椛澤 敏志

『いじめにおける集団影響力』

key word: いじめ、集団化、大学生、性差


【問題】


 いじめ問題は多発化、陰湿化というように以前と比べて少しずつ変化してきている。その中でも特に注目したいのがいじめの集団化である。以前は加害者と被害者がいればいじめは成立していたが、現代ではそれだけでは存在しがたくなっており、それを取り巻く他者の存在が無視できなくなっている。

 そこで、本研究では小・中学生を対象とした調査で井上ら(1987)の用いた質問紙を大学生用に修正していじめにおける役割と意識について調査を行い、また集団凝集性による態度の違いも検討することにした。


【方法】


 調査対象: 大学生の男性50名、女性50名、計100名。

 調査材料: 井上らの調査で用いた質問しに本研究の目的に沿うように手を加え使用した(資料参照)。修正した点は反社会的行為に対する態度をいじめ行為に対する態度のみに絞ったこと、学校への満足度や学業成績との関係を省いたこと、各質問項目において大学生がイメージを浮かべ難いものは削除したことである。

 実施方法:社会的望ましさによる歪曲を防ぐ為に性別と年齢のみを記入してもらうことにとどめ、匿名回答とした。

 分類方法:井上らと同様の方法に基づいて被験者を被害者、加害者、観衆、傍観者、同情者、制止者、通報者の8種類に分類した。


【結果と考察】


 いじめの理由別生起に関しては「こらしめのいじめ」が理由として多く挙げられており、許容度も高い結果となった。相手に非があるとすることによって、いじめ行為をそして自分自身を正当化しやすいからであろう。また男子学生の方がいじめ行為の許容度が高かったため、その許容性につけこんでいじめが生起しやすいと考えられたが、実際は女子学生の方がいじめが多かった。

 男子学生のいじめ役割において被害者が少なく、加害者が非常に多いという結果になった。これは特定の人物をいじめのターゲットにする傾向が存在しているとも考えられるが、恐らく被害者になったことを言いたくないと言う防衛規制が働いたものと思われる。また女子学生では制止者が非常に少なかった。この事は制止の効果の無さや報復の恐れなどが影響していると考えられる。

 役割別の分析においては加害者と観衆がいじめ行為への許容度が高く、その面白さを肯定し、悪さを否定するという予想通りの結果となり、井上らと同様の結果が得られた。観衆という役割はいじめ行為への積極的な支持を意味しており、加害者の行為を強化してしまう力を持っているため、注目に値する結果であると言えよう。またいじめ行為をとめる制止者までもがいじめ行為に対して許容的であり、悪さを否定する傾向にある事も見逃せない。こういった点がいじめの長期化や陰湿化を招く原因になっているとも考えられるからである。

 次に集団凝集性の違いにおいては、低い凝集性の集団ではいじめ行為への同調行動を示さなくなるものが増える事から、凝集性の高い集団に比べて集団圧力が余り働いていないものと思われる。また女子学生の方が同調への圧力を強く感じていることが分かった。凝集性の低い集団では、非同調時にはいじめられると予想する者が多く、いじめ被害時には友人の行動に悲観的な予想をする者が多いと言う結果になった。この事は凝集性が低い方が集団圧力が強い為ではなく、自分のその集団への態度を投影した為だと思われる。

 本調査結果と井上らの結果とを比べると、大学生の方がいじめの理由別生起認知率が高く、いじめ役割を有しているものが多かった。大学生は小・中学生よりも多くの経験をしてきており、その過程でのいじめ行為の経験が影響しているのではないかと思われる。また大学生の方が同調行動を起こさない者が多かった。この事から社会的枠組があまり存在しない大学生は小・中学生に比べて友人達に重きをおいておらず、集団圧力もそれほど感じていないと言える。また非同調時の友人関係においては小・中学生に比べて自らの所属する集団の成員への信頼感の薄さについて示唆する結果となった。今回の調査だけでは不充分である為、さらに被験者を増やして調査を行う事が必要であると思われる。また井上らの調査が1987年に行われたものである為、時代背景による影響も考え、現代の小・中学生に対しても同様の調査を行って比較検討することが望まれる。


【参考文献】


井上健治 戸田有一 中松雅利  1987いじめにおける役割 東京大学教育学部紀要 第26巻 89-106