時事会計No.12

銀行の8兆円の資本補強と税効果会計

:銀行優遇行政と「甘え」の構造

 

 02年10月23日〜30日 日経新聞

 

Key words: 税効果会計、繰延税金資産、税効果資本、中核自己資本、竹中プラン、BIS基準、激変緩和

 

銀行の不良債権処理促進策として「竹中プラン」が連日報道されている。なかでも、その一環として「税効果会計」が脚光をあびている。1つの会計基準が銀行経営をめぐって「官」と「民」の争点になっているわけで、それだけ会計の影響力が大となってきている昨今の状況をあらわしている。

争点は何かといえば、銀行のB/Sに計上されている巨額の繰延税金資産の「資産性」(回収可能性)、貸方側でいえば「資本性」(それによって膨らんだ部分の自己資本性)の問題である。竹中プランでは、要するにその資産性ないし資本性を疑問視しているわけで、現在、大手銀行の約8兆円の繰延税金資産はコア自己資本(資本金や資本準備金)の半分に達しており、それを10%までしか認めないという考えである。

そもそもそうした巨額の繰延税金資産が計上されているのは、巨額の不良債権の貸倒償却・引当金の(企業会計上)の費用計上と(税法上の)損金不算入という「費用」と「損金」の不一致からきている。つまり、費用>損金の額だけ税金の前払いという、税効果会計の導入による「資産」が計上されているわけである。したがって、問題は貸方側(「税効果資本」とよんだりしているが)のまえに借方側の資産性の有無、とりわけその「回収可能性」である。資本は資産と負債の差額にすぎず、資本性の問題はまず資産性の問題にほかならない。

平成10年にあらたに導入された「税効果会計基準」はいわゆる「資産・負債法」の見地にたち(これに対し「繰延法」がある)、B/S計上額は将来の納付税の軽減効果が確実に実現する範囲内に限られる(日本公認会計協会「繰延税金資産の回収可能性の判断に関する監査上の取り扱い」H11年)。つまり、納付税の軽減効果が実現するには黒字経営でなければならない(そうでないと税金がもどってこない)。しかし、赤字が続いている今の銀行にその軽減効果の期待がもてない。つまり、見せかけの資本補強(水増し資本)というわけである。

この竹中プランに対し、銀行側は政府与党を巻き込んで猛烈な反対運動をおこした。8兆円もの資本がなくなればたちまちBIS基準を守れなくなるだけでなく、公的資金導入による銀行国営化がまったなしとなる。銀行経営者の首がかかっているわけだ。ここで、いつもの「激変緩和」という政治的タームが出てくる。それは昨年2月に、減損会計の導入に対する与党が要求した「激変緩和措置」と同じ構図であり(政府与党の「証券市場活性化対策」の一環で)、いつもの「先送りの構図」である。既得権を守るひとたちにとって、合理的な変化も「激変」と写る。しかし、この先送りはその代償をともなって必ずツケがくる。

思えば、これまで銀行は自社株買いの解禁(1994年)、株式の低価法から原価法への変更容認(1997年)、土地の含み益の自己資本算入(1998年)、税効果会計の1年前倒し(1999年)、日銀の銀行株の購入(2002年)など、一連の銀行優遇行政によって守られてきた。今回の問題も、いってみればその延長上にある先送りの構図といえる。銀行側からの政府にねだるこの構図はいっこうに変わっていない。その構図のなかで、会計・監査の業界も学界も、これまでと同様にあまり明確な意見が聞こえてこない。発言しているのは、問題が政治経済問題でもあるとはいえ、むしろエコノミストや経済学者たちである。

 

〈関連事項〉

@銀行の自己資本の実態:日経10月18日の「金融研究報告」(深尾慶大教授)での銀行の自己資本に関する実証分析が参考になる。それによれば、金融機関の自己資本の危機的水準が実証的に明らかにされている。特に、全国銀行の繰延税金資産の総額は2002年3月現在で(公的資金の総額7.2兆円をはるかに超える)10.7兆円の巨額に達している。驚くべきことは、繰延税金資産とともにこの公的資金を除けば自己資本は9月現在でマイナス、つまり債務超過になっている点である。株価の低迷、DCF(割引現在価値法)による不良債権の厳しい査定などを思うと、銀行の自己資本の実態はきわめて深刻な状態になることが予想される。ともかくも、「生きた会計」の学習にはこうした(特に数理統計学やエコノメトリックスの知識を必要としない)実証研究が重要となる。

A有税償却と無税償却:繰延税金資産は先に述べたように、企業会計上の費用と税法上の損金との不一致(有税償却)に起因する。巨額の繰延税金資産の裏には、実は巨額の貸倒償却・引当金があるわけだ。仮に、その不一致がなければ、巨額の繰延税金資産はそもそも生じない。今回の10%ルールという税効果会計適用の見直し案は、税制との関連も無視できない。したがって、税効果会計が税法との関連からでてきている以上、10%ルールへの変更なら税制も変更というセット論による反論も一理ある。そこで、「無税償却」という税制の見直し案が急浮上してきている。すなわち、金融庁は財務省にあらたな税制改正の要望をおこなっている(日経11月13日)。それによれば、この税制優遇策は金融機関に限定され、金融機関は自己査定であっても貸倒償却・引当金の全額が損金算入できることになる。ここでも、ふたたび銀行優遇策が不良債権処理の後押しのもとでなされようとしている。他の事業会社には適用されない点が、先にみたこれまでの銀行優遇策と軌を一にしている。税法は経済政策との関連で時の要請をうけることは理解できるが、会計は官僚主導ではなく、より整合性のあるもの、会計理論にしっかり基礎づけられたものであってもらいたい。そうでないと、時々の要請によってころころ変わるアドホックな政策的道具になりはててしまう。ますます「理論の値打ち」が小さくなっていくわけである。

(以上、2002年11月13日)