時事会計No.17

キャッシュフロー革命と企業会計

:意見と現実

 

 1997年7月7日〜11日 日経金融新聞

 

Key words:キャッシュフロー革命、キャッシュフロー経営、キャッシュフロー会計、利益、キャッシュ、発生主義、株主価値、キャッシュフローと株価、フリー・キャッシュフロー、キャッシュフローと業績評価、キャッシュフローと銀行融資、キャッシュフローと賞与、キャッシュマネージャー

 

キャッシュフロー(現金収支)を重視する経営が世界の企業を変革している。日経金融新聞の一連の記事は、特に欧米企業の事例を紹介しているが、日本の企業にもこのキャッシュフロー重視の経営が広がっている。キャッシュフロー会計とのかかわりにおいても重要なトピックである。

会計とのかかわりで重要な点は、「利益は意見(オピニオン)、キャッシュは現実(リアリティ)」というキャッチフレーズであろう。利益の計算が発生主義を基礎におく会計方法に左右されるのに対し(利益=意見)、キャッシュフローはそれに左右されない(キャッシュ=現実)。ただ、だからといって損益計算書がキャッシュフロー計算書にとってかわる、ということはない。なぜなら、収益力をみる利益計算はキャッシュフローをみるキャッシュフロー計算書とは目的が違うからである。

だが、両者はまったく別ものではない。この理解が肝要である。ビジネスはキャッシュから始まってキャッシュで終わる(キャッシュ・サイクル)。このキャッシュからみれば、年度ごとの利益(期間損益計算)はキャッシュフローの期間配分とみることができる。その意味で、利益といえどもキャッシュを離れて存在するものではないのである(より詳しくは拙著『キャッシュ・フロー簿記会計論』森山書店、特に第5章参照)。ここにキャッシュフロー計算書がたんに資金繰りとか財務流動性をみるということにとどまらず、「利益の質」をみるという重要な意義づけがある。

キャッシュフロー経営にとって重要なのは株主価値を重視するという経営視点であり、経営姿勢である。この株主価値重視が企業会計にも浸透してきているというのが、今日の会計の1つの特徴である。それは伝統的な動態論的会計観とは異なるものである。特に、フリー・キャッシュフロー(純現金収支)をいかに有効に使えるか、これが経営者の姿勢を判断する重要な基準になる。

もう1つ重要な点は、キャッシュフローと株価との相関関係である。これまで、会計利益と株価の実証研究は数多くなされてきているが、株式市場がキャッシュフローの変化にどれだけ反応しているかの実証研究も重要になるだろう(この点は前掲拙著の第7章参照)。

 

〈さらなる学習〉

日経金融新聞6/9では連結ベースのフリー・キャッシュフローの企業間比較がでている。フリー・キャッシュフローについては後述の「コラム」を参照されたいが、投資の回収期に入るととこのキャッシュフローが黒字になるのが特徴である(逆に、先行投資期間中は赤字となる)。設備投資の回収期を迎えた本田技研やロームが大幅な黒字となっている。利益のみならず、このフリー・キャッシュフローの増大をもたらす投資が求められるわけだ。

もう1つ重要なのはキャッシュフローが投資の尺度として浸透しているという点である。これもコラムを参照されたいが、株価が割高か割安かの投資判断(物差し)にこのフリー・キャッシュフローが用いられるということである。利益に加えて株主価値の増大という点で予想フリー・キャッシュフローが重要な物差しとなるわけだ。

同じく日経金融新聞6/15ではソニーの93年度から97年度の5年間の連結損益と連結キャッシュフローの時系列分析が出ている。とくに営業キャッシュフローから投資キャッシュフローを差し引いたフリーキャッシュフローが3年ぶりに黒字に転換されているのが注目される。インカム(利益)とキャッシュフローの動態分析についてのより詳しい議論は、前掲拙著『キャッシュ・フロー簿記会計論』の第4章を参照されたい。

(以上、1999年4月)

 

★コラム キャッシュフロー革命:キャッシュフロー重視の経営へ

今日、キャッシュフロー重視の経営が注目されている。「利益は意見、キャッシュフローは現実」といった言葉に象徴されるように、キャッシュフローは利益計算のように会計方法に左右されない、これが1つの強みである。それだけでなく、「勘定合って銭足らず」という言葉に象徴されるように、たとえ利益があってもキャッシュが赤字では配当もできないし、さらには黒字倒産ということさえ起こりうるのである。企業経営にとって重要なことは、利益をあげることはむろんだが、それが営業によるキャッシュフローの増大につながっているかということである。より具体的に言えば、企業が自由に使えるキャッシュフロー(フリー・キャッシュフロー)をどれだけ稼いだか、これが重要である。そして、その稼いだフリー・キャッシュフローをどう使っているか、その使途が経営者の手腕として注目される。

フリー・キャッシュフローとは何を「フリー」と考えるかによって異なるが、一般には営業キャッシュフローから投資キャッシュフローを差し引いたもので、その使い道として例えば投資の拡大、有利子負債の圧縮、配当の増額、自社株買い、などがあげられる。要は、稼いだフリー・キャッシュフローをどれだけ株主に還元しているかということである。その典型的な指標として2つあげておこう。

1つは@1株あたりキャッシュフロー(営業キャッシュフロー/発行済株式総数)、もう1つはAキャッシュフロー・ベースの配当性向(現金配当額/営業キャッシュフロー)である。前者の分子が利益であったのが1株あたり利益であり、後者の分母が利益であったのが配当性向である。いずれも利益が営業キャッシュフローに置き換えられているわけで、@1株あたりいくらの利益を稼いだか→1株あたりいくらの営業キャッシュフローを稼いだか、A利益からどれだけ配当をおこなっているか→営業キャッシュフローからどれだけ配当をおこなっているか、ということである。さらに、営業キャッシュフローをフリー・キャッシュフローに置き換えてもよいであろう。

このように、利益(インカム)からキャッシュフローを重視する経営は「キャッシュフロー革命」といった言葉に象徴的にあらわれている。キャッシュフロー計算書がわが国でもようやく基本財務表となった今日、それを単にこれまでの損益計算書、貸借対照表に1つ追加されたものとしてではなく、より積極的な活用が望まれるわけだ。

2001年4月)

 

〈追記〉

キャッシュフロー重視のいっそうの展開:最近の事例

 

 キャッシュフロー重視の姿勢は、企業のみならず日銀の政策、さらには新たな財務指南の資格までおよんでいる。最近のいくつかの事例をみておこう。

 

@松下電器産業の経理制度の改革とキャッシュフロー重視(日経産業新聞、2003年1月1日)

 松下グループの新体制がスタートするが、そのなかに経理制度の改革がある。そしてその経理改革の目玉になるのが、フリー・キャッシュフローの重視である。すなわち、新しい業績評価基準として、フリー・キャッシュフローが3年連続マイナスの場合、事業撤退を原則とするというものである。「松下の経理=会計係ではなく企業経営全体の羅針盤」という命題の今日的内容刷新というわけだ。中村社長がこうした経理制度にメスを入れ、「脱幸之助」の総仕上げを経理制度の改革でもって断行しようとしているが、キャッシュフロー重視が「経理の松下」に及んでいるわけだ。

A早期事業再生ガイドラインとキャッシュフロー重視(日経金融新聞、2003年2月14日)

 経済産業省は2月13日、早期事業再生ガイドライン(案)を公表した。そのなかで注目される提案がある。すなわち、経営状況を把握するには会計操作がしにくいキャッシュフローを重視すべきだという提言である。

 ガイドラインの「2の1 経営(企業)が主導する早期事業再生−キャッシュフロー経営に向けて」の(1)早期事業再生関連指標群の活用では、キャッシュフロー・ベースの事業収益やキャッシュフローと負債の関係といった指標群(これを「早期事業再生関連指標群」と呼んでいる)の有効活用がうたわれているのが注目される。

 このガイドラインにおけるキャッシュフロー重視でもう1つ注目されるのは、融資とキャッシュフローとのかかわり、すなわちキャッシュフロー・ベースの融資慣行への転換である。そのための検討課題が提示されているが、例えば「従来の融資慣行は抵当権に基づく資産の換金価値に支えられてきたが、プロジェクト・ファイナンスなどのキャッシュフロー融資慣行を定着させるには、…」と述べていくつかの提言を行っているのが注目される。

B銀行経営改革5つの提言とキャッシュフロー重視(日経新聞、2003年4月29日)

 日銀は4月28日、銀行の経営改革に向けた5つの提言をまとめた。そこでは、先の「早期事業再生ガイドライン」でもみた担保主義から脱した新たな融資の拡大、すなわち各企業の個別の事業のキャッシュフローを重視した融資の拡大が提言されているのが注目される。

C賞与とキャッシュフロー(朝日新聞、2003年4月29日)

先の松下の新業績評価基準にも出ていることだが、キャッシュフローを重視する賞与制度の導入がでてきている。例えば石川島播磨重工業の例がそれだ。そこでは、これまで売上高と利益に連動していたが、今後は営業キャッシュフローと投下資本利益率を算定基礎に置くとしている点が注目される。

賞与がキャッシュフローをベースにということだが、実は配当もということはありうるだろう。利益配当というが、手元にキャッシュがなければ借入金で配当ということになる。その意味で利益が即配当というわけではない。フリーキャッシュフローの使途の1つとして配当、賞与という考えが出てもなんら不思議ではない。

Dアメリカの資格「キャッシュマネージャー」の新たな導入(日経新聞、2001年5月29日)

 キャッシュフロー重視は資格にもおよんでいる。企業財務の専門家育成を目指す日本CFO協会はアメリカの有力資格「キャッシュマネージャー」を日本に導入するというのがそれだ。なお、同協会のホームページからの抜粋した以下の2つの資料(下線は引用者)を参照されたい。

〈資料1〉:「近年、世界の金融・経済は、19世紀の産業革命以来の大きな変革期に直面しています。97〜98年にはロシア危機などを背景に金融資本市場が国際的にも緊迫し、日本企業が極めて厳しい金融経済環境に直面しました。また、この出来事が折からの連結会計、時価会計の導入といった会計制度の変化とも結び付いて、日本企業はこれまでのメインバンク制や株式の相互持合いといった日本的経営システムから、企業価値を重視したキャッシュフロー経営へと経営意識の変革を迫られております。このように市場経済がグローバル化する中で日本企業が国際競争力をつけていくためにも、企業の経営手法に関する調査・研究を進め、財務会計や管理会計及び金融分野に高度な知識・技能・倫理観を持ち、企業価値創造へ向けて論理的かつ迅速な意志決定を行う企業人、すなわちCFO(最高財務責任者Chief Financial Officer)を育成していくことが重要な課題になってきているといえます。」−企業価値創造に向けて(理事長 行天豊雄)より抜粋−

〈資料2〉:米国最大の財務教育団体、「財務プロフェッショナル協会(AFP)」が認定する権威ある財務の資格「(CCM)Certified Cash Manager」が日本版CCM(キャッシュマネージャー資格)として誕生しました。“CCM”はキャッシュフローをベースとした事業評価、資金調達、IT管理、リスクマネジメントといった企業財務分野における日本で初めての認定資格で、日本CFO協会が財務プロフェッショナル協会とのライセンス契約のもとで日本への導入を実現しました。

(以上、2003年4月)