2008年書評A
評者:石毛(10期生)
高橋克徳+河合太介+永田稔+渡部幹[2008]『不機嫌な職場』講談社現代新書。
ISBN978-4062879262
921字

 サブタイトルとなっている『なぜ社員同士で協力できないのか』という疑問というか嘆きのようなものを感じている人は、近年少なくないのではないだろうか。
本書は全6章で構成されており、第一章ではいくつかの例をあげながら、最近の職場で見られる人間関係の状況について、またそれに伴う問題点について、社員のモチベーションの低下、疲弊、さらには生産性や創造性の低下、品質問題や不正の発生にまで関わる深刻な問題として取り上げられている。
 第二章では、協力関係の再構築を考えるためにも、現在生じている問題について「役割構造、評判情報、インセンティブ」というフレームから分析し、第三章では社会心理学の見地から、より専門的な分析を行っている。
 それから第四章では、「グーグル」「サイバーエージェント」「ヨリタ歯科クリニック」という3社の事例を見ながら、協力し合う組織について学んでいく。
 例えばグーグルについて「役割構造、評判情報、インセンティブ」の点でみてみると、役割構造については、グローバル&フラットであり、世界中の社員が自由に共同作業できる環境となっており、上下関係の無さも特徴的である。評判情報の共有については、社内にゲームが置かれあらゆる部署の人々が集ったり、個室を作らず物理的な壁を作らないことでさまざまな評判情報を流通させたりしている。インセンティブに関しては、非常にシンプルで、働きやすい職場、トップ水準の仲間、お互いが認知される風土が、エンジニアにとって価値のある報酬となっているそうである。他の2社に関してもとても興味深い取り組みがされている。
 第五章では、「協力し合える組織をつくる方法」として、筆者が問題解決の方法論について言及している。
 そして最終章では、「協力の問題は単に個人の問題ではなく、組織の問題であり、社会の問題でもある。」と筆者は強調していた。
 筆者が何度も繰り返しているように、人間関係という問題は、短期間で、たった一つの確実な方法で解決させることができるということはないと私も思う。しかし、個人が改善させる意思を持ち、会社側もそのような環境づくりをしようという行動を起こすことで少しずつ協力関係を築くことができるのではないかと感じた。


2008年書評A
評者:五十嵐(10期生)
蛭田敬子[2008]『社員を働かせてはいけない』ベスト新書。
ISBN4584121757
926字

 若者を「働かせて」はならない。自分が「働きたいから働いている」と感じさせなければならない。これが、この本で筆者が一番言いたい主張である。単に社員を、お金を稼ぐ道具として扱う企業からは人は去っていってしまうだろう。自ら「働きたい」と思わせられるかどうかが重要なのだ。
 本書はまず、若者の二極化、旧型人間と不戦人間が存在するというところから話は始まっている。本書で言うところの「不戦人間」とは、イヤなことがあると戦おうとしないで違うところへ行ってしまう。『楽しい』を重視して生きる人たちのことを指している。そしてその後、なぜ若者は辞めるのか、会社は何をすべきなのか、上司の仕事は何なのか、が述べられている。最後に、社員を「働かせて」はいけない、女性が近未来の救世主、という内容になっている。
 この一冊を通して、タイトルからも分かるように筆者が「社員を働かせてはいけない」という主張が強く伝わってくる。各章、言い回しは異なるが、チャレンジ・変化すること、キャリアアップすること、成長し達成感を感じること、それらの大切さを伝えている。極論ではあるが、筆者は「人は、自分が働きたいと思えばタダでも働く」とまでも言っている。それぐらい、仕事が楽しいと感じさせることの重要性が述べられている一冊である。
 しかし私としては、なぜ最後に近未来の救世主として女性の話になるのかが、少し疑問であった。確かに、女性をうまく使うことは企業にとっても重要であることは間違いない。けれども、企業が、心地よく自ら「働きたい」と思えるような仕事環境を作り出して行くことに、性別は大きく関係していないのではないかと思った。
 本書で使われている図や挿絵は、内容を理解する上でとても分かりやすかったと思われる。また、ペーパーテストも載せられているので、ちょっとしたゲーム感覚で楽しむことも出来ると思う。そして、各章の最後にその章に関連する質問が、読者の問題意識を問うために設定されている。そのため、ただ読むだけでなく、自分自身に置き換えて考えながら読むことができる。「最近の若者は・・・」と考えてしまう世代の人たちも、もしかしたら、若者や部下の気持ちが少しでも理解することができるのではないだろうか?


2008年書評A
評者:岡田(10期生)
菊入みゆき[2004]『会社がイヤになった やる気を取り戻す7つの物語』光文社新書。
ISBN4334032532
1034字

 「もう会社辞めたい…」。これは今年、新卒で入社した私の先輩の言葉である。驚きと同時になぜこんな早い時期からイヤになったのか、あるいは何が原因なのだろうか。そんなことを考えているとき本書を見つけた。
 本書は、会社という組織の中で働く人のモチベーションがどのように変わっていくかをテーマとし、各章ごとに二十代、三十代と年代別に分けて書かれている。そのため、各年代のモチベーション上の課題や特徴の違いも見て取ることができる。また、本書は物語形式で書かれており、後に簡単な解説や分析も書かれているため理解しやすく、実際のイメージがしやすい文章構成となっている。どこか国語の教科書のようにも感じ取れたが、仕事上または、プライベートでの人間関係や仕事への取り組み方などを会話文を交えながら、モチベーションがどのように変わっていくのかをリアルに表現している。
 第一章では二十代のモチベーションについて書かれている。この年代は経験が浅い分、仕事よりも周り、つまり人間関係や環境によって大きく左右されるのである。とくに上司との人間関係が築けないのは、若い社員にとって足元が崩れるような思いになると著者も言っている。これは当然仕事にも影響する。こういったことを防ぐためにもモチベーションの維持・向上が必要だろう。若い社員は上司に褒めてもらうと、より認めてもらいたいという強い意欲が喚起される。これによってモチベーションが上がる。しかし、褒めてもらうには結果を出さなければならない。そのためには、目標に対する思い入れを強く持つ、つまり目標へのコミットメントが大事だと著者は言っている。こういったことをすれば、たとえ仕事が上手くいかなくても、自分自身の能力や行ってきたことを見つめなおすことができ、自分自身で良い結果に結びつくような答えを出すことができるのだという。これは仕事だけでなく、生きていく中で何にでも応用できる考え方だと思う。
 どの年代からみても、やはり人間関係がモチベーション変化の一番の要因であると思う。本書はこういった人間関係がうまく作れない人に向けたモチベーションアップのためのハウツー本のようにも思えた。しかし、物語形式で書かれている分同じような年代で同じような問題を抱えている人にとっては、共通する部分があり、より良い解決策を見いだせるかもしれない。なので、もし会社がイヤになってしまった場合、もしくは意欲がなくなってきたと感じた時は、本書を一度読んでみるといいかもしれない。


2008年書評A
評者:小池(10期生)
橘木俊昭[2006]『格差社会』岩波書店。
ISBN978-4004310334
803字

 最近のニュースなどで「格差社会」という言葉をよく耳にする。「格差社会」というのは金銭的な面などのある一定の基準を人間社会を階層化すると考えると、社会的地位の変化がぬ難しくなってしまうことを言う。本書の第1章から第3章では、日本社会においての格差が拡大した要因が書かれている。貧困率が高くなっているのは、高齢単独者、母子家庭、若年層である。母子家庭と若年層は働く場所がないことや、最低賃金があまりに低く設定されている事が影響している。格差が広がることによって、教育や職業選択の面で機会の平等が奪われている。現代では子供の教育水準た職業水準は親の所得や職業に大きく影響されるからである。第4章では、貧困者が増加することで、社会にとってもマイナスな面があるというのがわかってくる。経済効果の問題、犯罪の増加、貧困者に対して社会の経済的支援をしなければならなかったりと社会の負担が大きいのが分かる。最後には、格差社会への是正として筆者が同一労働・同一賃金という考え方の職務給制度の導入や最低賃金の改善のことが多く書かれている。 また、貧困層の救済として生活保護制度というのがある。日本国では、生活保護制度があっても保護基準が厳しすぎてしまって必要な人にもなかなか行き渡っていないこともある。                
 私が読んでいて思ったのは、「格差社会」を少しでも直していくには、やはり雇用だと感じた。若者はニートやフリーターになる人が増加している。所得面で見てもニートやフリーターになってしまうと、貧困につながってしまうと思う。企業と社会が一緒になって、非正社員ではなく正社員として採用していくことで格差というのは縮まるのではないかと思った。また、アメリカやイギリスの海外のことも書かれているため、日本と比較しやすかったと感じた。本書には、多くのグラフや表を使っていて読みやすかった。夢中になって読める本なので、みんなにも読んでもらいたい。


2008年書評A
評者:小林(10期生)
山田真哉[2008]『食い逃げされてもバイトは雇うな なんて大間違い』光文社新書。
872字

「食い逃げされてもバイトは雇うな」の続きになる。ただ、今回は『なんて大間違い』という今までの題名を否定するかのような言葉が書かれている。その言葉を見た途端、戸惑いを感じたが、実際は前の内容を否定しているわけではなく、ビジネスは机上の数字だけでは成り立たない、もっと複雑な要素がからみあったものだといっている。
情報があふれかえる現代において、数字は便利で万能な存在である。時価総額経営がもてはやされて、占いもランキングがつく時代である。なにもかもが数字で表されている。しかし、数字は唯一無二のものであるがゆえに、人はそれに惑わされ確信をつかむことができにくいとも述べられていた。世の中にはいい加減な数字が多いのだ。著者は、『食い逃げの多いラーメン屋の店主』は、バイトを「雇う」か「雇わない」かを、上巻では会計的な行動で「雇わない」と判断し、下巻では非会計的な観点から「雇う」を正解としている。ここで、題名の『おお間違い』の意味が理解できる。
 この本では、成果主義についても論じられている。人間は計画を立て、そのノルマが達成できるかどうかが最優先課題となり、すぐに結果に結びつく短期的で簡単な仕事しかしなくなっているという。しかし、時代は必ず変化し続ける。いくら計画であっても変化に対応させることが大事だと思う。社会全体として、ずっと同じやり方でやっていては、自分で自分を苦しめるだけで、経済的発展が見られなくなってしまうと思う。また著者は、「ビジネスは会計的な視点だけでは見ることはできない。」と述べている。その考え方は仕事を進める時にも当てはまると思う。多角的な視点を持ち、どうすればよい仕事ができるのか自分の頭で考えないといけない。これは、他人を評価するときにも当てはまり、一面的な角度で他人を評価してはいけないと思う。この本を通じて会計に関することだけでなく、数字の負の側面から今の社会を少し見ることができた気がする。


2008年書評A
評者:鈴木(10期生)
城繁幸[2006]『若者はなぜ3年で辞めるのか? 年功序列が奪う日本の未来』光文社新書。
ISBN4334033709
943字

 就職氷河期と言われていた頃に比べ、就職がし易くなり、選びやすくなったにも関わらず、大卒者の離職率が三割を越えている。巷では、最近の若者には忍耐がないから、などと言われているが、実はそうではない。若者がせっせと真面目に働くためのモチベーションが維持できない企業環境がいけないというのが筆者の大まかな考え。
 日本の賃金体系は、若いうちは仕事の割に低賃金であるものの、辞めずに仕事を続けていれば、自然に賃金は上昇し続けるというものであり、長く勤め、定年まで働き続ければ、むしろ得をするというものである。これは年功序列と呼ばれ、日本的経営の軸として機能してきた。また、皆その年功上列の賃金体系が企業には残っていると信じている。
 しかし、人件費抑制のもと、就職氷河期では新卒採用の抑制、また正社員と同等の仕事をこなすにも関わらず賃金は六~七割程度の派遣社員の登用などを推進。これによって目先のコストは削減できるものの、前述した従来通りに年功賃金を支えることが難しくなった。結果として、中途半端な成果主義の導入、就職氷河期世代の出世の頭打ちなど、谷間の世代が産まれることとなった。また、出世が頭打ちとなれば、給与の見込みもなくなる。そうなれば、家族の扶養も難しくなり、結果として少子化を招く原因ともなっている。
 また、年功賃金の体系と同様の体系を持つものとして、年金が存在する。これもまた、悪い言い方をすると、「若者を食い物にして年配者を助ける」制度体系である。年金制度に至っては、若いうちは、ただ払い続けて、上の世代の面倒をみて、自分たちが老人になったときに、また下の世代に面倒をみてもらう制度である。少子化により、これらの制度も破綻が予測される中、国は若者にツケを回す形で制度の存続を続けている。
 本書を読むまでは、私自身も成果主義はまだマイナーで年功序列がメジャーなものだと思っていた。しかし、現実は無知なまま真面目に働くということがとてつもなく恐ろしく感じてしまうものだった。ただ、無知なまま働くよりは、これを読んで働くということはどういうことなのか、そして年功賃金について知るほうが断然いいと思った。


2008年書評A
評者:鳴神(10期生)
城繁幸[2008]『3年で辞めた若者はどこへ行ったのか-アウトサイダーの時代』ちくま新書。
ISBN978-4480064141
880字

 「実力主義の会社は厳しく、終身雇用は安定しているということ」、「仕事の目的は出世であること」、「言われたことは、何でもやること」と、いまでも多くの会社で昭和的価値観が残っている。本書は、昭和的価値観にとらわれないアウトサイダーの挑戦と本音、脱昭和的価値観を主張する筆者の意見が書かれたものである。特に、筆者は一貫して、年功序列制の問題点と職能給から職務給への転換を強く主張している。本書の構成は大きく分けて、キャリア編、独立編、新世代編の3章で、一人一人の話で節が分かれていて読みやすかった。
 本書では、22人もの人が様々な視点から話をしているが、私が印象に残っているものはCV採用というシステムがあるリクルートの話だ。CV採用とは原則3年(3年の契約延長あり)の有期雇用で、最大の特徴は学歴、前職、年齢、性別など、一般的な企業の採用において重視される要素が一切不問という点である。話をした人事マネージャーは、企業と個人との新しい関係を提案していきたいと言う。現在、多くの企業が新卒者を採用対象者としている理由は、企業が年齢で人の価値が決まる年功序列の組織であるからだという。このシステムは、新卒者が絶えず企業に流れているうちは、人材を安定確保し、誰もが定年まで安定した生活を送ることができる。しかし、需要と供給の調整ができないという致命的な欠陥がある。その結果、多くの非正規雇用を生み、現在の新卒者の売り手市場を生み出したという。ここでも筆者は職能給から職務給への転換を主張している。企業側だけでなく、年功序列で賃金が年齢とともに上がることは働く側としても楽なのかもしれない。しかし、今は転職することも珍しいことではないし、労働力が少なくなることで非正規雇用者の力も重要になる。それを考えると、職務給の必要性は明らかである。間違いなく、今、個人も企業も昭和的価値観を捨てるときが来たのだろう。
 本書を読んで、自分の中にこれほどまで昭和的価値観が根付いていたのかと驚かされた。一度読んで、自分がいかに昭和的価値観にとらわれているか実感してみると面白いと思う。


2008年書評A
評者:藤代(10期生)
文春新書編集部[2006]『論争 格差社会』文藝春秋。
ISBN9784166605224
995字

 この本の最大の特徴は、17人もの論者が登場し各節ごとに論を展開している。経済学者や社会学者だけでなく教育学者や精神科医、評論家や政治家までもが格差社会やニートの問題を独自の視点から論じているので、色々な物の捉え方を横に並べて読むことができる。さらにそれが"論争"なのが面白い。各々の主張の中で他の学者や著書を名指しで批判しているのだ。例えば、第二部に出てくる斉藤環という精神科医は、格差は幻想だと主張する。格差に実態の有無にかかわらず人に影響を及ぼすものであり、あの有名な『下流社会』、『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』、『「ニート」って言うな!』などは風俗観察として読まれ、人々の観察欲や不安を煽るものだとし批判している。次の節には本田由紀ら3人の学者達がニートという言葉を世間に広めた玄田有史を委員長とする内閣府のニートが85万人という調査結果に対し、そんなにいるわけがないと主張し、玄田を一流のコピーライター、ニートブームの仕掛け人と称す。玄田の代表作『仕事の中の曖昧な不安』を皮肉って、ニートの定義が曖昧だなどと攻撃する。そうかと思えば次の節ではまた別の学者が登場し、本田由紀は「ニートのような若者はずっと前から日本社会に連綿と存在していました」などと言いつつ1990年代以降の変遷しか調査していないのは手落ちだと批判する。玄田対本田のニート論争なるものは単に新書戦争の副産物にすぎないかもしれないとまで言う。鹿嶋ゼミの皆さんなら知っている有名な著者たちが斬られているのだ。第三部に移り、竹中平蔵が規制緩和は不可欠だったなどと最もらしく語った次の節には、竹中らの新自由主義派は「野たれ死ぬ奴は勝手に死ねばいい。」という弱肉強食主義だと大口で叩かれている。
 この本では普段聞かない学者同士の批判、否定が大胆に覗える。少し過激な表現も面白い。1つの問題を考えるときに、1冊の本を読んでわかった気になりがちな自分に気付けた。全体として、"格差社会とは本当は何なのか"といった現代の安易な理論には簡単には賛同しない視点が多い。納得させられるものもあれば違和感を覚える論もある。たくさんの学者を知ることができる。様々な著書が紹介されるので多面的な読書をしたいという気持ちにさせてくれる。格差社会=○○という結論を出すのは読者自身に任されているので、もの足りないように感じる人もいるかもしれない。


2008年書評A
評者:横田(10期生)
堤未果[2008]『ルポ 貧困大国アメリカ』岩波新書。
ISBN978-4004311126
995字

 本書では、民営化や自由化、貧困肥満、急増する無保険者、民間の戦争など様々な角度からアメリカの貧困をみていく。アメリカの後を追うように民営化や規制緩和などを進めている日本の将来を考えさせられる本である。
 本書でまず驚かされるのは、貧困が肥満国民を生み出しているということだ。(もちろん貧困でなくとも肥満な人はいるが)食費を抑えるために安価だけれど高カロリーで栄養価が低いジャンクフードを選ぶしかないという。このような貧困の原因の一つには、政府が企業に対する規制を撤廃、緩和し大企業を優遇し、労働者側に厳しい政策を許し、社会保障を削減したことがあるという。
 一度の病気で貧困層に転落してしまう人もいるという。普通に働く中間層の人々が次々に破産するようになった。その原因の半数以上が、あまりに高額な医療費の負担だという。また、医療保険が低リスク者用低額保険と病人用高額保険に二分されてしまったことにより、無保険者達が急増してしまった。その結果、医療費が払えなくなり、自己破産ということになってしまうという。
 民営化によっても人々は苦しい状況に置かれている。その例として挙げられているのが、2005年にアメリカのメキシコ湾岸を襲ったハリケーン・カトリーナだ。この災害は、天災であるが、人災でもあったという。政府は災害政策の予算を削減し、災害政策機関を民営化した。このために、機関の主要任務は、いかに災害の被害を縮小し多くの人命を救うということから、いかに災害対策業務をライバル業者より安く行うことができるかを証明することに代わったという。ハリケーン・カトリーナの災害時は、民営化された機関がうまく機能せず、結果的に、出さなくてもいい被害を出してしまったという。
 貧困になった人々が、追いやられる先は「民営化された戦争」だという。高収入が約束されるという甘い誘い文句で登録した派遣会社。しかし、それは、イラクなどの戦地での危険な仕事だった。このように、貧困でお金に困っているということを利用し、多くの貧困者が戦争へ派遣社員として駆り出されているという。
 私は、この本を読みアメリカの弱者切捨ての政策に驚くばかりだった。しかし、本書は極端すぎるようにも思える。データが曖昧な箇所もあり、信頼性にかける。
 本書を真実として受け止めるのならば、今後の日本や世界を考える上で参考になる本だと思うので、読んでいただきたい。


2008年書評A 
評者:井上(11期生)
三浦展[2005]『下流社会」新たな階層集団の出現』光文社新書。
ISBN978-4334033217
982字

 「下流社会」ニートやフリーターが増え続ける現在の世の中を象徴しているような言葉である。この本は、あらゆる人間をタイプ別に分類し、それらの人間から発生する価値観、生活、消費の仕方を分かりやすく分析している。「下流社会」なんて言葉を聞けば、たいていの人は、所得が低い人々をイメージするだろう。しかし、著者はそうは言っていない。「下流社会」に属する人間は、コミュニケーション能力、生活能力、働く意欲、学ぶ意欲、消費意欲が低いとある。つまり、自己の人生への展望がないのだ。
 第二章において、階層化による消費者の分裂について書かれている。ここでは、ファッションの系統ごとに女性、男性を様々な分類に分けて分析している。中でも驚いたのは、ギャル系の女性たちである。彼女たちの、派手な外見からは想像できなかったが、実は、専業主婦志向が非常に強いというのである。実際には、「できちゃった婚」が多く、フリーター夫婦のケースがあるそうだ。また、学歴は高卒、高校中退や専門学校で勉強に挫折するなど、確立的にはフリーターが多いようである。しかし、私は一丸には『ギャル系』だからといって学歴が低い人たちだとも思わないし、そういった固定概念を持ちたくないと思った。他にも、『ミリオネーゼ系』の女性は学力が高く、総合職のキャリアウーマンとあるが、必ずしもそうとは限らないと思う。ファッションは自己表現の一つであるし、自分を表現しやすい手段である。だが、だからといってそのファッションをしているからといって、学歴が低いかといえばそうではないし、キャリアウーマンかと思えば普通のOLだったりするからだ。 
 「勝ち組」「負け組み」「上流」「下流」といった言葉を筆者は何度となく使っている。私はあまりこれらの言葉が好きではない。世の中にこのような言葉が出回るようになったのは、やはり格差社会が生まれたからだと思う。今日では「成果主義」の風潮がある。しかし、筆者も言っているように成果主義がゆえに、格差は拡大していく。これを食い止めるためには、「機会均等社会」が必要だとある。しかし、これにもまた問題はいくつもある。才能のある親だからといって子供が優秀だとは限らない。つまり、それは個人の意思=やる気に任されている。それと同じように、格差だって、個人の気の持ちようでいくらでも変わる。筆者はそう言っているように思えた。


2008書評A
評者:佐藤(11期生)
森永卓郎[2000]『リストラと能力主義』講談社現代新書。
ISBN978-4061494893
999字

 本書は、テレビでもおなじみの森永卓郎さんが著した本である。日本経済が混迷し、リストラの嵐が吹き荒れている原因は、人事部・役員会といった、日本企業の「大本営」にある、と説明している。
 売り上げ不振の企業がリストラを慣行することは、所得低下・雇用不安が強まるため、消費が低迷してしまう。その結果、売り上げ不振につながり、またリストラをするといったループになってしまうということや、従業員をリストラしても、新たな職場が見つからない場合、失業保険でその生活を支えなければならない。その失業保険は労働者や企業が負担しているため、結局、失業のコストを全部含めて考えると、国民全体ではプラスにはならないということを述べている。この説明は著者の、リストラというものはその場しのぎの策であるため、リストラではなく、従業員の賃金調整によって企業の危機を回避すべきであるという意見の正当性を、リストラの汚点を指摘することで裏付けている。
 また、本書は日本的雇用システムについても触れられている。会社に貢献していても、していなくても、ほとんど同じ水準の給料が支払われているという、企業内平等主義、従業員が入社した時点で、自分の残りの人生を会社に委任してしまうという企業優先主義があり、これらが日本的雇用の特徴であると述べられている。日本では企業内の正社員の格差は小さくなっており、こうすることで、いつでも逆転できると思わせ、従業員全員を競争に巻き込んでいる。このことは、過剰に働いてしまうことにつながり、会社人間を多く生み出してしまう要因になってしまうのではないかと思った。
 他に、従業員が企業の自分に対する評価に納得できず、転職してしまうことは、企業固有の職業能力の育成の時間や人材投資が無駄になってしまうため、労働者が自由に社内を異動できるようにすることが望ましいとあるが、この制度を認めてしまうと、従業員は忍耐や我慢を全くしなくなり、「この部門はうまくいかないから他の部に異動すればいいや。」といった考えを持つようになってしまい、会社が混乱してしまうと思った。
 後半部分は、人事部の不要さをドラマ形式で説明しているが、筆者の意見の無理押しで、本当にそうなのだろうか、と思わせられ、少し理解しがたい内容となっていた。
 読んでいる途中で疑問符がつくときもあるが、本書は具体例が多く書かれていたという点で非常に読みやすい本であった。


2007年書評A
評者:渋谷(11期生)
吉越浩一郎[2007]『デッドライン仕事術』祥伝社新書。
ISBN978-4396110956
1044字

 現在の日本企業では残業によるワークライフバランスの乱れがあちこちでささやかれている。そんな中私はニュースや経済誌で「残業をすると罰金」という制度を設けたこの時代に警鐘をならすかのごとく企業を発見した。それがこの筆者の経営していたトリンプという企業である。本書の主な労務的な内容は残業と効率の因果関係、日本のホワイトカラーの特徴、企業人のあり方についてである。筆者はそれらについてトリンプ自身を用いて提言している。またそれらの内容に加え、女性の労働問題やリーダー性の話もあるのでトピックはとても豊富である。
 本書の中で最も共感したのはやはり第1章の「時間」を固定すれば、「効率」は必然的に上がる~「時間をかけないと仕事の質が落ちる」は、思い込みにすぎない、までの内容である。筆者はここで恋人とディナーの約束をすれば定時に帰る努力をその社員はすると例を挙げ、同じように「残業をすると部署単位の罰金制となる」決まりを作ると、残業をすると同僚に迷惑がかかるため必死に効率アップを考えるようになる。そして次に自分の頭で考え行動できる力を身につけるようになったと述べている。これは単にできる人間を生み出すという効果だけでない。それは同時に、残業をしなくてよいというゆとりが、ワークがライフに侵食する残業生活よりも生活にメリハリがつき精神的、肉体的にも間違いなく健康をもたらすということを示しているのだ。また補足までに筆者も気にしてはいるが残業をなくすことでの仕事のクオリティの低下の不安に対して筆者は、仕事の質は本人の「能力」と関係するものであり「効率」とは無関係であると述べている。つまり1つのアイデアに長い時間をかけるよりも、早い段階でダメを出して新しい企画を考えさせたほうが効率よくブラッシュアップできるということだ。確かに筆者の言うとおりである。残業をすることに対する考えを改めさせられた章であった。
 また本書で驚いたことはこれほど効率にこだわる筆者がワークライフバランス、ひいては定年後の会社人間のことを深く考えていることだ。ビジネスで出会った人間の関係の希薄さ、濡れ落ち葉族について説いている言葉は現代を生きる我々にはひしひしと伝わってくる。
 本書は現代の企業、人が抱える多くの問題点をメタファーでわかりやすく説明してあり読者に飽きさせない工夫が施されている。また成功者の言葉であるだけにやはり説得力があると思う。現代の企業、人の在り方について疑問を持っている人には是非お薦めしたい1冊である。



2008年書評A
評者:中山(11期生)
熊沢誠[2000]『女性労働と企業社会』岩波新書。
ISBN978-4004306948
992字

 今、フルタイムの仕事をこなすパートタイマー、専門職、OL、派遣社員やフリーター、深夜勤など女性の働き方はますます多様化している。しかし、女性は非正規社員として働く人の方が圧倒的に多い。そして、女性労働者の非正規社員化こそは、今ジェンダー差別再生産のもっとも中心的な方途となりつつある。性別役割意識の変わらぬ職場の中で女性達は働き続ける。本書では、「性別職務分離」、「性別役割分業」、「ペイエクイティ(同一労働同一賃金)」などをキーワードとして書き進められていて、その働き続ける女性たちの実像や状況、そして性差別に対抗する手段についても述べられている。
 「女性が仕事をもつのはよいが、家事・育児をきちんとすべきだ」という通念が女性にも男性にも多くある。このことが影響し、家事・育児を担う女性は「家庭責任」をまぬかれている心身の頑健な男性のみに可能なほどの重いノルマ、長時間の残業、ひんぱんな転勤には対応できない。いわゆる「会社人間」になれないことが低い評価となり、非正社員化の一要因となっているのだ。このように、女性の非正社員化は自発的なものではなく、なかば強制的にそこへ誘導されるジェンダー慣行の故なのである。今のところ女性労働者の処遇は74%強が年収300万円未満である。これでは女性は、経済的には親や夫に依存を続けなければならない。筆者は、今日では、1人で生きる事を女性はあえて選ぶと記述しているが、あえてというより、そうせざるを得ない場合の方が多いのではないだろうか。そして、このことは、可能性としては女性労働者みんなの問題にほかならない。
 筆者は、あらゆる職場において男女混合で仕事が行われるようになることが、職場のジェンダー差別の改善にとって最も大切であり、そして何より職場の雰囲気・人間関係が大切であると主張する。家事、育児、介護などを果たしながら働き続けてゆける制度や慣行の獲得、労働組合を組織し発言権を得ることを性差別に対する手段として挙げている。最近では女性の職域拡大が見られるが、ただ職域が広がるのではなく、労働条件や待遇も改善されなければならないと思った。
 本書は、各章で表やグラフが用いられており、2章では個人のライフヒストリーについて取り上げられている為、女性労働者の実像や処遇について理解しやすい。多くの女性に読んで欲しいのはもちろん、男性にも読んで欲しい一冊だと思った。


2008年書評A
評者:藤田(11期生)
藤井厳喜[2007]『葬られるサラリーマン』ベスト新書。
ISBN978-4584121696
902字

 かわいそう。本書を見つけた時なぜかそう思った。きっと「葬られる」の文字をみてそう感じたのだろう。気になったので読み進めることにした。
 本書は2007年の12月に発行されたという事もあって、つい先日ニュースや新聞でみたようなタイムリーな話題が取り上げられていて身近に感じる事ができ理解しやすかった。特に難しいことばもなく、字も小さすぎないのもよかったのかもしれない。
 サラリーマンとは何者か?から始まる第一章はなぜサラリーマンは消滅すると言われているのかをさまざまな例えを用いて導いていた。消滅=葬られるなんだとここで気がついた。私はsalary(給与)+man(人)=サラリーマン(給与生活する人)は英語にもあると思っていた。しかしこれは和製英語で、この単語をあえて英語に訳すとしたら「ホワイトカラー・ワーカー」であるそうだ。ということは、「サラリーマン」とは日本独特の雇用慣行であることを証明している。知らなかった。全くの無知な私は始めにサラリーマンに対する勘違いに気づくことができた。
 第一章~第五章まではあらゆることに批判をたくさんしてマイナスなことばかり述べているという印象をうけた。ただこれらの批判は的を得ているので、読めば読むほど、これから働く身として不安になり、日本は大丈夫かななどと焦りだす。私も将来をもしも…だったらどうしようと、悪い方向に考えたくらいだ。しかし批判するばかりではなく、第六章に「サラリーマンよ覚悟をきめよ!」と題して日本はまだまだ救いようがあるし、海外の人がなんとしてでも日本に来たがっているほどむしろ日本は恵まれている国なのだと伝えている。確かにそうかもしれない。いま日本人の中で貧しさゆえに外国に移民しなければならない人はいないだろう。ただ今の生活に満足できずに抜け出したいと思う人がいるならば、そこから抜け出すチャンスは日本に必ずあるのだからメンタリティ的に消極的になってるばかりでなく一歩踏み出すことが大切なんじゃないかなと思った。
本書は筆者の体験談や、はじめにも言ったように最近の時事問題も多く取り入れられていて、読みやすく面白いのでぜひおすすめしたい一冊である。


2008年書評A
評者:堀田(11期生)
小関智弘[2001]『仕事が人をつくる』岩波新書。
ISBN978-4004307501
896字

 現在日本では職人の人口が年々減少傾向にある。機械化の発展によるコスト削減、時代の流れからあまり必要とされず需要が低下した、などと様々な要因がある。
 本書では研削工、瓦職人、染色工、歯科技工士、椅子作り職人、空師と呼ぶ高い木の剪定師などの10の職業が取り上げられ、職業一つに一人ずつ職人のエピソードや仕事に対する想いが書かれている。また、これらの職業には今現在でも職人が必要であり、機械化できない部分がたくさんある。
 私は本書を読むまで、職人とは機械化ができない作業をする人間だと想像していた。だが、本書を読み、その考えが間違っていることに気づいた。おおよそのところまでは機械で作れるが、さらに厳密な作業は、人間の手と知恵で達成することが多いという。研削工での旋盤加工ではプラス0.3ミリに削ってあるものをプラス0.01ミリまで削る間に砥石の音を聞き、切削の水は汚れていないか目で確認し、機械の振動を肌で感じ、体に感覚を蘇らせ、0.01ミリまで削ってからが本番だと、気持ちを切り替えるそうだ。私にはこのような人間の五感を駆使する作業を機械ができるとは思えない。また、この技術を一朝一夕で会得できるとも思えない。
 熟練工は今の技術では機械化できない著者は述べている、また、技術が進歩すればいずれできるという見解に私は驚いた、さらに面白そうだとも思った。熟練工を次の世代に伝えるという社会的命題に対して、あらゆる分野の業種が苦労している。もし技術の進歩により、すべてを機械化することができたなら、職人はもう必要なくなってしまうのかと思った。しかし、本書の中で機械を使うのは人間であり、機械には知恵がない。染色工の職人は「使う人間の心構えで色に反映するんだよ」と若い人に教えているそうである。やはりいつの時代にも職人は必要であり、広く言えば、人間が不必要になることはないということだと私は思う。
 どんなに機械化したところで、機械を使うのは人間である。職人の技術は会得が容易ではない、つまり次の世代に技術を伝えるためには職人が必要不可欠。本書を読み、そのことを理解でき、人間の手作業の重要性を知ることができた。



2008年書評A
評者:山本(11期生)
朝野素女[2005]『フランス家族事情-男と女と子どもの背景-』岩波新書。
ISBN4004304040
930字

 現代の日本において、幸せな家族とはどのような家族を言うのだろうか。本書には、結婚という枠にとらわれないフランスの女性の様子、歴史的背景に伴って変化してきた家族形態が書かれている。さまざまな幸せの形が例として書かれており、まず一番に命を大切にしているフランス社会のさまざまな出産、育児制度などにとても感心するだろう。
筆者は、離婚は当たり前になり、子連れなどの再婚による家族が増えた現代のフランスの家族の様子をテーマにしている。フランスにおける女性の生き方は歴史的背景とともに変わってきた。今となってはフランスでは、未婚の親は当たり前で、結婚しても半数近くは離婚するという。しかし、出生率は日本をかなり上回っている。 日本とは正反対である。フランスでは未婚や離婚が、母子の不利にならない体制がしっかりしているというのだ。故に、出生率が上昇しているそうだ。仕事を優先するか子どもを優先するか、悩む人は多いだろう。しかしフランスにおいてはそのことで悩む必要はなくなった。フランスの女性はしっかりした国のバックアップにより仕事も育児もこなし生き生きとしているのだ。反対に男性の立場の変化や妻や恋人、子供などに対する気持ちも専門家の分析を取り入れた形で書かれており、とても興味深く面白い。
 筆者は、どんな家族がいいとか悪いとかではなく、男女、夫婦、父母、未婚、非婚、子供側からいろいろな視点で、それぞれの関係のあり方の変化を分析し、その背景である社会の変化を分析している。親しみやすい読みやすい文章である上に、人の生の切なさや愛の形など、とても心にしみてくるものがある。フランスの女性が生き生きと仕事と育児を両立しているという事実から、少子化問題が深刻化している現代の日本に、何らかの解決へのヒントを与えてくれているだろう。労働問題を語るのに家族のあり方から考えていくのは、私たちにとって家族とは最も身近な小さな社会でもある故に、とても分かりやすく労働問題、少子化問題について考えることができるのではないだろうか。