2003年7月書評(第2回)
評者:近(6期生)
高橋祥友[2003]『中高年自殺』筑摩書房。
ISBN4480061126
35×60字=2100
人には死ぬ権利があるだろうか?世の中にはその権利があると言う人もいる。私はこの意見を認めない。誰かが死ぬことによって悲しむ人が必ずひとりはいるはずだからだ。また、死を選ぶことしかできなくなった状況に陥ったとしても、心の片隅ではきっと「まだ生きていたい」という気持ちがわずかにあるはず、と私は考えるためである。著者も私と同じ意見であり、とてもうれしく感じた。しかし残念なことに、現在の日本では十分な自殺予防対策がとられてはいない。私自身もそうであるが、大半の人が日本の自殺の現状を知らないのではないだろうか?これから自殺の現状、予防法、不幸にして自殺が起きてしまった後の残された人々へのケアなど、様々なことをおおまかに説明する。
1998年になると、前年に比べて年間の自殺者総数が一挙に1万人以上も増えてしまった。そして、年間自殺者総数3万人台がそれ以来連続している。世界でも自殺は深刻な社会問題となっている。世界保健機構(WHO)の推定によると、世界では年間およそ100万人が自ら命を絶っている。これは仙台規模の大都市に匹敵する人口が毎年この地球上から自殺によって姿を消していることになる。世界全体でみると、若者の自殺の増加や高齢者の自殺が深刻な問題として取り上げられている。ところが、わが国のように働き盛りの世代の自殺が一挙に深刻化したというのは世界でもあまり例のない事態である。働き盛りの自殺の背景にはしばしば精神疾患が存在し、その中でもとくにうつ病が問題となる。うつ病の有病率は女性のほうが高いのだが、実際に自殺で命を失う人となると、圧倒的に男性のほうが多いのだ。その理由にはいくつかの解釈がある。@生物学的な背景として、衝動性をコントロールする能力は圧倒的に女性のほうが優れている。男性は問題解決場面で、敵対的、衝動的、攻撃的な行動に及ぶ傾向が強い。A自殺を図ろうとするときに、男性はより危険な手段をとる傾向が強い。B問題を抱えたときに女性のほうが他者に相談するといった行動に対して抵抗感が少なく、柔軟な態度を取ることができる。では自殺を防ぐにはいったいどうすればよいのだろうか?
2000年2月に、健康日本21企画検討会、健康日本21計画策定委員会がまとめた「二十一世紀における国民健康づくり運動(健康日本21について)」という報告書が発表された。このような動きにより、相談体制を設ける企業があらわれたが、これまた非常に限られた数であり、そのほとんどは大企業で試験的に試みられているに過ぎない。大部分の中小企業となると、この未曾有の不況下で従業員のメンタルヘルス、そのうえ自殺予防にまではとても関心を払う余裕がないというのが現実である。それでは学校における自殺予防教育はどうだろうか。欧米では、日本とは対照的に、1980年代頃より、若者の自殺率が上昇した事態を直視して、学校における自殺予防教育に力を入れてきた国がいくつかある。予防プログラムは国が主導で開発され、しっかりした内容のものである。若者が自殺の問題を抱えたときに、誰に相談するかというと、圧倒的に同世代の仲間であることが調査の結果から明らかになっている。そこで、若者自身を対象にして、自殺予防の教育を行うことの重要性が強調されているのだ。欧米では、若者自身を対象にしなければ、自殺予防教育の成果は十分に上がらないというのが常識になっているが、日本ではまだそこまではいっていない。このように日本の自殺予防への取り組みは不十分なのである。
また、著者は不幸にして自殺が起きてしまった時の、遺された人々への心のケアの重要性も訴えている。「大切な人が自殺したという強烈な体験をしたのだから、ショックを受けても当然だ。それを癒すことなどできない。ただ時が経つのを待つしかない。」などと広く信じられてきた。そのような態度のために、遺された人々は複雑な感情を率直に表現することもできずに、心の傷はますます深くなっているという。こういった人々は何年も経った後に、不安障害、うつ病、心的外傷後ストレス障害などを発病して、専門的な治療が必要になる人すらいるのだ。さらに家族の自殺を経験した人は、そうでない人に比べて、自殺率が3倍も高くなってしまうというのだ。軽くふれた程度だが、遺された人々へのケアの必要性が伝わったと思う。
最後に、本書で紹介されているかなり重度のうつ病を克服したE氏の言葉がとても印象深かったので紹介する。「神様がいるならば、今度のことはイエローカードを出してくれたのではないかという感じなんです。『お前の生き方には無理がある』と教えてもらった感じです。仕事も大事だけれど、家族以上に大事なことなんてあるのでしょうか。本当に好きならともかく、自殺まで思いつめるほどの仕事ってあるのでしょうか。これからは自分の身の丈にあった仕事を誠実にこなしていこうと思います。あと何年生きられるかわかりませんが、人生の最後の時に、家族とよりも、職場で過ごした時間のほうが多かったなんて後悔したくありませんから」と語っている。偉そうなことを言うが、本書を通すことによって、自分にとって本当に大事なもの、生きる意味をもう一度見つめなおして欲しい。私は本書を通し、そういったことを自然と見つめなおすことができた。