金融商品会計の理論的基礎

−再構成の可能性を求めて−

 

石川純治 大阪市立大学教授

 

 

制度改革が先行するなか、金融商品会計(以下では、特に有価証券の時価評価と評価損益)の理論的基礎は定説として必ずしも確立しているわけではない。すなわち、これまで原価で評価されていたものが今なぜ時価なのか、これまで利益ではなかったもの(未実現利益)が今なぜ利益なのか、「原価−配分/対応−実現」をその基礎におく伝統的利益計算の構造は変わったのか、あらたな会計枠組みはどのように再構成されるのか。今日の多様な議論を概観しながら、その理論的基礎について考えてみたい。

 

1 貨幣性資産vs.費用性資産と金融商品会計

有価証券の時価評価と評価損益の理論的基礎づけはきわめて重要であり、それだけにさまざま見解がなされている。まず、伝統的会計にそった、その意味で比較的理解しやすい見解を取り上げてみよう。

まず、有価証券という資産の性格規定からはじめる必要がある。伝統的には資産は基本的に(「収入」を基礎とする)「貨幣性資産」と(「支出」を基礎にする)「費用性資産」に分類される[1]。費用性資産は後述する実現主義による収益に対応する費用化が予定されている資産であり、費用配分ないし原価配分の原則を基礎にいわゆる「原価―実現」の枠組みを構成する。したがって有価証券を費用性資産と規定するなら、企業会計原則(貸借対照表原則5のB)にみられるように原価評価とその配分規則の適用をうけることになる[2]@費用性資産説−原価評価説)。したがって、そこでは時価ではなく原価評価ということになる[3]

一方、有価証券を貨幣性資産と規定し、そこから時価評価(回収可能額)および評価損益を説く見解がある(A貨幣性資産説)。そこでは、費用性資産ではないので「実現」の概念を議論する必要はなく、せいぜい回収可能額をいかに正確に測定できるか、その意味で測定技術的な問題だけが残ることになる[4]。そして、そこでの評価損益は貨幣性資産の評価替損益という性格になってしまうが、時価変動損益を他の貨幣性資産の評価替えと同一視してよいかどうか。いずれにしても、有価証券という資産の性格規定を問うことはいいにしても、後にみるように、貨幣性資産vs.費用性資産という伝統的な資産

2分類枠そのものが問題となる。

有価証券を貨幣性資産でないと規定すると、議論の筋道としては、あらたな性格規定を与えない限り、以下でみるように(実物商品に関する)「原価―実現」の枠組みを金融商品に関して拡張あるいは再構成するという方法が採られることになる。そこでは金融商品のあらたな性格規定が考慮されないから、暗黙裏に実物商品(費用性資産)の延長上での議論となっている。それにもかかわらず、あるいは性格規定の議論がないゆえに、そこでは原価側(費用)とは切り離された実現側(収益)のみの議論となる。これがあとで議論になる。

 

2 実現概念と金融商品会計

適正な損益計算にとって収益と費用の概念(認識・測定)はきわめて重要であり、したがってこの2つの概念と金融商品会計とのかかわりを検討する必要がある。まず収益であるが、その認識原則は「実現主義」であり、その根拠は収益の確定性(投下資本回収のための原因事実の確定=販売行為の完了)にあるといわれる[5]。そこで、この実現概念のなんらかの延長線上でもって、金融商品会計での損益認識を根拠づけるということが考えられる。伝統的な実現概念の延長上の議論という点ではわかりやすいともいえる。

もっともよく用いられる見解は、したがって通説ともいえる見解は「実現可能性」による説明である(B実現可能説)。その特徴は、これまでの「原価−実現」の枠組みを「時価−実現可能」に拡張すること、すなわち金融商品を実物商品と同一視して、そこでの実現(販売)基準を金融商品に適用すべく拡張している点にある。販売行為が完了されていなくても、市場でいつでも売却できる(実現可能)という事実をその根拠としている。もうひとつは、測定の信頼性、利益の確実性に基づいて実現主義そのものを適用する見解である(C広義実現説)。先の実現可能説が伝統的な実現基準(狭義実現基準)の拡張であったのに対し、ここでは実現そのものの再解釈(広義解釈)として捉えられている[6]

いずれにせよ、両者はともに実現概念をその基点におくわけであるから、新たな評価損益と時価評価を取り込む会計枠組みは伝統的な「原価−実現」の枠組みの拡張ないし延長上で捉えられることになる。ただ、あとで議論することになるが、伝統的な「原価(費用)−実現(収益)」と「時価−実現可能」、「時価−広義実現」とを対置したとき、収益側の議論はされても前者の「原価(費用)」の側面が欠落しており、原価の費用化のプロセスと今日の時価会計とのかかわりがどう説明されるか、この点が問われる。

 

3 収支概念と金融商品会計

さらに、伝統的会計の枠組みの拡大という点で、取引概念ないし現金概念(あるいは収支概念)の拡大による見解(D現金概念拡大説)を取り上げておきたい。今日の会計問題は、いわゆるオフバランス取引のオンバランス化という表現に端的に示されているように、現行の会計枠組みでは認識されないある種の経済活動をどのような枠組みのもとで会計的「取引」としての認識しうるかという問題でもある(会計的取引の認識問題)。その観点からすれば、金融商品の時価問題とりわけそれに伴う保有損益の認識問題も、広く解釈すればそうした新たな「取引」認識の問題の1つであるともいえる。したがって、この取引概念に焦点をあて、その拡張でもってオンバランス化を説明しようとすることはしごく理解できる発想といえる。問題はその拡張の論理であり、その方法である。

ところで伝統的な取得原価主義会計の特徴は、動態論的会計思考に端的にみられるように、現金収支計算を基礎にした適正な期間損益計算をおこなうことにある[7]。したがって、そこでの現金収支概念を拡張することは、その収支計算を基礎にした期間損益計算の拡張ということになり、それは単に特定資産の時価評価だけにとどまらない。しかしながら、仮に現金概念の拡張でもって特定資産の直接的測定としての公正価値評価を説明できたとしても、公正価値の変動差額としての保有損益は、収支計算の拡張による期間損益計算のいかなる拡張として説明されるのか、これが問題となる[8]

筆者の観点からすれば、特定資産の直接的測定による資産評価と利益計算との関係において、このような伝統的期間損益計算の拡張のあり方(@現金収支計算を基礎にする期間損益計算→A現金概念の拡張→B期間損益計算の拡張)、つまり原価主義会計の拡張・延長上での説明理論には疑問なしとしない。したがって、@取得原価主義=現金収支を基礎にする、を出発点にしてA現金概念の拡張→取引概念の拡張でもって今日の時価会計(公正価値会計)を合理的に説明するには、なお検討されるべき問題点が残されているように思える[9]

 

4 金融投資の成果計算と金融商品会計

実物投資と金融投資の区別(投資の性格の区分)を基礎に、「実現」のあらたな解釈のもとで時価評価損益をキャッシュフローの「実現」そのものとみる見解がある(E主観のれん説ないし事後事実確認説。実現そのものとみるという点では先の「広義実現説」と類似するともいえるが、その実現の中身ないし解釈は異なる。すなわち、そこでの実現は「事後の事実の確認」という解釈のもとで伝統的な実現(販売)も時価の変動そのものも、その「実現」概念のもとで相対化される。相対化されたうえで、両者は実物投資による実物商品と金融投資による金融商品の区別がなされ、「原価−実現T」(実物商品)に対して「時価−実現U」(金融商品)となる[10]。  

ここで、区別して再構成するその仕方、すなわち同一の概念(実現の概念)に基づいて異なる評価基準(原価と時価)が導かれている、その論理展開に注意しよう。なお、この見解は「金融商品会計基準」にもその考え方がでており、その意味で、先の「実現可能説」を通説といえば、有力説とでもいえる。

ここで実現概念が実物投資のみならず金融投資にも適用されていることに注意したい。ただ、実物投資での(セットとしての)「原価−実現」が金融投資ではどのようなかたちで展開されうるか、それとも実現のみの議論となるか、必ずしも明らかではない。すなわち、金融投資の成果計算における原価配分ないし費用配分の問題である[11]。実現が「キャッシュフローの配分」であるというとき、(実物商品と比較して)金融商品に関してどのような(キャッシュアウトフローとかかわる)費用配分が考えられているのか、必ずしも明らかでない。ここに収益側(実現概念)は説明されても、費用側(費用配分)がどうなっているか、より具体的な説明が求められる。この点については補論で補足しているので参照されたい。

 

5 発生主義と金融商品会計

実現の何らかの再考ではなく、「発生」を軸にする見解がある。例えば、今日の時価会計を、伝統的な「原価−実現主義」の会計から「時価−発生主義」の会計への展開として説明する議論がよくなされる(F発生主義説)。しかし、そこでの「発生主義」の中身がどういう理論性をもったものか、また「原価−実現」がそこでの発生主義の枠組みのなかでどういう位置づけになるかも、あらためて吟味されねばならないように思える。実現まで待たなくても時価でもって損益は「発生」しているということであれば、今日の時価評価を前提にしてあとから理屈づけしているともいえ、根拠づけの議論としては不十分である。また、国際会計基準委員会(IASC)[1997]では「提案される会計処理基準は、現在のビジネス及び経済環境に合わせて、伝統的な発生主義会計モデルを自然に拡張したものとして考えられる」(第1章パラグラフ1.5、傍点は引用者)と説明している。しかし、そこでの「自然に拡張した」とはどのような「拡張」なのか、必ずしも明らかでない。 

この点、広い意味で発生主義説とみることもできるが、費用性資産(資本の「充用分」資産)と貸付金や有価証券など外部投資資産(資本の「派遣分」資産)の本来的区別を基礎に、後者の資産にかかわる保有損益の本質を「狭義発生主義」として説く見解がある(G資産3分類説ないし狭義発生主義説。そこでは、の2つの資産の本来的区別を基礎に有価証券の評価損益を最後まで(売却されても)保有損益であるとする徹底した保有損益論が展開されている[12]。先の対応関係でいえば、「原価−実現」(充用分資産に適用)に対して「増価・時価−狭義発生主義」(派遣分資産に適用)となる。そこでは、先のたんなる発生主義説とは異なり、「原価−実現」の明確な位置づけ(その対象は充用分資産)のもとに全体が構成されている。

 

6 金融商品会計の経済的基礎

同じく区別して再構成するという点では同じだが、実物商品と金融商品の本来的相違に基づき、その全体を異種併存(ハイブリッド)システムとして再構成する見解がある(H貸付・擬制資本説ないしハイブリッド構造説)。そこでは、全体がそれぞれ資本利益計算として異なる枠組系(サブシステム)から構成されるという点でもっとも徹底されている。その区別の基礎にあるのが、経済活動の本来的区別、すなわちモノ・サービスの生産販売の経済(実物経済)とマネーの経済(金融・証券経済)の区別である[13]

他説と異なる点は、今日の時価会計を実物経済とは本来的に区分される金融・証券経済の会計問題として捉え、その全体をこれまでの原価主義会計の枠組み、すなわち@実物経済を対象とする「現実資本系の会計」は基本的に不変のままとし、それと今日の時価(公正価値)会計の枠組み、すなわちA金融・証券経済を対象とする「貸付・擬制資本系の会計」とが異種併存(ハイブリッド)している姿として描こうとしている点にある[14]

そこでもこれまでの諸説で指摘した「原価−実現」との対応図式が問われるかもしれないが、生産コストをもたず、その本質は何らかの契約上の権利としての商品であり、しかも財務リスクにさらされている金融商品にはそもそも(生産的)「原価」なるものは概念的に存在しえず、その意味で原価に換えて時価という関係ではない[15]。したがって、「原価−実現」と同レベルで対応づけることはできないが、実物投資の成果計算(その枠組系が「原価−実現」)とは区別される金融投資の成果計算という観点からは、それとは別枠系で「公正価値−評価差額損益」となる。

ちなみに、この見解と先の「資産3分類説」とは、資産の経済的性質あるいは経済学的資本から金融商品会計を説こうとする点である種共通する。さらに言えば、その基礎にはともに企業資本の運動という共通した視点がある[16]。しかし、通説(実現可能説)や有力説(主観のれん説)に比して、その経済学的考察の会計理論構成上の意義が必ずしも十分に理解されているわけではなく、その意味で現状では少数説にとどまっている[17]

 

7 財務の透明性か利益の計算か

今日の金融商品に代表される時価会計を考えるさい、金融投資の利益計算という会計目的がもともと先にあったかどうかは検討の余地がある。なぜなら、今日の時価会計には利益の計算よりも、他方で、まずは投資家のための実態・リスク開示(財務の透明性)が先にあるように思えるからである。実態・リスクの開示→財務リスクをともなう資産・負債の測定属性の選択、という規定関係からリスク開示(あるいはリスク管理)目的にとってはリスクをもっともよく反映する測定属性(たとえば市場価格)が選択されるわけで[18]、それを貸借対照表本体でおこなうとその測定属性に規定された、原価・実現の枠組みとは性質を異にするあらたな利益計算の問題が生じてくるわけである。

例えば、金融商品の評価損益につき「伝統的な収益・費用アプローチは販売や換金などの取引に着目して実現をとらえてきたが、それに対して資産・負債アプローチは、事業から切り離された金融商品の評価に基づいて、実現した利益をとらえる可能性を拓くものであった。取引というフローに着目した会計測定が見落としてきた利益実現の一面を、ストックの評価という面から拾い上げたわけである。企業会計の中心となる実現利益において、それは取引に基づくキャッシュフローの期間配分を補完する役割を果たしたと言える」(日本会計研究学会[2001a]219頁、傍点は引用者)との見解には、ストック評価の観点が垣間見られる[19]

ただ、そのストックの時価評価がなぜなされるのか、はじめから(しかもストック評価に基づく)実現利益の計算が目的であり、それが取引に基づくキャッシュフローの配分(実現利益)を補完するものなのか、なお検討の余地があるように思える。

 

8 配分か評価か

したがって、今日の「時価会計」を考えるさい、それが依然として伝統的な配分思考(フロー志向)に基礎をおくものか、それともそれとは異なる価値評価(ストック志向)に基礎をおくものか、この観点からの検討は重要であるように思える。その異なる計算系の特徴を示せば、たとえば表1のようになる。

 

表1 2つの計算系の特徴−そのモデル比較−

 

 

系Tと系Uの重要な相違点の1つは計算の基点に見出せる。この相違(当初認識時vs.特定時点)は、会計思考の基本的相違(フロー配分思考vs.ストック評価思考)や資産・負債の評価のあり方の相違(派生的測定vs.直接的測定)あるいは簿価計算ないし簿価決定のあり方の相違(連続・フロー配分型vs.非連続・ストック評価型)と密接にかかわっている[20]。やっかいなことに、現実の制度はこのいずれかではなく、両者がある種併存したかたち(ここでもハイブリッド構造)となっている。「包括利益」なる利益概念もいわば両者の「交錯」とその「調整」の場とみることができる。

したがって、今日の企業会計を考察するさい、新たな会計基準のケースごとにそれがどのような計算系に属しているかを原理的に検討する必要がある。たとえば今日、企業会計のなかに割引現在価値計算が浸透してきているが、同じく割引計算でも、ここでの系Tに属するものもあれば、系Uに属するものもある[21]

要は、今日の企業会計の「全体」がどのように構成され、新しい会計基準がその全体のどこに位置づけられるかを理論的に明らかにすることである。そのためにも表1のような原型モデルを抽出しておくことが必要になる。金融商品会計も(本稿で取り上げただけでもおよそ9つの学説)、そうした考察に基づいて位置づけられなければならない。

企業会計はこれまで歴史的に大きくは静態論思考から動態論思考へと発展進化してきたといえる。この静態論から動態論への発展からみると、今日の企業会計には動態論思考とはまた性質を異にする会計思考が横たわっているようにみえる。それは端的に言えば企業価値を志向する会計といえる。かくして、今日の会計は動態論的会計観からさらに企業価値的会計観へと移行しているようにみえる[22]。それが完全にとってかわる会計観になるのかどうか、きわめて重要な点である。上記の会計計算の基底には、実はこうした動態論的会計思考と企業価値的会計思考とが併存しており、先に述べた今日のハイブリッドな企業会計制度のあり方も、こうしたいわば“会計思考のハイブリッド(異種併存)”に根ざしているともいえるのである[23]

重要なことは、経済の動態と会計観の変遷という史的・動態的視点から、今日の金融商品会計に代表される「時価会計」を考察することである。会計にかぎらず社会現象の本質的理解はそうした考察から得られると思うからである[24]

 

補論 金融商品会計と会計的配分

原価配分ないし費用配分の原則は期間損益計算の基礎にある重要な原則である。それは収益の認識原則である実現基準と結びついて、収益・費用対応による適正な期間損益計算が遂行される。投資資産をこの配分原則の観点からみれば、それが適用される資産(費用性資産:内部投資資産)と適用されない資産(非貨幣性・非費用性資産:外部投資資産)とがある。したがって、この後者に該当する金融投資資産には原価配分が妥当しないし、そもそも適用される資産ではない[25]。このことが実現可能説などの「実現」の何らかの再考をおこなう諸見解においては、収益(実現)側の議論のみで費用(原価配分)側の議論がでてこないことの理由であるように思える。

そのことは例えば次のような見解をみればより明らかになるだろう。すなわち「金融資産−特に自由に換金でき、換金が事業に制約されないもの−はそれ自体貨幣性資産であり、その価値の変動は換金を待つまでもなく実現利益を構成するキャッシュ・フローの要素とみることができる」(企業会計審議会[2000]の「T 経緯及び基本的な考え方」、但し傍点は引用者)と。ここでは貨幣性資産という性格規定になっており、しかもそこに「実現」が適用されている[26]。貨幣性資産となると費用側の議論はでてきようがないが、こんどはなぜ貨幣性資産に実現が適用されるのか、これまでの伝統的な考え方からすれば検討の余地があるように思える。

先の主観のれん説において「実現利益=キャッシュフローの配分」との説明をみたが、そこでは実物投資にかかわる「原価−実現」による売却損益も、金融投資にかかわる時価評価損益もいずれも実現利益であり、キャッシュフローの配分計算というレベルで同一視されている。両者の違いはただ配分のタイミング(利益決定のタイミング)だけであり、その意味でけっして異質なものではない。しかし、そこでの「配分」はキャッシュフローの配分であっても[27]、費用の配分がどうかかわっているか。とりわけ、上記引用の見解にたったとき貨幣性資産に原価配分ないし費用配分はでてきようがないように思えるが、その点必ずしも明らかでない。伝統的には貨幣性資産の測定基礎は(支出ではなく)「収入」であるから、そこでは(広い意味での)「収入」と「実現」が結びついているわけである。そのことから、貨幣性資産につき損益認識がでてきているわけであるが、少なくとも伝統的な考え方からは貨幣性資産から財務(金融)損益が生じても、(費用性資産と同じく)実現損益が生じるということはない。

伝統的な観点、すなわち収支(収入・支出)と益費(収益・費用)および資産・負債の決定関係からは、一般に収支と発生主義による益費との差異(不一致)は「配分」によって全体的に調整される(配分し尽くされると一致する)。そして、原価配分とか費用配分といわれるのは、このなかで「支出」にかかわる。上記のキャッシュフローの配分という上位レベルにあっては、こうした「収支−益費−配分」の関連内容が必ずしもみえてこないともいえる[28]

そもそも売買目的有価証券やデリバティブなど金融(派生)商品にかかわる利益計算にあっては、こうした伝統的な(不確実なものではなく、何らかのかたちで確定している)「収支」とのかかわりが必ずしも明らかにされているわけではない。そこでの時価(広くは公正価値)の測定が当初認識時から切り離された特定時点での新たな情報や仮定に基づくかぎり(直接的再測定)、その変動差額が配分思考になじむものかどうかが問題となる。例えば「市場の現在の状態を重視する直接的測定は、過去の情報を基礎とする毎期の配分および調整の手続きとは対照的なものである」(FASB[1990]邦訳33頁、傍点は引用者)と述べているように、こうした直接的再測定は伝統的な配分思考とは本来異質なものである[29]

以上の点からすれば、そこには原価配分もそして実現(あるいは実現可能)もいずれの概念も妥当しない。金融商品の損益はそうした概念とは別枠で捉えるのが合理的であるように思える。



(注)

[1] 例えば飯野[1983] 3-33-4頁では貨幣性資産と非貨幣性資産に区分され、さらに非貨幣性資産は費用性資産と「その他の非貨幣性資産」に区分されている。また、嶌村[1980]215頁では(支出額を測定基礎とする)非貨幣性資産を原価配分が適用される項目(費用性資産:支出・未費用)と適用されない項目(外部投資資産:支出・未収入)に区分している。先の「その他の非貨幣性資産」と、この「原価配分が適用されない項目」があとで問題になる。

[2] ちなみに「金融商品会計基準」と「企業会計原則」との関係は、「資産の評価基準については『企業会計原則』に定めがあるが、金融商品に関しては、原則として、本基準が優先して適用される」(「金融商品に係る会計基準の設定に関する意見書」、傍点は引用者)と説明されている。今日、会計基準は金融商品会計や退職給付会計などにみられるように、英米のような個別会計基準(および実務指針)として設定されることが多くなってきている。となると、ここでの「優先して適用される」ということにも端的にあらわれているように、それらの個別会計基準との関係において企業会計原則の位置づけがあらためて問われよう。将来的には、企業会計原則はその名にふさわしく、それら個別基準を支える概念枠組的なものとして再構成される必要があるように思われる。

[3] 有価証券がこれまで原価で評価されてきたのは制度的規定(分配可能利益の算定)があったからだと思われる。資産の会計評価は制度的規定性からまったく中立ではありえない。したがって、これまでの原価評価から今日の時価評価へのシフトにどのような制度的要請が働いているかの分析が重要になる。資産評価と制度的規定性については石川[2000]10章第3節、会計計算が制度中立的に存在しえないことについては石川[2002b]補遺1、分配可能利益と業績表示利益との今日的関係(包摂→部分分離→完全分離)については石川[2002]Uの第3節をそれぞれ参照。

[4] 実は貨幣性資産と規定してそこに「実現」をとりこむ見解もある。あとの補論参照。このように金融商品の性格規定にはさまざまな見方があり、問題を複雑にしている。

[5] 例えば、山桝・嶌村[1992]178-79頁。

[6]「金融商品会計に関する実務指針(中間報告)」(日本公認会計士協会[2000])での「売買目的有価証券の時価の変動(評価差額)は、実現したものではないが、その発生した期間における企業の財務活動の成果を表すものであり、実現の要件をほぼ満たすものであるため、実現損益に準ずる性格のものとして当期損益に含めるものとした」(270項、傍点は引用者)の説明を読むかぎり、その論拠の位置づけは微妙であるが、「実現可能説」に近いように読める。なお、「金融商品に係る会計基準の設定に関する意見書」(企業会計審議会[1999])では、売買目的有価証券について「投資者にとっての有用な情報及び企業にとっての財務活動の成果は有価証券の期末時点での時価に求められる」(四の2の(1)、傍点は引用者)と説明しているが、有用な情報という観点はともかく、財務活動の成果計算と有価証券の時価評価との関係が必ずしも明らかではない。

[7] この収支を基礎にする期間損益計算ということを最も象徴的に表現しているのが、ほかならぬ企業会計原則での「すべての費用及び収益は、その支出及び収入に基づいて計上し、その発生した期間に正しく割り当てられるように処理しなければならない」(損益計算書原則、損益計算書の本質の1A(発生主義の原則)、傍点は引用者)である。ただ、今日の時価会計に代表される会計枠組みが、この損益計算の本質規定と必ずしも整合しないのであれば(たとえば後述の2つの計算系のハイブリッド構造としての全体)、企業会計原則はこの土台ともいえるもっとも基本的なところで何らかの見直しがなされねばならないことになるだろう。

[8] 本来、収支計算を基礎にした期間損益計算はいわゆる費用・収益アプローチ(フロー計算志向)に結びつくものであるといえるが、特定資産の直接的測定たる公正価値(例えばオプションの価値)の変動差額は、まさに時点間の変動差額としてしか捉えようがない。つまり、費用・収益アプローチとの対比でいえば、そこでは資産・負債アプローチ(ストック計算志向)による損益認識しかありえない。となると、収支計算を基礎にした期間損益計算がその収支概念の拡張によっていかに拡張されても、その拡張であるがゆえに費用・収益アプローチであることには変わりがないはずであるから、ここに(「フロー計算」対「ストック計算」に関する)1つの矛盾がみえてくる。

[9] 詳しくは石川[2000]第7章補論7.1参照。

[10] 詳しくは石川[2000] 137頁図表6.1参照。

[11] 原価配分あるいは費用配分での配分は支出額(ないしは将来の支出額)が収益との対応に基づいて期間配分されることを意味する。そこでは、けっして収入額(ないしは将来の収入額)とは結びついていない。補論参照。

[12] その要約は石川[2000]158頁図表6.5(笠井説)参照。

[13] 損益計算書のあり方においても、こうした経済活動の本来的区別に基づく業績報告が検討されはじめている。将来の業績報告のあり方については石川[2000]第9章補論9.2参照。最近公表された財務業績報告に関するIASB案では、「営業」と「金融」の明確な2区分方式が採られているのもその1つの現われであり、その1つのかたち(形態)であるといえる。石川[2002]付記参照。また、わが国の産業界(自動車、電機)でも実物と金融の経済活動別区分に基づいた財務諸表を開示する動きが始まっている。筆者のホームページに掲載中の「時事会計入門」(「アメリカの決算発表と『実質ベース』利益」を参照。

[14] 詳しくは石川[2000]第7章第3節および第11章参照。

[15] 投資家のために経済的実態や財務リスクを開示するという観点からは、有価証券やデリバティブには本来的・実態的に時価(経済学的には擬制資本価値としての公正価値)しかありえない。

[16] 企業資本の運動という視点は、英米の会計理論には見られない日本固有の方法による会計理論といえる。英米に偏重する傾向のある今日のわが国の学界にあって、そうした1つの古典的存在ともいえる理論をたんに古びた遺物とか、あるいはたんなるフィクションとして片づけてしまうのではなく、その現代的接点をあらためて考察することが重要であるように思える。そうでなければ、これまでの先学者の努力とその理論的蓄積は何だったのか、あらためて考えさせられる。理論継承という点を忘れた学界には、(英米に従属した)アドホックでトピカルな理論しか映らなくなる危険性がある。

太田哲三は岩田[1956]の序文において、「…英国の学風がさかんであれば無批判にこれを採入れ、次いでドイツの学派が輸入されれば多くの学者がそれに傾倒する。米国の学風が流行すれば、米国における末梢的な問題までが日本の雑誌論文の課題となって宣伝されるのである」と指摘し、岩田理論の継承につき「後進の学徒が研究補足し、すぐれた学問に発展させることが必要である」と述べている。太田が指摘したアカデミズムの状況は、今日においても本質的に依然として変わっていない。それどころか、今日的状況のなかその傾向はむしろ強められているとさえいえる。石川[2000]第7章第5節参照。

[17] ただ、少数説とはいえ例えば白鳥[2000]や日本会計研究学会[2001b](第26章)などには、「資産3分類説」や「貸付・擬制資本説」にきわめて近い見解がみられる。特に、後者では「プロダクト型会計」と「ファイナンス型会計」が「2局分離した異なる独立のカテゴリー」(450頁、傍点は引用者)として位置づけられている。まさに、ここでの「区分の論理」に通じている。

[18] そこでは原価主義会計がその基礎にしていた「支出」およびその何らかの配分という拘束を受けることはない。財務的実態をもっとも明らかにする測定属性が選択されるだけである。

[19] となると、全体の利益計算の枠組みはフローの配分の枠組み(フロー志向)とストックの価値評価の枠組み(ストック志向)が併存したかたちになりはしないか。そして、「補完」と「併存」の捉え方のレベルの違いは、はじめに利益計算ありき(金融投資の成果計算)として、金融商品の評価損益の認識・測定が実物商品のそれとは別の1つの自律した利益計算(ストック志向の利益計算)であるかどうかにかかっているように思える。

[20]詳しくは石川[2002b]補遺1および補遺2参照。

[21] 石川[2002b]参照。

[22] 企業価値の評価と利益計算とのかかわり、とりわけオールソンの評価モデル(企業価値=純資産の簿価+のれん価値)とのかかわりは日本会計研究学会[2001a](203-204頁)を参照されたいが、いずれにしても金融商品の会計基準など特定の会計基準はこうした企業評価モデルに整合的かどうかが、その合理性の判断基準となるだろう(会計基準の「企業評価適合アプローチ」)。石川[2002a]Vの第2節参照。

23 例えば、先の注13でも述べた財務業績報告に関するIASB案では(そこでは投資家の業績予測に有用であるかどうかの観点が全面に強く出ているが)、「営業」と「金融」のヨコの2区分に加えてタテの2区分(コラム1,コラム2)の報告様式が採られているが、これもここでいう今日のハイブリッドな姿を象徴する1つであるといえる。なお、そこでは売却可能有価証券のみならず売買目的有価証券の評価損益も金融区分の(コラム1ではなく)コラム2で報告されることになっているが、これが後述の補論での議論ともかかわって、1つの論点になるだろう。この点については、石川[2002a]の付記参照。

[24] こうした会計思考の変遷については石川[2002a]Tの第1節、経済の動態と会計観の変遷についてはVの第4節をそれぞれ参照。

[25]貸付金や有価証券などは同じ投資でも経営内営業循環過程に入ってこない、つまりその外に投資された項目であるがゆえに、経営内営業循環過程に投入される費用性資産(内部投資項目)とは明確に区分される。経営内投資ではなく外部投資であるがゆえに、経営内投資資産とは異なって個別の金融商品が他の資産との関連なく単独で評価されうるのである。

[26] この点で「主観のれん説」は貨幣性資産説ともつながるし、またキャッシュフローという点では現金概念拡大説ともつながっているといえる。

[27] そこでの「配分」は、伝統的な配分が何らかのかたちで確定しているキャッシュフローの配分(広い意味で「繰延」であれ「見越」であれ)であるのに対し、不確実なキャッシュフローが最終的に確定したあとからみての「結果的な配分」でしかない(したがって、そこには事前の配分ルールもない)。同じく「配分」といっても、何が配分されるのか、その配分対象の性格を吟味する必要がある。石川[2002a]Tの第6節参照。

[28] 収支、益費、配分については石川[2002b]補遺1参照。

[29] 詳しくは石川[2000]図表10.2(266頁)、石川[2002a]Tの第6節、石川[2002b]第6節をそれぞれ参照。

 

 

〈引用文献〉

飯野利夫[1983],『財務会計論(改訂版)』同文館。

石川純治[2000],『時価会計の基本問題』中央経済社。

石川純治[2002a],「時価会計と資本利益計算の変容」『経営研究』第53巻第2号、第3号。

石川純治[2002b],「割引現在価値と会計配分」『経営研究』第53巻第3号。

岩田巌[1956],『利潤計算原理』同文舘。

嶌村剛雄[1980],『新体系会計諸則詳説(増補版)』中央経済社。

白鳥庄之助[2000],「時価主義会計・監査の系譜と21世紀への期待」『会計』第157巻第1号。

企業会計審議会[1999],「金融商品に係る会計基準の設定に関する意見書」。

企業会計審議会[2000],「固定資産の会計処理に関する論点の整理」。

日本会計研究学会 [2001a], 特別委員会報告(最終報告)『会計基準の動向と基礎概念の研究』。

日本会計研究学会[2001b], 特別委員会報告(最終報告)『各国におけるデリバティブの会計・監査および課税制度に関する総合研究』。

日本公認会計士協会 [2000],「金融商品会計に関する実務指針(中間報告)」。

山桝忠恕・嶌村剛雄[1992],『体系財務諸表論(理論編)四訂版』税務経理協会。

FASB[1990], Discussion Memorandum, Present Value-Based Measurement in Accounting (企業財務制度研究会訳『現在価値』中央経済社、1999年)。

IASC[1997], Discussion Paper, Accounting for Financial Assets and Financial Liabilities(日本公認会計士協会国際委員会訳「金融資産及び金融負債の会計処理」1997年)。

 

 

プロフィール―――――――

 いしかわ・じゅんじ■1948年高知県生まれ。大阪大学大学院経済学研究科博士課程修了。福岡大学商学部講師・助教授を経て85年大阪市立大学商学部助教授、90年同教授、現在に至る。博士(経済学・商学)。著書に『情報評価の基礎理論』、『経営情報と簿記システム(3訂版)』、『キャッシュ・フロー簿記会計論(改訂版)』、『時価会計の基本問題』(2001年度日本公認会計士協会学術賞)などがある。