根をもつこと(シモーヌ・ヴェーユ著)
Date:2026.09.01
書名 『根をもつこと』(シモーヌ・ヴェーユ著作集5)
著者 シモーヌ・ヴェーユ
訳者 山崎庸一郎
出版社 春秋社
出版年 1967年
請求番号 135/86-5
Kompass書誌情報
忘れがたい書である。生意気盛りの十代の頃、ミッション・スクールに通っていた私は、「宗教」の時間の課題にシモーヌ・ヴェーユ(1909-43)を選び、批判的なレポートを書いた。理解が浅いという主旨のコメントを頂いたことは言うまでもない。
気になりながら、長い歳月が流れた。40歳の頃だったろうか。何を思ったのか、私は『根をもつこと』を手に取り、それをきっかけにヴェーユの著作、伝記、研究書をむさぼるように読み始めた。その少し前に友人との読書会でハンナ・アーレントの『人間の条件』を読んでおり、「マルクスの考えたような自己疎外ではなく、世界疎外こそ、近代の品質証明なのである」という言葉が心に引っかかっていたことが関係しているかもしれない。
「魂の要求するもの」「根こぎ」「根をもつこと」という三部から成る本書は、「義務の観念は権利の観念に優先する」という一文で始まり、人間が生きていく上でかけがえのないものとは何か、静かに語りかける。
ヴェーユの関心は、ローマ帝国により征服される以前の、前キリスト教的な古代世界に存在した人間の魂を養い育てる糧となる人間的環境(ミリュー)に向けられている。「根づくということは、おそらく人間の魂のもっとも重要な要求であると同時に、もっとも無視されている要求である」。場所、出生、職業、境遇といった、いくつもの「自然なかたちで参加している環境」を介して、人間は、道徳的、知的、霊的生活のほとんどすべてを受け取ろうとするのだという。軍事的征服が行われるたびに「根こぎ」が生じ、また、国内でも金銭と学校教育の侵食により諸々の根が破壊されてきた。「根こぎは、人間社会のずばぬけてもっとも危険な病患である。なぜなら、根こぎは増殖してゆくからである」。「完全に根こぎにされた人間」は、死同然の「魂の無気力状態」に陥るか、さもなければ、まだ完全な根こぎ状態に置かれてはいない人びとを「暴力的な手段」によって根こぎにする行動に出るか、いずれかの道を歩む。
根こぎが地球上に蔓延し、戦禍が絶えない。生命の故郷である自然環境までもが瀕死の状態になっている今、難解だが、ぜひ手にとっていただきたい一冊である。
本書は、ドイツ占領下のフランスを後にし、アメリカを経て自由フランス政府が置かれたイギリスに単身赴いたヴェーユが、最後に書き上げた未定稿の遺著である。享年34。2010年に冨原眞弓による新訳書(全2冊、岩波文庫)が刊行され、入手しやすくなった。
なお、ヴェーユは鈴木貞太郎(大拙)著『禅仏教論集』を通じて禅の思想に出会い、『カイエ』の中で深い感銘をもって言及している。
総合教育研究部 教授 山本 敏子