2003年7月書評 
評者:中川(6期生)
布施克彦[2003]『54歳引退論』ちくま新書。
ISBN4480061142
35×61=2135字

 多くの企業が従業員に対して早期退職を薦め、リストラを行なっている。サラリーマンたちは、必死に会社にしがみつこうとする。特に50代。なぜなら彼らは、家のローンや子供の学費、それに年齢が年齢だけに再就職が難しいからだ。そんな彼らが54歳で引退?とんでもない話である。私は定年、つまり60歳を迎えてから退職すべきだという一般的な考えからそのことに驚いた。しかし、著者はそれを読者に薦めている。
 まずなぜ、「54歳」での会社引退なのか。二つの理由を提示している。一つは、今の平均寿命は80歳で会社退職は60歳、この20年を年金と貯蓄で悠々自適な生活を送る、こんな生活はもはや限られた人しかできないという点。年金の給付開始年齢は引き上げられ、少子化と経済停滞でこの先年金はどうなるかわからない。ならば他の人より早く人生の転換を図り、自分の一生やれる仕事を探せばいいということ。それから二つ目が、経営の中核を担ってほしい人、使えないから早く辞めてほしい人が選別され、それぞれの行き先が決められる最後の年齢が55歳であるという。前者であればよいのだが、後者に選別されてしまえば、その従業員を早期にやめさせるためのいじめが待っている。であるならば、その前に辞めてしまえという考えである。だが、できるのであれば早ければ早いほどよいに越したことはない、なぜなら若い方が発想力、行動力に優れ、社会の受け入れ間口も広いからである。しかし、実際問題として金銭面(子供の学費、家のローン等)を考えると54歳くらいがちょうどよいとしている。
 次に、一番気になるところだが、54歳で会社を辞め具体的に何をするのかということ。このあたりが、普通の人の考えと違うところだと思うが、著者の言う「引退」とは、田舎でひっそりと暮らすとか、それでなければ派手に暮らすであるなどは含まれない。それは理想であって、一部の人でしかそういう暮らしはできない。サラリーマンを引退しても働くことが前提である。引退して自分のやりたいことをやる。例えば、今まで蓄えてきた知識、経験、技術、技能などを生かしながらやる仕事。または、これまでとはまったく質の違ったことに飛び込んでみるということもある。とにかく、サラリーマンを辞めて自分が主役の仕事を始めることが引退であると主張する。
 だが、引退するといっても無計画に突然会社を辞めて、次の行動を始めることを著者は勧めてはいない。確かに、何をしていいのか、またそのための実力を備えるなどプランを持っていなければ危険であるのは誰でもわかる。現在の仕事は続けながらも、あらかじめ「引退準備」を始める必要があると著者は述べている。その期間としては3〜10年とし、まず初めにすることは「自分探し」であるという。その方法は、多様な場に自分をさらすこと。自分を相対化して、どんな人間か、何が得意なのか、どこが劣っているのかを知り、自分にもっともふさわしい仕事をみつけるべきだとする。
 それから第二段階として「個人力」を磨くべきだという。サラリーマンになぜ個人力が欠けているかというと、彼らは組織に属しているからだ。そのことによって、彼らの仕事は自己完結性でない。つまり、自分で仕事を全部できるようになって個人力の基礎ができる。しかし実際それは不可能である。だから他の人にやってもらうのだがそのときに、「やってもらう」のではなく「やらせる」という意識が必要であると論じる。それを実行できるのが子会社への出向である。そこで社長や役員になることで他人に「やらせる」力を鍛えることができるのだ。そのほか、個人力を付ける方法は、会社の奨励を利用して資格を取得すること。なぜならば、会社で付けた知識は普遍性がなく会社を出ると使えなくなってしまう場合が多いからだ。だから公的な資格取得は個人力を強化してくれる大きな武器となる。そして、時が来たら満を持して会社から引退するのだ。
 本書は、実際に著者が「54歳引退」を実行した(厳密に言うと実行中の)人物である。本人がこの引退論の経験者なので、基礎となる理論とともに、経験談が書いてあるので読みやすく、また自分に当てはめて考えやすい。私自身もまだ学生ながら、将来の人生プランの参考にしようと思った。しかし、著者も認めていることだが、実行する人は少ないかもしれない。年功賃金でこれからおいしいところなのに辞めてしまうなんて、という反論を思い浮かべてしまう。また、50歳で他人とは違う新しい環境に乗り込むのはかなり勇気がいるし、失敗のリスクを考えるとやはり実行に移せないのではないかとも考える。実際に私も早めに辞める必要はなく、やはり60歳まで仕事は続けるべきで、それから仕事と同時進行した計画に沿って退職後に新しいことに飛び込めばよいと思った。そう考える一方で、結局のところ人生設計はそれぞれで他人とは違って当たり前。その設計に迷ったなら本書を読むことをお勧めする。一つの、人生設計プランを掲示してくれる。