■企画展示室2 <浮世絵・古地図>
<浮世絵>
古風なやまと絵に対して、江戸時代の民衆の趣味と生活を主題として、描写した絵画をいう。
江戸初期に、岩佐又兵衛がその風を興し、次いで菱川師宣が出て、版画でその描法を確立し、「浮世絵版画」の基を開いた。
浮世絵版画はその後、多色刷が加わってから「錦絵」として大いに発達し、浮世絵の黄金時代を迎えた。
美人画、風景画、役者絵などがある。
木曾街道六十九次(きそかいどうろくじゅうきゅうつぎ)
歌川(一勇斎)国芳(うたがわくによし1797-1861)筆
〔71枚〕
国芳は初代豊国の門人であるが、北斎の影響もうける。武者絵や風景画にもすぐれ、美人画、役者絵にも力作が多い。
また、洋風画も研究し、領域も広く門弟も多い。木曾街道六十九次の揃物の古版画。
木曾街道の宿々にちなんだ見立絵、たとえば妻籠に「妻乞」あるいは「妻恋・夫恋」を掛け、そこから阿倍保名と狐葛の葉の故事を導き出しているように「葛の葉」を、落合に「条仙人」、守山に「達磨大師」のそばを食う図、といったように、故事・逸話を主題として、主に芝居関係の絵を描き、それぞれの宿の風景を左の上隅に簡単に描いたものである。
写真:守山 達磨大師
<古地図>
江戸時代には幕府による諸国国絵図、街道図、城下町図等、行政上の地図製作が盛んになった。
後期には蘭学の発達により、蘭学者による世界地図もみられる。
いっぽう商業の発達や庶民の旅行も盛んになり、日本図、道中図をはじめ名所絵図など様々な地図が浮世絵の木版技術を生かし刊行され民間でも地図が普及した。
大日本国図並東海道中仙道中絵図
(だいにほんこくずならびにとうかいどうなかせんどうちゅうえず)
絵図屋庄八 文政6(1823) 61cm×67cm
江戸時代には参勤交代や商人、庶民の旅行が盛んで、日本国図、道中図が多く製作された。
地図は不正確だが、国郡、城下町、宿場町間の里程、名所など豊富な内容が記載される。
和船や中国船の描写も興味深い。
?欄新訳地球全図(おらんだしんやくちきゅうぜんず)
橋本宗吉作 寛政8(1796)
浅野弥兵衛刊水戸藩の儒者、長久保赤水の校閲、大阪の医師、橋本宗吉による平射図法による「東西両半球図」の世界地図。
カリフォルニア、オーストラリアなど正確さに欠けているが、地図の周りに世界の地誌の解説が付記され、様々な情報を得ることができるので人気を博した。
越前吉田郡志比荘吉祥山永平禅寺全図
(えちぜんよしだぐんしびのしょうきちじょうざんえいへいぜんじぜんず)
嘉永5(1852) 永平寺刊
嘉永5(1852)年は、道元禅師600回の大遠忌にあたる。
同時代に總持寺や大乗寺でも木版図が出版されている。
寺社境内図は、本来開基、造営の際に作成され宗教的シンボルとされたが、江戸時代に寺社参拝が大衆化し、物見遊山的要素も高まり、旅の案内、お土産などの名所絵図として木版が製作された。参拝客など人物が描かれるようになるのもこの頃からである。