2003書評(第3回)
評者:佐藤(5期生)
石原慎太郎[2000] 『日本よ』 産経新聞社
35×54=1890
ISBN4594037658

 あなたは、この日本についてどれだけ関心があり、そして知っているだろうか。この現在日本が世界の中でどんな地位、状況に置かれているか把握しているだろうか。私は政治になど興味がなく、そして自分の生まれたこの日本という国への帰属心もそれほど強くないと思うが、それ以前にそのようなことを考えること自体今までなかったのかも知れない。そんな私がこの本を手にしたのは、本書のこの力強いタイトルに呼び止められたからだろう。
本書は、産経新聞に1999年から3年間に渡り連載されたコラムが単行本化されたものである。
 今日の日本の停滞と衰退の根本的な原因は、国家全体のシステムが疲労をきたしていて新しい状況に対応しきれずにいるからで、そして尚且つ国家としての自己主張や意思決定すら自らで出来ていない。そういった日本社会の現況を見て思うのは、かつての社会心理学者が指摘した、文化遅滞(カルチュラル・ラグ)という社会崩壊にも繋がる危険な社会的歪みの症状だという。「文化遅滞」とは、人間が作った制度や体系が、それが促した社会の変化発展の結果としての現実にそぐわなくなっているのに、そのシステムを作った人間たち自身がそれに気づかずにいるままいろいろな齟齬をきたしてきて、それらのギャップがさまざまな社会不安や、ファシズムを含むヒステリー現象を生み出し、やがては社会の崩壊をも招くということだ。まさにそういった症状が日本社会を覆っており、そして国家が滅びる一番致命的な要因である自己決定が出来なくなっているというこの状況を認識するだけでも、末恐ろしい。
また、世界における日本の立場とは自分たちが思っているより悪いものだ。  
 日本人の持っている力について、あくまで相対的に比較してみれば、日本人は秀でた特性を持ち、それを踏まえたさまざまな強い力を持っている。例えば経済力や技術力やそれを支える教養基準の高さなど、あまり知らずにいる日本人があまりに多く、その使い方もよくわかっていないという、歯がゆい現状だという。こうした強い力を持ったこの国は、いつまでアメリカの言いなりで弱気な外交を続けるのか。場当たり的な状況判断と意思決定しかできない今の政治家は、国を預かる政治家としての根本的な情熱が欠落している。他国への従属などではなしに、自ら持てる力を信じ、それをいかに有効に使うかという自立の発想に立ち返って歴史に向かって示したいものだ、と著者は続ける。
 本書からは、そういった著者の信念に基づく祖国への想いが読み取れる。著者のことをナショナリストと呼ぶ人もいるそうだが、私は決してそのような印象はない。こんなにもこの日本という国を想い、そして日本の未来を見据えている人間を知らない。それは、愛国心と呼ぶべきものに他ならない。
 そういえば昔、小学校の頃だったか国語か何かの授業で「アイデンティティ」という言葉の意味とそれについて学ぶ機会があったのをうっすら覚えている。日本という国に生まれ、自分がこの世に存在する上で、意識のなかで常に持っている存在意義なるものについて考えるような内容だったと思う。しかし今思うのは、アイデンティティだとか国籍だとか、当たり前に意識していると考えていたことは、実は自分の中には存在などしていないのではないかという疑問である。日本人である自分を誇り、そしてそのために一丸となるようなそんな機会はこの戦後半世紀果たしてどれだけあるだろうか。そのような祖国への情熱に欠けているのは、政治家だけではなく国民もそれと同じかも知れない。そんなことを考えさせられた一冊であったが、読み進めるうちに沸々と芽生えてきた、今の日本に対するこのなんとも云い難い歯がゆいような熱い感情は、祖国への愛国心に似たものなのだろうか。他に数多ある政権批判や国家の危機を訴える本と本書が違っていたのは、著者である本人が、この東京という大都市を預かり自ら治めている政治家であるという、そういう理由からだろうか。いやそれだけではない、都知事就任後行ってきた数々の政策や、発言などを裏付けるのがこのような情熱ある愛国心であるという事実を発見したからだろう。今年で御歳70歳という、年齢とは相反する新たなものを見極める目と作り出す柔軟な思考。彼の頭の中では、今どんな政治プロジェクトが構想されていて、次は何をやってくれるのだろうか。今の日本を変えてくれるのは、この人しかいないのでは、そんな期待すら持ってしまうのは私だけではないだろう。