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鄒  振環 2000.『晩清西方地理学在中国─以1815年至1911年西方地理学訳著的伝播与影響為中心─』上海古籍出版社〔上海〕,445p.
(書名日本語訳: 『清末中国における西洋地理学─1815年から1911年までの西洋地理学の訳著書の伝播と影響を中心として─』)

書評筆者:高橋健太郎

書評掲載誌: 『駒澤地理』(駒澤大学文学部地理学教室) 38:98-100,2002年.


  本書は,清末における西洋地理学の訳著書の出版状況,およびそれらの出版物による西洋の地理的知識の中国への伝播の過程を検討し,近代中国の地理思想史を考察した良書である。

  1990年代から,中国内外の研究者によって,近代中国の思想史や文化交流史の研究が盛んになってきているが,地理思想史に関する研究はこれまで少なく,その意味でも本書は注目に値する。

  著者の指導教授である周振鶴による序文,著者によるあとがき,および復旦大学のホームページによると,本書は著者が1998年に復旦大学に提出した博士論文に修正を加えて出版されたものであることがわかる。現在,著者は復旦大学歴史系の副教授で,主に近代中国の地理思想史,出版史,学術交流史について,多くの著書や論文を発表している研究者である。

  本書は,6章にわたる論考の部分と巻末の豊富な資料部分からなっており,そのコンパクトな外見とは裏腹に,蓄積の少ない清末中国の地理思想史に関する貴重な研究書であるといえる。

  まず,序章においては,本書の研究範囲や研究手法の説明,先行研究の検討,および各章の概要が整理されている。本研究の意義,先行研究の概説の部分は,要領よくまとめられており,評者のように思想史研究を専門としていない者にも理解しやすい。ただ,西洋から新しく伝来してきた知識の断片が蓄積されることによって,社会のなかで,一連の知識のつながり,さらには知の体系が形成されていくという本書における著者の視角と方法論の説明(p.11-12)は,本書が単なる史料紹介の文献ではなく,ある時期のある社会における思想の形成過程を明らかにしようとする研究書であることを示す重要な部分であるから,関連文献を引用するなど,より詳細な説明がほしいところである。

  第1章「明末清初における漢語編訳された西洋の地理学文献と新しい知識の導入」においては,本書で主に議論される清末の状況の前提となる,明末清初(16世紀末〜17世紀)の西洋地理学文献の漢語への編訳に関して,多くの先行研究が引用され概要が説明されている。マテオ・リッチの『坤輿万国全図』,G.アレニの『職方外紀』,F.フェルビーストの『坤輿全図』など,イエズス会宣教師による著作が,出版された明末清初には中国知識人にあまり重視されず,むしろ清末に再評価されたということについて,わかりやすくまとめられている。

  本書の副題の「1815年から1911年まで」とは,R.モリスンらが「近代第1号の中国語雑誌」(p.65)である『察世俗毎月統記伝』を発行した年から辛亥革命によって清朝が滅びた年までという意味である。その期間を戊戍の政変(1898年)で区切って,第2章においてその前半の動向が,第3章においてその後半の動向が解説されている。

  第2章「19世紀に西洋の宣教師を主な訳者として制作された一連の地理知識」においては,前述のモリソンの雑誌,W.メドハーストの『特選撮要毎月紀伝』,ギュッツラフの『東西洋考毎月紀伝』,中国益智会とその出版物,R.Q.ウェイの『地球図説』と『地球説略』,W.ミュアヘッドの『地球全志』,A.ワイリーの『六合叢談』,江南製造局と墨海書館の2つの出版社とその出版物など,この期間に中国地理思想に影響を与えた主要な人物や出版社の活動と出版物の内容に関して,かなり詳細に検討されている。

  第3章「戊戍の政変から辛亥革命までの近代西洋地理学思想と知識体系の輸入」においては,「清末の翻訳出版界において首位の地位を占めていた」(p.175)商務印書館,日本の実践女学校の創設者でもある下田歌子らによって開設られた作新社,清朝政府の機関のひとつで主に教科書編纂を行っていた学部編訳図書局などの出版社(局)と出版物,およびそれらに従事していた人々の活動が解説されている。源(1994)が指摘するとおり,日清戦争以降,多くの日本の地理学書が中国語に翻訳され,それらの訳書をとおして,中国に西洋の地理知識が伝わり,また日本で作られた地理的用語も中国に入っていった。本書第3章において,その状況がより克明に検討されている。さらに本書では,日清戦争以前の中国から日本への西洋地理知識の伝播についても言及されており,日中交流史研究の側面からも本書を参照することができる。なお,第2章と第3章で取り上げられた人物や出版社の一部は,鄒(2000)において,出版史研究の視点からさらに詳しく解説されているので,併読することによって,読者はより深い理解を得ることが可能となるだろう。

  第4章「清末地理学文献のなかの西洋自然地理学の新語」においては,「気象」,「大陸」,「世界」などの語が例にあげられ,清末から用いられるようになった地理的用語とそれらの文献中での記述方法の変遷が分析され,西洋地理学の諸知識がいつ頃中国に伝播し,どのように定着したかについて検討されている。その他に,初歩的な分析であるとの断りつきながらも,中国語の130以上の地理的用語について,明末から清末にかけて,どの文献に最初に用いられたのかが一覧表にまとめられていて,これは,著者の堅実な史料分析にもとづいた貴重な研究成果であるといえる。ただ,特に日中の学術用語の形成と伝播については,初出文献を調査するだけでなく,それぞれの用語の両国間での解釈の相違についても考慮する必要があり,本書でも取り上げられている荒川(1997)のような言語学的研究手法も併用されるべきであろう。

  第5章「清末の地理学教育と近代地理学教科書の編纂」では,これまでの中国地理思想史研究において,「一般の社会階層の人々の知識状況にほとんど注意が払われていない」(p.266)点に留意して,キリスト教の教会学校や近代学校制度下での地理教育,民営出版社による地理教科書,および郷土理解を重視した「郷土地理教科書」について,系統的に説明されている。数多くの教科書について,内容が詳細に検討されている点が評価できる。ただ,近代学校制度とそこで使用されていた地理教科書が,近代中国のナショナリズム,具体的には愛国主義や民族自尊心の興隆へ与えた影響について検討した,本章の結論の部分は,議論が不十分なように思われる。本来は,本章の研究だけで1冊の本になるような内容であるから,今後のより詳細な検討に期待したい。

  第6章「清末における地理学共同体の形成と近代中国地理学の学術的様式の変化」においては,中国における「伝統地理学」から「近代地理学」への歴史的過程を理解する指標として,歴史学の補助的な学科としてのそれまでの立場からの地理学の学問としての独立,職業地理学者集団の出現,および近代地理学的研究方法の確立の3点があげられ,この観点から,1890年代の「地図公会」の成立に前後する制度化以前と以後,それぞれの地理学共同体の活動と出版物が,科挙制度の廃止などの当時の中国の社会状況と関連づけて検討されている。ともすれば冗漫になりかねない諸学会の活動についての記述も適切な分量でまとめられ,さらに論理的な議論が展開されている点が高く評価できる。

  巻末には,付録として,「清末の西洋地理学の訳著書目録」,「清末の中国人編纂の地理学教科書目録」,「清末の地理学訳著書と教科書の出版年代別の分類統計表」,および「引用文献一覧」が,88ページにわたって収録されている。

  以上,本書の内容を概観するとともに,著者への期待も込めて,若干の問題点を指摘した。全体的には,あとがきで著者も述べているように,「繁雑な清末地理学文献は,いまだに系統的な整理がなされておらず,これが,今にいたるまで人々を満足させる中国近代地理学史の書籍が1冊も出版されていない主な原因」(p.442)であり,そのような状況のなかで,多くの史料を網羅した上で展開される本書での論考と巻末の豊富な文献目録は,高い評価に値する。

  近年の中国における図書館や資料館の整備にともない,今後,近代中国の思想史研究はますます盛んになると予想される。その際,近代中国へ与えた日本の影響の大きさを考えれば,日本の研究者が有効な視座を提供できるはずである。本書は,近代中国の思想史に興味がある読者全般にとって参照の価値があるとともに,特にその地理思想史を研究する者にとっては,最初に読まれるべき文献のうちの1冊となるだろう。

【参考文献】
荒川清秀 1997.『近代日中学術用語の形成と伝播─地理学用語を中心に─』白帝社.
源  昌久 1994.日本の地理学書と中国近代地理学─翻訳書誌を通じて─.地理学評論 67A-3: 149-167.
鄒  振環 2000.『20世紀上海翻訳出版与文化変遷』広西教育出版社.


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