2003年5月書評(第1回)
評者:長田(4期生)
勝見明[2002]『鈴木敏文の「統計心理学」』プレジデント社
ISBN:4833417626
35×66=2310
もはや日本人の生活に無くてはならないものになったコンビニエンスストア。その誕生と拡大の裏には想像を絶する発想・企画力とそこに辿り着くまでの険しい道のりがあった。本書ではコンビニエンスストアの先駆けであるセブンイレブン・ジャパン創立者・鈴木敏文氏の半生と経営の実態を知ることができる。
経営者の生涯をまとめた著書に多いのが失敗を乗り越え、成功を収めたいわばサクセスストーリーである。
本書はそうではない。話が現在進行形、かつ未来がどうなるかまで展開するところに面白みがある。たまに失敗を交えた昔話も登場するが、それを踏まえて現在どうあるかを重視する一資料でしかない。また日々変化する流通業界に合わせ消費者(読み手)心理をついた、興味をそそる内容であるのは一目瞭然だ。
経営者である鈴木氏は計り知れぬ判断力と行動力を持つ。感性に頼った実践型の経営と言えるだろう。渡米してはコンビニエンスストアのヒントをつかみ、起業しては、試行錯誤を重ねながらも必ず結果を出す。そこには経営者として備え付いた統計学と心理学があった。学問的に身に着けたものではなく、むしろ経験の中で自然と活用していたものに過ぎない。秒刻みで変化する統計上の数字は経営のすべてを語る。革新的なPOSシステムの導入(セブンイレブン・ジャパンが日本初)により、数字が一層重要視されるようになった。これを上手に操れなくては、事実上運営が軌道に乗っていても後々足を引っ張られるだろう。しかもこの場合、単発的な計算ではなく半長期的に予測を立てる能力が必要とされる。
では一方の心理学とは何か。経営を行う以上、消費者(顧客)との直接的なやり取りは大きなビジネスポイントとなる。よりよいCS(顧客満足)を実現するには大切なプロセスだ。また経営者自身が、一消費者であることを意識すればするほど経営は面白いほど発展する。
ここでひとつ、セブンイレブン・ジャパンの心理作戦を挙げるとする。弁当類がなぜ店内の一番奥に置かれているか考えたことがあるだろうか。弁当を購入する大抵の消費者はそれを目的として店舗に訪れる。弁当コーナーに辿り着くまでの間、所狭しと並べられた多種多様な商品が目に入ったならば、自然と雑誌が読みたくなったり、味噌汁が欲しくなったりするだろう。そこにビジネスポイントを見出したのが鈴木氏であり、セブンイレブン・ジャパンなのだ。消費者に付加価値を与えるサービスを提供する。これこそが心理作戦であり、未来を予想した計算であると思う。
これら統計学と心理学の二刀流で、業界トップの座を守り続ける鈴木氏の経営にはどこかベンチャースピリッツを感じる。未知の領域に踏み入り、独自のやり方で道を切り開く。セブンイレブン・ジャパンの商品、企画に斬新なものが多いのもこのせいだろう。
というものの創業の背景にベンチャー企業的要素があった。イトーヨーカ堂の取締役でありながら、時代の流れから新しい事業開発を睨んでいた。流通先進国で経済大国であるアメリカへ渡りノウハウを学ぶ。そこで出会ったのがコンビニエンスストアという発想だ。即持って帰り、日本人流にアレンジし直した。そっくりそのままアメリカ式に経営を行っていたら、今頃コンビニエンスストア・セブンイレブンは無かっただろう。
試行錯誤を繰り返す鈴木氏のやり方を象徴するような「金言」が本書で多々引用されている。私も何冊か企業家本を読んだことがあるが鈴木氏のような名言、ここでいう金言を残した人は彼以外存在しないような気がする。考え方が根本的に違うのだ。いくつか例に挙げると次の通りである。「今は過去の経験則より"思いつき"のほうが大切な時代」、「新しく伸びている会社は、過去の経験のないところで仕事をしている」。
鈴木氏が目指すところに終わりは無い。セブンイレブン・ジャパンの最近の動向にATM導入による銀行との提携がある。何かを成功させるならば利用できるものは最大限に利用するといった考え方だろうか。視野を広げ日々の変化に反応する能力は今後のセブンイレブン・ジャパンに大いに期待される。競合他社との差別化も間違いないだろう。
最後に、鈴木氏は経営資源とは「人のみである」と断言している。経営を行うのも人であり、消費者も人である。
人があっての心理学であり、人が扱うモノ・金・情報があっての統計学だ。経営者として何よりも人である自分をまたは自分の感性を大切にしていると感じた。