2003年夏休み書評(第3回)
評者:北沢(5期生)
柳下公一[2003]『ここが違う!勝ち組企業の成果主義』日本経済新聞社。
ISBN4532310636
82×35=2703字
まずこの本をお読みになろうとする方にお尋ねしたい。あなたは「成果主義」と聞いて、どのようなイメージを持ちますか?一部の方は除いて、おそらくほとんどの方が肯定的なイメージを持たれるだろうと思う。『成果主義を浸透させたいといった企業側の決意の表れか?』『それとも、成果主義の肯定的なイメージを利用して企業のイメージアップを図っているのか?』どちらによるものかは解らないが、ここ数年の企業の動きを見ても、企業理念に「成果主義」や「成果重視」といった言葉を上げている企業は多い。現代の企業経営を語るにあたって、成果主義という言葉は欠かせなくなっており、もはやこの言葉は日本企業に定着しているように思える。
しかし…である。本当に成果主義は日本企業に定着しているといえるのだろうか?一つの例として、書店に売られている本を見てほしい。書店には成果主義について書かれている本はたくさんある。しかし、それらの本のタイトルに並んでいる言葉は、「本当の意味での成果主義」「成果主義・成功の法則」など、どちらかといえば成果主義の本質を説いている本が多いのに気付く。「勝ち組企業の成果主義」と同類のタイトルをつけているこの本も、冒頭から「成果主義は誤解されている」と主張している。となると、企業は成果主義の本質をいまだつかめず、誤って理解しているのが現状なのだろう。だとすれば、何故、成果主義は誤解されているのか?著者はこの点に関して、以下の3点を挙げている。1.成果主義を単なる賃金制度の改革として捉えている。(極端なケースでは人件費抑制策)2.成果とは何か、能力とは何か、成果をどのように捉えるか、これらをはっきりさせないままスタートしている。3.上司と部下との対話が自立した人間同士の対等な関係になっていない。そもそも成果主義が重視され始めたきっかけとなったのは、バブルが崩壊したときのことだ。従来の日本企業の体系を見つめなおし、バブル崩壊時に起こった様々な危機を乗り越える切り札として登場したものだった。しかし、プロフェッショナルな組織風土を求める成果主義は、旧来の日本の組織風土にはなかなか合わず、上記のような流れになってしまい、さらに日本企業は、日本の組織風土との融和を重視するといった「日本型成果主義」という考えを生み出してしまった。だが、著者はこの点を「成果主義にはアメリカ型も日本型もない」と真っ向から否定する。著者は成果主義について、このように説いている、「成果主義は単なる人事制度の改革や、日本の組織風土との融和を重視するものではない。旧来の組織風土からの脱却を第一に考え、経営トップから始める組織風土の改革である」。さらに、著者は言う、「従来の組織風土から脱却し、強靭な体質への脱皮に成功した企業が増えたとき、はじめて日本経済の復権がある」と。本書は、成果主義の先駆者・成功者といわれた武田薬品の元人事部長であった著者が、自己の体験をもとに、改めて成果主義の本質を説く本である。それでは、勝ち組企業である武田薬品の成果主義とはどのようなものか? まず、著者は「経営トップからする組織風土の変革」を挙げている。従業員が企業の新たな目的に沿って行動するためには、経営トップからの変革が求められると主張する。「経営トップが旧来の企業風土を根底から否定し、新たな経営目標を自分の言葉で語る。その目標をもとに、従業員に対して具体的な期待を示すことで、従業員が具体的な行動をとる事を求めていく―」こうしたシステムをいかに構築するか、これが成果主義の第一歩になるのだと主張する。 このことを踏まえ、著者は、成果主義のキーワードともいえる2つの言葉を投げかけてくる。「アカンタビリティー(成果責任)」と「コンピテンシー(行動特性)」という言葉だ。 最初に、「アカンタビリティー(成果責任)」の重要性について。著者は、成果主義を導入.定着させるため、「どのように成果を把握するか?」が大きな問題であると見ている。そこで、著者が注目したのが、アカンタビリティーの明確化による職務中心の評価だ。―まず、企業は職務を分析し、その職務に期待する成果(アカンタビリティー)を明確化する。次に、その職務を担当する社員が職務の役割.機能を分析し、「何をすべきか、何のために、どこまでやるか」といった約束事を企業との間で決める。その約束事の達成度によって評価する―というものだ。あらかじめ、当事者間に約束ができており、期末には「約束した事ができたか、できなかったか」だけが最大の関心となるので、必然的に正当な絶対評価となるというわけだ。 次に、「コンピテンシー(行動特性)」。著者は、企業内のハイパフォーマーが持つ安定的に発揮しているコンピテンシーを分析し、職位ごとに必要とされるコンピテンシーを明らかにすることで、そのコンピテンシーを昇進.昇格の基準として捉えている。そのために、著者が行ったものは、ハイパフォーマーの特性に注目し、それをモデル化することでコンピテンシーを把握する方法だ。対象者に面接や行動特性に関するテストを行い、それぞれの職位から達成指向性やリーダーシップを数字化して求め、モデル化を行う。こうしてそれぞれの職位のコンピテンシーが把握する事ができる。これを用いて全ての昇進.昇格を判断するわけではないが、一つの基準として捉えている。 さらに、著者は、対話による個の確立を目指し、成果主義の成否は、上司と部下の間で行われる「個」対「個」の対話が成立するかにかかっていると主張する。組織風土は「個」が形成しているのであり、構成員一人ひとりが変わる事で、一気に組織風土は変わりえるものだと考えなければならないと説いている。 本書を読み進めていただくとおわかりになるだろうと思うが、他の成果主義の本と比べても、かなり実践的な内容になっている。「〜であるべきだ」といった理想論の本ではなく、「〜だったから、〜した方が良い」のように現実の体験をもとに説明してくるので、説得力はかなり高い。ただ、あえて欠点を言わせてもらえば、タイトルにある「勝ち組企業の成果主義」というのは理解できたが、「ここが違う!」の部分はあまり記述されていないように思えた。他社との比較がなかったので、武田薬品の成果主義は理解できたが、武田薬品の成果主義のすごさは良くわからないように思えた。だが、勝ち組企業の成果主義は充分に説明されている本である。かなり実践的な内容なので、内容的にも難しいが、勝ち組企業の成果主義を知ることで、日本企業が何をすべきかが見えてくるのではないか。