2003年5月書評
評者:北沢(5期生)
斎藤孝[2003]『質問力』筑摩書房。
ISBN4480816267
67×35=2106

 個人的なことだが、私は初対面の人と話すのが苦手だ。相手の事を全く知らないので、何を話して良いのかが全く分からない。だから、「初対面の人と3分で深い話が出きる!!」と帯に書かれていたこの本に非常に興味を持った。実際に本書を読んでみると、著者は意外にも極めてシンプルな答を出していた。著者いわく、「いいコミュニケーションの秘訣は質問力にあり…」。確かに、会話をする場合、「問いかけ」のない会話など存在しない。お互いに質問をすれば自然とコミュニケーションは生まれる。さらに、質問力、つまり自分が出す質問の良し悪しによっても、相手から引き出せる情報量が異なる。この著者の視点は実に面白い。本書は、その「質問力」に視点を置き、どのような質問をすればコミュニケーションが深められるかについて書かれている。
 では、「コミュニケーションを深められる良い質問」とは何か?まず、著者は良い質問のキーワードとして「具体的かつ本質的」と言うものを挙げている。非常に具体的かつ本質的な質問によって人の想像力を刺激させ、対話へと発展していくのだという。著者は、ここで1つの例を紹介している。詩人の谷川俊太郎が作った質問の中で「自信を持って扱える道具を一つあげてください」という質問がある。自信を持って扱えることができる道具ということは、その人がその人が人生の中でその道具に対してエネルギーをかけてきたことがわかる。つまり、その人が、自信を持って扱える道具が何かという具体的な質問の他に、自分が今までやってきた事をクリアに考えることができる本質的な質問を投げかけているのだ。この質問は相手の想像力を刺激する事ができ、非常に深い話ができる。
 次に、座標軸を使い、縦軸を具体的―抽象的、横軸を非本質的―本質的とし、右上を具体的―本質的な質問、右下を抽象的―本質的な質問、左上を具体的―非本質的な質問、左下を抽象的―非本質的な質問の4つのゾーンに分け、質問のゾーンを明確化している。この座標軸を頭の中で意識すると、自分の質問がどこに位置付けられるかがわかってくる。自分の質問がどこの位置付けか明確に解るので、この座標軸を意識するだけで、格段に質問は違ってくる。ここでも、著者は1つの例を用いて解りやすく解説している。数年前,i-modeが登場してから間もない頃、あるベンチャー企業の人がi-modeの影響力を調べるための市場調査を行った。そこで、この人は、アンケートで「あなたは今どこにいますか?」という質問を投げかけたところ、2千通もの返信があったという。この結果から、i-modeがどこでもできるとんでもないメディアだという、i-modeの本質が知ることができたという。この答えやすく具体的な質問によって、i-modeは本質が知ることができた。もし、この質問を「i-modeとはあなたにとって大切なものですか?」といった本質的―抽象的な質問や、「あなたは1日i-modeをどれくらい使いますか?」といった具体的―非本質的な質問にしていたら、間接的な答しか得られず、これほどの返信は望めなかっただろう。
 さらに、著者は、あらゆる著名人たちの対談を例にして、自分の知識や意見をもって、相手の意見を言い換え、相手に共感させる「沿う技」と、自分の経験や問いかけを絡ませ、相手の意見を抽象的な方向へ持って行き、そこから本質的な意見へ持っていく「ずらす技」の2種類の質問の技を紹介している。相手の意見に沿いながら、自分の経験を絡ませ、少しずつずらしながら質問する事によって、より具体的かつ本質的な質問ができる。何より相手を自分の意見がわかってもらえているという安心感を与え、より具体的かつ本質的な回答が得やすいのだという。
 最後に、良い例としてハイレベルな質問が飛び交う3つの対談を紹介している。この対談の中で答えている当人がその質問をされるまで思いもしなかったことが導き出されるものを、最もクリエイティブな質問として紹介し、この質問を生み出す事が「質問力」の最終目標であると言っている。
 以上が本書の内容である。会話を上手に進める方法として「質問」に注目する著者に視点が面白い。座標軸を頭の中で意識し、具体的かつ本質的は質問をすれば、たとえ初対面の人だろうと深い話ができるだろう。より高度な質問ができるようになれば、他者からの有益な情報を得る事ができ、対話の中で充実感が味わえるのではないだろうか。さらに著者が挙げている例も実にユニークで興味を持つ。対談の分析にしても、一般的に認知度の高い宇多田ヒカルや野球の古田敦也などの対談を起用しているので、非常に読みやすく面白い。しかし、この対談の分析だが,かなり細かく見ており,少々くどいように思う。1つ1つの対談の中で1つ1つ説明していくので、大事なことが多く、少し難しい。この本が掲げていた「初対面の人と3分で深い話が出きる!!」のレベルまで行くことは難しいのではないか。だが、自分の質問力を分析し、コミュニケーション力を上げるきっかけを作るには充分すぎる本である。人との対話が苦手な人には、ぜひオススメしたい本だ。