神田敏晶著『 YouTube革命 』 について
(ソフトバンククリエイティブ、2006年)
辻本 聡
選 定 理 由
普段からユーチューブをよく利用しており身近だったことと、課題が出た時期にちょうどグーグルによるユーチューブの買収劇がニュースで大々的に取り上げられていた時期と重なっていたため、この本を選定した。
著 者 の 紹 介
神田 敏晶(かんだ としあき)
ビデオジャーナリスト。コンピューター系フリーペーパーの編集長などを経て、世界で一番小さなデジタル放送局「KNN.com」を起業。
また、日本初のテレビ&ユーチューブ同時配信を実現した「BlogTV」(東京MXテレビ)でキャスターを務める。関西大学総合情報学部講師。叶體`会議「編集・ライター養成講座」「Webディレクション講座」各講師。
注 目 す べ き 一 節
・「ユーザーにコントロールを委ね、コンテンツを開放することによって、新たなコンテンツビジネスが成立する」(65頁)
・「『一つのビジネスモデルに集中して成功した企業ほど新しいモデルへの移行に苦痛が伴う』」
ロイター[1]CEOトーマス・グローサ氏の言葉から(151頁)
・「ユーザー視点に立てば立つほど有利になるのが、Web2.0時代のビジネスなのだ。」(160頁)
要 旨
第一章では、グーグルによる買収で当時創業2年にも満たなかったにもかかわらず16億5000万ドルもの値が付いた「ユーチューブ」について、その買収劇の経緯、会社の成り立ち、そのサービスの内容などが述べられている。
無料で大容量の投稿機能、検索を可能にしたタグ機能、控えめな宣伝、動画でのコミュニケーションが可能な共有機能など、ユーチューブの魅力は、あらゆる面でユーザーにとっての使いやすさが考慮されていることである。
またそれらは、映像の保管がテープやフィルムというパッケージでなく、ネット上の「あちら側」にあるデータセンターに移る「映像の流通革命」によって可能となった。
第二章では、ユーチューブがどのように利用され、拡がっていったのか、いくつかの例を挙げて述べられている。
CGCM[2]、パロディ作品、悪ノリ映像など、ユーチューブでは、あるユーザーが面白いと思った映像はすぐに他のユーザーとシェアでき、それが次から次へと広がっていくという現象が起こる。ユーザー同士がインフルエンサー[3]となってコンテンツが連鎖していくのである。ユーチューブではそれぞれの作品もさることながら、そこに生まれる連作、共有から生まれたコミュニティそのものが注目されるのである。
第三章では、ユーチューブがテレビ業界に与えた影響と現状、テレビ業界の対策とその日米の違い、そしてテレビ業界が今後とるべき対策が述べられている。
ネット回線の高速化、ハードディスクの大容量化などにより、いつでもどこでも検索可能な映像が視聴できるようになった。しかしそれらの視聴環境の進化に日本のテレビ業界はついていくことができず、視聴率に基づく従来のビジネスモデルにしがみついたままである。メディアの地殻変動がすでに起きていることを考え、どのように対処すべきなのかもっと議論されなければならない。
第四章では、動画共有が創造するビジネスモデルについて述べられている。
動画共有サービスのビジネスモデルの基本はネット広告だが、近年そのネット広告市場が急速に拡大してきている。CGCMという新しいマーケティング手法も登場し、それにより個人のクリエイターがクローズアップされてきた。そんな中でユーチューブは従来のバナー広告を補う形で独特の広告手法を展開し、企業も崩壊の兆しを見せるテレビCMからインターネットCMへの参入を試み始めている。
第五章では、ユーチューブを語る上で欠かせない著作権問題について、現状と対策、新しい著作権の形について述べられている。
ユーチューブと著作権問題はセットで話題にされることが多いが、ユーチューブは著作権者による削除要請には随時対応しているし、通報システムの設置や機能の制限なども行ってきている。しかし長い目で見れば、利益を上げる上でも、コンテンツはまずユーザーにとって扱いやすいものであるべきで、まずはコンテンツを広く知ってもらうことが重要である。
第六章では、ユーチューブ後の世界、Web2.0以降の世界についてどうなっていくのか、企業、ユーザー、メディアはどうあるべきかが述べられている。
これからは、ユーザーにとって魅力のある場を提供するために、企業は競合関係を度外視した事業提携、つまりシェアの奪い合いの時代から、「競争から共創」する時代へと向かうだろう。
インターネットから派生したユーチューブのようなビジネスが勃興することにより、コンテンツを所有し消費するだけでなく「共有」「再生産」するという概念が生まれた。映像を介した新しいコミュニケーションが発生したのである。そのコミュニティの中の住人の個性や才能といったものは今までは気付かれもしなかった。しかしこれからはユーザー一人ひとりが「総自己表現社会[4]」の主役となりうるのである。
講 評
著者の問題設定
a) ユーチューブと著作権問題について。
b) 動画共有革命が生み出す新しいビジネスや文化とは。
著者の回答
a) ユーチューブには違法な映像が数多くアップロードされている。だがそれらは、一時的には魅力的なコンテンツとなるかもしれないが、それが長く続かないことはユーチューブが一番よくわかっているはずで、いかにオリジナリティのある優れたコンテンツを集めるかは、ユーチューブにとって、これからの大きな課題の一つになるだろう。
しかし、一度ユーチューブで公開され、一定の評価を得たコンテンツは、全世界のユーザー間で共有されていると思ったほうがいい。ならば著作権者たちはそろそろ考え方を変えるべきである。そもそもコンテンツはまずユーザーにとって扱いやすいものであるべきで、なまじ権利に固執するとコンテンツが扱いにくくなり、誰の目にも触れなくなってしまう。著作者の名誉や作品の意図を守るためのいくつかの権利は存在するが、それ以外のコンテンツの自由な利用を妨げる権利は放棄するという意思表示のあり方も可能であるはずだ。長い目で見れば、利益を上げる上でも、広くユーザーにコントロールを委ね、コンテンツを開放することが重要である。
b) 往々にしてテレビ局を初めとするコンテンツメーカーはユーチューブなどの動画共有サイトを目の敵にしているが、米国ではすでに共存の道を歩み始めるコンテンツメーカーが次々と増えてきている。これからはメディアの中でも柔軟な発想ができるところが生き残るのは間違いないだろう。
またユーチューブの登場により、それまで敷居の高かった映像の世界に誰もが簡単に参加できるようになった。ユーザー一人ひとりが自己表現の手段としてコンテンツを生産し流通させることができるようになったのである。そのコンテンツは人から人へ広がっていき、その過程でまた新たなコンテンツが生み出されていく。
さらにユーチューブは「動画を共有する」ことによって生まれる新たな文化やビジネスの火蓋を切った。連鎖していくコンテンツの力は、放送の既得権益を変え、著作権制度にも影響を及ぼし、クリエイティブのスタイルの変革にもつながっている。これからのクリエイターたちの作品はネットを通じて世界に共有され、マッシュアップされ、新しい作品となって人々を楽しませてくれることだろう。
「情報の生産と流通」のコストが限界まで削減され、新たな人間のライフスタイルを生み出そうとしている。その社会を生み出すトリガーが「ユーチューブ革命」であると考える。
評者の見解
a) 私は基本的には、著者の意見に賛成である。まず著作権に関して、コンテンツの硬直を防ぐためにも、私は著作権を過度に保護するべきではないと考える。もちろんクリエイターがインセンティブを喪失しないようなシステム作りが必要だが、コンテンツというのは人の目に触れて初めて価値を見出すことのできるもので、それをはじめから権利でがんじがらめにして誰の目にも触れないようしてしまっては本末転倒である。
b) 動画共有による新しいビジネスや文化に関しては、確かに変革はおきているのだろうと思う。新しいコミュニケーションが新しい文化を生み、新しいビジネスに発展する。それまでただの視聴者であった人たちが、自分もコンテンツ提供者になりたいと思えるようになり、それを実現できるようになったのは大きな変革だと思う。
しかし本書で書かれている、「情報の偏食化」の対策(177頁)については疑問を持った。著者は対策としてマスメディアがノイズを提供していくという提案をしているが、それは現在の状況と変わらないのではないだろうか。ユーザーはそのノイズが鬱陶しいからこそ検索可能な映像に飛びついたのではないのか。本書でも著者は「開いている口に無理やりねじ込まれるようなCMは、誰も望まない」と言っており、そこが矛盾しているように思う。本当に必要な対策とは、ユーザー自身が自ら情報が偏らないように気を付けて情報収集できるようにすることを目的としたものであるべきではないだろうか。
今 後 の 課 題
最近、ユーチューブの流行もそろそろ終わろうとしている、という話を聞くようになった。それが本当に廃れていく前触れなのか、それとも人々の生活の中に浸透していっている証なのかはわからないが、この本でも書かれているように、一つのサービスに固執していては、この先生き残っていくことはできない。著作権やトラフィック量の問題も依然としてこれから解決すべき課題であるし、新しいサービスやビジネスが次々と現れて、ユーチューブを追い上げてきてもいる。これからユーチューブがどのような対策を採るのか、どんな新しいサービスが現れてくるのか、しっかりと見て行きたいと思う。
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