日本の鉄鋼企業8社と通産省の課長が毎週会合
東京・日本橋茅場町の鉄鋼会館。毎週月曜日の正午近くになると、初老の紳士たちが黒塗りの車で乗りつける。地下の駐車場からエレベーターで七階まで上がり、そのまま、まっすぐ七〇四号会議室へ。入り口の札には「定例月曜会議」。
この会の出席者は大手鉄鋼メーカー八社の重役のめんめん。彼らは通産省の課長を上座に、長方形のテーブルを囲む。
課長は基礎産業局の小川鉄鋼業務課長。この会の主宰者だ。左隣には新日本製鉄の大橋副社長が控える。右手は日本鋼管の山口専務。時には、ひとまわりも若い小川課長を「先生」と呼ぶ人もいるという。
食事の間、言葉をかわす人は少ない。せきばらいがひときわ大きく響く。黙々と幕の内弁当にハシを運ぶ出席者たち。コーヒーを飲み終えてから、小川課長の説明を聞き、一時間程で散会する。
月曜会の正式名称は市況対策委員会の総合部会。昭和三十三年の発足以来、通産省と鉄鋼業界との接点の役割を果たしてきた。
大橋副社長は、部会長として業界をとりまとめる。二十年ほど前ならその席には現経団連会長の稲山氏(新日鉄会長)が座っていたはずた。
各社の首脳陣には通産省出身者が天下っている。日本鋼管の松尾相談役(元通産次官)、住友金属工業の熊谷社長(同)、神戸製鋼所の小松副社長(同)、川崎製鉄の川出副社長(元経済企画庁次官)、新日鉄の山形常務(元資源エネルギー庁長官)…。
公正取引委員会が通産省の行政指導に疑いの目
「月曜会」。出席者は「役所と業界の単なる情報交換の場」と口をそろえるのだが、周囲は「鉄の参謀本部」「官民協調体制の中心」とみる。そうした官民のかかわりに公正取引委員会が疑いの目を向けた。
公取委側は通産行政のどこを問題にしているのか。鉄鋼行政をケーススタディにして「紙上裁判」を試みた。被告は通産省。まず検事の起訴状朗読から。
「被告、通商産業省は行政指導により、鉄鋼業界の競争を制限し、価格を下支えする役割を果たし、需要業界や消費者に被害を与え…」
冒頭陳述。
「被告が作成した四半期別の需給見通しは単なる情報提供にとどまらず、業界の生産指針となり、その協調行動を取りやすくさせた」
鉄鋼業界の動きにはカルテルの疑いがあり、それに通産省は手を貸している、と検事側はみる。
検事:需給見通しが生産を誘導し、業界の足並みを揃えやすくしていることは明白。現にメーカー側は「ガイドポスト(誘導指標)」と言う呼び方をしているではないか。
弁護人:需給見通しは業界に対して強制したり、指示したりするという性格のものではない。あくまでも情報提供の一つであり、業界へのサービスにすぎない。
検事:(証拠資料を取り上げ)例えば、減産を始めた昭和五十五年七−九月期の需給見通しは二千七百七十五万トン。それに対する実績は二千七百三十二万トン。この期の大手メーカー六社の減産率はそれぞれ五・七パーセントから六・七パーセントの範囲に収まっており、偶然と言うにはあまりにも足並みが揃いすぎている。
弁護人:結果として見通しと実績が似たような数字になっただけ。それは、むしろ見通しの立て方が正確だったと見るべきだ。また減産は各社の自主判断で進めているはず。
検事:被告は業界の会合に頻繁に出席して、情報を提供し行政指導している。そうした行政行為にあたり、被告は国会に法律を提出し、それにより権限を与えてもらうという手続きを取っているわけではない。したがって、有権者の支持を得たうえでの政策とは言い難い。
弁護人:確かに鉄鋼業の場合、石油業法のような特別の法律はない。だが被告には通産省設置法で行政権が与えられている。業界の会合は政府の政策や方針を伝える場として重要だ。
検事:重要かどうかは被告の決めることではない。同省設置法は行政の分野を定めているにすぎない。法律に基づく行政――それが民主主義社会のルールだ。そうでないと行政責任があいまいになり、特定の業界だけが利益を受けることになりやすい。
弁護人:被告は製品価格の抑制を指導することもある。決して業界の利益だけを考えているわけではない。
東京製鉄(株)が通産省の減産指導に反旗
……これは架空のやりとり。だが実のところ通産省が被告になりかけたことがある。
三年ほど前。平電炉メーカー大手で独自の行動をとることで知られる東京製鉄が通産省の減産指示に反発、訴訟を起こそうと準備を進めた。結局とりやめたが、当時タイプにかかる一歩手前までいったガリ刷りの「訴状」は池谷社長の手元に残る。
同社長はその訴状を取材班に見せながら「将来、再び通産省がわれわれを強くコントロールしようとすれば、今度は本当に訴訟を起こすかもしれない」という。