キャッシュフロー革命と複式簿記

−資本・利益・キャッシュの簿記原理的考察−

 

石 川 純 治(大阪市立大学)

 

 

1 キャッシュフロー革命−企業の真の実力は何か−

(1)意見と現実

今日、アメリカ企業はもとよりヨーロッパおよび日本の企業にもキャッシュフローを重視する動きが急速に広まっている。例えば、日経金融新聞(1997年7月7日〜11日)は「キャッシュフロー革命」に関する一連の記事を特集しているが、そこでは株主価値を高めるのはキャッシュフローの拡大であることが、デュポンや米モトローラなどの事例をとおして紹介されている。また、同じく日経金融新聞の6月9日の記事では、わが国においても連結キャッシュフロー重視の動向が、本田技研、ローム、トヨタ、日立の事例をとおして紹介されている。

さらには、『ハーバード・ビジネス』(1997年9月号)では、「キャッシュフロー経営戦略の選択」という特集記事を組んでいるが、そのなかで「キャッシュフロー経営の実際」として上場173社のキャッシュフロー経営に関する調査結果がでている。その一端を紹介しておくと、経営の有効な財務指標として重要度の高いもの4つを選べという問いに対し、売上高41.04%、経常利益51.45%、税引後利益14.45%、そしてキャッシュフロー34.68%という回答がでている。キャッシュフローに対する重要度は経常利益には及ばないものの、けっこう高い率で回答がでていることが注目される。もし、この経常利益とキャッシュフローの重要度が同等ないし逆転すれば、まさにキャッシュフロー革命ということになろうが、そのことは先の「キャッシュフロー革命」と題した一連の記事からも窺えるように、決して非現実的なことではないようにも思われる。

もともと、キャッシュフローへの注目がアメリカで高まったのは80年代であったが、こうした動向の背景には1つはキャッシュフローが「利益は意見、キャッシュフローは現実」といった言葉に象徴されるように、会計方法に左右されないことがあげられる。例えば、同一の経済的結果が会計原則の異なる国によって一方では赤字、他方で黒字といったように非常に異なってくるとか、またいかに正当な理由があるといっても伝票1枚で利益数値が大幅に変わるといった「会計」のあり方は、少なくとも一般の人にはそれをいかに説明・弁明してみせても納得いかないであろう。

前者の事例としては、例えばドイツのベンツがニューヨーク証券取引所に上場したときアメリカ基準では最終赤字だったがドイツ基準では逆に黒字だったケース、後者の事例としては毎年6月の恒例記事となっているが、今年度の例でいえば新日本製鐵が棚卸資産の評価方法をLIFOから総平均法に変更することによって149億円の利益減少となったことなどがそれぞれあげられる(1)

(2)キャッシュフローと株価

さらにもう1つは、キャッシュフローと株価との相関関係の認識といったことがあげられる。ちなみに、キャッシュフローと株価との関連に関する文献の主なものをあげれば以下のとおりである。例えばWilson[1]では、株式市場は会計利益よりもキャッシュフローの方により良好に(more favorably)反応すると結論づけている。また、比較的最近のIngram and Lee[9]では、利益と営業活動からのキャッシュフローの両方の情報提供の意義、ならびにそれらと企業成長との関連が論じられている。

 

    [1]Wilson,G.Peter, "The Relative Information Content of Accruals and Cash Flows",

     Journal of Accounting Research (Supplement 1986), pp.165-200.

    [2]Rayburn, J, "The Association of Operating Cash Flow and Accruals with Security  

     Returns", Journal of Accounting Research (Supplement 1986) pp.112-33.

    [3]Bowen, R., D. Burgstahler, and L. Daley, "The Incremental Information Content of  

     Accruals Versus Cash Flows", The Accounting Review (Oct. 1987),pp.723-47.

    [4]Bernard, Victor L. and Thomas L. Stober, "The Nature and Amount of Information in

     Cash Flows and Accruals", The Accounting Review (Oct. 1989), pp.624-52.

    [5]Board, J.L.G., and J.F.S.Day, “The Nature and Amopunt of Information in Cash Flows

     and Accruals”, Accounting and Business Research, Winter 1989.

    [6]Livnat, Joshua, and paul Zarowin, "The Incremental Information Content of Cash Flows

     Components", Journal of Accounting and Economics (March 1990),pp.25-46.

    [7]Sinha, P., Valuation Relevance of Cash Flows and Accruals(Ph.D.Dissertation,1992).

    [8]Dechow, P., “Accounting Earnings and Cash Flows as Measures of Firm Performance: The

     Role of Accounting Accruals”, Journal of Accounting and Economics, July 1994.

    [9]R.W.Ingram and T.A.Lee, "Information Provided by Accrual and Cash-Flow

     Measures of Operating Activities", ABACUS, Vol.33, No.2, 1997.

 

こうした実証研究については、簿記学会の主題に即するということで、学会報告では基本的に取り上げなかったが、日本のアカデミズムにおいても利益と株価との関係だけでなく、キャッシュフローと株価との相関に関する(日本企業のデータによる)実証研究もなされるべきであろう(2)

 

2 キャッシュフロー計算と複式簿記の原理

こうしたキャッシュフロー重視が世界的な広がりをみせている一方で、企業会計の基礎は依然としてインカム重視(ないしはインカム偏重)であり、そのあり方は微動だも変わっていないようにみえる。むろんインカムの計算・報告が重要でないわけではないが、毎年のように繰り返される決算期の会計処理の変更や「益出し」経理を見て、こうした「会計」に対してある種の“嫌気”ないしは“空しさ”を覚えるのは筆者ひとりだけではないように思える(3)

ところで、キャッシュフロー計算書が“第3の”基本財務表といわれるとき、それが開示(情報利用)の側面から基本財務諸表のひとつであるとしても、記録・計算(情報作成)の側面からそうであるかどうかは検討の余地があるように思える。例えば、実務で圧倒的に多く採用されている間接法による作成は(4)、周知のとおり、現行の損益計算の複式簿記から組織的・自動的に誘導される貸借対照表(期首と期末)と損益計算書から作成される。そこに例えば精算表形式によるキャッシュフロー計算書への組み替えの記帳手続きは行われても、それは取引記録から組織的・自動的に誘導された財務表であるとはいえない。本稿での考察からすれば、間接法だけでなく直接法が導入されなければ、少なくともキャッシュフロー計算の複式簿記は完結しない。

以上、キャッシュフローがインカムと同等あるいはそれ以上に重視されるなら、キャッシュフローの簿記会計が、インカムの簿記会計の追加あるいは補足といったかたちではなく、ひとつの理論としてあらためて展開されなければならないであろう。そして、あらたな制度もその理論に基礎づけられて導入されねばならないであろう(5)

(1)2つの複式簿記−その相対性−

表1は損益計算書、キャッシュフロー計算書、そして貸借対照表(期首と期末)の3つの基本財務諸表の統合展開表を示したものである。以下、この統合展開表に基づいて議論したい。


表1 3つの基本財務諸表の統合展開表


 

まず、現行の複式簿記、すなわち損益計算書と貸借対照表を導く簿記システムはこの表1からみてどうなっているかといえば、収支勘定(キャッシュフロー勘定)が設定されていないから、そこでの取引(#3から#8までの収支取引ないしキャッシュフロー取引)はすべてストック勘定である現預金勘定に直接記入される(表1の現預金の下の破線空欄枠に数値が入る)。例えば#3は、(借方)給与15/(貸方)現金15…(a)となる。これは通常のつまり現に行っている仕訳であるから容易に理解できよう。要するに、損益計算書と貸借対照表の複式簿記をこの表1からみれば、収支勘定があらわれず収支取引が現預金勘定に直接仕訳記入されるということである。

ここで、キャッシュフロー計算書と貸借対照表の複式簿記というものを考えると、上記の(損益計算書と貸借対照表の)複式簿記との相対性が明らかになる。すなわち、今度は逆に損益勘定があらわれず、そこに記入されていた損益取引(#2から#4及び#9から#11)は持分(あるいは資本)に直接記入されることになる(先と同様に、表1の留保利益の下の破線空欄枠に数値が入る)。そして、現預金勘定に直接記入されていた収支取引が収支勘定に記入される(そのことによって表1の現預金の下が空欄となることに注意)。例えば、先の#3は、(借方)持分15/(貸方)給与支払15…(b)となる。この仕訳は、先の(a)の仕訳とちがって理解されがたいかもしれない。しかし、そのことは現行の複式簿記がキャッシュフロー計算書ではなく損益計算書と貸借対照表の簿記だからであって、その仕訳の原理は先の場合とまったく異なるものではない(6)。この理解がまず重要である。

ちなみに、ここでの複式簿記を取引要素の結合関係として示しておこう(現行の複式簿記のそれと比較されたい)。但し、NC=非キャッシュ資産、L=負債、K=(払込)資本、Π=留保利益、C=収入、C=支出であり、また記号Δはフロー(増減)を表す。

 

表2 取引要素の結合関係

   −キャッシュフロー計算−

 

(2)直接法/間接法と複式簿記

キャッシュフロー計算書の作成方法には、周知のとおり、直接法と間接法の2つの方法がある。直接法とは表1の収支取引から作成される方法であるから、それは収支勘定の集計によってなされる。それは損益計算における損益計算書に該当するものといえる。逆に言えば、損益計算書は損益取引による損益勘定の集計計算書であり、したがってそれは損益計算に関する直接法といえる。要するに、次に示すように、いずれもフロー勘定の集計計算書ということである。

 

フロー勘定の集計計算書

  収支勘定の集計計算書…キャッシュフロー計算の「直接法」

  損益勘定の集計計算書…損益計算の「直接法」(損益計算書)   …(1)

 

一方、間接法は期首と期末の貸借対照表の差額(在高差額貸借対照表−表3)から作成されるので、それは取引から直接作成されないという意味で文字どおり間接法といえる(但し、表3においてC=キャッシュ、NC=非キャッシュ資産)。

 

表3 在高差額貸借対照表

 

表3より、貸借対照表の差額等式はΔC+ΔNC=ΔL+ΔK+ΔΠ…(1)式と示されるので、キャッシュフローΔCはΔC=ΔΠ+ΔL+ΔK−ΔNC…(2)式となる(間接法等式)。(2)式の右辺をおおまかに区分すれば、ΔΠは営業活動による損益であり、ΔL+ΔKは財務、そしてΔNCは投資となる(7)。同じく、(1)式より、ΔΠ=ΔC+ΔNC−ΔL−ΔK…(3)式となるので、これが損益計算に関する間接法ということができる。すなわち、次のように示される。

 

 在高差額貸借対照表等式(貸借対照表の差額等式)より

  ΔC=ΔΠ+ΔL+ΔK−ΔNC…キャッシュフロー計算の「間接法」   

  ΔΠ=ΔC+ΔNC−ΔL−ΔK…損益計算の「間接法」         …(2)

 

(3)合計試算表と間接法計算

 間接法は在高差額貸借対照表に基づく方法であるが、実は同じ式が合計試算表(取引合計表)からでてくる。表4および表5はキャッシュフロー計算と損益計算のおのおのの複式簿記による合計試算表を示している。

 

表4 合計試算表

−キャッシュフロー計算−


表5 合計試算表

−損益計算−

 

表4から先のキャッシュフロー計算の間接法と同じ式が、また表5から損益計算の間接法と同じ式が(ΔA=ΔC+ΔNCより)、それぞれ出てくることを確認されたい。そして、ここではそれらが合計試算表から、すなわち取引から出てきていることに注意されたい(8)。この合計試算表のなかに2面的説明計算としての複式簿記の特質が出ている。すなわち、正味キャッシュフローΔCでも損益ΔΠでも、1つは(1)式で示されるフロー勘定による説明計算(原因計算)であり、もう1つは(2)式で示されるストック勘定の増減による説明計算(結果計算)である。

 

3 複式簿記の原理とその結合

(1)2つの複式簿記の結合−3勘定系統−

これまで論じてきたように、損益計算とキャッシュフロー計算の複式簿記はそれぞれ2面計算という共通の計算構造を有している。そして、当然ながら、それらは貸借対照表を構成するストック勘定も共有している。となると、それら2つの複式簿記をなんらかのかたちで結合することで、損益計算書、キャッシュフロー計算書、そして貸借対照表の3つの基本財務諸表を導く簿記システムというものが考えられることになる。それが実はすでに示している表1の統合展開表にほかならない。この統合展開表からみて、それぞれの複式簿記を相対的にみてきたわけである。

この統合展開表の形式で示される簿記システムの取引要素の結合関係、すなわち2つのフロー記録計算を取り込んだ仕訳タイプは現行の13とおり(4×4−313から合計 21とおり(5×5−421となる(9)。そして、損益取引であって同時に収支取引であるものは、借方と貸方の双方にフロー勘定がおかれるという、現行の仕訳タイプにはないものが現れることに注意されたい。この2つのフロー勘定を取り込んだ23とおりの仕訳タイプで表される簿記は「3勘定系統複式簿記」ということができる。

(2)n個の複式簿記の結合−(n+1)勘定系統―

複式簿記の原理は、以上の説明からわかるように現行の損益計算だけに限定されるものではなく、キャッシュフロー計算にもそのまま当てはまる。となると、さらにキャッシュフロー計算だけでなく、原理的にはその他のフロー計算書にも適用されることが十分考えられることになる。例えば、被説明項目(account forの対象)がキャッシュではなく資金(例えば運転資本)であれば、キャッシュフロー計算での議論とまったく同じ原理によって資金フロー計算書が簿記技術的に誘導されうる。さらにいえば、すべての貸借対照表の残高項目およびそのグループ項目(例えば正味運転資本)にも、少なくとも簿記原理的には適用可能であるといえる(10)

一般的には、かりにn個の被説明項目を同時に設定し、それぞれにn個のフロー勘定が設定導入されれば、n個のフロー勘定系統と1つのストック勘定系統、すなわち(n+1)勘定系統が組み込まれた簿記システムによってn個のフロー計算書が同時に誘導されうる。これが、最も一般的なレベルで示される、複式簿記の同時的結合による複数のフロー勘定系統導入の原理である。

それでは、現行の実務ではなぜ損益(インカム)勘定だけが、またそれに加えて収支(キャッシュフロー)勘定が導入設定されうるのであろうか、その根拠はどこにあるのであろうか。節をあらためて検討したい。

 

4フロー勘定系統の設定と基本財務表

(1)資本/利益とキャッシュ−2つのフローの動的関連−

現行のわが国における基本財務諸表は、いうまでもなくストック表としての(在高)貸借対照表とフロー計算書としての損益計算書である。そこには期間損益計算を中心にしたすなわちインカム指向の財務諸表の姿がある。すでに第1節でも述べたように、今日、インカムに加えてキャッシュフローが重視され始めているが、それは「キャッシュフロー革命」といった言葉に典型的に現れているといえる(11)

こうしたインカム指向からキャッシュフロー指向への重点シフトの動きは、何も個別企業にとっての管理会計的観点からだけではない。そこには財務会計的観点からのキャッシュフロー重視があり、それは管理会計的観点からのそれとはおのずと区別されねばならない。では、財務会計的観点からのキャッシュフロー重視とは何であるか。とりわけ、財務会計上の有用性ないし必要性ではなく、その財務会計理論上の必然性ないし可能性は何であるか。

まず、企業会計にとって(これ以上でもこれ以下でもない)もっとも基本的なものは3つあるように思える。すなわち@資本、A利益、Bキャッシュである。とりわけ重要なのは、利益とキャッシュの2つのフローの動的な関連である。この観点からすれば、キャッシュフロー勘定が導入設定されるかどうかは、単にそれが(投資決定にとって)有用となるからだけでなく、利益というもう一方のフローとの関連の理論的検討、すなわち必然性の観点から検討されなければならない。単に有用であるからというだけなら、わざわざフロー勘定を新たに導入設定する必然性は出てこないからである。実際、制度においては(直接法が推奨されながらも)現行の2つの基本財務諸表から間接的に作成される間接法が認められ、実務ではこの間接法が圧倒的に採用されているのも、そこに有用性を基軸にした開示指向、すなわち投資決定に有用となる開示先行・優先の指向があるからだと思われる。

さて、2つのフローの動的関連であるが、それは損益勘定(ストックでは資本勘定)とキャッシュフロー勘定(ストックではキャッシュ勘定)の関係として把握される。そして、その関係は、端的には終局という“極端な”貸借対照表のなかで(極端であるが故に)表現されうる(表6参照。但し、C、CΠ∝はそれぞれ払込資本K、最終の留保利益Πに対応するキャッシュを表す)。

 

表6 終局の貸借対照表

 

表6の貸借対照表には、非キャッシュ資産NCおよび負債Lは現れてこない。むろん、継続企業が前提とされるから、そこでの通常の貸借対照表にはNCおよびLが存在する。しかし、そのNCおよびLとCとの関係、さらには2つのフロー計算の関係は、終局という極端から見ることでより明らかになる。すなわち、終局の貸借対照表の借方と貸方に示されるものは、キャッシュという「具体」と、そのキャッシュ・サイクルの始めと終わりである資本および利益という「抽象」との恒等関係(C≡K、CΠ∝≡Π)にほかならないということである。それらは、それぞれ決して別個のものではないのである(12)。それゆえに、重要なことは資本/利益/キャッシュの動的関連を3つの勘定系統で捉えるということである。

(2)フロー勘定系統の設定要件−補助簿/主要簿と会計責任−

 すでに説明したように、簿記原理的にはフロー勘定の設定は任意の被説明項目(会計責任の対象項目)すべてに適用可能である。例えば、かりにある企業にとって売掛金がキャッシュと同じく重要な対象項目になるなら、それに関するフロー計算書をフロー勘定を導入することで組織的・自動的に作成することができうる。しかし、それが1つの基本財務表を構成するかどうかは、個々の企業の個別的な財産管理の観点からではなく、投資家や債権者の保護といった社会的観点から決められよう。先の資本、利益、キャッシュは、(単に投資決定情報として役立つというだけでなく)すべての企業にとって社会的に重要な会計責任の対象項目であり、しかも2つのフローはすでに説明したように個々別々というものではなく、B/Sを構成する他の勘定項目もそれら2つのフローの動的関係に規定されて出てくるものであるとさえいえる。

したがって、かりに売掛金などの個別財産のフロー記録・計算が必要ならその明細表を作成するだけで十分であるし、その明細表も得意先別、地域別、年齢別といった個々の財産の属性による個別的管理が主要な任務となるであろう。こうした企業内部の管理会計的な任務と、社会的に要請される財務会計的ないし制度会計的な任務とはおのずと区別されねばならない。この区別は、帳簿組織の観点からすれば、補助簿と主要簿の区別に反映されよう。そして、基本財務表としてのフロー計算書を誘導するフロー勘定は、残高勘定として示される被説明勘定(キャッシュ勘定、留保利益勘定)の下位的(補助簿的)な勘定ではなく、1つの独立した勘定系統として全体の勘定システムを構成しなければならない。すなわち、主要簿での1つの勘定系統を構成しなければならない。ここに先に述べた簿記原理的なレベルでの議論と、何が基本財務諸表を構成するかに係わるフロー勘定系統設定の議論との区別があるといえる。

 

5 複式簿記は“ラテン語”化するか−結びにかえて−

拙著『キャッシュ・フロー簿記会計論』(121-22頁)でも強調したように、「紙」という媒体に制約されていた記録・記帳方式は、「磁気」という媒体(電子データ)のもとでは変わりうる。したがって、ここに複式簿記の原理とその応用において、記録媒体の変化と記録・記帳方式の変化、記録媒体の制約とそれに適合する記録・記帳方式、といった視点の重要性が指摘される。そして、この視点は簿記教育すなわち「簿記を理解する」ということにおいて重要な見方となる。

ところで、第2節で示した3つの基本財務諸表の統合展開表(表1)は、スプレッド・シート形式で表現されており、そこに貸借仕訳やTフォームといった伝統的な記録・記帳方式は形態としては現れていない。紙という媒体に制約されていた記録・記帳方式の背後にある簿記の原理は、媒体の変化に応じてその記録・記帳の形態を変え、さらには新たな媒体のもとでその応用の可能性を広げうる。実際、表1で示される展開表方式(「展開表簿記」とでもよべる)においては、伝統的な簿記技術も「貸借簿記」の方式を変えてスプレッド・シート構造を操作するソフトウエアの一貫として磁気化されソフト化される。そのことによって、紙のもとでは不可能であることも可能となる。その端的な事例が、先の拙著でも示した(同一期間の同一取引に関する)損益計算とキャッシュフロー計算の相互自動変換である。磁気という媒体がそうした2つのフロー計算の自動変換を可能にしているのである(13)

今日、わが国の大学では簿記学なる科目がカリキュラムから次第に消え去る傾向にあるようである。その理由をここで細かく吟味することはしないけれども、その1つとして考えられるのは、簿記に対する考え方、端的に言えばある種の偏見が混じった簿記軽視、よりひらたくいえば借方/貸方教育はもはや大学で教育する必要はないといった考え方があげられる(14)。実際、アメリカにおいても、「借方/貸方の教育は会計学入門で必須のものか」といったディベートがなされている(15)。そこでは伝統的な複式簿記が「ラテン語」と化しつつあるという1つの見解が引用・紹介されているが、まさに先のわが国の大学における簿記に対する見方は、この「ラテン語化」という言葉にあまねく象徴されるだろう。問題とすべきは、伝統的な簿記が死語化するかどうか、あるいは死語化すると言う前に、その背後にある複式簿記に対する見方そのものである。そこに、本節冒頭で指摘した視点の重要性がかかわる。

日本簿記学会年報第11(1996)での拙稿「複式計算システムの展開表モデル」(10-11) でも強調したように、複式簿記という言語の教育にとって重要なことは、その形態ではなく構造を教えること、構造を見せるということである。形態はその構造から説明されねばならないということである。形態にまつわりつく諸要素をいったん取り払い、形態の基底にある構造を見せていくという努力をしなければ、そもそもラテン語化しつつあるのが何であるかも明らかにならない。また、簿記会計プロパーでないひとたちに魅力あるものとしてアピールすることもできない。形態レベルだけを見ていては、単に煩雑だけで少しも知的魅力を感じさせないのである(16)

そうした視点からすれば、わが国の大学にみられる簿記学軽視の背景には、形態と構造の区別の認識欠如、あるいは形態と構造の混同という点が指摘される。本稿で論じたように、キャッシュフロー計算の複式簿記を損益計算のそれと比べたとき、語彙こそ異なれその文法構造は同じかもしれないのである。ここに、語彙の違いではなくその構造を見ることの重要性がある。目にする形態を見えない構造から説明することが理論にほかならない。制度も教育もそうした理論に裏打ちされてこそ本当の効果を生む。“プアー”な理論から“パアー”な教育は生まれてこないともいえる。理論と教育は本来別のものではなく表裏一体のものと考えたい。

1998年3月)

 

 

  • 本稿は日本簿記学会第13回全国大会(専修大学)での統一論題報告に基づき、学会機関誌『日本簿記学会年報No.13』に掲載予定のものである。

 


脚注

  1. 前者については日経金融新聞「キャッシュフロー革命@」、後者については1997年6月17日の日経新聞をそれぞれ参照。
  2. 例えば日本会計研究学会スタディ・グループ報告(主査:鎌田信夫、中間報告)『現金収支計算書の制度化に関する研究−現金収支情報の有用性に関する実証研究−』(1995年)での詳細な実証研究があるが、そこでは主としてCFO(営業活動からのキャッシュフロー)と営業利益、経常利益との関連が主であって、株価との関連についてはなされていない。
  3. 例えば『週間ダイヤモンド』(1992年10月号)は、バブル崩壊後の大企業の決算対策の手口を「合法か違法か.大企業粉飾決算の手口」と題して特集している。そこでは、ソニー、殖産住宅相互、新日本製鐵、レナウン、オリックス、日産自動車、日本航空、松下電器産業の8社の事例が取り上げられている。「合法か違法か」の模擬会計裁判を試みるのも面白いだろう。
  4. アメリカ公認会計士協会が毎年刊行しているAccounting Trends & Techniquesの調査によれば、調査会社600社のうち直接法を採用している企業はわずか10数社にすぎない。
  5. 企業会計審議会は「連結キャッシュフロー計算書等の作成基準の設定に関する意見書(公開草案)」(1997年12月22日)を公表したが、そのなかでキャッシュフロー計算書を「それが貸借対照表、損益計算書と同様に企業活動全体を対象とする重要な情報を提供するものであることに鑑み、これを財務諸表の一つとして位置づける」(傍点は筆者)と述べている。問題はそこでの「同様に」の視点である。「重要な情報」の提供が必要であるというのは、後述するように基本財務表にとって必要条件であっても十分条件ではないように思える。
  6. 拙著『キャッシュ・フロー簿記会計論』(森山書店、1996年)第3章では、この2つの複式簿記による複式仕訳の相対性を5つの要点として論じているので参照。
  7. より詳しくいえば、営業活動からのキャッシュフロー(CFO)はΔΠに(ΔL−ΔNC)のうちの短期的部分が減価償却費とともに加わる。これが発生主義による利益ΔΠとCFOとのギャップである。詳しくは前掲拙著66-68頁参照。
  8. 詳しくは前掲拙著第4章補論4.3(7879)参照。
  9. 拙稿「キャッシュフロー計算の複式簿記」(『会計』1998年1月号)の図表8を参照。なお、その拙稿においては留保利益Πを含めた持分を資本Kとしているが、21とおりで示される結合関係図に変わりはない。
  10. 詳しくは前掲拙著22,85,101-102頁を参照。
  11. 歴史的には、今日の「キャッシュフロー革命」といった言葉に象徴されるキャッシュフロー重視とは意味合いが異なるとはいえ、損益計算書に加えて資金計算書が重視されたのはそんなに新しいわけではない。すでに19世紀前半頃にキャッシュフローに対する関心がみられる。この点については、渡辺泉「資金計算書生成への歩み」(日本簿記学会年報第11号、1996年)参照。
  12. 前掲拙稿「キャッシュフロー計算の複式簿記」3334頁参照。但し、本稿では記号を若干変えている。
  13. 拙著『キャッシュフロー簿記会計論』(森山書店、1996年)序文p.iii-iv,42-43頁参照。
  14. 簿記にたいする偏見・軽視については、拙稿「企業会計システムの簿記論的基礎とその展開」(『経営研究』第47巻第2号、1996年7月)の注(1)(2)、そのこととの裏返しとして会計アカデミズムの1つの傾向についてふれた注(10)をそれぞれ参照。
  15. K.V. Pincus, “Is Teaching Debits and Credits Essential in Elementary Accounting?”, R. G. Vangermeersch, “Dropping Debits and Credits in Elementary Accounting”, Issues in Accounting Education (Fall 1977)参照。
  16. 詳しくは拙著『経営情報と簿記システム』(森山書店、1996年)115頁およびエピローグ「構造と形態」を参照。

 


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