岩田昭男 著『電子マネー戦争 Suica一人勝ちの秘密』について
(中経出版、2005年)
川島 卓也
選定理由
私がこの本を選んだ理由は、まずSuicaを自分が使っていたということである。それで、Suicaについてもっと深くまで知ろうと思い、この本を選んだ。また、昨今では様々な電子マネーが世に出てきている。今では、生活する上で必要不可欠と言っても、過言ではない電子マネーについて興味を持ったためである。
著者の紹介
岩田 昭男(いわた あきお)
1952年生まれ。早稲田大学卒業、同大学院修士課程終了。流通、情報通信、金融分野を中心に活躍する消費生活ジャーナリスト。とくにクレジットカードは、20年近く取材を続けている主要テーマ。
注目すべき一節
「一体どこまで進化していくのか、魔法のカードとは、まさにこのことだ。」(22頁)
「一枚のカードがひとつの企業の業態を変え、運命を変えてしまった。」(234頁)
要旨
第1章では、主にスイカの概要について述べている。スイカの特徴、種類、購入の仕方、機能を細かく説明し、スイカが他のカードとどこが違うかを説明している。また、たった3年で1000万枚を突破したこと、JR東日本がなぜスイカを導入したかが書かれている。その理由はいくつかあるが、経営戦略的に見た場合には、少子高齢化による鉄道運輸収益の減少に対する対抗策という側面が強いとされている。
第2章では、スイカの開発秘話のことを述べている。まず、2章前半では自動改札機がもたらしたメリットについて書かれている。そして、90年の自動改札機導入時に、ICカードの実用化が間に合わず、10年は磁気式カードでいくことが決定したことが述べられている。次に、2章後半ではスイカ開発がどのように始まったかが述べられている。実験の様子なども細かに説明されている。そして、JR東日本が望むICカードのシステムを受注し、それにふさわしい機械を作ってくれるメーカーを決める作業として国際入札が始まり、JRの高い要求に応えたのはソニーの「フェリカ」であった。また、ここではフェリカの効用についても述べている。
第3章では、スイカの導入後について述べている。スイカは導入後19日で発行枚数が100万枚を超え、2ヵ月後には200万枚、1年後には500万枚を突破した。また、スイカの仕組みについて細かく書かれていて、それに平行してスイカならではの問題についても述べている。しかし、その反面スイカがどれだけのメリットをもたらしたかが書かれていて、巨額のメンテナンスコストが削減されたことと偽造カードやキセルの防止が助長されたことを述べている。
第4章では、カードのノウハウについて述べている。4章前半ではJR東日本社内のカード事業部による自社カード開発について書かれている。ここで誕生したのが「ビューカード」で、このカードの特徴、なぜ自社カードなのか、進化していく「ビューカード」について述べている。4章後半では、ビューカードとスイカが合体して「ビュー・スイカカード」の誕生のことと、自前主義が上げた大きな成果について書かれている。
第5章では、スイカ・ショッピングについて述べている。5章前半では、駅構内でのスイカ・ショッピングつまり「駅ナカビジネス」について書かれていて、経営資源としての駅を活用しているという。また、ここではスイカ・ショッピングの利点もいくつか挙げられている。5章後半では、スイカがついに駅を抜け出して、「街ナカビジネス」を開始したことについて述べている。ここで、強力なライバル「Edy」についても書かれている。スイカと同じくソニーの非接触ICカード「フェリカ」の電子マネーである。また、提携戦略についても書かれていて、Edyは大手コンビニのampm、サークルKサンクスと手を組み、スイカは大手コンビニのファミリーマートと提携するなど、抜きつ抜かれつの展開が述べられている。
第6章では、関西の交通カード「ICOCA」と「PiTaPa」について述べられている。2004年8月にはスイカとイコカの相互利用が開始されている。また、西と東とのカードの違いが述べられていて、スイカがプリペイド方式なのに対し、ピタパではポストペイ方式が使われているなどが挙げられている。
第7章では、相互利用と大提携戦略について述べている。ついにはJR東日本はJAL(日本航空)と業務を提携し、「JALカードスイカ」を誕生させた。その一方、スイカのライバルであるEdyがJALのライバルであるANA(全日空)と業務を提携した。6章でも述べたとおり、2004年8月からスイカとイコカの相互利用が開始されている。また、関西圏私鉄カードのピタパとスイカの相互利用も開始されている。また、7章後半では、携帯電話を使った「モバイルスイカ」について紹介されている。
第8章では、スイカがJR東日本の業態を変えたと書かれている。JRは鉄道輸送事業者から総合生活サービス企業へと変わっていたとされている。ここではスイカ成功の秘密とその課題について述べられている。また、スイカは市民生活をも変えると述べられていて、普段の生活の中にスイカがどれだけ大きな影響を与えたかも述べている。
レジュメへのリンク
第1章〜第3章(発表1回目)
第4章〜第8章(発表2回目)
講評
著者の問題設定
なぜSuicaはこれほどまでにヒットしたのか。
著者の回答
スイカは、非接触の特徴を生かした乗車券と定期券によって鉄道利用の利便性を高め、JR東日本のメンテナンスコストの削減に貢献し、JR東日本の本業である鉄道事業に一定の役割を果たした。しかし、それ以上にスイカは、JR東日本の業態を変える強い影響を与えている。
まず、電子マネーのショッピングである。その取扱高が急伸し、駅ナカ、街ナカで加盟店を増やし、電子マネー事業がJR東日本の新しい事業へと育ってきた。また、カード事業部との連携で、クレジットカードと合体した「ビュー・スイカ」カードを発行し、さらに、他社との提携カード業務受託などでカード事業部にも本格進出の構えをみせる。
今後、他の鉄道事業者との相互利用が広がれば、JR東日本エリアに収まり切らない全国規模の市場が誕生することになる。これは、またとないビジネスチャンスである。相互利用に合わせてスイカ・ショッピングのインフラを広げることで、さらにうまみのあるマーケットへと変わる。
携帯電話にスイカ機能が搭載される「モバイルスイカ」にも注目である。携帯電話を使って、「予約」「決済」「改札通過」「航空機搭乗」が可能になったりする。たとえば、こうした業務のいくつかをJR東日本が受けもつことになれば、もうこれは鉄道事業者ではなく、IT総合事業者の仕事といったほうがふさわしいだろう。このように関連する業界を次々と巻き込んで成長発展するその力強さは、前例がない。それこそがスイカ(ICカード)の力である。
スイカが成功した理由はいくつかあるが、大きく4つに分けられる。まず、1つめに非接触型ICカードと交通システムの相性のよさである。安全性を保証する英国の公式認証機関から最高級の評価を得るほどのセキュリティ力とかざせば0.2秒で処理できるスピード力である。「かざせば」仕事ができるというイメージが21世紀のカードとして多くの人に受け入れられて急速に普及したのである。2つめにJR東日本の「石橋を叩いても渡らない」慎重さである。時刻表をつくる作業は、列車運行の基本テーブルであり、指令書である。そのため失敗は絶対に許されない。ひとつミスがあれば列車が衝突し、脱線、大事故にもつながりかねない。だから、時刻表をつくるときには、あらゆるケースを想定して、最も適した運行スケジュールを組む必要がある。そこに必要なのは、強靭な想像力と周到な計画性、それに「石橋を叩いても渡らない」という慎重さである。だから、ときとして、計画が進まなかったり、変更になったかと思えるときもある。それは、スタッフが慎重にシミュレーションしているときなのである。それが終わって確認されれば、一気に走り出す。スイカはこうして進んできた。3つめは「自前主義」で立ち上がりが早かったことである。JR東日本の場合、何かやりたいと思えば、社内に似たことをする部門があるのである。やはり、これは総合力の高さといえるだろう。また、それは自前主義と言い換えてもいい。同社には、すべてを自前で揃えるのを「よし」とする伝統がある。それがうまく噛み合うと、スイカのように総力を上げて取り組むプロジェクトが生まれる。今回はその自前主義がうまく作用したといえる。4つめは勇気ある経営陣がいたということである。JR東日本では、改札機のリニューアルでICカードを導入するという経営の決断があった。もし、それがなければ「スイカ革命」は起こらなかった。企業の業態を変えてしもうかもしれない流れに進んで身を任せる経営陣の勇気は評価されてしかるべきだ。
このほかにも、スイカの成功の理由として、「進化が緩やかだったから成功したのだ」と指摘する人もいる。「きっぷ→オレンジカード→イオカード→スイカ→ビュー・スイカカード」といったようなこの進化の過程が、利用者にとってとても受け入れやすい。もし、ここのステップの1つ、2つが抜けてしまったら、「先進すぎてメリットがわかりにくい」ことになりかねない。
スイカの成功の理由をいくつか考えてみたが、その反面、残された課題もいくつかある。そのひとつがお役所体質。次に、全社一丸となって取り組むことができる「自前主義」だが、短所もある。すべてを自社で整えようとするため、どうしても内向きの思考になることである。
評者の見解
私はこの著者の意見におおいに賛成である。著者の回答に書いてある成功の理由の1つでも欠けていたら、ここまでスイカはヒットしなかったと思う。それに、鉄道事業というインフラがあったことがでかいと思う。通学・通勤のほとんどの人は電車を利用しているから、スイカに移行するのは当たり前のことである。メリットの方がいくつもあるからである。また、たまに旅行や買い物などで電車を使う人にも、スイカにチャージしておけば切符を買う手間ははぶける。このように、利用者にとってメリットがあるのはもちろんだが、JR東日本側にとってもたくさんメリットがある。メンテナンスコスト削減、ハンドリングコスト削減、偽造カードやキセルの防止などである。
また、スイカでそのままショッピングもできてしまうのだから、これ1枚があれば小旅行程度なら問題ない。この先の未来に、スイカ1枚で日本一周なんてことも夢物語ではなくなってきている。実際に、本書には記載されてないが、関東でも私鉄との相互利用が始まり「PASMO」が誕生している。確実に進化をしているのである。緩やかではあるが、これからもJRは発展していくであろう。
今後の課題
本書は2005年発行である。そのため、最新情報は記載されていない。2007年現在では、新たな機能も出来ているし、様々な電子マネーが登場してきている。そのためこれから電子マネー競争が激化していくと思われる。確かに、JR東日本は緩やかに、「安全第一」で慎重に進化を遂げている。
しかし、おちおちしていたら他の電子マネーに抜かれていってしまうと思う。これから電子マネー戦争を生き抜いていくには多大な労力が必要になってくる。今後も、JR東日本を始め、他の電子マネーの動向に注目していきたい。
http://wwwint2.int.komazawa-u.ac.jp/~1ek5384k/