地霊を訪ねる : もうひとつの日本近代史(猪木武徳著)

眼横鼻直(教員おすすめ図書)
Date:2026.04.10

書名 「地霊を訪ねる : もうひとつの日本近代史
著者 猪木武徳
出版社 筑摩書房
出版年 2023年
請求番号 216.6/575
Kompass書誌情報

近代日本の歩みについては、すでに多くの書籍が出版されてきた。開国、明治維新、産業化、帝国の形成、そして戦後の復興と高度成長。制度や政策、国家の歩みを中心に語られる近代史の枠組みは、すでによく知られている。本書が試みるのは、そうした通説的な歴史叙述とは異なる角度から、「もうひとつの日本近代史」を探ることにある。

その方法として選ばれたのが「旅」である。著者自身が述べるように、本書は猪木流の『ブラタモリ』ともいうべき紀行でもある。彼が訪ね歩くのは、近代日本の工業化を支えた鉱山などの操業地跡だ。経済学者としての確かな眼差しを持ちつつも、往時の産業の痕跡が残る土地に立ち、その場所に刻まれた時間の層を読み取ろうとする。抽象的な概念や一般化された議論だけでは見えてこないものを、旅という体験を通して「足から」学ぼうとする。これが本書の基本的な視座である。

本書の魅力は、産業遺構の紹介にとどまらない。著者はその土地の地誌や文学史にも目を配りながら、地域の歴史や文化の重なりを丁寧にたどっていく。産業の歴史、人々の暮らし、そして文学に刻まれた土地の記憶----そうした複数の層を重ね合わせることで、土地に潜む歴史の気配を立体的に描き出そうとする。

著者は、こうした土地に刻まれた歴史の気配を「地霊」と呼ぶ。社会風土や習俗としてその土地に染み込み、いまは亡き人々の思いの堆積から発せられる無音の声、とでも言うべきものである。本書はそうした声なき存在に耳を傾けることで、制度や政策の歴史だけでは捉えきれない、もう一つの日本近代の姿を浮かび上がらせる。

歴史や社会は書物の中だけにあるのではなく、風景や土地の記憶の中にも刻まれている。まさに「旅も学校なのだ」(「まえがき」より)。

経済学部 教授 松村 博行

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