夏野剛『ケータイの未来』について
ダイヤモンド社 2006年
三村英武
選定理由
私たちの生活の中で携帯電話は欠かせないものといっても過言ではない。子供からお年寄りまで所有し、どこでも連絡が取れて、持ち運ぶことが出来る。さらに、最近ではインターネットからワンセグなどが出来るようになり、携帯電話の機能は日々進化している。身近なアイテムである携帯電話は考えやすい題材ではあるが、身近でも深く追求することによって新しい発見などがあると感じた。携帯電話ビジネスはどのように戦略を立てて、どのように成功していったか、普及していったかを知りたかったのでこの本を選んだ。
著者の紹介
夏野剛(なつの たけし)
早稲田大学政治経済学部卒、ペンシルバニア大学経営大学院ウォートンスクール卒。東京ガス株式会社入社後、株式会社ハイパーネット取締役副社長を勤める。その後、株式会社NTTドコモに入社。ドコモのマルチメディア戦略の総責任者として、iモードからおサイフケータイ、クレジットサービスiD、DCMXまで様々なサービスを世に送り出している。2005年株式会社NTTドコモ執行役員に就任。
注目すべき一節
u 「iモードが始まって丸5年が経過した2004年。この頃になると、ドコモの携帯電話全加入者に占めるiモードの契約率が90%を超えるなど、携帯電話によるインターネット・サービスは人々の生活に完全に定着した。このタイミングで私が打ち出したのが、携帯電話の新しいコンセプト『生活インフラ』である。」(39頁)
u 「おサイフケータイは、人々の日常生活の要所要所に登場して、手続きなどを便利にしていく。言い換えれば、リアルな生活に自然な形で溶け込んでいく。それが、私の思い描く『未来ケータイ』である。(42頁)
u 「最終目標としては、ドコモのクレジット・カード会員云々ではなくクレジット・カード市場全体の活性化を掲げたい。現在の9%程度とされる国内のクレジット・カード利用率を他の先進国並の15%とか20%にまで引き上げることをしたいのである。」(122頁)
u 「使い勝手を大切にしておけば、モバイル専用のコンテンツが完全に駆逐されることにはならないと考えている。」(204頁)
u 「普段から身につけて使う携帯電話機は、人間のライフスタイルと密接に関わりあっている。ライフスタイルが変わらなければ、携帯電話機の根本機能もそう変わらない。」(230頁)
要旨
第1章:iモードが始まって5年経過した2004年、携帯電話でのインターネット・サービスは人々の生活に完全に定着した。そこで、携帯電話の新しいコンセプトとして『生活インフラ』を打ち出した。『生活インフラ』とは、これまで以上に個人の生活に定着した存在にしたいという願いでこの名がつけられた。
そして、このコンセプトを実現するため、2004年以降に投入する端末の多くに、ソニーが開発した非接触ICカード機能「FeliCa(フェリカ)」を導入する。FeliCaのようなICカードには、各種の不正アクセスに耐えられるような対策が施され、格納した情報を外部から盗み見ることが極めて難しい。このFeliCaを使ったサービスを「おサイフケータイ(正式名称はiモードFeliCaサービス)」と呼ぶことにした。そして、その「おサイフケータイ」をリアルな生活に自然な形で溶け込ませること、それが著者の思い描く「未来ケータイ」なのである。
携帯電話5年周期説(5年ごとにライフスタイルを変えるような大きな節目)を唱えており、「通信インフラ期」→「ITインフラ期」→「生活インフラ期」へと移行してきた。
第2章:「おサイフケータイ」について多く書かれている。携帯電話を使った金融事業、クレジット・カード事業にドコモは目をつけたのである。日本のクレジット・カード産業は急速に伸びている産業ではあるが、クレジット・カードの利用率は現時点ではまだまだ低い水準である。これから携帯電話の契約数が伸びない現状で、クレジット・カードの利用率が米国並みの24%まで上昇すると、72兆円の産業規模になり、ドコモはDCMXを利益の源泉と考えている。
そして、ドコモはシーモ(コカコーラ+ケータイ)や、トルカ(クーポン)などの様々なサービスを展開した。最終目標として、現在の9%程度とされる国内のクレジット・カード市場全体を、他の先進国並の15%や20%にまで引き上げたい。
利用シーンの広がりに合わせて、携帯電話ユーザーは端末機能の進化とともに、通話以外の用途でも携帯電話を使い、ユーザーの利便性の向上を考えてサービスの幅を広げることは企業として当然であり、携帯事業者をはじめ通信事業者の成長と言えば、高速ネットサービスは不可欠だが、通信インフラにこだわらず、ユーザーの生活が便利になるなら必要なものはドンドン取り込んで自ら提供していけばいい。それが『生活インフラ』の根本的な発想である。
第3章:業界志向を捨ててマーケット志向へと移行することをドコモは考えている。2004年度の売上げで、ドコモだけでなくその他の携帯電話事業者の売上げ規模は1兆円以上であり、日本企業のかなり上位である。
そして、携帯電話機が実現する近未来のサービスを展望したとき、地上デジタル放送(ワンセグ)が次の大きな波である。実際に携帯電話で今のテレビ放送がそのまま受信できても個人のライフスタイルにも携帯電話事業にも「革新的なこと」は起こらない。消費者の立場に経ったときにどんな利便性を提供できるか必要である。
第4章:ケータイ生態系にも変革の波があると書かれている。モバイル・コンテンツ業界は今後が正念場であるが、2004年になって、モバイル・コンテンツ事業者を脅かす「フル・ブラウザ」が登場する。ドコモは「iチャネル」サービスを導入し、携帯電話機とサーバーを連携させたサービスを提供することで、一般のパソコン用サイトとの違いを見せていく。ドコモは使い勝手の大切さを重視している。
第5章:未来ケータイは現在の携帯電話機とは形状がかなり違った端末が登場すると勝手に予測している。(数年先の近未来でなく、20年あるいはもっと先の未来で)技術もますます進化して「何でも」可能になっていく。
講評
著者の問題設定
A) 携帯電話の新しいコンセプトとして「生活インフラ」を導入。このコンセプトに基づいて投入されるいくつかのサービスによって、携帯電話を持つ人々の生活は一変する。
B) 単に技術的にテレビ機能を載せることだけを考えるべきではなく、放送と融合する場合には重要なことがある。
C) 携帯電話は日々進化しているが、進化することにより携帯電話の未来はどう変わっていくのか。
著者の回答
A) 「生活インフラ」はこれまで以上に個人の生活に密着した存在を表すことである。インターネットを基盤とした「通信インフラ」から新しい利益の源泉であるクレジット・カード事業に目をつけた。「Felica」を使ったサービスの「おサイフケータイ」を導入することによって、クレジットカードの普及があまり高くない日本に、携帯電話をかざすだけで簡単に決済が可能で、何より便利なことだということを定着させていく。契約者数がこれ以上伸びていかないという現状で「おサイフケータイ」は新たなビジネス展開が進められる。
B) 放送と融合する場合、4つの重要な点がある。
@ どのように上り回線を番組内容と組み合わせるか
A データ放送部分をモバイル向けに十分カスタマイズできるか
B 既存のインターネット(モバイル)・コンテンツときちんと連動できるか
C サイマル放送でなくなったときに、モバイル向けの番組のクオリティを保てるか
C) 進化することによって、これまで出来なかったようなことが「何でも」可能になっていく。しかし、「何でも」可能になるということが問題なのである。なんでも可能な中から、本当に人々に「使われていく」物だけを選択して、サービスとして実現していかなければならない。
評者の見解
A) 「生活インフラ」という新しいコンセプト、携帯電話を身近にするということは賛成である。契約者が伸びない現状の中で新しいビジネスを展開することは当然だと思う。特に、海外では主流となっているクレジット・カード事業を独自のサービスで展開することにより、さらなる利益が生まれるのでさらなる発展が進んでいくだろう。さらにSuica、Pasmoのような簡単な決済が可能なサービスが今後の主流になっていくだろう。
B) 現時点でのテレビを携帯電話で観られる機能は、ただテレビを観られ、少しの時間録画出来る。これを使うときを考えると、電車に乗っている時や待ち合わせの時程度ではないだろうか。やはり、著者が考えているように、どのように上り回線を番組内容と組み合わせるか、携帯電話での独自のテレビを使ったサービスを提供するかが重要視されるだろう。
C) 携帯電話に何でも新しい機能を詰め込んでいくということがさらなる携帯電話の進化とは言えない。進化するということは、新しい機能を導入して売上げを伸ばすと言う手法もあるかもしれないが、進化するにはクレジット・カード事業に目をつけたように、利益の源泉となる発展途上のビジネスを見つける必要がある。
今後の課題
おサイフケータイは今のビジネスに適している、もっと発達すればさらなる利益が期待される。クレジット・カード事業の発展はこれからだろう。従って、これからはクレジット・カード事業にも目を向けなければいけないであろう。
また、機能を「何でも」可能にしてしまうことはやはりこれからのケータイの未来を考えると方向が変わってしまうだろう。さらにドコモのサービスだけでなく、他の携帯企業にも新しい機能が多く登場(auの音楽携帯など)している。新しい機能というのは、話題性が生まれるが、それも契約数が伸びない現状で長続きしていかない。どの携帯企業も、利益を獲得するためにはドコモの「生活インフラ」のような利益の源泉となるコンセプトを考えていかなければ、どんなにすごい機能やサービスを提供しても成り立っていかないと思う。
http://wwwint2.int.komazawa-u.ac.jp/~1EK5084m/