2003年夏休み書評
評者:宿利(5期生)
熊沢誠『女性労働と企業社会』岩波新書
INBS4-00-430694-9
30×65=1950文字
今年の4月、新学期が始まり学校へ通学する際、今まであまり目にすることのなかった珍しい光景に出会った。それは女の駅務員である。私はそれまで女の駅務員に出会ったことがなかったのでとても驚いたのを覚えている。しかし、何日か後に別の線でまた女の駅務員に出会った。そうこうしているうちに女の駅務員の存在は、私が学校へ通う度に目にするごく当たり前の風景となったのである。このように、目に見える女性の職場変化に私は感動した。それから、就職活動を終えた女の友達や先輩に話を聞いても、就職活動にいたっては男女平等だったと言う人が多い。では会社の中で女性差別は本当になくなったのだろうか。女性労働者が働きやすい環境とはとても思えない現実を見ると疑問がはしる。そこで現時点での、男性と比べたときの女性の社会での立場、待遇、賃金などの問題、所謂「ジェンダー」問題が一体どうなっているのか?と言う事を教えてくれるのが本書である。
まず第1章は女性労働の変化を統計やグラフを用いて年代別、職業別、など様々な面から見ていき、その統計やグラフを踏まえた上で、隠れている問題を著者が指摘していくというものである。2章ではそれらの具体例として5人の女性が登場する。これは、わりあい環境に恵まれている専門、技術職、所謂「OL」と呼ばれる20代事務職、パートや非正社員などの立場の40代〜50代の事務職、そしてもっとも恵まれていないとされるブルーカラーの女性労働者などといったように、1人1人ばらばらの労働環境で働く女性達の話である。必ずしもこの女性達がそれぞれの職種の典型ではないにしろ、この職種別の労働環境の比較はとてもおもしろかった。例えば、男女効用機会均等という環境に恵まれ、家庭と仕事の両立も達成出来ていたにもかかわらず、結局は過重なノルマ設定という能力主義に破れ退職した30代既婚女性の話や、もっと男性と同じように責任があり、給料も高く、フルタイムで働けるような仕事をしたい、つまり能力主義の社会に挑戦する機会を与えてほしいと訴える50代パート職の女性の話。それから、男性と同じ仕事をする機会もほとんどないし、今なお会社に残る「セクハラ慣行」に耐えることが出来ず3年で退職していった20代OLの話など、このように具体的に比べて見ると職種別、男女均等機会状況別にも女性側の主張が変わってくることが良く見えてくるし、ただ学者の言葉を見ていくよりもこのような具体例をたくさん用いた方が読者にとって分かり易く、読み易くなるのではないか。続いて3章では「男の仕事」・「女の仕事」と言われるものを1章同様、いくつかの資料を見ながら検討していく。この章で興味深かったのは、一番男性社会の犠牲となっているとされるパートで働く女性が、男性以上に女性の家庭や社会での役割に対して伝統的な、古い考えを持っているという事実がアンケート結果にはっきり表れていたということである。つまり、必ずしも昇格、賃金、職域などにおいて低く差別されている人ほどその差別状況を告発しているわけではないのだという事がこの章から分かってくる。そしてその原因の指摘として4章で、アマルティア・センの「永遠的な逆境や困窮状態では、……不可能なことやありそうにないことを望まないようにする…」という言葉を索引していた。差別が当たり前の時代に育った女性が古い考えを持ち続けていることに納得が出来る気がする。このように4章に限らず、しばしば著者は新聞や外国の学者などの言葉を索引するのだが、これが思わず納得してしまうものばかりであるのでおもしろい。そして最後の5章は全体のまとめ、ジェンダー問題に対抗する営みの提案などが記されている。
本書は2000年の本なのでリアルタイムな情報ではないかもしれない。しかしこういったジェンダー問題は、「男性側」・「女性側」の視点ではなく、中立な視点に立って冷静に議論することが一番重要だと思うので、本書の著者がどちら側にもつかない中立的な立場であったということがとても良かった。それに本文でも述べたように、多少の難しい用語は出てくるものの、具体例や新聞などの索引を盛り込むことによってとても分かり易い内容となっている。ジェンダーについてあまりよく分からない人も読み易い1冊ではないかと思うので是非読んでみて、ジェンダーという誰しもがぶち当たる身近な問題について考えてほしい。