2003年7月書評(第2回)            
評者:福永(6期生)
木村政雄[2000]『笑いの経済学』集英社新書。
ISBN408720014
56×35=1960字

 吉本興業と言えば今、誰もが「ああ、あの大阪のお笑いで有名な…。」と言う感じで答える事が出来る程の知名度を誇っている。その分野においては他を圧倒している事だろう。実際に、西日本なら近畿地方でなくてもテレビで「吉本新喜劇」を放送しているぐらい広範囲になじみがある。だが、そこまでの業績を上げるまでには容易ではなかったことが本書では創業の歴史から述べられている。ならば、今日における有名な会社になるまでの大まかな歴史は本書でどう述べられたかと言うと次の通りである
 吉本の成り立ちは明治四十五年に、老舗の荒物問屋「箸吉」の若旦那・吉本吉兵衛と、せい夫婦が天満天神の裏門に面してあった八軒の客席の一つ「第二文芸館」経営に乗り出したのが始まりであると著者は述べている。そこで演芸を興行し、規模を拡大させ、昭和二十三年に合名会社から株式会社に改組して、映画やボウリングなどの分野にも着手し売り上げを伸ばしていった。そして、今の地位を築き上げて行ったという。この事に関して率直に出てくる感想はたいていの人はその歴史の深さと、「笑い」だけでやって来たわけでないことに驚く事だろう。私もその一人だ。そして、現在も安定し、成長を続けるのはその発想によるものでもあるようだ。
 まず、「新喜劇」の例からだが、タモリやビートたけし、明石家さんまのようなそれまでになかった様な芸風の人が登場してきた当時、そのような変革を大阪では実感する事が出来なかったと著者は述べている。なぜなら、吉本新喜劇を見た時、つまらないと感じ、お客さんも新喜劇が始まるとぞろぞろと帰ってしまうという。原因を解明してみると、いわば、部長、課長クラスのスターが若い作家の台本や若いプロデューサーのアイデアをことごとく退け、自分たちのやりやすいように変えていたようである。年配者が動きを嫌い、動きのない芝居を続けていたので、過去のように全員でずっこけるなどの動きからくる笑いが全く期待できなかったと言っている。そこで導入されたのが「新喜劇やめよっかな」キャンペーンと言うものだそうだ。これは、若い者を目立たせたり、台本通り演じさせることを強要したものであり、従えないのなら辞めてもらうといったものでもあるという。これには会長以下会社の幹部らも認めてくれたのもあり、思惑通りいったとなっている。随分と大胆なことを行っているが、このような他社が真似ることのできないことをやってきたことで今日の吉本があるのだと、私は感銘を受けた。
 驚く事はまだある。この不況下において安定を保っているにもかかわらず、例えば、大きな目標としてオリンピックをプロデュースしたいなどのリスクのある新しい事業に挑戦しようというのだ。「新しい挑戦のない企業は死んだも同然なのですから、なんら恐れることはありません。新しい挑戦にはリスクがともないますが、やるリスクよりも、やらないリスクのほうがずっと大きいと思います。」と、これは本文のそのままの引用であるが、現在のこの不況下にこのようなことを言える企業はどれだけあるのだろうか。現状に甘んじることなくさらなる成長を目指す吉本興業の向上心が伺うことが出来る。
 「商は笑なり」。この言葉が結論部分で用いられている。私は吉本を象徴している言葉であると同時に、吉本興業の一員である著者が我々読み手にこの著書を通して訴えかけている言葉だと解釈している。この本の始めの部分でも述べられているが、大阪人の、欲しいものにはとことんこだわるような精神が日本経済を救うことになるとある。その大阪人の精神を一番反映しているのが吉本興業であり、先に述べたとおり、大胆な発想やリスクを背負ってでも会社を伸ばそう、広げようとする姿勢を訴えかけているのだろう。
 本書の流れ、概要は以上の通りだが、私が面白みを感じたのは、大阪人的経営=吉本興業として話を進めていくので頭に入りやすく、また、今までの「笑い」だけのイメージだった吉本興業のイメージが変わる内容でもあった。不況下の悲観論を一転して笑える余裕を持ちながら、目先の利益ではなく、もっと先を見据えるべきだというものであるので、先の見通しについて暗くしか考えられない人にはぜひ読んで欲しい著書である。大阪人の前向きな明るさを分け与えてもらえる事だろう。ただ、最後まで大阪、大阪で、共通語を大阪弁でとまで述べていて、著者がひいきしすぎな面もあると思う。まあ、それがここで言う大阪人の商売根性と言うようなものなのかもしれないが、全ての論述を真に受けるのは少し危険かもしれない。