2003年5月書評(第1回)
評者:小島(4期生)
熊沢 誠 [2003]『リストラとワークシェアリング』岩波新書
ISBN4004308348
51×35=2020字

A problem shared is a problem halved.「問題が共有されるとしんどさも半分になる」本書は、こんなイギリスの諺から始まっている。
うんざりするほど長引く不況の中で日本の労働環境は劣悪を極めている。過去最悪の失業率、人減らしリストラ、会社に残った社員に余儀なくされる長時間労働と求められるノルマの引き上げ、増えてゆく非正社員と低賃金問題など、著者の言葉を借りると、「労働を不幸せにしている四つの現実」が相互補強的なかたちで、職を持つ労働者や職がなく働きたいと願う人々達を苦しめている。大きく分けると、本書の前半はこのようなワークシェアのニーズを呼び起こした上記の「四つの現実」について書かれており、後半は、これらの労働環境を打開する希望の光として欧米や日本のワークシェアの形態を始め、<一律型><個人選択型>という著者独自のワークシェアの分類についての考察、そして、導入、進展を難しくしている日本の労働社会の諸問題について書かれている。また、本書はどの章においても「現実」と「ワークシェア」の対比・対立がされているので常に両方の対抗を意識しながら読み進めることができる構成になっている。それでは最初に、本書で頻繁に使われている<一律型><個人選択型>について触れてみよう。
 一般的にワークシェアは@当面の緊急措置として人員整理を回避するため一人当たりの労働時間を短縮して仕事をわかちあう緊急避難型、また、これによりA中長期的に中高年層を対象に実施する中高年対策型、B失業者に新たな雇用機会を提供する雇用創出型、C勤務の形態を多様化することによって、女性や高齢者を始めとするより多くの人が働きやすいようにする多様就業促進型に分類される。著者は@Bを全労働者または一定範囲の労働者の標準労働時間を一律に短縮して雇用の維持・拡大を図る方法として<一律型>という分類している。また、ACのように労働者個人に短時間勤務の選択を用意し、なんらかの理由でフルタイム勤務のできない人々にも雇用を継続させ、あるいは新しい雇用機会を提供するワークシェアの手法を<個人選択型>と呼び二形態に分類している。
企業はCAB@の順番で関心を持っているようだ。つまり企業が多様な働き方の実現をめざす<個人選択型>に関心があることに対し、著者は労働時間の短縮に重点を置いた<一律型>こそが現在の日本においては、大切であるという。日本の正社員のフルタイムは非常に長い。そこを手つかずに放置するなら、新しい雇用機会は生み出せなし、長時間労働者が発言権を持ち短時間労働者が業務の第一線から退けられてしまうようなことは不可避である。このような企業社会そのものを変えなければならないというのが著者の考えだ。では、なぜ、企業側は<一律型>を疎んじるのか。また、なぜワークシェアが導入・進展しないのか。
日本でワークシェアが進展しない最大要因としては、企業側の消極性である。経団連三〇七社調査の結果、八五%が「導入の予定なし」と答えている。主な回答理由としては業務分担の難しさや生産性低下の心配であったとあるが、さらに企業側が懸念する点ある。それは、ワークシェアは「優秀な労働者の労働時間を削減する一方で「生産性の低い」労働者の雇用を確保する」ゆえに、長期的には日本経済の競争力低下に繋がりかねないからである。したがって企業は、社員を成果・能力という物差しではかり「生産性の低い」社員を切る人減らしリストラするほうが効率的であると考えるのである。また、他に考えられる問題として、日本の作業管理や賃金システムの特徴、現時点の能力・成果主義のもたらす職場の雰囲気、それに適応する従業員の生きざま、企業別組合の性格、そして日本国家のセーフティネットワークの不十分さなどが続く。
ワークシェアリングを提言する本書に比べ、現在の日本の動向はワークシェアについて冷めているように思える。それは、少し前までワークシェアという言葉が新聞やテレビで頻繁に出てきたが、最近はめっきり聞かなくなったことで感じ取れる。しかし、依然失業率は高いままであるし、長時間労働減少する気配はない。今でも人減らしリストラを遂行している企業は多数あるし、派遣労働者やパートタイマー労働者などの非正社員が増加する一方である。そんな今こそ、日本の労働者全員に厳しい労働社会の問題から視線をそらさず果敢に挑戦している本書を読んでほしい。特に、パートタイマー労働者と<個人選択型>ワークシェアについて探求されている第5章では前著『女性労働と企業社会』熊沢誠2000で実績のある著者ならではの見解が色濃く反映されている章なので、是非、現在何らかの理由で職に就くことを諦めている労働者(特に女性労働者)には読んでもらいたいお薦めの一冊である。