岩田昭男『電子マネー戦争 Suica®一人勝ちの秘密』
中経出版2005年
大友徳也
選定理由
最近では、携帯電話にまで搭載されるようになった電子マネー。鉄道事業を中心とした企業であったJRが開発した電子マネーSuicaが、電子マネーの勝者になるという大胆なタイトルに惹かれた。また、身近な企業だということもあって興味がわいたため。
著者の紹介
岩田昭男(いわた あきお)
早稲田大学卒業、同大学院修士課程修了。流通、情報通信、金融分野を中心に活躍する消費生活ジャーナリスト。特にクレジットカードは、20年近く取材を続けている主要テーマ。著書に『クレジットカード新サバイバル戦争』『クレジットカード超活用術』(以上、ダイヤモンド社)、『VISAのトップブランド戦略』『図解 クレジット&ローン業界ハンドブック』(以上、東洋経済新報社)などがある。2003年にNPO法人「ICカードとカード教育を考える会」を設立し、個人情報保護問題などにも積極的に取り組んでいる。
注目すべき一節
「鉄道業には常に『安全』と『確実』という条件がついて回る。何千万人もの乗客の生命を預かるのだから100%安全で、確実でなければ、新しい技術も実用化には至らない。この業界の人たちがいつも『石橋をたたいて渡る』ような慎重さをみせるのはそのためだ。」(39頁)
「まったくの幸運によって、または偶然によって、この成功はなし遂げられたように思われているが(一部には実際にそう思っている人がいるのだ)、それは違う。その根底には、JR東日本の周到な計画性と想像力、それに『石橋をたたいてでも渡らない』という社員の気質がうまくミックスして獲得されたものである。時刻表にみるダンドリ性といってもよい。決して幸運や偶然ではない。」(111頁)
「一枚のカードの登場がその企業を活性化させただけでなく、さらには業態を変えてしまった。そして、市民生活まで変えようとしている。まるで夢のような話だが、その出来事が目の前で連続して起こる。こういう現象を『スイカ革命』と呼ばないでなんと呼ぼうか。」(232頁)
要旨
Suica(Super Urban Intelligent Card)はJR東日本が開発したIC(Integrated Circuit)乗車券である。このカードの特徴はICカードであるため記憶できるデータ量が多い、非接触であるうえ処理速度が速いことである。
このスイカに用いられているのがソニー社製の「フェリカ」で、スイカ以外にも電子マネー「Edy」、JR西日本の「イコカ」にも用いられている。
このスイカの誕生により、改札の風景は一変した。一度の入金で長期間券売機に並ぶ必要がなくなり、かざすだけで改札を通れるようになったのである。
スイカは電車に乗るときばかりではなく、駅の中の売店などでの買い物にも利用できるようになり駅中ビジネスが発展。さらに、ファミリーマートなど駅の外での利用も可能に。
関西でもJR西日本が開発したICOCA(IC Operating CArd)が登場。
スイカはJALなど、他の企業と提携。さらに、JR西日本のIC乗車券イコカとの相互利用が可能になりスイカを利用できる範囲がどんどん広がる。また、2005年度中に携帯電話にスイカの搭載を目指す。
スイカの登場により、JRは鉄道輸送事業者から総合生活サービス企業に変貌を遂げる。市民生活も変化。「スイカ革命」と呼ぶにふさわしい変化。
講評
著者の問題設定
スイカはカード戦争に終止符を打ち、電子マネー戦争に勝利することができるのか。
著者の回答
いまや私たちはカードをたくさんもっている。現在、発行されているクレジットカードの枚数は2億5000万枚、財布はさまざまなカードでパンパンに膨れ上がっている。その中には使わないカードも多い。しかし、そのたくさんのカードの中からカードを絞り込もうとするとなると、なかなか難しいものである。あれも惜しい、これも惜しいとなって、収拾がつかなくなる。
しかし、こうした光景もスイカで変わるだろう。特にいくつもの機能が複合された「ビュー・スイカ」カードなら、一枚でほとんどの用事を済ますことができる。電車に乗るのも、会社に入るのも、駅のキヨスクで買い物するのも、街のファーストフード店でコーヒーを飲んだり、デパートで買い物するのも、そして、航空券を予約し、チケットレスで飛行機に搭乗し、さらには海外で暮らすこともできる。できないことがないくらいである。
その意味で、首都圏で生活するうえで「ビュー・スイカ」カードはなくてはならないカードであり、クレジットカードの決定版になるといえる。財布の中のカード戦争に勝利し、最後の一枚になる資格が十分にある。
現在、クレジットカード業界は再編の真っ只中である。2005年秋にも銀行などを巻き込んだ巨大なカード会社が出現しようとしている。実現すれば会員数が8000万人にものぼる。
だが、この再編は利用者からすれば、ほとんど関心がないだろう。再編は銀行の思惑で進んでいるだけで、利用者を置き去りにしての騒動ともみえる。
利用者としては、特典が多く使いやすいカードを求めているに過ぎない。スイカは定期券、乗車券として毎日利用できるため、財布の中に残る最後の一枚である。そのカードで買い物ができ、クレジットカード機能がつくとなるのだから、これはメインカードとして利用される確率は、他の銀行系カードに比べるとはるかに高いといえる。
こうした状況の変化を察知した銀行や信販会社が、スイカとの提携を申し込んでいるのも、だから、当然なのである。今のところは、Edyがカード会社との提携をさかんに進めているがスイカもそうした提携に積極的に乗り出すだろう。そして、気がつけば、スイカやEdyといった電子マネーがカードの主役となり、その下にクレジットカードが付帯するといったことになるのではないか。これからカード業界の「主客逆転」(パラダイムの変換)が起こる可能性が高い。
評者の見解
著者のこの回答ではスイカがカード戦争に終止符を打つというより、電子マネーのカードが終止符を打つということになる。電子マネーのカードが業界で大活躍するというのは間違いないと思うので、一応著者の意見に賛成する。電子マネーカードの中でスイカがNo.1になるというのは、可能性は否定しないが、そうとも言い切れない。確かにスイカは街中や空港など広範囲で使用できるうえに、電車にも乗れるという独自性まで持つ。しかし、スイカもイコカも主に関東と関西でしか出回っていないため、地方ではEdyの方が猛威を振るうのではないか。Edyは提携を繰り返して力をつけている。しかも、「携帯電話に搭載」という点ではスイカよりも先に実現させてしまった。パソコンにおいてもEdyが搭載されているものはよく見かけるが、スイカが搭載されているものはあまり見かけない。スイカのポテンシャルを考えれば、現在の開きも十分埋め合わせられるのかもしれないが、一人勝ちというのは難しいはずだ。
今後の課題
スイカのことは本書で頭に入ったが、Edyに関する知識がまだまだなので今後はこちらもよく調べて、両者を比較しなおすと、より理解を深められると思う。また、今後の両者の動向にも注目していくと面白いと思う。