経済企画庁編
『昭和31年度経済白書−日本経済の成長と近代化−』

至誠堂、1956年7月31日発行

三 日本経済の現段階

3 技術革新と世界景気

33頁
…… 世界景気の堅実な力強い発展の陰に潜む基礎的な動因は、大衆購買力の増加による耐久消費財の売れゆき増加技術革新の ための新投資の増大であろう。

34頁
 …… 近代工業における生産性の上昇には設備の近代化、技術投資が先行しなければならない。そして年々巨額の投資を推進しているものは、技術の絶えざる 進歩と、それを媒介にした企業の競争である。技術がたえず進歩しているときに、生産設備を物理的に使用に耐えるまで耐久年限いっぱいに使っているようなこ とでは、競争会社に圧倒されてしまう。耐久年限の短縮と取替え需要は投資財市場を拡大する。……
 このような投資活動の原動力となる技術進歩とは原子力の平和利用とオートメイションによって代表される技術革新(イノベーション)であ る。技術の革新によって景気の長期的上昇の趨勢がもたらされるということは。すでに歴史的な先例がある。……
 しかし過去の例によってみれば、技術革新ブームによる景気の長期的上昇の趨勢のうちにあっても、景気の後退が発生しないという保障はな い。…… アメリカにおいても基調としては技術革新ブームによる旺盛な投資需要が存在し……

四 安定的成長達成の諸条件

2 近代化投資の検討

…… 近代化投資を促進させるための第一の必要条件は、企業が新しい技術投資を競い合うような公正競争の雰囲気を醸しだすことである。公正競争とは必ずし も過剰競争を意味しない。ゆきすぎた過剰競争が整理され、企業の系列が再編成され、生産が専門化することは、むしろ技術革新投資促進の前提 であろう。……

五 結 語

 戦後日本経済の回復の速やかさには誠に万人の意表外にでるものがあつた。それは日本国民の勤勉な努力によつて培われ、世界情勢の好都合な発展によつて育 まれた。
 しかし敗戦によつて落ち込んだ谷が深かったという事実そのものが、その谷からはい上るスピードを速からしめたという事情も忘れることはできない。経済の 浮揚力には事欠かなかった。経済政策としては、ただ浮き揚る過程で国際収支の悪化やインフレの壁に突き当るのを避けることに努めれば良かった。消費者は常 にもつと多く物を買おうと心掛け、企業者は常にもっと多く投資しようと待ち構えていた。いまや経済の回復による浮揚力はほぼ使い尽くされた。なるほど、貧 乏な日本のこと故、世界の他の国々にくらべれば、消費や投資の潜在需要はまだ高いかもしれないが、戦後の一時期にくらべれば、その欲望の熾烈さば明らかに 減少した。もはや「戦後」ではない。われわれはいまや異なった事態に当面しようとしている。回復を通じての成長は終った。今後の成長は近代 化によって支えられる。そして近代化の進歩も速やかにしてかつ安定的な経済の成長によって初めて可能となるのである。

 ……

 近代化――トランスフォーメーション――とは、自ちを改造する過程である。その手術は苦痛なしにはすまされない。明治の初年われわれの先人は、この手術を行つ*て、遅れた農業日本をともかくアジアでは進んだ工業国に改造した。その後の日本経済はこれに匹敵するような大きな構造変革を経験しなかった。そし て自らを改造する苦痛を避け、自らの条件に合せて外界を改造(トランスフォーム)しようという試みは、結局軍事的膨張につながつ*たのである。

 世界の二つの体制の間の対立も、原子兵器の競争から平和的競存に移った。平和的競存とは、経済成長率の闘いであり、生産性向上のせり合いである。戦後10年われわれが主として生産量の回復に努めていた間に、先進国の復興の目標は生産性の向上にあった。フランスの復興計画は近代化のための計画と銘うつ*ていた。

 われわれは日々に進みゆく世界の技術とそれが変えていく世界の環境に一日も早く自らを適応せしめねばならない。もしそれを怠るならば、先進工業国との間に質的な技術水準においてますます大きな差がつけられるばかりではなく、長期計画によって自国の工業化を進展している後進国との間の工業生産の量的な開きも次第に狭められるであろう。

 ……