時事会計No.13

DCF資産査定と会計・監査問題

:金融再生プログラムの加速策と会計・監査

 

 02年11月13日 日経新聞

 

Key words: 不良債権、要管理債権、割引現在価値、キャッシュ・フロー見積法、DCF法、フロー志向とストック志向、金融再生プログラム、資産査定、引当率

 

「金融再生プログラム」の1つの目玉は資産査定の厳格化である。すなわち、「要管理先」不良債権のうち大口個別債務者の査定につき米国のディスカウント・キャッシュフロー(DCF)の手法を導入するという点である。金融庁はこの方式による査定厳格化を公認会計士協会に要望したというのが日経の記事である。この要望にそった大手銀行監査の新ガイドラインの作成が始まっているが、DCF方式には実施上難しい点もあるだけに、繰延税金資産の資産性および評価の監査とともに(前回の時事会計No.11参照)、新基準による厳格な銀行監査が2003年3月決算でどこまで実施されるか、注目されるところである。

 

関連記事:11/1(朝日)、11/6、11/19、11/26(日経)、12/2(日経金融)など

 

ところで、不良債権の会計基準としては「金融商品会計基準」(第四 貸倒見積高の算定)での貸倒懸念債権および破産更生債権等の貸倒見積高の規定がある。以下では、前者における「キャッシュ・フロー見積法」をとりあげ、そこでの考え方と今問題になっているDCF資産査定との関係ないし相違について述べたみたい。

 

キャッシュ・フロー見積法vs.財務内容評価法:貸倒懸念債権とは一般債権と破産更生債権との中間に位置するものであり、その貸倒見積高の算定の方法に「キャッシュ・フロー見積法」と「財務内容評価法」がある。端的に言えば、前者が会計配分の枠組み内−配分計画の修正、すなわち減損−の方法であるのに対し、後者はストックの価値評価−資産価値の修正:貸倒見込額=債権額−(担保処分額+保証回収見込額+それ以外の回収見込額)−の見地にたつ方法といえる。

キャッシュ・フロー見積法は将来キャッシュフローを見積もるので、今トピックになっているディスカウント・キャッシュフロー(DCF)法と一見類似するようにみえる。しかし、両者は必ずしも同じものといえるかどうかは検討の余地がある。そこで、キャッシュ・フロー見積法をもう少し詳しくみておこう。まず財務内容評価法との違いであるが、実務指針によれば@「…合理的な将来キャッシュ・フローの見積もりを行うためには、会社が担当者を置くなどして債権管理を継続的に行うことが前提となる。将来キャッシュ・フローを合理的に見積もることが可能であり、かつ、実際の回収が担保処分によるのではなく、債務者の収益を回収原資とする方針である場合は、財務内容評価法よりもキャッシュ・フロー見積法によることが望ましい」と述べている。財務内容評価法が財産計算(ストック計算)を志向するのに対し、キャッシュ・フロー見積法は正常な年度収益の確保(フロー計算)を志向するものであるといえる。もう少し言えば、それは次にみるように割引率に「当初の約定利子率」が用いられる点で、米国SFAS第114号のいわゆる「キャッチアップ・アプローチ」の発想に根ざしているものと思われる。

キャッシュ・フロー見積法とDCF法:次に、今話題のDCF法との関係をみるとき次の一節が重要になる。すなわち、A「なお、債権の発生又は取得後に将来キャッシュ・フローの見積もりを更新した場合において、帳簿価額と比較するための現在価値を算定する際に適用すべき割引率は、債権の発生当初の約定利子率とし、取得した債権の場合は実効利子率とした。これを見積時点の改訂約定利子率又は市場利子率としないのは、当該処理が、債権を時価で評価し直すために行われるのではなく、あくまでも債権の取得価額のうち当初の見積キャッシュ・フローからの減損額を算定することを目的として行われるからである」(以上「金融商品会計に関する実務指針」299項、但し下線は引用者)と。

下線で示しているように、キャッシュ・フロー見積法にあっては割引現在価値計算における分母の割引率に「当初の利子率」が用いられる。その意味することについては、先に述べたように「キャッチアップ・アプローチ」の発想に根ざしているという点だけを指摘するにとどめ(より関心のある方は〈さらなる学習のために〉の@を参照)、結論だけいえばそうした計算がけっしてストック価値(債権価値)の時価評価を行っている−ストックの見地−のではなく、あくまで減損という形で会計配分の修正−フローの見地−を行っているという点である。ただ、減損を価値修正とみる見解もあり、減損の見方に相異なる見解があることにも注意しておこう(〈さらなる学習のために〉のAを参照)。

これに対し、DCF法はその時点での価値修正(再測定)を行う方法であり、分母の割引率には個別債権のリスクも反映される。その点で、実務指針229項での説明を借りれば、まさに「債権を時価で評価し直すために行われる」のがDCF法であるように思われる。なお、このDCF法を用いると、現在20%程度の引当率が1.5〜2倍に引き上げられるといわれている。

重要な点は減損をフローの見地からとらえるか、それともストックの見地からとらえるかという相違であり、上記の2つの方法がそのいずれに立脚しているかという点である。

 

「フローの見地」…(正常な)年度利益計算のために修正時点で損失(減損)計上 ←利益計算志向

「ストックの見地」…修正時点での価値修正(減損)計算 ←財産計算志向

 

会計配分vs.価値評価とそのハイブリッド:上記の観点から、以上の論点をもう少し理論ないし概念レベルで説明すれば、(時価評価を行うのではない)キャッシュ・フロー見積法と(時価評価を行う)DCF法は同じく将来キャッシュフローの見積り及びその現在割引価値計算という点では共通するが(その点ではDCF法=キャッシュ・フロー見積法となる)、会計計算の枠組みというレベルまでみてみると、両者は少なくとも先の実指針229項との比較において、必ずしも同じものとはいえないように思われる。すなわち、一方はこれまでの会計配分の思考を基礎にする方法であるに対し、他方は今日の「時価会計」での(当初認識から分離切断された)フレッシュ・スタートによる価値評価の思考に根ざしているといえる。それは、会計計算の枠組みでいえば、伝統的な配分志向に基づく「原価主義会計」vs. フレッシュ・スタートに基づく今日的な「時価会計」の対立思考といってもよい。

実は、このような対立と併存は個々の会計処理のレベルにとどまらず、全体の計算枠組みについていえる。筆者はそれを「企業会計のハイブリッド構造」とよんで、企業会計制度にみられる計算構造の今日的特徴としている(同じインターネット講座の「企業会計のハイブリッド構造」を参照)。したがって、ここでの キャッシュ・フロー見積法だけでなく、個々の会計基準や会計処理がいずれの思考に根ざしているか、その理論的検討が重要になるといえる。

 

〈さらなる学習のために〉@拙稿「割引現在価値と会計配分」『経営研究』第53巻第3号、A拙稿「減損会計と利益計算の構造」『企業会計』2001年11月号、B拙稿「書評:米山正樹『減損会計』」『経営研究』第53巻第2号、を参照されたい。

2002年12月)

 

〈追記〉公認会計士協会は金融庁の要請を受けて、12月26日に公開草案「銀行等金融機関において貸倒引当金の計上方法としてキャッシュ・フロー見積法(DCF法)が採用されている場合の監査上の留意事項」を公表した。

 そこでは割引現在価値の計算において、将来の不確実性の反映を主として分子側の将来キャッシュフローの見積の調整に当てており、分母側の割引率は当初の利子率としている。つまり、公開草案のタイトルのなかの「キャッシュ・フロー見積法(DCF法)」という書き方がそれを示している。ただ、銀行監査における厳格な資産査定問題とキャッチアップ・アプローチとはどうつながるのか、DCF法において分母側にリスク調整などが反映されない理由はなにか、こうした疑問がでてくる。

いずれにしても、金融商品会計基準でのキャッシュ・フロー見積法と今問題になっているDCF法が、ともに先に述べたストックの見地(ストックの価値評価)ではなく、フローの見地(期間利益計算)に立っているかどうかが1つの論点となろう。以上より、以下のような疑問が提起されよう。

1)       銀行監査における厳格な資産査定問題と「キャッシュ・フロー見積法」の思考にあると思われる「キャッチアップ・アプローチ」(米国FAS第114号)とはどうつながるのか、

2)       DCF法において分母側にリスク調整(リスクプレミアム)などの不確実性が反映されない理由はなにか。

3)       理論的・概念的なレベルでいえば、金融商品会計基準での「キャッシュ・フロー見積法」と今問題になっている「DCF法」が、ストックの価値修正の観点(ストック志向)からでてきているものか、それとも(正常な)期間利益計算の観点(フロー志向)に立っているものかどうか。ひらたく言えば、財産計算を志向するものか(ストック志向)、それとも利益計算を志向する(フロー志向)ものか。

「キャッシュ・フロー見積法」は先にあげた「見積時点の改訂約定利子率又は市場利子率としないのは、当該処理が、債権を時価で評価し直すために行われるのではなく」(実務指針299項)との説明にみられるように、少なくとも財産価値計算を志向するものではなく、キャッチアップ・アプローチの考え(フロー志向)に立っているように思われる。問題は、厳格な資産査定の1つの方法としてのDCF法はいずれの観点に立った方法か、という点である。こうした基本的な立脚点についても検討する必要がある。2003年1月)