時事会計No.19

りそなショックと厳正監査

:“なれあい”監査決別の背景

 

 03年5月18日 日経新聞

〃     朝日新聞

 

Key words: 税効果会計、繰延税金資産、税効果資本、自己資本比率、金融再生プログラム、竹中3原則、厳正な監査(監査の独立性)、竹中新3原則(3つのS)

 

5月18日(日)、新聞各紙はりそな銀行への2兆円の資本注入決定を報じた。金融界のみならず日本全土に「りそなショック」の激震が走った。そのきっかけが、本シリーズのN0.12でも取り上げた銀行の自己資本算定問題(税効果資本の算定問題)、とりわけ繰延税金資産に関する厳正監査である。これまでの“なれあい監査”から決別した、その厳正、厳格な監査の姿勢は大いに評価できるが、いわば当たり前のことがやっと断行されたという思いすらする。だが、ことはそんな単なる“きれい事”ではない。そこにはある種の計算や打算もあるだろう。「りそなショック」のドラマの背景にどのような内幕があるか、そのインサイドにせまってみたい。

りそな銀行の勝田社長の記者会見を見ていて、甘かった自己資本算定についても率直に本音を語っておられるな、という好感ももてた。そして、今回の件の引き金が会計ルールにかかわる自己資本算定問題であり、そこに監査がかかわっているだけに、会計・監査に再び世間の注目が集まるのは必至だ。「会計ルールが銀行をつぶした」という意見も出てきかねない。先のNo.18で取り上げた時価会計凍結、減損会計延期がまたまた復活してくるかもしれない。

繰延税金資産や税効果資本に関する細かな会計ルールについてはNo.12ですでに書いているので、ここでは厳正な監査(教科書的には、監査の独立性)および監査人の重責という、いわば当たり前のことについてふれたい。特に、“なれ合い監査”からの決別の背景に何があるかをみておきたい。当たり前のことが、当たり前としてなかなかできない。それが現実であり、それはこと監査業界にかぎったことではないが。

 ちなみに、今回の問題は、会計・監査の問題が引き金になった。それが、これだけ大きな社会問題になっているわけだが、会計アカデミズムへの記者会見というのは、(これまでと同様)行われもしないし、(会計士業界との交流もあまりないこともあってか)そもそも学会の公式見解といったことも聞いたことがない。会計研究学会、監査研究学会は「研究」だけが仕事とは思われないのだが−。数学の研究ではないのだから、「理論」と「実務」は別だとは言えないように思えるが−。

いずれにしても、会計・監査問題の社会的大きさに比べ、会計アカデミズムの社会的認知度はあまりにも低い。膨大な数の「研究者」がいるが、少なくとも世間の感覚からすれば、その“社会的ロス”を指摘されても抗弁がなかなかむつかしい。

 

〈関連事項〉

@     「背信だ!」、社長の抗議の背景に:5/18の日経によれば、「5月に入って突然、監査法人が方針を変えた。背信だと抗議した」と勝田社長の憤懣を報じている。監査法人が突然方針を変えたというのが事実なら、その背景に何が。これまでの監査なら、なんらかの“手心”を加えていただろう。実際、勝田社長と旧知の間柄と言われる新日本監査法人の竹山理事長とのやりとり(妥協案の模索)も伝えられている。だが、今回はそうはいかなかった。銀行からすればそれが“誤算”であった。「背信」と写っても仕方ないだろう。一方、監査法人側には毅然とした姿勢で臨むだけの背景があった。「監査の独立性」というだけでなら、これまでとっくに厳正な監査は行われていただろう。厳格監査を後ろ支えする背景があった。エンロン事件の影響もむろん大きいだろう。アーサーアンダーセンの二の舞はごめんだ、銀行と共倒れはごめんだ、というわけだ。だが、それだけではない。もっと大きな後ろ支えがあっての厳正、厳格な監査(監査の独立性)であったといえる。

 

A     「竹中プラン」の影響と後押し:今回のりそな銀行の厳格監査を可能にしたのは、「竹中プラン」であるという点を見落としていけない。言葉は悪いが、監査法人が急に独立性・公正性へと変身できるほど十分鍛えられているようには思われない。端的に言って、今回の「りそな問題」は「竹中プラン」のねらい、シナリオどおりになったとさえいえる。

 昨年(平成14年)の10月末に金融庁から発表された「金融再生プログラム」、その3つ目の柱である「3 新しい金融行政の枠組み」(これが本命といわれる)には、いわゆる「竹中3原則」が網羅されているが、その「(2) 自己資本の充実」のなかの「(イ)繰延税金資産に関する算入の適正化」および「(ロ) 繰延税金資産の合理性の確認」がそれである。特に、(ロ)が重要である。引用しておこう(下線は引用者)。

 

 「主要銀行の経営を取り巻く不確実性が大きいことを認識し、翌年度を超える将来時点の課税所得を見積もることが非常に難しいことを理解した上で、外部監査人に厳正な監査を求めるとともに、主要行の繰延税金資産が厳正に計上されているかを厳しく監査する

 

 監査法人がこれを読んでいないわけはない。むろん銀行側もそうで、各銀行の巨額の増資もここに関わっている。ここを読んだ監査人は、今回ばかりは…と感じたはずだ。これまでにない“命がけの監査”に直面したはずだ。しかし、実は、「竹中プラン」には監査法人にとって、もっとすごいことが仕組まれている。もう監査人は逃げられない、そんな仕掛けがかけられている。

 

B「竹中プラン」に盛り込まれた監査法人の「重大な責任」:「竹中3原則」の3番目、「(3)ガバナンスの強化」の「(ア)外部監査人の機能」がそれである。監査法人がたんなる法的監査(証券取引法、商法)にとどまるのではなく、さらに企業のガバナンスに組み込まれている、という点が重要なポイントだ。やはり、引用しておこう(下線は引用者)。

 

「資産査定や引当・償却の正確性、さらに継続企業の前提に関する評価については、外部監査人が重大な責任をもって、厳正に監査を行う」

 

 これを読んだ監査人は、推測はつくが、どう感じただろう。これまでの監査のレベルをはるかに超える重責である。これは単なる公認会計士協会の通達ではない。金融庁(竹中大臣)が「金融再生プログラム」の一環で、しかもその本命といえる「竹中3原則」のなかで謳ったものである。ここまで明確に書かれると、「竹中プラン」の“標的”は実は銀行よりも監査法人ではないか。

実際、木村剛『竹中プランのすべて』(アスキー・コミュニケーションズ)において、竹中の「ブレーン」と称される木村は「監査法人がキーパーソンになる」(307頁)、「この3月期決算は、外部監査法人のプロフェッショナリズムが問われるでしょう」(310頁)、「竹中大臣がひそかに照準を合わせているのは、メガバンクをではなく、外部監査人なのかもしれないんですね」(311頁)、「『外部監査法人は、もう逃げられませんよ』という仕組みになっている」(312頁)、と発言している。まさに、その意味で、今回の「りそな問題」は竹中・木村のシナリオ通りに展開されたといえる。

 

C 監査法人の重責と責任リスクちなみに、これだけ監査法人に責任が被さってくると、会計士側もたまったものではないだろう。朝日新聞5月21日では、奥山公認会計士協会会長は記者のインタビューに答えて、監査法人に責任が集中する現状の改善を訴えている。金融庁が監査法人だけに責任を押しつけるのではなく、当の金融庁も共同の責任主体だ、という意識がでてきても不思議ではない。外部監査法人はもう逃げられませんよと言われるなら、金融庁も逃げられませんよ、と言いたいわけだろう。

世間では公認会計士と税理士がどう違うか、知的職業人にも知らない人はけっこう多い。監査の社会的重責は、監査人の社会的意義を世間に知らしむ。確かに、これだけの責任が監査法人に集中するリスクへの懸念は理解できるが、これまで必ずしも厳正、厳格な監査をしてこなかった反省にもたって、教科書に書かれている「監査の独立性」を文字どおり確立してほしい。これが、まずもって、世間の見方ではないだろうか。

 

D 政府、官僚、銀行、監査人の相関図(ドラマ性)すでにみたように、今回の「りそなショック」は竹中プランに沿った監査法人の厳格監査が引き金になっている。銀行と監査人とのやり取りはまことにドラマチックである。「5月に入って突然、監査法人が方針を変えた」という先の社長会見は、さらに「監査法人のトップと私で激しく交渉したが、厳しい姿勢を押し返せなかった」と述べている(日経5/18)。朝日5/18では、「従来はりそなの言い分を認めてきた監査法人が5月に入って突然、『(繰延税金資産を−引用者)大幅に削らざるをえない』と突きつけてきた」と報じている。いずれも「突然」という表現が、監査法人側のせっぱつまった、迷いに迷った決断を物語っている。

だが、ここで見落としていけないのが、この間の金融庁の態様であろう。日経5/18では、金融庁の「迷走」ぶりが書かれているが、竹中プランの“真のターゲット”が金融庁の官僚であるだけに(先の木村前掲書342頁、「不作為という名の作為」)、重要なところだ。その報道によれば、金融庁ははじめ公的資金注入を避けたいため折衷案(条件付きで自己資本比率規制をクリア)を支持していたという。重要なのは、5月12日に開かれた「金融問題タスクフォース」の税効果会計に関する協議だったようだ。メンバーの一人(奥村公認会計士協会会長と思われる)が突然、「税効果会計の取り扱いに金融庁が口をはさむことがあるか」と質問した。5/13の日経では、税効果会計で協議、金融庁が監査の過程に介入せずとだけ報じている。

今から思えば、この報道の意味は大きかったが、その段階で誰が今回のような銀行国有化を読みとったか。不介入は当然のことではあるが、これが「言質をとられる形」(5/18の日経)になり、厳格監査へと「突然」変わり、冒頭の「背信だ」との抗議になるわけである。結果的に、金融庁のシナリオどおりにはいかなかったというわけだ。

ただ、その真意はわからないが(言質をとるのが目的だったかどうか)、会計士協会側から金融庁に打診してことは確かだろう。逆に言えば、それだけ銀行のみならず国家、国民にとってもきわめて重要な監査に直面したということだ。これまでの監査であれば、金融庁は自己の方針(先の折衷案)にそった“指導”をしていただろう。会計士側も金融庁の指示には背けなかったはずだ。それに、会計士側も銀行トップとの交渉で何らかの妥協案に傾いていたであろう。だが、それが今回、「監査の独立性」が断行された。その背景に単なる訴訟リスクへの恐れだけなく、日本経済の再建への「竹中プラン」の重みがあった。

 

E「竹中新3原則」と監査法人のパフォーマンス

平成15年1月7日、竹中大臣は新年の決意を述べているが、実は、そこに今回の「りそなショック」の引き金が如実に出ている。その意味で、今回の銀行国有化は予期されていたともいえる。すなわち、「3つのS」(戦略性Strategic, 健全性Sound, 誠実性Sincere)の視点から、さらに銀行の経営計画についてチェックすることが述べられているが、その2番目の健全性に関する発言がそれである。引用しよう(下線は引用者)。

 

「…会計面では、その意味では投資家、預金者を保護するための現行の会計基準が厳密に適用されることが大変重要であって、この点で監査法人のパフォーマンスにも大いに注目をしなければいけないと思っております。監査法人の責任において、いわゆる継続性が厳しく監査される必要があるわけで、そういった点についても注目したいと思います」

 

@竹中プラン(金融再生プログラム、竹中3原則)→A竹中新3原則→B繰延税金資産の正当性に関する厳正監査→Cりそなショック。すべては「竹中プラン」から始まった。議員バッジのない民間大臣でこそ、できうるシナリオであり、今回の厳格監査の断行であったといえる。

(以上、2003年5月21日)

〈追記〉

 『アエラ』6月2日号の「竹中vs.金融庁の暗躍」(目次のタイトルと本文のタイトルが違っているあたりが緊急報道を物語っている)の記事、驚いた。ある程度は推測していたが−。金融庁、銀行、監査法人の「暗躍(ドラマ)」が繰り広げられていたとの記事は、先にも書いたが、その3者間の相関図をあらためてみる思いがした。とりわけ、そこにでている金融庁とりそな銀行とのやりとりの「メモ」(先送り工作メモ、写真まで掲載)なるものが事実なら(5月12日に入手と書いている)、先にみた金融庁守旧派の「不作為という名の作為」(木村剛)そのものである。

 これが不発に終わったのは、民主党議員への内部告発だったという。ここで想起させるのが、昨年の7月に成立した米国「企業改革法」(サーベンス・オクスレー法)の1つの重要な柱と言われる「内部告発者の保護規定」である(日経4/30のSEC委員のインタビュー、同3/19のKPMGテレル氏に聞く、などを参照)。日本の企業統治の将来は、この記事が事実なら、まだまだ明るくない。企業統治の商法改正がなされても、日本の資本市場の将来はけっして明るくない。

米国では一般企業には「企業改革法」が適用されるが、金融機関にはより厳格な監査が必要だとして、FRBなど金融監督当局は新規制案を導入する(日経02/12/26)。しかし、わが国はどうか。「暗躍」なるものが事実なら、それ以前の問題であり、金融庁の信頼失墜である。金融庁、とりわけ官僚の信頼性が重要なキーであり、それが問われていることだけは確かである。

2003年5月26日)