新谷文夫 『図解IT経営』について
東洋経済新報社、2000年
李 リョウ
選定理由
この本は、ITの導入に取り組む企業、ITを活用して経営を改善しようとする企業、さらにITを武器としてビジネスを推進しようとする企業の方々が、少しでも広く、少しでも深く、ITを見つめようとしたとき、この本とても役に立つと考えた。特に、第五章以降は、広くIT経営を知りたいという多くの方々が、入門書として活用できると思う。
著者の紹介
新谷文夫(しんたに ふみお)
1956年東京生まれ。東京大学工学部卒、米国カーネギーメロン大学大学院修了。工学博士。1981年機械メーカーに入社。1991年日本総合研究所に移籍。
現在、同社創発戦略センター副所長。主な著書・論文に『図解 デビットカード』、『事業化を迎えたエレクトロニック・コマース』、『図解IT経営』、『図解eマーケティング』、『図解ITバリアフリーのすべて』(以上、東洋経済新報社)、『ナレッジワーカーの仕事術』、『経営戦略ハンドブック』、『図解「21世紀型ビジネス」のすべて』(一部執筆)、『顧客主権革命』(一部執筆)(以上、PHP研究所)、『図解ですぐわかる!ITコーディネータ資格試験』(二見書房)、『二〇〇一年版金融時事用語集(一部執筆)』(金融ジャーナル)など。コマースネットジャパン(CNJ)運営委員、ビジネスブレイクスルー(BBT)コンテンツ委員会委員、IT先導的教育訓練コース開発研究会委員、新潟県IT産業戦略会議分科会委員などを歴任。
注目すべき1節
第一章では著者は「IT経営の本質」について
「IT(情報技術)を『情報を○○するための技術』と定義しておきたい。この○○には、さまざまな言葉が入る。提供、獲得、共有、格納、検索、識別、処理、加工、分析などである。そして、このように考えれば、皆さんの業務において何がIT化されているか、具体的に頭に浮かべていただけることと思う」(12ページ)
「IT(情報技術)を導入する本質は、経営効率の改善や企業の付加価値の向上を行うことにより、IT(経営)=IT活用して、顧客に差別化した商品やサービスを提供することである。これを顧客価値の創造という。そして、ITを導入することより、顧客にどのような価値を創造しうるのかを考えなければ、IT投資は経営資源の無駄遣いになることを強く認識する必要がある。」(12ページ)
「IT経営の五つのポイント 「経営効率化」と「高付加価値化」はともに顧客価値の創造につながる。情報には、「データ」、「ナレッジ」、「ノウハウ」の三つがある。 「情報技術で何かできるか」と「情報技術は何に役に立つか」は異なる。「情報システムの導入」=「IT経営の実現」ではない。「インターネット」は「顧客中心の経営」を加速する。」(13ページ)
第四章IT経営「7つの提言」「顧客中心主義を貫徹せよ!誰のためのITかを常に問い続けることが重要」(190ページ)、「仲介機能を考え直せ!過度に個人に情報が蓄積されることをなくすことが重要」(192ページ)「決済権限を考え直せ!実務執行者への権限委譲を徹底することが重要」(194ページ)、「ルール化を徹底せよ!誰もがITを使いこなせるようにするための職場ルールが重要」(196ページ)、「組織力を最大化せよ!ITを理解する若手人材を意図的に幹部候補として育成することが重要」(198ページ)、「活用人員を生み出せ!効率化によって生み出される人材という経営資源を生かすことが重要」(200ページ)「国際ビジネスを前提とせよ!競争相手が国内企業だけではないことを認識することが重要」(202ページ)
要旨
第一章では、「IT経営の本質」を論じている。IT(情報技術)=情報を提供、獲得、共有、格納、検索、識別、処理、加工、分析などする技術IT(情報技術)の発展は、目覚しく、それを導入すれば、経営課題が解決してしまうという錯覚も生まれがちである。著者も、もとは技術者であり、技術が重要なことは理解しているつもりだが、大切なことは、それを何のために、どのように使いこなすかということである。
第二章は、論より証拠というわけではないが、実際にIT経営に取り組む企業の事例を集めた。
第三章ではIT経営が、企業の経営者や現場のビジネスマン、そして、IT導入を推進する部門の方々など、それぞれの立場から、どのように見えているのかを紹介している。インターネットで実施した結果を見る限り、企業内の意識のギャップは大きいようだ。
また、第四章では、IT経営を推進するための人材に関する考え方、日本的なIT経営の進め方について、述べている。IT経営は一部分の会社員にとって、古くて、新しい言葉である。新しい技術が古い文化の中に入ってくる、そして、それらに対応できる人材と対応できない人材が生まれる、このような情報システムの導入を日本の企業は繰り返してきたからである。インターネットの時代に、その繰り返しは、企業の競争力を確実に鈍らせる。
講評
著者の問題設定
IT経営は一部の会社員にとって、古くて、新しい言葉だ。新しい技術が古い文化の中に入ってくる、そして、それらに対応できる人材と対応できない人材が生まれる。対応できない人にとって、どうしたら、いいだろうか。
著者の回答
ITを理解する若手人材を意図的に幹部候補として育成することが重要だ。
組織力の最大化とは、ビジネス・ノウハウを持ち、ITを使いこなせるという意味である。組織という観点から見たときに、熟年人材は、この若手人材を牽引するために、どこまでもビジネス・ノウハウを高める必要があり、若手人材はITを武器に熟年人材に肉薄していく、このような関係が組織力を最大化していく。ITをある程度使いこなせる若手人材を熟年人材のサポート役として任命すること、同時に、若手人材のサポート業務を評価の対象とすることである。遠慮なく頼れる人間がいるということ、先輩にも遠慮なく教えることができるというのは、組織文化にとって大きなプラスとなる。
評者の見解
熟年人材はちょっとしたことでも、若手に教えを請うということには勇気が必要である。仕事の先輩というプライドもあるが、それよりも、若手の仕事の邪魔をしたくないという心理が動くからだ。若手人材は先輩に教えるということへの遠慮が始めにある。しかし、熟年人材は基本的にビジネス・ノウハウで勝負している。長年のビジネス経験で養ってきた直観力や洞察力で種々の問題を乗り越える力を有しているからだ。若手人材は熟年人材に教えると同時に、熟年人材のビジネス・ノウハウの一端を吸収していくと思う。
今後の課題
遠慮なく頼れる人間がいるということ、先輩にも遠慮なく教えることができるというのは、企業にとって大きなプラスとなる。熟年人材と若手人材の協力で、効率が高くなっていくはずだ。効率化によって生み出される人材という経営資源を生かすことが重要だが、IT経営の導入によって経営が効率化され余剰人員が生まれるはずだ。労働力が過剰になると言われている。IT経営によって、活用人員を生み出せるのであれば、その人員を本社機構や管理部門にとどめるのではなく、顧客情報や商品情報を収集・調査・分析する第一線の業務へと、うまく職種転換することが重要だと思う。