2003年5月書評
評者:佐藤(5期生)
森永卓郎[2003]『年収300万円時代を生き抜く経済学』光文社。
ISBN4334973817
35×54=1890

 現在の深刻なデフレ社会のなか一般的なサラリーマンの給料は日本国内で標準的な600万〜700万円から確実に年収300万〜400万円に下がっていくだろう。しかしこれは大陸ヨーロッパなどからすればグローバルスタンダードであり(長時間労働といわれるアメリカ、イギリスを除く)、年収300万円でも従来の常識とは違った新しい価値観へ切り替えから「豊かな」生活は送れるのだと著者はいう。
 そもそも、なぜこのデフレ脱却にこんなにも時間を費やしているのか。小泉内閣が誕生して1年8ヶ月が経過するが一向に改善される気配がない。というのも進めている不良債権処理による金融再生プログラムは、銀行の首を締め中小企業の破綻に追い込むもので、景気回復につながるものではないからだ。また2002年の税制改正や、医療制度改革でさらに庶民の生活を苦しめる。小泉内閣がなぜこのような状態でもなお金融再生プログラムを強行するのか。それは小泉内閣のブレーンがとてつもなく頭が悪いか、もしくは景気を回復させようなどとは思っていないか、このどちらかである。そしておそらくその答えは後者で、小泉改革は「金持ちをますます金持ちにする」という金持ち優遇政策に他ならない。
 そして近い将来、アメリカの「本当のエリート」に憧れる日本の金持ちエリートたちにより、日本はアメリカ型経済社会という新たな階級社会に作り変えられるだろう。そしてさらにその新たな階級社会で、下記のような戦略により支配者側に立とうとするのだと著者はいう。
@ ITバブルを引き起こして「頭金」を作る。
A 金融引き締めによるデフレを仕掛けて、資産価値を急落させ、不動産を借金で購入した企業を追い込む。
B 不良債権処理を強行して、放出された不動産を二束三文で買い占める。
C デフレを終わらせて、買い占めた不動産価格でキャピタルゲインを得る。
D 一度たたき落とした旧来型の企業や一般市民が、這い上がってこないように弱肉強食社会へと転換する。
E 国民に反論させないための「罠」を仕掛ける。
 このステップを踏むことによりアメリカに憧れるただの金持ちエリートだった彼らがアメリカ型経済社会に変えていくなか10年足らずで大金持ちに成り上がっていくことを可能にする。このようにアメリカの市場原理のシステムがさらに浸透し、厳しい競争社会になっていけば一部の人たちに富が集中する社会となり、サラリーマンの給与格差も急速に拡がり1億円稼ぎ出すサラリーマンが出てくる一方で、年収100万円台のサラリーマンも増えていき、そして一般的なサラリーマンの年収の主流は300万〜400万円になっていくだろうと予想される。年収1億円という「勝ち組」は1割で、およそ9割は「負け組」の方向に向かうのだ。
 年収300万円とは現在の平均収入の約半分だ。それではまともな暮らしができないと考える人が多いだろう。しかしそれは間違いで年収は半分になっても必要な生活用品が半分買えなくなるわけでもなければ、餓死するわけでもない。今の日本は社会資本も、文化的な基盤もそれなりに整備されているし、お金を使わなくても幸福に暮らす方法はあるのだ。
また、長時間労働をしても高い所得が必ずしも望めるわけでない社会がくるなか、日本のサラリーマンはいつまで無理に働こうとするのか。本当はお金はほどほどでよいから、もっと安心してゆったりと暮らしたいと思っているのではないか。長時間労働をして高い所得を得るアメリカ型と対比される、大陸ヨーロッパ型のライフスタイルがある。ヨーロッパの人々は個人個人が、自分がいかに楽しく幸せに生きるかという価値観を中心に生活している。今こそそのヨーロッパの人々に習い本当に「幸福」な人生を目指すべきである。年間実働2000時間とすると、寝る時間を差し引いても3000時間から4000時間の余暇があるといえる。その時間を家族と過ごしたり、生涯の趣味を探す時間に当てるとか、または収入を増やすため副業、複業を始めるのもよい。ほとんど可能性のない階級社会での成功をひたすら目指すより、自分にとって本当に「幸福」な人生にするための時間を自分に投資する、なんとも豊かな生活ではないか。