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沿革 |
一般通史 |
1592年
(文禄元年) |
江戸駿河台吉祥寺境内に「学林」設立
駒澤大学の前身である「学林」は、曹洞宗が禅の実践と仏教の研究、そして漢学の振興を目的として設立当時は吉祥寺会下学寮と呼ばれていました |
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| 1600年 |
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関ヶ原の戦い |
1657年
(明暦3年) |
吉祥寺駒込に移転
中国の名僧・陳道栄が「旃檀林」と命名 |
江戸明暦の大火 |
1875年
(明治8年) |
「曹洞宗専門学本校」を青松寺獅子窟学寮内に開校 |
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1876年
(明治9年) |
「曹洞宗専門学本校」を駒込吉祥寺に移して「旃檀林」と合併 |
日朝修好条規、廃刀令 |
1882年
(明治15年) |
麻布日ケ窪に校舎を新築して移転
10月15日に校名を「曹洞宗大学林専門学本校」とし、本学はこの日を開校記念日としています |
日本銀行設立 |
| 1889年 |
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大日本帝国憲法発布 |
1904年
(明治37年) |
専門学校令による大学として認可 |
日露戦争勃発 |
1905年
(明治38年) |
校名を「曹洞宗大学」と改称 |
ポーツマス条約締結 |
1913年
(大正2年) |
大学を現在の駒沢(旧東京府荏原郡駒澤村)の地に移転 |

駒沢移転当時の大講堂 |
1925年
(大正14年) |
大学令による大学として認可、「駒澤大学」と改称
また、寺院の子弟だけでなく、向学心に燃える一般学生の勉学の場として、広く門戸を開いたのもこの時でした |
普通選挙法公布 |
1949年
(昭和24年) |
学制改革により新制大学に移行
仏教学部、文学部、商経学部の3学部9学科で再スタート |
私立学校法公布 |
1950年
(昭和25年) |
駒澤短期大学仏教科第2部を開設 |
学校教育法改正 |
1951年
(昭和26年) |
学校法人令による学校法人駒澤大学に組織変更 |
サンフランシスコ講和条約、日米安保条約 |
1952年
(昭和27年) |
商経学部に第2部を開設
大学院人文科学研究科を開設 |
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1961年
(昭和36年) |
駒澤エックス線技師学校創設 |
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1962年
(昭和37) |
短期大学に国文科・英文科を増設 |
中央教育審議会、「大学の管理・運営」を答申 |
1964年
(昭和39年) |
法学部を開設 |
東京オリンピック開催 |
1966年
(昭和41年) |
商経学部第1部・第2部を経済学部第1部・第2部に名称変更し、商学科を増設
また、大学院も1966年(昭和41年)から約10年の間に12専攻に |
中国文化大革命 |
1967年
(昭和42年) |
駒澤短期大学に放射線科を増設 |
公害対策基本法公布 |
1969年
(昭和44年) |
経営学部を開設 |
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| 1970年 |
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大阪万国博覧会開催 |
1971年
(昭和46年) |
法学部と経営学部に第2部を増設 |
沖縄返還協定調印 |
1972年
(昭和47年) |
法学部に政治学科を増設 |
日中共同声明 |
1982年
(昭和57年) |
駒澤大学開校100周年を迎える |
フォークランド紛争勃発 |
| 1989年 |
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平成へ改元、ベルリンの壁崩壊 |
1992年
(平成4年) |
「学林」設立以来400年を迎える |
EC12カ国が欧州連合条約に調印 |
1996年
(平成8年) |
短期大学に専攻科を開設 |
ミドリ十字薬害エイズ問題 |
1998年
(平成10年) |
文学部に心理学科を開設
苫小牧駒澤大学開校、国際文化学部を開設 |
長野オリンピック開催 |
2000年
(平成12年) |
経済学部・法学部で昼夜開講制実施 |
沖縄サミット |
2002年
(平成14年) |
駒澤大学開校120周年を迎える
経営学科で昼夜開講制実施
苫小牧駒澤大学に国際コミュニケーション学科を増設 |
ユーロ流通開始
日韓共催FIFAワールドカップサッカー開催 |
2003年
(平成15年) |
医療健康科学部 診療放射線技術科学科を開設 |
イラク戦争勃発 |
2004年
(平成16年) |
大学院法曹養成研究科(法科大学院)を開設 |
アテネオリンピック開催 |
2006年
(平成18年) |
グローバル・メディア・スタディーズ学部を開設 |
第88回高校野球で駒大苫小牧と早稲田実業が決勝再試合 |
2007年
(平成19年) |
経済学部に現代応用経済学科を増設
大学院に医療健康科学健康科を開設 |
食品偽装が社会問題化 |
2008年
(平成20年) |
経営学部に市場戦略学科を増設 |
バラク・オバマ氏が第44代アメリカ合衆国大統領に当選 |
| 「旃檀林」以来の建学の理念と真理の探究という姿勢は今も厳然として受け継がれています |

現在 |