時事会計No.7

土地再評価法と会計問題

:経済・財務政策と会計  

 

 02年3月28日 日経産業新聞

 

Key words: 銀行の自己資本補強策、株主資本のかさ上げ、減損会計への備え(含み損との相殺)、資本直下方式(P/Lにでない)、健全性vs.成長性、デット・エクイティ・レシオ(負債純資産倍率)、時価選択の裁量、時限立法

 

不動産大手で「丸の内の大家(おおや)」といわれる三菱地所が含み損を一掃するため3月決算に「土地再評価法」を利用する。この大家が保有する含み損の最大なものが横浜ランドマークタワー(土地・建物の簿価=2116億円:簿価1900億の建物→850億の評価損)と99年に購入した東京三菱銀行本館(同912億円:簿価805億の土地→405億の評価損)である。減損会計の導入がまったなしのなか、本年3月末までの時限立法である土地再評価法を活用してそれに備えたわけだ。東京丸の内地区に保有する土地の含み益約1兆円(但し時価は固定資産税の価格、実勢価格だと2兆円の含み益ともいわれる)で相殺するわけだ。バブルが弾けて事業用地に多額の含み損を抱える企業にとって、土地再評価法は“魔法の杖”であり、また“会計マジック”であるわけだ。しかし、実は三菱地所の再評価の決定の舞台裏にはそれに慎重な意見など賛否両論があったようで、後述するようにそれが土地再評価法の両面を知る意味で興味深い(さらなる学習を参照)。

ところで、土地再評価法は、もともと銀行の自己資本補強策(金融機関の“お手盛り増資”の特別措置)として1998年3月に導入され(当時、銀行には「資本充実の選択肢が増えるのはありがたい」と大歓迎された)、その後、事業会社にも利用できるように改正されたものである。つまり、事業リストラなど多額の赤字になった企業が株主資本をかさ上げする目的で利用されたものであるが(例えば、いすず自動車のケース)、三菱地所のケースは含み損の前倒しのために利用したもの(減損会計対策)である。この会計処理は、例えば100億の評価差額(プラス)がでると、(売却したとして売却益の)税金分を差し引いた60億円が自己資本に直下され、40億が負債(繰延税金負債)となる。200社以上の上場企業が利用したといわれている。

 

〈関連記事〉3/2(日経)には三井不動産のケース、3/8(日経)には2001年度の利用企業の再評価差額のリストがでている。それによると、三菱地所、三井不動産、近畿日本鉄道の3社だけで7500億円。なお、大手銀行のケースも調べるとよい。

 

〈さらなる学習〉

@経営の健全性vs.潜在的な成長性:再評価法の利用を巡る賛否両論は、それぞれ何を重視するかの意見の相違といえる。再評価を主張する側(経理部門)は、減損会計による株主資本の目減りの回避→各付け機関から評価下げ→資金調達への支障、といった懸念を想定する。これに対し再評価に慎重な側(IR部門)は、含み益の実態→含みが出尽くしたとの評価→投資家にマイナス材料、というシナリオを想定するわけだ。つまり、「債権市場→格付け機関」と「株式市場→証券アナリスト」のいずれを重視するかというジレンマである。しかし、土地神話が崩れた今日にあっては、まさに含み益は自ら創造していく時代、従来の含み益経営とはまったく異なるビジネス・モデルが求められる時代であることは確かである。

Aデット・エクイティ・レシオ(負債純資産倍率):財務の安定度を測るモノサシにデット・エクイティ・レシオ(負債純資産倍率=有利子負債/純資産)がある。この値が低ければ低いほど安定度が高く、格付けにプラスとなる。土地再評価法→評価差額金の資本直下(分母の増大)→財務安定度を高める、というわけだ。このように、土地再評価法は財務戦略にも利用されるわけである。しかし、会計理論上はいろいろ問題がある。

 

〈理論的課題〉

@政策と「資本の部」:まずなんといっても「資本の部」にこうした政策立法による時価評価差額が入ってくることの問題点である。政策→商法→会計といったながれで、資本の部が言ってみればその“ふきだまり”の場になりかねない。しかも、時価の選択(5種類から選択可)いかんで資本はいくらでも変動する。自己資本額をあまり膨らませたくなければ実勢価格よりも低い時価(例えば固定資産税の価格)が選ばれるわけだ。先の三菱地所のケースがそれである。

ほんらい、資本の部には「資本」とその増殖としての「利益」しかないはずであり、しかも前者の資本は本来維持されるべきものとして存在するはずである。そのいずれでもない、会計理論上、正体不明なものがわが物顔のように入ってきている。その点では、「その他有価証券」の評価差額もしかりである。ただ、その他有価証券は毎決算時に時価評価されるので、その分、文字通り自己資本が時価変動するわけである。ちなみにいえば、当初はこの評価差額を負債に計上するという案もあった(例えば日経産業新聞1998/3/17)。

いずれにしても、劇薬とも言える同法を使って企業の体裁を整えようとする企業が少なくないわけで、会計はそのために利用される。会計に何らかの形で関与しているものにとって、ある種のむなしさを覚えるはずだ。会計制度が政策に従属し道具化される。それが現実の会計であっても、理論も従属するようならそれは問題である。学界の存在意義、学者といわれる人たちの力量が問われるところであろう。

A再評価と自己株式の消去:自己株式消去の原資にこの再評価差額金が利用されるケースがある。すなわち、含み益の2/3まで(将来の地価下落を見込んで)を原資にできるとしたわけだが、実際に売却して現金が入ってきていないわけだから、これも単なる“帳簿いじり”であり、“会計マジック”であるようにみえる。

ちなみに、自己株式の取得・消去の財源ということでは、1998年の商法特例法改正(株式の消去の手続きに関する商法の特例に関する法律の一部を改正する法律)がある。すなわち、資本準備金を財源に自己株式の取得・消去が時限立法(平成12年3月31日まで)であるが可能になったわけだ。しかし、これもまた低迷する株価対策の一環であり、株価対策のもと「資本充実の原則」がねじ曲げられているといえる。

いずれにしても、土地再評価と自己株式の消去も政策(証券市場活性化策の特例法)の一環であり、この会計上の取引の理論的性格を明らかにして会計理論側からもっと発言する必要がある。(理論的整合性とは無縁な)アドホックな政治に従属し、道具化する会計に何も発言せず、学界の仲間内の集まりに終始する姿は“奇妙”であり、それを許している世界はまことに“平和”である。

2002年4月)