2001.12.28更新

ことわざ集

文学資料における「ことわざ」目次

  1. 近代文学作品と「ことわざ」
  2. 古典文学作品と「ことわざ」

A平安時代 B鎌倉時代 C室町時代 D江戸時代

1、近代文学作品と「ことわざ」

悪事千里を走る

・日本は万里波濤〔はとう〕の彼方〔かなた〕にあるとはいえ、悪事千里を走るという諺もある。夢で土佐の西浜や中浜の人たちに会うようなとき、たとえ夢のなかでもその人たちに対して会わせる顏がない。[井伏鱒二『ジョン万次郎漂流記』一六二G]

羹に懲りて膾を吹く

・十人は十人の因果を持つ。羹(あつもの)に懲(こ)りて膾(なます)を吹くは、株(しゆ)を守って兎(うさぎ)を待つと、等しく一様の大律に支配せらる。〔夏目漱石『虞美人草』二六八G〕

一寸の蟲にも五分の魂

・同時に長吉が芝居道〔しばいだう〕へ這入らうといふ希望〔のぞみ〕もまたわるいとは思はれない。一寸〔いつすん〕の蟲にも五分〔ごぶ〕の魂で、人にはそれぞれの気質〔きしつ〕がある。[永井荷風『すみだ川』一八二N]

豕を抱いて臭きを知らず

・お勢は今甚だしく迷っている、豕〔いのこ〕を抱〔いだ〕いて臭きを知らずとかで、境界〔きょうがい〕の臭みに居ても、おそらくは、その臭味がわかるまい。[二葉亭四迷『浮雲』一九〇J]

江戸の敵に長崎で巡り逢う

・この頃(ごろ)は江戸の敵(かたき)に長崎で巡(めぐ)り逢(あ)った様な心持がする。学問は立身出世の道具である。親の機嫌(きげん)に逆って師走(しわす)正月の拍子をはずす為(ため)の修業ではあるまい。〔夏目漱石『虞美人草』二〇一L〕

聞いて極楽見て地獄

・伯父は母親のやうに正面から烈しく反對を稱〔とな〕へはしなかつたけれど、聞いて極楽見て地獄の譬を引き、劇道〔げきだう〕の成功の困難、舞臺の生活の苦痛、藝人社會の交際の煩瑣〔はんさ〕な事なぞを長々〔なが\/〕と語つた後、母親の心をも推察してやるやうにと、伯父の忠告を待たずともよく解つてゐる事を述べつゞけたのであつた。[永井荷風『すみだ川』一八三K]

獣にさえ屠所のあゆみ

・磬(けい)を打って入室相見(しょうけん)の時、足音を聞いただけで、公案の工夫が出来たか、出来ないか、手に取る様にわかるもじゃと云った和尚(おしょう)がある。気の引けるときは歩き方にも現われる。獣(けもの)にさえ屠所(としよ)のあゆみと云う諺がある。参禅の衲子(のうし)に限った現象とは認められぬ。〔夏目漱石『虞美人草』209H〕

故郷忘じ難し

・それにお尋ねの風聞も大抵抜けた様子だから故郷忘じ難しの譬で、二人一處〔いつしよ〕に江戸へ往き、どんな暮しでもしやうじやないか。[三遊亭圓朝『鹽原多助一代記』一三九下27]

坐して食えば山も空し

・高い男と仮に名乗らせた男は本名を内海文三〔うつみぶんぞう〕と言ッて静岡県の者で、父親は旧幕府に仕えて俸禄を食〔は〕だ者で有ッたが、幕府倒れて王政古〔いにしえ〕に復〔かえ〕り時津風〔ときつかぜ〕に靡〔なび〕かぬ民草〔たみぐさ〕もない明治の御世に成ッてからは、旧里静岡に蟄居〔ちつきよ〕して暫〔しば〕らくは偸食〔とうしよく〕の民となり、為〔な〕すこともなく昨日〔きのう〕と送り今日と暮す内、坐して食〔くら〕えば山も空〔むな〕しの諺〔ことわざ〕に漏〔も〕れず、次第々々に貯蓄〔たくわえ〕の手薄になるところから足掻〔あが〕き出したが、さて木から落ちた猿猴〔さる〕の身というものは意気地の無い者で、腕は真陰流に固ッていても鋤鍬〔すきくわ〕は使えず、口は左様〔さよう〕然らばと重く成ッていて見れば急にはヘイの音〔ね〕も出されず、といって天秤〔てんびん〕を肩へ当るも家名の汚れ外聞が見ッとも宜くないというので、足を擂木〔すりこぎ〕に駈〔かけ〕廻ッて辛〔から〕くして静岡藩の史生に住込み、ヤレ嬉しやと言ッたところが腰弁当の境界〔きようがい〕、なかなか浮み上る程には参らぬが、デモ感心には多〔おおく〕も無い資本を吝〔おし〕まずして一子文三に学問を仕込む。[二葉亭四迷『浮雲』一二F]

株を守って兎を待つ

・十人は十人の因果を持つ。羹(あつもの)に懲(こ)りて膾(なます)を吹くは、株(しゆ)を守って兎(うさぎ)を待つと、等しく一様の大律に支配せらる。〔夏目漱石『虞美人草』二六八G〕

好きな物は身にもなれば薬にもなる

・「そりゃ樂しいだろうな。私も見張りをしたり餌はこびの手伝いをしたりするよ。だがもう一日二日ここにいよう。こんなに沢山梅の木のあるところはどこにもない。あの虫をうんとたべてから帰ろう。好きな物は身にもなれば薬にもなる」[中 勘助『鳥の物語』鶯の話一三七F]

涼風は夕餉の半

・人の眠る時は鬼の醒めたる時なり。十字を截りて寐よ。この鐵壁をば吼る獅子も越えずといふ。神を祈らば、あのマリウチアの腐女が、そちにも我にも難儀を掛けたるを訴へて、毒に中り、悪瘡を發するやうに呪へかし。おとなしく寐よ。小窓をば開けておくべし。涼風は夕餉〔ゆふげ〕の半〔なかば〕といふ諺あり。蝙蝠をなおそれそ。かなたこなたへ飛びめぐれど、入るものにはあらず。神の子と共に熟寐せよ。斯く云ひ畢りて、をぢは戸を鎖ぢて去りぬ。[森鴎外訳『即興詩人』上・蹇丐五六B]

滿は損を招く

・うつくしきものを、彌が上に、うつくしくせんと焦せるとき、うつくしきものは却つて其度を減ずるが例である。人事に就ても滿は損を招くとの諺は是が爲めである。[夏目漱石『草枕』四〇二G]

目印の柳の下で平常魚は釣れぬ代り、思ひよらぬ蛤の吸物から真珠を拾ひ出す

・亀屋の爺心配し、泣くな泣きやるな浮世は車、大八の片輪田の中に踏込んだ様にぢつとして、くよくよして居るよりは、外をあるいて見たら又どんな女に廻り合ふかもしれぬ、目印の柳の下で平常魚は釣れぬ代り、思ひよらぬ蛤の吸物から真珠を拾ひ出すと云ふ諺があるは、腹を広く持て、コレ若いの、恋は他にもある者を、と詞おかしく、兀頭の脳漿から天保度の浮気論主意書といふ所を引抽き、黴の生た洒落を熨斗に添て度々進呈すれど少しも取り容れず、[幸田露伴『風流佛』六九Q]

旧の木阿弥

・それも厭なりこれも厭なりで、二時間ばかりと云うものは黙坐して腕を拱〔く〕んで、沈吟して嘆息して、千思万考、審念熟慮して屈托してみたが、詮〔せん〕ずる所は旧〔もと〕の木阿弥〔もくあみ〕。「ハテどうしたものだろう」[二葉亭四迷『浮雲』一四一G]

八幡の藪不知

・「何が何だか分りゃしない。まるで八幡(やわた)の藪不知(やぶしらず)へ這入った様なものだ」「本当に――要領を得ないにも困り切る」〔夏目漱石『虞美人草』三〇一C〕《解釈》千葉県市川市の葛飾八幡宮の南方の藪は、ここに入ると出られなくなると言い伝えられていた。

 

[参考文献一覧]

井伏鱒二 『ジョン万次郎漂流記』(新潮文庫)昭和12年

幸田露伴 『風流佛』(日本近代文学大系6)

三遊亭圓朝『鹽原多助一代記』(明治文学全集10)

中 勘助 『鳥の物語』(岩波文庫)

永井荷風 『すみだ川』(日本近代文学大系29) 明治42年12月

夏目漱石 『草枕』(「鶉籠」明治40年1月1日発行・名著復刻全集近代文学館)

夏目漱石 『虞美人草』(新潮文庫)

二葉亭四迷『浮雲』(新潮文庫)

森 鴎外 『即興詩人』(岩波文庫)

2、古典文学作品と「ことわざ」

A平安時代の諺

吹毛不可求疵「毛を吹きて疵を求むべからず」

炯然無過慇探 疵 失之者 三賢十聖 有失可誹。《『日本霊異記』下巻・大系四一四I》《典拠》『漢書』『韓非子』《意訳》他人の過失を強いて探し出してはいけない。《連関資料》室町時代の『庭訓徃來註』卯月五日の状。『運歩色葉集』や江戸時代の『書字考節用集』に見える。

骨肉之親「骨肉(コツジク)の親」

-(シク)ノ之親 呂氏春秋父-母之於(ヲケ)ル也。子(コ)ノ之於父-母之也。/此(イ)フ骨-宍之也。《観智院本『世俗諺文』六十二》⇒鎌倉時代の諺「白骨は父の恩、赤肉は母の恩」参照。

蟷螂廻車「蟷螂(タウラウ)、車を廻(かへ)す」

蟷螂廻カヘス 莊子蟷-螂怒カシテ以當車轍ルコトヲ(タヘ)-也。是/才之美ナル者也。非美-才ク/ヘシ(タヘ)也。/(カン)(セイ)ノ(サウ)-公出(カリ)ス。蟷螂(アケ)テトス(ウタ)ムト(ワ) ヲ。/問御-者ヘテ蟷-螂ナリ也。為シテ(スヽム)コトヲ而不シテ/量(ハカ)ラ(ツ)クキニ。莊-公(タメ)ニ天-下(ヨウ)-夫勇士歸ヘス之。《観智院本『世俗諺文』四八》⇒室町時代の諺「蟷螂が斧を取つて隆車に向かふ」参照。

西は東

賀茂河(かもがは)の方(かた)を見(み)れば、筏(いかだ)といふものに榑(くれ)・材木(ざいもく)を入(い)れて、棹(さを)さして、心地(ち)よげに謠(うた)ひのゝしりてもて上(のぼ)るめり。大津(おほつ)・梅津(むめづ)の心地(ち)するも、「西(にし)は東(ひんがし)」といふはこれなりけりと見(み)ゆ。《『榮花物語』巻第十五・大系上447H》

[参考文献一覧]

仏教説話集『日本霊異記』(日本古典文学大系)

源為憲撰『世俗諺文』(東寺観智院旧蔵⇒天理図書館蔵)

歴史物語『榮花物語』(日本古典文学大系)

B鎌倉時代の諺

会稽のはぢを雪む

かゝる賢人(けんじん)なりとて、當國・他国より大勢來りてつきければ、終に呉王(ごわう)夫差(ぶさ)をほろぼし、会稽のはぢを雪むとはかやうの事をこそ申せ。」《『平治物語』大系二七九N》《連関資料元亀二年本運歩色葉集』に「(キヨム)‖会稽(クワイケイ)(ハヂ)ヲ」一九六B

賢臣二君に仕ず、貞女兩夫にまみえず

纔(わづか)息の通ひけるも、事切はてにければ、軈かしこにて煙となし、是をも圓覚寺へ送て、同所に納てンげり。賢臣二君に仕ず貞女兩夫にまみえずと云文有。哀に優しかりけりと、上一人より下萬人に至まで、袖をしほらぬはなかりけり。《『保元物語』大系一六一D》《典拠》『史記』田単傳「忠臣不事二君。貞女不更二夫」《連関資料元亀二年本運歩色葉集』に「賢臣(ケンシン)(ツカヘ)二君(ジクン)ニ|」二二〇B、「貞女(テイヂヨ)(ス)∨(マミヘ)兩夫(リヤウフ)ニ|」二四九Eとそれぞれ別にして収載する。

栴檀は二葉よりにほひ、梅花はつぼめるに香あり

導師、やゝひさしくへて、なみだおしのごひて、「ほのかに傳へうけたまはる。此諷誦の施主は、御とし一そぢあまりとかや。いつしか、内外の才智にまし/\て、和漢の風儀に達し給へる事、いかに三世の佛もあはれとみそなはかし、亡魂もかなしと思すらん」とのたまひしに、げにもとおぼえて、なみだをながし侍りき。《中略》栴檀(せんだん)は二葉(は)よりにほひ、梅花はつぼめるに香(かをり)ありとは、かやうの事にてしられ侍り。《『撰集抄』巻九第九、實房御事》

人木石にあらず。しかじ傾城の色に相ざらん

人木石(ぼくせき)にあらすしかじ傾城(けいせい)の色(いろ)に相(あは)ざらんにと、文集(ぶんじう)の文(もん)也。ことはりとぞおぼえける。《『平治物語』下・大系二八七G》《典拠》『白氏文集』新楽府「人非木石皆有情。不如不遇傾城色」。《意訳》人は木でも石でもなく皆情を持っている。とすれば、美人に惑わされるのは無理はない。やっぱり、城を傾けるような美人にめぐりあわないのにこしたことはない。

人間の寶には子に過たる物こそなかりけれ

入道先(まづ)泪をながして、「あはれ、人間(にんげん)の寶(たから)には子(こ)に過(すぎ)たる物(もの)こそなかりけれ。子ならざらん者、たれかは身にかへて助(たすく)べき。生々世々にも此恩忘れまじきぞよ。」とて手を合(あはせ)悦(よろこび)給ふ。《『保元物語』大系一四四E》

少者共の痩たる顔をみて物へ出ざる

今朝を限にて有けると少者共の痩たる顔をみて物へ出ざると云ならはせるは誠なりけるぞや。《『保元物語』大系一五八K》

白骨は父の恩、赤肉は母の恩

父母(ぶも)孝養(けうやう)して仏に成べしと申は、懺悔の中の第一の懺悔にてぞ侍るべき。父の恩の高き事、須弥(しゆみ)のごとし。母の徳のふかき事は、滄海(さうかい)ににたり。白骨(はくこつ)は父の恩なり、赤肉(しやくにく)は母のをんなり。人むまれて後(のち)、母の乳(ち)をのむ事、百八十石(こく)。いはんや、一劫(こふ)の間にのむ所は、四大海のごとしといへり。亀(かめ)の、子をみる眼、鶴(つる)の、子をおもふ声、恩愛(おんあい)なをふかし。いかにいはんや、人倫(じんりん)にをきてをや。《仏教説話集『寳物集』巻第六267K》《》「骨肉之親」[観智院本『世俗諺文』六十二]《連関資料》『童子教』に「父恩者高山 須弥山返下 母徳者深海 滄溟海還浅 白骨者父婬 赤肉者母婬 赤白二H和 成五體身分」とある。⇔室町時代の諺「白き骨は父の恩、肉叢は母の恩」を参照。

 

[参考文献一覧]

軍記物語『保元物語』(日本古典文学大系)

軍記物語『平治物語』(日本古典文学大系)

仏教説話集『寳物集』(新日本古典文学大系)

仏教説話集『撰集抄』(岩波文庫)

C室町時代の諺

悪事千里を走る

・石童丸はきこしめし 悪事千里を走るとは 爰の譬を申かよ 父母の空しく御なりありたるが 某よりも先に聞こゑてに 御弔をなさるゝよ あら嬉しやとおぼし 御門の内ゑぞ御入ある。[説経集『かるかや』三〇九B]

・然れども好事門を出でず 悪事千里を走る 錐は袋を通すとて 都わらんべ漏れ聞ひて 二条の屋形の小栗と深泥池の大蛇と夜な夜な通ひ 契りをこむるとの風聞なり。[説経集『をぐり』一六七A] 《典拠》「好事不出門、悪事行千里」[『伝灯録』『北夢?言』] 《意訳》悪いうわさはすぐに知れわたる。

仇を慈悲に報ずる

・さても 某(それがし)は。儚(はかな)き事を申てあり。仇(あた)を仇(あた)にて報(ほう)ずれば。燃(も)ゆる火(ひ)に薪(たきゞ)を添(そ)ふる如(ごと)く也。仇(あた)を慈悲(じひ)にて報ずれば。これは仏(ほとけ)の位(くらゐ)なり。いかに太夫(たゆふ)。大国(こく)が欲(ほ)しきか。小国(せうこく)が欲(ほ)しきか。望(のぞみ)次第(しだい)に取(と)らすべし。太夫(たゆふ)いかに」との御諚(ごぢやう)也。[説経集『さんせう太夫』三七八A]《連関資料》「仇は恩にて報ずる」[『毛吹草』]。《典拠》「怨ニ報ズルニ徳ヲ以テス」『老子』。

蟻が茶臼をめぐる

・こと/\しく足を空にまどふが、たゞ一夜あけぬれば、ひきかへ心もゆる/\と、又とも晦日の来るべき心もなくて、野辺の小松に千代万世を祝ひそめ、いつ死ぬべきものとはなしに、万のことを忌みおそれ、朝の露に名利をむさぼり、夕の陽に子孫を愛し、蟻(あり)が磨(ちやうす)をめぐるがごとく、おなじことをくるり/\と、五百八十年七曲がりと祝ひて、世を秋風の心は露ちりほどもなき人心を、一休おかしく思しめし、「誠におろかなるかな、槿の?待つ間をも盛り久しき花とながめ、蜉蝣(かげろふ)の青天に羽をふるひて楽しむ間もなき世の中に、糞(くそ)に箔(はく)ぬる正月言葉(ことば)や、たゞ時の間の煙ともなりなむと、打見るより思はるゝ。いで物見せん人々よ」と、墓はらへゆきて、しやれ頭(かうべ)を拾ひ来り、竹の先に貫きて、比は正月元日の早天に、洛中の家々の門の口へ如鼓/\と彼しやれ頭(かうべ)をさし出し、「御用心/\」とて歩(あり)き給ふ。[仮名草子集『一休ばなし』三五一M] 意訳》終わりのないことをいう。

生きとし生けるものごとに、夫婦の語らひを知らぬはなし

・人間に限(かぎ)らず生(い)きとし生(い)けるものごとに、夫婦の語(かた)らひを知(し)らぬはなし。まことにこの道(みち)を知らぬは木石に同じ。さは有ながら、あまり深(ふか)く色にふける人は、万事大かたになり、家職を忘(わす)るゝものなり。[仮名草子集『身の鏡』上二八五G] 《意訳》この世の中に生を得て生きているものすべてにあって、夫婦の語らいを知らないことはない。

一度には懲をする 二度に死をする

・つし王殿はきこしめし「一度には懲(こり)をする 二度に死(しに)をするとは姉御様の御事也 落ちたくは 姉御ばかり落ち給へ さて某(それがし)は落ちまひよの」。[説経集『さんせう太夫』三五〇E] 《意訳》一度目に懲り懲りの目にあいながら、懲りずにいると、二度目には死ぬ目にあうこと。

美しき花を見てこそ枝をば折れ

・御曹司は聞こし召し 「いかにや申さん上瑠璃君 昔より神にだにも結の神 仏にも愛染明王(あいぜんみやうわう)と聞く時は 一樹(じゆ)の蔭(かげ) 一河(が)の流(ながれ)を汲む事も 他生(たしやう)の縁(えん)と承る 一夜の枕を並ぶるも 五百生(しやう)の縁と聞く 昔より山を見てこそ狩をばすれ 色を見てこそ灰汁(あく)をば注(さ)せ 美しき花を見てこそ枝を折れ 眉目(みめ)よき君があればこそ恋路といふ字はあるぞかし さのみ心な猛かれそ 今夜一夜は靡せ給へや上瑠璃君」とぞ仰せける。[説経集『浄瑠璃御前物語』四八L] 《》「花見て枝をたをる」『毛吹草』《意訳》優美なものに対し心なき所業をすることの意を反対に解する。

一眼の亀の浮木に逢ふ

・かの中納言殿の御死骸を、三十餘人の姫たちに、これを御覧候へとて、引向けて見せければ、上臈たちの仰せには、「あら嬉しやな。この御死骸を見申さで消えんは、少し心に懸るべきに、今の最期に見申す事、まことに一眼の亀の浮木に逢ふが如し。優曇華も海中に開きぬるかと思ふ」とて、御死骸に抱き付き、いづれも涙にむせび給ふ。[仮名草子集『恨の介』上六二I] 《意訳》めったにない幸運のたとえ。

・牛王の姫は承り 三度拝み奉り 喜涙をこぼしつゝ さて/\三代相恩の若君様にあふこと 一眼(がん)の亀(かめ)の浮木(ふぼく)にあふがごとくなり。[説経集『牛王の姫』四二二A] 《典拠》「仏難得値。如優曇波羅華。又加一眼之亀値浮木孔。(ほとけにはあふことうることかたくして、優曇波羅華のことし。また、一眼のかめの浮木あなにあふがことし。)」〔『法華経』、『仮名書き法華経』妙荘・西1286E、妙1296〕。「猶如盲亀値浮木」〔『往生要集』〕

命全ふ持つ亀は 蓬莱山に逢ふ

・牛王この由見るよりも「いかに申さん若君様 昔が今にいたるまで 命全(まつた)ふ持つ亀は 蓬莱山(ほうらいさん)に逢(あ)ふと聞 しばらく待たせ給へや 自らは 是より上の醍醐といふ所に しやうしん聖と申て 我がためには叔父なり 君の御ためにも御三代相恩の者なり」[説経集『牛王の姫』四二四D]《意訳》寿命を全うすれば、得がたき幸運にもめぐり合える。

鰯の頭も仏になる

・老人聞いて、「よき不審にてこそ候へ、あると申せば鰯の頭(かしら)も仏になるなどゝ思ひて、木の切れ、石の欠けも、尊みすぎて愚かにあさまし。又なきと申せば、神もなく仏もなく天道もなしなどゝ言ひ、さみして、物事に破れ気を出され候。」[仮名草子集『清水物語』下一七二@] 《意訳》つまらぬものでも、それを信仰する人には尊く、神仏と同じ程の霊験を持つ。《》「鰯の頭も信心から」『毛吹草』。

色を見てこそ灰汁をば注せ

・御曹司は聞こし召し 「いかにや申さん上瑠璃君 昔より神にだにも結の神 仏にも愛染明王(あいぜんみやうわう)と聞く時は 一樹(じゆ)の蔭(かげ) 一河(が)の流(ながれ)を汲む事も 他生(たしやう)の縁(えん)と承る 一夜の枕を並ぶるも 五百生(しやう)の縁と聞く 昔より山を見てこそ狩をばすれ 色を見てこそ灰汁(あく)をば注(さ)せ 美しき花を見てこそ枝を折れ 眉目(みめ)よき君があればこそ恋路といふ字はあるぞかし さのみ心な猛かれそ 今夜一夜は靡せ給へや上瑠璃君」とぞ仰せける。[説経集『浄瑠璃御前物語』四八L] 《》「いろを見てあくをさせ」『毛吹草』《意訳》染色で色の染め具合いを見てから灰汁を加える、むやみに事をはじめないたとえ。

岩に耳 壁の物言ふ世時

・つし王殿はきこしめし 姉御の口に手を当てて「なふ/\いかに姉御様 今当代の世の中は 岩に耳 壁の物言ふ世時也 自然此事を大夫一門聞くならば さて身は何と成べきぞ 落ちたくは 姉御ばかり落ち給へ さて某は落ちまいよの」。[説経集『さんせう太夫』343G] 《》「壁に耳、岩のもの言ふ世」『世話焼草』。《意訳》物事が漏れやすいことを言う。

上見ぬ鷲

・後に聞侍れば、密通せる男のありて、此本の男を毒害して、上(うへ)見ぬ鷲(わし)と誇らんとの奸(かだま)しき謀(はかり)事にてありしと也。是皆念彼観音の利益なり」とぞ語りける。[仮名草子集『是楽物語』中二三一F] 《意訳》鷲は眼下の獲物を狙うことに心を配り、上からの襲撃を気にかけないことから、何事も恐れぬ振る舞いをいう。《》『せわ焼草』。

牛は牛連れ 馬は馬連れ

・その方たちも頭をけづり、袈裟・衣を身にまとひ、魚鳥を断ちたまはば、なにと言ひて非道と言ふべき。牛は牛連れ、馬は馬連れといふことあるぞかし。はやはやその方たちや、われらに似合ひたる道に基づけ」と言ふ。[仮名草子集『田夫物語』130N] 《意訳》似たもの同士いっしょに行くのがよいという譬。

・卑しき言葉にも、牛は牛連(うしづ)れ、馬は馬連(づ)れといへる言葉あり。政(まつりごと)知(し)る臣下の、心拗(ねじ)けて欲深(ふか)ければ、近寄(ちかよ)り集(あつ)まる者も、皆(みな)軽薄(けいはく)なる類(たぐひ)なり。[仮名草子集『清水物語』一五四J] 《意訳》同類の似たもの同士が集まること。《》『毛吹草』。

牛をば桃林の野に放し、馬を華山の陽に返す

・おほぢ聞て、「あふ、さる事あり。牛をば桃林(たうりん)の野に放(はな)し、馬を華山(くわざん)の陽(やう)に返す。鴨寒うして水に入、鶏(にはとり)寒(さむ)うして木に登る。諸法実相(しよほうじつさう)と聞(き)く時(とき)は、峰(みね)の嵐(あらし)も法の声(こえ)。それをなり共一(ひと)つづゝ、申せ/\」と仰(おほ)せけり。[舞の本『伏見常葉』282E] 《典拠》「帰馬于華山之陽、放牛于桃林之野」『書經』武成篇。

氏なふて玉の輿に乗る

・君の長は百人の流れの姫のその中を 三十二人よりすぐり 玉(たま)の輿(こし)に取つて乗(の)せ これは照天の姫の女房達と参らする それ女人と申するは 氏(うじ)なふて玉(たま)の輿(こし)に乗(の)るとは こゝの譬(たとへ)を申なり。[説経集『をぐり』一六七A] 《意訳》女は育ちや身分が賤しくても、容貌次第で貴人富家に愛されて出世できるたとえ。

優曇華も海中に開きぬる

・かの中納言殿の御死骸を、三十餘人の姫たちに、これを御覧候へとて、引向けて見せければ、上臈たちの仰せには、「あら嬉しやな。この御死骸を見申さで消えんは、少し心に懸るべきに、今の最期に見申す事、まことに一眼の亀の浮木に逢ふが如し。優曇華も海中に開きぬるかと思ふ」とて、御死骸に抱き付き、いづれも涙にむせび給ふ。[仮名草子集『恨の介』上六二J] 《意訳》めったにない幸運のたとえ。

鵜の真似して烏水のむ

・「古の祖師の蜆を御釣りありてまいりしとて、貴僧の若きなりにて其魚を釣りまいらんこと、鵜の真似して烏水のむ、といひしたぐひ也。扨貴僧は此蜆子和尚の蜆釣りてまいりし御心根を知ろし召けるか。中/\及びなき事や」[仮名草子集『一休ばなし』三九六B] 意訳》自分の力に余ることゐする人をいう。

運は天にあり

・ある武道無心懸なる侍、「運(うん)は天にあり。何ぞ武芸によつて勝利あらんや。源の義経は、天狗より兵法を伝(つた)へられたりと語り伝ふ。然(しか)らば義経、合戰に利を失(うしな)わるゝ事は有まじけれども、既に奥州衣川高館の城にして、秀平が子共に攻(せ)められて、滅亡せられしにあらずや。是にて、武士の勝負は運次第といふ事眼前なり。[仮名草子集『身の鏡』下三〇七E] 《意訳》人の運は天命によるもので、人間の力ではどうすることも出来ない。《》『せわ焼草』。

猿猴が月に愛をなす

・我等如きの類として、たやすく窺ひたまはん事、蟷螂が斧とかや、猿猴が月に相同じ。[謡曲『善界』] 《意訳》無理なことを望めばひどい目にあう譬。《故事》天竺婆羅奈城にいた五百の猿が、樹下の井戸に浮かんだ月を見、これをとろうとして手足をとりあって井戸にさっがて行き、枝が折れて溺れ死んだという譚。

嬰児の貝をもつて巨海を量る

・義仲(よしなか)、其後胤(こうゐん)として、首(かうべ)を傾(かたぶ)けて年(とし)久(ひさ)しく、今(いま)はこの大功(たいこう)を発(おこ)す事は、たとへば嬰児(ゑんじ)の貝(かひ)をもつて巨海(ちよかい)を量(はか)り、蟷螂(たうらう)が斧(をの)を取(と)つて隆車(りうしや)に向(む)かふがごとし。然りといへど、君のため、国のためにこれをおこす。身のため家のためにして、是をおこさず。志の至~し空に有。[舞の本『木曾願書』208O]《意訳》幼児が貝殻で大海の水を量るように、不可能なことをすること。《典拠》『漢書』東方朔伝。

負ふ子に教えられ 浅き瀬を渡る

・昔 唐土始皇帝 燕丹太子を取こにし 召籠めおかせ給ひし時、燕丹嘆きて 始皇帝に「故郷へ帰して賜び給へ 老母に対面遂げたき」と 此事侘びての給ふ時 始皇帝の給はく「汝を国へ帰さんは 烏の頭白くならん其時に 赦して帰し得さすべき」と嘲笑つての給ふ時 燕丹 是を悲しみ 天に向つて祈誓有に 親孝行の心ざしを 天も納受やまし/\けん 烏の頭白く成 綸言汗の如く 力及ず始皇帝 燕丹を差し赦し 故郷へ帰し給ふとかや かゝるめでたき吉例有 心に掛けさせ給ふまじ」と諌め奉れば 吉長「げに誠知られたり 是ぞ負ふ子に教えられ 浅き瀬を渡るとは 今此事をや申らん」と 主従二人打連れ 其儘そこを立出しは 本意なかりける次第也。[説経集『一心二河白道』五三二F] 《意訳》不本意で残念なこと。

夫の心と川の瀬は一夜に変る

・上瑠璃斜めに思し召し さつと開いて見給へば 思ひの外に引き替へて 今を限りの文なれば 肝魂もあらばこそ 天に仰ぎ地に伏して 悶え焦がれて歎かせ給ふが 落つる涙の下よりも 冷泉を近付けて「いかにや冷泉承はれ 夫の心と川の瀬は一夜に変る習ひとて 自ら振り捨て下らせ給ふを 恨みと思ふ折節に 今を限りの文なれば たとひ自ら女にては候ふとも 冠者の行衞を尋ねて 今生にて今一度 対面申さんと思ふなり 冷泉いかに」仰せけり。[説経集『浄瑠璃御前物語』81@] 《》「おとこの心と川のせは一やにかはる」『毛吹草』《意訳》男心の変り易きたとえ。

親子は一世の契り 夫婦は二世の契り

・古き歌にも ▲出て去なば心軽しと言ひやせん世の有様を人の知らねば  と申伝へし言の葉 自らが身の上也 親子は一世の契りなれば 幾程も添ひ参らせず 不孝と思召さるべし 此代の不孝は 後の代の孝行共也参らせん 是は父母の御方へと 涙ながら書き留め 扨又 夫の吉長へは 夫婦は二世の契りと言へば 此世の縁こそ薄く共 来世は必一つ蓮の台に至り 長く見みへ参らせん 古言の葉に  急げとよ涙を文に巻き込めて其儘送る墨の干ぬ間に と詠みしも思ひ知られたり。[説経集『一心二河白道』五二四CG] 《》「親子は一世、師は三ぜ、夫婦は二世のちぎり」『毛吹草

蝸牛の角めだち

・安祿山も楊国忠も、いづれ裳劣(をと)り侍らぬ佞悪無道の臣なれば、祿山は国忠が国に威を振ふ事を嫉(そね)み、楊国忠は祿山が天下に権を専とする事を妬(ねた)み、心に蝸牛の角(つの)めだち、互(たがひ)に争(あらそ)ひの煙(けぶり)を胸(むね)に焚(た)きける。[仮名草子集『是楽物語』中二三一F] 《意訳》蝸牛の角あらそい。つまらぬことにこだわり争う。

蟹は甲に似せて穴を掘る

・誠に蟹は甲に似(に)せて穴(あな)を掘(ほ)るとかや。長松や次郎吉までが兄分を拵へ、御敵をたくはへ、三藏やお夏迄も背戸の片隅、湯殿の陰にても以為を口説きて、それ/\の心ざしを述ぶるなり。[仮名草子集『都風俗鑑』四三二O] 意訳》自分の力量に応じる。

鴨は寒じて水に入る 鶏は寒ふて木へ登る

・「なふ いかに父の横山殿 これは譬へで御ざなひが 鴨は寒じて水に入る 鶏は寒ふて木に登る 人は滅びようとて まへなひ心猛うなる 油火は消えんとて なをも光が増すとかの あの小栗と申するは 天より降り人の子孫なれば 力は八十五人の力 荒馬乗つて名人なれば それに劣らぬ十人の殿原達は さて異国の魔王の如くなり」[説経集『をぐり』一八二F]

・おほぢ聞て、「あふ、さる事あり。牛をば桃林(たうりん)の野に放(はな)し、馬を華山(くわざん)の陽(やう)に返す。鴨(かも)寒(さむ)うして水に入、鶏(にはとり)寒(さむ)うして木に登(のぼ)る。諸法実相(しよほうじつさう)と聞(き)く時(とき)は、峰(みね)の嵐(あらし)も法の声(こえ)。それをなり共一(ひと)つづゝ、申せ/\」と仰(おほ)せけり。[舞の本『伏見常葉』282E] 《》『毛吹草』,天草本『金句集』。《意訳》それぞれの生まれつきによって、その行動も異なる。万物にそれぞれ特性のあることの喩え。

烏の頭が白くなつて 駒に角が生ゆる

・君の長は聞こし召し 「さても汝は憎い事を申よな いにしへ流れを立ていと申その折に 流れを立つるものならば 三日の事はさて措ひて 十日なりとも暇取らせんが 烏の頭が白くなつて 駒に角が生ゆるとも 暇にをひては取らすまひぞ 常陸小萩」とぞ申なり。[説経集『をぐり』二二四@]

・昔 唐土始皇帝 燕丹太子を取こにし 召籠めおかせ給ひし時、燕丹嘆きて 始皇帝に「故郷へ帰して賜び給へ 老母に対面遂げたき」と 此事侘びての給ふ時 始皇帝の給はく「汝を国へ帰さんは 烏の頭白くならん其時に 赦して帰し得さすべき」と嘲笑つての給ふ時 燕丹 是を悲しみ 天に向つて祈誓有に 親孝行の心ざしを 天も納受やまし/\けん 烏の頭白く成 綸言汗の如く 力及ず始皇帝 燕丹を差し赦し 故郷へ帰し給ふとかや かゝるめでたき吉例有 心に掛けさせ給ふまじ」と諌め奉れば 吉長「げに誠知られたり 是ぞ負ふ子に教えられ 浅き瀬を渡るとは 今此事をや申らん」と 主従二人打連れ 其儘そこを立出しは 本意なかりける次第也。[説経集『一心二河白道』五三二A]

・羝乳―羝ハ、雄羊ソ。乳セバ、ヲヒツシガ子(コ)ヲ生ミタラハ、歸フズト云タソ。是レハ太子丹ガ、烏スノ頭ラノ白クナリ、馬ニ角(ツノ)ヲ生ト云タト、同シコトソ。師古カ曰、羝(−)ハ牡羊(ホー)也。羝不當産乳セ故ニ設此言ヲ示絶。其事若燕ノ太子丹烏ノ白頭、馬ニ生角ヲ之比ノ也。[『蒙求抄』巻六蘇武持節586H]《典拠》「燕丹求帰。秦王曰、烏頭白、馬生角、乃許耳」[『史記』刺客列伝註] 》「鴉の子が白くなつて駒に角が生いんほど待候へよ」舞曲『鎌田』《意訳》ありえないことの喩え。

勧学院の雀は、蒙求を囀り、智者の辺りの童べは、習はぬ経をよむ

・判官、聞し召されて、「もの聞給へ、方/″\。「勧学院(くわんがくいん)の雀(すゞめ)は、蒙求(もふぎう)を囀(さへづ)り、智者(ちしや)の辺(ほと)りの童(わらは)べは、習(なら)はぬ経(きやう)をよむ」とは、よくこそ是は伝(つた)へたれ。小賢(こざか)しき童(わらは)べに引出物を取らせ、これより奥(おく)、平泉(ひらいづみ)への順道(じゆんだう)を詳しく問へ」。[舞の本『富樫』378D] 《意訳》常に見たり聞いたりすることは、自然に覚えてしまう。

雁が飛べば石亀殿も地団太

・又こゝにおかしき事あり。雁(がん)が飛(と)べば石亀殿も地団太(じだんだ)とやらん。見えぬ和郎に姿のよく見ゆるがあり、足早に追ひ付きて前から見て、二度びつくりするも侍り。[仮名草子集『都風俗鑑』四六二C] 意訳》身のほども知らず、到底叶わぬことで他人の真似をする喩え。《》「雁(がん)がとべはいしがめもちだんだ」『毛吹草』。

雁も鳩も食ふたるものこそ知らめ

・彼(か)のいぶせき所にて朝催(もよ)ひ気味(きみ)よく食(た)べ侍るも、余(よ)の所のむつかしき筵(むしろ)に列(つら)なりて、七五三にて持(も)て成(な)さるゝよりも、しみ/゛\と身に入(い)るばかり味ひあるらんと思ひやるも、「実に雁も鳩も食(く)ふたるものこそ知め」と、彼(か)の綴蓋(とぢぶた)に破鍋(われなべ)の思ひに身を焦(こ)がせし。[仮名草子集『是楽物語』下二五三L] 《意訳》雁の肉も鳩の肉も、どちらがうまいかは食べたものでなければわからない、すべて経験がものを言う。

昨日は今日の昔

昨日(きのふ)は今日(けふ)の昔なれば、昔語りとや申しはべらん。[仮名草子集『露殿物語』50K] 《》「昨日は今日の昔」『毛吹草』。

錐は袋を通す

・然れども好事門を出でず 悪事千里を走る 錐は袋を通すとて 都わらんべ漏れ聞ひて 二条の屋形の小栗と深泥池の大蛇と夜な夜な通ひ 契りをこむるとの風聞なり。[説経集『をぐり』一六七A] 《典拠》「譬若錐之処嚢中」[『史記』平原君伝]

九牛が一毛

・此博奕(ばくゑき)、傾城狂(ぐる)ひのついゑと、俳諧(はいかい)のついへをくらべてみれば、九牛の一毛ならん。又歌道を知(し)らぬ人の物云程おかしき事はなし。[仮名草子集『身の鏡』下三〇八I] 《意訳》比較できないほど少ない部分。《》『毛吹草』。

藥人を助く 藥師人を殺す

・古人も云らずや。「古方今病に不合、薬(くすり)人を助(たす)く、藥師(くすし)人を殺(ころ)す」などいへる諺(ことはざ)有。[仮名草子集『是楽物語』上一九九M] 意訳》物は使いようで使う人によって薬は毒にもなり、人を殺すことさえある。《》『毛吹草』。

愚人夏の虫 飛んで火に入る

・小栗この由御覧じて 愚人夏の虫 飛んで火に入る 笛に寄る秋の鹿は 妻故にさてその身を果たすとは 今こそ思ひは知られたれ 小栗こそ奥方へ 妻故馬の秣に 飼はれたなむどとあるならば 都の聞けいも恥づかしや 是非も更にわきまへず。[説経集『をぐり』一八五L] 《》「愚人は夏の虫、飛で火に焼とぞながめさせ給ひける」[『源平盛衰記』八・法皇三井潅頂]。「夏の虫とんで火に入、秋の鹿の笛に心をみだし、身をいたづらになす事」 [『曾我物語』六・仏性国の雨の事]《意訳》愚者は自ら我が身を危地に陥れること。

雲に梯 霞に千鳥

・上瑠璃(るり)此由(よし)聞こし召し たゞ何ともなく 「雲に梯(かけはし) 霞(かすみ)に千鳥(ちどり)」とありければ 御曹司(ざうし)は聞こし召し 「雲に梯 (かけはし) 霞(かすみ)に千鳥(ちどり)とは 及ばぬ恋との御諚(ぢやう)かや 及ばぬ恋とは 日本の者が唐土(たうど)の人を恋ふるかや 唐土(たうど)の人が日本(にほん)の者を恋ふるかや 人間(にんげん)が神や仏(ほとけ)を恋ふるこそ 及ばぬ恋にてあるべきに 人が人を恋ふるには 及ばぬ恋にて更(さら)になし」[説経集『浄瑠璃御前物語』四六N、四七@]《意訳》雲に梯の到底掛けられないことや、千鳥が努めても霞の高さに及ばないことのたとえ。他に「霞に千鳥」を「霞は春、千鳥は冬」という季節の相応しないたとえにもいう。

吹毛不可求疵「毛を吹きて疵を求むべからず」⇔平安時代の諺へ

・能にむくやぎと云は、用也。花だにあらば、むくやぎ迄も入まじき也。むくやぎなきと云は、まづは毛を吹きて疵を求たる也。[世阿弥『申楽談儀』二七三Q] 《典拠》「不吹毛而求小疵」『韓非子』《意訳》あらさがしをすること。

芸は主をさげず

・君の長は、聞し召し「和御前(わごぜ)は、東海道の名折(なをり)を申ものかな。芸(げい)は主(ぬし)をさげず。泥(でい)の中の蓮(はちす)、知るを人倫(じんりん)といひ、知らざるを鬼畜(きちく)に譬(たと)へたり。いかに吉次が連れたる京藤太(きやうとうだ)と申共、吹(ふ)けばこそ笛(ふえ)をば差すらめ。調子(てうし)一つ所望せよ」。[舞の本『烏帽子折』320K] 《意訳》一芸に秀でることは身分や貧富とは無関係である。

賢臣二君に仕へず、貞女両夫に見へず

・  風吹けば沖つ白波竜田山夜半にや君がひとり行くらん  と、かやうに詠じたりければ、男、この由聞よりも、「賢臣(けんしん)二君に仕(つか)へず、貞女両夫(りやうふ)に見へずと、今こそ思ひ知られたれ。姿掛りの勝(まさ)る女はありとても、心(こゝろ)の勝(まさ)る女房(ねうばう)のありつべしとも覚えず」とて、河内通(かよ)ひを思(おも)ひ切(き)り、古(ふる)き妻にぞ契(ちぎ)りける。[舞の本『伏見常盤』280C] 《典拠》「忠臣不事二君、貞女不更二夫」[『史記』田単伝]。

好事門を出でず 悪事千里を走る

・然れども好事門を出でず 悪事千里を走る 錐は袋を通すとて 都わらんべ漏れ聞ひて 二条の屋形の小栗と深泥池の大蛇と夜な夜な通ひ 契りをこむるとの風聞なり。[説経集『をぐり』一六七@] 《典拠》「好事不出門、悪事行千里」[『伝灯録』『北夢瑣言』] 《意訳》良い事は世間に判らないが、悪い事は千里の外まですぐに知れわたる。

心を正直に持ち、邪なくば祈らずともよかるべし

・今時の人の仏神を信ずるを見るに、正心は毛頭もなく内悪をかまへ仏神を拝む。是愚かなる事どもなり。たとひ礼拝し、香花を手向けずとも、心を正直に持(も)ち、邪なくば祈(いの)らずともよかるべし。古歌にも、「心(こゝろ)だに誠(まこと)の道(みち)にかなひなば祈(いの)らずとても神や守(まも)らん」と有、物事に本末あり。[仮名草子集『身の鏡』下三〇八I] 《意訳》《》「正直のかうべに神やどる」『本朝俚諺』。

後鳥羽の朝の時、通具・定家・家隆・有家・雅經五人撰新古、今不足于二千首、序云、二千首同時、有慈圓、後京極時に摂政也、定家・家隆は哥作、慈鎮・西行は哥讀。

後鳥羽の朝の時、通具(みちもと)・定家(さたいへ)・家隆・有家・雅經五人撰新古、今不足于二千首、序云、二千首同時、有慈圓、後京極時に摂政也、定家・々隆は哥作、慈鎮・西行は哥讀。時之諺也。[『蔗軒日録』下二二二B]

子は三界の首枷

・十王経説に曰く、『一日のうちに堕獄の人一万人あり。即ち女人七千八千にして、男子二千なり三千なり』と言ふ。そのゆゑに我朝の祖師たちもきらひたまひて、多くの山々、寺寺へも戒めたまへるなり。男子をきらひたまふところを聞かず。ちうしんかうれんほうなども子孫あることをきらひたまはずや。子は三界(がい)の首枷(くびかせ)とこそうけたまはれ。されば一角仙人は女を以つて仙術を失ひ、我朝久米の仙人も女の物洗ふ脛を見て通力を失ひたまふとかや。かくのごとくなる悪人を何として好くや」。[仮名草子集『田夫物語』131K]《意訳》親は子どもへの愛にひかされて一生の間苦労の絶える時がない。

・又親と子は一世の契(ちぎり)、本来親(おや)と言ふべきものなし。親(おや)のなければ子もなし。草葉に置(を)ける露のごとし。縁(えん)にふれて親(おや)といひ子といふ、子は三界(がい)の首枷(くびかせ)なり。親(おや)子の道(みち)を尽(つく)しても来世の為(ため)に益(ゑき)なし。[仮名草子集『清水物語』一六八B] 《意訳》子を常に思う心にひかされた親が、その生活を一生の間束縛されること。「三界」は、欲界・色界・無色界の人間生存の迷いの世界。《》『毛吹草』。

侍と黄金は 朽ちて朽ちせぬ

・聖此由聞召。「まだ百日もたゝぬ間に。世に出給ふめでたさよ。侍(さぶらひ)と黄金(こがね)は。朽ちて朽ちせぬとは こゝの事をや申らん」と。御喜(よろこび)は限(かぎり)なし。[説経集『さんせう太夫』三七五I] 《》「人は一代名は末代、侍と金(こがね)は朽て朽せぬ、鷹はしぬれど穂をつまぬ〔『毛吹草』〕

去るものは日々に疎し

去(さ)るものは日々に疎(うと)しといへど、友名は猶日々に思(おも)ひに沈(しづ)み給へども、人に隠(かく)せる事なれば、精進(しやうじ)なども心に任(まか)せえず、たゞ物(ものゝ)の文目(あやめ)も分(わ)かず、十七日は神じやうしの様(やう)に事寄(よ)せ、又念比なる友達(だち)の中にて朝夕(あさゆふ)を食(た)べ給へるとかや。[仮名草子集『是楽物語』二六八N] 《意訳》死んだ者は月日がたつに連れ、だんだんと疎遠になっていくものである。

知るを人倫といひ、知らざるを鬼畜に譬ふ

・君の長は、聞し召し「和御前(わごぜ)は、東海道の名折(なをり)を申ものかな。芸(げい)は主(ぬし)をさげず。泥(でい)の中の蓮(はちす)、知るを人倫(じんりん)といひ、知らざるを鬼畜(きちく)に譬(たと)へたり。いかに吉次が連れたる京藤太(きやうとうだ)と申共、吹(ふ)けばこそ笛(ふえ)をば差すらめ。調子(てうし)一つ所望せよ」。[舞の本『烏帽子折』320K] 《意訳》人の真価や才能を知るのは難しいことのたとえ。

白き骨は父の恩、肉叢は母の恩

・さればにや、人の子の、胎内(たいない)に宿(やど)り、胤(たね)を下(お)ろす謀(はかりこと)は、梵天(ぼんてん)よりも糸(いと)を下(お)ろし、大海(かい)の底(そこ)なる針(はり)の耳(みゝ)を通(とを)すより、なを受(う)け難(がた)ふて儲(まう)けたり。二百七十余日は、胎内(たいない)に宿(やど)り、神仏(ほとけ)にも忌(い)まれ申、九品(ほん)の浄土(じやうど)へ参る事もなし。偶(たま)/\、人に生れくる、其時の苦しみは、生きたる牛の皮を剥(は)ぎ、せんからたちの其中へ、追ひ入るゝより堪へ難し。玄冬素雪(げんとうそせつ)の冬の夜は、衾を重ね、育めり。九夏三伏の夏の夜は、松風に戯(たはぶ)れて、空吹く風を招き寄せ、をよそ産子(さんし)を育(はごく)めり。三歳になる迄飲みける乳味(にうみ)、凡夫(ぼんぶ)、いかでか知るべきぞ。忝(かたじけな)くも、釋尊は、檀特山(だんどくせん)の傍(かたは)らにて、静かに算段(さんだむ)して見給ふに、をよそ一百八十石にしるさるゝ。此理(ことはり)を聞く時(とき)は、(しろ)き骨(ほね)は父(ちゝ)の恩(おん)、肉叢(しゝむら)は母(はゝ)の恩(おん)。報じても報じ難きは父の恩と説かれたり。謝しても謝し難きは母の恩と、説かれたり。慈父恩高如須弥山悲母恩深如大海。いづれを報じ尽くすべきぞ。[舞の本『和田酒盛』478J]

・「あふ、汝らが聞知らざるは道理(だうり)。いで/\、語て聞かせん。『我八(がはち)』といふは、腹に七つの子を持つて、我が身共には八つなり。七つの子を弓箭(きうせん)に懸(か)けん事を悲しみ、唱(とな)えたる文(もん)にて有。『亀八万劫必生安楽国、亀成仏』と唱ふるは、亀は万劫(ごう)を経ぬれば、必仏になると申に、只今(いま)、弓箭(きうせん)に懸(かゝ)り、仏体を破(やぶ)らん事を悲しみ、唱(とな)へたる文にて有。されば、人の子(こ)の胎内(たいない)に宿(やど)り、胤(たね)を下(お)ろす謀(はか)り事は、梵天よりも糸(いと)を下(お)ろし、大海(かい)の底(そこ)なる針(はり)の耳(みゝ)を通(とを)すよりも受(う)け難(がた)ふて、生(む)まるゝなり。(しろ)き骨(ほね)は父(ちゝ)の恩(おん)、肉叢(しゝむら)は母(はゝ)の恩(おん)父の恩が卑しくは、四苦(しつく)と名付て、中(なか)なる骨を抜(ぬ)き捨(す)てよ。母(はゝ)の恩(おん)が卑(いや)しくは、八苦(く)と名付て、赤(あか)き肉叢(しゝむら)を削(そ)ぎ捨(す)てよ。此理(ことはり)に任(まか)せて、其亀(かめ)を助(たす)けよ」。[舞の本『小袖曾我』501I]⇔鎌倉時代の諺、「白骨は父の恩、赤肉は母の恩」七巻本『寳物集』第六を参照。

好きに赤烏帽子

・昔夷屋吉郎兵衛、右近源左が女形とて流行らせし折には、手拭に等しき絹切(ぎれ)を被(かぶ)りて女形(がた)とこそいひしに、今は又何者か仕出しけん、銅をもて甲を拵(こしら)へ、それに髪をうへて鬘(かづら)と名付けて被り、舞奏(かな)でければ見よけれど、是を外しては、尾抜鳥の如くなれども、好(す)きに赤烏帽子(ゑぼし)、迷(まよ)ひ初にし恋の山、元(もと)の道にし帰る事難(かた)ければ、堪(た)へまじき節(ふし)にもよく堪(た)へ焦(こが)れて、どふもならぬと嬉(うれ)しがれば、是非はくだなりとて、智(ち)あるも愚(おろ)かなるも、分(わ)くかたなく迷(まよ)ふ事、無明煩悩(むみやうぼんのふ)の絆(きづな)ほど世に草臥(くたび)れた物はなさそうなり。[仮名草子集『都風俗鑑』四六二C] 意訳》烏帽子は普通黒塗りであり、赤などと変わった色物を好むたとえ。

千石万石も、飯一盃

・アラモトカシヤト云ヘトモ。道ヲ楽テ居テ。結句貧ニモナイソ。上竿ノ奴モ。アブナイコトヲシテノ用ハ。ソレモ貧ヲ。ニギヲサントノ。義ナレトモ。千石万石モ。飯一盃ト云ヘル。諺ノアルナレバ。漢陰ノ叟モ。亊ハカネヌソ。當世人ノ心ニ。種々ノアヤツリ多クシテ。人ヲシヲトシテ。我身ヲ持ントシテ。アブナイコトヲシテ。トリハヅセハ。上竿ノ奴ノ竿ヨリ落テ。身ヲ害スルヤウニ。害ニ逢フコトヲソシル也。[『中華若木詩抄』卷下295七]

詮なき衆生に事問はず

・昔より刀剣と申せども 科なき岩の鎬は削らぬ物 詮なき衆生に事問はずと こゝに譬の候ぞや。[説経集『浄瑠璃御前物語』四五B] 《》「縁なき衆生は度し難し」《意訳》何の益もない衆生に物を質ねても無駄であるから問わない。

善には人の連れがたし 悪には人の堕ちやすし

・折節その頃 釋尊は檀特山にをはしますが 此由をきこしめし「あさましや いとゞだに善には人の連れがたし 悪には人の堕ちやすし あの長者をこの国に置くならば 四方の衆生は皆魔道たるべし その儀ならば 是非これに障礙をなさん」と宣ひて 第六天の魔王達を頼ませ給ひて「いかに魔王達 あの長者に障礙をなして賜び給へ」と仰せける。[説経集『阿弥陀の胸割』三九一L] 《典諺》「人は善と言へば遠のき、悪と言へば近づく」

[仮名草子集『竹齋』]

旅は心 世は情

・照天(てるて)この由(よし)聞こし召し 「なふ いかに長殿様(ちやうどのさま) これは譬(たと)へで御(ご)ざなひが 費長房(ひちやうばう) 丁令威(ていれい)は 鶴(つる)の羽交(はがい)に宿(やど)を召(め)す 達磨尊者(だるまそんじや)のいにしへは 蘆(あし)の葉(は)に宿(やど)を召(め)す 張博望(ちやうはくばう)のいにしへは 浮木(うきゞ)に宿(やど)を召(め)すとかや 旅(たび)は心(こころ) 世(よ)は情(なさけ) さて廻船(かいせん)は浦(うら)がかり 捨子(すてご)は村(むら)の育(はごく)みよ 木(き)があれば鳥(とり)も棲(す)む 湊(みなと)があれば舟(ふね)も入(い)る 一時雨(しぐれ)一村雨(むらさめ)の雨宿(あまやど)り これも百生(しやう)の縁(えん)とかや 三日の暇(ひま)も給(たま)はるものならば 自然(しぜん)後(のち)の世(よ)に 君(きみ)の長(ちやう)夫婦(ふうふ)御身(み)の上(うへ)に 大事(だいじ)のあらんその折(おり)は 引(ひ)き代(かは)り自(みづか)らが 身代(みがはり)になりとも立(た)ち申さうに 情(なさけ)に三日の暇(ひま)を給(たま)はれの」[説経集『をぐり』224D]《》「旅は情人は心と申すが」[狂言『薩摩守』]。《意訳》旅にあっては心の持ち方が大事で、世間を渡るには人情が頼み。

・御台此由きこしめし「なふいかに太夫(たゆう)殿 これは譬(たとへ)でなけれ共 費長房(ひてうばう)や丁令(ていれい)は 鶴(つる)の羽交(はがい)に宿を召す 達磨尊者は葦の葉に召す 旅(たび)は心 世(よ)は情(なさけ) さて大船(たいせん)は浦がゝり 捨子(すてご)は村(むら)の育(はごく)みよ 木(き)があれば鳥(とり)が住(す)む 湊(みなと)があれば舟(ふね)も寄(よ)る 一通り〔一時雨(しぐれ)。一村雨(むらさめ)の雨宿(あまやど)り。是も多生(たしやう)の縁(えん)と聞く。それ女人と申すは。七日七夜忍べ共 忍べば忍ぶ習あり。今夜一夜忍ばふは。易ひ事。ひらさら一夜〕と借り給ふ。[説経集『さんせう太夫』324K]《解釈》上記『をぐり』の口上と表現形態を同じくする。

地獄沙汰も錢でする

・禪祿ニ挙起白水真括頭圓成黄面老子ノ功徳トアリ。錢ヲアゲ用テ黄面ハ仏ノコトソ。仏ノ功徳仏亊ヲ成就シタ心ソ。錢ヲ以テ仏亊ヲシタ心ソ。地獄沙汰モゼニデスルト云タソ。同ソ。[惟高妙安『玉塵抄』巻三十八、十六255@]

・使鬼錢安用人間―――[]鬼ト云ハ神ヤ又ハ死人ノコトソ。神ニイノリ祈祷ヲシタリ亡者ヲトムラニ物ヲ入テツカウコトソ。地獄の沙汰も錢デスルト云コトソ。ソノツレヲハ用ヌト云心ソ。[惟高妙安『玉塵抄』巻三十八、十六270E]

忠言耳に逆ひ、良薬口に苦し

・その時、鼠答へていはく、「われらも、御譬(たと)へのごとく存じて、若き鼠どもに、異見(いけん)をなすといへども、忠言(ちゆうげん)耳に逆(さか)ひ、良薬(らうやく)口に苦(にが)しと申せば、なかなか聞きも入れず、なほなほ悪逆仕(つかまつ)らんと申す。《御伽草子『猫の草子』371K》《意訳》いましめのことばは耳に聞き入れられず、よい薬は口に苦く感じられる。《典拠》「孔子曰、良薬苦於口、而利於病、忠言逆於耳、而利於行」『孔子家語』四。

長者二代なし

・ある人云出侍るは、「世話に長者二代なしといひて、大方は楽(たの)しき人の子は、後に貧(まづ)しくなり侍るは、いかなる道理ぞや」と問ひ侍れば、是楽が曰、「それは、金銀を得る事の為難(しがた)きを知らぬ故(ゆへ)、必ず富貴なる人の子は其様(やう)になれり。[仮名草子集『是楽物語』中二四〇N] 《意訳》金持ちは苦労知らずの二代目が継ぐので長続きせず没落してしまうことが多い。《》『毛吹草』。

塵積もつて山となる

・「公家、殿上人のやうにこぬるきわざなり、連歌、俳諧(はいかい)を〓〓(ラウサイ)顔(がほ)にて案ぜんよりは、高枕(まくら)にて寝たるこそましならめ、殊(こと)に今時俳諧(はいかい)の点取とて、一句を二銭三銭づゝにて、宗匠に見(み)するなれば、百韻にては銭二三百のついへ、塵積(つ)もつて山となるといへば、年月の俳諧(はいかい)のついへ限(かぎ)りなし、あたら銭を捨(す)てたくば、門を通る乞食やうの者にもくれたらば慈悲にもなるべし」といふ多し。[仮名草子集『身の鏡』下三一〇B] 《意訳》少しのものも多く集まって山の如く大きく見える。《》『北条氏直時代諺留』。

手を空しうせる宝の山

・昔(むかし)より誓紙(せいし)の案文(あん[もん])を、商人の物(もの)を値切(ねぎ)るやうにせるといふは、いと珍(めづら)しき恋路也。これより後友名逢(あ)ひ給へども、たゞ徒(いたづ)らに眺(なが)め暮(くら)し給ふも、手を空(むな)しうせる宝(たから)の山(やま)なるこそ残(のこ)り多けれ。[仮名草子集『是楽物語』中二四〇N] 《意訳》よい機会に巡りあいながら利益を得ることが出来ない。宝の山に入りながら空しく帰る。《》『毛吹草』。

蟷螂が斧を取つて隆車に向かふ

・義仲(よしなか)、其後胤(こうゐん)として、首(かうべ)を傾(かたぶ)けて年(とし)久(ひさ)しく、今(いま)はこの大功(たいこう)を発(おこ)す事は、たとへば嬰児(ゑんじ)の貝(かひ)をもつて巨海(ちよかい)を量(はか)り、蟷螂(たうらう)が斧(をの)を取(と)つて隆車(りうしや)に向(む)かふがごとし。然りといへど、君のため、国のためにこれをおこす。身のため家のためにして、是をおこさず。志の至~し空に有。[舞の本『木曾願書』208O]

・判官聞し召されて、「義経が討手に土佐なんどを上(のぼ)せらるゝ事、蟷螂(たうらう)が斧(をの)を取(と)つて隆車(りうしや)に向(む)かふがごとし。時刻(こく)移(うつ)して叶(かな)ふまじ。急(いそ)いで連(つ)れて参(まい)れ」「承る」と申て、土佐が宿(やど)へ尋ゆき、「案内(あんなひ)申さう」。内(うち)より、「誰(た)そ」と答(こた)ふる。[舞の本『堀川夜討』353M] 《意訳》カマキリが前足を振り上げて、大きな車に立ち向かうようなもので、自分の微力の程をわきまえず、強敵に反抗すること。無謀で身の程をわきまえない大それたことのたとえ。⇔平安時代《》観智院本『世俗諺文』四八「蟷螂廻車」。《典拠》『文選

殿原兄弟は、魚と水のごとし

・さすが、名ある弓取に、いかにとして、恥を見すべきぞ。げにやらん、この者、殿原兄弟は、魚と水のごとくにて、兄が酒を飲む時は、弟が飲まず、弟が飲めば兄が飲まで、互ひに用心すると聞つるもの。今もや、弟の五郎が内に有らんに、悪しうかゝつて座敷をば立損じ、真向割られ、悪しかりなん」と存ずれば、人も囃さぬ舞を、立てぞ舞ふたりける。[舞の本『和田酒盛』490F] 《意訳》肉親兄弟姉妹は、互いに密接な関係にあること。

泥の中にも蓮あり 草の中にも黄金あり

・上浄瑠璃此由聞し召し「さうな言ふそや女房達 笛をば笛とも思ふかや 楽を楽とも聞きつるか 昔より名人人をば謗らぬ物 大海塵を選ばぬ物 神は社を定めぬ物 花は所を嫌はぬ物 泥(でい)の中にも蓮(はちす)あり 草の中にも黄金(こがね)あり」とて 上浄瑠璃御前は一首はかうぞ聞えける。[説経集『浄瑠璃御前物語』二一F] 《》「泥の中のはちす草の中のこがね」『ものぐさ太郎絵巻』。「どろのうちのはちす」「わらづとにこがね」『毛吹草』《意訳》意外なところに素晴らしいものが潜んでいるたとえ。

・君の長は、聞し召し「和御前(わごぜ)は、東海道の名折(なをり)を申ものかな。芸(げい)は主(ぬし)をさげず。泥(でい)の中の蓮(はちす)、知るを人倫(じんりん)といひ、知らざるを鬼畜(きちく)に譬(たと)へたり。いかに吉次が連れたる京藤太(きやうとうだ)と申共、吹(ふ)けばこそ笛(ふえ)をば差すらめ。調子(てうし)一つ所望せよ」。[舞の本『烏帽子折』320K] 《意訳》汚れの世にあっても染まらず清く貴いもののたとえ。

虎の尾を踏み毒蛇の口を逃れたる

・しやうしんなのめに喜びて 虎の尾(を)を踏(ふ)み毒蛇(ドクジヤ)の口(くち)を逃(のが)れたる心地して 醍醐(ダイゴ)を指してぞ急がれける [説経集『牛王の姫』四二八F]《》「虎の尾踏み毒蛇の口を逐る」『譬喩尽』。《典拠》「如虎尾、如毒蛇首」『大智度論

七尋の島に八尋の舟を繋ぐ

・げにまこと 昔を伝へて聞くからに 七尋(いろ)の島に八尋(いろ)の舟(ふね)を繋(つな)ぐも これも女人(によにん)の知恵(ちゑ)賢(かしこ)ひ物語(ものがたり)申さばやと待(ま)ちゐたり。[説経集『をぐり』二〇九B] 《》「七いろの島に。八いろの舟をかくすとやらん。申たとへの候ぞや」[舞曲『しづか』] 《意訳》不可能なことを可能にする。

生兵法は大疵の基

・たとひ今まで罪作(つく)りたる人にても、題目(だいもく)を唱(とな)へ、又は念仏を申せば、罪(つみ)も滅(めつ)して善人たり。此世の道(みち)を行(おこな)はずとも、何事も仏の方便にまかせ、正直なるこそよけれ。生(なま)兵法([へいほう])は大疵([おほきず])の基(もとゐ)、地獄(ぢごく)の辺(あたり)あらあぶな」と言ふ。[仮名草子集『清水物語』下一七二@] 《意訳》中途半端に武術を知っていると、大怪我をするもとになる。《》『毛吹草』。

難波の葦は伊勢の浜荻

・されば所も都に程近く、轡どもゝ都の西と一致にして、又都の分を勤めたる女も、間には此所に来ぬれば、風俗変るべきにしもあらねど、げにや世の諺にも、「難波の葦(あし)は伊勢の浜荻(はま[おぎ])」とやらん、所変れば、座配ごとから、都とは軽忽変りたるもの也。初会の客に宿屋の亭主が挨拶するとて、「こゝもとは草深き所にてござりまする」といふが如く、何処やら草深にして寂たる色あり。[仮名草子集『都風俗鑑』四七三D]《意訳》物の呼び方や習慣はその場所によって異なる。《》『菟玖波集』雜三.

人間五十年、化天の内を比ぶれば、夢幻のごとくなり

人間(げん)五十年(ねん)、化天(けてん)の内(うち)を比(くら)ぶれば、夢幻(ゆめまぼろし)のごとくなり。一度生(しやう)を受け、滅(めつ)せぬ物(もの)のあるべきか。これを菩提(ぼだい)の種(たね)と思(おも)ひ定(さだ)めざらんは、口惜(くちお)しかりき次第ぞ」と思(おも)ひ定(さだ)め、急(いそ)ぎ都(みやこ)に上(のぼ)りつゝ、敦盛(あつもり)の御首を見(み)れば、もの憂(う)さに、獄門(ごくもむ)よりも盗(ぬす)み取(と)り、我(わ)が宿(やど)に帰(かへ)り、御僧(そう)を供養(くやう)し、無常(むじやう)の煙(けぶり)となし申。[舞の本『敦盛』227E] 《意訳》人間界の五十年は、化楽天、すなわち八千歳の長寿を保つ楽土に比べると、夢幻のようにはかない瞬目の一瞬のようなものである。

人間は水と見れば、魚は家と見る 天人は瑠璃と御覧ずれば、餓鬼は焔と見る 四見不同

・重忠(しげたゞ)承て、「いかで、某(それがし)も詳(くは)しくは存候べき。それ、人間は水(みづ)と見れば、魚は家(いへ)と見る。天人は瑠璃(るり)と御覧(らん)ずれば、餓鬼(がき)は焔(ほむら)と見(み)る。これを四見(しけん)の不同とは申なり。よく/\見奉(たてまつ)れば、千手(せんじゆ)の御頭(ぐし)にておはします。忝(かたじけな)くも、五智の宝冠(ほうくわん)よりも金色(こんじき)の光(ひかり)の立(た)たせ給ふぞや」。[舞の本『景清』265G] 《意訳》同じ対象が、見る立場の違いによって異なって見えること。「一水四見」「一処四見」「一境四見」と言われる唯識學のたとえ。

猫も杓子も

・一休聞給ひて、「和御前は歌ずきなれば、歌にて一々答へ侍らん。聞給へ」とて、邪正一如の心を、 生まれては死ぬるなりけりをしなべて釈迦(しやか)も達磨(だるま)も猫(ねこ)も杓子(しやくし)も [仮名草子集『一休ばなし』三三五B]《意訳》この世に生を受け、やがて死んでいく、それはどんなに貴い釈迦でも、達磨でも、生き物である猫もそして杓子も。と考えるとき、最後の「杓子」だけがどうしても合点がいかない。この「シャクシ」は音読みで「赤子」と見たい。さすれば、生き物である猫もいちばん稚い赤子でも……。となると私は考えている。

鼠も猫に食らいつき 犬も虎を食らふ

・時に因りて鼠も猫に食(く)らいつき犬も虎を食(く)らふ事あり。さやうの事にて良(よ)き物とは言(い)ひ難(がた)し。[仮名草子集『清水物語』下一八〇J] 典拠》「窮鼠却噛(のねこ)」『塩鉄論・詔聖』

美女は悪女の敵

・されば朝陽をかさざれども残星(ザンセイ)光をうばはるるとかや申すごとく、吉原にまた上臈(ジヤウラフ)ありとも見えざれば、美女は悪女の敵(かたき)とかや、片方(かたへ)の妬(そねみ)ふかうして、あらぬ讒難(ザンナン)を申しかけ候へども、曇りなき御身なれば、その難は月の前のうき雲の嵐にはるるごとくにて、夜(よ)にまし日にそひ、あまねくあふぎかしづけども、この君御心(みこころ)ふかきかたにて、たやすく人にみえたまはねば、この事においては、ふつつと思ひ切り給へ。[仮名草子集『露殿物語』57K] 《意訳》美しい女人は醜い女にとって仇であり、そねまれる。《》「美女は悪女の仇(かたき)」『毛吹草』。《連関資料》「-者惡-之仇(カタキ・アタ)左傳、女美-惡|。テ‖ニ|見妬(ウラヤマル)。(ケン)不-肖(フセウ)|。テ‖ニ|(ウラヤマル)∨妬。美-女者惡-女之仇ナリ。乎」[観智院本『世俗諺文』一〇〇]

美人は言はねど隠れなし

・「人をたばかる謀、親しくならでは叶はじ」と思し召されける間、見目よき女を尋、我が姫と号し、いつきかしづき給ひけり。美人は言はねど隠れなし。都の上下かつ知て、及ぶも及ばざりけるも、望をかけぬ人はなし。[舞の本『入鹿』六D]《》美人は誰がいったわけでもないのに世間に知れ渡る。

人の耳は壁に付き、眼は天を駆ける

・正尊聞て、「さればこそ、人の耳(みゝ)は壁(かべ)に付(つ)き、眼は天を駆(か)けるとは、今こそ思ひ知られたれ。夕べ着いたる正尊を、誰やの者が参り、御所にて、「かく」と申つらん。対面せでは叶ふまじ。こなたへ連れて参れ」「承る」と申て、吉盛を出居へ請(しやう)ず。[舞の本『堀川夜討』353P] 《意訳》秘密は漏れやすく、油断できないことのたとえ。《》「人耳者付壁 密而勿讒言 人眼者懸天 隠而勿犯用」[『童子教』]

人は一代名は末代、名に付きたらん其疵は末代までもよも失せじ

・元暦の頃(ころ)かとよ、佐藤庄司が子息兄弟出陣の時(とき)、「人は一代名は末代(まつだい)、名に付きたらん其疵は末代(まつだい)までもよも失(う)せじ」といさめたりし心(こゝろ)のうち、実もと覚ゑて哀れなり。[仮名草子集『身の鏡』中三〇三J] 《意訳》人間の命は一代で滅びるけれども、名声は死後も残り、自分が受けた恥辱はいつまでも消えることがない。《》幸若『八島』。

百様を知りたりとも一様を知らず

・「なふ いかに女房達 百様を知りたりとも一様を知らずはの 知つて知らざれよ 争う事のありそとよ 知らずはそこで聴聞せよ さてこの文の訓の読みして聞かすべし」文の紐を御解きあり。[説経集『をぐり』一七五D] 《》「百様を知つたりとも一様を知らずは争うことなかれと申すたとへのあるぞとよ」[舞曲『烏帽子折』] 《意訳》沢山のことを知っていてもなお知らない一事があれば、それが大切なことでもあるかも知れないので、強いて主張してはいけない。

身捨つる藪はなけれども 子捨つる藪はある

・その時 母御は「いかに金魚に申すべき 夜泣きするだにうるさいに 長泣を始むるか 昔が今に至る迄 身捨つる藪はなけれども 子捨つる藪はあると聞く」[説経集『かるかや』二八三F] 《》「子を捨てる藪はあれど身捨つる藪なし」《意訳》窮しはてるまま子どもは捨てることは出来ても、わが身の捨て場はない。

身の上知らずの人事云

・かまへて/\、左様の事を、向後人の聞所にて云給ふな、「身の上知(し)らずの人事云」といふ世話に等(ひと)し。[仮名草子集『身の鏡』下三一三N] 《意訳》自分の置かれた立場をわきまえずに他人のことを言う。《》「身しらずの口たゝき」『北条氏直時代諺留』。

身より出せる錆

・かゝる事までも身(み)より出せる錆(さび)とは知らで、猶彼(か)の思ひ者(もの)に深(ふか)き恨(うら)みを含(ふく)み、終(つゐ)に生霊(いきりやう)となりける心の内こそ恐(おそ)ろしけれ。[仮名草子集『是楽物語』下二五三L] 《意訳》自分の悪行の結果、自らが苦しむこと。《》「身から出したるさび」『毛吹草』。

身をつみて人の痛さを知れ

・我に人の諌(いさ)めを云に、柔(やは)らかに詞をいへば心よく合点し、よき事にてもあらけなく人の云時は、我わろきことはさて置、腹立ものなり。「身をつみて人の痛(いた)さを知(し)れ」と世話に云伝(つた)へたる事、尤の理なり。[仮名草子集『身の鏡』下三一三N] 《意訳》自分の苦しみから他人の苦しみをおもんぱかり同情せよ。《》『本朝俚諺』。

盲の打つ杖には咎もなし

・母は此由聞召。「さればこそとよ 某は。姉に安寿の姫。弟につし王丸とて。子をば姉弟(きやうだい)持ちたるが。これより奥方へ売られ行き。行方(がた)なきと聞きてあり。さやうに 目の見えぬ者は〓〔口+多たら〕さぬものぞ。盲(めくら)の打つ杖には咎(とが)もなし」と。辺(あたり)を払ふておはします。[説経集『さんせう太夫』三八二L] 《》「さのみおなぶり給ひそよ、盲目杖に咎なし、そこのき給へと払いある」〔せつきやうしんとく丸〕《意訳》盲人が杖で打っても、戸がにはならないの意。

闇の夜の礫

・善悪の見及(をよ)びもなく、世上の沙汰にうちつるゝ事、闇(やみ)の夜(よ)の礫(つぶて)のごとし。心付くべし/\。[仮名草子集『身の鏡』中三〇〇D] 《意訳》目標が定まらないあてずっぽうから、根拠のない悪口などにたとえる。《》「闇に鉄砲」『せわ焼草』。

良薬は口に苦く 毒は味ひよし

・欲の方(かた)に心(こゝろ)を寄(よ)すれば欲心出(い)づる。さはありながら良薬は口に苦(にが)く毒は味ひよし。此の如(ごと)く善(よ)き事(こと)は身にむつかしきによつて嫌(いや)がり、悪(あ)しき事はしたし。これ人欲のおゝふ所(ところ)なり。[仮名草子集『身の鏡』上二七四F] 《典拠》「孔子曰、良薬苦於口、而利於病、忠言逆於耳、而利於行」『孔子家語』四。

老少不定の世の中

・「むつかしの聖語や、気の毒の書物や、老少不定の世の中、明日をも知(し)らぬ命にて、今日(けふ)の楽こそめでたけれ。孔子といふ唐人のいひ置(を)きし事、何の用にかたつべき、たゞ酒飲(の)ふて、小歌こそおもしろけれ」と、口にまかせて言ひ散らす。[仮名草子集『身の鏡』中二九〇D] 《意訳》人の寿命というものは老人が早く死に、若者がその後に死ぬとは限らないものだ。《》『せわ焼草』。

籠鳥の雲を恋ひ、壺中の魚の泡に息つぐ

・かやうに人はせしかども、伊藤は心二つなくきれて、弓矢を取りしなり。かやうに弓矢取る者は、頼もしき弓取(とり)、当千(たうぜん)と是を名付たり。それに、伊藤が子孫(しそん)を疎(うと)み果(は)てさせ給ひて、命(めい)を継(つ)ぐべき便(たよ)りもなし。籠鳥(ろうてう)の雲(くも)を恋(こ)ひ、壺中(こちう)の魚の、僅(わづ)かに泡(あは)に息(いき)つぐ風情(ふぜい)にて、生(い)きて甲斐(かひ)なき憂(う)き身(み)と成。とても消(き)ゆべき露(つゆ)の身を、親(おや)の敵(かたき)と討死(うちじに)し、名を後(のち)の世(よ)に挙(あ)げむため、我君(きみ)」とこそ申けれ。[舞の本『十番切』558A] 《意訳》拘束されているものが自由を望むこと。《》「只有籠鳥恋雲之思」「未免轍魚近肆之悲」『本朝文粋』巻六・平兼盛。「轍魚ノ泥ニ吻(イキヅ)キ」『太平記』巻第十六・將軍筑紫御開事。

籠鳥は雲を恋ひ、帰雁は友を忍ぶ

シテそれ籠鳥(ろおちよお)は雲を恋(こ)ひ、帰雁(きがん)は友(とも)を忍(しの)ぶ、人間(にんげん)もまたこれ同じ、貧家(ひんか)には親知(しんち)少(すく)なく、賤(いや)しきには故人(こじん)疎(うと)し、老衰(ろおすい)おとろへ形(かたち)もなく、露命(ろめい)窮(きわ)まつて霜葉(そおよお)に似(に)たり。[謡曲集『檜垣』二八一I] 《》「籠鳥の雲を恋ふる思ひ、遙かに千里の南海に浮かび、帰雁友を失ふ心、……」〔『平家物語』巻十「八島院宣」〕 。《意訳》籠の鳥は大空の雲を恋い慕い、北へ帰る雁は馴染んだ友の別れを悲しむ。

破鍋に綴蓋

・とかく生物の事なれば堪忍ならぬ道にて、それ/\に心を通はし、破鍋(われなべ)に綴蓋(とどぶた)が有なり。[仮名草子集『都風俗鑑』四四一K] 》『毛吹草

・彼(か)のいぶせき所にて朝催(もよ)ひ気味(きみ)よく食(た)べ侍るも、余(よ)の所のむつかしき筵(むしろ)に列(つら)なりて、七五三にて持(も)て成(な)さるゝよりも、しみ/゛\と身に入(い)るばかり味ひあるらんと思ひやるも、「実に雁も鳩も食(く)ふたるものこそ知め」と、彼(か)の綴蓋(とぢぶた)に破鍋(われなべ)の思ひに身を焦(こ)がせし。[仮名草子集『是楽物語』下二五三L] 《意訳》欠点があろうが、似通った者同士が結婚するのがふさわしい。

 

[参考文献一覧]

御伽草子『猫の草子』(小学館日本古典文学全集)

仮名草子集『一休ばなし』(岩波新日本古典文学大系)

仮名草子集『恨の介』(岩波日本古典文学大系)

仮名草子集『清水物語』(岩波新日本古典文学大系)

仮名草子集『是楽物語』(岩波新日本古典文学大系)

仮名草子集『竹齋』(岩波日本古典文学大系)

仮名草子集『田夫物語』(小学館日本古典文学全集)

仮名草子集『身の鏡』(岩波新日本古典文学大系)

仮名草子集『都風俗鑑』(岩波新日本古典文学大系)

仮名草子集『露殿物語』(小学館日本古典文学全集)

古浄瑠璃 説経集『阿弥陀の胸割』(岩波日本古典文学新大系)

古浄瑠璃 説経集『牛王の姫』(岩波日本古典文学新大系)

古浄瑠璃 説経集『かるかや』(岩波日本古典文学新大系)

古浄瑠璃 説経集『さんせう太夫』(岩波日本古典文学新大系)

古浄瑠璃 説経集『浄瑠璃御前物語』(岩波日本古典文学新大系)

古浄瑠璃 説経集『をぐり』(岩波日本古典文学新大系)

古浄瑠璃 説経集『一心二河白道』(岩波日本古典文学新大系)

抄物・惟高妙安『玉塵抄』(大空社、古辞書抄物)

抄物大系『蒙求抄』(勉誠社)

世阿弥『申楽談儀』(岩波日本思想大系24)

舞の本『敦盛』『入鹿』『烏帽子折』『景清』『木曾願書』『小袖曾我』『十番切』『堀川夜討』『富樫』『和田酒盛』(岩波日本古典文学新大系)

謡曲集『善界』『檜垣』(岩波日本古典文学大系)

日記記録『蔗軒日録』(岩波書店)

D江戸時代の諺

蟻の思ひも天にとどく

蟻(あり)の思(おも)ひも天(てん)にとゞくとやらでの。一心(いつしん)に介抱(かいほう)すれば、また能日(いゝひ)の照(て)ることが無(なくツ)てさ。《式亭三馬『浮世風呂』二編之下157B》《》力の弱いものも一心になればその思いが達せられる。

あんじるより産がやすい

あんじるより産(うむ)がやすいと、思ひの外(ほか)にすら/\と治(なほ)ることもあるからの。《式亭三馬『浮世風呂』二編之下157A》《》物事を前もっていろいろ心配するよりは、実行してみれば案外たやすい。

一樹の蔭に宿り、一河の流をくむのも、みなこれ他生の縁

けち助平氣にて、にこ/\しながら ハテさて、おまへも何(なに)いふてぢやいな。旅(たび)は道連(みちづれ)、世(よ)は情(なさけ)ぢや。一株(いちしゆ)の蔭(かげ)。一(ひと)ツの唐茄子(たうなす)。ハテ、賣るも買(か)ふも他生(たしやう)の縁(えん)で有(ある)まいか。《式亭三馬『浮世風呂』四編巻之中・278C》

一寸先は闇

一寸(いつすん)先(さき)は闇(やみ)だわな。是(これ)が斯(かう)と煮(に)てかためたことはねへ。《式亭三馬『浮世風呂』二編之下157B》《》人生の前途は定めがたい。

一寸延れば尋延る

一寸(いつすん)延(のび)れば尋延(ひろのび)るとやらで、寒(さむ)さの内(うち)を凌(しのい)だら、また能(よ)からうヨ。《式亭三馬『浮世風呂』二編之下157@》《》ちょっとの間辛抱すれば、また先にはよいこともあろう。

医は死なざる病人を治す

・那張良が秦の始皇を、得殺さゞりけるは、暴君ながら天資あり。命運いまだ尽ざれば也。かゝる故に、鄙語〔ことわざ〕にいはずや、医〔い〕は死〔しな〕ざる病人〔びやうにん〕を治〔ぢ〕すと。その死病に至りては、倉公・華陀も争何はせん。<『開巻驚奇侠客伝』第二集巻之五・二七八下G>*『国字分類 諺語』(幕末成立)に所載が見られる。

〓〔魚+是〕の首も信心から

・一心(いつしん)に介抱(かいほう)すれば、また能日(いゝひ)の照(て)ることが無(なくツ)てさ。兎角(とかく)神仏(かみほとけ)を信心(しんしん)しなせへ。〓〔魚+是〕(いわし)の首(かしら)も信心(しん/゛\)がらて。《式亭三馬『浮世風呂』二編之下157D》《》イワシの頭のようなつまらぬものでも、信心すれば尊く見える。

牛と芥子は願ひから鼻を通す

章魚といふても。烏賊といふても。釣翁には縁あり。牛(うし)と芥子(からし)は願(ねが)ひから。鼻(はな)を通(とほ)すといふ諺にもれず。はや仙人になりすました氣になり。忽地雲に乗りが來て。これを假名川の臺にもち出し。糸の末を松に結とめて。その身は紙鳶(たこ)の背にしがみつき。風のもてゆくを待折から。東風そよ/\と吹くまゝに。不思議やその紙鳶。夢想兵衛を乗せて。空中に閃き升り。雲を霞とのす程に。はじめは短かりし糸の。飴を引延すやうに長くなりて。富士山の頂上と。さしむかふまでになりたり。〔『胡蝶物語』巻一・一二A〕

馬の耳に風

・サア、そうした上句(あげく)が悪(わる)い病(やま)ひを病出(やみだ)して、二進(につち)も三沈(さつち)も行(いか)かねへはサ。兄弟(けうだい)は他人(たにん)のはじまりとは能(よく)云(い)ツたもんで、大勢(おほぜい)兄弟衆(けうだいし)もあるけれど、馬(うま)の耳(みゝ)に風(かぜ)でさつぱり音信不通(いんしんふつう)。《式亭三馬『浮世風呂』二編之下157G》《》なんともかんとも、反応の無いこと。

疫鬼もて、仇を報ふ

・主の横死は没怪の幸ひ、世の鄙語(ことわざ)に、「疫鬼(えやみのかみ)もて、仇(あた)を報(むく)ふ」といふよしも、是等の情由(わけ)でありけんかし。<『開巻驚奇侠客伝』第二集巻之二・一八七上H>*『譬喩尽』に、「疫病〔やくびょう〕の神で敵〔かたき〕取る」と類諺が見える。

女子さかしくて、牛賣損ふ

女子(をなこ)さかしくて。牛(うし)賣損(うりそこな)ふといふ諺(ことわざ)を。今こそ思ひあはするなれと。苦(にが)り切(きつ)て呟(つぶやく)にぞ。〓〔革+妥〕(しほで)はいたく説破(ときやぶ)られて。又(また)いふよしもなかりけり。《滝沢馬琴『青砥藤綱摸稜案』巻一76ウH》

・●そうさ。あの子(こ)も大不出來(おほふでか)しさ。女(をんな)賢(さか)しくて牛(うし)を何(なん)とやらで、女(をんな)の利口(りこう)はやくにたゝねへ《式亭三馬『浮世風呂』二編之下159F》《》「女さかしくして牛売りそこなう」で、女の利口なのは、かえってことを仕損じる。

負た子より抱た亭主

・子(こを)捨(すて)る藪(やぶ)はあるが、身(み)を捨(すて)る藪(やぶ)はねへとやらで、たツた一人(ひとり)の女(をんな)の子(こ)を他所(よそ)へ呉(くれ)て、夫婦(ふうふ)兩口(かけむかひ)となつた。さすが御新造(ごしんぞ)も惜(をしかつ)たらうが、負(おぶつ)た子(こ)より抱(だい)た亭主(ていし)だはさ。脊(せ)に腹(はら)は換(けん)られねへから、其子(そのこ)をやつてしまつて、しつけもしねへ人仕事(ひとしごと)をして主を看病(かんひやう)したよ。《式亭三馬『浮世風呂』二編之下157L》《》いざとなれば、子供より亭主のほうが大切だ。

鉄の草鞋で尋ぬ

・した「ナニ搆(かま)はねへ。おれがことを古狸(ふるだのき)だといふけれど、てん/゛\は狼(おほかめ)だア。百(しやく)で買(かつ)た馬(むま)か磁石(ぎしやく)の劒(けん)を見たやうに、横倒(よこつたをし)に寐(ね)そべつ居(て)て、年中(ねんぢう)堅(たて)の物(もの)を横(よこ)にもしねへ。チツト仕事(しごと)を精(せへ)出(だ)しなせへといへば、打遣置(うつちやつとけ)へ。果報(かほう)は寐(ね)て待(まつ)。なアんのかのと平氣馬士左衞門(へいきまごぜへむ)。何(なによ)を云(いつ)てもしらん顏(かほ)の反兵衞(はんべゑ)さんだ。ホンニ/\、あんなにいけぞんきな者(もな)ア、鉄(かね)の草鞋(わらぢ)で尋(たづ)ねてもあるめへ 《式亭三馬『浮世風呂』二編之下144E》

果報は寐て待つ

・した「ナニ搆(かま)はねへ。おれがことを古狸(ふるだのき)だといふけれど、てん/゛\は狼(おほかめ)だア。百(しやく)で買(かつ)た馬(むま)か磁石(ぎしやく)の劒(けん)を見たやうに、横倒(よこつたをし)に寐(ね)そべつ居(て)て、年中(ねんぢう)堅(たて)の物(もの)を横(よこ)にもしねへ。チツト仕事(しごと)を精(せへ)出(だ)しなせへといへば、打遣置(うつちやつとけ)へ。果報(かほう)は寐(ね)て待(まつ)。なアんのかのと平氣馬士左衞門(へいきまごぜへむ)。何(なによ)を云(いつ)てもしらん顏(かほ)の反兵衞(はんべゑ)さんだ。ホンニ/\、あんなにいけぞんきな者(もな)ア、鉄(かね)の草鞋(わらぢ)で尋(たづ)ねてもあるめへ 《式亭三馬『浮世風呂』二編之下144E》《》幸運は自然に来るのを気長に待つがいい。

狐の嫁入り

狐嫁入 720よるのとの嫁御はいつかこん/\とまてば甘露のひでり雨哉(かな) 八十氏人〔『狂歌集』徳和歌後萬載集巻十一・雜中720番、418頁〕《》「狐の祝言(シユウゲン)」。

兄弟は他人のはじまり

・サア、そうした上句(あげく)が悪(わる)い病(やま)ひを病出(やみだ)して、二進(につち)も三沈(さつち)も行(いか)かねへはサ。兄弟(けうだい)は他人(たにん)のはじまりとは能(よく)云(い)ツたもんで、大勢(おほぜい)兄弟衆(けうだいし)もあるけれど、馬(うま)の耳(みゝ)に風(かぜ)でさつぱり音信不通(いんしんふつう)。《式亭三馬『浮世風呂』二編之下157I》《》現在の兄弟姉妹も、後には他人のように疎くなってしまうこと。

口も八丁、手も八丁

・わつちも虫を持居(もつて)る人間(にんげん)だから合点(がつてん)しねへ。なんだ。おしやべりあまもすさまじい。こつちはナ。口(くち)も八丁(はつちやう)、手(て)も八丁(はつちやう)だア。山(やま)の~(かみ)の功(こうら)を經(はい)たのだから、よそのおかみさん達(たち)とは勝手(かつて)が違(ちが)ふだらう。泥水(どろみづ)で腹(はら)アふくらした女(をんな)だよ。思案(しあん)もなくぶち打擲(てうちやくウ)しても、病犬(やめへぬ)をぶち殺(ころ)したやうにやアすむめへ、とかなんとかいふと聞(きゝ)なナ。《式亭三馬『浮世風呂』二編之下143@》《》口も手も達者だ。

豪家の門に痩たる狗なく、農夫の廩に、肥えたる鶏あり

・現〔げに〕常言〔ことわざ〕にいへることあり、豪家〔がうか〕の門〔かど〕に痩〔やせ〕たる狗〔いぬ〕なく、農夫〔のうふ〕の廩〔くら〕に、肥〔こ〕えたる鶏〔とり〕あり。安同に使るゝ、奴隷も慾には才闌たりけん、酒を窃み?を隠して、鼠の穴に引く如く、飲食はずといふものなければ、主より先に酔臥して、呼べども起ず、鎖すら、忘れし門に衝く反吐の、声心裡悲しく聞えしも、還り陟りし台所、水火既済の数尽て、今宵撃るゝ命とは、知らでぞ算を乱したる、転寝言と、?る牙と、鼾睡の声のみ高かりけり。<『開巻驚奇侠客伝』第二集巻之一・一六五上E>*『国字分類 諺語』に所載が見られる。

子供の喧嘩に親が出る

そばにゐるひと/゛\「コレサ、おまへがたはどうしたもんだへ。子供(こども)の喧嘩(けんか)に親(おや)が出(で)ると譬(たとへ)にさへ笑種(わらひぐさ)だ「コレサ、お舌(した)さん。おめへまあ 《式亭三馬『浮世風呂』二編之下147E》

子捨てる藪はあるが、身を捨てる藪はなし

子(こを)捨(すて)る藪(やぶ)はあるが、身(み)を捨(すて)る藪(やぶ)はねへとやらで、たツた一人(ひとり)の女(をんな)の子(こ)を他所(よそ)へ呉(くれ)て、夫婦(ふうふ)兩口(かけむかひ)となつた。さすが御新造(ごしんぞ)も惜(をしかつ)たらうが、負(おぶつ)た子(こ)より抱(だい)た亭主(ていし)だはさ。脊(せ)に腹(はら)は換(けん)られねへから、其子(そのこ)をやつてしまつて、しつけもしねへ人仕事(ひとしごと)をして主を看病(かんひやう)したよ。《式亭三馬『浮世風呂』二編之下157L》《》困窮すると最愛の子供でも藪に捨てるけれども、自分の身を捨てることはできない。

さきんずる時は人を制す

・昼夜(ちうや)妻子の傍(そば)を離(はなれ)ず。觀樂(くはんらく)に暮(くら)す氣と。甲(かう)が舎利(しやり)になるまで命を的(まと)にかけ。怨敵(おんでき)退散(たいさん)するならば、頼家公は天下の武將。さきんずる時は人を制(せい)すと言。鎌倉から和睦を破って。攻(せめ)來るを待までは。主君は押シ籠(こめ)隠居。ヤモかう破れ/\ではおんでもない事勝利(しやうり)は得られぬ。《浄瑠璃集『鎌倉三代記』一九二M》《》相手に先んじて事を行えば、有利であること。

脊に腹は換られない

・子(こを)捨(すて)る藪(やぶ)はあるが、身(み)を捨(すて)る藪(やぶ)はねへとやらで、たツた一人(ひとり)の女(をんな)の子(こ)を他所(よそ)へ呉(くれ)て、夫婦(ふうふ)兩口(かけむかひ)となつた。さすが御新造(ごしんぞ)も惜(をしかつ)たらうが、負(おぶつ)た子(こ)より抱(だい)た亭主(ていし)だはさ。脊(せ)に腹(はら)は換(けん)られねへから、其子(そのこ)をやつてしまつて、しつけもしねへ人仕事(ひとしごと)をして主を看病(かんひやう)したよ。《式亭三馬『浮世風呂』二編之下157N》《》目前の生活をたてるためには、他の大切なものを犠牲にしてまでもやる。

前門に虎を防げば、後門に狼を進む

・法師(ほふし)はこの光景(ありさま)を見て嘆息(たんそく)し。いにしへの諺(ことわざ)にも。前門(ぜんもん)に虎(とら)を防(ふせ)げば、後門(ごもん)に狼(おほかみ)を進(すゝ)むといへり。この家(いへ)の族(やから)。憖(なまじい)にわれを疑(うたがひ)て。拒(こばみ)て宿(やど)を許(ゆる)さねども。却(かへつて)盗賊(ぬすびと)の入(いり)たるをしらず。《滝沢馬琴『青砥藤綱摸稜案』巻二4オA》

宝は身の指合せ

・サア、どうもしかたがねへから、宝(たから)は身(み)の指合(さしあは)せたと、殘(のこつ)た道具(どうぐ)諸式(ひやうしき)を賣(うつ)ては藥(くすり)、賣(うつ)ては藥(くすり)とした所(とこ)が、三年越(さんねんごし)の長煩(ながわつらひ)だから仕覚(しがく)がねへとおもひなせへ。《式亭三馬『浮世風呂』二編之下157K》《》持ち合わせの品物を売って、一時の急場をしのぐ。

旅は道連れ、世は情け

けち助平氣にて、にこ/\しながら ハテさて、おまへも何(なに)いふてぢやいな。旅(たび)は道連(みちづれ)、世(よ)は情(なさけ)ぢや。一株(いちしゆ)の蔭(かげ)。一(ひと)ツの唐茄子(たうなす)。ハテ、賣るも買(か)ふも他生(たしやう)の縁(えん)で有(ある)まいか。《式亭三馬『浮世風呂』四編巻之中・278C》

・「旅は行伴(みちづれ)、世は好意(なさけ)と歟、外に聞たる世の常言(ことわざ)も、思へば今の我上なりき。<『開巻驚奇侠客伝』第三集巻之五・三九九下H>

地獄の沙汰も金次第

・何(なに)がおめへ身上(しんしやう)も搆(かま)ずに遣(つか)ツたほどにの。地獄(ぢごく)の沙汰(さた)も金(かね)次第(しだい)で、人(ひと)に持(もち)長(ちやう)じられるが面白(おもしろ)さに、とう/\大身代(おほしんだい)を潰(つぶ)して、百貫(ひやくかん)のかたに笠(かさ)一蓋(いつの)となつただ。《式亭三馬『浮世風呂』二編之下157G》《》どんな難事でも金さえあればどうにでもなる。

灯台下暗し

おとび「そりやアとんだ事だつけのう。おいらアかたつきし知らなんだ。しつたらとりせへに行だものを した「それが燈臺(とうぜへ)元暗(もとくらし)とやらだはな。我(わが)家樂(ゑへらく)の金盥(かなだれへ)とやらで、内(うち)じやア我儘(わがまゝ)いつぺへされても、しかたがねへ。おべそがあんまり云(てへ)ばねだるから、昨日(きんにやう)三絃(しやむせん)を一挺(いつてう)買(かつ)てやつたら、夫(それ)をも踏(ふん)びしいて、撥(ばち)をば何所(どつ)かどう迷子(めへご)にして仕(し)まつた。喧嘩(けんか)の度(たんび)に徳(とく)は行(いか)ねへ。おめへン所(とこ)の肝右エ門(きもゑむ)さんなんざア、全体(ぜんてへ)氣前(きめへ)が能(いゝ)から静(しづか)だ。おらン所(とこ)の氣位(きぐれへ)とは雲泥万里(うんてんばんてん)の違(ちげへ)よ《式亭三馬『浮世風呂』二編之下143H》《》手近なことがかえってわからない。

・然な宣ひそ。世の鄙語(ことわざ)に、灯台(とうだい)還(かへつ)て下(もと)暗(くら)し、といふは是等の故にこそ。いへばさらなることながら、当寺の延命地蔵尊は、わきて女人に御利益多かり。<『開巻驚奇侠客伝』第三集巻之四・三九二下L>

貴い寺は門から

貴(とうと)い寺(てら)は門(もん)からといふけれど、医者(いしや)さまばかりは見かけによらぬものよ。裏店(うらだな)に居(ゐ)る貧乏医者(びんぼういしや)に功者(かうしや)なお人(ひと)があるものさ。《式亭三馬『浮世風呂』二編之下158E》《》徳のある者は、外観を見てわかる。

富をいたすものは、三かくを事とす

・みな當所の小説なり。されば世俗の常言に。富をいたすものは。三かくを事(こと)とす。彼利の為に事を缺(かく)。亦恥を被(かく)。義理を缺(かく)。これを三かくの富といへり。もし事を欠ときは。富といへども貧く。恥をかき義理を缺は。賤しきのかぎりなり。〔『胡蝶物語』巻五・113P〕

長生すりやア恥多し

・年老(としよつ)て能(いゝ)耳(みゝ)を聞(きか)ねへで、ホンニ/\長生(ながいき)すりやア耻(はぢ)多(おほ)しとよくいつたものだのや、おかみさん。《式亭三馬『浮世風呂』二編之下159A》《典拠》「命長ければ恥多し」『徒然草

泣子と地蔵には勝てぬ

・●此かみさま、つまらぬ所へたとへをいふ詞くせあり 夫(それ)でもおめへ。泣子(なくこ)と地藏(ぢざう)にやア、かなはねへといふから病人(びやうにん)の、いひなり三宝(さんぼう)にして上(あげ)なせへ。《式亭三馬『浮世風呂』二編巻之下156N》「泣く子と地頭には勝てぬ」の言い換え。

二進も三沈もいかぬ

・サア、そうした上句(あげく)が悪(わる)い病(やま)ひを病出(やみだ)して、二進(につち)も三沈(さつち)も行(いか)かねへはサ。兄弟(けうだい)は他人(たにん)のはじまりとは能(よく)云(い)ツたもんで、大勢(おほぜい)兄弟衆(けうだいし)もあるけれど、馬(うま)の耳(みゝ)に風(かぜ)でさつぱり音信不通(いんしんふつう)。《式亭三馬『浮世風呂』二編之下157I》《》少しも進むことができないさま。

他の風見て吾ふりをも、好丐ともに改給はゞ教諭の捷道となりぬべし

・されば常言(ことはざ)にいふごとく、他(ひと)の風(ふり)見て吾(わが)ふりをも、好丐(よしあし)ともに改(あらため)給はゞ教諭(をしへ)の捷道(ちかみち)となりぬべし。《式亭三馬『浮世風呂』二編之上111H》

百貫のかたに笠一蓋

・何(なに)がおめへ身上(しんしやう)も搆(かま)ずに遣(つか)ツたほどにの。地獄(ぢごく)の沙汰(さた)も金(かね)次第(しだい)で、人(ひと)に持(もち)長(ちやう)じられるが面白(おもしろ)さに、とう/\大身代(おほしんだい)を潰(つぶ)して、百貫(ひやくかん)のかたに笠(かさ)一蓋(いつの)となつただ。《式亭三馬『浮世風呂』二編之下157G》《》貸すところが多くて、得る所が少ないこと。それで、終いには無一文になる。

平二が耕し耘る瓜を、源太が坐して啖ふ

・御庇によりて親の仇を、撃も捕らるゝことあらば、「平二〔へいじ〕が耕〔たがや〕し耘〔くさぎ〕る瓜〔うり〕を、源太〔げんた〕が坐〔ざ〕して啖〔くら〕ふ」といひけん、鄙語〔ことわざ〕に似たる果報に侍り。<『開巻驚奇侠客伝』第二集巻之五・二五八下E>*『国字分類 諺語』に所載が見られる。

北州の千年、蜉蝣の一時

・世(よ)の諺(ことはざ)に、「北州の千年(せんねん)、蜉蝣(ふゆう)の一時(いちじ)」と云事、能(よく)賢聖(けんせい)の意(い)に相(あひ)(つう)ぜり。《鈴木正三反故集』三〇八@》《典拠》『阿毘達磨倶舎論』の頌(大正二九・61上〜中)。

三ッ子の魂百まで

・聞(きゝ)なせへ。斯(かう)いふことがあるはな。私等(わたしら)が親方(おやかた)の出入場(でいりば)の旦那(だんな)どのさ。三(み)ツ子(ご)の魂(たませへ)百(ひやく)まてと譬(たとへ)の通(とほ)り、小(ちい)さな時分(じぶん)から氣儘(きまゝ)八百(はつぴやく)に育(そだて)た物(もの)だから、大(おほ)きくなつても盲蛇(めくらへび)物(もの)に畏(おぢ)ずだ。何(なに)がおめへ身上(しんしやう)も搆(かま)ずに遣(つか)ツたほどにの。《式亭三馬『浮世風呂』二編之下157E》《》幼時の性情は年をとってまでも持ちつづける。

盲蛇物に畏ず

・聞(きゝ)なせへ。斯(かう)いふことがあるはな。私等(わたしら)が親方(おやかた)の出入場(でいりば)の旦那(だんな)どのさ。三(み)ツ子(ご)の魂(たませへ)百(ひやく)まてと譬(たとへ)の通(とほ)り、小(ちい)さな時分(じぶん)から氣儘(きまゝ)八百(はつぴやく)に育(そだて)た物(もの)だから、大(おほ)きくなつても盲蛇(めくらへび)物(もの)に畏(おぢ)ずだ。何(なに)がおめへ身上(しんしやう)も搆(かま)ずに遣(つか)ツたほどにの。《式亭三馬『浮世風呂』二編之下157F》《》物事を何も知らないものは、恐れということを知らない。

目は欲の許手

・田舎人はじめて京へ上り、方々見物せり。大佛の釋迦を見て、にはかに欲心發(をこ)り、つれの友にいふやうは、「目は欲の許手(もとで)じや」といふ。「あの佛の御手程おれが手も大きならば、京一番の兩替屋の門(かど)に立、手に一ぱい小判をつかみ取たひ」といふた。〔江戸笑話集『輕口露がはなし』二三六@〕

論より証拠

・鄙語〔ことわざ〕にいふ論〔ろん〕より証据〔せうこ〕、今さら多弁〔たべん〕に及ぶべからず。<『開巻驚奇侠客伝』第二集巻之四・二三二上M>

我家樂の金盥

おとび「そりやアとんだ事だつけのう。おいらアかたつきし知らなんだ。しつたらとりせへに行だものを した「それが燈臺(とうぜへ)元暗(もとくらし)とやらだはな。我(わが)家樂(ゑへらく)の金盥(かなだれへ)とやらで、内(うち)じやア我儘(わがまゝ)いつぺへされても、しかたがねへ。おべそがあんまり云(てへ)ばねだるから、昨日(きんにやう)三絃(しやむせん)を一挺(いつてう)買(かつ)てやつたら、夫(それ)をも踏(ふん)びしいて、撥(ばち)をば何所(どつ)かどう迷子(めへご)にして仕(し)まつた。喧嘩(けんか)の度(たんび)に徳(とく)は行(いか)ねへ。おめへン所(とこ)の肝右エ門(きもゑむ)さんなんざア、全体(ぜんてへ)氣前(きめへ)が能(いゝ)から静(しづか)だ。おらン所(とこ)の氣位(きぐれへ)とは雲泥万里(うんてんばんてん)の違(ちげへ)よ《式亭三馬『浮世風呂』二編之下143H》《》金は釜(かま)で、釜を手洗いに代用するほど不自由をしても、自分の家は気楽である。

 

[参考文献一覧]

狂歌集』徳和歌後萬載集 (岩波日本古典大系)

江戸笑話集『輕口露がはなし』(岩波日本古典大系)

式亭三馬 『浮世風呂』(岩波日本古典大系)

浄瑠璃集 『鎌倉三代記』(岩波日本古典大系)

鈴木正三 『反故集』假名法語集(岩波日本古典大系)

滝沢馬琴 『開巻驚奇侠客伝』(岩波新古典大系)

滝沢馬琴 『胡蝶物語』(岩波文庫)

滝沢馬琴 『青砥藤綱摸稜案』(駒澤大学図書館沼沢文庫1350)

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