エビデンスを嫌う人たち : 科学否定論者は何を考え、どう説得できるのか?(リー・マッキンタイア 著)

眼横鼻直(教員おすすめ図書)
Date:2025.08.01

書名 「エビデンスを嫌う人たち:科学否定論者は何を考え、どう説得できるのか?
著者 リー・マッキンタイア(西尾 義人訳)
出版社 国書刊行会
出版年 2024年
請求番号 404/308
Kompass書誌情報

 「科学」とは何か。それに答えられる必要はあるか。

 私は、あると思う。なぜなら私たちの大学は、本質的に「科学=学問」の場だからだ。私たちは、(もしかしてひどく形骸化してしまっているかもしれないけれど、それでも一応)、学生も教員も職員もみんな、「学問=科学」に、青春の最重要の一時を、ないしは人生の全てを、捧げているはずだ。そんな私たちが「科学とは何か」について、答えることができなくて、いいのだろうか。

 「科学」とは何か。本書を読んで痛感できるのは、実はアメリカで、世界で、ないしは本邦で急増し、政治的権力を担うまでになった陰謀論者=「科学否定論者(Science Denier)」の人たちこそが、実は、その答えを待っているのではないか、という事実だろう。本書は「地球平面説」信仰者の人たち、「気候変動・温暖化」信仰者の人たちと、どのように対話すればいいのか、そのチャレンジによって編まれている。彼らはなぜ、科学的成果から目を背け、荒唐無稽な物語を信じてしまうのか。本書を読むと、彼らの「科学否定」は、信じていた科学や教育に裏切られたという感覚から生み出されているように見えてくるはずだ。その意味で、「科学への期待」の裏返しなのだ。

 「科学は、間違っていた」。「私たちの信じていた科学は、真実ではなかった」。科学否定論者は、そう、訴えているのだ。

 だとするとおそらく彼らは、【決定的な一点】を除いて、それほど間違っていない。「科学は、間違っている(ことが多い)」。そのとおりなのだ。「科学」は真実を追うものであるが、現在その結果とされているものが、実は間違っていた、ということばかりだった。ニュートンの万有引力の法則も、アインシュタインの相対性理論だって、乗り越えられる対象に過ぎなかったのである。

 では、「科学否定論者」が間違っている【決定的な一点】とは、何か。それは「科学は真実である」という信仰そのものである。科学は、真実そのものではない。単に、真実を追うための「技法」のひとつに過ぎないのだ。ただしその「技法のひとつに過ぎないもの」が、唯一、私たちが世界を知り、文明と社会・文化を作り上げていく、人が人として生きていくために欠かすことができない道標となったのである。

 その意味で、科学が解明しているものは、真実とは限らないけれど「現時点でもっとも妥当な論理的帰結」に過ぎない。それは事実とは限らないがもっとも蓋然的に正しいと思われる証拠に基づき、常に反証され批判されることに完全に開かれている。その論理と、証拠と、批判精神こそが、私たちが世界を知り考えるために、必要不可欠だったのである。

 科学とは何か。それに応えようとする私たちが、ここで学ぶべきなのは、真実ではなく、「科学観」の方だ。本書は、学生(や教職員)が何を学ぶべきか、大学がそれにどう応えるべきかについて、自省的に教えてくれる良書である。

グローバル・メディア・スタディーズ学部 教授 柴田 邦臣 

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