工作機械産業情報[1]
 今、中小企業は厳しい不況の波にさらされている。
 その中でも優れた社員の技能と独自の加工技術によって、不況をものともしない町工場もある。
 その一つとして、超高精度の工作機械を熟練技術(キサゲ)でつくる長島精工の例を紹介する。

不況に耐える町工場の技  世界に誇る技能で生き残り
日経ビジネス  1998年10月5日

長島精工
高精度を極めた「工作機械」  伝統の技を駆使し手作り

 キサゲと三面摺(す)りという世界的にも絶滅しつつある伝統的な手作業で、誤差1000分の1mm以下という、気の遠くなるような精密加工が可能な工作機械を作り出す。受注残は5ヵ月あまり。不況を知らない町工場がここにある。

 京都府城陽市。水田に囲まれた工場団地の一角に平面研削盤メーカー、長島精工はある。従業員は約40人。月に6から7台の平面研削盤を出荷するのが精いっぱいという小さな所帯だが、ここには松下電器産業や東芝、キャノンといった名だたるハイテク企業が、その技能と技術を求めてやってくる。
 電子部品のような極めて精度の高い部品を量産するには、精密に作られた金型が欠かせない。そして、誤差が1000分の1mmという金型の精度を実現するには、金型を削る平面研削盤がそれ以上の精度を持っていなければならない。
 とりわけ重要なのは、研削盤の台(テーブル)と、それを下から支えて前後左右に滑らせる土台との接触面である。この面に凹凸のむらがあれば、台は正確に動かず、金型の加工精度を、落としてしまう。といっても、凹凸がまったくない平らな面を作るのとは意味が違う。それでは台と土台が張り付いてしまい、ピクリとも動かない。台と土台の表面に、高低差1000分の2から1000分の3mmほどの細かな山と谷を作り、山の高さをすべて一定にしたうえで、潤滑油を谷の部分に逃がして動きの精度を保つのだ。

競合品の倍の値段でも受注残5ヵ月
 長島精工は「世界的にも“絶滅”しつつある伝統技法」(長島善之副社長)を駆使して、手作業でこれを実現する。その技法がキサゲと三面摺(す)りだ。
 キサゲは、刃が硬いノミに似た道具の名前であると同時に、それを使ってこの微細な山と谷を作る作業をさす。長島精工の工場では、大半は20歳代という若い従業員たちが、キサゲを手に、中腰になって鋼板を削り、山と谷を作っている。
 一方、三面摺(す)りは、その山の高さをすべて同じにする作業のことだ。キサゲで山と谷を作った鋼板の表面に塗料を塗って、やはりキサゲで山と谷を作った別の鋼板とこすり合わせると、高すぎる山の部分から塗料がはがれて金属の地肌が現れる。そこを再びキサゲで削り、さらに別の鋼板とこすり合わせる作業を延々と繰り返す。3枚の鋼板を交互にすり合わせ、3枚ともに塗料がはがれなくなれば、山の高さが完全に一致したことになる。
 鋼板は約200kg。1つの鋼板を数人が一緒に持ち上げて別の鋼板の上に載せ、それを前後に動かしてキサゲした面の具合を確かめる。
 1台の工作機械を作るのに、こんな作業が2ヵ月は続く。「古典的と言われるかもしれませんが、これをやって初めて誤差が1000分の1mm以下の精度を実現できるんです」。長島副社長は誇らしげに話す。
 これに対して、機械式の研磨では、「どんなに精緻なNC(数値制御)装置を使っても山の高さが1000分の2から1000分の5mmは違ってしまう」(長島副社長)という。
 「キサゲと三面摺(す)りを駆使すれば、究極の平面ができるということは、この業界の人間ならだれでも知っている」(長島副社長)。しかし、中腰で根気よく鋼板を削り、1人で年に数台しか作れない効率の悪さを嫌って、大企業はもちろん、中小企業でも、いまやこの手法を全面的に採用している工場は同社以外にはなくなった。

 長島精工の場合、24人いる現場の技術者たちは、全員が高度な技能を持っている。しかも、受注した製品については、1人の担当者がその設計からキサゲ、組み立て、納入後の保全までのすべてをまかなう体制を敷いている。製品が完成すると、その裏側には「この研削盤は、私が誠意と情熱を持って造り上げました」という担当者のネームプレートが付けられる。「仕事は確かに楽ではないが、このプレートが技術者一人ひとりの誇りなんです」と、長島晃社長は話す。

 1998年6月期の業績は、売上高が13億円、経常利益は1億円で、ともに過去最高を更新した。1台が1000万から3000万円台と、競合する製品に比べて2倍以上は高い価格設定だが、受注残は現在も5ヵ月分を超える。超高精度を要求される最新のハイテク製品。それを支える伝統の技がここにある。


1998年11月16日掲示