時事会計No.

米国不正会計の根っこにあるものは

:株主価値至上主義

 

 02年7月11日 産経新聞

 

Key words: 株主価値、ストックオプション、高株価主義、企業統治、SEC権限、EBITDA

 

 米国の会計制度が危機にひんしている。エンロンに続いて業績水増し(38億ドルの粉飾決算)が明らかになったワールドコム(通信大手)事件はエンロンが特殊な事件ではないことをあからさまにした。実際、企業の不正会計疑惑はこの他にもあとをたたない。では、こうした不正会計の根っこにあるものは何なのだろうか。

 エンロン事件以降、さらにワールドコム事件と一連の米国会計不信の新聞報道はむろん日本経済新聞が圧倒的に多いが、一般紙もかなり大きく取り上げている。今回は、一般読者にも比較的わかりやすく報道している産経新聞7月11日を取り上げてみよう。そこでは主として2つの原因をあげている。1つは「株価上昇のわな」(これは高株価主義の経営行動にかかわる)、もう1つは経営者の「モラルの低下」(これは企業統治にかかわる)である。端的にいえば、この2点セットが米国を襲っている企業会計不信の根っこにある。この的を射た報道は、さらに崩れた米経済の「誇り」と書いているが、それは同時に「奢り」の崩壊でもあるともいえる。なお、そこでは最近の主な会計不正疑惑の企業リスト(13社)がでているが、今後はもっと増えることが予想される。

自慢の、つまり世界一透明性の高い厳格な会計基準や監査基準が、現実には企業倫理の欠如とともに機能不全に陥っていたわけだ。資本市場の透明性とウオール街の浄化、そして企業統治機能が今、問われている。会計不信の出所を見ていくことは、会計不信の問題にとどまらず、今日の会計諸問題を(社会科学的な視点から)理解することにつながる。その意味で、エンロン事件以後の米国会計不正問題は格好の“生きた教材”といえる。

 

〈関連事項〉米国会計不正にまつわる記事は毎週のようにでているが、主として日経新聞を素材にその問題点のいくつかをさらに考えてみよう。

 @高株価の演出:超優良を「演出」という点が1つのポイントになる(日経6月29日の「揺らぐ米国資本主義」)。会計疑惑の渦中にある企業のほとんどが、1990年代の「超優良企業」である点は偶然ではない。そうした企業に共通するのは高株価が前提であるということ、高株価でありつづけるプレッシャーを経営者は常に背負っているということである。企業活動の実態が超優良であれば演出は必要ないが、2000年に入りバブルが崩壊し始めるとそうはいかなくなる。会計不信の根っこにあるものは、こうした高株価主義とそのための演出であり、監査人や証券アナリストなどもこの「演出」の共演者といえる。

 A証券アナリストの中立性問題:アナリストの不当な投資評価もこの問題に一役買っており、今、証券業界はその体質改善が迫られている(日経6月6日〜8日「負の遺産、苦悩の清算−揺れる米証券業界」)。今年5月21日、メルルリンチはニューヨーク州にこの中立性問題に関して1億ドルの和解金を支払うことになった。要するに企業寄りの投資評価を行ったことは監査法人アンダーセンといわば同根なのである。一般投資家の損失をよそにストックオプションで大儲けした経営陣(「感染力の強いどん欲」infectious greedの蔓延:グリーンスパンの発言)、顧客に人気株を割り当てて手数料を稼ぐ証券業界(エンロンにも証券会社は群がった)、その大きなつけが今、経営陣の責任追及、ウオール街の浄化として顕在化してきたわけだ。いわば米国資本市場の影の面が噴出してきたわけが、そもそもその根っこに何があるのかを考えなければならないだろう。

B業績の透明度:米国の不正会計疑惑だからといって、日本が安心しておられるわけでは決してない。英国の動きはすばやく、すでに先手をうってでている。メルルリンチの機関投資家調査では、業績の透明度の世界ランキングで英国は米国を逆転してトップになっているが、日本はユーロ圏のはるか下で、最近ようやく新興市場においついても最下位である(日経7月12日)。日本の会計・監査は依然として世界に通用しない後進国のままという評価なのだ。英国の動きで注目されるのは、@監査人である会計事務所の選任を社外取締役で構成する監査委員会が行うこと、A監査の交代制度の導入(10年前後)である。いずれも米国より厳しい内容である。米国会計不正をとらえて英国などヨーロッパ諸国は会計規制に関する国際的発言権を増すべく手を打ってでているわけで、日本も「それ見よ」と言っておられる余裕はないはずである。

C米上院法案の厳しい内容:米上院は企業幹部への罰則強化、SECの権限強化とともに、会計事務所への規制強化の法案「企業会計改革および投資家保護法案」を提出した(日経7月14日)。今回の一連の事件によって、会計士業界の自主規制にはまかされないというわけだ。この法案は会計士業界にはきわめて厳しい内容である。3点あげておこう。@会計事務所の独立監視機関が新たに設定され、そこにはECのもとで処分権限が与えられる、Aコンサルティング業務との兼業の禁止、B監査人の交代制(5年ごと)の導入である。AとBは以前からいわれていたことであるが、@は会計事務所を監督する新機関の創設であり、これによって会計士業界は外部の厳しい監督下におかれることになる。いずれも会計業界にはきわめて厳しい内容となっており、業界の抵抗が予想される。

Dストックオプション会計の政治化:米国の会計不正はストックオプション(自社株購入権)制度とも深く関わっている。とりわけ一般投資家が損失を被ったにもかかわらず、経営陣はストックオプションで巨額の財を築いた。この理不尽なアンバランスをストックオプション会計が一役買っている。すなわち費用処理しないですむ会計処理である。「隠れ人件費」といわれるゆえんである。費用化すれば米企業では10%、欧州企業では5%前後の減益といわれる(日経7月5,6日の「費用化の波紋」)。それほど大きな影響力をもつ会計問題であるだけに政治化するわけだ。IASBはすでに人件費とみなす新基準を固めているが、問題は米国である。これほど会計不正が次々に明らかになっても、ことストックオプションの費用処理については依然として慎重姿勢を取り続けている。そこにはストックオプションにまつわるロビング活動や政治家自身の関わりがある。

かつてFASBは1990年代半ばにこの会計問題で議会からの圧力に屈した苦い経験をもつ。今回がいわばその試金石だが、IASBの新基準に音無しの構えである。理論ではなく政治で会計基準が決まるから、「理論の値打ち」は低くなる一方である。いずれにしても、このストックオプション会計問題はIASBによる会計基準の世界統合化が容易なことではないことをまさに象徴している。その統合化も米国次第というわけだが、それにしても企業結合会計で日本の主張(プーリング法の存続)がいとも簡単に退けられたことを思うと、米国はこと自国の利害(とりわけ産業界)がからむと統合化に棹さしてでも反対するのではリーダーの資質が問われるというものである。英国はじめヨーロッパ諸国が米国に対するもう1極を構える構図は、その点でもけっして悪くはないだろう。

なお、ストックオプションの費用計上は特にハイテク業界の反対が強いが(その理由は1つの演習問題:ニューエコノミーとのかかわり)、グリーンスパンFRB議長の推進派やコカ・コーラがあらたに費用計上するなど、そうした動きからするとFASBも今回は政治化の波に飲み込まれることはないように思われるのだが。

EEBITDA(利払い前、税引き前、償却前利益):実質利益の一種である「EBITDA」(イービッダー)が敬遠されている。ワールドコム粉飾決算もこのEBITDAかさ上げを狙ったものである。稿をあらためて次号に掲載する予定。

 

〈さらなる学習〉米国会計不正の根っこにあるもの、そのキーワードをあげれば「株主価値至上主義」(株価がすべてを測る基準)である。さらなる学習のために、2冊の本を紹介しよう。1つはアラン・ケネディ/奥村監訳『株主資本主義の誤算』(ダイヤモンド社、2002年)、もう1つは早房長治『だれが粉飾決算をつくるのか』(廣済堂、2001年)。前者で特に興味深いのは、この企業価値の最大化という企業行動が実は会計から始まったという指摘である。すなわち、「1980年代の半ば以降、企業目的に関連する新しい現象が見られるようになった。企業活動の新たな推進目的として、企業が相次いで『株主価値』を採用するようになったのである。その始まりは会計だった」(6頁)と。こうした株主価値(企業価値)をその中心におく近視眼的な企業行動が、米国の資本市場を根本から揺るがす問題と密接にかかわっているのである。この著作は「株主価値」思考が企業に何をもたらしたかを、実際のケースをとおして詳細に明らかにしており、今日の問題をある意味で見通していたともいえる。一方、後者の興味深いところは「会計・監査システムが民主主義とどう関わっているか」という視点である。こういう社会科学的な視点が会計・監査の知識を得るにとどまらず会計を本当に理解することにつながる。著者が会計学者でないところが、こうした見方にもつながっているわけで、その点も興味深い。

会計学習にとって大切な点を言えば、単に会計の「知識を得る」のではなく、会計をより深く「理解する」ということである。今日の会計問題の拠って立つところを明らかにするという点で、いずれの著作もその洞察力を与えている。

(以上、2002年7月)

 

〈参考:TIMEの記事〉Tuesday, Jul. 09, 2002
The message of President Bush's corporate responsibility speech this morning is that there should be severe consequences to illegal actions. To paraphrase the first President Bush, this fraudulent corporate aggression will not stand. The harder part for the President now will be to convince investors and employees that he will take the necessary actions to back up those words.

Bush's strong call for accountability is a good first step toward rebuilding a relationship of trust between a corporation and the investing public. Echoing the 10-point plan he put forth on March 7, the President said he wants greater corporate disclosure. And he wants to punish those who are guilty of misconduct. But it remains to be seen whether giving the SEC more resources and stronger regulatory power over the roughly 14,000 public companies that file annual 10-K statements with it can restore America's trust in corporations.

Bush's desire to "disgorge" CEOs of bonuses and incentive compensation if financial statements have to be restated because of misconduct puts the brakes on executives lining their pockets while their company burns and should send the clear message that if you don't play fair, you don't get to keep the spoils. The threat of jail time for those who are found guilty of deliberate misconduct may be just the ticket that's needed to force top executives to think before they engage in questionable practices, and handsomely compensated auditors to just say no or walk from a client rather than turn a blind eye. One important new rule: The SEC will now require the CEOs and CFOs of the 945 public companies with more than $1.2 billion in revenues to certify in writing and under oath that reports filed with the SEC are complete and accurate. Knowing that they face personal liability if they make false statements clearly elevates the consequences for corporate officers who fail to live up to their fiduciary accountability.

But will Bush's recommendations alone result in a more ethical corporate mentality? If the President's suggestion is that following the law always results in ethical behavior, sadly the answer is no. As soon as any new regulations go into effect there will be a flurry of activity to figure out how to maximize a company's profits (or the appearance of profits). Smart people will spend their days trying to figure out how to get the most favorable tax treatment or handsomely reward top executives in such a way that no laws are broken. For the same reasons that companies in the past have flocked to incorporate in a particular state or chosen to freely issue stock options, any new set of regulations will find astute and aggressive professionals looking for ways to meet the letter of the law while missing its spirit.

But people will always try to find a way around laws. The important thing is to create good laws, and enforce them vigorously. As Bush pointed out in his speech today, the government's job is not to eliminate the risk from investing. It's to create a transparent system where everyone has access to accurate information about the financial state of a company. The President's call in March for "plain English quarterly disclosures" monitored by the SEC to make sure they represent a fair and accurate financial state of the company will help create more transparency in the markets. If investors are given fair and accurate information, then some of the responsibility falls on them to make sure they understand what they're investing in along with the inherent risks involved. If a corporation doesn't measure up, then investors, particularly large institutional investors that manage billions of dollars, wield the threat of putting their money into a company that does. In a truly transparent relationship, ethical responsibility falls on more than just the corporation.

The President still has a long way to go. One troubling early sign was his response at a press conference Monday night when questioned about his own financial dealings with Harken Energy in 1990. "In the corporate world, sometimes things aren't exactly black and white when it comes to accounting procedures," he said in responding to a question about his role in selling off the majority stake in another company to artificially inflate Harken's profit statements. The answer sounded like he was condoning taking advantage in business by hiding behind accounting machinations.

If the President truly wants to elevate the importance of ethical behavior in business, a good first step would be to acknowledge how rich rewards have made artful interpretations of legal accounting too enticing. In fact, it's finding a way to make accounting procedures more black and white that will go a long way toward instilling public trust.


Jeffrey L. Seglin (jseglin@post.harvard.edu) is the director of the graduate writing and publishing program at Emerson College in Boston, writes the monthly "The Right Thing" business ethics column for the Sunday New York Times, and is the author of "The Good, the Bad, and Your Business: Choosing Right When Ethical Dilemmas Pull You Apart" (Wiley, 2000)