米国、第一次石油ショックで
サウジアラビアへの武力行使を検討十市 勉(日本エネルギー経済研究所常務理事)
「エネルギーの覇権/4. OPECの台頭」『日本経済新聞』2004年5月20日
[やさしい経済学-歴史に学ぶ]
(1973年10月、第四次中東戦争が勃発した。)
サウジアラビアを中心とするアラブ産油国は、イスラエルに協力的な米国など西側諸国に政治的な圧力を強めるため、石油を武器とする「石油戦略」を発動した。アラブ産油国による石油輸出の削減策であり、原油価格は一挙に4倍にも急騰する「第一次石油危機」が発生し、世界経済に深刻な打撃を与えた。
昨年、英国政府は30年ルールに基づいて、石油危機時の米国政府の対応策を記した最高機密文書を公表した。その中で、もしアラブ産油国の禁輸政策で事態がさらに悪化すれば、米国は空挺部隊を派遣して、サウジなどの油田を制圧する計画を真剣に検討していたと、英情報機関が指摘していたことが明らかにされた。いずれにせよ、アラブの石油戦略が大成功を収めた背景には、第二次大戦後、世界的に強まった資源ナショナリズムの動きがある。自国の石油資源の生産、販売、価格決定権が米欧系のメジャーに握られていることに不満を募らせていたイラン、イラク、サウジ、クウェート、ベネズエラの5カ国は、1960年に石油輸出国機構(OPEC)を設立した。その後、1969年のカダフィ大佐によるリビア革命を機に、強硬派の同国も参加していたOPECは、メジャーに対する本格的な攻勢を始めた。
70年代に入ると、OPEC産油国は、原油価格と生産量の決定権、さらにはメジャー保有の石油・ガス資源とその関連資産を次々と国有化する動きが加速し、自国資源に対する支配権が確立された。
☆コメント
上記の記事は『日本経済新聞』に連載された十市氏の文章の一部である。1973年の石油ショックの時にアメリカが軍事力をもって石油価格の高騰を抑止することを検討したということを示す衝撃的な事実である。
ただし、2003年の日本経済新聞や朝日新聞には、上記の最高機密文書に関する詳しい記事は見当たらない。