2003年7月書評(第2回)
評者:宿利(5期生)
山井和則『世界の高齢者福祉』岩波新書。
ISBN4004301866
35×66=2310字

 日本は「敬老の国」だと言われている。9月15日には「敬老の日」という休日まであるし、同居率も他国と比べても非常に高い。しかし一方で老人病院に「寝たきり老人」が溢れていたりもする。そんな矛盾を感じて、将来誰にでも訪れる未来だということもあり、私は日本の「高齢者福祉」について知りたくなったのでこの本を選んだ。
 本書は筆者が日本や海外で実際に体験した老人介護の現状やそこで働くヘルパーの声を載せたルポ形式の本である。したがってとてもリアルに現場の状況や老人、ヘルパーの気持ちを見ていく事ができる。例えば、日本の老人ホームの実習日記というものがまず初めの章に出てくるのだが、ここでは筆者が「寝たきり老人」のお世話をし、その現場報告と感想を述べている。これが本当にリアルにその現場の現状が書かれているのである。高齢者介護の過酷さ、介護者の不足、高齢者とその家族との関係、老人ホームに対する世間の偏見、寝たきり老人の多さなどなど。「話には聞いていたが、ここまでお世話しないといけないのか。こんな大変な仕事があるのかとショックを受けた。なぜか涙が出てきた。吐き気もしてきた。無意識に心の中で「畜生」と叫んでいる自分に気づく。」と筆者は自らの体験の中でこう漏らしている。この体験を通して「年老いて、身体が不自由になれば、どこの国でも寝たきりになってしまうのだろうか?それとも日本の貧しい福祉が原因なのか?」という筆者の疑問のもとに、第2章の【世界の高齢者は、今…】へと続く。2章では全部で5つの国が登場する。まず、「元」福祉国家で知られるイギリス、「寝かせきり老人」がいないと言われるデンマーク、そして「先進的な福祉国家」で知られるスウェーデンといった「福祉先進国」である国の老人施設で働いて、どこが日本と違うのか、またどうすればそこへ近づけるのかという疑問を解いていく。例えば、日本と福祉先進国との最大の違いは「ベッド」と「椅子」だと言う。つまり福祉先進国の高齢者のほとんどは、共同の広い居間のソファーに腰を掛けて一日を過ごす。日本のように一日寝たきりの老人はほとんどいないのである。それから、筆者が紅茶に砂糖を入れるときに震えて半分ぐらいをこぼしてしまう老人を手伝おうとしたら、「自分で出来ます。私は、自立しています。」と言われたという話が載っていた。本当に驚きである。そして逆に日本では具合が悪くなればすぐに寝かせようとしてしまう「間違ったやさしさ」を対比として紹介している。このように日本と海外の高齢者や高齢者に対する人々の考え方の違いが他にもいくつか出てくるが、それにより、日本では当たり前だと思っていたことが、実は間違っているのではないかと見直すことができるのである。そして次に登場するのはアメリカ。本書に載せられた表によるとアメリカもまた「寝たきり老人」が日本に比べてとても低い。しかしアメリカは高齢者福祉としてではなく、シルバービジネスとしての老人施設が多いと言う点で、前の3国と異なっているようだ。もちろんこれにも光と影がある。例えばシルバービジネスが発展していて、施設などの規模も日本にと比較にならないほど大きいが、ビジネス=利益を生み出さなければならないため、どうしても高齢者の人権尊重より利益を優先してしまう。アメリカの老人施設で筆者は車椅子に紐で縛りつけられている老人をよく見て疑問を感じたと書いてあるのだが、これが利益を優先していくしかないシルバービジネスの限界なのだそうだ。最後の国は同じアジア圏のシンガポール。まず、ここでの特徴はお世話のヘルパーがほとんど外国人労働者だということと、日本と同じく寝たきりが多いということである。筆者は、「敬老の国」と呼ばれる国の老人施設のほうが状況が悲惨であり、それは「敬老」の思いが間違った考えを生み出すからではないかと述べている。私もこの5国を見てきてその通りだなと思った。そして3章では、5国を見てきた上でどういった形体が本当に高齢者やその周りの人達にとって幸せなのかを検討していく。もちろんこれといった答えは出ないが、これから日本の高齢化福祉を改善する上で参考になることがたくさん書かれていた。4章は再び日本の老人施設を筆者が訪問する。やはり悲惨な状況に目をそらしたくなるような文や写真が掲載されている。ここでまた自分の国の現状を見つめさせられるのである。「これから私たちが変えていかなければここに載っている話は他人事ではなくなってくるのだよ。」という筆者の訴えが彷彿と伺え、「本当に変えていかなければ」と思わずにはいられなくなった。
 本書を読み終え、まず思ったことは「分かり易い」ということだ。以前にも世界の福祉についての本を読んだが専門用語ばかりでとても分かりづらかった思い出がある。それから、グラフや表に関しても、筆者の手抜きとも思えるような簡素なものが逆に見易かったし、写真もかなり多く掲載されていて、状況を目で見ることが出来た点が良かった。しかしどの施設の訪問も2週間から1ヶ月という短期間ということで、表面的な部分しか見えてない気もした。しかしこの点は筆者も感じていて、本書を書き終えると同時にまた世界へと旅発つとのことなので、この結果は今後の出版に期待したい。