時事会計入門No.

エンロン問題と米企業会計への不信

−監査はビジネスか−

1216日読売新聞

 

Key words: 監査の独立性、ピアレビュー、監査の監査、監査の交代制度、コンサルティング業務の分離、ゴーイング・コンサーン規定、資本市場のインフラへの不信

 

「米会計監査ほころび」と題する記事で、「全米7位の売上高を誇った優良企業の崩壊は、世界で最も厳格とされるアメリカの会計制度のほころびも露呈させる結果となった」と12月16日の読売は報じている。日経以外の一般紙が会計問題を大々的に取り上げるのはめったにないだけに、その問題の大きさがうかがえる。このエンロン破綻をきっかけにした米会計・監査問題はその後、日経新聞で継続的に報じられている。世界で最も厳格であることを誇っていた米企業会計への不信が高まっているわけで、その波紋の広がりはkey wordsに示しているようにけっこう大きい。問題の背景もふくめていくつかの要点をみておきたい。今回の時事会計は、個々の会計基準の問題といはちがった資本市場の基盤にかかわる基本的な問題がふくまれているので、これまでとは少し形式を変えて、やや長めの解説となる。

事件の事実関係をみていると、ここにもデリバティブ取引による巨額の損失がからんでいることがわかる。すなわち、特別目的会社(SPE)のジェイダ社のデリバティブ取引による巨額の損失を、連結対象外で簿外としていた。これを担当の監査法人アンダーセンがみのがした。エンロン社は11月に巨額の利益修正を報告、信用不安は一気に広がり、エンロンは12月に破綻した。この米史上最大の企業倒産の直接の発端が、本来の事業投資の失敗ではなく(ガス・電力の卸売り及び通信事業:特に通信事業は不振であったが)、金融投資であったことも見逃してはならない事柄だろう。

 

〈関連事項〉エンロン問題は年を明けても日経新聞で連日取り上げられている。米の資本市場の強固なインフラとしての会計制度がその根本からゆらいでいる。文字通りcrucialな時事会計問題となってきたわけだが、以下、いくつかの要点にまとめておこう。

@監査の監査:米SECはこの問題をきっかけに監査法人を調査・処罰する強力な権限をもつ第三者機関を新設する方針を明らかにしている。「監査の監査」である(日経1月18日)。監査の質を高めるためすでに監査法人どおしのピアレビュー(同業他社による審査)という制度があるものの、十分機能していないという点も指摘されていた。会計監査自体を監視する第三者機関が必要というわけだ。A監査の交代制度:監査論のテキストで監査人の独立性ということを習うが(これが実は監査という仕事の生命線であるが)、少なくとも一般の人には被監査会社から多額の監査報酬をもらっているという事実はなかなか理解できないであろう。エンロン事件をきっかけに、従来から指摘されていたこの独立性にかかわる新たな制度が導入される可能性がでてきた。その1つが交代制度である。英の金融サービス機構(FSA)が5年程度で監査法人の交代を企業側に義務づける制度の検討に入っている(1月26日)。賛成である。資本市場のインフラとしての会計監査業務がビジネス(客商売)としてお客の獲得競争に無節操になっている姿は(むろん監査論の教科書にはでてこない)、なんともなじまない光景だ。難関の国家試験に合格した新前の会計士に、そうしたお客の奪い合いがどう映るか。20年も前わずか7年ばかりの実務経験にすぎないが、筆者は率直な疑問を覚えた。監査業務はビジネスであるまえに、資本市場の必須のインフラであるはず。不信の出どこがどこにあるかは明らか。交代制の導入は、監査業務が純然たるビジネスではないことをあらためて知らせしめることになるだろう。

Bコンサルタント業務の分離:これも従来から言われていたことだが、他方でコンサルタント業務は監査業務にとって補完となるといった「抗弁」も聞かれた。監査法人の売上高にしめるコンサルタント報酬は監査補修を上回る場合も多いので(事実、アンダーセンのエンロン社からのコンサルタント報酬は2,700万ドルに対し監査報酬は2,500万ドル)、監査法人にとっていい儲け業なのだ。それに監査と違って訴訟リスクは少ないはずだ。だから分離などとんでもないことになる。しかし、これも、エンロン問題をきっかけに見直す機運が高まっている。すなわち、企業側からのコンサルティング委託分離への動きである。ディズニー、英保険大手CGNU、ユニリーバのケースが注目される(2月6日)。監査法人(世界5大会計事務所)側でもコンサルティング部門を分離する方針が相次いでいる(2月7日夕刊)。もともと問題視されていた事柄であるが、なにごとも大きな事件が起きなければ事が進まないのは我が国ばかりではなさそうだ。C日本の監査法人への影響:まずアンダーセンと提携している日本の朝日監査法人の動向が注目される。これまでこうした業界の再編成はなんらかの「事件」がきっかけいになっているからだ。今回の事件が日本の業界再編につながる可能性も取りざたされている(2月1日)。信用の失墜によるアンダーセンの「解体」ともなれば、その可能性は現実のものになるだろう。消費者の信用の失墜(実物商品市場)と投資家の信用の失墜(資本市場)という違いはあるが、信用の失墜が解体にまでつながりかねないと言う点では監査業界の「雪印事件」とでもいえようか。さらに、わが国での新監査基準に盛り込まれるいわゆる「ゴーイング・コンサーン」規定も、はたしてどこまでその効果が期待できるか。

D問題の根幹にあるもの:さらに、こうした問題の根幹にあるものまで考えてみることは、以上の問題点にもまして重要な点である。エンロン問題は経営陣のインサイダー取引やブッシュ政権との緊密な関係なども大きな事件として取り沙汰されているが、会計問題としてもっともその根幹にあるのが米の株主資本主義ないし投資家資本主義とのかかわりである。すなわち、経営陣が過度に利益数値それもきわめて短期的な数値に敏感すぎるという点、その背後に機関投資家やアナリストに対するに過度な反応が指摘される。例えば、米大手法律事務所の企業財務の担当者は、「企業による財務情報の不正操作は数年前から目立ち始めた。背後には業績目標を達成しようという圧力が経営者に重くのしかかっていることがある。…アナリストの業績見通しを達成するかが株価を大きく左右し、形成者もアナリストの予想した業績達成に必死になる」と指摘している(2月4日)。また、2月4日に閉幕した世界経済フォーラム(ダボス会議)では、「株主価値至上主義」(目先の株価を過度に重視する)の見直し機運が報じられている(2月6日)。要するに、米型の投資家資本主義と会計問題という視点(機関投資家→アナリスト→経営者への圧力→財務情報開示の不正)を欠いては、今回の一連の問題(「第2のエンロン」とも取り沙汰されているタイコ、Kマート、GEにまつわる会計不信)の根幹にふれることはできない。そこには、単なる「会計スキャンダル」ではすまされない、より大きな基本問題が横たわっているのである。

〈さらなる学習〉米型の投資家資本主義と会計問題という点では、時事会計No.2「ストックオプションとM&A会計:グローバリズムと会計問題」を、業績報告のあり方については、時事会計No.4「アメリカの決算発表と「実質ベース」利益: プロフォーマ数値の乱用とSECの警告」を読まれたい。さらに、株主重視と会計問題については時事会計No.1「海外投資家の株式保有が銀行の保有比率を上回る:株主重視と会計」を参考にされたい。

2002年2月)