2003年7月書評(第2回)
評者:望月(5期生)
松本 大[2003]『10億円を捨てた男の仕事術』講談社。
ISBN406211877
55×35=1925

 この本の著者、松本大は現在、マネックス証券のCEOである。マネックス証券を起業する前にはゴールドマンサックスの共同経営者であった。しかし、数十億円の報酬が入るといわれていた株式上場を目前にして、辞職したという、まさに10億円を捨てた男である。
 これほどの選択をした著者は、人並み外れた考えを持つ人なのか、一体どれほどの自信家なのだろうか。しかし私自身が思い描いたこの人物像は、この本を手にとって直ぐに覆された。「私は偉そうに他人様に対して語れるような人物では・・・未熟な経営者です。」という書き出し。非常に謙虚な人であったのだ。
 この本は、著者の経験から学んだことを元に色々な例えを挙げ、7章にわたって著者の仕事術が述べられている。
 第1章には、ビジネスの基本であるコミュニケーションをとることが重要だとある。そもそも、コミュニケーションの意味を誤解している人が多いことが問題である。コミュニケーション=会話をすることではない。目的意識を持ち、お互いに真意を伝え合い、何らかの結論を出すことである。まずはこの正しい意味を理解する必要がある。またその際に注意することは、ありのままの自分をだすことである。自分を自分以上・自分以下に見せることは難しく、相手がそれを見抜いたときに、失敗する可能性も高まるからだ。
 第2章では、著者が10億円を捨ててまで辞職したことの理由が挙げられている。著者はお金以上に本当の自分のやりたいこと、またそれを実行するためのクレディビリティ(信頼・信用)を重要視したためだといえる。どんなに能力やアイデアがあっても、クレディビリティがなくなれば誰も助けてくれない。ビジネスとはクレディビリティなくして成立しないのだ。また、2つ目の辞職の理由として、時間軸に対する意識を強く持ったことが挙げられる。パソコン、携帯電話などに例えるとよくわかるが、すべてのものの価値は時間とともに流動している。だからこそ、今、価値のあることは今すぐにやることが重要であり、そのタイミングを逃すなということである。
 第3章では、様々な判断をする上で偏った判断を下すことを避けるため、あらゆる多くの情報と接することを提示している。また、その情報をビジネスに活用する際の注意点がいくつか挙げられている。第4章では、2章に関連して、クレディビリティの重要性について再度説いている。他には、目標をもち、自分のポジションを把握しエクスキューション(汗をかく)するというビジネス現場での心構えについてである。第5章には失敗した時、健康面・お金の面で悩んだ時、会社・仕事に対して行き詰まりを感じたとき・・・などの対処法が細かく述べられている。
 第6章で著者は、自社・マネックス証券のことを、単なる金儲けでなく、プライベート、個人的な興味でもあり、社会に貢献したいという願いも込めてつくった会社。まさに自分の全てであると主張している。そのため、仕事上のストレスを極めて少なくできるという。これから起業するひと、起業したひとに向けて、仕事に対しての考え方を述べている。
 最後に第7章で、「まずはアクションを起こそう」と締めくくられている。ビジネスにおいて、何がやりたいのか。何からやればいいのか。ただ悩んだり考えたりしているまえに、ひとつでもいいから何かアクションを起こそうというものである。物事の優先順位を考えても結局、結論はでない。では、何でもいいからやってしまおうという考えだ。ただ、その際に、自分のできること・できないことをしっかり把握する、「自分にあった靴を履く」ということを忘れてはいけない。
 本書には、筆者の謙虚さも影響しているためか、読んでいると全てのことになるほどと納得してしまった。例え話やエピソードが多く組み込まれている点では、非常に理解し易く、読みやすいものであった。現在、会社を経営している人、新たに起業しようと考えているひとへのアドバイス的な本であり、ビジネス現場での参考になる本であると思う。ただ、大切なこと、筆者の伝えたいことが多すぎて、これだけは伝えたいという著者の強い主張が明確につたわらなかった。しかし、それは本書から何を一番大切だと感じるか、読者一人一人が違うということでもある。その点を考慮してみると、誰でも著者の意見に同意できる、自分に合った仕事術のヒントを得ることが可能な本であるといえるのではないか。