2003年夏休み書評(第3回)
評者:小島武(4期生)
渡辺深[1999]『「転職」のすすめ』講談社現代新書
ISBN4061494473
35×54=2004字

 長引く景気の低迷により、日本の雇用情勢は悪化するばかりである。新卒の就職活動では超氷河期時代といわれ、自分が望む職に就くのが本当に難しい時代になってきている。また、中高年労働者も会社都合による早期退職や片道切符の出向、転籍を虐げられている。そんな現状のなかで、人と仕事のマッチングの理解を深め、いかに自分に適した仕事と「出会えるか」を考えることは非常に大切なことではないだろうか。本書では、その中でも「転職」に焦点を絞り、社会学者である著者が日米の転職のメカニズムを比較・研究し転職のメカニズムを探索している。
 第1、2章では、現在の転職の状況とその必要性をメインに述べられている。例えば、contingent workerの出現や労働者の離合集散が繰り返されることにより脱官僚型組織が形成される過程について説明されている。第1章の後半で、重要なことは、失業する前にパラシュートで脱出することであるということが書かれている。不幸にして失業する段階まで達すると、労働者の取るべき手段は非常に限られてしまう。その前に準備をしておこうという内容を転職大国である米国でベストセラーとなったハーシュ著の『パック・ユア・オウン・パラシュート』を参考に労働者が生き残るための五つの戦略を紹介しているのはおもしろい。
 第3、4、5章では、日本の転職と米国の転職についての比較がなされている。その内容を少しふれていきたい。まず、転職経験や転職回数を比べてみると、日本では階層による差がみられ、多くの転職者が低い階層に多くみられるが、米国では、頻繁な転職が全ての階層でみられる。日米でみられる転職の共通点として意外で驚いたことは「探さず仕事が見つかる」場合が多いということである。仕事を「探さない」ということは、自分のコンタクトから新しい仕事に「誘われる」ケースが多いことを意味している。また、転職した半数の労働者がハローワーク等の職安を利用して新しい職を見つけているのではなく、人脈を通じて転職している共通点があることにも驚いた。本書はいくつかの事例をあげ論を深めているが、第4章のおじさんを大切にしようという小タイトルは個人的に印象に残っている。著者の事例研究で、親族の転職コンタクト(職を得たきっかけとなった人)のタイプを見ると、叔父、父、母、従兄弟、姉、兄、妻の兄の順に事例が多く観察された。親族の中で年長である叔父は、高い職位をもち、それまでに職業キャリアにおいてネットワークを形成し発達させている。その意味で、叔父は、職探しのエキスパートであるというのだ。この順番は少々大袈裟なような気は否めないが、少なからず私自身に当てはまっていたのでうなずいてしまった。実際私の周りの知人でも、叔父の紹介で職についたケースがいくつか存在するからである。さらに、家族や社交上のコンタクトを活用すると、業界や職種が変わるという傾向もある。反対に職場関係のコンタクトを用いると同じ業界や職種を移動するパターンが多いみたいである。ここでわかるように3、4章で頻繁に使われるキーワードとして「ネットワーク」という言葉が多くでてくる。日頃何気なく存在し、空気のように見えない「ネットワーク」つまり「人脈」こそ転職するにあたり最も重要な要素の一つであると著者は本書でいいたいのである。転職のメカニズムを社会学者らしい視点で捕らえ、「見えない」社会関係をできるだけ顕在化させ読者に伝えたいというのが著者の意図である。
 第6章では女性の転職というタイトルのもとで、女性の転職状況やアルバイト、パート、派遣社員について著者なりの考察がなされている。そして、第7章でよりよい転職のためにというタイトルで「@会社を辞める」から「E転職」という小タイトルで本書の『転職のすすめ』からイメージされるハウツー本的な内容について書かれている。
 上記に書いた本書の構成をみて分かるように、本書は社会学的に転職のメカニズムを分析し、日本の転職の現状を考察している方がメインである。したがって、「今すぐ転職をしたい!」という人には少々不向きのような気がする。そのような人はもっと具体的書かれており速戦的に役に立つハウツー本を買ったほうがいい。何となく今の職が不満、不安があるという人や万が一、職を失った時のために転職知識を蓄えておこうという人に向いている一冊であると思う。本書でたりなかった内容としては、昔は売り手市場だった学生の新卒も超就職氷河期の現在では、自分の入りたい企業に入ることができずに、就職を諦めたり不本意ながら勤めた企業を数ヶ月でやめてしまったりといった現象が多くみられる。そして、そこで増え続けているのはフリーターである。今現在、職を最も必要としているフリーターについて書かれていなかったことは残念である。転職を考える際にフリーター問題を交えて考察したらもっと論に厚みが出るのではなかろうか。