がするだろうが、人が承知しない身分でさえ、やはり、相当な人のことには、興味をそそられるものだから、と思って いる。  「もしや、拝見いたすこともありましょうかと、ちょっとした機会を作って、恋文などを出してみました。書きなれている筆跡で、素早く返事など寄こし ました。たいして悪くはない若い女房たちがいるようでございます」  と申し上げると、  「さらに近づけ。突き止めないでは、物足りない気がする」とおっしゃる。  あの、下層の最下層だと、人が見下した住まいであるが、その中にも、意外に結構なのを見つけたらばと、珍しくお思いになるのであった。   第二章 空蝉の物語  [第一段 空蝉の夫、伊予国から上京す]  ところで、あの空蝉のあきれるほど冷淡だったのを、世間一般の女性とは違ってお思いになると、素直であったならば、気の毒な過ちをしたと思っ てやめられようが、まことに悔しく、振られて終わってしまいそうなのが、気にならない時がない。このような並々の女性までは、お思いにならなかっ たのだが、先日の「雨夜の品定め」の後は、興味をお持ちになった階層階層があることによって、ますます残る隈なくご関心をお持ちになった方の ようであるよ。  疑いもせずにお待ち申しているらしいもう一人の女を、いじらしいとお思いにならないわけではないが、何くわぬ顔で聞いていたろうことが恥ずかし いので、「まずは、この女の気持ちを見定めてから」とお思いになっているうちに、伊予介が上京した。  まっさきに急いで参上した。船路のせいで、少し黒く日焼けしている旅姿は、とても野暮くさくて気に入らない。けれど、人品も相当な血筋で、容 貌などは年はとっているが、小綺麗で、人並優れて品格や趣向などがそなわっているのであった。  任国の話などを申す時に、「湯桁はいくつ」と、お尋ねしたくお思いになるが、わけもなく正視できなくて、お心の中に思い出されることもさまざまで ある。  「実直な年配者を、このように思うのも、いかにも馬鹿らしく後ろ暗いことであるよ。いかにも、これが、尋常ならざる不埒なことだった」と、左馬頭 の忠告をお思い出しになって、気の毒なので、「冷淡な気持ちは憎いが、夫のためには、立派だ」とお考え直しになる。  「娘を適当な人に縁づけて、北の方を連れて下るつもりだ」と、お聞きになると、あれやこれやと気持ちが落ち着かなくて、「もう一度逢えないもの か」と、小君に相談なさるが、相手が同意したようなことでさえ、軽々とお忍びになるのは難しいのに、まして、不釣り合いな関係と思って、今さら見 苦しかろうと、思い絶っている。  そうは言っても、すっかりお忘れになられることも、まことにつまらなく、嫌にちがいないことと思って、適当な折々のお返事など、親しく度々差し上 げては、何気ない書きぶりに詠み込まれた返歌は、不思議とかわいらしげに、お目に止まるようなことを書き加えなどして、恋しく思わずにはいられ ない人の様子なので、冷淡で癪な女と思うものの、忘れがたい人とお思いになっている。  もう一人は、夫がしっかりできても、変わらず心を許しそうに見えたのを当てにして、いろいろとお聞きになるが、お心も動かさないのであった。   第三章 六条の貴婦人の物語 初秋の物語  [第一段 霧深き朝帰りの物語]  秋にもなった。誰のせいからでもなく、自ら求めて物思いに心を尽くされることどもがあって、大殿には、と絶えがちなので、恨めしくばかりお思い 申し上げていらっしゃった。  六条辺りの御方にも、気の置けたころのご様子をお靡かせ申し上げてから後は、うって変わって、通り一遍な扱いのようなのは、お気の毒であ る。けれど、他人でいたころのご執心のように、無理無体なことがないのも、どうしたことかと思われた。  女は、たいそう何事も度を越すほど、お思い詰めなさるご性格なので、年齢も釣り合わず、人が漏れ聞いたら、ますますこのような辛い訪れない 夜な夜なの寝覚めを、お悩み悲しまれることが、とてもあれこれと多いのである。  霧の大層深い朝、ひどく急かされなさって、眠そうな様子で、溜息をつきながらお出になるのを、中将のおもとが、御格子を一間上げて、お見送り なさいませ、という心遣いらしく、御几帳を引き開けたので、御頭をもち上げて御覧になった。  前栽が色とりどりに咲き乱れているのを、行き過ぎにくそうにためらっていらっしゃる姿が、なるほど二人といない。廊の方へいらっしゃる時に、中 将の君が、お供申し上げる。紫苑色で、季節に適った羅の裳、くっきりと結んだ腰つきは、物柔らかで優美である。  見返りなさって、隅の間の高欄に、少しの間、お座らせなさった。きちんとした態度、黒髪のかかり具合、見事な、と御覧になる。  「咲いている花に心を移したという風評は憚られますが   やはり手折らずには行き過ごしがたい今朝の朝顔の花です  どうしよう」  と言って、手を捉えなさると、まことに馴れたふうに素早く、  「朝霧の晴れる間も待たないでお帰りになるご様子なので  朝顔の花に心を止めていないものと思われます」  と、主人のことにしてお返事申し上げる。  かわいらしい童女で、姿が目安く、格別の格好をしている、指貫の裾を、露っぽく濡らし、花の中に入り混じって、朝顔を手折って差し上げるところ など、絵に描きたいほどである。  通り一遍に、ちょっと拝見する人でさえ、心を止め申さない者はない。物の情趣を解さない山賎も、花の下では、やはり休息したいものなのであろ うか、このお美しさを拝する人々は、身分身分に応じて、自分のかわいいと思う娘を、ご奉公に差し上げたいと願い、あるいは、恥ずかしくないと思 う姉妹などを持っている人は、下仕えであっても、やはり、このお方の側にご奉公させたいと、思わない者はいなかった。  まして、何かの折のお言葉でも、優しいお姿を拝する人で、少し物の情趣を解せる人は、どうしていい加減にお思い申し上げよう。一日中くつろい だご様子でおいでにならないのを、物足りないことと思うようである。   第四章 夕顔の物語(2) 仲秋の物語  [第一段 源氏、夕顔の宿に忍び通う]  それはそうと、あの惟光の管理人の偵察は、とても詳しく事情を探ってご報告する。  「誰であるかは、まったく分かりません。世間にひどく隠れ潜んでいる様子に見えますが、暇にまかせて、南の半蔀のある長屋に移って来ては、 牛車の音がすると、若い女房たちが覗き見などをするようですが、この主人と思われる女も、来る時があるようでございまして。容貌は、ぼんやりと ではありますが、とてもかわいらしげでございます。  先日、先払いをして通る牛車がございましたのを、覗き見て、女童が急いで、『右近の君さま、早く御覧なさい。中将殿が、ここをお通り過ぎになっ てしまいます』と言うと、他に、見苦しくない女房が出て来て、『静かに』と手で制しながらも、『どうしてそうと分かりますか。どれ、見てみよう』と言っ て、渡って来ます。打橋のようなものを通路にして、行き来するのでございます。急いで来た者は、衣の裾を何かに引っ掛けて、よろよろと倒れて、 橋から落ちてしまいそうになったので、『まあ、この葛城の神は、危なっかしく拵えたこと』と、文句を言って、覗き見の興味も冷めてしまったようでし た。『君は、直衣姿で、御随身どももいました。あの人は誰、この人は誰』と数えたのは、頭中将の随身や、その小舎人童を、証拠に言っておりまし た」などと申し上げると、  「確かにその車を見たのならよかったのに」  とおっしゃって、「もしや、あの愛しく忘れ難かった女であろうか」と、思いつかれるにつけても、とても知りたげなご様子を見て、  「わたしの懸想も首尾よく致して、様子もすっかり存じておりながら、ただ、同じ同輩どうしと思わせて、話しかけてくる若い近習がございますの で、空とぼけたふりして、隠れて通っています。とてもうまく隠していると思って、小さい子供などのございますのが、言い間違いそうになるのも、ご まかして、別に主人のいない様子を無理に装っています」などと、話して笑う。  「尼君のお見舞いに伺った折に、垣間見させよ」とおっしゃるのであった。  一時的にせよ、住んでいる家の程度を思うと、「これこそ、あの左馬頭が判定して、貶んだ下の品であろう。その中に予想外におもしろい事があっ たら」などと、お思いになるのであった。  惟光は、どんな些細なことでもお心に違うまいと思うが、自分も抜けめない好色人なので、大変に策を労しあちこち段取りをつけ、しゃにむにお通 わし始めたのであった。この辺の事情は、こまごまと煩わしくなるので、例によって省略した。  女を、はっきり誰とお確かめになれないので、ご自分も名乗りをなさらず、ひどくむやみに粗末な身なりをなさっては、いつもと違って直接に身を入 れてお通いになるのは、並々ならぬご執心なのであろう、と考えると、自分の馬を差し上げて、お供して走りまわる。  「懸想人のひどく人げない徒ち歩き姿を、見つけられましては、辛いものですね」とこぼすが、他人に知らせなさらないこととして、あの夕顔の案内 をした随身だけ、その他には、顔をまったく知られてないはずの童一人だけを、連れていらっしゃるのであった。「万一思い当たる気配もあろうか」と 慮って、隣に中休みをさえなさらない。  女も、とても不審に合点がゆかない気ばかりして、お文使いに人を付けたり、払暁の道を尾行させ、お住まいを現すだろうと追跡するが、どこと分 からなく晦まし晦ましして、そうは言っても、かわいく逢わないではいられず、この女がお心に掛かっているので、不都合で軽々しい行為だと、反省 しては困り困り、とても頻繁にお通いになる。  このような方面では、実直な人の乱れる時もあるが、とても見苦しくなく自重なさって、人が非難申し上げるような振る舞いはなさらなかったが、 不思議なまでに、今朝の間、昼間の逢わないでいる間も、逢いたくなど、お思い悩みになるので、他方では、ひどく気違いじみており、それほど熱 中するに相応しいことではない、と、つとめて熱をお冷ましになるが、女の感じは、とても驚くほど従順でおっとりとして、物事に思慮深く慎重な方面 は劣って、一途に子供っぽいようでいながら、男女の仲を知らないでもない。たいして高い身分ではあるまい、どこにひどくこうまで心惹かれるのだ ろう、と繰り返しお思いになる。  とてもわざとらしくして、ご装束も粗末な狩衣をお召しになり、姿を変え、顔も少しもお見せにならず、深夜ごろに、人の寝静まるのを待ってお出入 りなどなさるので、昔あったという変化のものじみて、気味悪く嘆息されるが、男性のご様子、そうは言うものの、手触りでも分かることができたの で、「いったい、どなたであろうか。やはりこの好色人が手引きして始まったことらしい」と、大夫を疑ってみるが、つとめて何くわぬ顔を装って、まっ たく知らない様子に、せっせと色恋に励んでいるので、どのようなことかとわけが分からず、女の方も不思議な変わった物思いをするのであった。  [第二段 八月十五夜の逢瀬]  君も、「このように無心に油断させて隠れてしまったなら、どこを目当てにしてか、わたしも尋ねられよう。仮の宿と、また一方では思われるので、 どこともどことも、移って行くような日を、いつとも分からないだろう」とお思いになると、後を追い見失って、どうでもよく諦めがつくものなら、ただこの ような遊び事で終わっても済まされようが、まったくそうして過そう、とはお思いになれない。人目をお憚りになって、お途絶えになる夜な夜ななど は、とても我慢ができず、苦しいまでにお思いになるので、「やはり、誰と知らせずに二条院に迎えてしまおう。もし世間に評判になって不都合なこ とであっても、そうなるはずの運命なのだ。我ながら、ひどくこう女に惹かれることはなかったのに、どのような宿縁であったのだろうか」などお思い よりになる。  「さあ、とても気楽な所で、のんびりとお話しよう」  などと、お誘いになると、  「やはり、変ですわ。そうおっしゃいますが、普通とは違ったお持てなしなので、何となく空恐ろしい気がしますわ」  と、とても子供っぽく言うので、「なるほど」と、思わずにっこりなさって、  「なるほど、どちらが狐でしょうかね。ただ、化かされなさいな」  と、優しそうにおっしゃると、女もすっかりその気になって、そうであってもいいと思っている。「世間に例のない、おかしなことであっても、一途に従 順な心は、実にかわいい女だ」と、お思いになると、やはり、あの頭中将の「常夏」かと疑われて、話した性質を、まっさきにお思い出されなさった が、「隠すような事情が」と、むやみにお聞き出しなさらない。  表情に現して、不意に逃げ隠れするような性質などはないので、「離れ離れに、絶え間を置いたような折には、そのように気を変えることもあろう が、女のほうから、少し浮気することがあったほうが愛情も増さるであろう」とまで、お思いになった。  八月十五日夜、満月の光が、隙間の多い板葺きの家に、すっかり射し込んで来て、ご経験のない住居の様子も珍しいうちに、払暁近くなったの であろう、隣の家々からの、賎しい下男の声々が、目を覚まして、  「ああ、ひどく寒いなあ」  「今年は、商売も当てになる所も少なく、田舎への行き来も望めないから、ひどく心細いなあ。北隣さん、お聞きなさるか」  などと言い交わしているのも聞こえる。  まことにほそぼそとした各自の生計のために起き出して、ざわめいているのも間近なのを、女はとても恥ずかしく思っている。  優美に風流めかすような人は、消え入りたいほどの住居の様子のようである。けれでも、のんびりと、辛いことも嫌なことも気恥ずかしいことも、気 にかける様子でなく、自身の態度や様子は、とても上品でおっとりして、またとないくらい下品な隣のぶしつけさを、どのようなこととも知っている様 子でないので、かえって恥ずかしがり赤くなるよりは罪がないように思われるのであった。  ごろごろと、鳴る雷よりも騒がしく、踏み轟かす唐臼の音も、枕上かと聞こえる。「ああ、やかましい」と、これには閉口されなさる。何の轟音ともお 分りにならず、とても不思議で、耳障りな音だとばかりお聞きになる。ごたごたしたことばかり多かった。  白妙の衣を打つ砧の音も、かすかにあちらこちらからと聞こえて来、空飛ぶ雁の声も、一緒になって、堪えきれない情趣が多い。端近いご座所だ ったので、遣戸を引き開けて、一緒に外を御覧になる。広くもない庭に、しゃれた呉竹や、前栽の露は、やはりこのような所も同じように光ってい た。虫の声々が入り乱れ、壁の内側のこおろぎでさえ、時たまお聞きになっているお耳に、じかに押し付けたように鳴き乱れているのを、かえって 違った感じにお思いなさるのも、お気持ちの深さゆえに、すべての欠点が許されるのであろうよ。  白い袷、薄紫色の柔らかい衣を重ね着て、地味な姿態は、とてもかわいらしげに心惹かれる感じがして、どこそこと取り立てて優れた所はない が、か細くしなやかな感じがして、何かちょっと言った感じは、「ああ、いじらしい」と、ただもうかわいく思われる。気取ったところをもう少し加えたら と、御覧になりながら、なおもくつろいで逢いたく思われなさるので、  「さあ、ちょっとこの辺の近い所で、気楽に過ごそう。こうしてばかりいては、とても辛いなあ」とおっしゃると、  「とてもそんな。急でしょう」  と、とてもおっとりと言って座っている。この世だけでない約束などまで信頼なさっているので、気を許す心根などが、不思議に普通と違って、世慣 れた女とも思われないので、人の思惑も慮ることもおできになれず、右近を召し出して、随身を呼ばせなさって、お車を引き入れさせなさる。この家 の女房たちも、このようなお気持ちが並大抵でないのが分かるので、不安に思いながらもお頼り申し上げていた。  明け方も近くなったのであった。鶏の声などは聞こえないで、御嶽精進であろうか、ただ老人めいた声で礼拝するのが聞こえる。立ったり座ったり の様子、難儀そうに勤行する。たいそうしみじみと、「朝の露と違わないこの世を、何を欲張りわが身の利益を祈るのだろうか」と、お聞きになる。 「南無当来導師」と言って、拝んでいるようだ。  「あれを、お聞きなさい。この世だけとは思っていないのだね」と、哀れがりなさって、  「優婆塞が勤行しているのを道しるべにして   来世にも深い約束に背かないで下さい」  長生殿の昔の例は縁起が悪いので、翼を交そうとは言わずに、弥勒の世を約束なさる。来世までのお約束は、まことに大げさである。  「前世の宿縁の拙さが身につまされるので   来世まではとても頼りかねます」  このような返歌のし方なども、そうは言うものの、心細いようである。  [第三段 なにがしの院に移る]  ためらっている月のように、出し抜けに行く先も分からず出かけることを、女は躊躇し、いろいろと説得なさるうちに、急に雲に隠れて、明け行く空 は実に美しい。体裁の悪くなる前にと、いつものように急いでお出になって、軽々とお乗せになったので、右近が乗った。  その辺りに近い某院にお着きあそばして、管理人をお呼び出しになる間、荒れた門の忍草が生い茂っていて見上げられるが、譬えようなく木暗 い。霧も深く、露っぽいところに、簾までを上げていらっしゃるので、お袖もひどく濡れてしまった。  「まだこのようなことを経験しなかったが、いろいろと気をもむことであるなあ。   昔の人もこのように恋の道に迷ったのだろうか   わたしには経験したことのない明け方の道だ  ご経験ありますか」  とおっしゃる。女は、恥らって、  「山の端をどこと知らないで随って行く月は   途中で光が消えてしまうのではないでしょうか  心細くて」  と言って、何となく怖がって気味悪そうに思っているので、「あの建て込んでがいる小家に慣れているからだろう」と、おもしろくお思いになる。  お車を入れさせて、西の対にご座所など準備する間、高欄にお車を掛けて立てていらっしゃる。右近は、優美な心地がして、過去のことなども、 一人思い出すのであった。管理人が一生懸命奔走している様子から、このご様子をすっかり知った。  ほのかに物が見えるころに、お下りになったようである。仮設えだが、こざっぱりと設けてある。  「お供に誰もおりませんなあ。ご不便なことよ」と言って、親しい下家司で、殿にも仕えている者だったので、参り寄って、「適当な人を、お呼びいた すべきではありませんか」などと、申し上げさせるが、  「特に人の来ないような隠れ家を求めたのだ。絶対に他には言うな」と口封じさせなさる。  お粥などを準備して差し上げるが、取り次ぐお給仕が揃わない。まだ経験のないご外泊に、「息長川」とお約束なさるより以外何もない。  日が高くなったころにお起きになって、格子を自らお上げになる。とてもひどく荒れて、人影もなく、はるばると見渡されて、木立がとても気味悪く 鬱蒼と古びている。近くの草木などは、格別見所もなく、すっかり秋の野原となって、池も水草に埋もれているので、まことに恐ろしくなってしまった 所であるよ。別納の方に、部屋などを設えて、人が住んでいるようだが、こちらは離れている。  「恐ろしい所になってしまった所だね。いくら何でも、鬼などもわたしを見逃すだろう」とおっしゃる。  お顔は依然として隠していらっしゃるが、女がとても辛いと思っているので、「なるほど、これ程深い仲になって隠しているようなのも、不自然なこ とだ」とお思いになって、  「夕露に花開いて顔をお見せするのは   道で会った縁からでしょうか  露の光はどうですか」  とおっしゃると、流し目に見やって、  「光輝いていると見ました夕顔の上露は   たそがれ時の見間違いでした」  とかすかに言う。おもしろいとお思いになる。なるほど、うちとけていらっしゃるご様子は、またとなく、場所が場所ゆえ、いっそう不吉なまでにお美 しくお見えになる。  「いつまでも隠していらっしゃる辛さに、顕すまいと思っていたが、せめて今からでもお名乗り下さい。とても気味が悪い」  とおっしゃるが、「海人の子なので」と言って、依然としてうちとけない態度は、とても甘え過ぎている。  「それでは、これも『われから』のようだ」と、怨みまた一方では語り合いながら、一日お過ごしになる。  惟光が、お探し申して、お菓子などを差し上げさせる。右近が文句言うことは、やはり気の毒なので、お側に伺候させることもできない。「こんなに までご執心でいられるのは、魅力的で、きっとそうに違いない様子なのだろう」と推量するにつけても、「自分がうまく言い寄ろうと思えばできたの を、お譲り申して、寛大なことよ」などと、失敬なことを考えている。  譬えようもなく静かな夕方の空をお眺めになって、奥の方は暗く何となく気味が悪いと、女は思っているので、端の簾を上げて、添い臥していらっ しゃる。夕映えのお顔を互いに見交わして、女も、このような出来事を、意外に不思議な気持ちがする一方で、すべての嘆きを忘れて、少しずつ打 ち解けていく様子は、実にかわいい。ぴったりとお側に一日中添ったままで、何かをとても怖がっている様子は、子供っぽくいじらしい。格子を早くお 下ろしになって、大殿油を点灯させて、「すっかり深い仲となったご様子でいて、依然として心の中に隠し事をなさっているのが辛い」と、お恨みにな る。  「主上には、どんなにかお探しあそばしていらっしゃろうか。どこを探していようか」と、思いをおはせになって、また一方では、「不思議な心だ。六 条辺りでも、どんなにお思い悩んでいらっしゃることだろう。怨まれることも、辛いことだし、もっともなことだ」と、困ったことだと思われる人としては、 まっさきにお思い出し申し上げなさる。無心に向かい合って座っているのを、かわいいとお思いになるにつれて、「あまり思慮深く、対座する者まで が息が詰るようなご様子を、少し取り除きたいものだ」と、ついご比較されるのであった。  [第四段 夜半、もののけ現われる]  宵を過ぎるころ、少し寝入りなさった時に、おん枕上に、とても美しそうな女が座って、  「わたしがとても素晴らしい方とお慕い申し上げている人は、お訪ねもなさらず、このような、特に優れたところもない女を連れていらっしゃって、お かわいがりになさるのは、まことに癪にさわり辛い」  と言って、お側にいる人を掻き起こそうとする、と御覧になる。  魔物に襲われる気持ちがして、目をお覚ましになると、火も消えていたのであった。気持ち悪くお思いになるので、太刀を引き抜いて、そっとお置 きになって、右近をお起こしになる。この人も怖がっている様子で、参り寄った。  「渡殿にいる宿直人を起こして、『紙燭をつけて参れ』と言いなさい」とおっしゃると、  「どうして行けましょうか。暗くて」と言うので、  「ああ、子供みたいな」と、ちょっとお笑いになって、手をお叩きになると、こだまが応える音、まことに気味が悪い。誰も聞こえないで参上しない間 に、この女君は、ひどくふるえ脅えて、どうしてよいか分からなく思っている。汗もびっしょりになって、正気を失った様子である。  「むやみにお怖がりあそばすご性質ですから、どんなにかお怖がりのことでしょうか」と、右近も申し上げる。「ほんとうにか弱くて、昼も空ばかり見 ていたものだが、気の毒に」とお思いになって、  「わたしが、誰か起こそう。手を叩くと、こだまが応える。まことにうるさい。ここに、もっと近く」  と言って、右近を引き寄せなさって、西の妻戸に出て、戸を押し開けなさると、渡殿の火も消えていたのであった。  風が少し吹いているうえに、人気も少なくて、仕えている者は皆寝ていた。この院の管理人の子供で、親しくお使いになる若い男、それから殿上 童一人と、いつもの随身だけがいるのであった。お呼び寄せになると、お返事して起きたので、  「紙燭を点けて参れ。『随身も、弦打ちをして、絶えず音を立てていよ』と命じよ。人気のない所に、気を許して寝ている者があるか。惟光朝臣が来 ていたようなのは」と、お尋ねあそばすと、  「控えていましたが、ご命令もない。早暁にお迎えに参上すべき旨申して、帰ってしまいました」と申し上げる。この、こう申す者は滝口の武士で あったので、弓弦をまことに手馴れた様子に打ち鳴らして、「火の用心」と言いながら、管理人の部屋の方角へ行ったようだ。内裏をお思いやりにな って、「名対面は過ぎたろう、滝口の宿直奏しは、ちょうど今ごろか」とご推量になるのは、まだ、さほど夜も更けていないのでは。  戻って入って、お確かめになると、女君はそのままに臥していて、右近は傍らにうつ伏していた。  「これはどうした。何と、気違いじみた怖がりようだ。荒れた所には、狐などのようなものが、人を脅かそうとして、何となく怖がらせるのだろう。わ たしがいれば、そのようなものからは脅されない」と言って、引き起こしなさる。  「とても気味悪くて、取り乱している気分も悪うございますので、うつ伏しているのでございますよ。ご主人さまこそ、ひどく怖がっていらっしゃるで しょう」と言うので、  「そうだ。どうしてこんなに」と言って、探って御覧になると、息もしていない。揺すって御覧になるが、なよなよとして正体もない様子なので、「ほん とうにひどく子供じみた人なので、魔性のものに魅入られてしまったらしい」と、なすべき方法もない気がなさる。  紙燭を持って参った。右近も動ける状態でないので、近くの御几帳を引き寄せて、  「もっと近くに持って参れ」  とおっしゃる。いつもと違ったことなので、御前近くに参上できず、ためらっていて、長押にも上がれない。  「もっと近く持って来なさい。場所によるぞ」  と言って、召し寄せて御覧になると、ちょうどこの枕上に、夢に現れた姿をした女が、幻影のように現れて、ふっと消え失せた。  「昔物語などに、このようなことは聞くけれど」と、まことに珍しく気味悪いが、まず、「この女はどのようになったのか」とお思いになる不安に、わが 身の上の危険もお顧みにならず、添い臥して、「もし、もし」と、お起こしになるが、すっかりもう冷たくなっていて、息はとっくにこと切れてしまってい たのであった。どうすることもできない。頼りになる、どうしたらよいかとご相談できるような人もいない。法師などは、このような時の頼みになる人と はお思いになるが。それほどお強がりになるが、お若い考えで、空しく死んでしまったのを御覧になると、どうしようもなくて、ひしと抱いて、  「おまえさま、生き返っておくれ。とても悲しい目に遭わさないでおくれ」  とおっしゃるが、冷たくなっていたので、感じも気味悪くなって行く。  右近は、ただ「ああ、気味悪い」と思っていた気持ちもすっかり冷めて、泣いて取り乱す様子はまことに大変である。  南殿の鬼が、某大臣を脅かした例をお思い出しになって、気強く、  「いくら何でも、死にはなさるまい。夜の声は大げさだ。静かに」  とお諌めになって、まったく突然の事なので、茫然とした気持ちでいらっしゃる。  管理人の子供を呼んで、  「ここに、まことに不思議に、魔性のものに魅入られた人が苦しそうなので、今すぐに、惟光朝臣の泊まっている家に行って、急いで参上するよう に言え、と命じなさい。某阿闍梨が、そこに居合わせていたら、ここに来るよう、こっそりと言いなさい。あの尼君などが聞こうから、大げさに言うな。 このような忍び歩きは許さない人だ」  などと、用件をおっしゃるようだが、胸が一杯で、この人を死なせてしまったらどうしようかと、たまらなくお思いになるのに加えて、辺りの不気味さ は、譬えようもない。  夜中も過ぎたのだろうよ、風がやや荒々しく吹いているのは。まして、松風の響きが、木深く聞こえて、異様な鳥がしわがれ声で鳴いているのも、 「梟」と言う鳥はこのことかと思われる。あれこれと考え廻らすに、あちらこちらと、何となく遠く気味悪いうえに、人声はしない。「どうして、このような 心細い外泊をしたのだろう」と、後悔してもしようがない。  右近は、何も考えられず、君にぴったりと寄り添い申して、震え死にそうである。「また、この人もどうなるだろう」と、気も上の空で掴まえていらっ しゃる。自分一人しっかりした人で、途方に暮れていらっしゃるのであったよ。  灯火は微かにちらちらとして、母屋の境に立ててある屏風の上が、あちらこちらと陰って見えなさるうえに、魔性の物の足音が、ひしひしと踏み鳴 らしながら、後方から近寄って来る気がする。「惟光よ、早く来て欲しい」とお思いになる。居場所が定まらぬ者なので、あちこち探したうちに、夜の 明けるまでの待ち遠しさは、千夜を過すような気がなさる。  ようやくのことで、鶏の声が遠くで聞こえるにつけ、「危険を冒して、何の因縁で、このような辛い目に遭うのだあろう。我ながら、このようなことで、 大それたあってはならない恋心の報復として、このような、後にも先にも語り草となってしまいそうなことが起こったのだろう。隠していても、実際に 起こった事は隠しきれず、主上のお耳に入るだろうことを始めとして、世人が推量し噂するだろうことは、良くない京童べの噂になりそうだ。あげくの はて、馬鹿者の評判を立てられるにちがいない」と、思案される。  [第五段 源氏、二条院に帰る]  ようやくのことで、惟光朝臣が参上した。夜中、早朝の区別なく、御意のままに従う者が、今夜に限って控えていなくて、お呼び出しにまで遅れて 参ったのを、憎らしいとお思いになるものの、呼び入れて、おっしゃろうとする内容が情けないので、すぐには何もおっしゃれない。右近は、大夫の 様子を聞くと、初めからのことが、つい思い出されて泣くが、君も我慢なされず、自分一人気丈夫に抱いていらっしゃったが、この人を見てほっとな さって、悲しい気持ちにおなりになるのであったが、しばらくは、まことに大変にとめどもなくお泣きになる。  やっと気持ちを落ち着けて、「ここで、まことに奇妙な事件が起こったが、驚くと言っても言いようのないほどだ。このような危急のことには、誦経な どをすると言うので、その手配をさせよう。願文なども立てさせようと思って、阿闍梨に来るようにと、言ってやったのは」  とおっしゃると、  「昨日、帰山してしまいました。それにしても、まことに奇妙なことでございますね。以前から、常とは違ってご気分のすぐれないことでもございま したのでしょうか」  「そのようなこともなかった」と言って、お泣きになる様子、とても優美でいたわしく、拝見する人もほんとうに悲しくて、自分も声を上げて泣いた。  何と言っても、年もとり、世の中のあれやこれやと、経験を積んだ人は、非常の時には頼もしいのであるが、どちらもどちらも若者同士で、どうしよ うもないが、  「この院の管理人などに聞かせることは、まことに不都合でしょう。この管理人一人は親密であっても、自然と口をすべらしてしまう身内も中には いることでしょう。まずは、この院をお出なさいましね」と言う。  「ところで、ここより人少なな所がどうしてあろうか」とおっしゃる。  「なるほど、そうでございましょう。あの元の家は、女房などが、悲しみに耐えられず、泣き取り乱すでしょうし、隣家が多く、見咎める住人も多くご ざいましょうから、自然と噂が立ちましょうが、山寺は、何と言ってもこのようなことも、自然ありがちで、目立たないことでございましょう」と、思案し て、「昔、存じておりました女房が、尼になって住んでおります東山の辺に、お移し申し上げましょう。惟光めの父朝臣の乳母でございました者が、 年老いて住んでいるのです。周囲は、人が多いようでございますが、とても閑静でございます」  と申し上げて、夜が明けて騒がしくなるころの騒がしさに紛れて、お車を寄せる。  この女をお抱きになることができそうにないので、上筵に包んで、惟光がお乗せ申す。とても小柄で、気味悪くもなく、かわいらしげである。しっか りとも包んでないので、髪はこぼれ出ているのも、目の前が真っ暗になって、何とも悲しい、とお思いになると、最後の様子を見届けたい、とお思い になるが、  「早く、お馬で、二条院へお帰りあそばしますよう。人騒がしくなりませぬうちに」  と言って、右近を添えて乗せると、徒歩で、君に馬はお譲り申して、裾を括り上げなどをして、かつ一方では、とても変で、奇妙な野辺送りだが、 お悲しみの深いことを拝見すると、自分のことは考えずに行くが、君は何もお考えになれず、茫然自失の態で、お帰りになった。  女房たちは、「どこから、お帰りあそばしましたか。気分が悪そうにお見えあそばします」などと言うが、御帳の内側にお入りになって、胸を押さえ て思うと、まことに悲しいので、「どうして、一緒に乗って行かなかったのだろう。もし生き返った場合、どのような気がするだろう。見捨てて行ってし まったと、辛く思うであろうか」と、気が動転しているうちにも、お思いやると、お胸のせき上げてくる気がなさる。お頭も痛く、身体も熱っぽい感じが して、とても苦しく、どうしてよいやら分からない気がなさるので、「こう元気がなくて、自分も死んでしまうのかも知れない」とお思いになる。  日は高くなるが、起き上がりなさらないので、女房たちは不思議に思って、お粥などをお勧め申し上げるが、気分が悪くて、とても気弱くお思いに なっているところに、内裏からお使者が来る。昨日、お探し申し上げられなかったことで、御心配あそばしていらっしゃる。大殿の公達が参上なさる が、頭中将だけを、「立ったままで、ここにお入り下さい」とおっしゃって、御簾の内側のままでお話しなさる。  「乳母でございます者が、この五月のころから、重く患っておりました者が、髪を切り、受戒などをして、その甲斐があってか、生き返っていました が、最近、再発して、弱くなっていますのが、「今一度、見舞ってくれ」と申していたので。幼いころから馴染んだ人が、今はの際に、辛いと思うだろ うと、存じて参っていたところ、その家にいた下人で、病気していたのが、急に暇をとる間もなく亡くなってしまったのを、恐れ慎んで、日が暮れてか ら運び出したのを、聞きつけたので。神事のあるころで、まことに不都合なこと、と存じ謹慎して、参内できないのです。この早朝から、風邪でしょう か、頭がとても痛くて苦しうございますので、大変失礼したまま申し上げます次第」  などとおっしゃる。中将は、  「それでは、そのような旨を奏上しましょう。昨夜も、管弦の御遊の折に、畏れ多くもお探し申しあそばされて。御機嫌悪うございました」と申し上 げなさって、また引き返して、「どのような穢れに遭遇あそばしたのですか。ご説明あそばされたことは、本当とは存じられません」  と言うので、胸がどきりとなさって、  「このように、詳しくではなく、ただ、意外な穢れに触れた由を、奏上なさって下さい。まったく不都合なことでございます」  と、さりげなくおっしゃるが、心中は、どうしようもなく悲しい事とお思いになるにつけ、ご気分もすぐれないので、誰ともお顔を合わせなさらない。蔵 人の弁を呼び寄せて、きまじめにその旨を奏上させなさる。大殿などにも、これこれの事情があって、参上できないお手紙などを差し上げなさる。  [第六段 十七日夜、夕顔の葬送]  日が暮れて、惟光が参上した。これこれの穢れがあるとおっしゃって、お見舞いの人々も、皆立ったままで帰るので、人目は多くない。呼び寄せ て、  「どうであったか。臨終と見届けたか」  とおっしゃると同時に、袖をお顔に押し当ててお泣きになる。惟光も泣きながら、  「もはやご最期のようでいらっしゃいます。長々と一緒に籠っておりますのも不都合なので。明日、日柄がよろしうございますので、あれこれのこ と、大変に尊い老僧で、知っております者に、連絡をつけました」と申し上げる。  「付き添っていた女はどうしたか」とおっしゃると、  「その者も、同様に、生きられそうにございませんようです。自分も死にたいと取り乱しまして、今朝は谷に飛び込みそうになったのを拝見しまし た。『あの前に住んでいた家の人に知らせよう』と申しますが、『今しばらく、落ち着きなさい、と。事情をよく考えてからに』と、宥めておきました」  とご報告申すにつれて、とても悲しくお思いになって、  「わたしも、とても気分が悪くて、どうなってしまうのであろうかと思われる」とおっしゃる。  「何を、この上くよくよお考えあそばしますか。そうなる運命で、万事があったので、ございましょう。誰にも聞かせまいと存じますので、惟光めが 身を入れて、万事始末いたします」などと申す。  「そうだ。そのように何事も思ってはみるが、いい加減な遊び心から、人を死なせてしまった非難を受けねばならないのが、まことに辛いのだ。少 将命婦などにも聞かせるな。尼君はましてこのようなことなど、お叱りになるから、恥ずかしい気がしよう」と、口封じなさる。  「その他の法師たちなどにも、すべて、説明は別々にしてございます」  と申し上げるので、頼りになさっている。  かすかに事情を聞く女房など、「変だ、何事だろうか、穢れに触れた旨をおっしゃって、宮中へも参内なさらず、また、このようにひそひそと話して 嘆いていらっしゃる」と、ぼんやり不思議がる。  「重ねて無難に取り計らえ」と、葬式の作法をおっしゃるが、  「いやいや、大げさにする必要もございません」  と言って立つが、とても悲しく思わずにはいらっしゃれないので、  「きっと不都合なことと思うだろうが、今一度、あの死骸を見ないのが、とても心残りだから、馬で行ってみたい」  とおっしゃるのを、とても厄介な事だとは思うが、  「そのようにお思いになるならば、仕方ございません。早く、お出かけあそばして、夜が更けない前にお帰りあそばしませ」  と申し上げるので、最近のお忍び用にお作りになった、狩衣のご衣装に着替えなどしてお出かけになる。  お心はまっ暗闇で、大変に堪らないので、このような変な道に出て来たものの、危なかった懲り事で、どうしようかとお悩みになるが、やはり悲し みの晴らしようがなく、「現在の亡骸を見ないでは、再び来世で生前の姿を見られようか」と、悲しみを堪えなさって、いつものように惟光大夫、随身 とを連れてお出掛けになる。  道中、遠く感じられる。十七日の月がさし出て、河原の辺り、御前駆の松明も仄かであるし、鳥辺野の方角などを見やった時など、何となく気味 悪いのも、何ともお感じにならず、心乱れなさって、お着きになった。  周囲一帯までがぞっとする所なのに、板屋の隣に堂を建ててお勤めしている尼の家は、まことにもの寂しい。御燈明の光が、微かに隙間から見 える。その家には、女一人の泣く声ばかりして、外の方に、法師たち二、三人が話をしいしい、特に声を立てない念仏を唱えている。寺々の初夜 も、皆、お勤めが終わって、とても静かである。清水寺の方角は、光が多く見え、人の気配がたくさんあるのであった。この尼君の子である大徳が 尊い声で、経を読んでいるので、涙も涸れんばかりに思わずにはいらっしゃれない。  お入りになると、燈火を背けて、右近は屏風を隔てて臥していた。どんなに侘しく思っているだろう、と御覧になる。気味悪さも感じられず、とても かわいらしい様子をして、まだ少しも変わった所がない。手を握って、  「わたしに、もう一度、声だけでもお聞かせ下さい。どのような前世からの因縁があったのだろうか、少しの間に、心の限りを尽くして愛しいと思っ たのに、残して逝って、途方に暮れさせなさるのが、あまりのこと」  と、声も惜しまず、お泣きになること、際限がない。  大徳たちも、誰とは知らないが、子細があると思って、皆、涙を落とした。  右近に、「さあ、二条へ」とおっしゃるが、  「長年、幼うございました時から、片時もお離れ申さず、馴れ親しみ申し上げてきた人に、急にお別れ申して、どこに帰ったらよいのでございましょ う。どのようにおなりになったと、皆に申せましょう。悲しいことはさておいて、皆にとやかく言われましょうことが、辛いことで」と言って、泣き崩れ て、「煙と一緒になって、後をお慕い申し上げましょう」と言う。  「ごもっともだが、世の中はそのようなものである。別れというもので、悲しくないものはない。先立つのも残されるのも、同じく寿命で定まったもの である。気を取り直して、わたしを頼れ」と、お慰めになりながらも、「このように言う我が身こそが、生きながらえられそうにない気がする」  とおっしゃるのも、頼りない話である。  惟光、「夜は、明け方になってしまいましょう。早くお帰りあそばしませ」  と申し上げるので、振り返り振り返りばかりされて、胸も一杯のままお出になる。  道中とても露っぽいところに、更に大変な朝霧で、どこだか分からないような気がなさる。昨夜の姿のままに横たわっていた様子、互いにお掛け 合いになって寝たが、その自分の紅のご衣装が着せ掛けてあったことなど、どのような前世の因縁であったのかと、道すがらお思いになる。お馬に も、しっかりとお乗りになることができそうにないご様子なので、再び、惟光が介添えしてお帰りあそばさせるが、堤の辺りで、馬からすべり下りて、 ひどくご惑乱なさったので、  「こんな道端で、野垂れ死んでしまうのだろうか。まったく、帰り着けそうにない気がする」  とおっしゃるので、惟光も困惑して、「自分がしっかりしていたら、あのようにおっしゃっても、このような所にお連れ出し申し上げるべきではなかっ た」と反省すると、とても気が急くので、鴨川の水で手を洗い清めて、清水の観音をお拝み申しても、どうしようもなく途方に暮れる。  君も、無理に気を取り直して、心中に仏を拝みなさって、再び、あれこれ助けられなさって、二条院へお帰りになるのであった。  奇妙な深夜のお忍び歩きを、女房たちは、「みっともないこと。最近、いつもより落ち着きのないお忍び歩きが、うち続く中でも、昨日のご様子が、 とても苦しそうでしたが。どうしてこのように、ふらふらお出歩きなさるのでしょう」と、嘆き合っていた。  ほんとうに、お臥せりになったままに、とてもひどくお苦しみになって、二、三日にもなったので、すっかり衰弱のようでいらっしゃる。帝におかせら れても、お耳にあそばされ、嘆かれることはこの上ない。御祈祷を、方々の寺々にひっきりなしに大騒ぎする。祭り、祓い、修法など、数え上げたら きりがない。この世にまたとなく美しいご様子なので、長生きあそばされないのではないかと、国中の人々の騷ぎである。  苦しいご気分ながらも、あの右近を呼び寄せて、部屋などを近くにお与えになって、お仕えさせなさる。惟光は、気も転倒し慌てているが、気を落 ち着けて、この右近が主人を亡くして悲しんでいるのを、支え助けてやりながら仕えさせる。  君は、少し気分のよろしく思われる時は、呼び寄せて使ったりなどなさるので、まもなく馴染んだ。喪服は、とても黒いのを着て、器量など良くは ないが、どこといって欠点のない若い女である。  「不思議に短かったご宿縁に引かれて、わたしも生きていられないような気がする。長年の主人を亡って、心細く思っていましょう慰めにも、もし生 きながらえたら、いろいろと面倒を見たいと思ったが、まもなく自分も後を追ってしまいそうなのが、残念なことだ」  と、ひっそりとおっしゃって、弱々しくお泣きになるので、今さら言ってもしかたないことはさて措いても、「はなはだもったいないことだ」とお思い申 し上げる。  お邸の人々は、足も地に着かないほど慌てる。内裏から、御勅使が、雨脚よりも格段に頻繁にある。お嘆きあそばされていらっしゃるのをお聞き になると、まことに恐れ多くて、無理に気を強くお持ちになる。大殿邸でも一生懸命に世話をなさって、大臣が、毎日お越しになっては、さまざまな 加持祈祷をおさせなさる、その効果があってか、二十余日間、ひどく重く患っていらしゃったが、格別の余病もなく、回復された様子にお見えにな る。  穢れを忌んでいらした期間と重なって明けた夜なので、御心配あそばされていらっしゃるお気持ちが、どうにも恐れ多いので、宮中のご宿直所に 参内などなさる。大殿は、ご自分のお車でお迎え申し上げなさって、御物忌みや何やかやと、うるさくお慎みさせ申し上げなさる。ぼんやりとして、 別世界にでも生き返ったように、暫くの間はお感じになる。  [第七段 忌み明ける]  九月二十日のころに、病状がすっかりご回復なさって、とてもひどく面やつれしていらっしゃるが、かえって、たいそう優美で、物思いに沈みがち に、声を立ててお泣きばかりなさる。拝見して怪しむ女房もいて、「お物の怪がお憑きのようだわ」などと言う者もいる。  右近を呼び出して、のどかな夕暮に、お話などなさって、  「やはり、とても不思議だ。どうして誰とも知られまいと、お隠しになっていたのか。本当に賎しい人であっても、あれほど愛しているのを知らず、隠 していらっしゃったので、辛かった」 とおっしゃると、  「どうして、深くお隠し申し上げなさる必要がございましょう。いつの折にか、たいした名でもないお名前を申し上げなさることができましょう。初め から、不思議な思いもかけなかったご関係なので、『現実とは思えない』とおっしゃって、『お名前を隠していらしたのも、あなた様でしょう』と存じ上 げておられながら、『いい加減な遊び事として、お名前を隠していらっしゃるのだろう』と辛いことに、お思いになっていました」と申し上げるので、  「つまらない意地の張り合いであったな。自分は、そのように隠しておく気はなかった。ただ、このように人から許されない忍び歩きを、まだ経験な いことなのだ。主上が御注意あそばすことを始め、憚ることの多い身分で、ちょっと人に冗談を言うのも、窮屈なで、大げさに取りなし厄介な身であ るが、ふとした夕方の事から、妙に心に掛かって、無理算段してお通い申したのも、このような運命がおありだったのだろうと思うと、気の毒で。ま た反対に、恨めしく思われる。こう長くはない宿縁であったれば、どうして、あれほど心底から愛しく思われなさったのだろう。もう少し詳しく話せ。今 はもう、何を隠す必要があろう。七日毎に仏画を描かせても、誰のためと、心中にも祈ろうか」とおっしゃると、  「どうして、お隠し申し上げましょう。ご自身、お隠し続けていらしたことを、お亡くなりになった後に、口軽く言い洩らしては、と存じおりますばかり です。  ご両親は、早くお亡くなりになりました。三位中将と申しました。とてもおかわいがり申し上げられていましたが、ご自分の出世の思うにまかせぬ のをお嘆きのようでしたが、お命までままならず亡くなってしまわれた後、ふとした縁で、頭中将が、まだ少将でいらした時に、お通い申し上げあそ ばすようになって、三年ほどの間は、ご誠意をもってお通いになりましたが、去年の秋ごろ、あの右大臣家から、とても恐ろしい事を言って寄こした ので、ものをむやみに怖がるご性質ゆえに、どうしてよいか分からなくお怖がりになって、西の京に、御乳母が住んでおります所に、こっそりとお隠 れなさいました。そこもとてもむさ苦しい所ゆえ、お住みになりにくくて、山里に移ってしまおうと、お思いになっていたところ、今年からは方塞がりの 方角でございましたので、違う方角へと思って、賎しい家においでになっていたところを、お見つけ申されてしまった事と、お嘆きのようでした。世間 の人と違って、引っ込み思案をなさって、他人に物思いしている様子を見せるのを、恥ずかしいこととお思いなさって、さりげないふうを装って、お目 にかかっていらっしゃるようでございました」  と、話し出すと、「そうであったのか」と、お思い合わせになって、ますます不憫さが増した。  「幼い子を行く方知れずにしたと、中将が残念がっていたのは、その子か」とお尋ねになる。  「さようでございます。一昨年の春に、お生まれになりました。女の子で、とてもかわいらしくて」と申し上げる。  「ところで、どこに。誰にもそうとは知らせず、わたしに下さい。あっけなくて、悲しいと思っている人のお形見として、まことに嬉しいことだろう」とお っしゃる。「あの中将にも伝えるべきだが、言っても始まらない恨み言を言われるだろう。あれこれにつけて、お育てするに不都合はあるまいから。 その一緒にいる乳母などにも違ったふうに言い繕って、連れて来てくれ」 などとお話なさる。  「それならば、とても嬉しいことでございましょう。あの西の京でご成育なさるのは、不憫でございまして。これといった後見人もいないというので、 あちらに」などと申し上げる。  夕暮の静かなころに、空の様子はとてもしみじみと感じられ、お庭先の前栽は枯れ枯れになり、虫の音も鳴き弱りはてて、紅葉がだんだん色づい て行くところが、絵に描いたように美しいのを見渡して、思いがけず結構な宮仕えをすることになったと、あの夕顔の宿を思い出すのも恥ずかしい。 竹薮の中に家鳩という鳥が、太い声で鳴くのをお聞きになって、あの院でこの鳥が鳴いたのを、とても怖いと思っていた様子が、まぶたにかわいら しくお思い出されるので、  「年はいくつにおなりだったか。不思議に世間の人と違って、か弱くお見えであったのも、このように長生きできないからだったのだね」とおっしゃ る。  「十九におなりだったでしょうか。右近めは、亡くなった乳母があとに残して逝きましたので、三位の君様がおかわいがり下さって、お側離れずに お育て下さいましたのを、思い出しますと、どうして生きておられましょう。どうしてこう深く親しんだのだろうと、悔やまれて。気弱そうでいらっしゃい ました方のお気持ちを、頼むお方として、長年仕えてまいりましたこと」と申し上げる。  「頼りなげな人こそ、女はかわいらしいのだ。利口で我の強い人は、とても好きになれないものだ。自分自身がてきぱきとしっかりしていない性情 から、女はただ素直で、うっかりすると男に欺かれてしまいそうなのが、そのくせ引っ込み思案で、男の心にはついていくのが、愛しくて、自分の思 いのままに育てて一緒に暮らしたら、慕わしく思われることだろう」などと、おっしゃると、  「こちらのお好みには、きっとお似合いだったでしょうと、存じられますにつけても、残念なことでございますわ」と言って泣く。  空が少し曇って、風も冷たいので、とても感慨深く物思いに沈んで、  「恋しかった人が煙となり雲となってしまったと思って見ると   この夕方の空も親しく思われるよ」  と独り詠じられたが、ご返歌も申し上げられない。このように、生きていらしたならば、と思うにつけても、胸が一杯になる。耳障りであった砧の音 を、お思い出しになるのまでが、恋しくて、「正に長き夜」と口ずさんで、お臥せりになった。   第五章 空蝉の物語(2)  [第一段 紀伊守邸の女たちと和歌の贈答]  あの、伊予介の家の小君は、参上する折はあるが、特別に以前のような伝言もなさらないので、嫌なとお見限りになられたのを、つらいと思って いたところに、このようにご病気でいらっしゃるのを聞いて、やはり悲しい気がするのであった。遠く下るのなどが、何といっても心細い気がするの で、お忘れになってしまったかと、試しに、  「承りまして、案じておりますが、口に出しては、とても、  お尋ねできませんことをなぜかとお尋ね下さらずに月日が経ましたが  どんなにか思い悩んでいらっしゃいますことやら    『益田』とは本当のことで」  と申し上げた。珍しいので、この女へも愛情はお忘れにならない。  「生きてる甲斐がないとは、誰の言うことでしょうか。  空蝉の世は嫌なものと知ってしまったのに  またもあなたの言の葉に期待を掛けて生きていこうと思います  頼りないことよ」  と、お手も震えなさるので、乱れ書きなさっているのは、ますます美しそうである。今だに、あの脱ぎ衣をお忘れにならないのを、気の毒にもおもし ろくも思うのであった。  このように愛情がなくはなく、やりとりなさるが、身近にとは思ってもいないが、とはいえ、薄情な女だと思われてしまいたくない、と思うのであっ た。  あのもう一方は、蔵人少将を通わせていると、お聞きになる。「おかしなことだ。どう思っているだろう」と、少将の気持ちも同情し、また、その女の 様子も興味があるので、小君を使いにして、「死ぬほど思っている気持ちは、お分かりでしょうか」と言っておやりになる。  「一夜の逢瀬なりとも『軒端荻』を契らなかったら   わずかばかりの恨み言も何を理由に言えましょうか」  丈高い荻に付けて、「こっそりと」とおっしゃったが、「間違って、少将が見つけて、わたしだったのだと、分かってしまったら。それでも、許してくれ よう」と思う、高慢なお気持ちは、困ったものである。  少将のいない時に見せると、嫌なことと思うが、このようにお思い出しになったのも、やはり嬉しくて、お返事を、素早いのを取り柄として渡す。  「ほのめかされるお手紙を見るにつけても下荻のような   身分の賎しいわたしは、嬉しいながらも半ばは思い萎れています」  筆跡は下手なのを、分からないようにしゃれて書いている様子、品がない。燈火で見た顔を、お思い出しになる。「気を許さず対座していたあの人 は、今でも思い捨てることのできない様子をしていたな。何の嗜みもありそうでなく、はしゃいで得意でいたことよ」とお思い出しになると、憎めなくな る。相変わらず、「こりずまに、またまた浮名が立ちそうな」好色心のようである。     第六章 夕顔の物語(3)  [第一段 四十九日忌の法要]  あの人の四十九日忌を、人目を忍んで比叡山の法華堂において、略さずに、衣裳をはじめとして、必要な物どもを、心をこめて、誦経などおさせに なった。経巻や、仏像の装飾まで簡略にせず、惟光の兄の阿闍梨が、大変に立派な人なので、見事に催すのであった。  ご学問の師で、親しくしていられる文章博士を呼んで、願文を作らせなさる。誰それと言わないで、愛しいと思っていた人が亡くなってしまったの を、阿彌陀にお譲り申す旨を、しみじみとお書き表しになると、  「まったくこのまま、書き加えることはございませんようです。」と申し上げる。  堪えていらっしゃったが、お涙もこぼれて、ひどくお悲しみでいるので、  「どのような方なのでしょう。誰それと噂にも上らないで、これほどにお嘆かせになるほどだった、宿運の高いこと」  と言うのであった。内々にお作らせになった装束の袴をお取り寄させなさって、  「泣きながら今日はわたしが結ぶ袴の下紐だが   いつの世のかまた再会してその時は共に結び合うことができようか」  「この日までは中有に彷徨っているというが、どの道に定まって行くことのだろうか」とお思いやりになりながら、念仏誦経をとても心こめてなさる。 頭中将とお会いになる時にも、むやみに胸がどきどきして、あの撫子が成長している有様を、聞かせてやりたいが、非難されるのを警戒して、お口 にはお出しにならない。  あの夕顔の宿では、どこに行ってしまったのかと心配するが、そのまま尋ね当て申すことができない。右近までもが音信ないので、不思議だと困 り合っていた。はっきりしないが、様子からそうではあるまいかと、ささめき合っていたので、惟光のせいにしたが、まるで問題にもせず、関係なく言 い張って、相変わらず同じように通って来たので、ますます夢のような気がして、「もしや、受領の子息で好色な者が、頭の君に恐れ申して、そのま ま、連れて下ってしまったのだろうか」と、想像するのだった。  この家の主人は、西の京の乳母の娘なのであった。三人乳母子がいたが、右近は腹違いだったので、「分け隔てして、ご様子を知らせないのだ わ」と、泣き慕うのであった。右近は右近で、口やかましく非難するだろうことを思って、君も今になって洩らすまいと、お隠しになっているので、若 君の身の上すら聞けず、まるきり消息不明のまま過ぎて行く。  君は、「せめて夢にでも逢いたい」と、お思い続けていると、この法事をなさって、次の夜に、ほのかに、あの某院そのまま、枕上に現れた女の様 子も同じようにして見えたので、「荒れ果てた邸に住んでいた魔物が、わたしに魅入ったきっかけで、こんなになってしまったのだ」と、お思い出しに なるにつけても、気味の悪いことである。   第七章 空蝉の物語(3)  [第一段 空蝉、伊予国に下る]  伊予介は、神無月の朔日ころに下る。女方が下って行くというので、餞別を格別に気を配っておさせになる。別に、内々にも特別になさって、きめ 細かな美しい格好の櫛や、扇を、たくさんにして、幣帛などを特別に大げさにして、あの小袿もお返しになる。  「再び逢う時までの形見の品と思って持っていましたが   すっかり涙で朽ちるまでになってしまいました」  こまごまとした事柄があるが、煩雑になるので書かない。  お使いは、帰ったけれど、小君を使いにして、小袿のお礼だけは申し上げさせた。  「蝉の羽の衣替えの終わった後の夏衣は   返してもらっても泣かれるばかりです」  「考えても、不思議に人並みはずれた意志の強さで、振り切って行ってしまったなあ」と思い続けていらっしゃる。今日はちょうど立冬の日であった が、いかにもそれと、さっと時雨れて、空の様子もまことに物寂しい。一日中物思いに過されて、  「亡くなった人も今日別れて行く人もそれぞれの道に   どこへ行くのか知れない秋の暮れだなあ」  やはり、このような秘密の恋は辛いものだと、お知りになったであろう。このような煩わしいことは、努めてお隠しになっていらしたのもお気の毒な ので、みな書かないでおいたのに、「どうして、帝の御子であるからと、見知っている人までが、欠点がなく何かと褒めてばかりいる」と、作り話のよ うに受け取る方がいらっしゃったので。あまりにも慎みのないおしゃべりの罪は、免れがたいが。 源氏物語の世界ヘ 本文 ローマ字版 注釈 Last updated 5/11/99 渋谷栄一訳(C)(ver.1-1-2)    夕 顔 光る源氏の十七歳夏から立冬の日までの物語 第一章 夕顔の物語 夏の物語 1.源氏、五条の大弐乳母を見舞う---六条辺りのお忍び通いのころ 2.数日後、夕顔の宿の報告---惟光、数日して参上した 第二章 空蝉の物語  空蝉の夫、伊予国から上京す---ところで、あの空蝉のあきれるほど冷淡だったのを 第三章 六条の貴婦人の物語 初秋の物語  霧深き朝帰りの物語---秋にもなった。誰のせいからでもなく、自ら求めて 第四章 夕顔の物語(2) 仲秋の物語 1.源氏、夕顔の宿に忍び通う---それはそうと、あの惟光の管理人の偵察は 2.八月十五夜の逢瀬---君も、「このように無心に油断させて隠れてしまったなら 3.なにがしの院に移る---ためらっている月のように、出し抜けに行く先も分からず出かけることを 4.夜半、もののけ現われる---宵を過ぎるころ、少し寝入りなさった時に 5.源氏、二条院に帰る---ようやくのことで、惟光朝臣が参上した 6.十七日夜、夕顔の葬送---日が暮れて、惟光が参上した。これこれの穢れがあるとおっしゃって 7.忌み明ける---九月二十日のころに、病状がすっかりご回復なさって 第五章 空蝉の物語(2)  紀伊守邸の女たちと和歌の贈答---あの、伊予介の家の小君は、参上する折はあるが 第六章 夕顔の物語(3)  四十九日忌の法要---あの人の四十九日忌を、人目を忍んで比叡山の法華堂において 第七章 空蝉の物語(3)  空蝉、伊予国に下る---伊予介は、神無月の朔日ころに下る   第一章 夕顔の物語 夏の物語  [第一段 源氏、五条の大弐乳母を見舞う]  六条辺りのお忍び通いのころ、内裏からご退出なさる休息所に、大弍の乳母がひどく病んで尼になっていたのを、見舞おうとして、五条にある家 を尋ねていらっしゃった。  お車が入るべき正門は鎖してあったので、供人に惟光を呼ばせて、お待ちあそばす間、むさ苦しげな大路の様子を見渡していらっしゃると、この 家の隣に、桧垣という物を新しく作って、上は半蔀を四、五間ほどずっと吊り上げて、簾などもとても白く涼しそうなところに、美しい額際の透き影 が、たくさん見えて覗いている。立ち動き回っているらしい下半身を想像すると、やたらに背丈の高い気がする。どのような者が住んでいるのだろう と、一風変わった様子にお思いになる。  お車もひどく地味になさり、先払いもおさせにならず、誰と分かろうと気をお許しなさって、少し顔を出して御覧になっていると、門は蔀のようなのを 押し上げてあるが、覗き込む程もなく、ささやかな住まいを、しみじみと、「どの家を終生の宿とできようか」とお考えになってみると、玉の台も同じこ とである。  切懸めいた物に、とても青々とした蔓草が気持ちよさそうに這いまつわっているところに、白い花が、自分ひとり微笑んで咲いている。  「遠方の人にお尋ねする」  と独り言をおっしゃると、御随身がひざまずいて、  「あの白く咲いている花を、夕顔と申します。花の名は人並のようで、このような賎しい垣根に咲くのでございます」  と申し上げる。なるほど、とても小さい家が多くて、むさ苦しそうな界隈の、ここもかしこも、見苦しくちょっと傾いて、頼りなさそうな軒の端などに這 いまつわっているのを、  「気の毒な花の運命よ。一房手折ってまいれ」  とおっしゃるので、この押し上げてある門から入って折る。  そうは言うものの、しゃれた遣戸口に、黄色い生絹の単重袴を、長く着こなした女童で、かわいらしげな子が出て来て、ちょっと招く。白い扇でた いそう香を薫きしめたのを、  「これに載せて差し上げなさいね。枝も風情なさそうな花ですもの」  と言って与えたので、門を開けて惟光朝臣が出て来たのを取り次がせて、差し上げさせる。  「鍵を置き忘れまして、大変にご迷惑をお掛けいたしました。どなた様と分別申し上げられる者もおりませぬ辺りですが、ごみどみした大路にお立 ちあそばして」とお詫び申し上げる。  引き入れて、お下りになる。惟光の兄の阿闍梨、婿の三河守、娘などが、寄り集まっているところに、このようにお越しあそばされたお礼を、この 上ないことと恐縮申し上げる。  尼君も起き上がって、  「惜しくもない身ですが、出家しがたく存じておりましたことは、ただ、このようにお目にかかり、御覧に入れる姿が変わってしまったことを残念に存 じて、ためらっていましたが、受戒の効果があって生き返って、このようにお越しあそばしますのを、お目にかかれましたので、今は、阿彌陀のご来 迎も、心残りなく待つことができましょう」  などと申し上げて、弱々しく泣く。  「いく日も、思わしくなくいらっしゃるのを、案じて心痛めていましたが、このように、出家された姿でいらっしゃると、まことに悲しく残念で。長生きを して、さらに位が高くなるのなども御覧下さい。そうしてから、九品の最上位にも、差し障りなくお生まれ変わり下さい。この世に少しでも執着が残る のは、悪いことと聞いています」など、涙ぐんでおっしゃる。  不出来な子でさえも、乳母のようなかわいがるはずの人は、あきれるくらいに完全無欠に思い込むものを、まして、まことに光栄にも、親しくお世 話申し上げたわが身も、大切にもったいなく思われるようなので、わけもなく涙に濡れるのである。  子供たちは、とてもみっともないと思って、「捨てたこの世に未練あるように、ご自身から泣き顔をお目にかけていなさる」と言って、突き合い目配 せし合う。  君は、とてもしみじみと感じられて、  「幼かったころに、かわいがってくれるはずの方々が亡くなってしまわれた後は、養育してくれる人々はたくさんいるようであったが、親しく甘えら れる人は、他にいなく思われました。成人して後は、きまりがあるので、朝夕にもお目にかかれず、思い通りにお訪ね申すことはなかったが、やは り久しくお会いしない時は、心細く思われましたが、『避けられない別れなどはあってほしくないものだ』と思われます」  などと、じっくりとお話なさって、お拭いになる袖の匂いも、とても辺り狭しと薫り満ちているので、なるほど、考えてみれば、並々の人でないご運 命であったと、尼君を非難がましく見ていた子供たちも、皆涙ぐんだ。  修法など、重ねて始めるべき事などをお命じあそばして、お立ちになろうとして、惟光に紙燭を持って来させて、先程の扇を御覧になると、使い慣 らした移り香が、とても深く染み込んで慕わしくて美しく書き流してある。  「当て推量に貴方さまでしょうと思います   白露の光を加えて美しい夕顔の花は」  誰とも分からないように書き紛らわしているのも、上品に教養が見えるので、とても意外に、興味を惹かれなさる。惟光に、  「この西にある家は、何者が住むのか。尋ね聞いているか」  とお尋ねになると、いつもの厄介なお癖とは思うが、そうは申さず、  「この五、六日ここにおりますが、病人のことを心配して看護しております時なので、隣のことは聞けません」  などと、無愛想に申し上げるので、  「憎らしいと思っているな。けれど、この扇の、尋ねねばならない理由がありそうに思われるのを。やはり、この界隈の事情を知っている者を呼ん で尋ねよ」  とおっしゃると、入って行って、この家守である男を呼んで尋ね聞く。  「揚名介である人の家だそうでございました。男は田舎に下向して、妻は若く派手好きで、姉妹などが宮仕え人として行き来している、と申しま す。詳しいことは、下人にはよく分からないのでございましょう」と申し上げる。  「では、その宮仕人というようだ。得意顔に物慣れて詠みかけてきたものよ」と、「きっと興覚めしそうな身分ではなかろうか」とお思いになるが、名 指して詠みかけてきた気持ちが、憎からず過ごしがたいのが、例によって、こういった方面には、重々しくないご性分なのであろう。御畳紙にすっか り別筆にお書きになって、  「もっと近寄って誰ともはっきり見たらどうでしょう   黄昏時にぼんやりと見えた花の夕顔を」  先程の御随身をお遣わしになる。  まだ見たことのないお姿であったが、まことにはっきりと推察されなさるおん横顔を見過ごさないで、さっそく詠みかけたのに、返歌をなさらないで 時間が過ぎたので、何となく体裁悪く思っていたところに、このようにわざわざ来たというふうだったので、いい気になって、「何と申し上げよう」など と言い合っているようだが、生意気なと思って、随身は帰参した。  御前駆の松明が弱く照らして、とてもひっそりとお出になる。半蔀は下ろしてあった。隙間隙間から見える灯火の明りは、螢よりもさらに微かで哀 れである。  お目当ての所では、木立や前栽などが、世間一般の所と違い、とてもゆったりと奥ゆかしく住んでいらっしゃる。気の置けるご様子などが、他の 人とは格別なので、先程の垣根はお思い出されるはずもない。  翌朝、少しお寝過ごしなさって、日が差し出るころにお帰りになる。朝帰りの姿は、なるほど、人がお褒め申し上げるようなのも、もっともであるご 様子なのであった。  今日もこの半蔀の前をお通り過ぎになる。今までにも通り過ぎなさった辺りであるが、わずかちょっとしたことでお気持ちを惹かれて、「どのような 人の住んでいる家なのだろう」と思っては、行き帰りにお目が止まるのであった。  [第二段 数日後、夕顔の宿の報告]  惟光、数日して参上した。  「患っております者が、依然として弱そうでございましたので、いろいろと看病いたしておりまして」  などと挨拶申し上げて、近くに上って申し上げる。  「お尋ねになられました後に、隣のことを知っております者を、呼んで尋ねさせましたが、はっきりとは申しません。『ごく内密に、五月のころからお いでの方があるようですが、誰それとは、全然その家の内の人にさえ知らせません』と申します。時々、中垣から覗き見しますと、なるほど、若い女 たちの透き影が見えます。褶めいた物を、申しわけ程度にひっかけて、仕える主人がいるようでございます。昨日、夕日がいっぱいに射し込んでい ました時に、手紙を書こうとして座っていました人の顔が、とてもようございました。憂えに沈んでいるような感じがして、側にいる女房たちも涙を隠 して泣いている様子などが、はっきりと見えました」  と申し上げる。君はにっこりなさって、「知りたいものだ」とお思いになった。  声望こそ重々しいはずのご身分であるが、ご年齢のほど、人が追従しお褒め申し上げている様子などを考えると、興味をお感じにならないのも、 風情がなくきっと物足りない気がするだろうが、人が承知しない身分でさえ、やはり、相当な人のことには、興味をそそられるものだから、と思って いる。  「もしや、拝見いたすこともありましょうかと、ちょっとした機会を作って、恋文などを出してみました。書きなれている筆跡で、素早く返事など寄こし ました。たいして悪くはない若い女房たちがいるようでございます」  と申し上げると、  「さらに近づけ。突き止めないでは、物足りない気がする」とおっしゃる。  あの、下層の最下層だと、人が見下した住まいであるが、その中にも、意外に結構なのを見つけたらばと、珍しくお思いになるのであった。   第二章 空蝉の物語  [第一段 空蝉の夫、伊予国から上京す]  ところで、あの空蝉のあきれるほど冷淡だったのを、世間一般の女性とは違ってお思いになると、素直であったならば、気の毒な過ちをしたと思っ てやめられようが、まことに悔しく、振られて終わってしまいそうなのが、気にならない時がない。このような並々の女性までは、お思いにならなかっ たのだが、先日の「雨夜の品定め」の後は、興味をお持ちになった階層階層があることによって、ますます残る隈なくご関心をお持ちになった方の ようであるよ。  疑いもせずにお待ち申しているらしいもう一人の女を、いじらしいとお思いにならないわけではないが、何くわぬ顔で聞いていたろうことが恥ずかし いので、「まずは、この女の気持ちを見定めてから」とお思いになっているうちに、伊予介が上京した。  まっさきに急いで参上した。船路のせいで、少し黒く日焼けしている旅姿は、とても野暮くさくて気に入らない。けれど、人品も相当な血筋で、容 貌などは年はとっているが、小綺麗で、人並優れて品格や趣向などがそなわっているのであった。  任国の話などを申す時に、「湯桁はいくつ」と、お尋ねしたくお思いになるが、わけもなく正視できなくて、お心の中に思い出されることもさまざまで ある。  「実直な年配者を、このように思うのも、いかにも馬鹿らしく後ろ暗いことであるよ。いかにも、これが、尋常ならざる不埒なことだった」と、左馬頭 の忠告をお思い出しになって、気の毒なので、「冷淡な気持ちは憎いが、夫のためには、立派だ」とお考え直しになる。  「娘を適当な人に縁づけて、北の方を連れて下るつもりだ」と、お聞きになると、あれやこれやと気持ちが落ち着かなくて、「もう一度逢えないもの か」と、小君に相談なさるが、相手が同意したようなことでさえ、軽々とお忍びになるのは難しいのに、まして、不釣り合いな関係と思って、今さら見 苦しかろうと、思い絶っている。  そうは言っても、すっかりお忘れになられることも、まことにつまらなく、嫌にちがいないことと思って、適当な折々のお返事など、親しく度々差し上 げては、何気ない書きぶりに詠み込まれた返歌は、不思議とかわいらしげに、お目に止まるようなことを書き加えなどして、恋しく思わずにはいられ ない人の様子なので、冷淡で癪な女と思うものの、忘れがたい人とお思いになっている。  もう一人は、夫がしっかりできても、変わらず心を許しそうに見えたのを当てにして、いろいろとお聞きになるが、お心も動かさないのであった。   第三章 六条の貴婦人の物語 初秋の物語  [第一段 霧深き朝帰りの物語]  秋にもなった。誰のせいからでもなく、自ら求めて物思いに心を尽くされることどもがあって、大殿には、と絶えがちなので、恨めしくばかりお思い 申し上げていらっしゃった。  六条辺りの御方にも、気の置けたころのご様子をお靡かせ申し上げてから後は、うって変わって、通り一遍な扱いのようなのは、お気の毒であ る。けれど、他人でいたころのご執心のように、無理無体なことがないのも、どうしたことかと思われた。  女は、たいそう何事も度を越すほど、お思い詰めなさるご性格なので、年齢も釣り合わず、人が漏れ聞いたら、ますますこのような辛い訪れない 夜な夜なの寝覚めを、お悩み悲しまれることが、とてもあれこれと多いのである。  霧の大層深い朝、ひどく急かされなさって、眠そうな様子で、溜息をつきながらお出になるのを、中将のおもとが、御格子を一間上げて、お見送り なさいませ、という心遣いらしく、御几帳を引き開けたので、御頭をもち上げて御覧になった。  前栽が色とりどりに咲き乱れているのを、行き過ぎにくそうにためらっていらっしゃる姿が、なるほど二人といない。廊の方へいらっしゃる時に、中 将の君が、お供申し上げる。紫苑色で、季節に適った羅の裳、くっきりと結んだ腰つきは、物柔らかで優美である。  見返りなさって、隅の間の高欄に、少しの間、お座らせなさった。きちんとした態度、黒髪のかかり具合、見事な、と御覧になる。  「咲いている花に心を移したという風評は憚られますが   やはり手折らずには行き過ごしがたい今朝の朝顔の花です  どうしよう」  と言って、手を捉えなさると、まことに馴れたふうに素早く、  「朝霧の晴れる間も待たないでお帰りになるご様子なので  朝顔の花に心を止めていないものと思われます」  と、主人のことにしてお返事申し上げる。  かわいらしい童女で、姿が目安く、格別の格好をしている、指貫の裾を、露っぽく濡らし、花の中に入り混じって、朝顔を手折って差し上げるところ など、絵に描きたいほどである。  通り一遍に、ちょっと拝見する人でさえ、心を止め申さない者はない。物の情趣を解さない山賎も、花の下では、やはり休息したいものなのであろ うか、このお美しさを拝する人々は、身分身分に応じて、自分のかわいいと思う娘を、ご奉公に差し上げたいと願い、あるいは、恥ずかしくないと思 う姉妹などを持っている人は、下仕えであっても、やはり、このお方の側にご奉公させたいと、思わない者はいなかった。  まして、何かの折のお言葉でも、優しいお姿を拝する人で、少し物の情趣を解せる人は、どうしていい加減にお思い申し上げよう。一日中くつろい だご様子でおいでにならないのを、物足りないことと思うようである。   第四章 夕顔の物語(2) 仲秋の物語  [第一段 源氏、夕顔の宿に忍び通う]  それはそうと、あの惟光の管理人の偵察は、とても詳しく事情を探ってご報告する。  「誰であるかは、まったく分かりません。世間にひどく隠れ潜んでいる様子に見えますが、暇にまかせて、南の半蔀のある長屋に移って来ては、 牛車の音がすると、若い女房たちが覗き見などをするようですが、この主人と思われる女も、来る時があるようでございまして。容貌は、ぼんやりと ではありますが、とてもかわいらしげでございます。  先日、先払いをして通る牛車がございましたのを、覗き見て、女童が急いで、『右近の君さま、早く御覧なさい。中将殿が、ここをお通り過ぎになっ てしまいます』と言うと、他に、見苦しくない女房が出て来て、『静かに』と手で制しながらも、『どうしてそうと分かりますか。どれ、見てみよう』と言っ て、渡って来ます。打橋のようなものを通路にして、行き来するのでございます。急いで来た者は、衣の裾を何かに引っ掛けて、よろよろと倒れて、 橋から落ちてしまいそうになったので、『まあ、この葛城の神は、危なっかしく拵えたこと』と、文句を言って、覗き見の興味も冷めてしまったようでし た。『君は、直衣姿で、御随身どももいました。あの人は誰、この人は誰』と数えたのは、頭中将の随身や、その小舎人童を、証拠に言っておりまし た」などと申し上げると、  「確かにその車を見たのならよかったのに」  とおっしゃって、「もしや、あの愛しく忘れ難かった女であろうか」と、思いつかれるにつけても、とても知りたげなご様子を見て、  「わたしの懸想も首尾よく致して、様子もすっかり存じておりながら、ただ、同じ同輩どうしと思わせて、話しかけてくる若い近習がございますの で、空とぼけたふりして、隠れて通っています。とてもうまく隠していると思って、小さい子供などのございますのが、言い間違いそうになるのも、ご まかして、別に主人のいない様子を無理に装っています」などと、話して笑う。  「尼君のお見舞いに伺った折に、垣間見させよ」とおっしゃるのであった。  一時的にせよ、住んでいる家の程度を思うと、「これこそ、あの左馬頭が判定して、貶んだ下の品であろう。その中に予想外におもしろい事があっ たら」などと、お思いになるのであった。  惟光は、どんな些細なことでもお心に違うまいと思うが、自分も抜けめない好色人なので、大変に策を労しあちこち段取りをつけ、しゃにむにお通 わし始めたのであった。この辺の事情は、こまごまと煩わしくなるので、例によって省略した。  女を、はっきり誰とお確かめになれないので、ご自分も名乗りをなさらず、ひどくむやみに粗末な身なりをなさっては、いつもと違って直接に身を入 れてお通いになるのは、並々ならぬご執心なのであろう、と考えると、自分の馬を差し上げて、お供して走りまわる。  「懸想人のひどく人げない徒ち歩き姿を、見つけられましては、辛いものですね」とこぼすが、他人に知らせなさらないこととして、あの夕顔の案内 をした随身だけ、その他には、顔をまったく知られてないはずの童一人だけを、連れていらっしゃるのであった。「万一思い当たる気配もあろうか」と 慮って、隣に中休みをさえなさらない。  女も、とても不審に合点がゆかない気ばかりして、お文使いに人を付けたり、払暁の道を尾行させ、お住まいを現すだろうと追跡するが、どこと分 からなく晦まし晦ましして、そうは言っても、かわいく逢わないではいられず、この女がお心に掛かっているので、不都合で軽々しい行為だと、反省 しては困り困り、とても頻繁にお通いになる。  このような方面では、実直な人の乱れる時もあるが、とても見苦しくなく自重なさって、人が非難申し上げるような振る舞いはなさらなかったが、 不思議なまでに、今朝の間、昼間の逢わないでいる間も、逢いたくなど、お思い悩みになるので、他方では、ひどく気違いじみており、それほど熱 中するに相応しいことではない、と、つとめて熱をお冷ましになるが、女の感じは、とても驚くほど従順でおっとりとして、物事に思慮深く慎重な方面 は劣って、一途に子供っぽいようでいながら、男女の仲を知らないでもない。たいして高い身分ではあるまい、どこにひどくこうまで心惹かれるのだ ろう、と繰り返しお思いになる。  とてもわざとらしくして、ご装束も粗末な狩衣をお召しになり、姿を変え、顔も少しもお見せにならず、深夜ごろに、人の寝静まるのを待ってお出入 りなどなさるので、昔あったという変化のものじみて、気味悪く嘆息されるが、男性のご様子、そうは言うものの、手触りでも分かることができたの で、「いったい、どなたであろうか。やはりこの好色人が手引きして始まったことらしい」と、大夫を疑ってみるが、つとめて何くわぬ顔を装って、まっ たく知らない様子に、せっせと色恋に励んでいるので、どのようなことかとわけが分からず、女の方も不思議な変わった物思いをするのであった。  [第二段 八月十五夜の逢瀬]  君も、「このように無心に油断させて隠れてしまったなら、どこを目当てにしてか、わたしも尋ねられよう。仮の宿と、また一方では思われるので、 どこともどことも、移って行くような日を、いつとも分からないだろう」とお思いになると、後を追い見失って、どうでもよく諦めがつくものなら、ただこの ような遊び事で終わっても済まされようが、まったくそうして過そう、とはお思いになれない。人目をお憚りになって、お途絶えになる夜な夜ななど は、とても我慢ができず、苦しいまでにお思いになるので、「やはり、誰と知らせずに二条院に迎えてしまおう。もし世間に評判になって不都合なこ とであっても、そうなるはずの運命なのだ。我ながら、ひどくこう女に惹かれることはなかったのに、どのような宿縁であったのだろうか」などお思い よりになる。  「さあ、とても気楽な所で、のんびりとお話しよう」  などと、お誘いになると、  「やはり、変ですわ。そうおっしゃいますが、普通とは違ったお持てなしなので、何となく空恐ろしい気がしますわ」  と、とても子供っぽく言うので、「なるほど」と、思わずにっこりなさって、  「なるほど、どちらが狐でしょうかね。ただ、化かされなさいな」  と、優しそうにおっしゃると、女もすっかりその気になって、そうであってもいいと思っている。「世間に例のない、おかしなことであっても、一途に従 順な心は、実にかわいい女だ」と、お思いになると、やはり、あの頭中将の「常夏」かと疑われて、話した性質を、まっさきにお思い出されなさった が、「隠すような事情が」と、むやみにお聞き出しなさらない。  表情に現して、不意に逃げ隠れするような性質などはないので、「離れ離れに、絶え間を置いたような折には、そのように気を変えることもあろう が、女のほうから、少し浮気することがあったほうが愛情も増さるであろう」とまで、お思いになった。  八月十五日夜、満月の光が、隙間の多い板葺きの家に、すっかり射し込んで来て、ご経験のない住居の様子も珍しいうちに、払暁近くなったの であろう、隣の家々からの、賎しい下男の声々が、目を覚まして、  「ああ、ひどく寒いなあ」  「今年は、商売も当てになる所も少なく、田舎への行き来も望めないから、ひどく心細いなあ。北隣さん、お聞きなさるか」  などと言い交わしているのも聞こえる。  まことにほそぼそとした各自の生計のために起き出して、ざわめいているのも間近なのを、女はとても恥ずかしく思っている。  優美に風流めかすような人は、消え入りたいほどの住居の様子のようである。けれでも、のんびりと、辛いことも嫌なことも気恥ずかしいことも、気 にかける様子でなく、自身の態度や様子は、とても上品でおっとりして、またとないくらい下品な隣のぶしつけさを、どのようなこととも知っている様 子でないので、かえって恥ずかしがり赤くなるよりは罪がないように思われるのであった。  ごろごろと、鳴る雷よりも騒がしく、踏み轟かす唐臼の音も、枕上かと聞こえる。「ああ、やかましい」と、これには閉口されなさる。何の轟音ともお 分りにならず、とても不思議で、耳障りな音だとばかりお聞きになる。ごたごたしたことばかり多かった。  白妙の衣を打つ砧の音も、かすかにあちらこちらからと聞こえて来、空飛ぶ雁の声も、一緒になって、堪えきれない情趣が多い。端近いご座所だ ったので、遣戸を引き開けて、一緒に外を御覧になる。広くもない庭に、しゃれた呉竹や、前栽の露は、やはりこのような所も同じように光ってい た。虫の声々が入り乱れ、壁の内側のこおろぎでさえ、時たまお聞きになっているお耳に、じかに押し付けたように鳴き乱れているのを、かえって 違った感じにお思いなさるのも、お気持ちの深さゆえに、すべての欠点が許されるのであろうよ。  白い袷、薄紫色の柔らかい衣を重ね着て、地味な姿態は、とてもかわいらしげに心惹かれる感じがして、どこそこと取り立てて優れた所はない が、か細くしなやかな感じがして、何かちょっと言った感じは、「ああ、いじらしい」と、ただもうかわいく思われる。気取ったところをもう少し加えたら と、御覧になりながら、なおもくつろいで逢いたく思われなさるので、  「さあ、ちょっとこの辺の近い所で、気楽に過ごそう。こうしてばかりいては、とても辛いなあ」とおっしゃると、  「とてもそんな。急でしょう」  と、とてもおっとりと言って座っている。この世だけでない約束などまで信頼なさっているので、気を許す心根などが、不思議に普通と違って、世慣 れた女とも思われないので、人の思惑も慮ることもおできになれず、右近を召し出して、随身を呼ばせなさって、お車を引き入れさせなさる。この家 の女房たちも、このようなお気持ちが並大抵でないのが分かるので、不安に思いながらもお頼り申し上げていた。  明け方も近くなったのであった。鶏の声などは聞こえないで、御嶽精進であろうか、ただ老人めいた声で礼拝するのが聞こえる。立ったり座ったり の様子、難儀そうに勤行する。たいそうしみじみと、「朝の露と違わないこの世を、何を欲張りわが身の利益を祈るのだろうか」と、お聞きになる。 「南無当来導師」と言って、拝んでいるようだ。  「あれを、お聞きなさい。この世だけとは思っていないのだね」と、哀れがりなさって、  「優婆塞が勤行しているのを道しるべにして   来世にも深い約束に背かないで下さい」  長生殿の昔の例は縁起が悪いので、翼を交そうとは言わずに、弥勒の世を約束なさる。来世までのお約束は、まことに大げさである。  「前世の宿縁の拙さが身につまされるので   来世まではとても頼りかねます」  このような返歌のし方なども、そうは言うものの、心細いようである。  [第三段 なにがしの院に移る]  ためらっている月のように、出し抜けに行く先も分からず出かけることを、女は躊躇し、いろいろと説得なさるうちに、急に雲に隠れて、明け行く空 は実に美しい。体裁の悪くなる前にと、いつものように急いでお出になって、軽々とお乗せになったので、右近が乗った。  その辺りに近い某院にお着きあそばして、管理人をお呼び出しになる間、荒れた門の忍草が生い茂っていて見上げられるが、譬えようなく木暗 い。霧も深く、露っぽいところに、簾までを上げていらっしゃるので、お袖もひどく濡れてしまった。  「まだこのようなことを経験しなかったが、いろいろと気をもむことであるなあ。   昔の人もこのように恋の道に迷ったのだろうか   わたしには経験したことのない明け方の道だ  ご経験ありますか」  とおっしゃる。女は、恥らって、  「山の端をどこと知らないで随って行く月は   途中で光が消えてしまうのではないでしょうか  心細くて」  と言って、何となく怖がって気味悪そうに思っているので、「あの建て込んでがいる小家に慣れているからだろう」と、おもしろくお思いになる。  お車を入れさせて、西の対にご座所など準備する間、高欄にお車を掛けて立てていらっしゃる。右近は、優美な心地がして、過去のことなども、 一人思い出すのであった。管理人が一生懸命奔走している様子から、このご様子をすっかり知った。  ほのかに物が見えるころに、お下りになったようである。仮設えだが、こざっぱりと設けてある。  「お供に誰もおりませんなあ。ご不便なことよ」と言って、親しい下家司で、殿にも仕えている者だったので、参り寄って、「適当な人を、お呼びいた すべきではありませんか」などと、申し上げさせるが、  「特に人の来ないような隠れ家を求めたのだ。絶対に他には言うな」と口封じさせなさる。  お粥などを準備して差し上げるが、取り次ぐお給仕が揃わない。まだ経験のないご外泊に、「息長川」とお約束なさるより以外何もない。  日が高くなったころにお起きになって、格子を自らお上げになる。とてもひどく荒れて、人影もなく、はるばると見渡されて、木立がとても気味悪く 鬱蒼と古びている。近くの草木などは、格別見所もなく、すっかり秋の野原となって、池も水草に埋もれているので、まことに恐ろしくなってしまった 所であるよ。別納の方に、部屋などを設えて、人が住んでいるようだが、こちらは離れている。  「恐ろしい所になってしまった所だね。いくら何でも、鬼などもわたしを見逃すだろう」とおっしゃる。  お顔は依然として隠していらっしゃるが、女がとても辛いと思っているので、「なるほど、これ程深い仲になって隠しているようなのも、不自然なこ とだ」とお思いになって、  「夕露に花開いて顔をお見せするのは   道で会った縁からでしょうか  露の光はどうですか」  とおっしゃると、流し目に見やって、  「光輝いていると見ました夕顔の上露は   たそがれ時の見間違いでした」  とかすかに言う。おもしろいとお思いになる。なるほど、うちとけていらっしゃるご様子は、またとなく、場所が場所ゆえ、いっそう不吉なまでにお美 しくお見えになる。  「いつまでも隠していらっしゃる辛さに、顕すまいと思っていたが、せめて今からでもお名乗り下さい。とても気味が悪い」  とおっしゃるが、「海人の子なので」と言って、依然としてうちとけない態度は、とても甘え過ぎている。  「それでは、これも『われから』のようだ」と、怨みまた一方では語り合いながら、一日お過ごしになる。  惟光が、お探し申して、お菓子などを差し上げさせる。右近が文句言うことは、やはり気の毒なので、お側に伺候させることもできない。「こんなに までご執心でいられるのは、魅力的で、きっとそうに違いない様子なのだろう」と推量するにつけても、「自分がうまく言い寄ろうと思えばできたの を、お譲り申して、寛大なことよ」などと、失敬なことを考えている。  譬えようもなく静かな夕方の空をお眺めになって、奥の方は暗く何となく気味が悪いと、女は思っているので、端の簾を上げて、添い臥していらっ しゃる。夕映えのお顔を互いに見交わして、女も、このような出来事を、意外に不思議な気持ちがする一方で、すべての嘆きを忘れて、少しずつ打 ち解けていく様子は、実にかわいい。ぴったりとお側に一日中添ったままで、何かをとても怖がっている様子は、子供っぽくいじらしい。格子を早くお 下ろしになって、大殿油を点灯させて、「すっかり深い仲となったご様子でいて、依然として心の中に隠し事をなさっているのが辛い」と、お恨みにな る。  「主上には、どんなにかお探しあそばしていらっしゃろうか。どこを探していようか」と、思いをおはせになって、また一方では、「不思議な心だ。六 条辺りでも、どんなにお思い悩んでいらっしゃることだろう。怨まれることも、辛いことだし、もっともなことだ」と、困ったことだと思われる人としては、 まっさきにお思い出し申し上げなさる。無心に向かい合って座っているのを、かわいいとお思いになるにつれて、「あまり思慮深く、対座する者まで が息が詰るようなご様子を、少し取り除きたいものだ」と、ついご比較されるのであった。  [第四段 夜半、もののけ現われる]  宵を過ぎるころ、少し寝入りなさった時に、おん枕上に、とても美しそうな女が座って、  「わたしがとても素晴らしい方とお慕い申し上げている人は、お訪ねもなさらず、このような、特に優れたところもない女を連れていらっしゃって、お かわいがりになさるのは、まことに癪にさわり辛い」  と言って、お側にいる人を掻き起こそうとする、と御覧になる。  魔物に襲われる気持ちがして、目をお覚ましになると、火も消えていたのであった。気持ち悪くお思いになるので、太刀を引き抜いて、そっとお置 きになって、右近をお起こしになる。この人も怖がっている様子で、参り寄った。  「渡殿にいる宿直人を起こして、『紙燭をつけて参れ』と言いなさい」とおっしゃると、  「どうして行けましょうか。暗くて」と言うので、  「ああ、子供みたいな」と、ちょっとお笑いになって、手をお叩きになると、こだまが応える音、まことに気味が悪い。誰も聞こえないで参上しない間 に、この女君は、ひどくふるえ脅えて、どうしてよいか分からなく思っている。汗もびっしょりになって、正気を失った様子である。  「むやみにお怖がりあそばすご性質ですから、どんなにかお怖がりのことでしょうか」と、右近も申し上げる。「ほんとうにか弱くて、昼も空ばかり見 ていたものだが、気の毒に」とお思いになって、  「わたしが、誰か起こそう。手を叩くと、こだまが応える。まことにうるさい。ここに、もっと近く」  と言って、右近を引き寄せなさって、西の妻戸に出て、戸を押し開けなさると、渡殿の火も消えていたのであった。  風が少し吹いているうえに、人気も少なくて、仕えている者は皆寝ていた。この院の管理人の子供で、親しくお使いになる若い男、それから殿上 童一人と、いつもの随身だけがいるのであった。お呼び寄せになると、お返事して起きたので、  「紙燭を点けて参れ。『随身も、弦打ちをして、絶えず音を立てていよ』と命じよ。人気のない所に、気を許して寝ている者があるか。惟光朝臣が来 ていたようなのは」と、お尋ねあそばすと、  「控えていましたが、ご命令もない。早暁にお迎えに参上すべき旨申して、帰ってしまいました」と申し上げる。この、こう申す者は滝口の武士で あったので、弓弦をまことに手馴れた様子に打ち鳴らして、「火の用心」と言いながら、管理人の部屋の方角へ行ったようだ。内裏をお思いやりにな って、「名対面は過ぎたろう、滝口の宿直奏しは、ちょうど今ごろか」とご推量になるのは、まだ、さほど夜も更けていないのでは。  戻って入って、お確かめになると、女君はそのままに臥していて、右近は傍らにうつ伏していた。  「これはどうした。何と、気違いじみた怖がりようだ。荒れた所には、狐などのようなものが、人を脅かそうとして、何となく怖がらせるのだろう。わ たしがいれば、そのようなものからは脅されない」と言って、引き起こしなさる。  「とても気味悪くて、取り乱している気分も悪うございますので、うつ伏しているのでございますよ。ご主人さまこそ、ひどく怖がっていらっしゃるで しょう」と言うので、  「そうだ。どうしてこんなに」と言って、探って御覧になると、息もしていない。揺すって御覧になるが、なよなよとして正体もない様子なので、「ほん とうにひどく子供じみた人なので、魔性のものに魅入られてしまったらしい」と、なすべき方法もない気がなさる。  紙燭を持って参った。右近も動ける状態でないので、近くの御几帳を引き寄せて、  「もっと近くに持って参れ」  とおっしゃる。いつもと違ったことなので、御前近くに参上できず、ためらっていて、長押にも上がれない。  「もっと近く持って来なさい。場所によるぞ」  と言って、召し寄せて御覧になると、ちょうどこの枕上に、夢に現れた姿をした女が、幻影のように現れて、ふっと消え失せた。  「昔物語などに、このようなことは聞くけれど」と、まことに珍しく気味悪いが、まず、「この女はどのようになったのか」とお思いになる不安に、わが 身の上の危険もお顧みにならず、添い臥して、「もし、もし」と、お起こしになるが、すっかりもう冷たくなっていて、息はとっくにこと切れてしまってい たのであった。どうすることもできない。頼りになる、どうしたらよいかとご相談できるような人もいない。法師などは、このような時の頼みになる人と はお思いになるが。それほどお強がりになるが、お若い考えで、空しく死んでしまったのを御覧になると、どうしようもなくて、ひしと抱いて、  「おまえさま、生き返っておくれ。とても悲しい目に遭わさないでおくれ」  とおっしゃるが、冷たくなっていたので、感じも気味悪くなって行く。  右近は、ただ「ああ、気味悪い」と思っていた気持ちもすっかり冷めて、泣いて取り乱す様子はまことに大変である。  南殿の鬼が、某大臣を脅かした例をお思い出しになって、気強く、  「いくら何でも、死にはなさるまい。夜の声は大げさだ。静かに」  とお諌めになって、まったく突然の事なので、茫然とした気持ちでいらっしゃる。  管理人の子供を呼んで、  「ここに、まことに不思議に、魔性のものに魅入られた人が苦しそうなので、今すぐに、惟光朝臣の泊まっている家に行って、急いで参上するよう に言え、と命じなさい。某阿闍梨が、そこに居合わせていたら、ここに来るよう、こっそりと言いなさい。あの尼君などが聞こうから、大げさに言うな。 このような忍び歩きは許さない人だ」  などと、用件をおっしゃるようだが、胸が一杯で、この人を死なせてしまったらどうしようかと、たまらなくお思いになるのに加えて、辺りの不気味さ は、譬えようもない。  夜中も過ぎたのだろうよ、風がやや荒々しく吹いているのは。まして、松風の響きが、木深く聞こえて、異様な鳥がしわがれ声で鳴いているのも、 「梟」と言う鳥はこのことかと思われる。あれこれと考え廻らすに、あちらこちらと、何となく遠く気味悪いうえに、人声はしない。「どうして、このような 心細い外泊をしたのだろう」と、後悔してもしようがない。  右近は、何も考えられず、君にぴったりと寄り添い申して、震え死にそうである。「また、この人もどうなるだろう」と、気も上の空で掴まえていらっ しゃる。自分一人しっかりした人で、途方に暮れていらっしゃるのであったよ。  灯火は微かにちらちらとして、母屋の境に立ててある屏風の上が、あちらこちらと陰って見えなさるうえに、魔性の物の足音が、ひしひしと踏み鳴 らしながら、後方から近寄って来る気がする。「惟光よ、早く来て欲しい」とお思いになる。居場所が定まらぬ者なので、あちこち探したうちに、夜の 明けるまでの待ち遠しさは、千夜を過すような気がなさる。  ようやくのことで、鶏の声が遠くで聞こえるにつけ、「危険を冒して、何の因縁で、このような辛い目に遭うのだあろう。我ながら、このようなことで、 大それたあってはならない恋心の報復として、このような、後にも先にも語り草となってしまいそうなことが起こったのだろう。隠していても、実際に 起こった事は隠しきれず、主上のお耳に入るだろうことを始めとして、世人が推量し噂するだろうことは、良くない京童べの噂になりそうだ。あげくの はて、馬鹿者の評判を立てられるにちがいない」と、思案される。  [第五段 源氏、二条院に帰る]  ようやくのことで、惟光朝臣が参上した。夜中、早朝の区別なく、御意のままに従う者が、今夜に限って控えていなくて、お呼び出しにまで遅れて 参ったのを、憎らしいとお思いになるものの、呼び入れて、おっしゃろうとする内容が情けないので、すぐには何もおっしゃれない。右近は、大夫の 様子を聞くと、初めからのことが、つい思い出されて泣くが、君も我慢なされず、自分一人気丈夫に抱いていらっしゃったが、この人を見てほっとな さって、悲しい気持ちにおなりになるのであったが、しばらくは、まことに大変にとめどもなくお泣きになる。  やっと気持ちを落ち着けて、「ここで、まことに奇妙な事件が起こったが、驚くと言っても言いようのないほどだ。このような危急のことには、誦経な どをすると言うので、その手配をさせよう。願文なども立てさせようと思って、阿闍梨に来るようにと、言ってやったのは」  とおっしゃると、  「昨日、帰山してしまいました。それにしても、まことに奇妙なことでございますね。以前から、常とは違ってご気分のすぐれないことでもございま したのでしょうか」  「そのようなこともなかった」と言って、お泣きになる様子、とても優美でいたわしく、拝見する人もほんとうに悲しくて、自分も声を上げて泣いた。  何と言っても、年もとり、世の中のあれやこれやと、経験を積んだ人は、非常の時には頼もしいのであるが、どちらもどちらも若者同士で、どうしよ うもないが、  「この院の管理人などに聞かせることは、まことに不都合でしょう。この管理人一人は親密であっても、自然と口をすべらしてしまう身内も中には いることでしょう。まずは、この院をお出なさいましね」と言う。  「ところで、ここより人少なな所がどうしてあろうか」とおっしゃる。  「なるほど、そうでございましょう。あの元の家は、女房などが、悲しみに耐えられず、泣き取り乱すでしょうし、隣家が多く、見咎める住人も多くご ざいましょうから、自然と噂が立ちましょうが、山寺は、何と言ってもこのようなことも、自然ありがちで、目立たないことでございましょう」と、思案し て、「昔、存じておりました女房が、尼になって住んでおります東山の辺に、お移し申し上げましょう。惟光めの父朝臣の乳母でございました者が、 年老いて住んでいるのです。周囲は、人が多いようでございますが、とても閑静でございます」  と申し上げて、夜が明けて騒がしくなるころの騒がしさに紛れて、お車を寄せる。  この女をお抱きになることができそうにないので、上筵に包んで、惟光がお乗せ申す。とても小柄で、気味悪くもなく、かわいらしげである。しっか りとも包んでないので、髪はこぼれ出ているのも、目の前が真っ暗になって、何とも悲しい、とお思いになると、最後の様子を見届けたい、とお思い になるが、  「早く、お馬で、二条院へお帰りあそばしますよう。人騒がしくなりませぬうちに」  と言って、右近を添えて乗せると、徒歩で、君に馬はお譲り申して、裾を括り上げなどをして、かつ一方では、とても変で、奇妙な野辺送りだが、 お悲しみの深いことを拝見すると、自分のことは考えずに行くが、君は何もお考えになれず、茫然自失の態で、お帰りになった。  女房たちは、「どこから、お帰りあそばしましたか。気分が悪そうにお見えあそばします」などと言うが、御帳の内側にお入りになって、胸を押さえ て思うと、まことに悲しいので、「どうして、一緒に乗って行かなかったのだろう。もし生き返った場合、どのような気がするだろう。見捨てて行ってし まったと、辛く思うであろうか」と、気が動転しているうちにも、お思いやると、お胸のせき上げてくる気がなさる。お頭も痛く、身体も熱っぽい感じが して、とても苦しく、どうしてよいやら分からない気がなさるので、「こう元気がなくて、自分も死んでしまうのかも知れない」とお思いになる。  日は高くなるが、起き上がりなさらないので、女房たちは不思議に思って、お粥などをお勧め申し上げるが、気分が悪くて、とても気弱くお思いに なっているところに、内裏からお使者が来る。昨日、お探し申し上げられなかったことで、御心配あそばしていらっしゃる。大殿の公達が参上なさる が、頭中将だけを、「立ったままで、ここにお入り下さい」とおっしゃって、御簾の内側のままでお話しなさる。  「乳母でございます者が、この五月のころから、重く患っておりました者が、髪を切り、受戒などをして、その甲斐があってか、生き返っていました が、最近、再発して、弱くなっていますのが、「今一度、見舞ってくれ」と申していたので。幼いころから馴染んだ人が、今はの際に、辛いと思うだろ うと、存じて参っていたところ、その家にいた下人で、病気していたのが、急に暇をとる間もなく亡くなってしまったのを、恐れ慎んで、日が暮れてか ら運び出したのを、聞きつけたので。神事のあるころで、まことに不都合なこと、と存じ謹慎して、参内できないのです。この早朝から、風邪でしょう か、頭がとても痛くて苦しうございますので、大変失礼したまま申し上げます次第」  などとおっしゃる。中将は、  「それでは、そのような旨を奏上しましょう。昨夜も、管弦の御遊の折に、畏れ多くもお探し申しあそばされて。御機嫌悪うございました」と申し上 げなさって、また引き返して、「どのような穢れに遭遇あそばしたのですか。ご説明あそばされたことは、本当とは存じられません」  と言うので、胸がどきりとなさって、  「このように、詳しくではなく、ただ、意外な穢れに触れた由を、奏上なさって下さい。まったく不都合なことでございます」  と、さりげなくおっしゃるが、心中は、どうしようもなく悲しい事とお思いになるにつけ、ご気分もすぐれないので、誰ともお顔を合わせなさらない。蔵 人の弁を呼び寄せて、きまじめにその旨を奏上させなさる。大殿などにも、これこれの事情があって、参上できないお手紙などを差し上げなさる。  [第六段 十七日夜、夕顔の葬送]  日が暮れて、惟光が参上した。これこれの穢れがあるとおっしゃって、お見舞いの人々も、皆立ったままで帰るので、人目は多くない。呼び寄せ て、  「どうであったか。臨終と見届けたか」  とおっしゃると同時に、袖をお顔に押し当ててお泣きになる。惟光も泣きながら、  「もはやご最期のようでいらっしゃいます。長々と一緒に籠っておりますのも不都合なので。明日、日柄がよろしうございますので、あれこれのこ と、大変に尊い老僧で、知っております者に、連絡をつけました」と申し上げる。  「付き添っていた女はどうしたか」とおっしゃると、  「その者も、同様に、生きられそうにございませんようです。自分も死にたいと取り乱しまして、今朝は谷に飛び込みそうになったのを拝見しまし た。『あの前に住んでいた家の人に知らせよう』と申しますが、『今しばらく、落ち着きなさい、と。事情をよく考えてからに』と、宥めておきました」  とご報告申すにつれて、とても悲しくお思いになって、  「わたしも、とても気分が悪くて、どうなってしまうのであろうかと思われる」とおっしゃる。  「何を、この上くよくよお考えあそばしますか。そうなる運命で、万事があったので、ございましょう。誰にも聞かせまいと存じますので、惟光めが 身を入れて、万事始末いたします」などと申す。  「そうだ。そのように何事も思ってはみるが、いい加減な遊び心から、人を死なせてしまった非難を受けねばならないのが、まことに辛いのだ。少 将命婦などにも聞かせるな。尼君はましてこのようなことなど、お叱りになるから、恥ずかしい気がしよう」と、口封じなさる。  「その他の法師たちなどにも、すべて、説明は別々にしてございます」  と申し上げるので、頼りになさっている。  かすかに事情を聞く女房など、「変だ、何事だろうか、穢れに触れた旨をおっしゃって、宮中へも参内なさらず、また、このようにひそひそと話して 嘆いていらっしゃる」と、ぼんやり不思議がる。  「重ねて無難に取り計らえ」と、葬式の作法をおっしゃるが、  「いやいや、大げさにする必要もございません」  と言って立つが、とても悲しく思わずにはいらっしゃれないので、  「きっと不都合なことと思うだろうが、今一度、あの死骸を見ないのが、とても心残りだから、馬で行ってみたい」  とおっしゃるのを、とても厄介な事だとは思うが、  「そのようにお思いになるならば、仕方ございません。早く、お出かけあそばして、夜が更けない前にお帰りあそばしませ」  と申し上げるので、最近のお忍び用にお作りになった、狩衣のご衣装に着替えなどしてお出かけになる。  お心はまっ暗闇で、大変に堪らないので、このような変な道に出て来たものの、危なかった懲り事で、どうしようかとお悩みになるが、やはり悲し みの晴らしようがなく、「現在の亡骸を見ないでは、再び来世で生前の姿を見られようか」と、悲しみを堪えなさって、いつものように惟光大夫、随身 とを連れてお出掛けになる。  道中、遠く感じられる。十七日の月がさし出て、河原の辺り、御前駆の松明も仄かであるし、鳥辺野の方角などを見やった時など、何となく気味 悪いのも、何ともお感じにならず、心乱れなさって、お着きになった。  周囲一帯までがぞっとする所なのに、板屋の隣に堂を建ててお勤めしている尼の家は、まことにもの寂しい。御燈明の光が、微かに隙間から見 える。その家には、女一人の泣く声ばかりして、外の方に、法師たち二、三人が話をしいしい、特に声を立てない念仏を唱えている。寺々の初夜 も、皆、お勤めが終わって、とても静かである。清水寺の方角は、光が多く見え、人の気配がたくさんあるのであった。この尼君の子である大徳が 尊い声で、経を読んでいるので、涙も涸れんばかりに思わずにはいらっしゃれない。  お入りになると、燈火を背けて、右近は屏風を隔てて臥していた。どんなに侘しく思っているだろう、と御覧になる。気味悪さも感じられず、とても かわいらしい様子をして、まだ少しも変わった所がない。手を握って、  「わたしに、もう一度、声だけでもお聞かせ下さい。どのような前世からの因縁があったのだろうか、少しの間に、心の限りを尽くして愛しいと思っ たのに、残して逝って、途方に暮れさせなさるのが、あまりのこと」  と、声も惜しまず、お泣きになること、際限がない。  大徳たちも、誰とは知らないが、子細があると思って、皆、涙を落とした。  右近に、「さあ、二条へ」とおっしゃるが、  「長年、幼うございました時から、片時もお離れ申さず、馴れ親しみ申し上げてきた人に、急にお別れ申して、どこに帰ったらよいのでございましょ う。どのようにおなりになったと、皆に申せましょう。悲しいことはさておいて、皆にとやかく言われましょうことが、辛いことで」と言って、泣き崩れ て、「煙と一緒になって、後をお慕い申し上げましょう」と言う。  「ごもっともだが、世の中はそのようなものである。別れというもので、悲しくないものはない。先立つのも残されるのも、同じく寿命で定まったもの である。気を取り直して、わたしを頼れ」と、お慰めになりながらも、「このように言う我が身こそが、生きながらえられそうにない気がする」  とおっしゃるのも、頼りない話である。  惟光、「夜は、明け方になってしまいましょう。早くお帰りあそばしませ」  と申し上げるので、振り返り振り返りばかりされて、胸も一杯のままお出になる。  道中とても露っぽいところに、更に大変な朝霧で、どこだか分からないような気がなさる。昨夜の姿のままに横たわっていた様子、互いにお掛け 合いになって寝たが、その自分の紅のご衣装が着せ掛けてあったことなど、どのような前世の因縁であったのかと、道すがらお思いになる。お馬に も、しっかりとお乗りになることができそうにないご様子なので、再び、惟光が介添えしてお帰りあそばさせるが、堤の辺りで、馬からすべり下りて、 ひどくご惑乱なさったので、  「こんな道端で、野垂れ死んでしまうのだろうか。まったく、帰り着けそうにない気がする」  とおっしゃるので、惟光も困惑して、「自分がしっかりしていたら、あのようにおっしゃっても、このような所にお連れ出し申し上げるべきではなかっ た」と反省すると、とても気が急くので、鴨川の水で手を洗い清めて、清水の観音をお拝み申しても、どうしようもなく途方に暮れる。  君も、無理に気を取り直して、心中に仏を拝みなさって、再び、あれこれ助けられなさって、二条院へお帰りになるのであった。  奇妙な深夜のお忍び歩きを、女房たちは、「みっともないこと。最近、いつもより落ち着きのないお忍び歩きが、うち続く中でも、昨日のご様子が、 とても苦しそうでしたが。どうしてこのように、ふらふらお出歩きなさるのでしょう」と、嘆き合っていた。  ほんとうに、お臥せりになったままに、とてもひどくお苦しみになって、二、三日にもなったので、すっかり衰弱のようでいらっしゃる。帝におかせら れても、お耳にあそばされ、嘆かれることはこの上ない。御祈祷を、方々の寺々にひっきりなしに大騒ぎする。祭り、祓い、修法など、数え上げたら きりがない。この世にまたとなく美しいご様子なので、長生きあそばされないのではないかと、国中の人々の騷ぎである。  苦しいご気分ながらも、あの右近を呼び寄せて、部屋などを近くにお与えになって、お仕えさせなさる。惟光は、気も転倒し慌てているが、気を落 ち着けて、この右近が主人を亡くして悲しんでいるのを、支え助けてやりながら仕えさせる。  君は、少し気分のよろしく思われる時は、呼び寄せて使ったりなどなさるので、まもなく馴染んだ。喪服は、とても黒いのを着て、器量など良くは ないが、どこといって欠点のない若い女である。  「不思議に短かったご宿縁に引かれて、わたしも生きていられないような気がする。長年の主人を亡って、心細く思っていましょう慰めにも、もし生 きながらえたら、いろいろと面倒を見たいと思ったが、まもなく自分も後を追ってしまいそうなのが、残念なことだ」  と、ひっそりとおっしゃって、弱々しくお泣きになるので、今さら言ってもしかたないことはさて措いても、「はなはだもったいないことだ」とお思い申 し上げる。  お邸の人々は、足も地に着かないほど慌てる。内裏から、御勅使が、雨脚よりも格段に頻繁にある。お嘆きあそばされていらっしゃるのをお聞き になると、まことに恐れ多くて、無理に気を強くお持ちになる。大殿邸でも一生懸命に世話をなさって、大臣が、毎日お越しになっては、さまざまな 加持祈祷をおさせなさる、その効果があってか、二十余日間、ひどく重く患っていらしゃったが、格別の余病もなく、回復された様子にお見えにな る。  穢れを忌んでいらした期間と重なって明けた夜なので、御心配あそばされていらっしゃるお気持ちが、どうにも恐れ多いので、宮中のご宿直所に 参内などなさる。大殿は、ご自分のお車でお迎え申し上げなさって、御物忌みや何やかやと、うるさくお慎みさせ申し上げなさる。ぼんやりとして、 別世界にでも生き返ったように、暫くの間はお感じになる。  [第七段 忌み明ける]  九月二十日のころに、病状がすっかりご回復なさって、とてもひどく面やつれしていらっしゃるが、かえって、たいそう優美で、物思いに沈みがち に、声を立ててお泣きばかりなさる。拝見して怪しむ女房もいて、「お物の怪がお憑きのようだわ」などと言う者もいる。  右近を呼び出して、のどかな夕暮に、お話などなさって、  「やはり、とても不思議だ。どうして誰とも知られまいと、お隠しになっていたのか。本当に賎しい人であっても、あれほど愛しているのを知らず、隠 していらっしゃったので、辛かった」 とおっしゃると、  「どうして、深くお隠し申し上げなさる必要がございましょう。いつの折にか、たいした名でもないお名前を申し上げなさることができましょう。初め から、不思議な思いもかけなかったご関係なので、『現実とは思えない』とおっしゃって、『お名前を隠していらしたのも、あなた様でしょう』と存じ上 げておられながら、『いい加減な遊び事として、お名前を隠していらっしゃるのだろう』と辛いことに、お思いになっていました」と申し上げるので、  「つまらない意地の張り合いであったな。自分は、そのように隠しておく気はなかった。ただ、このように人から許されない忍び歩きを、まだ経験な いことなのだ。主上が御注意あそばすことを始め、憚ることの多い身分で、ちょっと人に冗談を言うのも、窮屈なで、大げさに取りなし厄介な身であ るが、ふとした夕方の事から、妙に心に掛かって、無理算段してお通い申したのも、このような運命がおありだったのだろうと思うと、気の毒で。ま た反対に、恨めしく思われる。こう長くはない宿縁であったれば、どうして、あれほど心底から愛しく思われなさったのだろう。もう少し詳しく話せ。今 はもう、何を隠す必要があろう。七日毎に仏画を描かせても、誰のためと、心中にも祈ろうか」とおっしゃると、  「どうして、お隠し申し上げましょう。ご自身、お隠し続けていらしたことを、お亡くなりになった後に、口軽く言い洩らしては、と存じおりますばかり です。  ご両親は、早くお亡くなりになりました。三位中将と申しました。とてもおかわいがり申し上げられていましたが、ご自分の出世の思うにまかせぬ のをお嘆きのようでしたが、お命までままならず亡くなってしまわれた後、ふとした縁で、頭中将が、まだ少将でいらした時に、お通い申し上げあそ ばすようになって、三年ほどの間は、ご誠意をもってお通いになりましたが、去年の秋ごろ、あの右大臣家から、とても恐ろしい事を言って寄こした ので、ものをむやみに怖がるご性質ゆえに、どうしてよいか分からなくお怖がりになって、西の京に、御乳母が住んでおります所に、こっそりとお隠 れなさいました。そこもとてもむさ苦しい所ゆえ、お住みになりにくくて、山里に移ってしまおうと、お思いになっていたところ、今年からは方塞がりの 方角でございましたので、違う方角へと思って、賎しい家においでになっていたところを、お見つけ申されてしまった事と、お嘆きのようでした。世間 の人と違って、引っ込み思案をなさって、他人に物思いしている様子を見せるのを、恥ずかしいこととお思いなさって、さりげないふうを装って、お目 にかかっていらっしゃるようでございました」  と、話し出すと、「そうであったのか」と、お思い合わせになって、ますます不憫さが増した。  「幼い子を行く方知れずにしたと、中将が残念がっていたのは、その子か」とお尋ねになる。  「さようでございます。一昨年の春に、お生まれになりました。女の子で、とてもかわいらしくて」と申し上げる。  「ところで、どこに。誰にもそうとは知らせず、わたしに下さい。あっけなくて、悲しいと思っている人のお形見として、まことに嬉しいことだろう」とお っしゃる。「あの中将にも伝えるべきだが、言っても始まらない恨み言を言われるだろう。あれこれにつけて、お育てするに不都合はあるまいから。 その一緒にいる乳母などにも違ったふうに言い繕って、連れて来てくれ」 などとお話なさる。  「それならば、とても嬉しいことでございましょう。あの西の京でご成育なさるのは、不憫でございまして。これといった後見人もいないというので、 あちらに」などと申し上げる。  夕暮の静かなころに、空の様子はとてもしみじみと感じられ、お庭先の前栽は枯れ枯れになり、虫の音も鳴き弱りはてて、紅葉がだんだん色づい て行くところが、絵に描いたように美しいのを見渡して、思いがけず結構な宮仕えをすることになったと、あの夕顔の宿を思い出すのも恥ずかしい。 竹薮の中に家鳩という鳥が、太い声で鳴くのをお聞きになって、あの院でこの鳥が鳴いたのを、とても怖いと思っていた様子が、まぶたにかわいら しくお思い出されるので、  「年はいくつにおなりだったか。不思議に世間の人と違って、か弱くお見えであったのも、このように長生きできないからだったのだね」とおっしゃ る。  「十九におなりだったでしょうか。右近めは、亡くなった乳母があとに残して逝きましたので、三位の君様がおかわいがり下さって、お側離れずに お育て下さいましたのを、思い出しますと、どうして生きておられましょう。どうしてこう深く親しんだのだろうと、悔やまれて。気弱そうでいらっしゃい ました方のお気持ちを、頼むお方として、長年仕えてまいりましたこと」と申し上げる。  「頼りなげな人こそ、女はかわいらしいのだ。利口で我の強い人は、とても好きになれないものだ。自分自身がてきぱきとしっかりしていない性情 から、女はただ素直で、うっかりすると男に欺かれてしまいそうなのが、そのくせ引っ込み思案で、男の心にはついていくのが、愛しくて、自分の思 いのままに育てて一緒に暮らしたら、慕わしく思われることだろう」などと、おっしゃると、  「こちらのお好みには、きっとお似合いだったでしょうと、存じられますにつけても、残念なことでございますわ」と言って泣く。  空が少し曇って、風も冷たいので、とても感慨深く物思いに沈んで、  「恋しかった人が煙となり雲となってしまったと思って見ると   この夕方の空も親しく思われるよ」  と独り詠じられたが、ご返歌も申し上げられない。このように、生きていらしたならば、と思うにつけても、胸が一杯になる。耳障りであった砧の音 を、お思い出しになるのまでが、恋しくて、「正に長き夜」と口ずさんで、お臥せりになった。   第五章 空蝉の物語(2)  [第一段 紀伊守邸の女たちと和歌の贈答]  あの、伊予介の家の小君は、参上する折はあるが、特別に以前のような伝言もなさらないので、嫌なとお見限りになられたのを、つらいと思って いたところに、このようにご病気でいらっしゃるのを聞いて、やはり悲しい気がするのであった。遠く下るのなどが、何といっても心細い気がするの で、お忘れになってしまったかと、試しに、  「承りまして、案じておりますが、口に出しては、とても、  お尋ねできませんことをなぜかとお尋ね下さらずに月日が経ましたが  どんなにか思い悩んでいらっしゃいますことやら    『益田』とは本当のことで」  と申し上げた。珍しいので、この女へも愛情はお忘れにならない。  「生きてる甲斐がないとは、誰の言うことでしょうか。  空蝉の世は嫌なものと知ってしまったのに  またもあなたの言の葉に期待を掛けて生きていこうと思います  頼りないことよ」  と、お手も震えなさるので、乱れ書きなさっているのは、ますます美しそうである。今だに、あの脱ぎ衣をお忘れにならないのを、気の毒にもおもし ろくも思うのであった。  このように愛情がなくはなく、やりとりなさるが、身近にとは思ってもいないが、とはいえ、薄情な女だと思われてしまいたくない、と思うのであっ た。  あのもう一方は、蔵人少将を通わせていると、お聞きになる。「おかしなことだ。どう思っているだろう」と、少将の気持ちも同情し、また、その女の 様子も興味があるので、小君を使いにして、「死ぬほど思っている気持ちは、お分かりでしょうか」と言っておやりになる。  「一夜の逢瀬なりとも『軒端荻』を契らなかったら   わずかばかりの恨み言も何を理由に言えましょうか」  丈高い荻に付けて、「こっそりと」とおっしゃったが、「間違って、少将が見つけて、わたしだったのだと、分かってしまったら。それでも、許してくれ よう」と思う、高慢なお気持ちは、困ったものである。  少将のいない時に見せると、嫌なことと思うが、このようにお思い出しになったのも、やはり嬉しくて、お返事を、素早いのを取り柄として渡す。  「ほのめかされるお手紙を見るにつけても下荻のような   身分の賎しいわたしは、嬉しいながらも半ばは思い萎れています」  筆跡は下手なのを、分からないようにしゃれて書いている様子、品がない。燈火で見た顔を、お思い出しになる。「気を許さず対座していたあの人 は、今でも思い捨てることのできない様子をしていたな。何の嗜みもありそうでなく、はしゃいで得意でいたことよ」とお思い出しになると、憎めなくな る。相変わらず、「こりずまに、またまた浮名が立ちそうな」好色心のようである。     第六章 夕顔の物語(3)  [第一段 四十九日忌の法要]  あの人の四十九日忌を、人目を忍んで比叡山の法華堂において、略さずに、衣裳をはじめとして、必要な物どもを、心をこめて、誦経などおさせに なった。経巻や、仏像の装飾まで簡略にせず、惟光の兄の阿闍梨が、大変に立派な人なので、見事に催すのであった。  ご学問の師で、親しくしていられる文章博士を呼んで、願文を作らせなさる。誰それと言わないで、愛しいと思っていた人が亡くなってしまったの を、阿彌陀にお譲り申す旨を、しみじみとお書き表しになると、  「まったくこのまま、書き加えることはございませんようです。」と申し上げる。  堪えていらっしゃったが、お涙もこぼれて、ひどくお悲しみでいるので、  「どのような方なのでしょう。誰それと噂にも上らないで、これほどにお嘆かせになるほどだった、宿運の高いこと」  と言うのであった。内々にお作らせになった装束の袴をお取り寄させなさって、  「泣きながら今日はわたしが結ぶ袴の下紐だが   いつの世のかまた再会してその時は共に結び合うことができようか」  「この日までは中有に彷徨っているというが、どの道に定まって行くことのだろうか」とお思いやりになりながら、念仏誦経をとても心こめてなさる。 頭中将とお会いになる時にも、むやみに胸がどきどきして、あの撫子が成長している有様を、聞かせてやりたいが、非難されるのを警戒して、お口 にはお出しにならない。  あの夕顔の宿では、どこに行ってしまったのかと心配するが、そのまま尋ね当て申すことができない。右近までもが音信ないので、不思議だと困 り合っていた。はっきりしないが、様子からそうではあるまいかと、ささめき合っていたので、惟光のせいにしたが、まるで問題にもせず、関係なく言 い張って、相変わらず同じように通って来たので、ますます夢のような気がして、「もしや、受領の子息で好色な者が、頭の君に恐れ申して、そのま ま、連れて下ってしまったのだろうか」と、想像するのだった。  この家の主人は、西の京の乳母の娘なのであった。三人乳母子がいたが、右近は腹違いだったので、「分け隔てして、ご様子を知らせないのだ わ」と、泣き慕うのであった。右近は右近で、口やかましく非難するだろうことを思って、君も今になって洩らすまいと、お隠しになっているので、若 君の身の上すら聞けず、まるきり消息不明のまま過ぎて行く。  君は、「せめて夢にでも逢いたい」と、お思い続けていると、この法事をなさって、次の夜に、ほのかに、あの某院そのまま、枕上に現れた女の様 子も同じようにして見えたので、「荒れ果てた邸に住んでいた魔物が、わたしに魅入ったきっかけで、こんなになってしまったのだ」と、お思い出しに なるにつけても、気味の悪いことである。   第七章 空蝉の物語(3)  [第一段 空蝉、伊予国に下る]  伊予介は、神無月の朔日ころに下る。女方が下って行くというので、餞別を格別に気を配っておさせになる。別に、内々にも特別になさって、きめ 細かな美しい格好の櫛や、扇を、たくさんにして、幣帛などを特別に大げさにして、あの小袿もお返しになる。  「再び逢う時までの形見の品と思って持っていましたが   すっかり涙で朽ちるまでになってしまいました」  こまごまとした事柄があるが、煩雑になるので書かない。  お使いは、帰ったけれど、小君を使いにして、小袿のお礼だけは申し上げさせた。  「蝉の羽の衣替えの終わった後の夏衣は   返してもらっても泣かれるばかりです」  「考えても、不思議に人並みはずれた意志の強さで、振り切って行ってしまったなあ」と思い続けていらっしゃる。今日はちょうど立冬の日であった が、いかにもそれと、さっと時雨れて、空の様子もまことに物寂しい。一日中物思いに過されて、  「亡くなった人も今日別れて行く人もそれぞれの道に   どこへ行くのか知れない秋の暮れだなあ」  やはり、このような秘密の恋は辛いものだと、お知りになったであろう。このような煩わしいことは、努めてお隠しになっていらしたのもお気の毒な ので、みな書かないでおいたのに、「どうして、帝の御子であるからと、見知っている人までが、欠点がなく何かと褒めてばかりいる」と、作り話のよ うに受け取る方がいらっしゃったので。あまりにも慎みのないおしゃべりの罪は、免れがたいが。 源氏物語の世界ヘ 本文 ローマ字版 注釈 Last updated 5/11/99 渋谷栄一訳(C)(ver.1-1-2)    夕 顔 光る源氏の十七歳夏から立冬の日までの物語 第一章 夕顔の物語 夏の物語 1.源氏、五条の大弐乳母を見舞う---六条辺りのお忍び通いのころ 2.数日後、夕顔の宿の報告---惟光、数日して参上した 第二章 空蝉の物語  空蝉の夫、伊予国から上京す---ところで、あの空蝉のあきれるほど冷淡だったのを 第三章 六条の貴婦人の物語 初秋の物語  霧深き朝帰りの物語---秋にもなった。誰のせいからでもなく、自ら求めて 第四章 夕顔の物語(2) 仲秋の物語 1.源氏、夕顔の宿に忍び通う---それはそうと、あの惟光の管理人の偵察は 2.八月十五夜の逢瀬---君も、「このように無心に油断させて隠れてしまったなら 3.なにがしの院に移る---ためらっている月のように、出し抜けに行く先も分からず出かけることを 4.夜半、もののけ現われる---宵を過ぎるころ、少し寝入りなさった時に 5.源氏、二条院に帰る---ようやくのことで、惟光朝臣が参上した 6.十七日夜、夕顔の葬送---日が暮れて、惟光が参上した。これこれの穢れがあるとおっしゃって 7.忌み明ける---九月二十日のころに、病状がすっかりご回復なさって 第五章 空蝉の物語(2)  紀伊守邸の女たちと和歌の贈答---あの、伊予介の家の小君は、参上する折はあるが 第六章 夕顔の物語(3)  四十九日忌の法要---あの人の四十九日忌を、人目を忍んで比叡山の法華堂において 第七章 空蝉の物語(3)  空蝉、伊予国に下る---伊予介は、神無月の朔日ころに下る   第一章 夕顔の物語 夏の物語  [第一段 源氏、五条の大弐乳母を見舞う]  六条辺りのお忍び通いのころ、内裏からご退出なさる休息所に、大弍の乳母がひどく病んで尼になっていたのを、見舞おうとして、五条にある家 を尋ねていらっしゃった。  お車が入るべき正門は鎖してあったので、供人に惟光を呼ばせて、お待ちあそばす間、むさ苦しげな大路の様子を見渡していらっしゃると、この 家の隣に、桧垣という物を新しく作って、上は半蔀を四、五間ほどずっと吊り上げて、簾などもとても白く涼しそうなところに、美しい額際の透き影 が、たくさん見えて覗いている。立ち動き回っているらしい下半身を想像すると、やたらに背丈の高い気がする。どのような者が住んでいるのだろう と、一風変わった様子にお思いになる。  お車もひどく地味になさり、先払いもおさせにならず、誰と分かろうと気をお許しなさって、少し顔を出して御覧になっていると、門は蔀のようなのを 押し上げてあるが、覗き込む程もなく、ささやかな住まいを、しみじみと、「どの家を終生の宿とできようか」とお考えになってみると、玉の台も同じこ とである。  切懸めいた物に、とても青々とした蔓草が気持ちよさそうに這いまつわっているところに、白い花が、自分ひとり微笑んで咲いている。  「遠方の人にお尋ねする」  と独り言をおっしゃると、御随身がひざまずいて、  「あの白く咲いている花を、夕顔と申します。花の名は人並のようで、このような賎しい垣根に咲くのでございます」  と申し上げる。なるほど、とても小さい家が多くて、むさ苦しそうな界隈の、ここもかしこも、見苦しくちょっと傾いて、頼りなさそうな軒の端などに這 いまつわっているのを、  「気の毒な花の運命よ。一房手折ってまいれ」  とおっしゃるので、この押し上げてある門から入って折る。  そうは言うものの、しゃれた遣戸口に、黄色い生絹の単重袴を、長く着こなした女童で、かわいらしげな子が出て来て、ちょっと招く。白い扇でた いそう香を薫きしめたのを、  「これに載せて差し上げなさいね。枝も風情なさそうな花ですもの」  と言って与えたので、門を開けて惟光朝臣が出て来たのを取り次がせて、差し上げさせる。  「鍵を置き忘れまして、大変にご迷惑をお掛けいたしました。どなた様と分別申し上げられる者もおりませぬ辺りですが、ごみどみした大路にお立 ちあそばして」とお詫び申し上げる。  引き入れて、お下りになる。惟光の兄の阿闍梨、婿の三河守、娘などが、寄り集まっているところに、このようにお越しあそばされたお礼を、この 上ないことと恐縮申し上げる。  尼君も起き上がって、  「惜しくもない身ですが、出家しがたく存じておりましたことは、ただ、このようにお目にかかり、御覧に入れる姿が変わってしまったことを残念に存 じて、ためらっていましたが、受戒の効果があって生き返って、このようにお越しあそばしますのを、お目にかかれましたので、今は、阿彌陀のご来 迎も、心残りなく待つことができましょう」  などと申し上げて、弱々しく泣く。  「いく日も、思わしくなくいらっしゃるのを、案じて心痛めていましたが、このように、出家された姿でいらっしゃると、まことに悲しく残念で。長生きを して、さらに位が高くなるのなども御覧下さい。そうしてから、九品の最上位にも、差し障りなくお生まれ変わり下さい。この世に少しでも執着が残る のは、悪いことと聞いています」など、涙ぐんでおっしゃる。  不出来な子でさえも、乳母のようなかわいがるはずの人は、あきれるくらいに完全無欠に思い込むものを、まして、まことに光栄にも、親しくお世 話申し上げたわが身も、大切にもったいなく思われるようなので、わけもなく涙に濡れるのである。  子供たちは、とてもみっともないと思って、「捨てたこの世に未練あるように、ご自身から泣き顔をお目にかけていなさる」と言って、突き合い目配 せし合う。  君は、とてもしみじみと感じられて、  「幼かったころに、かわいがってくれるはずの方々が亡くなってしまわれた後は、養育してくれる人々はたくさんいるようであったが、親しく甘えら れる人は、他にいなく思われました。成人して後は、きまりがあるので、朝夕にもお目にかかれず、思い通りにお訪ね申すことはなかったが、やは り久しくお会いしない時は、心細く思われましたが、『避けられない別れなどはあってほしくないものだ』と思われます」  などと、じっくりとお話なさって、お拭いになる袖の匂いも、とても辺り狭しと薫り満ちているので、なるほど、考えてみれば、並々の人でないご運 命であったと、尼君を非難がましく見ていた子供たちも、皆涙ぐんだ。  修法など、重ねて始めるべき事などをお命じあそばして、お立ちになろうとして、惟光に紙燭を持って来させて、先程の扇を御覧になると、使い慣 らした移り香が、とても深く染み込んで慕わしくて美しく書き流してある。  「当て推量に貴方さまでしょうと思います   白露の光を加えて美しい夕顔の花は」  誰とも分からないように書き紛らわしているのも、上品に教養が見えるので、とても意外に、興味を惹かれなさる。惟光に、  「この西にある家は、何者が住むのか。尋ね聞いているか」  とお尋ねになると、いつもの厄介なお癖とは思うが、そうは申さず、  「この五、六日ここにおりますが、病人のことを心配して看護しております時なので、隣のことは聞けません」  などと、無愛想に申し上げるので、  「憎らしいと思っているな。けれど、この扇の、尋ねねばならない理由がありそうに思われるのを。やはり、この界隈の事情を知っている者を呼ん で尋ねよ」  とおっしゃると、入って行って、この家守である男を呼んで尋ね聞く。  「揚名介である人の家だそうでございました。男は田舎に下向して、妻は若く派手好きで、姉妹などが宮仕え人として行き来している、と申しま す。詳しいことは、下人にはよく分からないのでございましょう」と申し上げる。  「では、その宮仕人というようだ。得意顔に物慣れて詠みかけてきたものよ」と、「きっと興覚めしそうな身分ではなかろうか」とお思いになるが、名 指して詠みかけてきた気持ちが、憎からず過ごしがたいのが、例によって、こういった方面には、重々しくないご性分なのであろう。御畳紙にすっか り別筆にお書きになって、  「もっと近寄って誰ともはっきり見たらどうでしょう   黄昏時にぼんやりと見えた花の夕顔を」  先程の御随身をお遣わしになる。  まだ見たことのないお姿であったが、まことにはっきりと推察されなさるおん横顔を見過ごさないで、さっそく詠みかけたのに、返歌をなさらないで 時間が過ぎたので、何となく体裁悪く思っていたところに、このようにわざわざ来たというふうだったので、いい気になって、「何と申し上げよう」など と言い合っているようだが、生意気なと思って、随身は帰参した。  御前駆の松明が弱く照らして、とてもひっそりとお出になる。半蔀は下ろしてあった。隙間隙間から見える灯火の明りは、螢よりもさらに微かで哀 れである。  お目当ての所では、木立や前栽などが、世間一般の所と違い、とてもゆったりと奥ゆかしく住んでいらっしゃる。気の置けるご様子などが、他の 人とは格別なので、先程の垣根はお思い出されるはずもない。  翌朝、少しお寝過ごしなさって、日が差し出るころにお帰りになる。朝帰りの姿は、なるほど、人がお褒め申し上げるようなのも、もっともであるご 様子なのであった。  今日もこの半蔀の前をお通り過ぎになる。今までにも通り過ぎなさった辺りであるが、わずかちょっとしたことでお気持ちを惹かれて、「どのような 人の住んでいる家なのだろう」と思っては、行き帰りにお目が止まるのであった。  [第二段 数日後、夕顔の宿の報告]  惟光、数日して参上した。  「患っております者が、依然として弱そうでございましたので、いろいろと看病いたしておりまして」  などと挨拶申し上げて、近くに上って申し上げる。  「お尋ねになられました後に、隣のことを知っております者を、呼んで尋ねさせましたが、はっきりとは申しません。『ごく内密に、五月のころからお いでの方があるようですが、誰それとは、全然その家の内の人にさえ知らせません』と申します。時々、中垣から覗き見しますと、なるほど、若い女 たちの透き影が見えます。褶めいた物を、申しわけ程度にひっかけて、仕える主人がいるようでございます。昨日、夕日がいっぱいに射し込んでい ました時に、手紙を書こうとして座っていました人の顔が、とてもようございました。憂えに沈んでいるような感じがして、側にいる女房たちも涙を隠 して泣いている様子などが、はっきりと見えました」  と申し上げる。君はにっこりなさって、「知りたいものだ」とお思いになった。  声望こそ重々しいはずのご身分であるが、ご年齢のほど、人が追従しお褒め申し上げている様子などを考えると、興味をお感じにならないのも、 風情がなくきっと物足りない気がするだろうが、人が承知しない身分でさえ、やはり、相当な人のことには、興味をそそられるものだから、と思って いる。  「もしや、拝見いたすこともありましょうかと、ちょっとした機会を作って、恋文などを出してみました。書きなれている筆跡で、素早く返事など寄こし ました。たいして悪くはない若い女房たちがいるようでございます」  と申し上げると、  「さらに近づけ。突き止めないでは、物足りない気がする」とおっしゃる。  あの、下層の最下層だと、人が見下した住まいであるが、その中にも、意外に結構なのを見つけたらばと、珍しくお思いになるのであった。   第二章 空蝉の物語  [第一段 空蝉の夫、伊予国から上京す]  ところで、あの空蝉のあきれるほど冷淡だったのを、世間一般の女性とは違ってお思いになると、素直であったならば、気の毒な過ちをしたと思っ てやめられようが、まことに悔しく、振られて終わってしまいそうなのが、気にならない時がない。このような並々の女性までは、お思いにならなかっ たのだが、先日の「雨夜の品定め」の後は、興味をお持ちになった階層階層があることによって、ますます残る隈なくご関心をお持ちになった方の ようであるよ。  疑いもせずにお待ち申しているらしいもう一人の女を、いじらしいとお思いにならないわけではないが、何くわぬ顔で聞いていたろうことが恥ずかし いので、「まずは、この女の気持ちを見定めてから」とお思いになっているうちに、伊予介が上京した。  まっさきに急いで参上した。船路のせいで、少し黒く日焼けしている旅姿は、とても野暮くさくて気に入らない。けれど、人品も相当な血筋で、容 貌などは年はとっているが、小綺麗で、人並優れて品格や趣向などがそなわっているのであった。  任国の話などを申す時に、「湯桁はいくつ」と、お尋ねしたくお思いになるが、わけもなく正視できなくて、お心の中に思い出されることもさまざまで ある。  「実直な年配者を、このように思うのも、いかにも馬鹿らしく後ろ暗いことであるよ。いかにも、これが、尋常ならざる不埒なことだった」と、左馬頭 の忠告をお思い出しになって、気の毒なので、「冷淡な気持ちは憎いが、夫のためには、立派だ」とお考え直しになる。  「娘を適当な人に縁づけて、北の方を連れて下るつもりだ」と、お聞きになると、あれやこれやと気持ちが落ち着かなくて、「もう一度逢えないもの か」と、小君に相談なさるが、相手が同意したようなことでさえ、軽々とお忍びになるのは難しいのに、まして、不釣り合いな関係と思って、今さら見 苦しかろうと、思い絶っている。  そうは言っても、すっかりお忘れになられることも、まことにつまらなく、嫌にちがいないことと思って、適当な折々のお返事など、親しく度々差し上 げては、何気ない書きぶりに詠み込まれた返歌は、不思議とかわいらしげに、お目に止まるようなことを書き加えなどして、恋しく思わずにはいられ ない人の様子なので、冷淡で癪な女と思うものの、忘れがたい人とお思いになっている。  もう一人は、夫がしっかりできても、変わらず心を許しそうに見えたのを当てにして、いろいろとお聞きになるが、お心も動かさないのであった。   第三章 六条の貴婦人の物語 初秋の物語  [第一段 霧深き朝帰りの物語]  秋にもなった。誰のせいからでもなく、自ら求めて物思いに心を尽くされることどもがあって、大殿には、と絶えがちなので、恨めしくばかりお思い 申し上げていらっしゃった。  六条辺りの御方にも、気の置けたころのご様子をお靡かせ申し上げてから後は、うって変わって、通り一遍な扱いのようなのは、お気の毒であ る。けれど、他人でいたころのご執心のように、無理無体なことがないのも、どうしたことかと思われた。  女は、たいそう何事も度を越すほど、お思い詰めなさるご性格なので、年齢も釣り合わず、人が漏れ聞いたら、ますますこのような辛い訪れない 夜な夜なの寝覚めを、お悩み悲しまれることが、とてもあれこれと多いのである。  霧の大層深い朝、ひどく急かされなさって、眠そうな様子で、溜息をつきながらお出になるのを、中将のおもとが、御格子を一間上げて、お見送り なさいませ、という心遣いらしく、御几帳を引き開けたので、御頭をもち上げて御覧になった。  前栽が色とりどりに咲き乱れているのを、行き過ぎにくそうにためらっていらっしゃる姿が、なるほど二人といない。廊の方へいらっしゃる時に、中 将の君が、お供申し上げる。紫苑色で、季節に適った羅の裳、くっきりと結んだ腰つきは、物柔らかで優美である。  見返りなさって、隅の間の高欄に、少しの間、お座らせなさった。きちんとした態度、黒髪のかかり具合、見事な、と御覧になる。  「咲いている花に心を移したという風評は憚られますが   やはり手折らずには行き過ごしがたい今朝の朝顔の花です  どうしよう」  と言って、手を捉えなさると、まことに馴れたふうに素早く、  「朝霧の晴れる間も待たないでお帰りになるご様子なので  朝顔の花に心を止めていないものと思われます」  と、主人のことにしてお返事申し上げる。  かわいらしい童女で、姿が目安く、格別の格好をしている、指貫の裾を、露っぽく濡らし、花の中に入り混じって、朝顔を手折って差し上げるところ など、絵に描きたいほどである。  通り一遍に、ちょっと拝見する人でさえ、心を止め申さない者はない。物の情趣を解さない山賎も、花の下では、やはり休息したいものなのであろ うか、このお美しさを拝する人々は、身分身分に応じて、自分のかわいいと思う娘を、ご奉公に差し上げたいと願い、あるいは、恥ずかしくないと思 う姉妹などを持っている人は、下仕えであっても、やはり、このお方の側にご奉公させたいと、思わない者はいなかった。  まして、何かの折のお言葉でも、優しいお姿を拝する人で、少し物の情趣を解せる人は、どうしていい加減にお思い申し上げよう。一日中くつろい だご様子でおいでにならないのを、物足りないことと思うようである。   第四章 夕顔の物語(2) 仲秋の物語  [第一段 源氏、夕顔の宿に忍び通う]  それはそうと、あの惟光の管理人の偵察は、とても詳しく事情を探ってご報告する。  「誰であるかは、まったく分かりません。世間にひどく隠れ潜んでいる様子に見えますが、暇にまかせて、南の半蔀のある長屋に移って来ては、 牛車の音がすると、若い女房たちが覗き見などをするようですが、この主人と思われる女も、来る時があるようでございまして。容貌は、ぼんやりと ではありますが、とてもかわいらしげでございます。  先日、先払いをして通る牛車がございましたのを、覗き見て、女童が急いで、『右近の君さま、早く御覧なさい。中将殿が、ここをお通り過ぎになっ てしまいます』と言うと、他に、見苦しくない女房が出て来て、『静かに』と手で制しながらも、『どうしてそうと分かりますか。どれ、見てみよう』と言っ て、渡って来ます。打橋のようなものを通路にして、行き来するのでございます。急いで来た者は、衣の裾を何かに引っ掛けて、よろよろと倒れて、 橋から落ちてしまいそうになったので、『まあ、この葛城の神は、危なっかしく拵えたこと』と、文句を言って、覗き見の興味も冷めてしまったようでし た。『君は、直衣姿で、御随身どももいました。あの人は誰、この人は誰』と数えたのは、頭中将の随身や、その小舎人童を、証拠に言っておりまし た」などと申し上げると、  「確かにその車を見たのならよかったのに」  とおっしゃって、「もしや、あの愛しく忘れ難かった女であろうか」と、思いつかれるにつけても、とても知りたげなご様子を見て、  「わたしの懸想も首尾よく致して、様子もすっかり存じておりながら、ただ、同じ同輩どうしと思わせて、話しかけてくる若い近習がございますの で、空とぼけたふりして、隠れて通っています。とてもうまく隠していると思って、小さい子供などのございますのが、言い間違いそうになるのも、ご まかして、別に主人のいない様子を無理に装っています」などと、話して笑う。  「尼君のお見舞いに伺った折に、垣間見させよ」とおっしゃるのであった。  一時的にせよ、住んでいる家の程度を思うと、「これこそ、あの左馬頭が判定して、貶んだ下の品であろう。その中に予想外におもしろい事があっ たら」などと、お思いになるのであった。  惟光は、どんな些細なことでもお心に違うまいと思うが、自分も抜けめない好色人なので、大変に策を労しあちこち段取りをつけ、しゃにむにお通 わし始めたのであった。この辺の事情は、こまごまと煩わしくなるので、例によって省略した。  女を、はっきり誰とお確かめになれないので、ご自分も名乗りをなさらず、ひどくむやみに粗末な身なりをなさっては、いつもと違って直接に身を入 れてお通いになるのは、並々ならぬご執心なのであろう、と考えると、自分の馬を差し上げて、お供して走りまわる。  「懸想人のひどく人げない徒ち歩き姿を、見つけられましては、辛いものですね」とこぼすが、他人に知らせなさらないこととして、あの夕顔の案内 をした随身だけ、その他には、顔をまったく知られてないはずの童一人だけを、連れていらっしゃるのであった。「万一思い当たる気配もあろうか」と 慮って、隣に中休みをさえなさらない。  女も、とても不審に合点がゆかない気ばかりして、お文使いに人を付けたり、払暁の道を尾行させ、お住まいを現すだろうと追跡するが、どこと分 からなく晦まし晦ましして、そうは言っても、かわいく逢わないではいられず、この女がお心に掛かっているので、不都合で軽々しい行為だと、反省 しては困り困り、とても頻繁にお通いになる。  このような方面では、実直な人の乱れる時もあるが、とても見苦しくなく自重なさって、人が非難申し上げるような振る舞いはなさらなかったが、 不思議なまでに、今朝の間、昼間の逢わないでいる間も、逢いたくなど、お思い悩みになるので、他方では、ひどく気違いじみており、それほど熱 中するに相応しいことではない、と、つとめて熱をお冷ましになるが、女の感じは、とても驚くほど従順でおっとりとして、物事に思慮深く慎重な方面 は劣って、一途に子供っぽいようでいながら、男女の仲を知らないでもない。たいして高い身分ではあるまい、どこにひどくこうまで心惹かれるのだ ろう、と繰り返しお思いになる。  とてもわざとらしくして、ご装束も粗末な狩衣をお召しになり、姿を変え、顔も少しもお見せにならず、深夜ごろに、人の寝静まるのを待ってお出入 りなどなさるので、昔あったという変化のものじみて、気味悪く嘆息されるが、男性のご様子、そうは言うものの、手触りでも分かることができたの で、「いったい、どなたであろうか。やはりこの好色人が手引きして始まったことらしい」と、大夫を疑ってみるが、つとめて何くわぬ顔を装って、まっ たく知らない様子に、せっせと色恋に励んでいるので、どのようなことかとわけが分からず、女の方も不思議な変わった物思いをするのであった。  [第二段 八月十五夜の逢瀬]  君も、「このように無心に油断させて隠れてしまったなら、どこを目当てにしてか、わたしも尋ねられよう。仮の宿と、また一方では思われるので、 どこともどことも、移って行くような日を、いつとも分からないだろう」とお思いになると、後を追い見失って、どうでもよく諦めがつくものなら、ただこの ような遊び事で終わっても済まされようが、まったくそうして過そう、とはお思いになれない。人目をお憚りになって、お途絶えになる夜な夜ななど は、とても我慢ができず、苦しいまでにお思いになるので、「やはり、誰と知らせずに二条院に迎えてしまおう。もし世間に評判になって不都合なこ とであっても、そうなるはずの運命なのだ。我ながら、ひどくこう女に惹かれることはなかったのに、どのような宿縁であったのだろうか」などお思い よりになる。  「さあ、とても気楽な所で、のんびりとお話しよう」  などと、お誘いになると、  「やはり、変ですわ。そうおっしゃいますが、普通とは違ったお持てなしなので、何となく空恐ろしい気がしますわ」  と、とても子供っぽく言うので、「なるほど」と、思わずにっこりなさって、  「なるほど、どちらが狐でしょうかね。ただ、化かされなさいな」  と、優しそうにおっしゃると、女もすっかりその気になって、そうであってもいいと思っている。「世間に例のない、おかしなことであっても、一途に従 順な心は、実にかわいい女だ」と、お思いになると、やはり、あの頭中将の「常夏」かと疑われて、話した性質を、まっさきにお思い出されなさった が、「隠すような事情が」と、むやみにお聞き出しなさらない。  表情に現して、不意に逃げ隠れするような性質などはないので、「離れ離れに、絶え間を置いたような折には、そのように気を変えることもあろう が、女のほうから、少し浮気することがあったほうが愛情も増さるであろう」とまで、お思いになった。  八月十五日夜、満月の光が、隙間の多い板葺きの家に、すっかり射し込んで来て、ご経験のない住居の様子も珍しいうちに、払暁近くなったの であろう、隣の家々からの、賎しい下男の声々が、目を覚まして、  「ああ、ひどく寒いなあ」  「今年は、商売も当てになる所も少なく、田舎への行き来も望めないから、ひどく心細いなあ。北隣さん、お聞きなさるか」  などと言い交わしているのも聞こえる。  まことにほそぼそとした各自の生計のために起き出して、ざわめいているのも間近なのを、女はとても恥ずかしく思っている。  優美に風流めかすような人は、消え入りたいほどの住居の様子のようである。けれでも、のんびりと、辛いことも嫌なことも気恥ずかしいことも、気 にかける様子でなく、自身の態度や様子は、とても上品でおっとりして、またとないくらい下品な隣のぶしつけさを、どのようなこととも知っている様 子でないので、かえって恥ずかしがり赤くなるよりは罪がないように思われるのであった。  ごろごろと、鳴る雷よりも騒がしく、踏み轟かす唐臼の音も、枕上かと聞こえる。「ああ、やかましい」と、これには閉口されなさる。何の轟音ともお 分りにならず、とても不思議で、耳障りな音だとばかりお聞きになる。ごたごたしたことばかり多かった。  白妙の衣を打つ砧の音も、かすかにあちらこちらからと聞こえて来、空飛ぶ雁の声も、一緒になって、堪えきれない情趣が多い。端近いご座所だ ったので、遣戸を引き開けて、一緒に外を御覧になる。広くもない庭に、しゃれた呉竹や、前栽の露は、やはりこのような所も同じように光ってい た。虫の声々が入り乱れ、壁の内側のこおろぎでさえ、時たまお聞きになっているお耳に、じかに押し付けたように鳴き乱れているのを、かえって 違った感じにお思いなさるのも、お気持ちの深さゆえに、すべての欠点が許されるのであろうよ。  白い袷、薄紫色の柔らかい衣を重ね着て、地味な姿態は、とてもかわいらしげに心惹かれる感じがして、どこそこと取り立てて優れた所はない が、か細くしなやかな感じがして、何かちょっと言った感じは、「ああ、いじらしい」と、ただもうかわいく思われる。気取ったところをもう少し加えたら と、御覧になりながら、なおもくつろいで逢いたく思われなさるので、  「さあ、ちょっとこの辺の近い所で、気楽に過ごそう。こうしてばかりいては、とても辛いなあ」とおっしゃると、  「とてもそんな。急でしょう」  と、とてもおっとりと言って座っている。この世だけでない約束などまで信頼なさっているので、気を許す心根などが、不思議に普通と違って、世慣 れた女とも思われないので、人の思惑も慮ることもおできになれず、右近を召し出して、随身を呼ばせなさって、お車を引き入れさせなさる。この家 の女房たちも、このようなお気持ちが並大抵でないのが分かるので、不安に思いながらもお頼り申し上げていた。  明け方も近くなったのであった。鶏の声などは聞こえないで、御嶽精進であろうか、ただ老人めいた声で礼拝するのが聞こえる。立ったり座ったり の様子、難儀そうに勤行する。たいそうしみじみと、「朝の露と違わないこの世を、何を欲張りわが身の利益を祈るのだろうか」と、お聞きになる。 「南無当来導師」と言って、拝んでいるようだ。  「あれを、お聞きなさい。この世だけとは思っていないのだね」と、哀れがりなさって、  「優婆塞が勤行しているのを道しるべにして   来世にも深い約束に背かないで下さい」  長生殿の昔の例は縁起が悪いので、翼を交そうとは言わずに、弥勒の世を約束なさる。来世までのお約束は、まことに大げさである。  「前世の宿縁の拙さが身につまされるので   来世まではとても頼りかねます」  このような返歌のし方なども、そうは言うものの、心細いようである。  [第三段 なにがしの院に移る]  ためらっている月のように、出し抜けに行く先も分からず出かけることを、女は躊躇し、いろいろと説得なさるうちに、急に雲に隠れて、明け行く空 は実に美しい。体裁の悪くなる前にと、いつものように急いでお出になって、軽々とお乗せになったので、右近が乗った。  その辺りに近い某院にお着きあそばして、管理人をお呼び出しになる間、荒れた門の忍草が生い茂っていて見上げられるが、譬えようなく木暗 い。霧も深く、露っぽいところに、簾までを上げていらっしゃるので、お袖もひどく濡れてしまった。  「まだこのようなことを経験しなかったが、いろいろと気をもむことであるなあ。   昔の人もこのように恋の道に迷ったのだろうか   わたしには経験したことのない明け方の道だ  ご経験ありますか」  とおっしゃる。女は、恥らって、  「山の端をどこと知らないで随って行く月は   途中で光が消えてしまうのではないでしょうか  心細くて」  と言って、何となく怖がって気味悪そうに思っているので、「あの建て込んでがいる小家に慣れているからだろう」と、おもしろくお思いになる。  お車を入れさせて、西の対にご座所など準備する間、高欄にお車を掛けて立てていらっしゃる。右近は、優美な心地がして、過去のことなども、 一人思い出すのであった。管理人が一生懸命奔走している様子から、このご様子をすっかり知った。  ほのかに物が見えるころに、お下りになったようである。仮設えだが、こざっぱりと設けてある。  「お供に誰もおりませんなあ。ご不便なことよ」と言って、親しい下家司で、殿にも仕えている者だったので、参り寄って、「適当な人を、お呼びいた すべきではありませんか」などと、申し上げさせるが、  「特に人の来ないような隠れ家を求めたのだ。絶対に他には言うな」と口封じさせなさる。  お粥などを準備して差し上げるが、取り次ぐお給仕が揃わない。まだ経験のないご外泊に、「息長川」とお約束なさるより以外何もない。  日が高くなったころにお起きになって、格子を自らお上げになる。とてもひどく荒れて、人影もなく、はるばると見渡されて、木立がとても気味悪く 鬱蒼と古びている。近くの草木などは、格別見所もなく、すっかり秋の野原となって、池も水草に埋もれているので、まことに恐ろしくなってしまった 所であるよ。別納の方に、部屋などを設えて、人が住んでいるようだが、こちらは離れている。  「恐ろしい所になってしまった所だね。いくら何でも、鬼などもわたしを見逃すだろう」とおっしゃる。  お顔は依然として隠していらっしゃるが、女がとても辛いと思っているので、「なるほど、これ程深い仲になって隠しているようなのも、不自然なこ とだ」とお思いになって、  「夕露に花開いて顔をお見せするのは   道で会った縁からでしょうか  露の光はどうですか」  とおっしゃると、流し目に見やって、  「光輝いていると見ました夕顔の上露は   たそがれ時の見間違いでした」  とかすかに言う。おもしろいとお思いになる。なるほど、うちとけていらっしゃるご様子は、またとなく、場所が場所ゆえ、いっそう不吉なまでにお美 しくお見えになる。  「いつまでも隠していらっしゃる辛さに、顕すまいと思っていたが、せめて今からでもお名乗り下さい。とても気味が悪い」  とおっしゃるが、「海人の子なので」と言って、依然としてうちとけない態度は、とても甘え過ぎている。  「それでは、これも『われから』のようだ」と、怨みまた一方では語り合いながら、一日お過ごしになる。  惟光が、お探し申して、お菓子などを差し上げさせる。右近が文句言うことは、やはり気の毒なので、お側に伺候させることもできない。「こんなに までご執心でいられるのは、魅力的で、きっとそうに違いない様子なのだろう」と推量するにつけても、「自分がうまく言い寄ろうと思えばできたの を、お譲り申して、寛大なことよ」などと、失敬なことを考えている。  譬えようもなく静かな夕方の空をお眺めになって、奥の方は暗く何となく気味が悪いと、女は思っているので、端の簾を上げて、添い臥していらっ しゃる。夕映えのお顔を互いに見交わして、女も、このような出来事を、意外に不思議な気持ちがする一方で、すべての嘆きを忘れて、少しずつ打 ち解けていく様子は、実にかわいい。ぴったりとお側に一日中添ったままで、何かをとても怖がっている様子は、子供っぽくいじらしい。格子を早くお 下ろしになって、大殿油を点灯させて、「すっかり深い仲となったご様子でいて、依然として心の中に隠し事をなさっているのが辛い」と、お恨みにな る。  「主上には、どんなにかお探しあそばしていらっしゃろうか。どこを探していようか」と、思いをおはせになって、また一方では、「不思議な心だ。六 条辺りでも、どんなにお思い悩んでいらっしゃることだろう。怨まれることも、辛いことだし、もっともなことだ」と、困ったことだと思われる人としては、 まっさきにお思い出し申し上げなさる。無心に向かい合って座っているのを、かわいいとお思いになるにつれて、「あまり思慮深く、対座する者まで が息が詰るようなご様子を、少し取り除きたいものだ」と、ついご比較されるのであった。  [第四段 夜半、もののけ現われる]  宵を過ぎるころ、少し寝入りなさった時に、おん枕上に、とても美しそうな女が座って、  「わたしがとても素晴らしい方とお慕い申し上げている人は、お訪ねもなさらず、このような、特に優れたところもない女を連れていらっしゃって、お かわいがりになさるのは、まことに癪にさわり辛い」  と言って、お側にいる人を掻き起こそうとする、と御覧になる。  魔物に襲われる気持ちがして、目をお覚ましになると、火も消えていたのであった。気持ち悪くお思いになるので、太刀を引き抜いて、そっとお置 きになって、右近をお起こしになる。この人も怖がっている様子で、参り寄った。  「渡殿にいる宿直人を起こして、『紙燭をつけて参れ』と言いなさい」とおっしゃると、  「どうして行けましょうか。暗くて」と言うので、  「ああ、子供みたいな」と、ちょっとお笑いになって、手をお叩きになると、こだまが応える音、まことに気味が悪い。誰も聞こえないで参上しない間 に、この女君は、ひどくふるえ脅えて、どうしてよいか分からなく思っている。汗もびっしょりになって、正気を失った様子である。  「むやみにお怖がりあそばすご性質ですから、どんなにかお怖がりのことでしょうか」と、右近も申し上げる。「ほんとうにか弱くて、昼も空ばかり見 ていたものだが、気の毒に」とお思いになって、  「わたしが、誰か起こそう。手を叩くと、こだまが応える。まことにうるさい。ここに、もっと近く」  と言って、右近を引き寄せなさって、西の妻戸に出て、戸を押し開けなさると、渡殿の火も消えていたのであった。  風が少し吹いているうえに、人気も少なくて、仕えている者は皆寝ていた。この院の管理人の子供で、親しくお使いになる若い男、それから殿上 童一人と、いつもの随身だけがいるのであった。お呼び寄せになると、お返事して起きたので、  「紙燭を点けて参れ。『随身も、弦打ちをして、絶えず音を立てていよ』と命じよ。人気のない所に、気を許して寝ている者があるか。惟光朝臣が来 ていたようなのは」と、お尋ねあそばすと、  「控えていましたが、ご命令もない。早暁にお迎えに参上すべき旨申して、帰ってしまいました」と申し上げる。この、こう申す者は滝口の武士で あったので、弓弦をまことに手馴れた様子に打ち鳴らして、「火の用心」と言いながら、管理人の部屋の方角へ行ったようだ。内裏をお思いやりにな って、「名対面は過ぎたろう、滝口の宿直奏しは、ちょうど今ごろか」とご推量になるのは、まだ、さほど夜も更けていないのでは。  戻って入って、お確かめになると、女君はそのままに臥していて、右近は傍らにうつ伏していた。  「これはどうした。何と、気違いじみた怖がりようだ。荒れた所には、狐などのようなものが、人を脅かそうとして、何となく怖がらせるのだろう。わ たしがいれば、そのようなものからは脅されない」と言って、引き起こしなさる。  「とても気味悪くて、取り乱している気分も悪うございますので、うつ伏しているのでございますよ。ご主人さまこそ、ひどく怖がっていらっしゃるで しょう」と言うので、  「そうだ。どうしてこんなに」と言って、探って御覧になると、息もしていない。揺すって御覧になるが、なよなよとして正体もない様子なので、「ほん とうにひどく子供じみた人なので、魔性のものに魅入られてしまったらしい」と、なすべき方法もない気がなさる。  紙燭を持って参った。右近も動ける状態でないので、近くの御几帳を引き寄せて、  「もっと近くに持って参れ」  とおっしゃる。いつもと違ったことなので、御前近くに参上できず、ためらっていて、長押にも上がれない。  「もっと近く持って来なさい。場所によるぞ」  と言って、召し寄せて御覧になると、ちょうどこの枕上に、夢に現れた姿をした女が、幻影のように現れて、ふっと消え失せた。  「昔物語などに、このようなことは聞くけれど」と、まことに珍しく気味悪いが、まず、「この女はどのようになったのか」とお思いになる不安に、わが 身の上の危険もお顧みにならず、添い臥して、「もし、もし」と、お起こしになるが、すっかりもう冷たくなっていて、息はとっくにこと切れてしまってい たのであった。どうすることもできない。頼りになる、どうしたらよいかとご相談できるような人もいない。法師などは、このような時の頼みになる人と はお思いになるが。それほどお強がりになるが、お若い考えで、空しく死んでしまったのを御覧になると、どうしようもなくて、ひしと抱いて、  「おまえさま、生き返っておくれ。とても悲しい目に遭わさないでおくれ」  とおっしゃるが、冷たくなっていたので、感じも気味悪くなって行く。  右近は、ただ「ああ、気味悪い」と思っていた気持ちもすっかり冷めて、泣いて取り乱す様子はまことに大変である。  南殿の鬼が、某大臣を脅かした例をお思い出しになって、気強く、  「いくら何でも、死にはなさるまい。夜の声は大げさだ。静かに」  とお諌めになって、まったく突然の事なので、茫然とした気持ちでいらっしゃる。  管理人の子供を呼んで、  「ここに、まことに不思議に、魔性のものに魅入られた人が苦しそうなので、今すぐに、惟光朝臣の泊まっている家に行って、急いで参上するよう に言え、と命じなさい。某阿闍梨が、そこに居合わせていたら、ここに来るよう、こっそりと言いなさい。あの尼君などが聞こうから、大げさに言うな。 このような忍び歩きは許さない人だ」  などと、用件をおっしゃるようだが、胸が一杯で、この人を死なせてしまったらどうしようかと、たまらなくお思いになるのに加えて、辺りの不気味さ は、譬えようもない。  夜中も過ぎたのだろうよ、風がやや荒々しく吹いているのは。まして、松風の響きが、木深く聞こえて、異様な鳥がしわがれ声で鳴いているのも、 「梟」と言う鳥はこのことかと思われる。あれこれと考え廻らすに、あちらこちらと、何となく遠く気味悪いうえに、人声はしない。「どうして、このような 心細い外泊をしたのだろう」と、後悔してもしようがない。  右近は、何も考えられず、君にぴったりと寄り添い申して、震え死にそうである。「また、この人もどうなるだろう」と、気も上の空で掴まえていらっ しゃる。自分一人しっかりした人で、途方に暮れていらっしゃるのであったよ。  灯火は微かにちらちらとして、母屋の境に立ててある屏風の上が、あちらこちらと陰って見えなさるうえに、魔性の物の足音が、ひしひしと踏み鳴 らしながら、後方から近寄って来る気がする。「惟光よ、早く来て欲しい」とお思いになる。居場所が定まらぬ者なので、あちこち探したうちに、夜の 明けるまでの待ち遠しさは、千夜を過すような気がなさる。  ようやくのことで、鶏の声が遠くで聞こえるにつけ、「危険を冒して、何の因縁で、このような辛い目に遭うのだあろう。我ながら、このようなことで、 大それたあってはならない恋心の報復として、このような、後にも先にも語り草となってしまいそうなことが起こったのだろう。隠していても、実際に 起こった事は隠しきれず、主上のお耳に入るだろうことを始めとして、世人が推量し噂するだろうことは、良くない京童べの噂になりそうだ。あげくの はて、馬鹿者の評判を立てられるにちがいない」と、思案される。  [第五段 源氏、二条院に帰る]  ようやくのことで、惟光朝臣が参上した。夜中、早朝の区別なく、御意のままに従う者が、今夜に限って控えていなくて、お呼び出しにまで遅れて 参ったのを、憎らしいとお思いになるものの、呼び入れて、おっしゃろうとする内容が情けないので、すぐには何もおっしゃれない。右近は、大夫の 様子を聞くと、初めからのことが、つい思い出されて泣くが、君も我慢なされず、自分一人気丈夫に抱いていらっしゃったが、この人を見てほっとな さって、悲しい気持ちにおなりになるのであったが、しばらくは、まことに大変にとめどもなくお泣きになる。  やっと気持ちを落ち着けて、「ここで、まことに奇妙な事件が起こったが、驚くと言っても言いようのないほどだ。このような危急のことには、誦経な どをすると言うので、その手配をさせよう。願文なども立てさせようと思って、阿闍梨に来るようにと、言ってやったのは」  とおっしゃると、  「昨日、帰山してしまいました。それにしても、まことに奇妙なことでございますね。以前から、常とは違ってご気分のすぐれないことでもございま したのでしょうか」  「そのようなこともなかった」と言って、お泣きになる様子、とても優美でいたわしく、拝見する人もほんとうに悲しくて、自分も声を上げて泣いた。  何と言っても、年もとり、世の中のあれやこれやと、経験を積んだ人は、非常の時には頼もしいのであるが、どちらもどちらも若者同士で、どうしよ うもないが、  「この院の管理人などに聞かせることは、まことに不都合でしょう。この管理人一人は親密であっても、自然と口をすべらしてしまう身内も中には いることでしょう。まずは、この院をお出なさいましね」と言う。  「ところで、ここより人少なな所がどうしてあろうか」とおっしゃる。  「なるほど、そうでございましょう。あの元の家は、女房などが、悲しみに耐えられず、泣き取り乱すでしょうし、隣家が多く、見咎める住人も多くご ざいましょうから、自然と噂が立ちましょうが、山寺は、何と言ってもこのようなことも、自然ありがちで、目立たないことでございましょう」と、思案し て、「昔、存じておりました女房が、尼になって住んでおります東山の辺に、お移し申し上げましょう。惟光めの父朝臣の乳母でございました者が、 年老いて住んでいるのです。周囲は、人が多いようでございますが、とても閑静でございます」  と申し上げて、夜が明けて騒がしくなるころの騒がしさに紛れて、お車を寄せる。  この女をお抱きになることができそうにないので、上筵に包んで、惟光がお乗せ申す。とても小柄で、気味悪くもなく、かわいらしげである。しっか りとも包んでないので、髪はこぼれ出ているのも、目の前が真っ暗になって、何とも悲しい、とお思いになると、最後の様子を見届けたい、とお思い になるが、  「早く、お馬で、二条院へお帰りあそばしますよう。人騒がしくなりませぬうちに」  と言って、右近を添えて乗せると、徒歩で、君に馬はお譲り申して、裾を括り上げなどをして、かつ一方では、とても変で、奇妙な野辺送りだが、 お悲しみの深いことを拝見すると、自分のことは考えずに行くが、君は何もお考えになれず、茫然自失の態で、お帰りになった。  女房たちは、「どこから、お帰りあそばしましたか。気分が悪そうにお見えあそばします」などと言うが、御帳の内側にお入りになって、胸を押さえ て思うと、まことに悲しいので、「どうして、一緒に乗って行かなかったのだろう。もし生き返った場合、どのような気がするだろう。見捨てて行ってし まったと、辛く思うであろうか」と、気が動転しているうちにも、お思いやると、お胸のせき上げてくる気がなさる。お頭も痛く、身体も熱っぽい感じが して、とても苦しく、どうしてよいやら分からない気がなさるので、「こう元気がなくて、自分も死んでしまうのかも知れない」とお思いになる。  日は高くなるが、起き上がりなさらないので、女房たちは不思議に思って、お粥などをお勧め申し上げるが、気分が悪くて、とても気弱くお思いに なっているところに、内裏からお使者が来る。昨日、お探し申し上げられなかったことで、御心配あそばしていらっしゃる。大殿の公達が参上なさる が、頭中将だけを、「立ったままで、ここにお入り下さい」とおっしゃって、御簾の内側のままでお話しなさる。  「乳母でございます者が、この五月のころから、重く患っておりました者が、髪を切り、受戒などをして、その甲斐があってか、生き返っていました が、最近、再発して、弱くなっていますのが、「今一度、見舞ってくれ」と申していたので。幼いころから馴染んだ人が、今はの際に、辛いと思うだろ うと、存じて参っていたところ、その家にいた下人で、病気していたのが、急に暇をとる間もなく亡くなってしまったのを、恐れ慎んで、日が暮れてか ら運び出したのを、聞きつけたので。神事のあるころで、まことに不都合なこと、と存じ謹慎して、参内できないのです。この早朝から、風邪でしょう か、頭がとても痛くて苦しうございますので、大変失礼したまま申し上げます次第」  などとおっしゃる。中将は、  「それでは、そのような旨を奏上しましょう。昨夜も、管弦の御遊の折に、畏れ多くもお探し申しあそばされて。御機嫌悪うございました」と申し上 げなさって、また引き返して、「どのような穢れに遭遇あそばしたのですか。ご説明あそばされたことは、本当とは存じられません」  と言うので、胸がどきりとなさって、  「このように、詳しくではなく、ただ、意外な穢れに触れた由を、奏上なさって下さい。まったく不都合なことでございます」  と、さりげなくおっしゃるが、心中は、どうしようもなく悲しい事とお思いになるにつけ、ご気分もすぐれないので、誰ともお顔を合わせなさらない。蔵 人の弁を呼び寄せて、きまじめにその旨を奏上させなさる。大殿などにも、これこれの事情があって、参上できないお手紙などを差し上げなさる。  [第六段 十七日夜、夕顔の葬送]  日が暮れて、惟光が参上した。これこれの穢れがあるとおっしゃって、お見舞いの人々も、皆立ったままで帰るので、人目は多くない。呼び寄せ て、  「どうであったか。臨終と見届けたか」  とおっしゃると同時に、袖をお顔に押し当ててお泣きになる。惟光も泣きながら、  「もはやご最期のようでいらっしゃいます。長々と一緒に籠っておりますのも不都合なので。明日、日柄がよろしうございますので、あれこれのこ と、大変に尊い老僧で、知っております者に、連絡をつけました」と申し上げる。  「付き添っていた女はどうしたか」とおっしゃると、  「その者も、同様に、生きられそうにございませんようです。自分も死にたいと取り乱しまして、今朝は谷に飛び込みそうになったのを拝見しまし た。『あの前に住んでいた家の人に知らせよう』と申しますが、『今しばらく、落ち着きなさい、と。事情をよく考えてからに』と、宥めておきました」  とご報告申すにつれて、とても悲しくお思いになって、  「わたしも、とても気分が悪くて、どうなってしまうのであろうかと思われる」とおっしゃる。  「何を、この上くよくよお考えあそばしますか。そうなる運命で、万事があったので、ございましょう。誰にも聞かせまいと存じますので、惟光めが 身を入れて、万事始末いたします」などと申す。  「そうだ。そのように何事も思ってはみるが、いい加減な遊び心から、人を死なせてしまった非難を受けねばならないのが、まことに辛いのだ。少 将命婦などにも聞かせるな。尼君はましてこのようなことなど、お叱りになるから、恥ずかしい気がしよう」と、口封じなさる。  「その他の法師たちなどにも、すべて、説明は別々にしてございます」  と申し上げるので、頼りになさっている。  かすかに事情を聞く女房など、「変だ、何事だろうか、穢れに触れた旨をおっしゃって、宮中へも参内なさらず、また、このようにひそひそと話して 嘆いていらっしゃる」と、ぼんやり不思議がる。  「重ねて無難に取り計らえ」と、葬式の作法をおっしゃるが、  「いやいや、大げさにする必要もございません」  と言って立つが、とても悲しく思わずにはいらっしゃれないので、  「きっと不都合なことと思うだろうが、今一度、あの死骸を見ないのが、とても心残りだから、馬で行ってみたい」  とおっしゃるのを、とても厄介な事だとは思うが、  「そのようにお思いになるならば、仕方ございません。早く、お出かけあそばして、夜が更けない前にお帰りあそばしませ」  と申し上げるので、最近のお忍び用にお作りになった、狩衣のご衣装に着替えなどしてお出かけになる。  お心はまっ暗闇で、大変に堪らないので、このような変な道に出て来たものの、危なかった懲り事で、どうしようかとお悩みになるが、やはり悲し みの晴らしようがなく、「現在の亡骸を見ないでは、再び来世で生前の姿を見られようか」と、悲しみを堪えなさって、いつものように惟光大夫、随身 とを連れてお出掛けになる。  道中、遠く感じられる。十七日の月がさし出て、河原の辺り、御前駆の松明も仄かであるし、鳥辺野の方角などを見やった時など、何となく気味 悪いのも、何ともお感じにならず、心乱れなさって、お着きになった。  周囲一帯までがぞっとする所なのに、板屋の隣に堂を建ててお勤めしている尼の家は、まことにもの寂しい。御燈明の光が、微かに隙間から見 える。その家には、女一人の泣く声ばかりして、外の方に、法師たち二、三人が話をしいしい、特に声を立てない念仏を唱えている。寺々の初夜 も、皆、お勤めが終わって、とても静かである。清水寺の方角は、光が多く見え、人の気配がたくさんあるのであった。この尼君の子である大徳が 尊い声で、経を読んでいるので、涙も涸れんばかりに思わずにはいらっしゃれない。  お入りになると、燈火を背けて、右近は屏風を隔てて臥していた。どんなに侘しく思っているだろう、と御覧になる。気味悪さも感じられず、とても かわいらしい様子をして、まだ少しも変わった所がない。手を握って、  「わたしに、もう一度、声だけでもお聞かせ下さい。どのような前世からの因縁があったのだろうか、少しの間に、心の限りを尽くして愛しいと思っ たのに、残して逝って、途方に暮れさせなさるのが、あまりのこと」  と、声も惜しまず、お泣きになること、際限がない。  大徳たちも、誰とは知らないが、子細があると思って、皆、涙を落とした。  右近に、「さあ、二条へ」とおっしゃるが、  「長年、幼うございました時から、片時もお離れ申さず、馴れ親しみ申し上げてきた人に、急にお別れ申して、どこに帰ったらよいのでございましょ う。どのようにおなりになったと、皆に申せましょう。悲しいことはさておいて、皆にとやかく言われましょうことが、辛いことで」と言って、泣き崩れ て、「煙と一緒になって、後をお慕い申し上げましょう」と言う。  「ごもっともだが、世の中はそのようなものである。別れというもので、悲しくないものはない。先立つのも残されるのも、同じく寿命で定まったもの である。気を取り直して、わたしを頼れ」と、お慰めになりながらも、「このように言う我が身こそが、生きながらえられそうにない気がする」  とおっしゃるのも、頼りない話である。  惟光、「夜は、明け方になってしまいましょう。早くお帰りあそばしませ」  と申し上げるので、振り返り振り返りばかりされて、胸も一杯のままお出になる。  道中とても露っぽいところに、更に大変な朝霧で、どこだか分からないような気がなさる。昨夜の姿のままに横たわっていた様子、互いにお掛け 合いになって寝たが、その自分の紅のご衣装が着せ掛けてあったことなど、どのような前世の因縁であったのかと、道すがらお思いになる。お馬に も、しっかりとお乗りになることができそうにないご様子なので、再び、惟光が介添えしてお帰りあそばさせるが、堤の辺りで、馬からすべり下りて、 ひどくご惑乱なさったので、  「こんな道端で、野垂れ死んでしまうのだろうか。まったく、帰り着けそうにない気がする」  とおっしゃるので、惟光も困惑して、「自分がしっかりしていたら、あのようにおっしゃっても、このような所にお連れ出し申し上げるべきではなかっ た」と反省すると、とても気が急くので、鴨川の水で手を洗い清めて、清水の観音をお拝み申しても、どうしようもなく途方に暮れる。  君も、無理に気を取り直して、心中に仏を拝みなさって、再び、あれこれ助けられなさって、二条院へお帰りになるのであった。  奇妙な深夜のお忍び歩きを、女房たちは、「みっともないこと。最近、いつもより落ち着きのないお忍び歩きが、うち続く中でも、昨日のご様子が、 とても苦しそうでしたが。どうしてこのように、ふらふらお出歩きなさるのでしょう」と、嘆き合っていた。  ほんとうに、お臥せりになったままに、とてもひどくお苦しみになって、二、三日にもなったので、すっかり衰弱のようでいらっしゃる。帝におかせら れても、お耳にあそばされ、嘆かれることはこの上ない。御祈祷を、方々の寺々にひっきりなしに大騒ぎする。祭り、祓い、修法など、数え上げたら きりがない。この世にまたとなく美しいご様子なので、長生きあそばされないのではないかと、国中の人々の騷ぎである。  苦しいご気分ながらも、あの右近を呼び寄せて、部屋などを近くにお与えになって、お仕えさせなさる。惟光は、気も転倒し慌てているが、気を落 ち着けて、この右近が主人を亡くして悲しんでいるのを、支え助けてやりながら仕えさせる。  君は、少し気分のよろしく思われる時は、呼び寄せて使ったりなどなさるので、まもなく馴染んだ。喪服は、とても黒いのを着て、器量など良くは ないが、どこといって欠点のない若い女である。  「不思議に短かったご宿縁に引かれて、わたしも生きていられないような気がする。長年の主人を亡って、心細く思っていましょう慰めにも、もし生 きながらえたら、いろいろと面倒を見たいと思ったが、まもなく自分も後を追ってしまいそうなのが、残念なことだ」  と、ひっそりとおっしゃって、弱々しくお泣きになるので、今さら言ってもしかたないことはさて措いても、「はなはだもったいないことだ」とお思い申 し上げる。  お邸の人々は、足も地に着かないほど慌てる。内裏から、御勅使が、雨脚よりも格段に頻繁にある。お嘆きあそばされていらっしゃるのをお聞き になると、まことに恐れ多くて、無理に気を強くお持ちになる。大殿邸でも一生懸命に世話をなさって、大臣が、毎日お越しになっては、さまざまな 加持祈祷をおさせなさる、その効果があってか、二十余日間、ひどく重く患っていらしゃったが、格別の余病もなく、回復された様子にお見えにな る。  穢れを忌んでいらした期間と重なって明けた夜なので、御心配あそばされていらっしゃるお気持ちが、どうにも恐れ多いので、宮中のご宿直所に 参内などなさる。大殿は、ご自分のお車でお迎え申し上げなさって、御物忌みや何やかやと、うるさくお慎みさせ申し上げなさる。ぼんやりとして、 別世界にでも生き返ったように、暫くの間はお感じになる。  [第七段 忌み明ける]  九月二十日のころに、病状がすっかりご回復なさって、とてもひどく面やつれしていらっしゃるが、かえって、たいそう優美で、物思いに沈みがち に、声を立ててお泣きばかりなさる。拝見して怪しむ女房もいて、「お物の怪がお憑きのようだわ」などと言う者もいる。  右近を呼び出して、のどかな夕暮に、お話などなさって、  「やはり、とても不思議だ。どうして誰とも知られまいと、お隠しになっていたのか。本当に賎しい人であっても、あれほど愛しているのを知らず、隠 していらっしゃったので、辛かった」 とおっしゃると、  「どうして、深くお隠し申し上げなさる必要がございましょう。いつの折にか、たいした名でもないお名前を申し上げなさることができましょう。初め から、不思議な思いもかけなかったご関係なので、『現実とは思えない』とおっしゃって、『お名前を隠していらしたのも、あなた様でしょう』と存じ上 げておられながら、『いい加減な遊び事として、お名前を隠していらっしゃるのだろう』と辛いことに、お思いになっていました」と申し上げるので、  「つまらない意地の張り合いであったな。自分は、そのように隠しておく気はなかった。ただ、このように人から許されない忍び歩きを、まだ経験な いことなのだ。主上が御注意あそばすことを始め、憚ることの多い身分で、ちょっと人に冗談を言うのも、窮屈なで、大げさに取りなし厄介な身であ るが、ふとした夕方の事から、妙に心に掛かって、無理算段してお通い申したのも、このような運命がおありだったのだろうと思うと、気の毒で。ま た反対に、恨めしく思われる。こう長くはない宿縁であったれば、どうして、あれほど心底から愛しく思われなさったのだろう。もう少し詳しく話せ。今 はもう、何を隠す必要があろう。七日毎に仏画を描かせても、誰のためと、心中にも祈ろうか」とおっしゃると、  「どうして、お隠し申し上げましょう。ご自身、お隠し続けていらしたことを、お亡くなりになった後に、口軽く言い洩らしては、と存じおりますばかり です。  ご両親は、早くお亡くなりになりました。三位中将と申しました。とてもおかわいがり申し上げられていましたが、ご自分の出世の思うにまかせぬ のをお嘆きのようでしたが、お命までままならず亡くなってしまわれた後、ふとした縁で、頭中将が、まだ少将でいらした時に、お通い申し上げあそ ばすようになって、三年ほどの間は、ご誠意をもってお通いになりましたが、去年の秋ごろ、あの右大臣家から、とても恐ろしい事を言って寄こした ので、ものをむやみに怖がるご性質ゆえに、どうしてよいか分からなくお怖がりになって、西の京に、御乳母が住んでおります所に、こっそりとお隠 れなさいました。そこもとてもむさ苦しい所ゆえ、お住みになりにくくて、山里に移ってしまおうと、お思いになっていたところ、今年からは方塞がりの 方角でございましたので、違う方角へと思って、賎しい家においでになっていたところを、お見つけ申されてしまった事と、お嘆きのようでした。世間 の人と違って、引っ込み思案をなさって、他人に物思いしている様子を見せるのを、恥ずかしいこととお思いなさって、さりげないふうを装って、お目 にかかっていらっしゃるようでございました」  と、話し出すと、「そうであったのか」と、お思い合わせになって、ますます不憫さが増した。  「幼い子を行く方知れずにしたと、中将が残念がっていたのは、その子か」とお尋ねになる。  「さようでございます。一昨年の春に、お生まれになりました。女の子で、とてもかわいらしくて」と申し上げる。  「ところで、どこに。誰にもそうとは知らせず、わたしに下さい。あっけなくて、悲しいと思っている人のお形見として、まことに嬉しいことだろう」とお っしゃる。「あの中将にも伝えるべきだが、言っても始まらない恨み言を言われるだろう。あれこれにつけて、お育てするに不都合はあるまいから。 その一緒にいる乳母などにも違ったふうに言い繕って、連れて来てくれ」 などとお話なさる。  「それならば、とても嬉しいことでございましょう。あの西の京でご成育なさるのは、不憫でございまして。これといった後見人もいないというので、 あちらに」などと申し上げる。  夕暮の静かなころに、空の様子はとてもしみじみと感じられ、お庭先の前栽は枯れ枯れになり、虫の音も鳴き弱りはてて、紅葉がだんだん色づい て行くところが、絵に描いたように美しいのを見渡して、思いがけず結構な宮仕えをすることになったと、あの夕顔の宿を思い出すのも恥ずかしい。 竹薮の中に家鳩という鳥が、太い声で鳴くのをお聞きになって、あの院でこの鳥が鳴いたのを、とても怖いと思っていた様子が、まぶたにかわいら しくお思い出されるので、  「年はいくつにおなりだったか。不思議に世間の人と違って、か弱くお見えであったのも、このように長生きできないからだったのだね」とおっしゃ る。  「十九におなりだったでしょうか。右近めは、亡くなった乳母があとに残して逝きましたので、三位の君様がおかわいがり下さって、お側離れずに お育て下さいましたのを、思い出しますと、どうして生きておられましょう。どうしてこう深く親しんだのだろうと、悔やまれて。気弱そうでいらっしゃい ました方のお気持ちを、頼むお方として、長年仕えてまいりましたこと」と申し上げる。  「頼りなげな人こそ、女はかわいらしいのだ。利口で我の強い人は、とても好きになれないものだ。自分自身がてきぱきとしっかりしていない性情 から、女はただ素直で、うっかりすると男に欺かれてしまいそうなのが、そのくせ引っ込み思案で、男の心にはついていくのが、愛しくて、自分の思 いのままに育てて一緒に暮らしたら、慕わしく思われることだろう」などと、おっしゃると、  「こちらのお好みには、きっとお似合いだったでしょうと、存じられますにつけても、残念なことでございますわ」と言って泣く。  空が少し曇って、風も冷たいので、とても感慨深く物思いに沈んで、  「恋しかった人が煙となり雲となってしまったと思って見ると   この夕方の空も親しく思われるよ」  と独り詠じられたが、ご返歌も申し上げられない。このように、生きていらしたならば、と思うにつけても、胸が一杯になる。耳障りであった砧の音 を、お思い出しになるのまでが、恋しくて、「正に長き夜」と口ずさんで、お臥せりになった。   第五章 空蝉の物語(2)  [第一段 紀伊守邸の女たちと和歌の贈答]  あの、伊予介の家の小君は、参上する折はあるが、特別に以前のような伝言もなさらないので、嫌なとお見限りになられたのを、つらいと思って いたところに、このようにご病気でいらっしゃるのを聞いて、やはり悲しい気がするのであった。遠く下るのなどが、何といっても心細い気がするの で、お忘れになってしまったかと、試しに、  「承りまして、案じておりますが、口に出しては、とても、  お尋ねできませんことをなぜかとお尋ね下さらずに月日が経ましたが  どんなにか思い悩んでいらっしゃいますことやら    『益田』とは本当のことで」  と申し上げた。珍しいので、この女へも愛情はお忘れにならない。  「生きてる甲斐がないとは、誰の言うことでしょうか。  空蝉の世は嫌なものと知ってしまったのに  またもあなたの言の葉に期待を掛けて生きていこうと思います  頼りないことよ」  と、お手も震えなさるので、乱れ書きなさっているのは、ますます美しそうである。今だに、あの脱ぎ衣をお忘れにならないのを、気の毒にもおもし ろくも思うのであった。  このように愛情がなくはなく、やりとりなさるが、身近にとは思ってもいないが、とはいえ、薄情な女だと思われてしまいたくない、と思うのであっ た。  あのもう一方は、蔵人少将を通わせていると、お聞きになる。「おかしなことだ。どう思っているだろう」と、少将の気持ちも同情し、また、その女の 様子も興味があるので、小君を使いにして、「死ぬほど思っている気持ちは、お分かりでしょうか」と言っておやりになる。  「一夜の逢瀬なりとも『軒端荻』を契らなかったら   わずかばかりの恨み言も何を理由に言えましょうか」  丈高い荻に付けて、「こっそりと」とおっしゃったが、「間違って、少将が見つけて、わたしだったのだと、分かってしまったら。それでも、許してくれ よう」と思う、高慢なお気持ちは、困ったものである。  少将のいない時に見せると、嫌なことと思うが、このようにお思い出しになったのも、やはり嬉しくて、お返事を、素早いのを取り柄として渡す。  「ほのめかされるお手紙を見るにつけても下荻のような   身分の賎しいわたしは、嬉しいながらも半ばは思い萎れています」  筆跡は下手なのを、分からないようにしゃれて書いている様子、品がない。燈火で見た顔を、お思い出しになる。「気を許さず対座していたあの人 は、今でも思い捨てることのできない様子をしていたな。何の嗜みもありそうでなく、はしゃいで得意でいたことよ」とお思い出しになると、憎めなくな る。相変わらず、「こりずまに、またまた浮名が立ちそうな」好色心のようである。     第六章 夕顔の物語(3)  [第一段 四十九日忌の法要]  あの人の四十九日忌を、人目を忍んで比叡山の法華堂において、略さずに、衣裳をはじめとして、必要な物どもを、心をこめて、誦経などおさせに なった。経巻や、仏像の装飾まで簡略にせず、惟光の兄の阿闍梨が、大変に立派な人なので、見事に催すのであった。  ご学問の師で、親しくしていられる文章博士を呼んで、願文を作らせなさる。誰それと言わないで、愛しいと思っていた人が亡くなってしまったの を、阿彌陀にお譲り申す旨を、しみじみとお書き表しになると、  「まったくこのまま、書き加えることはございませんようです。」と申し上げる。  堪えていらっしゃったが、お涙もこぼれて、ひどくお悲しみでいるので、  「どのような方なのでしょう。誰それと噂にも上らないで、これほどにお嘆かせになるほどだった、宿運の高いこと」  と言うのであった。内々にお作らせになった装束の袴をお取り寄させなさって、  「泣きながら今日はわたしが結ぶ袴の下紐だが   いつの世のかまた再会してその時は共に結び合うことができようか」  「この日までは中有に彷徨っているというが、どの道に定まって行くことのだろうか」とお思いやりになりながら、念仏誦経をとても心こめてなさる。 頭中将とお会いになる時にも、むやみに胸がどきどきして、あの撫子が成長している有様を、聞かせてやりたいが、非難されるのを警戒して、お口 にはお出しにならない。  あの夕顔の宿では、どこに行ってしまったのかと心配するが、そのまま尋ね当て申すことができない。右近までもが音信ないので、不思議だと困 り合っていた。はっきりしないが、様子からそうではあるまいかと、ささめき合っていたので、惟光のせいにしたが、まるで問題にもせず、関係なく言 い張って、相変わらず同じように通って来たので、ますます夢のような気がして、「もしや、受領の子息で好色な者が、頭の君に恐れ申して、そのま ま、連れて下ってしまったのだろうか」と、想像するのだった。  この家の主人は、西の京の乳母の娘なのであった。三人乳母子がいたが、右近は腹違いだったので、「分け隔てして、ご様子を知らせないのだ わ」と、泣き慕うのであった。右近は右近で、口やかましく非難するだろうことを思って、君も今になって洩らすまいと、お隠しになっているので、若 君の身の上すら聞けず、まるきり消息不明のまま過ぎて行く。  君は、「せめて夢にでも逢いたい」と、お思い続けていると、この法事をなさって、次の夜に、ほのかに、あの某院そのまま、枕上に現れた女の様 子も同じようにして見えたので、「荒れ果てた邸に住んでいた魔物が、わたしに魅入ったきっかけで、こんなになってしまったのだ」と、お思い出しに なるにつけても、気味の悪いことである。   第七章 空蝉の物語(3)  [第一段 空蝉、伊予国に下る]  伊予介は、神無月の朔日ころに下る。女方が下って行くというので、餞別を格別に気を配っておさせになる。別に、内々にも特別になさって、きめ 細かな美しい格好の櫛や、扇を、たくさんにして、幣帛などを特別に大げさにして、あの小袿もお返しになる。  「再び逢う時までの形見の品と思って持っていましたが   すっかり涙で朽ちるまでになってしまいました」  こまごまとした事柄があるが、煩雑になるので書かない。  お使いは、帰ったけれど、小君を使いにして、小袿のお礼だけは申し上げさせた。  「蝉の羽の衣替えの終わった後の夏衣は   返してもらっても泣かれるばかりです」  「考えても、不思議に人並みはずれた意志の強さで、振り切って行ってしまったなあ」と思い続けていらっしゃる。今日はちょうど立冬の日であった が、いかにもそれと、さっと時雨れて、空の様子もまことに物寂しい。一日中物思いに過されて、  「亡くなった人も今日別れて行く人もそれぞれの道に   どこへ行くのか知れない秋の暮れだなあ」  やはり、このような秘密の恋は辛いものだと、お知りになったであろう。このような煩わしいことは、努めてお隠しになっていらしたのもお気の毒な ので、みな書かないでおいたのに、「どうして、帝の御子であるからと、見知っている人までが、欠点がなく何かと褒めてばかりいる」と、作り話のよ うに受け取る方がいらっしゃったので。あまりにも慎みのないおしゃべりの罪は、免れがたいが。 源氏物語の世界ヘ 本文 ローマ字版 注釈 Last updated 5/26/99 渋谷栄一訳(C)(ver.1-2-1)    若 紫 光る源氏の十八歳春三月晦日から冬十月までの物語 第一章 紫上の物語 若紫の君登場、三月晦日から初夏四月までの物語 1.三月晦日、加持祈祷のため、北山に出向く---瘧病みに罹りなさって 2.山の景色や地方の話に気を紛らす---少し外に出て見渡しなさると 3.源氏、若紫の君を発見す---人もいなくて、何もすることがないので 4.若紫の君の素性を聞く---「心惹かれる人を見たなあ 5.翌日、迎えの人々と共に帰京---明けて行く空は、とてもたいそう霞んで 6.内裏と左大臣邸に参る---君は、まず内裏に参内なさって 7.北山へ手紙を贈る---翌日、お手紙を差し上げなさった 第二章 藤壷の物語 夏の密通と妊娠の苦悩物語 1.夏四月の短夜の密通事件---藤壷の宮に、ご不例の事があって 2.妊娠三月となる---宮も、やはり実に情けないわが身であったと 3.初秋七月に藤壷宮中に戻る---七月になって参内なさった 第三章 紫上の物語(2) 若紫の君、源氏の二条院邸に盗み出される物語 1.紫の君、六条京極の邸に戻る---あの山寺の人は、少しよくなって 2.尼君死去し寂寥と孤独の日々---神無月に朱雀院への行幸があるのであろう 3.源氏、紫の君を盗み取る---君は大殿においでになったが   第一章 紫上の物語 若紫の君登場、三月晦日から初夏四月までの物語  [第一段 三月晦日、加持祈祷のため、北山に出向く]  瘧病みに罹りなさって、いろいろと呪術や加持などして差し上げさせなさるが、効果がなくて、何度も発作がお起こりになったので、ある人が、「北 山に、某寺という所に、すぐれた行者がございます。去年の夏も世間に流行して、人々がまじないあぐねたのを、たちどころに治した例が、多数ござ いました。こじらせてしまうと、厄介でございますから、早くお試しあそばすとよいでしょう」などと申し上げるので、呼びにおやりになったところ、「老 い曲がって、室の外にも外出いたしません」と申したので、「しかたない。ごく内密に行こう」とおっしゃって、お供に親しい者四、五人ほど連れて、ま だ夜明け前にお出かけになる。  やや山深く入った所なのであった。三月の晦日なので、京の花盛りはみな過ぎてしまっていた。山の桜はまだ盛りで、入って行かれるにつれて、 霞のかかった景色も趣深く見えるので、このような山歩きもご経験なく、窮屈なご身分なので、珍しく思われなさるのであった。  寺の有様も実にしんみりと趣深い。峰高く、深い岩屋の中に、聖は入っているのだった。お登りになって、誰ともお知らせなさらず、とてもひどく粗 末な身なりをしていらっしゃるが、はっきりそれと分かるご風采なので、  「ああ、恐れ多いことよ。先日、お召しになった方でいらっしゃいましょうか。今は、現世のことを考えておりませんので、修験の方法も忘れてござ いますが、どうして、このようにわざわざお越しあそばしたのでしょうか」  と、驚き慌てて、にっこりしながら拝する。まことに立派な大徳なのであった。しかるべき薬を作って、お呑ませ申し、加持などして差し上げるうち に、日が高くなった。  [第二段 山の景色や地方の話に気を紛らす]  少し外に出て見渡しなさると、高い所なので、あちこちに、僧坊どもが、はっきりと見下ろされる、ちょうどこのつづら折の道の下に、同じ小柴垣で あるが、きちんとめぐらして、こざっぱりとした建物に、廊などが続いて、木立がとても風情あるのは、  「どのような人が住んでいるのか」  とお尋ねになると、お供である人が、  「これが、某僧都が、二年間籠もっております所だそうでございます」  「気のおける人が住んでいる所だな。何とも、あまりに粗末な身なりであったな。聞きつけたら困るな」などとおっしゃる。  美しそうな童女などが、大勢出て来て、閼伽棚に水をお供えしたり、花を折ったりなどするのも、はっきりと見える。  「あそこに、女がいる」  「僧都は、まさか、そのようには、囲って置かれまいに」  「どのような女だろう」  と口々に言う。下りて覗く者もいる。  「きれいな女の子たちや、若い女房、童女が見える」と言う。  源氏の君は、勤行なさりながら、日盛りになるにつれて、どうだろうかとご心配なさるのを、  「何かとお紛らわしあそばして、お気になさらないのが、よろしうございます」  と申し上げるので、後方の山に立ち出でて、京の方角を御覧になる。遠く霞が立ちこめていて、四方の梢がどことなく霞んで見える具合、  「絵にとてもよく似ているな。このような所に住む人は、心に思い残すことはきっとあるまい」とおっしゃると、  「これは、まことに平凡でございます。地方などにございます海、山の景色などを御覧になられましたら、どんなにか、お絵も素晴らしくご上達あそ ばしましょう。富士の山、何々の嶽」  などと、お話し申し上げる者もいる。また、西国の美しい浦々や、磯について話し続ける者もいて、何かとお気を紛らし申し上げる。  「近い所では、播磨の明石の浦が、やはり格別でございます。どこといって変わっている所はないが、ただ、海の方を見渡しているところが、不思 議と他の海岸とは違って、ゆったりとした所でございます。  あの国の前国司で、出家したての人が、娘を大切に育てている家は、まことにたいしたものです。大臣の後裔で、出世もできたはずの人なので すが、たいそうな変わり者で、人づき合いをせず、近衛の中将を捨てて、申し出て頂戴した官職ですが、あの国の人にも少し馬鹿にされて、『何の 面目があって、再び都に帰ろうか』と言って、髪も下ろしてしまったのでございますが、少し奥まった山中生活もしないで、そのような海岸に出てお り、間違っているようですが、なるほど、あの国の中に、そのように、人が籠もるにふさわしい所々は方々にありますが、山奥の人里は、人気もなく もの寂しく、若い妻子がきっと心細がるにちがいないので、一方では気晴らしのできる住まいでございます。  最近、下向いたしました機会に、様子を拝見するために立ち寄ってみましたところ、都でこそ不遇のようでしたが、はなはだ広々と、豪勢に占有し て造っている様子は、そうは言っても、国司として造っておいたことなので、余生を豊かに過ごせる準備も、またとなくしているのでした。後世の勤 行も、まことによく勤めて、かえって出家して人品が上がった人でございます」と申し上げると、  「ところで、その娘は」と、お尋ねになる。  「悪くはありません。器量や、気立てなども結構です。代々の国司などが、格別懇ろな態度で、結婚の申し込みをするようですが、全然承知しま せん。『自分の身がこのようにむなしく落ちぶれているのさえ無念なのに、この娘一人だけだが、特別に考えているのだ。もし、わたしに先立たれ て、その素志を遂げられず、わたしの願っていた運命と違ったならば、海に入ってしまえ』と、いつも遺言をしているそうでございます」  と申し上げると、君もおもしろい話だとお聞きになる。供人は、  「きっと海龍王の后になる大切な娘なのだろう。気位いの高いことも、困ったものだね」と言って笑う。  このように話すのは、播磨守の子で、蔵人から、今年、五位に叙された者なのであった。  「大変な好色者だから、あの入道の遺言を破ってしまおうという気なのだろう」  「それで、うろうろしていたのだろう」  と言い合っている。  「いやもう、そうは言っても、田舎びているのでは。幼い時からそのような所に成長して、古めかしい親にばかり教育されていたのでは」  「母親は由緒ある家の出のようだ。美しい若い女房や、童女など、都の高貴な家々から、縁故を頼って集めて、眩しく育てているそうだ」  「無風流な人がなっていったら、そんなふうに安心して、置いておけないのでは」  などと言う者もいる。君は、  「どのような考えがあって、海の底まで深く思い込んでいるのだろう。海底の「海松布」も何となく見苦しい」  などとおっしゃって、少なからず関心をお持ちになっている。このような話でも、普通以上に、一風変わったことをお好みになるご性格なので、お耳 を傾けられるのだろう、と拝見する。  「暮れかけてきたが、お起こりあそばさなくなったようでございます。早くお帰りあそばされませ」  と言うのを、大徳は、  「おん物の怪などが、憑いている様子でいらっしゃいましたが、今夜は、やはり静かに加持などをなさって、お帰りあそばされませ」と申し上げる。  「それが、およろしうございますこと」と、皆も申し上げる。君も、このような旅寝もご経験ないことなので、何と言っても興味があって、  「それでは、早朝に」とおっしゃる。  [第三段 源氏、若紫の君を発見す]  人もいなくて、何もすることがないので、夕暮のたいそう霞わたっているのに紛れて、あの小柴垣の付近にお立ち出でになる。供人はお帰しにな って、惟光朝臣とお覗きになると、ちょうどこの西面に、仏を安置申して勤行しているのは、尼なのであった。簾を少し上げて、花を供えているようで ある。中の柱に寄り掛かって座って、脇息の上にお経を置いて、とても大儀そうに読経している尼君は、普通の人とは見えない。四十過ぎくらい で、とても色白で上品で、痩せているが、頬はふっくらとして、目もとのぐあいや、髪がきれいに切り揃えられている端も、かえって長いのよりも、こ の上なく新鮮な感じだ、と感心して御覧になる。  小綺麗な女房二人ほど、他には童女が出たり入ったりして遊んでいる。その中に、十歳くらいかと見えて、白い袿に、山吹襲などの、糊気の落ち たのを着て、駆けてきた女の子は、大勢見えた子供とは比べものにならず、たいそう将来性が見えて、かわいらしげな姿である。髪は扇を広げたよ うにゆらゆらとして、顔はとても赤くこすって立っている。  「どうしたの。童女とけんかをなさったの」  と言って、尼君が見上げているのに、少し似ているところがあるので、「その子どもなのだろう」と御覧になる。  「雀の子を、犬君が逃がしちゃったの。伏籠の中に、閉じ籠めていたのに」  と言って、とても残念がっている。ここに座っていた女房は、  「いつもの、うっかり者が、このようなことをして、責められるとは、ほんと困ったことね。どこへ行ってしまいましたか。とてもかわいく、だんだんなっ てきましたものを。烏などが見つけたら大変だわ」  と言って、立って行く。髪はゆったりととても長く、見苦しくない女のようである。少納言の乳母と皆が言うようなのは、この子のご後見役なのだろ う。  尼君、  「何とまあ、幼いことを。聞き分けもなくていらっしゃること。わたしが、このように、今日明日にも思われる寿命を、何ともお考えにならず、雀を追い かけていらっしゃるとは。罪を得ることですよと、いつも申し上げていますのに。情けなく」と言って、「こちらへ」と言うと、ちょこんと座った。  顔つきがとてもかわいらしげで、眉のあたりがほんのりとして、子供っぽく掻き上げた額や、髪の生え際は、大変にかわいらしい。「成長して行くさ まが楽しみな人だ」と、お目がとまりなさる。それと言うのも、「限りなく心を尽くし申し上げている方に、とてもよく似ているので、目が引きつけられ るのだ」と、思うにつけても涙が落ちる。  尼君が、髪をかき撫でながら、  「梳くことをお嫌がりになるが、美しい御髪ですね。とても子供っぽくいらっしゃることが、かわいそうで心配です。これほどになれば、とてもこんな でない人もありますものを。亡くなった母君は、十歳程で殿に先立たれなさった時、たいそう物事の意味は弁えていらっしゃいましたよ。今、わたし がお残し申して逝ってしまったら、どのように過ごして行かれるおつもりなのでしょう」  と言って、たいそう泣くのを御覧になると、何とも言えず悲しい。子供心にも、やはりじっと見つめて、伏目になってうつむいているところに、こぼれ かかった髪が、つやつやとして素晴らしく見える。  「これからどこでどう育って行くのかも分からない若草を   残しては死ぬに死ねない思いです」  もう一人の座っている女房が、「本当に」と、涙ぐんで、  「初草のご成長も御覧にならないうちに  どうして先立たれるようなことをお考えになるのでしょう」  と申し上げているところに、僧都が、あちらから来て、  「ここは人目につくのではないでしょうか。今日に限って、端近にいらっしゃいますね。この上の聖の所に、源氏中将が瘧病のまじないにいらっしゃ ったのを、たった今、聞きつけました。ひどくお忍びでしたので、知りませんで、ここにおりながら、お見舞いにも上がりませんでした」とおっしゃると、  「まあ大変。とても見苦しい様子を、人に見られたかしら」と言って、簾を下ろしてしまった。  「世間で、大評判でいらっしゃる光源氏を、この機会に拝見なさいませんか。俗世を捨てた法師の気持ちにも、たいそう世俗の憂え忘れ、寿命が 延びるご様子の方です。どれ、お見舞いに参上しよう」  と言って、立つ音がするので、お帰りになった。  [第四段 若紫の君の素性を聞く]  「心惹かれる人を見たなあ。これだから、この好色な連中は、このような外歩きばかりをして、よく意外な人を見つけるのだな。まれに外出しただ けでも、このように思いがけないことに出会うことよ」と、興味深くお思いになる。「それにしても、とてもかわいかった子であるよ。どのような人であろ う。あのお方の代わりとして、毎日の慰めに見たいものだ」という考えが、強く起こった。  横になっていらっしゃると、僧都のお弟子が、惟光を呼び出させる。狭い所なので、君もそのままお聞きになる。  「お立ち寄りあそばしていらっしゃることを、たった今、人が申すによって、知りながら、ご挨拶に伺うべきところを、拙僧がこの寺におりますことを、 ご存知でいらっしゃりながらも、お忍びでいらしていることを、お恨みに存じまして。旅のお宿も、拙僧の坊でお支度致しますべきでしたのに。残念 至極です」と申し上げなさった。  「去る十何日のころから、瘧病を患っていますが、度重なって我慢できませんので、人の勧めに従って、急遽訪ねて参りましたが、このような方が 効験を現さない時は、世間体の悪いことになるにちがいないのも、普通の人の場合以上に、お気の毒と遠慮致しまして、ごく内密に参ったのです。 今、そちらへも」とおっしゃった。  折り返し、僧都が参上した。法師だが、とても気がおけて人品も重々しく、世間からもご信頼されていらっしゃる方なので、軽々しいお姿を、きまり 悪くお思いになる。このように籠っている間のお話などを申し上げなさって、「同じ草庵ですが、少し涼しい遣水の流れも御覧に入れましょう」と、熱 心にお勧め申し上げなさるので、あの、まだ見ていない人々に大げさに吹聴していたのを、気恥ずかしくお思いになるが、かわいらしかった有様も 気になって、おいでになった。  なるほど、とても格別に風流を凝らして、同じ木や草を植えていらっしゃった。月もないころなので、遣水に篝火を燈し、燈籠などにも燈してある。 南面はとてもこざっぱりと整えていらっしゃる。空薫物が、奥ゆかしく薫って来て、名香の香など、匂い満ちているところに、君のおん追い風がとても 格別なので、奥の人々も気を使っている様子である。  僧都は、この世の無常のお話や、来世の話などを説いてお聞かせ申し上げなさる。ご自分の罪障の深さが恐ろしく、「どうにもならないことに心を 奪われて、一生涯このことを思い悩み続けなければならないよだ。まして、来世は大変なことになるにちがいない」。お考え続けて、このような生活 もしたく思われる一方では、昼の面影が心にかかって恋しいので、  「ここにおいでの方は、どなたですか。お尋ね申したい夢を拝見しましたよ。今日、思い当たりました」  と申し上げなさると、にっこり笑って、  「唐突な夢のお話というものでございますな。お知りあそばされたても、きっとがっかりあそばされることでございましょう。故按察大納言は世に亡 くなって久しくなりましたので、ご存知ありますまい。その北の方が拙僧の妹でございます。あの按察使が亡くなって後、出家しておりますのが、最 近、患うことがございましたので、こうして京にも行きませんので、頼りにして籠っているのでございます」とお申し上げになる。  「あの大納言のご息女が、おいでになると伺っておりましたのは。好色めいた気からではなく、真面目に申し上げるのです」と当て推量におっしゃ ると、  「娘がただ一人おりました。亡くなって、ここ十何年になりましょうか。故大納言は、入内させようなどと、大変大切に育てていましたが、その本願 のようにもなりませず、亡くなってしまいましたので、ただこの尼君が一人で苦労して育てておりましたうちに、誰が手引をしたものか、兵部卿宮が こっそり通って来られるようになったのですが、本妻の北の方が、ご身分の高い人であったりして、気苦労が多くて、明け暮れ物思いに悩んで、亡 くなってしまいました。物思いから病気になるものだと、目の当たりに拝見致しました次第です」  などとお申し上げなさる。「それでは、その人の子であったのだ」とご理解なさった。「親王のお血筋なので、あのお方にもお似通い申しているの であろうか」と、ますます心惹かれて妻にしたい。「人柄も上品でかわいらしくて、なまじの小ざかしいところもなく、一緒に暮らして、自分の理想通 りに育ててみたい」とお思いになる。  「とてもお気の毒なことでいらっしゃいますね。その方には後に残して行かれた人はいないのですか」  と、幼な児の素性が、なお確かに知りたくて、お尋ねになると、  「亡くなりますころに、生まれました。それも、女の子で。それにつけても心配の種で、余命少ない年に思い悩んでいるようでございます」と申し上 げなさる。  「やはりそうであったか」とお思いになる。  「変な話ですが、幼女のご後見とお思い下さるよう、お話し申し上げていただけませんか。考えるところがって、通っている本妻もおりますが、本 当にしっくりいかないのでしょうか、独り暮らしばかりで。まだ不似合いな年頃だと、世間並の男同様にお考えになっては、恥ずかしく」 などとおっし ゃると、  「たいそう嬉しいはずの仰せ言ですが、まだいっこうに幼い年頃のようでございますので、ご冗談にも、お世話なさるのは難しいのでは。もっとも、 女性は、人に世話されて一人前にもおなりになるものですから、詳しくは申し上げられません。あの祖母に相談しまして、お返事申し上げさせましょ う」  と、無愛想に言って、こわごわとした感じでいらっしゃるので、若いお心では恥ずかしくて、上手にお話し申し上げられない。  「阿彌陀仏のおいでになるお堂で、勤行のございます時刻で。初夜のお勤めが、まだ致しておりません。済ませて参りましょう」と言って、お上り になった。  君は、気分もとても悩ましいところに、雨が少し降りそそいで、山風が冷やかに吹いてきて、滝壷の水嵩も増して、音が大きく聞こえる。少し眠そ うな読経が途絶え途絶えにぞっとするように聞こえるなども、何でもない人も、場所柄しんみりとした気持ちになる。まして、いろいろとお考えになる ことが多くて、お眠りになれない。初夜と言ったが、夜もたいそう更けてしまった。奥でも、人々の寝ていない様子がよく分かって、とても密かにして いるが、数珠の脇息に触れて鳴る音がかすかに聞こえ、ものやさしくそよめく衣ずれの音を、上品だとお聞きになって、広くなく近いので、外に立て めぐらしてある屏風の中を、少し引き開けて、扇を打ち鳴らしなさると、意外な気がするようだが、聞こえないふりもできようかということで、いざり出 て来る人がいるようだ。少し後戻りして、  「おかしいわ、聞き違いかしら」と不審がっているのを、お聞きになって、  「仏のお導きは、暗い中に入っても、決して間違うはずはありませんものを」  とおっしゃるお声が、とても若く上品なので、お返事する声づかいも気がひけるが、  「どのお方への、ご案内でしょうか。分かりかねますが」と申し上げる。  「なるほど、唐突なことだとご不審になるのも、ごもっともですが、   初草のごときうら若き少女を見てからは   旅寝の袖は恋しさの涙の露で濡れております  と申し上げて下さいませんか」とおっしゃる。  「まったく、このようなお言葉を、頂戴して分かるはずの人もいらっしゃらない有様は、ご存知でいらっしゃりそうなのに。どなたに」と申し上げる。  「おのずから、しかるべきわけがあって申し上げているのだろうとお考え下さい」  とおっしゃるので、奥に行って申し上げる。  「まあ、華やいだことを。この姫君を、年頃でいらっしゃると、お思いなのだろうか。それにしては、あの『若草』を、どうしてご存知でいらっしゃること か」と、あれこれと不思議なので、困惑して、遅くなるので、失礼になると思って、  「今晩だけの旅の宿で涙に濡れていらっしゃるからといって   わたしたちのことを引き合いに出さないでくださいまし  乾きそうにございませんのに」とご返歌申し上げなさる。  「このような機会のご挨拶は、まだまったく致したことがなく、初めてのことです。恐縮ですが、このような機会に、真面目にお話させていただきた いことがあります」と申し上げなさると、尼君、  「聞き違いなさっていらしゃるのでしょう。まことに厄介なお方に、何をお返事申せましょう」とおっしゃると、  「間の悪い思いをおさせになっては」と女房たちが申す。  「なるほど、若い人なら嫌なことでしょうが、真面目におっしゃるとは、恐れ多い」  と言って、いざり寄りなさった。  「突然で、軽薄な振る舞いと、きっとお思いになられるにちがいないような時ですが、わたし自身には、そのように思われませんので。仏はもとよ り」  と言ったが、落ち着いていて、気の置ける様子に気後れして、すぐにはお切り出しになれない。  「おっしゃるとおり、思い寄りも致しませぬ機会に、こうまでおっしゃっていただいたり、お話させていただけますのも、どうして」とおっしゃる。  「お気の毒な身の上と承りましたご境遇を、あのお亡くなりになった方のお代わりと、お思いになって下さいませんか。幼いころに、かわいがってく れるはずの母親に先立たれましたので、妙に頼りない有様で、年月を送って来ました。同じような境遇でいらっしゃるというので、お仲間にしていた だきたいと、心から申し上げたいのですが、このような機会がめったにございませんので、どうお思いになられるかもかまわずに、申し出たのでござ います」と申し上げなさると、  「とても嬉しく存じられるはずのお言葉ですが、お聞き違えていらっしゃることがございませんでしょうかと、憚られるのです。年寄一人を頼りにして いる孫がございますが、とてもまだ幼い年頃で、大目に見てもらえるところもございませんようなので、お承りおくことができません」とおっしゃる。  「みな、はっきりと承知致しておりますものを。窮屈にご遠慮なさらず、深く思っております格別な心のほどを、御覧下さいませ」  と申し上げなさるが、まだとても不似合いなことを、そうとも知らないでおっしゃる、とお思いになって、打ち解けたご返事もない。僧都がお戻りにな ったので、  「それでは、このように申し上げましたので、心丈夫です」  と言って、お立てになった。  暁方になったので、法華三昧を勤めるお堂の懺法の声が、山下ろしの風に乗って聞こえ来るのが、とても尊く、滝の音に響き合っている。  「深山おろしの懺法の声に煩悩の夢が覚めて   感涙を催す滝の音であることよ」  「不意に来られてお袖を濡らされたという山の水に   心を澄まして住んでいるわたしは驚きません  耳慣れてしまったからでしょうか」と申し上げなさる。  [第五段 翌日、迎えの人々と共に帰京]  明けて行く空は、とてもたいそう霞んで、山の鳥どもがどこかしことなく囀り合っている。名も知らない木や草の花々が、色とりどりに散り混じり、錦 を敷いたと見える所に、鹿があちこちと歩き回っているのも、珍しく御覧になると、気分の悪いのもすっかり忘れてしまった。  聖は、身動きも不自由だが、やっとのことで、護身法をして差し上げられる。しわがれた声が、とてもひどく歯の間から洩れて聞きにくいのも、しみ じみと尊くて、陀羅尼を誦していた。  お迎えの人々が参って、ご回復されたお喜びを申し上げ、帝からもお見舞いがある。僧都は、見慣れないような果物を、あれこれと、谷の底から 採ってきては、ご接待申し上げなさる。  「今年いっぱいの誓いが固うございまして、お見送りに参上できませんことを、かえって残念に存じられてなりません」  などと申し上げなさって、大御酒を差し上げなさる。  「山や水に心惹かれましたが、帝にご心配あそばされますのも、恐れ多いことですので。そのうち、この花の時期を過ごさずに参りましょう。  大宮人に帰って話して聞かせましょう、この山桜の美しいことを  風の吹き散らす前に来て見るようにと」  とおっしゃる態度や、声づかいまでが、眩しいくらい立派なので、  「三千年に一度咲くという優曇華の花の   咲くのにめぐり逢ったような気がして深山桜には目も移りません」  と申し上げなさると、微笑みなさって、  「時あって、一度咲くという花は、難しいものでしょうに」とおっしゃる。  聖は、お杯を頂戴して、  「奥山の松の扉を珍しく開けましたところ   まだ見たこともない花のごとく美しいお顔を拝見致しました」  と、ちょっと感涙に咽んで拝し上げる。聖は、ご守護に、独鈷を差し上げる。御覧になって、僧都は、聖徳太子が百済から得られた金剛子の数珠 で、玉の飾りが付いているのを、そのままその国から入れてあった箱で、唐風なのを、透かし編みの袋に入れて、五葉の松の枝に付けて、紺瑠璃 の壷々に、お薬類を入れて、藤や、桜などに付けて、場所柄に相応しいお贈物類を、捧げて差し上げなさる。  源氏の君は、聖をはじめとして、読経した法師へのお布施類、用意の品々を、いろいろと京へ取りにやっていたので、その周辺の山賎にまで、相 応の品物をお与えになり、御誦経の布施をしてお出になる。  室内に僧都はお入りになって、あの申し上げなさったことを、そのままお伝え申し上げなさるが、  「何とも、今すぐには、お返事申し上げようがありません。もし、お気持ちがあるならば、もう四、五年たってから、ともかくも」とおっしゃると、「しかじ か」と同じようにばかりあるので、つまらないとお思いになる。  お手紙は、僧都のもとに仕える小さい童にことづけて、  「昨日の夕暮時にわずかに美しい花を見ましたので   今朝は霞の空に立ち去りがたい気がします」  お返事、  「本当に花の辺りを立ち去りにくいのでしょうか  そのようなことをおっしゃるお気持ちを見たいものです」  と、教養ある筆跡で、とても上品なのを、無造作にお書きになっている。  お車にお乗りになるころに、大殿から、「どこへ行くともなくて、お出かけあそばしてしまったこと」と言って、お迎えの供人、ご子息たちなどが大勢 参上なさった。頭中将、左中弁、その他のご子息もお慕い申して、  「このようなお供には、お仕え申しましょうと、存じておりますのに。あまりな、お見捨てあそばすとは」とお怨み申して、「とても美しい花の下に、し ばしの間も足を止めずに、引き返しますのは、もの足りない気がしますね」とおっしゃる。  岩蔭の苔の上に並び座って、お酒を召し上がる。落ちて来る水の様子など、趣のある滝のほとりである。頭中将は、懐にしてあった横笛取り出し て、吹き澄ましている。弁の君は、扇を軽く打ち鳴らして、「豊浦の寺の、西なるや」と謡う。普通の人よりは優れた公達であるが、源氏の君は、と ても苦しそうにして、岩に寄り掛かっておいでになるのは、またとなく不吉なまでに美しいご様子なので、他の何人にも目移りしそうにないのであっ た。いつものように、篳篥を吹く随身、笙の笛を持たせている風流人などもいる。  僧都は、七絃琴を自ら持って来て、  「これで、ちょっとひと弾きあそばして、同じことなら、山の鳥を驚かしましょう」  と熱心にご所望申し上げなさるので、  「気分が悪いので、とてもできませんのに」とお答え申されるが、ことに無愛想にはならない程度に掻き鳴らして、一行はお立ちになった。  名残惜しく残念だと、取るに足りない法師や、童子も、涙を落とし合っていた。まして、室内では、年老いた尼君たちなどは、まだこのようにお美し い方の姿を見たことがなかったので、「この世の人とは思われなさらない」とお噂申し上げ合っていた。僧都も、  「ああ、どのような因縁で、このような美しいお姿ながら、まことにむさ苦しい日本の末世にお生まれになったのであろうと思うと、まことに悲しい」 と言って、目を押し拭いなさる。  この若君は、子供心に、「素晴らしい人だわ」と御覧になって、  「父宮のお姿よりも、優れていらっしゃいますわ」などとおっしゃる。  「それでは、あの方のお子様におなりあそばされませ」  と申し上げると、こっくりと頷いて、「とてもすてきなことだわ」とお思いになっている。お人形遊びにも、お絵描きなさるにも、「源氏の君」と作り出し て、美しい衣装を着せ、お大事になさる。  [第六段 内裏と左大臣邸に参る]  君は、まず内裏に参内なさって、ここ数日来のお話などを申し上げなさる。「とてもひどくお痩せになってしまった」と、ご心配あそばされた。聖の 霊験あらたかであったことなどを、お尋ねあそばす。詳しく奏上なさると、  「阿闍梨などにも当然なるはずの人であったな。修行の功績は大きいのに、朝廷からご存知になられなかったとは」と、大事にしてやりたく仰せら れるのであった。  大殿が、参内なさっておられて、  「お迎えにもと存じながらも、お忍びの外出なので、どんなものかと遠慮して。のんびりと、一、二日、お休みください」と言って、「このまま、お供 申しましょう」と申し上げなさるので、そうしたいとはお思いにならないが、連れられて退出なさる。  ご自分のお車にお乗せ申し上げなさって、自分は遠慮してお乗りになる。大切にお世話申し上げなさるお気持ちの有り難いことを、やはり胸のつ まる思いがするのであった。  大殿邸でも、おいであそばすだろうとご用意なさって、久しくお見えにならないうちに、ますます玉の台のように磨き上げ飾り立て、用意万端ご準 備なさっていた。  女君は、例によって、物蔭に隠れて、すぐには出ていらっしゃらないのを、大臣が、強くご催促申されて、やっと出ていらっしゃった。まるで絵に描 いた姫君のように、座らされて、ちょっと身体をお動かしになることも難しく、きちんと行儀よく座っていらっしゃるので、心の中の思いを話したり、北 山行きの話をもお聞かせする、話のしがいがあって、興味をもってお返事をなさって下さろうものなら、情愛もわこうが、少しも打ち解けず、よそよそ しく気づまりな相手だとお思いになって、年月を過すにつれて、お気持ちの隔たりが増さるのを、とても辛く、心外なので、  「時々は、世間並みのご様子を見たいね。ひどく苦しんでおりました時にも、せめていかがですかとだけでも、お尋ね下さらないのは、今に始まっ たことではありませんが、やはり残念で」  と申し上げなさる。ようやくのことで、  「尋ねないとは、辛いものなのでしょうか」  と、流し目に御覧になっている目もとは、とても気後れがしそうで、気品高く美しそうなご容貌である。  「たまさかにおっしゃるかと思えば、心外なお言葉ですね。訪ねない、などという間柄は、他人が使う言葉でございましょう。嫌なふうにおっしゃい ますね。いつまでたっても変わらない体裁の悪い思いをさせるご態度を、もしや、お考え直しになるときもあろうかと、あれやこれやとお試し申してい るうちに、ますますお疎んじなられたようですね。仕方ない、長生きさえしたら」  と言って、夜のご寝所にお入りになった。女君は、すぐにもお入りにならず、お誘い申しあぐねなさって、溜息を吐きながら横になっているものの、 何となくおもしろくないのであろうか、眠そうなふりをなさって、あれやこれやと思い悩まれることが多かった。  あの若草の君が成長していく間がやはり気にかかるので、「まだ似合わしくない年頃と思っているのも、もっともである。申し込みにくいものだな あ。何とか手段を講じて、ほんの気楽に迎え取って、毎日の慰めとして一緒に暮らしたい。兵部卿宮は、とても上品で優美でいらっしゃるが、つや やかなお美しさはないものを。どうして、あの一族に似ていらっしゃるのだろう。同じお后様からお生まれになったからだろうか」などとお考えにな る。血縁がとても親しく感じられて、何とかしてと、深く思う。  [第七段 北山へ手紙を贈る]  翌日、お手紙を差し上げなさった。僧都にもそれとなくお書きになったのであろう。尼上には、  「取り合って下さらなかったご様子に気がひけるので、思っておりますことをも、十分に申せずじまいになりましたことを。これほどに申し上げるに つけても、並々ならぬ気持ちのほどを、お察しいただけたら、どんなに嬉しいことか」  などと書いてある。中に、小さく結んで、  「山桜の美しい姿はわたしの身を離れません   心のすべてをそちらに置いて来たのですが  夜の間の風が、心配に思われて」  と書いてある。ご筆跡などはさすがに素晴らしくて、ほんの無造作にお包みになった様子も、年配の人々のお目には、眩しいほどに素晴らしく見 える。  「まあ、困ったこと。どのようにお返事申し上げましょう」と、お困りになる。  「先日の行きがかりのお話は、ご冗談ごとと存じられましたが、わざわざお手紙を頂戴いたしましたのに、お返事の申し上げようがなくて。まだ 「難波津」をさえ、ちゃんと書けませんようなので、お話になりません。それにしても、   激しい山風が吹いて散ってしまう峰の桜に   その散る前にお気持ちを寄せられたように頼りなく思われます  ますます気がかりで」  とある。僧都のお返事も同じようなので、残念に思って、二、三日たって、惟光を差し向けなさる。  「少納言の乳母という人がいるはずだ。会って、詳しく相談せよ」などとお言い含めなさる。「何とも、どのようなことにもご関心を寄せられる好き心 だなあ。あれほど子供じみた様子であった様子なのに」と、はっきりとではないが、見た時のことを思い出すとおかしい。  わざわざ、このようにお手紙のあるのを、僧都も恐縮の由申し上げなさる。少納言の乳母に申し入れて面会した。詳しく、お考えになっておっしゃ ったご様子や、日頃のご様子などを話す。多弁な人なので、もっともらしくいろいろ話し続けるが、「とても無理なお年なのに、どのようにお考えなの か」と、大変心配なことと、誰も彼もお思いになるのであった。  お手紙にも、とても心こめてお書きになって、いつものように、その中に、「あの一字一字のお書きなのを、もっと拝見したい」とあって、  「浅香山のように浅い気持ちで思っているのではないのに   どうして相手になって下さらないのでしょう」  お返事、  「うっかり薄情な人と契りを結んで後悔したと聞きました山の井のような   浅いお心のままどうして孫娘を御覧に入れられましょう」  惟光も同じ意味のご報告を申し上げる。  「このご病気が回復したら、しばらくして、京のお邸にお帰りになってから、改めてお返事申し上げましょう」とあるのを、待ち遠しくお思いになる。   第二章 藤壷の物語 夏の密通と妊娠の苦悩物語  [第一段 夏四月の短夜の密通事件]  藤壷の宮に、ご不例の事があって、ご退出されていた。主上が、お気をもまれ、ご心配申し上げていらっしゃるご様子も、まことにおいたわしく拝 見しながらも、せめてこのような機会にと、魂も浮かれ出て、どこにもかしこにもお出かけにならず、内裏にいても里邸にいても、昼間は所在なくぼう っと物思いに沈んで、夕暮れになると、王命婦におせがみになる。  どのように手引したのか、とても無理してお逢い申している間さえ、現実とは思われないのは、辛いことである。宮も、思いもしなかった出来事を お思い出しになるだけでも、生涯忘れることのできないお悩みの種なので、せめてそれきりで終わりにしたいと深く決心されていたのに、とても情 けなくて、ひどく辛そうなご様子でありながらも、優しくいじらしくて、そうかといって馴れ馴れしくなく、奥ゆかしく気品のあるご態度などが、やはり普 通の人とは違っていらっしゃるのが、「どうして、わずかの欠点すら少しも混じっていらっしゃらないのだろう」と、辛くまでお思いになられる。どのよう なことをお話し申し上げきれようか。鞍馬の山に泊まりたいところだが、あいにくの短夜で、情けなく、かえって辛い逢瀬である。  「お逢いしても再び逢うことの難しい夢のようなこの世なので   夢の中にそのまま消えてしまいたいわが身です」  と、涙にむせんでいられるご様子も、何と言ってもお気の毒なので、  「世間の語り草として語り伝えるのではないでしょうか、   この上なく辛い身の上を覚めることのない夢の中のこととしても」  お悩みになっている様子も、まことに道理で恐れ多い。命婦の君が、お直衣などは、取り集めて持って来た。  お邸にお帰りになって、泣き臥してお暮らしになった。お手紙なども、例によって、御覧にならない旨ばかりなので、いつものことながらも、全く茫 然自失とされて、内裏にも参内せず、二、三日閉じ籠っていらっしゃるので、また、「どうかしたのだろうか」と、ご心配あそばされているらしいのも、 恐ろしいばかりに思われなさる。  [第二段 妊娠三月となる]  宮も、やはり実に情けないわが身であったと、お嘆きになると、ご気分の悪さもお加わりになって、早く参内なさるようにとの御勅使が、度々ある が、ご決心もつかない。  本当に、ご気分が、普段のようにおいであそばさないのは、どうしたことかと、密かにお思い当たることもあったので、情けなく、「どうなることだろ うか」とばかりお悩みになる。  暑い日は、ますますお起きにならない。三か月におなりになるので、とてもよく分かるようになって、女房たちもそれとお気付き申すのも、思いもか けないご宿縁のほどが、恨めしい。他の人たちは、思いもよらないことなので、「この月まで、ご奏上あそばされなかったこと」と、意外なことにお思 い申し上げる。ご自身一人には、はっきりとお分かりになる節もあるのであったのだ。  お湯殿などにも身近にお仕え申し上げて、どのようなご様子もはっきり存じ上げている、おん乳母子の弁や、命婦などは、変だと思うが、お互いに 口にすべきことではないので、やはり逃れられなかったご運命を、命婦はただ驚いている。  帝には、おん物の怪のせいで、すぐには兆候がなくあそばしたように奏上したのであろう。周囲の人もそうとばかり思うのであった。ますますこの 上なく愛しくお思いあそばして、御勅使などがひっきりなしにあるのも、空恐ろしく、物思いの休まる時もない。  中将の君も、ただごとではない異様な夢を御覧になって、夢解きをする者を呼んで、ご質問させなさると、及びもつかない思いもかけない方面のこ とを判断するのであった。  「その中に、順調に行かないところがあって、お身を慎みあそばさななければならないことがございます」  と言うので、面倒に思われて、  「自分の夢ではない、他の方の夢を申すのだ。この夢が現実となるまで、誰にも話してはならぬ」  とおっしゃって、心中では、「どのようなことなのだろう」とお考えめぐらしていると、この女宮のご懐妊のことをお聞きになって、「もしやそのようなこ とか」と、お思い合わせになると、ますます熱心に言葉のあらん限りを尽くして申し上げなさるが、命婦も考えると、まことに恐ろしく、難儀な気持ち が増してきて、まったく逢瀬を手立てする方法がない。ほんの一行のお返事がまれにはあったのも、すっかり絶えはててしまった。  [第三段 初秋七月に藤壷宮中に戻る]  七月になって参内なさった。珍しい事で感動深くて、以前にも増す御寵愛ぶりこの上もない。少しふっくらとおなりになって、ちょっと悩ましげに、面 痩せしていらっしゃるのは、まことにまたとなく素晴らしい。  例によって、明け暮れ、こちらにばかりお出ましになって、管弦の御遊もだんだん興の乗る季節なので、源氏の君も暇のないくらいお側にたびた びお召しになって、お琴や、笛など、いろいろとご下命あそばす。つとめてお隠しになっているが、我慢できない気持ちが外に現れ出てしまう折々、 宮も、さすがに忘れられない事どもをあれこれとお思い悩み続けていらっしゃるのであった。   第三章 紫上の物語(2) 若紫の君、源氏の二条院邸に盗み出される物語  [第一段 紫の君、六条京極の邸に戻る]  あの山寺の人は、少しよくなってお出になられたのであった。京のお住まいを尋ねて、時々お手紙などがある。同じようにばかり返事するのも、も っともなところに、ここ何か月は、以前にも増す物思いによって、他の事を思う間もなくて過ぎて行く。  秋の終わりころ、とても物寂しくお嘆きになる。月の美しい夜、お忍びの家にやっとのことでお思い立ちになると、時雨めいてさっと降る。おいでに なる所は六条京極辺りで、内裏からなので、少し遠い感じがするが、荒れた邸の木立がとても鬱蒼と茂って木暗く見えるのがある。いつもの、お供 を欠かさない惟光が、  「故按察大納言の家でございまして、ちょっとしたついでに立ち寄りましたところ、あの尼上は、ひどくご衰弱されていらっしゃるので、どうして良い か分からないでいる、と申しておりました」と申し上げると、  「お気の毒なことよ。お見舞いすべきであったのに。どうして、そうと教えなかったのか。入って行って、来意を告げよ」  とおっしゃると、人を入れて案内を乞わせる。わざわざこのようにお立ち寄りになった旨を言わせたので、入って行って、  「このようにお見舞いにいらっしゃいました」と言うと、驚いて、  「とても困ったことだわ。ここ数日、ひどく衰弱あそばされましたので、お目にかかることなどはとてもできそうにない」  「と言っても、お帰し申すのも恐れ多いこと」  と言って、南の廂の間を片づけて、お入れ申し上げる。  「たいそうむさ苦しい所でございますが、せめてお礼だけでもとのことで。何の用意もなく、奥まったご座所で」  と申し上げる。なるほど、このような所は、普通とは違っているとお思いになる。  「常にお見舞いにと存じながら、すげないお返事ばかりあそばされますので、遠慮いたされまして。ご病気でいらっしゃること、重いこととも、存じ ませんでしたもどかしさを」などと申し上げなさる。  「気分のすぐれませんことは、いつも変わらずでございますが、いよいよの際となりまして、まことにもったいなくも、お立ち寄りいただきましたの に、自分自身でお礼申し上げられませんこと。仰せられますお話の旨は、万一にもお気持ちが変わらないようでしたら、このような頑是ない時期が 過ぎましてから、きっとお目をかけて下さいまし。ひどく頼りない身の上のまま残して逝きますのが、願っております仏道の妨げに存ぜずにはおら れません」などと、申し上げなさった。  すぐに近いところなので、不安そうなお声が途切れ途切れに聞こえて、  「まことに、もったいないことでございます。せめてこの君が、お礼申し上げなされるお年でありましたならいいのに」  とおっしゃる。しみじみとお聞きになって、  「どうして、浅はかな気持ちから、このような好色めいた態度をお見せ申し上げましょうか。どのような宿縁でか、初めてお目にかかった時から、愛 しくお思い申しているのも、不思議なほど、この世のこととは思われません」などとおっしゃって、「いつも甲斐ない思いばかりしていますので、あの かわいらしくいらっしゃるお一声を、ぜひとも」とおっしゃると、  「さあ、何もご存知ないさまで、お寝みになっていらっしゃって」  などと、申し上げていたちょうどその時、あちらの方からやって来る足音がして、  「祖母上さま、あの寺にいらした源氏の君さまがいらしているそうですね。どうしてお会いさらないの」  とおっしゃるのを、女房たちは、とても具合悪く思って、「お静かに」と制止申し上げる。  「あら、だって、『会ったら気分の悪いのも良くなった』とおっしゃったからよ」  と、利口なことを申し上げたとお思いになっておっしゃる。  とてもおもしろいとお聞きになるが、女房たちが困っているので、聞かないようにして、行き届いたお見舞いを申し上げおかれて、お帰りになった。 「なるほど、まるで子供っぽいご様子だ。けれども、よく教育しよう」とお思いになる。  翌日も、とても誠実なお見舞いを差し上げなさる。いつものように、小さく結んで、  「かわいい鶴の一声を聞いてから   葦の間を行き悩む舟はただならぬ思いをしています  同じ人を」  と、殊更にかわいくお書きになっているのも、たいそう見事なので、「そのままお手本に」と、女房たちは申し上げる。少納言がお返事申し上げ た。  「お見舞いいただきました方は、今日一日も危いような状態でして、山寺に移るところでして。このようにお見舞いいただきましたお礼は、あの世 からでも差し上げましょう」  とある。とてもお気の毒とお思いになる。  秋の夕べは、常にも増して、心も休まる間もなく恋焦がれている人のことに考えが集中して、無理にでもそのゆかりの人を尋ね取りたい気持ちも お募りなさるのであろう。「死にきれない」と詠んだ夕べをお思い出しになられて、恋しく思っても、また、実際一緒になったら見劣りがしないだろうか と、やはり不安である。  「手に取って早く見たいものだ   紫草にゆかりのある野辺の若草を」  [第二段 尼君死去し寂寥と孤独の日々]  神無月に朱雀院への行幸があるのであろう。舞人などを、高貴な家柄の子弟や、上達部、殿上人たちなどの、その方面で適当な人々は、皆お 選びあそばされたので、親王たちや、大臣をはじめとして、それぞれ伎芸を練習をなさり、暇がない。  山里の人にも、久しくご無沙汰なさっていたのを、お思い出しになって、わざわざお遣わしになったところ、僧都の返事だけがある。  「先月の二十日ごろに、とうとう臨終をお見届けいたしまして。人の世の宿命だが、悲しく存じられます」  などとあるのを御覧になると、世の中の無常をしみじみと思われて、「心配していた人もどうしているだろう。子供心にも、恋い慕っているだろう か。亡き母御息所に先立たが」などと、はっきりとではないが、思い出して、丁重にお弔いなさった。  少納言の乳母が、嗜みのある返礼などを申し上げた。  忌みなどが明けて京の邸になどとお聞きになったので、暫くしてから、ご自身で、お暇な夜にお出かけになった。まことにぞっとするくらい荒れた 所で、人気も少ないので、どんなに小さい子には怖いことだろうと思われる。いつもの所にお通し申して、少納言が、ご臨終の有様などを、泣きな がらお話申し上げると、他人事ながら、お袖も涙でつい濡れる。  「宮邸にお引き取り申し上げようとの事でございますようですが、『亡き姫君が、とても情愛のない、嫌な人と、お思い申していらしたのに、まったく 子供というほどの年ではないが、まだしっかりと人の意向を聞き分けもおできにならず、中途半端なお年頃で、大勢いらっしゃるという中で、軽んじ られてお過ごしになるのではないか』などと、お亡くなりになった方も、始終ご心配されていらしたこと、明白なことが多くございますので、このように もったいないただ今のお言葉は、後々のご配慮までもご推察申さずに、とても嬉しく存じられるはずの時ではございますが、全く相応しい年頃でい らっしゃらないし、お年のわりには幼くていらっしゃいますので、とてもはらはらしております」と申し上げる。  「どうして、このように繰り返して申し上げている気持ちを、気兼ねなさるのでしょう。その、幼いお考えの様子がかわいく愛しく思われなさるのも、 宿縁が特別と、自分ながら思われるのです。やはり、人を介してではなく、お伝え申し上げたい。   若君にお目にかかることは難しかろうとも   和歌の浦の波のようにこのまま立ち帰ることはしません  失礼でしょう」とおっしゃると、  「なるほど、恐れ多いこと」と言って、  「和歌の浦に寄せる波に身を任せる玉藻ように   相手の気持ちをよく確かめもせずに従うことは頼りないことです  困りますこと」  と申し上げる態度がもの馴れているので、すこし大目に見る気になられる。「どうして逢わずにいられようか」と、口ずさみなさるのを、ぞくぞくとし て若い女房たちは思っている。  若君は、祖母上をお慕い申されて泣き臥していらっしゃったが、お遊び相手たちが、  「直衣を着ている方がいらしてるのは、宮がおいであそばしたのらしいわ」  と申し上げると、起き出しなさって、  「少納言よ。直衣を着ているという方は、どちら。宮がいらしたの」  と言って、近づいて来るお声が、とてもかわいらしい。  「宮ではありませんが、必ずしも関係ない人ではありません。こちらへ」  とおっしゃるので、あの素晴らしかった方だと、子供心にも聞き分けて、まずいことを言ってしまったとお思いになって、乳母の側に寄って、  「ねえ、行きましょうよ。眠いから」とおっしゃると、  「今さら、どうして逃げ隠れなさるのでしょう。わたしの膝の上でお寝みなさいませ。もう少し近くへいらっしゃい」  とおっしゃると、乳母が、  「これですから。このようにまだ頑是ないお年頃で」  と言って、押しやり申したところ、無心にお座りになったので、お手を差し入れてお探りになると、柔らかなお召物の上に、髪がつやつやと掛かっ て、末の方までふさふさしているのが、とてもかわいらしく想像される。お手を捉えなさると、気味の悪いよその人が、このように近くにいらっしゃる のは、恐ろしくなって、  「寝よう、と言っているのに」  と言って、無理に奥に入って行きなさるのに、後から付いて御簾の中にすべり入って、  「今は、わたしが世話して上げる人ですよ。お嫌いにならないでね」  とおっしゃる。乳母が、  「あら、嫌でございますわ。あまりのなさりようでございますわ。いくらお話申し上げあそばしても、何の甲斐もございませんでしょうに」といって、つ らそうに困っているので、  「いくらなんでも、このようなお年の方をどうしようか。やはり、ただ世間にないほどの愛情をお見届けください」とおっしゃる。  霰が降り荒れて、恐ろしい夜の様子である。  「どうして、このような小人数な所で、頼りなく過ごしていらっしゃるのだろう」  と、ふとお泣きになって、とても見捨てては帰りにくい有様なので、  「御格子を下ろしなさい。何となく恐そうな夜の感じのようですから。宿直人になりましょう。女房たち、近くに参りなさい」  と言って、とても物馴れた態度で御帳台の内側にお入りになるので、奇妙な思いも寄らないことをと、あっけにとられて、一同茫然としている。乳 母は、心配で困ったことだと思うが、事を荒立て申すべき場合でないので、嘆息しながら見守っていた。  若君は、とても恐ろしく、どうなるのだろうと震えずにはいられず、とてもかわいらしいお肌も、ぞくぞくと粟立つ感じがなさるのを、いじらしく思われ て、肌着だけで包み込んで、ご自分ながらも、一方では変なお気持ちがなさるが、しみじみとお話なさって、  「ねえ、いらっしゃいよ。美しい絵などが多く、お人形遊びなどする所に」  と、気に入りそうなことをおっしゃる様子が、とても優しいので、子供心にも、そう大して物怖じせず、とは言っても、気味悪くて眠れなく思われて、 もじもじして横になっていらっしゃる。  一晩中、風が吹き荒れているので、  「ほんとうに、このように、お越し下さらなかったら、どんなに心細かったことでしょう」  「同じことなら、お似合いの年でおいであそばしたら」  とささやき合っている。乳母は、心配なので、すぐ近くに控えている。風が少し吹き止んだので、夜の深いうちにお帰りになるのも、いかにもわけ ありそうな朝帰りであるよ。  「とてもお気の毒にお見受け致しましたご様子を、今では以前にもまして、片時の間も見なくては気がかりでならないでしょう。毎日物思いして暮 らしている所にお迎え申し上げましょう。こうしてばかりいては、どんなものか。お恐がりにはならなかった」とおっしゃると、  「宮もお迎えになどと申していらっしゃるようですが、この四十九日が過ぎてからか、などと存じます」と申し上げると、  「頼りになる方ではあるが、ずっと別々に暮らして来られた方は、同じく疎々しくお思いでしょう。今夜初めてお会いしたが、深い愛情はより深いで しょう」  と言って、かき撫でかき撫でして、後髪を引かれる思いでお出になった。  ひどく霧の立ちこめた空もいつもとは違った風情であるうえに、霜は真白に置いて、実際の恋であったら興趣あるはずなのに、何か物足りない気 がなさる。たいそう忍んでお通いになる方への道筋であったのをお思い出しになって、門を叩かせなさるが、聞きつける人がいない。しかたなくて、 お供の中で声の良い者に歌わせになさる。  「曙に霧が立ちこめた空模様につけても   素通りし難い貴女の家の前ですね」  と、二返ほど歌わせたところ、心得ある下仕え人を出して、  「霧の立ちこめた家の前を通り過ぎ難いとおっしゃるならば   生い茂った草が門を閉ざしたことぐらい何でもないでしょうに」  と詠みかけて、入ってしまった。他に誰も出て来ないので、帰るのも風情がないが、明るくなって行く空も体裁が悪いので、邸へお帰りになった。  かわいらしかった方の面影が恋しく、独り微笑みながら臥せっていらっしゃった。日が高くなってからお起きになって、手紙を書いておやりになる 時、書くはずの言葉も普通と違うので、筆を置いては書き置いては書きと、気の向くままにお書きになっている。美しい絵などをお届けなさる。  あちらでは、ちょうど今日、宮がおいでになった。数年来以上にすっかり荒れ行き、広く古めかしくなった邸が、ますます人数が少なくなって月日を 経ているので、ずっと御覧になって、  「このような所には、どうして、少しの間でも幼い子供がお過しになれよう。やはり、あちらにお引き取り申し上げよう。けっして窮屈な所ではない。 乳母には、部屋をもらって仕えればよい。君は、若い子たちがいるので、一緒に遊んで、とても仲良くやって行けよう」などとおっしゃる。  近くにお呼び寄せになると、あのおん移り香が、たいそうよい匂いに染み着いていらっしゃるので、「いい匂いだ。お召し物はすっかりくたびれてい るが」と、お気の毒にお思いなさった。  「これまでは、病気がちのお年寄と一緒においでになったことよ、あちらに引っ越してお馴染みなさいなどと、言っていましたが、変にお疎んじなさ って、妻もおもしろからぬようでいたが、このような機会に移って来られるのも、おかわいそうで」などとおっしゃると、  「どう致しまして。心細くても、今暫くはこうしておいであそばしましょう。もう少し物の道理がお分りになりましたら、お移りあそばされることが良う ございましょう」と申し上げる。  「夜昼となくお慕い申し上げなさって、ちょっとした物もお召し上がりになりません」  と申して、なるほど、とてもひどく面痩せなさっているが、まことに上品にかわいらしくかえって美しくお見えになる。  「どうして、そんなにお悲しみなさる。今はもうこの世にいない方のことは、しかたがありません。わたしがいれば」  などと、お話申し上げなさって、日が暮れるとお帰りあそばすのを、とても心細いとお思いになって、お泣きになると、宮はもらい泣きなさって、  「けっして、そんなにご心配なさるな。今日明日のうちに、お移し申そう」などと、繰り返しなだめすかして、お帰りなさった。  その後の寂しさも慰めようがなく泣き沈んでいらっしゃる。将来の身の上のことなどはお分りにならず、ただ長年離れることなく一緒にいて、今は お亡くなりになってしまったと、お思いになるのが悲しくて、子供心であるが、胸がいっぱいにふさがって、いつものようにもお遊びはなさらず、昼間 はどうにかお紛らわしになるが、夕暮時になると、ひどくおふさぎこみなさるので、これではどのようにお過ごしになられようかと、慰めあぐねて、乳 母も泣いていた。  君のお側からは、惟光をお差し向けなさった。  「自身参るべきところ、帝からお召しがありまして。お気の毒に拝見致しましたのにつけても、気がかりで」と伝えて、宿直人を差し向けなさった。  「情けないことですわ。ご冗談にも結婚の最初からして、このようなお事とは」  「宮がお耳にされたら、お仕えする者の落度として叱られましょう」  「ああ、大変だわ。何かのついでに、うっかりお口にあそばされますな」  などと言うのも、そのことを何ともお分りでいらっしゃらないのが、困った年齢である。  少納言は、惟光に気の毒な身の上話をいろいろとして、  「これから先、ご一緒になるようなご縁は、逃れられないものかも知れません。ただ今は、まったく不釣り合いなお話と拝察致しておりますが、不 思議にご熱心に思ってくださりおっしゃってくださいますのを、どのようなお気持ちからかと、判断つかないで悩んでおります。今日も、宮がお越しあ そばして、『安心の行くように仕えなさい。うっかりしたことは致すな』と仰せられたのも、とても厄介で、なんでもなかった時より、このような好色め いたことも、改めて気になるのでございます」  などと言って、「この人も何か特別の関係があったように思うだろうか」などと、不本意なので、ひどく悲しんでいるようには言わない。大夫も、「ど のような事なのだろう」と、ふに落ちなく思う。  帰参して、様子をご報告すると、しみじみと思いをお馳せになるが、先夜のようにお通いなさるのも、やはり似合わしくない気持ちがして、「軽率な 風変わりなことをしていると、世間の人が聞き知るかも知れない」などと、遠慮されるので、「いっそ迎えてしまおう」とお考えになる。  お手紙は頻繁に差し上げなさる。暮れると、いつものように大夫をお差し向けなさる。「差し障りがあって参れませんのを、不熱心なとでも」など と、伝言がある。  「宮から、明日急にお迎えに参ると仰せがあったので、気ぜわしくて。長年住みなれた蓬生の宿を離れるのも、何と言っても寂しく、お仕えする女 房たちも思い乱れて」  と、言葉数少なに言って、ろくにお相手もせずに、繕い物をする様子がはっきり分かるので、帰参した。  [第三段 源氏、紫の君を盗み取る]  君は大殿においでになったが、いつものように、女君がすぐにはお会いなさらない。何となくおもしろくなくお思いになって、和琴を即興に掻き鳴ら して、「常陸には田をこそ作れ」という歌を、声はとても優艶に、口ずさんでおいでになる。  参上したので、呼び寄せて様子をお尋ねになる。「これこれしかじかで」と申し上げるので、残念にお思いになって、「あの宮邸に移ってしまった ら、わざわざ迎え取ることも好色めいたことであろう。子供を盗み出したと、非難されるだろう。その前に、少しの間、女房の口を封じさせて、連れて 来よう」とお考えになって、  「早朝にあちらに行こう。車の準備はそのままに。随身を一、二名を申し付けておけ」とおっしゃる。承知して下がった。  君は、「どうしよう。噂が広がって好色めいたことになりそうな事。せめて相手の年齢だけでも物の分別ができ、女が情を通じてのことだと想像さ れるようなのは、世間一般にもある事だ。父宮がお探し出されるだろう時も、具合が悪く言い訳できない事だ」と、お悩みになるが、この機会を逃し たら、大変後悔することになるので、まだ夜の深いうちにお出になる。  女君は、いつものように気が進まない様子で、かしこまった感じでいらっしゃる。  「あちらに、どうしても処理しなければならない事がございますのを思い出しまして、すぐに戻って来ます」と言ってお出になるので、お側の女房た ちも知らないのであった。ご自分のお部屋の方で、お直衣などはお召しになる。惟光だけを馬に乗せてお出になった。  門を打ち敲かせなさると、何も事情を知らない者が開けたので、お車を静かに引き入れさせて、大夫が、妻戸を打ち鳴らして、咳払いすると、少納 言が察して、出て来た。  「こちらにいらっしゃいます」と言うと、  「若君は、お寝みになっておりまして。どうして、こんな暗いうちにお出あそばしたのでしょう」と、どこかのお帰りがけと思って言う。  「宮邸へお移りになるそうですが、その前にお話し申し上げておきたいと」とおっしゃると、  「どのようなことでございましょうか。どんなにしっかりしたお返事ができましょう」  と言って、微笑んでいた。君が、お入りになると、とても困って、  「気を許して、見苦しい年寄たちが寝ておりますので」とお制し申し上げる。  「まだ、お目覚めではありませんね。どれ、お目をお覚まし申しましょう。このような素晴らしい朝霧を知らないで、寝ていてよいものですか」  とおっしゃって、ご寝所にお入りになるので、「もし」とも、お止めできない。  君は何も知らないで寝ていらっしゃったが、抱いてお起こしなさるので、目を覚まして、宮がお迎えにいらっしゃったと、寝惚けてお思いになった。  お髪を掻き繕いなどなさって、  「さあ、いらっしゃい。宮のお使いとして参ったのですよ」  とおっしゃる声に、「違う人であった」、とびっくりして、恐いと思っているので、  「ああ、情けない。わたしも同じ人ですよ」  と言って、抱いてお出なさるので、大夫や、少納言などは、「これは、どうなさいますか」と申し上げる。  「ここには、常に参れないのが気がかりなので、気楽な所にと申し上げたが、残念なことに、お移りになったならば、ますますお話し申し上げにくく なるだろうから。誰か一人付いて参られよ」  とおっしゃるので、気がせかれて、  「今日は、まことに都合が悪うございましょう。宮がお越しあそばした時には、どのようにお答え申し上げましょう。自然と、年月をへて、そうなられ るご縁でいらっしゃれば、ともかくなられましょうが、何とも考える暇もない急な事でございますので、お仕えする者どももきっと困りましょう」と申し上 げると、  「よし、後からでも女房たちは参ればよかろう」と言って、お車を寄せさせなさるので、驚きあきれて、どうしたらよいものか、と困り合っている。  若君も、変な事だとお思いになって、お泣きになる。少納言は、お止め申し上げるすべもないので、昨夜縫ったご衣装類をひっさげて、自分も適当 な着物に着替えて、乗った。  二条院は近いので、まだ明るくならないうちにお着きになって、西の対にお車を寄せてお下りになる。若君を、とても軽々と抱いてお下ろしにな る。少納言が、  「やはり、まるで夢のような心地がしますが、どういたしましたらよいことなのでしょうか」と、ためらっているので、  「それは考え次第というものだ。ご本人はお移し申し上げてしまったのだから、帰ろうと思うなら、送ってやろう」  とおっしゃるので、笑って下りた。急な事で、驚きあきれて、心臓がどきどきする。「宮がお叱りになられることや、どうおなりになるお身の上だろう か、とにもかくにも、身内の方々に先立たれたことが本当にお気の毒」と思うと、涙が止まらないのを、何と言っても不吉なので、じっと堪えていた。  こちらはご使用にならない対の屋なので、御帳台などもないのであった。惟光を呼んで、御帳や、御屏風など、ここかしこに整えさせなさる。御几 帳の帷子を引き下ろし、ご座所など、ちょっと整えるだけで使えるので、東の対にお寝具などを取り寄せに人をやって、お寝みになった。  若君は、とても気味悪くて、どうなさる気だろうと、ぶるぶると震えずにはいらっしゃれないが、やはり声を出してお泣きになれない。  「少納言の乳母の所で寝たい」  とおっしゃる声は、まことに幼稚である。  「今からは、もうそのようにお寝みになるものではありませんよ」  とお教え申し上げなさると、とても悲しくて泣きながらお寝みになった。乳母は横になる気もせず、何も考えられず起きていた。  夜が明けて行くにつれて、見渡すと、御殿の造りざま、調度類の様子は、改めて言うまでもなく、庭の白砂も宝石を重ね敷いたように見えて、光り 輝くような感じなので、きまり悪い感じに思って座っていたが、こちらには女房なども控えていないのであった。たまのお客などが参った折に使う建 物だったので、男たちが御簾の外に控えているのであった。  このように、女をお迎えになったと、聞いた人は、「誰であろうか、並大抵の人ではあるまい」と、ひそひそ噂する。御手水や、お粥などを、こちらの 対に持って上がる。日が高くなってお起きになって、  「女房がいなくて、不便であろうから、しかるべき人々を、夕方になってから、お迎えなさるとよいだろう」  とおっしゃって、東の対に童女を呼びに人をやる。「小さい子たちだけ、特別に参れ」と言ったので、とてもかわいらしい姿して、四人が参った。  若君は、お召物にくるまって臥せっていらっしゃるのを、無理に起こして、  「こんなふうに、お嫌がりなさいますな。いい加減な男は、このように親切にしましょうか。女性というものは、気持ちの素直なのが良いのです」  などと、今からお教え申し上げなさる。  ご容貌は、遠くから見ていた時よりも、美しいので、優しくお話をなさりながら、興趣ある絵や、遊び道具類を取りにやって、お見せ申し上げ、お気 に入ることどもをなさる。  次第に起き出して御覧になると、鈍色の色濃い喪服の、ちょっと柔らかくなったのを着て、無心に微笑んでいらっしゃるのが、とてもかわいらしい ので、ご自身もつい微笑んで御覧になる。  東の対にお渡りになったので、端に出て行って、庭の木立や、池の方などを、お覗きになると、霜枯れの前栽が、絵に描いたように美しくて、見た こともない四位、五位が色とりどりに入り乱れて、ひっきりなしに出入りしている。「なるほど、素晴らしい所だわ」と、お思いになる。御屏風などの、 とても素晴らしい絵を見ては、機嫌を良くしていらっしゃるのも、あどけないことよ。  君は、二、三日、宮中へも参内なさらず、この人を手懐けようとお相手申し上げなさる。そのまま手本にとのお考えか、手習いや、お絵描きなど、 いろいろと書いては書いては、御覧に入れなさる。とても素晴らしくお書き集めになった。「武蔵野と言うと文句を言いたくなってしまう」と、紫の紙に お書きになった墨の具合が、とても格別なのを取って御覧になっていらっしゃる。少し小さくて、  「まだ一緒に寝てはみませんが愛しく思われます   武蔵野の露に難儀する紫のゆかりの草を」  とある。  「さあ、あなたもお書きなさい」と言うと、  「まだ、うまく書けません」  と言って、見上げていらっしゃるのが、無邪気でかわいらしいので、つい微笑まれて、  「うまくなくても、まったく書かないのは良くありません。お教え申し上げましょう」  とおっしゃると、ちょっと横を向いて、お書きになる手つきや、筆をお持ちになる様子があどけないのも、かわいらしくてたまらないので、我ながら不 思議だとお思いになる。「書き損ってしまった」と、恥ずかしがってお隠しになるのを、無理に御覧になると、  「恨み言を言われる理由が分かりません   わたしはどのような方のゆかりなのでしょう」  と、とても幼稚だが、将来の成長が思いやられて、ふっくらとお書きになっている。亡くなった尼君の筆跡に似ているのであった。「当世風の手本 を習ったならば、とても良くお書きになるだろう」と御覧になる。  お人形なども、特別に御殿をいくつも造り並べて、一緒に遊んでは、この上ない憂さ晴らしの相手である。  あの残った女房たちは、宮がお越しになって、お尋ね申し上げなさったが、お答え申し上げるすべもなくて、困り合っているのであった。「暫くの 間、他人に聞かせてはならぬ」と君もおっしゃるし、少納言も考えていることなので、固く口止めさせていた。ただ、「行く方も知れず、少納言が連れ てお隠し申し上げたこと」とばかりお答え申し上げるので、宮もしょうがないとお思いになって、「亡くなった尼君も、あちらにお移りになることを、とて も嫌だとお思いであったことなので、乳母が、ひどく出過ぎた考えから、素直にお移りになることを、不都合だ、などと言わないで、自分の一存で、 連れ出してどこかへやってしまったのだろう」と、泣く泣くお帰りになった。「もし、消息をお聞きつけ申したら、知らせなさい」とおっしゃる言葉も、厄 介で。僧都のお所にも、お尋ね申し上げなさるが、はっきり分からず、惜しいほどであったご器量など、恋しく悲しいとお思いになる。  北の方も、母親を憎いとお思い申し上げなさっていた感情も消えて、自分の思いどおりにできようとお思いになっていた当てが外れたのは、残念 にお思いになるのであった。  次第に女房たちが集まって来た。お遊び相手の童女や、幼児たちも、とても珍しく当世風なご様子なので、何の屈託もなくて遊び合っている。  君は、男君がおいでにならなかったりして、寂しい夕暮時などだけは、尼君をお思い出し申し上げなさって、つい涙ぐみなどなさるが、宮は特にお 思い出し申し上げなさらない。最初からご一緒ではなく過ごして来られたので、今ではすっかりこの後の親を、たいそう馴れお親しみ申し上げてい らっしゃる。外出からお帰りになると、まっさきにお出迎えして、親しくお話をなさって、お胸の中に入って、少しも嫌がったり恥ずかしいとは思ってい ない。そうしたことでは、ひどくかわいらしい態度でなのあった。  小賢しい智恵がつき、何かとうっとうしい関係となってしまうと、自分の気持ちと多少ぴったりしない点も出て来たのかしらと、心を置かれて、相手 も嫉妬しがちになり、意外なもめ事が自然と出て来るものなのに、まことにかわいらしい遊び相手である。女の子というものは、これほどの年になっ たら、気安く振る舞ったり、一緒に寝起きなどは、とてもできないものなのに、この人は、とても風変わりな大事な子だと、お思いのようである。 源氏物語の世界ヘ 本文 ローマ字版 注釈 Latest Updated 6/7/99 渋谷栄一訳(C)(ver.1-2-1)    末摘花 光る源氏の十八歳春正月十六日頃から十九歳春正月八日頃までの物語 第一章 末摘花の物語   1.亡き夕顔追慕---どんなに思ってもなお飽き足りなかった夕顔の露のように先立たれた時の悲しみを 2.故常陸宮の姫君の噂---左衛門の乳母といって、大弍の次に大切に思っていらっしゃる者の娘で、大輔の命婦といって 3.新春正月十六日の夜に姫君の琴を聴く---おっしゃったとおりに、十六夜の月が美しい晩にいらっしゃった 4.頭中将とともに左大臣邸へ行く---お二方とも約束した女の所にも、照れくさくて、別れて行くこともおできになれず 5.秋八月二十日過ぎ常陸宮の姫君と逢う---秋のころ、静かにお思い続けになって 6.その後、訪問なく秋が過ぎる---二条の院にお帰りになって、横におなりになっても 7.冬の雪の激しく降る日に訪問---行幸が近くなって、試楽などで騒いでいるころ、命婦は参内していた 8.翌朝、姫君の醜貌を見る---やっと夜が明けた気配なので、格子をお手づから上げなさって 9.歳末に姫君から和歌と衣箱が届けられる---年も暮れた。内裏の宿直所にいらっしゃると、大輔の命婦が参上した 10.正月七日夜常陸宮邸に泊まる---正月の数日も過ぎて、今年、男踏歌のある予定なので 第二章 若紫の物語  紫の君と鼻を赤く塗って戯れる---二条の院にお帰りになると、紫の君、とてもかわいらしい幼な娘で   第一章 末摘花の物語  [第一段 亡き夕顔追慕]  どんなに思ってもなお飽き足りなかった夕顔の露のように先立たれた時の悲しみを、年月を経てもお忘れにならず、いずれもいずれも気の置ける 方ばかりで、気取って思慮深さを競い合っているのに対して、人なつこく気を許していたかわいらしさに、二人となく恋しくお思い出しなさる。  何とかして、大層な評判はなく、とてもかわいらしげな女性で、気の置けないようなのを、見つけたいものだと、性懲りもなく思い続けていらっしゃ るので、少しでも風流人らしく評判されるあたりには、漏れなくお耳を留めにならないことはないのに、それではと、お考え立たれるほどの人には、 ちょっと手紙をおやりになるらしいが、お靡き申さずよそよそしく振る舞う人は、めったにいないらしいのには、まったく見飽きたことだ。  すげなく強情な人は、いいようのないほど情愛に欠けた真面目一方など、大して人情の機微を知らないようで、そのくせ最後までそれを貫き通せ ず、すっかり曲げて、いかにも平凡な男におさまったりなどする人もいるので、中途でやめておしまいになる人も多いのであった。  あの空蝉を、何かの折節には、妬ましくお思い出しになる。荻の葉も、適当な機会がある時は、気をお引きなさる時もあるのだろう。燈火に照らさ れてしどけなかった姿は、もう一度そうして見たいものだとお思いになる。総じて、すっかりお忘れになることは、できないご性分なのであった。  [第二段 故常陸宮の姫君の噂]  左衛門の乳母といって、大弍の次に大切に思っていらっしゃる者の娘で、大輔の命婦といって、内裏に仕えている者は、皇族の血筋を引く兵部 の大輔という人の娘であった。とても大層な色好みの若女房であったのを、君も召し使ったりなどなさる。母親は、筑前守と再婚して、赴任していた ので、父君の家を里として通っている。  故常陸親王が晩年に儲けて、大層大切にお育てなさったおん姫君が、心細く遺されて暮らしているのを何かの折に、お話申し上げたところ、気の 毒なことだと、お心に留めてお尋ねなさる。  「気立てや器量など、詳しくは存じません。控え目で、人と交際していらっしゃらないので、何か用のあった宵などに、物を隔ててお話しておりま す。琴を親しい話相手と思っています」と申し上げると、  「三つの友として、もう一つは不向きだろう」と言って、「わたしに聞かせよ。父親王が、その方面でとても造詣が深くていらしたので、並大抵の手 ではあるまい、と思う」とおっしゃると、  「そのようにお聞きあそばすほどのことではございませんでしょう」  と言うが、お心惹かれるようにわざと申し上げるので、  「ひどくもったいぶるね。このごろの朧月夜にこっそり行こう。退出せよ」  とおっしゃるので、面倒なと思うが、内裏でものんびりとした春の所在ない折に退出した。  父親の大輔の君は他に住んでいるのであった。ここには時々通って来るのであった。命婦は、継母の家には住まず、姫君の家と懇意にして、ここ には来るのであった。  [第三段 新春正月十六日の夜に姫君の琴を聴く]  おっしゃったとおりに、十六夜の月が美しい晩にいらっしゃった。  「とても、困りましたことですわ。楽の音が冴え渡って聞こえる夜でもございませんようなので」と申し上げるが、  「もっと、あちらに行って、たった一声でも、お勧め申せ。聞かないで帰るようなのが、癪だろうから」  とおっしゃるので、くつろいだ部屋でお待ちいただいて、気がかりでもったいないと思うが、寝殿に参上したところ、まだ格子を上げたままで、梅の 香の素晴らしいのを眺めていらっしゃる。ちょうど良い折だと思って、  「お琴の音は、どんなに聞き優ることでございましょうと、思わずにはいられません今夜の風情に、心惹かれまして。気ぜわしくお伺いして、お聞 かせ頂けないのが残念でございます」と言うと、  「分かる人がいるというのですね。宮中にお出入りしている人が聞くほどでも」  と言って、取り寄せるので、人ごとながら、どのようにお聞きになるだろうかと、どきどきする。  かすかに掻き鳴らしなさるのが、趣あるように聞こえる。特に上手といったほどでもないが、楽器の音色が他とは違って格式高い物なので、聞き にくいともお思いにならない。  「とてもひどく一面に荒れはた寂しい邸に、これほどの女性が、古めかしく、格式ばって、大切にお育てしていたのであろう面影もすっかりなくなっ て、どれほど物思いの限りを尽くしていらっしゃることだろう。このような所にこそ、昔物語にもしみじみとした話がよくあったものだ」などと連想して、 言い寄ってみようかしら、とお思いになるが、唐突だとお思いになるであろうかと、気がひけて、躊躇なさる。  命婦は、よく気の利く者で、たくさんお聞かせ申すまい、と思ったので、  「曇りがちのようでございます。お客が来ることになっておりました、嫌っているようにも受け取られては。そのうち、ゆっくりと。御格子を下ろしまし ょう」  と言って、あまりお勧めしないで帰って来たので、  「中途半端な所で終わってしまったね。十分聞き分けられる間もなくて、残念に」  とおっしゃる様子は、ご関心をお持ちである。  「同じことなら、もっと近い所で立ち聞きさせよ」  とおっしゃるが、「もっと聞きたいと思うところで」と思うので、  「さあ、いかがなものでしょうか、とてもひっそりとした様子に思い沈んで、気の毒そうでいらっしゃるようなので、案じられまして」  と言うと、「なるほど、それももっともだ。急に自分も相手も親しくなるような身分の人は、その程度の者なのだ」などと、お気の毒に思われるご身 分のお方なので、  「やはり、気持ちをそれとなく伝えてくれよ」と、言い含めなさる。  他に約束なさった所があるのだろうか、とてもこっそりとお帰りになる。  「お上が、き真面目でいらっしゃると、お困りあそばさしていらっしゃるの が、おかしく存じられる時々がございます。このようなお忍び姿を、どうして御覧になれましょう」  と申し上げると、引き返して来て、ちょっと微笑んで、  「他人が言うように、欠点を言い立てなさるな。これを好色な振る舞いと言ったら、どこかの女の有様は、弁解できないだろう」  とおっしゃるので、「あまりに好色めいているとお思いになって、時々このようにおっしゃるのを、恥ずかしい」と思って、何とも言わない。  寝殿の方に、姫君の様子が聞けようかとお思いになって、静かにお立ち下がりになる。透垣がわずかに折れ残っている物蔭に、お立ち添いにな ると、以前から立っている男がいるのであった。「誰だろう。懸想している好色人がいたのだなあ」とお思いになって、蔭に寄って隠れなさ ると、頭 中将なのであった。  この夕方、内裏から一緒に退出なさったが、そのまま大殿にも寄らず、二条の院でもなく、別の方角に行ったのを、どこへ行くのだろうと、好奇心 が湧いて、自分も行く所はあるが、後を付けて窺うのであった。粗末な馬で、狩衣姿の身軽な恰好で来たので、お気付きにならないが、予想と違っ て、あのような別の建物にお入りになったので、合点が行かずにいた時に、琴の音に耳をとられて立っていたが、帰りにはお出になるだろうかと、 心待ちしているのであった。  君は、誰ともお分かりにならず、自分と知られまいと、抜き足に通ろうとなさると、急に近寄って来て、  「置いてきぼりあそばされた悔しさに、お見送り申し上げたのですよ。  ご一緒に宮中を退出しましたのに  行く先を晦ましてしまわれる十六夜の月ですね」  と恨まれるのが癪だが、この君だとお分かりになると、少しおかしくなった。  「人が驚くではないか」と憎らしがりながら、  「どの里も遍く照らす月は空に見えても   その月が隠れる山まで尋ねる人はいませんよ」  「このように後を付け廻したら、どうあそばされますか」とお尋ねなさる。  「本当は、このようなお忍び歩きには、随身によって埒も開こうというものです。置いてきぼりあそばさないのがよいでしょう。身をやつしてのお忍 び歩きには、軽率なことも出て来ましょう」  と、反対にご忠告申し上げる。このようにしかと見つけられたのを、悔しくお思いになるが、あの撫子は見つけ出せないのを、大きな手柄だと、ご 内心お思い出しになる。  [第四段 頭中将とともに左大臣邸へ行く]  お二方とも約束した女の所にも、照れくさくて、別れて行くこともおできになれず、一台の車に乗って、月の風情ある雲に隠れた道中を、笛を合奏 して大殿邸にお着きになった。  先払いなどおさせになさらず、こっそりと入って、人目につかない渡殿にお直衣を持って来させて、お召し替えになる。何食わぬ顔で、今来たよう なふうをして、お笛を吹き興じて合っていらっしゃると、大臣が、いつものようにお聞き逃さず、高麗笛をお取り出しになって来た。大変に上手でいら っしゃるので、大層興趣深くお吹きになる。お琴を取り寄せて、簾の内でも、この方面に堪能な女房たちにお弾かせになる。  中務の君、特に琵琶はよく弾くが、頭の君が思いを寄せていたのを振り切って、ただこのたまにかけてくださる情愛の慕わしさを、お断り申し上げ られないでいると、自然と人の知るところとなって、大宮などもけしからぬことだとお思いになっているので、何となく憂鬱で、その場に居ずらい気持 ちがして、おもしろくなさそうに寄り伏している。まったくお目にかかれない所に、暇をもらって行ってしまうのも、やはり心細く思い悩んでいる。  君たちは、先程の七絃琴の音をお思い出しになって、見すぼらしかった邸宅の様子なども、一風変わって興趣あると思い続け、「もし仮に、とても 美しくかわいい女が、寂しく年月を送っているような時、結ばれて、ひどくいじらしくなったら、世間の評判になるほどなのは、自分ながら体裁の悪い ことだろう」などとまで、中将は思うのであった。この君がこのように懸想しあるいていらっしゃるのを、「とても、あのままで、お済ましになれようか」 と、小憎らしく心配するのであった。  その後、こちらからもあちらからも、恋文などおやりになるようだ。どちらへもお返事がなく、気になっていらいらするので、「あまりにもひどいではな いか。あのような生活をしている人は、物の情趣を解する風情や、ちょっとした木や草、空模様につけても、かこつけたりなどして、気立てが自然と 推量される折々もあるようなのが、かわいらしいというものであろうに、重々しいといっても、とてもこうあまりに引っ込み思案なのは、おもしろくなく、 よろしくない」と、中将は、君以上にやきもきするのであった。いつものように、お隔て申し上げなさらない性格から、  「これこれしかじかのお返事は御覧になりますか。試しにちょっと手紙を出してみたが、中途半端で、終わってしまった」  と、残念がるので、「やっぱりそうか、懸想文を贈ったのだな」と、つい微笑まれて、  「さあ、しいて見たいとも思わないからか、見ることもない」  と、お返事なさるのを、「分け隔てしたな」と思うと、まことに悔しい。  君は、必ずしも深く思い込んでいるのではないが、このようにつれないのを、興醒めにお思いになったが、このようにこの中将がしきりに言い寄っ ているのを、「言葉数多く懸想文を贈った者の方に靡くだろう。得意顔して、最初の関係を振ったような恰好をされたら、まことおもしろくなかろう」と お思いになって、命婦に真剣に相談なさる。  「はっきりせずに、よそよそしいご様子なのが、まことにたまらない。浮気心とお疑いなのだろう。いくら何でも、すぐ変わる心は持ちあわせていな いのに。相手の気持ちがゆったりとしたところがなくて、心外なことばかりあるので、自然とわたしの方の落度のようにもなってしまいそうだ。気長 に、親兄弟などのお世話をしたり恨んだりする者もなく、気兼ねのいらない人は、かえってかわいらしかろうに」とおっしゃると、  「さあ、おっしゃるように興趣あるお立ち寄り所には、とてもどうかしらと、お相応しくなく見えます。ひたすら恥ずかしがって、内気な点では、世にも 珍しいくらいのお方です」  と、見た様子をお話し申し上げる。「気が利いていて、才覚だったところはないようだ。とても子供のようにおっとりしているのが、かわいいものだ」 とお忘れにならず、お頼みになる。  瘧病みをお患いになったり、秘密の恋愛事件があったりして、お心にゆとりのないような状態で、春夏が過ぎた。  [第五段 秋八月二十日過ぎ常陸宮の姫君と逢う]  秋のころ、静かにお思い続けになって、あの砧の音も耳障りであったのまでが、自然に恋しくお思い出されるにつけて、常陸宮邸には度々お手紙 を差し上げなさるが、相変わらず一向にお返事がないばかりなので、世間知らずで、おもしろくなく、負けてはなるものかという意地まで加わって、 命婦をご催促なさる。  「どういうことか。いったいこのようなことは、今までにない」  と、とても不愉快に思っておっしゃるので、お気の毒に思って、  「かけ離れて、不釣り合いなご縁だとも、申し上げたことはありません。ただ、万事につけて内気な性格が強すぎて、お返事なさらないのだろうと 存じます」と申し上げると、  「それが世間知らずというものだ。分別のつけられない年頃や、親がかりで自分では身を処せられない間は、もっともなことだが、何事もじっくりお 考えになられるのだろう、と思うからだ。どことなく、所在なく心細くばかり思われるのを、同じような気持ちでお返事下さったら、願いが叶った気がし よう。何やかやと、色めいたことではなくて、あの荒れた簀子に佇んでみたいのだ。とても嫌な理解できない思いがするから、あの方のお許しがなく ても、うまく計らってくれ。気がせいて、けしからぬ振る舞いは、決してせぬ」  などと、ご相談なさる。  やはり世間一般の女性の様子を、一通りのこととして聞き集め、お耳を留めなさる癖がついていらっしゃるので、もの寂しい夜の席などで、ちょっ とした折に、このような女性がと申し上げたことに、このように殊更におっしゃり続けるので、「何となく気が重く、女君のご様子も、恋愛の経験や、 風流らしくもないのに、かえって手引したことによって、きっと気の毒なことになりはしないか」と思ったが、君がこのように本気になっておっしゃるの で、「聞き入れないのも、いかにも変わり者のようだろう。父親王が生きていらしたころでさえ、時代遅れの所だと言って、ご訪問申し上げる人もな かったのだが、まして、今となっては浅茅生を分けて訪ねて来る人もまったく絶えているのに」。  このように世にも珍しいお方から、時々お手紙が届くのを、なま女房どもも笑顔をつくって、「やはりお返事をなさいませ」と、お勧め申し上げるが、 あきれるくらい内気なご性格で、全然御覧になろうともなさらないのであった。  命婦は、「それでは、適当な機会に、物越しにお話申し上げなさって、お気に召さなかったら、そのまま終わってしまってよし。また、ご縁があっ て、一時的にでもお通いになるとしても、誰もお咎めなさるはずの方もいない」などと、色事にかけては軽率な性分でふと考えて、父君にも、このよ うなことなど、話さなかったのであった。  八月二十日過ぎ、夜の更けるまで待ち遠しい月の出の遅さに、星の光ばかりさやかに照らし、松の梢を吹く風の音も心細くて、昔のことをお話し 出しなさって、お泣きになったりなどなさる。「ちょうど良い機会だ」と思って、ご案内を差し上げたのだろうか、いつものようにお忍びでいらっしゃっ た。  月がようやく出て、荒れた垣根の状態を気味悪く眺めていらっしゃると、琴を勧められて、かすかにお弾きになるのは、悪くはない。「もう少し、親し みやすい、今風の感じを加えたいものだ」と、蓮っ葉な性分から、じれったく思っていた。人目のない邸なので、安心してお入りになる。命婦をお呼 ばせになる。今初めて、気がついた顔して、  「とても困りましたわ。これこれということで、お越しあそばしたそうですわ。いつも、このようにお恨み申していらっしゃったが、一存ではまいらぬ旨 ばかり、お断り申しておりますので、『自身でお話をおつけ申し上げよう』とかねておっしゃっていたのです。どのようにお返事申し上げましょうか。並 大抵の軽いお出ましではありませんので、困ったことで。物越しにでも、おっしゃるところを、お聞きあそばしませ」  と言うと、とても恥ずかしい、と思って、  「人とお話する仕方などは知らないのに」  と言って、奥の方へいざってお入りになる態度は、とてもうぶな様子である。微笑んで、  「とても、子供じみていらっしゃいますのが、気がかりですわ。ご身分の高い方も、ご両親様が生きていらっして、手を掛けてお世話申していらっし ゃる間なら、子供っぽくいらっしゃるのも結構ですが、このような心細いお暮らし向きで、相変わらず世間を知らずに引っ込み思案でいらっしゃるの は、よろしうございません」とお教え申し上げる。  何と言っても、人の言うことには強く拒まないご性質なので、  「お返事申さずに、ただ聞いていよ、というのであれば。格子など閉めてお会いするならいいでしょう」とおっしゃる。  「簀子などでは失礼でございましょう。強引で、軽薄なお振る舞いは、間違っても」  などと、うまく言い含めて、二間の端にある障子を、自分で固く錠鎖して、お座蒲団を敷いて整える。  とても恥ずかしくお思いになっているが、このような方に応対する心得なども、まったくご存じなかったので、命婦がこのように言うのを、そういうも のなのであろうと思って任せていらっしゃる。乳母のような老女などは、部屋に入って横になってうつらうつらしている時分である。若い女房、二、三 人いるのは、世間で評判高いお姿を、見たいものだとお思い申し上げて、期待して緊張し合っている。結構なご衣装にお召し替え申し、身繕い申し 上げると、ご本人は、何の頓着もなくいらっしゃる。  男は、まことこの上ないお姿を、お忍びで心づかいしていらっしゃるご様子、何とも優美で、「風流を解する人にこそ見せたいが、見栄えもしない邸 で、ああ、お気の毒な」と、命婦は思うが、ただおっとりしていらっしゃるのを、「安心で、出過ぎたところはお見せ申さるまい」と思うのであった。「自 分がいつも責められ申していた責任逃れに、気の毒な姫の物思いが生じてきはしまいか」などと、不安に思っている。  君は、相手のご身分を推量なさると、「しゃれかえった当世風の風流がりやよりは、この上なく奥ゆかしい」と思い続けていたところ、たいそう勧め られて、いざり寄っていらっしゃる様子、もの静かで、えびの薫香がとてもやさしく薫り出して、おっとりとしてしているので、「やはり思ったとおりであ った」とお思いになる。長年恋い慕っている胸の中など、言葉巧みにおっしゃり続けるが、なおさら身近な所でのお返事はまったくない。「どうにも困 ったことだ」と、つい嘆息なさる。  「何度あなたの沈黙に負けたことでしょう   ものを言うなとおっしゃらないことを頼みとして  嫌なら嫌とおっしゃってくださいまし。玉だすきでは苦しい」  とおっしゃる。女君の御乳母子で、侍従といって、才気走った若い女房は、「とてもじれったくて、見ていられない」と思って、お側によって、お返事 申し上げる。  「鐘をついて論議を終わりにするように   何も言うなとはさすがに言いかねます  ただお答えしにくいのが、何ともうまく説明できないのです」  とても若々しい声で、格別重々しくないのを、人伝てではないように装って申し上げると、「ご身分の割には馴れ馴れしいな」とお聞きになるが、  「珍しいことなのが、かえって言葉に窮しますよ。   何もおっしゃらないのは口に出して言う以上なのだとは知っていますが、   やはりずっと黙っていらっしゃるのは辛いものですよ」  何やかやと、とりとめのないことであるが、関心を引くようにも、まじめなようにもおっしゃるが、何の反応もない。  「まことにこんなに言うにも、態度が変わっていて、思う人が別にいらっしゃるのだろうか」と、癪になって、そっと押し開けて中に入っておしまいに なった。  命婦、「まあ、ひどい。油断させていらっしゃって」と、気の毒なので、知らない顔をして、自分の部屋の方へ行ってしまった。先程の若い女房連 中、言うまでもない、世に例のない美しいお姿の評判の高さに、お咎め申し上げず、大げさに嘆くこともせず、ただ、思いも寄らず急なことで、何の お心構えもないのを、案じるのであった。  ご本人は、まったく無我夢中で、恥ずかしく身の竦むような思いの他は何も考えられないので、「最初はこのようなのがかわいいのだ。まだ世間 ずれしていない人で、大切に育てられているのが」と、大目に見られる一方で、合点がゆかず、どことなく気の毒な感じに思われるご様子である。 どのようなところにお心が惹かれるのだろうか、つい溜息をつかれて、夜もまだ深いうちにお出になった。  命婦は、「どうなったのだろう」と、目を覚まして、横になって聞き耳を立てていたが、「知らない顔していよう」と考えて、「お見送りを」と、指図もし ない。君も、そっと目立たぬようにお帰りになったのであった。  [第六段 その後、訪問なく秋が過ぎる]  二条の院にお帰りになって、横におなりになっても、「やはり思うような女性に巡り合うことは難しいものだ」と、お思い続けになって、軽々しくない ご身分のほどを、気の毒にお思いになるのであった。あれこれと思い悩んでいらっしゃるところに、頭中将がいらして、  「ずいぶんな朝寝ですね。きっと理由があるのだろうと、存じられますが」  と言うと、起き上がりなさって、  「気楽な独り寝のため、寝過ごしてしまった。内裏からか」  とおっしゃると、  「ええ。退出して来たところです。朱雀院への行幸は、今日、楽人や、舞人が決定される旨、昨晩承りましたので、大臣にもお伝え申そうと思っ て、退出して来たのです。すぐに帰参しなければなりません」  と、急いでいるようなので、  「それでは、ご一緒に」  と言って、お粥や、強飯を召し上がって、客人にも差し上げなさって、お車を連ねたが、一台に相乗りなさって、  「まだ、とても眠そうだ」  と咎め咎めして、  「お隠しになっていることがたくさんあるのでしょう」  と、お恨み申し上げなさる。  事柄が多く取り決められる日なので、一日中宮中においでになった。  あちらには、せめて後朝の文だけでもと、お気の毒にお思い出しになって、夕方にお出しになった。雨が降り出して、面倒な上に、雨宿りしようと は、とてもなれなかったのであろうか。 あちらでは、後朝の文の来る時刻も過ぎて、命婦も、「とてもお気の毒なご様子だ」と、情けなく思うのであっ た。ご本人は、お心の中で恥ずかしくお思いになって、今朝のお文が暮れてしまってから来たのも、かえって、非礼ともお気づきにならないのであっ た。  「夕霧が晴れる気配をまだ見ないうちに   さらに気持ちを滅入らせる宵の雨まで降ることよ  雲の晴れ間を待つ間は、何とじれったいことでしょう」  とある。いらっしゃらないらしいご様子を、女房たちは失望して悲しく思うが、  「やはり、お返事は差し上げあそばしませ」  と、お勧めしあうが、ますますお思い乱れていらっしゃる時で、型通りにも返歌がおできになれないので、「夜が更けてしまいます」と言って、侍従 が、いつものようにお教え申し上げる。  「雨雲の晴れない夜の月を待っている人を思いやってください   わたしと同じ気持ちで眺めているのでないにしても」  口々に責められて、紫色の紙で、古くなったので灰の残った古めいた紙に、筆跡は何といっても文字がはっきりと書かれた、一時代前の書法で、 天地を揃えてお書きになっている。見る張り合いもなくお置きになる。  どのように思っているだろうか、と想像するにつけても、気が落ち着かない。  「このようなことを、後悔されるなどと言うのであろうか。そうかといってどうすることもできない。自分は、それはそれとしてともかくも、気長に最後 までお世話しよう」と、お思いになるお気持ちを知らないので、あちらではひどく嘆くのであった。  大臣が、夜になって退出なさるのに、伴われなさって、大殿にいらっしゃった。行幸の事をおもしろいとお思いになって、ご子息達が集まって、お 話なさったり、それぞれ舞いをお習いになったりするのを、そのころの日課として日が過ぎて行く。  いろいろな楽器の音が、いつもよりもやかましくて、お互いに競争し合って、いつもの合奏とは違って、大篳篥、尺八の笛の音などが大きな音を何 度も吹き上げて、太鼓までを高欄の側にころがし寄せて、自ら打ち鳴らして、演奏していらっしゃる。  お暇もないような状態で、切に恋しくお思いになる所だけには、暇を盗んでお出掛けになったが、あの辺りには、すっかり御無沙汰で、秋も暮れて しまった。相変わらず頼りない状態で月日が過ぎて行く。  [第七段 冬の雪の激しく降る日に訪問]  行幸が近くなって、試楽などで騒いでいるころ、命婦は参内していた。  「どうであるか」などと、お尋ねになって、気の毒だとはお思いになっていた。様子を申し上げて、  「とてもこのように、お見限りのお気持ちは、側でお仕えしている者たちまでが、お気の毒で」  などと、今にも泣き出しそうに思っている。「奥ゆかしく思っているところで止めておこうとしたのを、台無しにしてしまったのを、思いやりがないとこ の人は思っているだろう」とまでお思いになる。ご本人が、何もおっしゃらないで、思い沈んでいらっしゃるだろう有様、ご想像なさるにつけても、お 気の毒なので、  「忙しい時だよ、やむをえない」と、嘆息なさって、「人情というものを少しも理解してないような気性を、懲らしめようと思っているのだよ」  と、にこりなさっているのが、若々しく美しそうなので、自分もつい微笑まれる気がして、 「困った、人に恨まれなさる、お年頃だ。相手の気持ちを 察することが足りなくて、ご自分のお気持ち次第というのも、もっともだ」と思う。  この行幸のご準備の時期を過ぎてから、時々お越しになるのであった。  あの紫のゆかり、手に入れなさってからは、そのかわいがりを一心になさって、六条辺りにさえ、一段と遠のきなさるらしいので、ましてや荒れた 邸は、気の毒と思う気持ちは絶えずありながらも、億劫になるのはしかたのないことであったと、大げさな恥ずかしがりやの正体を見てやろうという お気持ちも、特別なくて過ぎて行くのを、又一方では、思い返して、「よく見れば良いところも現れて来はしまいか。手だ触った感触でははっきりしな いので、妙に、腑に落ちない点があるのだろうか。見てみたいものだ」とお思いになるが、あからさまに見るのも気が引ける。 気を許している宵時 に、静かにお入りになって、格子の間から御覧になったのであった。  けれども、ご本人の姿はお見えになるはずもない。几帳など、ひどく破れてはいたが、昔ながらに置き場所を変えず、動かしたりなど乱れてない ので、よく見えなくて、女房たち四、五人座っている。お膳、青磁らしい食器は舶来物だが、みっともなく古ぼけて、お食事もこれといった料理もなく 貧弱なのを、退がって来て女房たちが食べている。  隅の間の方に、とても寒そうな女房が、白い着物で譬えようもなく煤けた上に、汚らしい褶を纏っている腰つき、いかにも不体裁である。それで も、櫛を前下がりに挿している額つきは、内教坊、内侍所辺りに、このような連中がいたことよと、おかしい。夢にも、宮家でお側にお仕えしていると はご存知なかった。  「ああ、何とも寒い年ですね。長生きすると、このような辛い目にも遭うのですね」  と、言って泣く者もいる。  「故宮様が生きていらしたころを、どうして辛いと思ったのでしょう。このように頼りない状態でも生きて行けるものなのですね」  と言って、飛び上がりそうにぶるぶる震えている者もいる。  あれこれと体裁の悪いことを、愚痴こぼし合っているのをお聞きになるのも、気が咎めるので、退いて、ちょうど今お越しになったようにして、お叩 きになさる。  「それ、それ」などと言って燈火の向きを変え、格子を外してお入れ申し上げる。  侍従は、斎院にお勤めする若い女房なので、最近はいないのであった。ますます奇妙で野暮ったい者ばかりで、勝手の違った感じがする。  ますます、辛いと言っていた雪が、空を閉ざして激しく降って来た。空模様は険しく、風が吹き荒れて、大殿油が消えてしまったのを点し直す人も いない。あの、魔物に襲われた時を自然とお思い出しになられて、荒れた様子は劣らないようだが、邸の狭い感じや、人気が少しあるなどで安心し ていたが、ぞっとするように怖く、寝つかれそうにない夜の有様である。  趣がありしみじみと胸を打つものがあり、普通とは違って、心に印象深く残るはずの風情なのに、ひどく引っ込み思案ですげないので、何の張り 合いもないのを、残念にお思いになる。  [第八段 翌朝、姫君の醜貌を見る]  やっと夜が明けた気配なので、格子をお手づから上げなさって、前の前栽の雪を御覧になる。踏みしめた跡もなく、広々と荒れわたって、ひどく寂 しそうなので、振り捨てて帰って行くのも気の毒なので、  「風情のある空を御覧なさい。いつまでも打ち解けて下さらないお心が、困ります」  と、お恨み申し上げなさる。まだほの暗いが、雪の光にますます美しく若々しくお見えになるのを、年老いた女房どもは、喜色満面に拝し上げる。  「早くお出であそばしませ。いけませんわ。素直なのが」  などとお教え申し上げると、何と言っても、人の申すことをお拒みになれないご性質なので、何やかやと身繕いして、いざり出でなさった。  見ないようにして、外の方を御覧になっていらっしゃるが、横目は尋常でない。「どんなであろうか、馴れ親しんで見たときに、少しでも良いところを 発見できれば嬉しかろうが」と、お思いになるのも、身勝手なお考えというものであるよ。  まず第一に、座高が高くて、胴長にお見えなので、「やはりそうであったか」と、失望した。引き続いて、ああみっともないと見えるのは、鼻なので あった。ふと目がとまる。普賢菩薩の乗物と思われる。あきれて高く長くて、先の方がすこし垂れ下がって色づいていること、特に異様である。顔色 は、雪も恥じるほど白くまっ青で、額の具合がとても広いうえに、それでも下ぶくれの容貌は、おおよそ驚く程の面長なのであろう。痩せ細っていら っしゃること、気の毒なくらい骨ばって、肩の骨など痛々しそうに着物の上から透けて見える。「どうしてすっかり見てしまったのだろう」と思う一方 で、異様な恰好をしているので、そうはいっても、ついつい目が行っておしまいになる。  頭の恰好、髪の垂れ具合は、美しく素晴らしいとお思い申していた人々にも、少しも引けを取らず、袿の裾にたくさんあって引きずっている部分 は、一尺ほど余っているだろうと見える。着ていらっしゃる物まで言い立てるのも、口が悪いようだが、昔物語にも、人のお召し物についてはまっ先 に述べているようだ。  聴し色のひどく古びて色褪せた一襲に、すっかり黒ずんだ袿を重ねて、上着には黒貂の皮衣、とてもつやつやとして香を焚きしめたのを着ていら っしゃる。昔風の由緒ある御装束であるが、やはり若い女性のお召し物としては、似つかわしくなく仰々しいことが、まことに目立つ。しかし、なるほ ど、この皮衣がなくては、さぞ寒いことだろう、と見えるお顔色なのを、お気の毒とご覧になる。  何もおっしゃれず、自分までが口が利けなくなった気持ちがなさるが、いつもの沈黙を開かせようと、あれこれとお話かけ申し上げなさるが、ひどく 恥じらって、口を覆っていらっしゃるのまでが、野暮ったく古風に、大げさで、儀式官が練り歩く時の臂つきに似て、それでもやはりちょっと微笑んで いらっしゃる表情、中途半端で落ち着かない。お気の毒でかわいそうなので、ますます急いでお出になる。  「頼りになる人がいないご境遇ですから、縁を結んだわたしには、心を隔てず打ち解けて下さいましたら、本望な気がします。打ち解けて下さらな いご態度なので、情けなくて」などと、姫君のせいにして、  「朝日がさしている軒のつららは解けましたのに   どうして氷は解けないでいるのでしょう」  とおっしゃるが、ただ「うふふっ」とちょっと笑って、とても容易に返歌も詠めそうにないのもお気の毒なので、お出になった。  お車を寄せてある中門が、とてもひどく傾いていて、夜目にこそ、それとはっきり分かっていながら何かと目立たないことが多かったが、とてもお 気の毒に寂しく荒廃しているなかで、松の雪だけが暖かそうに降り積もっている、山里のような感じがして、物哀れに思われるが、「あの人たちが 言っていた荒れた宿とは、このような所だったのだろう。なるほど、気の毒でかわいらしい女性をここに囲っておいて、気がかりで恋しいと思いたい ものだ。大それた恋は、そのことで気が紛れるだろう」と、「理想的な荒れた宿に不似合いなご器量は、取柄がない」と思う一方で、「自分以外の人 は、なおさら我慢できようか。わたしがこのように通うようになったのは、故親王が心配に思って結び付けた霊の導きによるようである」とお思いに なる。  橘の木が埋もれているのを、御随身を呼んで払わせなさる。羨ましそうに、松の木が独りで起き返って、ささっとこぼれる雪も、「名に立つ末の」と 見えるのなどを、「さほど深くなくとも、多少分かってくれる人がいたらなあ」と御覧になる。  お車が出るはずの門は、まだ開けてなかったので、鍵の番人を探し出すしたところ、老人でとてもひどく年とった者が出て来た。その娘だろうか、 孫であろうか、どちらともつかない大きさの女が、着物は雪に映えて黒くくすみ、寒がっている様子、たいそうで、奇妙な物に火をわずかに入れて、 袖で覆うようにして持っていた。老人が、中門を開けられないので、近寄って手伝うのが、いかにも不体裁である。お供の人が、近寄って開けた。  「老人の白髪頭に積もった雪を見ると   その人以上に、今朝は涙で袖を濡らすことだ  『幼い者は着る着物もなく』」  と口ずさみなさっても、鼻の色に現れて、とても寒いと見えたおん面影が、ふと思い出されて、微笑まれなさる。「頭中将に、これを見せた時に は、どのような譬えを言うだろう。いつも探りに来ているので、やがて見つけられるだろう」と、しかたなくお思いになる。  世間並の、平凡な顔立ちならば、忘れてしまってもよいのだが、はっきりと御覧になった後は、かえってひどく気の毒で、暮らし向きの事に、常に お心をかけておやりになる。  黒貂の皮衣ではない、絹、綾、綿など、老女房たちが着るための衣類、あの老人のための物まで、召使の上下をお考えに入れて差し上げなさ る。このような暮らし向きのことを世話されても恥ずかしがらないのを、気安く、「そのような方面の後見人としてお世話しよう」とお考えになって、一 風変わった、普通ではしないところまで立ち入ったお世話もなさるのであった。  「あの空蝉が、気を許していた宵の横顔は、かなりひどかった容貌ではあるが、身のもてなしに隠されて、悪くはなかった。劣る身分の人であろう か。なるほど身分によらないものであった。気立てがやさしくて、いまいましかったが、根負けしてしまったなあ」と、何かの折ふしにはお思い出しに なられる。  [第九段 歳末に姫君から和歌と衣箱が届けられる]  年も暮れた。内裏の宿直所にいらっしゃると、大輔の命婦が参上した。お櫛梳きなどの折には、色恋めいたことはなく、気安いとはいえ、やはりそ れでも冗談などをおっしゃって、召し使っていらっしゃるので、お呼びのない時にも、申し上げるべき事がある時には、参上するのであった。  「妙な事がございますが、申し上げずにいるのもいけないようなので、思慮に困りまして」  と、微笑みながら全部を申し上げないのを、  「どのような事だ。わたしには隠すこともあるまいと、思うが」とおっしゃると、  「どういたしまして。自分自身の困った事ならば、恐れ多くとも、まっ先に。これは、とても申し上げにくくて」  と、ひどく口ごもっているので、  「例によって、様子ぶっているな」とお憎みになる。  「あちらの宮からございましたお手紙で」と言って、取り出した。  「なおいっそう、それは隠すことではないではないか」  と言って、お取りになるにつけても、どきりとする。  陸奥紙の厚ぼったい紙に、薫香だけは深くたきしめてある。とてもよく書き上げてある。和歌も、  「あなたの冷たい心がつらいので   わたしの袂は涙でこんなにただもう濡れております」  合点がゆかず首を傾けていらっしゃると、上包みに、衣装箱の重そうで古めかしいのを置いて、押し出した。  「これを、どうして、見苦しいと存ぜずにいられましょう。けれども、元日のご衣装にと言って、わざわざございましたようなを、無愛想にはお返しで きません。勝手にしまい込んで置きますのも、姫君のお気持ちに背きましょうから、御覧に入れた上で」と申し上げると、  「しまい込んでしまったら、つらいことだったろうよ。袖を抱いて乾かしてくれる人もいないわたしには、とても嬉しいお心遣いだ」  とおっしゃって、他には何ともおっしゃれない。「それにしても、何とまあ、あきれた詠みぶりであることか。これがご自身の精一杯のようだ。侍従 が直すべきところだろう。他に、手を取って教える先生はいないのだろう」と、何とも言いようなくお思いになる。精魂こめて詠み出された苦労を想像 なさると、  「まことに恐れ多い歌とは、きっとこのようなのを言うのであろうよ」  と、苦笑しながら御覧になるのを、命婦、赤面して拝する。  流行色だが、我慢できないほどの艶の無い古めいた直衣で、裏表同じく濃く染めてあり、いかにも平凡な感じで、端々が見えている。「あきれた」 とお思いになると、この手紙を広げながら、端の方にいたずら書きなさるのを、横から見ると、  「格別親しみを感じる花でもないのに   どうしてこの末摘花を手にすることになったのだろう  色の濃い「はな」だと思っていたのだが」  などと、お書き汚しなさる。紅花の非難を、やはりわけがあるのだろうと、思い合わされる折々の、月の光で見た容貌などを、気の毒に思う一方 で、またおかしくも思った。  「紅色に一度染めた衣は色が薄くても   どうぞ悪い評判をお立てなさることさえなければ  お気の毒なこと」  と、とてももの馴れたように独り言をいうのを、上手ではないが、「せめてこの程度に通り一遍にでもできたならば」と、返す返すも残念である。身 分が高い方だけに気の毒なので、名前に傷がつくのは何といってもおいたわしい。女房たちが参ったので、  「隠すとしようよ。このようなことは、常識のある人のすることでないから」  と、つい呻きなさる。「どうして、御覧に入れてしまったのだろうか。自分までが思慮のないように」と、とても恥ずかしくて、静かに下がった。  翌日、出仕していると、台盤所にお立ち寄りになって、  「そらよ。昨日の返事だ。妙に心づかいされてならないよ」  と言って、お投げ入れになった。女房たち、何事だろうかと、見たがる。  「ちょうど紅梅の色のように、三笠の山の少女は捨ておいて」  と、口ずさんでお出になったのを、命婦は「とてもおかしい」と思う。事情を知らない女房たちは、  「どうして、独り笑いなさって」と、口々に非難しあっている。  「何でもありません。寒い霜の朝に、掻練り好きの鼻の色がお目に止まったのでしょうよ。ぶつぶつとお歌いになるのが、困ったこと」と言うと、  「あまりなお言葉ですこと。ここには赤鼻の人はいないようですのに」  「左近の命婦や、肥後の采女が交じっているでしょうか」  などと、合点がゆかず、言い合っている。  お返事を差し上げたところ、宮邸では、女房たちが集まって、感心して見るのであった。  「逢わない夜が多いのに間を隔てる衣とは   ますます重ねて見なさいということですか」  白い紙に、さりげなくお書きになっているのは、かえって趣きがある。  大晦日の日、夕方に、あの御衣装箱に「御料」と書いて、人が献上した御衣装一具、葡萄染めの織物の御衣装、他に山吹襲か何襲か、色さまざ まに見えて、命婦が差し上げた。「先日差し上げた衣装の色合いを良くないと思われたのだろうか」と思い当たるが、「あれだって、紅色の重々しい 色だわ。よもや見劣りはしますまい」と、老女房たちは判断する。  「お歌も、こちらからのは、筋が通っていて、手抜かりはありませんでした」  「ご返歌は、ただ面白みがあるばかりです」  などと、口々に言い合っている。姫君も、並大抵のわざでなく詠み出したもとなので、手控えに書き付けて置かれたのであった。  [第十段 正月七日夜常陸宮邸に泊まる]  正月の数日も過ぎて、今年、男踏歌のある予定なので、例によって、家々で音楽の練習に大騷ぎなさっているので、何かと騒々しいが、寂しい 邸が気の毒にお思いやらずにはいられっしゃれないので、七日の日の節会が終わって、夜になって、御前から退出なさったが、御宿直所にそのま まお泊まりになったように見せて、夜の更けるのを待って、お出かけになった。  いつもの様子よりは、感じが活気づいており、世間並みに見えた。君も、少しもの柔らかな感じを身につけていらっしゃる。「どうだろうか、もし去年 までと違っていたら」と、自然と思い続けられる。  日が昇るころに、わざとゆっくりしてから、お帰りになる。東の妻戸、押し開けてあるので、向かいの渡殿の廊が、屋根もなく壊れているので、日 の脚が、近くまで射し込んで、雪が少し積もった反射で、とてもはっきりと奥まで見える。  お直衣などをお召しになるのを物蔭から見て、少しいざり出て、お側に臥していらっしゃる頭の恰好、髪の掛かった様子、とても見事である。「成 長なさったのを見ることができたら」と自然とお思いになって、格子を引き上げなさった。  気の毒に思った苦い経験から、全部はお上げにならないで、脇息を寄せて、ちょっとかけて、鬢の乱れているのをお繕いなさる。めっぽう古めかし い鏡台で、唐の櫛匣、掻上げの箱などを、取り出してきた。何と言っても、夫のお道具までちらほらとあるのを、風流でおもしろいと御覧になる。  女の御装束、「今日は世間並みになっている」と見えるのは、先日の衣装箱の中身を、そのまま着ていたからであった。そうともご存知なく、しゃ れた模様のある目立つ上着だけを、妙なとお思いになるのであった。  「せめて今年は、お声を少しはお聞かせ下さい。待たれる鴬はさしおいても、お気持ちの改まるのが、待ち遠しいのです」と、おっしゃると、  「囀る春は」  と、ようやくのことで、震え声に言い出した。  「そうよ。年を取った甲斐があったよ」と、お微笑みなさって、「夢かと思います」  と、口ずさんでお帰りになるのを、見送って物に添い臥していらっしゃる。口を覆っている横顔から、やはり、あの「末摘花」が、とても鮮やかに突き 出している。「みっともない代物だ」とお思いになる。   第二章 若紫の物語  [第一段 紫の君と鼻を赤く塗って戯れる]  二条の院にお帰りになると、紫の君、とてもかわいらしい幼な娘で、「紅色でもこうも慕わしいものもあるものだ」と見える着物の上に、無紋の桜襲 の細長、しなやかに着こなして、あどけない様子でいらっしゃる姿、たいそうかわいらしい。古風な祖母君のお躾のままで、お歯黒もまだであったの を、お化粧をさせなさったので、眉がくっきりとなっているのも、かわいらしく美しい。「自ら求めて、どうして、こうもうっとうしい事にかかずらっている のだろう。こんなにかわいい人とも一緒にいないで」と、お思いになりながら、例によって、一緒にお人形遊びをなさる。  絵などを描いて、色をお付けになる。いろいろと美しくお描き散らしになるのであった。自分もお描き加えになる。髪のとても長い女性をお描きにな って、鼻に紅を付けて御覧になると、絵に描いても見るのも嫌な感じがした。ご自分の姿が鏡台に映っているのが、たいそう美しいのを御覧になっ て、自分で紅鼻に色づけして、赤く染めて御覧になると、これほど美しい顔でさえ、このように赤い鼻が付いているようなのは当然醜いにちがいな いのであった。姫君、見て、ひどくお笑いになる。  「わたしが、もしこのように不具になってしまったら、どうですか」  と、おっしゃると、  「嫌ですわ」  と言って、そのまま染み付かないかと、心配していらっしゃる。うそ拭いをして、  「少しも、白くならないぞ。つまらないいたずらをしたものよ。帝にはどんなにお叱りになられることだろう」  と、とても真剣におっしゃるのを、本気で気の毒にお思いになって、近寄ってお拭いになると、  「平中のように墨付けなさるな。赤いのはまだ我慢できましょうよ」  と、ふざけていらっしゃる様子、とても睦まじい兄妹とお見えである。  日がとてもうららかで、もうさっそく一面に霞んで見える梢などは、花の待ち遠しい中でも、梅は蕾みもふくらみ、咲きかかっているのが、特に目に つく。階隠のもとの紅梅、とても早く咲く花なので、もう色づいていた。  「紅の花はわけもなく嫌な感じがする   梅の立ち枝に咲いた花は慕わしく思われるが  いやはや」  と、不本意に溜息をお吐かれになる。  このような人たちの将来は、どうなったことだろうか。 源氏物語の世界ヘ 本文 ローマ字版 注釈 Last updated 6/17/99 渋谷栄一訳(C)(ver.1-2-1)    紅葉賀 光る源氏十八歳冬十月から十九歳秋七月までの宰相兼中将時代の物語 第一章 藤壷の物語  源氏、藤壷の御前で青海波を舞う 1.御前の試楽---朱雀院への行幸は、神無月の十日過ぎである 2.試楽の翌日、源氏藤壷と和歌遠贈答---翌朝、中将の君 3.十月十余日、朱雀院へ行幸---行幸には、親王たちなど、宮廷を挙げて一人残らず供奉なさった 4.葵の上、源氏の態度を不快に思う---宮は、そのころご退出なさったので 第二章 紫の物語  源氏、紫の君に心慰める 1.紫の君、源氏を慕う---幼い人は馴染まれるにつれて 2.藤壷の三条宮邸に見舞う---藤壷が退出していらっしゃる三条の宮に 3.故祖母君の服喪明ける---少納言は、「思いがけず嬉しい運が回って来たこと 4.新年を迎える---男君は、朝拝に参内なさろうとして 第三章 藤壷の物語(二)  二月に男皇子を出産 1.左大臣邸に赴く---宮中から大殿にご退出なさると 2.二月十余日、藤壷に皇子誕生---参賀のご挨拶といっても、多くの所にはお出かけにならず 3.藤壷、皇子を伴って四月に宮中に戻る---四月に参内なさる 4.源氏、紫の君に心を慰める---つくづくと物思いに沈んでいても、晴らしようのない気持ちがするので 第四章 源典侍の物語  老女との好色事件 1.源典侍の風評---帝のお年、かなりお召しあそばされたが 2.源氏、源典侍と和歌を詠み交わす---お上の御髪梳りに伺候したが 3.温明殿付近で密会中、頭中将に発見され脅される---たいそう秘密にしているので、源氏の君はご存知ない 4.翌日、源氏と頭中将と宮中で応酬しあう---君は、「実に残念にも見つけられてしまったことよ」と思って 第五章 藤壷の物語(三) 秋、藤壷は中宮、源氏は宰相となる  七月に藤壷女御、中宮に立つ---七月に、后がお立ちになるようであった   第一章 藤壷の物語 源氏、藤壷の御前で青海波を舞う  [第一段 御前の試楽]  朱雀院への行幸は、神無月の十日過ぎである。常の行幸とは違って、格別興趣あるはずの催しであったので、御方々、御覧になれないことを残 念にお思いになる。主上も、藤壷が御覧になれないのを、もの足りなく思し召されるので、試楽を御前において、お催しあそばす。  源氏中将は、青海波をお舞いになった。一方の舞手には大殿の頭中将。容貌、心づかい、人よりは優れているが、立ち並んでは、やはり花の傍 らの深山木である。  入り方の日の光、鮮やかに差し込んでいる時に、楽の声が高まり、感興もたけなわの時に、同じ舞の足拍子、表情は、世にまたとない様子であ る。朗唱などをなさっている声は、「これが、仏の御迦陵頻伽のお声だろうか」と聞こえる。美しくしみじみと心打つので、帝は、涙をお拭いになさり、 上達部、親王たちも、皆落涙なさった。朗唱が終わって、袖をさっとお直しになると、待ち構えていた楽の音が賑やかに奏され、お顔の色が一段と 映えて、常よりも光り輝いてお見えになる。  春宮の女御は、このように立派に見えるのにつけても、おもしろからずお思いになって、「神などが、空から魅入りそうな、容貌だこと。嫌な、不吉 だこと」とおっしゃるのを、若い女房などは、厭味なと、聞きとがめるのであった。藤壷は、「大それた心のわだかまりがなかったならば、いっそう素 晴らしく見えたろうに」とお思いになると、夢のような心地がなさるのであった。  宮は、そのまま御宿直なのであった。  「今日の試楽は、青海波に万事尽きてしまったな。どう御覧になりましたか」  と、お尋ね申し上げあそばすと、心ならずも、お答え申し上げにくくて、  「格別でございました」とだけお返事申し上げなさる。  「相手役も、悪くはなく見えた。舞の様子、手捌きは、良家の子弟は格別であるな。世間で名声を博している舞の男どもも、確かに大したものであ るが、大様で優美な趣きを、表すことができない。試楽の日に、こんなに十分に催してしまったので、紅葉の木陰は、寂しかろうかと思うが、お見せ 申したいとの気持ちで、念入りに催させた」などと、お話し申し上げあそばす。  [第二段 試楽の翌日、源氏藤壷と和歌遠贈答]  翌朝、中将の君、  「どのように御覧になりましたでしょうか。何とも言えないつらい気持ちのままで。   つらい気持ちのまま立派に舞うことなどはとてもできそうもないわが身が   袖を振って舞った気持ちはお分りいただけたでしょうか  恐れ多いことですが」  とあるお返事、目を奪うほどであったご様子、容貌に、お見過ごしになれなかったのであろうか、  「唐の人が袖振って舞ったことは遠い昔のことですが   その立ち居舞い姿はしみじみと拝見いたしました  並々のことには」  とあるのを、この上なく珍しく、「このようなことにまで、お詳しくいらっしゃり、唐国の朝廷まで思いをはせられるお后としてのお和歌を、もう今から」 と、自然とほほ笑まれて、持経のように広げてご覧になっていた。  [第三段 十月十余日、朱雀院へ行幸]  行幸には、親王たちなど、宮廷を挙げて一人残らず供奉なさった。春宮もお出ましになる。恒例によって、楽の舟々が漕ぎ廻って、唐楽、高麗楽 のと、数々を尽くした舞は、幾種類も多い。楽の声、鼓の音、四方に響き渡る。  先日の源氏の夕映えのお姿、不吉に思し召されて、御誦経などを方々の寺々におさせになるのを、聞く人ももっともであると感嘆申し上げるが、 春宮の女御は、大仰であると、ご非難申し上げなさる。  垣代などには、殿上人、地下人でも、優秀だと世間に評判の高い精通した人たちだけをお揃えあそばしていた。宰相二人、左衛門督、右衛門督 が、左楽と右楽とを指揮する。舞の師匠たちなど、世間で一流の人たちをそれぞれ招いて、各自家に引き籠もって練習したのであった。  木高い紅葉の下に、四十人の垣代、何とも言い表しようもなく見事に吹き鳴らしている笛の音に響き合っている松風、本当の深山颪と聞こえて吹 き乱れ、色とりどりに散り乱れる木の葉の中から、青海波の光り輝いて舞い出る様子、何とも恐ろしいまでに見える。插頭の紅葉がたいそう散って 薄くなって、顔の照り映える美しさに圧倒された感じがするので、御前に咲いている菊を折って、左大将が差し替えなさる。  日の暮れかかるころに、ほんの少しばかり時雨が降って、空の様子までが感涙を催しているのに、そうした非常に美しい姿で、菊が色とりどりに 変色し、その素晴らしいのを冠に插して、今日は又とない秘術を尽くした入綾の舞の時には、ぞくっと寒気がし、この世の舞とは思われない。何も 分るはずのない下人どもで、木の下、岩の陰、築山の木の葉に埋もれている者までが、少し物の情趣を理解できる者は感涙に咽ぶのであった。  承香殿の女御の第四皇子、まだ童姿で、秋風楽をお舞いになったのが、これに次ぐ見物であった。これらに興趣も尽きてしまったので、他の事に は関心も移らず、かえって興ざましであったろうか。  その夜、源氏の中将、正三位になられる。頭中将、正四位下に昇進なさる。上達部は、皆しかるべき人々は相応の昇進をなさるのも、この君の 昇進につれて恩恵を蒙りなさるので、人の目を驚かし、心をも喜ばせなさる、前世が知りたいほどである。  [第四段 葵の上、源氏の態度を不快に思う]  宮は、そのころご退出なさったので、例によって、お会いできる機会がないかと窺い回るのに夢中であったので、大殿では穏やかではいらっしゃ れない。その上、あの若草をお迎えになったのを、「二条院では、女の人をお迎えになったそうだ」と、誰かが申し上げたので、まことに気に食わな いとお思いになっていた。  「内々の様子はご存知なく、そのようにお思いになるのはごもっともであるが、素直で、普通の女性のように恨み言をおっしゃるのならば、自分も 腹蔵なくお話して、お慰め申し上げようものを、心外なふうにばかりお取りになるのが不愉快なので、起こさなくともよい浮気沙汰まで起こるのだ。 相手のご様子は、不十分で、どこが不満だと思われる欠点もない。誰よりも先に結婚した方なので、愛しく大切にお思い申している気持ちを、まだ ご存知ないのであろうが、いつかはお思い直されよう」と、「安心できる軽率でないご性質だから、いつかは」と、期待できる点では格別なのであっ た。   第二章 紫の物語 源氏、紫の君に心慰める  [第一段 紫の君、源氏を慕う]  幼い人は馴染まれるにつれて、とてもよい性質、容貌なので、無心に懐いてお側からお放し申されない。「暫くの間は、邸内の者にも誰それと知 らせまい」とお思いになって、今も離れた対の屋に、お部屋の設備をまたとなく立派にして、ご自分も明け暮れお入りになって、ありとあらゆるお稽 古事をお教え申し上げなさる。お手本を書いてお習字などさせては、まるで他で育ったご自分の娘をお迎えになったようなお気持ちでいらっしゃっ た。  政所、家司などをはじめとして、別に分けて、心配がないようにお仕えさせなさる。惟光以外の人は、はっきり分からずばかり思い申し上げてい た。あの父宮も、ご存知ないのであった。  姫君は、やはり時々お思い出しなさる時は、尼君をお慕い申し上げなさる時々が多い。君がおいでになる時は、気が紛れていらっしゃるが、夜な どは、時々はお泊まりになるが、あちらこちらの方々にお忙しくて、暮れるとお出かけになるのを、お後を慕いなさる時などがあるのを、とてもかわい いとお思い申し上げていらっしゃった。  二、三日宮中に伺候し、大殿にもいらっしゃる時は、とてもひどく塞ぎ込んだりなさるので、気の毒で、母親のいない子を持ったような心地がして、 外出も落ち着いてできなくお思いになる。僧都は、これこれと、お聞きになって、不思議な気がする一方で、嬉しいことだとお思いであった。あの尼 君の法事などをなさる時にも、立派なお供物をお届けなさった。  [第二段 藤壷の三条宮邸に見舞う]  藤壷が退出していらっしゃる三条の宮に、ご様子も知りたくて、参上なさると、命婦、中納言の君、中務などといった女房たちが応対に出た。「他 人行儀なお扱いであるな」とおもしろくなく思うが、落ち着けて、世間一般のお話を申し上げなさっているところに、兵部卿宮が参上なさった。  この君がいらっしゃるとお聞きになって、お会いなさった。とても風情あるご様子をして、色っぽくなよなよとしていらっしゃるのを、「女性として見る にはきっと素晴らしいに違いなかろう」と、こっそりと拝見なさるにつけても、あれこれと睦まじくお思いになられて、懇ろにお話など申し上げなさる。 宮も、君のご様子がいつもより格別に親しみやすく打ち解けていらっしゃるのを、「じつに素晴らしい」と拝見なさって、婿でいらっしゃるなどとはお思 いよりにもならず、「女としてお会いしたいものだ」と、色っぽいお気持ちにお考えになる。  日が暮れたので、御簾の内側にお入りになるのを、羨ましく、昔はお上の御待遇で、とても近くで直接にお話申し上げになさったのに、すっかり疎 んじていらっしゃるのも、辛く思われるとは、理不尽なことであるよ。  「しばしばお伺いすべきですが、特別の事でもない限りは、参上するのも自然滞りがちになりますが、しかるべき御用などは、お申し付けございま したら、嬉しく」  などと、堅苦しい挨拶をしてお出になった。命婦も、手引き申し上げる手段もなく、宮のご様子も以前よりは、いっそう辛いことにお思いになってい て、お打ち解けにならないご様子も、恥ずかしくおいたわしくもあるので、何の効もなく、月日が過ぎて行く。「何とはかない御縁か」と、お悩みにな ること、お互いに嘆ききれない。  [第三段 故祖母君の服喪明ける]  少納言は、「思いがけず嬉しい運が回って来たこと。これも、故尼上が、姫君様をご心配なさって、御勤行にもお祈り申し上げなさった仏の御利益 であろうか」と思われる。「大殿は、本妻として歴としていらっしゃる。あちらこちら大勢お通いになっているのを、本当に成人されてからは、厄介なこ とも起きようか」と案じられるのだった。しかし、このように特別になさっていらっしゃるご寵愛のうちは、とても心強い限りである。  ご服喪は、母方の場合は三箇月であると、晦日には忌明け申し上げさせなさるが、他に親もなくてご成長なさったので、派手な色合いではなく、 紅、紫、山吹の地だけで織った御小袿などを召していらっしゃる様子、たいそう当世風でかわいらしげである。  [第四段 新年を迎える]  男君は、朝拝に参内なさろうとして、お立ち寄りになった。  「今日からは大人らしくなられましたか」  と言って微笑んでいらっしゃる、とても素晴らしく魅力的である。早くも、お人形を並べ立てて、忙しくしていらっしゃる。三尺の御厨子一具と、お道 具を色々と並べて、他に小さい御殿をたくさん作って、差し上げなさっていたのを、辺りいっぱいに広げて遊んでいらっしゃる。  「追儺をやろうといって、犬君がこれを壊してしまったので、直しておりますの」  と言って、とても大事件だとお思いである。  「なるほど、とてもそそっかしい人のやったことらしいですね。直ぐに直させましょう。今日は涙を慎んで、お泣きなさるな」  と言って、お出かけになる様子、辺り狭しのご立派さを、女房たちは端に出てお見送り申し上げるので、姫君も立って行ってお見送り申し上げなさ って、お人形の中の源氏の君を着飾らせて、内裏に参内させる真似などなさる。  「せめて今年からはもう少し大人らしくなさいませ。十歳を過ぎた人は、お人形遊びはいけないものでございますのに。このようにお婿様をお持ち 申されたからには、奥方様らしくおしとやかにお振る舞いになって、お相手申し上げあそばしませ。お髪をお直しする間さえ、お嫌がりあそばして」  などと少納言も、お諌め申し上げる。お人形遊びにばかり夢中になっていらっしゃるので、これではいけないと思わせ申そうと思って言うと、心の 中で、「わたしは、それでは、夫君を持ったのだわ。この女房たちの夫君というのは、何と醜い人たちなのであろう。わたしは、こんなにも魅力的で 若い男性を持ったのだわ」と、今になってお分かりになるのであった。何と言っても、お年を一つ取った証拠なのであろう。このように幼稚なご様子 が、何かにつけてはっきり分かるので、殿の内の女房たちも変だと思ったが、とてもこのように夫婦らしくないお添い寝相手だろうとは思わなかった のである。   第三章 藤壷の物語(二) 二月に男皇子を出産  [第一段 左大臣邸に赴く]  宮中から大殿にご退出なさると、いつものように端然と威儀を正したご態度で、やさしいそぶりもなく窮屈なので、  「せめて今年からでも、もう少し夫婦らしく態度をお改めになるお気持ちが窺えたら、どんなにか嬉しいことでしょう」  などとお申し上げなさるが、「わざわざ女の人を置いて、かわいがっていらっしゃる」と、お聞きになってからは、「重要な夫人とお考えになってのこ とであろう」と、隔て心ばかりが自然と生じて、ますます疎ましく気づまりにお感じになられるのであろう。つとめて見知らないように振る舞って、冗 談をおっしゃっるご様子には、強情もを張り通すこともできず、お返事などちょっと申し上げなさるところは、やはり他の女性とはとても違うのである。  四歳ほど年上でいらっしゃるので、姉様で、気後れがし、女盛りで非の打ちどころがなくお見えになる。「どこにこの人の足りないところがおありだ ろうか。自分のあまり良くない浮気心からこのようにお恨まれ申すのだ」と、お考えにならずにはいられない。同じ大臣と申し上げる中でも、御信望 この上なくいらっしゃる方が、宮との間にお一人儲けて大切にお育てなさった気位の高さは、とても大変なもので、「少しでも疎略にするのは、失敬 である」とお思い申し上げていらっしゃるのを、男君は、「どうしてそんなにまでも」と、お躾なさる、お二人の心の隔てがあるの生じさせたのであろ う。  大臣も、このように頼りないお気持ちを、辛いとお思い申し上げになりながらも、お目にかかりなさる時には、恨み事も忘れて、大切にお世話申し 上げなさる。翌朝、お帰りになるところにお顔をお見せになって、お召し替えになる時、高名の御帯、お手ずからお持ちになってお越しになって、お 召物の後ろを引き結び直しなどや、お沓までも手に取りかねないほど世話なさる、大変なお気の配りようである。  「これは、内宴などということもございますそうですから、そのような折にでも」  などとお申し上げなさると、  「その時には、もっと良いものがございます。これはちょっと目新しい感じのするだけのものですから」  と言って、無理にお締め申し上げなさる。なるほど、万事にお世話して拝見なさると、生き甲斐が感じられ、「たまさかであっても、このような方を お出入りさせてお世話するのに、これ以上の喜びはあるまい」とお見えである。  [第二段 二月十余日、藤壷に皇子誕生]  参賀のご挨拶といっても、多くの所にはお出かけにならず、内裏、春宮、一院だけ、その他では、藤壷の三条の宮にお伺いなさる。  「今日はまた格別にお見えでいらっしゃるわ」  「ご成長されるに従って、恐いまでにお美しくおなりでいらっしゃるご様子ですわ」  と、女房たちがお褒め申し上げているのを、宮、几帳の隙間からわずかにお姿を御覧になるにつけても、物思いなさることが多いのであった。  御出産の予定の、十二月も過ぎてしまったのが、気がかりで、今月はいくら何でもと、宮家の人々もお待ち申し上げ、主上におかれても、そのお 心づもりでいるのに、何事もなく過ぎてしまった。「御物の怪のせいであろうか」と、世間の人々もお噂申し上げるのを、宮、とても身にこたえてつら く、「このお産のために、命を落とすことになってしまいそうだ」と、お嘆きになると、ご気分もとても苦しくてお悩みになる。  中将の君は、ますます思い当たって、御修法などを、はっきりと事情は知らせずに方々の寺々におさせになる。「世の無常につけても、このまま はかなく終わってしまうのだろうか」と、あれやこれやとお嘆きになっていると、二月十日過ぎのころに、男御子がお生まれになったので、すっかり 心配も消えて、宮中でも宮家の人々もお喜び申し上げなさる。  「長生きを」とお思いなさるのは、つらいことだが、「弘徽殿などが、呪わしそうにおっしゃっている」と聞いたので、「死んだとお聞きになったなら ば、物笑いの種になろう」と、お気を強くお持ちになって、だんだん少しずつ気分が快方に向かっていかれたのであった。  お上が、早く御子を御覧になりたいとおぼし召されること、この上ない。あの、密かなお気持ちとしても、ひどく気がかりで、人のいない時に参上な さって、  「お上が御覧になりたくあそばしてますので、まず拝見して詳しく奏上しましょう」  と申し上げなさるが、  「まだ見苦しい程ですので」  と言って、お見せ申し上げなさらないのも、ごもっともである。実のところ、とても驚くほど珍しいまでに生き写しでいらっしゃる顔形、紛うはずもな い。宮が、良心の呵責にとても苦しく、「女房たちが拝見しても、不審に思われた月勘定の狂いを、どうして変だと思い当たらないだろうか。それほ どでないつまらないことでさえも、欠点を探し出そうとする世の中で、どのような噂がしまいには世に漏れようか」と思い続けなさると、わが身だけが とても情けない。  命婦の君に、まれにお会いになって、切ない言葉を尽くしてお頼みなさるが、何の効果があるはずもない。若宮のお身の上を無性に御覧になりた くお訴え申し上げなさるので、  「どうして、こうまでもご無理を仰せあそばすのでしょう。そのうち、自然に御覧あそばされましょう」  と申し上げながら、悩んでいる様子、お互いに一通りでない。気が引ける事柄なので、正面切っておっしゃれず、  「いったいいつになったら、直接に、お話し申し上げることができるのだろう」 と言ってお泣きになる姿、お気の毒である。  「どのように前世で約束を交わした縁で   この世にこのような二人の仲に隔てがあるのだろうか  このような隔ては納得がいかない」  とおっしゃる。  命婦も、宮のお悩みでいらっしゃる様子などを拝見しているので、そっけなく突き放してお扱い申し上げることもできない。  「御覧になっている方も物思をされています   御覧にならないあなたはまたどんなにお嘆きのことでしょう   これが世の人が言う親心の闇でしょうか  おいたわしい、お心の休まらないお二方ですこと」  と、こっそりとお返事申し上げたのであった。  このように何とも申し上げるすべもなくて、お帰りになるものの、世間の人々の噂も煩わしいので、無理無体なことにおっしゃりもし、お考えにもな って、命婦をも、以前信頼していたように気を許してお近づけなさらない。人目に立たないように、穏やかにお接しになる一方で、気に食わないとお 思いになる時もあるはずなのを、とても身にこたえて思ってもみなかった心地がするようである。  [第三段 藤壷、皇子を伴って四月に宮中に戻る]  四月に参内なさる。日数の割には大きく成長なさっていて、だんだん寝返りなどをお打ちになる。驚きあきれるくらい、間違いようもないお顔つき を、ご存知ないことなので、「他に類のない美しい人どうしというのは、なるほど似通っていらっしゃるものだ」と、お思いあそばすのであった。たいそ う大切にお慈しみになること、この上もない。源氏の君を、限りなくかわいい人と愛していらっしゃりながら、世間の人々のがご賛成申し上げそうに なかったことによって、坊にもお据え申し上げられずに終わったことを、どこまでも残念に、臣下としてもったいないご様子、容貌で、ご成人していら っしゃるのを御覧になるにつけ、おいたわしくおぼし召されるので、「このように高貴な人から、同様に光り輝いてお生まれになったので、疵のない 玉だ」と、お思いあそばして大切になさるので、宮は何につけても、胸の痛みの消える間もなく、不安な思いをしていらっしゃる。  いつものように、中将の君が、こちらで管弦のお遊びをなさっていると、お抱き申し上げあそばされて、  「御子たち、大勢いるが、そなただけを、このように小さい時から明け暮れ見てきた。それゆえ、思い出されるのだろうか。とてもよく似て見える。と ても幼いうちは皆このように見えるのであろうか」  と言って、たいそうかわいらしいとお思い申し上げあそばされている。  中将の君は、顔色が変っていく心地がして、恐ろしくも、かたじけなくも、嬉しくも、哀れにも、あちこちと揺れ動く思いで、涙が落ちてしまいそうで ある。お声を上げたりして、にこにこしていらっしゃる様子が、とても恐いまでにかわいらしいので、自分ながら、この宮に似ているのは大変にもった いなくお思いになるとは、身贔屓に過ぎるというものであるよ。宮は、どうにもいたたまれない心地がして、冷汗をお流しになっているのであった。中 将は、かえって複雑な思いが、乱れるようなので、退出なさった。  ご自邸でお臥せりになって、「胸のどうにもならない悩みが収まってから、大殿へ出向こう」とお思いになる。お庭先の前栽が、どことなく青々と見 渡される中に、常夏の花がぱあっと色美しく咲き出しているのを、折らせなさって、命婦の君のもとに、お書きになること、多くあるようだ。  「思いよそえて見ているが、気持ちは慰まず   涙を催させる撫子の花の花であるよ  花と咲いてほしい、と存じておりましたが、効ない二人の仲でしたので」  とある。ちょうど人のいない時であったのであろうか、御覧に入れて、  「ほんの塵ほどでも、この花びらに」  と申し上げるが、ご本人にも、もの悲しく思わずにはいらっしゃれない時なので、  「袖を濡らしている方の縁と思うにつけても  やはり疎ましくなってしまう大和撫子です」  とだけ、かすかに中途で書き止めたような歌を、喜びながら差し上げたが、「いつものことで、返事はあるまい」と、力なくぼんやりと臥せっていらっ しゃったところに、胸をときめかして、たいそう嬉しいので、涙がこぼれた。  [第四段 源氏、紫の君に心を慰める]  つくづくと物思いに沈んでいても、晴らしようのない気持ちがするので、いつものように、気晴らしには西の対にお渡りになる。  取り繕わないで毛羽だっていらっしゃる鬢ぐき、うちとけた袿姿で、笛を慕わしく吹き鳴らしながら、お立ち寄りになると、女君、先程の花が露に濡 れたような感じで、寄り臥していらっしゃる様子、かわいらしく可憐である。愛嬌がこぼれるようで、おいでになりながら早くお渡り下さらないのが、 何となく恨めしかったので、いつもと違って、すねていらっしゃるのであろう。端の方に座って、  「こちらへ」  とおっしゃるが、素知らぬ顔で、  「お目にかかることが少なくて」  と口ずさんで、口を覆っていらっしゃる様子、たいそう色っぽくてかわいらしい。  「まあ、憎らしい。このようなことをおっしゃるようになりましたね。みるめに人を飽きるとは、良くないことですよ」  と言って、人を召して、お琴取り寄せてお弾かせ申し上げなさる。  「箏の琴は、中の細緒が切れやすいのが厄介だ」  と言って、平調に下げてお調べになる。調子合わせの小曲だけ弾いて、押しやりなさると、いつまでもすねてもいられず、とてもかわいらしくお弾 きになる。  お小さいからだで、左手をさしのべて、弦を揺らしなさる手つき、とてもかわいらしいので、愛しいとお思いになって、笛吹き鳴らしながらお教えに なる。とても賢くて難しい調子などを、たった一度で習得なさる。何事につけても才長けたご性格を、「期待していた通りである」とお思いになる。「保 曽呂具世利」という曲目は、名前は嫌だが、素晴らしくお吹きになると、合奏させて、まだ未熟だが、拍子を間違えず上手のようである。  大殿油を燈して、絵などを御覧になっていると、「お出かけになる予定」とあったので、供人たちが咳払いし合図申して、  「雨が降って来そうでございます」  などと言うので、姫君、いつものように心細くふさいでいらっしゃった。絵を見ることも止めて、うつ伏していらっしゃるので、とても可憐で、お髪がと ても見事にこぼれかかっているのを、かき撫でて、  「出かけている間は寂しいですか」  とおっしゃると、こっくりなさる。  「わたしも、一日もお目にかからないでいるのは、とてもつらいことですが、お小さくいらっしゃるうちは、気安くお思い申すので、まず、ひねくれて 嫉妬する人の機嫌を損ねまいと思って、うっとうしいので、暫く間はこのように出かけるのですよ。大人におなりになったら、他の所へは決して行き ませんよ。人の嫉妬を受けまいなどと思うのも、長生きをして、思いのままに一緒にお暮らし申したいと思うからですよ」  などと、こまごまとご機嫌をお取り申されると、そうは言うものの恥じらって、何ともお返事申し上げなされない。そのままお膝に寄りかかって、眠 っておしまになったので、とてもいじらしく思って、  「今夜は出かけないことになった」  とおっしゃると、皆立ち上がって、御膳などをこちらに運ばせた。姫君を起こしてさし上げにさって、  「出かけないことになった」  とお話し申し上げなさると、機嫌を直してお起きになった。ご一緒にお食事を召し上がる。ほんのちょっとお箸を付けになって、  「では、お寝みなさい」  と不安げに思っていらっしゃるので、このような人を放ってはどんな道であっても出かけることはできない、と思われなさる。  このように、引き止められなさる時々も多くあるのを、自然と漏れ聞く人が、大殿にも申し上げたので、  「誰なのでしょう。とても失礼なことではありませんか」  「今まで誰それとも知れず、そのようにくっついたまま遊んだりするような人は、上品な教養のある人ではありますまい」  「宮中辺りで、ちょっと見初めたような女を、ご大層にお扱いになって、人目に立つかと隠していられるのでしょう。分別のない幼稚な人だと聞きま すから」  などと、お仕えする女房たちも噂し合っていた。  お上におかれても、「このような女の人がいる」と、お耳に入れあそばして、  「気の毒に、大臣がお嘆きということも、なるほど、まだ幼かったころを、一生懸命にこんなにお世話してきた気持ちを、それくらいのことをご分別で きない年頃でもあるまいに。どうして薄情な仕打ちをなさるのだろう」  と、仰せられるが、恐縮した様子で、お返事も申し上げられないので、「お気に入らないようだ」と、かわいそうにお思いあそばす。  「その一方では、好色がましく振る舞って、ここに見える女房であれ、またここかしこの女房たちなどと、浅からぬ仲に見えたり噂も聞かないようだ が、どのような人目につかない所にあちこち隠れ歩いて、このように人に怨まれることをしているのだろう」と仰せられる。   第四章 源典侍の物語 老女との好色事件  [第一段 源典侍の風評]  帝のお年、かなりお召しあそばされたが、このような方面は、無関心ではいらっしゃれず、采女、女蔵人などの容貌や気立ての良い者を、格別に もてなしお目をかけあそばしていたので、教養のある宮仕え人の多いこの頃である。ちょっとしたことでも、お話しかけになれば、知らない顔をする 者はめったにいないので、見慣れてしまったのであろうか、「なるほど、不思議にも好色な振る舞いのないようだ」と、試しに冗談を申し上げたりなど する折もあるが、恥をかかせない程度に軽くあしらって、本気になってお取り乱しにならないのを、「真面目ぶってつまらない」と、お思い申し上げる 女房もいる。  年をたいそう取っている典侍、人柄も重々しく、才気があり、高貴で、人から尊敬されてはいるものの、たいそう好色な性格で、その方面では腰の 軽いのを、「こう、年を取ってまで、どうしてそんなにふしだらなのか」と、興味深くお思いになったので、冗談を言いかけてお試しになると、不釣り合 いなとも思わないのであった。あきれた、とはお思いになりながら、やはりこのような女も興味があるので、お話しかけなどなさったが、人が漏れ聞 いても、年とった年齢なので、そっけなく振る舞っていらっしゃるのを、女は、とてもつらいと思っていた。  [第二段 源氏、源典侍と和歌を詠み交わす]  お上の御髪梳りに伺候したが、終わったので、お上は御袿係の者をお召しになってお出になりあそばした後に、他に人もなくて、この典侍がいつ もよりこざっぱりとして、姿形、髪の具合が艶っぽくて、衣装や、着こなしも、とても派手に洒落て見えるのを、「何とも若づくりな」と、苦々しく御覧に なる一方で、「どんな気でいるのか」と、やはり見過ごしがたくて、裳の裾を引っ張って注意をお引きになると、夏扇に派手な絵の描いてあるのを、 顔を隠して振り返ったまなざし、ひどく流し目を使っているが、目の皮がげっそり黒く落ち込んで、肉が削げ落ちてたるんでいる。  「似合わない派手な扇だな」と御覧になって、ご自分のお持ちのと取り替えて御覧になると、赤い紙で顔に照り返すような色合いで、木高い森の 絵を金泥で塗りつぶしてある。その端の方に、筆跡はとても古めかしいが、風情がなくもなく、「森の下草が老いてしまったので」などと書き流して あるのを、「他に書くことも他にあろうに、嫌らしい趣向だ」と微笑まれて、  「森こそ夏の、といったようですね」  と言って、いろいろとおっしゃるのも、不釣り合いで、人が見つけるかと気になるが、女はそうは思っていない。  「あなたがいらしたならば良く馴れた馬に秣を刈ってやりましょう   盛りの過ぎた下草であっても」  と詠み出す様子、この上なく色気たっぷりである。  「笹を分けて入って行ったら人が注意しましょう   いつでも馬を懐けている森の木陰では  厄介なことだからね」  と言って、お立ちになるのを、袖を取って、  「まだこんなつらい思いをしたことはございません。今になって、身の恥に」  と言って泣き出す様子、とても大げさである。  「そのうち、お便りを差し上げましょう。心にかけていますよ」  と言って、振り切ってお出になるのを、懸命に取りすがって、「橋柱」と恨み言を言うのを、お上はお召し替えが済んで、御障子の隙間から御覧あ そばしたのであった。「似つかわしくない仲だな」と、とてもおかしく思し召されて、  「好色心がないなどと、いつも困っているようだが、そうは言うものの、見過ごさなかったのだな」  と言って、お笑いあそばすので、典侍はばつが悪い気がするが、恋しい人のためなら、濡衣をさえ着たがる類もいるそうだからか、大して弁解も 申し上げない。  女房たちも、「意外なことだわ」と、取り沙汰するらしいのを、頭中将、聞きつけて、「知らないことのないこのわたしが、まだ気がつかなかったこと よ」と思うと、いくつになっても止まない好色心を見たく思って、言い寄ったのであった。  この君も、人よりは素晴らしいので、「あのつれない方の気晴らしに」と思ったが、本当に逢いたい人は、お一人であったとか。大変な選り好みだ ことよ。  [第三段 温明殿付近で密会中、頭中将に発見され脅される]  たいそう秘密にしているので、源氏の君はご存知ない。お見かけ申しては、まず恨み言を申すので、お年の程もかわいそうなので、慰めてやろう とお思いになるが、その気になれない億劫さで、たいそう日数が経ってしまったが、夕立があって、その後の涼しい夕闇に紛れて、温明殿の辺りを 歩き回っていられると、この典侍、琵琶をとても美しく弾いていた。御前などでも殿方の管弦のお遊びに加わりなどして、殊にこの人に勝る人もない 名人なので、恨み言を言いたい気分でいたところから、とてもしみじみと聞こえて来る。  「瓜作りになりやしなまし」  と、声はとても美しく歌うのが、ちょっと気に食わない。「鄂州にいたという昔の人も、このように興趣を引かれたのだろうか」と、耳を止めてお聞き になる。弾き止んで、とても深く思い悩んでいる様子である。君が、「東屋」を小声で歌ってお近づきになると、  「押し開いていらっしゃいませ」  と、後を続けて歌うのも、普通の女とは違った気がする。  「誰も訪れて来て濡れる人もいない東屋に   嫌な雨垂れが落ちて来ます」  と嘆くのを、自分一人が怨み言を負う筋ではないが、「嫌になるな。何をどうしてこんなに嘆くのだろう」と、思われなさる。  「人妻はもう面倒です   あまり親しくなるまいと思います」  と言って、通り過ぎたいが、「あまり無愛想では」と思い直して、相手によるので、少し軽薄な冗談などを言い交わして、これも珍しい経験だとお思 いになる。  頭中将は、この君がたいそう真面目ぶっていて、いつも非難なさるのが癪なので、何食わぬ顔でこっそりお通いの所があちこちに多くあるらしい のを、「何とか発見してやろう」とばかり思い続けていたところ、この現場を見つけた気分、まこと嬉しい。「このような機会に、少し脅かし申して、お 心をびっくりさせて、これに懲りたか、と言ってやろう」と思って、油断をおさせ申す。  風が冷たく吹いて来て、次第に夜も更けかけてゆくころに、少し寝込んだろうかと思われる様子なので、静かに入って来ると、君は、安心してお眠 りになれない気分なので、ふと聞きつけて、この中将とは思いも寄らず、「いまだ未練のあるという修理の大夫であろう」とお思いになると、年配の 人に、このような似つかわしくない振る舞いをして、見つけられるのは何とも照れくさいので、  「ああ、厄介な。帰りますよ。夫が後から来ることは、分かっていましたから。ひどいな、おだましになるとは」  と言って、直衣だけを取って、屏風の後ろにお入りになった。中将、おかしさを堪えて、お引き廻らしになってある屏風のもとに近寄って、ばたばた と畳み寄せて、大げさに振る舞ってあわてさせると、典侍は、年取っているが、ひどく上品ぶった艶っぽい女で、以前にもこのようなことがあって、肝 を冷やしたことが度々あったので、馴れていて、ひどく気は動転していながらも、「この君をどうなされてしまうのか」と心配で、震えながらしっかりと 取りすがっている。「誰とも分からないように逃げ出そう」とお思いになるが、だらしない恰好で、冠などをひん曲げて逃げて行くような後ろ姿を思う と、「まことに醜態であろう」と、おためらいなさる。  中将、「何とかして自分だとは知られ申すまい」と思って、何とも言わない。ただひどく怒った形相を作って、太刀を引き抜くと、女は、  「あなた様、あなた様」  と、向かって手を擦り合わせて拝むので、あやうく笑い出してしまいそうになる。好ましく若づくりして振る舞っている表面だけは、まあ見られたも のであるが、五十七、八歳の女が、着物をきちんと付けず慌てふためいている様子、実に素晴らしい二十代の若者たちの間にはさまれて怖がって いるのは、何ともみっともない。このように別人のように装って、恐ろしい様子を見せるが、かえってはっきりとお見破りになって、「わたしだと知って わざとやっているのだな」と、馬鹿らしくなった。「あの男のようだ」とお分かりになると、とてもおかしかったので、太刀を抜いている腕をつかまえて、 とてもきつくおつねりになったので、悔しいと思いながらも、堪え切れずに笑ってしまった。  「ほんと、正気の沙汰かね。冗談も出来ないね。さあ、この直衣を着よう」  とおっしゃるが、しっかりとつかんで、全然お放し申さない。  「それでは、一緒に」  と言って、中将の帯を解いてお脱がせになると、脱ぐまいと抵抗するのを、何かと引っ張り合ううちに、開いている所からびりびりと破れてしまっ た。中将は、  「隠している浮名も洩れ出てしまいましょう   引っ張り合って破れてしまった二人の仲の衣から  上に着たら、明白でしょうよ」  と言う。君は、  「この女との仲まで知られてしまうのを承知の上でやって来て   夏衣を着るとは、何と薄情で浅薄なお気持ちかと思いますよ」  と詠み返して、恨みっこなしのだらしない恰好に引き破られて、揃ってお出になった。  [第四段 翌日、源氏と頭中将と宮中で応酬しあう]  君は、「実に残念にも見つけられてしまったことよ」と思って、臥せっていらっしゃった。典侍は、情けないことと思ったが、落としていった御指貫 や、帯などを、翌朝お届け申した。  「恨んでも何の甲斐もありません   次々とやって来ては帰っていったお二人の波の後では  底もあらわになって」  とある。「臆面もないありさまだ」と御覧になるのも憎らしいが、困りきっているのもやはりかわいそうなので、  「荒々しく暴れた頭中将には驚かないが   その彼を寄せつけたあなたをどうして恨まずにはいられようか」  とだけあった。帯は、中将のであった。ご自分の直衣よりは色が濃い、と御覧になると、端袖もないのであった。  「見苦しいことだ。夢中になって浮気に耽る人は、このとおり馬鹿馬鹿しい目を見ることも多いのだろう」と、ますます自重せずにはいらっしゃれな い。  中将が、宿直所から、「これを、まずはお付けあそばせ」といって、包んで寄こしたのを、「どうやって、持って行ったのか」と憎らしく思う。「この帯を 獲らなかったら、大変だった」とお思いになる。同じ色の紙に包んで、  「仲が切れたらわたしのせいだと非難されようかと思ったが   縹の帯などわたしには関係ありません」  といって、お遣りになる。折り返し、  「あなたにこのように取られてしまった帯ですから   こんな具合に仲も切れてしまったものとしましょうよ  逃れることはできませんよ」  とある。  日が高くなってから、それぞれ殿上に参内なさった。とても落ち着いて、知らぬ顔をしていらっしゃると、頭の君もとてもおかしかったが、公事を多く 奏上し宣下する日なので、実に端麗に真面目くさっているのを見るのも、お互いについほほ笑んでしまう。人のいない隙に近寄って、  「秘密事は懲りたでしょう」  と言って、とても憎らしそうな流し目である。  「どうして、そんなことがありましょう。そのまま帰ってしまったあなたこそ、お気の毒だ。本当の話、嫌なものだよ、男女の仲とは」  と言い交わして、「鳥籠の山にある川の名」と、互いに口固めしあう。  さて、それから後、ともすれば何かの折毎に、話に持ち出す種とするので、ますますあの厄介な女のためにと、お思い知りになったであろう。女 は、相変わらずまこと色気たっぷりに恨み言をいって寄こすが、興醒めだと逃げ回りなさる。  中将は、妹の君にも申し上げず、ただ、「何かの時の脅迫の材料にしよう」と思っていた。高貴な身分の妃からお生まれになった親王たちでさえ、 お上の御待遇がこの上ないのを憚って、とても御遠慮申し上げていらっしゃるのに、この中将は、「絶対に圧倒され申すまい」と、ちょっとした事柄に つけても対抗申し上げなさる。  この君一人が、姫君と同腹なのであった。帝のお子というだけだ、自分だって、同じ大臣と申すが、ご信望の格別な方が、内親王腹にもうけた子 息として大事に育てられているのは、どれほども劣る身分とは、お思いにならないのであろう。人となりも、すべて整っており、どの面でも理想的 で、満ち足りていらっしゃるのであった。このお二方の競争は、変わっているところがあった。けれども、煩わしいので省略する。     第五章 藤壷の物語(三) 秋、藤壷は中宮、源氏は宰相となる  [第一段 七月に藤壷女御、中宮に立つ]  七月に、后がお立ちになるようであった。源氏の君、宰相におなりになった。帝、御譲位あそばすお心づもりが近くなって、この若君を春宮に、と お考えあそばされるが、御後見なさるべき方がいらっしゃらない。御母方が、みな親王方で、皇族が政治を執るべき筋合ではないので、せめて母 宮だけでも不動の地位におつけ申して、お力にとお考えあそばすのであった。  弘徽殿、ますますお心穏やかでない、道理である。けれども、  「春宮の御世が、もう直ぐになったのだから、疑いない御地位である。ご安心されよ」  とお慰め申し上げあそばすのであった。「なるほど、春宮の御母堂として二十余年におなりの女御を差し置き申して、先にお越し申されることは難 しいことだ」と、例によって、穏やかならず世間の人も噂するのであった。  参内なさる夜のお供に、宰相君もお仕え申し上げなさる。同じ宮と申し上げる中でも、后腹の内親王で、玉のように美しく光り輝いて、類ない御寵 愛をさえ蒙っていらっしゃるので、世間の人々もとても特別に御奉仕申し上げた。言うまでもなく、切ないお心の中では、御輿の中も思いやられて、 ますます手も届かない気持ちがなさると、じっとしてはいられないまでに思われた。  「尽きない恋の思いに何も見えない   はるか高い地位につかれる方を仰ぎ見るにつけても」  とだけ、独言が口をついて出て、何につけ切なく思われる。  皇子は、ご成長なさっていく月日につれて、とてもお見分け申しがたいほどでいらっしゃるのを、宮は、まこと辛い、とお思いになるが、気付く人は いないらしい。なるほど、どのように作り変えたならば、負けないくらいの方がこの世にお生まれになろうか。月と日が似通って光り輝いているよう に、世人も思っていた。 源氏物語の世界ヘ 本文 ローマ字版 注釈 Last updated 6/21/99 渋谷栄一訳(C)(ver.1-2-1)    花宴 光る源氏二十歳春二月二十余日から三月二十余日までの宰相兼中将時代の物語  朧月夜の物語  春の夜の出逢いの物語 1.二月二十余日、紫宸殿の桜花の宴---如月の二十日過ぎ、南殿の桜の宴をお催しあそばす 2.宴の後、朧月夜の君と出逢う---夜もたいそう更けて御宴は終わったのであった 3.桜宴の翌日、昨夜の女性の素性を知りたがる---その日は後宴の催しがあって、忙しく一日中お過ごしになった 4.紫の君の理想的成長ぶり、葵の上との不仲---「大殿にも久しく御無沙汰してしまったなあ」とお思いになるが、若君も気がかりなので 5.三月二十余日、右大臣邸の藤花の宴---あの有明の君は、夢のようにはかなかった逢瀬をお思い出しになって    朧月夜の君物語 春の夜の出逢いの物語  [第一段 二月二十余日、紫宸殿の桜花の宴]  如月の二十日過ぎ、南殿の桜の宴をお催しあそばす。皇后、春宮の御座所、左右に設定して、参上なさる。弘徽殿の女御、中宮がこのようにお 座りになるのを、機会あるごとに不愉快にお思いになるが、見物だけはお見過ごしできないで、参上なさる。  その日はとてもよく晴れて、空の様子、鳥の声も、気持ちよさそうな折に、親王たち、上達部をはじめとして、その道の人々は皆、韻字を戴いて詩 をお作りになる。宰相中将、「春という文字を戴きました」と、おっしゃる声までが、例によって、他の人とは格別である。次に頭中将、その目で次に 見られるのも、どう思われるかと不安のようだが、とても好ましく落ち着いて、声の上げ方など、堂々として立派である。その他の人々は、皆気後れ しておどおどした様子の者が多かった。地下の人は、それ以上に、帝、春宮の御学問が素晴らしく優れていらっしゃる上に、このような作文の道に 優れた人々が多くいられるころなので、気後れがして、広々と晴の庭に立つ時は、恰好が悪くて、簡単なことであるが、大儀そうである。高齢の博 士どもの、姿恰好が見すぼらしく貧相だが、場馴れているのも、しみじみと、あれこれ御覧になるのは、興趣あることであった。  舞楽類などは、改めて言うまでもなく万端御準備あそばしていた。だんだん入日になるころ、春鴬囀という舞、とても興趣深く見えるので、源氏の 御紅葉の賀の折、自然とお思い出されて、春宮が、挿頭を御下賜になって、しきりに御所望なさるので、お断りし難くて、立ってゆっくり袖を返すと ころを一さしお真似事のようにお舞いになると、当然似るものがなく素晴らしく見える。左大臣は、恨めしさも忘れて、涙を落としなさる。  「頭中将は、どこか。早く」  との仰せなので、柳花苑という舞を、この人はもう少し念入りに、このようなこともあろうかと、心づもりをしていたのであろうか、まことに興趣深い ので、御衣を御下賜になって、実に稀なことだと人は思った。上達部は皆順序もなくお舞いになるが、夜に入ってからは、特に巧拙の区別もつかな い。詩を読み上げる時にも、源氏の君の御作を、講師も読み切れず、句毎に読み上げては褒めそやす。博士どもの心中にも、非常に優れた詩であ ると認めていた。  このような時でも、まずこの君を一座の光にしていらっしゃるので、帝もどうしておろそかにお思いでいられようか。中宮は、お目が止まるにつけ、 「春宮の女御が無性にお憎みになっているらしいのも不思議だ、自分がこのように心配するのも情けない」と、自身お思い直さずにはいらっしゃれ ないのであった。  「何の関係もなく花のように美しいお姿を拝するのであったなら   少しも気兼ねなどいらなかろうものを」  御心中でお詠みになった歌が、どうして世間に洩れ出てしまったのだろうか。    [第二段 宴の後、朧月夜の君と出逢う]  夜もたいそう更けて御宴は終わったのであった。  上達部はそれぞれ退出し、中宮、春宮も還御あそばしたので、静かになったころに、月がとても明るくさし出て美しいので、源氏の君、酔心地に 見過ごし難くお思いになったので、「殿上の宿直の人々も寝んで、このように思いもかけない時に、もしや都合のよい機会もあろうか」と、藤壷周辺 を、無性に人目を忍んであちこち窺ったが、手引を頼むはずの戸口も閉まっているので、溜息をついて、なおもこのままでは気がすまず、弘徽殿の 細殿にお立ち寄りになると、三の口が開いている。  女御は、上の御局にそのまま参上なさったので、人気の少ない感じである。奥の枢戸も開いていて、人のいる音もしない。  「このような無用心から、男女の過ちは起こるものだ」と思って、そっと上ってお覗きになる。女房たちは皆眠っているのだろう。とても若々しく美し い声で、並の身分とは思えず、  「朧月夜に似るものはない」  と口ずさんで、こちらの方に来るではないか。とても嬉しくなって、とっさに袖をお捉えになる。女、怖がっている様子で、  「あら、嫌ですわ。これは、どなたですか」とおっしゃるが、  「どうして、嫌ですか」と言って、  「趣深い春の夜更けの情趣をご存知でいられるのも   前世からの浅からぬ御縁があったものと存じます」  と詠んで、そっと抱き下ろして、戸は閉めてしまった。あまりの意外さに驚きあきれている様子、とても親しみやすくかわいらしい感じである。怖さ に震えながら、  「ここに、人が」  と、おっしゃるが、  「わたしは、誰からも許されているので、人を呼んでも、何ということありませんよ。ただ、じっとしていなさい」  とおっしゃる声で、この君であったのだと理解して、少しほっとするのであった。やりきれないと思う一方で、物のあわれを知らない強情な女とは見 られまい、と思っている。酔心地がいつもと違っていたからであろうか、手放すのは残念に思われるし、女も若くなよやかで、強情な性質も持ち合わ せてないのであろう。  かわいらしいと御覧になっていらっしゃるうちに、間もなく明るくなって行ったので、気が急かれる。女は、男以上にいろいろと思い悩んでいる様子 である。  「やはり、お名前をおっしゃってください。どのようして、お便りを差し上げられましょうか。こうして終わろうとは、いくら何でもお思いではあるまい」  とおっしゃると、  「不幸せな身のまま名前を明かさないでこの世から死んでしまったなら   野末の草の原まで尋ねて来ては下さらないのかと思います」  と詠む態度、優艶で魅力的である。  「ごもっともだ。先程の言葉は申し損ねました」と言って、  「どなたであろうかと家を探しているうちに   世間に噂が立ってだめになってしまうといけないと思いまして  迷惑にお思いでなかったら、何の遠慮がいりましょう。ひょっとして、おだましになるのですか」  とも言い終わらないうちに、女房たちが起き出して、上の御局に参上したり下がって来たりする様子が、騒がしくなってきたので、まことに仕方なく て、扇だけを証拠として交換し合って、お出になった。  桐壷には、女房が大勢仕えていて、目を覚ましている者もいるので、このようなのを、  「何とも、ご熱心なお忍び歩きですこと」  と突つき合いながら、空寝をしていた。お入りになって横になられたが、眠ることができない。  「美しい人であったなあ。女御の御妹君であろう。まだうぶなところから、五の君か六の君であろう。帥宮の北の方や、頭中将が気にいっていない 四の君などは、美人だと聞いていたが。かえってその人たちであったら、もう少し味わいがあったろうに。六の君は春宮に入内させようと心づもりを しておられるから、気の毒なことであるなあ。厄介なことだ、尋ねることもなかなか難しい、あのまま終わりにしようとは思っていない様子であった が、どうしたことで、便りを通わす方法を教えずじまいにしたのだろう」  などと、いろいろと気にかかるのも、心惹かれるところがあるのだろう。このようなことにつけても、まずは、「あの周辺の有様が、どこよりも奥まっ ているな」と、世にも珍しくご比較せずにはいらっしゃれない。  [第三段 桜宴の翌日、昨夜の女性の素性を知りたがる]  その日は後宴の催しがあって、忙しく一日中お過ごしになった。箏の琴をお務めになる。昨日の御宴よりも、優美に興趣が感じられる。藤壷は、 暁にお上りになったのであった。「あの有明は、退出してしまったろうか」と、心も上の空で、何事につけても手抜かりのない良清、惟光に命じて、 見張りをさせておかれたところ、御前から退出なさった時に、  「たった今、北の陣から、あらかじめ物蔭に隠れて立っていた車どもが退出しました。御方々の実家の人がございました中で、四位少将、右中弁 などが急いで出てきて、送って行きましたのは、弘徽殿方のご退出であろうと拝見しました。ご立派な方が乗っている様子がはっきり窺えて、車が 三台ほどでございました」  とご報告申し上げるにつけても、胸がどきっとなさる。  「どのようにして、どの君と確かめ得ようか。父大臣などが聞き知って、大げさに婿扱いさ れるのも、どんなものか。まだ、相手の様子をよく見定めないうちは、厄介なことだろう。そうかと言って、確かめないでいるのも、それまた、誠に残 念なことだろうから、どうしたらよいものか」と、ご思案に余って、ぼんやりと物思いに耽り横になっていらっしゃった。  「姫君は、どんなに寂しがっているだろう。何日も会っていないから、ふさぎこんでいるだろうか」と、いじらしくお思いやりなさる。あの証拠の扇は、 桜襲の色で、色の濃い片面に霞んでいる月を描いて、水に映している図柄は、よくあるものだが、人柄も奥ゆかしく使い馴らしている。「草の原を ば」と詠んだ姿ばかりが、お心にかかりになさるので、  「今までに味わったことのない気がする   有明の月の行方を途中で見失ってしまって」  とお書きつけになって、取って置きなさった。  [第四段 紫の君の理想的成長ぶり、葵の上との夫婦仲不仲]  「大殿にも久しく御無沙汰してしまったなあ」とお思いになるが、若君も気がかりなので、慰めようとお思いになって、二条院へお出かけになった。 見れば見るほどとてもかわいらしく成長して、魅力的で利発な気立て、まことに格別である。不足なところのなく、ご自分の思いのままに教えよう、 とお思いになっていたのに、叶う感じにちがいない。男手のお教えなので、多少男馴れしたところがあるかも知れない、と思う点が不安である。  この数日来のお話、お琴など教えて一日過ごしてお出かけになるのを、いつものと、残念にお思いになるが、今ではとてもよく躾けられて、むや みに後を追ったりしない。  大殿では、例によって、直ぐにはお会いなさらない。所在なくいろいろとお考え廻らされて、箏のお琴を手すさびに弾いて、  「やはらかに寝る夜はなくて」  とお謡いになる。大臣が渡っていらして、先日の御宴の趣深かったこと、お話し申し上げなさる。  「この高齢で、明王の御世を、四代にわたって見て参りましたが、今度のように作文類が優れていて、舞、楽、楽器の音色が整っていて、寿命の 延びる思いをしたことはありませんでした。それぞれ専門の道の名人が多いこのころに、お詳しく精通していらして、お揃えあそばしたからです。わ たくしごとき老人も、ついつい舞い出してしまいそうな心地が致しました」  と申し上げなさると、  「特別に整えたわけではございません。ただお役目として、優れた音楽の師たちをあちこちから捜したまでのことです。何はさておき、「柳花苑」 は、本当に後代の例ともなるにちがいなく拝見しましたが、まして、「栄える春」に倣って舞い出されたら、どんなにか一世の名誉だったでしょうに」  とお答え申し上げになる。  弁、中将なども来合わせて、高欄に背中を寄り掛らせて、めいめいが楽器の音を調えて合奏なさる、まことに素晴らしい。  [第五段 三月二十余日、右大臣邸の藤花の宴]  あの有明の君は、夢のようにはかなかった逢瀬をお思い出しになって、とても物嘆かしくて物思いに沈んでいらっしゃる。春宮には、卯月ころとご 予定になっていたので、とてもたまらなく悩んでいらっしゃったが、男も、お捜しになるにも手がかりがないわけではないが、どちらとも分からず、特 に好ましく思っておられないご一族に関係するのも、体裁の悪く思い悩んでいらっしゃるところに、弥生の二十日過ぎ、右の大殿の弓の結があり、 上達部、親王方、大勢お集まりになって、引き続いて藤の宴をなさる。花盛りは過ぎてしまったが、「他のが散りってしまった後に」と、教えられた のであろうか、遅れて咲く桜、二本がとても美しい。新しくお造りになった殿を、姫宮たちの御裳着の儀式の日に、磨き飾り立ててある。派手好みで いらっしゃるご家風のようで、すべて当世風に洒落た行き方になさている。  源氏の君にも、先日、宮中でお会いした折に、ご案内申し上げなさったが、おいでにならないので、残念で、折角の催しも見栄えがしない、とお思 いになって、ご子息の四位少将をお迎えに差し上げなさる。  「わたしの邸の藤の花が世間一般の色をしているのなら   どうしてあなたをお待ち致しましょうか」  宮中においでの時で、お上に奏上なさる。  「得意顔だね」と、お笑いあそばして、  「わざわざお迎えがあるようだから、早くお行きになるのがよい。女御子たちも成長なさっている所だから、赤の他人とは思っていまいよ」  などと仰せになる。御装束などお整えになって、たいそう日が暮れたころ、待ち兼ねられて、お着きになる。  桜襲の唐織りのお直衣、葡萄染の下襲、裾をとても長く引いて。参会者は皆袍を着ているところに、しゃれた大君姿の優美な様子で、丁重に迎 えられてお入りになるお姿は、なるほどまことに格別である。花の美しさも圧倒されて、かえって興醒めである。  管弦の遊びなどもとても興趣深くなさって、夜が少し更けていくころに、源氏の君、たいそう酔って苦しいように見せかけなさって、人目につかぬよ う座をお立ちになった。  寝殿に、女一の宮、女三の宮とがいらっしゃる。東の戸口にいらっしゃって、寄り掛かってお座りになった。藤はこちらの隅にあったので、御格子を 一面に上げわたして、女房たちが端に出て座っていた。袖口などは、踏歌の時を思い出して、わざとらしく出しているのを、似つかわしくないと、ま ずは藤壷周辺を思い出さずにはいらっしゃれない。  「苦しいところに、とてもひどく勧められて、困っております。恐縮ですが、この辺の物蔭にでも隠させてください」  と言って、妻戸の御簾を引き被りなさると、  「あら、困りますわ。身分の賎しい人なら、高貴な縁者を頼って来るとは聞いておりますが」  と言う様子を御覧になると、重々しくはないが、並の若い女房たちではなく、上品で風情ある様子がはっきりと分かる。  空薫物、とても煙たく薫らせて、衣ずれの音、とても派手な感じにわざと振る舞って、心憎く奥ゆかしい雰囲気は欠けて、当世風な派手好みのお 邸で、高貴な御方々が御見物なさるというので、こちらの戸口は座をお占めになっているのだろう。そうしてはいけないことなのだが、やはり興味を お惹かれになって、「どの姫君であったのだろうか」と、胸をどきどきさせて、  「扇を取られて、辛い目を見ました」  と、わざとのんびりとした声で言って、近寄ってお座りになった。  「妙な、変わった高麗人ですね」  と答えるのは、事情を知らない人であろう。返事はしないで、わずかに時々、溜息をついている様子のする方に寄り掛かって、几帳越しに、手を捉 えて、  「月の入るいるさの山の周辺でうろうろと迷っています   かすかに見かけた月をまた見ることができようかと  なぜでしょうか」  と、当て推量におっしゃるのを、堪えきれないのであろう。  「本当に深くご執心でいらっしゃれば   たとえ月が出ていなくても迷うことがありましょうか」  と言う声、まさにその人のである。とても嬉しいのだが。 源氏物語の世界ヘ 本文 ローマ字版 注釈 Last updated 7/19/99 渋谷栄一訳(C)(ver.1-2-1)    葵 光る源氏の二十二歳春から二十三歳正月まで近衛大将時代の物語 第一章 六条御息所の物語 御禊見物の車争いの物語 1.朱雀帝即位後の光る源氏---御代替わりがあって後、何事につけ億劫にお思いになり 2.新斎院御禊の見物---そのころ、斎院も退下なさって 3.賀茂祭の当日、紫の君と見物---今日は、二条の院に離れていらして 第二章 葵の上の物語 六条御息所がもののけとなってとり憑く物語 1.車争い後の六条御息所---御息所は、心魂の煩悶なさること 2.源氏、御息所を旅所に見舞う---このようなお悩みのせいで 3.葵の上に御息所のもののけ出現する---大殿邸では、御物の怪がひどく起こって 4.斎宮、秋に宮中の初斎院に入る---斎宮は、去年内裏にお入りになるはずであったが 5.葵の上、男子を出産---少しお声も静かになられたので 6.秋の司召の夜、葵の上死去する---秋の司召が行われるはずの予定なので 7.葵の上の葬送とその後---あちらこちらのご葬送の人々や 8.三位中将と故人を追慕する---ご法事など次々と過ぎていったが、正日までは 9.源氏、左大臣邸を辞去する---君は、こうしてばかりも、どうして 第三章 紫の君の物語 新手枕の物語 1.源氏、紫の君と新手枕を交わす---二条院では、あちこち掃き立て磨き立てて 2.結婚の儀式の夜---その晩、亥の子餅を御前に差し上げた 3.新年の参賀と左大臣邸へ挨拶回り---元日には、例年のように、院に参賀なさってから   第一章 六条御息所の物語 御禊見物の車争いの物語  [第一段 朱雀帝即位後の光る源氏]  御代替わりがあって後、何事につけ億劫にお思いになり、ご身分の高さも加わってか、軽率なお忍び歩きも遠慮されて、あちらでもこちらでも、ご 訪問のない嘆きを重ねていらっしゃる、その罰であろうか、相変わらず自分に無情な方のお心を、どこまでもお嘆きになっていらっしゃる。  今では、以前にも増して、臣下の夫婦のようにお側においであそばすのを、今后は不愉快にお思いなのか、宮中にばかり伺候していらっしゃるの で、競争者もなく気楽そうである。折々につけては、管弦の御遊などを興趣深く、世間に評判になるほどに繰り返しお催しあそばして、現在のご生 活のほうがかえって結構である。ただ、春宮のことだけをとても恋しく思い申し上げあそばす。ご後見役のいないのを、気がかりにお思い申されて、 大将の君に万事ご依頼申し上げるにつけても、気の咎める思いがする一方で、嬉しいとお思いになる。  それはそうと、あの六条御息所のご息女の前坊の姫宮、斎宮にお決まりになったので、大将のご愛情もまことに頼りないので、「幼いありさまに 託つけて下ろうかしら」と、前々からお考えになっているのだった。  院におかれても、このような事情があると、お耳にあそばして、  「故宮がたいそう重々しくお思いおかれ、ご寵愛なさったのに、軽々しく並の女性と同じように扱っているそうなのが、気の毒なこと。斎宮をも、わ が皇女たちと同じように思っているのだから、どちらからいっても疎略にしないのがよかろう。気まぐれにまかせて、このような浮気をするのは、まこ とに世間の非難を受けるにちがいない事である」  などと、御機嫌悪いので、ご自分でも、仰せのとおりだと思わずにはいられないので、恐縮して控えていらっしゃる。  「相手にとって、恥となるようなことはせず、どの夫人をも波風が立たないように処遇して、女の恨みを受けてはならぬぞ」  と仰せになるにつけても、「不届きな大それた不埒さをお聞きつけあそばした時には」と恐ろしいので、恐縮して退出なさった。  また一方、このように院におかれてもお耳に入れられ、御訓戒あそばされるのにつけ、相手のご名誉のためにも、自分にとっても、好色がましく 困ったことであるので、以前にも増して大切に思い、気の毒にお思い申し上げていられるが、まだ表面立っては、特別にお扱い申し上げなさらな い。  女も、不釣り合いなお年のほどを恥ずかしくお思いになって、気をお許しにならない様子なので、それに遠慮しているような態度をとって、院のお 耳にお入りあそばし、世間の人も知らない者がいなくなってしまったのを、深くもないご愛情のほどを、ひどくお嘆きになるのだった。  このようなことをお聞きになるにつけても、朝顔の姫君は、「何としても、人の二の舞は演じまい」と固く決心なさっているので、ちょっとしたお返事 なども、ほとんどない。そうかといって、憎らしく体裁悪い思いをさせなさらないご様子を、君も、「やはり格別である」と思い続けていらっしゃる。  大殿では、このようにばかり当てにならないお心を、気にくわないとお思いになるが、あまり大っぴらなご態度が、言っても始まらないと思ってであ ろうか、深くもお恨み申し上げることはなさらない。苦しい気分に悩みなさって、何となく心細く思っていらっしゃる。珍しく愛しくお思い申し上げにな る。どなたもどなたも嬉しいことと思う一方で、不吉にもお思いになって、さまざまな御物忌みをおさせ申し上げなさる。このような時、ますますお心 の余裕がなくなって、お忘れになるというのではないが、自然とご無沙汰が多いにちがいないであろう。  [第二段 新斎院御禊の見物]  そのころ、斎院も退下なさって、皇太后腹の女三の宮がおなりになった。帝、大后と、特にお思い申し上げていらっしゃる宮なので、神にお仕えす る身におなりになるのを、まことに辛くおぼし召されたが、他の姫宮たちで適当な方がいらっしゃらない。儀式など、規定の神事であるが、盛大な騷 ぎである。祭の時は、規定のある公事に付け加えることが多くあり、この上ない見物である。お人柄によると思われた。  御禊の日、上達部など、規定の人数で供奉なさることになっているが、声望が格別で、美しい人ばかりが、下襲の色、表袴の紋様、馬の鞍のま ですべて揃いの支度であった。特別の宣旨が下って、大将の君も供奉なさる。かねてから、見物のための車が心待ちしているのであった。  一条大路は、隙間なく、恐ろしいくらいざわめいている。ほうぼうのお桟敷に、思い思いに趣向を凝らした設定、女性の袖口までが、大変な見物 である。  大殿におかれては、このようなご外出をめったになさらない上に、ご気分までが悪いので、考えもしなかったが、若い女房たちが、  「さあ、どんなものでしょうか。わたくしどもだけでこっそり見物するのでは、ぱあっとしないでしょう。関係のない人でさえ、今日の見物には、まず 大将殿をと、賎しい田舎者までが拝見しようと言うことですよ。遠い国々から、妻子を引き連れ引き連れして上京して来ると言いますのに。御覧に ならないのは、あまりなことでございますわ」  と言うのを、大宮もお聞きあそばして、  「ご気分も少しよろしい折です。お仕えしている女房たちもつまらなそうです」  と言って、急にお触れを廻しなさって、ご見物なさる。  日が高くなってから、お支度も特別なふうでなくお出かけになった。隙間もなく立ち混んでいる所に、物々しく引き連ねて場所を探しあぐねる。身 分の高い女車が多いので、下々の者のいない隙間を見つけて、みな退けさせた中に、網代車で少し使い馴れたのが、下簾の様子などが趣味がよ いうえに、とても奥深く乗って、わずかに見える袖口、裳の裾、汗衫などの衣装の色合、とても美しくて、わざと質素にしている様子がはっきりと分 かる車が、二台ある。  「この車は、決して、そのように押し退けたりしてよいお車ではありませぬ」  と、言い張って、手を触れさせない。どちらの側も、若い供人同士が酔い過ぎて、争っている事なので、制止することができない。年輩のご前駆の 人々は、「そんなことするな」などと言うが、とても制止することができない。  斎宮の御母御息所が、何かと悩んでいられる気晴らしにもなろうかと、こっそりとお出かけになっているのであった。何気ないふうを装っている が、自然と分かった。  「それくらいの者に、そのような口はきかせぬぞ」  「大将殿を、笠に着ているつもりなのだろう」  などと言うのを、その方の供人も混じっているので、気の毒にとは思いながら、仲裁するのも面倒なので、知らない顔をする。  とうとう、お車を立ち並べてしまったので、副車の奥の方に押しやられて、何も見えない。悔しい気持ちはもとより、このような忍び姿を自分と知ら れてしまったのが、ひどく悔しいこと、この上ない。榻などもみなへし折られて、場違いな車の轂に掛けたので、またとなく体裁が悪く悔しく、「いった い何しに、来たのだろう」と思ってもどうすることもできない。見物を止めて帰ろうとなさるが、抜け出る隙間もないでいるところに、  「行列が来た」  と言うので、そうは言っても、恨めしい方のお通り過ぎが自然と待たれるというのも、意志の弱いことよ。「笹の隈」でもないからか、そっけなくお通 り過ぎになるにつけても、かえって物思いの限りを尽くされる。  なるほど、いつもより趣向を凝らした幾台もの車が、自分こそはと競って見せている出衣の下簾の隙間隙間も、何くわぬ顔だが、ほほ笑みながら 流し目に目をお止めになる者もいる。大殿の車は、それとはっきり分かるので、真面目な顔をしてお通りになる。お供の人々がうやうやしく、敬意を 表しながら通るのを、すっかり無視されてしまった有様、この上なく堪らなくお思いになる。  「今日の御禊にお姿をちらりと見たばかりで   そのつれなさにかえって我が身の不幸せがますます思い知られる」  と、思わず涙のこぼれるのを、女房の見る目も体裁が悪いが、目映いばかりのご様子、容貌が、「一層の晴れの場でのお姿を見なかったら」とお 思いになる。  身分に応じて、装束、供人の様子、たいそう立派に整えていると見える中でも、上達部はまことに格別であるが、お一方のご立派さには圧倒され たようである。大将の臨時の随身に、殿上人の将監などが務めることは通例ではなく、特別の行幸などの折にあるのだが、今日は右近の蔵人の 将監が供奉申している。それ以外の御随身どもも、容貌、姿、眩しいくらいに整えて、世間から大切にされていらっしゃる様子、木や草も靡かないも のはないほどである。  壷装束などという姿をして、女房で賎しくない者や、また尼などの世を捨てた者なども、倒れたりふらついたりしながら見物に出て来ているのも、 いつもなら、「よせばいいのに、ああみっともない」と思われるのに、今日は無理もないことで、口もとがすぼんで、髪を着込んだ下女どもが、手を合 わせて、額に当てながら拝み申し上げているのも。馬鹿面した下男までが、自分の顔がどんな顔になっているのかも考えずに嬉色満面でいる。ま ったくお目を止めになることもないつまらない受領の娘などまでが、精一杯飾り立てた車に乗り、わざとらしく気取っているのが、おもしろいさまざま な見物であった。  まして、あちらこちらのお忍びでお通いになる方々は、人数にも入らない嘆きを募らせる方も多かった。  式部卿の宮は、桟敷で御覧になった。  「まこと眩しいほどにお美しくなって行かれるご器量よ。神などは魅入られるやも」  と、不吉にお思いになっていた。姫君は、数年来お手紙をお寄せ申していらっしゃるお気持ちが世間の男性とは違っているのを、  「並の男でさえこれだけ深い愛情をお持ちならば。ましてや、こんなにも、どうして」  と、お心が惹かれた。それ以上近づいてお逢いなさろうとまではお考えにならない。若い女房たちは、聞き苦しいまでにお褒め申し上げていた。  祭の日は、大殿におかれてはご見物なさらない。大将の君、あのお車の場所争いをそっくりご報告する者があったので、「とても気の毒に情けな い」とお思いになって、  「やはり、惜しいことに重々しい方でいらっしゃる人が、何事にも情愛に欠けて、無愛想なところがおありになるあまり、ご自身はさほどお思いにな らなかったようだが、このような妻妾の間柄では情愛を交わしあうべきだともお思いでないお考え方に従って、引き継いで下々の者が争いをさせた のであろう。御息所は、気立てがとてもこちらが気が引けるほど奥ゆかしく、上品でいらっしゃるのに、どんなに嫌な思いをされたことだろう」  と、気の毒に思って、お見舞いに参上なさったが、斎宮がまだ元の御殿にいらっしゃるので、神事の憚りを口実にして、気安くお会いなさらない。 もっともなことだとはお思いになるが、「どうして、こんなにお互いによそよそしくなさらずいらっしゃればよいものを」と、ついご不満が呟かれる。  [第三段 賀茂祭の当日、紫の君と見物]  今日は、二条の院に離れていらして、祭を見物にお出かけになる。西の対にお渡りになって、惟光に車のことをお命じになってある。  「女房たちも出かけますか」  とおっしゃって、姫君がとてもかわいらしげにおめかししていらっしゃるのを、ほほ笑みながら拝見なさる。  「あなたは、さあいらっしゃい。一緒に見物しようよ」  と言って、お髪がいつもより美しく見えるので、かき撫でなさって、  「長い間、お切り揃えにならなかったようだが、今日は、日柄も吉いのだろうかな」  と言って、暦の博士をお呼びになって、時刻を調べさせたりしていらっしゃる間に、  「まずは、女房たちから出発だよ」  と言って、童女の姿態のかわいらしいのを御覧になる。とてもかわいらしげな髪の裾、皆こざっぱりと削いで、浮紋の表の袴に掛かっている様子 が、くっきりと見える。  「あなたのお髪は、わたしが削ごう」と言って、「何と嫌に、たくさんあるのだね。どんなに長くおなりになることだろう」  と、削ぐのにお困りになる。  「とても髪の長い人も、額髪は少し短めにあるようだのに、少しも後れ毛のないのも、かえって風情がないだろう」  と言って、削ぎ終わって、「千尋に」とお祝い言をお申し上げになるのを、少納言、「何とももったいないことよ」と拝し上げる。  「限りなく深い海の底に生える海松のように   豊かに成長してゆく黒髪はわたしだけが見届けよう」  と申し上げなさると、  「千尋も深い愛情を誓われてもがどうして分りましょう   満ちたり干いたり定めない潮のようなあなたですもの」  と、何かに書きつけていられる様子、いかにも物慣れている感じがするが、初々しく美しいのを、素晴らしいとお思いになる。  今日も、隙間のなく立ち並んでいるのであった。馬場殿の付近に止めあぐねて、  「上達部たちの車が多くて、何となく騒がしそうな所だな」  と、ためらっていらっしゃると、まあまあの女車で、派手に袖口を出している所から、扇を差し出して、供人を招き寄せて、  「ここにお止めになりませんか。場所をお譲り申しましょう」  と申し上げた。「どのような好色な人だろう」とついお思われなさって、場所もなるほど適した所なので、引き寄させなさって、  「どのようにしてお取りになった所かと、羨ましくて」  とおっしゃると、風流な桧扇の端を折って、  「あら情けなや、他の人と同車なさっているとは   神の許す今日の機会を待っていましたのに  神域のような所には」  とある筆跡をお思い出しになると、あの典侍なのであった。「あきれた、相変わらず風流めかしているなあ」と、憎らしい気がして、無愛想に、  「そのようにおっしゃるあなたの心こそ当てにならないものと思いますよ   たくさんの人々に誰彼となく靡くものですから」  女は、「ひどい」とお思い申し上げるのであった。  「ああ悔しい、葵に逢う日を当てに楽しみにしていたのに   わたしは期待を抱かせるだけの草葉に過ぎないのですか」  と申し上げる。女性と同車しているので、簾をさえお上げにならないのを、妬ましく思う人々が多かった。  「先日のご様子が端麗でご立派であったのに、今日はくだけていらっしゃること。誰だろう。一緒に乗っている人は、悪くはない人に違いない」と、 推量申し上げる。「張り合いのない、かざしの歌争いであったな」と、物足りなくお思いになるが、この女のように大して厚かましくない人は、やはり 女性が相乗りなさっているのに自然と遠慮されて、ちょっとしたお返事も、気安く申し上げるのも、面映ゆいに違いない。   第二章 葵の上の物語 六条御息所がもののけとなってとり憑く物語  [第一段 車争い後の六条御息所]  御息所は、心魂の煩悶なさること、ここ数年来よりも多く加わってしまった。薄情な方とすっかりお諦めになったが、今日を最後と振り切ってお下り になるのは、「とても心細いだろうし、世間の人の噂にも、物笑いの種になるだろうこと」とお思いになる。それだからといって、京に留まるようなお 気持ちになるためには、「あの時のようなこれ以上の恥はないほどに誰もが見下げることであろうのも穏やかでなく、釣する海人の浮きか」と、寝て も起きても悩んでいられるせいか、魂も浮いたようにお感じになられて、お具合が悪くいらっしゃる。  大将殿におかれては、お下りになろうとしていることを、「まったくとんでもないことだ」などとも、お引き止め申し上げず、  「わたしのようなつまらない者を、見るのも嫌だとお思い捨てなさるのもごもっともですが、今はやはりつまらない男でも、最後までお見限りなさら ないのが、浅からぬ情愛というものではないでしょうか」  と、絡んで申し上げなさるので、決心しかねていらしたお気持ちも紛れることがあろうかと、外出なさった御禊見物の辛い経験から、いっそう、万 事がとても辛くお思いつめになっていた。  大殿邸では、御物の怪のようで、ひどく患っていらっしゃるので、どなたもどなたもお嘆きになっている時で、お忍び歩きなども不都合な時なので、 二条院にも時々はお帰りになる。何と言っても、正妻として重んじている点では、特別にお思い申し上げていっしゃった方が、おめでたまでがお加 わりになったお悩みなので、おいたわしいこととお嘆きになって、御修法や何やかやと、ご自分の部屋で、多く行わせなさる。  物の怪、生霊などというものがたくさん出てきて、いろいろな名乗りを上げる中で、憑坐にも一向に移らず、ただご本人のお身体にぴったりと憑い た状態で、特に大変にお悩ませ申すこともないが、その一方で、暫しの間も離れることのないのが一つある。すぐれた験者どもにも調伏されず、し つこい様子は並の物の怪ではない、と見えた。  大将の君のお通いになっている所、あちらこちらと見当をつけて御覧になるに、  「あの御息所、二条の君などだけは、並々のご寵愛の方ではないようだから、恨みの気持ちもきっと深いだろう」  とささやいて、占師に占わせなさるが、特にお当て申すこともない。物の怪といっても、特別に深いお敵と申す人もいない。亡くなったおん乳母の ような人、もしくは親の血筋に代々祟り続けてきた怨霊が、弱みにつけこんで現れ出たものなど、大したものではないのがばらばらに出て来る。た ださめざめと声を上げてお泣きになるばかりで、時々は胸をせき上げせき上げして、ひどく堪え難そうにもだえていられるので、どのようにおなりに なるのかと、不吉に悲しくお慌てになっていた。  院からも、お見舞いがひっきりなしにあり、御祈祷のことまでお心づかいあそばされることの恐れ多いことにつけても、ますます惜しく思われるご 様子の方である。  世間の人々がみな惜しみ申し上げているのをお聞きになるにつけても、御息所はおもしろからずお思いになる。ここ数年来はとてもこのようなこと はなかった張り合うお心を、ちょっとした車の場所取り争いで、御息所のお気持ちに怨念が生じてしまったのを、あちらの殿では、そこまでとはお気 づきにならないのであった。  [第二段 源氏、御息所を旅所に見舞う]  このようなお悩みのせいで、お加減が、やはり普段のようではなくばかりお感じになるので、別の御殿にお移りになって、御修法などをおさせにな る。大将殿はお聞きになって、どのようなお加減でいられるのかと、おいたわしく、ご決意なさってお見舞いにいらっしゃった。  いつもと違った仮のご宿所なので、たいそう忍んでいらっしゃる。心ならずもご無沙汰していることなど、許してもらえるよう詫び言を縷々申し上げ なさって、お悩みでいらっしゃるご様子についても、訴え申される。  「自分ではそれほども心配しておりませんが、親たちがとても大変な心配のしようなのが気の毒で、そのような時が過ぎてからと存じておりました もので。万事おおらかにお許しいただけるお気持ちならば、まこと嬉しいのですが」  などと、こまごまとお話し申し上げなさる。いつもよりも痛々しげなご様子を、無理もないことと、しみじみ哀れに拝見なさる。  打ち解けぬままの明け方に、お帰りになるお姿の美しさにつけても、やはり振り切って別れることは、考え直さずにはいらっしゃれない。  「正妻の方に、ますますご愛情がお増しになるに違いないおめでたが生じたので、お一方の所に納まってしまわれるに違いないのを、このように お待ち申しお待ち申しているのも、物思いも尽くし果ててしまうに違いないこと」  かえって物思いを新たになさっていたところに、後朝の文だけが、夕方にある。  「ここ数日来、少し回復して来たようだった気分が、急にとてもひどく苦しそうに見えましたので、どうしても目を放すことができませんで」  とあるのを、「例によって言い訳を」と、御覧になるものの、  「袖を濡らす恋とは分かっていながら   そうなってしまうわが身の疎ましいことよ  『山の井の水』も、もっともなことです」  とある。「ご筆跡は、やはり数多い女性の中で抜きん出ている」と御覧になりながら、「どうしてこうも思うようにならないのかなあ。気立ても容貌 も、それぞれに捨ててよいものでなく、その反面これぞと思える人もいないことだ」。苦しくお思いになる。お返事は、たいそう暗くなってしまったが、  「袖ばかり濡れるとは、どうしたことで。愛情がお深くないこと。   袖が濡れるとは浅い所にお立ちだからでしょう   わたしは全身ずぶ濡れになるほど深い所に立っております  並々の気持ちで、このお返事を、直接に訴え申し上げずにいられましょうか」  などとある。  [第三段 葵の上に御息所のもののけ出現する]  大殿邸では、御物の怪がひどく起こって、大変にお苦しみになる。「自分の生霊や、故大臣の死霊だなどと言う人がいる」とお聞きになるにつけ て、お考え続けになると、  「我が身一人の不運を嘆いているより他には、他人を悪くなれと呪う気持ちはないのだが、悩み事があると抜け出て行くという魂は、このようなこ となのだろうか」  と、お気づきになることもある。  数年来、何かと物思いの限りを尽くしてきたが、こんなにも苦しい思いをしたことはなかったのに、ちょっとした事の折に、相手が無視し、蔑ろにし た態度をとった御禊の後は、あの一件によって抜け出るようになった魂、鎮まりそうもなく思われるせいか、少しうとうととなさる夢には、あの姫君と 思われる人の、とても清浄にしている所に行って、あちこち引き掻き廻し、普段とは違い、猛々しく激しい乱暴な心が出てきて、荒々しく叩くのなど が現れなさること、度重なった。  「ああ、何と忌まわしいことか。なるほど、身体を抜け出して出て行ったのだろう」と、正気を失ったように思われなさる時が度々あるので、「何でも ないことでさえも、他人の事では、よいような噂は立てないのが世間の常なので、ましてこのことは、何とでも噂立てられる絶好の種だ」とお思いに なると、とても評判になりそうで、  「もう亡くなってしまって、後に怨みを残すのは世間にもあることだ。それでさえ、人の身の上については、罪深く忌まわしいのに、生きている身で ありながら、そのような忌まわしいことを、噂される因縁の辛いこと。もう一切、薄情な方に決して心をお掛け申すまい」  とお考え直しになるが、思うまいと思うのも物思うことである。  [第四段 斎宮、秋に宮中の初斎院に入る]  斎宮は、去年内裏にお入りになるはずであったが、さまざまに差し障ることがあって、この秋にお入りになる。九月には、そのまま野の宮にお移り になる予定なので、二度目の御禊の準備、引き続いて行うはずのところ、まるで妙にぼうっとして、物思いに沈んで悩んでいらっしゃるのを、斎宮寮 の官人たち、ひどく重大視して、御祈祷など、あれこれと致す。  ひどく苦しいという様子ではなく、どこが悪いということもなくて、月日をお過ごしになる。大将殿も欠かさずお見舞い申し上げなさるが、さらに大事 な方がひどく患っていられるので、お気持ちの余裕がないようである。  まだその時期ではないと、誰も彼もが油断していられたところ、急に産気づかれてお苦しみになるので、これまで以上の御祈祷の有りったけを尽 くしておさせになるが、例の執念深い物の怪が一つだけ全然動かず、霊験あらたかな験者どもは、珍しいことだと困惑する。とはいっても、たいそう 調伏されて、いたいたしげに泣き苦しんで、  「少し緩めてください。大将に申し上げる事がある」とおっしゃる。  「やはりそうであったか。何かわけがあるのだろう」  と言って、近くの御几帳の側にお入れ申し上げた。とてももうだめかと思われるような容態でいられるので、ご遺言申し上げて置きたいことでもあ るのだろうかと思って、大臣も宮も少しお下がりになった。加持の僧どもは、声を低めて法華経を読んでいる、たいそう尊い。  御几帳の帷子を引き上げて拝見なさると、とても美しいお姿で、お腹はたいそう大きくて臥していられる様子、他人であっても、拝見しては心動か さずにはいられないであろう。まして惜しく悲しくお思いになるのは、もっともである。白いお着物に、色合いがとてもくっきりとして、髪がとても長くて 豊かなのを、引き結んで横に添えてあるのも、「こうあってこそかわいらしげで優美な点が加わり美しいのだなあ」と見える。お手を取って、  「ああ、ひどい。辛い思いをおさせになるとは」  と言って、何も申し上げられずにお泣きになると、いつもはとても煩わしく気が引けて近づきがたいまなざしを、とても苦しそうに見上げて、じっとお 見つめ申していらっしゃると、涙がこぼれる様子を御覧になるのは、どうして情愛を浅く思うであろうか。  あまりひどくお泣きになるので、「気の毒なご両親のことをご心配され、また、このように御覧になるにつけても、残念にお思いになってのことだろ うか」とお思いになって、  「何事につけても、ひどくこんなに思いつめなさるな。いくら何でも大したことはありません。万が一のことがあっても、必ず逢えるとのことですか ら、きっとお逢いできましょう。大臣、宮なども、深い親子の縁のある間柄は、転生を重ねても切れないと言うから、お逢いできる時があるとご安心 なさい」  と、お慰めになると、  「いえ、そうではありません。身体がとても苦しいので、少し休めて下さいと申そうと思って。このように参上しようとはまったく思わないのに、物思 いする人の魂は、なるほど抜け出るものだったのですね」  と、親しげに言って、  「悲しみに堪えかねて抜け出たわたしの魂を   結び留めてください、下前の褄を結んで」  とおっしゃる声、雰囲気、この人ではなく、変わっていらっしゃった。「たいそう変だ」とお考えめぐらすと、まったく、あの御息所その人なのであっ た。あきれて、人が何かと噂をするのを、下々の者たちが言い出したことも、聞くに耐えないとお思いになって、無視していられたが、目の前にまざ まざと、「本当に、このようなこともあったのだ」と、気味悪くなった。「ああ、嫌な」と思わずにはいらっしゃれず、  「そのようにおっしゃるが、誰とも分からぬ。はっきりと名乗りなさい」  とおっしゃると、まったく、その方そっくりのご様子なので、あきれはてるという言い方では平凡である。女房たちがお側近くに参るのも、気が気で はない。  [第五段 葵の上、男子を出産]  少しお声も静かになられたので、一時収まったのかと、宮がお薬湯を持って来させになったので、抱き起こされなさって、間もなくお生まれになっ た。嬉しいとお思いになることこの上もないが、憑坐にお移しになった物の怪どもが、悔しがり大騷ぎする様子、とても騒々しくて、後産の事も、また とても心配である。  数え切れないほどの願文どもを立てさせなさったからか、無事に後産も終わったので、山の座主、誰彼といった尊い僧どもが、得意顔に汗を拭い ながら、急いで退出した。  大勢の人たちが心を尽くした幾日もの看病の後の緊張が、少し解けて、「今はもう大丈夫」とお思いになる。御修法などは、再びお始めさせなさる が、差し当たっては、楽しくあり、おめでたいお世話に、皆ほっとしている。  院をお始め申して、親王方、上達部が、残らず誕生祝いの贈り物、珍しく立派なのを、夜毎に見て大騷ぎする。男の子でさえあったので、そのお 祝いの儀式、盛大で立派である。  あの御息所は、このようなご様子をお聞きになっても、おもしろくない。「以前には、とても危ないとの噂であったのに、安産であったとは」と、お思 いになった。  不思議に、自分が自分でないようなご気分を思い辿って御覧になると、お召物なども、すっかり芥子の香が滲み着いている奇妙さに、髪をお洗い になり、着物をお召し替えになったりなどして、お試しになるが、依然として前と同じようにばかり臭いがするので、自分の身でさえありながら疎まし く思わずにはいらっしゃれないのに、それ以上に、他人が噂し推量するだろう事など、誰にもおっしゃれるような内容でないので、心一つに収めてお 嘆きになっていると、ますます気が変になって行く。  大将殿は、気持ちが少し落ち着きなさって、何とも言いようのなかったあの時の問わず語りを、何度も不愉快にお思い出しになられて、「まこと日 数が経ってしまったのも気の毒だし、また身近にお逢いすることは、どうであろうか。きっと不愉快に思われようし、相手の方のためにも気の毒だろ うし」と、いろいろとお考えになって、お手紙だけがあるのだった。  ひどくお患いになった方の病後が心配で、気を緩めずに、皆がお思いであったので、当然のことなので、お忍び歩きもしない。依然としてひどく悩 ましそうにばかりなさっているので、普段のようにはまだお会いになさらない。若君がとても恐いまでにかわいらしくお見えになるお姿を、今から、と ても特別にお育て申し上げなさる様子、並大抵でなく、願い通りの感じがして、大臣も嬉しく幸せにお思い申していられるが、ただ、このご気分がす っかりご回復なさらないのを、ご心配になっているが、「あれほど重く患った後だから」とお思いになって、どうして、それほどご心配ばかりなってい られようか。  若君のお目もとのかわいらしさなどが、春宮にそっくりお似申していられるのを、拝見なされても、まっ先に、恋しくお思い出しにならずにはいらっ しゃれなくて、堪えがたくて、参内なさろうとして、  「宮中などにもあまり長いこと参っておりませんので、気がかりゆえに、今日初めて外出致しますが、もう少し近い所でお話し申したいものです。 あまりにも気がかりな他人行儀なお愛想ですから」  とお怨み申し上げなさると、  「仰せのとおりですわ、ただひたすら優美にばかり振る舞うお仲ではありませんが、ひどくおやつれになっていらっしゃるとは申しても、物を隔てて お会いになる間柄ではございませんわ」  と言って、臥せっていられる所に、お席を近く設けたので、中に入ってお話など申し上げなさる。  お返事、時々申し上げなさるが、やはりとても弱々しそうである。けれど、もう助からない人とお思い申したご様子をお思い出しになると、夢のよう な気がして、危なかった時の事などをお話し申し上げなさる中でも、あのすっかり息も止まったかのようになったのが、急に人が変わって、ぽつりぽ つりとお話し出されたことをお思い出しになると、不愉快に思われるので、  「いや、お話し申したいことはとてもたくさんあるが、まだとても大儀そうなご気分でいられるようですから」  と言って、「お薬湯をお飲みなさい」などとまで、お世話申し上げなさるのを、いつの間にお覚えになったのだろう、と女房たちは感心申し上げる。  まことに美しい方が、たいそう衰弱しやつれて、生死の境を彷徨っているような感じで臥せっていられる様子、とてもいじらしげに痛々しい。お髪の 一筋の乱れ毛もなく、さらさらと掛かっている枕の辺り、めったにないくらい素晴らしく見えるので、「何年も、何を物足りないことがあると思っていた のだろう」と、不思議なまでにじっと目を凝らさずにはいらっしゃれない。  「院などに参って、すぐに下がって来ましょう。このようにして、隔てなくお会い申すことができるならば、嬉しいのですが、宮がぴったりと付いてい らっしゃるので、不躾ではないかしらと遠慮して来ましたのも辛いが、やはりだんだんと気を強くお持ちになって、いつものご座所に。あまり幼く甘え ていられると、一方では、いつまでもこのようなままでいらっしゃいますよ」  などと、申し上げ置きなさって、とても美しく装束をお召しになってお出かけになるのを、いつもよりは目を凝らして、お見送りしながら臥せっていら っしゃった。  [第六段 秋の司召の夜、葵の上死去する]  秋の司召が行われるはずの予定なので、大殿も参内なさると、ご子息たちも昇進をお望みになる事がいろいろあって、殿のご身辺をお離れにな らないので、皆後に続いてお出かけになった。  殿の内では、人少なでひっそりとしている時、急にいつものようにお胸をつまらせて、とてもひどくお苦しみになる。宮中にお知らせ申し上げなさる 間もなく、お亡くなりになってしまった。足も地に着かない感じで、皆が皆、退出なさったので、除目の夜であったが、このようによんどころのないご 支障なので、万事ご破算といったような具合である。  大騒ぎになったのは、夜半頃なので、山の座主、誰それといった僧都たちも、お迎えになれない。いくら何でも、もう大丈夫、と気を緩めていたとこ ろに、大変なことになったので、邸の内の人々、まごついている。方々からのご弔問の使者など、立て込んだが、とても取り次ぎできず、上を下へ の大騷ぎになって、大変なご悲嘆は、まことに恐ろしいまでに見えなさる。  物の怪が度々お取り憑き申したことをお考えになって、お枕などもそのままにして、二、三日拝見なさったが、だんだんとお変わりになることども が現れて来たので、もうこれまで、とお諦めになる時、誰も彼も、本当に悲しい。  大将殿は、悲しい事に、もう一件が加わって、男女の仲を本当に嫌なものと身にしみて感じられたので、並々ならぬ方々からのご弔問にも、ただ 辛いとばかり、総じて思わずにはいらっしゃれない。院におかれても、お悲しみになられ、御弔問申し上げあそばされる様子、かえって面目を施すこ となので、嬉しい気も混じって、大臣はお涙の乾く間もない。  人の申すことに従って、大がかりなご祈祷によって、生き返りなさらないかと、さまざまにあらゆる方法を試み、また一方では傷んで行かれる様子 を見ながらも、なおもお諦め切れずにいられたが、その効もなく何日にもなったので、もはや仕方がないと、鳥辺野にお送り申す時、ご悲嘆の極 み、万端であった。  [第七段 葵の上の葬送とその後]  あちらこちらのご葬送の人々や、寺々の念仏僧などが、大変広い野辺に隙間もない。院からは今さら申すまでもなく、后の宮、東宮などのご弔問 の使者、その他所々の使者も代わる代わる参って、尽きない悲しみのご弔問を申し上げなさる。大臣は立ち上がることもおできになれず、  「このようにな晩年に、若くて盛りの娘に先立たれ申して、よろよろと這い回るとは」  と恥じ入ってお泣きになるのを、大勢の人々が悲しく拝する。  一晩中たいそうな騷ぎの盛大な葬儀だが、まことにはかないご遺骨だけを後に残して、夜明け前早くにお帰りになる。  世の常のことだが、人一人か、多くは御覧になっていないから、譬えようもなくお悲しみになった。八月二十日余りの有明のころなので、空も風情 も情趣深く感じられるところに、大臣が親心の闇に悲しみに沈んで取り乱していられる様子を御覧になるのも、ごもっともなことと痛ましいので、空 ばかりが自然と眺められなさって、  「空に上った煙は雲と混ざり合ってそれと区別がつかないが   おしなべてどの雲もしみじみと眺められることよ」  殿にお帰りになっても、少しもお眠りになれない。年来のご様子をお思い出しになりながら、  「どうして、最後には自然と分かってくれようと、のんびりと考えて、かりそめの浮気につけても、ひどいと思われ申してしまったのだろう。結婚生 活中、親しめない気の置けるものと思って、お亡くなりになってしまったことよ」  などと、悔やまれることが多く、次々とお思い出しにならずにはいらっしゃれないが、効がない。鈍色の喪服をお召しになるのも、夢のような気がし て、「自分が先立ったのならば、色濃くお染めになったろうに」と、お思いになるのまでが、  「きまりがあるので薄い色の喪服を着ているが   涙で袖は淵のように深く悲しみに濡れている」  と詠んで、念仏読経なさっている様子、ますます優美な感じが勝って、お経を声をひそめてお読みになりながら、「法界三昧普賢大士」とお唱えに なるのは、勤行慣れした法師よりも殊勝である。若君を拝見なさるにつけても、「何を忍ぶよすがに」と、ますます涙がこぼれ出て来たが、「このよう な子までがいなかったら」と、気をお紛らしになる。  宮は沈み込んで、そのまま起き上がりなさらず、命も危なそうにお見えになるので、またお慌てになって、ご祈祷などをおさせになる。  とりとめもなく月日が過ぎて行くので、ご法事の準備などをおさせになるのも、思いもなさらなかったことなので、悲しみは尽きず大変である。取る に足らない不出来な子供でさえ、人の親はどんなに辛く思うことだろう、まして、当然である。また、他に姫君がいらっしゃらないのさえ、物足りなく お思いになっていたのに、袖の上の玉が砕けたという事よりも残念である。  大将の君は、二条院にさえ、ほんの暫しの間もお行きにならず、しみじみと心深くお嘆きになって、勤行を几帳面になさりなさり、日夜お過ごしに なる。所々の方々には、お手紙だけを差し上げなさる。  あの御息所には、斎宮は左衛門の司にお入りになったので、ますます厳重なご潔斎を理由にして、お手紙も差し上げたりいただたりなさらない。 嫌なと心底から感じられた世の中も、一切厭わしくなられて、「このような幼い子供さえいなかったなら、念願どおりになれように」と、お思いになる につけては、まずは対の姫君が寂しくしていらっしゃるだろう様子を、ふとお思いやらずにはいらっしゃれない。  夜は、御帳台の中に独りでお寝みになると、宿直の女房たちは近くを囲んで伺候しているが、独り寝は寂しくて、「折柄もまことだ」と寝覚めがち なので、声のよい僧ばかりを選んで伺候させていらっしゃる念仏が、暁方など、堪え難い思いである。  「晩秋の情趣を増して行く風の音、身にしみて感じられることよ」と、慣れないお独り寝に、明かしかねていらっしゃる朝ぼらけの霧が立ちこめてい る時に、菊の咲きかけた枝に、濃い青鈍色の紙の文を結んで、ちょっと置いて去っていった。「優美な感じだ」と思って、御覧になると、御息所のご 筆跡である。  「お手紙差し上げなかった間のことは、お察しいただけましょうか。   人の世の無常を聞くにつけ涙がこぼれますが   先立たれなさってさぞかしお袖を濡らしてとお察しいたします  ちょうど今朝の空の模様を見るにつけ、偲びかねまして」  とある。「いつもよりも優美にお書きになっているなあ」と、やはり下に置きにくく御覧になるものの、「誠意のないご弔問だ」と嫌な気がする。そう かといって、お返事を差し上げないのもお気の毒で、ご名誉にも傷がつくことになるに違いない事だと、いろいろとお案じになる。  「亡くなった人は、いずれにせよ、そうなるべき運命でいらしたのだろうが、どうしてあのようなことを、まざまざと明瞭に見たり聞いたりしたのだろ う」と悔しいのは、ご自分の気持ちながらも、やはりお思い直しになることはできないようである。  「斎宮のご潔斎につけても憚り多いことだろうか」などと、長い間お考えあぐねていらっしゃるが、「わざわざ下さった手紙のお返事しないのは、情 愛がないのではないか」と思って、紫色の鈍色がかった紙に、  「すっかりご無沙汰いたしましたが、常に心にお掛け申し上げておりながら、喪中の間は、そのようなわけで、お察しいただけようかと存じまして。   生き残った者も死んだ者も同じ露のようにはかない世に   心の執着を残して置くことはつまらないことです  お互いに執着をお捨てになって下さい。御覧いただけないかしらと、どなたにも」  と差し上げなさった。  里においでになる時だったので、こっそりと御覧になって、ほのめかしておっしゃっている様子を、内心気にとがめていることがあったので、はっき りとご理解なさって、「やはりそうであったのか」とお思いになるにつけ、とても堪らない。  「やはり、とてもこの上なく情けない身の上であったよ。このような噂が立って、院におかれてもどのようにお考えあそばされよう。故前坊の、同腹 のご兄弟という中でも、たいそうお互いに仲好くあそばして、わが斎宮のご将来のことをも、こまごまとお頼み申し上げあそばしたので、『そのおん 代わりに、そのままお世話申そう』などと、いつも仰せられて、『そのまま宮中にお住みなさい』と、度々お勧め申し上げあそばしたことだけでも、ま ことに恐れ多いこと、と考えてもみなかったのに、このように意外にも年がいもなく物思いをして、遂には面目ない評判まで流してしまうに違いない こと」  と、お悩みになると、やはりいつものような状態でおいでではない。  とはいえ、世間一般のことにつけては、奥ゆかしく趣味の豊かな方としての評判があって、昔から高名でいらしたので、野の宮へのお移りの時に も、興趣ある当世風のことを多く考案し出して、「殿上人どもで風流な者などは、朝に夕べに露を分けて訪れるのを、その頃の仕事としている」など とお聞きになっても、大将の君は、「もっともなことだ。風雅を解することでは、どこまでも十分備わっていられる方だ。もし、愛想をつかされてお下り になってしまわれたら、どんなにか寂しいに違いないだろう」と、やはりお思いになるのであった。  [第八段 三位中将と故人を追慕する]  ご法事など次々と過ぎていったが、正日までは、やはり引き籠もっていらっしゃる。経験したことのない所在なさを、お気の毒に思われなさって、 三位の中将は、毎日お部屋に参上なさっては、世間話など、真面目な話や、また例の好色めいた話などをも申し上げて、お気持ちをお慰め申し上 げなさる中で、あの典侍の話は、お笑い種になるようである。大将の君は、  「ああ、お気の毒な。おばば殿のことを、ひどく軽蔑なさるな」  とお諌めになる一方で、いつも面白いと思っていられた。  あの十六夜の、はっきりしなかった秋の事件など、その他の事などの、いといろな浮気話を互いに暴露なさい合う、しまいには、世の無常を言い 言いして、涙をお漏らしになったりするのであった。  時雨が降って、何となくしみじみとした夕方、中将の君が、鈍色の直衣、指貫を、薄い色に衣更えして、まことに男らしくすっきりとして、こちらが気 後れするような感じをし参上なさった。  君は、西の妻戸の高欄に寄り掛かって、霜枯れの前栽を御覧になっているところであった。風が荒々しく吹き、時雨がさっと降ってきた時は、涙も 雨と競うような心地がして、  「雨となり、雲とやなりにけむ、今は知らず」  と、独り言をいって、頬杖を突いていられるお姿、「女であったら、先立った魂もきっと留まろう」と、色っぽい気持ちで、ついじっと見つめられなが ら、近くにお座りになると、おくつろぎの姿でいられながらも、入れ紐だけをさし直しなさる。  こちらは、もう少し濃い鈍色の夏のお直衣に、紅色の 光沢のある袿を下襲して、地味なお姿でいらっしゃるのが、かえって見飽きない感じがする。  中将も、とても悲しそうなまなざしでぼんやりと見ていらっしゃる。  「妹が時雨となって降る空の浮雲を   どちらの方向の雲と眺めようか  行く方も分からないな」  と独り言のようなのを、  「妻が雲となり雨となってしまった空までが   ますます時雨で暗く泣き暮らしている今日この頃だ」  とお詠みになるご様子も、浅くない気持ちがはっきりと窺えるので、  「妙にここ数年来は、さほどではなかったご愛情を、院などにおかれても、じっとしてはおれず御教訓あそばし、大臣のご待遇もお気の毒であり、 大宮のお血筋からいっても、切れない縁であるなど、どちらからいっても関係が深いので、お捨てになることができずに、何となく気の進まないご様 子のままで、今まで過ごして来られたようだと、気の毒に見えたことも時々あったが、ほんとうに、正妻としては、格別にお考え申されていらしたよう だ」  と分かると、ますます惜しまれてならない。何かにつけて光が消えたような気がして、元気をなくしていた。  枯れた下草の中に、龍胆、撫子などが咲き出したのを折らせなさって、中将がお帰りになった後に、若君の御乳母の宰相の君に持たせて、  「草の枯れた垣根に咲き残っている撫子の花を   秋に死別れた方の形見と思います  美しさは劣ると御覧になりましょうか」  と差し上げなさった。なるほど無邪気な微笑み顔はたいそうかわいらしい。宮は、吹く風につけてさえ、木の葉よりも脆いお涙は、それ以上で、手 に取ることさえおできになれない。  「ただ今見てもかえって袖を涙で濡らしております   垣根も荒れはてて母親に先立たれてしまった撫子なので」  依然として、ひどく所在のない気がするので、朝顔の宮に、「今日の物悲しさは、そうはいってもお分りになられるであろう」と推察されるお心の方 なので、暗くなった時分であるが、差し上げなさる。たまにしかないが、それが普通になってしまったお便りなので、気にも止めず御覧に入れる。空 の色をした唐の紙に、  「とりわけ今日の夕暮れは涙に袖を濡らしております   今までにも物思いのする秋はたくさん経験してきたのですが  いつも時雨の頃は」  とある。ご筆跡などの入念にお書きになっているのが、いつもより見栄えがして、「放って置けない時です」と女房も申し上げ、ご自身もそのように お思いになったので、  「お引き籠もりのご様子を、お察し申し上げながら、とても」とあって、  「秋霧の立つころ、先立たれなさったとお聞き致しましたが   それ以来時雨の季節につけいかほどお悲しみのことかとお察し申し上げます」 とだけ、かすれた墨跡で、気のせいか奥ゆかしい。  どのような事柄につけても、見勝りがするのは難しいのが世の常のようなのに、冷たい人にかえって、お心が惹かれなさるご性質の方なのであ る。  「すげないお扱いながらも、しかるべき時節折々の情趣はお見逃しなさらない、こういう間柄こそ、お互いに情愛を最後まで交わし合うことができ るものだ。やはり、教養があり風流好みで、人目にも付くくらいなのは、よけいな欠点も出て来るものだ。対の姫君を、決してそのようには育てま い」とお考えになる。「所在なく恋しく思っていることだろう」と、お忘れになることはないが、まるで母親のない子を、一人残して来ているような気が して、会わない間は、気がかりで、「どのように嫉妬しているだろうか」と心配がないのは、気楽なことであった。    日がすっかり暮れたので、大殿油を近くに燈させなさって、しかるべき女房たちばかり、御前で話などをおさせになる。  中納言の君というのは、数年来こっそりとご寵愛なさっていたが、この喪中の間は、かえってそのような色めいた相手にもお考えにならない。「や さしいお心の方だわ」と拝している。その他のことでは親しくお話しかけになって、  「こうして、ここ数日は、以前にも増して、誰も彼も他に気を紛らすこともなく、互いに毎日顔を会わせ顔を会わせしていたから、今後いつもこうする ことができないのは、恋しいと思わないだろうか。まこと悲しいことはしかたがないとして、あれこれと考えめぐらしてみると、悲しくて堪らないことが たくさんあるなあ」  とおっしゃると、ますます皆が泣いて、  「今さら申してもしかたのないおん方の事は、ただ心も真っ暗に閉ざされた心地がいたしますのは、それはそれとして、すっかりお離れになってし まわれると、存じられますことが」  と、最後まで申し上げきれない。かわいそうにとお見渡しになって、  「すっかり見限るようなことは、どうして。薄情者とお思いだな。気長な人さえいてくれたら、いつかは分かってくださろうものを。寿命は無常だから ね」  と言って、燈火を眺めていらっしゃる目もとが、濡れていらっしゃるのが、素晴らしい。  とりわけかわいがっていらした小さい童女で、両親もいなくて、とても心細く思っているのを、もっともだと御覧になって、  「あてきは、今からはわたしを頼らねばならない人のようだね」  とおっしゃると、たいそう泣く。小さい衵、誰よりも濃く染めて、黒い汗衫、萱草色の袴などを着ているのも、かわいらしい姿である。  「故人を忘れない人は、寂しさを我慢してでも、幼君を見捨てないで、お仕えして下さい。生前の面影もなく、女房たちまでが出て行ってしまった なら、訪ね来るよすがもない思いがますますしようから」  などと、皆に気長く留まることをおっしゃるが、「さあ、ますます間遠になられることだろう」と思うと、ますます心細い。  大殿は、女房たちに、身分身分に応じて、ちょっとした趣味的な道具や、また、本当のお形見となるような物などを、改まった形にならないように 心づかいして、一同にお配らせになるのであった。  [第九段 源氏、左大臣邸を辞去する]  君は、こうしてばかりも、どうしてぼんやりと日を送っていらっしゃれようかと思って、院へ参内なさる。お車を引き出して、前駆の者などが参上する 間に、悲しみを知っているかのような時雨がはらはらと降って、木の葉を散らす風、急に吹き払って、御前に伺候している女房たち、何となくとても 心細くて、少し乾く間もあった袖が再び湿っぽくなってしまった。  晩は、そのまま二条の院にお泊まりになる予定とあって、侍所の人々も、あちらでお待ち申し上げようというのであろう、それぞれ出立するので、 今日が最後というのではないが、またとなく物悲しい。  大臣も宮も、今日の様子に、悲しみを新たにされる。宮のおん許へお手紙を差し上げなさった。  「院におかれても御心配あそばされおっしゃりますので、今日参内致します。ちょっと外出致しますにつけても、よくぞ今日まで生き永らえて来ら れたものよと、悲しみに掻き乱されるばかりの気がするので、ご挨拶申し上げるのも、かえって悲しく思われるに違いないので、そちらにはお伺い 致しません」  とあるので、ますます宮は、目もお見えにならず、沈み込んで、お返事も差し上げなされない。  大臣が、さっそくお越しになった。とても我慢できそうになくお悲しみで、お袖から顔をお放しなさらない。拝見している女房たちもまことに悲しい。  大将の君は、世の中をお思い続けなさること、とてもあれこれとあって、お泣になる様子、しみじみと心深いものがあるが、たいして取り乱したとこ ろなく優美でいらっしゃる。大臣は、長い間かかって涙をお抑えになって、  「年をとると、たいしたことでもないことに対してさえ、涙もろくなるものでございますのに。まして、涙の乾く間もなくかきくらされている心を、とても 鎮めることができませんので、人の目にも、とても取り乱して、気の弱い恰好にきっと見えましょうから、院などにも参内できないのでございます。お 話のついでには、そのように取りなして奏上なさって下さい。いくらもありそうにない年寄の身で、先立たれたのが辛いのでございますよ」  と無理に抑えておっしゃる様子、まことに痛々しい。君も何度も鼻をかんで、  「遺されたり先立ったりする老少不定は、世の習いとはよく承知致しておりますものの、直接我が身のこととして感じられます悲しみは、譬えよう もないものだと。院におかれても、ご様子を奏上致しますれば、きっとお察しあそばされることでしょう」とお答え申し上げになる。  「それでは、時雨も止む間もなさそうでございすから、暮れないうちに」と、お促し申し上げなさる。  お見回しなさると、御几帳の後、襖障子の向こうなどの開け放された所などに、女房たちが三十人ほどかたまって、濃い、薄い鈍色の喪服をめい めい着て、一同にひどく心細げにして、涙ぐみながら集まっているのを、とてもかわいそうに、と御覧になる。  「お見捨てになるはずもない人が残っていらっしゃるので、いくら何でも、何かの機会にはお立ち寄りあそばさないはずがないなどと、自ら慰めて おりますが、もっぱら思慮の浅い女房などは、今日を最後の日と、お捨てになった過去の家と悲観して、永遠の別れとなった悲しみよりも、ただちょ っと時々親しくお仕えした歳月の跡形もなくなってしまうのを、嘆いているようなのが、もっともに思われます。くつろいでいらしたことはございません でしたが、それでもいつかはと、空頼みしてまいりましたが。なるほど、心細く感じられる夕べでございますね」  と言いながら、お泣きになった。  「とても思慮の浅い女房たちの嘆きでございますな。仰せのとおり、どうあろうともいずれはと、気長に存じておりました間は、自然とご無沙汰致し た時もございましたが、かえって今では、何を心頼みしてご無沙汰ができましょうか。いずれお分りになろう」  と言ってお出になるのを、大臣はお見送り申し上げなさって、お入りになると、お飾りをはじめとして、昔のころと変わったところはないが、蝉の脱 殻のような心地がなさる。  御帳台の前に、お硯などが散らかしてあって、手習いのお捨てになっていたのを拾って、目を絞めて涙を堪えながら御覧になるのを、若い女房た ちは、悲しい気持ちでいながらも、ついほほ笑んでいるのもいるのだろう。しみじみと心を打つ古人の詩歌、唐土のも日本のも書き散らし書き散らし てあり、草仮名でも漢字でも、さまざまに珍しい書体で書き交ぜていらっしゃった。  「みごとなご筆跡だ」  と、空を仰いでぼんやりとしていらっしゃる。他人として拝見することになるのが、残念に思われるのだろう。「旧き枕故き衾、誰と共にか」とあると ころに、  「亡くなった人の魂もますます離れがたく悲しく思っていることだろう   共に寝た床をわたしも離れがたく思うのだから」  また、「霜の華白し」とあるところに、  「あなたが亡くなってから塵の積もった床に   涙を払いながら幾晩独り寝したことだろうか」  先日の花なのであろう、枯れて混じっていた。  宮に御覧に入れなさって、  「今さら言ってもしかたのないことはさておいて、このような悲しい逆縁の例は、世間にないことではないと、しいて思いながら、親子の縁も長く続 かず、このように心を悲しませるために生まれて来たのであろうかと、かえって辛く、前世の因縁に思いを馳せながら、覚まそうとしていますが、た だ、日が経てば経つほど、恋しさが堪えきれないのと、この大将の君が、今日を限りに他人になってしまわれるのが、何とも残念に思わずにはいら れません。一日、二日もお見えにならず、途絶えがちにいらしたのでさえ、物足りなく胸を痛めておりましたのに、朝夕の光を失っては、どうして生 き永らえて行けようか」  と、お声も抑えきれずお泣きになると、御前に控えている年輩の女房など、とても悲しくて、わっと泣き出すのは、何となく寒々とした夕べの情景 である。  若い女房たちは、あちこちにかたまって、お互いに悲しいことを話し合って、  「殿がお考えになりおっしゃるように、若君をお育て申して、慰めることができようとは思いますが、とても幼いお形見で」  と言って、それぞれが、「しばらく里に下がって、また参上しよう」と言う者もいるので、互いに別れを惜しんだりする折、それぞれ物悲しい事が多 かった。  院へ参上なさると、  「とてもひどく面やつれしたな。御精進の日々を過ごしたからか」  と、お気の毒に御心配あそばして、御前においてお食事などを差し上げなさって、あれやこれやとお心を配ってお世話申し上げあそばす様子、身 にしみてもったいない。  中宮の御方に参上なさると、女房たちが、珍しく思ってお目にかかる。命婦の君を通じて、  「悲しみの尽きないことですが、日が経つにつけてもご心中いかばかりかと」  と、お伝え申し上げあそばした。  「無常の世は、一通りは存じておりましたが、身近に体験致しますと、嫌なことが多く思い悩みましたのも、度々のご弔問に慰められまして、今日 までも」  と言って、何でもない時でさえ持っているお悩みを取り重ねて、とてもおいたわしそうである。無紋の袍のお召物に、鈍色の御下襲、巻纓をなされ た喪服のお姿は、華やかな時よりも、優美さが勝っていらっしゃった。  春宮にも、久しく参上致さなかった気がかりさなど、お申し上げなさって、夜が更けてからご退出なさる。   第三章 紫の君の物語 新手枕の物語  [第一段 源氏、紫の君と新手枕を交わす]  二条院では、あちこち掃き立て磨き立てて、男も女も、お待ち申し上げていた。上臈の女房どもは、皆参上して、我も我もと美しく着飾り、化粧し ているのを御覧になるにつけても、あの居並んで沈んでいた様子を、しみじみかわいそうに思い出されずにはいらっしゃれない。  お召物を着替えなさって、西の対にお渡りになった。衣更えしたご装飾も、明るくすっきりと見えて、美しい若い女房や童女などの、身なり、姿が 好ましく整えてあって、「少納言の采配は、行き届かないところがなく、奥ゆかしい」と御覧になる。  姫君は、とてもかわいらしく身繕いしていらっしゃる。  「久しくお目にかからなかったうちに、とても驚くほど大きくなられましたね」  と言って、小さい御几帳を引き上げて拝見なさると、横を向いて笑っていらっしゃるお姿、何とも申し分ない。  「火影に照らされた横顔、頭の恰好など、まったく、あの心を尽くしてお慕い申し上げている方に、少しも違うところなく成長されていくことだなあ」  と御覧になると、とても嬉しい。  お近くに寄りなさって、久しく会わず気がかりでいた間のことなどをお話し申し上げになって、  「最近のお話を、ゆっくりと申し上げたいが、縁起が悪く思われますので、しばらく他の部屋で休んでから、また参りましょう。今日からは、いつで もお会いできましょうから、うるさくまでお思いになるでしょう」  と、こまやかにお話し申し上げなさるのを、少納言は嬉しいと聞く一方で、やはり不安に思い申し上げる。「高貴なお忍びの方々が大勢いらっしゃ るので、またやっかいな方が代わって現れなさるかも知れない」と思うのも、憎らしい気の廻しようであるよ。  お部屋にお渡りになって、中将の君という者に、お足などを気楽に揉ませなさって、お寝みになった。  翌朝には、若君のお元にお手紙を差し上げなさる。しみじみとしたお返事を御覧になるにつけても、尽きない悲しい思いがするばかりである。  とても所在なく物思いに耽りがちだが、何でもないお忍び歩きも億劫にお思いになって、ご決断がつかない。  姫君が、何事につけ理想的にすっかり成長なさって、とても素晴らしくばかり見えなさるのを、もう良い年頃だと、やはり、しいて御覧になっている ので、それを匂わすようなことなど、時々お試みなさるが、まったくお分りにならない様子である。  所在ないままに、ただこちらで碁を打ったり、偏継ぎしたりして、毎日お暮らしになると、気性が利発で好感がもて、ちょっとした遊びの中にもかわ いらしいところをお見せになるので、念頭に置かれなかった年月は、ただそのようなかわいらしさばかりはあったが、抑えることができなくなって、気 の毒だけれど、どういうことだったのだろうか、周囲の者がお見分け申せる間柄ではないのだが、男君は早くお起きになって、女君は一向にお起き にならない朝がある。  女房たちは、「どうして、こうしていらっしゃるのだろうかしら。ご気分がすぐれないのだろうか」と、お見上げ申して嘆くが、君はお帰りになろうとし て、お硯箱を、御帳台の内に差し入れて出て行かれた。  人のいない間にやっと頭を上げなさると、結んだ手紙、おん枕元にある。何気なく開いて御覧になると、  「どうして長い間何でもない間柄でいたのでしょう   幾夜も幾夜も馴れ親しんで来た仲なのに」  と、お書き流しになっているようである。「このようなお心がおありだろう」とは、まったくお思いになってもみなかったので、  「どうしてこう嫌なお心を、疑いもせず頼もしいものとお思い申していたのだろう」  と、悔しい思いがなさる。  昼ころ、お渡りになって、  「ご気分がお悪いそうですが、どんな具合ですか。今日は、碁も打たなくて、張り合いがないですね」  と言って、お覗きになると、ますますお召物を引き被って臥せっていらっしゃる。女房たちは退いて控えているので、お側にお寄りになって、  「どうして、こう気づまりな態度をなさるの。意外にも冷たい方でいらっしゃいますね。皆がどうしたのかと変に思うでしょう」  と言って、お衾を引き剥ぎなさると、汗でびっしょりになって、額髪もひどく濡れていらっしゃった。  「ああ、嫌な。これはとても大変なことですよ」  と言って、いろいろと慰めすかし申し上げなさるが、本当に、とても辛い、とお思いになって、一言もお返事をなさらない。  「よしよし。もう決して致しますまい。とても恥ずかしい」  などとお怨みになって、お硯箱を開けて御覧になるが、何もないので、「なんと子供っぽいご様子か」と、かわいらしくお思い申し上げなさって、一 日中、お入り居続けになって、お慰め申し上げなさるが、打ち解けないご様子、ますますかわいらしい感じである。  [第二段 結婚の儀式の夜]  その晩、亥の子餅を御前に差し上げた。こうした喪中の折なので、大げさにはせずに、こちらだけに美しい桧破籠などだけを、様々な色の趣向を 凝らして持参したのを御覧になって、君は、南面にお出になって、惟光を呼んで、  「この餅を、このように数多くあふれるほどにはしないで、明日の暮れに参上させよ。今日は日柄が吉くない日であった」  と、ほほ笑んでおっしゃるご様子から、機転の働く者なので、ふと気がついた。惟光、詳しいことも承らずに、  「なるほど、おめでたいお祝いは、吉日を選んでお召し上がりになるべきでしょう。ところで子の子の餅はいくつお作り申しましょう」  と、真面目に申すので、  「三分の一ぐらいでよいだろう」  とおっしゃるので、すっかり呑み込んで、立ち去った。「物馴れた男よ」と、君はお思いになる。誰にも言わないで、手作りと言ったふうに実家で作 っていたのだった。  君は、ご機嫌をとりかねなさって、今初めて盗んで来たような人の感じがするのも、とても興趣が湧いて、「数年来かわいいとお思い申していたの は、片端にも当たらないくらいだ。人の心というものは得手勝手なものだなあ。今では一晩離れるのさえ堪らない気がするに違いないことよ」とお思 いになる。  お命じになった餅、こっそりと、たいそう夜が更けてから持って参った。「少納言は大人なので、恥ずかしくお思いになるだろうか」と、思慮深く配慮 して、娘の弁という者を呼び出して、  「これをこっそりと、差し上げなさい」  と言って、香壷の箱を一具、差し入れた。  「確かに、お枕元に差し上げなければならない祝いの物でございます。ああ、勿体ない。あだや疎かに」  と言うと、「おかしいわ」と思うが、  「浮気と言うことは、まだ知りませんのに」  と言って、受け取ると、  「本当に、今はそのような言葉はお避けなさい。決して使うことはあるまいが」  と言う。若い女房なので、事情も深く悟らないので、持って参って、お枕元の御几帳の下から差し入れたのを、君が、例によって餅の意味をお聞 かせ申し上げなさるのであろう。  女房たちは知り得ずにいたが、翌朝、この箱を下げさせなさったので、側近の女房たちだけは、合点の行くことがあったのだった。お皿類なども、 いつの間に準備したのだろうか。花足はとても立派で、餅の様子も、格別にとても素晴らしく仕立ててあった。  少納言は、「とてもまあ、これほど までも」とお思い申し上げたが、身にしみてもったいなく、行き届かない所のない君のお心配りに、何よりもまず涙が思わずこぼれた。  「それにしてもまあ、内々にでもおっしゃって下さればよいものを。あの人も、何と思ったのだろう」  と、ひそひそ囁き合っていた。  それから後は、内裏にも院にも、ちょっとご参内なさる折でさえ、落ち着いていられず、面影に浮かんで恋しいので、「妙な気持ちだな」と、自分で もお思いになられる。お通いになっていた方々からは、お恨み言を申し上げなさったりなどするので、気の毒だとお思いになる方もあるが、新妻が いじらしくて、「一夜たりとも間を置いたりできようか」と、つい気がかりに思わずにはいらっしゃれないので、とても億劫に思われて、悩ましそうにば かり振る舞いなさって、  「世の中がとても嫌に思えるこの時期を過ぎてから、どなたにもお目にかかりましょう」  とばかりお返事なさりなさりして、お過ごしになる。  今后は、御匣殿がなおもこの大将にばかり心を寄せていらっしゃるのを、  「なるほどやはり、あのように重々しかった方もお亡くなりになったようだから、そうなったとしても、どうして残念なことがあろうか」  などと、大臣はおっしゃるが、「とても憎い」と、お思い申し上げになって、  「宮仕えを、重々しくお勤め続けなさるだけでも、どうして悪いことがあろうか」  と、ご入内おさせ申すことを熱心に画策なさる。  君も、並々の方とは思っていらっしゃらなかったが、残念だとはお思いになるが、目下は他の女性にお心を分ける間もなくて、  「どうしてこんなに短い一生なのに。このまま落ち着くことしよう。人の恨みも負べきでないことだ」  と、ますます案じられお懲りになっていらっしゃった。  「あの御息所は、とてもお気の毒だが、生涯の伴侶としてお頼り申し上げるには、きっと気の置けることだろう。今までのように大目に見て下さる ならば、適当な折々に何かとお話しを交わす相手として相応しいだろう」などと、そう言っても、見限ってしまおうとはなさらない。  「この姫君を、今まで世間の人も誰とも存じ上げないのも、身分がないようだ。父宮にお知らせ申そう」と、お考えになって、御裳着のお祝い、人に 広くお知らせにはならないが、並々でなく立派にご準備なさるお心づかいなど、いかにも類のないくらいだが、女君は、すっかりお疎み申されて、 「今まで万事ご信頼申して、おまつわり申し上げていたのは、我ながら浅はかな考えであったわ」と、悔しくばかりお思いになって、はっきりとも顔を お見合わせ申し上げようとはなさらず、ご冗談を申し上げになっても、苦しくやりきれない気持ちにお思い沈んで、以前とはすっかり変わられたご様 子を、かわいらしくもいじらしくもお思いになって、  「今まで、お愛し申してきた甲斐もなく、打ち解けて下さらないお心が、辛いこと」と、お恨み申していられるうちに、年も改まった。  [第三段 新年の参賀と左大臣邸へ挨拶回り]  元日には、例年のように、院に参賀なさってから、内裏、春宮などにも参賀に上がられる。そこから大殿に退出なさった。大臣、新年の祝いもせ ず、故人の事柄をお話し出しなさって、物寂しく悲しいと思っていられるところに、ますますこのようにまでお越しになられたのにつけても、気を強くお 持ちになるが、堪えきれず悲しくお思いになった。  お年をとられたせいか、堂々たる風格までがお加わりになって、以前よりもことに、お綺麗にお見えになる。立ち上がって出られて、故人のお部屋 にお入りになると、女房たちも珍しく拝見申し上げて、悲しみを堪えることができない。  若君を拝見なさると、すっかり大きく成長して、にこにこしていらっしゃるのも、しみじみと胸を打つ。目もと、口つきは、まったく春宮と同じご様子で いらっしゃるので、「人が見て不審にお思い申すかも知れない」と御覧になる。  お部屋の装飾なども昔に変わらず、御衣掛のご装束なども、いつものようにして掛けてあるが、女のご装束が並んでないのが、見栄えがしないで 寂しい。  宮からのご挨拶として、  「今日は、たいそう堪えておりますが、このようにお越し下さいましたので、かえって」  などとお申し上げになって、  「今まで通りの習わしで新調しましたご衣装も、ここ幾月は、ますます涙に霞んで、色合いも映えなく御覧になられましょうかと存じますが、今日 だけは、やはり粗末な物ですが、お召し下さいませ」  と言って、たいそう丹精こめてお作りになったご衣装類、またさらに差し上げになさった。必ず今日お召しになるように、とお考えになった御下襲 は、色合いも織り方も、この世の物とは思われず、格別な品物なので、ご厚意を無にしてはと思って、お召し替えになる。来なかったら、さぞかし残 念にお思いであったろう、とおいたわしい。お返事には、  「春が来たかとも、まずは御覧になっていただくつもりで、参上致しましたが、思い出さずにはいられない事柄が多くて、十分に申し上げられませ ん。   何年来も元日毎に参っては着替えをしてきた晴着だが   それを着ると今日は涙がこぼれる思いがする  どうしても抑えることができません」  と、お申し上げなさった。お返歌は、  「新年になったとは申しても降りそそぐものは   老母の涙でございます」  並々な悲しみではないのですよ。 源氏物語の世界ヘ 本文 ローマ字版 注釈 Last updated 7/27/99 渋谷栄一訳(C)(ver.1-2-1)    賢木 光る源氏の二十三歳秋九月から二十五歳夏まで近衛大将時代の物語 第一章 六条御息所の物語 秋の別れと伊勢下向の物語 1.六条御息所、伊勢下向を決意---斎宮の御下向、近づくなるにつれて 2.野の宮訪問と暁の別れ---九月七日ころなので 3.伊勢下向の日決定---後朝の御文、いつもより情愛濃やかなのは 4.斎宮、宮中へ向かう---十六日、桂川でお祓いをなさる 5.斎宮、伊勢へ向かう---奥ゆかしく風雅なお人柄の方なので 第二章 光る源氏の物語 父桐壷帝の崩御 1.十月、桐壷院、重体となる---院の御病気、神無月になってからは 2.十一月一日、桐壷院、崩御---大后も、お見舞いに参ろうと思っているが 3.諒闇の新年となる---年も改まったが、世の中ははなやかなことはなく 4.源氏朧月夜と逢瀬を重ねる---帝は、院の御遺言に背かず、親しくお思いであったが 第三章 藤壷の物語 塗籠事件 1.源氏、再び藤壷に迫る---内裏に参内なさるようなことは 2.藤壷、出家を決意---「何の面目があって、再びお目にかかることができようか 第四章 光る源氏の物語 雲林院参籠 1.秋、雲林院に参籠---大将の君は、東宮をたいそう恋しくお思い申し上げになっているが 2.朝顔斎院と和歌を贈答---吹き通う風も近い距離なので 3.源氏、二条院に帰邸---女君は、この数日間に、いっそう美しく成長 4.朱雀帝と対面---一般の事柄で、宮の御事に関することなど 5.藤壷に挨拶---「御前に伺候して、今まで、夜を更かして 6.初冬のころ、源氏朧月夜と和歌贈答---大将、頭の弁が朗誦したことを考えると 第五章 藤壷の物語 法華八講主催と出家 1.十一月一日、故桐壷院の御国忌---中宮は、故院の一周忌の御法事に引き続き 2.十二月1十日過ぎ、藤壷、法華八講主催の後、出家す---十二月の十日過ぎころ、中宮の御八講である 3.後に残された源氏---お邸でも、ご自分のお部屋でただ独りお臥せりになって 第六章 光る源氏の物語 寂寥の日々 1.諒闇明けの新年を迎える---年も改まったので、宮中辺りは賑やかになり 2.源氏一派の人々の不遇---司召のころ、この宮の人々は 3.韻塞ぎに無聊を送る---夏の雨、静かに降って、所在ないころ 第七章 朧月夜の物語 村雨の紛れの密会露見 1.源氏、朧月夜と密会中、右大臣に発見される---そのころ、尚侍の君が退出なさっていた 2.右大臣、源氏追放を画策する---大臣は、思ったままに、胸に納めて置くことの   第一章 六条御息所の物語 秋の別れと伊勢下向の物語  [第一段 六条御息所、伊勢下向を決意]  斎宮の御下向、近づくなるにつれて、御息所、何となく心細くいらっしゃる。重々しくけむたいご本妻だと思っていらした大殿の姫君もお亡くなりに なって後、いくら何でもと世間の人々もお噂申し、宮の内でも期待していたのに、それから後、すっかりお通いがなく、あまりなお仕向けを御覧にな ると、本当にお嫌いになる事があったのだろうと、すっかりお分かりになってしまったので、一切の未練をお捨てになって、一途にご出立なさる。  母親が付き添ってお下りになる先例も、特にないが、とても手放し難いご様子なのに託つけて、「嫌な世間から逃れ去ろう」とお思いになると、大 将の君、そうは言っても、これが最後と遠くへ行っておしまいになるのも残念に思わずにはいらっしゃれず、お手紙だけは情のこもった書きぶりで、 度々交わす。お会いになることは、今さらありえない事と、女君も思っていらっしゃる。「相手は気にくわないと、根に持っていらっしゃることがあろう から、自分は、今以上に悩むことがきっと増すにちがいないので、無益なこと」と、固くご決心されているのだろう。  里の殿には、ほんのちょっとお帰りになる時々もあるが、たいそう内々にしていらっしゃるので、大将殿、お知りになることができない。簡単にお心 のままに参ってよいようなお住まいでは勿論ないので、気がかりに月日も経ってしまったところに、院の上、たいそう重い御病気というのではない が、普段と違って、時々お苦しみあそばすので、ますますお気持ちに余裕がないけれど、「薄情な者とお思い込んでしまわれるのも、おいたわしい し、人が聞いても冷淡な男だと思われはしまいか」とご決心されて、野宮にお伺いなさる。  [第二段 野の宮訪問と暁の別れ]  九月七日ころなので、「まったく今日明日だ」とお思いになると、女の方でも気忙しいが、「立ちながらでも」と、何度もお手紙があったので、「どうし たものか」とお迷いになりながらも、「あまりに控え目過ぎるから、物越しにお目にかかるのなら」と、人知れずお待ち申し上げていらっしゃるのであ った。  広々とした野辺に分け入りなさるなり、いかにも物寂しい感じがする。秋の花、みな萎れかかって、浅茅が原も枯れがれとなり虫の音も鳴き嗄ら しているところに、松風、身にしみて音を添えて、いずれの琴とも聞き分けられないくらいに、楽の音が絶え絶えに聞こえて来る、まことに優艶であ る。  気心の知れた御前駆の者、十余人ほど、御随身、目立たない服装で、たいそうお忍びのふうをしていられるが、格別にお気を配っていらっしゃる ご様子、まことに素晴らしくお見えになるので、お供の風流者など、場所が場所だけに身にしみて感じ入っていた。ご内心、「どうして、今まで来な かったのだろう」と、過ぎ去った日々、後悔せずにはいらっしゃれない。  ちょっとした小柴垣を外囲いにして、板屋が幾棟もあちこちに仮普請のようである。黒木の鳥居どもは、やはり神々しく眺められて、遠慮される気 がするが、神官どもが、あちこちで咳払いをして、お互いに、何か話している様子なども、他所とは様子が変わって見える。火焼屋、微かに明るく て、人影も少なく、しんみりとしていて、ここに物思いに沈んでいる人が、幾月日も世間から離れて過ごしてこられた間のことをご想像なさると、とて もたまらなくおいたわしい。  北の対の適当な場所に立ち隠れなさって、ご来訪の旨をお申し入れなさると、管弦のお遊びはみな止めて、奥ゆかしい気配、たくさん聞こえる。  何やかやと女房を通じてのご挨拶ばかりで、ご自身はお会いなさる様子もないので、「まことに面白くない」とお思いになって、  「このような外出も、今では相応しくない身分になってしまったことを、お察しいただければ、このような注連の外には、立たせて置くようなことはな さらないで。胸に溜まっていますことをも、晴らしたいものです」  と、真面目に申し上げなさると、女房たち、  「おっしゃるとおり、とても見てはいられませんわ」  「お立ちん坊のままでいらっしゃっては、お気の毒で」  などと、お取りなし申すので、「さてどうしたものか。ここの女房たちの目にも体裁が悪いだろうし、あの方がお思いになることも、年甲斐もなく、端 近に出て行くのが、今さらに気後れして」とお思いになると、とても億劫であるが、冷淡な態度をとるほど気強くもないので、とかく溜息をつきためら って、いざり出ていらっしゃったご様子、まことに奥ゆかしい。  「こちらでは、簀子に上がるくらいのお許しはございましょうか」  と言って、上がっておすわりになった。  明るく照り出した夕月夜に、立ち居振る舞いなさるご様子、美しさに、似るものがなく素晴らしい。幾月ものご無沙汰を、もっともらしく言い訳申し 上げなさるのも、面映ゆいほどになってしまったので、榊を少し折って持っていらしたのを、差し入れて、  「変わらない心に導かれて、禁制の垣根も越えて参ったのです。何とも薄情な」  と申し上げなさると、  「ここには人の訪ねる目印の杉もないのに   どう間違えて折って持って来た榊なのでしょう」  と申し上げなさると、  「少女子がいる辺りだと思うと   榊葉が慕わしくて探し求めて折ったのです」  周囲の雰囲気は憚られるが、御簾だけを引き被って、長押に持たれかかって座っていらっしゃった。  思いのままにお目にかかることができ、相手も慕っているようにお思いになっていらっしゃった年月の間は、のんびりといい気になって、それほど までご執心なさらなかった。  また一方、心の中に、「いかがなものか、欠点があって」と、お思い申してから後、やはり、情愛も次第に褪めて、このように仲も離れてしまったの を、久しぶりのご対面が昔のことを思い出させるので、「ああ」と、悩ましさで胸が限りなくいっぱいになる。今までのこと、将来のこと、それからそれ へとお思い続けられて、心弱く泣いてしまった。  女は、そうとは見せまいと気持ちを抑えていられるようだが、とても我慢がおできになれないご様子を、ますますお気の毒に、やはりお思い止まる ように、お制止申し上げになるようである。  月も入ったのであろうか、しみじみとした空を物思いに耽って見つめながら、恨み言を申し上げなさると、積もり積もっていらした恨みもきっと消え てしまうことだろう。だんだんと、「今度が最後」と、未練を断ち切って来られたのに、「やはり思ったとおりだ」と、かえって心が揺れて、お悩みにな る。  殿上の若公達などが連れ立って、何かと佇んでは心惹かれたという庭の風情も、なるほど優艶という点では、どこの庭にも負けない様子である。 物のあわれの限りを尽くしたお二人の間柄で、お語らいになった内容、そのまま筆に写すことはできない。  だんだんと明けて行く空の風情、特別に作り出したかのようである。  「明け方の別れにはいつも涙に濡れたが   今朝の別れは今までにない涙に曇る秋の空ですね」  帰りにくそうに、お手を捉えてためらっていられる、たいそう優しい。  風、とても冷たく吹いて、松虫が鳴き嗄らした声も、気持ちを知っているかのようなのを、それほど物思いのない者でさえ、聞き過ごしがたいの に、まして、どうしようもないほど思い乱れていらっしゃるお二人には、かえって、歌も思うように行かないのだろうか。  「ただでさえ秋の別れというものは悲しいものなのに   さらに鳴いて悲しませてくれるな野辺の松虫よ」  悔やまれることが多いが、しかたのないことなので、明けて行く空も体裁が悪くて、お帰りになる。道程はまことに露っぽい。  女も、気強くいられず、その後の物思いに沈んでいらっしゃる。ほのかに拝見なさった月の光に照らされたお姿、まだ残っている匂いなど、若い女 房たちは身に染みて、心得違いをしかねないほど、お褒め申し上げる。  「どれほどの余儀ない旅立ちだからといっても、あのようなお方をお見限って、お別れ申し上げられようか」  と、わけもなく涙ぐみ合っていた。  [第三段 伊勢下向の日決定]  後朝の御文、いつもより情愛濃やかなのは、お気持ちも傾きそうなほどであるが、また改めて、お思い直しなさるべき事でもないので、まことにど うにもならない。  男は、それほどお思いでもないことでも、恋路のためには上手に言い続けなさるようなので、まして、並々の相手とはお思い申し上げていられな かったお間柄で、このようにしてお別れなさろうとするのを、残念にもおいたわしくも、お思い悩んでいられるのであろう。  旅のご装束をはじめとして、女房たちの物まで、何かとご調度類など、立派で目新しいさまに仕立てて、お餞別を申し上げになさるが、何ともお思 いにならない。軽々しく嫌な評判ばかりを流してしまって、あきれはてた身の有様を、今さらのように、下向が近づくにつれて、起きても寝てもお嘆き になる。  斎宮は、幼な心に、決定しなかったご出立が、このように決まってゆくのを、嬉しい、とばかりお思いでいた。世間の人々は、先例のないことだと、 非難も同情も、いろいろとお噂申しているようだ。何事でも、人から非難されないような身分の者は気楽なものである。かえって世に抜きん出た方 のご身辺は窮屈なことが多いことである。  [第四段 斎宮、宮中へ向かう]  十六日、桂川でお祓いをなさる。慣例の儀式より立派で、長奉送使など、その他の上達部も身分高く、世間から評判の良い方をお選びさせた。 院のお心遣いもあってのことであろう。お出になる時、大将殿から例によって名残尽きない思いのたけをお申し上げなさった。「恐れ多くも、御前に」 と言って、木綿に結びつけて、  「雷神でさえも、   大八洲をお守りあそばす国つ神もお情けがあるならば   尽きぬ思いで別れなければならいわけをお聞かせ下さい  どう考えてみても、満足しない気が致しますよ」  とある。とても取り混んでいる時だが、お返事がある。斎宮のお返事は、女別当にお書かせになっていた。  「国つ神がお二人の仲を裁かれることになったならば   あなたの実意のないお言葉をまずは糺されることでしょう」  大将は、様子を見たくて、宮中にも参内したくお思いになるが、振り捨てられて見送るようなのも、人聞きの悪い感じがなさるので、お思い止まり になって、所在なげに物思いに耽っていらっしゃった。  斎宮のお返事がいかにも成人した詠みぶりなのを、ほほ笑んで御覧になった。「お年の割には、人情がお分かりのようでいらっしゃるな」と、お心 が動く。このように普通とは違っためんどうな事には、きっと心動かすご性分なので、「いくらでも拝見しようとすればできたはずであった幼い時を、 見ないで過ごしてしまったのは残念なことであった。世の中は無常であるから、お目にかかるようなこともきっとあろう」などと、お思いになる。  [第五段 斎宮、伊勢へ向かう]  奥ゆかしく風雅なお人柄の方なので、見物の車が多い日である。申の時に宮中に参内なさる。  御息所、御輿にお乗りになるにつけても、父大臣が限りない地位にとお望みになって、大切にかしずきお育てになった境遇が、うって変わって、 晩年に宮中を御覧になるにつけても、感慨無量で、悲しく思わずにはいらっしゃれない。十六で故宮に入内なさって、二十で先立たれ申される。三 十で、今日再び宮中を御覧になるのであった。  「昔のことを今日は思い出すまいと堪えていたが   心の底では悲しく思われてならない」  斎宮は、十四におなりであった。とてもかわいらしういらっしゃるご様子を、立派に装束をお着せ申されたのが、とても恐いまでに美しくお見えにな るのを、帝、お心が動いて、別れの御櫛を挿してお上げになる時、まことに心揺さぶられて、涙をお流しあそばした。  お出立になるのをお待ち申そうとして、八省院に立ち続けていた女房の車から、袖口、色合いも、目新しい意匠で、奥ゆかしい感じなので、殿上 人たちも私的な別れを惜しんでいる者が多かった。  暗くなってからご出発になって、二条大路から洞院の大路ヘお曲がりになる時、二条の院の前なので、大将の君、まことにしみじみと感じられ て、榊の枝に挿して、  「わたしを捨てて今日は旅立って行かれるが鈴鹿川を   渡る時に袖を濡らして後悔なさいませんでしょうか」  とお申し上げになったが、たいそう暗く、何かとあわただしい時なので、翌日、逢坂の関の向こうからお返事がある。  「鈴鹿川の八十瀬の波に袖が濡れるか濡れないか   伊勢に行った先まで誰が思いおこしてくださるでしょうか」  言葉少なにお書きになっているが、ご筆跡はいかにも風情があって優美であるが、「優しさがもう少しおありだったらば」とお思いになる。  霧がひどく降りこめて、いつもと違って感じられる朝方に、物思いに耽りながら独り言をいっていらっしゃる。  「あの行った方角を眺めていよう、今年の秋は   逢うという逢坂山を霧よ隠さないでおくれ」  西の対にもお渡りにならず、誰のせいというのでもなく、何とはなく寂しげに物思いに耽ってお過ごしになる。ましてや、旅路の一行は、どんなに か物思いにお心を尽くしになること、多かったことだろうか。   第二章 光る源氏の物語 父桐壷帝の崩御  [第一段 十月、桐壷院、重体となる]  院の御病気、神無月になってからは、ひどく重くおなりあそばす。世を挙げてお惜しみ申し上げない人はいない。帝におかれても、御心配あそば して行幸がある。御衰弱の御容態ながら、春宮の御事を、繰り返しお頼み申し上げあそばして、次には大将の御事を、  「在世中と変わらず、大小の事に関わらず、何事も御後見役とお思いあそばせ。年の割には政治を執っても、少しも遠慮するところはない人と、拝 見している。必ず天下を治める相のある人である。それによって、煩わしく思って、親王にもなさず、臣下に下して、朝廷の補佐役とさせようと、思っ たのである。その心づもりにお背きあそばすな」  と、しみじみとした御遺言が多かったが、女の書くべきことではないので、その一部分を語るだけでも気の引ける思いだ。  帝も、大層悲しいとお思いになって、決してお背き申し上げまい旨を、繰り返し申し上げあそばす。御容貌もとても美しく御成長あそばされている のを、嬉しく頼もしくお見上げあそばす。きまりがあるので、急いでお帰りあそばすにつけても、かえって悲しいことが多い。  春宮も御一緒にとお思いあそばしたが、大層な騷ぎになるので、日を改めて、行啓なさった。お年の割には、大人びてかわいらしい御様子で、恋 しいとお思い申し上げあそばしていたあげくなので、ただもう無心に嬉しくお思いになって、お目にかかりになる御様子、まことにいじらしい。  中宮は、涙に沈んでいらっしゃるのを、お見上げ申しあそばされるにつけても、あれこれとお心の乱れる思いでいらっしゃる。いろいろの事をお教 え申し上げなさるが、とても御幼少でいらっしゃるので、不安で悲しく御拝見あそばす。  大将にも、朝廷にお仕えなさるためのお心構えや、春宮の御後見なさるべき事を、繰り返し仰せになる。  夜が更けてからお帰りあそばす。残る人なく陪従して大騷ぎする様子、行幸に劣るところがない。満足し切れないところでお帰りおそばすのを、た いそう残念にお思いあそばす。  [第二段 十一月一日、桐壷院、崩御]  大后も、お見舞いに参ろうと思っているが、中宮がこのように付き添っていらっしゃるために、おこだわりになって、おためらいになっていらっしゃる うちに、たいしてお苦しみにもならないで、お隠れあそばした。浮き足立ったように、お嘆き申し上げる人々が多かった。  お位をお退きあそばしたというだけで、世の政治をとりしきっていられたのは、御在位中と同様でいらっしゃったが、帝はまだお若ういらっしゃるし、 祖父右大臣、まことに性急で意地の悪い方でいらっしゃって、その意のままになってゆく世を、どうなるのだろうと、上達部、殿上人は、皆不安に思 って嘆く。  中宮、大将殿などは、まして人一倍、何もお考えられなく、後々の御法事などをご供養申し上げなさる様子も、大勢の親王たちの御中でも格別優 れていらっしゃるのを、当然のことながら、まことにおいたわしく、世の人々も拝し上げる。喪服を着て悲しみに沈んでいらっしゃるのにつけても、こ の上なく美しくおいたわしげである。去年、今年と引き続いて、このような不幸にお遭いになると、世の中が本当につまらなくお思いになるが、この ような機会にも、出家しようかと思わずにはいらっしゃれない事もあるが、また一方では、いろいろとお妨げとなるものが多いのであった。  御四十九日までは、女御、御息所たち、皆、院に集まっていらっしゃったが、過ぎたので、散り散りにご退出なさる。十二月の二十日なので、世 の中一般も年の暮という空模様につけても、まして心晴れることのない、中宮のお心の中である。大后のお心も御存知でいらっしゃるので、思いの ままになさるであろう世が、体裁の悪く住みにくいことになろうことをお考えになるよりも、お親しみ申し上げなさった長い年月の御面影を、お偲び申 し上げない時の間もない上に、このままここにおいでになるわけにもゆかず、皆方々へとご退出なさるに当たっては、悲しいことこの上ない。  宮は、三条の宮にお渡りになる。お迎えに兵部卿宮が参上なさった。雪がひとしきり降り、風が激しく吹いて、院の中、だんだんと人数少なになっ ていって、しんみりとしていた時に、大将殿、こちらに参上なさって、昔の思い出話をお申し上げなさる。お庭先の五葉の松が、雪に萎れて、下葉が 枯れているのを御覧になって、親王、  「木蔭が広いので頼りにしていた松の木は枯れてしまったのだろうか   下葉が散り行く今年の暮ですね」  何という歌でもないが、折柄、何となく寂しい気持ちに駆られて、大将のお袖、ひどく濡れた。池が隙間なく凍っていたので、  「氷の張りつめた池が鏡のようになっているが   長年見慣れた影を見られないのが悲しい」  と、お気持ちのままに詠まれたのは、あまりに子供っぽい詠み方ではないか。王命婦、  「年が暮れて岩井の水も凍りついて   見慣れていた人影も見えなくなってゆきますこと」  その折に、とても多くあったが、そうばかり書き連ねてよいことか。  お移りあばす儀式は、従来と変わらないが、思いなしかしみじみとして、ふる里の宮は、かえって旅の宿のような心地がなさるにつけても、里下り なさらなかった歳月の長さ、あれこれと回想されて来るのだろう。  [第三段 諒闇の新年となる]  年も改まったが、世の中ははなやかなことはなく静かである。まして大将殿は、何となく悲しくて退き籠もっていらっしゃる。除目のころなどは、院 の御在位中は言うまでもなく、ここ数年来、悪く変わることなくて、御門の周辺、隙間なく立て込んでいた馬、車が少なくなって、夜具袋などもほと んど見えず、親密な家司どもばかりが、特別に準備することもなさそうでいるのを御覧になるにつけても、「今後は、こうなるのだろう」と思いやられ て、何となく味気なく思われる。  御匣殿は、二月に、尚侍におなりになった。院の御喪に服してそのまま尼におなりになった方の、替わりであった。高貴な家の出として振る舞っ て、人柄もとてもよくいらっしゃるので、大勢入内なさっている中でも、格別に御寵愛をお受けになる。后は、里邸にいらっしゃりがちで、参内なさる 時のお局には、梅壷を当てていたので、弘徽殿には尚侍がお住みになる。登花殿が陰気であったのに対して、晴ればれしくなって、女房なども数 えきれないほど参集して、当世風にはなやかにおなりになったが、お心の中では、思いがけなかった事を忘れられず嘆いていらっしゃる。ごく内密 に文を通わしなさることは、以前と同様なのであろう。「噂が立ったらどうなることだろう」とお思いになりながら、例のご性癖なので、今になってかえ ってご愛情が募るようである。  院の御在世中こそは、遠慮もなさっていたが、后の御気性は激しくて、あれこれと悔しい思いをしてきたことの仕返しをしよう、とお思いのようであ る。何かにつけて、体裁の悪いことばかり生じてくるので、きっとこうなることとはお思いになっていたが、ご経験のない世間の辛さなので、立ち交じ っていこうともお考えになれない。  左の大殿も、面白くない気がなさって、特に内裏にも参内なさらない。故姫君を、避けて、この大将の君に妻合わせなさったお気持ちを、后は根 にお持ちになって、あまり良くはお思い申し上げていない。大臣の御仲も、もとから疎遠でいらっしゃったうえに、故院の在世中は思い通りでいられ たが、御世が替わって、得意顔でいらっしゃるのが、面白くないとお思いになるのも、もっともなことである。  大将は、在世中と変わらずお通いになって、お仕えしていた女房たちをも、かえって以前以上にこまごまとお気を配りになって、若君を大切におか わいがり申されること、この上ないので、しみじみとありがたいお心だと、ますます大切にお世話申し上げなさる事ども、同様である。この上ないご 寵愛で、あまりにもうるさいまでに、お暇もなさそうにお見えになったが、お通いになっていた方々も、あちこちと途絶えなさることもあり、軽率なお忍 び歩きも、つまらないようにお思いなさって、特になさらないので、とてものんびりと、今の方がかえって理想的なお暮らしぶりである。  西の対の姫君のお幸せを、世間の人もお喜び申し上げる。少納言なども、人知れず、「故尼上の御祈祷の効験」と拝している。父親王とも隔意な くお文をお通わし申し上げなさる。正妻腹の、この上なくと願っている方は、これといったこともないので、妬ましいことが多くて、継母の北の方は、 きっと面白くなくお思いであろう。物語にわざと作り出したようなご様子である。  斎院は、御服喪のためにお下がりになったので、朝顔の姫君は、代わってお立ちになった。賀茂の斎院には、孫王のお就きになる例、多くもなか ったが、適当な内親王がいらっしゃらなかったのであろう。大将の君は、幾歳月を経ても、依然としてお忘れになれなかったのを、このように方面が ちがっておしまいになったので、残念にとお思いになる。中将にお便りをおやりになることも、以前と同じで、お手紙などは途絶えていないのだろ う。以前と変わったご様子などを、特に何ともお考えにならず、このようなちょっとした事柄を、気の紛れることのないのにまかせて、あちらこちらと思 い悩んでいらっしゃる。  [第四段 源氏朧月夜と逢瀬を重ねる]  帝は、院の御遺言に背かず、親しくお思いであったが、お若くいらっしゃるうえにも、お心が優し過ぎて、毅然としたところがおありでないのであろ う、母后、祖父大臣、それぞれになさる事に対しては、反対することがおできあそばされず、天下の政治も、お心通りに行かないようである。  厄介な事ばかりが多くなるが、尚侍の君は、密かにお心を通わしているので、無理をなさりつつも、長い途絶えがあるわけではない。五壇の御修 法の初日で、お慎しみあそばす隙間を狙って、いつものように、夢のようにお逢い申し上げる。あの、昔を思い出させる細殿の局に、中納言の君 が、人目を紛らしてお入れ申し上げる。人目の多いころなので、いつもより端近なのが、何となく恐ろしく思わずにはいられない。  朝夕に拝見している人でさえ、見飽きないご様子なので、まして、まれまれにある逢瀬であっては、どうして並々のことであろうか。女のご様子 も、なるほど素晴しいお盛りである。重々しいという点では、どうであろうか、魅力的で優美で若々しい感じがして、好ましいご様子である。  間もなく夜も明けて行こうか、と思われるころに、ちょうどすぐ側で、  「宿直申しの者、ここにおります」  と、声を上げて申告するようである。「自分以外にも、この近辺で密会している近衛府の官人がいるのだろう。こ憎らしい傍輩が教えてよこしたの だろう」と、大将はお聞きになる。面白いと思う一方、厄介である。  あちこちと探し歩いて、  「寅一刻」  と申しているようだ。女君、  「自分からあれこれと涙で袖を濡らすことですわ   夜が明けると教えてくれる声につけましても」  とおっしゃる様子、いじらしくて、まことに魅力的である。  「嘆きながら一生をこのように過ごせというのでしょうか   胸の思いの晴れる間もないのに」  慌ただしい思いで、お出になった。  夜の深い暁の月夜に、何ともいいようのない霧が立ちこめていて、とてもたいそうお忍び姿で、振る舞っていらっしゃるのが、他に似るものがない ほどのご様子で、承香殿の兄君の藤少将が、藤壷から出て来て、月の光が少し蔭になっている立蔀の側に立っていたのを知らないで、お通り過 ぎになったことはお気の毒であったなあ。きっとご非難申し上げるようなこともあるだろうよ。  このような事につけても、よそよそしくて冷たい方のお心を、一方では立派であるとお思い申し上げてはいるものの、自分勝手な気持ちからすれ ば、やはり辛く恨めしい、と思われなさる時が多い。   第三章 藤壷の物語 塗籠事件  [第一段 源氏、再び藤壷に迫る]  内裏に参内なさるようなことは、物馴れない気がし、窮屈にお感じになって、東宮をご後見申し上げなされないのを、気がかりに思われなさる。ま た一方、頼りとする人もいらっしゃらないので、ただこの大将の君を、いろいろとお頼り申し上げていらっしゃったが、依然として、この憎らしいご執心 が止まないうえに、ややもすれば度々胸をお痛めになって、少しも関係をお気づきあそばさずじまいだったのを思うだけでも、とても恐ろしいのに、 今その上にまた、そのような事の噂が立っては、自分の身はともかくも、東宮の御ためにきっとよくない事が出て来よう、とお思いになると、とても 恐ろしいので、ご祈祷までおさせになって、この事をお絶ちいただこうと、あらゆるご思案をなさって逃れなさるが、どのような機会だったのだろう か、思いもかけぬことに、お近づきになった。慎重に計画なさったことを、気づいた女房もいなかったので、夢のようであった。  筆に写して伝えることができないくらい言葉巧みにかき口説き申し上げなさるが、宮、まことにこの上もなく冷たくおあしらい申し上げなさって、遂 には、お胸をひどくお苦しみなさったので、近くに控えていた命婦、弁などは、驚きあきれてご介抱申し上げる。男は、恨めしい、辛い、とお思い申し 上げなさること、この上もないので、過去も未来も、まっ暗闇になった感じで、理性も失せてしまったので、すっかり明けてしまったが、お出にならな いままになってしまった。  ご病気に驚いて、女房たちがお近くに参上して、しきりに出入りするので、茫然自失のまま、塗籠に押し込められていらっしゃる。お召物を隠し持 っている女房たちの心地も、とても気が気でない。宮は、何もかもとても辛い、とお思いになったので、のぼせられて、なおもお苦しみあそばす。兵 部卿宮、大夫などが参上して、  「僧を呼べ」  などと騒ぐのを、大将は、とても辛く聞いていらっしゃる。やっとのことで、暮れて行くころに、ご回復あそばした。  このように籠もっていられようとはお思いにもならず、女房たちも、再びお心を乱させまいと思って、これこれしかじかでとも申し上げないのだろう。 昼の御座にいざり出ていらっしゃる。ご回復そばしたらしいと思って、兵部卿宮もご退出などなさって、御前は人少なになった。いつもお側近くに仕 えさせなさる者は少ないので、あちらこちらの物蔭などに控えている。命婦の君などは、  「どのように人目をくらまして、お出し申し上げよう。今夜までも、おのぼせになられたら、おいたわしい」  などと、ひそひそとささやきもてあましている。  君は、塗籠の戸が細めに開いているのを、静かに押し開けて、御屏風の隙間を伝わってお入りになった。珍しく嬉しいにつけても、涙は落ちて拝 見なさる。  「やはり、とても苦しい。死んでしまうのかしら」  と言って、外の方を遠く見ていらっしゃる横顔、何とも言いようがないほど優美に見える。お果物だけでも、といって差し上げた。箱の蓋などにも、 おいしそうに盛ってあるが、見向きもなさらない。世の中をとても深く思い悩んでいられるご様子で、静かに物思いに耽っていらっしゃる、たいそうい じらしげである。髪の生え際、頭の恰好、御髪のかかっている様子、この上ない美しさなど、まるで、あの対の姫君に異なるところがない。ここ数年 来、少し思い忘れていらしたのを、「驚きあきれるまでよく似ていらっしゃることよ」と御覧になっていらっしゃると、少し執心の晴れる心地がなさる。  気品高く気後れするような様子なども、まったく別人と区別することも難しいのを、やはり、何よりも大切に昔からお慕い申し上げてきた心の思い なしか、「たいそう格別に、お年とともにますますお美しくなってこられたなあ」と、他に比べるものがなくお思いになると、惑乱して、そっと御帳の中 に纏いつくように入り込んで、御衣の褄を引き動かしなさる。気配ははっきり分かり、さっと匂ったので、あきれて不快な気がなさって、そのまま伏 せっておしまいになった。「振り向いて下さるだけでも」と恨めしく辛くて、引き寄せなさると、お召物を脱ぎ滑らせて、いざり退きなさるが、思いがけ ず、御髪がお召し物と一緒に掴まえられたので、まことに情けなく、宿縁の深さ、思い知られなさって、実に辛い、とお思いになった。  男も、長年抑えてこられたお心、すかっり惑乱して、気でも違ったように、すべての事を泣きながらお恨み訴え申し上げなさるが、本当に厭わし い、とお思いになって、お返事も申し上げなさらない。わずかに、  「気分が、とてもすぐれませんので。このようでない時であったら、申し上げましょう」 とおっしゃるが、尽きないお心のたけを言い続けなさる。  そうは言っても、さすがにお心を打つような内容も交じっているのだろう。以前にも関係がないではなかった仲だが、再びこうなって、ひどく情けな くお思いになるので、優しくおっしゃりながらも、とてもうまく言い逃れなさって、今夜もそのまま明けて行く。  しいてお言葉に従い申し上げないのも恐れ多く、奥ゆかしいご様子なので、  「わずか、この程度であっても、時々、大層深い苦しみだけでも、晴らすことができれば、何の大それた考えもございません」  などと、ご安心申し上げなさるのだろう。ありふれたことでさえも、このような間柄には、しみじみとしたことも多く付きまとうというものだが、それ以 上に、匹敵するものがなさそうである。  明けてしまったので、二人して、大変なことになるとご忠告申し上げ、宮は、半ば魂も抜けたような御様子なのが、おいたわしいので、  「世の中にまだ生きているとお聞きあそばすのも、とても恥ずかしいので、このまま死んでしまいますのも、また、この世だけともならぬ罪障となり ましょうことよ」  などと申し上げなさるが、鬼気迫るまでに思いつめていらっしゃった。  「お逢いすることの難しさが今日でおしまいでないならば   いく転生にわたって嘆きながら過すことでしょうか  御往生の妨げにもなっては」 と申し上げなさると、そうは言うものの、ふと嘆息なさって、  「未来永劫の怨みをわたしに残したと言っても   そのようなお心はまた一方ですぐに変わるものと知っていただきたい」  わざと何でもないことのようにおっしゃる様子が、何とも言いようのない気がするが、相手のお思いになることも、ご自分のためにも苦しいので、呆 然自失の心地で、お出になった。  [第二段 藤壷、出家を決意]  「何の面目があって、再びお目にかかることができようか。気の毒だとお気づきになるだけでも」とお思いになって、後朝の文も差し上げなさらな い。すっかりもう、内裏、東宮にも参内なさらず、籠もっていらして、寝ても覚めても、「本当にひどいお気持ちの方だ」と、体裁が悪いほど恋しく悲し いので、気も魂も抜け出してしまったのだろうか、ご気分までが悪く感じられる。何となく心細く、「どうしてか、世の中に生きていると嫌なことばかり 増えていくのだろう」と、発意なさる一方では、この女君がとてもかわいらしげで、心からお頼り申し上げていらっしゃるのを、振り捨てるようなこと、 とても難しい。  宮も、あの事があとを引いて、普段通りでいらっしゃらない。こうわざとらしく籠もっていらして、お便りもなさらないのを、命婦などはお気の毒がり 申し上げる。宮も、東宮の御身の上をお考えになると、「お心隔てをお置きになること、お気の毒であるし、世の中をつまらないものとお思いになっ たら、一途に出家を思い立つ事もあろうか」と、やはり苦しくお思いにならずにはいられないのだろう。  「このようなことが止まなかったら、ただでさえ辛い世の中に、嫌な噂までが立てられるだろう。大后が、けしからんことだとおっしゃっているという 地位をも退いてしまおう」と、次第にお思いになる。故院が御配慮あそばして仰せになったことが、並大抵のことではなかったことをお思い出しにな るにも、「すべてのことが、以前と違って、変わって行く世の中のようだ。戚夫人が受けたような辱めではなくても、きっと、世間の物嗤いになるよう なことは、身の上に起こるにちがいない」などと、世の中が厭わしく、生きて行きがたく感じられずにはいられないので、出家してしまうことを御決意 なさるが、東宮に、お眼にかからないで尼姿になること、悲しく思われなさるので、こっそりと参内なさった。  大将の君は、それほどでないことでさえ、お気づきにならないことなくお仕え申し上げていらっしゃるが、ご気分がすぐれないことを理由にして、お 送りの供奉にも参上なさらない。一通りのお世話は、いつもと同じようだが、「すっかり、気落ちしていらっしゃる」と、事情を知っている女房たちは、 お気の毒にお思い申し上げる。  宮は、たいそうかわいらしく御成長されて、珍しく嬉しいとお思いになって、おまつわり申し上げなさるのを、いとしいと拝見なさるにつけても、御決 意なさったことはとても難しく思われるが、宮中の雰囲気を御覧になるにつけても、世の中のありさま、しみじみと心細く、移り変わって行くことばか りが多い。  大后のお心もとても煩わしくて、このようにお出入りなさるにつけても、体裁悪く、何かにつけて辛いので、東宮のお身の上のためにも危険で恐ろ しく、万事につけてお思い乱れて、  「御覧にならないで、長い間のうちに、姿形が違ったふうに嫌な恰好に変わりましたら、どのようにお思いあそばしますか」  とお申し上げなさると、お顔をじっとお見つめになって、  「式部のようになの。どうして、そのようにはおなりになりましょう」  と、笑っておっしゃる。何とも言いようがなくいじらしいので、  「あの人は、年老いていますので醜いのですよ。そうではなくて、髪はそれよりも短くして、黒い衣などを着て、夜居の僧のようになりましょうと思う ので、お目にかかることも、ますます間遠になるにちがいありませんよ」  と言ってお泣きになると、真剣になって、  「長い間いらっしゃらないのは、恋しいのに」  と言って、涙が落ちたので、恥ずかしいとお思いになって、それでも横をお向きになっていらっしゃる、お髪はふさふさと美しくて、目もとがやさしく 輝いていらっしゃる様子、大きく成長なさっていくにつれて、まるで、あの方のお顔を移し変えなさったようである。御歯が少し虫歯になって、口の中 が黒ずんで、笑っていらっしゃる輝く美しさは、女として拝見したい美しさである。「とても、こんなに似ていらっしゃるのが、心配だ」と、玉の疵にお思 いなされるのも、世間のうるさいことが、空恐ろしくお思いになられるのであった。   第四章 光る源氏の物語 雲林院参籠  [第一段 秋、雲林院に参籠]  大将の君は、東宮をたいそう恋しくお思い申し上げになっているが、「情けないほど冷たいお心のほどを、時々は、お悟りになるようにお仕向け申 そう」と、じっと堪えながらお過ごしなさるが、体裁が悪く、所在なく思われなさるので、秋の野も御覧になるついでに、雲林院に参詣なさった。  「故母御息所のご兄妹の律師が籠もっていらっしゃる坊で、法文などを読み、勤行をしよう」 とお思いになって、二、三日いらっしゃると、心打たれ る事柄が多かった。  紅葉がだんだん一面に色づいてきて、秋の野がとても優美な様子などを御覧になって、邸のことなども忘れてしまいそうに思われなさる。法師た ちで、学才のある者ばかりを召し寄せて、論議させてお聞きあそばす。場所柄のせいで、ますます世の中の無常を夜を明かしてお考えになっても、 やはり、「つれない人こそ、恋しく思われる」と、思い出さずにはいらっしゃれない明け方の月の光に、法師たちが閼伽棚にお供え申そうとして、から からと鳴らしながら、菊の花、濃い薄い紅葉など、折って散らしてあるのも、些細なことのようだが、  「この方面のお勤めは、この世の所在なさの慰めになり、また来世も頼もしげである。それに引き比べ、つまらない身の上を持て余していること よ」  などと、お思い続けなさる。律師が、とても尊い声で、  「念仏衆生摂取不捨」  と、声を引き延ばして読経なさっているのは、とても羨ましいので、「どうして自分は」とお考えになると、まず、姫君が心にかかって思い出されな さるのは、まことに未練がましい悪い心であるよ。  いつにない長い隔ても、不安にばかり思われなさるので、お手紙だけは頻繁に差し上げなさるようである。  「現世を離れることができようかと、ためしにやって来たのですが、所在ない気持ちも慰めがたく、心細さが募るばかりで。途中までしか聞いてい ない事があって、ぐずぐずしておりますが、いかがお過ごしですか」  などと、陸奥紙に、気楽にお書きになっているのまでが、素晴らしい。  「浅茅生に置く露のようにはかないこの世にあなたを置いてきたので   まわりから吹きつける世間の激しい風を聞くにつけ、気ががりでなりません」  などと情愛こまやかに書かれているので、女君もついお泣きになってしまった。お返事は、白い色紙に、  「風が吹くとまっ先に乱れて色変わりするはかない浅茅生の露の上に   糸をかけてそれを頼りに生きている蜘蛛のようなわたしですから」  とだけあるので、「ご筆跡はとても上手になっていくばかりだなあ」と、独り言を洩らして、かわいいと微笑んでいらっしゃる。  いつも手紙をやりとりなさっているので、ご自分の筆跡にとてもよく似て、さらに少しなよやかで、女らしさが書き加わっていらっしゃった。「どのよう な事につけても、まあまあに育て上げたものよ」とお思いになる。  [第二段 朝顔斎院と和歌を贈答]  吹き通う風も近い距離なので、斎院にも差し上げなさった。中将の君に、  「このように、旅の空に、物思いゆえに身も魂もさまよい出たのを、ご存知なはずはありますまいね」  などと、恨み言を述べて、御前には、  「口に上して言うことは恐れ多いことですけれど   その昔の秋のころのことが思い出されます  昔の仲を今に、と存じます甲斐もなく、取り返せるもののようにも」  と、親しげに、唐の浅緑の紙に、榊に木綿をつけたりなど、神々しく仕立てて差し上げさせなさる。  お返事、中将、  「気の紛れることもなくて、過ぎ去ったことを思い出してはその所在なさに、お偲び申し上げること、多くございますが、何の甲斐もございません事 ばかりで」  と、少し丹念に多く書かれていた。御前の歌は、木綿の片端に、  「その昔どうだったとおっしゃるのでしょうか   心にかけて偲ぶとおっしゃるわけは  近い世には」  とある。  「ご筆跡、こまやかな美しさではないが、巧みで、草書きなど美しくなったものだ。ましてや、お顔も、いよいよ美しくなられたろう」と想像されるの も、心が騒いで、恐ろしいことよ。  「ああ、このころであったよ。野宮でのしみじみとした事は」とお思い出しになって、「不思議に、同じような事だ」と、神域を恨めしくお思いになられ るご性癖が、見苦しいことである。是非にとお思いなら、望みのようにもなったはずのころには、のんびりとお過ごしになって、今となって悔しくお思 いになるらしいのも、奇妙なご性質だことよ。  齋院も、このような一通りでないお気持ちをよくお見知り申し上げていらっしゃるので、時たまのお返事などには、あまりすげなくはお応え申すこと もできないようである。少し困ったことである。  六十巻という経文、お読みになり、不明な所々を解説させたりなどしていらっしゃるのを、「山寺にとっては、たいそうな光明を修行の力でお祈り出 し申した」と、「仏の御面目が立つことだ」と、賎しい法師連中までが喜び合っていた。静かにして、世の中のことをお考え続けなさると、帰ることも 億劫な気持ちになってしまいそうだが、姫君一人の身の上をご心配なさるのが心にかかる事なので、長くはいらっしゃれないで、寺にも御誦経の 御布施を立派におさせになる。伺候しているすべての、身分の上下を問わない僧ども、その周辺の山賎にまで、物を下賜され、あらゆる功徳を施し て、お出になる。お見送り申そうとして、あちらこちらに、賎しい柴掻き人連中が集まっていて、涙を落としながら拝し上げる。黒いお車の中に、喪服 を着て質素にしていらっしゃるので、よくはっきりお見えにならないが、かすかなご様子を、またとなく素晴らしい人とお思い申し上げているようであ る。  [第三段 源氏、二条院に帰邸]  女君は、この数日間に、いっそう美しく成長なさった感じがして、とても落ち着いていらして、男君との仲が今後どうなって行くのだろうと思っている 様子が、いじらしくお思いなさるので、困った心がさまざまに乱れているのがはっきりと目につくのだろうか、「色変わる」とあったのも、かわいらしく 思われて、いつもよりも親密にお話し申し上げなさる。  山の土産にお持たせになった紅葉、お庭先のと比べて御覧になると、格別に一段と染めてあった露の心やりも、そのままにはできにくく、久しい ご無沙汰も体裁悪いまで思われなさるので、ただ普通の贈り物として、宮に差し上げなさる。命婦のもとに、  「参内あそばしたのを、珍しい事とお聞きいたしましたが、東宮との間の事、ご無沙汰いたしておりましたので、気がかりに存じながらも、仏道修 行を致そうなどと、計画しておりました日数を、不本意なことになってはと、何日にもなってしまいました。紅葉は、独りで見ていますと、せっかくの 美しさも残念に思われましたので。よい折に御覧下さいませ」  などとある。  なるほど、立派な枝ぶりなので、お目も惹きつけられると、いつものように、ちょっとした文が結んであるのだった。女房たちが拝見しているので、 お顔の色も変わって、  「依然として、このようなお心がお止みにならないのが、ほんとうに嫌なこと。惜しいことに思慮深くいらっしゃる方が、考えもなく、このようなこと、 時々お加えなさるのを、女房たちもきっと変だと思うであろう」  と、気に食わなく思われなさって、瓶に挿させて、廂の柱のもとに押しやらせなさった。  [第四段 朱雀帝と対面]  一般の事柄で、宮の御事に関することなどは、頼りにしている様子に、素っ気ないお返事ばかりを申し上げなさるので、「なんと冷静に、どこまで も」と、愚痴をこぼしたく御覧になるが、どのような事でもご後見申し上げ馴れていらっしゃるので、「女房が変だと、怪しんだりしたら大変だ」とお思 いになって、退出なさる予定の日に、参内なさった。  まず最初、帝の御前に参上なさると、くつろいでいらっしゃるところで、昔今のお話を申し上げなさる。御容貌も、院にとてもよくお似申していらし て、さらに一段と優美な点が付け加わって、お優しく穏やかでおいであそばす。お互いに懐かしく思ってお会いなさる。  尚侍の君の御ことも、依然として仲が切れていないようにお聞きあそばし、それらしい様子を御覧になる折もあるが、  「どうして、今に始まったことならばともかく、前から続いていたことなのだ。そのように心を通じ合っても、おかしくはない二人の仲なのだ」  と、しいてそうお考えになって、お咎めあそばさないのであった。  いろいろなお話、学問上で不審にお思いあそばしている点など、お尋ねあそばして、また、色めいた歌の話なども、お互いに打ち明けお話し申し 上げなさる折に、あの斎宮がお下りになった日のこと、ご容貌が美しくおいであそばしたことなど、お話しあそばすので、自分も気を許して、野宮の しみじみとした明け方の話も、すっかりお話し申し上げてしまったのであった。  二十日の月、だんだん差し昇ってきて、風情ある時分なので、  「管弦の御遊なども、してみたい折だね」  と仰せになる。  「中宮が、今夜、御退出なさるそうで、そのお世話に参りましょう。院の御遺言あそばしたことがございましたので。他に、御後見申し上げる人も ございませんようなので。東宮の御縁、気がかりに存じられまして」  とお断り申し上げになる。  「東宮を、わたしの養子にしてなどと、御遺言あそばされたので、とりわけ気をつけてはいるのだが、特別に区別した扱いにするのも、今さらどう かしらと思って。お年の割に、御筆跡などが格別に立派でいらっしゃるようだ。何事においても、ぱっとしないわたしの面目をほどこしてくれることに なる」  と、仰せになるので、  「おおよそ、なさることなどは、とても賢く大人のような様子でいらっしゃるが、まだ、とても不十分で」  などと、その御様子も申し上げなさって、退出なさる時に、大宮のご兄弟の藤大納言の子で、頭の弁という者が、時流に乗って、今を時めく若者 なので、何も気兼ねすることのないのであろう、妹の麗景殿の御方に行くところに、大将が先払いをひそやかにすると、ちょっと立ち止まって、  「白虹が日を貫いた。太子は、懼ぢた」  と、たいそうゆっくりと朗誦したのを、大将、まことに聞きにくいとお聞きになったが、何の咎め立てできることであろうか。后の御機嫌は、ひどく恐 ろしく、厄介な噂ばかり聞いているうえに、このように一族の人々までも、態度に現して非難して言うらしいことがあるのを、厄介に思われなさった が、知らないふりをなさっていた。  [第五段 藤壷に挨拶]  「御前に伺候して、今まで、夜を更かしてしまいました」  と、ご挨拶申し上げなさる。  月が明るく照っているので、「昔、このような時には、管弦の御遊をあそばされて、華やかにお扱いしてくださった」などと、お思い出しになると、同 じ宮中ながらも、変わってしまったことが多く悲しい。  「宮中には霧が幾重にもかかっているのでしょうか   雲の上で見えない月をはるかにお思い申し上げますことよ」  と、命婦を取り次ぎにして、申し上げさせなさる。それほど離れた距離ではないので、御様子も、かすかではあるが、慕わしく聞こえるので、辛い 気持ちも自然と忘れられて、まっ先に涙がこぼれた。  「月の光は昔の秋と変わりませんのに   隔てる霧のあるのがつらく思われるのです  霞も仲を隔てるとか、昔もあったことでございましょうか」  などと、申し上げなさる。  宮は、春宮をいつまでも名残惜しくお思い申し上げなさって、あらゆる事柄をお話し申し上げなさるが、深くお考えにならないのを、ほんとうに不安 にお思い申し上げなさる。いつもは、とても早くお寝みになるのを、「お帰りになるまでは起きていよう」とお考えなのであろう。残念そうにお思いで いたが、そうはいうものの、後をお慕い申し上げることのおできになれないのを、とてもいじらしいと、お思い申し上げなさる。  [第六段 初冬のころ、源氏朧月夜と和歌贈答]  大将、頭の弁が朗誦したことを考えると、お気が咎めて、世の中が厄介に思われなさって、尚侍の君にもお便りを差し上げなさることもなく、長い ことになってしまった。  初時雨、早くもその気配を見せたころ、どうお思いになったのであろうか、向こうから、  「木枯が吹くたびごとに訪れを待っているうちに   長い月日が経ってしまいました」  と差し上げなさった。時節柄しみじみとしたころであり、無理をしてこっそりお書きになったらしいお気持ちも、いじらしいので、お使いを留めさせ て、唐の紙をお入れあそばしている御厨子を開けさせなさって、特別上等なのをあれこれ選び出しなさって、筆を念入りに整えて認めていらっしゃる 様子、優美なので、御前の女房たちは、「どなたのであろう」と、互いにつっ突き合っている。  「お便り差し上げても、何の役にも立たないのに懲りまして、すっかり気落ちしておりました。自分だけが情けなく思われていたところに、   お逢いできずに恋い忍んで泣いている涙の雨までを   ありふれた秋の時雨とお思いなのでしょうか  心が通じるならば、どんなに物思いに沈んでいる気持ちも、紛れることでしょう」  などと、つい情のこもった手紙になってしまった。  このようにお便りを差し上げる人々は多いようであるが、無愛想にならないようお返事をなさって、お気持ちには深くしみこまないのであろう。   第五章 藤壷の物語 法華八講主催と出家  [第一段 十一月一日、故桐壷院の御国忌]  中宮は、故院の一周忌の御法事に引き続き、御八講の準備にいろいろとお心をお配りあそばすのであった。  霜月の上旬、御国忌の日に、雪がたいそう降った。大将殿から宮にお便り差し上げなさる。  「故院にお別れ申した日がめぐって来ましたが、雪はふっても   その人にまた行きめぐり逢える時はいつと期待できようか」  どちらも、今日は物悲しく思わずにいらっしゃれない日なので、お返事がある。  「生きながらえておりますのは辛く嫌なことですが   一周忌の今日は、故院の在世中のような思いがいたしまして」  格別に念を入れたのでもないお書きぶりだが、上品で気高いのは思い入れであろう。書風が独特で当世風というのではないが、他の人には優 れてお書きあそばしている。今日は、宮へのご執心も抑えて、しみじみと雪の雫に濡れながら御追善の法事をなさる。  [第二段 十二月十日過ぎ、藤壷、法華八講主催の後、出家す]  十二月の十日過ぎころ、中宮の御八講である。たいそう荘厳である。毎日供養なさる御経をはじめ、玉の軸、羅の表紙、帙簀の装飾も、この世に またとない様子に御準備させなさっていた。普通の催しでさえ、この世のものとは思えないほど立派にお作りになっていらっしゃるので、まして言う までもない。仏像のお飾り、花机の覆いなどまで、本当の極楽浄土が思いやられる。  第一日は、先帝の御ため。第二日は、母后の御ため。次の日は、故院の御ため。第五巻目の日なので、上達部なども、世間の思惑に遠慮なさ ってもおれず、おおぜい参上なさった。今日の講師は、特に厳選あそばしていらっしゃるので、「薪こり」という讃歌をはじめとして、同じ唱える言葉 でも、たいそう尊い。親王たちも、さまざまな供物を捧げて行道なさるが、大将殿のお心づかいなど、やはり他に似るものがない。いつも同じことの ようだが、拝見する度毎に素晴らしいのは、どうしたらよいだろうか。  最終日は、御自身のことを結願として、出家なさる旨、仏に僧からお申し上げさせなさるので、参集の人々はお驚きになった。兵部卿宮、大将が お気も動転して、驚きあきれなさる。  親王は、儀式の最中に座を立って、お入りになった。御決心の固いことをおっしゃって、終わりころに、山の座主を召して、戒をお受けになる旨、仰 せになる。御伯父の横川の僧都、お近くに参上なさって、お髪を下ろしなさる時、宮邸中どよめいて、不吉にも泣き声が満ちわたった。 たいしたこと もない老い衰えた人でさえ、今は最後と出家をする時は、不思議と感慨深いものなのだが、まして、前々からお顔色にもお出しにならなかったこと なので、親王もひどくお泣きになる。  参集なさった方々も、大方の成り行きも、しみじみ尊いので、皆、袖を濡らしてお帰りになったのであった。  故院の皇子たちは、在世中の御様子をお思い出しになると、ますます、しみじみと悲しく思わずにはいらっしゃれなくて、皆、お見舞いの詞をお掛 け申し上げなさる。大将は、お残りになって、お言葉かけ申し上げるすべもなく、目の前がまっ暗闇に思われなさるが、「どうして、そんなにまで」 と、人々がお見咎め申すにちがいないので、親王などがお出になった後に、御前に参上なさった。  だんだんと人の気配が静かになって、女房連中、鼻をかみながら、あちこちに群れかたまっていた。月は隈もなく照って、雪が光っている庭の様 子も、昔のことが遠く思い出されて、とても堪えがたく思われなさるが、じっとお気持ちを鎮めて、  「どのように御決意あそばして、このように急な」  とお尋ね申し上げになる。  「今初めて、決意致したのではございませんが、何となく騒々しいようになってしまったので、決意も揺らいでしまいそうで」  などと、いつものように、命婦を通じて申し上げなさる。  御簾の中の様子、おおぜい伺候している女房の衣ずれの音、わざとひっそりと気をつけて、振る舞い身じろぎながら、悲しみが慰めがたそうに外 へ漏れくる様子、もっともなことで、悲しいと、お聞きになる。  風、激しく吹き吹雪いて、御簾の内の匂い、たいそう奥ゆかしい黒方に染み込んで、名香の煙もほのかである。大将の御匂いまで薫り合って、素 晴らしく、極楽浄土が思いやられる今夜の様子である。  春宮からの御使者も参上した。仰せになった時のこと、お思い出しあそばされると、固い御決意も堪えがたくて、お返事も最後まで十分にお申し 上げあそばされないので、大将が、言葉をお添えになったのであった。  どなたもどなたも、皆が悲しみに堪えられない時なので、思っていらっしゃる事なども、おっしゃれない。  「月のように心澄んだ御出家の境地をお慕い申しても   なおも子どもゆえのこの世の煩悩に迷い続けるのであろうか  と存じられますのが、どうにもならないことで。出家を御決意なさった恨めしさは、この上もなく」  とだけお申し上げになって、女房たちがお側近くに伺候しているので、いろいろと乱れる心中の思いさえ、お表し申すことができないので、気が晴 れない。  「世間一般の嫌なことからは離れたが、子どもへの煩悩は   いつになったらすっかり離れ切ることができるのであろうか  一方では、煩悩を断ち切れずに」  などと、半分は取次ぎの女房のとりなしであろう。悲しみの気持ちばかりが尽きないので、胸の苦しい思いで退出なさった。  [第三段 後に残された源氏]  お邸でも、ご自分のお部屋でただ独りお臥せりになって、お眠りになることもできず、世の中が厭わしく思われなさるにつけても、春宮の御身の上 のことばかりが気がかりである。  「せめて母宮だけでも表向きの御後見役にと、お考えおいておられたのに、世の中の嫌なことに堪え切れず、このようにおなりになってしまったの で、もとの地位のままでいらっしゃることもおできになれまい。自分までがご後見申し上げなくなってしまったら」などと、お考え続けなさり、夜を明か すこと、一再でない。  「今となっては、こうした方面の御調度類などを、さっそくに」とお思いになると、年内にと考えて、お急がせなさる。命婦の君もお供して出家してし まったので、その人にも懇ろにお見舞いなさる。詳しく語ることも、仰々しいことになるので、省略したもののようである。実のところ、このような折に こそ、趣の深い歌なども出てくるものだが、物足りないことよ。  参上なさっても、今は遠慮も薄らいで、御自身でお話を申し上げなさる時もあるのであった。ご執心であったことは、全然お心からなくなってはな いが、言うまでもなく、あってはならないことである。   第六章 光る源氏の物語 寂寥の日々  [第一段 諒闇明けの新年を迎える]  年も改まったので、宮中辺りは賑やかになり、内宴、踏歌などとお聞きになっても、何となくしみじみとした気持ちばかりせられて、御勤行をひっそ りとなさりながら、来世のことばかりをお考えになると、末頼もしく、厄介に思われたこと、遠い昔の事に思われる。いつもの御念誦堂は、それはそ れとして、特別に建立された御堂の、西の対の南に当たって、少し離れた所にお渡りあそばして、格別に心をこめた御勤行をあそばす。  大将、参賀に上がった。新年らしく感じられるものもなく、宮邸の中はのんびりとして、人目も少なく、中宮職の者で親しい者だけ、ちょっとうなだ れて、思いなしであろうか、思い沈んだふうに見える。  白馬の節会だけは、やはり昔に変わらないものとして、女房などが見物した。所狭しと参賀に参集なさった上達部など、道を避け避けして通り過 ぎて、向かいの大殿に参集なさるのを、こういうものであるが、しみじみと感じられるところに、一人当千といってもよいご様子で、志深く年賀に参上 なさったのを見ると、無性に涙がこぼれる。  客人も、たいそうしみじみとした様子に、見回しなさって、直ぐにはお言葉も出ない。様変わりしたお暮らしぶりで、御簾の端、御几帳も青鈍色に なって、隙間隙間から微かに見えている薄鈍色、くちなし色の袖口など、かえって優美で、奥ゆかしく想像されなさる。「一面に解けかかっている池 の薄氷、岸の柳の芽ぶきは、時節を忘れていない」などと、あれこれと感慨を催されて、「なるほど情趣を解する」と、ひっそりと朗唱なさっている、 またとなく優美である。  「物思いに沈んでいらっしゃるお住まいかと存じますと   何より先に涙に暮れてしまいます」  と申し上げなさると、奥深い所でもなく、すべて仏にお譲り申していらっしゃる御座所なので、ちょっと身近な心地がして、  「昔の俤さえないこのような所に   立ち寄ってくださるとは珍しいですね」  とおっしゃるのが、微かに聞こえるので、堪えていたが、涙がほろほろとおこぼれになった。 世の中を悟り澄ましている尼君たちが見ているだろう のも、体裁が悪いので、言葉少なにしてお帰りになった。  「なんと、またとないくらい立派にお成りですこと」  「何の不足もなく世に栄え、時流に乗っていらっしゃった時は、そうした人にありがちのことで、どのようなことで人の世の機微をお知りになるだろう か、と思われておりましたが」  「今はたいそう思慮深く落ち着いていられて、ちょっとした事につけても、しんみりとした感じまでお加わりになった のは、どうにも気の毒でなりませんね」  などと、年老いた女房たち、涙を流しながら、お褒め申し上げる。宮も、お思い出しになる事が多かった。  [第二段 源氏一派の人々の不遇]  司召のころ、この宮の人々は、当然賜るはずの官職も得られず、世間一般の道理から考えても、宮の御年官でも、必ずあるはずの加階などさえ なかったりして、嘆いている者がたいそう多かった。このように出家しても、直ちにお位を去り、御封などが停止されるはずもないのに、出家にかこ つけて変わることが多かった。すべて既にお捨てになった世の中であるが、宮に仕えている人々も、頼りなげに悲しいと思っている様子を見るにつ けて、お気持ちの納まらない時々もあるが、「自分の身を犠牲にしてでも、東宮の御即位が無事にお遂げあそばされるなら」とだけお考えになって は、御勤行に余念なくお勤めあそばす。  人知れず危険で不吉にお思い申し上げあそばす事があるので、「わたしにその罪障を軽くして、お宥しください」と、仏をお念じ申し上げることによ って、万事をお慰めになる。  大将も、そのように拝見なさって、ごもっともであるとお考えになる。こちらの殿の人々も、また同様に、辛いことばかりあるので、世の中を面白く なく思わずにはいらっしゃれなくて、退き籠もっていらっしゃる。  左大臣も、公私ともに変わった世の中の情勢に、億劫にお思いになって、致仕の表を上表なさるのを、帝は、故院が重大な重々しい御後見役と お考えになって、いつまでも国家の柱石と申された御遺言をお考えになると、見捨てにくい方とお思い申していらっしゃるので、無意味なことだと、 何度もお許しあそばさないが、無理に御返上申されて、退き籠もっておしまいになった。  今では、ますます一族だけが、いやが上にもお栄えになること、この上ない。世の重鎮でいらっしゃった大臣が、このように政界をお退きになった ので、帝も心細くお思いあそばし、世の中の人も、良識のある人は皆嘆くのであった。  ご子息たちは、どの方も皆人柄が良く朝廷に用いられて、得意そうでいらっしゃったが、すっかり沈んで、三位中将なども、前途を悲観している様 子、格別である。あの四の君との仲も、相変わらず、間遠にお通いになっては、心外なお扱いをなさっているので、気を許した婿君の中にはお入れ にならない。思い知れというのであろうか、今度の司召にも漏れてしまったが、たいして気にはしていない。  大将殿、このようにひっそりとしていらっしゃるので、世の中というものは無常なものだと思えたので、まして当然のことだ、としいてお考えになっ て、いつも参上なさっては、学問も管弦のお遊びをもご一緒になさる。  昔も、気違いじみてまで、張り合い申されたことをお思い出しになって、お互いに今でもちょっとした事につけてでも、そうはいうものの張り合って いらっしゃる。  春秋の季の御読経はいうまでもなく、臨時のでも、あれこれと尊い法会をおさせになったりなどして、また一方、無聊で暇そうな博士連中を呼び 集めて、作文会、韻塞ぎなどの気楽な遊びをしたりなど、気を晴らして、宮仕えなどもめったになさらず、お気の向くままに遊び興じていらっしゃるの を、世間では、厄介なことをだんだん言い出す人々がきっといるであろう。  [第三段 韻塞ぎに無聊を送る]  夏の雨、静かに降って、所在ないころ、中将、適当な詩集類をたくさん持たせて参上なさった。殿でも、文殿を開けさせなさって、まだ開いたこと のない御厨子類の中の、珍しい古集で由緒あるものを、少し選び出させなさって、その道に堪能な人々、特別にというのではないが、おおぜい呼 んであった。殿上人も大学の人も、とてもおおぜい集まって、左方と右方とに交互に組をお分けになった。賭物なども、又となく素晴らしい物で、競 争し合った。  韻塞ぎが進んで行くにつれて、難しい韻の文字類がとても多くて、世に聞こえた博士連中などがまごついている箇所箇所を、時々口にされる様 子、実に深い学殖である。  「どうして、こうも満ち足りていらっしたのだろう」  「やはり前世の因縁で、何事にも、人に優っていらっしゃるのであるなあ」  と、お褒め申し上げる。最後には、右方が負けた。  二日ほどして、中将が負け饗応をなさった。大げさではなく、優美な桧破子類、賭物などがいろいろとあって、今日もいつもの人々、おおぜい招い て、漢詩文などをお作らせになる。  階のもとの薔薇、わずかばかり咲いて、春秋の花盛りよりもしっとりと美しいころなので、くつろいで合奏をなさる。  中将のご子息で、今年初めて童殿上する、八、九歳ほどで、声がとても美しく、笙の笛を吹いたりなどする子を、かわいがりお相手なさる。四の君 腹の二郎君であった。世間の心寄せも重くて、特別大切に扱っていた。気立ても才気があふれ、顔形も良くて、音楽のお遊びが少しくだけてゆくこ ろ、「高砂」を声張り上げて謡う、とてもかわいらしい。大将の君、お召物を脱いでお与えになる。  いつもよりは、お乱れになったお顔の色つや、他に似るものがなく見える。羅の直衣に、単重を着ていらっしゃるので、透いてお見えになる肌、い よいよ美しく見えるので、年老いた博士連中など、遠くから拝見して、涙落としながら座っていた。「逢いたいものを、小百合の花の」と謡い終わると ころで、中将、お杯を差し上げなさる。  「それを見たいと思っていた今朝咲いた花に   劣らないお美しさのわが君でございます」  苦笑して、お受けになる。  「時節に合わず今朝咲いた花は夏の雨に   萎れてしまったらしい、美しさを見せる間もなく  すっかり衰えてしまったものを」  と、陽気に戯れて、酔いの紛れの言葉とお取りなしになるのを、お咎めになる一方で、無理に杯をお進めになる。  多く詠まれたらしい歌も、このような時の真面目でない歌、数々書き連ねるのも、はしたないわざだと、貫之の戒めていることであり、それに従っ て、面倒なので省略した。すべて、この君を讃えた趣旨ばかりで、和歌も漢詩も詠み続けてあった。ご自身でも、たいそう自負されて、  「文王の子、武王の弟」  と、口ずさみなさったご自認の言葉までが、なるほど、立派である。「成王の何」と、おっしゃろうというのであろうか。それだけは、また自信がない であろうよ。  兵部卿宮も常にお越しになっては、管弦のお遊びなども、嗜みのある宮なので、華やかなお相手である。   第七章 朧月夜の物語 村雨の紛れの密会露見  [第一段 源氏、朧月夜と密会中、右大臣に発見される]  そのころ、尚侍の君が退出なさっていた。瘧病に長く患いなさって、加持祈祷なども気楽に行おうとしてであった。修法など始めて、お治りになっ たので、どなたもどなたも、喜んでいらっしゃる時に、例によって、めったにない機会だからと、お互いに示し合わせなさって、無理を押して、毎夜毎 夜お逢いなさる。  まことに女盛りで、豊かで派手な感じがなさる方が、少し病んで痩せた感じにおなりでいらっしゃるところ、実に魅力的である。  后宮も同じ邸にいらっしゃるころなので、感じがとても恐ろしい気がしたが、このような危険な逢瀬こそかえって思いの募るご性癖なので、たいそ うこっそりと、度重なってゆくと、気配を察知する女房たちもきっといたにちがいないだろうが、厄介なことと思って、宮には、そうとは申し上げない。  大臣は、もちろん思いもなさらないが、雨が急に激しく降り出して、雷がひどく鳴り轟いていた暁方に、殿のご子息たちや、后宮職の官人たちなど 立ち騒いで、ここかしこに人目が多く、女房どももおろおろ恐がって、近くに参集していたので、まことに困って、お帰りになるすべもなくて、すっかり 明けてしまった。  御帳台のまわりにも、女房たちがおおぜい並び伺候しているので、まことに胸がどきどきなさる。事情を知っている女房二人ほど、どうしたらよい か分からないでいる。  雷が鳴りやんで、雨が少し小降りになったころに、大臣が渡っていらして、まず最初、宮のお部屋にいらしたが、村雨の音に紛れてご存知でなか ったところへ、気軽にひょいとお入りになって、御簾を巻き上げなさりながら、  「いががですか。とてもひどい昨夜の荒れ模様を、ご心配申し上げながら、お見舞いにも参りませんでしたが。中将、宮の亮などは、お側にいまし たか」  などと、おっしゃる様子が、早口で軽率なのを、大将は、危険な時にでも、左大臣のご様子をふとお思い出しお比べになって、比較しようもないほ ど、つい笑ってしまわれる。なるほど、すっかり入ってからおっしゃればよいものを。  尚侍の君、とてもやりきれなくお思いになって、静かにいざり出なさると、顔がたいそう赤くなっているのを、「まだ苦しんでいられるのだろうか」と 御覧になって、  「どうして、まだお顔色がいつもと違うのか。物の怪などがしつこいから、修法を続けさせるべきだった」  とおっしゃると、薄二藍色の帯が、お召物にまつわりついて出ているのをお見つけになって、変だとお思いになると、また一方に、懐紙に歌など書 きちらしたものが、御几帳のもとに落ちていた。「これはいったいどうしたことか」と、驚かずにはいらっしゃれなくて、  「あれは、誰のものか。見慣れない物だね。見せてください。それを手に取って誰のものか調べよう」  とおっしゃるので、振り返ってみて、ご自分でもお見つけになった。ごまかすこともできないので、どのようにお応え申し上げよう。呆然としていらっ しゃるのを、「我が子ながら恥ずかしいと思っていられるのだろう」と、これほどの方は、お察しなさって遠慮すべきである。しかし、まことに性急で、 ゆったりしたところがおありでない大臣で、後先のお考えもなくなって、懐紙をお持ちになったまま、几帳から覗き込みなさると、まことにたいそうし なやかな恰好で、臆面もなく添い臥している男もいる。今になって、そっと顔をひき隠して、あれこれと身を隠そうとする。あきれて、癪にさわり腹立 たしいけれど、面と向かっては、どうして暴き立てることがおできになれようか。目の前がまっ暗になる気がするので、この懐紙を取って、寝殿にお 渡りになった。  尚侍の君は、呆然自失して、死にそうな気がなさる。大将殿も、「困ったことになった、とうとう、つまらない振る舞いが重なって、世間の非難を受 けるだろうことよ」とお思いになるが、女君の気の毒なご様子を、いろいろとお慰め申し上げなさる。  [第二段 右大臣、源氏追放を画策する]  大臣は、思ったままに、胸に納めて置くことのできない性格の上に、ますます老寄の僻みまでお加わりになっていたので、これはどうしてためらっ たりなさろうか。ずけずけと、宮にも訴え申し上げなさる。  「これこれしかじかのことがございました。この懐紙は、右大将のご筆跡である。以前にも、許しを受けないで始まった仲であるが、人品の良さに 免じていろいろ我慢して、それでは婿殿にしようかと、言いました時は、心にも止めず、失敬な態度をお取りになったので、不愉快に存じましたが、 前世からの宿縁なのかと思って、決して清らかでなくなったからといっても、お見捨てになるまいことを信頼して、このように当初どおり差し上げなが ら、やはり、その遠慮があって、晴れ晴れしい女御などともお呼ばせになれませんでしたことさえ、物足りなく残念に存じておりましたのに、再び、 このような事までがございましたのでは、改めてたいそう情けない気持ちになってしまいました。男の習性とは言いながら、大将もまことにけしから んご性癖であるよ。斎院にもやはり手を出し手を出ししては、こっそりとお手紙のやりとりなどをして、怪しい様子だなどと、人が話しましたのも、国 家のためばかりでなく、自分にとっても決して良いことではないので、まさかそのような思慮分別のないことは、し出かさないだろうと、当代の知識 人として、天下を風靡していらっしゃる様子、格別のようなので、大将のお心を、疑ってもみなかった」  などとおっしゃると、宮は、さらにきついご気性なので、とてもお怒りの態度で、  「帝と申し上げるが、昔からどの人も軽んじお思い申し上げて、致仕の大臣も、またとなく大切に育てている一人娘を、兄で東宮でいっしゃる方に は差し上げないで、弟で源氏で、まだ幼い者の元服の時の添臥に取り立てて、また、この君を宮仕えにという心づもりでいましたところを、きまりの 悪い様子になったのを、誰もが皆、不都合であるとはお思いになったでしょうか。皆が、あのお方にお味方していたようなのを、その当てが外れたこ とになって、こうして出仕していらっしゃるようだが、気の毒で、何とかそのような宮仕えであっても、他の人に負けないようにして差し上げよう、あれ ほど憎らしかった人の手前もあるし、などと思っておりましたが、こっそりと自分の気に入った方に、心を寄せていらっしゃるのでしょう。斎院のお噂 は、ますますもってそうなのでしょうよ。どのようなことにつけても、帝にとって安心できないように見えるのは、東宮の御治世を、格別期待している 人なので、もっともなことでしょう」  と、容赦なくおっしゃり続けるので、そうはいうものの聞き苦しく、「どうして、申し上げてしまったのか」と、思わずにいられないので、  「まあ仕方ない。暫くの間、この話を漏らすまい。帝にも奏上あそばすな。このように、罪がありましても、お捨てにならないのを頼りにして、いい気 になっているのでしょう。内々にお諌めなさっても、聞きませんでしたら、その責めは、ひとえにこのわたしが負いましょう」  などと、お取りなし申されるが、別にご機嫌も直らない。  「このように、同じ邸にいらして隙間もないのに、遠慮会釈もなく、あのように忍び込んで来られるというのは、わざと軽蔑し愚弄しておられるのだ」 とお思いになると、ますますひどく腹立たしくて、「この機会に、しかるべき事件を企てるのには、よいきっかけだ」と、いろいろとお考えめぐらすよう である。 源氏物語の世界ヘ 本文 ローマ字版 注釈 Last updated 7/31/99 渋谷栄一訳(C)(ver.1-2-1)    花散里 光る源氏の二十五歳夏、近衛大将時代の物語  花散里の物語 1.花散里訪問を決意---誰知らぬ、ご自分から求めての物思いは 2.中川の女と和歌を贈答---特にこれといったお支度もなさらず、目立たぬようにして 3.姉麗景殿女御と昔を語る---あの目的の所は、ご想像なさっていた以上に 4.花散里を訪問---西面には、わざわざの訪問ではないように   花散里の物語  [第一段 花散里訪問を決意]  誰知らぬ、ご自分から求めての物思いは、いつといって絶えることはないようであるが、このように世間一般のことにつけてまでも、めんどうにお 悩みになることばかりが増えてゆくので、何となく心細く、世の中をおしなべて嫌にお思いになるが、そうも行かないことが多かった。  麗景殿と申し上げた方は、宮たちもいらっしゃらず、院が御崩御あそばした後、ますますお寂しいご様子を、わずかにこの大将殿のお心づかいに 庇護されて、お過ごしになっているのであろう。  御令妹の三の君、宮中辺りでちょっとお逢いになった縁で、例のご性格なので、そうはいってもすっかりお忘れにならず、熱心にお通い続けるとい うのでもないので、女君がすっかりお悩みきっていらっしゃるらしいのも、このころのすっかり何もかもお悩みになっている世の中の無常をそそる種 の一つとしては、お思い出しになると、抑えきれなくて、五月雨の空が珍しく晴れた雲の切れ間にお出向きになる。  [第二段 中川の女と和歌を贈答]  特にこれといったお支度もなさらず、目立たぬようにして、御前駆などもなく、お忍びで、中川の辺りをお通り過ぎになると、小さな家で、木立など 風情があって、良い音色の琴を東の調べに合わせて、賑やかに弾いているのが聞こえる。  お耳にとまって、門に近い所なので、少し乗り出してお覗き込みなさると、大きな桂の木を吹 き過ぎる風に乗って匂ってくる香りに、葵祭のころが 思い出されなさって、どことなく趣があるので、「一度お契りになった家だ」と御覧になる。お気持ちが騒いで、「ずいぶんと過ぎてしまったなあ、はっ きりと覚えているかどうか」と、気が引けたが、通り過ぎることもできず、ためらっていらっしゃる、ちょうどその時、ほととぎすが鳴いて飛んで行く。訪 問せよと促しているかのようなので、お車を押し戻させて、例によって、惟光をお入れになる。  「昔にたちかえって懐かしく思わずにはいられない、ほととぎすの声だ   かつてわずかに契りを交わしたこの家なので」  寝殿と思われる家屋の西の角に女房たちがいた。以前にも聞いた声なので、咳払いをして相手の様子を窺ってから、ご言伝を申し上げる。若々 しい女房たちの気配がして、不審に思っているようである。  「ほととぎすの声ははっきり分かりますが   どのようなご用か分かりません、五月雨の空のように」  わざと分からないというふりをしていると見てとったので、  「よろしい。植えた垣根も」  と言って出て行くのを、心の内では、恨めしくも悲しくも思うのであった。  「そのように、遠慮しなければならない事情があるのであろう。道理でもあるので、そうもいかまい。このような身分では、筑紫の五節がかわいら しげであったなあ」  と、まっ先にお思い出しになる。  どのような女性に対しても、お心の休まる間がなく苦しそうである。長い年月を経ても、やはりこのように、かつて契ったことのある女性には、情愛 をお忘れにならないので、かえって、おおぜいの女性たちの物思いの種なのである。  [第三段 姉麗景殿女御と昔を語る]  あの目的の所は、ご想像なさっていた以上に、人影もなく、ひっそりとお暮らしになっている様子を御覧になるにつけても、まことにおいたわしい。 最初に、女御のお部屋で、昔のお話などを申し上げなさっているうちに、夜も更けてしまった。  二十日の月が差し昇るころに、ますます木高い木蔭で一面に暗く見えて、近くの橘の薫りがやさしく匂って、女御のご様子、お年を召している が、どこまでも深い心づかいがあり、気品があって愛らしげでいらっしゃる。  「格別目立つような御寵愛こそなかったが、仲睦まじく親しみの持てる方とお思いでいらしたなあ」  などと、お思い出し申し上げなさるにつけても、昔のことが次から次へと思い出されて、ふとお泣きになる。  ほととぎす、先程の垣根のであろうか、同じ声で鳴く。「自分の後を追って来たのだな」と思われなさるのも、優美である。「どのように知ってか」な どと、小声で口ずさみなさる。  「昔を思い出させる橘の香を懐かしく思って   ほととぎすが花の散ったこのお邸にやって来ました  昔の忘れられない心の慰めには、やはり参上いたすべきでした。この上なく、物思いの紛れることも、数増すこともございました。人は時流に従う ものですから、昔話も語り合える人が少なくなって行くのを、わたし以上に、所在なさも紛らすすべもなくお思いでしょう」  とお申し上げなさると、まことに言うまでもない世情であるが、物をしみじみとお思い続けていらっしゃるご様子が一通りでないのも、お人柄からで あろうか、ひとしお哀れが感じられるのであった。  「訪れる人もなく荒れてしまった住まいには   軒端の橘だけがお誘いするよすがになったのでした」  とだけおっしゃっるが、「そうはいっても、他の女性とは違ってすぐれているな」と、ついお思い比べられる。  [第四段 花散里を訪問]  西面には、わざわざの訪問ではないように、人目に立たないようにお振る舞いになって、訪れなさったのも、珍しいのに加えて、世にも稀なお美し さなので、恨めしさもすっかり忘れてしまいそうである。あれやこれやと、例によって、やさしくお語らいになるのも、お心にないことではないのであろ う。  かりそめにもお契りになる相手は、皆並々の身分の方ではなく、それぞれにつけて、何の取柄もないとお思いになるような方はいないからであろ うか、嫌と思わず、自分も相手も情愛を交わし合いながら、お過ごしになるのであった。それを、つまらないと思う人は、何やかやと心変わりしていく のも、「無理もない、人の世の習いだ」と、しいてお思いになる。先程の垣根も、そのようなわけで、心変わりしてしまった類の人なのであった。 源氏物語の世界ヘ 本文 ローマ字版 注釈 Last updated 7/31/99 渋谷栄一訳(C)(ver.1-2-1)    花散里 光る源氏の二十五歳夏、近衛大将時代の物語  花散里の物語 1.花散里訪問を決意---誰知らぬ、ご自分から求めての物思いは 2.中川の女と和歌を贈答---特にこれといったお支度もなさらず、目立たぬようにして 3.姉麗景殿女御と昔を語る---あの目的の所は、ご想像なさっていた以上に 4.花散里を訪問---西面には、わざわざの訪問ではないように   花散里の物語  [第一段 花散里訪問を決意]  誰知らぬ、ご自分から求めての物思いは、いつといって絶えることはないようであるが、このように世間一般のことにつけてまでも、めんどうにお 悩みになることばかりが増えてゆくので、何となく心細く、世の中をおしなべて嫌にお思いになるが、そうも行かないことが多かった。  麗景殿と申し上げた方は、宮たちもいらっしゃらず、院が御崩御あそばした後、ますますお寂しいご様子を、わずかにこの大将殿のお心づかいに 庇護されて、お過ごしになっているのであろう。  御令妹の三の君、宮中辺りでちょっとお逢いになった縁で、例のご性格なので、そうはいってもすっかりお忘れにならず、熱心にお通い続けるとい うのでもないので、女君がすっかりお悩みきっていらっしゃるらしいのも、このころのすっかり何もかもお悩みになっている世の中の無常をそそる種 の一つとしては、お思い出しになると、抑えきれなくて、五月雨の空が珍しく晴れた雲の切れ間にお出向きになる。  [第二段 中川の女と和歌を贈答]  特にこれといったお支度もなさらず、目立たぬようにして、御前駆などもなく、お忍びで、中川の辺りをお通り過ぎになると、小さな家で、木立など 風情があって、良い音色の琴を東の調べに合わせて、賑やかに弾いているのが聞こえる。  お耳にとまって、門に近い所なので、少し乗り出してお覗き込みなさると、大きな桂の木を吹 き過ぎる風に乗って匂ってくる香りに、葵祭のころが 思い出されなさって、どことなく趣があるので、「一度お契りになった家だ」と御覧になる。お気持ちが騒いで、「ずいぶんと過ぎてしまったなあ、はっ きりと覚えているかどうか」と、気が引けたが、通り過ぎることもできず、ためらっていらっしゃる、ちょうどその時、ほととぎすが鳴いて飛んで行く。訪 問せよと促しているかのようなので、お車を押し戻させて、例によって、惟光をお入れになる。  「昔にたちかえって懐かしく思わずにはいられない、ほととぎすの声だ   かつてわずかに契りを交わしたこの家なので」  寝殿と思われる家屋の西の角に女房たちがいた。以前にも聞いた声なので、咳払いをして相手の様子を窺ってから、ご言伝を申し上げる。若々 しい女房たちの気配がして、不審に思っているようである。  「ほととぎすの声ははっきり分かりますが   どのようなご用か分かりません、五月雨の空のように」  わざと分からないというふりをしていると見てとったので、  「よろしい。植えた垣根も」  と言って出て行くのを、心の内では、恨めしくも悲しくも思うのであった。  「そのように、遠慮しなければならない事情があるのであろう。道理でもあるので、そうもいかまい。このような身分では、筑紫の五節がかわいら しげであったなあ」  と、まっ先にお思い出しになる。  どのような女性に対しても、お心の休まる間がなく苦しそうである。長い年月を経ても、やはりこのように、かつて契ったことのある女性には、情愛 をお忘れにならないので、かえって、おおぜいの女性たちの物思いの種なのである。  [第三段 姉麗景殿女御と昔を語る]  あの目的の所は、ご想像なさっていた以上に、人影もなく、ひっそりとお暮らしになっている様子を御覧になるにつけても、まことにおいたわしい。 最初に、女御のお部屋で、昔のお話などを申し上げなさっているうちに、夜も更けてしまった。  二十日の月が差し昇るころに、ますます木高い木蔭で一面に暗く見えて、近くの橘の薫りがやさしく匂って、女御のご様子、お年を召している が、どこまでも深い心づかいがあり、気品があって愛らしげでいらっしゃる。  「格別目立つような御寵愛こそなかったが、仲睦まじく親しみの持てる方とお思いでいらしたなあ」  などと、お思い出し申し上げなさるにつけても、昔のことが次から次へと思い出されて、ふとお泣きになる。  ほととぎす、先程の垣根のであろうか、同じ声で鳴く。「自分の後を追って来たのだな」と思われなさるのも、優美である。「どのように知ってか」な どと、小声で口ずさみなさる。  「昔を思い出させる橘の香を懐かしく思って   ほととぎすが花の散ったこのお邸にやって来ました  昔の忘れられない心の慰めには、やはり参上いたすべきでした。この上なく、物思いの紛れることも、数増すこともございました。人は時流に従う ものですから、昔話も語り合える人が少なくなって行くのを、わたし以上に、所在なさも紛らすすべもなくお思いでしょう」  とお申し上げなさると、まことに言うまでもない世情であるが、物をしみじみとお思い続けていらっしゃるご様子が一通りでないのも、お人柄からで あろうか、ひとしお哀れが感じられるのであった。  「訪れる人もなく荒れてしまった住まいには   軒端の橘だけがお誘いするよすがになったのでした」  とだけおっしゃっるが、「そうはいっても、他の女性とは違ってすぐれているな」と、ついお思い比べられる。  [第四段 花散里を訪問]  西面には、わざわざの訪問ではないように、人目に立たないようにお振る舞いになって、訪れなさったのも、珍しいのに加えて、世にも稀なお美し さなので、恨めしさもすっかり忘れてしまいそうである。あれやこれやと、例によって、やさしくお語らいになるのも、お心にないことではないのであろ う。  かりそめにもお契りになる相手は、皆並々の身分の方ではなく、それぞれにつけて、何の取柄もないとお思いになるような方はいないからであろ うか、嫌と思わず、自分も相手も情愛を交わし合いながら、お過ごしになるのであった。それを、つまらないと思う人は、何やかやと心変わりしていく のも、「無理もない、人の世の習いだ」と、しいてお思いになる。先程の垣根も、そのようなわけで、心変わりしてしまった類の人なのであった。 源氏物語の世界ヘ 本文 ローマ字版 注釈 Last updated 8/20/99 渋谷栄一訳(C)(ver.1-2-1)    須磨 光る源氏の二十六歳春三月下旬から二十七歳春三月上巳日まで無位無官時代の都と須磨の物語 第一章 光る源氏の物語 逝く春と離別の物語 1.源氏、須磨退去を決意---世の中、まことに厄介で 2.左大臣邸に離京の挨拶---三月二十日過ぎのころに 3.二条院の人々との離別---殿にお帰りになると、ご自分方の女房たちも 4.花散里邸に離京の挨拶---花散里邸が心細そうにお思いになって 5.旅生活の準備と身辺整理---何から何まで整理をおさせになる 6.藤壷に離京の挨拶---明日という日、夕暮には、院のお墓にお参りなさろう 7.桐壷院の御墓に離京の挨拶---月を待ってお出かけになる 8.東宮に離京の挨拶---すっかり明けたころにお帰りになって 9.離京の当日---出発の当日は、女君にお話を一日中のんびりとお過ごし 第二章 光る源氏の物語 夏の長雨と鬱屈の物語 1.須磨の住居---お住まいになる所は、行平中納言が 2.京の人々へ手紙---だんだんと落ち着いて行くころ、梅雨時期 3.伊勢の御息所へ手紙---ほんと、そうであった、混雑しているうちに 4.朧月夜尚侍参内する---尚侍の君は、世間体を恥じてひどく沈みこんでいられるのを 第三章 光る源氏の物語 須磨の秋の物語 1.須磨の秋---須磨では、ますます心づくしの秋風が吹いて 2.配所の月を眺める---月がとても明るく出たので 3.筑紫五節と和歌贈答---その頃、大弍は上京した 4.都の人々の生活---都では、月日が過ぎて行くにつれて 5.須磨の生活---あちらのお暮らしは、生活が長くなるにしたがって 6.明石入道の娘---明石の浦は、ほんの這ってでも行けそうな距離なので 第四章 光る源氏の物語 信仰生活と神の啓示の物語 1.須磨で新年を迎える---須磨では、年も改まって、日が長くすることもない頃に 2.上巳の祓と嵐---三月の上旬にめぐって来た巳の日に   第一章 光る源氏の物語 逝く春と離別の物語  [第一段 源氏、須磨退去を決意]  世の中、まことに厄介で、体裁の悪いことばかり増えていくので、「無理にそ知らぬふりをして過ごしていても、これより厄介なことが増えていくの では」とお思いになった。  「あの須磨は、昔こそ人の住居などもあったが、今では、とても人里から離れ物寂しくて、漁師の家さえまれで」などとお聞きになるが、「人が多 く、ごみごみした住まいは、いかにも本旨にかなわないであろう。そうといって、都から遠く離れるのも、家のことがきっと気がかりに思われるであろ う」と、人目にもみっともなくお悩みになる。  すべてのこと、今までのこと将来のこと、お思い続けなさると、悲しいことさまざまである。嫌な世だとお捨てになった世の中も、今は最後と住み離 れるようなことお思いになると、まことに捨てがたいことが多いなかでも、姫君が、明け暮れ日の経つにつれて、思い悲しんでいられる様子が、気 の毒で悲しいので、「別れ別れになても、再び逢えることは必ず」と、お思いになる場合でも、やはり一、二日の間、別々にお過ごしになった時でさ え、気がかりに思われ、女君も心細いばかりに思っていらっしゃるのを、「何年間と期限のある旅路でもなく、再び逢えるまであてどもなく漂って行く のも、無常の世に、このまま別れ別れになってしまう旅立ちにでもなりはしまいか」と、たいそう悲しく思われなさるので、「こっそりと一緒にでは」 と、お思いよりになる時もあるが、そのような心細いような海辺の、波風より他に訪れる人もないような所に、このようないじらしいご様子で、お連れ なさるのも、まことに不似合いで、自分の心にも、「かえって、物思いの種になるにちがいなかろう」などとお考え直しになるが、女君は、「どんなに つらい旅路でも、ご一緒申し上げることができたら」と、それとなくほのめかして、恨めしそうに思っていらっしゃった。  あの花散里にも、お通いになることはまれであるが、心細く気の毒なご様子を、この君のご庇護のもとに過ごしていらっしゃるので、お嘆きになる 様子も、いかにもごもっともである。かりそめであっても、わずかにお逢い申しお通いにった所々では、人知れず心をお痛めになる方々が多かった のである。  入道の宮からも、「世間の噂は、またどのように取り沙汰されるだろうか」と、ご自身にとっても用心されるが、人目に立たないよう立たないように してお見舞いが始終ある。「昔、このように互いに思ってくださり、情愛をもお見せくださったのであったならば」と、ふとお思い出しになるにつけて も、「そのようにも、あれやこれやと、心の限りを尽くさなければならない宿縁のお方であった」と、辛くお思い申し上げなさる。  [第二段 左大臣邸に離京の挨拶]  三月二十日過ぎのころに、都をお離れになった。誰にもいつとはお知らせなさらず、わずかにごく親しくお仕え申し馴れている者だけ、七、八人ほ どをお供として、たいそうひっそりとご出発になる。しかるべき所々には、お手紙だけをそっと差し上げなさったが、しみじみと偲ばれるほど言葉をお 尽くしになったのは、きっと素晴らしいものであっただろうが、その時の、気の動転で、はっきりと聞いて置かないままになってしまったのであった。  二、三日前に、夜の闇に隠れて、大殿にお渡りになった。網代車の粗末なので、女車のようにひっそりとお入りになるのも、実にしみじみと、夢か とばかり思われる。お部屋は、とても寂しそうに荒れたような感じがして、若君の御乳母どもや、生前から仕えていた女房の中で、お暇を取らずに いた人は皆、このようにお越しになったのを珍しくお思い申して、参集して拝し上げるにつけても、たいして思慮深くない若い女房でさえ、世の中の 無常が思い知られて、涙にくれた。  若君はとてもかわいらしく、はしゃいで走っていらっしゃった。  「長い間逢わないのに、忘れていないのが、感心なことだ」  と言って、膝の上にお乗せになったご様子、堪えきれなさそうである。  大臣、こちらにお越しになって、お会いになった。  「所在なくお引き籠もりになっていらっしゃる間、何ということもない昔話でも、参上して、お話し申し上げようと存じておりましたが、わが身の病気 が重い理由で、朝廷にもお仕え申さず、官職までもお返し申し上げておりますのに、私事には腰を伸ばして勝手にと、世間の風評も悪く取り沙汰さ れるにちがいないので、今では世間に遠慮しなければならない身の上ではございませんが、厳しく性急な世の中がとても恐ろしいのでございま す。このようなご悲運を拝見するにつけても、長生きは厭わしく存じられる末世でございますね。天地を逆様にしても、存じよりませんでしたご境遇 を拝見しますと、万事がまことにおもしろくなく存じられます」  とお申し上げになって、ひどく涙にくれていらっしゃる。  「このようなことも、あのようなことも、前世からの因果だということでございますから、せんじつめれば、ただ、わたくしの宿運のつたなさゆえでご ざいます。これと言った理由で、このように、官位を剥奪されず、ちょっとした科に関係しただけでも、朝廷のお咎めを受けた者が、普段と変わらない 様子で世の中に生活をしているのは、罪の重いことに唐土でも致しておるということですが、遠流に処すべきだという決定などもございますというの は、容易ならぬ罪科に当たることになっているのでしょう。潔白な心のままで、素知らぬ顔で過ごしていますのも、まことに憚りが多く、これ以上大 きな辱めを受ける前に、都を離れようと決意致した次第です」  などと、詳しくお話し申し上げなさる。  昔のお話、院の御事、御遺言あそばされた御趣旨などをお申し上げなさって、お直衣の袖もお引き放しになれないので、君も、気丈夫に我慢が おできになれない。若君が無邪気に走り回って、二人にお甘え申していらっしゃるのを、悲しくお思いになる。  「亡くなりました人を、まことに忘れる時とてなく、今でも悲しんでおりますのに、この度の出来事で、もし生きていましたら、どんなに嘆き悲しんだ ことでしょう。よくぞ短命で、このような悪夢を見ないで済んだことだと、存じて僅かに慰めております。あどけなくいらっしゃるのが、このように年寄 たちの中に後に残されなさって、お甘え申し上げられない月日が重なって行かれるのであろうと存じますのが、何事にもまして、悲しうございます。 昔の人も、本当に犯した罪があったからといっても、このような罪科には処せられたわけではありませんでした。やはり前世からの宿縁で、異国の 朝廷にもこのような冤罪に遭った例は数多くございました。けれど、言い出す根拠があって、そのようなことにもなったのでございますが、どのような 点から見ても、思い当たるような節がございませんのに」  などと、数々お話をお申し上げになる。  三位中将も参上なさって、お酒などをお上がりになっているうちに、夜も更けてしまったので、お泊まりになって、女房たちを御前に伺候させなさっ て、お話などをおさせになる。誰よりも特に密かに情けをかけていらっしゃる中納言の君、言葉に尽くせないほど悲しく思っている様子を、人知れず いじらしくお思いになる。女房たちが皆寝静まったころ、格別に睦言をお交わしになる。この人のためにお泊まりになったのであろう。  夜が明けてしまいそうなので、まだ夜の深いうちにお帰りになると、有明の月がとても美しい。花の樹々がだんだんと盛りを過ぎて、わずかに残っ ている花の木蔭が、とても白い庭にうっすらと朝霧が立ちこめているが、どことなく霞んで見えて、秋の夜の情趣よりも数段勝っていた。隅の高欄に 寄り掛かって、しばらくの間、物思いにふけっていらっしゃる。  中納言の君、お見送り申し上げようとしてであろうか、妻戸を押し開けて座っている。  「再びお会いしようことを、思うとまことに難しい。このようなことになろうとは知らず、気安く逢えた月日があったのに、そのように思わず、ご無沙汰 してしまったことよ」  などとおっしゃると、何とも申し上げられず泣く。  若君の御乳母の宰相の君をお使いとして、宮の御前からご挨拶を申し上げなさった。  「わたくし自身でご挨拶申し上げたいのですが、目の前が眩むほど悲しみに取り乱しておりますうちに、たいそう暗いうちにお帰りあそばすという のも、以前とは違った感じばかり致しますこと。不憫な子が眠っているうちを、少しもゆっくりともなさらず」  とお申し上げになさったので、ふと涙をお洩らしになって、  「あの鳥辺山で焼いた煙に似てはいないかと   海人が塩を焼く煙を見に行きます」  お返事というわけでもなく口ずさみなさって、  「暁の別れは、こんなにも心を尽くさせるものなのか。お分かりの方もいらっしゃるでしょう」  とおっしゃると、  「いつとなく、別れという文字は嫌なものだと言います中でも、今朝はやはり例があるまいと存じられますこと」  と、鼻声になって、なるほど深く悲しんでいる。  「お話し申し上げたい事も、何度も胸の中で考えておりましたが、ただ胸がつまって申し上げられずにおりましたこと、お察しください。眠っている 子は、顔を拝見するにつけても、かえって、辛い都を離れがたく思われるにちがいありませんので、気をしっかりと取り直して、急いで退出致しま す」  とお申し上げになる。  お出ましになるところを、女房たちが覗いてお見送り申し上げる。  入り方の月がとても明るいので、ますます優雅に清らかで、物思いされているご様子、虎、狼でさえ、泣くにちがいない。まして、お小さくいらした 時からお世話申し上げてきた女房たちなので、譬えようもないご境遇をひどく悲しいと思う。  そうそう、ご返歌は、  「亡き娘との仲もますます遠くなってしまうでしょう   煙となった都の空のではないのでは」  とり重ねて、悲しさだけが尽きせず、お帰りになった後、不吉なまで泣き合っていた。  [第三段 二条院の人々との離別]  殿にお帰りになると、ご自分方の女房たちも、眠らなかった様子で、あちこちにかたまっていて、驚くばかりだとご境遇の変化を思っている様子で ある。侍所では、親しくお仕えしている者だけは、お供に参るつもりをして、個人的な別れを惜しんでいるころなのであろうか、人影も見えない。その 他の人は、お見舞いに参上するにも重い処罰があり、厄介な事が増えるので、所狭しと集まっていた馬、車が跡形もなく、寂しい気がするので、 「世の中とは嫌なものだ」と、お悟りになる。  台盤所なども、半分は塵が積もって、畳も所々裏返ししてある。「見ているうちでさえこんなである。ましてどんなに荒れてゆくのだろう」とお思いに なる。  西の対にお渡りになると、御格子もお下ろしにならないで、物思いに沈んで夜を明かしていられたので、簀子などに、若い童女が、あちこちに臥 せっていて、急に起き出し騒ぐ。宿直姿がかわいらしく座っているのを御覧になるにつけても、心細く、「歳月が重なったら、このような子たちも、最 後まで辛抱しきれないで、散りじりに辞めていくのではなかろうか」などと、何でもないことまで、お目が止まるのであった。  「昨夜は、これこれの事情で夜を明かしてしまいました。いつものように心外なふうに邪推でもなさっていたのでは。せめてこうしている間だけでも 離れないようにと思うのが、このように京を離れる際には、気にかかることが自然と多かったので、籠もってばかりいるわけにも行きましょうか。無 常の世に、人からも薄情な者だとすっかり疎まれてしまうのも、辛いのです」  とお申し上げになると、  「このような悲しい目を見るより他に、もっと心外な事とは、どのような事でしょうか」  とだけおっしゃって、悲しいと思い込んでいらっしゃる様子、人一倍であるのは、もっともなことで、父親王は、実に疎遠にはじめからお思いになっ ていたが、まして今は、世間の噂を煩わしく思って、お便りも差し上げなさらず、お見舞いにさえお越しにならないのを、人の手前も恥ずかしく、かえ ってお知られ頂かないままであればよかったのに、継母の北の方などが、  「束の間であった幸せの急がしさ。ああ、縁起でもない。大事な人が、それぞれに別れなさる人だわ」  とおっしゃったのを、ある筋から漏れ聞きなさるにつけても、ひどく情けないので、こちらからも少しもお便りを差し上げなさらない。他に頼りとする 人もなく、なるほど、お気の毒なご様子である。  「いつまでたっても赦免されずに、歳月が過ぎるようなら、巌の中でもお迎え申そう。今すぐでは、人聞きがまことに悪いであろう。朝廷に謹慎申し 上げている者は、明るい日月の光をさえ見ず、思いのままに身を振る舞うことも、まことに罪の重いことである。過失はないが、前世からの因縁でこ のようなことになったのであろうと思うが、まして愛する人を連れて行くのは、先例のないことなので、一方的で道理を外れた世の中なので、これ以 上の災難もきっと起ころう」  などと、お話し申し上げなさる。  日が高くなるまでお寝みになっていた。帥宮や三位中将などがいらっしゃった。お会いなさろうとして、お直衣などをお召しになる。  「無位無官の者は」  と言って、無紋の直衣、かえって、とても優しい感じなのをお召しになって、地味にしていらっしゃるのが、たいそう素晴らしい。鬢の毛を掻きなで なさろうとして、鏡台に近寄りなさると、面痩せなさった顔形が、自分ながらとても気品あって美しいので、  「すっかり、衰えてしまったな。この影のように痩せていますか。ああ、悲しいことだ」  とおっしゃると、女君、涙を目にいっぱい浮かべて、こちらを御覧になるが、とても堪えきれない。  「わが身はこのように流浪しようとも   鏡に映った影はあなたの元を離れずに残っていよう」  と、お申し上げになると、  「お別れしても影だけでもとどまっていてくれるものならば   鏡を見て慰めることもできましょうに」  柱の蔭に隠れて座って、涙を隠していらっしゃる様子、「やはり、おおぜいの妻たちの中で類のない人だ」と、思わずにはいらっしゃれないご様子 の方である。  親王は、心のこもったお話を申し上げなさって、日の暮れるころにお帰りになった。  [第四段 花散里邸に離京の挨拶]  花散里邸が心細そうにお思いになって、常にお便り差し上げなさるのも無理からぬことで、「あの方も、もう一度お会いしなかったら、辛く思うだろ うか」とお思いになると、その夜は、また一方でお出かけになるものの、とても億劫なので、たいそう夜が更けてからいらっしゃると、女御が、  「このように人並みに扱っていただいて、お立ち寄りくださいましたこと」  と、感謝申し上げるご様子、書き綴るのも煩わしい。  とてもひどく心細いご様子で、まったくこの方のご庇護のもとにお過ごしになってきた歳月、ますます荒れていくだろうことが、ご想像されて、邸内 は、まことにひっそりとしている。  月が朧ろに照らし出して、池が広く、築山の木深い辺り、心細そうに見えるにつけても、人里離れた巌の中の生活が、お思いやられる。  西面では、「こうしたお越しもあるまいか」と、塞ぎこんでいらっしゃったが、一入心に染みる月の光が、美しくしっとりとしているところに、身動きな さると匂う薫物の香が、他に似るものがなくて、とても人目に立たぬように部屋にお入りになると、少し膝行して出て来て、そのまま月を御覧にな る。またここでお話なさっているうちに、明け方近くになってしまった。  「短い夜ですね。このようにお会いすることも、再びはとてもと思うと、何事もなく過ごしてきてしまった歳月が残念に思われ、過去も未来も先例と なってしまいそうな身の上で、何となく気持ちのゆっくりする間もなかったね」  と、過ぎ去った事のあれこれをおっしゃって、鶏もしきりに鳴くので、人目を憚って急いでお帰りになる。例によって、月がすっかり入るのになぞら えられて、悲しい。女君の濃いお召物に映えて、なるほど、濡るる顔の風情なので、  「月の光が映っているわたしの袖は狭いですが   そのまま留めて置きたいと思います、見飽きることのない光を」  悲しくお思いになっているのが、おいたわしいので、一方ではお慰め申し上げなさる。  「大空を行きめぐって、ついには澄むはずの月の光ですから   しばらくの間曇っているからといって悲観なさいますな  考えてみれば、はかないことよ。ただ、行方を知らない涙ばかりが、心を暗くさせるものですね」  などとおっしゃって、まだ薄暗いうちにお帰りになった。  [第五段 旅生活の準備と身辺整理]  何から何まで整理をおさせになる。親しくお仕えし、時勢に靡かない家臣たちだけの、邸の事務を執り行うべき上下の役目、お決め置きになる。 お供に随行申し上げる者は皆、別にお選びになった。  あの山里の生活の道具は、どうしてもご必要な品物類を、特に飾りけなく簡素にして、しかるべき漢籍類、『白氏文集』などの入った箱、その他に は琴を一張を持たせなさる。大げさなご調度類や、華やかなお装いなどは、まったくお持ちにならず、賎しい山里人のような振る舞いをなさる。  お仕えしている女房たちをはじめ、万事、すべて西の対にお頼み申し上げなさる。ご所領の荘園、牧場をはじめとして、しかるべき領地、証文な ど、すべて差し上げ置きなさる。その他の御倉町、納殿などという事まで、少納言を頼りになる者と見込んでいらっしゃるので、腹心の家司たちを付 けて、取りしきられるように命じて置きなさる。  ご自身方の中務、中将などといった女房たち、何気ないお扱いとはいえ、お身近にお仕えしていた間は慰めることもできたが、「何を期待してか」 と思うが、  「生きてこの世に再び帰って来るようなこともあろうから、待っていようと思う者は、こちらに伺候しなさい」  とおっしゃって、上下の女房たち、皆参上させなさる。  若君の乳母たち、花散里などにも、風情のある品物はもちろんのこと、実用品までお気のつかない事がない。  尚侍の君の御許に、困難をおかしてお便りを差し上げなさる。  「お見舞いくださらないのも、ごもっともに存じられますが、今は最後と、この世を諦めた時の嫌で辛い思いも、何とも言いようがございません。   あなたに逢えないことに涙を流したことが   流浪する身の上となるきっかけだったのでしょうか  と思い出される事だけが、罪も逃れ難い事でございます」  届くかどうか不安なので、詳しくはお書きにならない。  女、大層悲しく思われなさって、堪えていらしたが、お袖から涙がこぼれるのもどうしようもない。  「涙川に浮かんでいる水泡も消えてしまうでしょう   生きながらえて再びお会いできる日を待たないで」  泣く泣く心乱れてお書きになったご筆跡、まことに深い味わいがある。もう一度お逢いできないものかとお思いになるのは、やはり残念に思われ るが、お考え直して、ひどいとお思いになる一族が多くて、一方ならず人目を忍んでいらっしゃるので、あまり無理をしてまでお便り申し上げることも なさらずに終わった。  [第六段 藤壷に離京の挨拶]  明日という日、夕暮には、院のお墓にお参りなさろうとして、北山へ参拝なさる。明け方近くに月の出るころなので、最初、入道の宮にお伺いさ る。近くの御簾の前にご座所をお設けになって、ご自身でご応対あそばす。東宮のお身の上をたいそうご心配申し上げなさる。  お互いに感慨深くお感じになっている者同士のお話は、何事もしみじみと胸に迫るものがさぞ多かったことであろう。慕わしく素晴らしいご様子が 変わらないので、恨めしかったお気持ちも、それとなく申し上げたいが、いまさら嫌なこととお思いになろうし、自分自身でも、かえって一段と心が乱 れるであろうから、思い直して、ただ、  「このように思いもかけない罪に問われますにつけても、思い当たるただ一つのことのために、天の咎めも恐ろしゅうございます。惜しくもないわが 身はどうなろうとも、せめて東宮の御世だけでも、ご安泰でいらっしゃれば」  とだけ申し上げなさるのも、もっともなことである。  宮も、すっかりご存知のことであるので、お心がどきどきするばかりで、お返事申し上げられない。大将、あれからこれへとお思い続けられて、お 泣きになる様子、とても言いようのないほど優艷である。  「山陵に詣でますが、お言伝は」  と申し上げなさるが、すぐにはお返事なさらず、ひたすらお気持ちを鎮めようとなさるご様子である。  「院は亡くなられ生きておいでの方は悲しいお身の上の世の末を   出家した甲斐もなく泣きの涙で暮らしています」  ひどくお悲しみの二方なので、お思いになっていることがらも、十分にお詠みあそばされない。  「故院にお別れした折に悲しい思いを尽くしたと思ったはずなのに   またもこの世のさらに辛いことに遭います」  [第七段 桐壷院の御墓に離京の挨拶]  月を待ってお出かけになる。お供にわずか五、六人ほど、下人も気心の知れた者だけを連れて、お馬でいらっしゃる。言うまでもないことだが、以 前のご外出と違って、皆とても悲しく思うのである。その中で、あの御禊の日、仮の御随身となってご奉仕した右近将監の蔵人、当然得るはずの 五位の位にも時期が過ぎてしまったが、とうとう殿上の御簡も削られ、官職も剥奪されて、面目がないので、お供に参る一人である。  賀茂の下の御社を、それと見渡せる辺りで、ふと思い出されて、下りて、お馬の轡を取る。  「お供をして葵を頭に挿した御禊の日のことを思うと   御利益がなかったのかとつらく思われます、賀茂の神様」  と詠むのを、「本当に、どんなに悲しんでいることだろう。誰よりも羽振りがよく振る舞っていたのに」とお思いになると、気の毒である。  君も御馬から下りなさって、御社の方、拝みなさる。神にお暇乞い申し上げなさる。  「辛い世の中を今離れて行く、後に残る   噂の是非は、糺の神に委ねて」  とお詠みになる様子、感激しやすい若者なので、身にしみてご立派なと拝する。  御陵に参拝なさって、御在世中のお姿、まるで眼前の事にお思い出しになられる。至尊の地位にあった方でも、この世を去ってしまった人は、何 とも言いようもなく無念なことであった。何から何まで泣く泣く申し上げなさっても、その是非をはっきりとお承りにならないので、「あれほどお考え置 かれたいろいろなご遺言は、どこへ消え失せてしまったのだろうか」と、何とも言いようがない。  御陵は、参道の草が生い茂って、かき分けてお入りになって行くうちに、ますます露に濡れると、月も雲に隠れて、森の木立は木深くぞっとする。 帰る道も分からない気がして、参拝なさっているところに、御生前の御姿、はっきりと現れなさった、鳥肌の立つ思いである。  「亡き父上はどのように御覧になっていられることだろうか   父上のように思って見ていた月の光も雲に隠れてしまった」  [第八段 東宮に離京の挨拶]  すっかり明けたころにお帰りになって、東宮にもお便りを差し上げなさる。王命婦をお身代わりとして伺候させていらしたので、「そのお部屋に」と 言って、  「今日、都を離れます。もう一度参上せぬままになってしまったのが、数ある嘆きの中でも最も悲しく存じられます。すべてご推察いただき、啓上 してください。   いつ再び春の都の花盛りを見ることができようか   時流を失った山賤のわが身になって」  桜の散ってまばらになった枝に結び付けていらっしゃった。「しかじかです」と御覧に入れると、幼心にも真剣な御様子でいらっしゃる。  「お返事はどのように申し上げましょうか」  と啓上すると、  「少しの間でさえ見ないと恋しく思われるのに、まして遠くに行ってしまったらどんなにか、と言いなさい」  と仰せになる。「あっけないお返事だこと」と、いじらしく拝する。どうにもならない恋にお心のたけを尽くされた昔のこと、季節折々のご様子、次か ら次へと思い出されるにつけても、何の苦労もなしに自分も相手もお過ごしになれたはずの世の中を、ご自分から求めてお苦しみになったのを悔し くて、自分一人の責任のように思われる。お返事は、  「とても言葉に尽くして申し上げられません。御前には啓上致しました。心細そうにお思いでいらっしゃる御様子もおいたわしうございます」  と、とりとめなく、心が動揺しているからであろう。  「咲いたかと思うとすぐに散ってしまう桜の花は悲しいけれども   再び都に戻って春の都を御覧ください  季節がめぐり来れば」  と申し上げて、その後も悲しいお話をしいしい、御所中、声を抑えて泣きあっていた。  一目でも拝し上げた者は、このようにご悲嘆のご様子を、嘆き惜しまない人はいない。まして、平素お仕えしてきた者は、ご存知になるはずもな い下女、御厠人まで、世にまれなほどの手厚いご庇護であったのを、「少しの間にせよ、拝さぬ月日を過すことになるのか」と、思い嘆くのであっ た。  世間一般の人々も、誰が並大抵に思い申し上げたりなどしようか。七歳におなりになった時から今まで、帝の御前に昼夜となくご伺候なさって、 ご奏上なさることでお聞き届けられぬことはなかったので、このご功労にあずからない者はなく、ご恩恵を喜ばない者がいたであろか。高貴な上達 部、弁官などの中にも多かった。それより下では数も分からないが、ご恩を知らないのではないが、当面は、厳しい現実の世を憚って、寄って参る 者はいない。世を挙げて惜しみ申し、内心では朝廷を批判し、お恨み申し上げたが、「身を捨ててお見舞いに参上しても、何になろうか」と思うので あろうか、このような時には体裁悪く、恨めしく思う人々が多く、「世の中というものはおもしろくないものだな」とばかり、万事につけてお思いにな る。  [第九段 離京の当日]  出発の当日は、女君にお話を一日中のんびりとお過ごし申し上げなさって、旅立ちの例で、夜明け前にお立ちになる。狩衣のご衣装など、旅の ご装束、たいそう質素なふうになさって、  「月も出たなあ。もう少し端に出て、せめて見送ってください。どんなにお話申し上げたいことがたくさん積もったと思うことでしょう。一日、二日まれ に離れている時でさえ、不思議と気が晴れない思いがしますものを」  とおっしゃって、御簾を巻き上げて、端近にお誘い申し上げなさると、女君、泣き沈んでいらっしゃたが、気持ちを抑えて、膝行して出ていらっしゃっ たのが、月の光にたいそう美しくお座りになった。「わが身がこのようにはかない世の中を離れて行ったら、どのような状態でさすらって行かれるの であろうか」と、不安で悲しく思われるが、深いお悲しみの上に、ますます悲しませるようなので、  「生きている間にも生き別れというものがあるとは知らずに   命のある限りは一緒にと信じていたことよ  はかないことだ」  などと、わざとあっさりと申し上げなさったので、  「惜しくもないわたしの命に代えて、今のこの   別れを少しの間でも引きとどめて置きたいものです」  「なるほど、そのようにもお思いだろう」と、たいそう見捨てて行きにくいが、夜がすっかり明けてしまったら、きまりが悪いので、急いでお立ちにな った。  道中、面影のようにありありとまぶたに浮かんで、胸もいっぱいのまま、お舟にお乗りになった。日の長いころなので、追い風までが吹き加わっ て、まだ申の時刻に、あの浦にお着きになった。ほんのちょっとのお出ましであっても、こうした旅路をご経験のない気持ちで、心細さも物珍しさも 並大抵ではない。大江殿と言った所は、ひどく荒れて、松の木だけが形跡をとどめているだけである。  「唐国で名を残した人以上に   行方も知らない侘住まいをするのだろうか」  渚に打ち寄せる波の寄せては返すのを御覧になって、「うらやましくも」と口ずさみなさっているご様子、誰でも知っている古歌であるが、珍しく聞 けて、悲しいとばかりお供の人々は思っている。振り返って御覧になると、来た方角の山は霞が遠くにかかって、まことに、「三千里の外」という心 地がすると、櫂の滴も耐えきれない。  「住みなれた都を峰の霞は遠く隔てるが   悲しい気持ちで眺めている空は同じ空なのだ」  辛くなく思われないものはないのであった。   第二章 光る源氏の物語 夏の長雨と鬱屈の物語  [第一段 須磨の住居]  お住まいになる所は、行平中納言が、「藻塩たれつつ」と詠んだ侘住まい付近なのであった。海岸からは少し入り込んで、身にしみるばかり寂し い山の中である。  垣根の様子をはじめとして、物珍しく御覧になる。茅葺きの建物、葦で葺いた回廊のような建物など、風情のある造作がしてあった。場所柄にふ さわしいお住まい、風変わりに思われて、「このようなでない時ならば、興趣深くもあったであろうに」と、昔のお心にまかせたお忍び歩きのころをお 思い出しになる。  近い所々のご荘園の管理者を呼び寄せて、しかるべき事どもを、良清朝臣が、側近の家司として、お命じになり取り仕切るのも感に耐えないこと である。暫くの間に、たいそう風情があるようにお手入れさせなさる。遣水を深く流し、植木類を植えたりして、もうすっかりと落ち着きなさるお気持 ち、夢のようである。国守も親しい家来筋の者なので、こっそりと好意をもってお世話申し上げる。このような旅の生活にも似ず、人がおおぜい出入 りするが、まともにお話相手となりそうな人もいないので、知らない他国の心地がして、ひどく気も滅入って、「どのようにしてこれから先過ごして行 こうか」と、お思いやらずにはいられない。  [第二段 京の人々へ手紙]  だんだんと落ち着いて行くころ、梅雨時期になって、京のことがご心配になられて、恋しい人々が多く、女君の悲しんでいらした様子、東宮のお身 の上、若君が無邪気に動き回っていらしたことなどをはじめとして、あちらこちら方をお思いやりになる。  京へ使者をお立てになる。二条院に差し上げなさるのと、入道の宮のとは、筆も思うように進まず、涙に目も暮れなさった。宮には、  「出家されたあなた様はいかがお過ごしでしょうか   わたしは須磨の浦で涙に泣き濡れております今日このごろです  悲しさは常のことですが、過去も未来もまっ暗闇といった感じで、『汀まさりて』という思いです」  尚侍のお許に、例によって、中納言の君への私事のようにして、その中に、  「所在なく過ぎ去った日々の事柄が自然と思い出されるにつけても、   性懲りもなくお逢いしたく思っていますが   あなた様はどう思っておいででしょうか」  いろいろとお心を尽くして書かれた言葉というのを想像してください。  大殿邸にも、宰相の乳母のもとに、ご養育に関する事柄をお書きつかわしになる。  京では、このお手紙を、あちこちで御覧になって、お心を痛められる方々ばかりが多かった。二条院の君は、あれからお枕も上がらず、尽きぬ悲し みに沈まれているので、伺候している女房たちもお慰め困じて、互いに心細く思っていた。  日頃お使いになっていらした御調度などや、お弾き馴れていらしたお琴、お脱ぎ置きになったお召し物の薫りなどにつけても、今はもうこの世にい ない人のようにばかりお思いになっているので、ごもっともと思う一方で縁起でもないので、少納言は、僧都にご祈祷をお願い申し上げる。お二方 のために御修法などをおさせになる。ご帰京を祈る一方では、「このようにお悲しみになっているお気持ちをお鎮めくださって、物思いのないお身の 上にさせて上げてください」と、おいたわしい気持ちでお祈り申し上げなさる。  旅先でのご寝具など、作ってお届けなさる。かとりのお直衣、指貫、変わった感じがするにつけても悲しいのに、「去らない鏡の」とお詠みになっ た面影が、なるほど目に浮かんで離れないのも詮のないことである。  始終出入りなさったあたり、寄り掛かりなさった真木柱などを御覧になるにつけても、胸ばかりが塞がって、よく物事の分別がついて、世間の経 験を積ん年輩の人でさえそうであるのに、まして、お馴れ親しみ申し、父母にもなりかわってお育て申されてきたので、恋しくお思い申し上げなさる のも、ごもっともなことである。まるでこの世から去られてしまうのは、何とも言いようがなく、だんだん忘れることもできようが、聞けば近い所である が、いつまでと期限のあるお別れでもないので、思えば思うほど悲しみは尽きないのである。  入道の宮におかれても、春宮の御将来のことでお嘆きになるご様子、いうまでもない。御宿縁をお考えになると、どうして並大抵のお気持ちでい られようか。近年はただ世間の評判が憚られるので、「少しでも同情の素振りを見せたら、それにつけても誰か咎めだてすることがありはしまいか」 とばかり、一途に堪え忍び忍びして、愛情をも多く知らないふりをして、そっけない態度をなさっていたが、「これほどにつらい世の噂ではあるが、少 しもこのことについては噂されることなく終わったほどの、あの方の態度も、一途であった恋心の赴くままにまかせず、一方では無難に隠したのだ 」。しみじみと恋しいが、どうしてお思い出しになれずにいられようか。お返事も、いつもより情愛こまやかに、  「このごろは、ますます、   涙に濡れているのを仕事として   出家したわたしも嘆きを積み重ねています」  尚侍の君のお返事には、  「須磨の浦の海人でさえ人目を隠す恋の火ですから   人目多い都にいる思いはくすぶり続けて晴れようがありません  今さら言うまでもございませんことの数々は、申し上げるまでもなく」  とだけ、わずかに書いて、中納言の君の手紙の中にある。お嘆きのご様子など、たくさん書かれてあった。いとしいとお思い申されるところがある ので、ふとお泣きになってしまった。  姫君のお手紙は、格別に心こめたお返事なので、しみじみと胸を打つことが多くて、  「あなたのお袖とお比べになってみてください   遠く波路隔てた都で独り袖を濡らしている夜の衣と」  お召物の色合い、仕立て具合など、実に良く出来上がっていた。何事につけてもいかにも上手にお出来になるのが、思い通りであるので、  「今ではよけいな情事に心せわしく、かかずらうこともなく、落ち着いて暮らせるはずものを」とお思いになると、ひどく残念に、昼夜なく面影が目の 前に浮かんで、堪え難く思わずにはいらっしゃれないので、「やはりこっそりと呼び寄せようかしら」とお思いになる。また一方で思い返して、「どうし て出来ようか、このようにつらい世であるから、せめて罪障だけでも消滅させよう」とお考えになると、そのままご精進の生活に入って、明け暮れお 勤めをなさる。  大殿の若君のお返事などあるにつけ、とても悲しい気がするが、「いずれ再会の機会はあるであろう。信頼できる人々がついていらっしゃるから、 不安なことはない」と、思われなされるのは、子供を思う煩悩の方は、かえってお惑いにならないのであろうか。  [第三段 伊勢の御息所へ手紙]  ほんと、そうであった、混雑しているうちに言い落としてしまった。あの伊勢の宮へもお使者があったのであった。そこからもお見舞いの使者がわ ざわざ尋ねて参った。並々ならぬ事柄をお書きになっていた。言葉の用い方、筆跡などは、誰よりも格別に優美で教養の深さが窺えた。  「依然として現実のこととは存じられませぬお住まいの様を承りますと、無明長夜の闇に迷っているのかと存じられます。そうは言っても、長の年 月をお送りになることはありますまいと推察申し上げますにつけても、罪障深いわが身だけは、再びお目にかかることも遠い先のことでしょう。   辛く淋しい思いを致してます伊勢の人を思いやってくださいまし   やはり涙に暮れていらっしゃるという須磨の浦から  何事につけても思い乱れます世の中の有様も、やはりこれから先どのようになって行くのでしょうか」  と多く書いてある。  「伊勢の海の干潟で貝取りしても   何の甲斐もないのはこのわたしです」  しみじみとしたお気持ちで、筆を置いては書き置いては書きなさっている、白い唐紙、四、五枚ほどを継ぎ紙に巻いて、墨の付け具合なども素晴 らしい。  「もともと慕わしくお思い申し上げていた人であったが、あの一件を辛くお思い申し上げた心の行き違いから、あの御息所も情けなく思って別れて 行かれたのだ」とお思いになると、今ではお気の毒に申し訳ないこととお思い申し上げていらっしゃる。折からのお手紙、たいそう胸にしみたので、 お使いの者までが慕わしく思われて、二、三日逗留させなさって、あちらのお話などをさせてお聞きになる。  若々しく教養ある侍所の人なのであった。このような寂しいお住まいなので、このような使者も自然と間近にちらっと拝する御様子、容貌を、たい そう立派である、と感涙するのであった。 お返事をお書きになる、文言、想像してみるがよいであろう。  「このように都から離れなければならない身の上と、分かっておりましたら、いっそのこと後をお慕い申して行けばよかったものを、などと思えま す。所在のない、心淋しいままに、   伊勢人が波の上を漕ぐ舟に一緒に乗ってお供すればよかったものを   須磨で浮海布など刈って辛い思いをしているよりは   海人が積み重ねる投げ木の中に涙に濡れて   いつまで須磨の浦にさすらっていることでしょう  お目にかかれることが、いつの日とも分かりませんことが、尽きせず悲しく思われてなりません」  などとあったのだった。このように、どの方ともことこまかにお手紙を書き交わしなさる。  花散里も、悲しいとお思いになって書き集めなさったお二方の心を御覧になると、興趣あり珍しい心地もして、どちらも見ながら慰められなさるが、 物思いを起こさせる種のようである。  「荒れて行く軒の忍ぶ草を眺めていると   ひどく涙の露に濡れる袖ですこと」  とあるのを、「なるほど、八重葎より他の後見もない状態でいられるのだろう」とお思いやりになって、「長雨に築地が所々崩れて」などとお聞きに なったので、京の家司のもとにご命令なさって、近くの国々の荘園の者たちを徴用させて、修理をさせるようお命じになる。  [第四段 朧月夜尚侍参内する]  尚侍の君は、世間体を恥じてひどく沈みこんでいられるのを、大臣がたいそうかわいがっていらっしゃる姫君なので、無理やり、大后にも帝にもお 許しを奏上なさったので、「決まりのある女御や御息所でもいらっしゃらず、公的な宮仕え人」とお考え直しになり、また、「あの一件が憎く思われた ゆえに、厳しい処置も出て来たのだが」と。赦されなさって、参内なさるにつけても、やはり心に深く染み込んだお方のことが、しみじみと恋しく思わ れなさるのであった。  七月になって参内なさる。格別であった御寵愛が今に続いているので、他人の悪口などお気になさらず、いつものようにお側にずっと伺候させあ そばして、いろいろと恨み言を言い、一方では愛情深く将来をお約束あそばす。  お姿もお顔もとてもお優しく美しいのだが、思い出されることばかり多い心中こそ、恐れ多いことである。管弦の御遊の折に、  「あの人がいないのが、とても淋しいね。どんなに自分以上にそのように思っている人が多いことであろう。何事につけても、光のない心地がする ね」と仰せになって、「院がお考えになり仰せになったお心に背いてしまったなあ。きっと罰を得るだろう」  と言って、涙ぐみあそばすので、涙をお堪えきれになれない。  「世の中は、生きていてもつまらないものだと思い知られるにつれて、長生きをしようなどとは、少しも思わない。そうなった時には、どのようにお 思いになるでしょう。最近の別れよりも軽く思われるのが、悔しい。生きている日のためというのは、なるほど、つまらない人が詠み残したのであろ う」  と、とても優しい御様子で、何事も本当にしみじみとお考え入って仰せになるのにつけて、ぽろぽろと涙がこぼれ出ると、  「それごらん。誰のために流すのだろうか」  と仰せになる。  「今までお子様たちがいないのが、物足りないね。東宮を故院の仰せどおりに思っているが、良くない事柄が出てくるようなので、お気の毒で」  などと、治世をお心向きとは違って取り仕切る人々がいても、お若い思慮で、強いことの言えないお年頃なので、困ったことだとお思いあそばすこ とも多いのであった。   第三章 光る源氏の物語 須磨の秋の物語  [第一段 須磨の秋]  須磨では、ますます心づくしの秋風が吹いて、海は少し遠いけれども、行平中納言が、「関吹き越ゆる」と詠んだという波音が、夜毎夜毎にそのと おりに耳元に聞こえて、またとないほど淋しく感じられるものは、こういう所の秋なのであった。  御前にはまったく人少なで、皆寝静まっている中で、独り目を覚まして、枕を立てて四方の嵐を聞いていらっしゃると、波がまるでここまで立ち寄 せて来る感じがして、涙がこぼれたとも思われないうちに、枕が浮くほどになってしまった。琴を少し掻き鳴らしていらっしゃったが、自分ながらひど く寂しく聞こえるので、お弾きさしになって、  「恋いわびて泣くわが泣き声に交じって波音が聞こえてくるが   それは恋い慕っている都の方から風が吹くからであろうか」  とお詠みになったことに、供の人々が目を覚まして、素晴らしいと感じられたが、堪えきれずに、わけもなく起き出して座り直し座り直しして、鼻を ひそかに一人一人かんでいる。  「なるほど、どのように思っていることだろう。自分一人のために、親、兄弟が片時でも離れにくく、身分相応に大事に思っているだろう家人に別れ て、このようにさまよっているとは」とお思いになると、ひどく気の毒で、「まことこのように沈んでいる様子を、心細いと思っているだろう」とお思いに なると、昼間は何かとおっしゃってお紛らわしになり、なすこともないままに、色々な色彩の紙を継いで手習いをなさり、珍しい唐の綾などに、さまざ まな絵を描いて気を紛らわしなさった屏風の絵など、とても素晴らしく見所がある。  供の人々がお話申し上げた海や山の様子を、遠くからご想像なさっていらっしゃったが、お目に近くなさっては、なるほど想像も及ばない磯のたた ずまいを、またとないほど素晴らしくたくさんお描きになった。  「近年の名人と言われる千枝や常則などを召して、彩色させたいものだ」  と言って、皆残念がっていた。優しく立派なご様子に、世の中の憂さが忘れられて、お側に親しくお仕えできることを嬉しいことと思って、四、五人 ほどが、ぴったりと伺候していたのであった。  前栽の花、色とりどりに咲き乱れて、風情ある夕暮れに、海が見える廊にお出ましになって、とばかり眺めていらっしゃる様子が、不吉なまでにお 美しいこと、場所柄か、ましてこの世の方とはお見えにならない。白い綾で柔らかなのと、紫苑色のなどをお召しになって、濃い縹色のお直衣、帯 をゆったりと締めてくつろいだお姿で、  「釈迦牟尼仏の弟子」  と唱えて、ゆっくりと読経なさっているのが、また聞いたことのないほど美しく聞こえる。  沖の方をいくつもの舟が大声で歌いながら漕いで行くのが聞こえてくる。かすかに、まるで小さい鳥が浮かんでいるように遠く見えるのも、頼りな さそうなところに、雁が列をつくって鳴く声、楫の音に似て聞こえるのを、物思いに耽りながら御覧になって、涙がこぼれるのを袖でお払いなさるお 手つき、黒い数珠に映えていらっしゃるお美しさは、故郷の女性を恋しがっている人々の、心がすっかり慰めてしまったのであった。  「初雁は恋しい人の仲間なのだろうか   旅の空を飛んで行く声が悲しく聞こえる」  とお詠みになると、良清、  「次々と昔の事が懐かしく思い出されます   雁は昔からの友達であったわけではないのだが」  民部大輔、  「自分から常世を捨てて旅の空に鳴いて行く雁を   ひとごとのように思っていたことよ」  前右近将監、  「常世を出て旅の空にいる雁も   仲間に外れないでいるあいだは心も慰みましょう  道にはぐれては、どんなに心細いでしょう」  と言う。親が常陸介になって、下ったのにも同行しないで、お供して参ったのであった。心中では悔しい思いをしているようであるが、うわべは元 気よくして、何でもないように振る舞っている。  [第二段 配所の月を眺める]  月がとても明るく出たので、「今夜は十五夜であったのだ」とお思い出しになって、殿上の御遊が恋しく思われ、「あちこち方で物思いにふけって いらっしゃるであろう」とご想像なさるにつけても、月の顔ばかりがじっと見守られてしまう。  「二千里の外故人の心」  と朗誦なさると、いつものように涙がとめどなく込み上げてくる。入道の宮が、「九重には霧が隔てているのか」とお詠みになった折、何とも言いよ うもがなく恋しく、折々のことをお思い出しになると、よよと、泣かずにはいらっしゃれない。  「夜も更けてしまいました」  と申し上げたが、なおも部屋にお入りにならない。  「見ている間は暫くの間だが心慰められる、また廻り逢える   月の都は、遥か遠くであるが」  その夜、主上がとても親しく昔話などをなさった時の御様子、故院にお似申していらしたのも、恋しく思い出し申し上げなさって、  「恩賜の御衣は今此に在る」  と朗誦なさりながらお入りになった。御衣は本当に肌身離さず、側にお置きになっていた。  「辛いとばかり一途に思うこともできず   恋しさと辛さとの両方に濡れるわが袖よ」  [第三段 筑紫五節と和歌贈答]  その頃、大弍は上京した。ものものしいほど一族が多く、娘たちもおおぜいで大変だったので、北の方は舟で上京する。浦伝いに風景を見ながら 来たところ、他の場所よりも美しい辺りなので、心惹かれていると、「大将が退居していらっしゃる」と聞くと、関係のないことなのに、色めいた若い 娘たちは、舟の中にいてさえ気になっ、て改まった気持ちにならずにはいられない。まして、五節の君は、綱手を引いて通り過ぎるのも残念に思っ ていたので、琴の音が、風に乗って遠くから聞こえて来ると、場所の様子、君のお人柄、琴の音の淋しい感じなど、あわせて、風流を解する者たち は皆泣いてしまった。  大宰の帥は、ご挨拶を申し上げた。  「大変に遠い所から上京しては、まずはまっ先にお訪ね申して、都のお噂をもと存じておりましたが、意外なことに、こうしていらっしゃるお住まい を通り過ぎますこと、もったいなくも、また悲しうもございます。知り合いの者たちや、縁ある誰彼が、出迎えに多数来ておりますので、人目を憚るこ と多くございまして、お伺いできませんこと。また改めて参上いたします」  などと申し上げた。子の筑前守が参上した。この殿が、蔵人にして目をかけてやった人なので、とても悲しく辛いと思うが、また人の目があるの で、噂を憚って、暫くの間も立ち留まっていることもできない。  「都を離れて後は、昔から親しかった人々に会うことは難しくなっていたが、このようにわざわざ立ち寄ってくれたとは」  とおっしゃる。お返事も同様にあった。  守は、泣く泣く戻って、いらっしゃるご様子を話す。帥をはじめとして、迎えの人々も、不吉なほど一同泣き満ちた。五節は、やっとの思いでお便り を差し上げた。  「琴の音に引き止められた綱手縄のように   ゆらゆら揺れているわたしの心をお分かりでしょうか  色めいて聞こえるのも、お咎めくださいますな」  と申し上げた。苦笑して御覧になるさま、まったく気後れする感じである。  「わたしを思う心があって引手綱のように揺れるというならば   通り過ぎて行きましょうか、この須磨の浦を  さすらおうとは思ってもみないことであった」  とある。駅長に口詩をお与えになった人もあったが、それ以上に、このまま留まってしまいそうに思うのであった。  [第四段 都の人々の生活]  都では、月日が過ぎて行くにつれて、帝をおはじめ申して、恋い慕い申し上げる折節が多かった。東宮は、まして誰よりも、いつでもお思い出しな さっては忍び泣きなさる。拝見する御乳母や、それ以上に王命婦の君は、ひどく悲しく拝し上げる。  入道の宮は、東宮のお身の上をそら恐ろしくばかりお思いであったが、大将もこのように流浪の身となっておしまいになったのを、ひどく悲しくお嘆 きになる。  ご兄弟の親王たち、お親しみ申し上げていらした上達部など、初めのうちはお見舞い申し上げなさることもあった。しみじみとした漢詩文を作り交 わし、それにつけても、世間から素晴らしいとほめられてばかりいらっしゃるので、后宮がお聞きあそばして、きついことをおっしゃったのだった。  「朝廷の勅勘を受けた者は、勝手気ままに日々の享楽を味わうことさえ難しいというものを。風流な住まいを作って、世の中を悪く言ったりして、あ の鹿を馬だと言ったという人のように追従しているとは」  などと、良くないことが聞こえてきたので、厄介なことだと思って、手紙を差し上げなさる方もいない。  二条院の姫君は、時が経つにつれて、お心のやすらぐ折がない。東の対にお仕えしていた女房たちも、みな移り参上した当初は、「まさかそんな に優れた方ではあるまい」と思っていたが、お仕えし馴れていくうちに、お優しく美しいご様子、日常の生活面についてのお心配りも、思慮深く立派 なので、お暇を取って出て行く者もいない。身分のある女房たちには、ちらっとお姿をお見せなどなさる。「たくさんいる夫人方の中でも格別のご寵 愛も、もっともなことだわ」と拝見する。  [第五段 須磨の生活]  あちらのお暮らしは、生活が長くなるにしたがって、とても我慢できなくお思いになったが、「自分の身でさえ驚くばかりの運命だと思われる住ま いなのに、どうして、一緒に暮らせようか、いかにもふさわしくない」さまをお考え直しになる。場所が場所なだけに、すべて様子が違って、ご存じで ない下人の身の上をも、見慣れていらっしゃらなかったことなので、心外にももったいなくも、ご自身思わずにはいらっしゃれない。煙がとても近くに 時々立ち上るのを、「これが海人が塩を焼く煙なのだろう」とずっとお思いになっていたのは、お住まいになっている後ろの山で、柴というものをいぶ しているのであった。珍しいので、  「賤しい山人が粗末な家で焼いている柴のように   しばしば訪ねて来てほしいわが恋しい都の人よ」  冬になって雪が降り荒れたころ、空模様もことにぞっとするほど寂しく御覧になって、琴を心にまかせてお弾きになって、良清に歌をうたわせ、大 輔、横笛を吹いて、お遊びなさる。心をこめてしみじみとした曲をお弾きになると、他の楽器の音はみなやめて、涙を拭いあっていた。  昔、胡の国に遣わしたという女のことをお思いやりになって、「自分以上にどんな気持ちであったろう。この世で自分の愛する人をそのように遠くに やったりしたら」などと思うと、実際に起こるように不吉に思われて、  「胡角一声霜の後の夢」  と朗誦なさる。  月がたいそう明るく差し込んで、仮そめの旅のお住まいでは、奥の方まで素通しである。床の上から夜の深い空も見える。入り方の月の光が、 寒々と見えるので、  「ただ月は西へ行くのである」  と独り口ずさみなさって、  「どの方角の雲路にわたしも迷って行くことであろう   月が見ているだろうことも恥ずかしい」  と独詠なさると、いつものようにうとうととなされぬ明け方の空に、千鳥がとても悲しい声で鳴いている。  「友千鳥が声を合わせて鳴いている明け方は   独り寝覚めて泣くわたしも心強い気がする」  他に起きている人もいないので、繰り返し独り言をいって臥せっていらっしゃった。  深夜にお手を洗い、御念誦などをお唱えになるのも、珍しいことのように、ただもう立派にお見えになるので、お見捨て申し上げることができず、 家にちょっとでも退出することもできなかった。  [第六段 明石入道の娘]  明石の浦は、ほんの這ってでも行けそうな距離なので、良清の朝臣、あの入道の娘を思い出して、手紙などをやったのだが、返事もせず、父の 入道が、  「申し上げたいことがある。ちょっとお会いしたい」  と言ったが、「承知してくれないようなのに、出かけて行って、空しく帰って来るような後ろ姿もばからしい」と、気がふさいで行かない。  世にまたとないほど気位高く思っているので、播磨の国中では守の一族だけがえらい者と思っているようだが、偏屈な気性はまったくそのような ことも思わず歳月を送るうちに、この君がこうして来ていらっしゃると聞いて、母君に言うことには、  「桐壷の更衣がお生みになった、源氏の光る君は、朝廷の勅勘を蒙って、須磨の浦にこもっていらっしゃるという。わが娘のご運勢によって、思い がけないことがあるのです。何とかこのような機会に、娘を差し上げたいものです」  と言う。母は、  「まあ、とんでもない。京の人の話すのを聞くと、ご立派な奥方様たちをとてもたくさんお持ちになっていらして、その他にも、こっそりと帝のお妃ま で過ちを犯しなさって、このような騷ぎになられた方が、いったいこのような賤しい田舎者に心をとめてくださいましょうか」  と言う。腹を立てて、  「ご存知あるまい。考えが違うのです。その心づもりをしなさい。機会を作って、ここにお出でいただこう」  と、思いのままに言うのも頑固に見える。眩しいくらい立派に飾りたて大事にお世話していた。母君は、  「どうして、ご立派な方とはいえ、初めての縁談に、罪に当たって流されていらしたような方を考えるのでしょう。それにしても、心をおとめくださる ようならともかくも、冗談にもありそうにないことです」  と言うので、ひどくぶつぶつと不平を言う。  「罪に当たることは、唐土でもわが国でも、このように世の中に傑出して、何事でも人に抜きんでた人には必ずあることなのだ。どういうお方でいら っしゃると思うか。亡くなった母御息所は、わたしの叔父でいらした按察大納言の御娘である。まことに素晴らしい評判をとって、宮仕えにお出しな さったところ、国王も格別に御寵愛あそばすこと、並ぶ者がなかったほどであったが、皆の嫉妬が強くてお亡くなりになってしまったが、この君が生 いきていらっしゃる、大変に喜ばしいことである。女は気位を高く持つべきなのだ。わたしが、このような田舎者だからといって、お見捨てになること はあるまい」  などと言っていた。  この娘、すぐれた器量ではないが、優しく上品らしく、賢いところなどは、なるほど、高貴な女性に負けないようであった。わが身の境遇を、ふがい ない者とわきまえて、  「身分の高い方は、わたしを物の数のうちにも入れてくださるまい。身分相応の結婚はまっぴら嫌。長生きして、両親に先立たれてしまったら、尼 にもなろう、海の底にも沈みもしよう」  などと思っているのであった。  父君は、仰々しく大切に育てて、一年に二度、住吉の神に参詣させるのであった。神の御霊験を、心ひそかに期待しているのであった。   第四章 光る源氏の物語 信仰生活と神の啓示の物語  [第一段 須磨で新年を迎える]  須磨では、年も改まって、日が長くすることもない頃に、植えた若木の桜がちらほらと咲き出して、空模様もうららかな感じがして、さまざまなこと がお思い出されなさって、ふとお泣きになる時が多くあった。  二月二十日過ぎ、過ぎ去った年、京を離れた時、気の毒に思えた人たちのご様子など、たいそう恋しく、「南殿の桜は、盛りになっただろう。去る 年の花の宴の折に、院の御様子、主上がたいそう美しく優美に、わたしの作った句を朗誦なさった」のも、お思い出し申される。  「いつと限らず大宮人が恋しく思われるのに   桜をかざして遊んだその日がまたやって来た」  何もすることもないころ、大殿の三位中将は、今では宰相に昇進して、人柄もとてもよいので、世間の信頼も厚くいらっしゃったが、世の中がしみ じみつまらなく、何かあるごとに恋しく思われなさるので、「噂が立って罪に当たるようなことがあろうともかまうものか」とお考えになって、急にお訪 ねになる。  一目見るなり、珍しく嬉しくて、同じく涙がこぼれるのであった。  お住まいになっている様子、いいようもなく唐風である。その場所の有様、絵に描いたような上に、竹を編んで垣根をめぐらして、石の階段、松の 柱、粗末ではあるが、珍しく趣がある。  山人みたいに、許し色の黄色の下着の上に、青鈍色の狩衣、指貫、質素にして、ことさら田舎風にしていらっしゃるのが、実に、見るからににっこ りせずにはいられないお美しさである。  お使いになっていらっしゃる調度も、一時の間に合わせ物にして、ご座所もまる見えにのぞかれる。碁、双六の盤、お道具、弾棊の具などは、田 舎風に作ってあって、念誦の具は、勤行なさっていたように見えた。お食事を差し上げる折などは、格別に場所に合わせて、興趣あるもてなしをし た。  海人たちが漁をして、貝の類を持って参ったのを、召し出して御覧になる。海辺に生活する様子などを尋ねさせなさると、いろいろと容易でない身 の辛さを申し上げる。とりとめもなくしゃべり続けるのも、「心労は同じことだ。何の身分の上下に関係あろうか」と、しみじみと御覧になる。御衣類を お与えさせになると、生きていた甲斐があると思った。幾頭ものお馬を近くに繋いで、向こうに見える倉か何かにある稲を取り出して食べさせている のを、珍しく御覧になる。  「飛鳥井」を少し歌って、数月来のお話を、泣いたり笑ったりして、  「若君が何ともご存知なくいらっしゃる悲しさを、大臣が明け暮れにつけてお嘆きになっている」  などとお話になると、たまらなくお思いになった。お話し尽くせるものでないから、かえって少しも伝えることができない。  一晩中一睡もせず、詩文を作って夜をお明かしになる。そうは言うものの、世間の噂を気にして、急いでお帰りになる。かえって辛い思いがする。 お杯を差し上げて、  「酔ひの悲しびを涙そそぐ春の盃の裏」  と、一緒に朗誦なさる。お供の人も涙を流す。お互いに、しばしの別れを惜しんでいるようである。  明け方の空に雁が列を作って飛んで行く。主の君は、  「ふる里をいつの春にか見ることができるだろう   羨ましいのは今帰って行く雁だ」  宰相は、まったく立ち去る気もせず、  「まだ飽きないまま雁は常世を立ち去りますが   花の都への道にも惑いそうです」  しかるべき都へのお土産など、風情ある様に準備してある。主の君は、このような有り難いお礼にと思って、黒駒を差し上げなさる。  「縁起でもなくお思いになるかも知れませんが、風に当たったら、きっと嘶くでしょうから」  とお申し上げになる。世にめったにないほどの名馬の様である。  「わたしの形見として思い出してください」  と言って、たいそう立派な笛で高名なのを贈るぐらいで、人が咎め立てするようなことは、お互いにすることはおできになれない。  日がだんだん高くさしのぼって、心せわしいので、振り返り振り返りしながらお立ちになるのを、お見送りなさる様子、まったくなまじお会いせねば よかったと思われるくらいである。  「いつ再びお目にかからせていただけましょう」  と申し上げると、主人の君は、  「雲の近くを飛びかっている鶴よ、雲上人よ、はっきりと照覧あれ   わたしは春の日のようにいささかも疚しいところのない身です  一方では当てにしながら、このように勅勘を蒙った人は、昔の賢人でさえ、満足に世に再び出ることは難しかったのだから、どうして、都の地を再 び見ようなどとは思いませぬ」  などとおっしゃると、宰相は、  「頼りない雲居にわたしは独りで泣いています   かつて共に翼を並べた君を恋い慕いながら  もったいなく馴れなれしくお振る舞い申して、かえって悔しく存じられます折々の多いことでございます」  などと、しんみりすることなくてお帰りになった、その後、ますます悲しく物思いに沈んでお過ごしになる。  [第二段 上巳の祓と嵐]  三月の上旬にめぐって来た巳の日に、  「今日は、このようにご心労のある方は、御禊をなさるのがようございます」  と、知ったかぶりの人が申し上げるので、海辺も見たくてお出かけになる。ひどく簡略に、軟障だけを引きめぐらして、この国に行き来していた陰 陽師を召して、祓いをおさせなになる。舟に仰々しい人形を乗せて流すのを御覧になるにつけても、わが身になぞらえられて、  「見も知らなかった大海原に流れきて   人形に一方ならず悲しく思われることよ」  と詠んで、じっとしていらっしゃるご様子、このような広く明るい所に出て、何とも言いようのないほど素晴らしくお見えになる。  海の表面もうららかに凪わたって、際限も分からないので、過去のこと将来のことが次々と胸に浮かんできて、  「八百万の神々もわたしを哀れんでくださるでしょう   これといって犯した罪はないのだから」  とお詠みになると、急に風が吹き出して、空もまっ暗闇になった。お祓いもし終えないで、騒然となった。肱笠雨とかいうものが降ってきて、ひどく あわただしいので、皆がお帰りになろうとするが、笠も手に取ることができない。こうなろうとは思いもしなかったが、いろいろと吹き飛ばし、またとな い大風である。波がひどく荒々しく立ってきて、人々の足も空に浮いた感じである。海の表面は、衾を広げたように一面にきらきら光って、雷が鳴り ひらめく。落ちてきそうな気がして、やっとのことで、家にたどり着いて、  「このような目には遭ったこともないな」  「風などは、吹くが、前触れがあって吹くものだ。思いもせぬ珍しいことだ」  と困惑しているが、依然として止まず鳴りひらめいて、雨脚の当たる所、地面を突き通してしまいそうに、音を立てて落ちてくる。「こうして世界は 滅びてしまうのだろうか」と、心細く思いうろたえているが、君は、落ち着いて経を誦していらっしゃる。  日が暮れたので、雷は少し鳴り止んだが、風は、夜も吹く。  「たくさん立てた願の力なのでしょう」  「もうしばらくこのままだったら、波に呑みこまれて海に入ってしまうところだった」  「高潮というものに、何を取る余裕もなく人の命がそこなわれるとは聞いているが、まこと、このようなことは、まだ見たこともない」  と言い合っていた。  明け方、みな寝んでいた。君もわずかに寝入りなさると、誰ともわからない者が来て、  「どうして、宮からお召しがあるのに参らないのか」  と言って、手探りで捜してしるように見ると、目が覚めて、「さては海龍王が、美しいものがひどく好きなもので、魅入ったのであったな」とお思いに なると、とても気味が悪く、ここの住まいが耐えられなくお思いになった。 源氏物語の世界ヘ 本文 ローマ字版 注釈 Last updated 9/15/99 渋谷栄一訳(C)    明石 光る源氏の二十七歳春から二十八歳秋まで、明石の浦の別れと政界復帰の物語 第一章 光る源氏の物語 須磨の嵐と神の導きの物語 1.須磨の嵐続く---依然として雨風が止まず、雷も鳴り静まらないで 2.光る源氏の祈り---「こうしながらこの世は滅びてしまうのであろうか」と思わずにはいらっしゃれないでいると 3.嵐収まる---だんだん風が弱まり、雨脚が衰え、星の光も見えるので 4.明石入道の迎えの舟---渚に小さい舟を寄せて、人が二、三人ほど 第二章 明石の君の物語 明石での新生活の物語 1.明石入道の浜の館---浜の様子は、なるほどまことに格別である 2.京への手紙---少しお心が落ち着いて、京へのお手紙をお書き申し上げになる 3.明石の入道とその娘---明石の入道、その勤行の態度は 4.夏四月となる---四月になった。衣更えのご装束、御帳台の帷子など 5.源氏、入道と琴を合奏---入道もじっとしていられず、供養法を怠って 6.入道の問わず語り---たいそう更けて行くにつれて、浜風が涼しくなってきて 7.明石の娘へ懸想文---願いが、まずまず叶った心地がして 8.都の天変地異---その年、朝廷では、神仏のお告げが続いてあって 第三章 明石の君の物語 結婚の喜びと嘆きの物語 1.明石の侘び住まい---明石では、例によって、秋、浜風が格別で 2.明石の君を初めて訪ねる---こっそりと吉日を調べて 3.紫の君に手紙---二条院の君が、風の便りにも漏れお聞きなさるようなことは 4.明石の君の嘆き---女は、予想通りの結果になったので、今こそほんとうに 第四章 明石の君の物語 明石の浦の別れの秋の物語 1.七月二十日過ぎ、帰京の宣旨下る---年が変わった。主上におかせられては御不例のことがあって 2.明石の君の懐妊---そのころは、毎夜お通いになってお語らいになる 3.離別間近の日---明後日ほどになって 4.離別の朝---ご出立になる朝は、まだ夜の深いうちにお出になって 5.残された明石の君の嘆き---娘ご本人の気持ちは、たとえようもないくらいで 第五章 光る源氏の物語 帰京と政界復帰の物語 1.難波の御祓い---君は、難波の方面に渡ってお祓いをなさって 2.源氏、参内---お召しがあって、参内なさる 3.明石の君への手紙、他---そうそう、あの明石には   第一章 光る源氏の物語 須磨の嵐と神の導きの物語  [第一段 須磨の嵐続く]  依然として雨風が止まず、雷も鳴り静まらないで、数日がたった。ますます心細いこと、数限りなく、過去も未来も、悲しいお身の上で、気強くもお 考えになることもできず、「どうしよう。こうだからといって、都に帰るようなことも、まだ赦免がなくては、物笑いになることが増そう。やはり、ここより 深い山を求めて、姿をくらましてしまおうか」とお思いになるにつけても、「波風に脅かされてなど、人が言い伝えるようなこと、後世にまで、たいそう 軽率な浮名を流してしまうことになろう」とお迷いになる。  夢にも、まるで同じ恰好をした物ばかりが現れては現れて、お引き寄せ申すと御覧になる。雲の晴れ間もなくて、明け暮らす日数が過ぎていく と、京の方面もますます気がかりになって、「こうしたまま身を滅ぼしてしまうのだろうか」と、心細くお思いになるが、頭をさし出すこともできない空 の荒れ具合に、やって参る者もいない。  二条院から、無理をしてみすぼらしい姿で、ずぶ濡れになって参ったのだ。道ですれ違っても、人か何物かとさえ御覧じ分けられない、早速追い 払ってしまうにちがいない賤しい男を、慕わしくしみじみとお感じになるのも、自分ながらももったいなくも、卑屈になってしまった心の程を思わずに はいられない。お手紙に、  「驚くほどの止むことのない日頃の天気に、ますます空までが塞がってしまう心地がして、心の晴らしようがなく、   須磨の浦ではどんなに激しく風が吹いていることでしょう   心配で袖を涙で濡らしている今日このごろです」  しみじみとした悲しい気持ちがいっぱい書き連ねてある。ますます涙があふれてしまいそうで、まっ暗になる気がなさる。  「京でも、この雨風は、不思議な天の啓示であると言って、仁王会などを催す予定だと噂していました。宮中に参内なさる上達部なども、まったく 道路が塞がって、政道も途絶えております」  などと、はきはきともせず、たどたどしく話すが、京のこととお思いになると知りたくて、御前に召し出して、お尋ねあそばす。  「ただ、例によって雨が小止みなく降って、風は時々吹き出して、数日来になりますのを、ただ事でないと驚いているのです。まことにこのように、 地の底に通るほどの雹が降り、雷の静まらないことはございませんでした」  などと、大変な様子で驚き脅えて畏まっている顔がとてもつらそうなのにつけても、心細さがつのるのだった。  [第二段 光る源氏の祈り]  「こうしながらこの世は滅びてしまうのであろうか」と思わずにはいらっしゃれないでいると、その翌日の明け方から、風が激しく吹き、潮が高く満ち きて、波の音の荒々しいこと、巌も山をも無くしてしまいそうである。雷の鳴りひらめく様子、さらに言いようがなくて、「そら、落ちてきた」と思われる と、その場に居合わせた者でしっかりした人はいない。  「自分はどのような罪を犯して、このような悲しい憂き目に遭うのだろう。父母にも互いに顔を見ず、いとしい妻や子どもにも会えずに、死なねばな らぬとは」 と嘆く。君は、お心を静めて、「どれほどの過失によって、この海辺に命を落とすというのか」と、気を強くお持ちになるが、ひどく脅え騒いでいるの で、色とりどりの幣帛を奉らせなさって、  「住吉の神、この近辺一帯をご鎮護なさる。真に現世に迹を現しなさる神ならば、我らを助けたまえ」  と、数多くの大願を立てなさる。各自めいめいの命は、それはそれとして、このような方がまたとない例にお命を落としてしまいそうなことがひどく 悲しい、心を奮い起こして、わずかに気を確かに持っている者は皆、「わが身に代えて、この御身ひとつをお救い申し上げよう」と、大声を上げて、声 を合わせて仏、神をお祈り申し上げる。  「帝王の、深宮に育てられなさって、さまざまな楽しみをほしいままになさったが、深い御仁徳は、大八洲にあまねく、沈淪していた人々を数多く 浮かび上がらせなさった。今、何の報いによってか、こんなに非道な波風に溺れ死ななければならないのか。天地の神々よ、ご判断ください。罪な くして罪に当たり、官職、爵位を剥奪され、家を離れ、都を去って、日夜お心の安まる時なく、お嘆きになっていらっしゃる上に、このような悲しい憂 き目にまで遭い、命を失ってしまいそうになるのは、前世からの報いか、この世での犯しによるのかと、神、仏、確かにいらっしゃるならば、この災 いをお鎮めください」  と、お社の方を向いて、さまざまな願を立てなさる。  また、海の中の龍王、八百万の神々に願をお立てさせになると、ますます雷が鳴り轟いて、いらっしゃるご座所に続いている廊に落ちてきた。炎 が燃え上がって、廊は焼けてしまった。生きた心地もせず、皆が皆あわてふためく。後方にある大炊殿とおぼしい建物にお移し申して、上下なく 人々が入り込んで、ひどく騒がしく泣き叫ぶ声、雷鳴にも負けない。空は黒墨を擦ったようで、日も暮れてしまった。  [第三段 嵐収まる]  だんだん風が弱まり、雨脚が衰え、星の光も見えるので、このご座所もひどく見慣れないのも、まことに恐れ多いので、寝殿にお戻りいただこうと するが、  「焼け残った所も気味が悪く、おおぜいの人々が踏み荒らした上に、御簾などもみな吹き飛んでしまった」  「夜を明かしてからは」  とあれこれしている間に、君は御念誦を唱えながら、いろいろお考えめぐらしになるが、気持ちが落ち着かない。  月が出て、潮が近くまで満ちてきた跡がはっきりと分かり、その後も依然として寄せては返す波の荒いのを、柴の戸を押し開けて、物思いに耽り ながら眺めていらっしゃる。この界隈には、ものの道理をわきまえ、過去将来のことを判断して、あれこれとはっきりと理解する者もいない。賤しい海 人どもなどが、高貴な方のいらっしゃるところといって、集まって参って、お聞きになっても分からないようなことがらをぺちゃくちゃしゃべり合っている のも、ひどく珍しいことであるが、追い払うこともできない。  「この風が、今しばらく止まなかったら、潮が上がって来て、残るところなく攫われてしまったことでしょう。神のご加護は大変なものであった」  と言うのをお聞きになるのも、とても心細いといったのでは言い足りないくらいである。  「海に鎮座まします神の御加護がなかったならば   潮の渦巻く遥か沖合に流されていたことであろう」  一日中、激しく物を煎り揉みしていた雷の騷ぎのために、そうはいっても、ひどくお疲れになったので、思わずうとうととなさる。恐れ多いほど粗末 なご座所なので、ちょっと寄り掛かっていらっしゃると、故院が、まるで御生前おいであそばしたお姿のままお立ちになって、  「どうして、このような見苦しい所にいるのだ」  と仰せになって、お手を取って引き立てなさる。  「住吉の神がお導きになるのに従って、早く船出して、この浦を去りなさい」  と仰せあそばす。とても嬉しくなって、  「畏れ多い父上のお姿にお別れ申して以来、さまざまな悲しいことばかり多くございますので、今はこの海辺に命を捨ててしまいましょうかしら」  と申し上げなさると、  「実にとんでもないことだ。これは、ちょっとしたことの報いである。朕は、在位中に、過失はなかったけれど、知らず知らずのうちに犯した罪があっ たので、その罪を償うのに暇がなくて、この世を顧みなかったが、大変な難儀に苦しんでいるのを見ると、堪え難くて、海に入り渚に上がり、たいそ う疲れたけれど、このような機会に、奏上しなければならないことがあるので、急いで上るのだ」  と言って、お立ち去りになってしまった。  名残惜しく悲しくて、「お供して参りたい」とお泣き入りになって、お見上げなさると、人影もなく、月の面だけが耿々として、夢とも思えず、お姿が 残っていらっしゃるような気がして、空の雲がしみじみとたなびいているのであった。  ここ数年来、夢の中でもお会い申さず、恋しくお会いしたいお姿を、わずかな時間ではあるが、はっきりと拝見したお顔だけが、眼前にお浮かびに なって、「自分がこのように悲しみを窮め尽くし、命を失いそうになったのを、助けるために天翔っていらした」と、しみじみと有り難くお思いになると、 「よくぞこんな騷ぎもあったものよ」と、夢の後も頼もしくうれしく思われなさること、限りない。  胸がぴたっと塞がって、かえってお心の迷いに、現実の悲しいこともつい忘れ、「夢の中でお返事をもう少し申し上げずに終わってしまったこと」と 残念で、「再びお見えになろうか」と、無理にお寝みになるが、さっぱりお目も合わず、明け方になってしまった。  [第四段 明石入道の迎えの舟]  渚に小さい舟を寄せて、人が二、三人ほど、この旅のお館をめざして来る。何者だろうと尋ねると、  「明石の浦から、前の播磨守の新発意が、お舟支度して参上したのです。源少納言、伺候していらしたら、面会して事の子細を申し上げたい」  と言う。良清、驚いて、  「入道は、あの国での知人として、長年互いに親しくお付き合いしてきましたが、私事で、いささか恨めしく思うことがございまして、特別の手紙で さえも交わさないで、久しくなっておりましたが、この荒波に紛れて、何の用であろうか」  と言って、不審がる。君が、お夢などもご連想なさることもあって、「早く会え」とおっしゃるので、舟まで行って会った。「あれほど激しかった波風な のに、いつの間に船出したのだろう」と、合点が行かず思っていた。  「去る上旬の日の夢に、異形のものが告げ知らせることがございましたので、信じがたいこととは存じましたが、『十三日にあらたかな霊験を見せ よう。舟の準備をして、必ず、この雨風が止んだら、この浦に寄せ着けよ』と、前もって告げていたことがございましたので、試しに舟の用意をして待 っておりましたところ、激しい雨、風、雷がそれと気づかせてくれましたので、異国の朝廷でも、夢を信じて国を助けるた例が多くございましたので、 お取り上げにならないにしても、この予告の日をやり過さず、この由をお知らせ申し上げましょうと思って、舟出しましたところ、不思議な風が細く吹 いて、この浦に着きましたこと、ほんとうに神のお導きは間違いがございません。こちらにも、もしやお心あたりのこともございましたでしょうか、と存 じまして。大変に恐縮ですが、この由、お伝え申し上げてください」  と言う。良清、こっそりとお伝え申し上げる。  君、お考えめぐらすと、夢や現実にいろいろと穏やかでなく、もののさとしのようなことを、過去未来とお考え合わせになって、  「世間の人々がこれを聞き伝えるような後世の非難も穏やかではないだろうことを恐れて、本当の神の助けであるのに、背いたものなら、またそ れ以上に、物笑いを受けることになるだろうか。現実の世界の人の意向でさえ背くのは難しい。ちょっとしたことでも慎重にして、自分より年齢もまさ るとか、もしくは爵位が高いとか、世間の信望がいま一段まさる人とかには、言葉に従って、その意向を考え入れるべきである。謙虚に振る舞って 非難されることはないと、昔、賢人も言い残していた。なるほど、このような命の極限まで辿り着き、この世にまたとないほどの困難の限りを体験し 尽くした。今さら後世の悪評を避けたところで、たいしたこともあるまい。夢の中にも父帝のお導きがあったのだから、また何を疑おうか」  と思いになって、お返事をおっしゃる。  「知らない世界で、珍しい困難の極みに遭ってきたが、都の方からといって、安否を尋ねて来る人もいない。ただ茫漠とした空の月と日の光だけ を、故郷の友として眺めていますが、うれしい釣舟と思うぞ。あちらの浦で、静かに隠れていられる所がありますか」  とおっしゃる。この上なく喜んで、お礼申し上げる。  「ともかくも、夜のすっかり明けない前にお舟にお乗りください」  ということで、いつもの側近の者だけ、四、五人ほど供にしてお乗りになった。  例の不思議な風が吹き出してきて、飛ぶように明石にお着きになった。わずか這って行けそうな距離は時間もかからないとはいえ、やはり不思 議にまで思える風の動きである。   第二章 明石の君の物語 明石での新生活の物語  [第一段 明石入道の浜の館]  浜の様子は、なるほどまことに格別である。人が多く見える点だけが、ご希望に添わないのであった。入道の所領している所々、海岸にも山蔭に も、季節折々につけて、興趣をわかすにちがいない海辺の苫屋、勤行をして来世のことを思い澄ますにふさわしい山川のほとりに、厳かな堂を建て て念仏三昧を行い、この世の生活には、秋の田の実を刈り収めて、余生を暮らすための稲の倉町が幾倉もなど、四季折々につけて、場所にふさわ しい見所を多く集めている。  高潮を恐れて、近頃は、娘などは岡辺の家に移して住ませていたので、この海辺の館に気楽にお過ごになる。  舟からお車にお乗り移りになるころ、日がだんだん高くなって、ほのかに拝するやいなや、老いも忘れ、寿命も延びる心地がして、笑みを浮かべ て、まずは住吉の神をとりあえず拝み申し上げる。月と日の光を手にお入れ申した心地がして、お世話申し上げること、ごもっともである。  天然の景勝はいうまでもなく、こしらえた趣向、木立、立て石、前栽などの様子、何とも表現しがたい入江の水など、もし絵に描いたならば、修業 の浅いような絵師ではとても描き尽くせまいと見える。数か月来の住まいよりは、この上なく明るく、好もしい感じがする。お部屋の飾りつけなど、 立派にしてあって、生活していた様子などは、なるほど都の高貴な方々の住居と少しも異ならず、優美で眩しいさまは、むしろ勝っているように見え る。  [第二段 京への手紙]  少しお心が落ち着いて、京へのお手紙をお書き申し上げになる。参っていた使者は、現在、  「ひどい時に使いに立って辛い思いをした」  と泣き沈んで、あの須磨に留まっていたのを召して、身にあまるほどの褒美を多く賜って遣わす。親しいご祈祷の師たち、しかるべき所々には、こ のほどのご様子を、詳しく書いて遣わすのであろう。  入道の宮だけには、不思議にも生き返った様子などをお書き申し上げなさる。二条院からの胸を打つ手紙のお返事には、すらすらと筆もお運びに ならず、筆をうち置きうち置き、涙を拭いながらお書き申し上げになるご様子、やはり格別である。  「繰り返し繰り返し、恐ろしい目の極限を体験し尽くした状態なので、今は俗世を離れたいという気持ちだけが募っていますが、『鏡を見ても』とお 詠みになった面影が離れる間がないので、このように遠く離れたまま出来ようかと思うと、たくさんのさまざまな心配事は、二の次に自然と思われ て、   遠く遥かより思いやっております   知らない浦からさらに遠くの浦に流れ来ても  夢の中の心地ばかりして、まだ覚めきらないでいるうちは、どんなにか変なことを多く書いたことでしょう」  と、なるほど、とりとめもなくお書き散らしになっているが、まことに側からのぞき込みたくなるようなのを、「たいそう並々ならぬご寵愛のほどだ」 と、供の人々は拝見する。  それぞれも、故郷に心細そうな言伝をしているようである。  絶え間なく降り続いた空模様も、すっかり晴れわたって、漁をする海人たちも元気がよさそうである。須磨はとても心細く、海人の岩屋さえ数少な かったのに、人の多い嫌悪感はなさったものの、ここはまた一方で、格別にしみじみと心を打つことが多くて、何かにつけて自然と慰められるので あった。  [第三段 明石の入道とその娘]  明石の入道、その勤行の態度は、たいそう悟り澄ましているが、ただその娘一人を心配している様子は、とても側で見ているのも気の毒なくらい に、時々愚痴をこぼし申し上げる。ご心中にも、興味をお持ちになった女なので、「このように意外にも廻り合わせなさったのも、そうなるはずの前世 からの宿縁があるのか」とお思いになるものの、「やはり、このように身を沈めている間は、勤行より他のことは考えまい。都の人も、普通の場合以 上に、約束したことと違うとお思いになるのも、気恥ずかしい」と思われなさると、素振りをお見せになることはない。折にふれて、「気立てや、容姿 など、並み大抵ではないのかなあ」と、心惹かれないでもない。  こちらではご遠慮申し上げて、自身はめったに参上せず、離れた下屋に控えている。その実、毎日お世話申し上げたく思い、物足りなくお思い申 して、「何とか願いを叶えたい」と、仏、神をますますお祈り申し上げる。  年齢は六十歳くらいになっているが、とてもこざっぱりとしていかにも好ましく、勤行のために痩せぎみになって、人品が高いせいであろうか、頑 固で老いぼれたところはあるが、故事をもよく知っていて、どことなく上品で、趣味のよいところもまじっているので、古い話などをさせてお聞きにな ると、少しは所在なさも紛れるのであった。  ここ数年来、公私にお忙しくて、こんなにお聞きになったことのない世の中の故事来歴を少しずつ説きおこすので、「このような土地や人をも、知ら なかったら、残念なことであったろう」とまで、おもしろいとお思いになることもある。  このようにお親しみ申し上げてはいるが、たいそう気高く立派なご様子に、そうはいったものの、遠慮されて、自分の思うことは思うようにもお話し 申し上げることができないので、「気がせいてならぬ、残念だ」と、母君と話して嘆く。  ご本人は、「普通の身分の男性でさえ、まあまあの人は見当たらないこの田舎に、世の中にはこのような方もいらっしゃっるのだ」と拝見したのに つけても、わが身のほどが思い知らされて、とても及びがたくお思い申し上げるのであった。両親がこのように事を進めているのを聞くにも、「不釣り 合いなことだわ」と思うと、何でもなかった時よりもかえって物思いがまさるのであった。  [第四段 夏四月となる]  四月になった。衣更えのご装束、御帳台の帷子など、風流な様に作って調進しながら、万事にわたってお世話申し上げるのを、「気の毒でもあ り、これほどしてくれなくてもよいものを」とお思いになるが、人柄がどこまでも気位を高くもって上品なので、そのままになさっていらっしゃる。  京からも、ひっきりなしにお見舞いの手紙が、つぎつぎと多かった。のんびりとした夕月夜の晩に、海上に雲もなくはるかに見渡されるのが、お住 みなれたお邸の池の水のように、思わず見間違えられなさると、何とも言いようなく恋しい気持ちは、どこへともなくさすらって行く気がなさって、た だ目の前に見やられるのは、淡路島なのであった。  「ああ、と遥かに」などとおっしゃって、  「ああと、しみじみ眺める淡路島の悲しい情趣まで   すっかり照らしだす今宵の月であることよ」  長いこと手をお触れにならなかった琴を、袋からお取り出しになって、ほんのちょっとお掻き鳴らしになっているご様子を、拝し上げる人々も心が動 いて、しみじみと悲しく思い合っている。  「広陵」という曲を、秘術の限りを尽くして一心に弾いていらっしゃると、あの岡辺の家でも、松風の音や波の音に響き合って、音楽に嗜みのある 若い女房たちは身にしみて感じているようである。何の楽の音とも聞き分けることのできそうにないあちこちの山賤どもも、そわそわと浜辺に浮か れ出て、風邪をひくありさまである。  [第五段 源氏、入道と琴を合奏]  入道もじっとしていられず、供養法を怠って、急いで参上した。  「まったく、一度捨て去った俗世も改めて思い出されそうでございます。来世に願っております極楽の有様も、かくやと想像される今宵の、妙なる 笛の音でございますね」  と感涙にむせんで、お褒め申し上げる。  ご自身でも、四季折々の管弦の御遊、その人あの人の琴や笛の音、または声の出し具合、その時々の催しにおいて絶賛されなさった様子、帝 をはじめたてまつり、多くの方々が大切に敬い申し上げなさったことを、他人の身の上もご自身の様子も、お思い出しになられて、夢のような気が なさるままに、掻き鳴らしなさっている琴の音も、寂寞として聞こえる。  老人は涙も止めることができず、岡辺の家に、琵琶、箏の琴を取りにやって、入道は、琵琶法師になって、たいそう興趣ある珍しい曲を一つ二つ 弾き出した。  箏の琴をお進め申したところ、少しお弾きになるのも、さまざまな方面にも、たいそうご堪能だとばかり感じ入り申し上げた。実際には、さほどだと 思えない楽の音でさえ、その状況によって引き立つものであるが、広々と何物もない海辺である上に、かえって、春秋の花や紅葉の盛りである時 よりも、ただ何ということなく青々と繁っている木蔭が、美しい感じがするので、水鶏が鳴いているのは、「誰が門さして」と、しみじみと興趣が催さ れる。  音色もまこと二つとないくらい素晴らしく出す二つの琴を、たいそう優しく弾き鳴らしたのも、感心なさって、  「この琴は、女性が優しい姿態でくつろいだ感じに弾いたのが、おもしろいですね」  と、何気なくおっしゃるのを、入道はわけもなく微笑んで、  「お弾きあそばす以上に優しい姿態の人は、どこにございましょうか。わたくしは、延喜の帝のご奏法から弾き伝えること、四代になるのでござい ますが、このようにふがいない身の上で、この世のことは捨て忘れておりましたが、ひどく気の滅入ります時々は、掻き鳴らしておりましたが、不思 議にも、それを見よう見真似で弾く者がおりまして、自然とあの先大王のご奏法に似ているのでございます。山伏のようなひが耳では、松風をその 音を妙なる音と聞き誤ったのでございましょうか。何とかして、それも一度こっそりとお耳にお入れ申し上げたいものです」  と申し上げるにつれて、身をふるわして、涙を落としているようである。  君は、  「琴など、琴ともお聞きになるなずのない名人揃いの所で、悔しいことをしたなあ」  と言って、押しやりなさって、  「不思議なことに、昔から箏は、女が習得するものであった。嵯峨の帝のご伝授で、女五の宮が、その当時の名人でいらっしゃったが、その御系 統で、格別に伝授する人はいません。総じて、ただ現在に著名な人々は、通り一遍の自己満足程度に過ぎないが、ここにそのように隠れて伝えて いらっしゃるとは、実に興味深いものですね。ぜひとも、聴いてみたいものです」  とおっしゃる。  「お聴きあそばすについては、何の支障がございましょう。御前にお召しになっても。商人の中でさえ、古曲を賞美した人も、ございました。琵琶 は、本当の音色を弾きこなす人、昔も少のうございましたが、少しも滞ることない優しい弾き方など、格別でございます。どのように習得したもので ございましょう。荒い波の音と一緒なのは、悲しく存じられますが、積もる愁え、慰められる折々もございます」  などと風流がっているので、おもしろいとお思いになって、箏の琴を取り替えてお与えになった。  なるほど、たいそう上手に掻き鳴らした。現在では知られていない奏法を身につけていて、手さばきもたいそう唐風で、揺の音が深く澄んで聞こえ た。「伊勢の海」ではないが、「清い渚で貝を拾おう」などと、声の美しい人に歌わせて、自分でも時々拍子をとって、お声を添えなさるのを、琴の手 を度々弾きやめて、お褒め申し上げる。お菓子など、珍しいさまに盛って差し上げ、供の人々に酒を大いに勧めたりして、いつしか物憂さも忘れてし まいそうな夜の様子である。  [第六段 入道の問わず語り]  たいそう更けて行くにつれて、浜風が涼しくなってきて、月も入り方になるにつれて、ますます澄みきって、静かになった時分に、お話を残らず申し 上げて、この浦に住み初めたころの心づもりや、来世を願う模様など、ぽつりぽつりお話し申して、自分の娘の様子を、問わず語りに申し上げる。お かしくおもしろいと聞く一面で、やはりしみじみ不憫なとお聞きになる点もある。  「とても取り立てては申し上げにくいことでございますが、あなた様が、このような思いがけない土地に、一時的にせよ、移っていらっしゃいました ことは、もしや、長年この老法師めがお祈り申していました神仏がお憐れみになって、しばらくの間、あなた様にご心労をお掛け申し上げることにな ったのではないかと存ぜられます。  そのわけは、住吉の神をご祈願申し始めて、ここ十八年になりました。娘がほんの幼少でございました時から、思う子細がございまして、毎年の 春秋ごとに、必ずあの住吉の御社に参詣することに致しております。昼夜の六時の勤行に、自分自身の極楽往生の願いは、それはそれとして、た だ自分の娘に高い望みを叶えてくださいと、祈っております。  前世からの宿縁に恵まれませんもので、このようなつまらない下賤な者になってしまったのでございますが、父親は、大臣の位を保っておられま した。自分からこのような田舎の民となってしまったのでございます。子々孫々と、落ちぶれる一方では、終いにはどのようになってしまうのかと悲 しく思っておりますが、わが娘は生まれた時から頼もしく思うところがございます。何とかして都の高貴な方に差し上げたいと思う決心、固いもので すから、身分が低ければ低いなりに、多数の人々の嫉妬を受け、わたしにとってもつらい目に遭う折々多くございましたが、少しも苦しみとは思って おりません。自分が生きておりますうちは微力ながら育てましょう。このまま先立ってしまったら、海の中にでも身を投げてしまいなさい、と申しつけ ております」  などと、全部はお話できそうにもないことを、泣く泣く申し上げる。  君も、いろいろと物思いに沈んでいらっしゃる時なので、涙ぐみながら聞いていらっしゃる。  「無実の罪に当たって、思いもよらない地方にさすらうのも、何の罪によるのかと分からなく思っていたが、今夜のお話をうかがって考え合わせて みると、なるほど浅くはない前世からの宿縁であったのだと、しみじみと分かった。どうして、このようにはっきりとご存じであったことを、今までお話 してくださらなかったのか。都を離れた時から、世の無常に嫌気がさし、勤行以外のことはせずに月日を送っているうちに、すっかり意気地がなくな ってしまった。そのような人がいらっしゃるとは、ほのかに聞いてはいたが、役立たずの者では縁起でもなく思って相手にもなさらぬであろうと、自 信をなくしていたが、それではご案内してくださるというのだね。心細い独り寝の慰めにも」  などとおっしゃるのを、この上なく光栄に思った。  「独り寝はあなた様もお分かりになったでしょうか   所在なく物思いに夜を明かす明石の浦の心淋しさを  まして長い年月ずっと願い続けてまいった気のふさぎようを、お察しくださいませ」  と申し上げる様子、身を震わせていたが、それでも気品は失っていない。  「それでも、海辺の生活に馴れた人は」とおっしゃって、  「旅の生活の寂しさに夜を明かしかねて   安らかな夢を見ることもありません」  と、ちょっと寛いでいらっしゃるご様子は、たいそう魅力的で、何ともいいようのないお美しさである。数えきれないほどのことどもを申し上げたが、 何とも煩わしいことよ。誇張をまじえて書いたので、ますます、馬鹿げて頑固な入道の性質も、現れてしまったことであろう。  [第七段 明石の娘へ懸想文]  願いが、まずまず叶った心地がして、すがすがしい気持ちでいると、翌日の昼頃に、岡辺の家にお手紙をおつかわしになる。奥ゆかしい方らしい のも、かえって、このような辺鄙な土地に、意外な素晴らしい人が埋もれているようだと、お気づかいなさって、高麗の胡桃色の紙に、何ともいえな いくらい念入りに趣向を調えて、  「何もわからない土地にわびしい生活を送っていましたが   お噂を耳にしてお便りを差し上げます  『思ふには』」  というぐらいあったのであろうか。  入道も、こっそりとお待ち申し上げようとして、あちらの家に来ていたのも期待どおりなので、御使者をたいそうおもはゆく思うほど酔わせる。  お返事には、たいそう時間がかかる。奥に入って催促するが、娘は一向に聞き入れない。気後れするようなお手紙の様子に、お返事をしたためる 筆跡も、恥ずかしく気後れして、相手のご身分と、わが身の程を思い比べると、比較にもならない思いがして、気分が悪いといって、物に寄り伏して しまった。  説得に困って、入道が書く。  「とても恐れ多い仰せ言は、田舎者には、身に余るほどのことだからでございましょうか。まったく拝見させて戴くことなど、思いも及ばぬもったい なさでございます。それでも、   物思いされながら眺めていらっしゃる空を同じく眺めていますのは   きっと同じ気持ちだからなのでしょう  と拝見してます。大変に色めいて恐縮でございます」  と申し上げた。陸奥紙に、ひどく古風な書き方だが、筆跡はしゃれていた。「なるほど、色っぽく書いたものだ」と、目を見張って御覧になる。御使 者に、並々ならぬ女装束などを与えた。  翌日、  「代筆のお手紙を頂戴したのは、初めてです」とあって、  「悶々として心の中で悩んでおります   いかがですかと尋ねてくださる人もいないので  『言ひがたみ』」  と、今度は、たいそうしなやかな薄様に、とても美しそうにお書きになっていた。若い女性が素晴らしいと思わなかったら、あまりに引っ込み思案と いうものであろう。ご立派なとは思うものの、比較にならないわが身の程が、ひどくふがいないので、かえって、自分のような女がいるということを、 お知りになり訪ねてくださるにつけて、自然と涙ぐまれて、まったく例によって動こうとしないのを、責められ促されて、深く染めた紫の紙に、墨つき も濃く薄く書き紛らわして、  「思って下さるとおっしゃいますが、その真意はいかがなものでしょうか   まだ見たこともない方が噂だけで悩むということがあるのでしょうか」  筆跡や、出来ぐあいなど、高貴な婦人方に比べてもたいして見劣りがせず、貴婦人といった感じである。  京の事が思い出されて、興趣深いと御覧になるが、続けざまに手紙を出すのも、人目が憚られるので、二、三日置きに、所在ない夕暮や、もしく は、しみじみとした明け方などに紛らわして、それらの時々に、同じ思いをしているにちがいない時を推量して、書き交わしなさると、不似合いでは ない。  思慮深く気位高くかまえている様子も、是非とも会わないと気がすまないと、お思いになる一方で、良清がわがもの顔に言っていた様子もしゃく にさわるし、長年心にかけていただろうことを、目の前で失望させるのも気の毒にご思案されて、「相手が進んで参ったような恰好ならば、そのよう なことにして、うやむやのうちに事をはこぼう」とお思いになるが、女は女で、かえって高貴な身分の方以上に、たいそう気位高くかまえていて、い まいましく思うようにお仕向け申しているので、意地の張り合いで日が過ぎて行ったのであった。  京の事を、このように関よりも遠くに行った今では、ますます気がかりにお思い申し上げなさって、「どうしたものだろう。冗談でないことだ。こっそり と、お迎え申してしまおうか」と、お気弱になられる時々もあるが、「そうかといって、こうして何年も過せようかと、今さら体裁の悪いことを」と、お思 い静めになった。  [第八段 都の天変地異]  その年、朝廷では、神仏のお告げが続いてあって、物騒がしいことが多くあった。三月十三日、雷が鳴りひらめき、雨風が激しかった夜に、帝の 御夢に、院の帝が、御前の階段の下にお立ちあそばして、御機嫌がひどく悪くて、お睨み申し上げあそばすので、畏まっておいであそばす。お申し 上げあそばすこと多かった。源氏のお身の上の事であったのだろう。  たいそう恐ろしく、またおいたわしく思し召して、大后にお申し上げあそばしたのだが、  「雨などが降り、天候が荒れている夜には、思い込んでいることが夢に現れるのでございます。軽々しい態度に、お驚きあそばすものではありま せぬ」  とお諌めになる。  お睨みになったとき、眼をお見合わせになったと思し召してか、眼病をお患になって、堪えきれないほどお苦しみになる。御物忌み、宮中でも大后 宮でも、数知れずお執り行わせあそばす。  太政大臣がお亡くなりになった。無理もないお年であるが、次々に自然と騒がしいことが起こって来る上に、大后宮もどことなくお具合が悪くなっ て、日がたつにつれ弱って行くようなので、主上におかれてもお嘆きになること、あれやこれやと尽きない。  「やはり、この源氏の君が、真実に無実の罪でこのように沈んでいるならば、必ずその報いがあるだろうと思われます。今は、やはり元の位階を 授けよう」  と度々お考えになり仰せになるが、  「世間の非難、軽々しいようでしょう。罪を恐れて都を去った人を、わずか三年も過ぎないうちに赦されるようなことは、世間の人もどのように言い 伝えることでしょう」  などと、大后は固くお諌めになるので、ためらっていらっしゃるうちに月日がたって、お二方の御病気も、それぞれ次第に重くなって行かれる。   第三章 明石の君の物語 結婚の喜びと嘆きの物語  [第一段 明石の侘び住まい]  明石では、例によって、秋、浜風が格別で、独り寝も本当に何となく淋しくて、入道にも時々話をおもちかけになる。  「何とか人目に立たないようにして、こちらに差し向けなさい」  とおっしゃって、いらっしゃることは決してないようにお思いになっているが、娘は娘でまた、まったく出向く気などない。  「とても取るに足りない身分の田舎者は、一時的に下向した人の甘い言葉に乗って、そのように軽く良い仲になることもあろうが、一人前の夫人と して思ってくださらないだろうから、わたしはたいへんつらい物思いの種を増すことだろう。あのように及びもつかぬ高望みをしている両親も、未婚の 間で過ごしているうちは、当てにならないことを当てにして、将来に希望をかけていようが、かえって心配が増ることであろう」と思って、「ただこの浦 にいらっしゃる間は、このようなお手紙だけをやりとりさせていただけるのは、並々ならぬこと。長年噂にだけ聞いて、いつの日にかそのような方の ご様子をちらっとでも拝見しようなどと、思いもしなかったお住まいで、よそながらもちらと拝見し、世にも素晴らしいと聞き伝えていたお琴の音をも 風に乗せて聴き、毎日のお暮らしぶりもはっきりと見聞きし、このようにまでわたしに対してご関心いただくのは、このような海人の中に混じって朽 ち果てた身にとっては、過分の幸せだわ」  などと思うと、ますます気後れがして、少しもお側近くに上がることなどは考えもしない。  両親は、長年の念願が今にも叶いそうに思いながら、  「不用意にお見せ申して、もし相手にもしてくださらなかった時は、どんなに悲しい思いをするだろうか」  と想像すると、心配でたまらず、  「立派な方とは申しても、辛く堪らないことであるよ。目に見えない仏、神を信じ申して、君のお心や、娘の運命をも分からないままに」  などと、改めて思い悩んでいた。君は、  「この頃の波の音に合わせて、あの琴の音色を聴きたいものだ。それでなかったら、何にもならない」  などと、いつもおっしゃる。  [第二段 明石の君を初めて訪ねる]  こっそりと吉日を調べて、母君があれこれと心配するのには耳もかさず、弟子たちにさえ知らせず、自分の一存で世話をやき、輝くばかりに整え て、十三日の月の明るくさし出た時分に、ただ「あたら夜の」と申し上げた。  君は、「風流ぶっているな」とお思いになるが、お直衣をお召しになり身なりを整えて、夜が更けるのを待ってお出かけになる。お車はまたとなく立 派に整えたが、仰々しいと考えて、お馬でお出かけになる。惟光などばかりをお従わせになる。少し遠く奥まった所であった。道すがら、四方の 浦々をお見渡しになって、恋人どうしで眺めたい入江の月影を見るにつけても、まずは恋しい人の御ことをお思い出し申さずにはいらっしゃれないの で、そのまま馬で通り過ぎて、上京してしまいたく思われなさる。  「秋の夜の月毛の駒よ、わが恋する都へ天翔っておくれ   束の間でもあの人に会いたいので」  とつい独り口をついて出る。  造りざまは、木が深く繁って、ひどく感心する所があって、結構な住まいである。海辺の住まいは堂々として興趣に富み、こちらの家はひっそりと した住まいの様子で、「ここで暮らしたら、どんな物思いもし残すことはなかろう」と自然と想像されて、しみじみとした思いにかられる。三昧堂が近く にあって、鐘の音、松風に響き合って、もの悲しく、巌に生えている松の根ざしも、情趣ある様子である。いくつもの前栽に虫が声いっぱいに鳴いて いる。あちらこちらの様子を御覧になる。娘を住ませている建物は、格別に美しくしてあって、月の光を入れた真木の戸口は、ほんの気持ちばかり 開けてある。  少しためらいがちに、何かと言葉をおかけになるが、「こんなにまでお側近くには上がるまい」と深く決心していたので、何となく悲しくて、気を許さ ない態度を、「ずいぶんと貴婦人ぶっているな。容易に近づきがたい高貴な身分の女でさえ、これほど近づき言葉をかけてしまえば、気強く拒むこと はないのであったが、このように落ちぶれているので、見くびっているのだろうか」としゃくで、いろいろと悩んでいるようである。「容赦なく無理じい するのも、意向に背くことになる。根比べに負けたりしたら、体裁の悪いことだ」などと、千々に心乱れてお恨みになるご様子、本当に物の情趣を理 解する人に見せたいものである。  近くの几帳の紐に触れて、箏の琴が音をたてたのも、感じが取り繕ってなく、くつろいだ普段のまま琴を弄んでいた様子が想像されて、興趣ある ので、  「この、噂に聞いていた琴までも聴かせてくれないのですか」  などと、いろいろとおっしゃる。  「睦言を語り合える相手が欲しいものです   この辛い世の夢がいくらかでも覚めやしないかと」  「闇の夜にそのまま迷っておりますわたしには   どちらが夢か現実か区別してお話し相手になれましょう」  かすかな感じは、伊勢の御息所にとてもよく似ていた。何も知らずにくつろいでいたところを、こう意外なお出ましとなったので、たいそう困って、近 くにある曹司の中に入って、どのように戸締りしたものか、固いのだが、無理して開けようとはなさらない様子である。けれども、いつまでもそうして ばかりいられようか。  人柄は、とても上品で、すらりとして、気後れするような感じがする。このような無理に結んだ契りをお思いになるにつけても、ひとしおいとしい思い が増すのである。情愛が、逢ってますます思いが募るのであろう、いつもは嫌でたまらない秋の夜の長さも、すぐに明けてしまった気持ちがするの で、「人に知られまい」とお思いになると、気がせかれて、心をこめたお言葉を残して、お立ちになった。  後朝のお手紙、こっそりと今日はある。つまらない良心の呵責であるよ。こちらでも、このようなことを何とか世間に知られまいと隠して、御使者を 仰々しくもてなさないのを、残念に思った。  こうして後は、こっそりと時々お通いになる。「距離も少し離れているので、自然と口さがない海人の子どもがいるかも知れない」とおためらいにな る途絶えを、「やはり、思っていたとおりだわ」と嘆いているので、「なるほど、どうなることやら」と、入道も極楽往生の願いも忘れて、ただ君のお通 いを待つことばかりである。今さら心を乱すのも、とても気の毒なことである。  [第三段 紫の君に手紙]  二条院の君が、風の便りにも漏れお聞きなさるようなことは、「冗談にもせよ、隠しだてをしたのだと、お疎み申されるのは、申し訳なくも恥ずかし いことだ」とお思いになるのも、あまりなご愛情の深さというものであろう。「こういう方面のことは、穏和な方とはいえ、気になさってお恨みになった 折々、どうして、つまらない忍び歩きにつけても、そのようなつらい思いをおさせ申したのだろうか」などと、昔を今に取り戻したく、女の有様を御覧に なるにつけても、恋しく思う気持ちが慰めようがないので、いつもよりお手紙を心こめてお書きになって、  「ところで、そうそう、自分ながら心にもない出来心を起こして、お恨まれ申した時々のことを、思い出すのさえ胸が痛くなりますのに、またしても、 変なつまらない夢を見たのです。このように申し上げます問わず語りに、隠しだてしない胸の中だけはご理解ください。『誓ひしことも』」などと書い て、  「何事につけても、   あなたのことが思い出されて、さめざめと泣けてしまいます   かりそめの恋は海人のわたしの遊び事ですけれども」  とあるお返事、何のこだわりもなくかわいらしげに書いて、  「隠しきれずに打ち明けてくださった夢のお話につけても、思い当たることが多くございますが、   固い約束をしましたので、何の疑いもなく信じておりました     末の松山のように、心変わりはないものと」  鷹揚な書きぶりながら、お恨みをこめてほのめかしていらっしゃるのを、とてもしみじみと思われ、下に置くこともできず御覧になって、その後は、 久しい間忍びのお通いもなさらない。  [第四段 明石の君の嘆き]  女は、予想通りの結果になったので、今こそほんとうに身を海に投げ入れてしまいたい心地がする。  「老い先短い両親だけを頼りにして、いつになったら人並みの境遇になれる身の上とは思っていなかったが、ただとりとめもなく過ごしてきた年月 の間は、何事に心を悩ましたろうか、このようにひどく物思いのする結婚生活であったのだ」  と、以前から想像していた以上に、何事につけ悲しいけれど、穏やかに振る舞って、憎らしげのない態度でお会い申し上げる。  いとしいと月日がたつにつれてますますお思いになっていくが、れっきとした方が、いつかいつかと帰りを待って年月を送っていられるのが、一方 ならずご心配なさっていらっしゃるだろうことが、とても気の毒なので、独り寝がちにお過ごしになる。  絵をいろいろとお描きになって、思うことを書きつけて、返歌を聞かれるようにという趣向にお作りなった。見る人の心にしみ入るような絵の様子で ある。どうして、お心が通じあっているのであろうか、二条院の君も、悲しい気持ちが紛れることなくお思いになる時々は、同じように絵をたくさんお 描きになって、そのままご自分の有様を、日記のようにお書きになっていた。どうなって行かれるお二方の身の上であろうか。   第四章 明石の君の物語 明石の浦の別れの秋の物語  [第一段 七月二十日過ぎ、帰京の宣旨下る]  年が変わった。主上におかせられては御不例のことがあって、世の中ではいろいろと取り沙汰する。今上の御子は、右大臣の娘で、承香殿の女 御がお生みになった男御子がいらっしゃるが、二歳におなりなので、たいそう幼い。東宮に御譲位申されることであろう。朝廷の御後見をし、政権を 担当すべき人をお考え廻らすと、この源氏の君がこのように沈んでいらっしゃること、まことに惜しく不都合なことなので、ついに皇太后の御諌言に も背いて、御赦免になられる評定が下された。  去年から、皇太后も御物の怪をお悩みになり、さまざまな前兆ががしきりにあり、世間も騒がしいので、厳重な御物忌みなどをなさった効果があ ってか、悪くなくおいであそばした御眼病までもが、この頃重くおなりあそばして、何となく心細く思わずにはいらっしゃれなかったので、七月二十日 過ぎに、再度重ねて、帰京なさるよう宣旨が下る。  いつかはこうなることと思っていたが、世の中の定めないことにつけても、「どういうことになってしまうのだろうか」とお嘆きになるが、このように急 なので、嬉しいと思うとともに、また一方で、この浦を今を限りと離れることをお嘆き悲しみになるが、入道は、当然そうなることとは思いながら、聞く なり胸のつぶれる気持ちがするが、「思い通りにお栄えになってこそ、自分の願いも叶うことなのだ」などと、思い直す。  [第二段 明石の君の懐妊]  そのころは、毎夜お通いになってお語らいになる。六月頃から懐妊の兆候が現れて苦しんでいるのであった。このようにお別れなさらねばならな い時なので、あいにくご愛情もいや増すというのであろうか、以前よりもいとしくお思いになって、「不思議と物思いせずにはいられない、わが身で あることよ」とお悩みになる。  女は、さらにいうまでもなく思い沈んでいる。まことに無理もないことであるよ。思いもかけない悲しい旅路にお立ちになったが、「けっきょくは帰京 するであろう」と、一方ではお慰めになっていた。  今度は嬉しい都へのご出発であるが、「二度とここに来るようなことはあるまい」とお思いになると、しみじみと感慨無量である。  お供の人々は、それぞれ身分に応じて喜んでいる。京からもお迎えに人々が参り、愉快そうにしているが、主人の入道、涙にくれているうちに、 月が替わった。  季節までもしみじみとした空の様子なので、「どうして、自分から求めて今も昔も、埒もない恋のために憂き身をやつすのだろう」と、さまざまにお 思い悩んでいられるのを、事情を知っている人々は、  「ああ、困った方だ。いつものお癖だ」  と拝、忌ま忌ましがっているようである。  「ここ数月来、全然、誰にもそぶりもお見せにならず、時々人目を忍んでお通いになっていらっしゃった冷淡さだったのに」  「最近は、あいにくと、かえって、女が嘆きを増すことであろうに」  と、互いに陰口をたたき合う。源少納言は、ご紹介申した当初の頃のことなどを、ささやき合っているのを、おもしろからず思っていた。  [第三段 離別間近の日]  明後日ほどになって、いつものようにあまり夜が更けないうちにお越しになった。まだはっきりと御覧になっていない容貌などを、「とても風情があ り、気高い様子をしていて、目を見張るような美しさだ」と、見捨てにくく残念にお思いになる。「しかるべき手筈を整えて迎えよう」とお考えになっ た。そのように約束してお慰めになる。  男のお顔だち、お姿は、改めていうまでもない。長い間のご勤行にひどく面痩せなさっていらっしゃるのが、いいようもなく立派なご様子で、痛々し いご様子に涙ぐみながら、しみじみと固いお約束なさるのは、「ただ一時の逢瀬でも、幸せと思って、諦めてもいいではないか」とまで思われもする が、ご立派さにつけて、わが身のほどを思うと、悲しみは尽きない。波の音、秋の風の中では、やはり響きは格別である。塩焼く煙が、かすかにた なびいて、何もかもが悲しい所の様子である。  「今はいったんお別れしますが、藻塩焼く煙のように   上京したら一緒に暮らしましょう」  とお詠みになると、  「何とも悲しい気持ちでいっぱいですが   今は申しても甲斐のないことですから、お恨みはいたしません」  せつなげに涙ぐんで、言葉少なではあるが、しかるべきお返事などは心をこめて申し上げる。あの、いつもお聴きになりたがっていらした琴の音色 など、まったくお聴かせ申さなかったのを、たいそうお恨みになる。  「それでは、形見として思い出になるよう、せめて一節だけでも」  とおっしゃって、京から持っていらした琴のお琴を取りにやって、格別に風情のある一曲をかすかに掻き鳴らしていらっしゃる、夜更けの澄んだ音 色は、たとえようもなく素晴しい。  入道も、たまりかねて箏の琴を取って差し入れた。娘自身も、ますます涙まで催されて、止めようもないので、気持ちをそそられるのであろう、ひっ そりと音色を調べた具合、まことに気品のある奏法である。入道の宮のお琴の音色を、今の世に類のないものとお思い申し上げていたのは、「当 世風で、ああ、素晴らしい」と、聴く人の心がほれぼれとして、御器量までが自然と想像されることは、なるほど、まことにこの上ないお琴の音色で ある。  これはどこまでも冴えた音色で、奥ゆかしく憎らしいほどの音色が優れていた。この君でさえ、初めてしみじみと心惹きつけられる感じで、まだお 聴きつけにならない曲などを、もっと聴いていたいと感じさせる程度に、弾き止め弾き止めして、物足りなくお思いになるにつけても、「いく月も、どう して無理してでも、聴き親しまなかったのだろう」と、残念にお思いになる。心をこめて将来のお約束をなさるばかりである。  「琴は、再び掻き合わせをするまでの形見に」  とおっしゃる。女、  「軽いお気持ちでおっしゃるお言葉でしょうが   その一言を悲しくて泣きながら心にかけて、お偲び申します」  と言うともなく口ずさみなさるのを、お恨みになって、  「今度逢う時までの形見に残した琴の中の緒の調子のように   二人の仲の愛情も、格別変わらないでいて欲しいものです  この琴の絃の調子が狂わないうちに必ず逢いましょう」  とお約束なさるようである。それでも、ただ別れる時のつらさを思ってむせび泣いているのも、まことに無理はない。  [第四段 離別の朝]  ご出立になる朝は、まだ夜の深いうちにお出になって、お迎えの人々も騒がしいので、心も上の空であるが、人のいない隙間を見はからって、  「あなたを置いて明石の浦を旅立つわたしも悲しい気がしますが   後に残ったあなたはさぞやどのような気持ちでいられるかお察しします」  お返事は、  「長年住みなれたこの苫屋も、あなた様が立ち去った後は荒れはてて   つらい思いをしましょうから、いっそ打ち返す波に身を投げてしまおうかしら」  と、気持ちのままなのを御覧になると、堪えていらっしゃったが、ほろほろと涙がこぼれてしまった。事情を知らない人々は、  「やはりこのようなお住まいであるが、一年ほどもお住み馴れになったので、いよいよ立ち去るとなると、悲しくお思いになるのももっともなことだ」  などと、拝見する。  良清などは、「並々ならずお思いでいらっしゃるようだ」と、いまいましく思っている。  嬉しいにつけても、「なるほど、今日限りで、この浦を去ることよ」などと、名残を惜しみ合って、口々に涙ぐんで挨拶をし合っているようだ。けれど、 いちいちお話する必要もあるまい。  入道、今日のお支度を、たいそう盛大に用意した。お供の人々、下々のまで、旅の装束を立派に整えてある。いつの間にこんなに準備したのだろ うかと思われた。ご装束はいうまでもない。御衣櫃を幾棹となく荷なわせお供をさせる。実に都への土産にできるお贈り物類、立派な物で、気のつ かないところがない。今日お召しになるはずの狩衣のご装束に、  「ご用意致しました旅のご装束は寄る波の   涙に濡れていまので、嫌だとお思いになりましょうか」  とあるのを御発見なさって、騒がしい最中であるが、  「お互いに形見として着物を交換しましょう   また逢える日までの間の二人の仲の、この中の衣を」  とおっしゃって、「せっかくの好意だから」と言って、お召し替えになる。お身につけていらしたのをお遣わしになる。なるほど、もう一つお偲びにな るよすがを添えた形見のようである。素晴らしいお召し物に移り香が匂っているのを、どうして相手の心にも染みないことがあろうか。  入道は、  「きっぱりと世を捨てました出家の身ですが、今日のお見送りにお供申しませんことが」  などと申し上げて、べそをかいているのも気の毒だが、若い人ならきっと笑ってしまうであろう。  「世の中が嫌になって長年この海浜の汐風に吹かれて暮らして来たが   なお依然として子の故に此岸を離れることができずにおります  娘を思う親の心は、ますます迷ってしまいそうでございますから、せめて国境までなりとも」と申し上げて、  「あだめいた事を申すようでございますが、もしお思い出しあそばすことがございましたら」  などと、ご内意を頂戴する。たいそう気の毒にお思いになって、お顔の所々を赤くしていらっしゃるお目もとのあたりがなどが、何ともいいようなくお 見えになる。  「放っておきがたい事情もあるので、きっと今すぐにお思い直しくださるでしょう。ただ、この住まいが見捨てがたいのです。どうしたものでしょう」と おっしゃって、  「都を立ち去ったあの春の悲しさに決して劣ろうか   年月を過ごしてきたこの浦を離れる悲しい秋は」  とお詠みになって、涙を拭っていらっしゃると、ますます分別を失って、涙をさらに流す。立居もままならず転びそうになる。  [第五段 残された明石の君の嘆き]  娘ご本人の気持ちは、たとえようもないくらいで、こんなに深く悲嘆していると誰にも見せまいと気持ちを沈めていたが、わが身のつたなさがもと で、無理のないことであるが、お残しになって行かれた恨みの晴らしようがないが、せいぜいできることは、ただ涙に沈むばかりである。母君も慰め るのに困って、  「どうして、こんなに気を揉むようなことを思いついたのでしょう。あれもこれも、偏屈な主人に従ったわたしの失敗でした」  と言う。  「まあ、静かに。お捨て置きになれない事情もおありになるようですから、今は別れたといっても、お考えになっていることがございましょう。気持ち を落ち着かせて、せめてお薬湯などでも召し上がれ。ああ、縁起でもない」  と言って、片隅に座っていた。乳母、母君などは、偏屈な心をそしり合いながら、  「早く早く、何とか願い通りにしてお世話申そうと、長い年月を期待して過ごしてき、今や、その願いが叶ったと頼もしくお思い申したのに、気の毒 にも、事の初めから味わおうとは」  と嘆くのを見るにつけても、かわいそうなので、ますます頭がぼんやりしてきて、昼は一日中、寝てばかり暮らし、夜はすっくと起き出して、「数珠 の在りかも分からなくなってしまった」と言って、手をすり合わさせて茫然としていた。  弟子たちに軽蔑されて、月夜に庭先に出て行道をしたにはしたのだが、遣水の中に落ち込んだりするのであった。風流な岩の突き出た角に腰を ぶっつけて怪我をして、寝込むことになってようやく、物思いも少し紛れるのであった。   第五章 光る源氏の物語 帰京と政界復帰の物語  [第一段 難波の御祓い]  君は、難波の方面に渡ってお祓いをなさって、住吉の神にも、お蔭で無事であったので、改めていろいろと願ほどき申し上げる旨を、お使いの者 に申させなさる。急に大勢の供回りとなったので、ご自身は今回はお参りすることがおできになれず、格別のご遊覧などもなくて、急いで京にお入 りになった。  二条院にお着きあそばして、都の人も、お供の人も、夢のような心地がして再会し、喜んで泣くのも縁起が悪いくらいまで大騷した。  女君も、生きていても甲斐ないとまでお思い棄てていた命、嬉しくお思いのことであろう。とても美しくご成人なさって、ご苦労の間に、うるさいほ どあったお髪が少し減ったのも、かえってたいそう素晴らしいのを、「今はもうこうして毎日お会いできるのだ」と、お心が落ち着くにつけて、また一方 では、心残りの別れをしてきた人が悲しんでいた様子、痛々しくお思いやらずにはいられない。やはり、いつになってもこのような方面では、お心の 休まる時のないことよ。  その女のことなどをお話し申し上げなさった。お思い出しになるご様子が一通りのお気持ちでなく見えるので、並々のご愛着ではないと拝見する のであろうか、さりげなく、「わたしの身の上は思いませんが」などと、ちらっと嫉妬なさるのが、しゃれていていじらしいとお思い申し上げなさる。ま た一方で、「見ていてさえ見飽きることのないご様子を、どうして長い年月会わずにいられたのだろうか」と、信じられないまでの気持ちがするの で、今さらながら、まことに世の中が恨めしく思われる。  まもなく、元のお位に復して、員外の権大納言におなりになる。以下の人々も、しかるべき者は皆元の官を返し賜わり、世に復帰するのは、枯れ ていた木が春にめぐりあった有様で、たいそうめでたい感じである。  [第二段 源氏、参内]  お召しがあって、参内なさる。御前に伺候していられると、いよいよ立派になられて、「どうしてあのような辺鄙な土地で、長年お暮らしになったの だろう」と拝見する。女房などの中で、故院の御在世中にお仕えして、年老いた連中は、悲しくて、今さらのように泣き騒いでお褒め申し上げる。  主上も、恥ずかしくまで思し召されて、御装束なども格別におつくろいになってお出ましになる。お加減が、すぐれない状態で、ここ数日おいであ そばしたので、ひどくお弱りあそばしていらっしゃったが、昨日今日は、少しよろしくお感じになるのであった。お話をしみじみとなさって、夜に入っ た。  十五夜の月が美しく静かなので、昔のことを、一つ一つ自然とお思い出しになられて、お泣きあそばす。何となく心細くお思いあそばさずにはいら れないのであろう。  「管弦の催しなどもせず、昔聞いた楽の音なども聞かないで、久しくなってしまったな」  と仰せになるので、  「海浜でうちしおれて落ちぶれながら蛭子のように   立つこともできず三年を過ごして来ました」  とお応え申し上げなさった。とても胸をうち心恥しく思わずにはいらっしゃれないで、  「こうしてめぐり会える時があったのだから   あの別れた春の恨みはもう忘れてください」  実に優美な御様子である。  故院の御追善供養のために、法華御八講を催しなさることを、何より先にご準備させなさる。東宮にお目にかかりなさると、すっかりと御成人あそ ばして、珍しくお喜びになっているのを、感慨無量のお気持ちで拝しなさる。御学問もこの上なくご上達になって、天下をお治めあそばすにも、何の 心配もいらないように、ご立派にお見えあそばす。  入道の宮にも、お心が少し落ち着いて、ご対面の折には、しみじみとしたお話がきっとあったであろう。  [第三段 明石の君への手紙、他]  そうそう、あの明石には、送って来た者たちの帰りにことづけて、お手紙をお遣はしになる。人目に立たないようにして情愛こまやかにお書きにな るようである。  「波の寄せる夜々は、どのように、   お嘆きになりながら暮らしていらっしゃる明石の浦に   嘆きの息が朝霧となって立ちこめているのではないかと想像しています」  あの大宰帥の娘の五節は、どうにもならないことだが、人知れずご好意をお寄せ申していたのもさめてしまった感じがして、目くばせさせて置いて 行かせたのであった。  「須磨の浦で好意をお寄せ申した舟人が   そのまま涙で朽ちさせてしまった袖をお見せ申しとうございます」  「筆跡などもたいそう上手になったな」と、お見抜きになって、お遣わしになる。  「かえってこちらこそ愚痴を言いたいくらいです、ご好意を寄せていただいて   それ以来涙に濡れて袖が乾かないものですから」  「いかにもかわいい」とお思いになった昔の思い出もあるので、はっとびっくりさせられなさって、ますますいとしくお思い出しになるが、最近は、そ のようなお忍び歩きはまったく慎んでいらっしゃるようである。  花散里などにも、ただお手紙などばかりなので、心もとなく思われて、かえって恨めしい様子である。 源氏物語の世界ヘ 本文 ローマ字版 注釈 Latest updated 10/3/99 渋谷栄一訳(C)(ver.1-2-1)    澪標 光る源氏の二十八歳初冬十月から二十九歳冬まで内大臣時代の物語 第一章 光る源氏の物語 光る源氏の政界領導と御世替わり 1.故桐壷院の追善法華御八講---はっきりとお見えになった夢の後は 2.朱雀帝と源氏の朧月夜尚侍をめぐる確執---御譲位なさろうとの御配慮が近くなったのにつけても 3.東宮の御元服と御世替わり---翌年の二月に、東宮の御元服の儀式がある 第二章 明石の物語 明石の姫君誕生 1.宿曜の予言と姫君誕生---そうそう、「あの明石で 2.宣旨の娘を乳母に選定---あのような所には、まともな乳母などもいないだろうこと 3.乳母、明石へ出発---車で京の中は出て行ったのであった 4.紫の君に姫君誕生を語る---女君には、言葉に表して 5.姫君の五十日の祝---「五月五日が、五十日に当たるだろう」と 6.紫の君、嫉妬を覚える---何度も御覧になりながら、「ああ」と 第三章 光る源氏の物語 新旧後宮女性の動向 1.花散里訪問---このように、この方のお気持ちの御機嫌をとっていらっしゃる間に 2.筑紫の五節と朧月夜尚侍---このような折にも、あの五節をお忘れにならず 3.旧後宮の女性たちの動向---院は気楽な御心境になられて 4.冷泉帝後宮の入内争い---兵部卿親王は、ここ数年来のお心が冷たく案外な仕打ちで 第四章 明石の物語 住吉浜の邂逅 1.住吉詣で---その年の秋に、住吉にご参詣になる 2.住吉社頭の盛儀---松原の深緑を背景に、花や紅葉をまき散らした 3.源氏、惟光と住吉の神徳を感ず---君は、まったくご存知なく 4.源氏、明石の君に和歌を贈る---あの明石の舟が、この騷ぎに圧倒されて 5.明石の君、翌日住吉に詣でる---あの人は、通り過ぎるのをお待ち申して、次の日が 第五章 光る源氏の物語 冷泉帝後宮の入内争い 1.斎宮と母御息所上京---そう言えば、あの斎宮もお代わりになったので 2.御息所、斎宮を源氏に託す---こんなにまでもお心に掛けていたのを 3.六条御息所、死去---七、八日あって、お亡くなりになったのであった 4.斎宮を養女とし、入内を計画---下向なさった時から 5.朱雀院と源氏の斎宮をめぐる確執---院におかせられても、あのお下りになった大極殿での 6.冷泉帝後宮の入内争い---入道の宮は、兵部卿の宮が、姫君を早く入内させたいと   第一章 光る源氏の物語 光る源氏の政界領導と御世替わり  [第一段 故桐壷院の追善法華御八講]  はっきりとお見えになった夢の後は、院の帝の御ことを心にお掛け申し上げになって、「何とか、あの沈んでいらっしゃるという罪、お救い申すこと をしたい」と、お嘆きになっていらしたが、このようにお帰りになってからは、そのご準備をなさる。神無月に御八講をお催しになる。世間の人が追従 し奉仕すること、昔と同じようである。  皇太后、御病気が重くいらっしゃる間でも、「とうとうこの人を失脚させないで終わってしまうことよ」と、悔しくお思いになったが、帝は故院の御遺 言をお考えあそばす。きっと何かの報いがあるにちがいないとお思いになったが、復位おさせになって、御気分がすがすがしくなるのであった。 時々眼病が起こってお悩みあそばした御目も、さわやかにおなりになったが、「おおよそ長生きできそうになく、心細いことだ」とばかり、長くないこ とをお考えになりながら、いつもお召しがあって、源氏の君は参内なさる。政治の事なども、隔意なく仰せになり仰せになっては、御本意のようなの で、世間一般の人々も、関係なくも、嬉しいこととお喜び申し上げるのであった。  [第二段 朱雀帝と源氏の朧月夜尚侍をめぐる確執]  御譲位なさろうとの御配慮が近くなったのにつけても、尚侍の君、心細げに身の上を嘆いていらっしゃるのが、とてもお気の毒に思し召されるので あった。  「大臣がお亡くなりになり、大宮も頼りなくばかりいらっしゃる上に、わたしの寿命までが長くないような気がするので、とてもお気の毒に、かつて とすっかり変わった状態で後に残されることでしょう。以前から、あの人より軽く思っておいでですが、わたしの愛情はずっと他の誰よりも深いもので すから、ただあなたのことだけを、愛しく思い続けてきたのでした。わたし以上の人が、再び望み通りになってご結婚なさっても、並々ならぬ愛情だ けは、及ばないだろうと思うのさえ、たまらないのです」  と言って、お泣きあそばす。  女君、顔は赤くそまって、こぼれるばかりのお美しさで、涙もこぼれたのを、一切の過失を忘れて、しみじみと愛しい、と御覧にならずにはいらっし ゃれない。  「どうして、せめて御子だけでも生まれなかったのだろうか。残念なことよ。ご縁の深いあの方のためでしたら、今すぐにでもお生みになるだろうと 思うにつけても、たまらないことよ。身分に限りがあるので、臣下としてお育てになるのだろうね」  などと、先々のことまで仰せになるので、とても恥ずかしくも悲しくもお思いになる。お顔など、優雅で美しくて、この上ない御愛情が年月とともに 深まってお扱いあそばすので、素晴らしい方であるが、それほど深く愛してくださらなかった様子、気持ちなど、自然と物事がお分かりになってくる につれて、「どうして自分の思慮の若く未熟なのにまかせて、あのような事件まで引き起こして、自分の名はいうまでもなく、あの方のためにさえ」 などとお思い出しになると、まことにつらいお身の上である。  [第三段 東宮の御元服と御世替わり]  翌年の二月に、東宮の御元服の儀式がある。十一歳におなりだが、年齢以上に大きくおとならしく美しくて、まるで源氏の大納言のお顔をもう一 つ写したようにお見えになる。たいそう眩しいまでに光り輝き合っていらっしゃるのを、世間の人々は素晴らしいこととお噂申し上げるが、母宮は、た いそうはらはらなさって、どうにもならないことにお心をお痛めになる。  主上におかれても、御立派だと拝しあそばして、御位をお譲り申し上げなさる旨などを、やさしくお話し申し上げあそばす。  同じ月の二十日過ぎ、御譲位の事が急だったので、大后はおあわてになった。  「何の見栄えもしない身の上となりますが、ゆっくりとお目にかからせていただくことを考えているのです」  といって、お慰め申し上げあそばすのであった。  東宮坊には承香殿の皇子がお立ちになった。世の中が一変して、うって変わってはなやかなことが多くなった。源氏の大納言は、内大臣におな りになった。席がふさがって余裕がなかったので、員外の大臣としてお加わりになったのであった。  ただちに政治をお執りになるはずであるが、「そのようないそがしい職務には耐えられない」と言って、致仕の大臣に、摂政をなさるように、お譲り 申し上げなさる。  「病気を理由にして官職をお返し申し上げたのに、ますます老齢を重ねて、立派な政務はできますまい」  と、ご承諾なさらない。「外国でも、事変が起こり国政が不穏な時は、深山に身を隠してしまった人でさえも、平和な世には、白髪になったのも恥 じず進んでお仕えする人を、本当の聖人だと言っていた。病に沈んで、お返し申された官職を、世の中が変わって再びご就任なさるのに、何の差 支えもない」と、朝廷、世間ともに決定される。そうした先例もあったので、辞退しきれず、太政大臣におなりになる。お歳も六十三におなりである。  世の中がおもしろくなかったことにより、それが一つの理由で隠居していらしたのだが、また元のように盛んになられたので、ご子息たちなども不 遇な様子でいらしたが、皆よくおなりになる。とりわけて、宰相中将は、権中納言におなりになる。あの四の君腹の姫君、十二歳におなりになるの を、帝に入内させようと大切にお世話なさる。あの「高砂」を謡った君も、元服させて、たいそう思いのままである。ご夫人方にご子息方がとてもお おぜい次々とお育ちになって、にぎやかそうなのを、源氏の内大臣は、羨ましくお思いになる。  大殿腹の若君、誰よりも格別におかわいらしゅうて、内裏や東宮御所の童殿上なさる。故姫君がお亡くなりになった悲しみを、大宮と大臣、改め てお嘆きになる。けれど、亡くなられた後も、まったくこの大臣のご威光によって、なにもかも引き立てられなさって、ここ数年、思い沈んでいらした 跡形もないまでにお栄えになる。やはり昔とお心づかいは変わらず、事あるごとにお渡りになっては、若君の御乳母たちや、その他の女房たちに も、長年の間暇を取らずにいた人々には、皆適当な機会ごとに、便宜を計らっておやりになることをお考えおきになっていたので、幸せ者がきっと多 くなったことであろう。  二条院でも、同じようにお待ち申し上げていた人々を、殊勝の者だとお考えになって、数年来の胸のつかえが晴れるほどにと、お思いになると、 中将の君、中務の君のような人たちには、身分に応じて情愛をかけておやりになるので、お暇がなくて、外歩きもなさらない。  二条院の東にある邸は、故院の御遺産であったのを、またとなく素晴らしくご改築なさる。「花散里などのようなお気の毒な人々を住まわせよう」 などと、お考えで修繕させなさる。   第二章 明石の物語 明石の姫君誕生  [第一段 宿曜の予言と姫君誕生]  そうそう、「あの明石で、いたいたしい様子であったことはどうなったろうか」と、お忘れになる時もないので、公、私にわたる忙しさにまぎれ、思う ようにお訪ねになれなかったのだが、三月の初めころに、「このごろだろうか」とお思いやりになると、人知れず胸が痛んで、お使いがあったのであ る。早く帰って参って、  「十六日でした。女の子で、ご無事でございます」  とご報告する。久々の御子誕生でしかも女の子であったのをお思いになると、喜びは一通りでない。「どうして、京に迎えて、こうした事をさせなか ったのだろう」と、後悔されてならない。  宿曜の占いで、  「お子様は三人。帝、后がきっと揃ってお生まれになるであろう。その中の一番低い子は太政大臣となって位人臣を極めるであろう」  と、勘申したことが、一つ一つ的中するようである。おおよそ、この上ない地位に昇り、政治を執り行うであろうこと、あれほど賢明であったおおぜ いの相人連中がこぞって申し上げていたのを、ここ数年来は世情のやっかいさにすっかりお打ち消しになっていらしたが、今上の帝が、このように 御即位なされたことを、思いの通り嬉しくお思いになる。ご自身も「及びもつかない方面は、まったくありえないことだ」とお考えになる。  「大勢の親王たちの中で、特別にかわいがってくださったが、臣下にとお考えになったお心を思うと、帝位には遠い運命であったのだ。主上がこ のように皇位におつきあそばしているのを、真相は誰も知ることでないが、相人の予言は、誤りでなかった」  と、ご心中お思いになるのであった。今、これから先の予想をなさると、  「住吉の神のお導き、本当にあの人も世にまたとない運命で、偏屈な父親も大それた望みを抱いたのであったろうか。そういうことであれば、恐 れ多い地位にもつくはずの人が、鄙びた田舎でご誕生になったようなのは、お気の毒にもまた恐れ多いことでもあるよ。いましばらくしてから迎えよ う」  とお考えになって、東の院、急いで修理せよとの旨、ご催促なさる。  [第二段 宣旨の娘を乳母に選定]  あのような所には、まともな乳母などもいないだろうことをお考えになって、故院にお仕えしていた宣旨の娘、宮内卿兼宰相で亡くなった人の子で あるが、母親なども亡くなって、不如意な生活を送っていた人が、頼みにならない結婚をして子を生んだと、お耳になさっていたので、知るつてがあ って、何かのついでにお話し申した女房を召し寄せて、しかるべくお話をおまとめになる。  まだ若く、世情にも疎い人で、毎日訪れる人もないあばらやで、物思いに沈んでいるような心細さなので、あれこれ深く考えもせずに、この方に関 係のあることを一途に素晴らしいとお思い申し上げて、確かにお仕えする旨、お答え申し上げさせた。たいそう不憫に一方ではお思いにもなるが、 出発させなさる。  外出の折に、たいそう人目を忍んでお立ち寄りになった。そうは申し上げたものの、どうしようかしらと、思い悩んでいたが、じきじきのお出ましに、 いろいろと気もやすまって、  「ただ、仰せのとおりに」  と申し上げる。日柄も悪くなかったので、急いで出発させなさって、  「変なことで、いたわりのないようですが、特別のわけがあってです。わたし自身も思わぬ地方で苦労したことを思いよそえて、しばらくの間しんぼ うしてください」  などと、事の次第を詳しくお頼みになる。  主上付きの宮仕えを時々していたので、御覧になる機会もあったが、すっかりやつれきっていた。家のありさまも、何とも言いようがなく荒れはて て、それでも、大きな邸で、木立なども気味悪いほどで、「どのように暮らしてきたのだろう」と思われる。人柄は、若々しく美しいので、お見過ごし になれない。何やかやと冗談をなさって、  「明石にやらずに自分のほうに置いておきたい気がする。どう思いますか」  とおっしゃるにつけても、「おっしゃるとおり、同じことなら、ずっとお側近くにお仕えさせていただけるものなら、わが身の不幸も慰みましようもの を」と拝する。  「以前から特に親しい仲であったわけではないが   別れは惜しい気がするものであるよ  追いかけて行こうかしら」  とおっしゃると、にっこりして、  「口から出まかせの別れを惜しむことばにかこつけて   恋しい方のいらっしゃる所にお行きになりませんか」  物馴れてお応えするのを、なかなかたいしたものだとお思いになる。  [第三段 乳母、明石へ出発]  車で京の中は出て行ったのであった。ごく親しい人をお付けになって、決して漏らさないよう、口止めなさってお遣わしになる。御佩刀、必要な物 など、何から何まで行き届かない点はない。乳母にも、めったにないほどのお心づかいのほど、並々でない。  入道が大切にお育てしているであろう様子、想像すると、ついほほ笑まれなさることが多く、また一方で、しみじみといたわしく、ただこの姫君のこ とがお心から離れないのも、ご愛情が深いからであろう。お手紙にも、「いいかげんな思いで扱ってはならぬ」と、繰り返しご注意なさっていた。  「早くわたしの手元に姫君を引き取って世話をしてあげたい   天女が羽衣で岩を撫でるように幾千万年も姫の行く末を祝って」  摂津の国までは舟で、それから先は、馬で急いで行き着いた。  入道、待ち迎えて、喜び恐縮申すこと、この上ない。そちらの方角を向いて拝み恐縮申し上げて、並々ならないお心づかいを思うと、ますます大事 に恐れ多いまでに思う。  幼い姫君がたいそう不吉なまでに美しくいらっしゃること、またと類がない。「なるほど、恐れ多いお心から、大切にお育て申そうとお考えになって いらっしゃるのは、もっともなことであった」と拝すると、辺鄙な田舎に旅出して、夢のような気持ちがした悲しみも忘れてしまった。たいそう美しくか わいらしく思えて、お世話申し上げる。  子持ちの君も、ここ数か月は物思いに沈んでばかりいて、ますます身も心も弱って、生きているとも思えなかったが、こうしたご配慮があって、少 し物思いも慰められたので、頭を上げて、お使いの者にもできる限りのもてなしをする。早く帰参したいと急いで迷惑がっているので、思っていること を少し申し上げ続けて、  「わたし一人で姫君をお世話するには行き届きませんので   大きなご加護を期待しております」  と申し上げた。不思議なまでにお心にかかり、早く御覧になりたくお思いになる。  [第四段 紫の君に姫君誕生を語る]  女君には、言葉に表してろくにお話申し上げなさっていないのを、他からお聞きになることがあってはいけない、とお思いになって、  「こう言うことなのだそうです。妙にうまく行かないものですね。そうおありになって欲しいと思うところには、待ち遠しくて、思っていないところで、残 念なことです。女の子だそうなので、何ともつまりません。放っておいてもよいことなのですが、そうもできそうにないことなのです。呼びにやってお 見せ申し上げましょう。お憎みなさいますなよ」  とお申し上げになると、お顔がぽっと赤くなって、  「変ですこと、いつもそのようなことを、ご注意をいただく私の心の程が、自分ながら嫌になりますわ。嫉妬することは、いつ教えていただいたのか しら」  とお恨みになると、すっかり笑顔になって、  「そうですね。誰が教えこたとでしょう。意外にお見受けしますよ。皆が思ってもいないほうに邪推して、嫉妬などなさいます。考えると悲しい」  とおっしゃって、しまいには涙ぐんでいらっしゃる。長い年月恋しくてたまらなく思っていらしたお二人の心の中や、季節折々のお手紙のやりとりな どをお思い出しなさると、「全部が、一時の慰み事であったのだわ」と、打ち消される気持ちになる。  「この人を、これほどまで考えてやり見舞ってやるのは、実は考えていることがあるからですよ。今のうちからお話し申し上げたら、また誤解なさろ うから」  と言いさしなさって、  「人柄が美しく見えたのも、場所柄でしょうか、めったにないように思われました」  などと、お話し申し上げになる。  しみじみとした夕べの煙、歌を詠み交わしたことなど、はっきりとではないが、その夜の顔かたちをかすかに見たこと、琴の音色が優美であったこ とも、すべて心惹かれた様子にお話し出すにつけても、  「わたしはこの上なく悲しく嘆いていたのに、一時の慰み事にせよ、心をお分けになったとは」  と、穏やかならず、次から次へと恨めしくお思いになって、「わたしは、わたし」と、背を向けて物思わしげに、  「しみじみと心の通いあった二人の仲でしたのにね」  と、独り言のようにふっと嘆いて、  「愛しあっている同士が同じ方向になびいているのとは違って   わたしは先に煙となって死んでしまいたい」  「何とおっしゃいます。嫌なことを。   いったい誰のために憂き世を海や山にさまよって   止まることのない涙を流して浮き沈みしてきたのでしょうか  さあ、何としてでも本心をお見せ申しましょう。寿命だけは思うようにならないもののようですが。つまらないことで、恨まれまいと思うのも、ただあ なた一人のためですよ」  と言って、箏のお琴を引き寄せて、調子合わせに軽くお弾きになって、お勧め申し上げなさるが、あの、上手だったというのも癪なのであろうか、 手もお触れにならない。とてもおっとりと美しくしなやかでいらっしゃる一方で、やはりしつこいところがあって、嫉妬なさっているのが、かえって愛ら しい様子でお腹立ちになっていらっしゃるのを、おもしろく相手にしがいがある、とお思いになる。  [第五段 姫君の五十日の祝]  「五月五日が、五十日に当たるだろう」と、人知れず日数を数えなさって、どうしているかといとしくお思いやりになる。「どのようなことでも、どんな にも立派にでき、嬉しいことであろうに。残念なことだ。よりによって、あのような土地に、おいたわしくお生まれになったことよ」とお思いになる。「男 君であったならば、こんなにまではお心におかけなさらないのだが、恐れ多くもおいたわしく、ご自分の運命も、このご誕生に関連して不遇もあった のだ」とご理解なさる。  お使いの者をお立てになる。  「必ずその日に違わずに到着せよ」  とおっしゃったので、五日に到着した。ご配慮のほども、世にまたなく結構な有様で、実用的なお見舞いの品々もある。  「海松は、いつも変わらない蔭にいたのでは、今日が五日の節句の   五十日の祝とどうしてお分りになりましょうか  飛んで行きたい気持ちです。やはり、このまま過していることはできないから、ご決心をなさい。いくらなんでも、心配なさることは、決してありませ ん」  と書いてある。  入道は、いつもの喜び泣きをしていた。このような時には、生きていた甲斐があるとべそをかくのも、無理はないと思われる。  ここでも、万事至らぬところのないまで盛大に準備していたが、このお使いが来なかったら、闇夜の錦のように何の見栄えもなく終わってしまった であろう。乳母も、この女君が感心するくらい理想的な人柄なのを、よい相談相手として、憂き世の慰めにしているのであった。さして劣らない女房 を、縁故を頼って迎えて付けさせているが、すっかり落ちぶれはてた宮仕え人で、出家や隠棲しようとしていた人々が残っていたというのであるが、 この人は、この上なくおっとりとして気位高かった。  聞くに値する世間話などをして、大臣の君のご様子、世間から大切にされていらっしゃるご評判なども、女心にまかせて果てもなく話をするので、 「なるほど、このようにお思い出してくださるよすがを残した自分も、たいそう偉いものだ」とだんだん思うようになるのであった。お手紙を一緒に見 て、心の中で、  「ああ、こんなにも意外に、幸福な運命のお方もあるものだわ。不幸なのはわたしだわ」  と、自然と思い続けられるが、「乳母はどうしているか」などと、やさしく案じてくださっているのも、もったいなくて、どんなに嫌なことも慰められるの であった。  お返事には、  「人数に入らないわたしのもとで育つわが子を   今日の五十日の祝いはどうしているかと尋ねてくれる人は他にいません  いろいろと物思いに沈んでおります様子を、このように時たまのお慰めに掛けておりますわたしの命も心細く存じられます。仰せの通りに、安心さ せていただきたいものです」  と、心からお頼み申し上げた。  [第六段 紫の君、嫉妬を覚える]  何度も御覧になりながら、「ああ」と、長く嘆息して独り言をおっしゃるのを、女君は、横目で御覧やりになって、  「浦から遠方に漕ぎ出す舟のように」  と、ひっそりと独り言を言って、物思いに沈んでいらっしゃるのを、  「ほんとうに、こんなにまで邪推なさるのですね。これは、ただ、これだけの愛情ですよ。土地の様子など、ふと想像する時々に、昔のことが忘れ られないで漏らす独り言を、よくお聞き過しなさらないのですね」  などと、お恨み申されて、上包みだけをお見せ申し上げになさる。筆跡などがとても立派で、高貴な方も引け目を感じそうなので、「これだからで あろう」と、お思いになる。   第三章 光る源氏の物語 新旧後宮女性の動向  [第一段 花散里訪問]  このように、この方のお気持ちの御機嫌をとっていらっしゃる間に、花散里などをすっかり途絶えていらっしゃったのは、お気の毒なことである。公 事も忙しく、気軽には動けないご身分であるため、ご遠慮されるのに加えても、目新しくお心を動かすことが来ない間、慎重にしていらっしゃるよう である。  五月雨の降る所在ない頃、公私ともに暇なので、お思い立ってお出かけになった。訪れはなくても、朝に夕につけ、何から何までお気をつけてお 世話申し上げていらっしゃるのを頼りとして、過ごしていらっしゃる所なので、今ふうに思わせぶりに、すねたり恨んだりなさることがないので、お心 安いようである。この何年間に、ますます荒れがひどくなって、もの寂しい感じで暮らしていらっしゃる。  女御の君にお話申し上げなさってから、西の妻戸の方には夜が更けてからお立ち寄りになった。月の光が朧ろに差し込んで、ますます優美なご 態度、限りなく美しくお見えになる。ますます気後れするが、端近くに物思いに耽りながら眺めていらっしゃったそのままで、ゆったりとお振る舞いに なるご様子、どこといって難がない。水鶏がとても近くで鳴いているので、  「せめて水鶏だけでも戸を叩いて知らせてくれなかったら   どのようにしてこの荒れた邸に月の光を迎え入れることができたでしょうか」  と、たいそうやさしく、恨み言を抑えていらっしゃるので、  「それぞれに捨てがたい人よ。このような人こそ、かえって気苦労することだ」  とお思いになる。  「どの家の戸でも叩く水鶏の音に見境なしに戸を開けたら   わたし以外の月の光が入って来たら大変だ  心配ですね」  とは、やはり言葉の上では申し上げなさるが、浮気めいたことなど、疑いの生じるご性質ではない。長い年月、お待ち申し上げていらしたのも、ま ったく並み大抵の気持ちとはお思いにならなかった。「空を眺めなさるな」と、お約束申された時のことも、お話し出されて、  「どうして、またとない不幸だと、ひどく嘆き悲しんだのでしょう。辛い身の上にとっは、同じ悲しさですのに」  とおっしゃるのも、おっとりとしていらしてかわいらしい。例によって、どこからお出しになる言葉であろうか、言葉の限りを尽くしてお慰め申し上げ になる。  [第二段 筑紫の五節と朧月夜尚侍]  このような折にも、あの五節をお忘れにならず、「また会いたいものだ」と、心に掛けていらっしゃるが、たいそう難しいことで、お忍びで行くこともで きない。  女は、物思いが絶えないのを、親はいろいろと縁談を勧めることもあるが、普通の結婚生活を送ることを断念していた。  気兼ねのいらない邸を造ってからは、「このような人々を集めて、思い通りにお世話なさる子どもが出て来たら、その人の後見にもしよう」とお思い になる。  東の院の造りようは、かえって見所が多く今風である。風流を解する受領など選んで、それぞれに分担させて急がせなさる。  尚侍の君を、今でもお諦め申すことがおできになれない。失敗に懲りもせずに再び、お気持ちをお見せになることもあるが、女は嫌なことに懲りな さって、昔のようにお相手申し上げなさらない。かえって、窮屈で、間柄を物足りないと、お思いになる。  [第三段 旧後宮の女性たちの動向]  院は気楽な御心境になられて、四季折々につけて、風雅な管弦の御遊など、御機嫌よろしうおいであそばす。女御、更衣、みな院の御所に伺候 していらっしゃるが、東宮の御母女御だけは、特別にはなやかにおなりになることもなく、尚侍の君のご寵愛に圧倒されていらっしゃったのが、この ようにうって変わって、結構なご幸福で、離れて東宮にお付き添い申し上ていらっしゃった。  この内大臣のご宿直所は、昔から淑景舎である。梨壷に東宮はいらっしゃるので、隣同士の誼で、どのようなこともお話し合い申し上げなさって、 東宮をもご後見申し上げになさる。  入道后の宮は、御位を再びお改めになるべきでもないので、太上天皇に准じて御封を賜りあそばす。院司たちが任命されて、その様子は格別立 派である。御勤行、功徳のことを、毎日のお仕事になさっている。ここ数年来、世間に遠慮して参内も難しく、お会い申されないお悲しみに、胸塞が る思いでいらっしゃったが、お思いの通りに、参内退出なさるのもまことに結構なので、大后は、「嫌なものは世の移り変わりよ」とお嘆きになる。  内大臣は何かにつけて、たいそう恥じ入るほどにお仕え申し上げ、好意をお寄せ申し上げなさるので、かえって見ていられないようなのを、人々も そんなにまでなさらずともよかろうにと、お噂申し上げるのだった。  [第四段 冷泉帝後宮の入内争い]  兵部卿親王は、ここ数年来のお心が冷たく案外な仕打ちで、ただ世間のおもわくだけを気になさっていらしたことを、内大臣は恨めしくお思いにな っておられて、昔のようにお親しみ申し上げなさらない。  世間一般に対しては、誰に対しても結構なお心なのであるが、この宮あたりに対しては、むしろ冷淡な態度も、ままおとりになるのを、入道の宮 は、困ったことで不本意なことだ、とお思い申し上げていらっしゃった。  天下の政事は、まったく二分して、太政大臣と、この内大臣のお心のままである。  権中納言の御娘、その年の八月に入内させなさる。祖父大臣が率先なさって、儀式などもたいそう立派である。  兵部卿宮の中の君も、そのように志して、大切にお世話なさっているとの評判は高いが、内大臣は、他より一段と勝るようにとも、お考えにはなら ないのであった。どうなさるおつもりであろうか。   第四章 明石の物語 住吉浜の邂逅  [第一段 住吉詣で]  その年の秋に、住吉にご参詣になる。願ほどきなどをなさるご予定なので、盛大なご行列で、世間でも大騷ぎして、上達部、殿上人らが、我も我 もとお供申し上げになさる。  ちょうどその折、あの明石の人は、毎年恒例にして参詣するのが、去年今年は差し障りがあって、参詣できなかった、そのお詫びも兼ねて思い立 ったのであった。  舟で参詣した。岸に着ける時、見ると、大騷ぎして参詣なさる人々の様子、渚にいっぱいあふれていて、尊い奉納品を列をなさせていた。楽人、 十人ほど、衣装を整え、顔形の良い者を選んでいた。  「どなたが参詣なさるのですか」  と尋ねたらしいので、  「内大臣殿が、御願ほどきに参詣なさるのを、知らない人もいたのだなあ」  と言って、とるにたりない身分の低い者までもが、気持ちよさそうに笑う。  「なるほど、あきれたことよ、他の月日もあろうに、かえって、このご威勢を遠くから眺めるのも、わが身の程が情なく思われる。とはいえ、お離れ 申し上げられない運命ながら、このような賤しい身分の者でさえも、何の物思いもないふうで、お仕えしているのを晴れがましいことに思っているの に、どのような罪深い身で、心に掛けてお案じ申し上げていながら、これほどの評判であったご参詣のことも知らずに、出掛けて来たのだろう」  などと思い続けると、実に悲しくなって、人知れず涙がこぼれるのであった。  [第二段 住吉社頭の盛儀]  松原の深緑を背景に、花や紅葉をまき散らしたように見える袍衣姿の、濃いのや薄いのが、数知れず見える。六位の中でも蔵人は麹塵色がはっ きりと見えて、あの賀茂の瑞垣を恨んだ右近将監も靫負になって、ものものしそうな随身を伴った蔵人である。  良清も同じ衛門佐で、誰よりも格別物思いもない様子で、仰々しい緋色姿が、たいそう美しげである。  すべて見た人々は、うって変わってはなやかになり、何の憂えもなさそうに見えて、散らばっている中で、若々しい上達部、殿上人が、我も我もと 競争で、馬や鞍などまで飾りを整え美しく装いしていらっしゃるのは、たいそうな物であると、田舎者も思った。  お車を遠く見やると、かえって、心が苦しくなって、恋しいお姿をも拝することができない。河原左大臣のご先例にならって、童随身を賜っていらっ しゃったが、とても美しそうに装束を着て、みずらを結って、紫の裾濃の元結が優美で、身の丈や姿もそろって、かわいらしい格好をして十人、格別 はなやかに見える。  大殿腹の若君、この上なく大切にお扱いになって、馬に付き添う供人、童の具合など、みな揃いの衣装で、他とは変わって服装で区別していた。  雲居遥かな立派さを見るにつけても、若君の人数にも入らない様子でいらっしゃるのを、ひどく悲しいと思う。ますます御社の方角をお拝み申し上 げる。  摂津の国守が参上して、ご饗応の準備、普通の大臣などが参詣なさる時よりは、格別にまたとないくらい立派に奉仕したことであろうよ。  とてもいたたまれない思いなので、  「あの中に立ちまじって、とるに足らない身の上で、少しばかりの捧げ物をしても、神も御覧になり、お認めくださるはずもあるまい。帰るにしても中 途半端である。今日は難波に舟を泊めて、せめてお祓いだけでもしよう」  と思って、漕いで行った。  [第三段 源氏、惟光と住吉の神徳を感ず]  君は、まったくご存知なく、一晩中、いろいろな神事を奉納させなさる。真実に、神がお喜びになるにちがいないことを、あらゆる限りなさって、過 去の御願果たしに加えて、前例のないくらいまで、楽や舞の奉納の大騷ぎして夜をお明かしになる。  惟光などのような人は、心中に神のご神徳をしみじみとありがたく思う。ちょっと出ていらっしゃたので、お側に寄って、申し上げた。  「住吉の松を見るにつけ感慨無量です   昔のことがを忘れられずに思われますので」  いかにもと、お思い出しになって、  「あの須磨の大嵐が荒れ狂った時に   念じた住吉の神の御神徳をどうして忘られようぞ  霊験あらたかであったな」  とおっしゃるのも、たいそう素晴らしい。  [第四段 源氏、明石の君に和歌を贈る]  あの明石の舟が、この騷ぎに圧倒されて、立ち去ったことも申し上げると、「知らなかったなあ」と、しみじみと気の毒にお思いになる。神のお導き とお思い出しになるにつけ、おろそかには思われないので、「せめてちょっとした手紙だけでも遣わして、気持ちを慰めてやりたい。かえってつらい 思いをしていることだろう」とお思いになる。  御社をご出発になって、あちこちの名所に遊覧なさる。難波のお祓い、七瀬に立派にお勤めになる。堀江のあたりを御覧になって、  「今はた同じ難波なる」  と、無意識のうちに、ふと朗誦なさったのを、お車の近くにいる惟光、聞きつけたのであろうか、そのような御用もあろうかと、いつものように懐中 に準備しておいた柄の短い筆などを、お車を止めた所で差し上げた。「よく気がつくな」と感心なさって、畳紙に、  「身を尽くして恋い慕っていた甲斐のあるここで   めぐり逢えたとは、縁は深いのですね」  と書いて、お与えになると、あちらの事情を知っている下人を遣わして贈るのであった。馬を多数並べて、通り過ぎて行かれるにつけても、心が乱 れるばかりで、ほんの歌一首ばかりのお手紙であるが、実にしみじみともったいなく思われて、涙がこぼれた。  「とるに足らない身の上で、何もかもあきらめておりましたのに   どうして身を尽くしてまでお慕い申し上げることになったのでしょう」  田蓑の島で禊を勤めるお祓いの木綿につけて差し上げる。日も暮れ方になって行く。  夕潮が満ちて来て、入江の鶴も、声惜しまず鳴く頃のしみじみとした情趣からであろうか、人の目も憚らず、お逢いしたいとまで、思わずにはいら っしゃれない。  「涙に濡れる旅の衣は、昔、海浜を流浪した時と同じようだ   田蓑の島という名の蓑の名には身は隠れないので」  道すがら、結構な遊覧や奏楽をして大騷ぎなさるが、お心にはなおも掛かって思いをお馳せになる。遊女連中が集まって参っているが、上達部と 申し上げても、若々しく風流好みの方は、皆、目を留めていらっしゃるようである。けれども、「さあ、風流なことも、ものの情趣も、相手の人柄による ものだろう。普通の恋愛でさえ、少し浮ついたものは、心を留める点もないものだから」とお思いになると、自分の心の赴くままに、嬌態を演じあって いるのも、嫌に思われるのであった。  [第五段 明石の君、翌日住吉に詣でる]  あの人は、通り過ぎるのをお待ち申して、次の日が日柄も悪くはなかったので、幣帛を奉る。身分相応の願ほどきなど、ともかくも済ませたのであ った。また一方、かえって物思いが加わって、朝に晩に、取るに足らない身の上を嘆いている。  今頃は京にお着きになっただろうと思われる日数もたたないうちに、お使いがある。近々のうちに迎えることをおっしゃっていた。  「とても頼りがいありそうに、一人前に扱ってくださるようだけれども、どうかしら、また、故郷を出て、どっちつかずの心細い思いをするのではない かしら」 と思い悩む。  入道も、そのように手放すのは、まことに不安で、そうかといって、このように埋もれて過すことを考えると、かえって今までよりも、物思いが増す。 いろいろと気後れがして、決心しがたい旨を申し上げる。   第五章 光る源氏の物語 冷泉帝後宮の入内争い  [第一段 斎宮と母御息所上京]  そう言えば、あの斎宮もお代わりになったので、御息所も上京なさって後、昔と変わりなく何くれとなくお見舞い申し上げなさることは、世にまたと ないほど、お心を尽くしてなさるが、「昔でさえ冷淡であったお気持ちを、なまじ会うことによって、かえって、昔ながらのつらい思いをすることはする まい」と、きっぱりと思い絶っていらしたので、お出向きになることはない。  無理してお心を動かし申しなさったところで、自分ながら先々どう変わるかわからず、あれこれと関わりになるお忍び歩きなども、窮屈にお思いに なっていたので、無理してお出向きにもならない。  斎宮を、「どんなにご成人なさったろう」と、お会いしてみたくお思いになる。  昔どおり、あの六条の旧邸をたいそうよく修理なさったので、優雅にお住まいになっているのであった。風雅でいらっしゃること、変わらないまま で、優れた女房などが多く、風流な人々の集まる所で、何となく寂しいようであるが、気晴らしをなさってお暮らしになっているうちに、急に重くお患 いになられて、たいそう心細い気持ちにおなりになったので、仏道を忌む所辺りに何年も過ごしていたことも、ひどく気になさって、尼におなりになっ た。  内大臣、お聞きになって、色恋といった仲ではないが、やはり風雅に関することでのお話相手になるお方とお思い申し上げていたのを、このように ご決意なさったのが残念に思われなさって、驚いたままお出向きになった。いつ尽きるともないしみじみとしたお見舞いの言葉を申し上げになる。  お近くの御枕元にご座所を設けて、脇息に寄り掛かって、お返事などを申し上げなさるのも、たいそう衰弱なさっている感じなので、「いつまでも 変わらない心の中を、お分かり頂けないままになるのではないか」と、残念に思われて、ひどくお泣きになる。  [第二段 御息所、斎宮を源氏に託す]  こんなにまでもお心に掛けていたのを、女も、万感胸に迫る思いになって、斎宮の御事をお頼み申し上げになる。  「心細い状況で先立たれなさるのを、きっと、何かにつけて面倒を見て上げてくださいまし。また他に後見を頼む人もなく、この上もなくお気の毒な 身の上でございまして。何の力もないながらも、もうしばらく平穏に生き長らえていられるうちは、あれやこれや物の分別がおつきになるまでは、お 世話申そうと存じておりましたが」  と言って、息も絶え絶えにお泣きになる。  「このようなお言葉がなくてでさえも、放ってお置き申すことはあるはずもないのに、ましてや、気のつく限りは、どのようなことでもご後見申そうと 存じております。けっして、ご心配申されることはありません」  などと申し上げなさると、  「とても難しいこと。本当に信頼できる父親などで、後を任せられる人がいてさえ、女親に先立たれた娘は、実にかわいそうなもののようでござい ます。ましてや、ご寵愛の人のようになるにつけても、つまらない嫉妬心が起こり、他の女の人からも憎まれたりなさいましょう。嫌な気のまわしよ うですが、けっして、そのような色めいたことはお考えくださいますな。悲しいわが身を引き比べてみましても、女というものは、思いも寄らないことで 気苦労をするものでございましたので、何とかしてそのようなこととは関係なく、後見していただきたく存じます」  などと申し上げなさるので、「つまらなことをおっしゃるな」とお思いになるが、  「ここ数年来、何事も思慮深くなっておりますものを、昔の好色心が今に残っているようにおっしゃいますのは、不本意なことです。いずれ、そのう ちに」  と言って、外は暗くなり、内側は大殿油がかすかに物越しに透けて見えるので、「もしや」とお思いになって、そっと御几帳の隙間から御覧になる と、頼りなさそうな燈火に、お髪がたいそう美しそうにくっきりと尼削ぎにして、寄り伏していらっしゃる、絵に描いたような様に見えて、ひどく胸を打 つ。東面に添い伏していらっしゃるのが斎宮なのであろう。御几帳が無造作に押しやられている隙間から、お目を凝らして見通して御覧になると、 頬杖をついてたいそう悲しくお思いの様子である。わずかしか見えないが、とても器量がよさそうに見える。  お髪の掛ったところ、頭の恰好、感じ、上品で気高い感じがする一方で、小柄で愛嬌がおありになる感じが、はっきりお見えになるので、心惹か れ好奇心がわいてくるが、「あれほどおっしゃっているのだから」と、お思い直しなさる。  「とても苦しさがひどくなりました。恐れ多いことですが、もうお引き取りあそばしませ」  とおっしゃって、女房に臥せさせられなさる。  「お側近くに伺った甲斐があって、いくらか具合がよくなられたのなら、嬉しく存じられるのですが、おいたわしいことです。いかがなお具合ですか」  と言って、お覗きになる様子なので、  「たいそうひどい格好でございますよ。病状が本当にこれが最期と思われる時に、ちょうどお越しくださいましたのは、まことに深いご宿縁であると 思われます。気にかかっていたことを、少しでもお話申し上げましたので、死んだとしても、頼もしく思われます」  と、お申し上げになる。  「このようなご遺言を承る一人にお考えくださったのも、ますます恐縮に存じます。故院の御子たちが、大勢いらっしゃるが、親しく思ってくださる方 は、ほとんどおりませんが、院の上がご自分の皇女たちと同じようにお考え申されていらしたので、そのようにお頼み申しましょう。多少一人前とい えるような年齢になりましたが、お世話するような姫君もいないので、寂しく思っていたところでしたから」  などと申し上げて、お帰りになった。お見舞い、以前よりもっとねんごろに頻繁にお訪ねになる。  [第三段 六条御息所、死去]  七、八日あって、お亡くなりになったのであった。あっけなくお思いなさるにつけて、人の寿命もまことはかなくて、何となく心細くお思いになって、 内裏へも参内なさらず、あれこれと御葬送のことなどをお指図なさる。他に頼りになる人が格別いらっしゃらないのであった。かつての斎宮の宮司 など、前々から出入りしていた者が、なんとか諸事を取り仕切ったのであった。  君ご自身もお越しになった。宮にご挨拶申し上げなさる。  「何もかもどうしてよいか分からずにおります」  と、女別当を介して、お伝え申された。  「お話し申し上げ、またおっしゃられたことがございましたので、今は、隔意なくお思いいただければ、嬉しく存じます」  と申し上げなさって、女房たちを呼び出して、なすべきことどもをお命じになる。たいそう頼もしい感じで、長年の冷淡なお気持ちも、償われそうに 見える。実に厳かに、邸の家司たち、大勢お仕えさせなさった。しみじみと物思いに耽りながら、ご精進の生活で、御簾を垂れこめて勤行をおさせ になる。  宮には、常にお見舞い申し上げなさる。だんだんとお心がお静まりになってからは、ご自身でお返事などを申し上げなさる。気詰りにお思いになっ ていたが、御乳母などが、「恐れ多うございます」と、お勧め申し上げるのであった。  雪、霙、降り乱れる日、「どんなに、宮邸の様子は、心細く物思いに沈んでいられるだろうか」とご想像なさって、お使いを差し向けなさった。  「ただ今の空の様子を、どのように御覧になっていられますか。   雪や霙がしきりに降り乱れている中空を、亡き母宮の御霊が   まだ家の上を離れずに天翔けっていらっしゃるのだろうと悲しく思われます」  空色の紙の、曇ったような色にお書きになっていた。若い宮のお目にとまるほどにと、心をこめてお書きになっていらっしゃるのが、たいそう見る目 にも眩しいほどである。  宮は、ひどくお返事申し上げにくくお思いになるが、誰彼が、  「ご代筆では、とても不都合なことです」  と、お責め申し上げるので、鈍色の紙で、たいそう香をたきしめた優美な紙に、墨つきの濃淡を美しく交えて、  「消えそうになく生きていますのが悲しく思われます   毎日涙に暮れてわが身がわが身とも思われません世の中に」  遠慮がちな書きぶり、とてもおっとりしていて、ご筆跡は優れてはいないが、かわいらしく上品な書風に見える。  [第四段 斎宮を養女とし、入内を計画]  下向なさった時から、ただならずお思いであったが、「今はいつでも心に掛けて、どのようにも言い寄ることができるのだ」とお思いになる一方で は、いつものように思い返して、  「気の毒なことだ。故御息所が、とても気がかりに心配していらしたのだから。当然のことであるが、世間の人々も、同じようにきっと想像するにち がいないことだから、予想をくつがえして、潔白にお世話申し上げよう。主上がもう少し御分別がおつきになる年ごろにおなりあそばしたら、後宮生 活をおさせ申し上げて、娘がいなくて物寂しいから、そうお世話する人として」とお考えになった。  たいそう誠実で懇切なお便りをさし上げなさって、しかるべき時々にはお出向きなどなさる。  「恐れ多いことですが、亡き御母君のご縁の者とお思いくださって、親しくお付き合いいただければ、本望でございます」  などと申し上げなさるが、むやみに恥ずかしがりなさる内気な人柄なので、かすかにでもお声などをお聞かせ申すようなことは、とてもこの上なく とんでもないこととお思いになっていたので、女房たちもお返事に困って、このようなご性分をお困り申し上げあっていた。  「女別当、内侍などという女房たち、ある者は、同じ御血縁の王孫などで、教養のある人々が多くいるのであろう。この、ひそかに思っている後宮 生活をおさせ申すにしても、けっして他の妃たちに劣るようなことはなさそうだ。何とかはっきりと、ご器量を見たいものだ」  とお思いになるのも、すっかり心の許すことのできる御親心ではなかったのであろうか。  ご自分でもお気持ちが揺れ動いていたので、こう考えているということも、他人にはお漏らしにならない。ご法事の事なども、格別にねんごろにお させになるので、ありがたいご厚志を、宮家の人々も皆喜んでいた。  とりとめもなく過ぎて行く月日につれて、ますます心寂しく、心細いことばかりが増えていくので、お仕えしている女房たちも、だんだんと散り散り に去っていったりなどして、下京の京極辺なので、人の気配も気遠く、山寺の入相の鐘の声々が聞こえてくるにつけても、声を上げて泣く有様で、 日を送っていらっしゃる。同じ御母親と申した中でも、片時の間もお離れ申されず、いつもご一緒申していらっしゃって、斎宮にも親が付き添ってお 下りになることは、先例のないことであるが、無理にお誘い申し上げなさったお心のほどなのであるが、死出の旅路には、ご一緒申し上げられなか ったことを、涙の乾く間もなくお嘆きになっていた。  お仕えしている女房たち、身分の高い人も低い人も多数いる。けれども、内大臣が、  「御乳母たちでさえ、自分勝手なことをしでかしてはならないぞ」  などと、親ぶって申していらっしゃったので、「とても立派で気の引けるご様子なので、不始末なことをお耳に入れまい」と言ったり思ったりしあっ て、ちょっとした色めいた事も、まったくない。  [第五段 朱雀院と源氏の斎宮をめぐる確執]  院におかせられても、あのお下りになった大極殿での厳かであった儀式の折に、不吉なまでに美しくお見えになったご器量を、忘れがたくお思い おかれていらしたので、  「院に参内なさって、斎院など、ご姉妹の宮たちがいらっしゃるのと同じようにして、お暮らしになりなさい」  と、御息所にも申し上げあそばした。けれども、「高貴な方々が伺候していらっしゃるので、大勢のお世話役がいなくては」とご躊躇なさり、「院の 上は、とても御病気がちでいらっしゃるのも心配で、その上物思いの種が加わるだろうか」と、ご遠慮申してこられたのに、今となっては、まして誰 が後見を申そう、と女房たちは諦めていたが、懇切に院におかれては仰せになるのであった。  内大臣は、お聞きになって、「院からご所望があるのを、背いて、横取りなさるのも恐れ多いこと」とお思いになるが、宮のご様子がとてもかわい らしいので、手放すのもまた残念な気がして、入道の宮にご相談申し上げになるのであった。  「これこれのことで、思案いたしておりますが、母御息所は、とても重々しく思慮深い方でおりましたが、つまらない浮気心から、とんでもない浮き 名までも流して、嫌な者と思われたままになってしまいましたが、本当にお気の毒に存じられてなりません。この世では、その恨みが晴れずに終 わってしまったが、ご臨終となった際に、この斎宮のご将来を、ご遺言されましたので、信頼できる者とかねてお思いになって、心中の思いをすっ かり残さず頼もうと、恨みは恨みとしても、やはりお考えになっていてくださったのだと存じますにつけても、たまらない気がして。直接関わりあいの ない事柄でさえも、気の毒なことは見過ごしがたい性分でございますので、何とかして、亡くなった後からでも、生前のお恨みが晴れるほどに、と 存じておりますが、主上におかせられましても、あのように大きうおなりあそばしていますが、まだご幼年でおいであそばしますから、少し物事の分 別のある方がお側におられてもよいのではないかと存じましたが、ご判断に」  などと申し上げなさると、  「とてもよくお考えくださいました。院におかせられても、お思いあそばしますことは、なるほどもったいなくお気の毒なことですが、あのご遺言にか こつけて、知らないふりをしてご入内申し上げなさい。今では、そのようことは、特別にお思いではなく、御勤行がちになられていますので、このよう に申し上げなさっても、さほど深くお咎めになることはありますまいと存じます」  「それでは、ご意向があって、一人前に扱っていただけるならば、促す程度のことを、口添えをすることに致しましょう。あれこれと、十分に遺漏な く配慮尽くし、これほどまで深く考えておりますことを、そっくりそのままお話しましたが、世間の人々はどのように取り沙汰するだろうかと、心配で ございます」  などと申し上げなさって、後には、「仰せのとおり、知らなかったようにして、ここにお迎えしてしまおう」とお考えになる。  女君にも、このように考えていることをご相談申し上げなさって、  「お話相手にしてお過ごしになるのに、とてもよいお年頃どうしでしょう」  と、お話し申し上げなさると、嬉しいこととお思いになって、ご移転のご準備をなさる。  [第六段 冷泉帝後宮の入内争い]  入道の宮は、兵部卿の宮が、姫君を早く入内させたいとお世話に大騒ぎしていらっしゃるらしいのを、「内大臣とお仲が悪いので、どのようにご待 遇なさるのかしら」と、お心を痛めていらっしゃる。  権中納言の御娘は、弘徽殿の女御と申し上げる。大殿のお子として、たいそう美々しく大切にお世話なされている。主上もちょうどよい遊び相手 に思し召されていた。  「宮の中の君も同じお年頃でいらっしゃるので、困ったお人形遊びの感じがしようから、年長のご後見は、まこと嬉しいこと」  とお思いになり仰せにもなって、そのようなご意向を幾度も奏上なさる一方で、内大臣が万事につけ行き届かぬ所なく、政治上のご後見は言うま でもなく、日常のことにつけてまで、細かいご配慮が、たいそう情愛深くお見えになるので、頼もしいことにお思い申し上げていたが、いつもご病気 がちでいらっしゃるので、参内などなさっても、心安くお側に付いていることも難しいので、少しおとなびた方で、お側にお付きするお世話役が、是非 とも必要なのであった。 源氏物語の世界ヘ 本文 ローマ字版 注釈 Last updated 10/13/99 渋谷栄一訳(C)(ver.1-2-1)    蓬生 光る源氏の須磨明石離京時代から帰京後までの末摘花の物語 第一章 末摘花の物語 光る源氏の須磨明石離京時代 1.末摘花の孤独---須磨の浦で涙に暮れながら過ごしていらっしゃったころ 2.常陸宮邸の窮乏---もともと荒れていた宮の邸の中 3.常陸宮邸の荒廃---ちょっとした用件でも、お訪ね申す人は 4.末摘花の気紛らし---たわいもない古歌、物語などみたいな物を慰み事に 5.乳母子の侍従と叔母---侍従などと言った御乳母子だけが 第二章 末摘花の物語 光る源氏帰京後 1.顧みられない末摘花---そうこうしているうちに、はたして天下に赦免されなさって 2.法華御八講---冬になってゆくにつれて、ますます、すがりつくべきてだてもなく 3.叔母、末摘花を誘う---いつもはそんなに親しくしないのに、お誘い申そうとの考えで 4.侍従、叔母に従って離京---けれども、動きそうにもないので 5.常陸宮邸の寂寥---霜月ころになると、雪、霰の降る日が多くなって 第三章 末摘花の物語 久しぶりの再会の物語 1.花散里訪問途上---卯月ころに、花散里をお思い出し申されて 2.惟光、邸内を探る---惟光が邸の中に入って、あちこちと人の音のする方はどこかと 3.源氏、邸内に入る---「どうしてひどく長くかかったのだ。どうであったか 4.末摘花と再会---姫君は、いくら何でもとお待ち暮らしになっていた 第四章 末摘花の物語 その後の物語 1.末摘花への生活援助---賀茂祭、御禊などのころ、ご準備などに 2.常陸宮邸に活気戻る---もうこれまでだと、馬鹿にしきって、それぞれ 3.末摘花のその後---二年ほどこの古いお邸に寂しくお過ごしになって   第一章 末摘花の物語 光る源氏の須磨明石離京時代  [第一段 末摘花の孤独]  須磨の浦で涙に暮れながら過ごしていらっしゃったころ、都でも、あれこれとお嘆きになっていらっしゃる方々が多かったが、そうはいっても、ご自 身の生活のよりどころのある方は、ただお一方をお慕いする思いだけは辛そうであったが、二条の上なども、平穏なお暮らしで、旅のお暮らしをご 心配申し、お手紙をやりとりなさっては、位をお退きになってからの仮りのご装束をも、この世の辛い生活をも、季節ごとにご調進申し上げなさるこ とによって、心を慰めなさったであろうが、かえって、その妻妾の一人として世の人にも認められず、ご離京なさった時のご様子にも、他人事のよう に聞いて思いやった人々で、内心をお痛めになった人も多かった。  常陸宮の姫君は、父の親王がお亡くなりになってから、他には誰もお世話する人もないお身の上で、ひどく心細い有様であったが、思いがけない お通いが始まって、お気をつけてくださることは絶えなかっが、大変なご威勢には、大したこともない、お情け程度とお思いであったが、それを待ち 受けていらっしゃる貧しい生活には、大空の星の光を盥の水に映したような気持ちがして、お過ごしになっていたところ、あのような世の中の騒動 が起こって、おしなべて世の中が嫌なことに思い悩まれた折に、格別に深い関係でない方への愛情は、何となく忘れたようになって、遠く旅立ちな さった後は、わざわざお訪ね申し上げることもおできになれない。かつてのご庇護のお蔭で、しばらくの間は、泣きながらもお過ごしになっていらっ しゃったが、歳月が過ぎるにしたがって、実にお寂しいご様子である。  昔からの女房などは、  「いやはや、まったく情けないご運であった。思いがけない神仏がご出現なさったようであったお心寄せを受けて、このような頼りになることも出て いらっしゃるのだと、ありがたく拝見しておりましたが、世間一般のこととはいいながらも、また他には誰をも頼りにできないお身の上は、悲しいこと です」  と、ぶつぶつ言って嘆く。あのような生活に馴れていた昔の長い年月は、何とも言いようもない寂しさに目なれてお過ごしになっていたが、なまじ っか少し世間並みの生活になった年月を送ったばかりに、かえってとても堪え難く嘆くのであろう。少しでも、女房としてふさわしい者たちは、自然 と参集して来たが、みな次々と後を追って離散して行ってしまった。女房たちの中には亡くなった者もいて、月日の過ぎるにしたがって、上下の女 房の数が少なくなって行く。  [第二段 常陸宮邸の窮乏]  もともと荒れていた宮の邸の中、ますます狐の棲みかとなって、気味悪く、人気のない木立に、梟の声を毎日耳にして、人気のあるによって、そ のような物どもも阻まれて姿を隠していたが、木霊などの怪異の物どもが、我がもの顔になって、だんだんと姿を現し、何ともやりきれないことばか りが数知らず増えて行くので、たまたま残っていてお仕えしている女房は、  「やはり、まこと困ったことです。最近の受領どもで、風流な家造りを好む者が、この宮の木立に心をかけて、お手放しにならないかと、伝を求め て、ご意向を伺わせていますが、そのようにあそばして、とてもこう、恐ろしくないお住まいに、ご転居をお考えになってください。今も残って仕えて いる者も、とても我慢できません」  などと申し上げるが、  「まあ、とんでもありません。世間の外聞もあります。生きているうちに、そのようなお形見を何もかも無くしてしまうなんて、どうしてできましょう。こ のように恐ろしそうにすっかり荒れてしまったが、親の面影がとどまっている心地がする懐かしい住まいだと思うから、慰められるのです」  と、泣く泣くおっしゃって、お考えにも入れない。  お道具類も、たいそう古風で使い馴れているのが、昔風で立派なのを、なまはんかに由緒を尋ねようとする者、そのような物を欲しがって、特別 にあの人この人にお作らせになったのだと聞き出して、お伺いを立てるのも、自然とこのような貧しいあたりと侮って言って来るのを、いつもの女 房、  「しかたがございません。そうすることが世間一般のこと」  と思って、目立たぬように取り計らって、眼前の今日明日の生活の不自由を繕う時もあるのを、きつくお叱りになって、  「わたしのためにとお考えになって、お作らせになったのでしょう。どうして、賤しい人の家の飾り物にさせましょうか。亡きお父上のご遺志に背く のが、たまりません」  とおっしゃって、そのようなことはおさせにならない。  [第三段 常陸宮邸の荒廃]  ちょっとした用件でも、お訪ね申す人はないお身の上である。ただ、ご兄弟の禅師の君だけが、たまに京にお出になる時には、お立ち寄りになる が、その方も、世にもまれな古風な方で、同じ法師という中でも、処世の道を知らない、この世離れした僧でいらっしゃって、生い茂った草、蓬をさ え、かき払うものともお考えつきにならない。  このような状態で、浅茅は庭の表面も見えず、生い茂った蓬生は軒と争って成長している。葎は西と東の御門を鎖し固めているのは心強いが、 崩れかかった周囲の土築を馬、牛などが踏みならした道にして、春夏ともなると、放ち飼いする子どもの料簡も、けしからぬことである。  八月、野分の激しかった年、渡廊類が倒れふし、幾棟もの下屋の、粗末な板葺きであったのなどは、骨組みだけがわずかに残って、居残る下衆 さえいない。炊事の煙も上らなくなって、お気の毒なことが多かった。  盗人などという情け容赦のない連中も、想像するだけで貧乏と思ってか、この邸を無用のものと通り過ぎて、寄りつきもしなかったので、このよう にひどい野原、薮原であるが、それでも寝殿の中だけは、昔の装飾と変わらないが、ぴかぴかに掃いたり拭いたりする人もいない。塵は積もって も、れっきとした荘厳なお住まいで、お過ごしになっている。  [第四段 末摘花の気紛らし]  たわいもない古歌、物語などみたいな物を慰み事にして、無聊を紛らわし、このような生活でも慰める方法なのであろうが、そのような方面にも関 心が鈍くいらっしゃる。特に風流ぶらずとも、自然と急ぐ用事もない時には、気の合う者どうしで手紙の書き交わしなど気軽にし合って、若い人は木 や草につけて心をお慰めになるはずなのだが、父宮が大事にお育てになったお考えどおりに、世間を用心すべきものとお思いになって、たまには 文通なさってもよさそうなご関係の家にも、まったくお親しみにならず、古くなった御厨子を開けて、『唐守』『藐姑射の刀自』『かぐや姫の物語』など の絵に描いてあるのを、時々のもて遊び物にしていらっしゃる。  古歌といっても、優雅な趣向で選び出して、題詞や読人をはっきりさせて鑑賞するのは見所もあるが、きちんとした紙屋紙、陸奥紙などの厚ぼっ たいのに、古歌のありふれた歌が書かれているのなどは、実に興醒めな感じがするが、つとめて物思いに耽りなさるような時々には、お広げになっ ている。今の時代の人が好んでするような、読経をちょっとしたり、勤行などということは、とてもきまり悪いものとお考えになって、拝見する人もいな いのだが、数珠などをお取り寄せにならない。このように万事きちんとしていらっしゃるのであった。  [第御段 乳母子の侍従と叔母]  侍従などと言った御乳母子だけが、長年お暇も取ろうともしない者としてお仕えしていたが、お出入りしていた斎院がお亡くなりなったりなどして、 まことに生活が苦しく心細い気がしていたところ、この姫君の母北の方の姉妹で、落ちぶれて受領の北の方におなりになっていた人がいた。  娘たちを大切にしていて、見苦しくない若い女房たちも、「全然知らない家よりは、親たちが出入りしていた所を」と思って、時々出入りしている。こ の姫君は、このように人見知りするご性格なので、親しくお付き合いなさらない。  「わたしを軽蔑なさって、不名誉にお思いであったから、姫君のご生活が困窮しているようなのも、お見舞い申し上げられないのです」  などと、こ憎らしい言葉を言って聞かせては、時々手紙を差し上げた。  もともと生まれついたそのような並みの人は、かえって高貴な人の真似をすることに神経をつかって、お高くとまっている人も多くいるが、高貴な お血筋ながらも、こうまで落ちぶれる運命だったからであろうか、心が少し卑しい叔母だったのであった。  「わたしがこのように落ちぶれたさまを、軽蔑されていたのだから、何とかして、このような宮家の衰退した折に、この姫君を、自分の娘たちの召し 使いにしたいものだ。考え方の古風なところがあるが、それはいかにも安心できる世話役といえよう」と思って、  「時々こちらにお出あそばして。お琴の音を聴きたがっている人がおります」  と申し上げた。この侍従も、いつもお勧めするが、人に張り合う気持ちからではないが、ただ大変なお引っ込み思案なので、そのように親しくなさ らないのを、憎らしく思うのであった。  こうしているうちに、あの叔母の夫が、大宰大弍になった。娘たちをしかるべく縁づけて、筑紫に下向しようとする。この姫君を、なおも誘おうという 執念が深くて、  「遥か遠方に、このように赴任することになりましたが、心細いご様子が、つねにお見舞い申し上げていたわけではありませんでしたが、近くにい るという安心感があった間はともかく、とても気の毒で心配でなりません」  などと、言葉巧みに言うが、まったくご承知なさらないので、  「まあ、憎らしい。ご大層なこと。自分一人お高くとまっていても、あのような薮原に過ごしていらっしゃる人を、大将殿も、大事にお思い申し上げな いでしょう」  などと、恨んだり呪ったりしているのであった。   第二章 末摘花の物語 光る源氏帰京後  [第一段 顧みられない末摘花]  そうこうしているうちに、はたして天下に赦免されなさって、都にお帰りになるというので、世の中の慶事として大騷ぎする。自分も何とか、人より 先に、深い誠意をご理解いただこうとばかりに、競い合っている男、女につけても、身分の貴い人も賤しい人も、人の心の動きを御覧になるにつけ、 しみじみと考えさせられること、さまざまである。このように、あわただしいうちに、まったくお思い出しになる様子もなく月日が過ぎた。  「今はもうお終いだ。長い年月、ご不運な生活を、悲しくお気の毒なことと思いながらも、万物の蘇る春にめぐりあっていただきたいと願っていた が、とるにたらない下賤な者までが喜んでいるという、ご昇進などするのを、他人事として聞かねばならないのだった。悲しかった時の嘆かしさは、 ただ自分ひとりのために起こったのだと思ったが、嘆いても甲斐のない仲だわ」とがっかりして、辛く悲しいので、人知れず声を立ててお泣きになる ばかりである。  大弍の北の方、  「それ見たことか。いったい、このように不如意で、体裁の悪い人のご様子を、一人前にお扱いになる方がありましょうか。仏、聖も、罪の軽い人を よくお導きもなさるというものだが、このようなご様子で、偉そうに世間を見下しなさって、宮、上などが生きていらした時のままと同じようでいらっし ゃる、ご高慢が、不憫なこと」  と、ますます馬鹿らしく思って、  「やはり、ご決心なさい。何かとうまく行かない時は、何も見なくてすむ山奥へ入りこむというものですよ。地方などは、むさ苦しい所とお思いでしょ うが、むやみに体裁の悪いもてなしは、けっして、致しません」  などと、とても言葉巧みに言うと、すっかり元気をなくしている女房たちは、  「そのようにご承知なさってほしい。たいしたこともなさそうなお身の上を、どうお考えになって、このように意地をお張りになるのだろう」  と、ぶつぶつと非難する。  侍従も、あの大弍の甥に当たる人に、契りを結んで、残して行くはずもなかったので、不本意ながら出発することになって、  「お残し申したままで出立するのが、とても心残りです」  と言って、お誘い申し上げるが、やはり、このように離れてしばらくになってしまった方に期待をかけなさっている。お心の中では、「いくら何でも、 時のたつうちには、お思い出しくださる機会のないことがあろうか。しみじみと深いお約束をなさったのだから、わが身の上はつらくて、このように忘 れられているようであるが、風の便りにでも、わたしのこのようにひどい暮らしをお耳になさったら、きっとお訪ねになってくださるにちがいない」と、 長年お思いになっていたので、おおよそのお住まいも以前より実に荒廃してひどいが、ご自分のお考えで、ちょっとした御調度類なども失くさないよ うにさせなさって、辛抱強く同じように堪え忍んでてお過ごしになっているのであった。  声を立てて泣き暮らしながら、ますます悲嘆に暮れていらっしゃるのは、まるで山人が赤い木の実一つを顔から放さないようにお見えになる、そ の横顔などは、普通の男性ではとても堪えて拝見できないご容貌である。詳しくお話し申し上げられない。お気の毒で、あまりに口が悪いようであ るから。  [第二段 法華御八講]  冬になってゆくにつれて、ますます、すがりつくべきてだてもなく、悲しそうに物思いに沈んでお過ごしになる。あの殿におかれては、故院の御追 善の御八講を、世間でも大騷ぎとなって盛大に催しなさる。特に僧侶などは、普通の僧はお召しにならず、学問の優れ修行を積んだ、高徳の僧だ けをお選びあそばしたので、この禅師の君も参上なさっていた。  帰りがけにお立ち寄りになって、  「これこれでした。権大納言殿の御八講に参上しておったのです。たいそう立派で、この世の極楽浄土の装飾に負けず、荘厳で興趣のぜいをお 尽くしになっていた。仏か菩薩の化身でいらっしゃるのだろう。五濁に深く染まっているこの世に、どうしてお生まれになったのだろう」  と言って、そのまますぐにお帰りになってしまった。  言葉少なで、世間の人と違ったご兄妹どうしであって、ちょっとした世間話でさえお交わしなされない。「それにしても、このように不甲斐ない身の 上を、悲しく不安なままに放ってお過ごしになるとは、辛い仏菩薩様だわ」と、辛く思われるが、「いかにも、これきりの縁なのだろう」と、だんだんお 考えになっているところに、大弐の北の方が、急に来た。  [第三段 叔母、末摘花を誘う]  いつもはそんなに親しくしないのに、お誘い申そうとの考えで、お召しになるご装束など準備して、よい車に乗って、顔つき、態度も、得意に物思 いのない様子で、予告もなくやって来て、門を開けさせるや、見苦しく寂しい様子、この上もない。左右の戸もみな傾き倒れてしまっていたので、男 どもが手助けして、あれこれと大騷ぎして開ける。どれがそれか、この寂しい宿にも必ず踏み分けた跡があるという三つの道はと、探し当てて行く。  かろうじて南面の格子を上げている一間に車を寄せたので、ますますどうしてよいか分からなくお思いになったが、あきれるくらい煤けた几帳を差 し出して、侍従が出て来た。容貌など、衰えてしまっていた。長年のうちにひどくやせ細っているが、やはりどことなく品のある感じで、恐れ多いこと であるが、姫君と取り替えたいくらいに見える。  「旅立とうと思いながらも、お気の毒な様子がお見捨て申し上げにくくて。侍従の迎えに参上しました。お嫌いになりよそよそしくして、ご自身では ちょっとでもお越しあそばされませんが、せめてこの人だけはお許しいただきたく思いまして。どうしてこのような寂しいさまで」  と言って、つい泣き出してしまうはずのところだ。けれども旅先に思いを馳せて、とても気分よさそうである。  「故宮がご存命でいらした時、わたしを不名誉な者とお思い捨てになっていらしたので、疎遠なようになってしまいましたが、今までにも、どうして そう思ったでしょうか。高貴なお身の上に気位い高くお持ちになり、大将殿などがお通いになるご運勢のほどを、もったいなくも存ぜずにはいられま せんでしたので、親しく交際させていただきますのも、遠慮いたすことが多くて、ご無沙汰いたしておりましたが、世の中がこのように定めないもの なので、人数にも入らない身の上は、かえって気安いものでございました。及びもつかなく拝見いたしましたご様子が、実に悲しく気の毒なのを、近 くにいますうちは御無沙汰いたしていた折も、そのうちにと呑気に思っておりましたが、このように遥か遠くに下ってしまうことになると、気がかりで 悲しく存じられます」  などと話を持ち掛けるが、心を許してお返事もなさらない。  「とても嬉しいことですが、世間離れしたわたしなどには、どうして一緒に行けましょうか。こうしたまま朽ち果てようと存じております」  とだけおっしゃるので、  「なるほど、そのようにお思いになるのもごもっともですが、せっかく生きている身をだいなしにして、このように気味の悪い所に暮らしている例は ございませんでしょう。大将殿がお手入れしてくだされば、うって変わって元の美しい御殿にもなり変わろうと、頼もしうございますが、ただ今のとこ ろは、式部卿宮の姫君より他には、心をお分けになる方もないということです。昔から浮気なお心で、かりそめにお通いになった人々は、みなすっ かりお心が離れておしまいになったということです。ましてや、このようにみすぼらしい様子で、薮原にお過ごしになっていらっしゃる人を、貞淑に自 分を頼っていらっしゃる様子だと、お訪ね申されることは、とても難しいことです」  などと説得するが、本当にそのとおりだとお思いになるのも、実に悲しくて、しみじみとお泣きになる。  [第四段 侍従、叔母に従って離京]  けれども、動きそうにもないので、一日中いろいろと説得したものの困りはてて、  「それでは、侍従だけでも」  と、日が暮れるままに急ぎ立てるので、気がせいて、泣く泣く、  「それでは、ともかく今日のところは。このようにお勧めになるお見送りだけでも参りましょう。あのように申されることもごもっともなことです。また 一方、お迷いになることもごもっともなことですので、間に立って拝見するのも辛くて」  と、小声で申し上げる。  この人までが自分を見捨てて行ってしまおうとするのが、恨めしくも悲しくもお思いになるが、引き止めるすべもないので、ますます声を立てて泣く ことばかりでいらっしゃる。  形見にお与えになるべき着用の衣も垢じみているので、長年の奉公に報いるべき物がなくて、ご自分のお髪の抜け落ちたのを集めて、鬘になさ っていたのが、九尺余りの長さで、たいそうみごとなのを、風流な箱に入れて、昔の薫衣香のたいそう香ばしいのを、一壷添えてお与えになる。  「あなたを絶えるはずのない間柄だと信頼していましたが   思いのほかに遠くへ行ってしまうのですね  亡くなった乳母が、遺言なさったこともありましたから、不甲斐ない我が身であっても、最後までお世話してくれるものと思っていましたのに。見捨 てられるのももっともなことですが、この後誰に世話を頼むのかと、恨めしくて」  と言って、ひどくお泣きになる。この人も、何も申し上げることができない。  「乳母の遺言は、もとより申し上げるまでもなく、長年の堪えがたい生活を堪えて参りましたのに、このように思いがけない旅路に誘われて、遥か 遠くに彷徨い行くことになるとは」と言って、  「お別れしましてもお見捨て申しません   行く道々の道祖神にかたくお誓いしましょう  寿命だけは分りませんが」  などと言うと、  「どこにいますか。暗くなってしまいます」  と、ぶつぶつ言われて、心も上の空のまま引き出したので、振り返りばかりせずにはいられないのであった。  長年辛い思いをしながらも、お側を離れなかった人が、このように離れて行ってしまったことを、たいそう心細くお思いになると、世間では役に立ち そうにもない老女房までが、  「いやはや、無理もないことです。どうしてお残りになることがありましょうか。わたしたちも、とても我慢できそうにありませんわ」  と、それぞれに関係ある縁故を思い出して、残っていられないと思っているのを、体裁の悪いことだと聞いていらっしゃる。  [第五段 常陸宮邸の寂寥]  霜月ころになると、雪、霰の降る日が多くなって、他では消える間もあるが、朝日、夕日をさえぎる雑草や葎の蔭に深く積もって、越の白山が思い やられる雪の中で、出入りする下人さえもいなくて、所在なく物思いに沈んでいらっしゃる。とりとめもないお話を申し上げてお慰めし、泣いたり笑っ たりしながらお気を紛らした人さえいなくなって、夜も塵の積った御帳台の中も、寄り添う人もなく、何となく悲しく思わずにはいらっしゃれない。  あちらの殿では、久々に再会した方に、ますます夢中なご様子で、たいして重要にお思いでない方々には、特別ご訪問もおできになれない。まし て、「あの人はまだ生きていらっしゃるだろうか」という程度にお思い出しになる時もあるが、お訪ねになろうというお気持ちも急に起こらずにいるうち に、年も変わった。   第三章 末摘花の物語 久しぶりの再会の物語  [第一段 花散里訪問途上]  卯月ころに、花散里をお思い出し申されて、こっそりと対の上にお暇乞い申し上げてお出かけになる。数日来降り続いていた雨の名残、まだ少し ぱらついて、風情ある折に、月が差し出ていた。昔のお忍び歩きが自然と思い出されて、優艷な感じの夕月夜に、途上、あれこれの事柄が思い出 されていらっしゃるうちに、見るかたもなく荒れた邸で、木立が鬱蒼とした森のような所をお通り過ぎになる。  大きな松の木に藤が咲きかかって、月の光に揺れているのが、風に乗ってさっと匂うのが慕わしく、どれがそれからともない香りである。橘のとは 違って風趣があるので、のり出して御覧になると、柳もたいそう長く垂れて、築地も邪魔しないから、乱れ臥していた。  「かつて見た感じのする木立だなあ」とお思いになると、それもそのはず、この宮邸なのであった。ひどく胸を打たれて、お車を止めさせなさる。例 によって、惟光はこのようなお忍び歩きに外れることはないので、お供していたのであった。お召しになって、  「ここは常陸宮であったな」  「さようでございます」  と申し上げる。  「ここにいた人は、今も物思いに沈んでいるのだろうか。お見舞いすべきであるが、わざわざ訪ねるのも大げさでなる。このような機会に、入って 便りをしてみよ。よく調べてから、言い出しなさい。人違いをしては馬鹿らしいから」  とおっしゃる。  こちらでは、ひとしお物思いのまさるころで、つくづくと物思いに沈んでいらっしゃると、昼寝の夢に故宮がお見えになったので、目が覚めて、実に 名残が悲しくお思いになって、雨漏りがして濡れている廂の端の方を拭かせて、あちらこちらの御座所を取り繕わせてなどしながら、いつになく人 並みになられて、  「亡き父上を恋い慕って泣く涙で袂の乾く間もないのに   荒れた軒の雨水までが降りかかる」  というのも、お気の毒なことであった。  [第二段 惟光、邸内を探る]  惟光が邸の中に入って、あちこちと人の音のする方はどこかと探すが、すこしも人影が見えない。「やはりそうだ、今までに行き帰りに覗いたこと があるが、人は住んでいないのだ」と思って、戻って参る時に、月が明るく照らし出したので、見ると、格子が二間ほど上がっていて、簾の動く気配 である。やっと見つけた感じ、恐ろしくさえ思われるが、近寄って、訪問の合図をすると、ひどく老いぼれた声で、まずは咳払いしてから、  「そこにいる人は誰ですか。どのような方ですか」  と聞く。名乗りをして、  「侍従の君と申した方に、面会させていただきたい」  と言う。  「その人は、他へ行っておられます。けれども、同じように考えてくだっさてよい女房はおります」  と言う声は、ひどく年とっているが、聞いたことのある老人だと聞きつけた。  室内では、思いも寄らない、狩衣姿の男性が、ひっそりと振る舞い、物腰も柔らかなので、見馴れなくなってしまった目には、「もしや、狐などの変 化のものではないか」と思われるが、近く寄って、  「はっきりと、お話を承りたい。昔と変わらないお暮らしならば、お訪ね申し上げなさるべきお気持ちも、今も変わらずにおありのようです。今宵も素 通りしがたくて、お止まりあそばしたのだが、どのようにお返事申し上げましょう。どうぞご安心を」  と言うと、女房たちは笑って、  「お変わりあそばす御身の上ならば、このような浅茅が原をお移りにならずにおりましょうか。ただご推察申されてお伝えください。年老いた女房 にとっても、またとあるまいと思われるほどの、珍しい身の上を拝見しながら過ごしてまいったのです」  と、ぽつりぽつりと話し出して、問わず語りもし出しそうなのが、厄介なので、  「よいよい、分かった。まずは、そのように、申し上げましょう」  と言って帰参した。  [第三段 源氏、邸内に入る]  「どうしてひどく長くかかったのだ。どうであったか。昔の面影も見えないほど雑草の茂っていることよ」  とおっしゃると、  「これこれの次第で、ようやく分かりました。侍従の叔母で少将と言いました老女が、昔と変わらない様子でおりました」  と、その様子を申し上げる。ひどく不憫な気持ちになって、  「このような蓬生の茂った中に、どのようなお気持ちでお過ごしになっていられたのだろう。今までお訪ねしなかったとは」  と、ご自分の薄情さを思わずにはいらっしゃれない。  「どうしたらよいものだろう。このような忍び歩きも難しいであろうから、このような機会でなかったら、立ち寄ることもできまい。昔と変わっていない 様子ならば、なるほどそのようであろうと、推量されるお人柄である」  とはおっしゃるものの、すぐにお入りになること、やはり躊躇される。趣き深いご消息も差し上げたくお思いになるが、かつてご経験された返歌の 遅いのも、まだ変わっていなかったなら、お使いの者が待ちあぐねるのも気の毒で、お止めになった。惟光も、  「とてもお踏み分けになれそうにない、ひどい蓬生の露けさでございます。露を少し払わせて、お入りあそばすよう」  と申し上げるので、  「誰も訪ねませんがわたしこそは訪問しましょう   道もないくらい深く茂った蓬の宿の姫君の変わらないお心を」  と独り言をいって、やはりお車からお下りになると、御前の露を、馬の鞭で払いながらお入れ申し上げる。  雨の雫も、やはり秋の時雨のように降りかかるので、  「お傘がございます。なるほど、木の下露は雨にまさって」  と申し上げる。御指貫の裾は、ひどく濡れてしまったようである。昔でさえあるかないかであった中門など、昔以上に跡形もなくなって、お入りにな るにつけても、何の役に立たないのであるが、その場にいて見ている人がないのも気楽であった。  [第四段 末摘花と再会]  姫君は、いくら何でもとお待ち暮らしになっていた期待どおりで、嬉しいけれど、とても恥ずかしいご様子で面会するのも、たいそうきまり悪くお思 いであった。大弐の北の方が差し上げておいたお召し物類も、不愉快にお思いであった人からの物ゆえに、見向きもなさらなかったが、この女房た ちが、香の唐櫃に入れておいたのが、とても懐かしい香りが付いているのを差し上げたので、どうにも仕方がなく、お着替えになって、あの煤けた 御几帳を引き寄せてお座りになる。  お入りになって、  「長年のご無沙汰にも、心だけは変わらずに、お思い申し上げていましたが、何ともおっしゃってこないのが恨めしくて、今まで様子をお伺い申し 上げておりましたが、あのしるしの杉ではないが、その木立がはっきりと目につきましたので、通り過ぎることもできず、根くらべにお負け致しまし た」  とおっしゃって、帷子を少しかきやりなさると、例によって、たいそうきまり悪そうにすぐにも、お返事申し上げなさらない。こうまでして草深い中をお 訪ねになったお心の浅くないことに、勇気を奮い起こして、かすかにお返事申し上げるのであった。  「このような草深い中にひっそりとお過ごしになっていらした年月のおいたわしさも、一通りではございませんが、また昔と心変わりしない性癖な ので、あなたのお心中も知らないままに、分け入って参りました露けさなどを、どのようにお思いでしょうか。長年のご無沙汰は、それはまた、どな たからもお許しいただけることでしょう。今から後のお心に適わないようなことがあったら、言ったことに違うという罪も負いましょう」  などと、それほどにもお思いにならないことでも、深く愛しているふうに申し上げなさることも、いろいろあるようだ。  お泊まりになるのも、あたりの様子をはじめとして、目を背けたいご様子なので、体よく言い逃れなさって、お帰りになろうとする。ひき植えた松で はないが、松の木が高くなった長い歳月の程がしみじみと、夢のようであったお身の上の様子も自然とお思い続けられる。  「松にかかった藤の花を見過ごしがたく思ったのは   その松がわたしを待つというあなたの家の目じるしであったのですね  数えてみると、すっかり月日が積もってしまったようだね。都で変わったことが多かったのも、あれこれと胸が痛みます。そのうち、のんびりと田舎 に離別して下ったという苦労話もすべて申し上げましょう。長年過ごして来られた折節のお暮らしの辛かったことなども、わたし以外の誰に訴えるこ とがおできになれようかと、衷心より思われますのも、一方では、不思議なくらいに思われます」  などとお申し上げになると、  「長年待っていた甲斐のなかったわたしの宿を   あなたはただ藤の花を御覧になるついでにお立ち寄りになっただけなのですね」  とひっそりと身動きなさった気配も、袖の香りも、「昔よりは成長なされたか」とお思いになる。  月は入り方になって、西の妻戸の開いている所から、さえぎるはずの渡殿のような建物もなく、軒先も残っていないので、たいそう明るく差し込ん でいるため、ここかしこが見えるが、昔と変わらないお道具類の様子などが、忍ぶ草に荒れているというよりも、雅やかに見えるので、昔物語に塔 を壊したという人があったのをお考え併せになると、それと同じような状態で歳月を経て来たことも胸を打たれる。ひたすら遠慮している態度が、そ うはいっても上品なのも、奥ゆかしく思わずにはいらっしゃれなくて、それを取柄と思って忘れまいと気の毒に思っていたが、ここ数年のさまざまな 悩み事に、うっかり疎遠になってしまった間、さぞ薄情者だと思わずにはいられなかっただろうと、不憫にお思いになる。  あの花散里も、人目に立つ当世風になどはなやかになさらない所なので、比較しても大差はないので、欠点も多く隠れるのであった。   第四章 末摘花の物語 その後の物語  [第一段 末摘花への生活援助]  賀茂祭、御禊などのころ、ご準備などにかこつけて、人々が献上した物がいろいろと多くあったので、しかるべき夫人方にお心づけなさる。中でも この宮には細々とお心をかけなさって、親しい人々にご命令をお下しになって、下べ連中などを遣わして、雑草を払わせ、周囲が見苦しいので、板 垣というもので、しっかりと修繕させなさる。このようにお訪ねになったと、噂するにつけても、ご自分にとって不名誉なので、お渡りになることはな い。お手紙をたいそう情愛こまやかにお認めになって、二条院近くの所をご建築なさっているので、  「そこにお移し申し上げましょう。適当な童女など、お探しになって仕えさせなさい」  などと、女房たちのことまでお気を配りになって、お世話申し上げなさるので、このようにみすぼらしい蓬生の宿では、身の置きどころのないまで、 女房たちも空を仰いで、そちらの方角を向いてお礼申し上げるのであった。  かりそめのお戯れにしても、ありふれた普通の女性には、目を止めたり聞き耳を立てたりはなさらず、世間で少しでもこの人はと噂されたり、心に 止まる点のある女性をお求めなさるものと、皆思っていたが、このように予想を裏切って、どのような点においても人並みでない方を、ひとかどの人 物としてお扱いなさるのは、どのようなお心からであったのであろうか。これも前世からのお約束なのであろうよ。  [第二段 常陸宮邸に活気戻る]    もうこれまでだと、馬鹿にしきって、それぞれさまよい離散して行った上下の女房たち、我も我もとお仕えし直そうと、争って願い出て来る者もい る。気立てなど、それはそれはで、引っ込み思案なまでによくていらっしゃるご様子ゆえに、気楽な宮仕えに慣れて、これといったところのないつま らない受領などのような家にいる女房は、今までに経験したこともないきまりの悪い思いをするのもいて、げんきんな心をあけすけにして帰って参 り、源氏の君は、以前にも勝るご権勢となって、何かにつけて物事の思いやりもさらにお加わりになったので、細々と指図して置かれているので、 明るく活気づいて、宮邸の中がだんだんと人の姿も多くなり、木や草の葉もただすさまじくいたわしく見えたのを、遣水を掃除し、前栽の根元をさっ ぱりなどさせて、大して目をかけていただけない下家司で、格別にお仕えしたいと思う者は、このようにご寵愛になるらしいと見てとって、ご機嫌を 伺いながら、追従してお仕え申し上げている。  [第三段 末摘花のその後]  二年ほどこの古いお邸に寂しくお過ごしになって、東の院という所に、後はお移し申し上げたのであった。お逢いになることなどは、とても難しいこ とであるが、近い敷地内なので、普通にお渡りになった時、お立ち寄りなどなさっては、そう軽々しくお扱い申し上げなさらない。  あの大弐の北の方が、上京して来て驚いた様子や、侍従が、嬉しく思う一方で、もう少しお待ち申さなかった思慮の浅さを、恥ずかしく思っていた ところなどを、もう少し問わず語りもしたいが、ひどく頭が痛く、厄介で、億劫に思われるので。今後また機会のある折に思い出してお話し申し上げ よう、ということである。 源氏物語の世界ヘ 本文 ローマ字版 注釈 Last updated 10/15/99 渋谷栄一訳(C)(ver.1-2-1)    関屋 光る源氏の須磨明石離京時代から帰京後までの空蝉の物語 第一章 空蝉の物語 逢坂関での再会の物語 1.空蝉、夫と常陸国下向---伊予介と言った人は、故院が御崩御あそばして 2.源氏、石山寺参詣---逢坂の関に入る日、ちょうど、この殿が、石山寺にご願果たしに 3.逢坂の関での再会---九月の晦日なので、紅葉の色とりどりに混じり、霜枯れの叢が 第二章 空蝉の物語 手紙を贈る 1.昔の小君と紀伊守---石山寺からお帰りになるお出迎えに右衛門佐が参上して 2.空蝉へ手紙を贈る---右衛門佐を召し寄せて、お便りがある。「今では 第三章 空蝉の物語 夫の死去後に出家 1.夫常陸介死去---こうしているうちに、常陸介は、年取ったためか 2.空蝉、出家す---暫くの間は、「あのようにご遺言なさったのだから」などと   第一章 空蝉の物語 逢坂関での再会の物語  [第一段 空蝉、夫と常陸国下向]  伊予介と言った人は、故院が御崩御あそばして、その翌年に、常陸介になって下行したので、あの帚木も一緒に連れられて行ったのであった。 須磨でのご生活も遥か遠くに聞いて、人知れずお偲び申し上げないではなかったが、お便りを差し上げる手段さえなくて、筑波嶺を吹き越して来る 風聞も、不確かな気がして、わずかの噂さえ聞かなくて、歳月が過ぎてしまったのだった。いつまでとは決まっていなかったご退去であったが、京 に帰り住まわれることになって、その翌年の秋に、常陸介は上京したのであった。  [第二段 源氏、石山寺参詣]  逢坂の関に入る日、ちょうど、この殿が、石山寺にご願果たしに参詣なさったのであった。京から、あの紀伊守などといった子どもや、迎えに来た 人々、「この殿がこのように参詣なさる予定だ」と告げたので、「道中、きっと混雑するだろう」と思って、まだ暁のうちから急いだが、女車が多く、道 いっぱいに練り歩いて来たので、日が高くなってしまった。  打出の浜にやって来た時に、「殿は、粟田山を既にお越えになった」と言って、御前駆の人々が、道も避けきれないほど大勢入り込んで来たの で、関山で皆下りてかしこまって、あちらこちらの杉の木の下に幾台もの車の轅を下ろして、木蔭に座りかしこまってお通し申し上げる。車などは行 列の一部は遅らせたり、先にやったりしたが、それでもなお、一族が多く見える。  車十台ほどから、袖口、衣装の色合いなども、こぼれ出て見え るのが、田舎風にならず品があって、斎宮のご下向か何かの時の物見車が自然とお思い出しになられる。殿も、このように世に栄え出なされた珍 しさに、数知れない御前駆の者たちが、皆目を留めた。  [第三段 逢坂の関での再会]  九月の晦日なので、紅葉の色とりどりに混じり、霜枯れの叢が趣深く見わたされるところに、関屋からさっと現れ出た何人もの旅姿の、色とりどり の狩襖に似つかわしい刺繍をし、絞り染めした姿も、興趣深く見える。お車は簾を下ろしなさって、あの昔の小君、今、右衛門佐である者を召し寄 せて、  「今日のお関迎えは、無視なさるまいな」  などとおっしゃる、ご心中、まことにしみじみとお思い出しになることが数多いけれど、ありきたりの伝言では何の効もない。女も人知れず昔のこと を忘れないので、あの頃を思い出して、しみじみと胸一杯になる。  「行く人と来る人の逢坂の関で、せきとめがたく流れるわたしの涙を   絶えず流れる関の清水と人は見るでしょう  お分かりいただけまい」と思うと、本当に効ない。   第二章 空蝉の物語 手紙を贈る  [第一段 昔の小君と紀伊守]  石山寺からお帰りになるお出迎えに右衛門佐が参上して、そのまま行き過ぎてしまったお詫びなどを申し上げる。昔、童として、たいそう親しくか わいがっていらっしゃったので、五位の叙爵を得たまで、この殿のお蔭を蒙ったのだが、思いがけない世の騒動があったころ、世間の噂を気にし て、常陸国に下行したのを、少し根に持ってここ数年はお思いになっていたが、顔色にもお出しにならず、昔のようにではないが、やはり親しい家 人の中には数えていらっしゃっるのであった。  紀伊守と言った人も、今は河内守になっていたのであった。その弟の右近将監を解任されてお供に下った者を、格別にお引き立てになったので、 そのことを誰も皆思い知って、「どうしてわずかでも、世におもねる心を起こしたのだろう」などと、後悔するのであった。  [第二段 空蝉へ手紙を贈る]  右衛門佐を召し寄せて、お便りがある。「今ではお忘れになってしまいそうなことを、いつまでも変わらないお気持ちでいらっしゃるなあ」と思った。  「先日は、ご縁の深さを知らされましたが、そのようにお思いになりませんか。   偶然に逢坂の関でお逢いしたことに期待を寄せていましたが   それも効ありませんね、やはり潮海でない淡海だから  関守が、さも羨ましく、忌ま忌ましく思われましたよ」  とある。  「長年の御無沙汰も、いまさら気恥ずかしいが、心の中ではいつも思っていて、まるで昨日のことのように思われる性分で。あだな振る舞いだと、 ますます恨まれようか」  と言って、お渡しになったので、恐縮して持って行って、  「とにかく、お返事なさいませ。昔よりは少しお疎んじになっているところがあろうと存じましたが、相変わらぬお気持ちの優しさといったら、ひとし おありがたい。浮気事の取り持ちは、無用のことと思うが、とてもきっぱりとお断り申し上げられません。女の身としては、負けてお返事を差し上げ なさったところで、何の非難も受けますまい」  などと言う。今では、更にたいそう恥ずかしく、すべての事柄、面映ゆい気がするが、久しぶりの気がして、堪えることができなかったのであろう か、  「逢坂の関は、いったいどのような関なのでしょうか   こんなに深い嘆きを起こさせ、人の仲を分けるのでしょう  夢のような心地がします」  と申し上げた。いとしさも恨めしさも、忘られない人とお思い置かれている女なので、時々は、やはり、お便りなさって気持ちを揺するのであった。   第三章 空蝉の物語 夫の死去後に出家  [第一段 夫常陸介死去]  こうしているうちに、常陸介は、年取ったためか、病気がちになって、何かと心細い気がしたので、子どもたちに、もっぱらこの君のお事だけを遺言 して、  「万事の事、ただこの母君のお心にだけ従って、わたしの在世中と変わりなくお仕えせよ」  とばかり、明けても暮れても言うのであった。  女君の、「辛い運命の下に生まれて、この人にまで先立たれて、どのように落ちぶれて途方に暮れることになっていくのだろうか」と、思い嘆いて いらっしゃるのを見ると、  「命には限りがあるものだから、惜しんだとて止めるすべはない。何とかして、この方のために残して置く魂があったらいいのだが。わが子どもの 気心も分からないから」  と、気掛かりで悲しいことだと、口にしたり思ったりしたが、思いどおりに行かないもので、亡くなってしまった。  [第二段 空蝉、出家す]  暫くの間は、「あのようにご遺言なさったのだから」などと、情けのあるように振る舞っていたが、うわべだけのことであって、辛いことが多かった。 それもこれもみな世の道理なので、わが身一つの不幸として、嘆きながら毎日を暮らしている。ただ、この河内守だけは、昔から好色心があって、 少し優しげに振る舞うのであった。  「しみじみとご遺言なさってもおり、至らぬ者ですが、何なりとご遠慮なさらずにおっしゃってください」  などと機嫌をとって近づいて来て、実にあきれた下心が見えたので、  「辛い運命の身で、このように生き残って、終いには、とんでもない事まで耳にすることよ」 と、人知れず思い悟って、他人にはそれとは知らせず に、尼になってしまったのであった。  仕えている女房たち、何とも言いようがないと、悲しみ嘆く。河内守もたいそう辛く、  「わたしをお嫌いになってのことに。まだ先の長いお年でいらっしゃろうに。これから先、どのようにしてお過ごしになるのか」  などと、つまらぬおせっかいだなどと、申しているようである。 源氏物語の世界ヘ 本文 ローマ字版 注釈 Last updated 10/25/99 渋谷栄一訳(C)(ver.1-2-1)    絵合 光る源氏の内大臣時代三十一歳春の後宮制覇の物語 第一章 前斎宮の物語 前斎宮をめぐる朱雀院と光る源氏の確執 1.朱雀院、前斎宮の入内に際して贈り物する---前斎宮のご入内のこと 2.源氏、朱雀院の心中を思いやる---「院のご様子は、女性として 3.帝と弘徽殿女御と斎宮女御---中宮も宮中においであそばしたのであった 4.源氏、朱雀院と語る---院におかせられては、あの櫛の箱のお返事を 第二章 後宮の物語 中宮の御前の物語絵合せ 1.権中納言方、絵を集める---主上は、いろいろのことの中でも、特に絵に 2.源氏方、須磨の絵日記を準備---「とりわけ物語絵は、趣向も現れて 3.三月1十日、中宮の御前の物語絵合せ---このように幾つもの絵を集めていらっしゃるとお聞きになって 4.「竹取」対「宇津保」---中宮も参内あそばしていらっしゃる時なので 5.「伊勢物語」対「正三位」---次に、『伊勢物語』と『正三位』を 第三章 後宮の物語 帝の御前の絵合せ 1.帝の御前の絵合せの企画---内大臣が参上なさって、このようにそれぞれが優劣を競い合っている 2.三月二十日過ぎ、帝の御前の絵合せ---何日と決めて、急なようであるが 3.左方、勝利をおさめる---勝負がつかないで夜に入った。左方、なお一番残っている最後に 第四章 光る源氏の物語 光る源氏世界の黎明 1.学問と芸事の清談---夜明けが近くなったころに 2.光る源氏体制の夜明け---二十日過ぎの月がさし出して 3.冷泉朝の盛世---その当時のことぐさには 4.嵯峨野に御堂を建立---内大臣は、やはり無常なものと世の中をお思いになって   第一章 前斎宮の物語 前斎宮をめぐる朱雀院と光る源氏の確執  [第一段 朱雀院、前斎宮の入内に際して贈り物する]  前斎宮のご入内のこと、中宮が御熱心に御催促申される。こまごまとしたお世話まで、これといったご後見役もいないとご心配になるが、大殿 は、朱雀院がお聞きあそばすことをはばかりなさって、二条の院にお迎え申すことをも、この度はご中止になって、まったく知らない顔に振る舞って いらっしゃるが、一通りの準備は、受け持って親のように世話してお上げになる。  朱雀院はたいそう残念に思し召されるが、体裁が悪いので、お手紙なども絶えてしまっていたが、その当日になって、何ともいえない素晴らしい ご装束の数々、お櫛の箱、打乱の箱、香壷の箱など幾つも、並大抵のものでなく、いろいろのお薫物の数々、薫衣香のまたとない素晴らしいほど に、百歩の外を遠く過ぎても匂うくらいの、特別に心をこめてお揃えあそばした。内大臣が御覧になろうからと、前々から御準備あそばしていたので あろうか、いかにも特別誂えといった感じのようである。  殿もお渡りになっていた時なので、「これこれの次第で」と言って、女別当が御覧に入れさせる。ちょっと、お櫛の箱の片端を御覧になると、この上 もなく精巧で優美に、めったにない作りである。さし櫛の箱の心葉に、  「別れの御櫛を差し上げましたが、それを口実に   あなたとの仲を遠く離れたものと神がお決めになったのでしょうか」  大臣、これを御覧になって、いろいろとお考えめぐらすと、たいそう恐れ多く、おいたわしくて、ご自分の性癖の、ままならぬ恋に惹かれるわが身を つまされて、  「あのお下りになった時、お心にお思いになっただろうこと、このように何年も経ってお帰りになって、そのお気持ちを遂げられる時に、このように意 に反することが起こったのを、どのようにお思いであろう。御位を去り、もの静かに過ごしていらして、世を恨めしくお思いだろうか」などと、「自分が その立場であったなら、きっと心を動かさずにはいられないだろう」と、お思い続けなさると、お気の毒になって、「どうしてこのような無理強引なこと を思いついて、おいたわしくお苦しめ悩ますのだろう。恨めしいとも、お思い申したが、また一方では、お優しく情け深いお気持ちの方を」などと、お 思い乱れなさって、しばらくは物思いに耽っていらっしゃった。  「このご返歌は、どのように申し上げあそばすのでしょうか。また、お手紙はどのように」  などと、お尋ね申し上げなさるが、とても具合が悪いので、お手紙はお出しになれない。宮はご気分も悪そうにお思いになって、ご返事をとても億 劫になさったが、  「ご返事申されないのも、とても情けなく、恐れ多いことでしょう」  と、女房たちが催促申し上げ困っている様子をお聞きになって、  「とても良くないことです。かたちだけでもご返事差し上げなさいませ」  と申し上げなさるにつけても、ひどく恥ずかしいが、昔のことをお思い出しになると、たいそう優しくお美しくいらして、ひどくお泣きになったご様子 を、どことなくしみじみと拝見なさった子供心にも、つい昨日のことと思われると、故御息所のお事など、それからそれへとしみじみと悲しく思い出さ ずにはいらっしゃれないので、ただこのように、  「別れの御櫛をいただいた時に仰せられた一言が   帰京した今となっては悲しく思われます」  と、ぐらいにあったのであろうか。お使いへの禄、身分に応じてお与えになる。大臣は、お返事をひどく御覧になりたくお思いになったが、お口には お出しになれない。  [第二段 源氏、朱雀院の心中を思いやる]  「院のご様子は、女性として拝見したい美しさだが、この宮のご様子も不似合いでなく、とても似つかわしいお間柄のようであるが、主上は、まだ とてもご幼少でいらっしゃるようなので、このように無理にお運び申すことを、人知れず、不快にお思いでいらっしゃろうか」などと、立ち入ったことま で想像なさって、胸をお痛めになるが、今日になって中止するわけにもいかないので、万事しかるべきさまにお命じになって、ご信頼になっている 参議兼修理大夫に委細お世話申し上げるべくお命じになって、宮中に参内なさった。  「表立った親のようには、お考えいただかれないように」と、院にご遠慮申されて、ただご挨拶程度と、お見せになった。優れた女房たちが、もとも と大勢いる宮邸なので、里に引き籠もりがちであった女房たちも参集して、実にまたとなく、その感じは理想的である。  「ああ、生きていらしたら、どんなにかお世話の仕甲斐のあることに思って、お世話なさったことだろう」と、故人のご性質をお思い出しになるにつ け、「特別な関係を抜きにして考えれば、まことに惜しむべきお人柄であったよ。ああまではいらっしゃれないものだ。風流な面では、やはり優れ て」と、何かの時々にはお思い出し申し上げなさる。  [第三段 帝と弘徽殿女御と斎宮女御]  中宮も宮中においであそばしたのであった。主上は、新しい妃が入内なさるとお耳にあそばしたので、たいそういじらしく緊張なさっていらっしゃ る。お年よりはたいそうおませで大人びていらっしゃる。中宮も、  「このような立派な妃が入内なさるのだから、よくお気をつけてお会い申されませ」  と申し上げなさるのであった。  お心の中で、「大人の妃は気がおけるのではなかろうか」とお思いであったが、たいそう夜が更けてからご入内なさった。実に慎み深くおっとりし ていて、小柄で華奢な感じがしていらっしゃるので、たいそうおきれいな、とお思いになったのであった。  弘徽殿女御には、おなじみになっていらしたので、親しくかわいく気がねなくお思いになり、この方は、人柄も実に落ち着いて、気が置けるほど で、内大臣のご待遇も丁重で重々しいので、軽々しくはお扱いできにくく自然お思いになって、御寝の伺候などは対等になるが、気を許した子供ど うしのお遊びなどに、昼間などにお出向きになることは、あちら方に多くいらっしゃる。  権中納言は、考えるところがあってご入内おさせ申したのだが、このように入内なさって、ご自分の娘と競争する形で伺候なさるのを、何かにつ けて穏やかならずお思いのようである。  [第四段 源氏、朱雀院と語る]  院におかせられては、あの櫛の箱のお返事を御覧になったにつけても、お諦めにくくお思いであった。  そのころ、内大臣が参上なさったので、しみじみとお話なさった。事のついでに、斎宮がお下りになったこと、以前にもお話し出されたので、お口 に出されたが、あのように恋い慕っていたお気持ちがあったなどとは、お打ち明けになれない。大臣も、このようなご意向を知っているふうに顔には お出しにならず、ただ「どうお思いでいらっしゃるか」とだけ知りたくて、何かとあの御事をお話に出されると、御傷心の御様子、並々ならず窺えるの で、たいそう気の毒にお思いになる。  「素晴らしい器量だと、御執着していらっしゃるご容貌、いったいどれほどの美しさなのか」と、拝見したくお思い申されるが、まったく拝見おできに なれないのを悔しくお思いになる。  まことに重々しくて、仮にも子どもっぽいお振る舞いなどがあれば、自然とちらりとお見せになることもあろうが、奥ゆかしいお振る舞いが深くなっ ていく一方なので、拝見するにつれて、実に理想的だとお思い申し上げた。  このように隙間もない状態で、お二方が伺候していらっしゃるので、兵部卿宮、すらすらとはご決意になれず、「主上が、御成人あそばしたら、いく らなんでも、お見捨てあそばすことはあるまい」と、その時機をお待ちになる。お二方の御寵愛は、それぞれに競い合っていらっしゃる。   第二章 後宮の物語 中宮の御前の物語絵合せ  [第一段 権中納言方、絵を集める]  主上は、いろいろのことの中でも、特に絵に興味をお持ちでいらっしゃった。取り立ててお好みあそばすせいか、並ぶ者がなく上手にお描きあそ ばす。斎宮の女御、たいそう上手にお描きあそばすことができるので、この方にお心が移って、しじゆうお渡りになっては、互いに絵を描き心を通わ せ合っていらっしゃる。  殿上の若い公達でも、この事を習う者をお目に掛けになり、お気に入りにあそばしたので、なおさらのこと、お美しい方が、趣のあるさまに、型に はまらずのびのびと描き、優美に物に寄り掛かって、ああかこうかと筆を止めて考えていらっしゃるご様子、そのかわいらしさにお心捉えられて、た いそう頻繁にお渡りあそばして、以前にもまして格段に御寵愛が深くなったのを、権中納言、お聞きになって、どこまでも才気煥発な現代風なご性 分で、「自分は人に負けるものか」と心を奮い立てて、優れた名人たちを呼び集めて、厳重な注意を促して、またとない素晴らしい絵の数々を、また とない立派な幾枚もの紙に描き集めさせなさる。  >[第二段 源氏方、須磨の絵日記を準備]>  「とりわけ物語絵は、趣向も現れて、見所のあるものだ」  と言って、おもしろく興趣ある場面ばかりを選んでは描かせなさる。普通の月次の絵も、目新しい趣向に、詞書を書き連ねて、御覧に供される。  特別に興趣深く描いてあるので、また、こちらで御覧あそばそうとすると、気安くお取り出しにならず、ひどく秘密になさって、こちらの御方へ御持 参あそばそうとするのを惜しんで、お貸しなさらないので、内大臣、お聞きになって、  「相変わらず、権中納言のお心の大人げなさは、変わらないな」  などとお笑いになる。  「むやみに隠して、素直に御覧に入れず、お気を揉ませ申すのは、ひどくけしからぬことだ。古代の御絵の数々ございます、差し上げましょう」  と奏上なさって、殿に古いのも新しいのも、幾つもの絵の入っている御厨子の数々を開けさせになさって、女君と一緒に、「現代風なのは、これだ あれだ」と、お選び揃えなさる。  「長恨歌」「王昭君」などのような絵は、おもしろく感銘深いものだが、「縁起でないものは、このたびは差し上げまい」とお見合わせになる。  あの旅の御日記の箱をもお取り出しになって、この機会に、女君にもお見せ申し上げになったのであった。ご心境を深く知らなくて今初めて見る 人でさえ、多少物の分かるような人ならば、涙を禁じえないほどのしみじみと感銘深いものである。まして、忘れがたく、その当時の夢のような体験 をお覚ましになる時とてないお二方にとっては、当時に戻ったように悲しく思い出さずにはいらっしゃれない。今までお見せにならなかった恨み言を 申し上げなさるのであった。  「独り京に残って嘆いていた時よりも、海人が住んでいる   干潟を絵に描いていたほうがよかったわ  頼りなさも、慰められもしましたでしょうに」  とおっしゃる。まことにもっともだと、お思いになって、  「辛い思いをしたあの当時よりも、今日はまた   再び過去を思い出していっそう涙が流れて来ます」  中宮だけにはぜひともお見せ申し上げなければならないものである。不出来でなさそうなのを一帖ずつ、何といっても浦々の景色がはっきりと描 き出されているのを、お選びになる折にも、あの明石の住居のことが、まっさきに、「どうしているだろうか」とお思いやりにならない時がない。  [第三段 三月十日、中宮の御前の物語絵合せ]  このように幾つもの絵を集めていらっしゃるとお聞きになって、権中納言、たいそう対抗意識を燃やして、軸、表紙、紐の飾りをいっそう調えなさ る。  三月の十日ころなので、空もうららかで、人の心ものびのびとし、ちょうどよい時期なので、宮中あたりでも、節会と節会の合間なので、ただこのよ うなことをして、どなたもどなたもお過ごしになっていらっしゃるのを、同じことなら、いっそう興味深く御覧あそばされるようにして差し上げようとのお 考えになって、たいそう特別に集めて献上させなさった。  こちら側からとあちら側からと、いろいろと多くあった。物語絵は、精巧でやさしみがまさっているようなのを、梅壷の御方では、昔の物語、有名で 由緒ある絵ばかり、弘徽殿の女御方では、現代のすばらしい新作で、興趣ある絵ばかりを選んで描かせなさったので、一見したところの華やかさ では、実にこの上なく勝っていた。  主上付きの女房なども、絵に嗜みのある人々はすべて、「これはどうの、あれはどうの」などと批評し合うのを、近頃の仕事にしているようである。  [第四段 「竹取」対「宇津保」]  中宮も参内あそばしていらっしゃる時なので、あれやこれや、お見逃しになれなくお思いのことなので、御勤行も怠りながら御覧になる。この人々 が銘々に議論しあうのをお聞きあそばして、左右の組にお分けあそばす。  梅壷の御方には、平典侍、侍従内侍、少将命婦。右方には、大弍典侍、中将命婦、兵衛命婦を、当時のすぐれた識者たちとして、思い思いに論 争する弁舌の数々を、興味深くお聞きになって、最初、物語の元祖である『竹取の翁』と『宇津保の俊蔭』を番わせて争う。  「なよ竹の代々に歳月を重ねたこと、特におもしろいことはないけれども、かぐや姫がこの世の濁りにも汚れず、遥かに気位も高く天に昇った運勢 は立派で、神代のことのようなので、思慮の浅い女には、きっと分らないでしょう」  と言う。右方は、  「かぐや姫が昇ったという雲居は、おっしゃるとおり、及ばないことなので、誰も知ることができません。この世での縁は、竹の中に生まれたので、 素性の卑しい人と思われます。一つの家の中は照らしたでしょうが、宮中の恐れ多い光と並んで妃にならずに終わってしまいました。阿部の御主 人が千金を投じて、火鼠の裘に思いを寄せて片時の間に消えてしまったのも、まことにあっけないことです。車持の親王が、真実の蓬莱の神秘の 事情を知りながら、偽って玉の枝に疵をつけたのを欠点とします」  絵は、巨勢相覧、書は、紀貫之が書いたものであった。紙屋紙に唐の綺を裏張りして、赤紫の表紙、紫檀の軸、ありふれた表装である。  「俊蔭は、激しい波風に溺れ、知らない国に流されましたが、やはり、目ざしていた目的を叶えて、遂に、外国の朝廷にもわが国にも、めったにな い音楽の才能を知らせ、名を残した昔の伝えからいうと、絵の様子も、唐土と日本とを取り合わせて、興趣深いこと、やはり並ぶものがありません」  と言う。白い色紙、青い表紙、黄色の玉の軸である。絵は、飛鳥部常則、書は、小野道風なので、現代風で興趣深そうで、目もまばゆいほどに 見える。左方には、反論の言葉がない。  [第五段 「伊勢物語」対「正三位」]  次に、『伊勢物語』と『正三位』を番わせて、また結論がでない。これも、右方は興味深く華やかで、宮中あたりをはじめとして、近頃の様子を描い たのは、興趣深く見応えがする。  平典侍は、  「『伊勢物語』の深い心を訪ねないで   単に古い物語だからといって価値まで落としめてよいものでしょうか  世間普通の色恋事のおもしろおかしく書いてあることに気押されて、業平の名を汚してよいものでしょうか」  と、反論しかねている。右方の大弍の典侍は、  「雲居の宮中に上った『正三位』の心から見ますと  『伊勢物語』の千尋の心も遥か下の方に見えます」  「兵衛の大君の心高さは、なるほど捨てがたいものですが、在五中将の名は、汚すことはできますまい」  と仰せになって、中宮は、  「ちょっと見た目には古くさく見えましょうが   昔から名高い『伊勢物語』の名を落とすことができましょうか」  このような女たちの論議で、とりとめもなく優劣を争うので、一巻の判定に数多くの言葉を尽くしても容易に決着がつかない。ただ、思慮の浅い若 い女房たちは、死ぬほど興味深く思っているが、主上づきの女房も、中宮づきの女房も、その一部分さえ見ることができないほど、たいそう隠して いらっしゃった。   第三章 後宮の物語 帝の御前の絵合せ  [第一段 帝の御前の絵合せの企画]  内大臣が参上なさって、このようにそれぞれが優劣を競い合っている気持ちを、おもしろくお思いになって、  「同じことなら、主上の御前において、この優劣の決着をつけましょう」  と、おっしゃるまでになった。このようなこともあろうかと、以前からお思いになっていたので、その中でも特別なのは選び残していらっしゃったが、 あの「須磨」「明石」の二巻は、お考えになるところがあって、お加えになったのであった。  権中納言も、そのお気持ちは負けていない。最近の世では、ただこのような美しい紙絵を揃えること、世の中の流行になっていた。  「今新たに描くことは、つまらないことだ。ただ持っているものだけで」  とおっしゃったが、権中納言は他人にも見せないで、秘密の部屋を準備して、お描かせになったが、院におかれても、このような騷ぎがあるとお耳 にあそばして、梅壷に幾つかの御絵を差し上げなさった。  一年の内の数々の節会のおもしろく興趣ある様を、昔の名人たちがそれぞれに描いた絵に、延喜の帝がお手ずからその趣旨をお書きあそばした ものや、また御自身の御世のこともお描かせになった巻に、あの斎宮がお下りになった日の、大極殿での儀式を、お心に刻みこまれてあったの で、描くべきさまを詳しく仰せになって、巨勢公茂がお描き申したのが、たいそう素晴らしいのを差し上げなさった。  優美に透かし彫りのある沈の箱に、同じ趣旨の心葉のさまなど、実に現代的である。お便りはただ口上だけで、院の殿上に伺候する左近中将を ご使者としてあった。あの大極殿の御輿を寄せた場面の、神々しい絵に、  「わが身はこのように内裏の外におりますが   あの当時の気持ちは今でも忘れずにおります」  とだけある。お返事申し上げなさらないのも、たいそう恐れ多いので、辛くお思いになりながら、昔のお簪の端を少し折って、  「内裏の中は昔とすっかり変わってしまった気がして   神にお仕えしていた昔のことが今は恋しく思われます」  とお書きになって、縹の唐の紙に包んで差し上げなさる。ご使者への禄などは、たいそう優美である。  院の帝が御覧になって、限りなくお心がお動きになるにつけ、御在位中のころを取り戻したく思し召すのであった。内大臣をひどいとお思い申しあ そばしたことであろう。過去の御報いでもあったのであろうか。  院の御絵は、大后の宮から伝わって、あの弘徽殿の女御のお方にも多く集まっているのであろう。尚侍の君も、このようなご趣味は人一倍優れ ていて、興趣深い絵を描かせては集めていらっしゃる。  [第二段 三月二十日過ぎ、帝の御前の絵合せ]  何日と決めて、急なようであるが、興趣深いさまにちょっと設備をして、左右の数々の御絵を差し出させなさる。女房が伺候する所に玉座を設け て、北と南とにそれぞれ分かれて座る。殿上人は、後涼殿の簀子に、それぞれが心を寄せながら控えている。  左方は、紫檀の箱に蘇芳の華足、敷物には紫地の唐の錦、打敷は葡萄染めの唐の綺である。童六人、赤色に桜襲の汗衫、衵は紅に藤襲の織 物である。姿、心用意など、並々でなく見える。  右方は、沈の箱に浅香の下机、打敷は青地の高麗の錦、脚結いの組紐、華足の趣など、現代的である。童、青色に柳の汗衫、山吹襲の衵を着 ている。  皆、御前に御絵を並べ立てる。主上つきの女房、前に後に、装束の色を分けている。  お召しがあって、内大臣、権中納言、参上なさる。その日、帥宮も参上なさった。たいそう風流でいらっしゃるうちでも、絵を特にお嗜みでいらっし ゃるので、内大臣が、内々お勧めになったのでもあろうか、仰々しいお招きではなくて、殿上の間にいらっしゃるのを、御下命があって御前に参上 なさる。  この判者をお勤めになる。たいそう、なるほど上手に筆の限りを尽くしたいくつもの絵がある。全然判定することがおできになれない。  例の四季の絵も、昔の名人たちがおもしろい画題を選んでは、筆もすらすらと描き流してある風情、譬えようがないと見ると、紙絵は紙幅に限りが あって、山水の豊かな趣を現し尽くせないものなので、ただ筆先の技巧、絵師の趣向の巧みさに飾られているだけで、当世風の浅薄なのも、昔の に劣らず、華やかで実におもしろい、と見える点では優れていて、多数の論争なども、今日は両方ともに興味深いことが多かった。  朝餉の間の御障子を開けて、中宮も御覧になっていらっしゃるので、深く絵に御精通であろうと思うと、内大臣もたいそう素晴らしいとお思いにな って、所々の判定の不安な折々には、時々ご意見を述べなさった様子、理想的である。  [第三段 左方、勝利をおさめる]  勝負がつかないで夜に入った。左方、なお一番残っている最後に、「須磨」の絵巻が出て来たので、権中納言のお心、動揺してしまった。あちら でも心づもりして、最後の巻は特に優れた絵を選んでいらっしゃったのだが、このような大変な絵の名人が、心ゆくばかり思いを澄ませて心静かに お描きになったのは、譬えようがない。  親王をはじめまいらせて、感涙を止めることがおできになれない。あの当時に、「お気の毒に、悲しいこと」とお思いになった時よりも、お過ごしに なったという所の様子、どのようなお気持ちでいらしたかなど、まるで目の前のことのように思われ、その土地の風景、見たこともない浦々、磯を隈 なく描き現していらっしゃった。  草書体に仮名文字を所々に書き交ぜて、正式の詳しい日記ではなく、しみじみとした歌などが混じっている、その残りの巻が見たいくらいであ る。誰も他人事とは思われず、いろいろな御絵に対する興味、これにすっかり移ってしまって、感慨深く興趣深い。万事みなこの絵日記に譲って、 左方、勝ちとなった。     第四章 光る源氏の物語 光る源氏世界の黎明  [第一段 学問と芸事の清談]  夜明けが近くなったころに、何となくしみじみと感慨がこみ上げてきて、お杯など傾けなさる折に、昔のお話などが出てきて、  「幼いころから、学問に心を入れておりましたが、少し学才などがつきそうに御覧になったのでしょうか、故院が仰せになったことに、『学問の才能 というものは、世間で重んじられるからであろうか、たいそう学問を究めた人で、長寿と、幸福とが並んだ者は、めったにいないものだ。高い身分に 生まれ、そうしなくても人に劣ることのない身分なのだから、むやみにこの道に深入りするな』と、お諌めあそばして、正式な学問以外の芸を教えて くださいましたが、出来の悪いものもなく、また特にこのことはと上達したこともございませんでした。ただ、絵を描くことだけが、妙なつまらないこと ですが、どうしたら心のゆくほど描けるだろうかと、思う折々がございましたが、思いもよらない賤しい身の上となって、四方の海の深い趣を見まし たので、まったく思い至らぬ所のないほど会得できましたが、絵筆で描くにはは限界がありまして、心で思うとおりには事の運ばぬように存じられ ましたが、機会がなくて、御覧に入れるわけにも行きませんので、このように物好きのようなのは、後々に噂が立ちましょうか」  と、親王に申し上げなさると、  「何の芸道も、心がこもっていなくては習得できるものではありませんが、それぞれの道に師匠がいて、学びがいのあるようなものは、度合の深さ 浅さは別として、自然と学んだだけの事は後に残るでしょう。書画の道と碁を打つことは、不思議と天分の差が現れるもので、深く習練したと思え ぬ凡愚の者でも、その天分によって、巧みに描いたり打ったりする者も出て来ますが、名門の子弟の中には、やはり抜群の人がいて、何事にも上 達すると見えました。故院のお膝もとで、親王たち、内親王、どなたもいろいろさまざまなお稽古事を習わさせなかったことがありましょうか。その中 でも、特にご熱心になって、伝授を受けご習得なさった甲斐があって、『詩文の才能は言うまでもなく、それ以外のことの中では、琴の琴をお弾きに なることが第一番で、次には、横笛、琵琶、箏の琴を次々とお習いになった』と、故院も仰せになっていました。世間の人、そのようにお思い申し上 げていましたが、絵はやはり筆のついでの慰み半分の余技と存じておりましたが、たいそうこんなに不都合なくらいに、昔の墨描きの名人たちが 逃げ出してしまいそうなのは、かえって、とんでもないことです」  と、酔いに乱れて申し上げなさって、酔い泣きであろうか、故院の御事を申し上げて、皆涙をお流しになった。  [第二段 光る源氏体制の夜明け]  二十日過ぎの月がさし出して、こちら側は、まだ明るくないけれども、いったいに空の美しいころなので、書司のお琴をお召し出しになって、和琴、 権中納言がお引き受けなさる。そうは言っても、他の人以上に上手にお弾きになる。帥親王、箏の御琴、内大臣、琴の琴、琵琶は少将の命婦がお つとめする。殿上人の中から勝れた人を召して、拍子を仰せつけになる。たいそう興趣深い。  夜が明けていくにつれて、花の色も人のお顔形なども、ほのかに見えてきて、鳥が囀るころは、快い気分がして、素晴らしい朝ぼらけである。禄 などは、中宮の御方から御下賜なさる。親王は御衣をまた重ねて頂戴なさる。    [第三段 冷泉朝の盛世]  その当時のことぐさには、この絵日記の評判をなさる。  「あの浦々の巻は、中宮にお納めください」  とお申し上げさせになったので、この初めの方や、残りの巻々を御覧になりたくお思いになったが、  「いずれそのうちに、ぼつぼつと」  とお申し上げさせになる。主上におかせられても、御満足に思し召していらっしゃるのを、嬉しくお思い申し上げなさる。  ちょっとしたことにつけても、このようにお引き立てになるので、権中納言は、「やはり、世間の評判も圧倒されるのではなかろうか」と、悔しくお思 いのようである。主上の御愛情は、初めから馴染んでいらっしゃったので、やはり、御寵愛厚い御様子を、人知れず拝見し存じ上げていらっしゃった ので、頼もしく思い、「いくら何でも」とお思になるのであった。  しかるべき節会などにつけても、「この帝のご時代から始まったと、末の世の人々が言い伝えるであろうような新例を加えよう」とお思いになり、私 的なこのようなちょっとしたお遊びも、珍しい趣向をお凝らしになって、大変な盛りの御代である。  [第四段 嵯峨野に御堂を建立]  内大臣は、やはり無常なものと世の中をお思いになって、主上がもう少し御成人あそばすのを拝したら、やはり出家しようと深くお思いのようであ る。  「昔の例を見たり聞いたりするにも、若くして高位高官に昇り、世に抜きん出てしまった人で、長生きはできないものなのだ。この御代では、身の ほど過ぎてしまった。途中で零落して悲しい思いをした代わりに、今まで生き永らえたのだ。今後の栄華は、やはり命が心配である。静かに引き籠 もって、後の世のことを勤め、また一方では寿命を延ばそう」とお思いになって、山里の静かな所を手に入れて、御堂をお造らせになり、仏像や経 巻のご準備をさせていらっしゃるらしいけれども、幼少のお子たちを、思うようにお世話しようとお思いになるにつけても、早く出家するのは、難しそう である。どのようにお考えなのかと、まことに分からない。 源氏物語の世界ヘ 本文 ローマ字版 注釈 Last updated 11/2/99 渋谷栄一訳(C)(ver.1-2-1)    松風 光る源氏の内大臣時代三十一歳秋の大堰山荘訪問の物語 第一章 明石の物語 上洛と老夫婦の別れの秋 1.二条東院の完成、明石に上洛を促す---東の院を建築して、花散里と申し上げた方を 2.明石方、大堰の山荘を修理---昔、母君の祖父で、中務宮と申し上げた方が 3.惟光を大堰に派遣---このように考えついていようともご存知なくて 4.腹心の家来を明石に派遣---親しい側近たちを、たいそう内密にお下し遣わしなさる 5.老夫婦、父娘の別れの歌---秋のころなので、もの悲しい気持ちが 6.明石入道の別離の詞---「世の中を捨てた当初に、このような見知らぬ国に 7.明石一行の上洛---お車は、多数続けるのも仰々しいし 第二章 明石の物語 上洛後、源氏との再会 1.大堰山荘での生活始まる---山荘の様子も風情あって、長年住み慣れた海辺に 2.大堰山荘訪問の暇乞い---このように頼りない状態で毎日過ごしているが 3.源氏と明石の再会---ひっそりと、御前駆の親しくない者は加えないで、十分気を配って 4.源氏、大堰山荘で寛ぐ---修繕なさるべき所を、ここの宿守りや、新たに加えた家司などに 5.嵯峨御堂に出向き大堰山荘に宿泊---お寺にお出向きになって、毎月の 第三章 明石の物語 桂院での饗宴 1.大堰山荘を出て桂院に向かう---次の日は京へお帰りあそばすご予定なので 2.桂院に到着、饗宴始まる---たいそう威儀正しくお進みになる間 3.饗宴の最中に勅使来訪---各自が絶句などを作って、月が明るく 第四章 紫の君の物語 嫉妬と姫君への関心 1.二条院に帰邸---邸にお帰りになって、しばらくの間お休みになる 2.源氏、紫の君に姫君を養女とする件を相談---その夜は、宮中にご宿直の予定であったが   第一章 明石の物語 上洛と老夫婦の別れの秋  [第一段 二条東院の完成、明石に上洛を促す]  東の院を建築して、花散里と申し上げた方を、お移しになる。西の対、渡殿などにかけて、政所、家司など、しかるべき状態にお設けになる。東の 対は、明石の御方をとお考えになっていた。北の対は、特別に広くお造りになって、一時的にせよ、ご愛情をお持ちになって、将来までもと約束な さり心頼りにおさせにった女性たちが一緒に住めるようにと、部屋部屋を仕切ってお造りになっているのも、感じがよく、見所があって、行き届いて いる。寝殿はお当てがいなさらず、時々ごお渡りになる時のお住まいにして、そのような設備をなさっていた。  明石にはお便りを絶えず遣わして、今はもうぜひとも上京なさるようにとおっしゃるが、女は、やはり、わが身のほどが分かっているので、  「この上なく高貴な身分の女性でさえ、縁がすっかり切れるでないご様子の冷淡さを見ながら、かえって、物思いを募らせていると聞くのに、まし て、どれほども世間から重んじられているわけでもない者が、その中へ入って行けようか。この若君の不面目になり、賤しい身の上が現れてしまお う。まれまれにこっそりお渡りになる機会を待つことになって、物笑いの種になり、引っ込みがつかなくなること、どんなであろう」  と思い乱れても、又一方では、そうかといって、このような明石の田舎の地に生まれて、お子として認めてもらえないのも、ひどくかわいそうなの で、一途に恨んだり背いたりすることもできない。両親も、「なるほど、もっともなことだ」と嘆いて、かえって、気苦労の限りをし尽くすのであった。  [第二段 明石方、大堰の山荘を修理]  昔、母君の祖父で、中務宮と申し上げた方が所領なさっていた所が、大堰川の近くにあったのを、その後は、しっかりと引き継ぐ人もいなくて、長 年荒れていたのを思い出して、あの当時から代々留守番のような役をしていた人を呼び迎えて相談する。  「この世はこれまでだと見切りをつけて、このような土地に落ちぶれた生活になじんでしまったが、老年になって、思いがけないことが起こったの で、改めて都の住居を求めるのだが、急に眩しい都人の中に出るのは、きまりが悪いので、田舎者になってしまった心地にも落ち着くまいから、昔 の所領を探し出して、と考えたのだ。必要な費用はお送りしよう。修理などして、どうにか住めるように修繕してくださらないか」  と言う。宿守りは、  「長年、ご領主様もいらっしゃらず、ひどいようになっておりますので、下屋を繕って住んでおりますが、今年の春頃から、内大臣殿がご建立なさっ ている御堂が近いので、あの近辺は、とても騒々しくなっております。立派な御堂をいくつも建立して、大勢の人々が造営にあたっているようでござ います。静かなのがご希望ならば、あそこは適当ではございません」  「何、かまわぬ。このことも、あの殿のご庇護に、お頼りしようと思うことがあってのことだ。いずれ、おいおいと内部の修理はしよう。まずは、急い でだいたいの修理をしてほしい」  と言う。  「自分自身が所領している所ではございませんが、また他にご相続なさる方もなかったので、閑静な土地柄に従って、長年ひっそり過ごしてきた のでございます。ご領地の田や畑などというものが、台無しに荒れはてておりましたので、故民部大輔様のお許しを得て、しかるべきものどもをお 支払い申して、作らせていただいております」  などと、その収穫したものを心配そうに思って、髭だらけの憎々しい顔をして、鼻などを赤くしいしい、口をとがらせて言うので、  「まったく、その田畑などのようなことは、こちらでは問題にするつもりはない。ただこれまで通りに思って使用するがよい。証書などはここにある が、まったく世を捨てた身なので、長年どうなっていたか調べなかったが、そのことも今詳しくはっきりさせよう」  などと言うのにも、大殿との関係をほのめかすので、厄介になって、その後は、品物などを多く受け取って、急いで修築したのであった。  [第三段 惟光を大堰に派遣]  このように考えついていようともご存知なくて、上京することを億劫がっているのも、わけが分からずお思いになって、「若君が、あのようなままひ っそり淋しくしていらっしゃるのを、後世に人が言い伝えては、もう一段と、外聞の悪い欠点になりはしないか」とお思いになっていたところに、完成 させて、「しかじかの所を思い出しました」と申し上げたのであった。「人なかに出て来ることを嫌がってばかりいたのは、このように考えてのことで あったのか」と合点が行きなさる。「立派な心がまえであるよ」とお思いになった。  惟光朝臣、例によって、内緒事にはいつに限らず関係してお勤めする人なので、お遣わしになって、しかるべきさまにあれこれの準備などをおさ せになるのであった。  「付近一帯、趣のある所で、海辺に似た感じの所でございました」  と申し上げると、「そのような住まいとしては、ふさわしくないこともあるまい」とお思いになる。  ご建立なさっている御堂は、大覚寺の南に当たって、滝殿の趣なども、それに負けないくらい素晴らしい寺である。  こちらは、大堰川に面していて、何とも言えぬ風趣ある松蔭に、何の工夫も凝らさずに建てた寝殿の簡素な様子も、自然と山里のしみじみとした 情趣が感じられる。内部の装飾などまでご配慮なさっている。  [第四段 腹心の家来を明石に派遣]  親しい側近たちを、たいそう内密にお下し遣わしなさる。断わりようもなくて、いよいよ上京と思うと、長年住み慣れた明石の浦を去ること、しみじ みとして、入道が心細く独り残るだろうことを思い悩んで、いろいろと悲しい気がする。「何につけても、どうして、こう、心をくだくことになったわが身 の上なのだろうか」と、お恵みのかからない人々が羨ましく思われる。  両親も、このようなお迎えを受けて上京する幸いは、長年寝ても覚めても、願い続けていた本望が叶うのだと、たいそう嬉しいけれど、お互いに一 緒に暮らせない気がかりが堪えきれず悲しいので、昼夜ぼんやりして、同じようなことばかり、「そうなると、若君にお目にかかれず、過すことにな るのか」と言うこと以外、言葉がない。  母君も、たいそう切ない気持ちである。今まででさえ、同じ庵に住まずに離れていたので、まして誰を頼りとして留まっていられようか。ただ、かり そめの契りを交わした人の浅い関係であってさえ、いったん馴染んだ末に、別れることは、一通りのものでないようだが、まして、変な恰好の頭や、 気質は頼りになりそうにないが、またその方面で、「この土地こそは、一生を終える住まいだ」と、永遠ではない寿命を待つ間の限りを思って、夫婦 で暮らして来たのに、急に別れ去るのも、心細い気がする。  若い女房たちで、憂鬱な気持ちで塞ぎこんでいた者は、嬉しく思う一方で、見捨て難い浜辺の風景を、「もう再びと、帰ってくることもあるまい」と、 寄せては返す波に思いを寄せて、涙に袖が濡れがちである。  [第五段 老夫婦、父娘の別れの歌]  秋のころなので、もの悲しい気持ちが重なったような心地がして、上京という日の暁に、秋風が涼しく吹いて、虫の声もあわただしく鳴く折柄、海 の方を眺めていると、入道が、いつものように、後夜より早く起き出して、鼻をすすりながら、勤行していらっしゃる。ひどく言葉に気をつけているが、 誰も誰もたいそう堪え難い。  若君は、とてもとてもかわいらしい感じで、あの夜光ったという玉のような心地がして、袖から外にお放し申さなかったが、見慣れてつきまとってい らっしゃる心根など、不吉なまでに、こう、通常の人と違ってしまった身をいまいましく思いながら、「片時も拝見しなくては、どのようにして過ごして ゆけようか」と、我慢しきれない。  「姫君の将来がご幸福であれと祈る別れに際して   堪えきれないのは老人の涙であるよ  まったく縁起でもない」  と言って、涙を拭って隠す。尼君、  「ご一緒に都を出て来ましたが、今度の旅は   一人で都へ帰る野中の道で迷うことでしょう」  と言って、お泣きになる様子、まことに無理はない。長年契り交わしてきた年月のほどを思うと、このように当てにならないことを当てにして、捨て た都の生活に帰るのも、考えてみると頼りないことである。御方、  「京へ行って生きて再びお会いできることをいつと思って   限りも分からない寿命を頼りにできましょうか  せめて都まで送ってください」  と一生懸命にお頼みになるが、あれやこれやと、そうはできないことを言いながらも、そうはいっても、道中のことがたいそう気がかりな様子であ る。  [第六段 明石入道の別離の詞]  「世の中を捨てた当初に、このような見知らぬ国に決意して下って来ましたことども、ただあなたの御ためにと、思いどおりに朝晩のお世話も満足 にできようかと、決心致したのですが、わが身の不運な身分が思い知らされることが多かったので、絶対に、都に帰って、古受領の落ちぶれた類と なって、貧しい家の蓬や葎の様子が、元の状態に改まることもないものから、公私につけて、馬鹿らしい名を広めて、亡き親の名誉を辱めることの 堪らなさに、そのまま世を捨てる門出であったのだと、世間の人にも知られてしまったが、そのことについては、よく思い切ったと思っていましたが、 あなたがだんだんとご成長なさり、物ごとが分かってくるようになると、どうして、こんなつまらない田舎に錦をお隠し申しておくのかと、親の心の闇 の晴れる間もなくずっと嘆いておりましたが、仏神にご祈願申して、いくら何でも、このように不甲斐ない身の上に巻き添えになって、田舎の生活を 一緒にはなさるまい、と思う心を独り持って期待していましたが、思いがけなく、嬉しいことを拝見しましてこのかたも、かえって身の程を、あれこれ と悲しく嘆いていましたが、若君がこのようにお生まれになったご因縁の頼もしさに、このような海辺で月日を送っていらっしゃるのも、たいそうもっ たいなく、宿縁も格別に存じられますので、お目にかかれない悲しさは、鎮めがたい気がするが、わが身は永遠に世を捨てた覚悟がございます。 あなたたちは、世の中をお照らしになる光明がはっきりしているので、しばらくの間、このような田舎者の心をお乱しになるほどのご宿縁があったの でしょう。天上界に生まれる人でも、いまわしい三悪道に帰るようなのも一時のことと思いなぞらえて、今日、永遠にお別れ申し上げます。寿命が 尽きたとお聞きになっても、死後のこと、お考えくださるな。逃れられない別れに、お心を動かしなさるな」と言い切る一方で、「煙となろう夕べまで、 若君のことを、六時の勤めにも、やはり未練がましく、きっとお祈りにお加え申し上げることであろう」  と言って、自分の言葉に、涙ぐんでしまった。  [第七段 明石一行の上洛]  お車は、多数続けるのも仰々しいし、一部分ずつ分けてやるのも厄介だといって、お供の人々も、できるだけ目立たないようにしているので、舟で こっそりと行くことに決めた。辰の時刻に舟出なさる。昔の人も「あわれ」と言った明石の浦の朝霧の中を遠ざかって行くにつれて、たいそう物悲しく て、入道は、煩悩も断ち切れがたく、ぼうっと眺めていた。長年住みなれて、今さら都に帰るのも、やはり感慨無量で、尼君はお泣きになる。  「彼岸の浄土に思いを寄せていた尼のわたしが   捨てた都の世界に帰って行くのだわ」  御方は、  「何年も秋を過ごし過ごしして来たが   頼りない舟に乗って都に帰って行くのでしょう」  思いどおりの追い風によって、予定していた日に違わずお入りになった。人に気づかれまいとの考えもあったので、道中も簡素な旅姿に装ってい た。   第二章 明石の物語 上洛後、源氏との再会  [第一段 大堰山荘での生活始まる]  山荘の様子も風情あって、長年住み慣れた海辺に似ていたので、場所が変わった気もしない。 昔のことが自然と思い出されて、しみじみと感慨 を催すことが多かった。造り加えた廊など、風流な様子で、遣水の流れも風流に作ってあった。まだ細かな造作は出来上がっていないが、住み慣 れればそのままでも住めるであろう。  腹心の家司にお命じになって、祝宴のご準備をおさせになっていたのであった。おいでになることは、あれこれと口実をお考えになっているうち に、数日がたってしまった。  かえって物思いの日々が続いて、捨てた家も恋しく、所在ないので、あのお形見の琴の琴を弾き鳴らす。折柄、たいそう堪えがたいので、人里か ら離れた所で、気ままに少し弾いてみると、松風がきまりわるいほど音を合わせて吹いてきた。尼君、もの悲しそうに物に寄り掛かっていらっしゃっ たが、起き上がって、  「尼姿となって一人帰ってきた山里に   昔聞いたことがあるような松風が吹いている」  御方は、  「故里で昔親しんだ人を恋い慕って弾く   田舎びた琴の音を誰が分かってくれようか」  [第二段 大堰山荘訪問の暇乞い]  このように頼りない状態で毎日過ごしているが、内大臣、かえって落ち着いていらっしゃれないので、人目を憚ることもおできになれず、お出掛け になるのを、女君は、これこれであるとはっきりとお知らせ申していらっしゃらなかったのを、例によって、外からお耳になさることもあろうかと思っ て、ご挨拶申し上げる。  「桂に用事がございますが、いやはや、心ならずも日が過ぎてしまった。訪問しようと約束した人までが、あの辺り近くに来ていて、待っているとい うので、気の毒でなりません。嵯峨野の御堂にも、まだ飾り付けのできていない仏像のお世話をしなければなりませんので、二三日は逗留するこ とになりましょう」  と申し上げなさる。  「桂の院という所を、急にご造営なさっていると聞いているが、そこに住まわせなさっているのだろうか」とお思いになと、おもしろくないので、「斧 の柄まで付け替えるほどになるのであろうか、待ち遠しいこと」と、不機嫌のご様子である。  「例によって、調子を合わせにくいお心で、昔の好色がましい心は、すっかりなくなったと、世間の人も言っているというのに」、何かやとご機嫌を とっていらっしゃるうちに、日が高くなってしまった。  [第三段 源氏と明石の再会]  ひっそりと、御前駆の親しくない者は加えないで、十分気を配っておいでになった。黄昏時にお着きになった。狩衣のご装束で質素になさってい たお姿でさえ、またとなく美しい心地がしたのに、なおさらのこと、そのお心づかいをして装っていらっしゃる御直衣姿、世になく優美でまぶしい気が するので、嘆き悲しんでいた心の闇も晴れるようである。  久しぶりで、感慨無量となって、若君を御覧になるにも、どうして通り一遍にお思いになれようか。今まで離れていた年月の間でさえ、あきれるほ ど悔しいまでお思いになる。  「大殿腹の若君をかわいらしいと、世間の人がもてはやすのは、やはり時流におもねってそのように見做すのであった。こんなふうに、優れた人 の将来は、今からはっきりしているものを」  と、微笑んでいる顔の無邪気さが、愛くるしく、つややかなのを、たいそうかわいらしいとお思いになる。  乳母が、下行した時は痩せ衰えていた容貌、立派になって、何か月もの間のお話など、親しく申し上げるのを、しみじみと、あのような漁村の一 角で過ごしてきたろうことを、おねぎらいになる。  「ここでも、たいそう人里離れて、出向いて来ることも難しいので、やはり、あのかねて考えてある所にお引っ越しなさいませ」  とおっしゃるが、  「とてもまだ慣れない期間をもうしばらく過ごしましてから」  とお答え申し上げるのも、もっともなことである。一晩中、いといろと睦言を交わされて、夜をお明かしなさる。  [第四段 源氏、大堰山荘で寛ぐ]  修繕なさるべき所を、ここの宿守りや、新たに加えた家司などにお命じになる。桂の院にお出ましになるご予定とあったので、近くの荘園の人々 で、参集していたのも、みなこちらに尋ねて参った。前栽の折れ臥しているのなど、お直させなさる。  「あちらこちらの立石もみな倒れたり無くなったりしているが、風情あるように造ったならば、きっと見栄えのする庭園ですね。このような庭をわざわ ざ修繕するのも、つまらないことです。そうしたところで一生を過ごすわけでないから、立ち去る時に気が進まず、心引かれるのも、つらいことであっ た」  などと、昔のこともお口に出しになさって、泣いたり笑ったりして、くつろいでお話になっているのが、実に素晴らしい。  尼君、のぞいて拝すると、老いも忘れて、物思いも晴れるような心地がして、思わずにっこりしてしまった。  東の渡殿の下から湧き出る遣水の趣、修繕させなさろうとして、たいそう優美な袿姿でくつろいでいらっしゃるのを、まことに立派で嬉しく拝見して いると、閼伽の道具類があるのを御覧になると、お思い出しになって、  「尼君は、こちらにいらっしゃるのか。まことみっともない姿であったよ」  とおっしゃって、御直衣をお取り寄せになって、お召しになる。几帳の側にお近寄りになって、  「罪を軽めてお育てなさった、その人の原因は、お勤行のほどをありがたくお思い申し上げます。たいそう深く心を澄まして住んでいらっしゃったお 家を捨てて、憂き世にお帰りになられたお気持ち、深く感謝します。またあちらには、どのように居残って、こちらを思っていらっしゃるのだろうと、あ れこれと思われることです」  と、たいそう優しくおっしゃる。  「いったん捨てました世の中を、今さら帰って来て、思い悩みますのを、ご推察くださいましたので、長生きした甲斐があると、嬉しく存じられます」 と、泣き出して、「田舎の海辺にひっそりとお育ちになったことを、お気の毒にお思い申していた姫君も、今では将来頼もしくと、お祝い申しておりま すが、素性賤しさゆえに、どのようなものかと、あれこれと心配せずにはいられません」  などと申し上げる感じ、風情がなくもないので、昔話に、親王が住んでいらっしゃった様子など、お話させなさっていると、手入れした遣水の音が、 訴えるかのように聞えて来る。  「かつて住み慣れていたわたしは帰って来て、昔のことを思い出そうとするが   遣水はこの家の主人のような昔ながらの音を立てています」  わざとらしくはなくて、言い切らない様子、優雅で品がある、とお聞きになる。  「小さな遣水は昔のことも忘れないのに   もとの主人は姿を変えてしまったからであろうか  ああ、懐かしい」  と、ちょっと眺めて、お立ちになる姿、美しさを、世の中に見たこともない、とばかり思い申し上げる。  [第五段 嵯峨御堂に出向き大堰山荘に宿泊]  お寺にお出向きになって、毎月の十四、五日、晦日の日行われるはずの普賢講、阿彌陀、釈迦の念仏の三昧のことは言うまでもなく、さらにまた お加えになるべきことなど、お定めさせなさる。堂の飾り付け、仏像の道具類、お触れを回してお命じになる。月の明るいうちにお戻りになる。  かつての明石での夜のこと、お思い出しになっていらっしゃる、その時を逃さず、あの琴のお琴をお前に差し出した。どことなくしみじみと感慨が込 み上げてくるので、我慢がおできになれず、掻き鳴らしなさる。絃の調子もまだもとのままで、当時に戻って、あの時のことが今のようなお感じがな さる。  「約束したとおり、琴の調べのように変わらない   わたしの心をお分かりいただけましたか」  女は、  「変わらないと約束なさったことを頼みとして   松風の音に泣く声を添えていました」  と詠み交わし申し上げたのも、不釣り合いでないのは、身に余る幸せのようである。すっかりと立派になった器量、雰囲気、とても見捨てがたく、 若君、言うまでもなく、いつまでもじっと見守らずにはいらっしゃれない。  「どうしたらよいだろう。日蔭者としてお育ちになることが、気の毒で残念に思われるが、二条の院に引き取って、思いどおりに世話したならば、後 になって世間の人々から非難も受けなくてすむだろう」  とお考えになるが、また一方で、悲しむことも気の毒で、お口に出すこともできず、涙ぐんで御覧になる。幼い心で、少し人見知りしていたが、だん だん打ち解けてきて、何か言ったり笑ったりして、親しみなさるのを見るにつれて、ますます美しくかわいらしく感じられる。抱いていらっしゃる様子、 いかにも立派で、将来この上ないと思われた。   第三章 明石の物語 桂院での饗宴  [第一段 大堰山荘を出て桂院に向かう]  次の日は京へお帰りあそばすご予定なので、少しお寝過ごしになって、そのままこの山荘からお帰りになる予定であるが、桂の院に人々が多く 参集して、こちらにも殿上人が大勢参上した。ご装束などをお付けになって、  「ほんとうにきまりが悪いことだ。このように発見されるような秘密の場所でもないのに」  と言って、騒がしさにひかれてお出になる。気の毒なので、さりげないふうによそおって立ち止まっていらっしゃる戸口に、乳母が、若君を抱いて 出て来た。かわいらしい様子なので、ちょっとお撫でになって、  「見ないでいては、とてもつらいだろうことは、まったく現金なものだ。どうしたらよかろうか。とても里が遠いな」  とおっしゃると、  「遥か遠くに存じておりました数年前よりも、これからのお持てなしが、はっきりしませんのは、気がかりで」  などと申し上げる。若君、手を差し出して、お立ちになっている後をお慕いなさると、お膝をおつきになって、  「不思議と、気苦労の絶えないわが身であるよ。少しの間でもつらい。どこか。どうして、一緒に出て来て、別れを惜しみなさらないのですか。そう してこそ、人心地もつこうものよ」  とおっしゃるので、ふと笑って、女君に「これこれです」と申し上げる。  かえって、物思いに悩んで伏せっていたので、急には起き上がることができない。あまりに貴婦人ぶっているとお思いになった。女房たちも気を揉 んでいるので、しぶしぶといざり出て、几帳の蔭に隠れている横顔、たいそう優美で気品があり、しなやかな感じ、皇女といっても十分である。  帷子を引きのけて、愛情こまやかにお語らいになろうとして、しばらくの間振り返って御覧になると、あれほど心を抑えていたが、お見送り申し上 げる。  何とも言いようがないほど、今がお盛りのご容貌である。たいそうすらっとしていらっしゃったが、少し均整のとれるほどにお太りになったお姿な ど、「これでこそ貫祿があるというものだ」と、指貫の裾まで、優美に魅力あふれて思えるのは、贔屓目に過ぎるというものであろう。  あの、解任されていた蔵人も、復官していたのであった。靭負尉になって、今年五位に叙されたのであった。昔とは違って、得意気なふうで、御 佩刀を取りに近くにやって来た。人影を見つけて、  「昔のことは忘れていたわけではありませんが、恐れ多いのでお訪ねできずにおりました。浦風を思い出させる今朝の寝覚めにも、ご挨拶申し上 げる手だてさえなくて」  と、意味ありげに言うので、  「幾重にも雲がかかる山里は、まったく島隠れの浦に劣りませんでしたのに、松も昔の相手はいないものかと思っていたが、忘れていない人がい らっしゃったとは、頼もしいこと」  などと言う。  「ひどいもんだ。自分も悩みがないわけではなかったのに」  などと、興ざめな思いがするが、  「いずれ、改めて」  と、きっぱり言って、参上した。  [第二段 桂院に到着、饗宴始まる]  たいそう威儀正しくお進みになる間、大声で御前駆が先払いして、お車の後座席に、頭中将、兵衛督をお乗せになる。  「たいそう軽々しい隠れ家、見つけられてしまったのが、残念だ」  と、ひどくお困りのふうでいっらっしゃる。  「昨夜の月には、残念にもお供に遅れてしまったと存じましたので、今朝は、霧の中を参ったのでございます。山の紅葉は、まだのようでございま す。野辺の色は、盛りでございました。某の朝臣が、小鷹狩にかかわって遅れてしまいましたが、どうなったことでしょう」  などと言う。  「今日は、やはり桂殿で」と言って、そちらの方にいらっしゃった。急な御饗応だと大騷ぎして、鵜飼たちを呼び寄せると、海人のさえずりが自然と 思い出される。  野原に夜明かしした公達は、小鳥を体裁ばかりに付けた荻の枝など、土産にして参上した。 お杯が何度も廻って、川の近くなので危なっかしい ので、酔いに紛れて一日お過ごしになった。  [第三段 饗宴の最中に勅使来訪]  各自が絶句などを作って、月が明るく差し出したころに、管弦のお遊びが始まって、まことに華やかである。  弾楽器は、琵琶、和琴ぐらいで、笛は上手な人だけで、季節にふさわしい調子を吹き立てるほどに、川風が吹き合わせて風雅なところに、月が高 く上り、何もかもが澄んで感じられる夜がやや更けていったころに、殿上人が、四、五人ほど連れだって参上した。  殿上の間に伺候していたのだったが、管弦の御遊があった折に、  「今日は、六日の御物忌みの明ける日なので、必ず参内なさるはずなのに、どうしてなのか」  と仰せになったところ、ここに、このようにご滞留になった由をお聞きあそばして、お手紙があったのであった。お使いは蔵人弁であった。  「月が澄んで見える桂川の向こうの里なので   月の光をゆっくりと眺められることであろう  羨ましいことです」  とある。恐縮申し上げなさる。  殿上の御遊よりも、やはり場所柄ゆえに、ひとしお身にしみ入る楽の音を賞美して、また酔いも加わった。ここには引き出物も準備していなかった ので、大堰に、  「ことごとしくならない引き出物はないか」  と言っておやりになった。有り合わせの物を差し上げた。衣櫃二荷に入っているのを、お使いの蔵人弁はすぐに帰参するので、女の装束をお与え になる。  「桂の里といえば月に近いように思われますが   それは名ばかりで朝夕霧も晴れない山里です」  行幸をお待ち申し上げるお気持ちなのであろう。「月の中に生えている」と朗誦なさる時に、あの淡路島をお思い出しになって、躬恒が「場所柄か らであろうか」といぶかしがったという話などを、おっしゃり出したので、しみじみとした酔い泣きする者もいるのであろう。  「都に帰って来て手に取るばかり近くに見える月は   あの淡路島を臨んで遥か遠くに眺めた月と同じ月なのだろうか」  頭中将、  「浮雲に少しの間隠れていた月の光も   今は澄みきっているようにいつまでものどかでありましょう」  左大弁、少し年がいって、故院の御代にも、親しくお仕えしていた人なのであった。  「まだまだご健在であるはずの故院はどこの谷間に   お姿をお隠しあそばしてしまわれたのだろう」  それぞれに多くあるようだが、煩わしいので省略する。  親しい内輪とのしんみりしたお話に、少し砕けてきて、千年も見たり聞いていたりしたいご様子なので、斧の柄も朽ちてしまいそうだが、いくらなん でも今日まではと、急いでお帰りになる。  いろいろな品物を身分に応じてお与えになって、霧の絶え間に見え隠れしているのも、前栽の花かと見違えるような色あいなど、格別素晴らしく 見える。近衛府の有名な舎人、芸能者などが従っているのに、何もないのはつまらないので、「その駒」などを謡いはやして、脱いで次々とお与え になる色合いは、秋の錦を風が吹き散らしているかのように見える。  大騷ぎしてお帰りになるざわめきを、大堰では遥か遠くに聞いて、名残寂しく物思いに沈んでいらっしゃる。「お手紙さえ出さなくて」と、大臣もお 気にかかっていらっしゃった。   第四章 紫の君の物語 嫉妬と姫君への関心  [第一段 二条院に帰邸]  邸にお帰りになって、しばらくの間お休みになる。山里のお話など申し上げなさる。  「お暇を頂戴したのが過ぎてしまったので、とても申し訳ありません。この風流人たちが尋ねて来て、無理に引き止めたので、それにつられて。今 朝は、とても気分が悪い」  と言って、お寝みになった。例によって、不機嫌のようでいらしたが、気づかないないふりをして、  「比較にならない身分を、お比べになっても、良くないようです。自分は自分と思っていらっしゃい」  と、お教え申し上げなさる。  日が暮かかるころに、宮中へ参内なさるが、脇に隠して急いでお認めになるのは、あちらへなのであろう。横目には愛情深く見える。小声で言っ て遣わすのを、女房たちは、憎らしいとお思い申し上げる。  [第二段 源氏、紫の君に姫君を養女とする件を相談]  その夜は、宮中にご宿直の予定であったが、直らなかったご機嫌を取るために、夜が更けたが退出なさった。先ほどのお返事を持って参った。お 隠しになることができず、御覧になる。特別に憎むような点も見えないので、  「これ、破り捨ててください。厄介なことだ。このような手紙が散らかっているのも、今では不似合いな年頃になってしまったよ」  と言って、御脇息に寄り掛かりなさって、お心の中では、実にしみじみといとしく思わずにはいられないので、燈火をふと御覧になって、特に何も おっしゃらない。手紙は広げたままあるが、女君、御覧にならないようなので、  「無理して、見て見ぬふりをなさる眼つきが、やっかいですよ」  と言って、微笑みなさる魅力、あたり一面にこぼれるほどである。  側にお寄りになって、  「実を申すと、かわいらしい姫君が生まれたものだから、宿縁は浅くも思えず、そうかといって、一人前に扱うのも憚りが多いので、困っているので す。わたしと同じ気持ちになって考えて、あなたのお考えで決めてください。どうしましょう。ここでお育てになってくださいませんか。蛭の子の三歳 にもなっているのだが、無邪気な様子も放って置けないので。幼げな腰のあたりを、取り繕ってやろうなどと思うのだが、嫌だとお思いでなければ、 腰結いの役を勤めてやってくださいな」  とお頼み申し上げなさる。  「思ってもいない方にばかりお取りになる冷たいお気持ちを、無理に気づかないふりをして、無心に振る舞っていては良くないとは思えばこそで す。幼ない姫君のお心には、きっととてもよくお気にめすことでしょう。どんなにかわいらしい年頃なのでしょう」  と言って、少し微笑みなさった。子どもをひどくかわいがるご性格なので、「引き取ってお育てしたい」とお思いになる。  「どうしようか。迎えようか」とご思案なさる。お出向きになることはとても難しい。嵯峨野の御堂の念仏の日を待って、一月に二度ほどの逢瀬のよ うである。年に一度の七夕の逢瀬よりは勝っているようであるが、これ以上は望めないことと思うけれども、やはりどうして嘆かずにいられようか。 源氏物語の世界ヘ 本文 ローマ字版 注釈 Last updated 11/12/99 渋谷栄一訳(C)(ver.1-2-1)    薄雲 光る源氏の内大臣時代三十一歳冬十二月から三十二歳秋までの物語 第一章 明石の物語 母子の雪の別れ 1.明石、姫君の養女問題に苦慮する---冬になるにしたがって、川辺の生活は 2.尼君、姫君を養女に出すことを勧める---尼君、思慮の深い人なので 3.明石と乳母、和歌を唱和---雪、霰の日が多く、心細い気持ちもいっそうつのって 4.明石の母子の雪の別れ---この雪が少し解けてお越しになった 5.姫君、二条院へ到着---暗くなってお着きになって、お車を寄せるや 6.歳末の大堰の明石---大堰では、いつまでも恋しく思われるにつけ 第二章 源氏の女君たちの物語 新春の女君たちの生活 1.東の院の花散里---年も変わった。うららかな空に 2.源氏、大堰山荘訪問を思いつく---山里の寂しさを絶えず心配なさっているので 3.源氏、大堰山荘から嵯峨野の御堂、桂院に回る---あちらでは、まことのんびりと 第三章 藤壷の物語 藤壷女院の崩御 1.太政大臣薨去と天変地異---そのころ、太政大臣がお亡くなりになった 2.藤壷入道宮の病臥---入道后の宮は、春の初めころからずっとお悩みになって 3.藤壷入道宮の崩御---大臣は、朝廷の立場からしても、こうした高貴な 4.源氏、藤壷を哀悼---恐れ多い身分のお方と申し上げた中でも 第四章 冷泉帝の物語 出生の秘密と譲位ほのめかし 1.夜居僧都、帝に密奏---ご法事なども終わって、諸々の事柄も落ち着いて 2.冷泉帝、出生の秘密を知る---帝は、「何事だろう。この世に執着の残るよう 3.帝、譲位の考えを漏らす---その日、式部卿の親王がお亡くなりになった旨を 4.帝、源氏への譲位を思う---主上は、王命婦に詳しいことは 5.源氏、帝の意向を峻絶---秋の司召で、太政大臣におなりになるようなことを 第五章 光る源氏の物語 春秋優劣論と六条院造営の計画 1.斎宮女御、二条院に里下がり---斎宮の女御は、ご期待どおりのご後見役で 2.源氏、女御と往時を語る---御几帳だけを隔てて、ご自身で 3.女御に春秋の好みを問う---「頼もしい方面の望みはそれとして 4.源氏、紫の君と語らう---西の対にお渡りになって、すぐにもお入りにならず 5.源氏、大堰の明石を訪う---「山里の人も、どうしているだろうか」などと、絶えず案じていらっしゃるが   第一章 明石の物語 母子の雪の別れ  [第一段 明石、姫君の養女問題に苦慮する]  冬になるにしたがって、川辺の生活は、ますます心細さがつのっていって、上の空のような心地ばかりしながら毎日を暮らしているのを、君も、  「やはり、このまま過すことは、できまい。あの、邸に近い所に移ることを決心なさい」  と、お勧めになるが、「冷淡な気持ちを多くすっかり見てしまうのも、未練も残らないことになるだろうから、何と恨みを言ったらよいものだろうか」な どというように思い悩んでいた。  「それでは、この若君を。こうしてばかりいては、不都合なことです。将来に期するところもあるので、恐れ多いことです。対の君も耳にして、いつも 見たがっているのですが、しばらくの間馴染ませて、袴着の祝いなども、ひっそりとではなく催そうと思う」  と、真剣にご相談になる。「きっとそのようにおっしゃるだろう」とかねて思っていたことなので、ますます胸がつぶれる思いがした。  「今さら尊い人として大切に扱われなさっても、人が漏れ聞くだろうことは、かえって、とりつくろいにくくお思いになるのではないでしょうか」  と言って、手放しがたく思っているのは、もっともなことではあるが、  「安心できない取り扱いを受けやしまいかなどと、決してお疑いなさいますな。あちらには、何年にもなるのに、このような子どももいないのが、淋 しい気がするので、前斎宮の大きくおなりでいらしゃるのをさえ、無理に親代わりのお世話申しているようなので、まして、このようにあどけない年 頃の人を、いいかげんなお世話はしない性格です」  などと、女君のご様子が申し分ないことをお話になる。  「ほんとに、昔は、どれほどの方に落ち着かれるのだろうかと、噂にちらっと聞いたご好色心がすっかりお静まりになったのは、並大抵のご宿縁で はなく、お人柄のご様子もおおぜいの方々の中でも優れていらっしゃるからこそだろう」と想像されて、「一人前でもない者がご一緒させていただけ る扱いでもないのに、それにもかかわらず、さし出たら、あの方も身の程知らずなと、お思いになるやも知れぬ。自分の身は、どうなっても同じこと。 将来のある姫君のお身の上も、ゆくゆくは、あの方のお心次第であろう。そうとならば、なるほどこのように無邪気な間にお譲り申し上げようかしら」 と思う。  また一方では、「手放したら、不安でたまらないだろうこと。所在ない気持ちを慰めるすべもなくなっては、どのようにして毎日を暮らしてゆけよう か。何を目当てとして、たまさかのお立ち寄りがあるだろうか」などと、さまざまに思い悩むにつけ、身の上のつらいこと、際限がない。  [第二段 尼君、姫君を養女に出すことを勧める]  尼君、思慮の深い人なので、  「つまりません。お目にかかれないことは、とても胸の痛いことにちがいありませんが、結局は、姫君の御ためによいことだろうことを考えなさい。 浅いお考えでおっしゃることではあるまい。ただご信頼申し上げて、お渡し申されよ。母方の身分によって、帝の御子もそれぞれに差がおありにな るようです。この大臣の君が、世に二人といない素晴らしいご様子でありながら、朝廷にお仕えなさっているのは、故大納言が、いま一段劣ってい らっしゃって、更衣腹と言われなさった、その違いなのでいらっしゃるようです。ましてや、臣下の場合では、比較することもできません。また、親王 方、大臣の御腹といっても、やはり正妻の劣っているところよりは、世間も軽視し、父親のご待遇も、同等にできないものなのです。まして、この姫 君は、身分の高い女君方にこのような姫君が、お生まれになったら、すっかり忘れ去られてしまうでしょう。身分相応につけ、父親にひとかどに大切 にされた人こそは、そのまま軽んぜられないもととなるのです。御袴着の祝いも、どんなに一生懸命におこなっても、このような人里離れた所では、 何の見栄えがありましょう。ただお任せ申し上げなさって、そのおもてなしくださるご様子を、見ていらっしゃい」  と教える。  賢い人の将来の予想などにも、また占わせたりなどをしても、やはり「お移りになった方が良いでしょう」とばかり言うので、気が弱くなってきた。  殿も、そのようにお思いになりながら、悲しむ人の気の毒さに、無理におっしゃることもできないで、  「袴着のお祝いは、どのようにか」  とおっしゃるお返事に、  「何事につけても、ふがいないわたくしのもとにお置き申しては、お言葉どおり将来もおかわいそうに思われますが、またご一緒させていただいて も、どんなにもの笑いになりましょうやら」  と申し上げたので、ますますお気の毒にお思いになる。  吉日などをお選びになって、ひっそりと、しかるべき事がらをお決めになって準備させなさる。手放し申すことは、やはりとてもつらく思われるが、 「姫君のご将来のために良いことを第一に」と我慢する。  「乳母とも離れてしまうこと。朝な夕なの物思い、所在ない時を話相手にして、つね日頃慰めてきたのに、ますます頼りとするものがなくなることま で加わって、どんなにか悲しい思いをせねばならないこと」と、女君も泣く。  乳母も、  「そうなるはずの宿縁だったのでしょうか、思いがけないことで、お目にかかるようになって、長い間のお心配りが、忘れがたくきっと恋しく思われ なさいましょうが、ふっつり縁が切れることは決してありますまい。行く末はと期待しながら、しばらくの間であっても、別れ別れになって、思いもか けないご奉公をしますのが、不安でございましょうねえ」  などと、泣き泣き日を過ごしているうちに、十二月にもなってしまった。  [第三段 明石と乳母、和歌を唱和]  雪、霰の日が多く、心細い気持ちもいっそうつのって、「不思議と何かにつけ、物思いがされるわが身だわ」と、悲しんで、いつもよりもこの姫君を 撫でたり身なりを繕ったりしながら見ていた。  雪が空を暗くして降り積もった翌朝、過ぎ去った日々のことや将来のこと、何もかもお考え続けて、いつもは特に端近な所に出ていることなどはし ないのだが、汀の氷などを眺めやって、白い衣の柔らかいのを幾重にも重ね着て、物思いに沈んでいる容姿、頭の恰好、後ろ姿などは、「どんなに 高貴なお方と申し上げても、こんなではいらっしゃろう」と女房たちも見る。落ちる涙をかき払って、  「このような日は、今にもましてどんなにか心淋しいことでしょう」と、痛々しげに嘆いて、  「雪が深いので奥深い山里への道は通れなくなろうとも   どうか手紙だけはください、跡の絶えないように」  とおっしゃると、乳母、泣いて、  「雪の消える間もない吉野の山奥であろうとも必ず訪ねて行って   心の通う手紙を絶やすことは決してしません」  と言って慰める。  [第四段 明石の母子の雪の別れ]  この雪が少し解けてお越しになった。いつもはお待ち申し上げているのに、きっとそうであろうと思われるために、胸がどきりとして、誰のせいでも ない、自分の身分低いせいだと思わずにはいられない。  「自分の一存によるのだわ。お断り申し上げたら無理はなさるまい。つまらないことを」と思わずにはいられないが、「軽率なようなことだわ」と、無 理に思い返す。  とてもかわいらしくて、前に座っていらっしゃるのを御覧になると、  「おろそかには思えない宿縁の人だなあ」  とお思いになる。今年の春からのばしている御髪、尼削ぎ程度になって、ゆらゆらとしてみごとで、顔の表情、目もとのほんのりとした美しさなど、 いまさら言うまでもない。他人の養女にして遠くから眺める母親の心惑いを推量なさると、まことに気の毒なので、繰り返して安心するように言って 夜を明かす。  「いいえ。取るに足りない身分でないようにお持てなしさえいただけしましたら」  と申し上げるものの、堪え切れずにほろっと泣く様子、気の毒である。  姫君は、無邪気に、お車に乗ることをお急ぎになる。寄せてある所に、母君自身抱いて出ていらっしゃった。片言で、声はとてもかわいらしくて、 袖をつかまえて、「お乗りなさい」と引っ張るのも、ひどく堪らなく悲しくて、  「幼い姫君にお別れしていつになったら   立派に成長した姿を見ることができるのでしょう」  最後まで言い切れず、ひどく泣くので、  「無理もない。ああ、気の毒な」とお思いになって、  「生まれてきた因縁も深いのだから   いづれ一緒に暮らせるようになりましょう  安心なさい」  と、慰めなさる。そうなることとは思って気持ちを落ち着けるが、とても堪えきれないのであった。乳母の少将と言った、気品のある女房だけが、御 佩刀、天児のような物を持って乗る。お供の車には見苦しくない若い女房、童女などを乗せて、お見送りに行かせた。  道中、後に残った人の気の毒さを、「どんなにつらかろう。罪を得ることだろうか」とお思いになる。  [第五段 姫君、二条院へ到着]  暗くなってお着きになって、お車を寄せるや、華やかな感じ格別なので、田舎暮らしに慣れた人々の心地には、「さぞや、きまりの悪い奉公をする ことになろうか」と思ったが、西面の部屋を特別に用意させなさって、数々の小さいお道具類をかわいらしげに準備させておありになった。乳母の部 屋には、西の渡殿の北側に当たる所を用意させておありになった。  若君は、途中でお眠りになってしまっていた。抱きおろされても、泣いたりなどなさらない。こちらでお菓子をお召し上がりなどなさるが、だんだん と見回して、母君が見えないのを探して、いじらしげにべそかいていらっしゃるので、乳母をお呼び出しになって、慰めたり気を紛らわしてさし上げな さる。  「山里の所在なさは、以前にもましてどんなにであろうか」とお思いやりになると気の毒であるが、朝な夕なにお思いどおりにお世話しいしい、そ れを御覧になるのは、満足のいく心地がなさるだろう。  「どうしてなのか、世間が非難する欠点のない子は、こちらにはお生まれにならないで」  と、残念にお思いになる。  しばらくの間は、女房たちを探して泣いたりなどなさったが、だいたいが素直でかわいらしい性質なので、上にたいそうよく懐いてお慕いになるの で、「とてもかわいらしい子を得た」とお思いになった。余念もなく抱いたり、あやしなさったりして、乳母も、自然とお側近くにお仕えするように慣れ てしまった。また、身分の高い人で乳の出る人を、加えてお仕えなさる。  御袴着のお祝いは、どれほども特別にご準備なさることもないが、その儀式は格別である。お飾り付けは、雛遊びを思わせる感じでかわいらしく 見える。参上なさったお客たち、常日頃からも来客で賑わっているので、特に目立つこともなかった。ただ、姫君が襷を掛けていらっしゃる胸元が、 かわいらしさが加わってお見えになった。  [第六段 歳末の大堰の明石]  大堰では、いつまでも恋しく思われるにつけ、わが身のつたなさを嘆き加えていた。そうは言ったものの、尼君もひとしお涙もろくなっているが、こ のように大切にされていらっしゃるのを聞くのは嬉しかった。いったい、どんなことを、なまじお見舞い申し上げなされようか、ただ、お付きの人々に、 乳母をはじめとして、非常に立派な色合いの装束を思い立って、準備してお贈り申し上げなさるのであった。  「訪れが間遠になるのも、ますます、思ったとおりだ」と思うだろうと、気の毒なので、年の内にこっそりとおいでになった。  ますます寂しい生活で、朝な夕なのお世話する相手にさえお別れ申して、寂しい思いをしていることが気の毒なので、お手紙なども絶え間なくお 遣わしになる。  女君も、今では特にお恨み申し上げなさらず、かわいらしい姫君に免じて大目に見てさし上げていらっしゃった。   第二章 源氏の女君たちの物語 新春の女君たちの生活  [第一段 東の院の花散里]  年も変わった。うららかな空に、何の悩みもないご様子は、ますますおめでたく、磨き清められたご装飾に、年賀に参集なさる人で、年輩の人たち は、七日に、お祝いを申し上げに、連れ立っていらっしゃった。  若い人たちは、何ということもなく心地よさそうにお見えになる。次々に身分の低い人たちも、心中には悩みもあるのであろうが、表面は満足そう に見える、今日このごろである。  東の院の対の御方も、様子は好ましく、申し分ない様子で、伺候している女房たち、童女の姿など、きちんとして、気配りをしいしい過ごしていら っしゃるが、近い利点はこの上なくて、のんびりとしたお暇な時などには、ちょっとお越しになったりなさるが、夜のお泊まりなどように、わざわざお 見えになることはない。  ただ、ご性質がおおようでおっとりとして、「このような運命であった身の上なのだろう」としいて思い込み、めったにないくらい安心でゆったりして いらっしゃるので、季節折ごとのお心配りなども、こちらのご様子にひどく劣るような差別はなくご待遇なさって、軽んじ申し上げるようなことはない ので、同じように人々が大勢お仕え申して、別当連中も勤務を怠ることなく、かえって、秩序立っていて、感じのよいご様子である。  [第二段 源氏、大堰山荘訪問を思いつく]  山里の寂しさを絶えず心配なさっているので、公私に忙しい時期を過ごして、お出かけになろうとして、いつもより特別にお粧いなさって、桜のお 直衣に、何ともいえない素晴らしい御衣を重ねて、香をたきしめ、身繕いなさって、お出かけのご挨拶をなさる様子、隈なく射し込んでいる夕日に、 ますます美しくお見えになるのを、女君、おだやかならぬ気持ちでお見送り申し上げなさる。  姫君は、あどけなく御指貫の裾にまつわりついて、お慕い申し上げなさるうちに、御簾の外にまで出てしまいそうなので、立ちどまって、とてもか わいいとお思いになった。なだめすかして、「明日帰って来ましょう」と口ずさんでお出になると、渡殿の戸口に待ちかまえさせて、中将の君をして、 申し上げさせなさった。  「あなたをお引き止めするあちらの方がいらっしゃらないのなら   明日帰ってくるあなたと思ってお待ちいたしましょうが」  たいそうもの慣れて申し上げるので、いかにもにっこりと微笑んで、  「ちょっと行ってみて明日にはすぐに帰ってこよう   かえってあちらが機嫌を悪くしようとも」  何ともわからないではしゃぎまわっていらっしゃる姫を、上はかわいらしいと御覧になるので、あちらの人の不愉快さも、すっかり大目に見る気に なっていらっしゃった。  「どう思っているだろうか。自分だって、とても恋しく思わずにはいられないなのに」  と、じっと見守りながら、ふところに入れて、かわいらしいお乳房をお含ませながら、あやしていらっしゃるご様子、どこから見ても素晴らしい。お側 に仕える女房たちは、  「どうしてかしら。同じお生まれになるなら」  「ほんとうにね」  などと、話し合っていた。  [第三段 源氏、大堰山荘から嵯峨野の御堂、桂院に回る]  あちらでは、まことのんびりと、風雅な嗜みのある感じに暮らしていて、邸の有様も、普通とは違って珍しいうえに、本人の態度などは、会うたび ごとに、高貴な方々にひどく見劣りする差は見られず、容貌や、心ばせも申し分なく成長していく。  「ただ、普通の評判で目立たないなら、そのような例はいないでもないと思ってもよいのだが、世にもまれな偏屈者だという父親の評判など、それ が困ったものだ。人柄などは、十分であるが」 などとお思いになる。  ほんのわずかの逢瀬で、物足りないくらいだからであろうか、あわただしくお帰りになるのも気の毒なので、「夢の中の浮橋か」とばかり、ついお 嘆きになられて、箏の琴があるのを引き寄せて、あの明石で、夜更けての音色も、いつもどおりに自然と思い出されるので、琵琶を是非にとお勧め になると、少し掻き合わせたのが、「どうして、これほど上手に何でもお弾きになれたのだろう」と思わずにはいらっしゃれない。若君の御事など、こ まごまとお話しになってお過ごしになる。  ここは、このような山里であるが、このようにお泊まりになる時々があるので、ちょっとした果物や、強飯ぐらいはお召し上がりになる時もある。近く の御寺、桂殿などにお出かけになるふうに装い装いして、一途にのめり込みなさらないが、また一方、まことにはっきりと中途半端な普通の相手と してはお扱いなさらないなどは、愛情も格別深く見えるようである。  女も、このようなお心をお知り申し上げて、出過ぎているとお思いになるようなことはせず、また、ひどく低姿勢になることなどもせず、お心づもりに 背くこともなく、たいそう無難な態度でいたのであった。  並々でない高貴な婦人方の所でさえ、これほど気をお許しになることもなく、礼儀正しいお振る舞いであることを、聞いていたので、  「近い所で一緒にいたら、かえってますます目慣れて、人から軽蔑されることなどもあろう。時たまでも、このようにわざわざお越しくださるほうが、 たいした気持ちがする」  と思うのであろう。  明石でも、ああは言ったが、このお心づもりや、様子を知りたくて、気がかりでないように、使者を行き来させて、胸をどきりとさせることもあったり、 また、面目に思うことも多くあったりするのであった。   第三章 藤壷の物語 藤壷女院の崩御  [第一段 太政大臣薨去と天変地異]  そのころ、太政大臣がお亡くなりになった。世の重鎮としていらっしゃった方なので、帝におかせられてもお嘆きになる。しばらくの間、籠もってい らっしゃった間でさえ、天下の騷ぎであったので、その時以上に、悲しむ人々が多かった。源氏の大臣も、たいそう残念に、万事の政務、お譲り申 し上げてこそ、お暇もあったのだが、心細く政務も忙しく思われなさって、嘆いていっらっしゃる。  帝は、お年よりはこの上なく大人らしく御成人あそばして、天下の政治も心配申し上げなさるような必要はないのだが、また特別にご後見なさる 適当な方もいないので、「誰に譲って静かに出家の本意をかなえられようか」とお思いになると、まことに残念でならない。  ご法事などにも、ご子息やお孫たち以上に、心をこめてご弔問なさり、御世話なさるのであった。  その年は、いったいに世の中が騒然として、朝廷に対して、何事かの前兆が頻繁に現れ、不穏で、  「天空にも、いつもと違った月や日や星の光りが見えて、雲がたなびいている」  とばかり言って、世間の人の驚くことが多くて、それぞれの道の勘文を差し上げた中にも、不思議で世に尋常でない事柄が混じっていた。内大臣 だけは、ご心中に、厄介にそれとお分りになることがあるのであった。  [第二段 藤壷入道宮の病臥]  入道后の宮は、春の初めころからずっとお悩みになって、三月にはたいそう重くおなりになったので、行幸などがある。院に御死別申し上げられ たころは、とても幼くて、深くもお悲しみにはならなかったが、たいそうお嘆きの御様子なので、宮もとても悲しく思わずにはいらっしゃれない。  「今年は、必ずや逃れることのできない年回りと思っておりましたが、それほどひどい気分ではございませんでしたので、寿命を知っている顔をし ますようなのも、人もいやに思い、わざとらしいと思うだろうと遠慮して、功徳の事なども、特に平素よりも取り立てて致しませんでした。  参内して、ゆっくりと昔のお話でもなどと思っておりながら、気分のすっきりした時が少なうございまして、残念にも、鬱々として過ごしてしまいまし たこと」  と、たいそう弱々しくお申し上げなさる。  三十七歳でいらっしゃるのであった。けれども、とてもお若く盛りでいらっしゃるご様子を、惜しく悲しく拝し上げあそばす。  「お慎みあそばさねばならないお年回りであるが、気分もすぐれず、何か月かをお過ごしになることでさえ、嘆き悲しんでおりましたのに、ご精進 などをも、いつもより特別になさらなかったことよ」  と、ひどく悲しくお思いであった。つい最近に、気づいて、いろいろなご祈祷をおさせあそばす。今までは、いつものご病気とばかり油断していたの だが、源氏の大臣も深くご心配になっていた。一定のきまりがあるので、間もなくお帰りあそばすのも、悲しいことが多かった。  宮は、ひどく苦しくて、はきはきとお話し申し上げることができない。ご心中思い続けなさるに、「高い宿縁、この世の繁栄も並ぶ人がなく、心の中 に物足りなく思うことも人一倍多い身であった」と思わずにはいらっしゃれない。主上が、夢の中にも、こうした事情を御存じあそばされないのを、そ れでもはやりお気の毒に拝し上げなさって、この事だけを、気がかりで心の晴れないこととして、死後にも思い続けそうな気がなさるのであった。  [第三段 藤壷入道宮の崩御]  大臣は、朝廷の立場からしても、こうした高貴な方々ばかりが、引き続いてお亡くなりになることをお嘆きになる。人には知られない思慕は、それ はまた、限りないほどで、ご祈祷などお気づきにならないことはない。長年思い絶っていたことさえ、もう一度申し上げられなくなってしまったのが、 ひどく残念に思われなさるので、近くの御几帳の側に寄って、ご容態など、しかるべき女房たちにお尋ねになると、親しい女房だけがお付きしてい て詳しく申し上げる。  「この数か月ずっとご気分がすぐれずにいらっしゃいましたのに、お勤めを少しの間も怠らずになさいました疲労も積もって、ますますひどくご衰弱 あそばしたところに、最近になっては、柑子などにさえ、お口にあそばされなくなりましたので、ご回復の希望もなくなっておしまいになりましたこと です」  と言って、泣き嘆き悲しんでいる女房たちが多かった。  「故院のご遺言どおりに、帝のご後見をなさること、長年存じておりますことは多かったのですが、何かの機会に、そのお礼の気持ちが並大抵で ないことを、ちらっと知っていただこうとばかり、気長に待っておりましたが、今は悲しく残念に思われまして」  と、かすかに仰せになるのも、ほのかに聞こえるので、お返事も十分に申し上げられず、お泣きになる様子、実においたわしい。「どうしてこうも気 が弱い状態で」と、人目を憚ってお気を取り直しなさるが、昔からのご様子を、世間一般から見ても、もったいなく惜しいご様子のお方を、思いどおり にならないことなので、お引き止め申すすべもなく、何とも言いようもなく悲しいこと限りない。  「取るに足りないわが身ですが、昔から、ご後見申し上げねばならないことは、気のつく限り、一生懸命に存じておりましたが、太政大臣がお亡く なりになったことだけでも、この世の、無常迅速が存じられてなりませんのに、さらにまた、このようにいらっしゃいますと、何から何まで心が乱れま して、生きていることも、残り少ない気が致します」  などとお申し上げになっているうちに、燈火などが消えるようにしてお隠れになってしまったので、何とも言いようがなくお悲しい別れを嘆きにな る。  [第四段 源氏、藤壷を哀悼]  恐れ多い身分のお方と申し上げた中でも、ご性質などが、世の中の例としても広く慈悲深くいらっしゃって、権勢を笠に着て、人々が迷惑すること を自然と行ないがちなのだが、少しもそのような道理に外れた事はなく、人々が奉仕することも、世の苦しみとなるはずのことは、お止めになる。  功徳の方面でも、人の勧めに従いなさって、荘厳に珍しいくらい立派になさる人なども、昔の聖代には皆あったのだが、この后宮は、そのようなこ ともなく、ただもとからの財産、頂戴なさるはずの年官、年爵、御封のしかるべき収入だけで、ほんとうに真心のこもった供養の最善をしておかれに なったので、物のわけも分からない山伏などまでが惜しみ申し上げる。  ご葬送の時にも、世を挙げての騷ぎで、悲しいと思わない人はいない。殿上人など、すべて黒一色の喪服で、何の華やかさもない晩春である。 二条院のお庭先の桜を御覧になるにつけても、花の宴の時などをお思い出しになる。「今年ぐらいは」と独り口ずさみなさって、他人が変に思うに違 いないので、御念誦堂にお籠もりなさって、一日中泣き暮らしなさる。夕日が明るく射して、山際の梢がくっきりと見えるところに、雲が薄くたなびい ているのが、鈍色なのを、何ごともお目に止まらないころなのだが、たいそう悲しく思わずにはいらっしゃれない。  「入日が射している峰の上にたなびいている薄雲は   悲しんでいるわたしの喪服の袖の色に似せたのだろうか」  誰も聞いていない所なので、かいがない。   第四章 冷泉帝の物語 出生の秘密と譲位ほのめかし  [第一段 夜居僧都、帝に密奏]  ご法事なども終わって、諸々の事柄も落ち着いて、帝、何となく心細くお思いであった。この入道の宮の母后の御代から伝わって、代々のご祈祷 の僧としてお仕えしてきた僧都、故宮におかれてもたいそう尊敬なさって信頼していらっしゃったが、帝におかせられても御信任厚くて、重大な御勅 願をいくつもお立てになって、実にすぐれた僧侶であったが、年は七十歳ほどで、今は自分の後生を願うための勤行をしようと思って籠もっていたの だが、宮の御事のために出て来ていたのを、宮中からお召しがあって、いつも伺候させてお置きになる。  これからは、やはり以前同様に参内してお仕えするように、大臣もお勧めおっしゃるなるので、  「今では、夜居のお勤めなどは、とても堪えがたく思われますが、お言葉の恐れ多いのによって、昔からのご厚志に感謝を込めて」  と言って、お仕えしたが、静かな暁に、誰もお側近くにいないで、ある人は里に退出などしていた折に、老人っぽく咳をしながら、世の中の事ども を奏上なさるついでに、  「まことに申し上げにくく、申し上げたらかえって罪に当たろうかと憚り存じられることが多いのですが、御存じでないために、罪が重くて、天眼が 恐ろしく存じられますことを、心中に嘆きながら、寿命が終わってしまいましたならば、何の益がございましょうか。仏も不正直なとお思いになるでし ょう」  とだけ申し上げかけて、それ以上言えないことがある。  [第二段 冷泉帝、出生の秘密を知る]  帝は、「何事だろう。この世に執着の残るよう思うことがあるのだろうか。法師は、聖僧といっても、道に外れた嫉妬心が深くて、困ったものだか ら」とお思いになって、  「幼かった時から、隔てなく思っていたのに、そなたには、そのように隠してこられたことがあったとは、つらく思いますぞ」  と仰せになると、  「ああ恐れ多い。少しも、仏の禁じて秘密になさる真言の深い道でさえ、隠しとどめることなくご伝授申し上げております。まして、心に隠している ことは、何がございましょうか。  これは、過去来世にわたる重大事でございますが、お隠れあそばしました院、后の宮、現在政治をお執りになっている大臣の御ために、すべて、 かえってよくないこととして漏れ出すことがありはしまいか。このような老法師の身には、たとい災いがありましょうとも、何の悔いもありません。仏 天のお告げがあることによって申し上げるのでございます。  わが君がご胎内にいらっしゃった時から、故宮には深くご悲嘆なられることがあって、ご祈祷をおさせになる仔細がございました。詳しいことは法 師の心には理解できません。思いがけない事件が起こって、大臣が無実の罪に当たりなさった時、ますます恐ろしくお思いあそばされて、重ねて ご祈祷を承りましたが、大臣もご理解あそばして、またさらにご祈祷を仰せつけになって、御即位あそばした時までお勤め申した事がございまし た。  その承りましたご祈祷の内容は」  と言って、詳しく奏上するのをお聞きあそばすと、驚くほどめったにないことで、恐ろしくも悲しくも、さまざまにお心がお乱れになった。  しばらくの間、返事もないので、僧都、「進んで奏上したのを不都合にお思いになったのだろうか」と、困ったことに思って、静かに恐縮して退出す るのを、お呼び止めになって、  「知らずに過ぎてしまったならば、来世までも罪があるに違いなかったことを、今まで隠しておられたのを、かえって安心のならない人だと思った。 またこの事を知っていて誰かに漏らすような人はいるだろうか」  と仰せになる。  「いえまったく、拙僧と王命婦以外の人は、この事の様子を知っている者はございません。それだから、実に恐ろしいのでございます。天変地異 がしきりに現れ、世の中が平穏でないのは、このせいです。御幼少で、物の道理を御分別おできになれなかった間はよろしうございましたが、だん だんと御年齢が加わっていらっしゃいまして、何事も御分別あそばせるころになったので、咎を示すのです。万事、親の御代より始まるもののようで ございます。何の罪とも御存知あそばさないのが恐ろしいので、忘れ去ろうとしていたことを、あえて申し上げた次第です」  と、泣く泣く申し上げるうちに、夜がすっかり明けてしまったので、退出した。  主上は、夢のような心地で重大な事をお聞きあそばして、さまざまにお思い乱れなさる。  「故院の御為にもお気がとがめ、大臣がこのように臣下として朝廷に仕えていらっしゃるのも、もったいないこと」  あれこれと御煩悶なさって、日が高くなるまでお出ましにならないので、「これこれしかじかである」とお聞きになって、大臣も驚いて参内なさった のを、お目にかかりあそばすにつけても、ますます堪えがたくお思いになって、お涙がこぼれあそばしたのを、  「おおかた故母宮の御事を、涙の乾く間もなくお悲しみになっているころだからなのだろう」  と拝し上げなさる。  [第三段 帝、譲位の考えを漏らす]  その日、式部卿の親王がお亡くなりになった旨を奏上するので、ますます世の中の穏やかならざることをお嘆きになった。このような状況なので、 大臣は里にもご退出になることができず、付ききりでいらっしゃる。  しんみりとしたお話のついでに、  「わが寿命は終わってしまうのであろうか、何となく心細くいつもと違った心地がします上に、世の中もこのように穏やかでないので、万事落ち着 かない気がします。故宮がご心配なさるからと思って、帝位のことも遠慮しておりましたが、今では安楽な状態で世を過ごしたく思っています」  と御相談申し上げなさる。  「まったくとんでもないお考えです。世の中が静かでないことは、必ずしも政道が真っ直ぐ、また曲がっていることによるのではございません。すぐ れた世でも、よくないことどもはございました。聖の帝の御世にも、横ざまの乱れが出てきたこと、唐土にもございました。わが国でもそうでございま す。まして、当然の年齢の方々が寿命の至るのも、お嘆きになることではございません」  などと、なにかにつけたくさんのことがらを申し上げなさる。その一部分を語り伝えるのも、とても気がひける。  いつもより黒いお召し物で、喪に服していらっしゃるご容貌、違うところがない。主上も、いく年もお鏡を御覧になるにつけ、お気づきなっていること であるが、お聞きあそばしたことの後は、またしげしげとお顔を御覧になりながら、格別にいっそうしみじみとお思いなされるので、「何とかして、こ のことをちらっと申し上げたい」とお思いになるが、何といってもやはり、きまりが悪くお思いになるに違いないことなので、お若い心地から遠慮され て、すぐにお話申し上げられないあいだは、世間一般の話をいつもより特に親密にお話し申し上げあそばす。  慇懃にかしこまっていらっしゃるご態度で、とても御様子が違っているのを、すぐれた人のお眼には、妙だと拝し上げなさったが、とてもこのよう に、はっきりとお聞きあそばしたとはお思いもよりなさらなかったのであった。  [第四段 帝、源氏への譲位を思う]  主上は、王命婦に詳しいことは、お尋ねになりたくお思いになったが、  「今さら、そのようにお隠しになっていらっしゃったことを知ってしまったと、あの人にも思われまい。ただ、大臣に何とかそれとなくお尋ね申し上げ て、昔にもこのような例はあったろうかと聞いてみたい」  とお思いになるが、まったくその機会もないので、ますます御学問をあそばしては、さまざまの書籍を御覧になるのだが、  「唐土には、公然となったのもまた内密のも、血統の乱れている例がとても多くあった。日本には、まったく御覧になっても見つからない。たといあ ったとしても、このように内密のことを、どうして伝え知る方法があるというのか。一世の源氏、また納言、大臣となって後に、さらに親王にもなり、皇 位にもおつきになったのも、多数の例があったのであった。人柄のすぐれたことにかこつけて、そのようにお譲り申し上げようか」  などと、いろいろお考えになったのであった。  [第五段 源氏、帝の意向を峻絶]  秋の司召で、太政大臣におなりになるようなことを、内々にお定め申しなさる機会に、帝が、かねてお考えの意向を、お洩らし申し上げられたの で、大臣、とても目も上げられず、恐ろしくお思いになって、決してあってはならないことである趣旨のご辞退を申し上げなさる。  「故院のお志、多数の親王たちの中で、特別に御寵愛くださりながら、御位をお譲りあそばすことをお考えあそばしませんでした。どうして、その 御遺志に背いて、及びもつかない位につけましょうか。ただ、もとのお考えどおりに、朝廷にお仕えして、もう少し年を重ねたならば、のんびりとした 仏道にひき籠もりましょうと存じております」  と、いつものお言葉と変わらずに奏上なさるので、まことに残念にお思いになった。  太政大臣におなりになるよう決定があるが、今しばらく、とお考えになるところがあって、ただ位階が一つ昇進して、牛車を聴されて、参内や退出 をなさるのを、帝、もの足りなく、もったいないこととお思い申し上げなさって、やはり親王におなりになるよう仰せになるが、  「政治のご後見をおできになる人がいない。権中納言が、大納言になって右大将を兼任していらっしゃるが、もう一段昇進したならば、何ごとも譲 ろう。その後に、どうなるにせよ、静かに暮らそう」  とお思いになっていた。さらにあれこれ、お考えめぐらすと、  「故后宮のためにも気の毒であり、また主上のこのようにお悩みでいらっしゃるのを拝し上げなさるにも恐れ多くて、誰がこのようなことを洩らしお 耳に入れ申したのだろうか」  と、不思議に思わずにはいらっしゃれない。  王命婦は、御匣殿が替わったところに移って、お部屋を賜って出仕していた。大臣、お目にかかりなさって、  「このことを、もしや、何かの機会に、少しでも洩らしお耳に入れ申されたことはありましたか」  とお尋ねになるが、  「けっして。少しでも帝のお耳に入りますことを、大変だと思し召しで、しかしまた一方では、罪を得ることではないかと、主上の御身の上を、やは りお案じあそばして嘆いていらっしゃいました」  と申し上げるにつけても、並々ならず思慮深い方でいらっしゃったご様子などを、限りなく恋しくお思い出し申し上げなさる。   第五章 光る源氏の物語 春秋優劣論と六条院造営の計画  [第一段 斎宮女御、二条院に里下がり]  斎宮の女御は、ご期待どおりのご後見役で、たいそうな御寵愛である。お心づかい、態度なども、思うとおりに申し分なくお見えになるので、もっ たいない方と大切にお世話申し上げなさっていた。  秋ごろに、二条院に里下がりなさった。寝殿のご設備、いっそう輝くほどになさって、今ではまったくの実の親のような態度で、お世話申し上げて いらっしゃる。  秋の雨がとても静かに降って、お庭先の前栽が色とりどりに乱れている露がいっぱい置いているので、昔のことがらがそれからそれへと自然と続 けて思い出されて、お袖も濡らし濡らして、女御の御方にお出向きになった。色の濃い鈍色のお直衣姿で、世の中が平穏でないのを口実になさっ て、そのまま御精進なので、数珠を袖に隠して、体裁よく振る舞っていらっしゃるのが、限りなく優美なご様子で、御簾の中にお入りになった。  [第二段 源氏、女御と往時を語る]  御几帳だけを隔てて、ご自身でお話し申し上げなさる。  「どの前栽もすっかり咲きほころびましたね。まことにおもしろくない年ですが、得意そうに時節を心得顔に咲いているのが、胸打たれますね」  と言って、柱に寄りかかっていらっしゃる夕映えのお姿、たいそう見事である。昔のお話、あの野宮をさまよった朝の話などを、お話し申し上げなさ る。まことにしみじみとお思いになった。  宮も、「こうだから」とであろうか、少しお泣きになる様子、とても可憐な感じで、ちょっとお身じろぎなさる気配も、驚くほど柔らかく優美でいらっしゃ るようだ。「拝見しないのは、まことに残念だ」と、胸がどきどきするのは、困ったことであるよ。  「過ぎ去った昔、特に思い悩むようなこともなくて過せたはずでございました時分にも、やはり性分で、好色沙汰に関しては、物思いも絶えずござ いましたなあ。よくない恋愛事の中で、気の毒なことをしたことが多数ありました中で、最後まで心も打ち解けず、思いも晴れずに終わったことが、 二つあります。  一つは、あなたのお亡くなりになった母君の御ことですよ。驚くほど物を思いつめてお亡くなりになってしまったことが、生涯の嘆きの種と存じられ ましたが、このようにお世話申して、親しくしていただけるのを、せめて罪滅ぼしのように存じておりますが、燃えた煙が、解けぬままになってしまわ れたのだろうとは、やはり気がかりに存じられてなりません」  とおっしゃって、もう一つは話されずに終わった。  「ひところ、身を沈めておりましたとき、あれこれと考えておりましたことは、少しづつ叶ってきました。東の院にいる人が、頼りない境遇で、ずっと 気の毒に思っておりましたのも、安心できる状態になっております。気立てがよいところなど、わたしも相手もよく理解し合っていて、とてもさっぱり としたものです。  このように帰って来て、朝廷のご後見致します喜びなどは、それほど心に深く思いませんが、このような好色めいた心は、鎮めがたくばかりおりま すが、並々ならぬ我慢を重ねたご後見とは、ご存知でいらっしゃいましょうか。せめて同情するとだけでもおっしゃっていただけなければ、どんなに か張り合いのないことでしょう」  とおっしゃるので、困ってしまって、お返事もないので、  「やはり、そうですか。ああ情けない」  と言って、他の話題に転じて紛らしておしまいになった。  「今では、何とか心安らかに、生きている間は心残りがないように、来世のためのお勤めを思う存分に、籠もって過ごしたいと思っておりますが、 この世の思い出にできることがございませんのが、何といっても残念なことでございます。きっと、幼い姫君がおりますが、将来が待ち遠しいことで すよ、恐れ多いことですが、何といっても、この家を繁栄させなさって、わたしが亡くなりました後も、お見捨てなさらないでください」  などと申し上げなさる。  お返事は、とてもおっとりとした様子で、やっと一言ほどわずかにおっしゃる感じ、たいそう優しそうなのに聞き入って、しんみりと日が暮れるまで いらっしゃる。  [第三段 女御に春秋の好みを問う]  「頼もしい方面の望みはそれとして、一年の間の移り変わる四季折々の花や紅葉、空の様子につけても、心のゆく楽しみをしてみたいものです ね。春の花の林や、秋の野の盛りについて、それぞれに論争しておりましたが、その季節の、まことにそのとおりと納得できるようなはっきりとした 判断はないようでございます。  唐土では、春の花の錦に匹敵するものはないと言っているようでございます。和歌では、秋のしみじみとした情緒を格別にすぐれたものとしてい ます。どちらも季節折々につけて見ておりますと、目移りして、花や鳥の色彩や音色の美しさを判別することができません。  狭い邸の中だけでも、その季節の情趣が分かる程度に、春の花の木を一面に植え、秋の草をも移植して、つまらない野辺の虫たちを棲ませて、 皆様にも御覧に入れようと存じておりますが、どちらをお好きでしょうか」  と申し上げなさると、とてもお答え申しにくいこととお思いになるが、まるっきり何ともお答え申し上げなさらないのも具合が悪いので、  「まして、どうして優劣を弁えることができましょうか。おっしゃるとおり、どちらも素晴らしいですが、いつとても恋しくないことはない中で、不思議に と聞いた秋の夕べが、はかなくお亡くなりになった露の縁につけて、自然と好ましく存じられます」  と、とりつくろわないようにおっしゃって言いさしなさるのが、実にかわいらしいので、堪えることがおできになれず、  「あなたもそれでは情趣を交わしてください、誰にも知られず   自分ひとりでしみじみと身にしみて感じている秋の夕風ですから  我慢できないことも度々ございますよ」  と申し上げなさると、「どのようなお返事ができよう、分かりません」とお思いのご様子である。この機会に、抑えきれずに、お恨み申し上げなさる ことがあるにちがいない。  もう少しで、間違いもしでかしなさるところであるが、とてもいやだとお思いでいるのも、もっともなので、またご自分でも「若々しく良くないことだ」と お思い返しなさって、お嘆きになっていらっしゃる様子が、思慮深く優美なのも、気にくわなくお思いになった。  少しずつ奥の方へお入りになって行く様子なので、  「驚くほどお嫌いになるのですね。ほんとうに情愛の深い人は、このようにはしないものと言います。よし、今からは、お憎みにならないでくださ い。つらいことでしょう」  とおっしゃって、お渡りになった。  しっとりとした香が残っているのまでが、不愉快にお思いになる。女房たち、御格子などを下ろして、  「この御褥の移り香は、何とも言えないですね」  「どうしてこう、何から何まで柳の枝に花を咲かせたようなご様子なのでしょう」  「気味が悪いまでに」  とお噂申し上げていた。  [第四段 源氏、紫の君と語らう]  西の対にお渡りになって、すぐにもお入りにならず、たいそう物思いに耽って、端近くに横におなりになった。燈籠を遠くに掛けて、近くに女房たち を伺候させなさって、話などをさせになる。  「このように無理な恋に胸がいっぱいになる癖が、いまも残っていたことよ」  と、自分自身反省せずにはいらっしゃれない。  「これはまことに相応しくないことだ。恐ろしく罪深いことは多くあったろうが、昔の好色は、思慮の浅いころの過ちであったから、仏や神もお許しに なったことだろう」と、心をお鎮めになるにつけても、「やはり、この恋の道は、危なげなく思慮深さが増してきたものだな」  とお思い知られなさる。  女御は、秋の情趣を知っているようにお答え申し上げたのも、「悔しく恥ずかしい」と、独り心の中でくよくよなさって、悩ましそうにさえなさっている のを、実にさっぱりと何くわぬ顔で、いつもよりも親らしく振る舞っていらっしゃる。  女君に、  「女御が、秋に心を寄せていらっしゃるのも感心されますし、あなたが、春の曙に心を寄せていらっしゃるのももっともです。季節折々に咲く木や草 の花を鑑賞しがてら、あなたのお気に入るような催し事などをしてみたいものだと、公私ともに忙しい身には相応しくないが、何とかして望みを遂げ たいものですと、ただ、あなたにとって寂しくないだろうかと思うのが、気の毒なのです」  などと親密にお話申し上げになる。  [第五段 源氏、大堰の明石を訪う]  「山里の人も、どうしているだろうか」などと、絶えず案じていらっしゃるが、窮屈さばかりが増していくお身の上で、お出かけになること、まことにむ ずかしい。  「夫婦仲をつまらなくつらいと思っている様子だが、どうしてそのように考える必要があろう。気安く出て来て、並々の生活はするまいと思ってい る」が、「思い上がった考えだ」とはお思いになる一方で、不憫に思って、いつもの、不断の御念仏にかこつけて、お出向きになった。  住み馴れていくにしたがって、とてももの寂しい場所の様子なので、たいして深い事情がない人でさえ、きっと悲哀を増すであろう。まして、お逢 い申し上げるにつけても、つらかった宿縁の、とはいえ、浅くないのを思うと、かえって慰めがたい様子なので、なだめかねなさる。  たいそう茂った木立の間から、いくつもの篝火の光が、遣水の上を飛び交う螢のように見えるのも趣深く感じられる。  「このような生活に馴れていなかったら、さぞ珍しく思えたでしょうに」  とおっしゃると、  「あの明石の浦の漁り火が思い出されますのは   わが身の憂さを追ってここまでやって来たのでしょうか  間違われそうでございます」  と申し上げると、  「わたしの深い気持ちを御存知ないからでしょうか   今でも篝火のようにゆらゆらと心が揺れ動くのでしょう  誰が憂きものと、させたでしょう」  と、逆にお恨みになっていらっしゃる。  だいたいに自然と物静かな思いにおなりの時候なので、尊い仏事にご熱心になって、いつもよりは長くご滞在になったのであろうか、少し物思い も慰められたろう、と言うことである。 源氏物語の世界ヘ 本文 ローマ字版 注釈 Last updated 11/20/99 渋谷栄一訳(C)(ver.1-2-1)    朝顔 光る源氏の内大臣時代三十二歳の晩秋九月から冬までの物語 第一章 朝顔姫君の物語 昔の恋の再燃 1.九月、故桃園式部卿宮邸を訪問---斎院は、御服喪のために退下なさったのである 2.朝顔姫君と対話---あちらのお前の方にお目をやりなさると 3.帰邸後に和歌を贈答しあう---お気持ちの収まらないままお帰りになったので 4.源氏、執拗に朝顔姫君を恋う---東の対に独り離れていらっしゃって、宣旨を呼び寄せ呼び寄せしては 第二章 朝顔姫君の物語 老いてなお旧りせぬ好色心 1.朝顔姫君訪問の道中---夕方、神事なども停止となって物寂しいので 2.宮邸に到着して門を入る---宮邸では、北面にある人が多く出入りするご門は 3.宮邸で源典侍と出会う---宮の御方に、例によって、お話申し上げなさると 4.朝顔姫君と和歌を詠み交わす---西面では御格子を下ろしていたが、お嫌い申しているように思われるのも 5.朝顔姫君、源氏の求愛を拒む---何とも言いようがなくて、とても真剣に恨み言を申し上げ 第三章 紫の君の物語 冬の雪の夜の孤影 1.紫の君、嫉妬す---大臣は、やみくもにご執心というわけではないが 2.夜の庭の雪まろばし---雪がたいそう降り積もった上に 3.源氏、往古の女性を語る---「先年、中宮の御前に雪の山をお作りになったのは 4.藤壷、源氏の夢枕に立つ---月がいよいよ澄んで、静かで趣がある 5.源氏、藤壷を供養す---かえって心満たされず、悲しくお思いになって、早くお起きになって   第一章 朝顔姫君の物語 昔の恋の再燃  [第一段 九月、故桃園式部卿宮邸を訪問]  斎院は、御服喪のために退下なさったのである。大臣、例によって、いったん思い初めたこと、諦めないご性癖で、お見舞いなどたいそう頻繁に 差し上げなさる。宮は、かつて困ったことをお思い出しになると、お返事も気を許して差し上げなさらない。たいそう残念だとお思い続けていらっしゃ る。  九月になって、桃園宮にお移りになったのを聞いて、女五の宮がそこにいらっしゃるので、その方のお見舞にかこつけて参上なさる。故院が、こ の内親王方を特別に大切にお思い申し上げていらっしゃったので、今でも親しくそれからそれへと交際なさっていらっしゃるようである。同じ寝殿の 西と東とにお住みになっていらっしゃるのであった。早くも荒廃してしまった心地がして、しみじみともの寂しげな感じである。  宮が、ご対面なさって、お話を申し上げなさる。たいそうお年を召したご様子、とかく咳をしがちでいらっしゃる。姉上におあたりになるが、故大殿 の宮は、申し分なく若々しいご様子なのに、それにひきかえ、お声もつやがなく、ごつごつとした感じでいらっしゃるのは、そうした人柄なのである。  「院の上、お崩れあそばして後、いろいろと心細く思われまして、年をとるにつれて、ひどく涙がちに過ごしてきましたが、この宮までがこのように 先立たれましたので、ますます生きているのか死んでいるのか分からないような状態で、この世に生き永らえておりましたところ、このようにお見舞 いに立ち寄りくださったので、物思いも忘れられそうな気がします」  とお申し上げになる。  「恐れ多くもお年を召されたものだ」と思うが、かしこまって、  「院がお崩れあそばしてから後は、さまざまなことにつけて、在世当時のようではございませんで、身におぼえのない罪に当たりまして、見知らな い世界に流浪しましたが、偶然にも、朝廷からお召しくださいましてからは、また忙しく暇もない状態で、ここ数年は、参上して昔のお話だけでも申 し上げたり承ったりできなかったのを、ずっと気にかけ続けてまいりました」  などと申し上げなさると、  「とてもとても驚くほどの、どれをとってみても定めない世の中を、同じような状態で過ごしてまいりました寿命の長いことの恨めしく思われることが 多くございますが、こうして、政界にご復帰なさったお喜びを、あの時代を拝見したままで死んでしまったら、どんなにか残念であったであろうかと思 われました」  と、声をお震わせになって、  「まことに美しくご成人なさいましたね。子どもでいらっしゃったころに、初めてお目にかかった時、真実にこんなにも美しい人がお生まれになった と驚かずにはいられませんでしたが、時々お目にかかるたびに、不吉なまでに思われました。今上の帝が、とてもよく似ていらっしゃると、人々が 申しますが、いくら何でも見劣りあそばすだろうと、推察いたします」  と、くどくどと申し上げなさるので、  「ことさらに面と向かって人は褒めないものを」と、おかしくお思いになる。  「田舎者になって、ひどく元気をなくしておりました年月の後は、すっかり衰えてしまいましたものを。今上の御容貌は、昔の世にも並ぶ方がいな いのではいかと、世に類いないお方と拝見しております。変なご推察です」  と申し上げなさる。  「時々お目にかかれたら、長い寿命がますます延びそうでございます。今日は老いも忘れ、憂き世の嘆きもみな消えてしまった感じがします」  と言っては、またお泣きになる。  「三の宮が羨ましく、しかるべきご縁ができて、親しくお目にかかることがおできになれるのを、羨ましく思います。こちらのお亡くなりになった方 も、そのように言って後悔なさる折々がありました」  とおっしゃるので、少し耳がおとまりになる。  「そういうふうにも、親しくお付き合いさせていただけたならば、今も嬉しいことでございましたでしょうに。すっかり見限りなさいまして」  と、恨めしそうに様子ぶって申し上げなさる。  [第二段 朝顔姫君と対話]  あちらのお前の方にお目をやりなさると、うら枯れた前栽の風情も格別に見渡されて、のんびりと物思いに耽っていらっしゃるらしいご様子、ご器 量も、たいそうお目にかかりたくしみじみと思われて、我慢することがおできになれず、  「このようにお伺いした機会を逃しては、無愛想になりますから、あちらへのお見舞いも申し上げなくてはなりませんでした」  と言って、そのまま簀子からお渡りになる。  暗くなってきた時分であるが、鈍色の御簾に、黒い御几帳の透き影がしみじみと見え、追い風が優美に吹き通して、風情は申し分ない。簀子で は不都合なので、南の廂の間にお入れ申し上げる。  宣旨が、対面して、ご挨拶はお伝え申し上げる。  「今さら、若者扱いの感じがします御簾の前ですね。神さびるほど古い年月の年功も数えられますので、今は御簾の内への出入りもお許しいた だけるものと期待しておりましたが」  と言って、物足りなくお思いでいらっしゃる。  「今までのことはみな夢と思い、今、夢から覚めてはかない気がするのかと、はっきりと分別しかねておりますが、年功などは、静かに考えさせて いただきましょう」  とお答え申し上げさせなさった。「なるほど無常な世である」と、ちょっとしたことにつけても自然とお思い続けられる。  「誰にも知られず神の許しを待っていた間に   長年つらい世を過ごしてきたことよ  今は、どのような戒めにか、かこつけなさろうとするのでしょう。総じて、世の中に厄介なことまでがございました後、いろいろとつらい思いをすると ころがございました。せめてその一部なりとも」  と、たって申し上げなさる、そのお心づかいなども、昔よりもう一段と優美さまでが増していらっしゃった。その一方で、とてもたいそうお年も召して いらっしゃるが、ご身分には相応しくないようである。  「一通りのお見舞いの挨拶をするだけでも   誓ったことに背くと神が戒めるでしょう」  とあるので、  「ああ、情けない。あの当時の罪は、みな科戸の風にまかせて吹き払ってしまったのに」  とおっしゃる魅力も、この上ない。  「その罪を払う禊を、神は、どのようにお聞き届けたのでございましょうか」  などと、ちょっとしたことを申し上げるのも、まじめな話、とても気が気でない。結婚しようとなさらないご態度は、年月とともに強く、ますます引っ込 み思案になりなさって、お返事もなさらないのを、困ったことと拝するようである。  「好色めいたふうになってしまって」  などと、深く嘆息してお立ちになる。  「年をとると、臆面もなくなるものですね。世に類ないやつれた姿を、この今は、と御覧くださいとだけでも申し上げられるほどにも、扱って下さった でしょうか」  と言って、お出になった後は、うるさいまでに、例によってお噂申し上げていた。  ただでさえも、空は風情があるころなので、木の葉の散る音につけても、過ぎ去った過去のしみじみとした情感が甦ってきて、その当時の、嬉し かったり悲しかったりにつけ、深くお見えになったお気持ちのほどを、お思い出し申し上げなさる。  [第三段 帰邸後に和歌を贈答しあう]  お気持ちの収まらないままお帰りになったので、以前にもまして、夜も眠れずにお思い続けになる。早く御格子を上げさせなさって、朝霧を眺めな さる。枯れたいくつもの花の中に、朝顔があちこちにはいまつわって、あるかなきかに花をつけて、色艶も格別に変わっているのを、折らせなさって お贈りになる。  「きっぱりとしたおあしらいに、体裁の悪い感じがいたしまして、後ろ姿もますますどのように御覧になったかと、悔しくて。けれども、   昔拝見したあなたがどうしても忘れられません   その朝顔の花は盛りを過ぎてしまったのでしょうか  長年思い続けてきた苦労も、気の毒だとぐらいには、いくな何でも、ご理解いただけるだろうかと、一方では期待しつつ」  などと申し上げなさった。穏やかなお手紙の風情なので、「返事をせずに気をもませるのも、心ないことか」とお思いになって、女房たちも御硯を調 えて、お勧め申し上げるので、  「秋は終わって霧の立ち込める垣根にしぼんで   今にも枯れそうな朝顔の花のようなわたしです  似つかわしいお喩えにつけても、涙がこぼれて」  とばかりあるのは、何のおもしろいこともないが、どういうわけか、手放しがたく御覧になっていらっしゃるようである。青鈍色の紙に、柔らかな墨 跡は、たいそう趣深く見えるようだ。ご身分、筆跡などによってとりつくろわれて、その時は何の難もないことも、いざもっともらしく伝えるとなると、事 実を誤り伝えることがあるようなので、ここは勝手にとりつくろって書くようなので、変なところも多くなってしまった。  昔に帰って、今さら若々しい恋文書きなども似つかわしくないこと、とお思いになるが、やはりこのように昔から離れぬでもないご様子でありなが ら、不本意なままに過ぎてしまったことを思いながら、とてもお諦めになることができず、若返って、真剣になって文を差し上げなさる。  [第四段 源氏、執拗に朝顔姫君を恋う]  東の対に独り離れていらっしゃって、宣旨を呼び寄せ呼び寄せしてはご相談なさる。宮に伺候する女房たちで、それほどでない身分の男にさえ、 すぐになびいてしまいそうな者は、間違いも起こしかねないほど、お褒め申し上げるが、宮は、その昔でさえきっぱりとお考えにもならなかったの に、今となっては、昔以上に、どちらも色恋に相応しくないお年、ご身分であるので、「ちょっとした木や草につけてのお返事などの、折々の興趣を 見過さずにいるのも、軽率だと、受け取られようか」などと、人の噂を憚り憚りなさっては、心をうちとけなさるご様子もないので、昔のままで同じよう なお気持ちを、世間の女性とは違って、珍しくまた妬ましくもお思い申し上げなさる。  世間に噂が漏れ聞こえて、  「前斎院を、熱心にお便りを差し上げなさるので、女五の宮なども結構にお思いのようです。似つかわしくなくもないお間柄でしょう」  などと言っていたのを、対の上は伝え聞きなさって、暫くの間は、  「いくら何でも、もしそういうことがあったとしたら、お隠しになることはあるまい」  とお思いになっていらっしゃったが、さっそく気をつけて御覧になると、お振る舞いなども、いつもと違って魂が抜け出たようなのも情けなくて、  「真剣になって思いつめていらっしゃるらしいことを、素知らぬ顔で冗談のように言いくるめなさったのだわと、同じ皇族の血筋でいらっしゃるが、声 望も格別で、昔から重々しい方として聞こえていらっしゃった方なので、お心などが移ってしまったら、みっともないことになるわ。長年のご寵愛など は、わたしに立ち並ぶ者もなく、ずっと今まできたのに、今さら他人に負かされようとは」  などと、人知れず嘆かずにはいらっしゃれない。  「すっかりお見限りになることはないとしても、幼少のころから親しんでこられた長年の情愛は、軽々しいお扱いになるのだろう」  など、あれこれと思い乱れなさるが、それほどでもないことなら、嫉妬などもご愛嬌に申し上げなさるが、心底つらいとお思いなので、顔色にもお 出しにならない。  端近くに物思いに耽りがちで、宮中にお泊まりになることが多くなり、仕事と言えば、お手紙をお書きになることで、  「なるほど、世間の噂は嘘ではないようだ。せめて、ほんの一言おっしゃってくださればよいのに」  と、いやなお方だとばかりお思い申し上げていらっしゃる。   第二章 朝顔姫君の物語 老いてなお旧りせぬ好色心  [第一段 朝顔姫君訪問の道中]  夕方、神事なども停止となって物寂しいので、することもない思いに耐えかねて、五の宮にいつものお伺いをなさる。雪がちょっとちらついて風情 ある黄昏時に、優しい感じに着馴れたお召し物に、ますます香をたきしめなさって、念入りにおめかしして一日をお過ごしになったので、ますますな びきやすい人はどんなにかと見えた。それでも、お出かけのご挨拶はご挨拶として、申し上げなさる。  「女五の宮がご病気でいらっしゃるというのを、お見舞い申し上げようと思いまして」  と言って、軽く膝をおつきになるが、振り向きもなさらず、若君をあやして、さりげなくいらっしゃる横顔が、ただならぬ様子なので、  「不思議と、ご機嫌の悪くなったこのごろですね。罪もありませんね。塩焼き衣のように、あまりなれなれしくなって、珍しくなくお思いかと思って、 家を空けていましたが、またどのようにお考えになってか」  などと申し上げなさると、  「馴じんで行くのは、おっしゃるとおり、いやなことが多いものですね」  とだけ言って、顔をそむけて臥せっていらっしゃるのは、そのまま見捨ててお出かけになるのも、気も進まないが、宮にお手紙を差し上げてしまっ ていたので、お出かけになった。  「このようなこともある夫婦仲だったのに、安心しきって過ごしてきたことだわ」  とお思い続けて、臥せっていらっしゃる。鈍色めいたお召し物であるが、色合いが重なって、かえって好ましく見えて、雪の光にたいそう優美なお 姿を御覧になって、  「ほんとうに心がますます離れて行ってしまわれたならば」  と、堪えきれないお気持ちになる。  御前駆なども内々の人ばかりで、  「宮中以外の外出は、億劫になってしまったよ。桃園宮が心細い様子でいらっしゃっるのも、式部卿宮に長年お任せ申し上げていたが、これから は頼むなどとおっしゃるのも、もっともなことで、お気の毒なので」  などと、人々にもしいておっしゃるが、  「さあどんなものでしょう。ご好心が変わらないのは、惜しい玉の瑕のようです」  「よからぬ事がきっと起こるでしょう」  などと、呟き合っていた。  [第二段 宮邸に到着して門を入る]  宮邸では、北面にある人が多く出入りするご門は、お入りになるのも軽率なようなので、西にあるのが重々しい正門なので、供人を入れさせなさ って、宮の御方にご案内を乞うと、「今日はまさかお越しになるまい」とお思いでいたので、驚いて門を開けさせなさる。  御門番が、寒そうな様子で、あわてて出てきて、すぐには開けられない。この人以外の男性はいないのであろう。ごろごろと引いて、  「錠がひどく錆びついてしまっているので、開かない」  と困っているのを、しみじみとお聞きになる。  「昨日今日のこととお思いになっていたうちに、はや三年も昔になってしまった世の中だ。このような世を見ながら、仮の宿を捨てることもできず、 木や草の花にも心をときめかせるとは」と、つくづくと感じられる。口ずさみに、  「いつの間にこの邸は蓬がおい茂り   雪に埋もれたふる里となってしまったのだろう」  やや暫くして、無理やり引っ張り開けて、お入りになる。  [第三段 宮邸で源典侍と出会う]  宮の御方に、例によって、お話申し上げなさると、昔の事をとりとめもなく話し出しはじめて、はてもなくお続きになるが、ご関心もなく、眠いが、宮 もあくびをなさって、  「宵のうちから眠くなっていましたので、終いまでお話もできません」  とおっしゃる間もなく、鼾とかいう、聞き知らない音がするので、これさいわいとお立ちになろうとすると、またたいそう年寄くさい咳払いをして、近 寄ってまいる者がいる。  「恐れながら、ご存じでいらっしゃろうと心頼みにしておりましたのに、生きている者の一人としてお認めくださらないので。院の上は、祖母殿と仰 せになってお笑いあそばしました」  などと、名乗り出したので、お思い出しになった。  源典侍と言った人は、尼になって、この宮のお弟子として勤行していると聞いていたが、今まで生きていようとはお確かめ知りにならなかったの で、あきれる思いをなさった。  「その当時のことは、みな昔話になってゆきますが、遠い昔を思い出すと、心細くなりますが、なつかしく嬉しいお声ですね。親がいなくて臥せって いる旅人と思って、お世話してください」  と言って、物に寄りかかっていらっしゃるご様子に、ますます昔のことを思い出して、相変わらずなまめかしいしなをつくって、たいそうすぼんだ口 の恰好、想像される声だが、それでもやはり、甘ったるい言い方で戯れかかろうと今も思っている。  「言い続けてきたうちに」などとお申し上げかけてくるのは、こちらの顔の赤くなる思いがする。「今急に老人になったような物言いだ」など、と苦笑 されるが、また一方で、これも哀れである。  「その女盛りのころに、寵愛を競い合いなさった女御、更衣、ある方はお亡くなりになり、またある方は見るかげもなく、はかないこの世に落ちぶ れていらっしゃる方もあるようだ。入道の宮などの御寿命の短さよ。あきれるばかりの世の中の無常に、年からいっても余命残り少なそうで、心構 えなども、頼りなさそうに見えた人が、生き残って、静かに勤行をして過ごしていたのは、やはりすべて定めない世のありさまなのだ」  とお思いになると、何となくしみじみとしたご様子を、心のときめくことかと誤解して、はしゃぐ。  「何年たってもあなたとのご縁が忘れられません   親の親とかおっしゃった一言がございますもの」  と申し上げると、気味が悪くて、  「来世に生まれ変わった後まで待って見てください   この世で子が親を忘れる例があるかどうかと  頼もしいご縁ですね。いずれゆっくりと、お話し申し上げましょう」  とおっしゃって、お立ちになった。  [第四段 朝顔姫君と和歌を詠み交わす]  西面では御格子を下ろしていたが、お嫌い申しているように思われるのもどうかと、一間、二間は下ろしてない。月が顔を出して、うっすらと積もっ た雪の光に映えて、かえって趣のある夜の様子である。  「さきほどの老いらくの懸想ぶりも、似つかわしくないものの例とか聞いた」とお思い出されなさって、おかしくなった。今宵は、たいそう真剣にお話 なさって、  「せめて一言、憎いなどとでも、人伝てではなく直におっしゃっていただければ、思いあきらめるきっかけにもしましょう」  と、身を入れて強くお訴えになるが、  「昔、自分も相手も若くて、過ちが許されたころでさえ、亡き父宮などが好感を持っていらっしゃったのを、やはりとんでもなく気がひけることだとお 思い申して終わったのに、晩年になり、盛りも過ぎ、似つかわしくない今頃になって、その一言をお聞かせするのも気恥ずかしいことだろう」  とお思いになって、まったく動じようとしないお気持ちなので、「あきれるほどに、つらい」とお思い申し上げなさる。  そうかといって、不体裁に突き放してというのではない取次ぎのお返事などが、かえってじれることである。夜もたいそう更けてゆくにつれ、風の 具合が、激しくなって、ほんとうにもの心細く思われるので、体裁よいところで、お拭いになって、  「昔のつれない仕打ちに懲りもしないわたしの心までが   あなたがつらく思う心に加わってつらく思われるのです  自然とどうしようもございません」  と口に上るままにおっしゃると、  「ほんとうに」  「見ていて気が気でありませんわ」  と、女房たちは、例によって、申し上げる。  「今さらどうして気持ちを変えたりしましょう   他人ではそのようなことがあると聞きました心変わりを  昔と変わることは、今もできません」  などとお答え申し上げなさった。  [第五段 朝顔姫君、源氏の求愛を拒む]  何とも言いようがなくて、とても真剣に恨み言を申し上げなさってお帰りになるのも、たいそう若々しい感じがなさるので、  「ひどくこう、世の中のもの笑いになってしまいそうな様子、お漏らしなさるなよ。きっときっと。いさら川などと言うのも馴れ馴れしいですね」  と言って、しきりにひそひそ話しかけていらっしゃるが、何のお話であろうか。女房たちも、  「何とも、もったいない。どうしてむやみにつれないお仕打ちをなさるのでしょう」  「軽々しく無体なこととはお見えにならない態度なのに。お気の毒な」  と言う。  なるほど、君のお人柄の、素晴らしいのも、慕わしいのも、お分かりにならないのではないが、  「ものの情理をわきまえた人のように見ていただいたとしても、世間一般の人がお褒め申すのとひとしなみに思われるだろう。また一方では、至ら ぬ心のほどもきっとお見通しになるに違いなく、気のひけるほど立派なお方だから」とお思いになると、「親しそうな気持ちをお見せしても、何にもな らない。さし障りのないお返事などは、引き続き、御無沙汰にならないくらいに差し上げなさって、人を介してのお返事、失礼のないようにしていこ う。長年、仏事に無縁であった罪が消えるように仏道の勤行をしよう」とは決意はなさるが、「急にこのようなご関係を、断ち切ったようにするのも、 かえって思わせぶりに見えもし聞こえもして、人が噂しはしまいか」と、世間の人の口さがないのをご存知なので、一方では、伺候する女房たちに も気をお許しにならず、たいそうご用心なさりながら、だんだんとご勤行一途になって行かれる。  ご兄弟の君達は多数いらっしゃるが、同腹ではないので、まったく疎遠で、宮邸の中がたいそうさびれて行くにつれて、あのような立派な方が、 熱心にご求愛なさるので、一同そろって、お味方申すのも、誰の思いも同じと見える。   第三章 紫の君の物語 冬の雪の夜の孤影  [第一段 紫の君、嫉妬す]  大臣は、やみくもにご執心というわけではないが、つれない態度が腹立たしいので、負けて終わるのも悔しく、なるほどそれは、確かにご自身の 人品や、世の評判は格別で、申し分なく、物事の道理を深くわきまえ、世間の人々の、それぞれの生き方の違いも広くお知りになって、昔よりも経 験を多く積んでいらっしゃるので、今さらのお浮気事も、一方では世間の非難をお分りになりながら、  「このまま空しく引き下がっては、ますます物笑いとなるであろう。どうしたらよいものか」  と、お心が騒いで、二条院にお帰りにならない夜がお続きになるのを、女君は、冗談でなく恋しいとばかりお思いになる。我慢していらっしゃる が、どうして涙がこぼれる時がないであろうか。  「不思議にいつもと違ったご様子が、理解できませんね」  と言って、お髪をかき撫でながら、おいたわしいと思っていらっしゃる様子も、絵に描きたいようなお間柄である。  「宮がお亡くなりになって後、主上がとてもお寂しそうにばかりしていらっしゃるのも、おいたわしく拝見していますし、太政大臣もいらっしゃらない ので、政治を見譲る人がいない忙しさです。このごろの家に帰らないことを、今までになかったことのようにお恨みになるのも、もっともなことで、お 気の毒ですが、今はいくら何でも、安心にお思いなさい。おとなのようにおなりになったようですが、まだ深いお考えもなく、わたしの心もまだお分り にならないようでいらっしゃるのが、かわいらしい」  などと言って、涙でもつれている額髪、おつくろいになるが、ますます横を向いて何とも申し上げなさらない。  「とてもひどく子どもっぽくしていらっしゃるのは、誰がおしつけ申したことでしょう」  と言って、「無常の世に、こうまで隔てられるのもつまらないことだ」と、一方では物思いに耽っていらっしゃる。  「斎院にとりとめのない文を差し上げたのを、もしや誤解なさっていることがありませんか。それは、大変な見当違いのことですよ。自然とお分かり になるでしょう。昔からまったくよそよそしいお気持ちなので、もの寂しい時々に、恋文めいたものを差し上げて困らせたところ、あちらも所在なくお 過ごしのところなので、まれに返事などなさるが、本気ではないので、こういうことですと、不平をこぼさなければならないようなことでしょうか。不安 なことは何もあるまいと、お思い直しなさい」  などと、一日中お慰め申し上げなさる。  [第二段 夜の庭の雪まろばし]  雪がたいそう降り積もった上に、今もちらちらと降って、松と竹との違いがおもしろく見える夕暮に、君のご容貌も一段と光り輝いて見える。  「季節折々につけても、人が心を惹かれるらしい花や紅葉の盛りよりも、冬の夜の冴えた月に、雪の光が照り映えた空こそ、妙に、色のない世界 ですが、身に染みて感じられ、この世の外のことまで思いやられて、おもしろさもあわれさも、尽くされる季節です。興醒めな例としてとして言った人 の考えの浅いことよ」  と言って、御簾を巻き上げさせなさる。  月は隈なく照らして、一色に見渡される中に、萎れた前栽の影も痛々しく、遣水もひどく咽び泣くように流れて、池の氷もぞっとするほど身に染み る感じで、童女を下ろして、雪まろばしをおさせになる。  かわいらしげな姿、お髪の恰好が、月の光に映えて、大柄の物馴れた童女が、色とりどりの衵をしどけなく着て、袴の帯もゆったりした寝間着 姿、優美なうえに、衵の裾より長い髪の末が、白い雪を背景にしていっそう引き立っているのは、たいそう鮮明な感じである。  小さい童女は、子どもらしく喜んで走りまわって、扇なども落として、気を許しているのがかわいらしい。  たいそう大きく丸めようと、欲張るが、転がすことができなくなって困っているようである。またある童女たちは、東の縁先に出ていて、もどかしげ に笑っている。  [第三段 源氏、往古の女性を語る]  「先年、中宮の御前に雪の山をお作りになったのは、世間で昔からよく行われてきたことですが、やはり珍しい趣向を凝らしてちょっとした遊び事 をもなさったものでしたなあ。どのような折々につけても、残念でたまたない思いですね。  とても隔てを置いていらして、詳しいご様子は拝したことはございませんでしたが、宮中生活の中で、心安い相談相手としては、お考えくださいま した。  ご信頼申し上げて、あれこれと何か事のある時には、どのようなこともご相談申し上げましたが、表面には巧者らしいところはお見せにならなかっ たが、十分で、申し分なく、ちょっとしたことでも格別になさったものでした。この世にまた、あれほどの方がありましょうか。  しとやかでいらっしゃる一面、奥深い嗜みのあるところは、又となくいらっしゃったが、あなたこそは、そうはいっても、紫の縁で、たいして違ってい らっしゃらないようですが、少しこうるさいところがあって、利発さの勝っているのが、困りますね。  前斎院のご性質は、また格別に見えます。心寂しい時に、何か用事がなくても便りをしあって、自分も気を使わずにはいられないお方は、ただこ のお一方だけが、世にお残りでしょうか」  とおっしゃる。  「尚侍は、利発で奥ゆかしいところは、どなたよりも優れていらっしゃるでしょう。軽率な方面などは、無縁なお方でいらしたのに、不思議なことで したね」  とおっしゃると、  「そうですね。優美で器量のよい女性の例としては、やはり引き合いに出さなければならない方ですね。そう思うと、お気の毒で悔やまれることが 多いのですね。まして、浮気っぽい好色な人が、年をとるにつれて、どんなにか後悔されることが多いことでしょう。誰よりもはるかにおとなしい、と 思っていましたわたしでさえですから」  などと、お口になさって、尚侍の君の御事にも、涙を少しはお落としなった。  「あの、人数にも入らないほどさげすんでいらっしゃる山里の女は、身分にはやや過ぎて、物の道理をわきまえているようですが、他の人とは同 列に扱えない人ですから、気位を高くもっているのも、見ないようにしております。お話にもならない身分の人はまだ知りません。人というものは、す ぐれた人というのはめったにいないものですね。  東の院に寂しく暮らしている人の気立ては、昔に変わらず可憐なものがあります。あのように、はとてもできないものですが。その方面につけての 気立てのよさで、世話するようになって以来、同じように夫婦仲を遠慮深げな態度で過ごしてきましたよ。今はもう、互いに別れられそうなく、心から いとしいと思っております」  などと、昔の話や今の話などに夜が更けてゆく。  [第四段 藤壷、源氏の夢枕に立つ]  月がいよいよ澄んで、静かで趣がある。女君、  「氷に閉じこめられた石間の遣水は流れかねているが   空に澄む月の光はとどこおりなく西へ流れて行く」  外の方を御覧になって、少し姿勢を傾けていらっしゃるところ、似る者がないほどかわいらしげである。髪の具合、顔立ちが、恋い慕い申し上げて いる方の面影のようにふと思われて、素晴らしいので、少しは他に分けていらっしゃったご寵愛もあらためてお加えになることであろう。鴛鴦がちょ っと鳴いたので、  「何もかも昔のことが恋しく思われる雪の夜に   いっそうしみじみと思い出させる鴛鴦の鳴き声であることよ」  お入りになっても、宮のことを思いながらお寝みになっていると、夢ともなくかすかにお姿を拝するが、たいそうお怨みになっていらっしゃるご様子 で、  「漏らさないとおっしゃったが、つらい噂は隠れなかったので、恥ずかしく、苦しい目に遭うにつけ、つらい」  とおっしゃる。お返事を申し上げるとお思いになった時、ものに襲われるような気がして、女君が、  「これは、どうなさいました、このように」  とおっしゃったのに、目が覚めて、ひどく残念で、胸の置きどころもなく騒ぐので、じっと抑えて、涙までも流していたのであった。今もなお、ひどくお 濡らし加えになっていらっしゃる。  女君が、どうしたことかとお思いになるので、身じろぎもしないで横になっていらっしゃった。  「安らかに眠られずふと寝覚めた寂しい冬の夜に   見た夢の短かかったことよ」  [第五段 源氏、藤壷を供養す]  <かえって心満たされず、悲しくお思いになって、早くお起きになって、それとは言わず、所々の寺々に御誦経などをおさせになる。  「苦しい目にお遭いになっていると、お怨みになったが、きっとそのようにお恨みになってのことなのだろう。勤行をなさり、さまざまに罪障を軽くな さったご様子でありながら、自分との一件で、この世の罪障をおすすぎになれなかったのだろう」  と、ものの道理を深くおたどりになると、ひどく悲しくて、  「どのような方法をしてでも、誰も知る人のいない冥界にいらっしゃるのを、お見舞い申し上げて、その罪にも代わって差し上げたい」  などと、つくづくとお思いになる。  「あのお方のために、特別に何かの法要をなさるのは、世間の人が不審に思い申そう。主上におかれても、良心の呵責にお悟りになるかもしれ ない」  と、気がねなさるので、阿弥陀仏を心に浮かべてお念じ申し上げなさる。「同じ蓮の上に」と思って、  「亡くなった方を恋慕う心にまかせてお尋ねしても   その姿も見えない三途の川のほとりで迷うことであろうか」  とお思いになるのは、つらい思いであったとか。 源氏物語の世界ヘ 本文 ローマ字版 注釈 Last updated 12/6/99 渋谷栄一訳(C)(ver.1-2-1)    少女 光る源氏の太政大臣時代三十三歳の夏4月から35歳冬10月までの物語 第一章 朝顔姫君の物語 藤壷代償の恋の諦め 1.故藤壷の一周忌明ける---年が変わって、宮の御一周忌も過ぎたので 2.源氏、朝顔姫君を諦める---女五の宮の御方にも、このように機会を逃さず 第二章 夕霧の物語 光る源氏の子息教育の物語 1.子息夕霧の元服と教育論---大殿腹の若君のご元服のこと、ご準備をなさるが 2.大学寮入学の準備---字をつける儀式は、東の院でなさる 3.響宴と詩作の会---式が終わって退出する博士、文人たちをお召しになって 4.夕霧の勉学生活---引き続いて、入学の礼ということをおさせになって 5.大学寮試験の予備試験---今では寮試を受けさせようとなさって、まずご自分の前で 6.試験の当日---大学寮に参上なさる日は、寮の門前に 第三章 光る源氏周辺の人々の物語 内大臣家の物語 1.斎宮女御の立后と光る源氏の太政大臣就任---そろそろ、立后の儀があってよいころであるが 2.夕霧と雲居雁の幼恋---冠者の君は、同じ所でご成長なさったが 3.内大臣、大宮邸に参上---あちらとこちらの新任の大饗の宴が終わって、朝廷の御用もなく 4.弘徽殿女御の失意---「女性はただ心がけによって、世間から重んじられる 5.夕霧、内大臣と対面---内大臣は、和琴を引き寄せなさって、律調の 6.内大臣、雲居雁の噂を立ち聞く---内大臣はお帰りになったふうにして、こっそりと女房を 第四章 内大臣家の物語 雲居雁の養育をめぐる物語 1.内大臣、母大宮の養育を恨む---二日ほどして、参上なさった 2.内大臣、乳母らを非難する---姫君は、何もご存知でなくていらっしゃるのを 3.大宮、内大臣を恨む---大宮は、とてもかわいいとお思いになる二人の中でも 4.大宮、夕霧に忠告---このように騷がれているとも知らないで、冠者の君が 第五章 夕霧の物語 幼恋の物語 1.夕霧と雲居雁の恋の煩悶---「今後いっそうお手紙などを交わすことは難しいだろう」と 2.内大臣、弘徽殿女御を退出させる---内大臣は、あれ以来参上なさらず、大宮を 3.夕霧、大宮邸に参上---ちょうど折しも冠者の君が参上なさった 4.夕霧と雲居雁のわずかの逢瀬---大宮のお手紙で 5.乳母、夕霧の六位を蔑む---御殿油をお点けし、内大臣が宮中から退出なさって来た様子で 第六章 夕霧の物語 五節舞姫への恋 1.惟光の娘、五節舞姫となる---大殿の所では、今年、五節の舞姫を差し上げなさる 2.夕霧、五節舞姫を恋慕---大学の君は、ただ胸が一杯で、食事なども 3.宮中における五節の儀---浅葱の服が嫌なので、宮中に参内することもせず 4.夕霧、舞姫の弟に恋文を託す---そのまま皆宮中に残させなさって、宮仕えするようにとの 5.花散里、夕霧の母代となる---あの若君は、手紙をやることさえおできになれず 6.歳末、夕霧の衣装を準備---年の暮には、正月のご装束などを 第七章 光る源氏の物語 六条院造営 1.二月二十日過ぎ、朱雀院へ行幸---元旦にも、大殿は御参賀なさらないので 2.弘徽殿大后を見舞う---夜は更けてしまったが、このような機会に、太后宮のいらっしゃる方を 3.源氏、六条院造営を企図す---大殿は、静かなお住まいを、同じことなら広く 4.秋八月に六条院完成---八月に、六条院が完成してお引っ越しなさる 5.秋の彼岸の頃に引っ越し始まる---彼岸のころにお引っ越しになる 6.九月、中宮と紫の上和歌を贈答---九月になると、紅葉があちこちに色づいて   第一章 朝顔姫君の物語 藤壷代償の恋の諦め  [第一段 故藤壷の一周忌明ける]  年が変わって、宮の御一周忌も過ぎたので、世の人々の喪服が平常に戻って、衣更のころなどもはなやかであるが、それ以上に賀茂祭のころ は、おおよその空模様も気分がよいのに、前斎院は所在なげに物思いに耽っていらっしゃるが、庭先の桂の木の下を吹く風、慕わしく感じられるに つけても、若い女房たちは思い出されることが多いところに、大殿から、  「御禊の日は、どのようにのんびりとお過ごしになりましたか」  と、お見舞い申し上げなさった。  「今日は、   思いもかけませんでした   再びあなたが禊をなさろうとは」  紫色の紙、立て文にきちんとして、藤の花におつけになっていた。季節柄、感動をおぼえて、お返事がある。  「喪服を着たのはつい昨日のことと思っておりましたのに   もう今日はそれを脱ぐ禊をするとは、何と移り変わりの早い世の中ですこと  はかなくて」  とだけあるのを、例によって、お目を凝らして御覧になっていらっしゃる。  喪服をお脱ぎになるころにも、宣旨のもとに、置き所もないほど、お心づかいの品々が届けられたのを、院は見苦しいこととお思いになりお口にな さるが、  「意味ありげな、色めかしいお手紙ならば、何とか申し上げてご辞退するのですが、長年、表向きの折々のお見舞いなどはお馴れ申し上げになっ ていて、とても真面目な内容なので、どのように言い紛らわしてお断り申したらよいだろうか」  と、困っているようである。  [第二段 源氏、朝顔姫君を諦める]  女五の宮の御方にも、このように機会を逃さずお見舞い申し上げるので、とても感心して、  「この君が、昨日今日までは子供と思っていましたのに、このように成人されて、お見舞いくださるとは。容貌のとても美しいのに加えて、気立て までが人並み以上にすぐれていらっしゃいます」  とお褒め申し上げるのを、若い女房たちは苦笑申し上げる。  こちらの方にもお目にかかりなさる時には、  「この大臣が、このように心をこめてお手紙を差し上げなさるようですが、どうしてか、今に始まった軽いお気持ちではありません。亡くなられた宮 も、その関係が違ってしまわれて、お世話申し上げることができなくなったとお嘆きになっては、考えていたことを無理にお断りになったことだなど と、おっしゃっては、後悔していらっしゃったことがよくありました。  けれども、故大殿の姫君がいらっしゃった間は、三の宮がお気になさるのが気の毒さに、あれこれと言葉を添えることもなかったのです。今では、 そのれっきとした奥方でいらした方まで、お亡くなりになってしまったので、ほんとに、どうしてご意向どおりになられたとしても悪くはあるまいと思わ れますにつけても、昔に戻ってこのように熱心におっしゃていただけるのも、そうなるはずであったのだろうと存じます」  などと、いかにも古風に申し上げなさるのを、気にそまぬとお思いになって、  「亡き父宮からも、そのように強情な者と思われてまいりましたが、今さらに、改めて結婚しようというのも、ひどくおかしなことでございます」  と申し上げなさって、気恥ずかしくなるようなきっぱりとしたご様子なので、無理にもお勧め申し上げることもできない。  宮家に仕える人たちも、上下の女房たち、皆が心をお寄せ申していたので、縁談事を不安にばかりお思いになるが、かの当のご自身は、心のあ りったけを傾けて、愛情をお見せ申して、相手のお気持ちが揺らぐのをじっと待っていらっしゃるが、そのように無理してまで、お心を傷つけようなど とは、お考えにならないのであろう。   第二章 夕霧の物語 光る源氏の子息教育の物語  [第一段 子息夕霧の元服と教育論]  大殿腹の若君のご元服のこと、ご準備をなさるが、二条院でとお考えになるが、大宮がとても見たがっていっらしゃったのもごもっともに気の毒な ので、やはりそのままあちらの殿で式を挙げさせ申し上げなさる。  右大将をはじめとして、御伯父の殿方は、みな上達部で高貴なご信望厚い方々ばかりでいらっしゃるので、主人方でも、我も我もとしかるべき事 柄は、競い合ってそれぞれがお仕え申し上げなさる。だいたい世間でも大騒ぎをして、大変な準備のしようである。  四位につけようとお思いになり、世間の人々もきっとそうであろうと思っていたが、  「まだたいそう若いのに、自分の思いのままになる世だからといって、そのように急に位につけるのは、かえって月並なことだ」  とお止めになった。  浅葱の服で殿上の間にお戻りになるのを、大宮は、ご不満でとんでもないこととお思いになったのは、無理もなく、お気の毒なことであった。  ご対面なさって、このことをお話し申し上げなさると、  「今のうちは、このように無理をしてまで、まだ若年なので大人扱いする必要はございませんが、考えていることがございまして、大学の道に暫く の間勉強させようという希望がございますゆえ、もう二、三年間を無駄に過ごしたと思って、いずれ朝廷にもお仕え申せるようになりましたら、そのう ちに、一人前になりましょう。  自分は、宮中に成長致しまして、世の中の様子を存じませんで、昼夜、御帝の前に伺候致して、ほんのちょっと学問を習いました。ただ、畏れ多 くも直接に教えていただきましたのさえ、どのようなことも広い知識を知らないうちは、詩文を勉強するにも、琴や笛の調べにしても、音色が十分で なく、及ばないところが多いものでございました。  つまらない親に、賢い子が勝るという話は、とても難しいことでございますので、まして、次々と子孫に伝わっていき、離れてゆく先は、とても不安 に思えますので、決めましたことでございます。  高貴な家の子弟として、官位爵位が心にかない、世の中の栄華におごる癖がついてしまいますと、学問などで苦労するようなことは、とても縁遠 いことのように思うようです。遊び事や音楽ばかりを好んで、思いのままの官爵に昇ってしまうと、時勢に従う世の人が、内心ではばかにしながら、 追従し、機嫌をとりながら従っているうちは、自然とひとかどの人物らしく立派なようですが、時勢が移り、頼む人に先立たれて、運勢が衰えた末に は、人に軽んじらればかにされて、取り柄とするところがないものでございます。  やはり、学問を基礎にしてこそ、政治家としての心の働きが世間に認められるところもしっかりしたものでございましょう。当分の間は、不安なよう でございますが、将来の世の重鎮となるべき心構えを学んだならば、わたしが亡くなった後も、安心できようと存じてです。ただ今のところは、ぱっ としなくても、このように育てていきましたら、貧乏な大学生だといって、ばかにして笑う者もけっしてありますまいと存じます」  などと、わけをお話し申し上げになると、ほっと吐息をおつきになって、  「なるほど、そこまでお考えになって当然でしたことを。ここの大将なども、あまりに例に外れたご処置だと、不審がっておりましたようですが、この 子供心にも、とても残念がって、大将や、左衛門督の子どもなどを、自分よりは身分が下だと見くびっていたのさえ、皆それぞれ位が上がり上がり し、一人前になったのに、浅葱をとてもつらいと思っていられるので、気の毒なのでございます」  と申し上げなさると、ちょっとお笑いになって、  「たいそう一人前になって不平を申しているようですね。ほんとうにたわいないことよ。あの年頃ではね」  と言って、とてもかわいいとお思いであった。  「学問などをして、もう少し物の道理がわかったならば、そんな恨みは自然となくなってしまうでしょう」  とお申し上げになる。  [第二段 大学寮入学の準備]  字をつける儀式は、東の院でなさる。東の対を準備なさった。上達部、殿上人、めったにないことで見たいものだと思って、我も我もと参集なさっ た。博士たちもかえって気後れしてしまいそうである。  「遠慮することなく、慣例のとおりに従って、手加減せずに、厳格に行いなさい」  とお命じになると、無理に平静をよそおって、他人の家から調達した衣装類が、身につかず、不恰好な姿などにもかまいなく、表情、声づかいが、 もっともらしくしては、席について並んでいる作法をはじめとして、見たこともない様子である。  若い君達は、我慢しきれず笑ってしまった。一方では、笑ったりなどしないような、年もいった落ち着いた人だけをと、選び出して、お酌などもおさ せになるが、いつもと違った席なので、右大将や、民部卿などが、一所懸命に杯をお持ちになっているのを、あきれるばかり文句を言い言い叱りつ ける。  「おおよそ、宴席の相伴役は、はなはだ不作法でござる。これほど著名な誰それを知らなくて、朝廷にはお仕えしている。はなはだばかである」  などと言うと、人々がみな堪えきれず笑ってしまったので、再び、  「うるさい。お静かに。はなはだ不作法である。退席していただきましょう」  などと、脅して言うのも、まことにおかしい。  見慣れていらっしゃらない方々は、珍しく興味深いことと思い、この大学寮ご出身の上達部などは、得意顔に微笑みながら、このような道をご愛 好されて、大学に入学させなさったのが結構なことだと、ますますこのうえなく敬服申し上げていらっしゃった。  少し私語を言っても制止する。無礼な態度であると言っても叱る。騒がしく叱っている博士たちの顔が、夜に入ってからは、かえって一段と明るく なった燈火の中で、滑稽じみて貧相で、不体裁な様子などが、何から何まで、なるほど実に普通でなく、変わった様子であった。  大臣は、  「とてもだらしなく、頑固な者なので、やかましく叱られてまごつくだろう」  とおっしゃって、御簾の内に隠れて御覧になっていたのであった。  用意された席が足りなくて、帰ろうとする大学寮の学生たちがいるのをお聞きになって、釣殿の方にお呼び止めになって、特別に賜物をなさった。  [第三段 響宴と詩作の会]  式が終わって退出する博士、文人たちをお召しになって、また再び詩文をお作らせになる。上達部や、殿上人も、その方面に堪能な人ばかりは、 みなお残らせになる。博士たちは、律詩、普通の人は、大臣をはじめとして、絶句をお作りになる。興趣ある題の文字を選んで、文章博士が奉る。 夏の短いころの夜なので、すっかり明けて披講される。左中弁が、講師をお勤めした。容貌もたいそうきれいで、声の調子も堂々として、荘厳な感 じに読み上げたところは、たいそう趣がある。世の信望が格別高い学者なのであった。  このような高貴な家柄にお生まれになって、この世の栄華をひたすら楽しまれてよいお身の上でありながら、窓の螢を友とし、枝の雪にお親しみ になる学問への熱心さを、思いつく限りの故事をたとえに引いて、それぞれが作り集めた句がそれぞれに素晴らしく、「唐土にも持って行って伝え たいほどの世の名詩である」と、当時世間では褒めたたえるのであった。  大臣のお作は言うまでもない。親らしい情愛のこもった点までも素晴らしかったので、涙を流して朗誦しもてはやしたが、女の身では知らないこと を口にするのは生意気だと言われそうなので、嫌なので書き止めなかった。  [第四段 夕霧の勉学生活]  引き続いて、入学の礼ということをおさせになって、そのまま、この院の中にお部屋を設けて、本当に造詣の深い先生にお預け申されて、学問を おさせ申し上げなさった。  大宮のところにも、めったにお出かけにならない。昼夜かわいがりなさって、いつまでも子供のようにばかりお扱い申していらっしゃるので、あちら では、勉強もおできになれまいと考えて、静かな場所にお閉じこめ申し上げなさったのであった。  「一月に三日ぐらいは参りなさい」  と、お許し申し上げなさのであった。  じっとお籠もりになって、気持ちの晴れないまま、殿を、  「ひどい方でいらっしゃるなあ。こんなに苦しまなくても、高い地位に上り、世間に重んじられる人もいるではないか」  とお恨み申し上げなさるが、いったい性格が、真面目で、浮ついたところがなくていらっしゃるので、よく我慢して、  「何とかして必要な漢籍類を早く読み終えて、官途にもついて、出世しよう」  と思って、わずか四、五か月のうちに、『史記』などという書物、読み了えておしまいになった。  [第五段 大学寮試験の予備試験]  今では寮試を受けさせようとなさって、まずご自分の前で試験をさせなさる。  いつものとおり、大将、左大弁、式部大輔、左中弁などばかり招いて、先生の大内記を呼んで、『史記』の難しい巻々を、寮試を受けるのに、博士 が反問しそうなところどころを取り出して、ひととおりお読ませ申し上げなさると、不明な箇所もなく、諸説にわたって読み解かれるさまは、爪印もつ かず、あきれるほどよくできるので、  「お生まれが違っていらっしゃるのだ」  と、皆が皆、涙を流しなさる。大将は、誰にもまして、  「亡くなった大臣が生きていらっしゃったら」  と、口に出されて、お泣きになる。殿も、我慢がおできになれず、  「他人のことで、愚かで見苦しいと見聞きしておりましたが、子が大きくなっていく一方で、親が代わって愚かになっていくことは、たいした年齢で はありませんが、世の中とはこうしたものなのだなあ」  などとおっしゃって、涙をお拭いになるのを見る先生の気持ち、嬉しく面目をほどこしたと思った。  大将が、杯をおさしになると、たいそう酔っぱらっている顔つきは、とても痩せ細っている。  大変な変わり者で、学問のわりには登用されず、顧みられなくて貧乏でいたのであったが、お目に止まるところがあって、このように特別に召し 出したのであった。  身に余るほどのご愛顧を頂戴して、この若君のおかげで、急に生まれ変わったようになったと思うと、今にまして将来は、並ぶ者もない声望を得 るであろうよ。  [第六段 試験の当日]  大学寮に参上なさる日は、寮の門前に、上達部のお車が数知れないくらい集まっていた。おおよそ世間にこれを見ないで残っている人はあるま いと思われたが、この上なく大切に扱われて、労られながら入ってこられる冠者の君のご様子、なるほど、このような生活には耐えられないくらい 上品でかわいらしい感じである。  例によって、賤しい者たちが集まって来ている席の末に座るのをつらいとお思いになるのは、もっともなことである。  ここでも同様に、大声で叱る者がいて、目障りであるが、少しも気後れせずに最後までお読みになった。  昔が思い出される大学の盛んな時代なので、上中下の人は、我も我もと、この道を志望し集まってくるので、ますます、世の中に、学問があり有 能な人が多くなったのであった。擬文章生などとかいう試験をはじめとして、すらすらと合格なさったので、ひたすら学問に心を入れて、先生も弟子 も、いっそうお励みになる。  殿でも、作文の会を頻繁に催し、博士、文人たちも得意である。すべてどのようなことにつけても、それぞれの道に努める人の才能が発揮される 時代なのだった。   第三章 光る源氏周辺の人々の物語 内大臣家の物語  [第一段 斎宮女御の立后と光る源氏の太政大臣就任]  そろそろ、立后の儀があってよいころであるが、  「斎宮の女御こそは、母宮も、自分の変わりのお世話役とおっしゃっていましたから」  と、大臣もご遺志にかこつけて主張なさる。皇族出身から引き続き后にお立ちになることを、世間の人は賛成申し上げない。  「弘徽殿の女御が、まず誰より先に入内なさったのもどうだらろうか」  などと、内々に、こちら側あちら側につく人々は、心配申し上げている。  兵部卿宮と申し上げた方は、今では式部卿になって、この御世となってからはいっそうご信任厚い方でいらっしゃる、その姫も、かねての望みが かなって入内なさっていた。同様に、王の女御として伺候していらっしゃるので、  「同じ皇族出身なら、御母方として親しくいらっしゃる方をこそ、母后のいらっしゃらない代わりのお世話役として相応しいだろう」  と理由をつけて、ふさわしかるべく、それぞれ競争なさったが、やはり梅壷が立后なさった。ご幸福が、うって変わってすぐれていらっしゃることを、 世間の人は驚き申し上げる。  大臣は、太政大臣にお上がりになって、大将は、内大臣におなりになった。天下の政治をお執りになるようにお譲り申し上げなさる。性格は、まっ すぐで、威儀も正しくて、心づかいなどもしっかりしていらっしゃる。学問をとり立てて熱心になさったので、韻塞ぎにはお負けになったが、政治では 立派である。  いく人もの妻妾にお子たちが十余人、いずれも大きく成長していらっしゃるが、次から次と立派になられて、負けず劣らず栄えているご一族であ る。女の子は、弘徽殿の女御ともう一人いらっしゃるのであった。皇族出身を母親として、高貴なお血筋では劣らないのであるが、その母君は、按 察大納言の北の方となって、現在の夫との間に子どもの数が多くなって、「それらの子どもと一緒に継父に委ねるのは、まことに不都合なことだ」と 思って、お引き離させなさって、大宮にお預け申していらっしゃるのであった。女御よりはずっと軽くお思い申し上げていらっしゃったが、性格や、器 量など、とてもかわいらしくいらっしゃるのであった。  [第二段 夕霧と雲居雁の幼恋]  冠者の君は、同じ所でご成長なさったが、それぞれが十歳を過ぎてから後は、住む部屋を別にして、  「親しい縁者ですが、男の子には気を許すものではありません」  と、父大臣が訓戒なさって、離れて暮らすようになっていたが、子供心に慕わしく思うことなきにしもあらずなので、ちょっとした折々の花や紅葉に つけても、また雛遊びのご機嫌とりにつけても、熱心にくっついてまわって、真心をお見せ申されるので、深い情愛を交わし合いなさって、きっぱり と今でも恥ずかしがりなさらない。  お世話役たちも、  「何の、子どもどうしのことなので、長年親しくしていらっしゃったお間柄を、急に引き離して、どうしてきまり悪い思いをさせることができようか」  と思っていると、女君は何の考えもなくいらっしゃるが、男君は、あんなにも子どものように見えても、だいそれたどんな仲だったのであろうか、離 れ離れになってからは、逢えないことを気が気でなく思うのである。  まだ未熟ながら将来の思われるかわいらしい筆跡で、書き交わしなさった手紙が、不用意さから、自然と落としているときもあるのを、姫君の女 房たちは、うすうす知っている者もいたのだが、「どうして、こんな関係である」と、どなたに申し上げられようか。知っていながら隠しているのであろ う。  [第三段 内大臣、大宮邸に参上]  あちらとこちらの新任の大饗の宴が終わって、朝廷の御用もなく、のんびりとしていたころ、時雨がさあっと降って、荻の上風もしみじみと感じられ る夕暮に、大宮のお部屋に、内大臣が参上なさって、姫君をそこへお呼びになって、お琴などをお弾かせなさる。大宮は、何事も上手でいらっしゃ るので、それらをみなお教えになる。  「琵琶は、女性が弾くには見にくいようだが、いかにも達者な感じがするものです。今の世に、正しく弾き伝えている人は、めったにいなくなってし まいました。何々親王、何々の源氏とか」  などとお数えになって、  「女性の中では、太政大臣が山里に隠しおいていらっしゃる人が、たいそう上手だと聞いております。音楽の名人の血筋ではありますが、子孫の 代になって、田舎生活を長年していた人が、どうしてそのように上手に弾けたのでしょう。あの大臣が、ことの他上手な人だと思っておっしゃったこと がありました。他の芸とは違って、音楽の才能はやはり広くいろんな人と合奏をし、あれこれの楽器に調べを合わせてこそ、立派になるものです が、独りで学んで、上手になったというのは珍しいことです」  などとおっしゃって、大宮にお促し申し上げになると、  「柱を押さえることが久しぶりになってしまいました」  とおっしゃったが、美しくお弾きになる。  「ご幸運な上に、さらにやはり不思議なほど立派な方なのですね。お年をとられた今までに、お持ちでなかった女の子をお生み申されて、側に置 いてみすぼらしくするでなく、れっきとしたお方にお預けした考えは、申し分のない人だと聞いております」  などと、一方ではお話し申し上げなさる。  [第四段 弘徽殿女御の失意]  「女性はただ心がけによって、世間から重んじられるものでございますね」  などと、他人の身の上についてお話し出されて、  「弘徽殿の女御を、悪くはなく、どんなことでも他人には負けまいと存じておりましたが、思いがけない人に負けてしまった運命に、この世は案に 相違したものだと存じました。せめてこの姫君だけは、何とか思うようにしたいものです。東宮の御元服は、もうすぐのことになったと、ひそかに期待 していたのですが、あのような幸福者から生まれたお后候補者が、また後から追いついてきました。入内なさったら、まして対抗できる人はいない のではないでしょうか」  とお嘆きになると、  「どうして、そのようなことがありましょうか。この家にもそのような人がいないで終わってしまうようなことはあるまいと、亡くなった大臣が思ってい らっしゃって、女御の御ことも、熱心に奔走なさったのでしたが。生きていらっしゃったならば、このように筋道の通らぬこともなかったでしょうに」  などと、あの一件では、太政大臣を恨めしくお思い申し上げていらっしゃった。  姫君のご様子が、とても子どもっぽくかわいらしくて、箏のお琴をお弾きになっていらっしゃるが、お髪の下り端、髪の具合などが、上品で艶々とし てしているのをじっと見ていらっしゃると、恥ずかしく思って、少し横をお向きになった横顔、その恰好がかわいらしげで、取由の手つきが、非常にじ ょうずに作った人形のような感じがするので、大宮もこの上なくかわいいと思っていらっしゃった。調子合わせのための小曲などを軽くお弾きになっ て、押しやりなさった。  [第五段 夕霧、内大臣と対面]  内大臣は、和琴を引き寄せなさって、律調のかえって今風なのを、その方面の名人がうちとけてお弾きになっているのは、たいそう興趣がある。 御前のお庭の木の葉がほろほろと落ちきって、老女房たちが、あちらこちらの御几帳の後に、集まって聞いていた。  「風の力がおよそ弱い」  と、朗誦なさって、  「琴のせいではないが、不思議としみじみとした夕べですね。もっと、弾きましょうよ」  とおっしゃって、「秋風楽」に調子を整えて、唱歌なさる声、とても素晴らしいので、みなそれぞれに、内大臣をも見事であるとお思い申し上げにな っていらっしゃると、それをいっそう喜ばせようというのであろうか、冠者の君が参上なさった。  「こちらに」とおっしゃって、御几帳を隔ててお入れ申し上げになった。  「あまりお目にかかれませんね。どうしてこう、このご学問に打ち込んでいらっしゃるのでしょう。学問が身分以上になるのもよくないことだと、大臣 もご存知のはずですが、こうもお命じ申し上げなさるのは、考える子細もあるのだろうと存じますが、こんなに籠もってばかりいらっしゃるのは、お気 の毒でございます」  と申し上げなさって、  「時々は、別のことをなさい。笛の音色にも昔の聖賢の教えは、伝わっているものです」 とおっしゃって、御笛を差し上げなさる。  たいそう若々しく美しい音色を吹いて、大変に興がわいたので、お琴はしばらく弾きやめて、大臣が、拍子をおおげさではなく軽くお打ちになって、  「萩の花で摺った」  などとお歌いになる。  「大殿も、このような管弦の遊びにご熱心で、忙しいご政務からはお逃げになるのでした。なるほど、つまらない人生ですから、満足のゆくことをし て、過ごしたいものでございますね」  などとおっしゃって、お杯をお勧めなさっているうちに、暗くなったので、燈火をつけて、お湯漬や果物などを、どなたもお召し上がりになる。  姫君はあちらの部屋に引き取らせなさった。つとめて二人の間を遠ざけなさって、「お琴の音だけもお聞かせしないように」と、今ではすっかりお引 き離し申していらっしゃるのを、  「お気の毒なことが起こりそうなお仲だ」  と、お側近くお仕え申している大宮づきの年輩の女房たちは、ひそひそ話しているのであった。  [第六段 内大臣、雲居雁の噂を立ち聞く]  内大臣はお帰りになったふうにして、こっそりと女房を相手なさろうと座をお立ちになったのだが、そっと身を細めてお帰りになる途中で、このよう なひそひそ話をしているので、妙にお思いになって、お耳をとめなさると、ご自分の噂をしている。  「えらそうにしていらっしゃるが、人の親ですよ。いずれ、ばかばかしく後悔することが起こるでしょう」  「子を知っているのは親だというのは、嘘のようですね」  などと、こそこそと噂し合う。  「あきれたことだ。やはりそうであったのか。思いよらないことではなかったが、子供だと思って油断しているうちに。世の中は何といやなものであ るな」  と、ことの子細をつぶさに了解なさったが、音も立てずにお出になった。  前駆の先を払う声が盛んに聞こえるので、  「殿は、今お帰りあそばしたのだわ」  「どこに隠れていらっしゃったのかしら」  「今でもこんな浮気をなさるとは」  と言い合っている。ひそひそ話をした女房たちは、  「とても香ばしい匂いがしてきたのは、冠者の君がいらっしゃるのだとばかり思っていましたわ」  「まあ、いやだわ。陰口をお聞きになったかしら。厄介なご気性だから」  と、皆困り合っていた。  殿は、道中お考えになることに、  「まったく問題にならない悪いことではないが、ありふれた親戚どうしの結婚で、世間の人もきっとそう取り沙汰するに違いないことだ。大臣が、強 引に女御を抑えなさっているのも癪なのに、ひょっとして、この姫君が相手に勝てることがあろうかも知れないと思っていたが、くやしいことだ」  とお思いになる。殿どうしのお仲は、普通のことでは昔も今もたいそう仲よくいらっしゃりながら、このような方面では、競争申されたこともお思い出 しになって、おもしろくないので、寝覚めがちに夜をお明かしになる。  「大宮だって、そのような様子は御存じであろうに、たいへんにかわいがっていらっしゃるお孫たちなので、好きなようにさせていらっしゃるのだろ う」  と、女房たちが言っていた様子を、いまいましいとお思いになると、お心が穏やかでなくなって、少し男らしく事をはっきりさせたがるご気性にとっ ては、抑えがたい。   第四章 内大臣家の物語 雲居雁の養育をめぐる物語  [第一段 内大臣、母大宮の養育を恨む]  二日ほどして、参上なさった。頻繁に参上なさる時は、大宮もとてもご満足され、嬉しく思っておいであった。尼削ぎの御髪に手入れをなさって、き ちんとした小袿などをお召し添えになって、わが子ながら気づまりなほど立派なお方なので、直接顔を合わせずにお会いなさる。  大臣は御機嫌が悪くて、  「こちらにお伺いするのも体裁悪く、女房たちがどのように見ていますかと、気がひけてしまいます。たいした者ではありませんが、世に生きてい ますうちは、常にお目にかからせていただき、ご心配をかけることのないようにと存じております。  不心得者のことで、お恨み申さずにはいられないようなことが起こってまいりましたが、こんなにはお恨み申すまいと一方では存じながらも、やは り抑えがたく存じられまして」  と、涙をお拭いなさるので、大宮は、お化粧なさっていた顔色も変わって、お目を大きく見張られた。  「どうしたことで、こんな年寄を、お恨みなさるのでしょうか」  と申し上げなさるのも、今さらながらお気の毒であるが、  「ご信頼申していたお方に、幼い子どもをお預け申して、自分ではかえって幼い時から何のお世話も致さずに、まずは身近にいた姫君の、宮仕え などが思うようにいかないのを、心配しながら奔走しいしい、それでもこの姫君を一人前にしてくださるものと信頼しておりましたのに、意外なことが ございましたので、とても残念です。  ほんとうに天下に並ぶ者のない優れた方のようですが、近しい者どうしが結婚するのは、人の外聞も浅薄な感じが、たいした身分でもないものど うしの縁組でさえ考えますのに、あちらの方のためにも、たいそう不体裁なことです。他人で、豪勢な初めての関係の家で、派手に大切にされるの こそ、よいものです。縁者どうしの、馴れ合いの結婚なので、大臣も不快にお思いになることがあるでしょう。  それはそれとしても、これこれしかじかですと、わたしにお知らせくださって、特別なお扱いをして、少し世間でも関心を寄せるような趣向を取り入 れたいものです。若い者どうしの思いのままに放って置かれたのが、心外に思われるのです」  と申し上げなさると、夢にも御存知なかったことなので、驚きあきれなさって、  「なるほど、そうおっしゃるのもごもっともなことですが、ぜんぜんこの二人の気持ちを存じませんでした。なるほど、とても残念なことは、こちらこそ あなた以上に嘆きたいくらいです。子どもたちと一緒にわたしを非難なさるのは、恨めしいことです。  お世話致してから、特別にかわいく思いまして、あなたがお気づきにならないことも、立派にしてやろうと、内々に考えていたのでしたよ。まだ年 端もゆかないうちに、親心の盲目から、急いで結婚させようとは考えもしないことです。  それにしても、誰がそのようなことを申したのでしょう。つまらぬ世間の噂を取り上げて、容赦なくおっしゃるのも、つまらないことで、根も葉もない 噂で、姫君のお名に傷がつくのではないでしょうか」  とおっしゃると、  「どうして、根も葉もないことでございましょうか。仕えている女房たちも、陰ではみな笑っているようですのに、とても悔しく、面白くなく存じられる のですよ」  とおっしゃって、お立ちになった。  事情を知っている女房どうしは、実におかわいそうに思う。先夜の陰口を叩いた女房たちは、それ以上に気も動転して、「どうしてあのような内緒 話をしたのだろう」と、一同後悔し合っていた。  [第二段 内大臣、乳母らを非難する]  姫君は、何もご存知でなくていらっしゃるのを、お覗きになると、とてもかわいらしいご様子なのを、しみじみと拝見なさる。  「若いと言っても、無分別でいらっしゃったのを知らないで、ほんとうにこうまで一人前にと思っていた自分こそ、もっとあさはかであったよ」  とおっしゃって、御乳母たちをお責めになるが、お返事の申しようもない。  「このようなことは、この上ない帝の大切な内親王も、いつの間にか過ちを起こす例は、昔物語にもあるようですが、二人の気持ちを知って仲立ち する人が、隙を窺ってするのでしょう」  「この二人は、朝夕ご一緒に長年過ごしていらっしゃったので、どうして、お小さい二人を、大宮様のお扱いをさし越えてお引き離し申すことができ ましょうと、安心して過ごして参りましたが、一昨年ごろからは、はっきり二人を隔てるお扱いに変わりましたようなので、若い人と言っても、人目を ごまかして、どういうものにか、ませた真似をする人もいらっしゃるようですが、けっして色めいたところもなくいらっしゃるようなので、ちっとも思いも かけませんでした」  と、お互いに嘆く。  「よし、暫くの間、このことは人に言うまい。隠しきれないことだが、よく注意して、せめて事実無根だともみ消しなさい。今からは自分の所に引き 取ろう。大宮のお扱いが恨めしい。お前たちは、いくらなんでも、こうなって欲しいとは思わなかっただろう」  とおっしゃるので、「困ったこととではあるが、嬉しいことをおっしゃる」と思って、  「まあ、とんでもありません。按察大納言殿のお耳に入ることをも考えますと、立派な人ではあっても、臣下の人であっては、何を結構なことと考え て望んだり致しましょう」  と申し上げる。  姫君は、とても子供っぽいご様子で、いろいろとお申し上げなさっても、何もお分かりでないので、お泣きになって、  「どうしたら、傷ものにおなりにならずにすむ道ができようか」  と、こっそりと頼れる乳母たちとご相談なさって、大宮だけをお恨み申し上げなさる。  [第三段 大宮、内大臣を恨む]  大宮は、とてもかわいいとお思いになる二人の中でも、男君へのご愛情がまさっていらっしゃるのであろうか、このような気持ちがあったのも、か わいらしくお思いになられるが、情愛なく、ひどいことのようにお考えになっておっしゃったのを、  「どうしてそんなに悪いことがあろうか。もともと深くおかわいがりになることもなくて、こんなにまで大事にしようともお考えにならなかったのに、わ たしがこのように世話してきたからこそ、春宮へのご入内のこともお考えになったのに。思いどおりにゆかないで、臣下と結ばれるならば、この男君 以外にまさった人がいるだろうか。器量や、態度をはじめとして、同等の人がいるだろうか。この姫君以上の身分の姫君が相応しいと思うのに」  と、ご自分の愛情が男君の方に傾くせいからであろうか、内大臣を恨めしくお思い申し上げなさる。もしもお心の中をお見せ申したら、どんなにか お恨み申し上げになることであろうか。  [第四段 大宮、夕霧に忠告]  このように騷がれているとも知らないで、冠者の君が参上なさった。先夜も人目が多くて、思っていることもお申し上げになることができずに終わっ てしまったので、いつもよりもしみじみと思われなさったので、夕方いらっしゃったのであろう。  大宮は、いつもは何はさておき、微笑んでお待ち申し上げていらっしゃるのに、まじめなお顔つきでお話など申し上げなさる時に、  「あなたのお事で、内大臣殿がお恨みになっていらっしゃったので、とてもお気の毒です。人に感心されないことにご執心なさって、わたしに心配 かけさせることがつらいのです。こんなことはお耳に入れまいと思いますが、そのようなこともご存知なくてはと思いまして」  と申し上げなさると、心配していた方面のことなので、すぐに気がついた。顔が赤くなって、  「どのようなことでしょうか。静かな所に籠もりまして以来、何かにつけて人と交際する機会もないので、お恨みになることはございますまいと存じ ておりますが」  と言って、とても恥ずかしがっている様子を、かわいくも気の毒に思って、  「よろしい。せめて今からはご注意なさい」  とだけおっしゃって、他の話にしておしまいになった。   第五章 夕霧の物語 幼恋の物語  [第一段 夕霧と雲居雁の恋の煩悶]  「今後いっそうお手紙などを交わすことは難しいだろう」と考えると、とても嘆かわしく、食事を差し上げても、少しも召し上がらず、お寝みになってし まったふうにしているが、心も落ち着かず、人が寝静まったころに、中障子を引いてみたが、いつもは特に錠など下ろしていないのに、固く錠さし て、女房の声も聞こえない。実に心細く思われて、障子に寄りかかっていらっしゃると、女君も目を覚まして、風の音が竹に待ち迎えられて、さらさ らと音を立てると、雁が鳴きながら飛んで行く声が、かすかに聞こえるので、子供心にも、あれこれとお思い乱れるのであろうか、  「雲居の雁もわたしのようなのかしら」  と、独り言をおっしゃる様子、若々しくかわいらしい。  とてももどかしくてならないので、  「ここを、お開け下さい。小侍従はおりますか」  とおっしゃるが、返事がない。乳母子だったのである。独り言をお聞きになったのも恥ずかしくて、わけなく顔を衾の中にお入れなさったが、恋心 は知らないでもないとは憎いことよ。乳母たちが近くに臥せっていて、起きていることに気づかれるのもつらいので、お互いに音を立てない。  「真夜中に友を呼びながら飛んでいく雁の声に   さらに悲しく吹き加わる荻の上を吹く風よ」  「身にしみて感じられることだ」と思い続けて、大宮の御前に帰って嘆きがちでいらっしゃるのも、「お目覚めになってお聞きになろうか」と憚られ て、もじもじしながら臥せった。  むやみに何となく恥ずかしい気がして、ご自分のお部屋に早く出て、お手紙をお書きになったが、小侍従にも会うことがおできになれず、あの姫 君の方にも行くことがおできになれず、たまらない思いでいらっしゃる。  女は女でまた、騒がれなさったことばかり恥ずかしくて、「自分の身はどうなるのだろう、世間の人はどのように思うだろう」とも深くお考えになら ず、美しくかわいらしくて、ちょっと噂していることにも、嫌な話だとお突き放しになることもないのであった。  また、このように騒がれねばならないことともお思いでなかったのを、御後見人たちがひどく注意するので、文通をすることもおできになれない。大 人であったら、しかるべき機会を作るであろうが、男君も、まだ少々頼りない年頃なので、ただたいそう残念だとばかり思っている。  [第二段 内大臣、弘徽殿女御を退出させる]  内大臣は、あれ以来参上なさらず、大宮をひどいとお思い申していらっしゃる。北の方には、このようなことがあったとは、そぶりにもお見せ申され ず、ただ何かにつけて、とても不機嫌なご様子で、  「中宮が格別に威儀を整えて参内なさったのに対して、わが女御が将来を悲嘆していらっしゃるのが、気の毒に胸が痛いので、里に退出おさせ 申して、気楽に休ませて上げましょう。立后しなかったとはいえ、主上のお側にずっと伺候なさって、昼夜おいでのようですから、仕えている女房た ちも気楽になれず、苦しがってばかりいるようですから」  とおっしゃって、急に里にご退出させ申し上げなさる。お許しは難しかったが、無理をおっしゃって、主上はしぶしぶでおありであったのを、むりやり お迎えなさる。  「所在なくていらっしゃるでしょうから、姫君を迎えて、一緒に遊びなどなさい。大宮にお預け申しているのは、安心なのですが、たいそう小賢しく ませた人が一緒なので、自然と親しくなるのも、困った年頃になったので」  とお申し上げなさって、急にお引き取りになさる。  大宮は、とても気落ちなさって、  「一人いらした女の子がお亡くなりになって以来、とても寂しく心細かったのが、うれしいことにこの姫君を得て、生きている間中お世話できる相手 と思って、朝な夕なに、老後の憂さつらさの慰めにしようと思っていましたが、心外にも心隔てを置いてお思いになるのも、つらく思われます」  などとお申し上げなさると、恐縮して、  「心中に不満に存じられますことは、そのように存じられますと申し上げただけでございます。深く隔意もってお思い申し上げることはどうしていた しましょう。  宮中に仕えております姫君が、ご寵愛が恨めしい様子で、最近退出おりますが、とても所在なく沈んでおりますので、気の毒に存じますので、一 緒に遊びなどをして慰めようと存じまして、ほんの一時引き取るのでございます」と言って、「お育てくださり、一人前にしてくださったのを、けっして いいかげんにはお思い申しておりません」  と申し上げなさると、このようにお思いたちになった以上は、引き止めようとなさっても、お考え直されるご性質ではないので、大変に残念にお思 いになって、  「人の心とは嫌なものです。あれこれにつけ幼い子どもたちも、わたしに隠し事をして嫌なことですよ。また一方で、子どもとはそのようなものでし ょうが、内大臣が、思慮分別がおありになりながら、わたしを恨んで、このように連れて行っておしまいになるとは。あちらでは、ここよりも安心なこと はあるまいに」  と、泣きながらおっしゃる。  [第三段 夕霧、大宮邸に参上]  ちょうど折しも冠者の君が参上なさった。「もしやちょっとした隙でもありやしないか」と、最近は頻繁にお顔を出しになられるのであった。内大臣の お車があるので、気がとがめて具合悪いので、こっそり隠れて、ご自分のお部屋にお入りになった。  内大臣の若公達の、左近少将、少納言、兵衛佐、侍従、大夫などと言った人々も、皆ここには参集なさったが、御簾の内に入ることはお許しにな らない。  左兵衛督、権中納言なども、異腹の兄弟であるが、故大殿のご待遇によって、今でも参上して御用を承ることが親密なので、その子どもたちもそ れぞれ参上なさるが、この冠者の君に似た美しい人はいないように見える。  大宮のご愛情も、この上なくお思いであったが、ただこの姫君を、身近にかわいい者とお思いになってお世話なさって、いつもお側にお置きになっ て、かわいがっていらっしゃったのに、このようにしてお引き移りになるのが、とても寂しいこととお思いになる。  内大臣殿は、  「今の間に、内裏に参上しまして、夕方に迎えに参りましょう」  と言って、お出になった。  「今さら言っても始まらないことだが、穏便に言いなして、二人の仲を許してやろうか」とお思いになるが、やはりとても面白くないので、「ご身分が もう少し一人前になったら、不満足な地位でないと見做して、その時に、愛情が深いか浅いかの状態も見極めて、許すにしても、改まった結婚とい う形式を踏んで婿として迎えよう。厳しく言っても、一緒にいては、子どものことだから、見苦しいことをしよう。大宮も、まさかむやみにお諌めになる ことはあるまい」  とお思いになると、弘徽殿女御が寂しがっているのにかこつけて、こちらにもあちらにも穏やかに話して、お連れになるのであった。  [第四段 夕霧と雲居雁のわずかの逢瀬]  大宮のお手紙で、  「内大臣は、お恨みでしょうが、あなたは、こうはなってもわたしの気持ちはわかっていただけるでしょう。いらっしゃってお顔をお見せください」  と差し上げなさると、とても美しく装束を整えていらっしゃった。十四歳でいらっしゃった。まだ十分に大人にはお見えでないが、とてもおっとりとし ていらして、しとやかで、美しい姿態をしていらっしゃった。  「いままでお側をお離し申さず、明け暮れの話相手とお思い申していたのに、とても寂しいことですね。残り少ない晩年に、あなたのご将来を見届 けることができないことは、寿命と思いますが、今のうちから見捨ててお移りになる先が、どこかしらと思うと、とても不憫でなりません」  と言ってお泣きになる。姫君は、恥ずかしいこととお思いになると、顔もお上げにならず、ただ泣いてばかりいらっしゃる。男君の御乳母の、宰相 の君が出て来て、  「同じご主人様とお頼り申しておりましたが、残念にもこのようにお移りあそばすとは。内大臣殿は別にお考えになるところがおありでも、そのよう にお思いあそばしますな」  などと、ひそひそと申し上げると、いっそう恥ずかしくお思いになって、何ともおっしゃらない。  「いえもう、厄介なことは申し上げなさいますな。人の運命はそれぞれで、とても先のことは分からないもので」  とおっしゃる。  「いえいえ、一人前でないとお侮り申していらっしゃるのでしょう。今はそうですが、わたくしどもの若君が人にお劣り申していらっしゃるかどうか、 どなたにでもお聞き合わせくださいませ」  と、癪にさわるのにまかせて言う。  冠者の君は、物陰に入って御覧になると、人が見咎めるのも、何でもない時は苦しいだけであったが、とても心細くて、涙を拭いながらいらっしゃ る様子を、御乳母が、とても気の毒に見て、大宮にいろいろとご相談申し上げて、夕暮の人の出入りに紛れて、対面させなさった。  お互いに何となく恥ずかしく胸がどきどきして、何も言わないでお泣きになる。  「内大臣のお気持ちがとてもつらいので、ままよ、いっそ諦めようと思いますが、恋しくいらっしゃてたまらないです。どうして、少しお逢いできそう な折々があったころは、離れて過ごしていたのでしょう」  とおっしゃる様子も、たいそう若々しく痛々しげなので、  「わたしも、あなたと同じ思いです」  とおっしゃる。  「恋しいと思ってくださるでしょうか」  とおっしゃると、ちょっとうなずきなさる様子も、幼い感じである。  [第五段 乳母、夕霧の六位を蔑む]  御殿油をお点けし、内大臣が宮中から退出なさって来た様子で、ものものしく大声を上げて先払いする声に、女房たちが、  「それそれ、お帰りだ」  などと慌てるので、とても恐ろしくお思いになって震えていらっしゃる。そんなにやかましく言われるなら言われても構わないと、一途な心で、姫君 をお放し申されない。姫君の乳母が参ってお捜し申して、その様子を見て、  「まあ、いやだわ。なるほど、大宮は御存知ないことではなかったのだわ」  と思うと、実に恨めしくなって、  「何とも、情けないことですわ。内大臣殿がおっしゃることは、申すまでもなく、大納言殿にもどのようにお聞きになることでしょう。結構な方であっ ても、初婚の相手が六位風情との御縁では」  と、つぶやいているのがかすかに聞こえる。ちょうどこの屏風のすぐ背後に捜しに来て、嘆くのであった。  男君は、「自分のことを位がないと軽蔑しているのだ」とお思いになると、こんな二人の仲がたまらなくなって、愛情も少しさめる感じがして、許し がたい。  「あれをお聞きなさい。   真っ赤な血の涙を流して恋い慕っているわたしを   浅緑の袖の色だと言ってけなしてよいものでしょうか  恥ずかしい」  とおっしゃると、  「色々とわが身の不運が思い知らされますのは   どのような因縁の二人なのでしょう」  と、言い終わらないうちに、殿がお入りになっていらしたので、しかたなくお戻りになった。  男君は、後に残された気持ちも、とても体裁が悪く、胸が一杯になって、ご自分のお部屋で横におなりになった。  お車は三輌ほどで、ひっそりと急いでお出になる様子を聞くのも、落ち着かないので、大宮の御前から「いらっしゃい」とあるが、寝ている様子をし て身動きもなさらない。  涙ばかりが止まらないので、嘆きながら夜を明かして、霜がたいそう白いころに急いでお帰りになる。泣き腫らした目許も、人に見られるのが恥ず かしいので、大宮もまた、お召しになって放さないだろうから、気楽な所でと思って、急いでお帰りになったのであった。  その道中は、誰のせいからでなく、心細く思い続けると、空の様子までもたいそう曇って、まだ暗いのであった。  「霜や氷が嫌に張り詰めた明け方の   空を真暗にして降る涙の雨だなあ」   第六章 夕霧の物語 五節舞姫への恋  [第一段 惟光の娘、五節舞姫となる]  大殿の所では、今年、五節の舞姫を差し上げなさる。何ほどといったご用意ではないが、童女の装束など、日が近くなったといって、急いでおさ せになる。  東の院では、参内の夜の付人の装束を準備させなさる。殿におかれては、全般的な事柄を、中宮からも、童女や、下仕えの人々のご料などを、 並大抵でないものを差し上げなさった。  昨年は、五節などは停止になっていたが、もの寂しかった思いを加えて、殿上人の気分も、例年よりもはなやかに思うにちがいない年なので、 家々が競って、たいそう立派に善美の限りを尽くして用意をなさるとの噂である。  按察大納言、左衛門督と、殿上人の五節としては、良清が、今では近江守で左中弁を兼官しているのが、差し上げるのだった。皆残させなさっ て、宮仕えするようにとの、仰せ言が特にあった年なので、娘をそれぞれ差し上げなさる。  大殿の舞姫は、惟光朝臣が、摂津守で左京大夫を兼官しているその娘の、器量などもたいそう美しいという評判があるのをお召しになる。つらい ことと思ったが、  「按察大納言が、異腹の娘を差し上げられるというのに、朝臣が大切なまな娘を差し出すのは、何の恥ずかしいことがあろうか」  とお責めになるので、困って、いっそのこと宮仕えをそのままさせようと考えていた。  舞の稽古などは、里邸で十分に仕上げて、介添役など、親しく身近に添うべき女房などは、丹念に選んで、その日の夕方大殿に参上させた。  大殿邸でも、それぞれのご婦人方の童女や、下仕えの優れている者をと、お比べになり、選び出される者たちの気分は、身分相応につけて、た いそう誇らしげである。  主上のお前に召されて御覧になられる前稽古に、殿のお前を通らせてみようとお決めになる。誰一人落第する者もいないくらいに、それぞれ素晴 らしい童女の姿態や、器量にお困りになって、  「もう一人分の舞姫の介添役を、こちらから差し上げたいものだな」  などと言ってお笑いになる。わずかに態度や心構えの違いによって選ばれたのであった。  [第二段 夕霧、五節舞姫を恋慕]  大学の君は、ただ胸が一杯で、食事なども見たくなく、ひどくふさぎこんで、漢籍も読まないで物思いに沈んで横になっていらっしゃったが、気分も 紛れようかと外出して、人目に立たないようにお歩きになる。  姿態、器量は立派で美しくて、落ち着いて優美でいらっしゃるので、若い女房などは、とても素晴らしいと拝見している。  対の上の御方には、御簾のお前近くに出ることさえお近寄らせにならない。ご自分のお心の性癖から、どのようにお考えになったのであろうか、 他人行儀なお扱いなので、女房なども疎遠なのだが、今日は舞姫の混雑に紛れて、入り込んで来られたのであろう。  舞姫を大切に下ろして、妻戸の間に屏風などを立てて、臨時の設備なので、そっと近寄ってお覗きになると、苦しそうに物に寄り臥していた。  ちょうど、あの姫君と同じくらいに見えて、もう少し背丈がすらっとしていて、姿つきなどが一段と風情があって、美しい点では勝ってさえ見える。暗 いので、詳しくは見えないが、全体の感じがたいそうよく似ている様子なので、心が移るというのではないが、気持ちを抑えかねて、裾を引いてさら さらと音を立てさせなさると、何か分からず、変だと思っていると、  「天にいらっしゃる豊岡姫に仕える宮人も   わたしのものと思う気持ちを忘れないでください  瑞垣のずっと昔から思い染めてきましたのですから」  とおっしゃるのは、あまりにも唐突というものである。  若々しく美しい声であるが、誰とも分からず、薄気味悪く思っていたところへ、化粧し直そうとして、騒いでいる女房たちが、近くにやって来て騒が しくなったので、とても残念な気がして、お立ち去りになった。  [第三段 宮中における五節の儀]  浅葱の服が嫌なので、宮中に参内することもせず、億劫がっていらっしゃるのを、五節だからというので、直衣なども特別の衣服の色を許されて 参内なさる。いかにも幼げで美しい方であるが、お年のわりに大人っぽくて、しゃれてお歩きになる。帝をはじめ参らせて、大切になさる様子は並大 抵でなく、世にも珍しいくらいのご寵愛である。  五節の参内する儀式は、いずれ劣らず、それぞれがこの上なく立派になさっているが、「舞姫の器量は、大殿と大納言のとは素晴らしい」という大 評判である。なるほど、とてもきれいであるが、おっとりとして可憐なさまは、やはり大殿のには、かないそうもなかった。  どことなくきれいな感じの当世風で、誰の娘だか分からないよう飾り立てた姿態などが、めったにないくらい美しいのを、このように褒められるよう である。例年の舞姫よりは、皆少しずつ大人びていて、なるほど特別な年である。  大殿が宮中に参内なさって御覧になると、昔お目をとどめなさった少女の姿をお思い出しになる。辰の日の暮方に手紙をやる。その内容はご想 像ください。  「少女だったあなたも神さびたことでしょう   天の羽衣を着て舞った昔の友も長い年月を経たので」  歳月の流れを数えて、ふとお思い出しになられたままの感慨を、堪えることができずに差し上げたのが、胸をときめかせるのも、はかないことであ るよ。  「五節のことを言いますと、昔のことが今日のことのように思われます   日蔭のかずらを懸けて舞い、お情けを頂戴したことが」  青摺りの紙をよく間に合わせて、誰の筆跡だか分からないように書いた、濃く、また薄く、草体を多く交えているのも、あの身分にしてはおもしろい と御覧になる。  冠者の君も、少女に目が止まるにつけても、ひそかに思いをかけてあちこちなさるが、側近くにさえ寄せず、たいそう無愛想な態度をしているの で、もの恥ずかしい年頃の身では、心に嘆くばかりであった。器量はそれは、とても心に焼きついて、つれない人に逢えない慰めにでも、手に入れ たいものだと思う。  [第四段 夕霧、舞姫の弟に恋文を託す]  そのまま皆宮中に残させなさって、宮仕えするようにとの御内意があったが、この場は退出させて、近江守の娘は辛崎の祓い、津守のは難波で 祓いをと、競って退出した。大納言も改めて出仕させたい旨を奏上させる。左衛門督は、資格のない者を差し上げて、お咎めがあったが、それも残 させなさる。  津守は、「典侍が空いているので」と申し上げさせたので、「そのように労をねぎらってやろうか」と大殿もお考えになっていたのを、あの冠者の君 はお聞きになって、とても残念だと思う。  「自分の年齢や、位などが、このように問題でないならば、願い出てみたいのだが。思っているということさえ知られないで終わってしまうことよ」  と、特別強く執心しているのではないが、あの姫君のことに加えて涙がこぼれる時々がある。  兄弟で童殿上する者が、つねにこの君に参上してお仕えしているのを、いつもよりも親しくご相談なさって、  「五節はいつ宮中に参内なさるのか」  とお尋ねになる。  「今年と聞いております」  と申し上げる。  「顔がたいそうよかったので、無性に恋しい気がする。おまえがいつも見ているのが羨ましいが、もう一度見せてくれないか」  とおっしゃると、  「どうしてそのようなことができましょうか。思うように会えないのでございます。男兄弟だといって、近くに寄せませんので、まして、あなた様には どうしてお会わせ申すことができましょうか」  と申し上げる。  「それでは、せめて手紙だけでも」  といってお与えになった。「以前からこのようなことはするなと親が言われていたものを」と困ったが、無理やりにお与えになるので、気の毒に思っ て持って行った。  年齢よりは、ませていたのであろうか、興味をもって見るのであった。緑色の薄様に、好感の持てる色を重ねて、筆跡はまだとても子供っぽい が、将来性が窺えて、たいそう立派に、  「日の光にはっきりとおわかりになったでしょう   あなたが天の羽衣も翻して舞う姿に思いをかけたわたしのことを」  二人で見ているところに、父殿がひょいとやって来た。恐くなってどうしていいか分からず、隠すこともできない。  「何の手紙だ」  と言って取ったので、顔を赤らめていた。  「けしからぬことをした」  と叱ると、男の子が逃げて行くのを、呼び寄せて、  「誰からだ」  と尋ねると、  「大殿の冠者の君が、これこれしかじかとおっしゃってお与えになったのです」  と言うと、すっかり笑顔になって、  「何ともかわいらしい若君のおたわむれだ。おまえたちは、同じ年齢だが、お話にならないくらい頼りないことよ」  などと褒めて、母君にも見せる。  「大殿の公達が、すこしでも一人前にお考えになってくださるならば、宮仕えよりは、差し上げようものを。大殿のご配慮を見ると、一度見初めた女 性を、お忘れにならないのがたいそう頼もしい。明石の入道の例になるだろうか」  などと言うが、皆は準備にとりかかっていた。  [第五段 花散里、夕霧の母代となる]  あの若君は、手紙をやることさえおできになれず、一段と恋い焦がれる方のことが心にかかって、月日がたつにつれて、無性に恋しい面影に再び 会えないのではないかとばかり思っている。大宮のお側へも、何となく気乗りがせず参上なさらない。いらっしゃったお部屋や長年一所に遊んだ所 ばかりが、ますます思い出されるので、里邸までが疎ましくお思いになられて、籠もっていらっしゃった。  大殿は、東院の西の対の御方に、お預け申し上げていらっしゃったのであった。  「大宮のご寿命も大したことがないので、お亡くなりになった後も、このように子供の時から親しんで、お世話してください」  と申し上げなさると、ただおっしゃっるとおりになさるご性質なので、親しくかわいがって上げなさる。  ちらっとなどお顔を拝見しても、  「器量はさほどすぐれていないな。このような方をも、父はお捨てにならなかったのだ」などと、「自分は、無性に、つらい人のご器量を心にかけて 恋しいと思うのもつまらないことだ。気立てがこのように柔和な方をこそ愛し合いたいものだ」  と思う。また一方で、  「向かい合っていて見ていられないようなのも気の毒な感じだ。こうして長年連れ添っていらっしゃったが、父上が、そのようなご器量を、承知なさ ったうえで、浜木綿ほどの隔てを置き置きして、何やかやとなさって見ないようにしていらっしゃるらしいのも、もっともなことだ」  と考える心の中は、大したほどである。  大宮の器量は格別でいらっしゃるが、まだたいそう美しくいらっしゃり、こちらでもあちらでも、女性は器量のよいものとばかり目馴れていらっしゃる が、もともとさほどでなかったご器量が、少し盛りが過ぎた感じがして、痩せてみ髪が少なくなっているのなどが、このように難をつけたくなるのであ った。  [第六段 歳末、夕霧の衣装を準備]  年の暮には、正月のご装束などを、大宮はただこの冠君の君の一人だけの事を、余念なく準備なさる。いく組も、たいそう立派に仕立てなさった のを見るのも、億劫にばかり思われるので、  「元旦などには、特に参内すまいと存じておりますのに、どうしてこのようにご準備なさるのでしょうか」  と申し上げなさると、  「どうして、そのようなことがあってよいでしょうか。年をとってすっかり気落ちした人のようなことをおっしゃいますね」  とおっしゃるので、  「年はとっていませんが、何もしたくない気がしますよ」  と独り言をいって、涙ぐんでいらっしゃる。  「あの姫君のことを思っているのだろう」と、とても気の毒になって、大宮も泣き顔になってしまわれた。  「男は、取るに足りない身分の人でさえ、気位を高く持つものです。あまり沈んで、こうしていてはなりません。どうして、こんなにくよくよ思い詰め ることがありましょうか。縁起でもありません」  とおっしゃるが、  「そんなことはありません。六位などと人が軽蔑するようなので、少しの間だとは存じておりますが、参内するのも億劫なのです。故祖父大臣が 生きていらっしゃったならば、冗談にも、人からは軽蔑されることはなかったでございましょうに。何の遠慮もいらない実の親でいらしゃいますが、た いそう他人行儀に遠ざけるようになさいますので、いらっしゃる所にも、気安くお目通りもかないません。東の院にお出での時だけ、お側近く上がり ます。対の御方だけは、やさしくしてくださいますが、母親が生きていらっしゃいましたら、何も思い悩まなくてよかったものを」  と言って、涙が落ちるのを隠していらっしゃる様子、たいそう気の毒なので、大宮は、ますますほろほろとお泣きになって、  「母親に先立たれた人は、身分の高いにつけ低いにつけて、そのように気の毒なことなのですが、自然とそれぞれの前世からの宿縁で、成人し てしまえば、誰も軽蔑する者はいなくなるものですから、思い詰めないでいらっしゃい。亡くなった太政大臣がせめてもう少しだけ長生きをしてくれれ ばよかったのに。絶大な庇護者としては、同じようにご信頼申し上げてはいますが、思いどおりに行かないことが多いですね。内大臣の性質も、普 通の人とは違って立派だと世間の人も褒めて言うようですが、昔と違う事ばかりが多くなって行くので、長生きも恨めしい上に、生い先の長いあな たにまで、このようなちょっとしたことにせよ、身の上を悲観していらっしゃるので、とてもいろいろと恨めしいこの世です」  と言って、泣いていらっしゃる。   第七章 光る源氏の物語 六条院造営  [第一段 二月二十日過ぎ、朱雀院へ行幸]  元旦にも、大殿は御参賀なさらないので、のんびりとしていっらしゃる。良房の大臣と申し上げた方の、昔の例に倣って、白馬を牽き、節会の日 は、宮中の儀式を模して、昔の例よりもいろいろな事を加えて、盛大なご様子である。  二月の二十日余りに、朱雀院に行幸がある。花盛りはまだのころであるが、三月は故藤壷の宮の御忌月である。早く咲いた桜の花の色もたいそ う美しいので、院におかれてもお心配りし特にお手入れあそばして、行幸に供奉なさる上達部や親王たちをはじめとして、十分にご用意なさってい た。  お供の人々は皆、青色の袍に、桜襲をお召しになる。帝は、赤色の御衣をお召しあそばされた。お召しがあって、太政大臣が参上なさる。同じ赤 色を着ていらっしゃるので、ますますそっくりで輝くばかりにお美しく見違えるほどとお見えになる。人々の装束や、振る舞いも、いつもと違ってい る。院も、たいそうおきれいにお年とともに御立派になられて、御様子や態度が、以前にもまして優雅におなりあそばしていた。  今日は、専門の文人もお呼びにならず、ただ漢詩を作る才能の高いという評判のある学生十人をお呼びになる。式部省の試験の題になぞらえ て、勅題を賜る。大殿のご長男の試験をお受けなさるようである。臆しがちな者たちは、ぼおっとしてしまって、繋いでない舟に乗って、池に一人一 人漕ぎ出して、実に途方に暮れているようである。  日がだんだんと傾いてきて、音楽の舟が幾隻も漕ぎ廻って、調子を整える時に、山風の響きがおもしろく吹き合わせているので、冠者の君は、  「こんなにつらい修業をしなくても皆と一緒に音楽を楽しめたりできるはずのものを」  と、世の中を恨めしく思っていらっしゃった。  「春鴬囀」を舞うときに、昔の花の宴の時をお思い出しになって、院の帝が、  「もう一度、あれの程が見られるだろうか」  と仰せられるにつけても、その当時のことがしみじみと次々とお思い出されなさる。舞い終わるころに、太政大臣が、院にお杯を差し上げなさる。  「鴬の囀る声は昔のままですが   馴れ親しんだあの頃とはすっかり時勢が変わってしまいました」  院の上は、  「宮中から遠く離れた仙洞御所にも   春が来たと鴬の声が聞こえてきます」  帥宮と申し上げた方は、今では兵部卿となって、今上帝にお杯を差し上げなさる。  「昔の音色そのままの笛の音に   さらに鴬の囀る声までもちっとも変わっていません」  巧みにその場をおとりなしなさった、心づかいは特に立派である。杯をお取りあそばして、  「鴬が昔を慕って木から木へと飛び移って囀っていますのは   今の木の花の色が悪くなっているからでしょうか」  と仰せになる御様子、この上なく奥ゆかしくいらっしゃる。このお杯事は、お身内だけのことなので、多数の方には杯が回らなかったのであろう か、または書き洩らしたのであろうか。  楽所が遠くてはっきり聞こえないので、御前にお琴をお召しになる。兵部卿宮は、琵琶。内大臣は和琴。箏のお琴は、院のお前に差し上げて、琴 の琴は、例によって太政大臣が頂戴なさる。お勧め申し上げなさる。このような素晴らしい方たちによる優れた演奏で、秘術を尽くした楽の音色 は、何ともたとえようがない。唱歌の殿上人が多数伺候している。「安名尊」を演奏して、次に「桜人」。月が朧ろにさし出して美しいころに、中島の あたりにあちこちに篝火をいくつも灯して、この御遊は終わった。  [第二段 弘徽殿大后を見舞う]  夜は更けてしまったが、このような機会に、太后宮のいらっしゃる方を、避けてお伺い申し上げなさらないのも、思いやりがないので、帰りにお立 ち寄りになる。大臣もご一緒に伺候なさる。  大后宮はお待ち喜びになって、ご面会なさる。とてもたいそうお年を召されたご様子にも、故宮をお思い出し申されて、「こんなに長生きされる方も いらっしゃるものを」と、残念にお思いになる。  「今ではこのように年を取って、すべての事柄を忘れてしまっておりましたが、まことに畏れ多くもお越し戴きましたので、改めて昔の御代のことが 思い出されます」 と、お泣きになる。  「頼りになるはずの人々に先立たれて後、春になった気分も知らないでいましたが、今日初めて心慰めることができました。時々はお伺い致しま す」  と御挨拶申し上げあそばす。太政大臣もしかるべくご挨拶なさって、  「また改めてお伺い致しましょう」  と、申し上げなさる。  ゆっくりなさらずにお帰りあそばすご威勢につけても、大后は、やはりお胸が静まらず、  「どのように思い出していられるのだろう。結局、政権をお執りになるというご運勢は、押しつぶせなかったのだ」  と昔を後悔なさる。  尚侍の君も、ゆったりした気分でお思い出しになると、しみじと感慨無量な事が多かった。今でも適当な機会に、何かの伝で密かに便りを差し上 げなさることがあるのであろう。  大后は朝廷に奏上なさることのある時々に、御下賜された年官や年爵、何かにつけながら、ご意向に添わない時には、「長生きをしてこんな酷い 目に遭うとは」と、もう一度昔の御代に取り戻したく、いろいろとご機嫌悪がっているのであった。  年を取っていかれるにつれて、意地の悪さも加わって、院ももてあまして、例えようもなくお思い申し上げていらっしゃるのだった。  さて、大学の君は、その日の漢詩を見事にお作りになって、進士におなりになった。長い年月修業した優れた者たちをお選びになったが、及第し た人は、わずかに三人だけであった。  秋の司召に、五位に叙されて、侍従におなりになった。あの人のことを、忘れる時はないが、内大臣が熱心に監視申していらっしゃるのも恨めし いので、無理をしてまでもお目にかかることはなさらない。ただお手紙だけを適当な機会に差し上げて、お互いに気の毒なお仲である。  [第三段 源氏、六条院造営を企図す]  大殿は、静かなお住まいを、同じことなら広く立派にして、あちこちに別居して気がかりな山里人などをも、集め住まわせようとのお考えで、六条 京極の辺りに、中宮の御旧居の近辺を、四町をいっぱいにお造りになる。  式部卿宮が、明年五十歳におなりになる御賀のことを、対の上がお考えなので、大臣も、「なるほど、見過ごすわけにはいかない」とお思いにな って、「そのようなご準備も、同じことなら新しい邸で」と、用意させなさる。  年が改まってからは、昨年以上にこのご準備の事、御精進落としの事、楽人、舞人の選定などを、熱心に準備させなさる。経、仏像、法事の日 の装束、禄などを、対の上はご準備なさるのだった。  東の院で、分担してご準備なさることがある。ご間柄は、いままで以上にとても優美にお手紙のやりとりをなさって、お過ごしになっているのであ った。  世間中が大騒ぎしているご準備なので、式部卿宮のお耳にも入って、  「長年の間、世間に対しては広大なお心であるが、わたくしどもには理不尽にも冷たくて、何かにつけて辱め、宮人に対してもお心配りがなく、嫌 なことばかり多かったのだが、恨めしいと思うことがあったのだろう」  と、お気の毒にもまたつらくもお思いであったが、このように数多くの女性関係の中で、特別のご寵愛があって、まことに奥ゆかしく結構な方とし て、大切にされていらっしゃるご運命を、自分の家までは及んで来ないが、名誉にお思いになると、また、  「このように世間の評判となるまで、大騒ぎしてご準備なさるのは、思いがけない晩年の慶事だ」  と、お喜びになるのを、北の方は、「おもしろくなく、不愉快だ」とばかりお思いであった。王女御の、ご入内の折などにも、大臣のご配慮がなかっ たようなのを、ますます恨めしいと思い込んでいらっしゃるのであろう。  [第四段 秋八月に六条院完成]  八月に、六条院が完成してお引っ越しなさる。未申の町は中宮の御旧邸なので、そのままお住まいになる予定である。辰巳は、殿のいらっしゃる 予定の区画である。丑寅は、東の院にいらっしゃる対の御方、戌亥の区画は、明石の御方とお考えになって造営なさった。もとからあった池や山 を、不都合な所にあるものは造り変えて、水の情緒や、山の風情を改めて、いろいろと、それぞれの御方々のご希望どおりにお造りになった。  東南の町は、山を高く築き、春の花の木を、無数に植えて、池の様子も趣深く優れていて、お庭先の前栽には、五葉の松、紅梅、桜、藤、山吹、 岩躑躅などといった、春の楽しみをことさらには植えないで、秋の前栽を、ひとむらずつ混ぜてあった。  中宮の御町は、もとからある山に、紅葉の色の濃い植木を幾本も植えて、泉の水を清らかに遠くまで流して、遣水の音がきわだつように岩を立て 加え、滝を落として、秋の野を広々と作ってあるが、折柄ちょうどその季節で、盛んに咲き乱れていた。嵯峨の大堰あたりの野山も、見るかげもなく 圧倒された今年の秋である。  北東の町は、涼しそうな泉があって、夏の木蔭を主としていた。庭先の前栽には、呉竹があり、下風が涼しく吹くようにし、木高い森のような木は 奥深く趣があって、山里めいて、卯花の垣根を特別に造りめぐらして、昔を思い出させる花橘、撫子、薔薇、くたになどといった花や、草々を植え て、春秋の木や草を、その中に混ぜていた。東面は、割いて馬場殿を造って、埒を結って、五月の御遊の場所として、水のほとりに菖蒲を植え茂ら せて、その向かい側に御厩舎を造って、またとない素晴らしい馬を何頭も繋がせていらっしゃった。  西北の町は、北面は築地で区切って、御倉町である。隔ての垣として松の木をたくさん植えて、雪を鑑賞するのに都合よくしてある。冬の初めの 朝、霜が結ぶように菊の籬、得意げに紅葉する柞の原、ほとんど名も知らない深山木などの、木深く茂っているのを移植してあった。  [第五段 秋の彼岸の頃に引っ越し始まる]  彼岸のころにお引っ越しになる。一度にとお決めあそばしたが、仰々しいようだといって、中宮は少しお延ばしになる。いつものようにおとなしく気 取らない花散里は、その夜、一緒にお引っ越しなさる。  春のお庭は、今の秋の季節には合わないが、とても見事である。お車十五台、御前駆は四位五位の人々が多く、六位の殿上人などは、特別な 人だけをお選びあそばしていた。仰々しくはなく、世間の非難があってはと簡略になさっていたので、どのような点につけても大仰に威勢を張ること はない。  もうお一方のご様子も、大して劣らないようになさって、侍従の君が付き添って、そちらはお世話なさっているので、なるほどこういうこともあるので あったと見受けられた。  女房たちの曹司町も、それぞれに細かく当ててあったのが、他の何よりも素晴らしく思われるのであった。  五、六日過ぎて、中宮が御退出あそばす。その御様子はそれは、簡略とはいっても、まことに大層なものである。御幸運の素晴らしいことは申す までもなく、お人柄が奥ゆかしく重々しくいらっしゃるので、世間から重んじられていらっしゃることは、格別でおいであそばした。  この町々の間の仕切りには、塀や廊などを、あちらとこちらとが行き来できるように作って、お互いに親しく風雅な間柄にお造りになってあった。  [第六段 九月、中宮と紫の上和歌を贈答]  九月になると、紅葉があちこちに色づいて、中宮のお庭先は何ともいえないほど素晴らしい。風がさっと吹いた夕暮に、御箱の蓋に、色とりどりの 花や紅葉をとり混ぜて、こちらに差し上げになさった。  大柄な童女が、濃い紫の袙に、紫苑の織物を重ねて、赤朽葉の羅の汗衫、とてももの馴れた感じで、廊や、渡殿の反橋を渡って参上する。格式 高い礼儀作法であるが、童女の容姿の美しいのを捨てがたくてお選びになったのであった。そのようなお所に伺候し馴れていたので、立居振舞、 姿つき、他家の童女とは違って、好感がもてて風情がある。お手紙には、  「お好みで春をお待ちのお庭では、せめてわたしの方の   紅葉を風のたよりにでも御覧あそばせ」  若い女房たちが、お使いを歓待する様子は風雅である。  お返事には、この御箱の蓋に苔を敷き、巌などの感じを出して、五葉の松の枝に、  「風に散ってしまう紅葉は心軽いものです、春の変わらない色を   この岩にどっしりと根をはった松の常磐の緑を御覧になってほしいものです」  この岩根の松も、よく見ると、素晴らしい造り物なのであった。このようにとっさに思いつきなさった趣向のよさを、感心して御覧あそばす。御前に 伺候している女房たちも褒め合っていた。大臣は、  「この紅葉のお手紙は、何とも憎らしいですね。春の花盛りに、このお返事は差し上げなさい。この季節に紅葉を貶すのは、龍田姫がどう思うかと いうこともあるので、ここは一歩退いて、花を楯にとって、強いことも言ったらよいでしょう」  と申し上げなさるのも、とても若々しくどこまでも素晴らしいお姿で魅力にあふれていらっしゃる上に、いっそう理想的なお邸で、お手紙のやりとり をなさる。  大堰の御方は、「このように御方々のお引っ越しが終わってから、人数にも入らない者は、いつか分からないようにこっそりと移ろう」とお考えにな って、神無月にお引っ越しになるのであった。お部屋の飾りや、お引っ越しの次第は他の方々に劣らないようにして、お移し申し上げなさる。姫君 のご将来をお考えになると、万事についての作法も、ひどく差をつけず、たいそう重々しくお扱いなさった。 源氏物語の世界ヘ 本文 ローマ字版 注釈 Last updated 12/6/99 渋谷栄一訳(C)(ver.1-2-1)    少女 光る源氏の太政大臣時代三十三歳の夏4月から35歳冬10月までの物語 第一章 朝顔姫君の物語 藤壷代償の恋の諦め 1.故藤壷の一周忌明ける---年が変わって、宮の御一周忌も過ぎたので 2.源氏、朝顔姫君を諦める---女五の宮の御方にも、このように機会を逃さず 第二章 夕霧の物語 光る源氏の子息教育の物語 1.子息夕霧の元服と教育論---大殿腹の若君のご元服のこと、ご準備をなさるが 2.大学寮入学の準備---字をつける儀式は、東の院でなさる 3.響宴と詩作の会---式が終わって退出する博士、文人たちをお召しになって 4.夕霧の勉学生活---引き続いて、入学の礼ということをおさせになって 5.大学寮試験の予備試験---今では寮試を受けさせようとなさって、まずご自分の前で 6.試験の当日---大学寮に参上なさる日は、寮の門前に 第三章 光る源氏周辺の人々の物語 内大臣家の物語 1.斎宮女御の立后と光る源氏の太政大臣就任---そろそろ、立后の儀があってよいころであるが 2.夕霧と雲居雁の幼恋---冠者の君は、同じ所でご成長なさったが 3.内大臣、大宮邸に参上---あちらとこちらの新任の大饗の宴が終わって、朝廷の御用もなく 4.弘徽殿女御の失意---「女性はただ心がけによって、世間から重んじられる 5.夕霧、内大臣と対面---内大臣は、和琴を引き寄せなさって、律調の 6.内大臣、雲居雁の噂を立ち聞く---内大臣はお帰りになったふうにして、こっそりと女房を 第四章 内大臣家の物語 雲居雁の養育をめぐる物語 1.内大臣、母大宮の養育を恨む---二日ほどして、参上なさった 2.内大臣、乳母らを非難する---姫君は、何もご存知でなくていらっしゃるのを 3.大宮、内大臣を恨む---大宮は、とてもかわいいとお思いになる二人の中でも 4.大宮、夕霧に忠告---このように騷がれているとも知らないで、冠者の君が 第五章 夕霧の物語 幼恋の物語 1.夕霧と雲居雁の恋の煩悶---「今後いっそうお手紙などを交わすことは難しいだろう」と 2.内大臣、弘徽殿女御を退出させる---内大臣は、あれ以来参上なさらず、大宮を 3.夕霧、大宮邸に参上---ちょうど折しも冠者の君が参上なさった 4.夕霧と雲居雁のわずかの逢瀬---大宮のお手紙で 5.乳母、夕霧の六位を蔑む---御殿油をお点けし、内大臣が宮中から退出なさって来た様子で 第六章 夕霧の物語 五節舞姫への恋 1.惟光の娘、五節舞姫となる---大殿の所では、今年、五節の舞姫を差し上げなさる 2.夕霧、五節舞姫を恋慕---大学の君は、ただ胸が一杯で、食事なども 3.宮中における五節の儀---浅葱の服が嫌なので、宮中に参内することもせず 4.夕霧、舞姫の弟に恋文を託す---そのまま皆宮中に残させなさって、宮仕えするようにとの 5.花散里、夕霧の母代となる---あの若君は、手紙をやることさえおできになれず 6.歳末、夕霧の衣装を準備---年の暮には、正月のご装束などを 第七章 光る源氏の物語 六条院造営 1.二月二十日過ぎ、朱雀院へ行幸---元旦にも、大殿は御参賀なさらないので 2.弘徽殿大后を見舞う---夜は更けてしまったが、このような機会に、太后宮のいらっしゃる方を 3.源氏、六条院造営を企図す---大殿は、静かなお住まいを、同じことなら広く 4.秋八月に六条院完成---八月に、六条院が完成してお引っ越しなさる 5.秋の彼岸の頃に引っ越し始まる---彼岸のころにお引っ越しになる 6.九月、中宮と紫の上和歌を贈答---九月になると、紅葉があちこちに色づいて   第一章 朝顔姫君の物語 藤壷代償の恋の諦め  [第一段 故藤壷の一周忌明ける]  年が変わって、宮の御一周忌も過ぎたので、世の人々の喪服が平常に戻って、衣更のころなどもはなやかであるが、それ以上に賀茂祭のころ は、おおよその空模様も気分がよいのに、前斎院は所在なげに物思いに耽っていらっしゃるが、庭先の桂の木の下を吹く風、慕わしく感じられるに つけても、若い女房たちは思い出されることが多いところに、大殿から、  「御禊の日は、どのようにのんびりとお過ごしになりましたか」  と、お見舞い申し上げなさった。  「今日は、   思いもかけませんでした   再びあなたが禊をなさろうとは」  紫色の紙、立て文にきちんとして、藤の花におつけになっていた。季節柄、感動をおぼえて、お返事がある。  「喪服を着たのはつい昨日のことと思っておりましたのに   もう今日はそれを脱ぐ禊をするとは、何と移り変わりの早い世の中ですこと  はかなくて」  とだけあるのを、例によって、お目を凝らして御覧になっていらっしゃる。  喪服をお脱ぎになるころにも、宣旨のもとに、置き所もないほど、お心づかいの品々が届けられたのを、院は見苦しいこととお思いになりお口にな さるが、  「意味ありげな、色めかしいお手紙ならば、何とか申し上げてご辞退するのですが、長年、表向きの折々のお見舞いなどはお馴れ申し上げになっ ていて、とても真面目な内容なので、どのように言い紛らわしてお断り申したらよいだろうか」  と、困っているようである。  [第二段 源氏、朝顔姫君を諦める]  女五の宮の御方にも、このように機会を逃さずお見舞い申し上げるので、とても感心して、  「この君が、昨日今日までは子供と思っていましたのに、このように成人されて、お見舞いくださるとは。容貌のとても美しいのに加えて、気立て までが人並み以上にすぐれていらっしゃいます」  とお褒め申し上げるのを、若い女房たちは苦笑申し上げる。  こちらの方にもお目にかかりなさる時には、  「この大臣が、このように心をこめてお手紙を差し上げなさるようですが、どうしてか、今に始まった軽いお気持ちではありません。亡くなられた宮 も、その関係が違ってしまわれて、お世話申し上げることができなくなったとお嘆きになっては、考えていたことを無理にお断りになったことだなど と、おっしゃっては、後悔していらっしゃったことがよくありました。  けれども、故大殿の姫君がいらっしゃった間は、三の宮がお気になさるのが気の毒さに、あれこれと言葉を添えることもなかったのです。今では、 そのれっきとした奥方でいらした方まで、お亡くなりになってしまったので、ほんとに、どうしてご意向どおりになられたとしても悪くはあるまいと思わ れますにつけても、昔に戻ってこのように熱心におっしゃていただけるのも、そうなるはずであったのだろうと存じます」  などと、いかにも古風に申し上げなさるのを、気にそまぬとお思いになって、  「亡き父宮からも、そのように強情な者と思われてまいりましたが、今さらに、改めて結婚しようというのも、ひどくおかしなことでございます」  と申し上げなさって、気恥ずかしくなるようなきっぱりとしたご様子なので、無理にもお勧め申し上げることもできない。  宮家に仕える人たちも、上下の女房たち、皆が心をお寄せ申していたので、縁談事を不安にばかりお思いになるが、かの当のご自身は、心のあ りったけを傾けて、愛情をお見せ申して、相手のお気持ちが揺らぐのをじっと待っていらっしゃるが、そのように無理してまで、お心を傷つけようなど とは、お考えにならないのであろう。   第二章 夕霧の物語 光る源氏の子息教育の物語  [第一段 子息夕霧の元服と教育論]  大殿腹の若君のご元服のこと、ご準備をなさるが、二条院でとお考えになるが、大宮がとても見たがっていっらしゃったのもごもっともに気の毒な ので、やはりそのままあちらの殿で式を挙げさせ申し上げなさる。  右大将をはじめとして、御伯父の殿方は、みな上達部で高貴なご信望厚い方々ばかりでいらっしゃるので、主人方でも、我も我もとしかるべき事 柄は、競い合ってそれぞれがお仕え申し上げなさる。だいたい世間でも大騒ぎをして、大変な準備のしようである。  四位につけようとお思いになり、世間の人々もきっとそうであろうと思っていたが、  「まだたいそう若いのに、自分の思いのままになる世だからといって、そのように急に位につけるのは、かえって月並なことだ」  とお止めになった。  浅葱の服で殿上の間にお戻りになるのを、大宮は、ご不満でとんでもないこととお思いになったのは、無理もなく、お気の毒なことであった。  ご対面なさって、このことをお話し申し上げなさると、  「今のうちは、このように無理をしてまで、まだ若年なので大人扱いする必要はございませんが、考えていることがございまして、大学の道に暫く の間勉強させようという希望がございますゆえ、もう二、三年間を無駄に過ごしたと思って、いずれ朝廷にもお仕え申せるようになりましたら、そのう ちに、一人前になりましょう。  自分は、宮中に成長致しまして、世の中の様子を存じませんで、昼夜、御帝の前に伺候致して、ほんのちょっと学問を習いました。ただ、畏れ多 くも直接に教えていただきましたのさえ、どのようなことも広い知識を知らないうちは、詩文を勉強するにも、琴や笛の調べにしても、音色が十分で なく、及ばないところが多いものでございました。  つまらない親に、賢い子が勝るという話は、とても難しいことでございますので、まして、次々と子孫に伝わっていき、離れてゆく先は、とても不安 に思えますので、決めましたことでございます。  高貴な家の子弟として、官位爵位が心にかない、世の中の栄華におごる癖がついてしまいますと、学問などで苦労するようなことは、とても縁遠 いことのように思うようです。遊び事や音楽ばかりを好んで、思いのままの官爵に昇ってしまうと、時勢に従う世の人が、内心ではばかにしながら、 追従し、機嫌をとりながら従っているうちは、自然とひとかどの人物らしく立派なようですが、時勢が移り、頼む人に先立たれて、運勢が衰えた末に は、人に軽んじらればかにされて、取り柄とするところがないものでございます。  やはり、学問を基礎にしてこそ、政治家としての心の働きが世間に認められるところもしっかりしたものでございましょう。当分の間は、不安なよう でございますが、将来の世の重鎮となるべき心構えを学んだならば、わたしが亡くなった後も、安心できようと存じてです。ただ今のところは、ぱっ としなくても、このように育てていきましたら、貧乏な大学生だといって、ばかにして笑う者もけっしてありますまいと存じます」  などと、わけをお話し申し上げになると、ほっと吐息をおつきになって、  「なるほど、そこまでお考えになって当然でしたことを。ここの大将なども、あまりに例に外れたご処置だと、不審がっておりましたようですが、この 子供心にも、とても残念がって、大将や、左衛門督の子どもなどを、自分よりは身分が下だと見くびっていたのさえ、皆それぞれ位が上がり上がり し、一人前になったのに、浅葱をとてもつらいと思っていられるので、気の毒なのでございます」  と申し上げなさると、ちょっとお笑いになって、  「たいそう一人前になって不平を申しているようですね。ほんとうにたわいないことよ。あの年頃ではね」  と言って、とてもかわいいとお思いであった。  「学問などをして、もう少し物の道理がわかったならば、そんな恨みは自然となくなってしまうでしょう」  とお申し上げになる。  [第二段 大学寮入学の準備]  字をつける儀式は、東の院でなさる。東の対を準備なさった。上達部、殿上人、めったにないことで見たいものだと思って、我も我もと参集なさっ た。博士たちもかえって気後れしてしまいそうである。  「遠慮することなく、慣例のとおりに従って、手加減せずに、厳格に行いなさい」  とお命じになると、無理に平静をよそおって、他人の家から調達した衣装類が、身につかず、不恰好な姿などにもかまいなく、表情、声づかいが、 もっともらしくしては、席について並んでいる作法をはじめとして、見たこともない様子である。  若い君達は、我慢しきれず笑ってしまった。一方では、笑ったりなどしないような、年もいった落ち着いた人だけをと、選び出して、お酌などもおさ せになるが、いつもと違った席なので、右大将や、民部卿などが、一所懸命に杯をお持ちになっているのを、あきれるばかり文句を言い言い叱りつ ける。  「おおよそ、宴席の相伴役は、はなはだ不作法でござる。これほど著名な誰それを知らなくて、朝廷にはお仕えしている。はなはだばかである」  などと言うと、人々がみな堪えきれず笑ってしまったので、再び、  「うるさい。お静かに。はなはだ不作法である。退席していただきましょう」  などと、脅して言うのも、まことにおかしい。  見慣れていらっしゃらない方々は、珍しく興味深いことと思い、この大学寮ご出身の上達部などは、得意顔に微笑みながら、このような道をご愛 好されて、大学に入学させなさったのが結構なことだと、ますますこのうえなく敬服申し上げていらっしゃった。  少し私語を言っても制止する。無礼な態度であると言っても叱る。騒がしく叱っている博士たちの顔が、夜に入ってからは、かえって一段と明るく なった燈火の中で、滑稽じみて貧相で、不体裁な様子などが、何から何まで、なるほど実に普通でなく、変わった様子であった。  大臣は、  「とてもだらしなく、頑固な者なので、やかましく叱られてまごつくだろう」  とおっしゃって、御簾の内に隠れて御覧になっていたのであった。  用意された席が足りなくて、帰ろうとする大学寮の学生たちがいるのをお聞きになって、釣殿の方にお呼び止めになって、特別に賜物をなさった。  [第三段 響宴と詩作の会]  式が終わって退出する博士、文人たちをお召しになって、また再び詩文をお作らせになる。上達部や、殿上人も、その方面に堪能な人ばかりは、 みなお残らせになる。博士たちは、律詩、普通の人は、大臣をはじめとして、絶句をお作りになる。興趣ある題の文字を選んで、文章博士が奉る。 夏の短いころの夜なので、すっかり明けて披講される。左中弁が、講師をお勤めした。容貌もたいそうきれいで、声の調子も堂々として、荘厳な感 じに読み上げたところは、たいそう趣がある。世の信望が格別高い学者なのであった。  このような高貴な家柄にお生まれになって、この世の栄華をひたすら楽しまれてよいお身の上でありながら、窓の螢を友とし、枝の雪にお親しみ になる学問への熱心さを、思いつく限りの故事をたとえに引いて、それぞれが作り集めた句がそれぞれに素晴らしく、「唐土にも持って行って伝え たいほどの世の名詩である」と、当時世間では褒めたたえるのであった。  大臣のお作は言うまでもない。親らしい情愛のこもった点までも素晴らしかったので、涙を流して朗誦しもてはやしたが、女の身では知らないこと を口にするのは生意気だと言われそうなので、嫌なので書き止めなかった。  [第四段 夕霧の勉学生活]  引き続いて、入学の礼ということをおさせになって、そのまま、この院の中にお部屋を設けて、本当に造詣の深い先生にお預け申されて、学問を おさせ申し上げなさった。  大宮のところにも、めったにお出かけにならない。昼夜かわいがりなさって、いつまでも子供のようにばかりお扱い申していらっしゃるので、あちら では、勉強もおできになれまいと考えて、静かな場所にお閉じこめ申し上げなさったのであった。  「一月に三日ぐらいは参りなさい」  と、お許し申し上げなさのであった。  じっとお籠もりになって、気持ちの晴れないまま、殿を、  「ひどい方でいらっしゃるなあ。こんなに苦しまなくても、高い地位に上り、世間に重んじられる人もいるではないか」  とお恨み申し上げなさるが、いったい性格が、真面目で、浮ついたところがなくていらっしゃるので、よく我慢して、  「何とかして必要な漢籍類を早く読み終えて、官途にもついて、出世しよう」  と思って、わずか四、五か月のうちに、『史記』などという書物、読み了えておしまいになった。  [第五段 大学寮試験の予備試験]  今では寮試を受けさせようとなさって、まずご自分の前で試験をさせなさる。  いつものとおり、大将、左大弁、式部大輔、左中弁などばかり招いて、先生の大内記を呼んで、『史記』の難しい巻々を、寮試を受けるのに、博士 が反問しそうなところどころを取り出して、ひととおりお読ませ申し上げなさると、不明な箇所もなく、諸説にわたって読み解かれるさまは、爪印もつ かず、あきれるほどよくできるので、  「お生まれが違っていらっしゃるのだ」  と、皆が皆、涙を流しなさる。大将は、誰にもまして、  「亡くなった大臣が生きていらっしゃったら」  と、口に出されて、お泣きになる。殿も、我慢がおできになれず、  「他人のことで、愚かで見苦しいと見聞きしておりましたが、子が大きくなっていく一方で、親が代わって愚かになっていくことは、たいした年齢で はありませんが、世の中とはこうしたものなのだなあ」  などとおっしゃって、涙をお拭いになるのを見る先生の気持ち、嬉しく面目をほどこしたと思った。  大将が、杯をおさしになると、たいそう酔っぱらっている顔つきは、とても痩せ細っている。  大変な変わり者で、学問のわりには登用されず、顧みられなくて貧乏でいたのであったが、お目に止まるところがあって、このように特別に召し 出したのであった。  身に余るほどのご愛顧を頂戴して、この若君のおかげで、急に生まれ変わったようになったと思うと、今にまして将来は、並ぶ者もない声望を得 るであろうよ。  [第六段 試験の当日]  大学寮に参上なさる日は、寮の門前に、上達部のお車が数知れないくらい集まっていた。おおよそ世間にこれを見ないで残っている人はあるま いと思われたが、この上なく大切に扱われて、労られながら入ってこられる冠者の君のご様子、なるほど、このような生活には耐えられないくらい 上品でかわいらしい感じである。  例によって、賤しい者たちが集まって来ている席の末に座るのをつらいとお思いになるのは、もっともなことである。  ここでも同様に、大声で叱る者がいて、目障りであるが、少しも気後れせずに最後までお読みになった。  昔が思い出される大学の盛んな時代なので、上中下の人は、我も我もと、この道を志望し集まってくるので、ますます、世の中に、学問があり有 能な人が多くなったのであった。擬文章生などとかいう試験をはじめとして、すらすらと合格なさったので、ひたすら学問に心を入れて、先生も弟子 も、いっそうお励みになる。  殿でも、作文の会を頻繁に催し、博士、文人たちも得意である。すべてどのようなことにつけても、それぞれの道に努める人の才能が発揮される 時代なのだった。   第三章 光る源氏周辺の人々の物語 内大臣家の物語  [第一段 斎宮女御の立后と光る源氏の太政大臣就任]  そろそろ、立后の儀があってよいころであるが、  「斎宮の女御こそは、母宮も、自分の変わりのお世話役とおっしゃっていましたから」  と、大臣もご遺志にかこつけて主張なさる。皇族出身から引き続き后にお立ちになることを、世間の人は賛成申し上げない。  「弘徽殿の女御が、まず誰より先に入内なさったのもどうだらろうか」  などと、内々に、こちら側あちら側につく人々は、心配申し上げている。  兵部卿宮と申し上げた方は、今では式部卿になって、この御世となってからはいっそうご信任厚い方でいらっしゃる、その姫も、かねての望みが かなって入内なさっていた。同様に、王の女御として伺候していらっしゃるので、  「同じ皇族出身なら、御母方として親しくいらっしゃる方をこそ、母后のいらっしゃらない代わりのお世話役として相応しいだろう」  と理由をつけて、ふさわしかるべく、それぞれ競争なさったが、やはり梅壷が立后なさった。ご幸福が、うって変わってすぐれていらっしゃることを、 世間の人は驚き申し上げる。  大臣は、太政大臣にお上がりになって、大将は、内大臣におなりになった。天下の政治をお執りになるようにお譲り申し上げなさる。性格は、まっ すぐで、威儀も正しくて、心づかいなどもしっかりしていらっしゃる。学問をとり立てて熱心になさったので、韻塞ぎにはお負けになったが、政治では 立派である。  いく人もの妻妾にお子たちが十余人、いずれも大きく成長していらっしゃるが、次から次と立派になられて、負けず劣らず栄えているご一族であ る。女の子は、弘徽殿の女御ともう一人いらっしゃるのであった。皇族出身を母親として、高貴なお血筋では劣らないのであるが、その母君は、按 察大納言の北の方となって、現在の夫との間に子どもの数が多くなって、「それらの子どもと一緒に継父に委ねるのは、まことに不都合なことだ」と 思って、お引き離させなさって、大宮にお預け申していらっしゃるのであった。女御よりはずっと軽くお思い申し上げていらっしゃったが、性格や、器 量など、とてもかわいらしくいらっしゃるのであった。  [第二段 夕霧と雲居雁の幼恋]  冠者の君は、同じ所でご成長なさったが、それぞれが十歳を過ぎてから後は、住む部屋を別にして、  「親しい縁者ですが、男の子には気を許すものではありません」  と、父大臣が訓戒なさって、離れて暮らすようになっていたが、子供心に慕わしく思うことなきにしもあらずなので、ちょっとした折々の花や紅葉に つけても、また雛遊びのご機嫌とりにつけても、熱心にくっついてまわって、真心をお見せ申されるので、深い情愛を交わし合いなさって、きっぱり と今でも恥ずかしがりなさらない。  お世話役たちも、  「何の、子どもどうしのことなので、長年親しくしていらっしゃったお間柄を、急に引き離して、どうしてきまり悪い思いをさせることができようか」  と思っていると、女君は何の考えもなくいらっしゃるが、男君は、あんなにも子どものように見えても、だいそれたどんな仲だったのであろうか、離 れ離れになってからは、逢えないことを気が気でなく思うのである。  まだ未熟ながら将来の思われるかわいらしい筆跡で、書き交わしなさった手紙が、不用意さから、自然と落としているときもあるのを、姫君の女 房たちは、うすうす知っている者もいたのだが、「どうして、こんな関係である」と、どなたに申し上げられようか。知っていながら隠しているのであろ う。  [第三段 内大臣、大宮邸に参上]  あちらとこちらの新任の大饗の宴が終わって、朝廷の御用もなく、のんびりとしていたころ、時雨がさあっと降って、荻の上風もしみじみと感じられ る夕暮に、大宮のお部屋に、内大臣が参上なさって、姫君をそこへお呼びになって、お琴などをお弾かせなさる。大宮は、何事も上手でいらっしゃ るので、それらをみなお教えになる。  「琵琶は、女性が弾くには見にくいようだが、いかにも達者な感じがするものです。今の世に、正しく弾き伝えている人は、めったにいなくなってし まいました。何々親王、何々の源氏とか」  などとお数えになって、  「女性の中では、太政大臣が山里に隠しおいていらっしゃる人が、たいそう上手だと聞いております。音楽の名人の血筋ではありますが、子孫の 代になって、田舎生活を長年していた人が、どうしてそのように上手に弾けたのでしょう。あの大臣が、ことの他上手な人だと思っておっしゃったこと がありました。他の芸とは違って、音楽の才能はやはり広くいろんな人と合奏をし、あれこれの楽器に調べを合わせてこそ、立派になるものです が、独りで学んで、上手になったというのは珍しいことです」  などとおっしゃって、大宮にお促し申し上げになると、  「柱を押さえることが久しぶりになってしまいました」  とおっしゃったが、美しくお弾きになる。  「ご幸運な上に、さらにやはり不思議なほど立派な方なのですね。お年をとられた今までに、お持ちでなかった女の子をお生み申されて、側に置 いてみすぼらしくするでなく、れっきとしたお方にお預けした考えは、申し分のない人だと聞いております」  などと、一方ではお話し申し上げなさる。  [第四段 弘徽殿女御の失意]  「女性はただ心がけによって、世間から重んじられるものでございますね」  などと、他人の身の上についてお話し出されて、  「弘徽殿の女御を、悪くはなく、どんなことでも他人には負けまいと存じておりましたが、思いがけない人に負けてしまった運命に、この世は案に 相違したものだと存じました。せめてこの姫君だけは、何とか思うようにしたいものです。東宮の御元服は、もうすぐのことになったと、ひそかに期待 していたのですが、あのような幸福者から生まれたお后候補者が、また後から追いついてきました。入内なさったら、まして対抗できる人はいない のではないでしょうか」  とお嘆きになると、  「どうして、そのようなことがありましょうか。この家にもそのような人がいないで終わってしまうようなことはあるまいと、亡くなった大臣が思ってい らっしゃって、女御の御ことも、熱心に奔走なさったのでしたが。生きていらっしゃったならば、このように筋道の通らぬこともなかったでしょうに」  などと、あの一件では、太政大臣を恨めしくお思い申し上げていらっしゃった。  姫君のご様子が、とても子どもっぽくかわいらしくて、箏のお琴をお弾きになっていらっしゃるが、お髪の下り端、髪の具合などが、上品で艶々とし てしているのをじっと見ていらっしゃると、恥ずかしく思って、少し横をお向きになった横顔、その恰好がかわいらしげで、取由の手つきが、非常にじ ょうずに作った人形のような感じがするので、大宮もこの上なくかわいいと思っていらっしゃった。調子合わせのための小曲などを軽くお弾きになっ て、押しやりなさった。  [第五段 夕霧、内大臣と対面]  内大臣は、和琴を引き寄せなさって、律調のかえって今風なのを、その方面の名人がうちとけてお弾きになっているのは、たいそう興趣がある。 御前のお庭の木の葉がほろほろと落ちきって、老女房たちが、あちらこちらの御几帳の後に、集まって聞いていた。  「風の力がおよそ弱い」  と、朗誦なさって、  「琴のせいではないが、不思議としみじみとした夕べですね。もっと、弾きましょうよ」  とおっしゃって、「秋風楽」に調子を整えて、唱歌なさる声、とても素晴らしいので、みなそれぞれに、内大臣をも見事であるとお思い申し上げにな っていらっしゃると、それをいっそう喜ばせようというのであろうか、冠者の君が参上なさった。  「こちらに」とおっしゃって、御几帳を隔ててお入れ申し上げになった。  「あまりお目にかかれませんね。どうしてこう、このご学問に打ち込んでいらっしゃるのでしょう。学問が身分以上になるのもよくないことだと、大臣 もご存知のはずですが、こうもお命じ申し上げなさるのは、考える子細もあるのだろうと存じますが、こんなに籠もってばかりいらっしゃるのは、お気 の毒でございます」  と申し上げなさって、  「時々は、別のことをなさい。笛の音色にも昔の聖賢の教えは、伝わっているものです」 とおっしゃって、御笛を差し上げなさる。  たいそう若々しく美しい音色を吹いて、大変に興がわいたので、お琴はしばらく弾きやめて、大臣が、拍子をおおげさではなく軽くお打ちになって、  「萩の花で摺った」  などとお歌いになる。  「大殿も、このような管弦の遊びにご熱心で、忙しいご政務からはお逃げになるのでした。なるほど、つまらない人生ですから、満足のゆくことをし て、過ごしたいものでございますね」  などとおっしゃって、お杯をお勧めなさっているうちに、暗くなったので、燈火をつけて、お湯漬や果物などを、どなたもお召し上がりになる。  姫君はあちらの部屋に引き取らせなさった。つとめて二人の間を遠ざけなさって、「お琴の音だけもお聞かせしないように」と、今ではすっかりお引 き離し申していらっしゃるのを、  「お気の毒なことが起こりそうなお仲だ」  と、お側近くお仕え申している大宮づきの年輩の女房たちは、ひそひそ話しているのであった。  [第六段 内大臣、雲居雁の噂を立ち聞く]  内大臣はお帰りになったふうにして、こっそりと女房を相手なさろうと座をお立ちになったのだが、そっと身を細めてお帰りになる途中で、このよう なひそひそ話をしているので、妙にお思いになって、お耳をとめなさると、ご自分の噂をしている。  「えらそうにしていらっしゃるが、人の親ですよ。いずれ、ばかばかしく後悔することが起こるでしょう」  「子を知っているのは親だというのは、嘘のようですね」  などと、こそこそと噂し合う。  「あきれたことだ。やはりそうであったのか。思いよらないことではなかったが、子供だと思って油断しているうちに。世の中は何といやなものであ るな」  と、ことの子細をつぶさに了解なさったが、音も立てずにお出になった。  前駆の先を払う声が盛んに聞こえるので、  「殿は、今お帰りあそばしたのだわ」  「どこに隠れていらっしゃったのかしら」  「今でもこんな浮気をなさるとは」  と言い合っている。ひそひそ話をした女房たちは、  「とても香ばしい匂いがしてきたのは、冠者の君がいらっしゃるのだとばかり思っていましたわ」  「まあ、いやだわ。陰口をお聞きになったかしら。厄介なご気性だから」  と、皆困り合っていた。  殿は、道中お考えになることに、  「まったく問題にならない悪いことではないが、ありふれた親戚どうしの結婚で、世間の人もきっとそう取り沙汰するに違いないことだ。大臣が、強 引に女御を抑えなさっているのも癪なのに、ひょっとして、この姫君が相手に勝てることがあろうかも知れないと思っていたが、くやしいことだ」  とお思いになる。殿どうしのお仲は、普通のことでは昔も今もたいそう仲よくいらっしゃりながら、このような方面では、競争申されたこともお思い出 しになって、おもしろくないので、寝覚めがちに夜をお明かしになる。  「大宮だって、そのような様子は御存じであろうに、たいへんにかわいがっていらっしゃるお孫たちなので、好きなようにさせていらっしゃるのだろ う」  と、女房たちが言っていた様子を、いまいましいとお思いになると、お心が穏やかでなくなって、少し男らしく事をはっきりさせたがるご気性にとっ ては、抑えがたい。   第四章 内大臣家の物語 雲居雁の養育をめぐる物語  [第一段 内大臣、母大宮の養育を恨む]  二日ほどして、参上なさった。頻繁に参上なさる時は、大宮もとてもご満足され、嬉しく思っておいであった。尼削ぎの御髪に手入れをなさって、き ちんとした小袿などをお召し添えになって、わが子ながら気づまりなほど立派なお方なので、直接顔を合わせずにお会いなさる。  大臣は御機嫌が悪くて、  「こちらにお伺いするのも体裁悪く、女房たちがどのように見ていますかと、気がひけてしまいます。たいした者ではありませんが、世に生きてい ますうちは、常にお目にかからせていただき、ご心配をかけることのないようにと存じております。  不心得者のことで、お恨み申さずにはいられないようなことが起こってまいりましたが、こんなにはお恨み申すまいと一方では存じながらも、やは り抑えがたく存じられまして」  と、涙をお拭いなさるので、大宮は、お化粧なさっていた顔色も変わって、お目を大きく見張られた。  「どうしたことで、こんな年寄を、お恨みなさるのでしょうか」  と申し上げなさるのも、今さらながらお気の毒であるが、  「ご信頼申していたお方に、幼い子どもをお預け申して、自分ではかえって幼い時から何のお世話も致さずに、まずは身近にいた姫君の、宮仕え などが思うようにいかないのを、心配しながら奔走しいしい、それでもこの姫君を一人前にしてくださるものと信頼しておりましたのに、意外なことが ございましたので、とても残念です。  ほんとうに天下に並ぶ者のない優れた方のようですが、近しい者どうしが結婚するのは、人の外聞も浅薄な感じが、たいした身分でもないものど うしの縁組でさえ考えますのに、あちらの方のためにも、たいそう不体裁なことです。他人で、豪勢な初めての関係の家で、派手に大切にされるの こそ、よいものです。縁者どうしの、馴れ合いの結婚なので、大臣も不快にお思いになることがあるでしょう。  それはそれとしても、これこれしかじかですと、わたしにお知らせくださって、特別なお扱いをして、少し世間でも関心を寄せるような趣向を取り入 れたいものです。若い者どうしの思いのままに放って置かれたのが、心外に思われるのです」  と申し上げなさると、夢にも御存知なかったことなので、驚きあきれなさって、  「なるほど、そうおっしゃるのもごもっともなことですが、ぜんぜんこの二人の気持ちを存じませんでした。なるほど、とても残念なことは、こちらこそ あなた以上に嘆きたいくらいです。子どもたちと一緒にわたしを非難なさるのは、恨めしいことです。  お世話致してから、特別にかわいく思いまして、あなたがお気づきにならないことも、立派にしてやろうと、内々に考えていたのでしたよ。まだ年 端もゆかないうちに、親心の盲目から、急いで結婚させようとは考えもしないことです。  それにしても、誰がそのようなことを申したのでしょう。つまらぬ世間の噂を取り上げて、容赦なくおっしゃるのも、つまらないことで、根も葉もない 噂で、姫君のお名に傷がつくのではないでしょうか」  とおっしゃると、  「どうして、根も葉もないことでございましょうか。仕えている女房たちも、陰ではみな笑っているようですのに、とても悔しく、面白くなく存じられる のですよ」  とおっしゃって、お立ちになった。  事情を知っている女房どうしは、実におかわいそうに思う。先夜の陰口を叩いた女房たちは、それ以上に気も動転して、「どうしてあのような内緒 話をしたのだろう」と、一同後悔し合っていた。  [第二段 内大臣、乳母らを非難する]  姫君は、何もご存知でなくていらっしゃるのを、お覗きになると、とてもかわいらしいご様子なのを、しみじみと拝見なさる。  「若いと言っても、無分別でいらっしゃったのを知らないで、ほんとうにこうまで一人前にと思っていた自分こそ、もっとあさはかであったよ」  とおっしゃって、御乳母たちをお責めになるが、お返事の申しようもない。  「このようなことは、この上ない帝の大切な内親王も、いつの間にか過ちを起こす例は、昔物語にもあるようですが、二人の気持ちを知って仲立ち する人が、隙を窺ってするのでしょう」  「この二人は、朝夕ご一緒に長年過ごしていらっしゃったので、どうして、お小さい二人を、大宮様のお扱いをさし越えてお引き離し申すことができ ましょうと、安心して過ごして参りましたが、一昨年ごろからは、はっきり二人を隔てるお扱いに変わりましたようなので、若い人と言っても、人目を ごまかして、どういうものにか、ませた真似をする人もいらっしゃるようですが、けっして色めいたところもなくいらっしゃるようなので、ちっとも思いも かけませんでした」  と、お互いに嘆く。  「よし、暫くの間、このことは人に言うまい。隠しきれないことだが、よく注意して、せめて事実無根だともみ消しなさい。今からは自分の所に引き 取ろう。大宮のお扱いが恨めしい。お前たちは、いくらなんでも、こうなって欲しいとは思わなかっただろう」  とおっしゃるので、「困ったこととではあるが、嬉しいことをおっしゃる」と思って、  「まあ、とんでもありません。按察大納言殿のお耳に入ることをも考えますと、立派な人ではあっても、臣下の人であっては、何を結構なことと考え て望んだり致しましょう」  と申し上げる。  姫君は、とても子供っぽいご様子で、いろいろとお申し上げなさっても、何もお分かりでないので、お泣きになって、  「どうしたら、傷ものにおなりにならずにすむ道ができようか」  と、こっそりと頼れる乳母たちとご相談なさって、大宮だけをお恨み申し上げなさる。  [第三段 大宮、内大臣を恨む]  大宮は、とてもかわいいとお思いになる二人の中でも、男君へのご愛情がまさっていらっしゃるのであろうか、このような気持ちがあったのも、か わいらしくお思いになられるが、情愛なく、ひどいことのようにお考えになっておっしゃったのを、  「どうしてそんなに悪いことがあろうか。もともと深くおかわいがりになることもなくて、こんなにまで大事にしようともお考えにならなかったのに、わ たしがこのように世話してきたからこそ、春宮へのご入内のこともお考えになったのに。思いどおりにゆかないで、臣下と結ばれるならば、この男君 以外にまさった人がいるだろうか。器量や、態度をはじめとして、同等の人がいるだろうか。この姫君以上の身分の姫君が相応しいと思うのに」  と、ご自分の愛情が男君の方に傾くせいからであろうか、内大臣を恨めしくお思い申し上げなさる。もしもお心の中をお見せ申したら、どんなにか お恨み申し上げになることであろうか。  [第四段 大宮、夕霧に忠告]  このように騷がれているとも知らないで、冠者の君が参上なさった。先夜も人目が多くて、思っていることもお申し上げになることができずに終わっ てしまったので、いつもよりもしみじみと思われなさったので、夕方いらっしゃったのであろう。  大宮は、いつもは何はさておき、微笑んでお待ち申し上げていらっしゃるのに、まじめなお顔つきでお話など申し上げなさる時に、  「あなたのお事で、内大臣殿がお恨みになっていらっしゃったので、とてもお気の毒です。人に感心されないことにご執心なさって、わたしに心配 かけさせることがつらいのです。こんなことはお耳に入れまいと思いますが、そのようなこともご存知なくてはと思いまして」  と申し上げなさると、心配していた方面のことなので、すぐに気がついた。顔が赤くなって、  「どのようなことでしょうか。静かな所に籠もりまして以来、何かにつけて人と交際する機会もないので、お恨みになることはございますまいと存じ ておりますが」  と言って、とても恥ずかしがっている様子を、かわいくも気の毒に思って、  「よろしい。せめて今からはご注意なさい」  とだけおっしゃって、他の話にしておしまいになった。   第五章 夕霧の物語 幼恋の物語  [第一段 夕霧と雲居雁の恋の煩悶]  「今後いっそうお手紙などを交わすことは難しいだろう」と考えると、とても嘆かわしく、食事を差し上げても、少しも召し上がらず、お寝みになってし まったふうにしているが、心も落ち着かず、人が寝静まったころに、中障子を引いてみたが、いつもは特に錠など下ろしていないのに、固く錠さし て、女房の声も聞こえない。実に心細く思われて、障子に寄りかかっていらっしゃると、女君も目を覚まして、風の音が竹に待ち迎えられて、さらさ らと音を立てると、雁が鳴きながら飛んで行く声が、かすかに聞こえるので、子供心にも、あれこれとお思い乱れるのであろうか、  「雲居の雁もわたしのようなのかしら」  と、独り言をおっしゃる様子、若々しくかわいらしい。  とてももどかしくてならないので、  「ここを、お開け下さい。小侍従はおりますか」  とおっしゃるが、返事がない。乳母子だったのである。独り言をお聞きになったのも恥ずかしくて、わけなく顔を衾の中にお入れなさったが、恋心 は知らないでもないとは憎いことよ。乳母たちが近くに臥せっていて、起きていることに気づかれるのもつらいので、お互いに音を立てない。  「真夜中に友を呼びながら飛んでいく雁の声に   さらに悲しく吹き加わる荻の上を吹く風よ」  「身にしみて感じられることだ」と思い続けて、大宮の御前に帰って嘆きがちでいらっしゃるのも、「お目覚めになってお聞きになろうか」と憚られ て、もじもじしながら臥せった。  むやみに何となく恥ずかしい気がして、ご自分のお部屋に早く出て、お手紙をお書きになったが、小侍従にも会うことがおできになれず、あの姫 君の方にも行くことがおできになれず、たまらない思いでいらっしゃる。  女は女でまた、騒がれなさったことばかり恥ずかしくて、「自分の身はどうなるのだろう、世間の人はどのように思うだろう」とも深くお考えになら ず、美しくかわいらしくて、ちょっと噂していることにも、嫌な話だとお突き放しになることもないのであった。  また、このように騒がれねばならないことともお思いでなかったのを、御後見人たちがひどく注意するので、文通をすることもおできになれない。大 人であったら、しかるべき機会を作るであろうが、男君も、まだ少々頼りない年頃なので、ただたいそう残念だとばかり思っている。  [第二段 内大臣、弘徽殿女御を退出させる]  内大臣は、あれ以来参上なさらず、大宮をひどいとお思い申していらっしゃる。北の方には、このようなことがあったとは、そぶりにもお見せ申され ず、ただ何かにつけて、とても不機嫌なご様子で、  「中宮が格別に威儀を整えて参内なさったのに対して、わが女御が将来を悲嘆していらっしゃるのが、気の毒に胸が痛いので、里に退出おさせ 申して、気楽に休ませて上げましょう。立后しなかったとはいえ、主上のお側にずっと伺候なさって、昼夜おいでのようですから、仕えている女房た ちも気楽になれず、苦しがってばかりいるようですから」  とおっしゃって、急に里にご退出させ申し上げなさる。お許しは難しかったが、無理をおっしゃって、主上はしぶしぶでおありであったのを、むりやり お迎えなさる。  「所在なくていらっしゃるでしょうから、姫君を迎えて、一緒に遊びなどなさい。大宮にお預け申しているのは、安心なのですが、たいそう小賢しく ませた人が一緒なので、自然と親しくなるのも、困った年頃になったので」  とお申し上げなさって、急にお引き取りになさる。  大宮は、とても気落ちなさって、  「一人いらした女の子がお亡くなりになって以来、とても寂しく心細かったのが、うれしいことにこの姫君を得て、生きている間中お世話できる相手 と思って、朝な夕なに、老後の憂さつらさの慰めにしようと思っていましたが、心外にも心隔てを置いてお思いになるのも、つらく思われます」  などとお申し上げなさると、恐縮して、  「心中に不満に存じられますことは、そのように存じられますと申し上げただけでございます。深く隔意もってお思い申し上げることはどうしていた しましょう。  宮中に仕えております姫君が、ご寵愛が恨めしい様子で、最近退出おりますが、とても所在なく沈んでおりますので、気の毒に存じますので、一 緒に遊びなどをして慰めようと存じまして、ほんの一時引き取るのでございます」と言って、「お育てくださり、一人前にしてくださったのを、けっして いいかげんにはお思い申しておりません」  と申し上げなさると、このようにお思いたちになった以上は、引き止めようとなさっても、お考え直されるご性質ではないので、大変に残念にお思 いになって、  「人の心とは嫌なものです。あれこれにつけ幼い子どもたちも、わたしに隠し事をして嫌なことですよ。また一方で、子どもとはそのようなものでし ょうが、内大臣が、思慮分別がおありになりながら、わたしを恨んで、このように連れて行っておしまいになるとは。あちらでは、ここよりも安心なこと はあるまいに」  と、泣きながらおっしゃる。  [第三段 夕霧、大宮邸に参上]  ちょうど折しも冠者の君が参上なさった。「もしやちょっとした隙でもありやしないか」と、最近は頻繁にお顔を出しになられるのであった。内大臣の お車があるので、気がとがめて具合悪いので、こっそり隠れて、ご自分のお部屋にお入りになった。  内大臣の若公達の、左近少将、少納言、兵衛佐、侍従、大夫などと言った人々も、皆ここには参集なさったが、御簾の内に入ることはお許しにな らない。  左兵衛督、権中納言なども、異腹の兄弟であるが、故大殿のご待遇によって、今でも参上して御用を承ることが親密なので、その子どもたちもそ れぞれ参上なさるが、この冠者の君に似た美しい人はいないように見える。  大宮のご愛情も、この上なくお思いであったが、ただこの姫君を、身近にかわいい者とお思いになってお世話なさって、いつもお側にお置きになっ て、かわいがっていらっしゃったのに、このようにしてお引き移りになるのが、とても寂しいこととお思いになる。  内大臣殿は、  「今の間に、内裏に参上しまして、夕方に迎えに参りましょう」  と言って、お出になった。  「今さら言っても始まらないことだが、穏便に言いなして、二人の仲を許してやろうか」とお思いになるが、やはりとても面白くないので、「ご身分が もう少し一人前になったら、不満足な地位でないと見做して、その時に、愛情が深いか浅いかの状態も見極めて、許すにしても、改まった結婚とい う形式を踏んで婿として迎えよう。厳しく言っても、一緒にいては、子どものことだから、見苦しいことをしよう。大宮も、まさかむやみにお諌めになる ことはあるまい」  とお思いになると、弘徽殿女御が寂しがっているのにかこつけて、こちらにもあちらにも穏やかに話して、お連れになるのであった。  [第四段 夕霧と雲居雁のわずかの逢瀬]  大宮のお手紙で、  「内大臣は、お恨みでしょうが、あなたは、こうはなってもわたしの気持ちはわかっていただけるでしょう。いらっしゃってお顔をお見せください」  と差し上げなさると、とても美しく装束を整えていらっしゃった。十四歳でいらっしゃった。まだ十分に大人にはお見えでないが、とてもおっとりとし ていらして、しとやかで、美しい姿態をしていらっしゃった。  「いままでお側をお離し申さず、明け暮れの話相手とお思い申していたのに、とても寂しいことですね。残り少ない晩年に、あなたのご将来を見届 けることができないことは、寿命と思いますが、今のうちから見捨ててお移りになる先が、どこかしらと思うと、とても不憫でなりません」  と言ってお泣きになる。姫君は、恥ずかしいこととお思いになると、顔もお上げにならず、ただ泣いてばかりいらっしゃる。男君の御乳母の、宰相 の君が出て来て、  「同じご主人様とお頼り申しておりましたが、残念にもこのようにお移りあそばすとは。内大臣殿は別にお考えになるところがおありでも、そのよう にお思いあそばしますな」  などと、ひそひそと申し上げると、いっそう恥ずかしくお思いになって、何ともおっしゃらない。  「いえもう、厄介なことは申し上げなさいますな。人の運命はそれぞれで、とても先のことは分からないもので」  とおっしゃる。  「いえいえ、一人前でないとお侮り申していらっしゃるのでしょう。今はそうですが、わたくしどもの若君が人にお劣り申していらっしゃるかどうか、 どなたにでもお聞き合わせくださいませ」  と、癪にさわるのにまかせて言う。  冠者の君は、物陰に入って御覧になると、人が見咎めるのも、何でもない時は苦しいだけであったが、とても心細くて、涙を拭いながらいらっしゃ る様子を、御乳母が、とても気の毒に見て、大宮にいろいろとご相談申し上げて、夕暮の人の出入りに紛れて、対面させなさった。  お互いに何となく恥ずかしく胸がどきどきして、何も言わないでお泣きになる。  「内大臣のお気持ちがとてもつらいので、ままよ、いっそ諦めようと思いますが、恋しくいらっしゃてたまらないです。どうして、少しお逢いできそう な折々があったころは、離れて過ごしていたのでしょう」  とおっしゃる様子も、たいそう若々しく痛々しげなので、  「わたしも、あなたと同じ思いです」  とおっしゃる。  「恋しいと思ってくださるでしょうか」  とおっしゃると、ちょっとうなずきなさる様子も、幼い感じである。  [第五段 乳母、夕霧の六位を蔑む]  御殿油をお点けし、内大臣が宮中から退出なさって来た様子で、ものものしく大声を上げて先払いする声に、女房たちが、  「それそれ、お帰りだ」  などと慌てるので、とても恐ろしくお思いになって震えていらっしゃる。そんなにやかましく言われるなら言われても構わないと、一途な心で、姫君 をお放し申されない。姫君の乳母が参ってお捜し申して、その様子を見て、  「まあ、いやだわ。なるほど、大宮は御存知ないことではなかったのだわ」  と思うと、実に恨めしくなって、  「何とも、情けないことですわ。内大臣殿がおっしゃることは、申すまでもなく、大納言殿にもどのようにお聞きになることでしょう。結構な方であっ ても、初婚の相手が六位風情との御縁では」  と、つぶやいているのがかすかに聞こえる。ちょうどこの屏風のすぐ背後に捜しに来て、嘆くのであった。  男君は、「自分のことを位がないと軽蔑しているのだ」とお思いになると、こんな二人の仲がたまらなくなって、愛情も少しさめる感じがして、許し がたい。  「あれをお聞きなさい。   真っ赤な血の涙を流して恋い慕っているわたしを   浅緑の袖の色だと言ってけなしてよいものでしょうか  恥ずかしい」  とおっしゃると、  「色々とわが身の不運が思い知らされますのは   どのような因縁の二人なのでしょう」  と、言い終わらないうちに、殿がお入りになっていらしたので、しかたなくお戻りになった。  男君は、後に残された気持ちも、とても体裁が悪く、胸が一杯になって、ご自分のお部屋で横におなりになった。  お車は三輌ほどで、ひっそりと急いでお出になる様子を聞くのも、落ち着かないので、大宮の御前から「いらっしゃい」とあるが、寝ている様子をし て身動きもなさらない。  涙ばかりが止まらないので、嘆きながら夜を明かして、霜がたいそう白いころに急いでお帰りになる。泣き腫らした目許も、人に見られるのが恥ず かしいので、大宮もまた、お召しになって放さないだろうから、気楽な所でと思って、急いでお帰りになったのであった。  その道中は、誰のせいからでなく、心細く思い続けると、空の様子までもたいそう曇って、まだ暗いのであった。  「霜や氷が嫌に張り詰めた明け方の   空を真暗にして降る涙の雨だなあ」   第六章 夕霧の物語 五節舞姫への恋  [第一段 惟光の娘、五節舞姫となる]  大殿の所では、今年、五節の舞姫を差し上げなさる。何ほどといったご用意ではないが、童女の装束など、日が近くなったといって、急いでおさ せになる。  東の院では、参内の夜の付人の装束を準備させなさる。殿におかれては、全般的な事柄を、中宮からも、童女や、下仕えの人々のご料などを、 並大抵でないものを差し上げなさった。  昨年は、五節などは停止になっていたが、もの寂しかった思いを加えて、殿上人の気分も、例年よりもはなやかに思うにちがいない年なので、 家々が競って、たいそう立派に善美の限りを尽くして用意をなさるとの噂である。  按察大納言、左衛門督と、殿上人の五節としては、良清が、今では近江守で左中弁を兼官しているのが、差し上げるのだった。皆残させなさっ て、宮仕えするようにとの、仰せ言が特にあった年なので、娘をそれぞれ差し上げなさる。  大殿の舞姫は、惟光朝臣が、摂津守で左京大夫を兼官しているその娘の、器量などもたいそう美しいという評判があるのをお召しになる。つらい ことと思ったが、  「按察大納言が、異腹の娘を差し上げられるというのに、朝臣が大切なまな娘を差し出すのは、何の恥ずかしいことがあろうか」  とお責めになるので、困って、いっそのこと宮仕えをそのままさせようと考えていた。  舞の稽古などは、里邸で十分に仕上げて、介添役など、親しく身近に添うべき女房などは、丹念に選んで、その日の夕方大殿に参上させた。  大殿邸でも、それぞれのご婦人方の童女や、下仕えの優れている者をと、お比べになり、選び出される者たちの気分は、身分相応につけて、た いそう誇らしげである。  主上のお前に召されて御覧になられる前稽古に、殿のお前を通らせてみようとお決めになる。誰一人落第する者もいないくらいに、それぞれ素晴 らしい童女の姿態や、器量にお困りになって、  「もう一人分の舞姫の介添役を、こちらから差し上げたいものだな」  などと言ってお笑いになる。わずかに態度や心構えの違いによって選ばれたのであった。  [第二段 夕霧、五節舞姫を恋慕]  大学の君は、ただ胸が一杯で、食事なども見たくなく、ひどくふさぎこんで、漢籍も読まないで物思いに沈んで横になっていらっしゃったが、気分も 紛れようかと外出して、人目に立たないようにお歩きになる。  姿態、器量は立派で美しくて、落ち着いて優美でいらっしゃるので、若い女房などは、とても素晴らしいと拝見している。  対の上の御方には、御簾のお前近くに出ることさえお近寄らせにならない。ご自分のお心の性癖から、どのようにお考えになったのであろうか、 他人行儀なお扱いなので、女房なども疎遠なのだが、今日は舞姫の混雑に紛れて、入り込んで来られたのであろう。  舞姫を大切に下ろして、妻戸の間に屏風などを立てて、臨時の設備なので、そっと近寄ってお覗きになると、苦しそうに物に寄り臥していた。  ちょうど、あの姫君と同じくらいに見えて、もう少し背丈がすらっとしていて、姿つきなどが一段と風情があって、美しい点では勝ってさえ見える。暗 いので、詳しくは見えないが、全体の感じがたいそうよく似ている様子なので、心が移るというのではないが、気持ちを抑えかねて、裾を引いてさら さらと音を立てさせなさると、何か分からず、変だと思っていると、  「天にいらっしゃる豊岡姫に仕える宮人も   わたしのものと思う気持ちを忘れないでください  瑞垣のずっと昔から思い染めてきましたのですから」  とおっしゃるのは、あまりにも唐突というものである。  若々しく美しい声であるが、誰とも分からず、薄気味悪く思っていたところへ、化粧し直そうとして、騒いでいる女房たちが、近くにやって来て騒が しくなったので、とても残念な気がして、お立ち去りになった。  [第三段 宮中における五節の儀]  浅葱の服が嫌なので、宮中に参内することもせず、億劫がっていらっしゃるのを、五節だからというので、直衣なども特別の衣服の色を許されて 参内なさる。いかにも幼げで美しい方であるが、お年のわりに大人っぽくて、しゃれてお歩きになる。帝をはじめ参らせて、大切になさる様子は並大 抵でなく、世にも珍しいくらいのご寵愛である。  五節の参内する儀式は、いずれ劣らず、それぞれがこの上なく立派になさっているが、「舞姫の器量は、大殿と大納言のとは素晴らしい」という大 評判である。なるほど、とてもきれいであるが、おっとりとして可憐なさまは、やはり大殿のには、かないそうもなかった。  どことなくきれいな感じの当世風で、誰の娘だか分からないよう飾り立てた姿態などが、めったにないくらい美しいのを、このように褒められるよう である。例年の舞姫よりは、皆少しずつ大人びていて、なるほど特別な年である。  大殿が宮中に参内なさって御覧になると、昔お目をとどめなさった少女の姿をお思い出しになる。辰の日の暮方に手紙をやる。その内容はご想 像ください。  「少女だったあなたも神さびたことでしょう   天の羽衣を着て舞った昔の友も長い年月を経たので」  歳月の流れを数えて、ふとお思い出しになられたままの感慨を、堪えることができずに差し上げたのが、胸をときめかせるのも、はかないことであ るよ。  「五節のことを言いますと、昔のことが今日のことのように思われます   日蔭のかずらを懸けて舞い、お情けを頂戴したことが」  青摺りの紙をよく間に合わせて、誰の筆跡だか分からないように書いた、濃く、また薄く、草体を多く交えているのも、あの身分にしてはおもしろい と御覧になる。  冠者の君も、少女に目が止まるにつけても、ひそかに思いをかけてあちこちなさるが、側近くにさえ寄せず、たいそう無愛想な態度をしているの で、もの恥ずかしい年頃の身では、心に嘆くばかりであった。器量はそれは、とても心に焼きついて、つれない人に逢えない慰めにでも、手に入れ たいものだと思う。  [第四段 夕霧、舞姫の弟に恋文を託す]  そのまま皆宮中に残させなさって、宮仕えするようにとの御内意があったが、この場は退出させて、近江守の娘は辛崎の祓い、津守のは難波で 祓いをと、競って退出した。大納言も改めて出仕させたい旨を奏上させる。左衛門督は、資格のない者を差し上げて、お咎めがあったが、それも残 させなさる。  津守は、「典侍が空いているので」と申し上げさせたので、「そのように労をねぎらってやろうか」と大殿もお考えになっていたのを、あの冠者の君 はお聞きになって、とても残念だと思う。  「自分の年齢や、位などが、このように問題でないならば、願い出てみたいのだが。思っているということさえ知られないで終わってしまうことよ」  と、特別強く執心しているのではないが、あの姫君のことに加えて涙がこぼれる時々がある。  兄弟で童殿上する者が、つねにこの君に参上してお仕えしているのを、いつもよりも親しくご相談なさって、  「五節はいつ宮中に参内なさるのか」  とお尋ねになる。  「今年と聞いております」  と申し上げる。  「顔がたいそうよかったので、無性に恋しい気がする。おまえがいつも見ているのが羨ましいが、もう一度見せてくれないか」  とおっしゃると、  「どうしてそのようなことができましょうか。思うように会えないのでございます。男兄弟だといって、近くに寄せませんので、まして、あなた様には どうしてお会わせ申すことができましょうか」  と申し上げる。  「それでは、せめて手紙だけでも」  といってお与えになった。「以前からこのようなことはするなと親が言われていたものを」と困ったが、無理やりにお与えになるので、気の毒に思っ て持って行った。  年齢よりは、ませていたのであろうか、興味をもって見るのであった。緑色の薄様に、好感の持てる色を重ねて、筆跡はまだとても子供っぽい が、将来性が窺えて、たいそう立派に、  「日の光にはっきりとおわかりになったでしょう   あなたが天の羽衣も翻して舞う姿に思いをかけたわたしのことを」  二人で見ているところに、父殿がひょいとやって来た。恐くなってどうしていいか分からず、隠すこともできない。  「何の手紙だ」  と言って取ったので、顔を赤らめていた。  「けしからぬことをした」  と叱ると、男の子が逃げて行くのを、呼び寄せて、  「誰からだ」  と尋ねると、  「大殿の冠者の君が、これこれしかじかとおっしゃってお与えになったのです」  と言うと、すっかり笑顔になって、  「何ともかわいらしい若君のおたわむれだ。おまえたちは、同じ年齢だが、お話にならないくらい頼りないことよ」  などと褒めて、母君にも見せる。  「大殿の公達が、すこしでも一人前にお考えになってくださるならば、宮仕えよりは、差し上げようものを。大殿のご配慮を見ると、一度見初めた女 性を、お忘れにならないのがたいそう頼もしい。明石の入道の例になるだろうか」  などと言うが、皆は準備にとりかかっていた。  [第五段 花散里、夕霧の母代となる]  あの若君は、手紙をやることさえおできになれず、一段と恋い焦がれる方のことが心にかかって、月日がたつにつれて、無性に恋しい面影に再び 会えないのではないかとばかり思っている。大宮のお側へも、何となく気乗りがせず参上なさらない。いらっしゃったお部屋や長年一所に遊んだ所 ばかりが、ますます思い出されるので、里邸までが疎ましくお思いになられて、籠もっていらっしゃった。  大殿は、東院の西の対の御方に、お預け申し上げていらっしゃったのであった。  「大宮のご寿命も大したことがないので、お亡くなりになった後も、このように子供の時から親しんで、お世話してください」  と申し上げなさると、ただおっしゃっるとおりになさるご性質なので、親しくかわいがって上げなさる。  ちらっとなどお顔を拝見しても、  「器量はさほどすぐれていないな。このような方をも、父はお捨てにならなかったのだ」などと、「自分は、無性に、つらい人のご器量を心にかけて 恋しいと思うのもつまらないことだ。気立てがこのように柔和な方をこそ愛し合いたいものだ」  と思う。また一方で、  「向かい合っていて見ていられないようなのも気の毒な感じだ。こうして長年連れ添っていらっしゃったが、父上が、そのようなご器量を、承知なさ ったうえで、浜木綿ほどの隔てを置き置きして、何やかやとなさって見ないようにしていらっしゃるらしいのも、もっともなことだ」  と考える心の中は、大したほどである。  大宮の器量は格別でいらっしゃるが、まだたいそう美しくいらっしゃり、こちらでもあちらでも、女性は器量のよいものとばかり目馴れていらっしゃる が、もともとさほどでなかったご器量が、少し盛りが過ぎた感じがして、痩せてみ髪が少なくなっているのなどが、このように難をつけたくなるのであ った。  [第六段 歳末、夕霧の衣装を準備]  年の暮には、正月のご装束などを、大宮はただこの冠君の君の一人だけの事を、余念なく準備なさる。いく組も、たいそう立派に仕立てなさった のを見るのも、億劫にばかり思われるので、  「元旦などには、特に参内すまいと存じておりますのに、どうしてこのようにご準備なさるのでしょうか」  と申し上げなさると、  「どうして、そのようなことがあってよいでしょうか。年をとってすっかり気落ちした人のようなことをおっしゃいますね」  とおっしゃるので、  「年はとっていませんが、何もしたくない気がしますよ」  と独り言をいって、涙ぐんでいらっしゃる。  「あの姫君のことを思っているのだろう」と、とても気の毒になって、大宮も泣き顔になってしまわれた。  「男は、取るに足りない身分の人でさえ、気位を高く持つものです。あまり沈んで、こうしていてはなりません。どうして、こんなにくよくよ思い詰め ることがありましょうか。縁起でもありません」  とおっしゃるが、  「そんなことはありません。六位などと人が軽蔑するようなので、少しの間だとは存じておりますが、参内するのも億劫なのです。故祖父大臣が 生きていらっしゃったならば、冗談にも、人からは軽蔑されることはなかったでございましょうに。何の遠慮もいらない実の親でいらしゃいますが、た いそう他人行儀に遠ざけるようになさいますので、いらっしゃる所にも、気安くお目通りもかないません。東の院にお出での時だけ、お側近く上がり ます。対の御方だけは、やさしくしてくださいますが、母親が生きていらっしゃいましたら、何も思い悩まなくてよかったものを」  と言って、涙が落ちるのを隠していらっしゃる様子、たいそう気の毒なので、大宮は、ますますほろほろとお泣きになって、  「母親に先立たれた人は、身分の高いにつけ低いにつけて、そのように気の毒なことなのですが、自然とそれぞれの前世からの宿縁で、成人し てしまえば、誰も軽蔑する者はいなくなるものですから、思い詰めないでいらっしゃい。亡くなった太政大臣がせめてもう少しだけ長生きをしてくれれ ばよかったのに。絶大な庇護者としては、同じようにご信頼申し上げてはいますが、思いどおりに行かないことが多いですね。内大臣の性質も、普 通の人とは違って立派だと世間の人も褒めて言うようですが、昔と違う事ばかりが多くなって行くので、長生きも恨めしい上に、生い先の長いあな たにまで、このようなちょっとしたことにせよ、身の上を悲観していらっしゃるので、とてもいろいろと恨めしいこの世です」  と言って、泣いていらっしゃる。   第七章 光る源氏の物語 六条院造営  [第一段 二月二十日過ぎ、朱雀院へ行幸]  元旦にも、大殿は御参賀なさらないので、のんびりとしていっらしゃる。良房の大臣と申し上げた方の、昔の例に倣って、白馬を牽き、節会の日 は、宮中の儀式を模して、昔の例よりもいろいろな事を加えて、盛大なご様子である。  二月の二十日余りに、朱雀院に行幸がある。花盛りはまだのころであるが、三月は故藤壷の宮の御忌月である。早く咲いた桜の花の色もたいそ う美しいので、院におかれてもお心配りし特にお手入れあそばして、行幸に供奉なさる上達部や親王たちをはじめとして、十分にご用意なさってい た。  お供の人々は皆、青色の袍に、桜襲をお召しになる。帝は、赤色の御衣をお召しあそばされた。お召しがあって、太政大臣が参上なさる。同じ赤 色を着ていらっしゃるので、ますますそっくりで輝くばかりにお美しく見違えるほどとお見えになる。人々の装束や、振る舞いも、いつもと違ってい る。院も、たいそうおきれいにお年とともに御立派になられて、御様子や態度が、以前にもまして優雅におなりあそばしていた。  今日は、専門の文人もお呼びにならず、ただ漢詩を作る才能の高いという評判のある学生十人をお呼びになる。式部省の試験の題になぞらえ て、勅題を賜る。大殿のご長男の試験をお受けなさるようである。臆しがちな者たちは、ぼおっとしてしまって、繋いでない舟に乗って、池に一人一 人漕ぎ出して、実に途方に暮れているようである。  日がだんだんと傾いてきて、音楽の舟が幾隻も漕ぎ廻って、調子を整える時に、山風の響きがおもしろく吹き合わせているので、冠者の君は、  「こんなにつらい修業をしなくても皆と一緒に音楽を楽しめたりできるはずのものを」  と、世の中を恨めしく思っていらっしゃった。  「春鴬囀」を舞うときに、昔の花の宴の時をお思い出しになって、院の帝が、  「もう一度、あれの程が見られるだろうか」  と仰せられるにつけても、その当時のことがしみじみと次々とお思い出されなさる。舞い終わるころに、太政大臣が、院にお杯を差し上げなさる。  「鴬の囀る声は昔のままですが   馴れ親しんだあの頃とはすっかり時勢が変わってしまいました」  院の上は、  「宮中から遠く離れた仙洞御所にも   春が来たと鴬の声が聞こえてきます」  帥宮と申し上げた方は、今では兵部卿となって、今上帝にお杯を差し上げなさる。  「昔の音色そのままの笛の音に   さらに鴬の囀る声までもちっとも変わっていません」  巧みにその場をおとりなしなさった、心づかいは特に立派である。杯をお取りあそばして、  「鴬が昔を慕って木から木へと飛び移って囀っていますのは   今の木の花の色が悪くなっているからでしょうか」  と仰せになる御様子、この上なく奥ゆかしくいらっしゃる。このお杯事は、お身内だけのことなので、多数の方には杯が回らなかったのであろう か、または書き洩らしたのであろうか。  楽所が遠くてはっきり聞こえないので、御前にお琴をお召しになる。兵部卿宮は、琵琶。内大臣は和琴。箏のお琴は、院のお前に差し上げて、琴 の琴は、例によって太政大臣が頂戴なさる。お勧め申し上げなさる。このような素晴らしい方たちによる優れた演奏で、秘術を尽くした楽の音色 は、何ともたとえようがない。唱歌の殿上人が多数伺候している。「安名尊」を演奏して、次に「桜人」。月が朧ろにさし出して美しいころに、中島の あたりにあちこちに篝火をいくつも灯して、この御遊は終わった。  [第二段 弘徽殿大后を見舞う]  夜は更けてしまったが、このような機会に、太后宮のいらっしゃる方を、避けてお伺い申し上げなさらないのも、思いやりがないので、帰りにお立 ち寄りになる。大臣もご一緒に伺候なさる。  大后宮はお待ち喜びになって、ご面会なさる。とてもたいそうお年を召されたご様子にも、故宮をお思い出し申されて、「こんなに長生きされる方も いらっしゃるものを」と、残念にお思いになる。  「今ではこのように年を取って、すべての事柄を忘れてしまっておりましたが、まことに畏れ多くもお越し戴きましたので、改めて昔の御代のことが 思い出されます」 と、お泣きになる。  「頼りになるはずの人々に先立たれて後、春になった気分も知らないでいましたが、今日初めて心慰めることができました。時々はお伺い致しま す」  と御挨拶申し上げあそばす。太政大臣もしかるべくご挨拶なさって、  「また改めてお伺い致しましょう」  と、申し上げなさる。  ゆっくりなさらずにお帰りあそばすご威勢につけても、大后は、やはりお胸が静まらず、  「どのように思い出していられるのだろう。結局、政権をお執りになるというご運勢は、押しつぶせなかったのだ」  と昔を後悔なさる。  尚侍の君も、ゆったりした気分でお思い出しになると、しみじと感慨無量な事が多かった。今でも適当な機会に、何かの伝で密かに便りを差し上 げなさることがあるのであろう。  大后は朝廷に奏上なさることのある時々に、御下賜された年官や年爵、何かにつけながら、ご意向に添わない時には、「長生きをしてこんな酷い 目に遭うとは」と、もう一度昔の御代に取り戻したく、いろいろとご機嫌悪がっているのであった。  年を取っていかれるにつれて、意地の悪さも加わって、院ももてあまして、例えようもなくお思い申し上げていらっしゃるのだった。  さて、大学の君は、その日の漢詩を見事にお作りになって、進士におなりになった。長い年月修業した優れた者たちをお選びになったが、及第し た人は、わずかに三人だけであった。  秋の司召に、五位に叙されて、侍従におなりになった。あの人のことを、忘れる時はないが、内大臣が熱心に監視申していらっしゃるのも恨めし いので、無理をしてまでもお目にかかることはなさらない。ただお手紙だけを適当な機会に差し上げて、お互いに気の毒なお仲である。  [第三段 源氏、六条院造営を企図す]  大殿は、静かなお住まいを、同じことなら広く立派にして、あちこちに別居して気がかりな山里人などをも、集め住まわせようとのお考えで、六条 京極の辺りに、中宮の御旧居の近辺を、四町をいっぱいにお造りになる。  式部卿宮が、明年五十歳におなりになる御賀のことを、対の上がお考えなので、大臣も、「なるほど、見過ごすわけにはいかない」とお思いにな って、「そのようなご準備も、同じことなら新しい邸で」と、用意させなさる。  年が改まってからは、昨年以上にこのご準備の事、御精進落としの事、楽人、舞人の選定などを、熱心に準備させなさる。経、仏像、法事の日 の装束、禄などを、対の上はご準備なさるのだった。  東の院で、分担してご準備なさることがある。ご間柄は、いままで以上にとても優美にお手紙のやりとりをなさって、お過ごしになっているのであ った。  世間中が大騒ぎしているご準備なので、式部卿宮のお耳にも入って、  「長年の間、世間に対しては広大なお心であるが、わたくしどもには理不尽にも冷たくて、何かにつけて辱め、宮人に対してもお心配りがなく、嫌 なことばかり多かったのだが、恨めしいと思うことがあったのだろう」  と、お気の毒にもまたつらくもお思いであったが、このように数多くの女性関係の中で、特別のご寵愛があって、まことに奥ゆかしく結構な方とし て、大切にされていらっしゃるご運命を、自分の家までは及んで来ないが、名誉にお思いになると、また、  「このように世間の評判となるまで、大騒ぎしてご準備なさるのは、思いがけない晩年の慶事だ」  と、お喜びになるのを、北の方は、「おもしろくなく、不愉快だ」とばかりお思いであった。王女御の、ご入内の折などにも、大臣のご配慮がなかっ たようなのを、ますます恨めしいと思い込んでいらっしゃるのであろう。  [第四段 秋八月に六条院完成]  八月に、六条院が完成してお引っ越しなさる。未申の町は中宮の御旧邸なので、そのままお住まいになる予定である。辰巳は、殿のいらっしゃる 予定の区画である。丑寅は、東の院にいらっしゃる対の御方、戌亥の区画は、明石の御方とお考えになって造営なさった。もとからあった池や山 を、不都合な所にあるものは造り変えて、水の情緒や、山の風情を改めて、いろいろと、それぞれの御方々のご希望どおりにお造りになった。  東南の町は、山を高く築き、春の花の木を、無数に植えて、池の様子も趣深く優れていて、お庭先の前栽には、五葉の松、紅梅、桜、藤、山吹、 岩躑躅などといった、春の楽しみをことさらには植えないで、秋の前栽を、ひとむらずつ混ぜてあった。  中宮の御町は、もとからある山に、紅葉の色の濃い植木を幾本も植えて、泉の水を清らかに遠くまで流して、遣水の音がきわだつように岩を立て 加え、滝を落として、秋の野を広々と作ってあるが、折柄ちょうどその季節で、盛んに咲き乱れていた。嵯峨の大堰あたりの野山も、見るかげもなく 圧倒された今年の秋である。  北東の町は、涼しそうな泉があって、夏の木蔭を主としていた。庭先の前栽には、呉竹があり、下風が涼しく吹くようにし、木高い森のような木は 奥深く趣があって、山里めいて、卯花の垣根を特別に造りめぐらして、昔を思い出させる花橘、撫子、薔薇、くたになどといった花や、草々を植え て、春秋の木や草を、その中に混ぜていた。東面は、割いて馬場殿を造って、埒を結って、五月の御遊の場所として、水のほとりに菖蒲を植え茂ら せて、その向かい側に御厩舎を造って、またとない素晴らしい馬を何頭も繋がせていらっしゃった。  西北の町は、北面は築地で区切って、御倉町である。隔ての垣として松の木をたくさん植えて、雪を鑑賞するのに都合よくしてある。冬の初めの 朝、霜が結ぶように菊の籬、得意げに紅葉する柞の原、ほとんど名も知らない深山木などの、木深く茂っているのを移植してあった。  [第五段 秋の彼岸の頃に引っ越し始まる]  彼岸のころにお引っ越しになる。一度にとお決めあそばしたが、仰々しいようだといって、中宮は少しお延ばしになる。いつものようにおとなしく気 取らない花散里は、その夜、一緒にお引っ越しなさる。  春のお庭は、今の秋の季節には合わないが、とても見事である。お車十五台、御前駆は四位五位の人々が多く、六位の殿上人などは、特別な 人だけをお選びあそばしていた。仰々しくはなく、世間の非難があってはと簡略になさっていたので、どのような点につけても大仰に威勢を張ること はない。  もうお一方のご様子も、大して劣らないようになさって、侍従の君が付き添って、そちらはお世話なさっているので、なるほどこういうこともあるので あったと見受けられた。  女房たちの曹司町も、それぞれに細かく当ててあったのが、他の何よりも素晴らしく思われるのであった。  五、六日過ぎて、中宮が御退出あそばす。その御様子はそれは、簡略とはいっても、まことに大層なものである。御幸運の素晴らしいことは申す までもなく、お人柄が奥ゆかしく重々しくいらっしゃるので、世間から重んじられていらっしゃることは、格別でおいであそばした。  この町々の間の仕切りには、塀や廊などを、あちらとこちらとが行き来できるように作って、お互いに親しく風雅な間柄にお造りになってあった。  [第六段 九月、中宮と紫の上和歌を贈答]  九月になると、紅葉があちこちに色づいて、中宮のお庭先は何ともいえないほど素晴らしい。風がさっと吹いた夕暮に、御箱の蓋に、色とりどりの 花や紅葉をとり混ぜて、こちらに差し上げになさった。  大柄な童女が、濃い紫の袙に、紫苑の織物を重ねて、赤朽葉の羅の汗衫、とてももの馴れた感じで、廊や、渡殿の反橋を渡って参上する。格式 高い礼儀作法であるが、童女の容姿の美しいのを捨てがたくてお選びになったのであった。そのようなお所に伺候し馴れていたので、立居振舞、 姿つき、他家の童女とは違って、好感がもてて風情がある。お手紙には、  「お好みで春をお待ちのお庭では、せめてわたしの方の   紅葉を風のたよりにでも御覧あそばせ」  若い女房たちが、お使いを歓待する様子は風雅である。  お返事には、この御箱の蓋に苔を敷き、巌などの感じを出して、五葉の松の枝に、  「風に散ってしまう紅葉は心軽いものです、春の変わらない色を   この岩にどっしりと根をはった松の常磐の緑を御覧になってほしいものです」  この岩根の松も、よく見ると、素晴らしい造り物なのであった。このようにとっさに思いつきなさった趣向のよさを、感心して御覧あそばす。御前に 伺候している女房たちも褒め合っていた。大臣は、  「この紅葉のお手紙は、何とも憎らしいですね。春の花盛りに、このお返事は差し上げなさい。この季節に紅葉を貶すのは、龍田姫がどう思うかと いうこともあるので、ここは一歩退いて、花を楯にとって、強いことも言ったらよいでしょう」  と申し上げなさるのも、とても若々しくどこまでも素晴らしいお姿で魅力にあふれていらっしゃる上に、いっそう理想的なお邸で、お手紙のやりとり をなさる。  大堰の御方は、「このように御方々のお引っ越しが終わってから、人数にも入らない者は、いつか分からないようにこっそりと移ろう」とお考えにな って、神無月にお引っ越しになるのであった。お部屋の飾りや、お引っ越しの次第は他の方々に劣らないようにして、お移し申し上げなさる。姫君 のご将来をお考えになると、万事についての作法も、ひどく差をつけず、たいそう重々しくお扱いなさった。 源氏物語の世界ヘ 本文 ローマ字版 注釈 Last updated 12/18/99 渋谷栄一訳(C)(ver.1-2-1)    玉鬘 玉鬘の筑紫時代と光る源氏の太政大臣時代三十五歳の夏四月から冬十月までの物語 第一章 玉鬘の物語 筑紫流離の物語 1.源氏と右近、夕顔を回想---年月がたってしまったが、諦めてもなお諦めきれなかった夕顔を 2.玉鬘一行、筑紫へ下向---母君のお行方を知りたいと思って、いろいろの神仏に願掛け申して 3.乳母の夫の遺言---少弍は、任期が終わって上京などするのに、遠い旅路である上に 4.玉鬘への求婚---聞きつけ聞きつけては、好色な田舎の男どもが、懸想をして手紙をよこしたがる者が 第二章 玉鬘の物語 大夫監の求婚と筑紫脱出 1.大夫の監の求婚---大夫の監といって、肥後の国に一族が広くいて 2.大夫の監の訪問---三十歳ぐらいの男で、背丈は高く堂々と太っていて 3.大夫の監、和歌を詠み贈る---降りて行く際に、和歌を詠みたく思ったので 4.玉鬘、筑紫を脱出---次男がまるめこまれたのも、とても怖く 5.都に帰着---「このように、逃げ出したことが、自然と人の口の端に上って 第三章 玉鬘の物語 玉鬘、右近と椿市で邂逅 1.岩清水八幡宮へ参詣---九条に、昔知っていた人で残っていたのを 2.初瀬の観音へ参詣---「次いでは、仏様の中では、初瀬に 3.右近も初瀬へ参詣---この一行も徒歩でのようである。身分の良い女性が二人 4.右近、玉鬘に再会す---やっとして、「身に覚えのないことです。筑紫の国に 5.右近、初瀬観音に感謝---日が暮れてしまうと、急ぎだして、御灯明の用意を 6.三条、初瀬観音に祈願---国々から、田舎の人々が大勢参詣しているのであった 7.右近、主人の光る源氏について語る---夜が明けたので、知っている大徳の坊に下がった 8.乳母、右近に依頼---「このようなお美しい方を、危うく辺鄙な土地に 9.右近、玉鬘一行と約束して別れる---参詣する人々の様子が、見下ろせる所である 第四章 光る源氏の物語 玉鬘を養女とする物語 1.右近、六条院に帰参する---右近は、大殿に参上した。このことをちらっとお耳に入れる 2.右近、源氏に玉鬘との邂逅を語る---お寝みになろうとして、右近をお足さすらせに召す 3.源氏、玉鬘を六条院へ迎える---このように聞き初めてから後は、幾度もお召しになっては 4.玉鬘、源氏に和歌を返す---ご本人は、「ほんの申し訳程度でも 5.源氏、紫の上に夕顔について語る---紫の上にも、今初めて、あの昔の話を 6.玉鬘、六条院に入る---こういう話は、九月のことなのであった 7.源氏、玉鬘に対面する---その夜、さっそく大臣の君がお渡りになった 8.源氏、玉鬘の人物に満足する---無難でいらっしゃったのを、嬉しくお思いになって 9.玉鬘の六条院生活始まる---中将の君にも、「このような人を尋ね出したので 第五章 光る源氏の物語 末摘花の物語と和歌論 1.歳末の衣配り---年の暮に、お飾りのことや、女房たちの装束などを 2.末摘花の返歌---すべて、お返事は並大抵ではない。お使いへの禄も 3.源氏の和歌論---「昔風の歌詠みは、『唐衣』、『袂濡るる』   第一章 玉鬘の物語 筑紫流離の物語  [第一段 源氏と右近、夕顔を回想]  年月がたってしまったが、諦めてもなお諦めきれなかった夕顔を、少しもお忘れにならず、人それぞれの性格を、次々に御覧になって来たのにつ けても、「もし生きていたならば」と、悲しく残念にばかりお思い出しになる。  右近は、物の数にも入らないが、やはり、その形見と御覧になって、お目を掛けていらっしゃるので、古参の女房の一人として長くお仕えしてい た。須磨へのご退去の折に、対の上に女房たちを皆お仕え申させなさったとき以来、あちらでお仕えしている。気立てのよく控え目な女房だと、女 君もお思いになっていたが、心の底では、  「亡くなったご主人が生きていられたならば、明石の御方くらいのご寵愛に負けはしなかったろうに。それほど深く愛していられなかった女性でさ え、お見捨てにならず、めんどうを見られるお心の変わらないお方だったのだから、まして、身分の高い人たちと同列とはならないが、この度のご入 居者の数のうちには加わっていたであろうに」  と思うと、悲しんでも悲しみきれない思いであった。  あの西の京に残っていた若君の行方をすら知らず、ひたすら世をはばかり、又、「今更いっても始まらないことだから、しゃべってうっかり私の名を 世間に漏らすな」と、口止めなさったことにご遠慮申して、安否をお尋ね申さずにいたうちに、若君の乳母の夫が、大宰少弍になって、赴任したの で、下ってしまった。あの若君が四歳になる年に、筑紫へは行ったのであった。  [第二段 玉鬘一行、筑紫へ下向]  母君のお行方を知りたいと思って、いろいろの神仏に願掛け申して、夜昼となく泣き恋い焦がれて、心当たりの所々をお探し申したが、結局お訪 ね当てることができない。  「それではどうしようもない。せめて若君だけでも、母君のお形見としてお世話申しそう。鄙の道にお連れ申して、遠い道中をおいでになることもお いたわしいこと。やはり、父君にそれとなくお話し申し上げよう」  と思ったが、適当なつてもないうちに、  「母君のいられる所も知らないで、お訪ねになられたら、どのようにお返事申し上げられようか」  「まだ、十分に見慣れていられないのに、幼い姫君をお手許にお引き取り申すされるのも、やはり不安でしょう」  「お知りになりながら、またやはり、筑紫へ連れて下ってよいとは、お許しになるはずもありますまい」  などと、お互いに相談し合って、とてもかわいらしく、今から既に気品があってお美しいご器量を、格別の設備もない舟に乗せて漕ぎ出す時は、と ても哀れに思われた。  子供心にも、母君のことを忘れず、時々、  「母君様の所へ行くの」  とお尋ねになるにつけて、涙の止まる時がなく、娘たちも思い焦がれているが、「舟路に不吉だ」と、泣く一方では制すのであった。  美しい場所をあちこち見ながら、  「気の若い方でいらしたが、こうした道中をお見せ申し上げたかったですね」  「いいえ、いらっしゃいましたら、私たちは下ることもなかったでしょうに」  と、都の方ばかり思いやられて、寄せては返す波も羨ましく、かつ心細く思っている時に、舟子たちが荒々しい声で、  「物悲しくも、こんな遠くまで来てしまったよ」  と謡うのを聞くと、とたんに二人とも向き合って泣いたのであった。  「舟人も誰を恋い慕ってか大島の浦に   悲しい声が聞こえます」  「来た方角もこれから進む方角も分からない沖に出て   ああどちらを向いて女君を恋い求めたらよいのでしょう」  遠く都を離れて、それぞれに気慰めに詠むのであった。  金の岬を過ぎても、「我は忘れず」などと、明けても暮れても口ぐせになって、あちらに到着してからは、まして遠くに来てしまったことを思いやっ て、恋い慕い泣いては、この姫君を大切にお世話申して、明かし暮らしている。  夢などに、ごく稀に現れなさる時などもある。同じ姿をした女などが、ご一緒にお見えになるので、その後に気分が悪く具合悪くなったりなどした ので、  「やはり、亡くなられたのだろう」  と諦める気持ちになるのも、とても悲しい思いである。  [第三段 乳母の夫の遺言]  少弍は、任期が終わって上京などするのに、遠い旅路である上に、格別の財力もない人では、ぐずぐずしたまま思い切って旅立ちしないでいるう ちに、重い病に罹って、死にそうな気持ちでいた時にも、姫君が十歳ほどにおなりになった様子が、不吉なまでに美しいのを拝見して、  「自分までがお見捨て申しては、どんなに落ちぶれなさろうか。辺鄙な田舎で成長なさるのも、恐れ多いことと存じているが、早く都にお連れ申し て、しかるべき方にもお知らせ申し上げて、ご運勢にお任せ申し上げるにも、都は広い所だから、とても安心であろうと、準備していたが、自分はこ の地で果ててしまいそうなことだ」  と、心配している。男の子が三人いるので、  「ただこの姫君を、都へお連れ申し上げることだけを考えなさい。私の供養など、考えなくてもよい」  と遺言していたのであった。  どなたのお子であるとは、館の人たちにも知らせず、ひたすら「孫で大切にしなければならない訳のある子だ」とだけ言いつくろっていたので、誰 にも見せないで、大切にお世話申しているうちに、急に亡くなってしまったので、悲しく心細くて、ひたすら都へ出立しようとしたが、亡くなった少弍と 仲が悪かった国の人々が多くいて、何やかやと、恐ろしく気遅れしていて、不本意にも年を越しているうちに、この君は、成人して立派になられてい くにつれて、母君よりも勝れて美しく、父大臣のお血筋まで引いているためであろか、上品でかわいらしげである。気立てもおっとりとしていて申し 分なくいらっしゃる。  [第四段 玉鬘への求婚]  聞きつけ聞きつけては、好色な田舎の男どもが、懸想をして手紙をよこしたがる者が、多くいた。滅相もない身のほど知らずなと思われるので、誰 も誰も相手にしない。  「顔かたちなどは、まあ十人並と言えましょうが、ひどく不具なところがありますので、結婚させないで尼にして、私の生きているうちは面倒をみよ う」  と言い触らしていたので、  「亡くなった少弍殿の孫は、不具なところがあるそうだ」  「惜しいことだわい」  と、人々が言っているらしいのを聞くのも忌まわしく、  「どのようにして、都にお連れ申して、父大臣にお知らせ申そう。幼い時分を、とてもかわいいとお思い申していられたから、いくら何でもいいかげ んにお見捨て申されることはあるまい」  などと言って嘆くとき、仏神に願かけ申して祈るのであった。  娘たちも息子たちも、場所相応の縁も生じて住み着いてしまっていた。心の中でこそ急いでいたが、都のことはますます遠ざかるように隔たって いく。分別がおつきになっていくにつれて、わが身の運命をとても不幸せにお思いになって、年三の精進などをなさる。二十歳ほどになっていかれ るにつれて、すっかり美しく成人されて、たいそうもったいない美人である。  姫君の住んでいる所は、肥前の国と言った。その周辺で少しばかり風流な人は、まずこの少弍の孫娘の様子を聞き伝えて、断られても断られて も、なおも絶えずやって来る者がいるのは、とても大変なもので、うるさいほどである。   第二章 玉鬘の物語 大夫監の求婚と筑紫脱出  [第一段 大夫の監の求婚]  大夫の監といって、肥後の国に一族が広くいて、その地方では名声があって、勢い盛んな武士がいた。恐ろしい無骨者だがわずかに好色な心 が混じっていて、美しい女性をたくさん集めて妻にしようと思っていた。この姫君の噂を聞きつけて、  「ひどい不具なところがあっても、私は大目に見て妻にしたい」  と、熱心に言い寄って来たが、とても恐ろしく思って、  「どうかして、このようなお話には耳をかさないで、尼になってしまおうとするのに」  と、言わせたところが、ますます気が気でなくなって、強引にこの国まで国境を越えてやって来た。  この男の子たちを呼び寄せて、相談をもちかけて言うことには、  「思い通りに結婚出来たら、同盟を結んで互いに力になろうよ」  などと持ちかけると、二人はなびいてしまった。  「最初のうちは、不釣り合いでかわいそうだと思い申していましたが、我々それぞれが後ろ楯と頼りにするには、とても頼りがいのある人物です。 この人に悪く睨まれては、この国近辺では暮らして行けるものではないでしょう」  「高貴なお血筋の方といっても、親に子として扱っていただけず、また世間でも認めてもらえなければ、何の意味がありましょうや。この人がこん なに熱心にご求婚申していられるのこそ、今ではお幸せというものでしょう」  「そのような前世からの縁があって、このような田舎までいらっしゃったのだろう。逃げ隠れなさろうとも、何のたいしたことがありましょうか」  「負けん気を起こして、怒り出したら、とんでもないことをしかねません」  と脅し文句を言うので、「とてもひどい話だ」と聞いて、子供たちの中で長兄である豊後介は、  「やはり、とても不都合な、口惜しいことだ。故少弍殿がご遺言されていたこともある。あれこれと手段を講じて、都へお上らせ申そう」  と言う。娘たちも悲嘆に泣き暮れて、  「母君が何とも言いようのない状態でどこかへ行ってしまわれて、その行方をすら知らないかわりに、人並に結婚させてお世話申そうと思っていた のに」  「そのような田舎者の男と一緒になろうとは」  と言って嘆いているのも知らないで、「自分は大変に偉い人物と言われている身だ」と思って、懸想文などを書いてよこす。筆跡などは小奇麗に 書いて、唐の色紙で香ばしい香を何度も何度も焚きしめた紙に、上手に書いたと思っている言葉が、いかにも田舎訛がまる出しなのであった。自 分自身でも、この次男を仲間に引き入れて、連れ立ってやって来た。  [第二段 大夫の監の訪問]  三十歳ぐらいの男で、背丈は高く堂々と太っていて、見苦しくないが、田舎者と思って見るせいか嫌らしい感じで、荒々しい動作などが、見えるの も忌まわしく思われる。色つやも元気もよく、声はひどくがらがら声でしゃべり続けている。懸想人は夜の暗闇に隠れて来てこそ、夜這いとは言う が、ずいぶんと変わった春の夕暮である。秋の季節ではないが、おかしな懸想人の来訪と見える。  機嫌を損ねまいとして、祖母殿が応対する。  「故少弍殿がとても風雅の嗜み深くご立派な方でいらしたので、是非とも親しくお付き合いいただきたいと存じておりましたが、そうした気持ちもお 見せ申さないうちに、たいそうお気の毒なことに、亡くなられてしまったが、その代わりにひたむきにお仕え致そうと、気を奮い立てて、今日はまこと にご無礼ながら、あえて参ったのです。  こちらにいらっしゃるという姫君、格別高貴な血筋のお方と承っておりますので、とてももったいないことでございます。ただ、私めのご主君とお思 い申し上げて、頭上高く崇め奉りましょうぞ。祖母殿がお気が進まないでいられるのは、良くない妻妾たちを大勢かかえていますのをお聞きになっ て嫌がられるのでございましょう。しかしながら、そんなやつらを、同じように扱いましょうか。わが姫君をば、后の地位にもお劣り申させない所存で ありますものを」  などと、とても良い話のように言い続ける。  「いえどう致しまして。このようにおっしゃって戴きますのを、とても幸せなことと存じますが、薄幸の人なのでございましょうか、遠慮致した方が良 いことがございまして、どうして人様の妻にさせて頂くことができましょうと、人知れず嘆いていますようなので、気の毒にと思ってお世話申し上げる にも困り果てているのでございます」  と言う。  「またっく、そのようなことなどご遠慮なさいますな。万が一、目が潰れ、足が折れていらしても、私めが直して差し上げましょう。国中の仏神は、 皆自分の言いなりになっているのだ」  などと、大きなことを言っていた。  「何日の時に」と日取りを決めて言うので、「今月は春の末の月である」などと、田舎めいたことを口実に言い逃れる。  [第三段 大夫の監、和歌を詠み贈る]  降りて行く際に、和歌を詠みたく思ったので、だいぶ長いこと思いめぐらして、  「姫君のお心に万が一違うようなことがあったら、どのような罰も受けましょうと   松浦に鎮座まします鏡の神に掛けて誓います  この和歌は、上手にお詠み申すことができたと我ながら存じます」  と言って、微笑んでいるのも、不慣れで幼稚な歌であるよ。気が気ではなく、返歌をするどころではなく、娘たちに詠ませたが、  「私は、さらに何することもできません」  と言ってじっとしていたので、とても時間が長くなってはと困って、思いつくままに、  「長年祈ってきましたことと違ったならば   鏡の神を薄情な神様だとお思い申しましょう」  と震え声で詠み返したのを、  「待てよ。それはどういう意味なのでしょうか」  と、不意に近寄って来た様子に、怖くなって、乳母殿は、血の気を失った。娘たちは、さすがに、気丈に笑って、  「姫君が、普通でない身体でいらっしゃるのを、せっかくのお気持ちに背きましたらなら、悔いることになりましょうものを、やはり、耄碌した人のこ とですから、神のお名前まで出して、うまくお答え申し上げ損ねられたのでしょう」  と説明して上げる。  「おお、そうか、そうか」とうなづいて、「なかなか素晴らしい詠みぶりであるよ。手前らは、田舎者だという評判こそござろうが、詰まらない民百姓 どもではござりませぬ。都の人だからといって、何ということがあろうか。皆先刻承知でござる。けっして馬鹿にしてはなりませぬぞよ」  と言って、もう一度、和歌を詠もうとしたが、とてもできなかったのであろうか、行ってしまったようである。  [第四段 玉鬘、筑紫を脱出]  次男がまるめこまれたのも、とても怖く嫌な気分になって、この豊後介を催促すると、  「さてどのようにして差し上げたらよいのだろうか。相談できる相手もいない。たった二人しかの弟たちは、その監に味方しないと言って仲違いして しまっている。この監に睨まれては、ちょっとした身の動きも、思うに任せられまい。かえって酷い目に遭うことだろう」  と、考えあぐんでいたが、姫君が人知れず思い悩んでいられるのが、とても痛々しくて、生きていたくないとまで思い沈んでいられるのが、ごもっと もだと思われたので、思いきった覚悟をめぐらして上京する。妹たちも、長年過ごしてきた縁者を捨てて、このお供して出立する。  あてきと言った娘は、今では兵部の君と言うが、一緒になって、夜逃げして舟に乗ったのであった。大夫の監は、肥後国に帰って行って、四月二 十日のころにと、日取りを決めて嫁迎えに来ようとしているうちに、こうして逃げ出したのであった。  姉のおもとは、家族が多くなって、出立することができない。お互いに別れを惜しんで、再会することの難しいことを思うが、長年過ごした土地だか らと言っても、格別去り難くもない。ただ、松浦の宮の前の渚と、姉おもとと別れるのが、後髪引かれる思いがして、悲しく思われるのであった。  「浮き島のように思われたこの地を漕ぎ離れて行きますけれど   どこが落ち着き先ともわからない身の上ですこと」  「行く先もわからない波路に舟出して   風まかせの身の上こそ頼りないことです」  とても心細い気がして、うつ伏していらっしゃった。  [第五段 都に帰着]  「このように、逃げ出したことが、自然と人の口の端に上って知れたら、負けぬ気を起こして、後を追って来るだろう」と思うと、気もそぞろになっ て、早舟といって、特別の舟を用意して置いたので、その上あつらえ向きの風までが吹いたので、危ないくらい速くかけ上った。響灘も平穏無事に 通過した。  「海賊船だろうか。小さい舟が、飛ぶようにしてやって来る」  などと言う者がいる。海賊で向う見ずな乱暴者よりも、あの恐ろしい人が追って来るのではないかと思うと、どうすることもできない気分である。  「嫌なことに胸がどきどきしてばかりいたので   それに比べれば響の灘も名前ばかりでした」  「河尻という所に、近づいた」  と言うので、少しは生きかえった心地がする。例によって、舟子たちが、  「唐泊から、河尻を漕ぎ行くときは」  と謡う声が、無骨ながらも、心にしみて感じられる。  豊後介がしみじみと親しみのある声で謡って、  「とてもいとしい妻や子も忘れてしもた」  と謡って、考えてみると、  「なるほど、舟唄のとおり、皆、家族を置いて来たのだ。どうなったことだろうか。しっかりした役に立つと思われる家来たちは、皆連れて来てしま った。私のことを憎いと思って、妻子たちを放逐して、どんな目に遭わせるだろう」と思うと、「浅はかにも、後先のことも考えず、飛び出してしまった ことよ」  と、少し心が落ち着いて初めて、とんでもないことをしたことを後悔されて、気弱に泣き出してしまった。  「胡の地の妻児をば虚しく棄捐してしまった」  と詠じたのを、兵部の君が聞いて、  「ほんとうに、おかしなことをしてしまったわ。長年連れ添ってきた夫の心に、突然に背いて逃げ出したのを、どう思っていることだろう」  と、さまざまに思わずにはいられない。  「帰る所といっても、はっきりどこそこと落ち着くべき棲家もない。知り合いだといって頼りにできる人も頭に浮ばない。ただ姫君お一人のために、 長い年月住み馴れた土地を離れて、あてどのない波風まかせの旅をして、何をどうしてよいのかわからない。この姫君を、どのようにして差し上げ ようと思っているのかしら」  と、途方に暮れているが、「今さらどうすることもできない」と思って、急いで京に入った。   第三章 玉鬘の物語 玉鬘、右近と椿市で邂逅  [第一段 岩清水八幡宮へ参詣]  九条に、昔知っていた人で残っていたのを訪ね出して、その宿を確保して、都の中とは言っても、れっきとした人々が住んでいる辺りではなく、卑 しい市女や、商人などが住んでいる辺りで、気持ちの晴れないままに、秋に移っていくにつれて、これまでのことや今後のこと、悲しいことが多かっ た。  豊後介という頼りになる者も、ちょうど水鳥が陸に上がってうろうろしているような思いで、所在なく慣れない都の生活の何のつてもないことを思う につけ、今さら国へ帰るのも体裁悪く、幼稚な考えから出立してしまったことを後悔していると、従って来た家来たちも、それぞれ縁故を頼って逃げ 去り、元の国に散りじりに帰って行ってしまった。  落ち着いて住むすべもないのを、母乳母は、明けても暮れても嘆いて気の毒がっているので、  「いやどうして。我が身には、心配いりません。姫君お一方のお身代わりとなり申して、どこへなりと行って死んでも問題ありますまい。自分がど んなに豪者となっても、姫君をあのような田舎者の中に放っておき申したのでは、どのような気がしましょうか」  と心配せぬよう慰めて、  「神仏は、しかるべき方向にお導き申しなさるでしょう。この近い所に、八幡宮と申す神は、あちらにおいても参詣し、お祈り申していらした松浦、 箱崎と、同じ社です。あの国を離れ去るときも、たくさんの願をお掛け申されました。今、都に帰ってきて、このように御加護を得て無事に上洛するこ とができましたと、早くお礼申し上げなさい」  と言って、岩清水八幡宮に御参詣させ申し上げる。その辺の事情をよく知っている者に問い尋ねて、五師といって、以前に亡き父親が懇意にして いた社僧で残っていたのを呼び寄せて、御参詣させ申し上げる。  [第二段 初瀬の観音へ参詣]  「次いでは、仏様の中では、初瀬に、日本でも霊験あらたかでいらっしゃると、唐土でも評判の高いといいます。まして、わが国の中で、遠い地方 といっても、長年お住みになったのだから、姫君には、なおさら御利益があるでしょう」  と言って、出発させ申し上げる。わざと徒歩で参詣することにした。慣れないこととて、とても辛く苦しいけれど、人の言うのにしたがって、無我夢 中で歩いて行かれる。  「どのような前世の罪業深い身であったために、このような流浪の日を送るのだろう。わたしの母親が、既にお亡くなりになっていらっしゃろうとも、 わたしをかわいそうだとお思いになってくださるなら、いらっしゃるところへお連れください。もし、この世に生きていらっしゃるならば、お顔をお見せく ださい」  と、仏に願いながら、生きていらしらときの面影をすら知らないので、ただ、「母親が生きていらしたら」と、ばかりの一途な悲しい思いを、嘆き続け ていらっしゃったので、こうして今、慣れない徒歩の旅で、辛くて堪らないうちに、また改めて悲しい思いをかみしめながら、やっとのことで、椿市とい う所に、四日目の巳の刻ごろに、生きた心地もしないで、お着きになった。  歩くともいえないありさまで、あれこれとどうにかやって来たが、もう一歩も歩くこともできず、辛いので、どうすることもできずお休みになる。この一 行の頼りとする豊後介、弓矢を持たせている者が二人、その他には下衆と童たち三、四人、女性たちはすべてで三人、壷装束姿で、樋洗童女らし い者と老婆の下衆女房とが二人ほどいた。  ひどく目立たないようにしていた。仏前に供えるお灯明など、ここで買い足しなどをしているうちに日が暮れた。宿の主人の法師が、  「他の方をお泊め申そうとしているお部屋に、どなたがお入りになっているのですか。下女たちが、勝手なことをして」  と不平を言うのを、失礼なと思って聞いているうちに、なるほど、その人々が来た。  [第三段 右近も初瀬へ参詣]  この一行も徒歩でのようである。身分の良い女性が二人、下人どもは、男女らが、大勢のようである。馬を四、五頭牽かせたりして、たいそうひっ そりと人目に立たないようにしていたが、こざっぱりとした男性たちが従っている。  法師は、無理してもこの一行を泊まらせたく思って、頭を掻きながらうろうろしている。気の毒であるが、また一方、宿を取り替えるのも体裁が悪く めんどうだったので、人々は奥の方に入り、下衆たちは目に付かないようなところに隠して、他の人たちは片端に寄った。幕などを間に引いていら っしゃる。  この新客も気の置ける相手ではない。ひどくこっそりと目立たないようにして、互いに気を遣っていた。  それが実は、あの何年も主人を恋い慕っていた右近なのであった。年月がたつにつれて、中途半端な女房仕えが似つかわしくなっていく身を思 い悩んで、このお寺に度々参詣していたのであった。  いつもの馴れたことなので、身軽な旅支度であったが、徒歩での旅は我慢のできないほど疲れて、物に寄りかかって臥していると、この豊後介 が、隣の幕の側に近寄って来て、お食事なのであろう、折敷を自分で持って、  「これは、御主人様に差し上げてください。お膳などが整わなくて、たいそう恐れ多いことですが」 Last updated 12/23/99 渋谷栄一訳(C)(ver.1-2-1)    初音 光る源氏の太政大臣時代三十六歳の新春正月の物語 第一章 光る源氏の物語 新春の六条院の女性たち 1.春の御殿の紫の上の周辺---年が改まった元日の朝の空の様子 2.明石姫君、実母と和歌を贈答---姫君の御方にお越しになると 3.夏の御殿の花散里を訪問---夏のお住まいを御覧になると 4.続いて玉鬘を訪問---まだたいして住み馴れていらっしゃらない 5.冬の御殿の明石御方に泊まる---暮方になるころに、明石の御方に 6.六条院の正月二日の臨時客---今日は、臨時の客にかこつけて 第二章 光る源氏の物語 二条東院の女性たちの物語 1.二条東院の末摘花を訪問---このように雑踏する馬や車の音をも 2.続いて空蝉を訪問---空蝉の尼君にも、お立ち寄りになった 第三章 光る源氏の物語 男踏歌 1.男踏歌、六条院に回り来る---今年は男踏歌がある 2.源氏、踏歌の後宴を計画す---夜がすっかり明けてしまったので   第一章 光る源氏の物語 新春の六条院の女性たち  [第一段 春の御殿の紫の上の周辺]  年が改まった元日の朝の空の様子、一点の曇りもないうららかさには、つまらない者の家でさえ、雪の間の草が若々しく色づき初め、早くも立ち そめた霞の中に、木の芽も萌え出し、自然と人の気持ちものびのびと見えるものである。まして、いっそう玉を敷いた御殿の、庭をはじめとして見所 が多く、一段と美しく着飾ったご夫人方の様子は、語り伝えるにも言葉が足りそうにない。  春の御殿のお庭は、特別で、梅の香りも御簾の中の薫物の匂いと吹き混じり合って、この世の極楽浄土と思われる。何といってもゆったりと、落 ち着いてお住まいになっていらっしゃる。お仕えしている女房たちも、若くて勝れている者は、姫君の御方にとお選びになって、少し年輩の女房ば かりで、かえって風情があって、装束や様子などをはじめとして、見苦しくなく取り繕って、あちらこちらに寄り合っては、歯固めの祝いをして、鏡餅 まで取り加えて、千歳の栄えも明らかな新年の祝い言を唱えて、戯れ合っているところに、大臣の君がお顔出しになったので、懐手を直し直しし て、「まあ、恥ずかしいこと」と、きまり悪がっていた。  「とても手抜かりのない自分たちのための祝い言ですね。みなそれぞれ願い事の筋がきっといろいろとあるだろう。少し聞かせてくれよ。わたしが 祝って上げよう」  とちょっと笑っていらっしゃるご様子を、年の初めのめでたさとして拝する。自分こそはと自身たっぷりの中将の君は、  「『今からもう見える』などと、鏡餅の姿にもお祝い申し上げておりました。自分の願い事は、何ほどのこともございません」  などと申し上げる。  午前中は人々で混み合って、何となく騒がしかったが、夕方に、御方々への年賀の挨拶をなさろうとして、念入りに身づくろいなさり、お化粧なさ ったお姿は、まことに目を見張るようである。  「今朝、こちらの女房たちが戯れ合っていたのが、たいそう羨ましく見えたから、紫の上にはわたしがお見せ申し上げよう」  とおっしゃって、ご冗談なども少し交えては、お祝い申し上げなさる。  「薄い氷も解けた池の鏡のような面には   世にまたとない二人の影が並んで映っています」  なるほど、素晴らしいお二人のご夫婦仲である。  「一点の曇りのない池の鏡に幾久しくここに   住んで行くわたしたちの影がはっきりと映っています」  何事につけても、幾久しいご夫婦の縁を、申し分なく詠み交わしなさる。今日は子の日なのであった。なるほど、千歳の春を子の日にかけて祝う には、ふさわしい日である。  [第二段 明石姫君、実母と和歌を贈答]  姫君の御方にお越しになると、童女や、下仕えの女房たちなどが、お庭先の築山の小松を引いて遊んでいる。若い女房たちの気持ちも、じっとし ていられないように見える。北の御殿から、特別に用意した幾つもの鬚籠や、破籠などをお差し上げになっていた。素晴らしい五葉の松の枝に移り 飛ぶ鴬も、思う子細があるのであろう。  「長い年月を子どもの成長を待ち続けていました   わたしに今日はその初音を聞かせてください  『音を聞かせない里に』」  とお申し上げになったのを、「なるほど、ほんとうに」とお感じになる。縁起でもない涙をも堪えきれない様子である。  「このお返事は、ご自身がお書き申し上げなさい。初便りを惜しむべき方でもありません」  とおっしゃって、御硯を用意なさって、お書かせ申し上げなさる。たいそうかわいらしくて、朝な夕なに拝見する人でさえ、いつまでも見飽きないと お思い申すお姿を、今まで会わせないで年月が過ぎてしまったのも、「罪作りで、気の毒なことであった」とお思いになる。  「別れて何年も経ちましたがわたしは   生みの母君を忘れましょうか」  子供心に思ったとおりに、くどくどと書いてある。  [第三段 夏の御殿の花散里を訪問]  夏のお住まいを御覧になると、その時節ではないせいか、とても静かに見えて、特別に風流なこともなく、品よくお暮らしになっている様子がここ かしこに窺える。  年月とともに、ご愛情の隔てもなく、しみじみとしたご夫婦仲である。今では、しいて共寝をするご様子にも、お扱い申し上げなさらないのであっ た。たいそう仲睦まじく世にまたとないような夫婦の約束程度に、互いに交わし合っていらっしゃる。御几帳を隔てているが、少しお動かしになって も、そのままにしていらっしゃる。  「縹色のお召物は、なるほど、はなやかでない色合いで、お髪などもたいそう盛りを過ぎてしまった。優美でないと、かもじを使ってお手入れをなさ っているのだろう。わたし以外の人だったら、愛想づかしをするに違いないご様子を、こうしてお世話することは嬉しく本望なことだ。考えの浅い女と 同じように、わたしから離れておしまいになったら」などと、お会いなさる時々には、まずは、「わたしの変わらない愛情も、相手の重々しいご性格を も、嬉しく、理想的だ」  とお考えになった。こまごまと、旧年中のお話などを、親密に申し上げなさって、西の対へお越しになる。  [第四段 続いて玉鬘を訪問]  まだたいして住み馴れていらっしゃらないわりには、あたりの様子も趣味よくして、かわいらしい童女の姿が優美で、女房の数が多く見えて、お部 屋の設備も、必要な物ばかりであるが、こまごまとしたお道具類は、十分には揃えていらっしゃらないが、それなりにこざっぱりとお住みになってい らっしゃった。  ご本人も、何と美しいと、見た途端に思われて、山吹襲に一段と引き立っていらっしゃるご器量など、たいそうはなやかで、ここが暗いと思われる ところがなく、どこからどこまで輝くように美しく、いつまでも見ていたいほどでいらっしゃる。つらい思いの生活をしていらっしゃった間のあったせい か、髪の裾が少し細くなって、はらりとかかっているのが、いかにもこざっぱりとして、あちらこちらがくっきりとした様子をしていらっしゃるのを、「こう して引き取らなかったら」とお思いになるにつけても、とてもこのままお見過ごしできないであろう。  このように何の隔てもなくお目にかかっていらっしゃるが、やはり考えて見ると、どこか打ち解けにくいところが多く妙な感じなのが、現実のような 感じがなさらないので、すっかり打ち解けた態度ではいらっしゃらないのも、たいそう興を惹かれる。  「何年にもなるような気がして、お目にかかるのも気が張らず、長年の希望が叶いましたので、ご遠慮なさらず振る舞って、あちらにもお越しくださ い。幼い初めて琴を習う人もいますので、ご一緒にお稽古なさい。気の許せない、軽はずみな考えを持った人はいない所です」  とお申し上げなさると、  「仰せのとおりにいたしましょう」  とお答えになる。まことに適当なお返事である。  [第五段 冬の御殿の明石御方に泊まる]  暮方になるころに、明石の御方にお越しになる。近くの渡殿の戸を押し開けた途端に、御簾の中から流れてくる風が、優美に吹き漂って、他に比 較して格段に気高く感じられる。本人は見えない。どこかしらと御覧になると、硯のまわりが散らかっていて、冊子類などが取り散らかしてあるのを 手に取り手に取り御覧になる。唐の東京錦のたいそう立派な縁を縫い付けた敷物に、風雅な琴をちょっと置いて、趣向を凝らした風流な火桶に、侍 従香を燻らせて、それぞれの物にたきしめてあるのに、衣被香の香が混じっているのは、たいそう優美である。手習いの反故が無造作に取り散ら かしてあるのも、尋常ではなく、教養のある書きぶりである。大仰に草仮名を多く使ってしゃれて書かず、無難にしっとりと書いてある。  姫君のお返事を、珍しいことと感じたあまりに、しみじみとした古歌を書きつけて、  「何と珍しいことか、花の御殿に住んでいる鴬が   谷の古巣を訪ねてくれたとは  その初便りを待っていましたこと」  などとも、  「咲いている岡辺に家があるので」  などと、思い返して心慰めている文句などが書き混ぜてあるのを、手に取って御覧になりながら微笑んでいらっしゃるのは、気がひけるほど立派 である。  筆をちょっと濡らして書き戯れていらっしゃるところに、いざり出て来て、そうはいっても自分自身の振る舞いは、慎み深くて、程よい心がけなの を、「やはり、他の女性とは違うな」とお思いになる。白い小袿に、くっきりと映える髪のかかり具合が、少しはらりとする程度に薄くなっていたのも、 いっそう優美さが加わって慕わしいので、「新年早々に騒がれることになろうか」と、気にかかるが、こちらにお泊まりになった。「やはり、ご寵愛は 格別なのだ」と、他の方々は面白からずお思いになる。  南の御殿では、それ以上にけしからぬと思う女房たちがいる。まだ暁のうちにお帰りになった。そんなに急ぐこともないまだ暗いうちなのに、と思う と、送り出した後も気持ちが落ち着かず、寂しい気がする。  お待ちになっていた方でもまた、何やら面白くないようなお思いでいるにちがいない心の中が、推量されずにはいらっしゃれないので、  「いつになくうたた寝をして、年がいもなく寝込んでしまいましたのを、起こしても下さらないで」  と、ご機嫌をおとりになるのも面白く見える。特にお返事もないので、厄介なことだと、狸寝入りをしながら、日が高くなってからお起きになった。  [第六段 六条院の正月二日の臨時客]  今日は、臨時の客にかこつけて、顔を合わせないようにしていらっしゃる。上達部や、親王たちなどが、例によって、残らず参上なさった。管弦の お遊びがあって、引出物や、禄など、またとなく素晴らしい。大勢お集りの方々が、どなたも人に負けまいと振る舞っていらっしゃる中でも、少しも肩 を並べられる方もお見えにならないことよ。一人一人を見れば、才学のある人が多くいらっしゃるころなのだが、御前に出ると圧倒されておしまいに なる、困ったことである。ものの数にも入らぬ下人たちでさえ、この院に参上するには、気の配りようが格別なのであった。ましてや若々しい上達部 などは、心中に思うところがおありになって、むやみに緊張なさっては、例年よりは格別である。  花の香りを乗せて夕風が、のどやかに吹いて来ると、お庭先の梅が次第にほころび出して、黄昏時なので、楽の音色なども美しく、「この殿」を謡 い出した拍子は、たいそうはなやかな感じである。大臣も時々お声を添えなさる「さき草」の末の方は、とても優美で素晴らしく聞こえる。何もかも、 お声を添えられる素晴らしさに引き立てられて、花の色も楽の音も格段に映える点が、はっきりと感じられるのであった。   第二章 光る源氏の物語 二条東院の女性たちの物語  [第一段 二条東院の末摘花を訪問]  このように雑踏する馬や車の音をも、遠く離れてお聞きになる御方々は、極楽浄土の蓮の中の世界で、まだ開かないで待っている心地もこのよう なものかと、心穏やかではない様子である。それ以上に、二条東の院に離れていらっしゃる御方々は、年月とともに、所在ない思いばかりが募る が、「世の嫌な思いがない山路」に思いなぞらえて、薄情な方のお心を、何と言ってお咎め申せよう。その他の不安で寂しいことは何もないので、 仏道修行の方面の人は、それ以外のことに気を散らさず励み、仮名文字のさまざまの書物の学問に、ご熱心な方は、またその願いどおりになさ り、生活面でもしっかりとした基盤があって、まったく希望どおりの生活である。忙しい数日を過ごしてからお越しになった。  常陸宮の御方は、ご身分があるので、気の毒にお思いになって、人目に立派に見えるように、たいそう行き届いたお扱いをなさる。若いころ、盛り に見えた御若髪も、年とともに衰えて行き、それ以上に、滝の淀みに引けをとらない白髪の御横顔などを、気の毒とお思いになると、面と向かって 対座なさらない。  柳襲は、なるほど不似合いだと見えるのも、お召しになっている方のせいであろう。光沢のない黒い掻練の、さわさわ音がするほど張った一襲の 上に、その織物の袿を着ていらっしゃる、とても寒そうでいたわしい感じである。襲の衣などは、どのようにしたのであろうか。  お鼻の色だけは、霞にも隠れることなく目立っているので、お心にもなくつい嘆息されなさって、わざわざ御几帳を引き直して隔てなさる。かえっ て、女はそのようにはお思いにならず、今は、このようにやさしく変わらない愛情のほどを、安心に思い気を許してご信頼申していらっしゃるご様子 は、いじらしく感じられる。  このような面でも、普通の身分の人とは違って、気の毒で悲しいお身の上の方、とお思いになると、かわいそうで、せめてわたしだけでもと、お心 にかけていらっしゃるのも、めったにないことである。お声なども、たいそう寒そうに、ふるえながらお話し申し上げなさる。見かねなさって、  「衣装のことなどを、お世話申し上げる人はございますか。このように気楽なお住まいでは、ひたすらとてもくつろいだ様子で、ふっくらして柔らかく なっているのがよいのです。表面だけを取り繕ったお身なりは、感心しません」  と申し上げなさると、ぎごちなくそれでもお笑いになって、  「醍醐の阿闍梨の君のお世話を致そうと思っても、召し物などを縫うことができずにおります。皮衣まで取られてしまった後は、寒うございます」  と申し上げなさるのは、まったく鼻の赤い兄君だったのである。素直だとはいっても、あまりに構わなさすぎるとお思いになるが、この世では、とて も実直で無骨な人になっていらっしゃる。  「皮衣はそれでよい。山伏の蓑代衣にお譲りになってよいでしょう。そうして、この大切にする必要もない白妙の衣は、七枚襲にでも、どうして重 ね着なさらないのですか。必要な物がある時々には、忘れていることでもおっしゃってください。もともと愚か者で気がききません性分ですから。ま して方々への忙しさに紛れて、ついうっかりしまして」  とおっしゃって、向かいの院の御倉を開けさせなさって、絹や、綾などを差し上げさせなさる。  荒れた所もないが、お住まいにならない所の様子はひっそりとして、お庭先の木立だけがたいそう美しく、紅梅の咲き出した匂いなど、鑑賞する 人がいないのをお眺めになって、  「昔の邸の春の梢を訪ねて来てみたら   世にも珍しい紅梅の花が咲いていたことよ」  独り言をおっしゃったが、お聞き知りにはならなかったであろう。  [第二段 続いて空蝉を訪問]  空蝉の尼君にも、お立ち寄りになった。ご大層な様子ではなく、ひっそりと部屋住みのような体にして、仏ばかりに広く場所を差し上げて、勤行し ている様子がしみじみと感じられて、経や、仏のお飾り、ちょっとしたお水入れの道具なども、風情があり優美で、やはり嗜みがあると見える人柄で ある。  青鈍の几帳、意匠も面白いのに、すっかり身を隠して、袖口だけが格別なのも心惹かれる感じなので、涙ぐみなさって、  「『松が浦島』は遥か遠くに思って諦めるべきだったのですね。昔からつらいご縁でしたなあ。そうはいってもやはりこの程度の付き合いは、絶え ないのでしたね」  などとおっしゃる。尼君も、しみじみとした様子で、  「このようなことでご信頼申し上げていますのも、ご縁は浅くないのだと存じられます」  と申し上げる。  「薄情な仕打ちを何度もなさって、心を惑わしなさった罪の報いなどを、仏に懺悔申し上げるとはお気の毒なことです。ご存じですか。このように素 直な者はいないのだと、お気づきになることもありはしないかと思います」  とおっしゃる。「あのあきれた昔のことをお聞きになっていたのだ」と、恥ずかしく、  「このような姿をすっかり御覧になられてしまったことより他に、どのような報いがございましょうか」  と言って、心の底から泣いてしまった。昔よりもいっそうどことなく思慮深く気が引けるようなところがまさって、このような出家の身を守っているの だ、とお思いになると、見放しがたく思わずにはいらっしゃれないが、ちょっとした色めいた冗談も話しかけるべきではないので、普通の昔や今の話 をなさって、「せめてこの程度の話相手であってほしいものよ」と、あちらの方を御覧になる。  このようなことで、ご庇護になっている婦人方は多かった。皆一通りお立ち寄りになって、  「お目にかかれない日が続くこともありますが、心の中では忘れていません。ただいつかは死出の別れが来るのが気がかりです。『誰も寿命は 分からないものです』」  などと、やさしくおっしゃる。どの人をも、身分相応につけて愛情を持っていらっしゃった。自分こそはと気位高く構えてもよさそうなご身分の方であ るが、そのように尊大にはお振る舞いにはならず、場所柄につけ、また相手の身分につけては、どなたにもやさしくいらっしゃるので、ただこのよう なお心配りをよりどころとして、多くの婦人方が年月を送っているのであった。   第三章 光る源氏の物語 男踏歌  [第一段 男踏歌、六条院に回り来る]  今年は男踏歌がある。内裏から朱雀院に参上して、次にこの六条院に参上する。道中が遠かったりなどして、明け方になってしまった。月が曇り なく澄みきって、薄雪が少し降った庭が何ともいえないほど素晴らしいところに、殿上人なども、音楽の名人が多いころなので、笛の音もたいそう美 しく吹き鳴らして、殿の御前では特に気を配っていた。御婦人方が御覧に来られるように、前もってお便りがあったので、左右の対の屋、渡殿など に、それぞれお部屋を設けていらっしゃる。  西の対の姫君は、寝殿の南の御方にお越しになって、こちらの姫君とご対面があった。紫の上もご一緒にいらっしゃったので、御几帳だけを隔て 置いてご挨拶申し上げなさる。  朱雀院の后宮の御方などを回っていったころに、夜もだんだんと明けていったので、水駅として簡略になさるはずのところを、例年の時よりも、特 別に追加して、たいそう派手に饗応させなさる。  白々とした明け方の月夜に、雪はだんだんと降り積もってゆく。松風が木高く吹き下ろして、興ざめしてしまいそうなころに、麹塵の袍が柔らかくな って、白襲の色合いは、何の飾り気も見えない。  插頭の綿は、何の色艶もないものだが、場所柄のせいか風流で、満足に感じられ、寿命も延びるような気がする。  殿の中将の君や、内の大殿の公達は、大勢の中でも一段と勝れて立派に目立っている。  ほのぼのと明けて行くころ、雪が少し散らついて、何となく寒く感じられるころに、「竹河」を謡って寄り添い舞う姿、思いをそそる声々が、絵に描き 止められないのが残念である。  御夫人方は、どなたもどなたも負けない袖口が、こぼれ出ている仰々しさ、お召し物の色合いなども、曙の空に、春の錦が姿を現した霞の中かと 見渡される。不思議に満足のゆく催し物であった。  一方では、高巾子の憂世離れした様子、寿詞の騒々しい、滑稽なことも、大仰に取り扱って、かえって何ほどの面白いはずの曲節も聞こえなか ったのだが。例によって、綿を一同頂戴して退出した。  [第二段 源氏、踏歌の後宴を計画す]  夜がすっかり明けてしまったので、ご夫人方は御殿にお帰りになった。大臣の君、少しお寝みになって、日が高くなってお起きになった。  「中将の君は、弁少将に比べて少しも劣っていないようだったな。不思議と諸道に優れた者たちが出現する時代だ。昔の人は、本格的な学問で は優れた人も多かったが、風雅の方面では、最近の人に勝っているわけでもないようだ。中将などは、生真面目な官僚に育てようと思っていて、自 分のようなとても風流に偏った融通のなさを真似させまいと思っていたが、やはり心の中は多少の風流心も持っていなければならない。沈着で、真 面目な表向きだけでは、けむたいことだろう」  などと言って、たいそうかわいいとお思いになっていた。「万春楽」と、お口ずさみになって、  「ご婦人方がこちらにお集まりになった機会に、どうかして管弦の遊びを催したいものだ。私的な後宴をしよう」  とおっしゃって、弦楽器などが、いくつもの美しい袋に入れて秘蔵なさっていたのを、皆取り出して埃を払って、緩んでいる絃を、調律させたりなど なさる。御婦人方は、たいそう気をつかったりして、緊張をしつくされていることであろう。 源氏物語の世界ヘ 本文 ローマ字版 注釈 Last updated 12/29/99 渋谷栄一訳(C)(ver.1-2-1)    胡蝶 光る源氏の太政大臣時代三十六歳の春三月から四月の物語 第一章 光る源氏の物語 春の町の船楽と季の御読経 1.三月二十日頃の春の町の船楽---三月の二十日過ぎのころ 2.船楽、夜もすがら催される---日が暮れるころ、「おうじょう」という楽が 3.蛍兵部卿宮、玉鬘を思う---夜も明けてしまった。朝ぼらけの鳥の囀りを 4.-中宮、春の季の御読経主催す--今日は、中宮の御読経の初日なのであった 5.紫の上と中宮和歌を贈答---お手紙、殿の中将の君から 第二章 玉鬘の物語 初夏の六条院に求婚者たち多く集まる 1.玉鬘に恋人多く集まる---西の対の御方は、あの踏歌の時のご対面以後は 2.玉鬘へ求婚者たちの恋文---衣更のはなやかに改まったころ 3.源氏、玉鬘の女房に教訓す---右近を呼び出して 4.右近の感想---右近も、ほほ笑みながら拝見して 5.源氏、求婚者たちを批評---「このようにいろいろとご注意申し上げるのも 第三章 玉鬘の物語 夏の雨と養父の恋慕の物語 1.源氏、玉鬘と和歌を贈答---お庭先の呉竹が、たいそう若々しく伸びてきて 2.源氏、紫の上に玉鬘を語る---殿は、ますますかわいいとお思い申し上げなさる 3.源氏、玉鬘を訪問し恋情を訴える---雨が少し降った後の 4.源氏、自制して帰る---雨はやんで、風の音が竹に鳴るころ 5.苦悩する玉鬘---翌朝、お手紙が早々にあった   第一章 光る源氏の物語 春の町の船楽と季の御読経  [第一段 三月二十日頃の春の町の船楽]  三月の二十日過ぎのころ、春の御殿のお庭先の景色は、例年より殊に盛りを極めて照り映える花の色、鳥の声は、他の町の方々では、まだ盛 りを過ぎないのかしらと、珍しく見えもし聞こえもする。築山の木立、中島の辺り、色を増した苔の風情など、若い女房たちがわずかしか見られない のをもどかしく思っているようなので、唐風に仕立てた舟をお造らせになっていたのを、急いで装備させなさって、初めて池に下ろさせなさる日は、 雅楽寮の人をお召しになって、舟楽をなさる。親王方、上達部など、大勢参上なさっていた。  中宮は、このころ里邸に下がっていらっしゃる。あの「春を待つお庭は」とお挑み申されたお返事もこのころがよい時期かとお思いになり、大臣の 君も、ぜひともこの花の季節を、御覧に入れたいとお思いになりおっしゃるが、よい機会がなくて気軽にお越しになり、花を御鑑賞なさることもできな いので、若い女房たちで、きっと喜びそうな人々を舟にお乗せになって、南の池が、こちら側に通じるようにお造らせになっているので、小さい築山 を隔ての関に見せているが、その築山の崎から漕いで回って来て、東の釣殿に、こちら方の若い女房たちを集めさせなさる。  龍頭鷁首を、唐風の装飾に仰々しく飾って、楫取りの棹をさす童は、皆角髪を結って、唐土風にして、その大きな池の中に漕ぎ出たので、ほんと うに見知らない外国に来たような気分がして、素晴らしくおもしろいと、見馴れていない女房などは思う。  中島の入江の岩蔭に漕ぎ寄せて眺めると、ちょっとした立石の様子も、まるで絵に描いたようである。あちらこちら霞がたちこめている梢々、錦を 張りめぐらしたようで、御前の方は遥々と遠くに望まれて、色濃くなった柳が、枝を垂れている、花も何ともいえない素晴らしい匂いを漂わせてい る。他では盛りを過ぎた桜も、今を盛りに咲き誇り、渡廊を回るの藤の花の色も、紫濃く咲き初めているのであった。それ以上に池の水に姿を写し ている山吹、岸から咲きこぼれてまっ盛りである。水鳥たちが、番で離れずに遊びながら、細い枝をくわえて飛びちがっている、鴛鴦が波の綾に紋 様を交えているのなど、何かの図案に写し取りたいくらいで、ほんとうに斧の柄も朽ちてしまいそうに面白く思いながら、一日中暮らす。  「風が吹くと波の花までが色を映して見えますが   これが有名な山吹の崎でしょうか」  「春の御殿の池は井手の川瀬まで通じているのでしょうか   岸の山吹が水底にまで咲いて見えますこと」  「蓬莱山まで訪ねて行く必要もありません   この舟の中で不老の名を残しましょう」  「春の日のうららかな中を漕いで行く舟は   棹のしずくも花となって散ります」  などというような、とりとめもない和歌を、思い思いに詠み交わしながら、行く先も帰り路も忘れてしまいそうに、若い女房たちが心を奪われるの も、もっともな池の表面の美しさである。  [第二段 船楽、夜もすがら催される]  日が暮れるころ、「おうじょう」という楽が、たいそう面白く聞こえる中を、残念ながら、釣殿に漕ぎ寄せられて降りた。ここの飾り、たいそう簡略な 造りで、優美であって、御方々の若い女房たちが、自分こそは負けまいと心を尽くした装束、器量、花を混ぜた春の錦に劣らないように見渡され る。世にも珍しい楽の音をいくつも演奏する。舞人など、特に選ばせなさって。  夜になったので、たいそうまだ飽き足りない心地がして、御前の庭に篝火を燈して、御階のもとの苔の上に、楽人を召して、上達部、親王たちも、 皆それぞれの弦楽器や、管楽器などをお得意の演奏をなさる。  音楽の師匠たちで、特に優れた人たちだけが、双調を吹いて、階上で待ち受けて合わせるお琴の調べを、とてもはなやかにかき鳴らして、「安名 尊」を合奏なさるほどは、「生きていた甲斐があった」と、何も分からない身分の低い男までも、御門近くにびっしり並んだ馬、牛車の立っている間に 混じって、顔に笑みを浮かべて聞いていた。  空の色も、楽の音も、春の調べと、響きあって、格別に優れている違いを、ご一同はお分かりになるであろう。一晩中遊び明かしなさる。返り声に 「喜春楽」が加わって、兵部卿宮が、「青柳」を繰り返し美しくお謡いになる。ご主人の大臣もお声を添えなさる。  [第三段 蛍兵部卿宮、玉鬘を思う]  夜も明けてしまった。朝ぼらけの鳥の囀りを、中宮は築山を隔てて、悔しくお聞きあそばすのであった。いつも春の光がいっぱいに満ちている六条 院であるが、思いを寄せる姫君のいないのが残念なことにお思いになる方々もいたが、西の対の姫君、何一つ欠点のないご器量を、大臣の君も、 特別に大事にしていらっしゃるご様子など、すっかり世間の評判となって、ご予想どおりに心をお寄せになる人々が多いようである。  自分こそ適任者だと自負なさっている身分の方は、つてを求め求めしては、ほのめかし、口に出して申し上げなさる方もあったが、口には出せず に心中思い焦がれている若い公達などもいるのであろう。その中で、事情を知らないで、内の大殿の中将などは、思いを寄せてしまったようであ る。  兵部卿宮は宮で、長年お連れ添いになった北の方もお亡くなりになって、ここ三年ばかり独身で淋しがっていらっしゃったので、気兼ねなく今は 求婚なさる。  今朝も、とてもひどく酔ったふりをして、藤の花を冠に挿して、しなやかに振る舞っていらっしゃるご様子、まこと優雅である。大臣も、お考えになっ ていたとおりになったと、心の底ではお思いになるが、しいて知らない顔をなさる。  ご酒宴の折に、ひどく苦しそうになさって、  「内心思うことがございませんでしたら、逃げ出したいところでございます。とてもたまりません」  とお杯をご辞退なさる。  「ゆかりのある方に思いを懸けていますので   淵に身を投げても名誉は惜しくもありません」  と詠んで、大臣の君に、同じ藤の插頭を差し上げなさる。とてもたいそうほほ笑みなさって、  「淵に身を投げるだけの価値があるかどうか   この春の花の近くを離れないでよく御覧なさい」  と無理にお引き止めなさるので、お帰りになることもできないで、今朝の御遊びは、いっそう面白くなる。  [第四段 中宮、春の季の御読経主催す]  今日は、中宮の御読経の初日なのであった。そのままお帰りにならず、めいめい休息所をとって、昼のご装束にお召し替えになる方々も多くい た。都合のある方は、退出などもなさる。  午の刻ころに、皆あちらの町に参上なさる。大臣の君をお始めとして、皆席にずらりとお着きになる。殿上人なども、残らず参上なさる。多くは、大 臣のご威勢に助けられなさって、高貴で、堂々とした立派な御法会の様子である。  春の上からの供養のお志として、仏に花を供えさせなさる。鳥と蝶とにし分けた童女八人は、器量などを特にお揃えさせなさって、鳥には、銀の 花瓶に桜を挿し、蝶には、黄金の瓶に山吹を、同じ花でも房がたいそうで、世にまたとないような色艶のものばかりを選ばせなさった。  南の御前の山際から漕ぎ出して、庭先に出るころ、風が吹いて、瓶の桜が少し散り交う。まことにうららかに晴れて、霞の間から現れ出たのは、 とても素晴らしく優美に見える。わざわざ平張なども移させず、御殿に続いている渡廊を、楽屋のようにして、臨時に胡床をいくつも用意した。  童女たちが、御階の側に寄って、幾種もの花を奉る。行香の人々が取り次いで、閼伽棚にお加えさせになる。  [第五段 紫の上と中宮和歌を贈答]  お手紙、殿の中将の君から差し上げさせなさった。  「花園の胡蝶までを下草に隠れて   秋を待っている松虫はつまらないと思うのでしょうか」  中宮は、「あの紅葉の歌のお返事だわ」と、ほほ笑んで御覧あそばす。昨日の女房たちも、  「なるほど、春の美しさは、とてもお負かせになれないわ」  と、花にうっとりして口々に申し上げていた。鴬のうららかな声に、「鳥の楽」がはなやかに響きわたって、池の水鳥もあちこちとなく囀りわたってい るうちに、「急」になって終わる時、名残惜しく面白い。「蝶の楽」は、「鳥の楽」以上にひらひらと舞い上がって、山吹の籬のもとに咲きこぼれている 花の蔭から舞い出る。  中宮の亮をはじめとして、しかるべき殿上人たちが、禄を取り次いで、童女に賜る。鳥には桜襲の細長、蝶には山吹襲の細長を賜る。前々から準 備してあったかのようである。楽の師匠たちには、白の一襲、巻絹などを、身分に応じて賜る。中将の君には、藤襲の細長を添えて、女装束をお与 えになる。お返事は、  「昨日は声を上げて泣いてしまいそうでした。   胡蝶にもつい誘われたいくらいでした   八重山吹の隔てがありませんでしたら」  とあったのだ。優れた経験豊かなお二方に、このような論争は荷がかち過ぎたのであろうか、想像したほどに見えないお詠みぶりのようである。  そうそう、あの見物の女房たちで、宮付きの人々には、皆結構な贈り物をいろいろとお遣わしになった。そのようなことは、こまごまとしたことなの で厄介である。  朝に夕につけ、このようなちょっとしたお遊びも多く、ご満足にお過ごしになっているので、仕えている女房たちも、自然と憂いがないような気持ち がして、あちらとこちらとお互いにお手紙のやりとりをなさっている。   第二章 玉鬘の物語 初夏の六条院に求婚者たち多く集まる  [第一段 玉鬘に恋人多く集まる]  西の対の御方は、あの踏歌の時のご対面以後は、こちらともお手紙を取り交わしなさる。深いお心用意という点では、浅いとかどうかという欠点 もあるかも知れないが、態度がとてもしっかりしていて、親しみやすい性格に見えて、気のおけるようなところもおありでない性格の方なので、どの 御方におかれても皆好意をお寄せ申し上げていらっしゃる。  言い寄るお方も大勢いらっしゃる。けれども、大臣は、簡単にはお決めになれそうにもなく、ご自身でもちゃんと父親らしく通すことができないよう なお気持ちもあるのだろうか、「実の父大臣にも知らせてしまおうかしら」などと、お考えになる時々もある。  殿の中将は、少しお側近く、御簾の側などにも寄って、お返事をご自身でなさったりするのを、女は恥ずかしくお思いになるが、しかるべきお間柄 と女房たちも存じ上げているので、中将はきまじめで思いもかけない。  内の大殿の公達は、この中将の君にくっついて、何かと意中をほのめかし、切ない思いにうろうろするが、そうした恋心の気持ちでなく、内心つら く、「実の親に子供だと知って戴きたいものだ」と、人知れず思い続けていらっしゃるが、そのようにはちょっとでもお申し上げにならず、ひたすらご信 頼申し上げていらっしゃる心づかいなど、かわいらしく若々しい。似ているというのではないが、やはり母君の感じにとてもよく似ていて、こちらは才 気が加わっていた。  [第二段 玉鬘へ求婚者たちの恋文]  衣更のはなやかに改まったころ、空の様子などまでが、不思議とどことなく趣があって、のんびりとしていらっしゃるので、あれこれの音楽のお遊 びを催してお過ごしになっていると、対の御方に、人々の懸想文が多くなって行くのを、「思っていた通りだ」と面白くお思いになって、何かというと お越しになっては御覧になって、しかるべき相手にはお返事をお勧め申し上げなさったりなどするのを、気づまりなつらいこととお思いになっている。  兵部卿宮が、まだ間もないのに恋い焦がれているような怨み言を書き綴っていらっしゃるお手紙をお見つけになって、にこやかにお笑いになる。  「子供のころから分け隔てなく、大勢の親王たちの中で、この君とは、特に互いに親密に思ってきたのだが、ただこのような恋愛の事だけは、ひど く隠し通してきてしまったのだが、この年になって、このような風流な心を見るのが、面白くもあり感に耐えないことでもあるよ。やはり、お返事など 差し上げなさい。少しでもわきまえのあるような女性で、あの親王以外に、また歌のやりとりのできる人がいるとは思えません。とても優雅なところ のあるお人柄ですよ」  と、若い女性は夢中になってしまいそうにお聞かせになるが、恥ずかしがってばかりいらっしゃった。  右大将で、たいそう実直で、ものものしい態度をした人が、「恋の山路では孔子も転ぶ」の真似でもしそうな様子に嘆願しているのも、そのような 人の恋として面白いと、全部をご比較なさる中で、唐の縹の紙で、とてもやさしく、深くしみ込んで匂っているのを、とても細く小さく結んだのがあ る。  「これは、どういう理由で、このように結んだままなのですか」  と言って、お開きになった。筆跡はとても見事で、  「こんなに恋い焦がれていてもあなたはご存知ないでしょうね   湧きかえって岩間から溢れる水には色がありませんから」  書き方も当世風でしゃれていた。  「これはどうした文なのですか」  とお尋ねになったが、はっきりとはお答えにならない。  [第三段 源氏、玉鬘の女房に教訓す]  右近を呼び出して、  「このように手紙を差し上げる方を、よく人選して、返事などさせなさい。浮気で軽薄な新しがりやな女が、不都合なことをしでかすのは、男の罪と も言えないのだ。  自分の経験から言っても、ああ何と薄情な、恨めしいと、その時は、情趣を解さない女なのか、もしくは身の程をわきまえない生意気な女だと思っ たが、特に深い思いではなく、花や蝶に寄せての便りには、男を悔しがらせるように返事をしないのは、かえって熱心にさせるものです。また、それ で男の方がそのまま忘れてしまうのは、女に何の罪がありましょうか。  何かの折にふと思いついたようないいかげんな恋文に、すばやく返事をするものと心得ているのも、そうしなくてもよいことで、後々に難を招く種と なるものです。総じて、女が遠慮せず、気持ちのままに、ものの情趣を分かったような顔をして、興あることを知っているというのも、その結果よから ぬことに終わるものですが、宮や、大将は、見境なくいいかげんなことをおっしゃるような方ではないし、また、あまり情を解さないようなのも、あな たに相応しくないことです。  この方々より下の人には、相手の熱心さの度合に応じて、愛情のほどを判断しなさい。熱意のほどをも考えなさい」  などと申し上げなさるので、姫君は横を向いていらっしゃる、その横顔がとても美しい。撫子の細長に、この季節の花の色の御小袿、色合いが親 しみやすく現代的で、物腰などもそうはいっても、田舎くさいところが残っていたころは、ただ素朴で、おっとりとしたふうにばかりお見えであったが、 御方々の有様を見てお分かりになっていくにつれて、とても姿つきもよく、しとやかに、化粧なども気をつけてなさっているので、ますます足らないと ころもなく、はなやかでかわいらしげである。他人の妻とするのは、まことに残念に思わずにはいらっしゃれない。  [第四段 右近の感想]  右近も、ほほ笑みながら拝見して、「親と申し上げるには、似合わない若くていらっしゃるようだ。ご夫婦でいらっしゃったほうが、お似合いで素晴 しろう」と、思っていた。  「けっして殿方のお手紙などは、お取り次ぎ申したことはございません。以前からご存知で御覧になった三、四通の手紙は、突き返して、失礼申 し上げてもどうかと思って、お手紙だけは受け取ったりなど致しておりますようですが、お返事は一向に。お勧めあそばす時だけでございます。それ だけでさえ、つらいことに思っていらっしゃいます」  と申し上げる。  「ところで、この若々しく結んであるのは誰のだ。たいそう綿々と書いてあるようだな」  と、にっこりして御覧になると、  「あれは、しつこく言って置いて帰ったものです。内の大殿の中将が、ここに仕えているみるこを、以前からご存知だった、その伝てでことずかった のでございます。また他には目を止めるような人はございませんでした」  と申し上げると、  「たいそうかわいらしいことだな。身分が低くとも、あの人たちを、どうしてそのように失礼な目に遭わせることができようか。公卿といっても、この 人の声望に、必ずしも匹敵するとは限らない人が多いのだ。そうした人の中でも、たいそう沈着な人である。いつかは分かる時が来よう。はっきり 言わずに、ごまかしておこう。見事な手紙であるよ」  などと、すぐには下にお置きにならない。  [第五段 源氏、求婚者たちを批評]  「このようにいろいろとご注意申し上げるのも、ご不快にお思いになることもあろうかと、気がかりですが、あの大臣に知っていただかれなさること も、まだ世間知らずで何の後楯もないままに、長年離れていた兄弟のお仲間入りをなさることは、どうかといろいろと思案しているのです。やはり世 間の人が落ち着くようなところに落ち着けば、人並みの境遇で、しかるべき機会もおありだろうと思っていますよ。  宮は、独身でいらっしゃるようですが、人柄はたいそう浮気っぽくて、お通いになっている所が多いというし、召人とかいう憎らしそうな名の者が、 数多くいるということです。  そのようなことは、憎く思わず大目に見過されるような人なら、とてもよく穏便にすますでしょう。少し心に嫉妬の癖があっては、夫に飽きられてし まうことが、やがて生じて来ましょうから、そのお心づかいが大切です。  大将は、長年連れ添った北の方が、ひどく年を取ったのに、嫌気がさしてと求婚しているということですが、それも回りの人々が面倒なことだと思 っているようです。それも当然なことなので、それぞれに、人知れず思い定めかねております。  このような問題は、親などにも、はっきりと、自分の考えはこうこうだといって、話し出しにくいことであるが、それ程のお年でもない。今は、何事で もご自分で判断がおできになれましょう。わたしを、亡くなった方と同様に思って、母君とお思いになって下さい。お気持に添わないことは、お気の 毒で」  などと、たいそう真面目にお申し上げになるので、困ってしまって、お返事申し上げようというお気持ちにもなれない。あまり子供っぽいのも愛嬌 がないと思われて、  「何の分別もなかったころから、親などは知らない生活をしてまいりましたので、どのように思案してよいものか考えようがございません」  と、お答えなさる様子がとてもおおようなので、なるほどとお思いになって、  「それならば世間が俗にいう、後の養父をそれとお思いになって、並々ならぬ厚志のほどを、最後までお見届け下さいませんでしょうか」  などと、こまごまとお話になる。心の底にお思いになることは、きまりが悪いので、口にはお出しにならない。意味ありげな言葉は時々おっしゃる が、気づかない様子なので、わけもなく嘆息されてお帰りになる。   第三章 玉鬘の物語 夏の雨と養父の恋慕の物語  [第一段 源氏、玉鬘と和歌を贈答]  お庭先の呉竹が、たいそう若々しく伸びてきて、風になびく様子が愛らしいので、お立ち止まりになって、  「邸の奥で大切に育てた娘も   それぞれ結婚して出て行くわけか  思えば恨めしいことだ」  と、御簾を引き上げて申し上げなさると、膝行して出て来て、  「今さらどんな場合にわたしの   実の親を探したりしましょうか  かえって困りますことでしょう」  とお答えなさるのを、たいそういじらしいとお思いになった。実のところ、心中ではそうは思っていないのである。どのような機会におっしゃって下さ るのだろうかと、気がかりで胸の痛くなる思いでいたが、この大臣のお心のとても並々でないのを、  「実の親と申し上げても、小さい時からお側にいなかった者は、とてもこんなにまで心をかけて下さらないのでは」  と、昔物語をお読みになっても、だんだんと人の様子や、世間の有様がお分かりになって来ると、たいそう気がねして、自分から進んで実の親に 知っていただくことは難しいだろう、とお思いになる。  [第二段 源氏、紫の上に玉鬘を語る]  殿は、ますますかわいいとお思い申し上げなさる。上にもお話し申し上げなさる。  「不思議に人の心を惹きつける人柄であるよ。あの亡くなった人は、あまりにも気がはれるところがなかった。この君は、ものの道理もよく理解で きて、人なつこい性格もあって、心配なく思われます」  などと、お褒めになる。ただではすみそうにないお癖をご存知でいらっしゃるので、思い当たりなさって、  「分別がおありでいらっしゃるらしいのに、すっかり気を許して、ご信頼申し上げていらっしゃるというのは、気の毒ですわ」  とおっしゃると、  「どうして、頼りにならないことがありましょうか」  とお答えなさるので、  「さあどうでしょうか、わたしでさえも、堪えきれずに、悩んだ折々があったお心が、思い出される節々がないではございませんでした」  と、微笑して申し上げなさると、「まあ、察しの早いことよ」と思われなさって、  「嫌なことを邪推なさいますなあ。とても気づかずにはいない人ですよ」  と言って、厄介なので、言いさしなさって、心の中で、「上がこのように推量なさるのも、どうしたらよいものだろうか」とお悩みになり、また一方で は、道に外れたよからぬ自分の心の程も、お分かりになるのであった。  気にかかるままに、頻繁にお越しになってはお目にかかりなさる。  [第三段 源氏、玉鬘を訪問し恋情を訴える]  雨が少し降った後の、とてもしっとりした夕方、お庭先の若い楓や、柏木などが、青々と茂っているのが、何となく気持ちよさそうな空をお覗きにな って、  「和して且た清し」  とお口ずさみなさって、まずは、この姫君のご様子の、つややかな美しさをお思い出しになられて、いつものように、ひっそりとお越しになった。  手習いなどをして、くつろいでいらっしゃったが、起き上がりなさって、恥ずかしがっていらっしゃる顔の色の具合、とても美しい。物柔らかな感じ が、ふと昔の母君を思い出さずにはいらっしゃれないのも、堪えきれなくて、  「初めてお会いした時は、とてもこんなにも似ていらっしゃるまいと思っていましたが、不思議と、まるでその人かと間違えられる時々が何度もあり ました。感慨無量です。中将が、少しも昔の母君の美しさに似ていないのに見慣れて、そんなにも親子は似ないものと思っていたが、このような方 もいらっしゃったのですね」  とおっしゃって、涙ぐんでいらっしゃった。箱の蓋にある果物の中に、橘の実があるのをいじりながら、  「あなたを昔懐かしい母君と比べてみますと   とても別の人とは思われません  いつになっても心の中から忘れられないので、慰めることなくて過ごしてきた歳月だが、こうしてお世話できるのは夢かとばかり思ってみますが、 やはり堪えることができません。お嫌いにならないでくださいよ」  と言って、お手を握りなさるので、女は、このようなことに経験がおありではなかったので、とても不愉快に思われたが、おっとりとした態度でいら っしゃる。  「懐かしい母君とそっくりだと思っていただくと   わたしの身までが同じようにはかなくなってしまうかも知れません」  困ったと思ってうつ伏していらっしゃる姿、たいそう魅力的で、手つきのふっくらと肥っていらっしゃって、からだつき、肌つきがきめこまやかでかわ いらしいので、かえって物思いの種になりそうな心地がなさって、今日は少し思っている気持ちをお耳に入れなさった。  女は、つらくて、どうしようかしらと思われて、ぶるぶる震えている様子もはっきり分かるが、  「どうして、そんなにお嫌いになるのですか。うまくうわべをつくろって、誰にも非難されないように配慮しているのですよ。何でもないようにお振る 舞いなさい。いいかげんにはお思い申していません思いの上に、さらに新たな思いが加わりそうなので、世に類のないような心地がしますのに、こ の懸想文を差し上げる人々よりも、軽くお見下しになってよいものでしょうか。とてもこんなに深い愛情がある人は、世間にはいないはずなので、気 がかりでなりません」  とおっしゃる。実にさしでがましい親心である。  [第四段 源氏、自制して帰る]  雨はやんで、風の音が竹林の中から生じるころ、ぱあっと明るく照らし出した月の光、美しい夜の様子もしっとりとした感じなので、女房たちは、こ まやかなお語らいに遠慮して、お近くには伺候していない。  いつもお目にかかっていらっしゃるお二方であるが、このようによい機会はめったにないので、言葉にお出しになったついでの、抑えきれないお思 いからであろうか、柔らかいお召し物のきぬずれの音は、とても上手にごまかしてお脱ぎになって、お側に臥せりなさるので、とてもつらくて、女房 の思うことも奇妙に、たまらなく思われる。  「実の親のもとであったならば、冷たくお扱いになろうとも、このようなつらいことはあろうか」と悲しくなって、隠そうとしても涙がこぼれ出しこぼれ 出し、とても気の毒な様子なので、  「そのようにお嫌がりになるのがつらいのです。全然見知らない男性でさえ、男女の仲の道理として、みな身を任せるもののようですのに、このよ うに年月を過ごして来た仲の睦まじさから、この程度のことを致すのに、何と嫌なことがありましょうか。これ以上の無体な気持ちは、けっして致しま せん。一方ならぬ堪えても堪えきれない気持ちを、晴らすだけなのですよ」  と言って、しみじみとやさしくお話し申し上げなさることが多かった。まして、このような時の気持ちは、まるで昔の時と同じ心地がして、たいそう感 慨無量である。  ご自分ながらも、「だしぬけで軽率なこと」と思わずにはいらっしゃれないので、まことによく反省なさっては、女房も変に思うにちがいないので、ひ どく夜を更かさないでお帰りになった。  「お厭いなら、とてもつらいことでしょう。他の人は、こんなに夢中にはなりませんよ。限りなく、底深い愛情なので、人が変に思うようなことはけっ してしません。ただ亡き母君が恋しく思われる気持ちの慰めに、ちょとしたことでもお話し申したい。そのおつもりでお返事などをして下さい」  と、たいそう情愛深く申し上げなさるが、度を失ったような状態で、とてもとてもつらいとお思いになっていたので、  「とてもそれ程までとは存じませんでしたお気持ちを、これはまたこんなにもお憎みのようですね」  と嘆息なさって、  「けっして、人に気づかれないように」  とおっしゃって、お帰りになった。  女君も、お年こそはおとりになっていらっしゃるが、男女の仲をご存知でない人の中でも、いくらかでも男女の仲を経験したような人の様子さえご 存知ないので、これより親しくなるようなことはお思いにもならず、「まったく思ってもみない運命の身の上であるよ」と、嘆いていると、とても気分も 悪いので、女房たち、ご気分が悪そうでいらっしゃると、お困り申している。  「殿のお心づかいが、行き届いて、もったいなくもいらっしゃいますこと。実のお父上でいらっしゃっても、まったくこれ程までお気づきなさらないこと はなく、至れり尽くせりお世話なさることはありますまい」  などと、兵部なども、そっと申し上げるにつけても、ますます心外で、不愉快なお心の程を、すっかり疎ましくお思いなさるにつけても、わが身の上 が情けなく思われるのであった。  [第五段 苦悩する玉鬘]  翌朝、お手紙が早々にあった。気分が悪くて臥せっていらっしゃったが、女房たちがお硯などを差し上げて、「お返事を早く」とご催促申し上げるの で、しぶしぶと御覧になる。白い紙で、表面は穏やかに、生真面目で、とても立派にお書きになってあった。  「またとないご様子は、つらくもまた忘れ難くて。どのように女房たちはお思い申したでしょう。   気を許しあって共寝をしたのでもないのに   どうしてあなたは意味ありげな顔をして思い悩んでいらっしゃるのでしょう  子供っぽくいらっしゃいますよ」  と、それでも親めいたお言葉づかいも、とても憎らしいと御覧になって、お返事を差し上げないようなのも、傍目に不審がろうから、厚ぼったい陸奥 紙に、ただ、  「頂戴致しました。気分が悪うございますので、お返事は失礼致します」  とだけあったので、「こういうやりかたは、さすがにしっかりしたものだ」とにっこりして、口説きがいのある気持ちがなさるのも、困ったお心である よ。  いったん口に出してしまった後は、「太田の松のように」と思わせることもなく、うるさく申し上げなさることが多いので、ますます身の置き所のない 感じがして、どうしてよいか分からない物思いの種となって、ほんとうに気を病むまでにおなりになる。  こうして、真相を知っている人は少なくて、他人も身内も、まったく実の親のようにお思い申し上げているので、  「こんな事情が少しでも世間に漏れたら、ひどく世間の物笑いになり、情けない評判が立つだろうな。父大臣などがお尋ね当てて下さっても、親身 な気持ちで扱っても下さるまいだろうから、他人が思う以上に浮ついたようだと、待ち受けてお思いになるだろうこと」  と、いろいろと心配になりお悩みになる。  宮、大将などは、殿のご意向が、相手にしていなくはないと伝え聞きなさって、とても熱心に求婚申し上げなさる。あの岩漏る中将も、大臣がお認 めになっていると、小耳にはさんで、ほんとうの事を知らないで、ただ一途に嬉しくなって、身を入れて熱心に恋の恨みを訴え申してうろうろしている ようである。 源氏物語の世界ヘ 本文 ローマ字版 注釈 Last updated 1/5/2000 渋谷栄一訳(C)(ver.1-2-1)    蛍 光る源氏の太政大臣時代三十六歳の五月雨期の物語 第一章 玉鬘の物語 蛍の光によって姿を見られる 1.玉鬘、養父の恋に悩む---今はこのように重々しい身分ゆえに 2.兵部卿宮、六条院に来訪---兵部卿宮などは、真剣になって 3.玉鬘、夕闇時に母屋の端に出る---夕闇のころが過ぎて、はっきりしない空模様も 4.源氏、宮に蛍を放って玉鬘の姿を見せる---何やかやと長口舌にお返事を 5.兵部卿宮、玉鬘にますます執心す---宮は、姫のいらっしゃる所を 6.源氏、玉鬘への恋慕の情を自制す---姫君は、このようなうわべは親のようにつくろうご様子を 第二章 光る源氏の物語 夏の町の物語 1.五月五日端午の節句、源氏、玉鬘を訪問---五日には、馬場殿にお出ましに 2.六条院馬場殿の騎射---殿は、東の御方にもお立ち寄りに 3.源氏、花散里のもとに泊まる---大臣は、こちらでお寝みになった 第三章 光る源氏の物語 光る源氏の物語論 1.玉鬘ら六条院の女性たち、物語に熱中---長雨が例年よりもひどく降って 2.源氏、玉鬘に物語について論じる---「誰それの話といって、事実どおりに 3.源氏、紫の上に物語について述べる---紫の上も、姫君のご注文にかこつけて 4.源氏、子息夕霧を思う---中将の君を、こちらにはお近づけ申さないように 5.内大臣、娘たちを思う---内大臣は、お子様方が夫人たちに大勢いたが   第一章 玉鬘の物語 蛍の光によって姿を見られる  [第一段 玉鬘、養父の恋に悩む]  今はこのように重々しい身分ゆえに、何事にももの静かに落ち着いていらっしゃるご様子なので、ご信頼申し上げていらっしゃる方々は、それぞ れ身分に応じて、皆思いどおりに落ち着いて、不安もなく、理想的にお過ごしになっている。  対の姫君だけは、気の毒に、思いもしなかった悩みが加わって、どうしようかしらと困っていらしゃるようである。あの監が嫌だった様子とは比べも のにならないが、このようなことで、夢にも回りの人々がお気づき申すはずのないことなので、自分の胸一つをお痛めになりながら、「変なことで嫌 らしい」とお思い申し上げなさる。  どのようなことでもご分別のついているお年頃なので、あれやこれやとお考え合わせになっては、母君がお亡くなりになった無念さを、改めて惜し く悲しく思い出される。  大臣も、お口にいったんお出しになってからは、かえって苦しくお思いになるが、人目を遠慮なさっては、ちょっとした言葉もお話しかけになれず、 苦しくお思いになるので、頻繁にお越しになっては、お側に女房などもいなくて、のんびりとした時には、穏やかならぬ言い寄りをなさるたびごとに、 胸を痛め痛めしては、はっきりとお拒み申し上げることができないので、ただ素知らぬふりをしてお相手申し上げていらっしゃる。  人柄が明朗で、人なつこくいらっしゃるので、とてもまじめぶって、用心していらっしゃるが、やはりかわいらしく魅力的な感じばかりが目立ってい らっしゃる。  [第二段 兵部卿宮、六条院に来訪]  兵部卿宮などは、真剣になってお申し込みなさる。お骨折りの日数はそれほどたってないのに、五月雨になってしまった苦情を訴えなさって、  「もう少しお側近くに上がることだけでもお許し下さるならば、思っていることも、少しは晴らしたいものですね」  と、申し上げになさるのを、殿が御覧になって、  「何のかまうことがあろうか。この公達が言い寄られるのは、きっと風情があろう。そっけないお扱いをなさるな。お返事は、時々差し上げなさい」  とおっしゃって、教えてお書かせ申し上げなさるが、ますます不愉快なことに思われなさるので、「気分が悪い」と言って、お書きにならない。  女房たちも、特に家柄がよく声望の高い者などもほとんどいない。ただ一人、母君の叔父君であった、宰相程度の人の娘で、嗜みなどさほど悪く はなく、世に落ちぶれていたのを、探し出されたのが、宰相の君と言って、筆跡などもまあまあに書いて、だいたいがしっかりした人なので、しかる べき折々のお返事などをお書かせになっていたのを、召し出して、文言などをおっしゃって、お書かせになる。  お口説きになる様子を御覧になりたいのであろう。  ご本人は、こうした心配事が起こってから後は、この宮などには、しみじみと情のこもったお手紙を差し上げなさる時は、少し心をとめて御覧にな る時もあるのだった。特に関心があるというのではないが、「このようなつらい殿のお振る舞いを見ないですむ方法がないものか」と、さすがに女らし い風情がまじる思いにもなるのだった。  殿は、勝手に心ときめかしなさって、宮をお待ち申し上げていらっしゃるのもご存知なくて、まあまあのお返事があるのを珍しく思って、たいそうこ っそりといらっしゃった。  妻戸の間にお敷物を差し上げて、御几帳だけを間に隔てとした近い場所である。  とてもたいそう気を配って、空薫物を奥ゆかしく匂わして、世話をやいていらっしゃる様子、親心ではなくて、手に負えないおせっかい者の、それで も親身なお扱いとお見えになる。宰相の君なども、お返事をお取り次ぎ申し上げることなども分からず、恥ずかしがっているのを、「引っ込み思案だ」 と、おつねりになるので、まこと困りきっている。  [第三段 玉鬘、夕闇時に母屋の端に出る]  夕闇のころが過ぎて、はっきりしない空模様も曇りがちで、物思わしげな宮のご様子も、とても優美である。内側からほのかに吹いてくる追い風 も、さらに優れた殿のお香の匂いが添わっているので、とても深く薫り満ちて、予想なさっていた以上に素晴らしいご様子に、お心を惹かれなさるの だった。  お口に出して、思っている心の中をおっしゃり続けるお言葉は、落ち着いていて、一途な好き心からではなく、とても態度が格別である。大臣は、 とても素晴らしいと、ほのかに聞いていらっしゃる。  姫君は、東面の部屋に引っ込んでお寝みになっていらしたのを、宰相の君が宮のお言葉を伝えに、いざり入って行く後についていって、  「とてもあまりに暑苦しいご応対ぶりです。何事も、その場に応じて振る舞うのがよろしいのです。むやみに子供っぽくなさってよいお年頃でもあり ません。この宮たちまでを、よそよそしい取り次ぎでお話し申し上げなさってはいけません。お返事をしぶりなさるとも、せめてもう少しお近くで」  などと、ご忠告申し上げなさるが、とても困って、注意するのにかこつけて中に入っておいでになりかねないお方なので、どちらにしても身の置き 所もないので、そっとにじり出て、母屋との境にある御几帳の側に横になっていらっしゃった。  [第四段 源氏、宮に蛍を放って玉鬘の姿を見せる]  何やかやと長口舌にお返事を申し上げなさることもなく、ためらっていらっしゃるところに、お近づきになって、御几帳の帷子を一枚お上げになるの に併せて、ぱっと光るものが。紙燭を差し出したのかと驚いた。  螢を薄い物に、この夕方たいそうたくさん包んでおいて、光を隠していらっしゃったのを、何気なく、何かと身辺のお世話をするようにして。  急にこのように明るく光ったので、驚きあきれて、扇をかざした横顔、とても美しい様子である。  「驚くほどの光がさしたら、宮もきっとお覗きになるだろう。自分の娘だとお考えになるだけのことで、こうまで熱心にご求婚なさるようだ。人柄や器 量など、ほんとうにこんなにまで整っているとは、さぞお思いでなかろう。夢中になってしまうに違いないお心を、悩ましてやろう」  と、企んであれこれなさるのだった。ほんとうの自分の娘ならば、このようなことをして、大騷ぎをなさるまいに、困ったお心であるよ。  別の戸口から、そっと抜け出て、行っておしまいになった。  [第五段 兵部卿宮、玉鬘にますます執心す]  宮は、姫のいらっしゃる所を、あの辺だと推量なさるが、割に近い感じがするので、つい胸がどきどきなさって、なんとも言えないほど素晴らしい羅 の帷子の隙間からお覗きになると、柱一間ほど隔てた見通しの所に、このように思いがけない光がちらつくのを、美しいと御覧になる。  間もなく見えないように取り隠した。けれどもほのかな光は、風流な恋のきっかけにもなりそうに見える。かすかであるが、すらりとした身を横にし ていらっしゃる姿が美しかったのを、心残りにお思いになって、なるほど、この趣向はお心に深くとまったのであった。  「鳴く声も聞こえない螢の火でさえ   人が消そうとして消えるものでしょうか  ご存知いただけたでしょうか」  と申し上げなさる。このような場合のお返事を、思案し過ぎるのも素直でないので、早いだけを取柄に。  「声には出さずひたすら身を焦がしている螢の方が   口に出すよりもっと深い思いでいるでしょう」  などと、さりげなくお答え申して、ご自身はお入りになってしまったので、とても疎々しくおあしらいなさるつらさを、ひどくお恨み申し上げなさる。  好色がましいようなので、そのまま夜をお明かしにならず、軒の雫も苦しいので、濡れながらまだ暗いうちにお出になった。ほととぎすなどもきっと 鳴いたことであろう。わずらわしいので耳も留めなかった。  「ご様子などの優美さは、とてもよく大臣の君にお似申していらっしゃる」と、女房たちもお褒め申し上げるのであった。昨夜、すっかり母親のよう にお世話やきなさったご様子を、内情は知らないで、「しみじみとありがたい」と女房一同は言う。  [第六段 源氏、玉鬘への恋慕の情を自制す]  姫君は、このようなうわべは親のようにつくろうご様子を、  「自分自身の不運なのだ。親などに娘と知っていただき、人並みに大切にされた状態で、このようなご寵愛をいただくのなら、どうしてひどく不似 合いということがあろうか。普通ではない境遇は、しまいには世の語り草となるのではないかしら」  と、寝ても起きてもお悩みになる。一方では、「ほんとに世間にありふれたような悪い扱いにしてしまうまい」と、大臣はお思いになるのだった。 が、やはり、そのような困ったご性癖があるので、中宮などにも、とてもきれいにお思い申し上げていられようか、何かにつけては、穏やかならぬ申 しようで気を引いてみたりなどなさるが、高貴なご身分で、及びもつかない事面倒なので、身を入れてお口説き申すことはなさらないが、この姫君 は、お人柄も、親しみやすく現代的なので、つい気持ちが抑えがたくて、時々、人が拝見したらきっと疑いを持たれるにちがいないお振る舞いなど は、あることはあるが、他人が真似のできないくらいよく思い返し思い返しては、危なっかしい仲なのであった。   第二章 光る源氏の物語 夏の町の物語  [第一段 五月五日端午の節句、源氏、玉鬘を訪問]  五日には、馬場殿にお出ましになった機会に、お越しになった。  「どうでしたか。宮は夜更けまでいらっしゃいましたか。あまりお近づけ申さないように。やっかいなお癖がおありの方ですよ。女の心を傷つけた り、何かの間違いをしないような男は、めったにいないものですよ」  などと、誉めたりけなしたりしながら注意していらっしゃるご様子は、どこまでも若々しく美しくお見えになる。光沢も色彩もこぼれるほどの御衣に、 お直衣が無造作に重ね着されている色合いも、どこに普通と違う美しさがあるのであろうか、この世の人が染め出したものとも見えず、普通の直衣 の色模様も、今日は特に珍しく見事に見え、素晴らしく思われる薫りなども、「物思いがなければ、どんなに素晴らしく思われるにちがいないお姿だ ろう」と姫君はお思いになる。  宮からお手紙がある。白い薄様で、ご筆跡はとても優雅にお書きになっていらっしゃる。見ていた時には素晴らしかったが、こう口にすると、たいし たことはないものだ。  「今日までも引く人もない水の中に隠れて生えている菖蒲の根のように   相手にされないわたしはただ声を上げて泣くだけなのでしょうか」  話題にもなりそうな長い菖蒲の根に文を結んでいらっしゃったので、「今日のお返事を」などとお勧めしておいて、お出になった。誰彼も「やはり、 ご返事を」と申し上げるので、ご自身どう思われたであろうか、  「きれいに見せていただきましてますます浅く見えました   わけもなく泣かれるとおっしゃるあなたのお気持ちは  お年に似合わないこと」  とだけ、薄墨で書いてあるようである。「筆跡がもう少し立派だったら」と、宮は風流好みのお心から、少しもの足りないことと御覧になったことであ ろうよ。  薬玉などを、実に趣向を凝らして、あちこちから多くあった。おつらい思いをして来た長年の苦労もすっかりなくなったお暮らしぶりで、お気持ちに ゆとりのおできになることも多かったので、「同じことなら、あちらが傷つくようなことのないようにして終わりにしたいものだ」と、どうしてお思いになら ないことがあろうか。  [第二段 六条院馬場殿の騎射]  殿は、東の御方にもお立ち寄りになって、 「中将が、今日の左近衛府の競射の折に、男たちを引き連れて来るようなことを言っていたが、そのおつもりでいて下さい。まだ明るいうちにきっと 来るでしょうよ。不思議と、こちらでは目立たないようにする内輪の催しも、この親王たちが聞きつけて、見物にいらっしゃるので、自然と大げさにな りますから、お心づもりなさい」  などと申し上げなさる。  馬場の御殿は、こちらの渡廊から見渡す距離もさほど遠くない。  「若い女房たち、渡殿の戸を開けて見物をしなさいよ。左近衛府に、たいそう素晴らしい官人が多い時だ。なまじっかの殿上人には負けまい」  とおっしゃるので、見物することをとても興味深く思っていた。  対の御方からも、童女など、見物にやって来て、渡廊の戸口に御簾を青々と懸け渡して、当世風の裾濃の御几帳をいくつも立て並べ、童女や下 仕などがあちこちしている。菖蒲襲の袙、二藍の羅の汗衫を着ている童女は、西の対のであろう。  感じのいい物馴れた者ばかり四人、下仕え人は、楝の裾濃の裳、撫子の若葉色をした唐衣で、いずれも端午の日の装いである。  こちらの童女は、濃い単衣襲に、撫子襲の汗衫などをおっとりと着て、それぞれが競い合っている振る舞い、見ていておもしろい。  若い殿上人などは、目をつけては流し目を送る。未の刻に、馬場殿にお出になると、なるほど親王たちがお集まりになっていた。競技も公式のそ れとは趣が異なって、中将少将たちが連れ立って参加して、風変りに派手な趣向を凝らして、一日中お遊びになる。  女性には、何も分からないことであるが、舎人連中までが優美な装束を着飾って、懸命に競技をしている姿などを見るのはおもしろいことであっ た。  南の町まで通して、ずっと続いているので、あちらでもこのような若い女房たちは見ていた。「打毬楽」「落蹲」などを奏でて、勝ち負けに大騒ぎを するのも、夜になってしまって、何も見えなくなってしまった。舎人連中が禄を、位階に応じてに頂戴する。たいそう夜が更けてから、人々は皆お帰 りになった。  [第三段 源氏、花散里のもとに泊まる]  大臣は、こちらでお寝みになった。お話などを申し上げなさって、  「兵部卿宮が、誰よりも格別に優れていらっしゃいますね。容貌などはそれほどでもないが、心配りや態度などが優雅で、魅力的なお方です。こ っそりと御覧になりましたか。立派だと言うが、まだ物足りないところがあるね」  とおっしゃる。  「弟君ではいらっしゃいますが、大人びてお見えになりました。ここ何年か、このように機会あるごとにおいでになっては、お親しみ申し上げなさっ ていらっしゃるとうかがっておりますが、昔の宮中あたりでちらっと拝見してから後、よくわかりません。たいそうご立派に、ご容貌など成長なさいま した。帥の親王が素晴らしくいらっしゃるようですが、感じが劣って、王族程度でいらっしゃいました」  とおっしゃるので、「一目でお見抜きだ」とお思いになるが、にっこりして、その他の人々については、良いとも悪いとも批評なさらない。  人のことに欠点を見つけ、非難するような人を、困った者だと思っていらっしゃるので、  「右大将などをさえ、立派な人だと言っているようだが、何のたいしたことがあろうか。婿として見たら、きっと物足りないことであろう」  と、お思いだが、口に出してはおっしゃらない。  今はただ一通りのご夫婦仲で、お寝床なども別々にお寝みになる。「どうしてこのよう疎々しい仲になってしまったのだろう」と、殿は苦痛にお思い になる。だいたい、何のかのと嫉妬申し上げなさらず、長年このような折節につけた遊び事を、人づてにお聞きになっていらっしゃったのだが、今日 は珍しくこちらであったことだけで、自分の町の晴れがましい名誉とお思いでいらっしゃった。  「馬も食べない草として有名な水際の菖蒲のようなわたしを   今日は節句なので、引き立てて下さったのでしょうか」  とおっとりと申し上げなさる。たいしたことではないが、しみじみとお感じになった。  「鳰鳥のようにいつも一緒にいる若駒のわたしは   いつ菖蒲のあなたに別れたりしましょうか」  遠慮のないお二人の歌であること。  「いつも離れているようですが、こうしてお目にかかりますのは、心が休まります」  と、冗談を言うが、のんびりとしていらっしゃるお人柄なので、しんみりとした口ぶりで申し上げなさる。  御帳台はお譲り申し上げなさって、御几帳を隔ててお寝みになる。共寝をするというようなことを、たいそう似つかわしくないことと、すっかりお諦め 申していらっしゃるので、無理にお誘い申し上げなさらない。   第三章 光る源氏の物語 光る源氏の物語論  [第一段 玉鬘ら六条院の女性たち、物語に熱中]  長雨が例年よりもひどく降って、晴れる間もなく所在ないので、御方々は、絵や物語などを遊び事にして、毎日お暮らしになっていらっしゃる。明 石の御方は、そのようなことも優雅な趣向を凝らして仕立てなさって、姫君の御方に差し上げなさる。  西の対では、まして珍しく思われなさることの遊び事なので、毎日写したり読んだりしていらっしゃる。そのうってつけの若い女房たちが大勢い る。いろいろと珍しい人の身の上などを、本当のことか嘘のことかと、たくさんある物語の中でも、「自分の身の上と同じようなのはなかった」と御覧 になる。  『住吉物語』の姫君が、物語中での評判もさることながら、現実での評判もやはり格別のようだが、主計頭が、もう少しで奪うところであったことな どを、あの監の恐しさと思い比べて御覧になる。  殿も、あちらこちらでこのような絵物語が散らかっていて、お目につくので、  「ああ、困ったものだ。女性というものは、面倒がりもせず、人にだまされようとして生まれついたものですね。たくさんの中にも真実は少ないだろ うに、そうとは知りながら、このようなつまらない話にうつつをぬかし、だまされなさって、蒸し暑い五月雨の、髪の乱れるのも気にしないで、お写し になることよ」  と言って、お笑いになる一方で、また、  「このような古物語でなくては、なるほど、どうして気の紛らしようのない退屈さを慰めることができようか。それにしても、この虚構の物語の中に、 なるほどそうもあろうかと人情を見せ、もっともらしく書き綴ったのは、それはそれで、たわいもないこととは知りながらも、無性に興をそそられて、か わいらしい姫君が物思いに沈んでいるのを見ると、何程か心引かれるものです。  また、けっしてありそうにないことだと思いながらも、大げさに誇張して書いてあるところに目を見張る思いがして、落ち着いて再び聞く時には、憎 らしく思うが、とっさには面白いところなどがきっとあるのでしょう。  最近、幼い姫が女房などに時々読ませているのを立ち聞きすると、何と口のうまい者がいるものですね。根も葉もない嘘をつき馴れた者の口から 言い出すのだろうと思われますが、そうではないありませんか」  とおっしゃると、  「おっしゃるとおり、嘘をつくことに馴れた人は、いろいろとそのようにご想像なさるでしょう。ただどうしても真実のことと思われるのです」  と言って、硯を押しやりなさるので、  「失礼にもけなしてしまいましたね。神代から世の中にあることを、書き記したものだそうだ。『日本紀』などは、ほんの一面にしか過ぎません。物 語にこそ道理にかなった詳細な事柄は書いてあるのでしょう」  と言って、お笑いになる。  [第二段 源氏、玉鬘に物語について論じる]  「誰それの話といって、事実どおりに物語ることはありません。善いことも悪いことも、この世に生きている人のことで、見飽きず、聞き流せないこ とを、後世に語り伝えたい事柄を、心の中に籠めておくことができず、語り伝え初めたものです。善いように言おうとするあまりには、善いことばかり を選び出して、読者におもねろうとしては、また悪いことでありそうにもないことを書き連ねているのは、皆それぞれのことで、この世の他のことでは ないのですよ。  異朝の作品は、記述のしかたが変わっているが、同じ日本の国のことなので、昔と今との相違がありましょうし、深いものと浅いものとの違いが ありましょうが、一途に作り話だと言い切ってしまうのも、実情にそぐわないことです。  仏教で、まことに立派なお心で説きおかれた御法文も、方便ということがあって、分からない者は、あちこちで矛盾するという疑問を持つに違いあ りません。『方等経』の中に多いが、詮じつめていくと、同一の主旨に落ち着いて、菩提と煩悩との相違とは、物語の、善人と悪人との相違程度に 過ぎません。  よく解釈すれば、全て何事も無駄でないことはなくなってしまうものですね」  と、物語を実にことさらに大したもののようにおっしゃった。  「ところで、このような昔物語の中に、わたしのような律儀な愚か者の物語はありませんか。ひどく親しみにくい物語の姫君も、あなたのお心のよ うに冷淡で、そらとぼけている人はまたとありますまいな。さあ、二人の仲を世にも珍しい物語にして、世間に語り伝えさせましょう」  と、近づいて申し上げなさるので、顔を引き入れて、  「そうでなくても、このように珍しいことは、世間の噂になってしまいそうなことでございます」  とおっしゃるので、  「珍しくお思いですか。なるほど、またとない気持ちがします」  と言って、寄り添っていらっしゃる態度は、たいそうふざけている。  「思いあまって昔の本を捜してみましたが   親に背いた子供の例はありませんでしたよ  親不孝なのは、仏の道でも厳しく戒めています」  とおっしゃるが、顔もお上げにならないので、お髪を撫でながら、ひどくお恨みなさるので、やっとのことで、  「昔の本を捜して読んでみましたが、おっしゃるとおり   ありませんでした。この世にこのような親心の人は」  とお申し上げなさるにつけても、気恥ずかしいので、そうひどくもお戯れにならない。  こうして、どうなって行くお二方の仲なのであろう。  [第三段 源氏、紫の上に物語について述べる]  紫の上も、姫君のご注文にかこつけて、物語は捨てがたく思っていらっしゃった。『くまのの物語』の絵の箇所を、  「とてもよく描いた絵だわ」  と御覧になる。小さい女君が、あどけなく昼寝をしていらっしゃる所を、昔の様子をご回想なさって、女君は御覧になる。  「このような子供どうしでさえ、なんとませたことなのでしょう。わたしなど、やはり語り草になるほど、気の長さは誰にも負けませんね」  と申し上げなさる。なるほど、世間に例の多くない恋愛を、数々なさってこられたことよ。  「姫君の御前で、この色恋沙汰の物語など、読み聞かせなさいますな。秘め事をする物語の娘などは、おもしろいと思わぬまでも、このようなこと が世間にはあるのものだと、当たり前のように思われるのが、困ったことなのですよ」  とおっしゃるにつけても、格段に違うと、対の御方がお聞きになったら、きっとひがまれよう。  紫の上は、  「軽率な物語の人の物真似の類は、見ていてもたまりません。『宇津保物語』の藤原の君の娘は、とても思慮深くしっかりした人で、間違いはな いようですが、そっけない返事もそぶりも、女性らしいところがないようなのが、同じようですね」  と、おっしゃると、  「実際の人も、そういうもののようです。一人前にそれぞれ主義主張を異にして、加減というものを知りません。悪くはない親が、気をつかって育て た娘が、無邪気さだけがただ一つのとりえで、劣ったところが多いのは、いったいどんなふうにして育ててきたのかと、親の育て方までが想像され るのは、気の毒です。  なるほど、そうは言っても、身分にふさわしい感じがすると思えるのは、育てがいもあり、名誉なことです。口をきわめて気恥ずかしいほど誉めて いたのに、しでかしたことや、口に出した言葉の中に、なるほどと見えたり聞こえたりすることがないのは、まことに見劣りがするものです。  だいたい、つまらない人には、どうか娘を誉めさせたくないものです」  などと、ひたすら「この姫君が非難されないように」と、あれやこれやといろいろ考えておっしゃる。  継母の意地悪な昔物語も多いが、最近は、「心が見透かされ底意地悪い」と思われなさるので、厳しく選んでは選んでは、清書させたり、絵など にもお描かせなさるのだった。  [第四段 源氏、子息夕霧を思う]  中将の君を、こちらにはお近づけ申さないようにしていらっしゃったが、姫君の御方には、そんなにも遠ざけ申しなさらず、親しくさせていらっしゃ る。  「自分が生きている間は、どちらにせよ同じことだが、死んだ後を想像すると、やはり平生から、馴染んでおいた方が、格別親しく思内側われるに 違いない」  と考えて、南面の御簾の内側に入ることはお許しになっていた。台盤所、女房の中はお許しにならない。何人もいらっしゃらないお子たちの間柄 なので、とても大切にお世話申し上げていらっしゃった。  だいたいの性格なども、たいそう慎重で、真面目でいらっしゃる君なので、安心してお任せになっていらっしゃった。まだ幼いお人形遊びなどの様 子が見えるので、あの人が、一緒に遊んで過ごした昔の月日が、真先に思い出されるので、人形の殿の宮仕を、とても熱心になさりながら、時々 は涙ぐんでいらっしゃるのであった。  そうしてもよさそうなあたりには、軽い気持ちで言い寄ったりなさる女は大勢いるが、望みを懸けてくるようには仕向けない。愛人にしてもよさそう だと、思い寄られそうな女も、無理に一時の浮気沙汰にして、やはり「あの、緑の袖よと馬鹿にされたのを見返してやりたいものだ」と思う気持ちだ けが、重大事として忘れられないのであった。  無理にでも何とかつきまとったならば、根負けしてお許しになるかも知れないが、「つらいと思った折々のことを、何とか内大臣にもお分りになって いただこう」と考えていたこと、忘れられないので、ご本人に対してだけは、並々ならぬ愛情の限りを表して、表面では恋い焦がれているようには見 せない。  ご兄弟の公達なども、小憎らしいなどとばかり思う事が多かった。対の姫君のご様子を、右中将は、たいそう深く思いつめて、言い寄る手引きも たいそう頼りなかったので、この中将の君に泣きついて来たが、  「他人事となると、感心できないことですね」  と素っ気なく答えていらっしゃるのだった。その昔の父大臣たちの御仲に似ていた。  [第五段 内大臣、娘たちを思う]  内大臣は、お子様方が夫人たちに大勢いたが、その母方の血筋の良さや、子供の性質に応じて、思いどおりのような世間の声望や、御権勢に 任せて、皆一人前に引き立てなさる。女の子はたくさんはいないが、女御も、あのようにご期待していたこともうまくゆかず、姫君も、またあのように 思惑と違うようなことでいらっしゃるので、とても残念だとお思いになる。  あの撫子のことがお忘れになれず、何かのついでにもお口になさったことなので、  「どうなったのだろう。頼りない親の心のままに、かわいらしかった子を、行く方不明にしてしまったことよ。だいたい女の子というものは、どんなこ とがあっても目を放してはならないものであった。勝手に自分の子供と名乗って、みじめな境遇でさまよっているのだろうか。どのような恰好でいる にせよ、噂が聞こえて来たならば」  と、しみじみとずっと思い続けていらっしゃる。ご子息たちにも、  「もし、そのように名乗り出る人があったら、聞き逃すな。気紛れから、感心できない女性関係も多かった中で、あの人は、とても並々の愛人程度 とは思われなかった人で、ちょっとした愛想づかしをして、このように少なかった娘一人を、行方不明にしてしまったことの残念なことよ」  と、いつもお口に出される。ひところなどは、そんなにでもなく、ついお忘れになっていたが、他人が、さまざまに娘を大切になさっている例が多い ので、ご自分のお思いどおりにならないのが、とても情けなく、残念にお思いになるのであった。  夢を御覧になって、たいそうよく占う者を召して、夢の意味をお解かせになったところ、  「もしや、長年あなた様に知られずにいらっしゃるお子様を、他人の子として、お耳にあそばすことはございませんか」  と申し上げたので、  「女の子が他人の養女となることは、めったにないことだ。どのようなことだろうか」  などと、このころになって、お考えになったりおっしゃっているようである。 源氏物語の世界ヘ 本文 ローマ字版 注釈 Last updated 1/12/2000 渋谷栄一訳(C)(ver.1-2-1)    常夏 光る源氏の太政大臣時代三十六歳の盛夏の物語 第一章 玉鬘の物語 養父と養女の禁忌の恋物語 1.六条院釣殿の納涼---たいそう暑い日、東の釣殿にお出になって 2.近江君の噂---「どうして聞いたことか、大臣が外腹の娘を 3.源氏、玉鬘を訪う---夕方らしくなって吹く風、たいそう涼しくて 4.源氏、玉鬘と和琴について語る---月もないころなので、燈籠に 5.源氏、玉鬘と和歌を唱和---女房たちが近くに伺候しているので、いつもの冗談も 6.源氏、玉鬘への恋慕に苦悩---お渡りになることも、あまり度重なって 7.玉鬘の噂---内の大殿は、この新しい姫君のことを 8.内大臣、雲井雁を訪う---あれこれとご思案なさりながら、前ぶれもなく 第二章 近江君の物語 娘の処遇に苦慮する内大臣の物語 1.内大臣、近江君の処遇に苦慮---大臣は、この北の対の今姫君を 2.内大臣、近江君を訪う---そのまま、この女御の御方を訪ねたついでに、ぶらぶらお歩きになって 3.近江君の性情---「舌の生まれつきなのでございましょう 4.近江君、血筋を誇りに思う---立派な四位五位たちが、うやうやしくお供申し上げて 5.近江君の手紙---「ところで、女御様に参上せよとおっしゃったのを 6.女御の返事---樋洗童は、たいそうもの馴れた態度できれいな子で   第一章 玉鬘の物語 養父と養女の禁忌の恋物語  [第一段 六条院釣殿の納涼]  たいそう暑い日、東の釣殿にお出になって涼みなさる。中将の君も伺候していらっしゃる。親しい殿上人も大勢伺候して、西川から献上した鮎、近 い川のいしぶしのような魚、御前で調理して差し上げる。いつもの大殿の公達、中将のおいでになる所を尋ねて参上なさった。  「退屈で眠たかったところだが、ちょうどよい時にいらっしゃったな」  とおっしゃって、御酒を召し上がり、氷水をお取り寄せになって、水飯などを、それぞれにぎやかに召し上がる。  風はたいそう気持ちよく吹くが、日は長くて曇りない空が、西日になるころ、蝉の声などもたいそう苦しそうに聞こえるので、  「水のほとりも役に立たない今日の暑さだね。失礼は許していただけようか」  とおっしゃって、物に寄りかかって横におなりになった。  「とてもこんな暑い時は、管弦の遊びなどもおもしろくなく、とはいえ、何もしないのもつらいことだ。宮仕えしている若い人々にはつらいことだろう よ。帯も解かないではね。せめてここではくつろいで、最近世間に起こったことで、少し珍しく、眠気の覚めるようなことを、話してお聞かせください。 何となく年寄じみた心地がして、世間のことも疎くなったのでね」  などとおっしゃるが、珍しい事と言って、ちょっと申し上げるような話も思いつかないので、恐縮しているようで、皆たいそう涼しい高欄に、背中を寄 り掛けながら座っていらっしゃる。  [第二段 近江君の噂]  「どうして聞いたことか、大臣が外腹の娘を捜し出して、大切になさっていると話してくれた人がいたので、本当ですか」  と、弁少将にお尋ねになると、  「仰々しく、そんなに言うほどのことではございませんでしたが。今年の春のころ、夢をお話をなさったところ、ちらっと人伝てに聞いた女が、『自分 には聞いてもらうべき子細がある』と、名乗り出ましたのを、中将の朝臣が耳にして、『本当にそのように言ってよい証拠があるのか』と、尋ねてや りました。詳しい事情は、知ることができません。おっしゃるように、最近珍しい噂話に、世間の人々もしているようでございます。このようなことは、 父にとって、自然と家の不面目となることでございます」  と申し上げる。「やはり本当だったのだ」とお思いになって、  「たいそう大勢の子たちなのに、列から離れたような後れた雁を、無理にお捜しになるのが、欲張りなのだ。とても子どもが少ないのに、そのよう なかしずき種を、見つけ出したいが、名乗り出るのも嫌な所と思っているのでしょう、まったく聞きません。それにしても、無関係の娘ではあるまい。 やたらあちらこちらと忍び歩きをなさっていたらしいうちに、底が清く澄んでいない水に宿る月は、曇らないようなことがどうしてあろうか」  と、ほほ笑んでおっしゃる。中将君も、詳しくお聞きになっていることなので、とても真面目な顔はできない。少将と藤侍従とは、とてもつらいと思っ ていた。  「朝臣よ。せめてそのような落し胤でももらったらどうだね。体裁の悪い評判を残すよりは、同じ姉妹と結婚して我慢するが、何の悪いことがあろう か」  と、おからかいになるようである。このようなこととなると、表面はたいそう仲の良いお二方が、やはり昔からそれでもしっくりしないところがあるの であった。その上、中将をひどく恥ずかしい目にあわせて、嘆かせていらっしゃるつらさを腹に据えかねて、「悔しいとでも、人伝てに聞きなさったら よい」と、お思いになるのだった。  このようにお聞きになるにつけても、  「対の姫君を見せたような時、また軽々しく扱われるようなことはあるまい。たいそうはっきりとしていて、けじめをつけるところがある人で、善悪の 区別も、はっきりと誉めたり、また貶しめ軽んじたりすることも、人一倍の大臣なので、どんなに腹立たしく思うであろう。予想もしない形で、この対 の姫君を見せたらば、軽く扱うことはできまい。まこと油断なくお世話しよう」などとお思いになる。  [第三段 源氏、玉鬘を訪う]  夕方らしくなって吹く風、たいそう涼しくて、帰るのももの憂く若い人々は思っていた。  「気楽にくつろいで涼んではどうか。だんだんこのような若い人々の中で、嫌われる年になってしまったなあ」  と言って、西の対にお渡りになるので、公達、皆お送りにお供なさる。  黄昏時の薄暗い時に、同じ直衣姿なので、誰とも区別がつかないので、大臣は姫君に、  「もう少し外へお出になりなさい」  と言って、こっそりと、  「少将や、侍従などを連れて参りました。ひどく飛んで来たいほどに思っていたのを、中将が、まこと真面目一方の人なので、連れて来なかった のは、思いやりがないようでした。  この人々は、皆気がないでもない。つまらない身分の女でさえ、深窓に養われている間は、身分相応に気を引かれるものらしいから、わが家の 評判は内幕のくだくだしい割には、たいそう実際以上に、大げさに言ったり思ったりしているようです。他にも女性方々がいらっしゃるのですが、や はり男性が恋をしかけるには相応しくない。  こうしていらっしゃるのは、何とかそのような男性の気持ちの、深さ浅さを見たいなどと、退屈のあまり願っていたのだが、望みの叶う気がしまし た」  などと、ひそひそと申し上げなさる。  お庭先には、雑多な前栽などは植えさせなさらず、撫子の花を美しく整えた、唐撫子、大和撫子の、垣をたいそうやさしい感じに造って、その咲き 乱れている夕映え、たいそう美しく見える。皆、立ち寄って、思いのままに手折ることができないのを、残念に思って佇んでいる。  「教養のある人たちだな。心づかいなども、それぞれに立派なものだ。右の中将は、さらにもう少し落ち着いていて、こちらが恥ずかしくなる感じが します。どうですか、お便り申して来ますか。体裁悪く、突き放しなさいますな」  などとおっしゃる。  中将君は、この優れた人たちの中でも、際立って優美でいらっしゃった。  「中将をお嫌いなさるとは、内大臣は困ったものだ。ご一族ばかりで繁栄している中で、皇孫の血筋を引くので、見にくいとでもいうのか」  とおっしゃると、  「来てくだされば、という人もございましたものを」  と申し上げなさる。  「いや、そんな大事に持てなされることは望んでいません。ただ、幼い者同士が契り合った胸の思いが晴れないまま、長い年月、仲を裂いていら っしゃった大臣のやりかたがひどいのです。まだ身分が低い、外聞が悪いとお思いならば、知らない顔で、こちらに任せて下されたとしても、何の心 配がありましょうか」  などと、不平をおっしゃる。「では、このようなお心のしっくりいってないお間柄だったのだわ」とお聞きになるにつけても、親に知っていただけるの がいつか分からないのは、しみじみと悲しく胸の塞がる思いがなさる。  [第四段 源氏、玉鬘と和琴について語る]  月もないころなので、燈籠に明りを入れた。  「やはり、近すぎて暑苦しいな。篝火がよいなあ」  とおっしゃって、人を呼んで、  「篝火の台を一つ、こちらに」  とお取り寄せになる。美しい和琴があるのを、引き寄せなさって、掻き鳴らしなさると、律の調子にたいそうよく整えられていた。音色もとてもよく出 るので、少しお弾きになって、  「このようなことはお好きでない方面かと、今まで大したことはないとお思い申していました。秋の夜の、月の光が涼しいころ、奥深い所ではなく て、虫の声に合わせて弾いたりするのには、親しみのあるはなやかな感じのする楽器です。改まった演奏は、役割がしっかりと決まりませんね。  この楽器は、そのままで多くの楽器の音色や、調子を備えているところが優れた点です。大和琴と言って一見大したことのないように見えなが ら、極めて精巧に作られているものです。広く外国の学芸を習わない女性のための楽器と思われます。  同じ習うなら、気をつけて他の楽器に合わせてお習いなさい。難しい手と言っても、特にあるわけではありませんが、また本当に弾きこなすことは 難しいのでしょうか、現在では、あの内大臣に並ぶ人はいません。  ただちょっとした同じ菅掻き一つの音色に、あらゆる楽器の音色が、含まれていて、何とも形容のしようがないほど、響き渡るのです」  とご説明なさると、多少会得していて、ぜひともさらに上手になりたいとお思いのことなので、もっと聞きたくて、  「こちらで、適当な管弦のお遊びがあります折などに、聞くことができましょうか。賤しい田舎者の中でも、習う者が大勢おりますと言うことですか ら、総じて気楽に弾けるものかと存じておりました。では、お上手な方は、まるで違っているのでしょうか」  と、さも聞きたそうに、熱心に気を入れていらっしゃるので、  「そうです。東琴と言って名前は低そうに聞こえますが、御前での管弦の御遊にも、まず第一に書司をお召しになるのは、異国はいざ知らず、わ が国では和琴を楽器の第一としたのでしょう。  そうした中でも、その第一人者である父親から直接習い取ったら、格別でしょう。こちらにも、何かの機会にはおいでになるだろうが、和琴に、秘 手を惜しまず、隠さず演奏するようなことはめったにないでしょう。物の名人は、どの道の人でも気安くは手の内を見せないもののようです。  とは言っても、いずれはお聞きになれることでしょう」  とおっしゃって、楽曲を少しお弾きになる。和琴を弾く姿はとても素晴らしく、はなやかで趣がある。「これよりも優れた音色が出るのだろうか」と、 親にお会いしたい気持ちが加わって、和琴のことにつけてまでも、「いつになったら、こんなふうにくつろいでお弾きになるところを聞くことができるの だろうか」などと、思っていらっしゃった。  「貫河の瀬々の柔らかな手枕」と、たいそう優しくお謡いになる。「親が遠ざける夫」というところは、少しお笑いになりながら、ことさらにでもなくお 弾きになる菅掻きの音、何とも言いようがなく美しく聞こえる。  「さあ、お弾きなさい。芸事は人前を恥ずかしがっていてはいけません。「想夫恋」だけは、心中に秘めて、弾かない人があったようだが、遠慮な く、誰彼となく合奏したほうがよいのです」  と、しきりにお勧めになるが、あの辺鄙な田舎で、何やら京人と名乗った皇孫筋の老女がお教え申したので、誤りもあろうかと遠慮して、手をお触 れにならない。  「少しの間でもお弾きになってほしい。覚えることができるかも知れない」と聞きたくてたまらず、この和琴の事のために、お側近くにいざり寄って、  「どのような風が吹き加わって、このような素晴らしい響きが出るのかしら」  と言って、耳を傾けていらっしゃる様子、燈の光に映えてたいそうかわいらしげである。お笑いになって、  「耳聰いあなたのためには、身にしむ風も吹き加わるのでしょう」  と言って、和琴を押しやりなさる。何とも迷惑なことである。  [第五段 源氏、玉鬘と和歌を唱和]  女房たちが近くに伺候しているので、いつもの冗談も申し上げなさらずに、  「撫子を十分に鑑賞もせずに、あの人たちは立ち去ってしまったな。何とかして、内大臣にも、この花園をお見せ申したいものだ。人の命はいつま でも続くものでないと思うと、昔も、何かの時にお話しになったことが、まるで昨日今日のことのように思われます」  とおっしゃって、少しお口になさったのにつけても、たいそう感慨無量である。  「撫子の花の色のようにいつ見ても美しいあなたを見ると   母親の行く方を内大臣は尋ねられることだろうな  このことが厄介に思われるので、引き籠められているのをお気の毒に思い申しています」  とおっしゃる。姫君は、ちょっと涙を流して、  「山家の賤しい垣根に生えた撫子のような   わたしの母親など誰が尋ねたりしましょうか」  と人数にも入らないように謙遜してお答え申し上げなさった様子は、なるほどたいそう優しく若々しい感じである。  「もし来なかったならば」  とお口ずさみになって、ひとしお募るお心は、苦しいまでに、やはり我慢しきれなくお思いになる。  [第六段 源氏、玉鬘への恋慕に苦悩]  お渡りになることも、あまり度重なって、女房が不審にお思い申しそうな時は、気が咎め自制なさって、しかるべきご用を作り出して、お手紙の通 わない時はない。ただこのお事だけがいつもお心に掛かっていた。  「どうして、このような不相応な恋をして、心の休まらない物思いをするのだろう。そんな苦しい物思いはするまいとして、心の赴くままにしたら、世 間の人の非難を受ける軽々しさを、自分への悪評はそれはそれとして、この姫君のためにもお気の毒なことだろう。際限もなく愛しているからと言っ ても、春の上のご寵愛に並ぶほどには、わが心ながらありえまい」と思っていらっしゃった。「さて、そうしたわけで、それ以下の待遇では、どれほど のことがあろうか。自分だけは、誰よりも立派だが、世話する女君が大勢いる中で、あくせくするような末席にいたのでは、何の大したことがあろ う。格別大したこともない大納言くらいの身分で、ただ姫君一人を妻とするのには、きっと及ばないことだろう」  と、ご自身お分りなので、たいそうお気の毒で、「いっそ、兵部卿宮か、大将などに許してしまおうか。そうして自分も離れ、姫君も連れて行かれ たら、諦めもつくだろうか。言っても始まらないことだが、そうもしてみようか」とお思いになる時もある。  しかし、お渡りになって、ご器量を御覧になり、今ではお琴をお教え申し上げなさることまで口実にして、近くに常に寄り添っていらっしゃる。  姫君も、初めのうちこそ気味悪く嫌だとお思いであったが、「このようになさっても、穏やかなので、心配なお気持ちはないのだ」と、だんだん馴れ てきて、そうひどくお嫌い申されず、何かの折のお返事も、親し過ぎない程度に取り交わし申し上げなどして、御覧になるにしたがってとても可愛ら しさが増し、はなやかな美しさがお加わりになるので、やはり結婚させてすませられないとお思い返しなさる。  「それならばまた、結婚させて、ここに置いたまま大切にお世話して、適当な折々に、こっそりと会い、お話申して心を慰めることにしようか。この ようにまだ結婚していないうちに、口説くことは面倒で、お気の毒であるが、自然と夫が手強くとも、男女の情が分るようになり、こちらがかわいそう だと思う気持ちがなくて、熱心に口説いたならば、いくら人目が多くても差し障りはあるまい」とお考えになる、実にけしからぬ考えである。  ますます気が気でなくなり、なお恋し続けるというのもつらいことであろう。ほどほどに思い諦めることが、何かにつけてできそうにないのが、世に も珍しく厄介なお二人の仲なのであった。  [第七段 玉鬘の噂]  内の大殿は、この新しい姫