ストックオプションの人件費計上をめぐる世界と米国の議論

(ことば)ストックオプション 2004/04/02, 日本経済新聞

 あらかじめ決められた価格で自社株を購入できる権利。役員や従業員に報酬として付与される。株価が上がれば権利を行使して自社株を取得、株式市場で売却して差益を得る。日本では一九九七年に解禁され、大和証券SMBCの調べでは今年一月末時点で上場企業の約三割にあたる千二百二十社が導入している。

 八〇年代から導入が進んだ本場・米国では近年、不正に利益をかさ上げして株価をつり上げるなどの不祥事が相次いでいる。このためストックオプション偏重を改め、現物株式付与へシフトする動きも広がっている。

 

ストックオプション、人件費計上義務付け、2005年導入――国際会計、利益底上げ防ぐ。

2002/06/18, 日本経済新聞 夕刊

 

 会計基準の世界的な統合を進める国際会計基準理事会(IASB)は、ストックオプション(自社株購入権)を人件費と見なして費用計上する新会計制度を二〇〇五年から導入する方針を固めた。企業がストックオプションを乱用し目先の利益を底上げする方法を封じる。米エンロンの破たんをきっかけに高まった会計不信の払しょくを目指す。

 IASBは十七日、ベルリンで理事会を開き、ストックオプション会計の新制度の導入で合意した。企業は役員や従業員にストックオプションを付与した時点で、保有者が将来得られるもうけとみなされる金額を人件費として一括計上する。保有者が一定期間に権利行使して現物の株式を購入、即座に売却して現金に換えると仮定し、権利行使による購入費用と売却によって得る収入の差額をオプション価値・将来得られるもうけと見なす。

 最近のストックオプションは権利行使価格を低く設定するなどして、企業側が役員や従業員にほぼ確実にもうけをもたらすよう設計したものが増えている。

 現在ストックオプションは損益計算書に反映されないため、利益を多く見せたい企業が現金による報酬や給与の代替として乱用するなど隠れ人件費の性格が強い。エンロンは従業員の約六割にストックオプションを与え人件費を軽減していた。こうした会計処理に対して投資家は「財務諸表が企業の実態を正確に示していない」と批判を強めており、米国などの株式市場が動揺する一因となっている。

 IASBによれば、新会計の導入で現在隠れている費用が顕在化するため、米企業の純利益を現在の基準より九%押し下げる要因になるという。通信企業に限れば一八%、ハイテク企業は三三%と目減りの度合いが大きくなる。

 IASBは米欧日などの代表から構成し、加盟国は方針に従って国内の会計基準を手直しするよう求められる。対応しなければ企業の国外市場での資金調達が不利になるため、日本を含めた各国は基準の導入に動いている。欧州委員会は二〇〇五年までに欧州連合(EU)の上場企業に国際会計基準を採用するよう義務付けた。

 米国ではストックオプションの人件費計上を義務付けておらず、大半の企業は年次報告書の脚注にストックオプションの費用を加味した利益を開示しているだけ。新興のハイテク企業を中心にした米産業界は「ストックオプションが利用しにくくなって優秀な人材が採用できなくなる」として、人件費計上義務付けの動きに反発している。

 

<解説>ストックオプション、人件費計上義務付け――米の対応が焦点に

2002/06/18, 日本経済新聞 夕刊

 国際会計基準理事会(IASB)がストックオプション(自社株購入権)の人件費計上を義務付けることで、米国の出方が焦点になる。米産業界は新基準導入に反発しているが、投資家などは採用を強く促す姿勢だ。

 米財務会計基準審議会(FASB)は一九九〇年代半ばに今回のIASBと同様の会計基準を作ろうとしたが、挫折した経緯がある。影響の大きいハイテク企業から強い政治的圧力を受けたためだ。

 米企業はストックオプション会計に対し「国際会計基準を現状の米国方式に合わせるべきだ」(モトローラなど)との姿勢をとる。米国が現在の基準を修正しなければ、欧州企業が国際会計基準の採用を義務付けられる二〇〇五年以降は、米国企業に比べ欧州勢は会計上の利益が相対的に小さくなる。

 しかし、米有力投資家ウォーレン・バフェット氏は「米企業の経営者がストックオプションの人件費計上に反対するのは恥ずかしいことだ」と事実上、国際会計基準を支持する発言をしている。グリーンスパン米連邦準備理事会(FRB)議長も人件費計上の支持を表明している。

 こうした発言の背景には、「米国が国際的な動向に歩調を合わせなければ会計不信を払しょくできず、投資資金の米国離れが続く」(米大手証券モルガン・スタンレー)との危機感がある。今回のIASB方針へのFASBの対応は、米国の会計制度や資本市場の国際化を占う試金石といえそうだ。


 

IASB、株式購入権の費用計上で会計基準案――日本、年内に判断、FASBは来年。

2002/11/08, 日本経済新聞 夕刊

 

 会計基準の世界統一を目指す国際会計基準理事会(IASB)は七日、企業の隠れ債務とされるストックオプション(株式購入権)を費用として計上する会計基準案を発表した。これを受け日本の企業会計基準委員会は年内にも、ストックオプションの国際基準を受け入れるかどうか対応を決める見通しだ。

 IASBは二〇〇四年一月から正式基準として導入する方針だ。

 公表された基準案はストックオプションを役員や従業員に交付した時点の時価を計算し、損益計算書に費用として計上することを義務づけた。同オプションの時価は権利行使日までの株価の値上がり予想や金利などをもとに計算。企業は計算式のほか、株価や金利など計算の前提条件も投資家に公表する。

 米会計基準はストックオプションの費用計上を義務づけていないため、企業業績が日本や欧州に比べ水増しされているとの批判が強かった。今回のIASB案を米主要企業に当てはめると、平均して営業利益を二割押し下げるという。

 米財務会計基準審議会(FASB)は独自にIASB案への意見を募り「来年二月をメドに米会計基準を変更するかどうかを決める」(首脳)としている。


 

米国の株式購入権、費用計上の義務化後退の恐れ――会計基準厳格化に共和党が反発。

2004/01/21, 日経金融新聞

 

 米国の従業員向けストックオプション(株式購入権)の会計基準の厳格化が後退する恐れが強まってきた。米財務会計基準審議会(FASB)は来月にも企業に費用計上を義務づける新ルール案を提示するが、議会内には産業界寄りの共和党議員を中心に義務化に反発する声が出ている。両者は妥協案を探っており、米国を揺さぶったエンロン事件の風化が進んでいる。

 エンロン事件など一連の米会計不祥事では、経営陣がストックオプションを使って巨額報酬を得ていたことが、会計操作を招く温床になったとして問題となった。

 そこでFASBはストックオプションの費用計上を義務づけ、投資家が企業の財務状況をより正確に把握できるようにすることを検討してきた。FASBの新ルール案が米証券取引委員会(SEC)の承認を得た上で、米議会で新法として成立すれば、法的拘束力を持つことになる。

 FASBの動きにあわてたのは、ストックオプションで優秀な人材を集めてきたハイテク関連の中小企業だ。関係業界はFASBが厳しいルール案をまとめないよう米議会にロビー活動を展開してきた。

 こうした産業界の意向を受け、共和党のエンジー上院議員は最近、ストックオプションの費用計上の完全な義務づけを避けるための妥協案を提示。

 一方、一連の会計不祥事以降、米企業でストックオプションの扱いを自主的に見直す動きが広まっている。マイクロソフトやシティグループなどは昨年、ストックオプション制度を廃止して、実株を配布する制度を導入した。

 

「株式購入権」をめぐる動き

200112月 エンロン破たん―不正会計で投資家不信が広がる

2002年6月 国際会計基準理事会(IASB)、人件費計上義務付けルールを2005年から導入することを決定

2002年7月 ワールドコム破たん。

同上    企業改革法が成立

200211月 FASB、ストックオプションの会計基準に関する意見募集を開始

2003年3月 FASB、費用計上の義務化に向け本格的に着手

2003年7月 マイクロソフトが株式購入権廃止

2003年9月 FASB、費用計上にかかわる新基準案の提示時期を年内から2004年初めにずらす

200311月 エンジー議員が妥協案を提案


 

米会計審、ストックオプション費用計上で草案――義務化巡り深まる対立

2004/04/02, 日本経済新聞 朝刊

 

 米国の企業会計基準を決める米財務会計基準審議会(FASB)は、従業員向けのストックオプション(株式購入権)の費用計上を二〇〇五年から義務化する草案を公表した。実現すれば、報酬手段として多用してきたハイテクなど米企業の利益が大きく削られる。米産業界や議会の一部は反発を強めている。

 ストックオプションは会計上コストゼロで付与できるため、企業側に有利な報酬手段として浸透した。しかし現実には一定の費用が生じるうえ、エンロンなど破たん企業の役員が巨額報酬を得るなど乱用ぶりも露呈した。財務の透明性を求める投資家を中心に費用化を促す声が高まっていた。

 FASBの新基準案は、株式公開企業に対し、従業員に付与した時点でストックオプションの「公正価値」を算出、各決算期に費用として計上するよう義務化し、未公開企業にも選択肢を用意して一定の費用計上を求める内容。今年十二月十五日以降に始まる決算期の企業から適用する方針だ。

 コカ・コーラなど米上場企業五百社はすでに自発的に人件費として費用計上している。

 もっとも、依存度の高いハイテク業界への影響は大きく、企業によっては利益の半分以上が消える懸念がある。米民間調査では、費用化した場合、米主要五百社の二〇〇三年の利益を一〇%減らす要因になるという。

 従業員向けストックオプションは市場で自由に売買できないため、公正価値の評価手法が確立されていない。FASBは今回、これまで使われてきた「ブラック・ショールズ・モデル」に代わり、「格子モデル」という手法を採用するよう促している。様々な条件を考慮できる利点があるが、大量で細かい計算が必要で、より複雑な作業になるとされる。

 FASBは一九九〇年代半ばにストックオプションの費用化を提案、産業界の反発や米議会の圧力に屈した経緯がある。

 

【表】米国のストックオプション(株式購入権)の費用化を巡る動き

1972年○米会計原則審議会(APB)が本源的価値法による費用計上規定(事実上、費用計上ゼロ)

1993年○米財務会計基準審議会(FASB)が公正価値法による費用計上を求める公開草案を提示。議会・産業界が猛反発

199510○FASBが大幅譲歩した会計基準を最終決定。本源的価値法を容認、ただし公正価値法との差額を注記で開示

200112○エンロンが破たん、会計不信広がる

2002/6○国際会計基準理事会(IASB)、2005年から人件費計上を義務づけることを決定

2002/7○米企業改革法が成立

    ○ゼネラル・エレクトリック、コカ・コーラなど費用計上決定

2003/3○FASB、費用計上義務化へ向けて本格審議開始

2003/7○マイクロソフトがストックオプション廃止

200311○エンジー上院議員が企業の負担を和らげる妥協案

2004/3○FASB、公正価値による費用計上義務化へ公開草案

2004/6○パブリックコメント受け付け締め切り、最終決定へ

200412○新基準が発効


 

ストックオプション、一部費用計上案、米下院が可決。

2004/07/21, 日本経済新聞 夕刊

 

 米下院は二十日、社内向けストックオプション(株式購入権)の費用計上を一部実現する法案を可決した。米財務会計基準審議会(FASB)は全面的な費用義務付けを求めているが、収益に影響が出かねないとしてハイテク業界が反発しており、業界に配慮した法案となった。

 法案は二〇〇五年から、経営トップの五人に供与したオプションの推定価値を費用として損益計算書に計上するよう義務付けている。

 法案は上院で可決されれば、大統領の署名を経て成立する。