2003年夏休み書評(第3回)
評者:廣田(5期生)
田中明子[2003]『ネットのパン屋で成功しました』筑摩書房
ISBN4480877517
35×56=1960字
私がこの本を読もうと思ったのは、パン屋を始めたいと思ったからではない。パンは好きな食べ物の内には入るが、どこの店がおいしいからといってこだわりを持って買っているわけでもない。人は様々な価値観を持ち、どの商品にお金を使うかを考えて生活している。だから、どのような商品・商法が受け入れられ、ヒットするかを読む力が必要だろう。それが自分で事業を興すとなれば尚更である。現在でも日本は新規事業を興したいと考えている人達に対する支援があまり行き届いていない。それに加え、この時代の背景がある。このような考えの上で、この本に興味を持った。この本は著者のパン職人・経営者としての仕事を、著者が開店させたお店『ルセット』の場合はどうか?という視点から書かれている。
著者のパンとの出会いは高校時代のパン屋でのアルバイトでした。販売を仕事の主としていく中で、お店にかかりっきりで、1人で「作る」・「売る」をこなしていた店長を見て、「こんなに一生懸命働いているのに、もっと稼げる方法はないのだろうか」と感じたそうです。また、衛生面の問題やパンに使われている業務用の材料を知り、失望したそうです。そして著者のターニングポイントである、転職と自主退社。2つ目の大手PC販売会社の経営状態が悪化し、リストラを敢行した時、自分からリストラのメンバーに加えてもらったそうです。ここから著者のパン屋開業への厳しい道のりが始まります。
ほとんどの人が日常食べるパンをどこで買うかを考えた時、コンビニ・スーパー・家の近くのパン屋が思いつくだろう。そんな中で著者は、高級パンというコンセプトでやっていこうと考えました。開業までの苦難。パンは鮮度が命で、焼いたその時から乾燥がはじまり、劣化していく。冷凍しておく事もできず、売れ残りは全て廃棄となってしまう。そして、パン屋は朝が早く、仕込み・販売の時間を考えると寝る暇もないほど過酷な労働であることを初めて知った。そしてお金の問題。国民生活金融公庫総合研究所が行った2002年度の新規開業実態調査によると、開業資金に占める自己資金の割合は約3割との調査結果が出されていて、その不足部分を調達する話が書かれている。やはり、親族・友人などが頼りになるなと感じた。これはパン屋でなくてもそうだが、利益を常にあげている店など、そうたくさんはない。私もこの間、渋谷にあるユニクロが閉店して改装しているのを見かけた。やはり、店の立地、お客のニーズをわかっていないとこういう現実になってしまう。『ルセット』は三宿にオープンした。それはお店のコンセプトを実現するための立地条件として、高級住宅街が近いこと・人口が多いこと・イメージの良い街であることであった。これには納得する。先ほど私があげた例と同じだろう。そして、お店のインテリア・機材にまでこだわり今までに無いパン屋を目指した。
今ある商品・商法でお店を始めても利益をあげていくことは出来ないだろう。パン屋という概念をくつがえし、外観から内装・照明までこだわり、パンの配置にもこだわり、丁寧な接客をしたいとの希望から入場制限をするなど女性ならではの感性が感じられる。最近では一見変わった造りのショップを見かける。一種の付加価値ともいえるだろうか。そしてこの本の後半にはインターネット販売の話がある。私が思っていたほど儲けがでないのだなと感じた。低コストだが、店舗の商品と違いを出さなければ、あえてインターネットで買おうとは思わないのである。
この本はパン屋を始めたい人が読んだらとても解かり易いと思う。私が思っていた以上に詳しく書いてある。著者が取り引きをした業者の人がどういう受け答えをしてくれたかなど、どういったところと交渉したら良いかなど具体的な話が満載されている。もちろん、最初に私が言ったようにパン屋を始めたいとは思っていなくても、起業の難しさ、段取りなどがわかり勇気付けられる。また、著者の決断力や行動力が文章の中から読み取れる。そして、人脈の大切さも実感できる。著者は2つ目のPC販売会社でインターネットの利点を実感しました。最初のパン屋でのアルバイトがきっかけになっている。自分の人生が全てつながっていないようでつながっている。私も少しブランドに左右される部分があるので、ブランド力や品質で勝負し、少しくらい値段があがっても買うという心理は理解出来るし、そこにビジネスチャンスを見出すのも理解出来る。著者のような人がたくさん出てくる事はとても良いことだろう。起業を考えている人にも勇気が湧くだろう。