佐々木俊尚『グーグル Google 既存のビジネスを破壊する』について

(文春新書 2006)

小島美加

 

選定理由

 私が普段利用している検索エンジンはヤフーだが、時々グーグルを利用している。ヤフーはトップページにニュースや天気などが表示されており、ポータルサイトという言葉をよく表現したようなサイトである。しかし、グーグルのトップページは「Google」というロゴと検索のテキストボックスだけという非常にシンプルな作りでバナー広告などはない。普段ヤフーを利用しているせいもあるかもしれないが、利用するたびに不思議な印象を受けるページである。また、グーグルは検索エンジンを提供している企業であるがそれのみを提供しているわけではない。様々な無料のサービスを利用者に提供しながらも2005年末には四半期だけで1800億円の売り上げがあるという。様々な無料のサービスを提供しながらも巨大な資金で他のIT企業を買収し、傘下に収めるも買収した企業の社風やサービスを損なうようなことはあまりしていないと言われている。こんな企業は世界中探してもグーグルくらいである。これらのことからグーグルがどんな存在なのか興味を持ったため本書を選んだ。

 

著者の紹介

佐々木 俊尚(ささき としなお)

1961年生まれ。ジャーナリスト、評論家でITビジネスを得意分野とする。早稲田大学政治経済学部中退後、毎日新聞社入社。警視庁捜査一課、遊軍などを担当し、殺人事件や海外テロ、コンピュータ犯罪などを取材する。199910月、アスキーに移籍。『月刊アスキー』編集部などを経て20032月に退社。現在はフリー。

 

注目すべき一節

  「[B&B羽田空港近隣パーキングサービス副社長の]照美さんは、『旅行代理店のおこぼれをもらうんじゃなくて、自分でキーワード広告を使って一生懸命顧客を開拓するようになって、考え方がすごく変わった』と言う。」(第三章 123頁)

「多くの人は、グーグルを『検索エンジン企業』だと思っている。しかしいまやその考え方は、誤っているのかもしれない。収益構造を見る限り、グーグルは、『巨大な広告代理店』になりつつあるのだ。」(第五章 161頁)

 

要旨

第一章 世界を震撼させた「破壊戦略」

グーグルニュースは新聞社の編集権を侵害するものなのか。大手新聞社のホームページは利益が上がらなくなってしまうが、地方新聞社はグーグルニュースによって息を吹き返しつつある。また、王者マイクロソフトを脅かしているグーグルの無料サービスなど、既存の価値観を変えてしまうほどのグーグルの技術力を紹介している。

第二章 小さな駐車場の「サーチエコノミー」

 グーグルは収益構造を見るかぎり巨大なインターネット広告代理店である。駐車場経営会社を例に挙げたインターネット広告とその歴史。グーグルの革新的な広告テクノロジーがグーグルの主な収入源である。

第三章 一本の針を探す「キーワード広告」

 従来の方法では出来なかったターゲットに広告を届けることが出来るグーグルのキーワード広告。駐車場経営会社がそのキーワード広告を使って会社を再生させる。キーワード広告によって仕事への意識が変化したと語る。

第四章 メッキ工場が見つけた「ロングテール」

 グーグルの高性能な検索エンジンで市場のロングテール化が進んだ。メッキ工場を例に挙げ、今まで合致しなかった需要と供給の関係をグーグルの検索結果が合わせていく。メッキ工場の専務が早い段階からネットバブルを察知し工場のIT設備等を整えたことでグーグルのメッキの検索結果は上位に表示されるようになった。

第五章   最大の価値基準となる「アテンション」

 ブログの登場でインターネット社会がフラットになった。グーグルの高性能な検索エンジンの後押しもあってブログは企業や大手マスコミのホームページと同じだけの力を持つようになる。そんなインターネット社会の中で情報を持っている「だけ」では注目してもらえない。これからは人々にアテンション(注意喚起)できる力を持つ企業が生き残っていく。

第六章   ネット社会に出現した巨大な権力

 グーグルは情報を収集し、整理し、開放するデータベース力が極めて優れている。その部分を中国政府は中国版グーグルに利用し検閲をした。これまでの「これをしてはいけないが、これはしなさい」という命令型の権力から、知らないうちに行動を限定され、特定の行動に向かわせられるような機械的なルールによって管理される遍在の権力が働くようになる。グーグルはその権力を行使しようとしている。

 

講評

著者の問題設定

グーグルは伝統的な企業のビジネスを破壊しながら、中小企業の再生と新たな市場の創出、人と国家を同じレベルにしようとしている。なぜ一私企業の検索エンジン会社がそのような影響を与えようとしているのか。

著者の回答

 グーグルは様々なものを生み出す中で全てをコントロールできる存在になろうとしている。ある種の宗教的な空間で「司祭」となって人々を導こうとしている。司祭になろうとしてその空間を作ったわけではなく、その空間を作る過程でたまたま司祭になっているだけだという。グーグルは巨大化したとはいえ一私企業でしかなく、最近話題になっている他企業に買収される可能性もある。もしくは破綻する可能性もゼロではない。プレイヤーはグーグルである必要はなく、マイクロソフトやヤフーでも構わない。グーグルが退場する日がくれば他の企業がグーグルの座を奪い、第二の司祭として君臨することになる。なぜならこれはグーグルの進化ではなくインターネットの進化そのものだからである。

評者の見解

 本書を読み進めるうちにグーグルは他のIT企業と違って技術者思考でユーモラスであると感じた。グーグルは伝統的な企業とは違って、利益よりも技術力や遊び心を重視している。検索エンジンは将来性がないといわれた中でこれほどまで業績を上げることができたのは、人々が求めるものを作るのではなくグーグル自身が興味のあるものを作ってきたために人々に受け入れられたからである。本書ではそんな無邪気な面は権力に利用されやすいと書かれている。確かにそうなのかもしれないが、大抵そのような存在は崩れてしまうだろう。注目すべき一節でも述べたように、キーワード広告を多用したところでその会社が儲かるわけではない。商売の根本原理を理解し、顧客の立場に立ってビジネスをしなければ続かないのだ。グーグルが伝統的なビジネスを破壊し、中小企業を再生、自身が作り出した空間(プラットホーム)の中で司祭として君臨したところでそれは薄っぺらなものでしかない。その空間は古いものの蓄積から生まれるもので新しく創出したものでは決してない。グーグルは優れたシステムを作り出すIT企業ではあるが、それを統括する企業、あるいは司祭にはなれないと私は考える。

 

今後の課題

 私たちはグーグルを利用する度に最先端のテクノロジーの恩恵を受けている。しかし、その中で最低限の価値観と倫理は持ち合わせなければならない。人の価値観は様々であるという風潮を鵜呑みにして自分勝手に利用するだけではなく、本当に価値があるものか判断し、利用することが必要である。今や誰もがインターネットに依存しつつある。インターネットがなかったらという想像ができないほどである。それへの依存は支配を容易にしている。しかし、グーグルも「人間」が作っている企業であるという認識を持たなければならない。

http://wwwint2.int.komazawa-u.ac.jp/~1ek5013k/